知財高等裁判所 平成20年(行ケ)10178号 判決 2008年10月08日
原告
株式会社インタフェース
訴訟代理人弁理士
板谷康夫
同
中川勝吾
被告
特許庁長官
指定代理人
安達輝幸
同
小林由美子
同
酒井福造
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2007-28296号事件について平成20年4月1日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1 本件は,原告が平成18年9月6日に下記商標(商願2006-82924号。以下「本願商標」という。)について商標登録出願をしたところ,平成19年9月14日付けで拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたが,特許庁から請求不成立の審決を受けたことから,その取消しを求めた事案である。
記
・商標
file_2.jpgLegacy Factory Automation Computer・指定商品
第9類
「コンピュータ」
2 争点は,本願商標が下記引用商標(甲1)との関係で類似するか(商標法4条1項11号),である。
記
・商標(標準文字)
file_3.jpgLEGACY・指定商品
第1類~32類,第34類。具体的な商品名は別添審決写し別紙のとおり。
なお,第9類を転記すると次のとおり(下線は判決で付記)。
第9類
「配電用又は制御用の機械器具,電池,電線及びケーブル,写真機械器具,映画機械器具,光学機械器具,加工ガラス(建築用のものを除く。),救命用具,電気通信機械器具,電子応用機械器具及びその部品,オゾン発生器,電解槽,ロケット,遊園地用機械器具,運動技能訓練用シミュレーター,乗物運転技能訓練用シミュレーター,回転変流機,調相機,鉄道用信号機,乗物の故障の警告用の三角標識,発光式又は機械式の道路標識,火災報知機,ガス漏れ警報器,事故防護用手袋,消火器,消火栓,消火ホース用ノズル,消防車,消防艇,スプリンクラー消火装置,盗難警報器,保安用ヘルメット,防火被服,防じんマスク,防毒マスク,磁心,自動車用シガーライター,抵抗線,電極,溶接マスク,映写フィルム,スライドフィルム,スライドフィルム用マウント,録画済みビデオディスク及びビデオテープ,ガソリンステーション用装置,自動販売機,駐車場用硬貨作動式ゲート,金銭登録機,計算尺,硬貨の計数用又は選別用の機械,作業記録機,写真複写機,手動計算機,製図用又は図案用の機械器具,タイムスタンプ,タイムレコーダー,電気計算機,パンチカードシステム機械,票数計算機,ビリングマシン,郵便切手のはり付けチェック装置,潜水用機械器具,アーク溶接機,金属溶断機,検卵器,電気溶接装置,電動式扉自動開閉装置」
・登録番号 第4519184号
・登録年月日 平成13年11月2日
・商標権者 富士重工業株式会社
第3当事者の主張
1 請求原因
(1) 特許庁における手続の経緯
原告は,平成18年9月6日に上記本願商標について商標登録出願(商願2006-82924号)をしたところ,平成19年9月14日付けで拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判請求をした。
特許庁は,同請求を不服2007-28296号事件として審理した上,平成20年4月1日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年4月15日原告に送達された。
(2) 審決の内容
審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,本願商標は上記引用商標と類似し,指定商品も同一又は類似であるから,商標法4条1項11号により商標登録を受けることができない,というものである。
(3) 審決の取消事由
しかしながら,審決は,本願商標と引用商標との類否判断を誤り,本願商標が商標法4条1項11号に該当すると誤って判断したものであるから,違法として取り消されるべきである。
すなわち,審決は,「本願商標は,…『Legacy Factory Automation Computer』の文字よりなるところ,その構成文字全体をもって,一般に親しまれた特定の意味合いを認識させる既存の語とは認められず,必ずしも一体不可分にのみ認識されなければならない特別な事由は見いだせない」(1頁下3行~2頁2行)とした上で,「…『Factory Automation Computer』の文字部分は,上述した『コンピュータ制御技術を用いて工場を自動化すること』の意味合いを表す語として理解され,該文字部分は,自他商品の識別標識としての機能を果たしていないか,自他商品の識別標識としての機能を果たしていたとしても,その機能は極めて弱いものと認識されるとみるのが相当であって,本願商標中,自他商品の識別標識としての機能を果たしているのは『Legacy』の文字部分にあるものと認められる」(2頁13頁~20頁),「…してみれば,本願商標と引用商標とは,『レガシー』の称呼,『遺産,受け継いだもの』の観念を共通にし,外観上もある程度近似した印象を与えるものであって,全体として類似する商標というべきであ」る(3頁27行~29行)としたが,以下のとおり誤りである。
ア(ア) コンピュータ関連分野においては,「Legacy」(レガシー)なる語は,その後に何らかの語を伴い一体として使用されることが普通に行われている(例えば,レガシー・インターフェース,レガシー・システム,レガシー・デバイス,レガシー・フリー,レガシー・リエンジニアリング,レガシー・マイグレーション,レガシー・アプリケーション,レガシー・ファイル等〔甲2~5〕)。
したがって,「Legacy」から直ちに「遺産,受け継いだもの」との観念が想起されるものではない。
(イ) また「Factory」(ファクトリー)なる語は,「製造所,工場」という意味で使用される以外に,コンピュータ関連分野において特定の意味を持った用語として単独で使用されることが普通に行われている(甲6~8)。
また,「Automation」(オートメーション)なる語は,「Computer」(コンピュータ)なる語と結合して「Automation Computer」として使用されている(甲9)ほか,単独でも広く使用されている(甲22,乙29)。
そうすると,「Factory Automation Computer」の文字部分は「コンピュータ制御技術を用いて工場を自動化すること」を意味する語として理解されるものではなく,むしろ,「Factory」「Automation」「Computer」がそれぞれ独立した意味を有する語として認識されるものである。
なお,「Factory」「Automation」「Computer」の文字がそれぞれ自他商品識別機能を果たしうることは,これらの文字を使用した商標(甲14~16)が登録されていることからも明らかである。
(ウ) したがって,本願商標を構成する「Legacy」「Factory」「Automation」「Computer」は,それぞれが自他商品識別機能を果たしうるものであるから,本願商標中「Legacy」のみが自他商品識別機能を果たしているものではなく,本願商標は「Legacy Factory Automation Computer」あるいは取引者・需要者が読みやすい部分を捉えて区切り「Legacy Factory」として認識されるものである。
イ(ア) 以上を前提として,本願商標と引用商標との類否についてみると,まず観念については,「Legacy Factory Automation Computer」「Legacy Factory」はいずれもコンピュータ関連分野において特定の意味合いを有する語句として一般に親しまれておらず,いわゆる造語であって,特定の意味を観念することができないものである。
したがって,本願商標は,「遺産,受け継いだもの」を意味する引用商標と観念において類似しない。
(イ) また称呼については,「レガシーファクトリーオートメーションコンピュータ」あるいは「レガシーファクトリー」との称呼を生じるものであるから,本願商標は「レガシー」の称呼を生じる引用商標と称呼においても類似しない。
なお,仮に被告が主張するように,「Factory Automation」が取引者・需要者によって一体に認識されるのであれば,「Factory Automation」なる語は「FA」と表記されるのが一般的であることから,本願商標は「レガシーエフエーコンピュータ」なる称呼を生じることとなる。
(ウ) また外観については,欧文字の大文字と小文字により構成された四つの単語から成る「Legacy Factory Automation Computer」あるいは2つの単語から成る「Legacy Factory」が,欧文字の大文字による一つの単語から成る「LEGACY」と外観において著しく異なることは明らかである。
(エ) したがって,本願商標は,引用商標と観念,称呼,及び外観が異なるものである。
ウ さらに,本願商標の指定商品である「コンピュータ」の取引の実情について,パソコン,スーパーコンピュータ,マイクロコンピュータ等に関して述べる。
(ア) パソコンは,家庭などにおいて個人的に使用されるため必ずしもコンピュータに精通していないユーザが需要者となるが,日用品ではないため,その購入に当たってはパソコンの機能,性能,特性,デザイン,使用目的,サポート内容,メーカーの信頼性等について詳細に検討し,相当の注意を払って購入する。
(イ) スーパーコンピュータは,最先端科学分野において使用されることから,その需要者は極めて高い専門性を有する。また,汎用コンピュータ,オフィスコンピュータ,ワークステーションは,業務や研究開発において使用されるいわゆるメインフレーム又はサーバであり,その需要者は,コンピュータの性能や機能に精通し,使用目的に応じてカスタマイズする能力を有する専門家である。したがって,これらのコンピュータの需要者は,パソコンの需要者よりも更に高い注意を払って購入する。
(ウ) マイクロコンピュータは,家電製品などに組み込まれることによって使用されるものであり,その需要者は家電製品等の開発者であって,コンピュータに関する極めて高い知識を有する専門家である。したがって,マイクロコンピュータの需要者は,パソコンの需要者よりも更に高い注意を払って購入する。
(エ) 以上のような取引の実情に照らせば,本願商標と引用商標について,取引者・需要者において出所の混同が生じる可能性がないことは明らかである。
2 請求原因に対する認否
請求原因(1),(2)の各事実は認めるが,(3)は争う。
3 被告の反論
審決の判断は正当であり,原告主張の取消事由は理由がない。
(1)ア 本願商標の指定商品であるコンピュータに係る分野において,「Factory Automation」(「FA」と略して使用される場合を含む。)が「コンピュータによる,工場の生産システムの自動化」等の意味を有する語として広く使用されている(乙1~9)。
イ そして,コンピュータ制御による工場の自動化は我が国の各種製造工場で広く行われており,工場の自動化を制御するコンピュータについて「FA(Factory Automation)Computer」,「FAコンピュータ」などと称されている(乙10~26)。
(2)ア 以上を前提として本願商標についてみる。まず,外観についてみると,本願商標は「Legacy Factory Automation Computer」の文字より成るところ,構成中の各文字間に1文字分の間隔があり,視覚上4つの文字部分に分離して認識,把握されるものである。
イ 次に観念についてみると,本願商標の構成中,「Legacy」は「受け継いだもの。遺産」(「現代用語の基礎知識2008」,乙27),「Factory」は「製造所。工場」(「広辞苑第六版」,乙28),「Automation」は「自動化」(「広辞苑第六版」,乙29)等の意味を有する語であり,「Computer」の文字は本願指定商品名そのものであって,いずれもよく知られた語であるが,「Legacy Factory Automation Computer」という構成文字全体をもって特定の意味合いを認識させる既存の語として知られている事実はない。
そして,前記(1)で述べたとおり,コンピュータ関連分野において,「Factory Automation Computer」は,「コンピュータ制御技術を用いて工場を自動化すること」あるいは「工場の生産システムの自動化のためのコンピュータ」を意味する語として,知られているものである。
ウ さらに称呼についてみると,本願商標は,その構成文字部分を一体として称呼した場合,「レガシーファクトリーオートメーションコンピュータ」という21音となって極めて冗長であり,かつ,上述のとおり各構成部分はよく知られた語であって,それぞれの部分が分離して発音されるものであることから,常に一連のものとして称呼されるとはいえないものである。
エ そうすると,本願商標は,各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているとはいえず,その構成中の「Factory Automation Computer」の文字が「コンピュータ制御技術を用いて工場を自動化すること」あるいは「工場の生産システムの自動化のためのコンピュータ」を意味する語として認識され,自他商品識別機能を果たしていないことに照らせば,本願商標中「Legacy」の文字部分が自他商品識別機能を有するものである。
(3) 以上を前提として本願商標と引用商標との類否についてみると,本願商標は,その構成中「Legacy」の文字部分が自他商品識別機能を有するものであり,引用商標は「LEGACY」の文字より成ることから,いずれも「レガシー」の称呼及び「遺産,受け継いだもの」という観念を生じる。
そして,本願商標の「Legacy」の文字と引用商標の「LEGACY」の文字とは,小文字であるか大文字であるかの違いはあるものの,外観上,近似した印象を与えるものである。
なお,本願商標の指定商品である第9類「コンピュータ」は,引用商標の指定商品である第9類中の「電子応用機械器具及びその部品」に含まれるものである。
そうすると,本願商標と引用商標とは,「レガシー」の称呼及び「遺産,受け継いだもの」の観念が同一であり,外観においても近似した印象を与えるものであるから,本願商標は引用商標と類似するものである。
(4) これに対し原告は次のとおり主張するが,いずれも失当である。
ア まず原告は,コンピュータ関連分野においては「Legacy」なる語は,その後に何らかの語を伴い一体として使用されることが普通に行われており,直ちに「遺産,受け継いだもの」との観念が想起されるものではないと主張する。
しかし,「Legacy」なる語が何らかの語を伴い一体として使用される場合とは,例えば,甲2(「デジタル用語辞典2002-2003年版」平成14年3月18日日経BP社発行)をみると,「レガシー・インターフェース」という語の説明として「汎用性が低く速度の遅い従来のインターフェースを“過去の遺物”と皮肉って呼び始めたもの」と記載されているように,最新の技術に対して従来のものが時代遅れ的であることを強調していう場合など,極めて限られた場面で使用されるものと考えられ,「Legacy」の後に何らかの語を伴い一体として使用されることが普通に行われているものとはいえない。
また,「Legacy Factory」あるいは「Legacy Factory Automation Computer」の文字が特定の意味を有するものとして使用されている事実もない。
そうすると,「Legacy」という文字からは「遺産,受け継いだもの」という観念が想起されるものである。
イ また原告は,「Factory Automation Computer」の文字部分は「コンピュータ制御技術を用いて工場を自動化すること」を意味する語として理解されるものではなく,むしろ,「Factory」「Automation」「Computer」がそれぞれ独立した意味を有する語として認識されるものであると主張する。
しかし,「Factory」が単独で「製造所,工場」以外の意味において用いられるのは,原告の示す例(甲6~8)のような情報処理の極めて専門分野における使用であって,コンピュータ分野に関する辞典(例えば「2007-'08年版最新パソコン用語辞典」〔乙6〕など)にも「Factory」の項目はない。
また,「Automation」「Computer」がそれぞれ独立して使用されるとしても,それぞれの語意である「自動化」「コンピュータ」の意味で使用されているものであり,前記(1)(2)で述べたとおり「Factory Automation Computer」は「コンピュータ制御技術を用いて工場を自動化すること」あるいは「工場の生産システムの自動化のためのコンピュータ」を意味する語として認識されるものである。
ウ また原告は,本願商標の称呼につき「レガシーファクトリーオートメーションコンピュータ」又は「レガシーファクトリー」との称呼を生じると主張する。
しかし,商標に接する取引者・需要者は,一連に称呼した場合には冗長な商標であって各部分に分離されて認識される商標については,その各部分のうち自他商品識別機能を果たす特徴のある部分を抽出して,その部分より生じる称呼,観念をもって取引に当たるというべきである。
そして,本願商標については,「Legacy」の部分が自他商品識別機能を有することは既に述べたとおりである。
エ また原告は,コンピュータの取引の実情に照らして本願商標と引用商標との出所の混同が生じないと主張する。
しかし,コンピュータの購入に関して,需要者が日常的に消費される日用品に比べて相当の注意を払うとしても,常に商品及びそれに付された商標をその場で対比するのではなく,商品,商標を記憶して,時間・場所等を異にして購入を考える場合もあり得る。また,メーカーによって,機種,性能等により細分化されている商品について同一の商標を付すこともあるから,このような場合に,本願商標をその指定商品に使用した場合には,「Legacy」シリーズの一機種であるかのように認識されるというべきである。
第4当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
2 取消事由について
原告は,本願商標と引用商標との類否判断の誤りを主張するので,以下この点について検討する。
(1) 商標の類否は,対比される両商標が同一または類似の商品に使用された場合に,商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが,それには,そのような商品に使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべく,しかもその商品の取引の実情を明らかにしうるかぎり,その具体的な取引状況に基づいて判断すべきものである(最高裁昭和43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照)。そして,商標は,その構成部分全体によって他人の商標と識別すべく考案されているものであるから,みだりに,商標構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判定することは許されないが,他方,簡易,迅速をたっとぶ取引の実際においては,各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない商標は,常に必ずしもその構成部分全体の名称によって称呼,観念されず,その一部だけによって簡略に称呼,観念され,1個の商標から2個以上の称呼,観念の生ずることがあるのは,経験則の教えるところである。そしてこの場合,一つの称呼,観念が他人の商標の称呼,観念と同一又は類似であるとはいえないとしても,他の称呼,観念が他人の商標のそれと類似するときは,両商標はなお類似するものと解するのが相当である(最高裁昭和38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁参照)。
そこで,以上の見地に立って本件事案について検討する。
(2) 本願商標の内容
ア 本願商標は,前記のとおり,「Legacy Factory Automation Computer」のように横書きしたものであり,「Legacy」「Factory」「Automation」「Computer」の各語の間に1文字分の間隔を空け,同一書体かつ同一の大きさで表記したものである。
イ そこで,まず,本願商標に用いられている「Legacy」「Factory」「Automation」「Computer」の語義について検討する。
(ア) 「Legacy」は「遺産」,「遺物」を意味する英語であり(「ランダムハウス英和大辞典第2版」平成6年1月1日株式会社小学館発行),日本語の外来語では「レガシー」と表記される(「現代用語の基礎知識2008」1503頁,平成20年1月1日自由国民社発行,乙27)。
(イ) 「Factory」は「工場」,「製造所」を意味する英語であり(「ランダムハウス英和大辞典第2版」),日本語の外来語では「ファクトリー」と表記される(「広辞苑第六版」平成20年1月11日株式会社岩波書店発行,乙1)。
(ウ) 「Automation」は「自動制御方式」,「自動化」を意味する英語であり(「ランダムハウス英和大辞典第2版」),日本語の外来語では「オートメーション」と表記される(「広辞苑第六版」,乙29)。
(エ) 「Computer」は「計算機」,「電子計算機」を意味する英語であり(「ランダムハウス英和大辞典第2版」),日本語の外来語では「コンピュータ」又は「コンピューター」と表記される(「広辞苑第六版」)。そして,「コンピュータ」は本願商標の指定商品である。
ウ 以上のように,「Legacy」「Factory」「Automation」「Computer」はそれぞれ別個の意義を有する語であるところ,これらを並べて成る「Legacy Factory Automation Computer」は特定の意味を有するものとして用いられるものではない。
また,上記各語の間には1文字分の間隔が空けられており,しかも各語の1文字目はいずれも大文字で表記されているため,外観上はそれぞれの語が独立しているようにみえる。
さらに,上記構成部分を一体として称呼した場合には「レガシーファクトリーオートメーションコンピュータ」という21音となり,冗長である。
したがって,簡易,迅速をたっとぶ取引の実際においては,本願商標に接する取引者・需要者は,本願商標を構成する4語を適当な区切りで分離して認識するのが自然であるといえるから,本願商標を構成する各部分は分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものということはできない。
エ そこでさらに,本願商標を構成する各語の相互の関係について検討する。
(ア)a まず,「Legacy」という語については,前記イのような「遺産」,「遺物」という意味のほかに,以下のとおり,特にコンピュータ分野において「前世代の」,「前世代のもの」という意味合いで他の語を伴って用いられることがある。
(a) 「デジタル用語辞典2002-2003年版」1098頁~1099頁,平成14年3月18日日経BP社発行(甲2)
・「レガシー・インターフェース
[Legacy Interface]従来のパーソナル・コンピュータが採用してきた,SCSIやシリアルなどのインタフェースの総称。USBやIEEE1394インターフェースが登場し始めた頃に,汎用性が低く速度の遅い従来のインターフェースを“過去の遺物”と皮肉って呼び始めたもの。米アップルコンピュータが1998年のワールド・ワイド・デベロッパーズ・カンファレンス(WWDC)の講演で用いてから一般化した。」
・「レガシー・システム
[LegacySystem]『前世代のシステム』の意。…」
・「レガシー・フリー」
[LegacyFree]SCSIやシリアルといった旧来のレガシー・インターフェースを取り外すこと。…」
(b) 「NIPPON STEEL MONTHLY 6」1頁,平成16年6月発行(甲3)
・「複雑なシステムを最適化する『レガシー・リエンジニアリング』
…市場の急激な変化に対応して,旧来のシステムに逐次機能拡張を重ねた結果,複雑になってしまったIT環境に悩む企業が多い。いま,こうした長期にわたって運用されてきたレガシーシステム(注1)を見直す『レガシー・マイグレーション(移行)』が注目されている。この分野で新日鉄ソリューションズ㈱は,以前より新日鉄の各製鉄所の大規模システムでの豊富な実績を持つ。そのノウハウを活かし,システムの全体最適を意識し,レガシー・マイグレーションを確実に成功させる『レガシー・リエンジニアリング』を,対外的にも展開している。…」
・「(注1)レガシーシステム:メインフレームを中心に開発され,長い間使われてきた古いシステムのこと。このレガシーシステムをいかにして統合し,新しいシステムへ円滑に移行していくかが,システムの更新における課題となっている。」
b 他方,「Legacy」が「Factory」との関係で,あるいは「Factory Automation」,「Factory Automation Computer」との関係で前記aのような「前世代の」という意味合いで用いられることはなく,また,その他の意味合いでもこれらの語と一体となって用いられることはない(この点については当事者間に争いがない。)。
(イ)a 次に,「Factory」及び「Automation」については,以下のとおり,これらの語が一体となって「工場の生産システムの自動化」を意味する語として広く用いられるとともに,上記2語の頭文字をとった「FA」という略称で用いられる場合もあることが認められる。
(a) 「広辞苑第六版」平成20年1月11日株式会社岩波書店発行(乙1)
・「ファクトリー[factory]…―‐オートメーション[~automation]エフ・エー(FA)に同じ。」
・「エフ・エー[FA]①(factoryautomation)コンピュータによる,工場の生産システムの自動化。」
(b) 「コンサイスカタカナ語辞典第3版」平成17年10月20日株式会社三省堂発行(乙2)
・「ファクトリー・オートメーション[factory automation]工場,製造部門の生産システムの自動化,省力化,無人化。FAとも。」
(c) 「imidas2007」平成19年1月1日株式会社集英社発行(乙3)
・「FA①[factoryautomation]…工場の生産機構を自動化・機械化すること。」
(d) 「朝日現代用語知恵蔵2007」平成19年1月1日朝日新聞社発行(乙4)
・「FA…②[factoryautomation]工場自動化。」
(e) 「超図解パソコン用語辞典2007-08年版」平成18年11月28日株式会社エクスメディア発行(乙5)
・「FA[エフエー]FactoryAutomationコンピュータ制御の技術を利用して,工場などでの生産作業を自動化するシステムのこと。」
(f) 「2007-'08年版最新パソコン用語辞典」平成18年11月1日株式会社技術評論社発行(乙6)
・「FA[エフエー]FactoryAutomationコンピュータ制御技術を用いて工場を自動化すること。」
(g) 「JISハンドブック⑭産業オートメーションシステム2007」平成19年6月22日財団法人日本規格協会発行(乙7)
・「…この規格は,主として機械工業においてファクトリーオートメーション(以下,FAという。)に用いる主な用語及び定義について規定する。」
・「備考1.FAとは,工場の生産機能の構成要素である生産設備(製造,搬送,保管などにかかわる設備)と生産行為(生産計画,生産管理を含む。)とはコンピュータを利用する情報処理システムの支援のもとに統合化され,総合的に自動化を行うこと。」
(h) 「マグローヒル科学技術用語大辞典改訂第3版」平成12年3月15日株式会社日刊工業新聞社発行(乙8)
・「FAfactoryautomation…工場自動化。」
・「工場自動化 factory automation,FA…自動工作機械,自動搬送機械などを計算機により総合管理することにより,素材の供給から加工,検査,組立製品の搬出まで一貫して自動化すること。」
(i) 「機械用語大辞典」平成9年11月28日株式会社日刊工業新聞社発行(乙9)
・「FA factory automation 工場などの生産システムの自動化,無人化を目指す概念。工場の製造現場における作業方法や,作業工程の生産性の向上を図るため,コンピュータを駆使して機械化し自動化することである。特に最近の他品種少量生産での自動化をFAと呼んでいる。」
b さらに,前記a(a),(e),(f),(g),(i)の各記載によれば,ファクトリーオートメーション(factoryautomation)における工場の自動化は,コンピュータを利用して行われる場合が一般的であるところ,このような工場自動化のために用いられるコンピュータを指す語として「ファクトリーオートメーションコンピュータ」,「FAコンピュータ」などの語が広く用いられていることは,以下のとおりである。
(a) 日経ナビ2009のWebサイト(オムロン株式会社の説明に関する部分,乙12)
・「日経コメント …FA(ファクトリー・オートメーション)コンピュータやプログラマブルコントローラ等の各種制御システム機器…を通じ,高度なシステムの提案で数多い実績をもつ。…」
(b) 日本工業新聞平成7年5月11日記事(乙13)
・「山武ハネウエルは,オープン化対応に優れる米ISI社(ワシントン州)製プロセスCIM(コンピューター統合生産)構築ソフトウエア日本語版「CIMJ/21」を11日に発売する。…」
・「同製品はDCS(分散制御システム)やFA(ファクトリーオートメーション)コンピュータからデータを取り込み,石油,化学など各種プラントの監視,制御,解析をリアルタイムで行うソフト群。」
(c) 化学工業日報平成6年12月8日記事(乙14)
・「熊谷組は7日,地下トンンネル工事用のシールド総合施工管理システム『シールドマスター21』を開発し,横浜市鶴見区の下水道整備工事…で実用化したと,発表した。ファクトリーオートメーション(FA)コンピューターを活用し,シールド機の運転・管理にかかわるすべてのコントロールと監視を中央制御室から自動的に行えるというシステム。…」
(d) 日本工業新聞平成6年8月25日記事(乙15)
・「横河が機能拡張,値下げも FAコンピューター一新」
・「横河電機は,FA(ファクトリーオートメーション)コンピューター『ユーマック500シリーズ』を一新,機能拡張を図った新モデルを24日発売した。…」
(e) 日本経済新聞平成6年6月30日記事(乙16)
・「トヨタ自動車は7月1日,名古屋市西区の産業技術記念館で同社が開発した工場内ネットワーク『ME-NET』の技術発表会を開く。ME-NETは変換用のコンピューターを使わなくてもメーカーや機種の異なるロボットやFA(ファクトリーオートメーション)コンピューターをケーブル1本で簡単につなげられるもので,トヨタ以外にも利用が広がっている。…」
(f) 中央電子株式会社のWebサイト(乙17)
・「製品情報
CHUO55
32bitFAコンピュータ」
・「国際標準規格VMEbusを採用,拡張性,耐環境性と,保守性に優れたコンパクト設計の本格的FAコンピュータです。」
・「幅広い産業機器の自動化,製造ラインのシステムかのニーズに対応する各種ネットワークをサポート。…計測・制御システやCIMにおけるFAコンピュータとして最適です。」
(g) 日本電波株式会社のWebサイト(事業内容の紹介に関する部分,乙18)
・「産業用コンピュータ
…
■平置き/壁掛け型FAコンピュータ
■ラックマウント型FAコンピュータ
■ミドルタワー型FAコンピュータ
■ミニタワー型FAコンピュータ
など」
(h) Webサイト「Factory Mart Japan/生産財情報サイト ファクトリー・マート・ジャパン」(乙19)
・「[製品名]FAコンピュータ
…
特長
●耐震性に優れ,FA現場での電気的なノイズにも対応
●ラックなどの組み込みに適した筐体設計
●長期安定供給可能
●ユーザーカスタマイズに応じて,スペック変更可能」
(i) 朝日興業株式会社のWebサイト(乙20)
・「弊社の営業品目のご紹介
…
情報系機器 FAコンピュータ・パソコン・CAD/CAM」
(j) 株式会社日野エンジニアリングのWebサイト(乙21)
・「業務案内
コンピューター事業
…
Pentium4搭載ISA/PCIFAコンピュータ(MultiFlexシリーズ)
MultiFlexシリーズPentium4モデルはISAスロットを3スロット及びPCIスロットを4スロットを標準装備したコンピュータです。…」
(k) ナラサキ産業株式会社のWebサイト(乙22)
・「取扱商品一覧
電機及び機器
…・FAコンピュータ …」
(l) 化学工業日報平成14年6月11日記事(乙25)
・「横河電機は,NEC製FAコンピュータ専用のPLC(プログラマブル・ロジック・コントローラ)システム作成ソフトウエア『ADCATフォーFC98NX』を開発,このほど販売を開始した。…」
(m) 日刊工業新聞平成13年4月2日記事(乙26)
・「東芝,FAコンピューターで攻勢―01年度1万台目指す」
・「東芝は産業用(FA)コンピューター分野で攻勢に出る。…」
・「FAコンピューター市場は,情報技術(IT)の進展に伴い,そのすそ野が広がる半面,ユーザーニーズが多様化・複雑化し,単なる標準的な製品の供給だけではビジネスが成り立たなくなっている。…」
(ウ) 以上によれば,本願商標を構成する各部分中,「Factory Automation Computer」は,工場自動化のために用いられるコンピュータを意味するものとして取引者・需要者に認識されるものであるのに対して,「Legacy」は「Factory Automation Computer」との関係で特定の意味を有するものとして用いられるものではないから,本願商標は「Legacy」と「Factory Automation Computer」に分離して印象される。
そして,上記のとおり「Factory Automation Computer」は工場自動化のために用いられるコンピュータを意味し,本願商標の指定商品である「コンピュータ」の種類の一つを指すものであって,自他商品識別機能を有しないものであるから,結局,本願商標中,自他商品識別機能を有するのは「Legacy」部分のみである。
オ(ア) これに対し原告は,「Factory」はコンピュータ関連分野において特定の意味を持った語(例えば,結城浩著「増補改訂版Java言語で学ぶデザインパターン入門」48頁,平成17年8月31日ソフトバンクパブリッシング株式会社第5刷発行〔甲6〕における「Factoryクラス」,「FactoryMethodパターン」等)として使用されることを主張する。
しかし,「Factory」について原告が主張するような特定の意味での使用がされることがあるとしても,上記のとおり「Factory Automation Computer」が工場自動化のために用いられるコンピュータを意味する語として広く用いられていることに照らせば,指定商品であるコンピュータに使用された本願商標に接した取引者・需要者は,「Factory」を原告が主張するような特定の意味において認識するよりも,「Factory Automation Computer」という一連の語を構成する一部分として認識するのが自然である。
(イ) また原告は,「Automation」は「Computer」と結合して「Automation Computer」という一連の語として使用されることを主張する。
しかし,原告が「Automation Computer」の用例として提出する甲9(アドバンテック株式会社の製品カタログ)には,そのタイトル部分に「UNOEmbeddedAutomationComputers組込オートメーション・コンピュータ」と記載されているものの,同カタログの見出し部分に「/ビル・オートメーション /ファクトリ・オートメーション /マシン・オートメーション」と記載されていることからすると,タイトル部分に記載された「オートメーション・コンピュータ」なる語は,「ファクトリ・オートメーション」を含む各種オートメーションに用いられるコンピュータを指す総称として用いられているものと理解される。したがって,原告の上記主張は上記認定を左右するものではない。
(ウ) また原告は,「Factory」「Automation」「Computer」のいずれかが含まれる商標が登録されていることをもってこれらの語がそれぞれ自他商品識別機能を果たしうることを主張するが,原告主張の登録商標(甲14~16)はいずれも本願商標とはその前提を異にするものであるから,原告の上記主張は採用することができない。
カ したがって,本願商標は,「Legacy」と「Factory Automation Computer」に分離して印象され,「Legacy」の部分が自他商品識別機能を有するものである。
そして,前記イのとおり,「Legacy」からは「遺産」,「遺物」との観念が生じ,「レガシー」との称呼が生じる。
(3) 引用商標の内容
引用商標は,前記のとおり,「LEGACY」と表記したものであり,「遺産」,「遺物」との観念が生じるほか,「レガシー」の称呼が生じるものであり,指定商品も,本願商標にいう「コンピュータ」を含む「電子応用機械器具及びその部品」(いずれも第9類)が含まれている。
(4) 本願商標と引用商標の類否
ア 以上の(2)及び(3)で述べたところに照らして,本願商標と引用商標とを対比すると,本願商標と引用商標とは,観念において「遺産」,「遺物」との観念を生じる点で共通し,称呼においても「レガシー」の称呼を生じる点で共通している。
また,外観においては,いずれもアルファベットの標準文字を同一書体かつ同一の大きさで表記したものであり,本願商標が「Legacy」と1文字目を大文字で,その他の文字を小文字で表記しているのに対して引用商標は「LEGACY」と全体を大文字で表記している点においてのみ異なるものであるが,このような違いが及ぼす印象は僅かなものであって,外観上も近似した印象を与えるものといえる。
イ これに対し原告は,パソコン,スーパーコンピュータ,マイクロコンピュータ等の取引の実情に照らせば,取引者・需要者が購入するに当たってはその性能,サポート内容,メーカーの信頼性等について相当の注意を払って購入するから,本願商標と引用商標について出所の混同が生じる可能性はないと主張する。
しかし,上記のとおり,本願商標と引用商標は,大文字表記か小文字表記かという外観上の僅かな違いを除き,殆ど同一といえるものであるから,たとえ取引者・需要者が相当の注意を払って購入するとしても,なお出所の混同を引き起こす可能性を否定できないものである。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(5) 以上のとおり本願商標は引用商標と類似するから,本願商標が商標法4条1項11号に該当するとした審決の判断に誤りはない。
3 結語
以上のとおりであるから,原告主張の取消事由は理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 今井弘晃 裁判官 清水知恵子)