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知財高等裁判所 平成20年(行ケ)10143号 判決 2008年9月17日

原告

訴訟代理人弁理士

木内光春

澤田節子

大熊考一

茜ヶ久保公二

町田正史

小早川俊一郎

被告

特許庁長官 鈴木隆史

指定代理人

中村謙三

小畑惠一

森山啓

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の求めた裁判

「特許庁が異議2007-900229号事件について平成20年3月5日にした決定を取り消す。」との判決。

第2事案の概要

本件は,後記本件商標の商標権者である原告が,登録異議の申立てを受けた特許庁により本件商標の登録を取り消す旨の決定がされたため,同決定の取消しを求めた事案である。

1  特許庁における手続の経緯

(1) 本件商標(甲第1,第57号証)

原告は,本件商標に係る商標登録出願をし,その登録を受けた保田健一から,本件商標に係る商標権の特定承継を受けた者である。

商標権者:X(原告)

出願日:平成17年1月7日(商願2005-971号)

設定登録日:平成19年2月9日

登録番号:商標登録第5024626号

商標の構成:下記のとおり(本件商標の構成中の最初の3文字の漢字部分のうち,第1字目は「霊(靈)」の,第3字目は「会(會)」のそれぞれ異体文字と認められる。以下,本件商標の構成中の当該漢字部分を「霊友會」と表記する。)

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指定商品及び役務:別紙のとおり

(2) 本件手続

登録異議事件番号:異議2007-900229号

登録異議申立人:霊友会,株式会社いんなあとりっぷ社

申立日:平成19年5月11日

決定日:平成20年3月5日

決定の結論:「本件商標の商標登録を取り消す。」

決定謄本送達日:平成20年3月22日(原告に対し)

2  決定の理由の要点

決定は,本件商標が,本件登録異議の申立人である霊友会の名称を含むものであって,その承諾を得ていないから,本件商標の登録は,商標法4条1項8号に違反してされたものであり,同法43条の3第2項の規定に基づき,取り消すべきものであるとした。

本件商標の登録が商標法4条1項8号に違反してされたものであるとした決定の判断の部分は,以下のとおりである。

「1 申立人霊友会及び株式会社いんなあとりっぷ社が提出した甲第15号証の1は平成19年2月8日付けの登記簿謄本(写し)である。これによれば,申立人の一人である名称(申立人霊友会)が『霊友会』であることが認められる。そして,『霊友会』は,昭和27年11月21日に宗教法人として設立され,その目的を達成するために必要な業務として公益事業等も行っていることが認められる。

しかして,本件商標は前記第1のとおり『インナートリップ霊友會インターナショナル日本センター』の文字よりなり,構成全体が極めて冗長であり,しかも片仮名文字の中間部に漢字の『霊友會』の文字を有してなるから,視覚上構成中の該漢字部分『霊友會』が取引者,需要者に特に着目されるといえるものであり,かつ,後記3のとおり『霊友会』は著名である。そして,構成中の該漢字部分『霊友會』は,他人(申立人『霊友会』)の名称をその構成中に含む商標であり,しかも,その他人(申立人『霊友会』)の承諾を得ていないものである。

したがって,本件商標が商標法第4条第1項第8号に違反するとの前記第3の取り消し理由は妥当なものであって,これについて述べる・・・商標権者の意見は,以下の理由により採用することができない。

2 商標権者は『『霊友会』の名称と,本件商標との名称が,相紛らわしいか否かについて,本件商標が結合商標であるものの,構成上,文字が同大同書にして一連一体に表されるものであるから,一体不可分に外観,称呼されるものであると考える。』旨述べている。しかしながら,前記1のとおり,本件商標は構成全体が極めて冗長であり,しかも片仮名文字の中間部に漢字の『霊友會』の文字を有してなるから,視覚上構成中の該漢字部分『霊友會』が取引者,需要者に特に着目されるといえるもので,かつ,後記3のとおり『霊友会』は著名であるから,この点に関する商標権者の主張は採用できない。

3  また,商標権者は,『天理教事件』の不正競争(防止)法による名称使用権差止等請求事件を例に挙げ,本件商標の登録が,申立人の『霊友会』という名称に係る法人の人格的利益を侵害するものでないから,本件も同様に判断すべきである旨述べている。しかしながら,本件は不正競争(防止)法でなく,商標法であって,商標法第4条第1項は,商標登録を受けることができない商標を各号で列記しているが,同項第8号が,他人の肖像又は他人の氏名,名称,著名な略称等を含む商標は,その他人の承諾を得ているものを除き,商標登録を受けることができないと規定した趣旨は,人(法人等の団体を含む。以下同じ。)の肖像,氏名,名称等に対する人格的利益を保護することにあると解される。すなわち,人は,自らの承諾なしにその氏名,名称等を商標に使われることがない利益を保護されているのである(平成17年7月22日最高裁判所判決 平成16年(行ヒ)第343号参照)。そして,本件商標に『霊友會』の他人(申立人『霊友会』)の名称が含まれることは紛れもない事実である。また,申立人は,本件商標が人格的利益を侵害するおそれがあるから,それ故本件商標が商標法第4条第1項第8号に違反すると異議申し立てを行ったものと推認できるものである。さらに,(1)『霊友会』が著名であること(この点について,申立人,商標権者に争いがない。),(2)申立人が出願中の商願2006-81575号(甲第14号の1及び甲第14号の2)について,本件商標が引用された拒絶理由通知があるため,申立人に少なからぬ不利益が生ずること,(3)申立人が,『霊友会』の名称に他の用語を付加した名称を冒用されない権利を有すること(この点について,商標権者は『異論はない。』と述べている。),(4)『霊友会』の名称と本件商標が紛らわしいこと,これらを総合的に判断すれば,本件商標が人格的利益を侵害するおそれがあると認められるから,この点に関する商標権者の主張も採用することができない。

したがって,本件商標の登録は,上述した取消理由により商標法第4条第1項第8号に違反してされたと認められるから,申立人のその余の申立理由について判断するまでもなく,同法第43条の3第2項の規定に基づき,取り消すべきものである。」

第3原告の主張(決定取消事由)の要点

1  商標法4条1項8号が,「他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号,芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称」を含む商標について,その他人の承諾を得ているものを除き,商標登録を受けることができないとした趣旨は,人(法人等の団体を含む。以下同じ。)の肖像,氏名,名称等に対する人格的利益を保護することにある。すなわち,人は,自らの承諾なしに,その氏名,名称等を商標に使われることがない利益を保護されているのである。

したがって,商標の使用により他人の人格的利益を侵害するおそれがある場合に初めて,当該商標が同号の「他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号,芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称」を含む商標に該当するものと解すべきである。

2  しかるところ,以下のとおり,本件商標の使用により霊友会の人格的利益が侵害されるおそれがあるとの決定の判断は誤りである。

(1)  決定は,本件商標の使用により霊友会の人格的利益が侵害されるおそれがあることの理由として,①「本件商標に『霊友會』の他人(申立人『霊友会』)の名称が含まれることは紛れもない事実である」こと,②「申立人は,本件商標が人格的利益を侵害するおそれがあるから,それ故本件商標が商標法第4条第1項第8号に違反すると異議申し立てを行ったものと推認できるものである」こと,③『霊友会』が著名であること,④「申立人が出願中の商願2006-81575号・・・について,本件商標が引用された拒絶理由通知があるため,申立人に少なからぬ不利益が生ずること」,⑤「申立人が,『霊友会』の名称に他の用語を付加した名称を冒用されない権利を有すること」,⑥「『霊友会』の名称と本件商標が紛らわしいこと」を挙げる。

このうち,③,⑤の各事由は認めるが,①,②,④は誤りである。

すなわち,①については,本件商標の商標法4条1項8号該当性を指摘する趣旨であれば,上記のように,本件商標の使用により霊友会の人格的利益を侵害するおそれがある場合に初めて,本件商標が同項の「他人の・・・名称」を含む商標に該当するものと解すべきであるから,本件商標が霊友会の人格的権利を侵害するおそれがあるか否かについての判断において,①は理由とならない。また,商標法4条1項8号該当性の判断は,出願人の予測可能性に配慮し,客観的基準に基づいてなされるべきであるから,②のように申立人霊友会が異議申立てを行ったことを,本件商標の使用により霊友会の人格的利益が侵害されるおそれがあることの根拠とすることは誤りである。さらに,④については,商願2006-81575号に係る商標登録出願の出願人は,霊友会ではなく,本件登録異議申立人の1人である株式会社いんなあとりっぷ社であるから,同社が拒絶理由通知を受けたことにより,霊友会が不利益を受ける理由が明らかにされていない以上,本件商標の使用により霊友会の人格的利益が侵害されるおそれがあることの理由とはなり得ない。

そして,残る③,⑤の各事由のみ(又は,仮に⑥の事由が成り立つとして,これを③,⑤の各事由に加えたとしても)によっては,本件商標の使用により霊友会の人格的利益が侵害されるおそれがあるといえないことは明らかである。

(2)ア 「霊友会」とは,A及びBの立教に始まり,法華経の大儀を遵奉し,その奥義とする先祖供養を行践し,その教えを広め,儀式行事を行い,会員を教化育成し,思想の善導,社会の教化を図ることを本旨として,昭和5年7月13日に発会した宗教団体であって,昭和27年11月21日に宗教法人である「霊友会教団」を設立し,昭和53年3月7日に宗教法人の名称を「霊友会」に変更したものである。宗教団体としての「霊友会」は,昭和46年に初代会長Bが死去した後,Aの子のCが会長を務めていたが,平成8年にDが会長に就任したことに伴い,C,Eらが,宗教法人である霊友会とは別グループである「いんなあとりっぷの霊友会」を結成し,さらに,平成15年に「いんなあとりっぷの霊友会」は,Eらが結成した「Inner Trip REIYUKAI Internationarl(ITRI日本センター)」とCらが結成した「在家仏教こころの会」とに分かれ,現在3グループに分かれて活動している。そして,原告は,ITRI日本センターのマネジャーとして本件商標権の管理等を行う者であり,ITRI日本センターが法人格を有していないために,本件商標の商標権者となっているが,本件商標は,実質的には,ITRI日本センターの使用する商標である。

上記のとおり,「霊友会」との名称は,宗教法人である霊友会の設立前,遅くとも昭和5年7月13日から,宗教団体としての「霊友会」の創立者であるAにより使用されていたものであるが,これは,「霊(こころ)の友」に由来し,「霊(こころ)の友」とは,釈尊が人類に教えた縁起の理法を主体的に受け止め,自分の今につながる親たち(先祖,霊界の人々)に心を向けることであり,さらに,この世で縁をもった家族を始め人々と霊(こころ)の友となることによって,啓発され,生きる力を与えられ,このことが先祖に応える道であるという創立者の教え,すなわち宗教上の教義を表すものである。

イ  ところで,いわゆる「天理教事件」に係る最高裁平成18年1月20日判決(民集60巻1号137頁。以下「天理教事件最高裁判決」という。)は,不正競争防止法による名称使用差止等請求事件に対する判決であるが,宗教法人の名称権,すなわち,その名称に係る人格的利益について判示したものであり,商標法4条1項8号との関係において,本件商標の使用により宗教法人である霊友会の人格的利益が侵害されるおそれがあるか否かの判断の参考となるものである。

そして,天理教事件最高裁判決は,「甲宗教法人の名称と同一又は類似の名称を乙宗教法人が使用している場合において,当該行為が甲宗教法人の名称を冒用されない権利を違法に侵害するものであるか否かは,乙宗教法人の名称使用の自由に配慮し,両者の名称の同一性又は類似性だけでなく,甲宗教法人の名称の周知性の有無,程度,双方の名称の識別可能性,乙宗教法人において当該名称を使用するに至った経緯,その使用態様等の諸事情を総合考慮して判断されなければならない。」とした上,「被上告人(判決注:乙宗教法人に相当する。)は,宗教法人法に基づく宗教法人となってから約50年にわたり『天理教豊文分教会』の名称で宗教活動を行ってきたのであり,その前身において『天理教豊文宣教所』等の名称を使用してきた時期も含めれば80年にもわたってその教義を示す『天理教』の語を冠した名称を使用していること,このような中で,被上告人が従前の名称と連続性を有し,かつ,その教義も明らかにする名称を選定しようとすれば,現在の名称と大同小異のものとならざるを得ないと解されること,被上告人は,上告人(判決注:甲宗教法人に相当する。)との被包括関係の廃止により上告人と一線を画することになったとはいえ,Fを教祖と仰ぎ,その教えを記した教典に基づいて宗教活動を行う宗教団体であり,その信奉する教義は,社会一般の認識においては,『天理教』にほかならないと解されること,被上告人において,上告人の名称の周知性を殊更に利用しようとするような不正な目的をうかがわせる事情もないこと等が明らかである。そうすると,被上告人がその名称にその教義を示す『天理教』の語を冠したことには相当性があり,また,そのような名称の使用ができなくなった場合,被上告人の宗教活動に支障が生ずることは明らかであり,その不利益は重大というべきである。『天理教』の語が教義を示すものである以上,教義の普及と拡散に伴い,上告人において『天理教』の語を含む名称を独占することができなくなったとしても,宗教法人の性格上やむを得ない面があることも認めざるを得ない。以上の諸点を総合考慮すると,本件においては,被上告人が上告人の名称と類似性のある名称を使用することによって,上告人に少なからぬ不利益が生ずるとしても,上告人の名称を冒用されない権利が違法に侵害されたということはできない。」と判示した。

ウ  本件についていえば,「霊友会」の名称が著名であること,霊友会が,その名称に他の用語を付加した名称を冒用されない権利を有することは認めるが,原告が本件商標を有することにより,霊友会に少なからぬ不利益が生ずることは,決定上,明らかにされていない。また,本件商標は,平成15年にITRI日本センターと在家仏教こころの会とが分裂した時以降,ITRI日本センターにより継続的に使用されてきたものであり,かつ,上記のとおり,「霊友会」は宗教上の教義を指標するものであって,ITRI日本センターの活動において,その教義を明らかにする名称を選定しようとすれば,「霊友会」との名称を含む商標を採択せざるを得ない。さらに,ITRI日本センターの構成員は,昭和5年以降,平成8年に至るまで60年以上にわたり,1つの宗教団体として活動してきたものであり,霊友会と一線を画することになったとはいえ,ともにA及びBを恩師と仰ぎ,その教えに従って宗教活動を行う宗教団体であり,その信奉する教義は,社会一般の認識においては「霊友会」にほかならない。加えて,原告ないしITRI日本センターが,霊友会の名称の著名性を殊更に利用しようとする不正な目的はなく,あくまで「Aの教えの指標」であるという範囲内において使用するにすぎない。

これらの事情を総合考慮すれば,本件商標の登録は,宗教団体として名称選択の自由の範囲内の行為であって,本件商標の登録が霊友会の人格的利益を侵害するものということはできない。

第4取消事由に対する被告の反論の要点

1  本件商標は,「インナートリップ霊友會インターナショナル日本センター」の文字を書してなるものである。

他方,本件の登録異議申立人でもある霊友会は,昭和27年11月21日に設立された宗教法人であるから,「霊友会」は,商標法4条1項8号の「他人の名称」に該当するものである。

そして,本件商標の構成中に含まれる「霊友會」の文字は,「霊友会」と実質的に同一のものであるから,本件商標は,商標権者にとって他人である霊友会の名称を構成中に含む商標であり,かつ,霊友会の承諾を得ているものではない。

したがって,本件商標は,商標法4条1項8号に該当し,その登録を認めることはできない。

2  原告は,商標の使用により他人の人格的利益を侵害するおそれがある場合に初めて,当該商標が商標法4条1項8号の「他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号,芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称」を含む商標に該当するものと解すべきであるとした上,天理教事件最高裁判決を引用し,同判決は,宗教法人の名称権,すなわち,その名称に係る人格的利益について判示したものであり,商標法4条1項8号との関係において,本件商標の使用により宗教法人である霊友会の人格的利益が侵害されるおそれがあるか否かの判断の参考となるものであると主張する。

しかしながら,天理教事件最高裁判決は,ある宗教法人の名称の保護に当たっては,他の宗教法人の宗教活動が不当に制限されるという重大な不利益を受けることのないよう,当該他の宗教法人の名称使用の自由に対する配慮が不可欠である旨を判示したものである。

他方,商標法4条1項8号は,商取引において,他人に自らの承諾なしにその名称等を商標に使用されない利益を保護するものであって,何ら宗教活動を不当に制限するものではない。商標法の目的は,一定の商標を使用した商品又はサービスは一定の出所から提供されるという取引秩序を維持することを通じて産業の発達に貢献し,併せて消費者等の利益を保護することであって,その指定商品,指定役務は,いずれも「商取引の目的たりうべき物(もの)」であるから,宗教法人等の行う宗教活動は,商標法上の商品,役務とは全く関係がないものである。

したがって,天理教事件最高裁判決は,本件とは事案が異なるものといわなければならず,かかる判決を前提とした原告の主張は,失当というべきである。

第5当裁判所の判断

1  取消事由について

(1)  商標法4条1項8号は,「他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号,芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称」を含む商標について,その他人の承諾を得ているものを除き,商標登録を受けることができないとするものであるが,この規定の趣旨は,人が,自らの承諾なしに,その肖像,氏名,名称等を商標に使われることがない人格的利益を有していることを前提として,このような人格的利益を保護することにあるものと解するのが相当である(最高裁平成17年7月22日判決・集民217号595頁)。

そして,かかる見地からすれば,肖像,氏名,名称のほか,これらと同様,特定人の同一性を認識させる機能を有する雅号,芸名,筆名について,また,氏名,名称,雅号,芸名,筆名の各略称についても,同号による保護を及ぼす必要が生ずるが,氏名,名称が,ほとんどの場合に,出生届出や登記申請等の所定の手続を経て決定され,戸籍簿や登記簿等の公簿により確認することができるのに対し,雅号,芸名,筆名や上記各略称は,無方式で決定され,これを確認する定まった手段等もないのが通常であって,このような意味で恣意的ないし曖昧な部分を残し,当人の認識と周囲の認識との間に食い違いが生ずるような場合もあり得ることを考慮して,同号は,雅号,芸名,筆名及び氏名,名称,雅号,芸名,筆名の各略称については,同号による保護の要件として,著名であることを必要としたのに対し,氏名,名称については,著名であることを要しないものとしたと解することができる。

もっとも,同号の適用に当たり,他人の氏名,名称等を含む商標について,当該他人の人格的利益を侵害するおそれのある具体的な事情が存在することは,著名性を要する雅号,芸名,筆名及び氏名,名称,雅号,芸名,筆名の各略称に関して,著名性の有無を判断する際の1要素となり得ることは格別,同号の規定上,人格的利益の侵害のおそれそれ自体が,独立した要件とされているものではない。

(2)  しかるところ,上記第2の1の(1)のとおり,本件商標の構成中の最初の3文字の漢字部分のうち,第1字目は「霊(靈)」の,第3字目は「会(會)」のそれぞれ異体文字と認められるから,同部分は実質的に「霊友会」と書されているのと同じというべきであり,この点は,原告も争っていない。

そして,「霊友会」は,本件の登録異議申立人である霊友会の名称(フルネーム。甲第15号証の1,2)の表記そのものであるから,本件商標が,他人の名称を含むものであることは明らかであり,かつ,当該「他人」である霊友会の承諾を得ていないことは,原告も自認するところである。そうすると,本件商標は,商標法4条1項8号により商標登録を受けることができないものであるといわざるを得ない。

(3)  原告は,商標の使用により他人の人格的利益を侵害するおそれがある場合に初めて,当該商標が商標法4条1項8号の「他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号,芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称」を含む商標に該当するものと解すべきである旨主張する。

しかしながら,同号の立法趣旨が,氏名,名称等を,承諾なく商標に使われることがないという人格的利益を保護することにあるものとしても,上記のとおり,同号の規定上,他人の氏名,名称等を含む商標が,当該他人の人格的利益を侵害するおそれのある具体的な事情が存在することは,同号適用の要件とされているものではない。すなわち,同号は,他人の肖像,氏名,名称を含む商標,並びに他人の著名な雅号,芸名,筆名及び氏名,名称,雅号,芸名,筆名の著名な略称を含む商標については,そのこと自体によって,上記人格的利益の侵害のおそれを認め,商標登録を受けることができないとしているものと解されるのである。

したがって,原告の上記主張は失当である。

(4)  仮に,他人の氏名を含む商標であっても,その使用が当該他人の人格的利益を侵害するおそれが全くない場合には,商標法4条1項8号の適用がなく,当該商標の登録を受けることができると解するとしても,本件においては,本件商標の使用が霊友会の人格的利益を侵害するおそれが全くないとの事実を認めるに足りる証拠はない。

この点につき,原告は,天理教事件最高裁判決を引用し,同判決が,宗教法人の名称に係る人格的利益(名称権)について判示したものであり,商標法4条1項8号との関係において,本件商標の使用により宗教法人である霊友会の人格的利益が侵害されるおそれがあるか否かの判断の参考となるものであるとした上,「霊友会」は,原告の属するITRI日本センターの宗教上の教義を指標するものであって,その活動において教義を明らかにする名称を選定しようとすれば,「霊友会」との名称を含む商標を採択せざるを得ないこと,ITRI日本センターは,霊友会とともにAの教えに従って宗教活動を行う宗教団体であり,その信奉する教義は,社会一般の認識においては「霊友会」にほかならないこと,原告ないしITRI日本センターが,霊友会の名称の著名性を殊更に利用しようとする不正な目的はないことなどを挙げて,本件商標の登録が霊友会の人格的利益を侵害するものということはできないと主張する。

しかしながら,天理教事件最高裁判決の原告の引用する判示部分は,宗教法人が,その名称を他の宗教法人等に冒用されない権利を有し,これを違法に侵害されたときは,人格権に基づきその侵害行為の差止めを求め得ることを一般的に肯定した上,他方で,宗教法人は,その名称に係る人格的利益の1内容として,名称使用(教義を簡潔に示す語を冠した名称の使用を含む。)の自由を有するから,甲宗教法人の名称と同一又は類似の名称を乙宗教法人が使用している場合において,当該行為が甲宗教法人の上記権利を違法に侵害するものであるか否かは,乙宗教法人の名称使用の自由に配慮し,甲宗教法人の名称の周知性や乙宗教法人が当該名称を使用するに至った経緯等の諸事情を総合して判断すべきであるとし,当該事案に係る具体的事情の下では,乙宗教法人に相当する被上告人の名称使用が,甲宗教法人に相当する上告人の名称を冒用されない権利を違法に侵害するものではないと判断したものである。すなわち,天理教事件最高裁判決が,宗教法人の名称に係る人格的利益(名称権)について判示したものであることはそのとおりであるとしても,宗教法人の名称に係る人格的利益(名称権)を違法に侵害するか否かが問われているのは,他の宗教法人の名称の使用行為であり,当該他の宗教法人も,その人格的利益の1内容として,名称使用(教義を簡潔に示す語を冠した名称の使用を含む。)の自由を有するゆえに,当該名称使用行為が違法な侵害行為とされるか否かの判断に当たっては,その名称使用の自由に配慮し,上記諸事情を考慮すべきものとしているのである。これに対し,本件において,宗教法人の名称に係る人格的利益(名称権)を侵害するおそれがないといえるかどうかが問題となるのは,商標の登録ないしその使用行為であり,かかる行為は,商標を使用する者の業務上の信用(商標法1条参照)という,取引社会における経済的利益に係るものであって(現に,本件商標に係る指定商品及び指定役務の大部分は,宗教法人の本来的な宗教活動やこれと密接不可分な関係にある事業と直接の関係を有するものではない。),宗教法人の名称の使用がその人格的利益に基づくのと比べ,法的利益の性質を全く異にするものであるといわざるを得ない。

そうすると,天理教事件最高裁判決が指摘したのと同様の諸事情により,本件における,本件商標の使用が霊友会の人格的利益を侵害するおそれがないといえるか否かの判断をなし得るというものでないことは明らかであり,かかる意味で,天理教事件最高裁判決は,本件と事案を異にするものである。

しかるところ,原告が,本件において主張する上記各事情は,天理教事件最高裁判決が指摘した事情の一部と同様の事情であり,当該主張に係る事情が存在するからといって,本件商標の使用が霊友会の人格的利益を侵害するおそれが全くないとの事実を認めることはできないし,他に,本件商標の使用が霊友会の人格的利益を侵害するおそれが全くないとの事実を裏付けるに足りるような事情の存在も認められない。

したがって,本件商標の使用が霊友会の人格的利益を侵害するおそれが全くないとの事実は,これを認めるに足りる証拠はないことに帰する。

2  結論

以上によれば,いずれにせよ原告の主張は理由がなく,原告の請求は棄却されるべきである。

(裁判長裁判官 田中信義 裁判官 石原直樹 裁判官 杜下弘記)

別紙指定商品及び役務

第16類 「事務用又は家庭用ののり及び接着剤,封ろう,印刷用インテル,活字,青写真複写機,あて名印刷機,印字用インクリボン,自動印紙はり付け機,事務用電動式ホッチキス,事務用封かん機,消印機,製図用具,タイプライター,チェックライター,謄写版,凸版複写機,文書細断機,郵便料金計器,輪転謄写機,マーキング用孔開型板,電気式鉛筆削り,装飾塗工用ブラシ,紙製幼児用おしめ,紙製包装用容器,家庭用食品包装フィルム,紙製ごみ収集用袋,プラスチック製ごみ収集用袋,型紙,裁縫用チャコ,紙製のぼり,紙製旗,観賞魚用水槽及びその附属品,衛生手ふき,紙製タオル,紙製テーブルナプキン,紙製手ふき,紙製ハンカチ,荷札,印刷したくじ(おもちゃを除く。),紙製テーブルクロス,紙類,文房具類,印刷物,書画,写真,こんにゃく版複写機」

第35類 「ホームヘルパー養成講座・福祉用具専門相談員養成講座・介護福祉士資格取得講座・介護支援専門員受験対策講座への講師のあっせん,介護福祉士・ホームヘルパーの紹介,介護福祉士のあっせん,その他の職業のあっせん,介護福祉施設の経営の診断及び指導,社会福祉団体の経営に関する助言,その他の福祉事業についての経営の診断又は経営に関する助言,授産所および福祉作業所の事業の管理,商品の販売に関する情報の提供,人材の派遣または受託による福祉サービスを提供する事業者の事業に関する事務処理の代理又は代行,福祉サービス及び医療サービスを提供する事業者の事業に関する情報の提供,広告,書類の複製,文書又は磁気テープのファイリング,市場調査」

第36類 「預金の受入れ(債券の発行により代える場合を含む。)及び定期積金の受入れ,資金の貸付け及び手形の割引,内国為替取引,債務の保証及び手形の引受け,有価証券の貸付け,金銭債権の取得及び譲渡,有価証券・貴金属その他の物品の保護預かり,両替,金融先物取引の受託,金銭・有価証券・金銭債権・動産・土地若しくはその定著物又は地上権若しくは土地の賃借権の信託の引受け,債券の募集の受託,外国為替取引,信用状に関する業務,割賦購入のあっせん,前払式証票の発行,ガス料金又は電気料金の徴収の代行,有価証券の売買・有価証券指数等先物取引・有価証券オプション取引及び外国市場証券先物取引,有価証券の売買・有価証券指数等先物取引・有価証券オプション取引及び外国市場証券先物取引の媒介・取次ぎ又は代理,有価証券市場における有価証券の売買取引・有価証券指数等先物取引及び有価証券オプション取引の委託の媒介・取次ぎ又は代理,外国有価証券市場における有価証券の売買取引及び外国市場証券先物取引の委託の媒介・取次ぎ又は代理,有価証券の引受け,有価証券の売出し,有価証券の募集又は売出しの取扱い,株式市況に関する情報の提供,商品市場における先物取引の受託,生命保険契約の締結の媒介,生命保険の引受け,損害保険契約の締結の代理,損害保険に係る損害の査定,損害保険の引受け,保険料率の算出,建物の管理,建物の貸借の代理又は媒介,建物の貸与,建物の売買,建物の売買の代理又は媒介,建物又は土地の鑑定評価,土地の管理,土地の貸借の代理又は媒介,土地の貸与,土地の売買,土地の売買の代理又は媒介,建物又は土地の情報の提供,骨董品の評価,美術品の評価,宝玉の評価,中古自動車の評価,企業の信用に関する調査,税務相談に関する情報の提供,税務代理に関する情報の提供,慈善のための募金,紙幣・硬貨計算機の貸与,現金支払機・現金自動預け払い機の貸与,ボランティア・福祉活動を目的とした慈善のための募金」

第37類 「医療福祉施設における清掃,仏壇及び仏具の修理又は保守」

第38類 「ボランティア活動又は慈善事業活動を内容とするテレビジョン放送・有線テレビジョン放送・ラジオ放送に関する指導,電気通信(放送を除く。),放送,報道をする者に対するニュースの供給」

第40類 「仏壇の加工・製造に関する指導・助言,印章の彫刻,一般廃棄物の収集及び処分,裁縫,ししゅう,映画用フィルムの現像,写真の引き伸ばし,写真の焼付け,写真用フィルムの現像,製本,浄水装置の貸与,印刷」第41類「ボランティア活動又は慈善事業活動に関する研修会・講演会・セミナー・講習会の企画・運営又は開催又はこれらに関する情報の提供,ボランティア活動又は慈善事業活動のための教育研修のための施設の提供に関する指導・助言,介護福祉士資格取得講座における教授,福祉用具専門相談員養成講座における教授,宗教に関する教義・儀式・経典・教典・知識・思想の教授,政治・経済・社会・芸術・文化・歴史・宗教・技芸・スポーツに関する講演会及び研修会の企画・運営及び開催に関する指導及び助言,技芸又はスポーツの教授,電子出版物の提供,図書及び記録の供覧,美術品の展示,庭園の供覧,書籍の制作,映画・演芸・演劇又は音楽の演奏の興行の企画又は運営,映画の上映・制作又は配給,演芸の上演,演劇の演出又は上演,音楽の演奏,放送番組の制作,教育・文化・娯楽・スポーツ用ビデオの制作(映画・放送番組・広告用のものを除く。),放送番組の制作における演出,スポーツの興行の企画・運営又は開催,興行の企画・運営又は開催(映画・演芸・演劇・音楽の演奏の興行及びスポーツ・競馬・競輪・競艇・小型自動車競走の興行に関するものを除く。),音響用又は映像用のスタジオの提供,運動施設の提供,娯楽施設の提供,映画・演芸・演劇・音楽又は教育研修のための施設の提供,映画機械器具の貸与,映写フィルムの貸与,楽器の貸与,運動用具の貸与,テレビジョン受信機の貸与,ラジオ受信機の貸与,図書の貸与,レコード又は録音済み磁気テープの貸与,録画済み磁気テープの貸与,ネガフィルムの貸与,ポジフィルムの貸与,おもちゃの貸与,遊戯用器具の貸与,書画の貸与,写真撮影,通訳,翻訳,カメラの貸与,光学機械器具の貸与」

第43類 「宿泊施設の提供,宿泊施設の提供の契約の媒介又は取次ぎ,飲食物の提供,保育所における乳幼児の保育,老人の養護,会議室の貸与,展示施設の貸与」

第44類 「高齢者及び心身の障害者の居宅・医療施設又は福祉施設における看護,高齢者及び心身の障害者の居宅・医療施設又は福祉施設における看護に関する情報の提供および相談,美容,理容,入浴施設の提供,あん摩・マッサージ及び指圧,カイロプラクティック,きゅう,柔道整復,はり,医業,医療情報の提供,健康診断,歯科医業,調剤,栄養の指導,動物の飼育,動物の治療,植木の貸与」

第45類 「新聞記事情報の提供,結婚又は交際を希望するものへの異性の紹介,婚礼(結婚披露を含む。)のための施設の提供,葬儀の執行,墓地又は納骨堂の提供,個人の身元又は行動に関する調査,占い,身の上相談,家事の代行,衣服の貸与,祭壇の貸与,装身具の貸与,仏壇の貸与の取次ぎ」

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