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知財高等裁判所 平成20年(行ケ)10126号 判決 2008年10月29日

原告

エフエムシー・コーポレイション

訴訟代理人弁理士

奥山尚一

有原幸一

松島鉄男

河村英文

中村綾子

被告

特許庁長官

指定代理人

繁田えい子

板橋一隆

木村孔一

中田とし子

酒井福造

主文

1  特許庁が不服2003-10563号事件について平成19年11月27日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文同旨

第2事案の概要

1  本件は,原告が発明の名称を「ドープされた層間化合物およびその作製方法」とする後記特許の出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をし,平成15年7月11日付けでも手続補正をしたが,特許庁が上記補正を却下した上,請求不成立の審決をしたことから,その取消しを求めた事案である。

2  争点は,上記補正前の本願発明及び補正後の本願補正発明(詳細は後述)が,特願平10-505668号の特許出願(以下「先願」という。発明の名称「充電式リチウム電池電極」,出願人サフト,出願日平成9年7月10日,優先日1996年[平成8年]7月12日 優先権主張国フランス)の願書に最初に添付された明細書又は図面(以下「先願明細書」という。公表特許公報は特表平11-513181号[甲2])に記載された発明(以下「先願発明」という。)と同一であるか(特許法29条の2),である。

第3当事者の主張

1  請求の原因

(1)  特許庁における手続の経緯

米国法人である原告は,パリ条約による優先権(1997年[平成9年]5月15日米国,1997年[平成9年]10月20日米国)を主張して,平成10年(1998年)5月15日,名称を「ドープされた層間化合物およびその作製方法」とする発明について特許出願をし(以下「本願」という。請求項の数15。公開特許公報は特開平11-79750号[甲1]),平成11年10月6日付けで特許請求の範囲を補正(第1次補正,請求項の数16。甲5)し,さらに平成12年7月25日付けでも同範囲を補正(第2次補正,請求項の数12。甲6)したが,平成15年3月12日付けで拒絶査定を受けたので,これに対する不服審判請求をした。

同請求は不服2003-10563号事件として審理され,その中で原告は平成15年7月11日付けで特許請求の範囲の補正(第3次補正,請求項の数12,以下「本件補正」という。甲7)をしたが,特許庁は,平成19年11月27日,本件補正を却下した上,「本件審判の請求は,成り立たない」との審決(出訴期間として90日附加)をし,その謄本は平成19年12月7日原告に送達された。

(2)  発明の内容

ア 本件補正前

本件補正前の特許請求の範囲は,第2次補正時(平成12年7月25日付け)のものであるが,その「請求項1」は次のとおりである(以下「本願発明」という。)。

「【請求項1】LiMy-x[A]xOzまたはMy-x[A]xOz(式中,M=Co,Ni,Mn,Ti,Fe,VまたはMoであり,0<x<yであり,[A]=ΣwiBi(i=1からn)[式中,Biは,遷移金属であるMを置換するために使用される元素であり,wiは全ドーパントの組み合わせにおける元素Biの分率であって,Σwi(i=1からn)=1であり,nはドーパント元素Biの総数であって,2以上の正の整数である],ΣwiEi(i=1からn)は,LiMy-x[A]xOz化合物またはMy-x[A]xOz化合物における置換された遷移金属イオンMの酸化状態を近似し,Eiは最終生成物であるLiMy-x[A]xOzまたはMy-x[A]xOzにおけるドーパントBiの酸化状態であり,ドーパント元素Biは層間化合物中のカチオンであり,かつ少なくとも2つのドーパント元素Biは,LiMy-x[A]xOz化合物またはMy-x[A]xOz化合物におけるMの酸化状態と異なる酸化状態を有し,ドーパント元素Biは,MがNiの場合にはCoを含み,ドープされた層間化合物におけるLi対Oの比は,ドープされない化合物のLiMyOzまたはMyOzにおけるLi対Oの比よりも小さくない。)の式で表されるドープされた層間化合物。」

イ 本件補正後

本件補正後の特許請求の範囲「請求項1」は,次のとおりである(以下「本願補正発明」という。下線部が補正部分)。

「【請求項1】LiMy-x[A]xOzまたはMy-x[A]xOz(式中,M=Co,Ni,Mn,Ti,Fe,VまたはMoであり,0<x<yであり,[A]=ΣwiBi(i=1からn)[式中,Biは,遷移金属であるMを置換するために使用される元素であり,wiは全ドーパントの組み合わせにおける元素Biの分率であって,Σwi(i=1からn)=1であり,nはドーパント元素Biの総数であって,2以上の正の整数である],ΣwiEi(i=1からn)は,LiMy-x[A]xOz化合物またはMy-x[A]xOz化合物における置換された遷移金属イオンMの酸化状態±0.5に等しく,Eiは最終生成物であるLiMy-x[A]xOzまたはMy-x[A]xOzにおけるドーパントBiの酸化状態であり,ドーパント元素Biは層間化合物中のカチオンであり,かつ少なくとも2つのドーパント元素Biは,LiMy-x[A]xOz化合物またはMy-x[A]xOz化合物におけるMの酸化状態と異なる酸化状態を有し,ドーパント元素Biは,MがNiの場合にはCoを含み,ドープされた層間化合物におけるLi対Oの比は,ドープされない化合物のLiMyOzまたはMyOzにおけるLi対Oの比よりも小さくない。)の式で表されるドープされた層間化合物。」

(3)  審決の内容

ア 審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,本願補正発明及び本願発明は,先願発明と同一であるから,本件補正は独立特許要件を満たさず却下されるべきであり,本件補正前の発明である本願発明も特許法29の2により特許を受けることができない,というものである。

イ なお,審決が認定する先願発明の内容,本願補正発明と先願発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。

<先願発明の内容>

「LiCoO2から誘導されるLixMAmDzO2[式中 0.8≦x≦1.2,0<z≦0.3,1.8≦t≦4.2,(0.8-m-z)≦y≦(2.2-m-z),0<m≦0.3であり,Mはニッケル,コバルト,マンガン及び鉄から選択される少なくとも一種の遷移金属,Aはマグネシウム及びカルシウムから選択される元素であり,DはMと異なり,周期表の4b~5a族の元素から選択される少なくとも1種の元素]型の充電式リチウム電池陽極に用いられ,かつ,ドープ元素を有し,電気化学的活物質である,LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2。」

<一致点>

本願補正発明と先願発明は,「LiMy-x[A]xOz(式中,M=Co,Ni,Mn,Ti,Fe,VまたはMoであり,0<x<yであり,[A]=ΣwiBi(i=1からn)[式中,Biは,遷移金属であるMを置換するために使用される元素であり,wiは全ドーパントの組み合わせにおける元素Biの分率であって,Σwi(i=1からn)=1であり,nはドーパント元素Biの総数であって,2以上の正の整数である],ドーパント元素Biは層間化合物中のカチオンであり,かつドーパント元素Biは,MがNiの場合にはCoを含む)の式で表されるドープされた層間化合物。」である点で一致する。

<相違点1>

本願補正発明では,ΣwiEi(i=1からn)が,LiMy-x[A]xOz化合物における置換された遷移金属イオンMの酸化状態±0.5に等しく,Eiは最終生成物であるLiMy-x[A]xOzにおけるドーパントBiの酸化状態であるのに対し,先願発明ではそのような限定が記載されていない点。

<相違点2>

本願補正発明では,少なくとも2つのドーパント元素Biが,LiMy-x[A]xOz化合物におけるMの酸化状態と異なる酸化状態を有しているのに対し,先願発明ではそのような限定が記載されていない点。

<相違点3>

本願補正発明では,ドープされた層間化合物におけるLi対Oの比が,ドープされない化合物のLiMyOzにおけるLi対Oの比よりも小さくない,と限定しているのに対して,先願発明ではそのような限定が記載されていない点。

(4)  審決の取消事由

しかしながら,審決には,本件補正を却下したことにつき以下のとおりの誤りがあり,必要な拒絶理由通知を怠った手続的瑕疵もあるから,違法なものとして取り消されるべきである。

ア 取消事由1(一致点認定の誤り)

(ア) 審決は,先願明細書(甲2)に,LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2からなる充電式リチウム電池陽極に用いる電気化学的活物質について,実施例の記載がない旨を自認している(4頁下5行~下3行)。

しかし,審決は,「…当該LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2は,実施例として明示されたLixNi0.90Mg0.05Ti0.05O2のNiをCoに置き換えたものであり,次の(イ)~(ニ)を併せ考えると,先願明細書には,LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2からなる充電式リチウム電池陽極に用いる電気化学的活物質も実質的に記載されていると解するのが自然である。」と認定している(4頁下2行~5頁4行。以下「認定1」という。)。

そこで,審決のいう(イ)~(ニ)を併せ考え,この認定に至ることの当否について検討する。

まず,審決が(イ)として述べている「Coは,鉄族元素に属し,Niと化学的性質が似通った元素として周知のものであること。」(5頁5行~6行)自体について,一般論としては争うものではない。しかし,そうであったとしても,この事実自体は,「LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2からなる充電式リチウム電池陽極に用いる電気化学的活物質が記載されている」という個別具体的な事実とは一致しない。したがって,(イ)を根拠とすることはできない。

次に,審決は,(ロ)として,「先願明細書には,LiNiO2から誘導されるLixMAmDzO2型の活物質におけるNiをCoに置き換えただけの,LiCoO2から誘導されるLixMAmDzO2型の活物質が,第1の実施態様であることが明示されており…,2という酸素数からみて,実施例として明示されたLixNi0.90Mg0.05Ti0.05O2からなる活物質は当該第1の実施態様の例示であり,そのNiをCoに置き換えたLixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2からなる活物質も前記第1の実施態様であるとして明記されていると解されること。」と述べている(5頁7行~14行)。しかし,この解釈自体は,LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2からなる活物質が,もとより第1の実施態様であるとして明記されていないことを前提とした解釈に過ぎず,LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2自体が記載されていないことを何ら覆すものではない。

次に,審決は,(ハ)として,「先願明細書は,実施例として前記一般式のMをNiとするもののみ記載しながらも,特許請求の範囲の欄において,前記一般式のMを『ニッケル,コバルト,マンガン及び鉄から選択される少なくとも一種』としていること。」と述べている(5頁15行~18行)。しかし,このことをもってしても,実施例として「LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2」が記載されているという事実に読み替えることはできない。記載がないという事実に変わりはないからである。

次に,審決は,(ニ)として,「『実施例』という表現は,一般に,実施の態様の一例であることを明示する表現であること。」と述べている(5頁19行~20行)。しかし,このこと自体も相当する実施例の記載がないことを覆すものではない。

したがって,認定1は,(イ)~(ニ)を根拠として成立し得ないものである。

(イ) そうすると,審決の上記認定1に基づく「したがって,先願明細書には,『LiCoO2から誘導されるLixMAmDzO2[式中 0.8≦x≦1.2,0<z≦0.3,1.8≦t≦4.2,(0.8-m-z)≦y≦(2.2-m-z),0<m≦0.3であり,Mはニッケル,コバルト,マンガン及び鉄から選択される少なくとも一種の遷移金属,Aはマグネシウム及びカルシウムから選択される元素であり,DはMと異なり,周期表の4b~5a族の元素から選択される少なくとも1種の元素]型の充電式リチウム電池陽極に用いられ,かつ,ドープ元素を有し,電気化学的活物質である,LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2。』…が記載されているといえる。」との認定(5頁21行~29行。以下「認定2」という。)もその根拠を持たず,成立し得ないものである。

(ウ) 先願明細書(甲2)の「LixNi0.90Mg0.05Ti0.05O2(実施例6)」は,少なくとも二つの理由によって,本願補正発明の技術的範囲に含まれるものではない。

まず,本願補正発明は「MがNiの場合にはCoを含」むものである。この点で,LixNi0.90Mg0.05Ti0.05O2(実施例6)は,本願補正発明と相違し,その技術的範囲に含まれるものではない。また,Niの酸化状態は,+2価であり,Tiが+4価,Mgが+2価であることから,「遷移金属イオンMの酸化状態±0.5に等しく」という条件をLixNi0.90Mg0.05Ti0.05O2(実施例6)は満足せず,この点で本願補正発明と相違し,その技術的範囲に含まれるものではない。

したがって,審決のように,本願補正発明の技術的範囲に本来入らない先願明細書の実施例の記載を,本願補正発明の記載に読み替えること自体が不当であり,認定1及び認定2は誤っている。

(エ) そして,審決が「…先願発明の『LiCoO2から誘導されるLixMAmDzO2型の充電式リチウム電池陽極に用い,かつ,ドープ元素を有し,電気化学的活物質である』は,補正後発明1における『ドープされた層間化合物』に相当することが自明である。」とした点(6頁15行~18行。以下「認定3」という。)は,認定1及び認定2を根拠として述べられており,この認定3も成立し得ないものである。

さらに,「そこで,補正後発明1と先願発明とを対比すると,両者は,『LiMy-x[A]xOz(式中,M=Co,Ni,Mn,Ti,Fe,VまたはMoであり,0<x<yであり,[A]=ΣwiBi(i=1からn)[式中,Biは,遷移金属であるMを置換するために使用される元素であり,wiは全ドーパントの組み合わせにおける元素Biの分率であって,∑wi(i=1からn)=1であり,nはドーパント元素Biの総数であって,2以上の正の整数である],ドーパント元素Biは層間化合物中のカチオンであり,かつドーパント元素Biは,MがNiの場合にはCoを含む)の式で表されるドープされた層間化合物。』である点で一致し,」とした点(6頁22行~30行。認定4)は,認定3に基づいている。したがって,この認定4も成立し得ないものである。

(オ) 以上のとおり,本願補正発明は,先願発明と同一であるとの審決の判断は誤りである。

イ 取消事由2(拒絶理由の懈怠)

(ア) 拒絶理由通知の懈怠1

a 本件審判請求事件において平成19年1月16日付けで特許庁から原告に対して審尋(甲3。以下「本件審尋」という。)がなされ,その中で審査官による前置報告書(以下「本件前置報告書」という。)の内容が引用されているところ,本件前置報告書の内容は,次のとおりである。

「理由1:

29条の2

特願平09-354358号(国内優先権特願平8-343041号)(特開平10-241691号公報)

先願明細書にはLiwNi0.8Co0.19Mg0.01P0.01O2化合物が記載されている(下記先願明細書の公開公報表1参照)。

(MgがII価,PがV価とすると,ドープ元素の酸化数は3.5)

理由2:

36条第6項第2号

・ 請求項1のドープされた層間化合物を表す式である,「LiMy-x[A]xOzまたはMy-x[A]xOz」は,x,y,zの数値が不明で化合物が特定できず,発明の範囲が明確でない。

・ 請求項1を引用する請求項5は,さらに「ドーパント元素BはTia2+及びMgb2+を含む」ことを発明特定事項として有するものである。一方請求項1はMとしてTiを含むものであり,MがTiの場合,遷移金属であるMとドーパントBとの関係が不明である。」

b 上記「理由1」で引用された特願平09-354358号は,本件拒絶査定(甲4)においては引用されなかったから,拒絶査定と異なる拒絶の理由を構成し,前置審査に当たった審査官は,特許法163条2項で準用する同法50条により,原告に対し,上記特願平09-354358号を含む拒絶の理由を通知すべきところ,このような拒絶理由通知はなかった(手続懈怠1)。

また,本件審判請求事件の審判長は,特許法159条2項で準用する同法50条により,原告に対し,上記特願平09-354358号を含む拒絶の理由を通知すべきところ,このような拒絶理由通知はなかった(手続懈怠2)から,前置審査における上記瑕疵は是正されていない。

c 上記「理由2」は,本件拒絶査定(甲4)と異なる拒絶の理由を構成するから,前置審査に当たった審査官は,特許法163条2項で準用する同法50条により,原告に対し,理由2を含む拒絶の理由を通知すべきところ,このような拒絶理由通知はなかった(手続懈怠3)。

また,本件審判請求事件の審判長は,特許法159条2項で準用する同法50条により,原告に対し,理由2を含む拒絶の理由を通知すべきところ,このような拒絶理由通知はなかった(手続懈怠4)から,前置審査における上記瑕疵は是正されていない。

d したがって,審決には,上記条項に違背した違法があり,この違法が審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

(イ) 拒絶理由通知の懈怠2

審決で引用されている先願明細書(甲2)は,本件拒絶査定(甲4)では引用されているものの,本件審尋(甲3)では引用されていないから,審査官の前置報告では,先願明細書(甲2)に基づく拒絶査定に係る拒絶理由は解消しているとみなすことが妥当である。それにもかからず,審決では,再度,先願明細書(甲2)が引用されている。

また,審決においては,「LixNi0.90Mg0.05Ti0.05O2(実施例6)の記載があることをもって,先願明細書(甲2)に,LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2が実施例として記載されているといえる」旨の認定がなされているが,この論理付けは,本件拒絶査定において何ら記載されていないから,審決においては,先願明細書(甲2)は,事実上新たに,新たな根拠で引用されている。

この場合,本願補正発明に対する,本件拒絶査定と異なる拒絶の理由を構成するから,本件審判請求事件の審判長は,特許法159条2項で準用する同法50条により,原告に対し,先願明細書(甲2)を含む拒絶の理由を通知すべきところ,このような拒絶理由通知はなされなかった(手続懈怠5)。

したがって,審決には上記条項に違背した違法があり,この違法が審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

2  請求原因に対する認否

請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。

3  被告の反論

(1)  取消事由1に対し

ア 原告の「『(イ)Coは,鉄族元素に属し,Niと化学的性質が似通った元素として周知のものである。』という事実自体は,『LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2からなる充電式リチウム電池陽極に用いる電気化学的活物質が記載されている』という個別具体的な事実とは一致しないので(イ)を根拠とする認定1は誤っている。」という主張について

確かに,「(イ)Coは,鉄族元素に属し,Niと化学的性質が似通った元素として周知のものである。」という事実自体が,直ちに「LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2からなる充電式リチウム電池陽極に用いる電気化学的活物質が記載されている」ということと一致するものではない。

しかし,当該(イ)の事実自体が一般論として正しいことは,原告も認めるところである。

そして,審決は,「…(イ)~(ニ)を併せ考えると,先願明細書には,LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2からなる充電式リチウム電池陽極に用いる電気化学的活物質も実質的に記載されていると解するのが自然である。」(5頁1行~4行)としているのであり,(イ)のみを根拠に,これを導いているのではない。

したがって,(ロ)~(ニ)を勘案せず,(イ)の事実自体は「LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2からなる充電式リチウム電池陽極に用いる電気化学的活物質が記載されている」という個別具体的な事実とは一致しないからという理由で審決の認定1が誤っている,とする原告の主張は,合理的根拠を持たない。

イ 原告の「(ロ)はLixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2自体が記載されていないことを何ら覆すものでなく,(ハ)をもってしても,実施例として『LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2』が記載されているという事実に読み替えることはできず,(ニ)自体も相当する実施例の記載がないことを覆すものではないから,認定1は(イ)~(ニ)を根拠に成立し得ない。」という主張について

審決は,「LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2」それ自体が,実施例として記載されている,としたものではない。

審決は,「LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2」は,実施例として明示された「LixNi0.90Mg0.05Ti0.05O2」のNiをCoに置き換えたものであること,(イ)にあるように,Coは,鉄族元素に属し,Niと化学的性質が似通った元素として周知のものであるところ,先願明細書(甲2)では,(ハ)にあるように,「特許請求の範囲」の欄において,一般式のMを「ニッケル,コバルト,マンガン及び鉄から選択される少なくとも一種」としており,さらに,(ロ)にあるように,LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2からなる活物質も第1の実施態様であるとして明記されていると解されること,その一方で(ニ)にあるように「実施例」という表現は一般に実施の態様の一例であることを明示する表現であることを併せ考えると,「…先願明細書にはLixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2からなる充電式リチウム電池陽極に用いる電気化学的活物質も実質的に記載されていると解するのが自然である。」(5頁1行~4行)としているのである。

そして,先願明細書(甲2)には,LixNi0.90Mg0.05Ti0.05O2が実施例として明記されているが,審決が先願発明として認定したLixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2は,当該物質においてニッケルをコバルトに置き換えただけのものである。ニッケルもコバルトも鉄族元素に属し,互いに似通った元素として周知であることと,先願明細書において,「特許請求の範囲」ではニッケルとコバルトがMとして同列に挙げられていること,第1の実施態様としてLiNiO2から誘導されるLixMAmDzO2型の活物質とともに,これのNiをCoに置き換えただけの,LiCoO2から誘導されるLixMAmDzO2型の活物質が明示されている一方で,実施例として明示されたLixNi0.90Mg0.05Ti0.05O2はその2という酸素数から当該第1の実施態様の例示であるといえるから,そのNiをCoに置き換えたLixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2も第1の実施態様として明記されていると解されるところ,「実施例」とは一般に「実施の態様の一例」であり,単に実施例としての記載がないという事実は,実質的に記載されているとの判断を何ら妨げないことを鑑みれば,(ロ)~(ニ)の事項が,「LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2」それ自体が実施例として記載されていないことを覆すものではないとしても,このことは,「…先願明細書にはLixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2からなる充電式リチウム電池陽極に用いる電気化学的活物質も実質的に記載されていると解するのが自然である。」(5頁1行~4行)とした審決の認定に何ら影響を及ぼさないし,この認定に誤りはない。

ウ 原告の「先願明細書(甲2)の実施例6に記載されたLixNi0.90Mg0.05Ti0.05O2は,本願補正発明の技術的範囲に含まれるものではない。審決のように,本願補正発明の技術的範囲に本来入らない先願明細書の実施例の記載を,本願補正発明の記載に読み替えること自体が不当であり,認定1及び認定2は誤っている。」という主張について

原告の主張において,「先願明細書の実施例6に記載されたLixNi0.90Mg0.05Ti0.05O2は,本願補正発明の技術的範囲に含まれるものではない。」ということと,「認定1及び2は誤っている。」ということとの関係は必ずしも明確ではないが,以下のとおり原告の主張は失当である。

(ア) 先願明細書の実施例6に記載されたLixNi0.90Mg0.05Ti0.05O2が,原告の挙げた「理由1」により本願補正発明の技術的範囲に含まれないことは認めるが,審決は,「先願明細書には,LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2からなる充電式リチウム電池陽極に用いる電気化学的活物質も実質的に記載されていると解するのが自然である。」(5頁1行~4行),本願補正発明の「…『ドーパント元素Biは,MがNiの場合にはCoを含み』との発明特定事項はMがNiの場合だけの限定に過ぎないから,先願発明のようにMがCoの場合にはこの特定事項は満足しているといえる。」(6頁19行~21行)と認定判断したものである。すなわち審決は,先願明細書に実質的に記載されているといえる「LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2」について,「ドーパント元素Biは,MがNiの場合にはCoを含み」との発明特定事項を満たすとしているのであり,このことに誤りはなく,このことは,先願明細書の実施例6のLixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2が「MがNiの場合にはCoを含」むという点を満たさないという事項によって何ら覆されない。

(イ) また,原告は「Niの酸化状態は+2価であり」と主張するが,この主張に根拠を付していないので,なぜ,「Niの酸化状態は+2価であ」るのか不明である。

そして,本願明細書(甲1)の段落【0019】~【0020】には,「本発明の好ましい実施態様として…LiNi1-xTiaMgbO2…の式も使用できる。…a=bの場合,ニッケルの酸化状態は,3に等しいことが示しうる…b<aの時,LiNi1-xTiaMgbO2おいてはニッケルの平均の酸化状態は3未満であるためb≧aであることが好ましい。…従って,b:aの比は,好ましくは約1と約1/xの間である。」と記載されている。この記載によれば,LiNi1-xTiaMgbO2においてa=bであればニッケルの酸化状態は3であるものといえる。本願明細書の段落【0029】には実施例1としてLiNi0.9Ti0.05Mg0.05O2が挙げられており,当該化合物においてはa=bであるからニッケルの酸化状態は3であると解される。

また,先願明細書の実施例6に記載されたLixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2は,LixNi0.90Ti0.05Mg0.05O2と書き換えることができ,審決の6頁3行~5行にも記載のあるとおり,xの数値範囲は0.8≦x≦1.2であって1を含むものであるから,先願明細書の実施例6のLixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2は,LiNi1-xTiaMgbO2において,a=b(=0.05)であるし,本願明細書の実施例1に記載されたLiNi0.9Ti0.05Mg0.05O2と同一の物質であるといえる。

これらの事項によれば,先願明細書(甲2)の実施例6に記載されたLixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2において,ニッケルの酸化数は3であると解するのが普通である。

さらに,LiNiO2におけるNiの平均酸化数は3.0であって(乙1[Kannoほか「Phase Relationship and Lithium Deintercalation in Lithium Nickel Oxides」JOURNAL OF SOLID STATE CHEMISTRY,vol.110,p.216-225(1994)の218頁右欄7行~12行),このことからも,LiNiO2から誘導されるLixMAmDzO2型の活物質であるLixNi0.90Mg0.05Ti0.05O2におけるNiの平均酸化数は3であると解される。

してみると,先願明細書の実施例6に記載されたLixNi0.90Mg0.05Ti0.05O2には本願補正発明の遷移金属Mの酸化状態±0.5という条件を満たさないという原告の主張は根拠がない。

エ 原告の「認定2~4は誤りである。」という主張について

上記ア,イで説明したとおり,認定1が誤りであるとの主張は根拠を持たないので,これに基づいて認定2が誤りであるとする主張は失当である。

また,上記ウで説明したとおり,認定1及び認定2が誤りであるとの主張は失当である。

したがって,認定1及び認定2が誤りであるからこれらに基づく認定3は成立し得ないという主張は根拠を持たず,認定3が成立し得ないからこれに基づく認定4は成立し得ないという主張は根拠を持たない。

オ なお,原告は,先願明細書(甲2)にはLixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2の実施例がないから,先願明細書にはこれが記載されているとすることはできないと主張するようにみえる。

しかし,本願明細書(甲1)には,LiNi0.9Ti0.05Mg0.05O2やLiNi0.7Co0.1Ti0.1Mg0.1O2等の実施例は記載されているものの,LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2のような,Coを含みNiを含まない化合物については実施例がないのに,本願補正発明は,その特許請求の範囲の記載からみて,そのようなものを明確に含むものである。そうすると,原告が,先願明細書にはLixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2の実施例がないから先願明細書にはこれが記載されているとすることはできないと主張することは,原告自ら,本願補正発明が「発明の詳細な説明」に記載されたものでなく,特許法36条6項1号に違反しているということを認めることになる。

(2)  取消事由2に対し

ア 拒絶理由通知の懈怠1について

(ア) 特許法164条1項は,「審査官は,第162条の規定による審査において特許をすべき旨の査定をするときは,審判の請求に係る拒絶をすべき旨の査定を取り消さなければならない。」と規定しており,同条3項は,「審査官は,第1項に規定する場合を除き,当該審判の請求について査定することなくその審査の結果を特許庁長官に報告しなければならない。」と規定している。これらの規定によれば,前置審査において,特許査定をするときの他は,前置審査を行う審査官は査定することなく前置報告を行うことだけが規定されている。前置審査において審査官が審判の請求に係る査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合に,審査官が拒絶の理由を通知するかどうかは審査官の裁量事項であるから,新たに拒絶の理由を通知することなく前置報告を行ったこと自体が違法であるということはできない。

(イ) 特許法156条1項は,「審判長は,事件が審決をするのに熟したときは,審理の終結を当事者及び参加人に通知しなければならない。」と規定している。ここにいう「審決をするのに熟したとき」とは,審理に必要な事実をすべて参酌し,取り調べるべき証拠をすべて調べて,結論を出せる状態に達したことをいう。したがって,審決が,審判の請求に係る査定の理由により査定を維持するときには,当該理由について必要な事実をすべて参酌し,取り調べるべき証拠をすべて調べて,結論を出せる状態に達すれば,審判の請求に係る査定の理由と異なる拒絶の理由を発見したか否かにかかわらず,審決をするのに熟したといえる。審判長が審判の請求に係る査定の理由以外の拒絶の理由を新たに発見したとしても,審決をするのに熟したときには,新たな拒絶理由を通知することなく,審判の請求に係る査定の理由により審決をすること自体が違法であるということはできない。

イ 拒絶理由通知の懈怠2について

(ア) 本件前置報告書に先願明細書(甲2)は引用されていない。しかし,本件前置報告書あるいは本件審尋のいずれにも,先願明細書による拒絶の理由が解消されたとは記載されていないし,また他に,拒絶の理由が解消されたとみるべき具体的な根拠もない。したがって,先願明細書に基づく拒絶査定に係る拒絶理由は解消しているとみなすことが妥当であるとする原告の主張は根拠を持たない。

先願明細書(甲2)は,本件拒絶査定(甲4)及び本件拒絶査定に先立つ拒絶理由通知(乙3)で引用されており,これに対する反論の機会は原告に対して十分に与えられたものといえる。

(イ) 審決は「LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2」それ自体について実施例として記載されている,とするものではない。したがって,原告の「審決においては,『LixNi0.90Mg0.05Ti0.05O2(実施例6)の記載があることをもって,先願明細書(甲2)に,LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2が実施例として記載されているといえる』旨の認定がなされている。」という主張は誤りである。審決では,先願明細書には,LixNi0.90Mg0.05Ti0.05O2の実施例があること,審決に記載される(イ)~(ニ)を根拠として,LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2も実質的に記載されているとみるのが自然である,としている。

一方,本件拒絶査定(甲4)では,「さらに先願明細書実施例には一般式(1)化合物において元素AがMg,元素DがTiであるLixNi0.90Mg0.05Ti0.05O2で表せる化合物が記載されている(先願明細書公表公報特許請求の範囲,第5頁第8-13行,第6頁第6-26行,実施例6,9,表1等参照)。」(1頁下12行~下9行)とあり,さらに,「…先願発明は金属元素MとしてNiの他にCoも用い得ることから,該点において式(1)化合物と本願発明との間に差異があるものとも認められない。」(2頁8行~9行)とある。これらの記載によれば,本件拒絶査定では,先願明細書には実施例6等にLixNi0.90Mg0.05Ti0.05O2で表せる化合物が記載されており,また,MとしてNiの他にCoも用い得ることから,式(1)化合物と本願発明との間に差異があるとも認められないとしている。これは,先願明細書に「LixNi0.90Mg0.05Ti0.05O2」の実施例があることをもって先願明細書にLixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2が実質的に記載されているとの論理付けをしたことにほかならない。

よって,審決における論理付けは本件拒絶査定において何ら記載されていないという原告の主張は失当である。

第4当裁判所の判断

1  請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。

2  本願補正発明の意義について

(1)  本願の本件補正後の特許請求の範囲「請求項1」は,前記第3,1(2)アのとおりである。

(2)  また本願明細書(甲1)の【発明の詳細な説明】には,次の記載がある。

ア 発明の属する技術分野

「本発明は金属酸化物化合物およびその作製方法に関する。特に,本発明は,リチウム電池およびリチウムイオン電池に使用するドープされた金属酸化物挿入化合物に関する。」(段落【0001】)

イ 従来の技術

「リチウム金属酸化物のような金属酸化物は,種々の用途で有用性を有する。例えば,リチウム金属酸化物は,リチウム二次電池のカソード材料として用いられている。リチウム電池およびリチウムイオン電池は,電気自動車のような大電力用に使用することができる。この特定の用途においては,リチウム電池およびリチウムイオン電池は,直列に接続されて,モジュールを形成する。モジュール中の一個以上の電池が故障すると,残りの電池は,過充電状態になり,電池の破裂に到ることもありうる。したがって,それぞれの電池を個々にモニターし,過充電に対して防護することが重要である。」(段落【0002】)

「リチウムイオン二次電池のカソード材料に使用する最も魅力的な材料は,これまでLiCoO2,LiNiO2,及びLiMn2O4であった。しかしながら,これらのカソード材料は,リチウムイオン二次電池用として魅力的であるが,これらの材料に関連する明確な欠点がある。カソード材料にLiNiO2及びLiCoO2を使用する明確な利点の一つは,これらのリチウム金属酸化物が275mA・hr/gの理論容量を有することである。それにもかかわらず,実際にはこれらの材料の容量は,最大限まで使われることはない。実際,純粋なLiNiO2及びLiCoO2に対しては約140~150mA・hr/gしか使用することができない。上記のLiNiO2及びLiCoO2材料を更に充電(過充電)することによって,リチウムを更に取り去ると,リチウム層中にニッケルまたはコバルトが移動して,これらの材料のサイクル性能(cycleability)を損なう。更に,リチウムを更に取り去ると,加熱条件下で有機電解質と接触している上記酸化物の発熱的な分解が起き,安全災害を引き起こす。したがって,LiCoO2またはLiNiO2を使用するリチウムイオン電池は,典型的には,過充電防護されている。」(段落【0003】)

「LiCoO2及びLiNiO2は,リチウムイオン電池に使用する場合,更に欠点を有している。特に,LiNiO2は,LiCoO2よりも低温で急激な発熱的分解を起こすために,安全上の懸念を引き起こす。結果として,充電された最終生成物であるNiO2は,不安定であり,酸素を放出しながら発熱的分解を起こす(Dahnら,Solid State Ionics,Vol.69,265(1994))。従って,一般に,純粋なLiNiO2を市販のリチウムイオン電池用に選択することはない。加えて,コバルトは,比較的に希有であり高価な遷移金属であるので,正極が高価になる。」(段落【0004】)

「LiCoO2及びLiNiO2とは異なり,LiMn2O4スピネルは,過充電に対して安全と考えられており,このため,好適なカソード材料である。しかし,純粋なLiMn2O4に対しては容量範囲一杯でサイクルを安全に行うことができるが,LiMn2O4の比容量は低い。具体的には,LiMn2O4の理論容量は,148mA・hr/gに過ぎず,典型的には,良好なサイクル性能の条件下では115~120mA・hr/gより大きな値は得られない。斜方晶のLiMnO2及び正方晶の歪んだスピネルのLi2Mn2O4は,LiMn2O4スピネルより大きな容量を有する潜在能力がある。しかしながら,LiMnO2及びLi2Mn2O4に対して容量範囲一杯でサイクルを行うと,急速に容量が衰える。」(段落【0005】)

「二次リチウム電池に使用されるリチウム金属酸化物の比容量あるいは安全性の改善を図る種々の試みがなされてきた。例えば,これらリチウム金属酸化物の安全性及び/または比容量の改善を図る種々の試みとして,これらのリチウム金属酸化物に他のカチオンをドープ(dope)することが行われている。例えば,リチウム金属酸化物と組み合わせてリチウム及びコバルトカチオンが使用されている。しかしながら,得られる固溶体のLiNi1-xCoxO2(0≦x≦1)は,LiNiO2より若干安全性が優れ,Liに対し4.2V未満という,LiCoO2よりも大きな使用容量を有するものの,LiCoO2やLiNiO2と同様に過充電防護されなければならない。}(段落【0006】)

「一つの代替案は,残余の価電子を持たないイオンでLiNiO2をドープし,それによって,ある一定の充電点で上記材料を絶縁体に転換し,過充電から防護することである。例えば,Ohzukuら(Journal of Electrochemical.Soc.,Vol.142,4033,(1995))は,ニッケル酸リチウムのドーパント(dopant)として,Al3+を使用する(LiNi0.75Al0.25O4)と,LiNiO2に比較して過充電防護及び一杯の充電状態での熱安定性の改良が図られることを述べている。しかしながら,この材料のサイクル寿命特性は,未知である。一方,Aらの米国特許第5,595,842号には,Al3+の代わりにGa3+を使用することが示されている。他の例として,Bら(米国特許第5,370,949)によれば,LiMnO2にクロムカチオンを導入すると,空気に安定でリチウムセル中でのサイクル時に優れた可逆性を有する,正方晶の歪んだスピネル型の構造を生成できることが示されている。」(段落【0007】)

「リチウム金属酸化物に単一のドーパントをドープすることによって,これらの材料を改良することに成功を収めてきたが,リチウム金属酸化物中の金属を置換するのに使用できる単一のドーパントの選択は,多くの要因によって制約される。例えば,上記ドーパントイオンは,適正な原子価を持つことに加えて,適正な電子配置を持たなければならない。例えば,Co3+,Al3+及びGa3+は,すべて同じ原子価を持っているが,Co3+はCo4+に酸化でき,Al3+及びGa3+はできない。したがって,LiNiO2にAlまたはGaをドープすると,過充電防護(overcharge protection)がもたらされるが,コバルトのドーピングは同一の効果を持たない。また,ドーパントイオンは,構造中で適正なサイト(site)に存在しなければならない。Rossenら(Solid State Ionics Vol.57,311,(1992))によれば,LiNiO2中にMnを導入すると,カチオンの混合が促進され,したがって,特性に有害な効果を及ぼすことが示されている。更に,ドーピング反応の容易さ,ドーパントのコスト,及びドーパントの毒性を考慮に入れなければならない。これらの要因のすべてが,単一のドーパントの選択を制約する。」(段落【0008】)

ウ 発明が解決しようとする課題

「本発明の目的は,比容量,サイクル性能,安定性,取扱い性,コスト等の点で優れたリチウム電池等のセルのカソード材料として用いられるドープされた層間化合物を提供することにある。」(段落【0009】)

エ 課題を解決するための手段

「本発明では,LiMyOzまたはMyOzの一般式を有するリチウム金属酸化物または金属酸化物中の遷移金属Mを置換し,これらの層間化合物(intercalation compound)に対して集合的な効果をもたらす多種ドーパント(multiple dopant)が使用される。結果として,ドーパントの選択は,遷移金属Mと同じ原子価あるいは構造中のサイトの選択性を有する元素や,望ましい電子配置を有する元素や,実際の条件下でLiMyOzあるいはMyOz中に拡散する能力を有する元素に限定されない。注意深く選択された多種ドーパントの組み合わせを使用することによって,層間化合物に使用しうるドーパントの選択の幅を広げ,また,単一のドーパントよりも多くの有益な効果をもたらすことができる。例えば,多種ドーパントを使用すると,比容量,サイクル性能,安定性,取り扱い性及び/またはコストの点で,単一のドーパント金属酸化物でこれまで達成されたものに比べて,更なる改良をもたらすことができる。本発明のドープされた層間化合物は,リチウム電池及びリチウムイオン電池用の電気化学セルのカソード材料として用いることができる。」(段落【0010】)

「本発明のドープされたリチウム金属酸化物あるいはドープされた金属酸化物は,LiMy-x[A]xOzまたはMy-x[A]xOz(式中,Mは遷移元素であり,0<x≦yであり,[A]=ΣwiBi(i=1~n)(=w1B1+w2B2+・・・+wnBn)であり,Biは,遷移金属であるMを置換するために使用される元素であり,wiは全ドーパントの組み合わせにおける元素Biの分率であって,Σwi(i=1~n)=1であり,nは,使用するドーパント元素Biの総数であって,2またはそれより大きな正の整数であり,ドーパント元素Biの分率wiは,ΣwiEi(i=1~n)=置換遷移金属Mの酸化状態±0.5の式によって定まり,Eiは,最終生成物であるLiMy-x[A]xOzあるいはMy-x[A]xOzにおけるドーパントBiの酸化状態であり,ドーパント元素Biは,層間化合物中のカチオンであり,ドープされた層間化合物中のLi対Oの比は,ドープされない化合物であるLiMyOzあるいはMyOz中のLi対Oの比よりも小さくない。典型例として,MはCo,Ni,Mn,Ti,Fe,V及びMoから選択され,ドーパント元素Biは,ポーリングの電気陰性度が2.05より大きくないM,またはMo以外ならば,いかなる元素でもよい。」(段落【0011】)

「本発明の好ましい実施形態として,上記層間化合物は,LiMy-x[A]xOzの式で表され,ここで,MはNiあるいはCoであり,ドーパント元素BiはTi4+及びMg2+を含む。また,これらの層間化合物を記述するのに,LiNi1-xTiaMgbO2,LiCo1-xTiaMgbO2の式も使用できる。ここで,x=a+bであり,xは好ましくは0より大きく約0.5までの範囲にある。更に好ましくは,aはほぼbに等しく,bはこれらの層間化合物のaより小さくない。更に,ドーパント元素Biは他のカチオンを含むことがあり,あるいは,LiMy-x[A]xOzの式を有し,ここで,MはNiあるいはCoであり,y=1,z=2であり,ドーパント元素BiはTi4+,Mg2+及びLi+カチオンを含む。」(段落【0012】)

「また,本発明には,LiMy-x[A]xOzあるいはMy-x[A]xOzの式を有するドープされた層間化合物を作製する方法も含まれる。Mと,[A]と,オプションとしてのLiとを含むソース化合物(source compound)を混合し,LiMy-x[A]xOzあるいはMy-x[A]xOzに対応するM,[A],Liの間の化学量論的関係を提供する。ここで,Mは遷移金属であり,0<x≦yであり,[A]=ΣwiBi(i=1~n)であり,Biは,遷移金属Mを置換するために使用される元素であり,wiは,全ドーパントの組み合わせにおける元素Biの分率であり,nは,使用されるドーパント元素の総数であって,2以上の正の整数であり,ドーパント元素Biの分率wiは,ΣwiEi(i=1~n)=置換遷移金属Mの酸化状態±0.5の関係によって決定され,Eiは,最終生成物であるLiMy-x[A]xOzあるいはMy-x[A]xOzにおけるドーパントBiの酸化状態であり,ドーパント元素Biは,層間化合物中のカチオンとなるように選択され,ドープされた層間化合物中のLi対Oの比は,ドープされない化合物であるLiM4O2あるいはMyOz中のLi対Oの比よりも小さくない。層間化合物のカチオンは各々,別の原料化合物から供給されることもあり,あるいは,二つ以上のカチオンが同一原料化合物から供給されることもある。原料化合物の混合物を酸素の存在下で500℃~1000℃の温度で焼成すると,層間化合物を生成し,また,好ましくは,制御した方法によって冷却すると,リチウム電池及びリチウムイオン電池用の電気化学セルのカソード材料用として好適なドープされた層間化合物を生成する。以下の詳細な説明で,本発明の好ましい実施形態及び代替的実施形態を記述するが,それらの記述を考慮すれば,本発明の特徴及び利点は当業者には明白であろう。」(段落【0013】)

(3)  以上の(1)(2)によれば,本願補正発明は,リチウム二次電池のカソード材料等として用いられるリチウム金属酸化物又は金属酸化物の比容量,安全性等の改善を図るために,これらの酸化物を複数のドーパント元素でドープした層間化合物に関する発明であって,次のような構成を有する。

「LiMy-x[A]xOzまたはMy-x[A]xOz(式中,M=Co,Ni,Mn,Ti,Fe,VまたはMoであり,0<x<yであり,[A]=ΣwiBi(i=1からn)[式中,Biは,遷移金属であるMを置換するために使用される元素であり,wiは全ドーパントの組み合わせにおける元素Biの分率であって,Σwi(i=1からn)=1であり,nはドーパント元素Biの総数であって,2以上の正の整数である],ΣwiEi(i=1からn)は,LiMy-x[A]xOz化合物またはMy-x[A]xOz化合物における置換された遷移金属イオンMの酸化状態±0.5に等しく,Eiは最終生成物であるLiMy-x[A]xOzまたはMy-x[A]xOzにおけるドーパントBiの酸化状態であり,ドーパント元素Biは層間化合物中のカチオンであり,かつ少なくとも2つのドーパント元素Biは,LiMy-x[A]xOz化合物またはMy-x[A]xOz化合物におけるMの酸化状態と異なる酸化状態を有し,ドーパント元素Biは,MがNiの場合にはCoを含み,ドープされた層間化合物におけるLi対Oの比は,ドープされない化合物のLiMyOzまたはMyOzにおけるLi対Oの比よりも小さくない。)の式で表されるドープされた層間化合物。」

3  先願発明の意義について

(1)  先願明細書(甲2)には,次の記載がある。

ア 特許請求の範囲

「1.一般式LixMyAmDzOt[式中,0.8≦x≦1.2,0<z≦0.3,1.8≦t≦4.2,(0.8-m-z)≦y≦(2.2-m-z),0<m≦0.3であり,Mはニッケル,コバルト,マンガン及び鉄から選択される少なくとも1種の遷移金属であり,Aはマグネシウム及びカルシウムから選択される元素であり,DはMと異なり,周期表の4b~5a族の元素から選択される少なくとも1種の元素である]の電気化学的活物質を含む充電式リチウム電池陽極。」

「2.Dがチタン,ジルコニウム,バナジウム,クロム,モリブデン,銅,亜鉛,カドミウム,アルミニウム,ガリウム及び錫から選択される少なくとも1種の金属である請求項1に記載の電極。」

「3.Mがニッケル,コバルト,マンガン及び鉄から選択される遷移金属の混合物であり,ニッケルを主成分とする請求項1又は2に記載の電極。」

「9.請求項1から8のいずれか一項に記載の電極の製造方法であって,前記活物質の製造段階として,少なくとも1種のリチウム化合物と,少なくとも1種の遷移金属とマグネシウム及びカルシウムから選択される元素からなる少なくとも1種の酸素化合物を含む混合物を調製する段階と,混合物を粉砕後,酸化雰囲気で熱処理する段階を含む前記方法。」

「10.前記リチウム化合物が水酸化リチウム,炭酸リチウム,硝酸リチウム,酸化リチウム及びそれらの混合物から選択される請求項9に記載の方法。」

「11.前記酸素化合物が酸化物,水酸化物,オキシ水酸化物及びそれらの混合物から選択される請求項9又は10に記載の方法。」

「12.前記酸素化合物が周期表の4b~5a族の元素から選択される少なくとも1種の元素を更に含む請求項9から11のいずれか一項に記載の方法。」

「13.前記混合物がほぼ等モル混合物である請求項9から12のいずれか一項に記載の方法。」

「14.前記混合物が酸素化合物の約2倍モルのリチウムを含む請求項9から13のいずれか一項に記載の方法。」

イ 発明の詳細な説明

(ア) 「充電式リチウム電池電極

本発明は充電式リチウム電池電極,より詳細には前記電極に含まれる電気化学的活物質に関する。

一般式LixMyOtの遷移金属リチウム酸化物はリチウム電池で使用可能な活物質として知られているが,その性能は改善の余地がある。より詳細には,高い初期容量を維持しながらこれらの材料のサイクル容量の安定性を改善することが必要である。

電極のサイクル容量を安定化するために,米国特許第4,668,595号は,Al,In又はSnの元素の1種を含む遷移金属のアルカリ酸化物の使用を提案している。しかし,これらの元素は放電電圧を低下させるので,初期エネルギーが低下する。

リチウムニッケル酸化物のニッケルをTi,V,Mn,Fe(EP-0554906)又はCoもしくはCr(EP-0468942号及びEP-0554649)等の元素に置換することも検討されている。しかし,これらの材料の容量はサイクル中に迅速に低下する。

ヨーロッパ特許出願EP-0630064号は一般式LixAyMzJmOp(式中,AはNa及び/又はKであり,MはNi,Co及び/又はMnであり,JはB,Si,Ge,P,V,Zr,Sb又はTiである)のリチウム酸化物を提案している。

これらの材料は他の面を犠牲にしながら性能の一面しか改善していない。

本発明の目的は,特に周囲温度よりも高い温度でサイクル中に安定した高い初期比容量をもつ電気化学的活物質を提案することである。

本発明は,一般式LixMyAmDzOt[式中,0.8≦x≦1.2,0<z≦0.3,1.8≦t≦4.2,(0.8-m-z)≦y≦(2.2-m-z),0<m≦0.3であり,Mはニッケル,コバルト,マンガン及び鉄から選択される少なくとも1種の遷移金属であり,Aはマグネシウム及びカルシウムから選択される元素であり,DはMと異なり,周期表の4b~5a族の元素から選択される少なくとも1種の元素である]の電気化学的活物質を含む充電式リチウム電池陽極に関する。

上記式中,Liはリチウムを表し,Oは酸素である。Dは周期表の4b~5a族の元素から選択される少なくとも1種の元素であり,周期表(HANDBOOK of CHEMISTRY and PHYSICS,第46版)の4b~5a族の元素とは,Ti,Zr等~Sb,Biの範囲に含まれる元素を意味する。

好ましくは,Dはチタン,ジルコニウム,バナジウム,クロム,モリブデン,銅,亜鉛,カドミウム,アルミニウム,ガリウム及び錫から選択される少なくとも1種の金属である。ドーパント元素Dは材料の構造を規定する遷移金属Mの一部を置換するように導入される。

好ましくは,Mはニッケル,コバルト,マンガン及び鉄から選択される遷移金属混合物であり,ニッケルを主成分とする。」(4頁2行~5頁13行)

(イ) 「本発明は充電式リチウム電池電極用電気化学的活物質の製造方法にも関する。この方法は,少なくとも1種のリチウム化合物と,少なくとも1種の遷移金属Mとマグネシウム及びカルシウムから選択される元素Aからなる少なくとも1種の酸素化合物を含む混合物を調製する段階と,混合物を粉砕後,例えば空気又は酸素下の酸化雰囲気で熱処理する段階を含む。

好ましくは,前記リチウム化合物は水酸化リチウム又はリチンLiOH(H2O),炭酸リチウムLi2CO3,硝酸リチウムLiNO3,酸化リチウムLi2O及びそれらの混合物から選択される。

好ましくは,前記酸素化合物は酸化物,水酸化物,オキシ水酸化物及びそれらの混合物から選択される。

変形例によると,前記酸素化合物は周期表の4b~5a族の元素から選択される少なくとも1種の元素Dを更に含む。

第1の実施態様によると,前記混合物はほぼ等モル混合物であり,即ちリチウム(nLi),遷移金属M(nM),Aにより表される元素(nA)及びDにより表される元素(nD)のモル数は,関係式nLi/(nM+nA+nD)≒1を満たす。

この混合物は例えばLiNiO2,LiCoO2,LiFeO2,LiMnO2等から誘導されるLixMAmDzO2型の構造をとる。

第2の実施態様によると,前記混合物は酸素化合物の約2モル倍のリチウムを含み,即ちリチウム(nLi),遷移金属M(nM),Aにより表される元素(nA)及びDにより表される元素(nD)のモル数は,関係式nLi/(nM+nA+nD)≒2を満たす。

この混合物は例えばLiNi2O4,LiCo2O4,LiMn2O4等から誘導されるLixM2AmDzO4型の構造をとる。」(5頁21行~6頁17行)

(ウ) 「本発明の他の特徴及び利点は,非限定的な例示である下記実施例と,サイクル数Nの関数として材料の比容量C(mAh/g)の変化を示す図面に明示される。

実施例1

リチンLiOH(H2O)と酸化ニッケルNiOの等モル混合物から参照材料Iを調製した。混合物を粉砕後,空気下で700℃で10時間熱処理した。合成後,材料を所望の粒度まで更に粉砕した。

実施例2

例えば硝酸ニッケルの塩基性溶媒溶液の沈殿により,リチンLiOH(H2O)と水酸化ニッケルNi(OH)2の等モル混合物から参照材料IIを調製した。混合物を粉砕後,空気下で750℃で5時間熱処理した。合成後,材料を所望の粒度まで更に粉砕した。

実施例3

ドーパント元素5モル%を含む一般式LixNi0.95D0.05O2の従来技術材料を調製した。

これらの材料は,硝酸ニッケルとドーパント元素の硝酸塩の塩基性溶媒溶液の沈殿により調製したニッケルとドーパント元素の混合水酸化物である化合物Ni0.95D0.05(OH)2をリチンに混合した以外は,実施例2と同様に製造した。

調製した材料IIIa~IIIgは夫々ドーパント元素DとしてAl,Sn,Ti,Mn,Fe,Cr及びGeを含む。

実施例4

Cd,Zn及びCuから夫々選択されるドーパント元素D5モル%を含む一般式LixNi0.95D0.05O2の比較材料IVa~IVcを調製した。

これらの材料は,硝酸ニッケルとドーパント元素の硝酸塩の塩基性溶媒溶液の沈殿により調製したニッケルとドーパント元素の混合水酸化物である化合物Ni0.95D0.05(OH)2をリチンに混合した以外は,実施例2と同様に製造した。

実施例5

マグネシウム5モル%を含む一般式LixNi0.95Mg0.05O2の材料Vを調製した。

この材料は,硝酸ニッケルと硝酸マグネシウムの塩基性溶媒溶液の沈殿により得たマグネシウムMg5モル%で置換した水酸化ニッケルNi(OH)2である化合物Ni0.95Mg0.05(OH)2をリチンに混合した以外は,実施例2と同様に製造した。

実施例6

マグネシウム5モル%とチタン5モル%を含む一般式LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2の本発明による材料VIを調製した。

この材料は,硝酸ニッケル,硝酸マグネシウム及びチタンの酸素化合物の塩基性溶媒溶液の沈殿により得たマグネシウムMg5モル%とチタンTi5モル%で置換した水酸化ニッケルNi(OH)2である化合物Ni0.90Mg0.05Ti0.05(OH)2をリチンに混合した以外は,実施例2と同様に製造した。

実施例7

マグネシウム5モル%と錫5モル%を含む一般式LixNi0.90Mg0.05Sn0.05O2の本発明による材料VIIを調製した。

この材料は,硝酸ニッケル,硝酸マグネシウム及び錫の酸素化合物の塩基性溶媒溶液の沈殿により得たマグネシウムMg5モル%と錫Sn5モル%で置換した水酸化ニッケルNi(OH)2である化合物Ni0.90Mg0.05Sn0.05O2をリチンに混合した以外は,実施例2と同様に製造した。

実施例8

材料の比容量に及ぼすドーパントの効果を試験した。このために,夫々上記のように調製した材料と,炭素粉末と,電極の機械的耐性を確保するポリマー結合剤を含む電極を作製した。…」(7頁11行~9頁6行)

(エ) 「実施例9

サイクル中の材料の容量の安定性に及ぼすドーパントの効果を試験した。このために,実施例8に記載したように電極を作製した。…」(11頁1行~3行)

(2)  以上によれば,先願明細書(甲2)には,「一般式がLixMyAmDzOt[式中,0.8≦x≦1.2,0<z≦0.3,1.8≦t≦4.2,(0.8-m-z)≦y≦(2.2-m-z),0<m≦0.3であり,Mはニッケル,コバルト,マンガン及び鉄から選択される少なくとも1種の遷移金属であり,Aはマグネシウム及びカルシウムから選択される元素であり,DはMと異なり,周期表の4b~5a族の元素から選択される少なくとも1種の元素である]であり,D元素がドープされている,充電式リチウム電池陽極に用いる電気化学的活物質」が記載されており,実施例として,「LixNi0.90Mg0.05Ti0.05O2からなる充電式リチウム電池陽極に用いる電気化学的活物質」(実施例6)が記載されている。

4  取消事由1(一致点認定の誤り)について

(1)  前記3で認定したところによれば,先願明細書(甲2)には,「一般式がLixMyAmDzOt[式中,0.8≦x≦1.2,0<z≦0.3,1.8≦t≦4.2,(0.8-m-z)≦y≦(2.2-m-z),0<m≦0.3であり,Mはニッケル,コバルト,マンガン及び鉄から選択される少なくとも1種の遷移金属であり,Aはマグネシウム及びカルシウムから選択される元素であり,DはMと異なり,周期表の4b~5a族の元素から選択される少なくとも1種の元素である]であり,D元素がドープされている,充電式リチウム電池陽極に用いる電気化学的活物質」が記載されているところ,「LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2」は,この一般式に含まれるものである。また,前記3(1)イ(イ)のとおり,先願明細書(甲2)には,第1の実施態様として,LiCoO2から誘導されるLixMAmDzO2型の構造をとる活物質が記載されており,その中には,「LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2」も含まれると解される。しかし,「LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2」は,上記一般式又は第1の実施態様に含まれ得る多くの活物質の一つにすぎないものであって,多くの活物質の中から特に「LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2」を選択すべき旨が記載されているということもない。

また,先願明細書(甲2)に記載された実施例は,前記3(1)イ(ウ)(エ)のとおりであって,「LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2」は実施例としては記載されていない。前記3で認定したとおり,実施例として,「LixNi0.90Mg0.05Ti0.05O2からなる充電式リチウム電池陽極に用いる電気化学的活物質」(実施例6)が記載されているが,これは,「LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2」とは,「Ni」と「Co」という違いがあり,「Ni」と「Co」がいずれも鉄族元素に属し,その化学的性質が似通っているとしても,直ちに「LixNi0.90Mg0.05Ti0.05O2」と「LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2」とを同一視することはできない。

そうすると,先願明細書(甲2)に「LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2」からなる充電式リチウム電池陽極に用いる電気化学的活物質が記載されていると認めることはできず,「…先願明細書には,LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2からなる充電式リチウム電池陽極に用いる電気化学的活物質も実質的に記載されていると解するのが自然である。」との審決の認定(5頁1行~5頁4行)には誤りがあることになる。

(2)  そして,上記の「…先願明細書には,LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2からなる充電式リチウム電池陽極に用いる電気化学的活物質も実質的に記載されていると解するのが自然である。」との審決の認定を前提とする,審決の次の各認定も誤りである。

ア 「したがって,先願明細書には,『LiCoO2から誘導されるLixMAmDzO2[式中 0.8≦x≦1.2,0<z≦0.3,1.8≦t≦4.2,(0.8-m-z)≦y≦(2.2-m-z),0<m≦0.3であり,Mはニッケル,コバルト,マンガン及び鉄から選択される少なくとも一種の遷移金属,Aはマグネシウム及びカルシウムから選択される元素であり,DはMと異なり,周期表の4b~5a族の元素から選択される少なくとも1種の元素]型の充電式リチウム電池陽極に用いられ,かつ,ドープ元素を有し,電気化学的活物質である,LixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2。』…が記載されているといえる。」(5頁21行~29行)

イ 「…先願発明の『LiCoO2から誘導されるLixMAmDzO2型の充電式リチウム電池陽極に用い,かつ,ドープ元素を有し,電気化学的活物質である』は,補正後発明1における『ドープされた層間化合物』に相当することが自明である。」(6頁15行~18行)

ウ 「そこで,補正後発明1と先願発明とを対比すると,両者は,『LiMy-x[A]xOz(式中,M=Co,Ni,Mn,Ti,Fe,VまたはMoであり,0<x<yであり,[A]=ΣwiBi(i=1からn)[式中,Biは,遷移金属であるMを置換するために使用される元素であり,wiは全ドーパントの組み合わせにおける元素Biの分率であって,∑wi(i=1からn)=1であり,nはドーパント元素Biの総数であって,2以上の正の整数である],ドーパント元素Biは層間化合物中のカチオンであり,かつドーパント元素Biは,MがNiの場合にはCoを含む)の式で表されるドープされた層間化合物。』である点で一致し,」(6頁22行~30行)

(3)  なお,被告は,原告が先願明細書にはLixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2の実施例がないから先願明細書にはこれが記載されているとすることはできないと主張することは,原告自ら,本願補正発明が「発明の詳細な説明」に記載されたものでなく,特許法36条6項1号に違反しているということを認めることになる,と主張するが,特許法29条の2の適用に当たって先願明細書にどのような発明が記載されているかの認定と本願が特許法36条6項1号に適合するかどうかの判断は異なるものであって,先願明細書にLixCo0.90Mg0.05Ti0.05O2が記載されていないことから直ちに本願が特許法36条6項1号に適合しないものとなるということはない。

6  結論

以上のとおり,原告主張の取消事由1は理由があるので,その余について判断するまでもなく原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 森義之 裁判官 澁谷勝海)

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