知財高等裁判所 平成20年(行ケ)10131号 判決 2009年1月28日
原告
株式会社陽紀
訴訟代理人弁護士
松本司
同
田上洋平
訴訟代理人弁理士
三枝英二
同
松本尚子
同
眞下晋一
同
森義明
同
森脇正志
被告
株式会社豊栄商会
訴訟代理人弁護士
竹田稔
同
川田篤
訴訟代理人弁理士
大森純一
同
折居章
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2007-880006号について平成20年3月5日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1 本件は,被告の有する後記意匠について原告が無効審判請求をしたところ,特許庁が請求不成立の審決をしたことから,原告がその取消しを求めた事案である。
2 当事者間に争いのない事実等
(1) 特許庁等における手続の経緯
被告は,平成13年2月13日,意匠に係る物品を「取鍋」とし,その形態を別紙審決写しの別紙第1のとおりとする意匠につき意匠登録出願(意願2001-3118号)をし,平成14年2月8日,特許庁から意匠登録第1137667号として設定登録を受けた(意匠公報は甲2。以下,この意匠を「本件意匠」という。)。
これに対し,平成19年5月18日,原告から無効審判請求がされたので,特許庁はこれを無効2007-880006号事件として審理し,平成20年3月5日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その審決謄本は,平成20年3月17日原告に送達された。
(2) 審決の内容
ア 審決の内容は,別紙審決写しのとおりである。
その理由の要点は,本件意匠(別紙審決写しの別紙第1のとおり)は,特公平4-6464号公報(甲4)の第6図に記載された,その形態を別紙審決写しの別紙第2のとおりとする意匠(以下「公知意匠1」という。),原告が公知意匠1の実施品であって平成元年から公然実施されていたものの写真(甲5)であると主張し,その形態を別紙審決写しの別紙第3のとおりとする意匠(以下「公知意匠2」という。)及び特開平5-293634号公報(甲6)の図1に記載された,その形態を別紙審決写しの別紙第4のとおりとする意匠(以下「公知意匠3」という。)に基づいて,当業者が容易に創作できた意匠と判断することができないから,本件意匠について,意匠法3条2項の規定に違反して登録されたものとして,その登録を無効とすることはできない,としたものである。
イ なお,審決は,本件意匠と公知意匠1~3を次のとおり認定した上,本件意匠と公知意匠1とを対比して,その共通点と差異点を次のとおり認定した。
「1.本件登録意匠
本件登録意匠は,平成13年2月13日に意匠登録出願をし,平成14年2月8日に意匠権の設定の登録がなされた登録第1137667号意匠であり,意匠に係る物品を「取鍋」とし,その形態は,願書及び願書に添付した図面に記載されたとおりであって,以下のとおりであることが認められる。(別紙第1参照)
A.基本的な構成態様
有底円筒形状の取鍋本体と,取鍋本体を覆う円形の大蓋と,大蓋の中心に設けられた円形の小蓋と,取鍋本体の側面に設けられ,その外周底部付近から上方に向けて徐々に外側に突き出した形状の突出し部と,突出し部の上端に取り付けられ,先端部が下方に屈曲した配管とからなるものである。
B.各部の具体的な態様
(a) 取鍋本体は,高さと径がおおよそ等しく,上端にフランジを有し,下面に,断面ロ字状のチャネル材が2本,両端が取鍋本体からわずかにはみ出す程度の長さとして,やや間隔を空けて平行に配されたものである。
(b) 大蓋は,径が取鍋本体と同径の円盤状で,下端にフランジが設けられて,閉蓋時に取鍋本体のフランジと重なり,また上面中央に,大蓋径の略1/2の径の輪状のフランジが設けられたものである。
(c) 小蓋は,径が大蓋径の2分の1弱で,厚みが大蓋とほぼ等厚の円盤状で,下端にフランジが設けられて,閉蓋時に大蓋上面のフランジと重なり,上面,及び側面に取っ手,及びヒンジが設けられている。
(d) 突出し部は,本体側面に取り付けられた正面視が縦長逆三角状をなす突出し部本体と,その上部に継ぎ足された短円筒状のパイプ部材からなる。
(e) 突出し部本体は,縦長逆三角盤状で,その外側に当たる辺(以下「傾斜辺」とする。)が,取鍋本体の底部やや上位置から,約30度の斜め上向きに外方に突き出しており,この傾斜辺は,横断方向に略半円状の曲面をなしていると認められ,上端面が,取鍋本体の上端(フランジ位置)よりやや低い位置において,横水平面をなして塞がれている。
(f) パイプ部材は,突出し部本体に対してやや小径で,角度を,突出し部本体の傾斜辺と同じ角度で,斜め上向きに継ぎ足されたもので,上端が,大蓋の高さとほぼ同じ高さにおいて,傾斜方向に対して垂直状に横断されて,外周にフランジが形成されている。
(g) 配管は,パイプ部材に対してやや小径で,全体が浅い逆略U字状をなして,全体が僅かな上向きに取り付けられたもので,具体的には,パイプ部材の上端にフランジを介して連結された後,パイプ部材と同じ角度で小蓋の上面とほぼ同じくらいの高さまで伸ばされ,この高さで水平方向に傾きを変えて,フランジが設けられて中間管に連結され,中間管は,水平方向に対して僅かな上向きで外方に伸ばされ,先端部分で再度フランジを介して曲管に連結され,曲管の先端が小蓋の上面とほぼ等しい高さで下向きに開口しているもので,配管の先端が,取鍋本体の側面から,取鍋本体の径と大略同程度,外方に突き出た位置にある。
2.公知意匠
本件登録意匠が意匠法第3条第2項の規定に該当するとして請求人が提出した公知意匠は,以下のとおりである。
(1) 公知意匠1
公知意匠1は,甲第4号証として提出された,特許出願公告平4-6464号特許公報の第6図に掲載された「取鍋」の意匠であって,その形状は,当該公報の記載によれば,以下のとおりであることが認められる。(別紙第2参照)
A.基本的な構成態様
有底円筒形状の取鍋本体と,取鍋本体を覆う円形の大蓋と,大蓋の中心に設けられた円形の小蓋と,取鍋本体の側面に設けられ,その外周から上方に向けて徐々に外側に突き出した形状の突出し部からなるものである。
(なお,公知意匠1である第6図は断面図であるが,当該公報の「発明の詳細な説明」の欄の「実施例」の項に,第1図に関して「2は開口部が密閉可能な円筒形の取鍋」との記載があり,この記載に照らせば,「取鍋の一例を示す縦断正面図」として,第1図と同じ符号を用いて説明された第6図も,取鍋本体が円筒形で,大蓋,及び小蓋も円形と解すのが自然である。)
B.各部の具体的な態様
(a) 取鍋本体は,高さと径がおおよそ等しく,上端にフランジを有し,下面に,断面ロ字状のチャネル材が2本,両端が取鍋本体からわずかにはみ出す程度の長さとして,やや間隔を空けて平行に配されたものである。
(b) 大蓋は,径が取鍋本体と同径の円盤状で,下端にフランジが設けられて,閉蓋時に取鍋本体のフランジと重なり合うものである。
(c) 小蓋は,径が大蓋径の2分の1弱で,厚みが大蓋とほぼ等厚の円盤状で,上面に取っ手が設けられたものである。
(d) 突出し部は,概略円筒形と認められる筒体が,その外側辺を取鍋本体の側面のほぼ中間の高さ位置として,約30度の斜め上向きで外方に突き出す態様で取り付けられているもので,正面視がおおよそ縦長逆三角状を呈し,その外側辺が,横断方向に,略半円状の曲面をなしていると認められ,上端が大蓋の高さとほぼ等しい高さにおいて,傾斜方向に対して垂直に横断されている。
(2) 公知意匠2
公知意匠2は,甲第5号証として2枚の写真により示された取鍋の意匠であり,請求人が公知意匠1の実施品であって,平成元年より公然実施されていたもの,とする意匠であり,その形状は,甲第5号証の2枚の写真に表されたとおりであり,公知意匠1に係る上記の形状がほぼ示されている。(別紙第3参照)
(3) 公知意匠3
公知意匠3は,甲第6号証として示された,平成5年11月9日発行の特開平5-293634号公開特許公報第1図に掲載された「溶湯運搬炉」の意匠であって,当該公報の第1図,及びこれに関連する記載によれば,以下の形状を認めることができる。(別紙第4参照)
A.基本的な構成態様
上面が塞がれた有底四角筒状の運搬炉本体と,上面中央に設けられた円形の小蓋と,本体の一方の側面に,側面全体が底部付近から上方に向けて徐々に外側に突き出す態様で形成された突出し部と,この突出し部の上面に取り付けられ,先端部が下方に屈曲した配管を備えた構成態様である。
B.各部の具体的な態様
(a) 突出し部は,運搬炉本体の一方の側面の全幅において,正面視が縦長逆三角形状なす態様で形成されたもので,外側に当たる辺(傾斜辺)が運搬炉本体のほぼ底部位置から,約30度の斜め上向きに外方に突き出たものであり,上端が運搬炉本体の上端よりやや低い位置において,傾斜に方向に対して垂直の斜め上向きに閉じられて,頂面が矩形の傾斜面を形成するもので,配管が,この傾斜面に取り付けられている。
(b) 配管は,全体(運搬炉の内側部分は除く)が略逆U字状をなす態様で,取り付けられたもので,具体的には,突き出し部の傾斜と同じ角度で短く伸ばされ後,外方に90度折曲されてフランジが設けられて中間管に連結され,中間管は水平方向に対してやや下向きに短く伸び,再度フランジを介して曲管に連結され,曲管は下降部分がやや長く,先端が,運搬炉の側面から,運搬炉本体の横幅の1/2程度,外方に突出した位置において,運搬炉の高さの中間当たりで下向きに開口しているものである。
3.本件登録意匠の創作容易性についての検討
(1) 本件登録意匠と公知意匠1の対比
まず,本件登録意匠を公知意匠1と対比するに,両意匠は意匠に係る物品が共通し,その基本的な構成態様(A.)に関して,有底円筒形状の取鍋本体と,取鍋本体を覆う円形の大蓋と,大蓋の中心に設けられた円形の小蓋と,取鍋本体の側面にその外周から上方に向けて徐々に外側に突き出した形状の突出し部分を備えた構成である点で共通する。またその具体的な態様(B.)においても,取鍋本体(a)について,高さと径がおおよそ等しく,上端にフランジを有し,下面に,断面ロ字状のチャネル材が2本,両端が取鍋本体からわずかにはみ出す程度の長さとして,やや間隔を空けて平行に配されたものである点,大蓋(b)に関して,径が取鍋本体と同径の円盤状で,下端にフランジが設けられて,閉蓋時に取鍋本体のフランジと重なるものである点,小蓋(c)に関して,径が大蓋径の2分の1弱で,厚みが大蓋とほぼ等厚の円盤状で,上面に取っ手が設けられている点,突出し部(d,e,及びf)に関して,本体の側面から突き出た部分(突出し部本体)が,正面視で略縦長逆三角状で,その外側に当たる傾斜辺が,約30度の斜め上向きに外方に突き出し,この傾斜辺(外側辺)は,横断方向に略半円状の曲面をなしていると認められ,上端(本件登録意匠においてはパイプ部材の上端)が大蓋の高さとほぼ同じ高さにおいて,傾斜方向に対して垂直状に横断されている点,が共通する。従ってこの共通する形状は,本件登録意匠の出願前の公然知られた形状である。
一方,両意匠は差異として,まず基本的構成態様(A.)に関する点として,(ア)本件登録意匠は,突出し部の上端に,先端部が下方に屈曲した配管が取り付けられた構成であるが,公知意匠1は配管が取り付けられていない構成である点,具体的な構成態様(B.)に関して,(イ)突出し部の取付け位置について,本件登録意匠は,その外側に当たる傾斜辺が,取鍋本体の底部やや上位置から突き出す態様であるが,公知意匠1は取鍋本体の高さのほぼ中間位置から突き出す態様である点,(ウ)突出し部の全体構成について,本件登録意匠は,正面視が縦長逆三角状をなす突出し部本体と,その上部に継ぎ足された短円筒状のパイプ部材からなる構成であるが,公知意匠1には,パイプ部材に相当するものがなく,全体がおおよそ縦長逆三角状に構成されている点,(エ)大蓋の上面,及び小蓋の下端について,本件登録意匠は輪状のフランジが設けられて,閉蓋時に重なり,小蓋の外周に輪状の段部が形成されるが,公知意匠1には該当するフランジが設けられておらず,段部が形成されていない点,が認められる。」
第3原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(パイプ部材の認定とそれに基づく判断の誤り)
(1) 審決は,突出し部の具体的な構成態様(d)として「突出し部は,本体側面に取り付けられた正面視が縦長逆三角状をなす突出し部本体と,その上部に継ぎ足された短円筒状のパイプ部材からなる。」(5頁9行~10行)と認定し,この認定と前提とした論理を展開する。
しかし,意匠の範囲は願書に添付した図面で現された形状を前提として認定されるべきものであって,実施品の構成や各部材の機能等を考慮して認定されるべきものではない。
仮に当業者にとって図面より各部材の機能等を把握することが可能であって,どの部分を一体として把握できるかを認識できる場合があるとしても,審決は「突出し部本体と,その上部に継ぎ足された短円筒状のパイプ部材からなるものとした構成は,本件登録意匠の出願前に認めることができず」(9頁29行~31行)としているところ,新規の形態であれば,需要者がどの部分とどの部分とを一体として認識するかは明らかでなく,当業者でも「パイプ部材」が突出し部の一部であると認識することはできないことになる。
(2) また,本件意匠の「パイプ部材」は,次のア~ウに照らせば,その形態・大きさ共に,縦長逆三角状の部材(突出し部)よりも配管に近似した構成であり,配管と共に一つのまとまった構成を有していることから,需要者からパイプ部材は配管の一部として認識され,突出し部を構成するものとは認識されないことが明らかである。
ア 縦長逆三角状の部材の上辺の長さは,突出し部が接触している部分の長さと比較して約1.8倍であり,大きさが大きく異なる。
イ 縦長逆三角状の部材は,正面視直角三角状であり,外側に当たる部分(取鍋と接触していない部分)が斜辺を構成しているのに対し,パイプ状の部材は正面視台形状であり,取鍋側の辺も外側部の辺と平行状になっており,形状が著しく異なる。
ウ パイプ部材は,それに続く配管よりやや大径であり,パイプ部材も配管も共にそれぞれフランジ部が設けられ,パイプ部と配管,配管と配管はそれぞれフランジ部で接合されており,近似した構成を有している。
2 取消事由2(容易創作性の判断の誤り)
(1) 審決は,「配管(g)の形態についても,公知意匠3,或いは甲第9号証意匠との間にそれぞれ概念的な共通性はみられるものの具体的な形状差が認められ,突出し部の構成態様,及び配管の構成態様にも多様なものが想定されるところであり,本件登録意匠の形状が,本件登録意匠の取鍋を加圧式に変更したことに伴う必然的,或いは不可避の形状変更の範囲のもの,と判断することはできない。」(10頁30行~35行)とする。
しかし,意匠の常套的な形態の組合せの範囲にとどまる場合には意匠の創作性は否定されるべきである。そして,突出し部本体も公知意匠1の第1図に,「18」とされた突出し部の形状と同じであり,配管の形状も特異の形状ではなく常套的な形状の配管である。本件意匠と公知意匠との間に配管の具体的な形状差が認められるとしても,意匠の創作容易性の判断は,公知意匠との直接的な対比によって生じる美観の差異の判断ではなく,公知意匠から当業者が容易に創作できたかどうかの判断であるから,この形状差が常套的な域を出ない以上,意匠の創作性を認めることはできない。
また,意匠の範囲とは,願書の記載及び願書に添付した図面に記載された意匠に「基いて定め」るもの(意匠法24条1項)であって,図面記載の意匠そのものに限定されるものではない。しかるに,審決の「概念的な共通性はみられるものの具体的な形状差が認められ」との判断は,意匠の範囲を図面記載の意匠そのものに限定するものであり,この理由により容易創作性が否定されるのであれば,登録意匠の効力を類似範囲にまで及ぶとした意匠法23条本文と矛盾するものであって,当を得ない判断である。
(2) 前記1に主張したとおり,本件意匠における「パイプ部材」と「配管」とは一体として把握できるものである。そうすると,本件意匠(背面図)の配管と公知意匠3の配管の両者は,共に3か所のフランジ部を有し,右から第1のフランジと第2のフランジの間は屈曲し,第2のフランジと第3のフランジ間の配管は直線であり,第3のフランジから先端は下方へ屈曲している。そして,公知意匠3における配管の形状を実施の形態に応じて適宜角度や長さを変更することは,当業者にとって極めてありふれた手法にすぎない結果,常套的な形態の範囲にとどまる限りは,容易創作性が肯定されることとなる。
(3) 被告は,突出し部を構成するパイプ部材が公知意匠1にみられないことをもって,その点が形状差であると主張する。しかし,前記1に主張したとおり,パイプ部材を突出し部の一部とした審決の認定は誤りである。
また,被告は,本件意匠がパイプ部材を配置したことにより「横方向への広がりを持ち伸びやかな美感」を有すると主張する。しかし,パイプ部材は突出し部である縦長三角状部材より外方に出ているものではないから,パイプ部材の存在により被告の主張するような美感は生じ得ない。
第4被告の反論
1 取消事由1(パイプ部材の認定とそれに基づく判断の誤り)に対し
(1) 審決は,突出し部について,「本体側面に取り付けられた正面視が縦長逆三角状をなす突出し部本体と,その上部に継ぎ足された短円筒状のパイプ部材からなる」(4頁31行~5頁10行)と認定しているところ,審決の同認定は,願書及び願書に添付した図面に記載されたところから正当である。
(2) 原告は,意匠の範囲は願書に添付した図面で現された形状を前提として認定されるべきものであって,実施品の構成や各部材の機能等を考慮して認定されるべきものではないなどと主張する。しかし,前記第2の2(2)のとおり,審決は,願書及び願書に添付した図面に記載された形状に基づいて,本件意匠の基本的及び具体的な構成態様を認定しており,願書及び願書に添付した図面に記載された形状に基づかないで,実施品の構成や各部材の機能等を考慮して認定したものではない。このことに照らせば,その他の主張も含め,原告の取消事由1に関する主張はすべて理由がない。
2 取消事由2(容易創作性の判断の誤り)に対し
(1) 原告は,意匠の常套的な形態の組合せの範囲にとどまる場合には意匠の創作性は否定されるべきと主張する。
しかし,本件意匠の創作容易性について検討される公知形状等の形態は,あくまで公知の形状等として特定された形態であって,その公知の形態から抽出された概念的な形態ではないから,「常套的な形態」をその検討対象とする原告の上記主張は失当である。また,原告は,公知意匠3の配管と本件意匠の配管との形状差が常套的な形態の域を出ないものである根拠について全く説明しておらず,同形状差は,当業者であれば当然に考えられるものとはいえない。さらに,公知意匠1の突出し部と本件意匠の突出し部との形状差(パイプ部材に相当するものの有無)についても同様である。すなわち,本件意匠において突出し部本体の上にいきなり配管が接続されるより,突出し部本体と配管とをつなぐものとしてパイプ部材を配置した構成により本件意匠の「横方向への広がりを持ち伸びやかな美感」により,全体印象として,特有のまとまり感を生じさせているといえ,原告のいう「常套的な形態の域」を出ないものではない。
(2) 原告は,審決の「概念的な共通性はみられるものの具体的な形状差が認められ」との判断は,意匠の範囲を図面記載の意匠そのものに限定するものであって当を得ない判断であると主張する。
しかし,原告の上記主張は,意匠法の保護対象である意匠が物品の形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合であって,視覚を通じて美感を起こさせるものであり,具体的に形態が特定されるものである点を無視し,特許法で保護する発明のように思想として捉えすぎるために,概念的共通性にこだわり,意匠創作における具体的形状を過小評価するものであって,失当である。
(3) 原告は,意匠の各部分のみを取り出し,それぞれを対比するという検討手法を採っているが,このような検討手法自体が失当である。本件意匠については,その各部の具体的な構成態様により全体として「横方向に広がりを持ち伸びやかな美感」が把握されるものである。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1(パイプ部材の認定とそれに基づく判断の誤り)について
(1) 原告は,審決が,突出し部の具体的な構成態様(d)として「突出し部は,本体側面に取り付けられた正面視が縦長逆三角状をなす突出し部本体と,その上部に継ぎ足された短円筒状のパイプ部材からなる。」(5頁9行~10行)と認定したのは誤りであると主張する。
しかし,本件意匠をみると,取鍋の最外部からパイプ部材に至る直前の配管までは,同じ径の3つの配管が同じ大きさの2枚のフランジにより連続的に接合されているのに対し,パイプ部材に至ると,その径は上記配管の径とは異なってやや大きくなり,接合部の2枚のフランジの大きさも,上記配管同士を接合する2枚のフランジの大きさとは異なってやや大きくなっている上,その接合部には,上記配管同士の接合部とは異なり,2枚のフランジのほかに2つの小さな正面視直角二等辺三角状の部分と小さな正面視長方形状の部分が存している。そうすると,このような本件意匠の形態を観察すれば,その配管部分とパイプ部材とを一体としてみることはできないというべきであり,また,短円筒状のパイプ部材は,何らの介在物もなく,突出し部本体の上部に存しているのであるから,これを,突出し部本体の上部に継ぎ足されたものとみるのは自然な認定というべきであって,審決の上記認定に誤りはない。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
(2) 原告は,意匠の範囲は願書に添付した図面で現された形状を前提として認定されるべきものであって,実施品の構成や各部材の機能等を考慮して認定されるべきものではないと主張する。
しかし,上記(1)に説示したとおり,本件意匠は,願書に添付した図面で表された形状を前提として認定することができ,審決の認定もこれに沿うものであるから,原告の上記主張は失当である。
(3) 原告は,審決は「突出し部本体と,その上部に継ぎ足された短円筒状のパイプ部材からなるものとした構成は,本件登録意匠の出願前に認めることができず」(9頁29行~31行)としているところ,新規の形態であれば,需要者がどの部分とどの部分とが一体として認識するかは明らかでなく,当業者でも「パイプ部材」が突出し部の一部であると認識することはできない,と主張する。
しかし,取鍋の一部が新規の形態であっても,前記(1)に説示したように,看者は,同取鍋全体の形状や,同取鍋の他の各部分の形態との関連から,新規な形態部分を観察することができるから,たとえ上記パイプ部材が新規の形態であったとしても,そのことから当然に,当業者である看者が,「パイプ部材」が突出し部の一部であると認識できないことにはならない。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
(4) 原告は,本件意匠の「パイプ部材」は,その形態・大きさともに,縦長逆三角状の部材(突出し部)よりも配管に近似した構成であり,配管と共に一つのまとまった構成を有していることから,需要者からパイプ部材は配管の一部として認識され,突出し部を構成するものとは認識されないことが明らかであると主張する。
しかし,前記(1)の説示に照らせば,本件意匠の配管部分とパイプ部材とを一体としてみることはできず,むしろ本件意匠の看者は,パイプ部材の形態・大きさを見て,配管との連続性を欠き配管と共に一つのまとまった構成を有さないと観察するというべきであるし,また,短円筒状のパイプ部材は,何らの介在物もなく,突出し部本体の上部に存しているのであるから,これを,突出し部本体の上部に継ぎ足されたものとみるのは自然な認定というべきであって,突出し部本体とパイプ部材との間に,原告が指摘するような形状差があるからといって,その程度からみて,パイプ部材が突出し部の一部であることを否定するほどのものということはできない。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
(5) よって,取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(容易創作性の判断の誤り)について
(1) 原告は,本件意匠の突出し部本体も公知意匠1の第1図に,「18」とされた突出し部の形状と同じであり,配管の形状も特異の形状ではなく常套的な形状の配管である,本件意匠と公知意匠との間に配管の具体的な形状差が認められるとしても,意匠の創作容易性の判断は,公知意匠との直接的な対比によって生じる美観の差異の判断ではなく,公知意匠から当業者が容易に創作できたかどうかの判断であるから,この形状差が常套的な域を出ない以上,意匠の創作性を認めることはできないと主張する。
しかし,本件意匠と公知意匠1との間の形状差は,突出し部におけるパイプ部材の有無,配管の有無というものであり,取鍋全体から見ても,取鍋における溶湯が導出される部分,すなわち,看者からその部分により美感を異にすると認識され,注目される部分におけるものであると認められる。しかるに,公知意匠3も,パイプ部材に当たる部分がなく,その配管の形状もその全体的な傾斜具合が概ね下向きである点において,概ねやや上向きに横の方向に広がっている本件意匠と大きく異なるものである。そうすると,このような公知意匠3を公知意匠1に適用することによっては,上記のような看者に注目される部分における形状差が存するにもかかわらず公知意匠1から本件意匠を容易に創作できるとはいえないというべきであって,上記形状差が常套的な域を出ないということはできない。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
(2) 原告は,審決の「配管(g)の形態についても,公知意匠3,或いは甲第9号証意匠との間にそれぞれ概念的な共通性はみられるものの具体的な形状差が認められ」との判断は,意匠の範囲を図面記載の意匠そのものに限定するものであり,この理由により容易創作性が否定されるのであれば,登録意匠の効力を類似範囲にまで及ぶとした意匠法23条本文と矛盾するものであって,当を得ない判断であると主張する。
しかし,審決の「概念的な共通性はみられるものの具体的な形状差が認められ」との判断も,上記(1)に説示したように,看者によって注目される取鍋の配管という部分において,公知意匠3の配管の形状がその全体的な傾斜具合の点において本件意匠の配管と大きく異なるものであることを「具体的な形状差」と表現したものと解することができる。この点は,甲第9号証(特開平7-178515号公報)意匠の配管の形状について見ても同様である。すなわち,同意匠の配管の形状は全体的に角張っており,最外部から2つ目の配管の長さが他の配管の長さに比べて短く横方向への広がりが乏しい点において,概ね全体的に流線型であり同2つ目の配管の長さが他の配管の長さに比べて長く横方向への広がりが観察できる本件意匠と大きく異なっており,審決はこの点を「具体的な形状差」と表現したものと解することができる。そうすると,審決の上記表現をもっても,必ずしも,意匠の範囲を図面記載の意匠そのものに限定した趣旨であるとみることはできない。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
(3) 原告は,本件意匠における「パイプ部材」と「配管」とは一体として把握できるところ,本件意匠の配管と公知意匠3の配管の両者は共通するところが大きい上,公知意匠3における配管の形状を実施の形態に応じて適宜角度や長さを変更することは,当業者にとって極めてありふれた手法にすぎない結果,常套的な形態の範囲にとどまる限りは,容易創作性が肯定されることとなる,と主張する。
しかし,前記1に説示したとおり,本件意匠の形状を観察すれば,その配管部分とパイプ部材とを一体としてみることはできないというべきであるから,原告の上記主張は,そもそもその前提を欠くものである。
(4) 原告は,パイプ部材は突出し部である縦長三角状部材より外方に出ているものではないから,本件意匠がパイプ部材を配置したことにより「横方向への広がりを持ち伸びやかな美感」を生じることにはならないと主張する。
しかし,本件意匠において,パイプ部材の最外面が突出し部本体の最外面より外側に出ていないとしても,パイプ部材と,これに直接接合する配管とは,その上横方向への傾斜具合が概ね一致しており,しかも,フランジで接合された3つの配管は,その全体的な傾斜具合が概ねやや上向きに横の方向に広がっているのであるから,本件意匠がその全体をみると「横方向への広がりを持ち伸びやかな美感」を生じており,パイプ部材の形状もその一翼を担っているとみることに誤りはない。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
(5) よって,取消事由2は理由がない。
3 結論
以上によれば,原告の取消事由はいずれも理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 本多知成 裁判官 田中孝一)