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知財高等裁判所 平成20年(行ケ)10242号 判決 2009年6月30日

原告

シーメンス アクチエンゲゼルシヤフト

同訴訟代理人弁理士

山口巖

松崎清

被告

特許庁長官

同指定代理人

長崎洋一

岡本昌直

森川元嗣

安達輝幸

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2007-22820号事件について平成20年2月13日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,原告が,下記1のとおりの手続において補正後の特許請求の範囲を下記2などとする本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について特許庁がした別紙審決書(写し)記載の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があるなどと主張して,その取消しを求める事案である。

1  特許庁における手続の経緯

原告は,1996年(平成8年)7月19日,名称を「貫流ボイラの始動方法とその始動システム」とする発明につき国際出願による本件出願(パリ条約による優先権主張日:1995年(平成7年)8月2日(独国))をし,平成10年1月29日に翻訳文(甲3,4)を提出し,平成18年8月8日付けで特許請求の範囲の変更を内容とする補正(甲5。以下「本件補正」という。)をしたが,平成19年5月14日付けで本件出願に対する拒絶査定を受けた。

原告は,平成19年8月20日,上記拒絶査定に対する不服の審判請求をした。

特許庁は,上記審判請求を不服2007-22820号事件として審理し,平成20年2月13日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との本件審決をし,その謄本は同月28日に原告に送達された。

2  本件補正後の特許請求の範囲の記載

本件出願に係る特許請求の範囲は,請求項1ないし7からなるが,このうち本件補正後の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)の内容は,次のとおりである(なお,本件出願に係る本件補正後の明細書(特許請求の範囲につき甲5,その余につき甲3)を「本願明細書」という。)。

化石燃料(B)用の多数のバーナ(5)を有する燃焼室(6)を備え,この燃焼室(6)の気密囲壁(2)が少なくともほぼ垂直に配置されている蒸発器管(4)によって形成され,この蒸発器管(4)の給水側が下から上に向けて貫流されるようにした貫流ボイラの始動方法において,燃料流量と給水流量との比率,および始動前に蒸発器管(4)内の水位(H)が,給水(S)が蒸発器管(4)を貫流する際に完全に蒸発するように調整されることを特徴とする貫流ボイラの始動方法

3  本件審決の理由の要旨

本件審決の理由は,要するに,本願発明は,下記①の引用例1記載の発明(以下「引用発明1」という。)及び②の引用例2記載の発明(以下「引用発明2」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるので,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。

①  引用例1 特開昭59-195009号公報(甲1)

②  引用例2 実願昭63-29731号(実開平1-136204号)のマイクロフィルム(甲2)

なお,本件審決が認定した本願発明と引用発明1との相違点は,次のとおりである。

相違点:貫流ボイラの始動方法において,本願発明では,「燃料流量と給水流量との比率,および始動前に蒸発器管(4)内の水位(H)が,給水(S)が蒸発器管(4)を貫流する際に完全に蒸発するように調整される」のに対して,引用発明1では,起動バイパス系を設け,起動時の余剰の給水をバイパスするようにしている点。

4  取消事由

取消事由は,本件審決の前記相違点についての判断の誤りをいうものであり,これを分説すると,次のとおりとなる。

(1)  引用発明2に係る認定の誤り(取消事由1)

(2)  本願発明と引用発明2との水位調整に係る同一性についての認定の誤り(取消事由2)

(3)  引用発明1への引用発明2の適用の可否についての判断の誤り(取消事由3)

第3当事者の主張

1  取消事由1について

〔原告の主張〕

(1) 本件審決は,「引用発明2の『極く短時間内に所定の温度,圧力の蒸気が発生し始めるように起蒸させた』は,本願発明の『給水(S)が蒸発器管(4)を貫流する際に完全に蒸発するように調整されること』に,…相当する。」(4頁26~31行)と認定するが,次のとおり,この認定は誤っている。

(2) 本願明細書には,本願発明における始動前の水位(H)調整に関し,「始動システム84は,給水Sが蒸発器管4を貫流する間に完全に蒸発して,蒸発器の出口即ち出口管寄せ10に水が全く存在しないようにするために,燃料流量と給水流量の比率を調整するのに使用される。その場合,蒸発器の始動前における蒸発器管内の水位Hはバーナ5の直ぐ上に位置する所定の高さHminにされている。」(5頁19~23行)と記載されている。

これによると,本願発明の必須構成要件である「始動前に蒸発器管(4)内の水位(H)が,給水(S)が蒸発器管(4)を貫流する際に完全に蒸発するように調整されること」は,単なる希望条件ではなく,具体的には,本願明細書に,「その蒸発器管4内の水位Hは上限値Hmaxと下限値Hminとの間に維持されている。なお,その関係は,「Hmin=HSB+L・√Ps・F」,「Hmax=HKHF-Tmin・vWS」の数式で表わされるが,「HSBは始動燃焼出力で運転される最高位のバーナの高さ(上縁),Lはバーナが全負荷における火炎長さ,Psはバーナの相対始動出力,Fは経験的に得られた約0.5~2の値の適合係数,HKHFは狭いピッチ(<400mm)の対流加熱面あるいは隔壁加熱面が始まる高さ,Tminは給水充填時間即ち蒸発器管を水位Hまで速度vW,Sで充填する時間(3~10分),vW Sは最初のバーナの点火時点において給水流を始動する際の蒸発器管内の流速である。」(5頁末行~6頁10行)と記載されたようなパラメータ(HSB,L,Ps,F,HKHF,Tmin,vWS等)の値に基づいて行われるような実体的な要件である。

本願発明においては,水位や燃料流量と給水流量との比率が,始動前及び始動後にかかわらず,給水(S)が蒸発器管(4)を貫流する際に完全に蒸発するように,いわば固定的に調整されることになる。

(3) これに対し,引用例2には,「水管2の水位がH1に達すればバーナ10に点火してボイラの燃焼を開始すること」が記載されているものの,前記水位H1は,単に,ボイラ運転開始後の下限の水位H2よりも低位であることが開示されているのみであって,燃料流量と給水流量との比率は固定されておらず,バーナ10に供給する燃料流量が一定の場合,燃料流量と給水流量との比率は,H2とH3との間の水位変動に応じて変動することになる。

したがって,引用例2には,本願発明のように,「給水(S)が蒸発器管(4)を貫流する際に完全に蒸発するように調整されること」が記載されているとはいえない。

(4) もっとも,本願明細書には,「これによって出口管寄せ10に存在することのある水はこの分岐部において加熱器・加熱面28の側を通り過ぎて,垂直の連結配管24の下部に集められる。」(6頁21~23行)と記載されているが,これは,「貫流ボイラの運転中は,給水が完全に蒸発するようにしているが,運転を停止した場合に,出口管寄せ10に存在する蒸気が露結して水が生じる場合があり,また,これ以外にも,何らかの理由で,過剰な水が供給された場合には,これらの余剰水が垂直の連結配管24の下部に集められる」ことを意味するものであって,飽くまでも補助的な機能について説明したものにすぎず,この記載が本願発明の構成要件に影響を与えるものではない。

なお,貫流ボイラが,そもそも蒸発管を通過する間に水を完全に又はほとんど完全に蒸発させる形式のボイラであることは技術常識であるが,正確には,始動後において完全に給水を蒸発させることが貫流ボイラにおいて技術常識であるというにとどまり,始動前に給水を完全に蒸発するように調整することまで技術常識であるということではない。このことは,引用発明1や特開昭61-152914号公報(乙4)に記載された貫流ボイラにおいて,「蒸発器管の焼損防止のために,起動時に過剰の給水を行うようにしていること」からも明らかである。

(5) 引用例2の第1図に記載されたボイラは,本願発明のボイラとは,主にバーナの火炎の位置と蒸発器管との位置が異なるところ,引用例2の第1図のボイラの形式は,特開平6-147407号公報(乙3)の図4に記載されたボイラの形式と同様であるから,蒸発器管の上方に存在するバーナの火炎によって蒸発器管が焼損する危険性を避けるためにも,気水分離器を備えた貫流ボイラと考えるのが妥当である。そして,気水分離器を備えた貫流ボイラの場合には,蒸発器管内に張り込む水の水位が低位であっても,蒸発器管内上方においては水滴が残るようにし,余剰の水は,気水分離器で分離していることから,気水分離器のないボイラに比べて,蒸発器管の焼損防止に対して比較的安全であるので,この観点からの水位調整は必要としないと考えられる。

なお,本件出願の特許請求の範囲には,気水分離器についての直接的な記載はないが,本願明細書の「貫流ボイラにおいては,燃焼室の気密囲壁を形成する垂直に配置された蒸発器の管が加熱されることによって,この蒸発器管内の流れ媒体はその中を一回貫流する際に完全に蒸発する。」(1頁7~9行)との記載によると,本願発明の貫流ボイラが気水分離器を備えていないことは明らかである。

また,被告が気水分離器を備えることがないものとして挙示する実開昭60-196106号のマイクロフィルム(乙6)の図面に基づいて記載された技術事項は,気水分離器を開示した乙3の図4に基づいて記載された技術事項と同等であって,乙6及び実開昭56-112405号のマイクロフィルム(乙7)は,気水分離器の図示を省略したものと考えられる。引用例2の図面においても,気水分離器の図示を省略したものと考えるのが妥当である。

(6) 以上によると,引用例2には,「水管2の水位がH1に達すればバーナ10に添加してボイラの燃焼を開始すること」が記載されてはいるものの,この水位H1は,単に,給水ポンプ始動後の下限の水位H2よりも低位であることが開示されているのみであって,引用発明2は,蒸発器管を内部区画室と外部区画室とに2分割する構成と組み合わせて,単に起蒸時間を短縮することを目的としているというにすぎず,本願発明のように,蒸発器管の焼損防止と過剰水の供給に伴う始動損失の低減の両立を図るため,「始動前に蒸発器管(4)内の水位(H)が,給水(S)が蒸発器管(4)を貫流する際に完全に蒸発するように調整されること」が記載されているとまでいうことはできない。

〔被告の主張〕

(1) 引用例2には,実施例の説明において,「ボイラ水は下部ドラム4および水管2のうち,内管7を除く部分すなわち前記外部区画室に給水されるが,その水位がH1に達すればバーナ10に点火してボイラの燃焼を開始し,水位がH3に達したら給水を停止する。これ以後,給水ポンプ5は水管2の内管7の外側部分の水位がH2以上,H3以下となるように,そのON,OFFが制御され,何らかの原因で水位がH1に降下すればバーナ10の燃焼が停止する。」(5頁9~18行)と記載されている。

この記載によると,引用例2には,ボイラのバーナ10の点火から,所定の温度・圧力の蒸気を発生させる際に,水管2の外部区画室に対して,次のアないしオの5つの工程を行うことが示されている。

ア 工程ⅰ 給水ポンプ5を運転し,給水を開始する。水位がH1に達するとバーナ10に点火し,燃焼を開始する。水位がH3に達するまで給水ポンプ5による給水を継続する。水位がH3に達すると給水ポンプ5による給水を停止する。バーナ10の燃焼を継続する。

イ 工程ⅱ 水位がH2に降下すると,再び給水ポンプ5を運転し,給水を開始する。バーナ10の燃焼を継続する。

ウ 工程ⅲ 水位がH3に達すると,給水ポンプ5による給水を停止する。バーナ10の燃焼を継続する。

エ 工程Ⅳ 以降,工程ii,iiiを繰り返す。

オ 工程Ⅴ 何らかの原因で水位がH1に降下すればバーナの燃焼を停止する。

上記工程を踏まえ,バーナ10の燃焼についてみると,水位がH1に到達するとバーナ10に点火することで燃焼を開始し,それ以降,バーナ10の燃焼は何らかの原因で水位がH1に降下しない限り継続する。バーナ10の燃焼を継続している間,バーナ10には所定の燃料が供給される,すなわち,バーナ10には所定の燃料流量が与えられることとなる。

また,給水についてみると,工程iにおいて,給水ポンプ5を運転し,給水を開始した後,バーナ10に点火する前に水管2の外部区画室の水位はH1とされることから,引用例2には,「起蒸前に水位がH1とされる」ことが記載されている。

そして,水管2の外部区画室の水位がH1を経由してH3に達すると給水ポンプ5による給水を停止し,その後,工程iiにおいて,水位が降下してH2に達すると,再び給水ポンプ5を運転し,給水を開始する。次いで,給水ポンプ5による給水を継続している間は,水管2の外部区画室には所定の給水流量が与えられ,給水ポンプ5による給水を停止している間は,水管2の外部区画室には水が供給されないから,水管2の外部区画室には,給水ポンプ5により所定の給水流量が断続的に与えられる。

このように,引用発明2は,上記工程iないしⅣの実行中,バーナ10には所定の燃料流量が与えられ,水管2の外部区画室には給水ポンプ5により所定の給水流量が断続的に与えられることから,「燃料流量と給水流量との比率は調整されている」ということができる。

(2) これに対し,本願明細書には,「時点『燃焼開始』におけるレベル即ち水位Hおよび燃料流量と給水流量との比率は,出口管寄せ10に純粋な蒸気が存在し,決して過熱器・加熱面28に水が流入しないように選定されている。」(6頁17~19行)と記載されており,本願発明では,「出口管寄せ10に純粋な蒸気が存在」することを「給水(S)が蒸発器管(4)を貫流する際に完全に蒸発するように調整される」こととしている。

また,引用例2の「保有されたボイラ水は内管7の外側にあって直接ボイラ伝熱面を介して加熱されるから,極く短時間内に所定の温度,圧力の蒸気が発生し始めることになる」(6頁1~4行)との記載,また,上記(1)の工程i及びiiiにおいて,水管2の外部区画室の水位はその上限水位がH3とされており,水管2内の水はH3より高い位置に達しないことからして,引用発明2では,水管の上端部である上部ドラム3(本願明細書の「出口管寄せ10」に相当する。)において,給水は完全に蒸発した状態に調整されることとなる。

したがって,引用発明2は,本願発明と同様に,給水が水管2を貫流する際に完全に蒸発するものである。

(3) 本願発明では,「燃料流量と給水流量との比率,および始動前に蒸発器管(4)内の水位(H)が,給水(S)が蒸発器管(4)を貫流する際に完全に蒸発するように調整される」ものであるが,「給水(S)が蒸発器管(4)を貫流する際に完全に蒸発する」ように,「燃料流量と給水流量との比率」をどのように調整し,「始動前に蒸発器管(4)内の水位(H)」をどのように調整するかを具体的に特定するものではないから,「燃料流量と給水流量との比率,および始動前に蒸発器管(4)内の水位(H)が,給水(S)が蒸発器管(4)を貫流する際に完全に蒸発する」ものでありさえすればよく,「燃料流量と給水流量との比率」及び「始動前に蒸発器管(4)内の水位(H)」の調整には,任意の調整が含まれることになる。

そして,本願明細書には,「その蒸発器管4内の水位Hは上限値Hmaxと下限値Hminとの間に維持されている。」(5頁末行~6頁1行)と記載されているから,本願発明においても,引用発明2と同様に,実施例における給水流量の調整は,蒸発器管(4)内の水位(H)を上限値と下限値との間に維持することにより行われるものである。

なお,本願明細書には,「これによって出口管寄せ10に存在することのある水はこの分岐部において過熱器・加熱面28の側を通り過ぎて,垂直の連結配管24の下部に集められる。」(6頁21~23行)と記載されており,実施例として,出口管寄せ10に水が存在すること,すなわち,給水(S)が蒸発器管(4)を貫流する際に,完全に蒸発しない場合が存在することを許容する構成が示されている。

(4) 貫流ボイラは,例えば,「ボイラの自動制御」(昭和44年11月20日,株式会社オーム社発行)(乙1)に,「蒸発管を通過する間に水を完全にまたはほとんど完全に蒸発させる形式のボイラを貫流ボイラとよぶ。」(16頁末から2行~17頁1行)と記載されているように,そもそも蒸発管を通過する間に,水を完全に又はほとんど完全に蒸発させる形式のボイラであることから,ボイラの始動中に「蒸発管を通過する間に水を完全にまたはほとんど完全に蒸発させる」状態にまですることは技術常識にほかならない。

(5) 原告は,本願発明の貫流ボイラが気水分離器を備えていないと主張するが,本件出願の特許請求の範囲の記載に基づくものではなく,理由がない。

また,引用例2に記載された貫流ボイラが気水分離器を備えることについての記載も示唆も存在しない。

そして,上部にバーナを備えた貫流ボイラにおいて,気水分離器を備えることなく,始動時の水管の過熱を防止するという課題を解決するために,水管内の水位を,下限水位以上となるように制御することは,実開昭60-196106号のマイクロフィルム(乙6)及び実開昭56-112405号のマイクロフィルム(乙7)のとおり,本件出願の優先権主張の日前に周知の技術事項であった。

(6) 以上によると,引用発明2は,「貫流ボイラの始動方法において,燃料流量と給水流量との比率,および始動前に蒸発器管(4)内の水位(H)が,給水(S)が蒸発器管(4)を貫流する際に完全に蒸発するように調整されることを特徴とする貫流ボイラの始動方法。」ということができる。

したがって,本件審決における引用発明2の認定に誤りはない。

なお,原告は,「本願発明の必須構成要件である『始動前に蒸発器管(4)内の水位(H)が,給水(S)が蒸発器管(4)を貫流する際に完全に蒸発するように調整されること』は,単なる希望条件ではなく,具体的には本願明細書に記載されたようなパラメータ(HSB,L,Ps,F,HKHF,TMIN,vws等)の値に基づいて行われるような実体的な要件である。」と主張するが,本願発明は,これらのパラメータを発明特定事項とするものではないので,原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づくものではなく,理由がない。

2  取消事由2について

〔原告の主張〕

本件審決は,引用発明2につき,「水位H1を低位とした」ので,「極く短時間内に所定の温度,圧力の蒸気が発生」すると一義的に解釈し,本願発明と引用発明2とを比較するに当たり,単に水位H1を低位とした類似点のみを取り上げ,本願発明の始動前の水位調整と同一と認定している。

しかしながら,引用発明2については,「(水管2内の)保有水量がほぼ内管7の容積分だけ減少し,その分だけ発生する蒸気の昇温,昇圧時間が短縮され,結局起蒸時間は,…短縮される」(甲2の6頁19行~7頁2行)のであって,「水位H1を低位としたこと」のみによって,起蒸時間が短縮されるわけではない。

したがって,本願発明と引用発明2とがボイラの始動前の水位調整において同一であるとした本件審決の認定は誤りである。

〔被告の主張〕

本件審決の認定に原告主張の誤りはない。

3  取消事由3について

〔原告の主張〕

(1) 本願発明と引用発明1とは,「起動バイパス系」を設けるか否かという点で明確な相違を有する。

(2) そして,上記1の「原告の主張」(3)及び上記2の「原告の主張」のとおり,本願発明と引用発明2とは全く相違するものである。

(3) 引用発明1は,蒸発器管の焼損防止を課題とするものであり,この引用発明1に,起蒸時間を短縮することを課題とし,かつ,ボイラ形式の異なる引用発明2を組み合わせることは,組み合わせることの技術的動機や技術的必然性に乏しく,当業者にとって,容易に想到し得るものではない。

〔被告の主張〕

(1) 引用発明1は,貫流ボイラにおける起動時の余剰の給水をバイパスするようにしている。この起動方法は,「ボイラ装置の火炉においては,その水壁管への給水流量が過少であると,水壁管が焼損するおそれがある。そこで,水壁管の給水流量としては,常にボイラ負荷に応じてある定められた管内制限流量以上の流量を確保しておく必要がある。…又,ボイラ負荷が低負荷である場合,ボイラ負荷に見合う以上の給水流量を供給する必要があり,このため,ボイラ設計によりそれぞれ異なるものの,一般には定格負荷の20~25%のときの給水流量を最低給水流量とし,負荷がそれ以下に低下してもこの最低給水流量が確保されるようになっている。」(甲1の1頁右欄5~19行)との記載のとおり,ボイラ装置の火炉の「水壁管の焼損」を防止するために採用されたものである。

そもそも,貫流ボイラにおいては,バーナの燃焼に伴い蒸発管がオーバーヒートして焼損するおそれが常にあるため,本件出願の優先権主張の日前,貫流ボイラの蒸発管の焼損を防止することは自明の課題となっていた。

そして,その課題を解決するために,運転時の水位の下限値を定めることは,特開平6-300206号公報(乙2)において「【0008】…蒸発管4a,4bが焼損しないように前記制御水位面Lを高く設定するようにしており」と,乙3において「【0014】…ボイラ負荷が低負荷の場合には,水位を上げないと加熱管2の温度が上昇し過ぎて加熱管2が焼損する虞れがあるためである。」と示されているように,本件出願の優先権主張の日前に広く行われていた技術事項である。

そうしてみると,引用発明2は,貫流ボイラであって水管2を備えていることから,水管2の焼損を防止するための自明の課題を当然に有するものである。

そして,引用発明2は,「水位がH1に達すればバーナ10に点火」(甲2の5頁11~12行)するものであるから,水管2の焼損を防止するための自明の課題を解決するために,当該水位H1を水管2の焼損のおそれのない高さとしていることが明らかである。

したがって,引用発明1及び2は,貫流ボイラという同一の技術分野に属する発明であり,しかも,貫流ボイラの蒸発管(水管)の焼損を防止するという共通の課題を解決するものであるから,引用発明2を引用発明1に適用することは,当業者が容易になし得たものである。

(2) 本件出願の優先権主張の日前,貫流ボイラの技術分野において,起動時に余剰の給水のバイパスを行うと,貫流ボイラ起動時の起動時間が長くなり起動損失が大きくなることが技術常識となっていたことは,乙4及び特開昭62-169903号公報(乙5)の記載から明らかであった。

また,このことは,本願明細書の「始動のためおよび全負荷の50%の所定の限界負荷にある負荷範囲において通常,給水ポンプで搬送すべき流れ媒体の量は特に一定に保たれている。その際給水ポンプの搬送流は蒸発器貫流量と同じである。このような運転様式では,貫流ボイラの第1のバーナの点火時点で始まり高い蒸気温度による貫流運転の達成時点で終わる始動時間は非常に長くなる。これは,始動損失の大きさが主に始動時間によって影響されるので,始動損失を比較的大きくしてしまう。」(1頁17~23行)との記載からも裏付けられる。

そうしてみると,引用発明1は,貫流ボイラにおける起動時の余剰の給水をバイパスするものであるから,貫流ボイラ起動時の起動損失が比較的大きくなるという課題を内在するものである。

一方,引用例2に,「このように,従来のボイラにあっては,起蒸時間と負荷耐力とは相反する事項であって,両者のバランスをある程度考慮した保有水量のボイラが使用されていたものであり,起蒸時間が短く,しかも負荷耐力の強いボイラとすることは困難であるという問題点があった。本考案は,従来のものの上記問題点を的確に解消したボイラを経済的に提供することを目的とするものである。」(2頁9~17行)と記載されているとおり,引用発明2は,起蒸時間を短くすることにより起動損失を小さくするという課題を解決するものである。

したがって,貫流ボイラ起動時の起動損失が比較的大きくなるという課題を内在する引用発明1に,引用発明2の貫流ボイラ起動時の起動損失を小さくするという課題を解決するための構成を適用することは,当業者が容易になし得たものといえる。

(3) 以上のとおり,引用発明1及び2は,貫流ボイラという同一の技術分野に関する発明であり,また,貫流ボイラの始動方法という特定された技術に関する発明であるから,その組合せを妨げる理由はなく,さらに,貫流ボイラの構造に伴う技術常識からも,両者を組み合わせることに困難性はない。

したがって,引用発明1に引用発明2を適用することについては,その動機付けがあるということができ,引用発明2を引用発明1に適用することは当業者が容易になし得たとする本件審決の認定判断に誤りはない。

第4当裁判所の判断

1  取消事由1(引用発明2に係る認定の誤り)について

(1)  引用例2の記載

ア 引用例2には,その実用新案に係る「考案の詳細な説明」として,次の記載がある。

(ア) 「〔産業上の利用分野〕本考案は起蒸時間が短く,しかも負荷耐力の強い蒸気ボイラに関するものである。」(1頁9~12行)

「すなわち(ボイラの伝熱面積が一定の場合),缶水保有部内の保有水量をA1→B1→C1と増大すれば負荷変動に対する耐力すなわち負荷耐力をA2→B2→C2と向上させることができるが,起蒸時間(ボイラの運転を開始してから所定の温度,圧力の蒸気が発生し始めるまでの所要時間)がA3→B3→C3と長くなってしまう。」(1頁17行~2頁4行)

「従来のボイラにあっては,起蒸時間と負荷耐力とは相反する事項であって,両者のバランスをある程度考慮した保有水量のボイラが使用されていたものであり,起蒸時間が短く,しかも負荷耐力の強いボイラとすることは困難であるという問題点があった。」(2頁9~14行)

「本考案は,従来のものの上記問題点を的確に解消したボイラを経済的に提供することを目的とするものである。」(2頁15~17行)

(イ) 「〔課題を解決するための手段〕本考案は,缶水保有部内に内部区画室を設けて缶水保有部を内外部区画室に仕切り,ボイラ水を前記内部区画室に先んじて外部区画室に供給し,ボイラ起動後に前記内部区画室にボイラ水を供給しうるようにしたことを特徴とする起蒸時間短縮ボイラである。」(2頁18行~3頁4行)

(ウ) 「〔作用〕/本考案の蒸気ボイラでは,ボイラ水を前記内部区画室に先んじて外部区画室に供給し,ボイラの運転を開始するのであるが,このボイラでは(ボイラ起動時の)缶水保有部の見掛けの保有水量が外部区画室に相当する量に減少しているので,この外部区画室内のボイラ水がボイラ運転開始後,短時間内に沸騰して所望の温度,圧力の水蒸気が発生し,該起動開始ののちに内部区画室内にボイラ水が充満し,その後にこのボイラ水も沸騰してボイラ全体が定常運転状態となり,ボイラの負荷耐力が所期の値に上昇する。このように,本考案のボイラは運転開始時は小保有水量型ボイラとして,それ以後は大保有水量型ボイラとして作用するものである。」(3頁5~19行)

(エ) 「なお,第1図においてH1はバーナ10の燃焼開始・停止水位,H2は給水ポンプONの水位,H3は給水ポンプOFFの水位である。

次に,この貫流ボイラの運転の態様について説明すると,予めすべての手動弁8を閉めてから給水ポンプ5を運転し,下部ドラム4へのボイラ水の給水を開始する。この場合,ボイラ水は下部ドラム4および水管2のうち,内管7を除く部分すなわち前記外部区画室に給水されるが,その水位がH1に達すればバーナ10に点火してボイラの燃焼を開始し,水位がH3に達したら給水を停止する。これ以後,給水ポンプ5は水管2の内管7の外側部分の水位がH2以上,H3以下となるように,そのON,OFFが制御され,何らかの原因で水位がH1に降下すればバーナ10の燃焼が停止する。そして,この間においては,内管7は空のままであるからボイラの保有水量は内管7を設けていない従来のボイラに比べ著しく減少しており,しかも保有されたボイラ水は内管7の外側にあって直接ボイラ伝熱面を介して加熱されるから,極く短時間内に所定の温度,圧力の蒸気が発生し始めることになる。

かくて,内管7外のボイラ水からの蒸気を所望箇所へ所定時間供給したら,各手動弁8を小さな開度で開き,内管7へボイラ水を小流量で供給を開始し,内管7外からの蒸気発生を継続させる。そして,内管7内外のボイラ水の水位がほぼ等しくなった時点で手動弁8を全開にして,ボイラの保有水量を定常運転時の値に増大させ,以後,内管7内外の保有水からの蒸気を発生させる。」(5頁3行~6頁12行)

(オ) 「〔考案の効果〕本考案の蒸気ボイラは,缶水保有部を内外に仕切り,外側の缶水保有部に給水してボイラの運転を開始したのち,内側の缶水保有部にも給水して運転を継続するように構成したものであり,起蒸時間が短く,しかも負荷変動に強い蒸気ボイラを構造簡単,安価に提供でき,しかもその運転,維持管理も簡便に行えるなどの実益が得られるものである。」(7頁12~20行)

イ 以上の記載によると,引用発明2は,水管2内に内管7を設けて缶水保有部を内外部に仕切り,ボイラ水につき,まず内管7を除く部分である外部区画室に供給し,ボイラ起動後に内管7内である内部区画室に供給することができるようにし,また,給水ポンプ5を運転し,外部区画室へのボイラ水がH1に達するとバーナ10に点火し,ボイラの燃焼を開始し,水位がH3に達すると給水を停止し,これ以後,給水ポンプ5は水位がH2とH3の間となるように運転が制御され,何らかの原因で水位がH1に降下するとバーナ10の燃焼を停止するという貫流ボイラであって,これにより,構造が簡単で安価に提供でき,その運転,維持管理も簡便であるとともに,缶水保有部壁の焼損を防ぎ(負荷耐力が強い)ながらも,起蒸時間が短い蒸気ボイラとすることができるものということができる。

そして,引用発明2は,①その始動前に,給水ポンプ5による給水によって,水管2の外部区画室へのボイラ水がH1の水位まで達するように調整され,②水位がH1に達すると,バーナ10に点火がされて燃焼が開始することにより始動し,それ以降,給水ポンプ5による給水の断続及びバーナ10による燃焼の断続により,水位が常に下限H1と上限H3の間となるように調整されるものであるところ,貫流ボイラが蒸発管を通過する間に水を完全に又はほとんど完全に蒸発させる形式のボイラであることは技術常識であるから,引用発明2においても,ボイラ水は,給水ポンプ5による給水の断続及びバーナ10による燃焼の断続によって,蒸発管を通過する間に完全に又はほとんど完全に蒸発させるように調整されるものといわなければならない。

(2)  本願明細書の記載

ア 本願明細書には,次の記載がある。

(ア) 「本発明は,化石燃料用の多数のバーナを有する燃焼室を備え,この燃焼室の気密囲壁が少なくともほぼ垂直に配置されている蒸発器管によって形成され,この蒸発器管の給水側が下から上に向けて貫流されるようにした貫流ボイラの始動方法に関する。本発明は更にこの方法を実施するための始動システムに関する。」(1頁3~6行)

「始動のためおよび全負荷の50%の所定の限界負荷にある負荷範囲において通常,給水ポンプで搬送すべき流れ媒体の量は特に一定に保たれている。その際給水ポンプの搬送流は蒸発器貫流量と同じである。このような運転様式では,貫流ボイラの第1のバーナの点火時点で始まり高い蒸気温度による貫流運転の達成時点で終わる始動時間は非常に長くなる。これは,始動損失の大きさが主に始動時間によって影響されるので,始動損失を比較的大きくしてしまう。

大きな始動損失は水が過剰に存在することによっても生ずる。これは一方では導入される熱に比べて高い水質量流量によって,他方ではいわゆる水の突発によって生ずる。この水の突発は蒸発が蒸発器の中央で始まり,下流側に存在する水量(水プラグ)を押し出すときに生ずる。従って貫流ボイラに分離装置が通常設けられ,この分離装置から過剰の水が取り出され,循環ポンプによって再び蒸発器に導かれるか排出される。従ってこの分離装置においては始動運転中に蒸発の完了が定められる。この種の分離装置並びにその際に補助的に必要な分離容器,弁および循環ポンプを備えた始動システムは高い技術的経費において高い設備投資を必要とするか,この設備投資は高い蒸気圧および最高蒸気圧を実現することが望まれる場合にますます増大する。」(1頁17行~2頁6行)

(イ) 「本発明の課題は,始動損失が特に過剰水の排出によって十分に避けられるような貫流ボイラの始動方法を提供することにある。本発明はまたこの方法を簡単な手段で実施できる始動システムを提供することにある。

方法に関する課題は本発明に基づいて,蒸発器管内の水位および燃料流量と給水流量との比率が,給水が蒸発器管を貫流する際に完全に蒸発するように調整されることによって解決される。

本発明は,始動運転前に即ち最初のバーナの燃焼前に蒸発器内の水位が規定の高さにされることから出発している。その場合,蒸発器管内の水位は一方では,蒸発器管の十分な冷却を保証するのに十分な高さでなければならない。他方では蒸発器管内の水位は,始動過程中に蒸発開始点の下流側に水プラグが生ずることを阻止するために,高過ぎてはならない。始動過程中に即ち(最初の)あるいは各バーナの燃焼時点において,分離装置なしでも蒸発器内における水が蒸気側に後置接続された過熱器加熱面に到達しないようにする目的で,単位時間当たりに導入すべき給水量を,単位時間当たりにバーナに導入される燃料量に関係して調整しようとしている。」(2頁7~21行)

(ウ) 「本発明によって得られる利点は特に,既に始動運転中に燃料流量と旧水流量との比率を調整するだけで,一定義の蒸発完了点がもはや存在しないので,生蒸気温度を必要な値に調整できるか調節できることにある。」(3頁15~17行)

(エ) 「始動システム84は,給水Sが蒸発器管4を貫流する間に完全に蒸発して,蒸発器の出口即ち出口管寄せ10に水が全く存在しないようにするために,燃料流量と給水流量の比率を調整するのに使用される。その場合,蒸発器の始動前における蒸発器管内の水位Hはバーナ5の直ぐ上に位置する所定の高さHminにされている。」(5頁19~23行)

「その蒸発器管4内の水位Hは上限値Hmaxと下限値Hminとの間に維持されている。」(5頁末行~6頁1行)

「時点『燃焼開始』におけるレベル即ち水位Hおよび燃料流量と給水流量との比率は,出口管寄せ10に純粋な蒸気が存在し,決して過熱器・加熱面28に水が流入しないように選定されている。」(6頁17~19行)

イ 以上の記載によると,本願発明は,貫流ボイラの始動方法において,蒸発気管の焼損防止を図りながらも,過剰水の供給に伴う始動損失の低減を図るために,①最初のバーナの燃焼前である始動開始前に,蒸発器管(4)内の水位(H)が,給水(S)が蒸発器管(4)を貫流する際に完全に蒸発されるように調整されることを特徴とし,具体的には,最初のバーナの燃焼前の始動前の時点において,蒸発器管内の水位Hは,規定の高さに維持されることになるとともに,②バーナの燃焼時において,蒸発器管4内の水位Hは,上限値Hmaxと下限値Hminとの間に維持され,燃料流量と給水流量との比率が,蒸発器管(4)内の水位(H)が,給水(S)が蒸発器管(4)を貫流する際に完全に蒸発されるように調整されることになることを特徴とするということができる。

もっとも,本願発明に係る請求項1は,「給水(S)が蒸発器管(4)を貫流する際に完全に蒸発する」ように,「燃料流量と給水流量との比率」及び「始動前に蒸発器管(4)内の水位(H)」がどのように調整されるかを具体的に特定又は示唆する記載とはなっていない。

(3)  引用発明2に係る本件審決の認定の当否

ア 以上によると,本願発明及び引用発明2のいずれも,蒸発管を通過する間に水を完全に又はほとんど完全に蒸発させる貫流ボイラにつき,蒸発器管の焼損を防ぎながらも,過剰水の供給に伴う始動損失の低減を図って起蒸時間を短くするための発明であって,そのために,①その始動開始時点(その直前)である始動前において,水位につき,引用発明2においてはH1に達するように調整され,本願発明においても規定の高さに調整するもの,②始動運転中,引用発明2につき,水位が常に下限H1と上限H3の間となるように調整されてボイラ水が水管2を通過する間に完全に又はほとんど完全に蒸発するもの,本願発明につき,水位が上限値Hmaxと下限値Hminとの間に維持されて給水(S)が蒸発器管(4)を貫流する際に完全に蒸発するように調整されるものということができる。

したがって,本願発明及び引用発明2のいずれも,バーナに点火する前の「始動前」において水位を調整し,また,「始動運転中」において給水が蒸発器管(水管)を貫流する際に完全に蒸発するように燃料流量と給水流量とを調整するものといわなければならない。

そうすると,引用発明2は,本願発明における「貫流ボイラの始動方法において」,「燃料流量と給水流量との比率,および始動前に蒸発器管(4)内の水位(H)が,給水(S)が蒸発器管(4)を貫流する際に完全に蒸発するように調整されること」との要件を満たすものであることが明らかである。

イ この点に関し,原告は,引用発明2は「バーナ10に供給する燃料流量が一定の場合,燃料流量と給水流量との比率は,H2とH3との間の水位変動に応じて変動することとなる」ものであるのに対し,本願発明は「最初に水位は下限値H minとされ,その後水位がHに決められ,この水位Hは,上限値Hmaxと下限値Hminとの間に維持される。その水位Hに応じた給水流量に基づいて,燃料流量と給水流量との比率は固定的に定められる。」,「燃料流量と給水流量との比率,即ち,燃料流量に対する給水流量の比率を,ボイラの始動前にあらかじめ固定の比率に設定しておき,始動に際して,設定された固定の比率となるように燃料流量と給水流量とを調整した上で,ボイラの運転を開始する。」ものであると主張する。

しかしながら,本願発明に係る請求項1の記載において,「燃料流量と給水流量との比率,および始動前に蒸発器管(4)内の水位(H)が,給水(S)が蒸発器管(4)を貫流する際に完全に蒸発するように調整される」ものであるが,この「燃料流量と給水流量との比率」をどのように調整するかを具体的に特定するものでない以上,本願発明における「燃料流量と給水流量との比率,…が,給水(S)が蒸発器管(4)を貫流する際に完全に蒸発する」ものであることにつき,「燃料流量と給水流量との比率」が固定的に調整されるものであるとまで認めることはできないから,原告の主張は採用できない。

ウ また,原告は,「本願発明の実体的な必須構成要件である,『始動前に蒸発器管(4)内の水位(H)が,給水(S)が蒸発器管(4)を貫流する際に完全に蒸発するように調整されること』は,技術常識ではない。」と主張する。

しかしながら,本願明細書において,「本発明は,始動運転前に即ち最初のバーナの燃焼前に蒸発器内の水位が規定の高さにされることから出発している。」(2頁13,14行)と記載されるとおり,本願発明における「始動前」とは,バーナに点火される前の時点をいうものであるから,結局のところ,本願発明における「始動前に蒸発器管(4)内の水位(H)が,給水(S)が蒸発器管(4)を貫流する際に完全に蒸発するように調整されること」とは,バーナの燃焼を開始した始動後,給水が蒸発器管を貫流する際に完全に蒸発するように,始動時点において水位を調整しておくことをいうものであって,このことは,上記のとおり,引用発明2が,始動後,蒸発間を通過する間にボイラ水を完全に又はほとんど完全に蒸発させるものであり,これを実現するため,外部区画室へのボイラ水が下限水位H1に達するとバーナ10に点火し,ボイラの燃焼を開始するとしていることに相当するものであって,引用発明2との対比において,この点につき技術常識か否かをいう原告の主張は失当といわざるを得ない。

エ さらに,原告は,引用例2の第1図に記載されたボイラは,気水分離器を備えた貫流ボイラと考えるのが妥当であり,気水分離器のないボイラに比べて,蒸発器管の焼損防止に対して比較的安全であるので,この観点からの水位調整は必要としないと考えられるとも主張する。

しかしながら,引用例2には,同引用例に記載された貫流ボイラが,気水分離器を備えることについては記載されておらず,また,本願発明の貫流ボイラが気水分離器を備えていないとの原告の主張についても,本願発明に係る請求項1に記載されておらず,そうである以上,気水分離器は,その発明を特定する事項ということができない。

そして,引用例2は,上記のとおり,気水分離器について何ら記載することなく,「本考案は起蒸時間が短く,しかも負荷耐力の強い蒸気ボイラに関するものである。」(1頁11~12行),「従来のボイラにあっては,起蒸時間と負荷耐力とは相反する事項であって,両者のバランスをある程度考慮した保有水量のボイラが使用されていたものであり,起蒸時間が短く,しかも負荷耐力の強いボイラとすることは困難であるという問題点があった。」(2頁9~14行),「本考案は,従来のものの上記問題点を的確に解消したボイラを経済的に提供することを目的とするものである。」(2頁15~17行),「〔考案の効果〕本考案の蒸気ボイラは,缶水保有部を内外に仕切り,外側の缶水保有部に給水してボイラの運転を開始したのち,内側の缶水保有部にも給水して運転を継続するように構成したものであり,起蒸時間が短く,しかも負荷変動に強い蒸気ボイラを構造簡単,安価に提供でき,しかもその運転,維持管理も簡便に行えるなどの実益が得られるものである。」(7頁12~20行)と記載されていることからすると,水位調整については,起蒸時間の短縮という観点だけでなく,負荷耐力の維持,すなわち,蒸発器管の焼損防止という観点をも考慮しているものと認めることができるのであって,気水分離器を備えることを必然としているとは解されず,引用発明2につき,蒸発器管の焼損防止に対して比較的安全であるので,この観点からの水位調整は必要としないと考えられる旨の原告の主張も採用することができない。

2  取消事由2(本願発明と引用発明2との水位調整に係る同一性についての認定の誤り)について

(1)  原告は,本件審決には,引用発明2につき,「水位H1を低位とした」ので,「極く短時間内に所定の温度,圧力の蒸気が発生」すると一義的に解釈し,本願発明と引用発明2とを比較するに当たり,単に水位H1を低位とした類似点のみを取り上げ,本願発明の始動前の水位調整と同一と認定した誤りがあると主張する。

(2)  しかしながら,引用発明2は,「内管7を設けていない従来のボイラに比べて,(1)前記水位H1に達するまでの所要時間が,ほぼ内管7の容積分だけ短縮され,(2)給水停止時の水位,及び燃焼室から熱を受ける伝熱面は同一であるが,保有水量がほぼ内管7の容積分だけ減少し,その分だけ発生する蒸気の昇温,昇圧時間が短縮され,結局起蒸時間は,上記(1),(2)の合計時間だけ短縮されることになる。」(6頁15行~7頁3行)と記載されているとおり,内管7を設けることによって起蒸時間を短縮しようとするものである。

もっとも,上記1(1)のとおり,引用発明2は,起蒸時間短縮の前提として,外部区画室へのボイラ水がH1に達するとバーナ10に点火し,ボイラの燃焼を開始し,水位がH3に達すると給水を停止し,これ以後,給水ポンプ5は水位がH2とH3の間となるように運転が制御され,何らかの原因で水位がH1に降下するとバーナ10の燃焼を停止することによって,缶水保有部壁の焼損を防ぎ(負荷耐力が強い)ながらも,起蒸時間が短い蒸気ボイラとするため,水位につき,バーナ燃焼開始時点において下限H1とし,始動中は下限H1と上限H3との間とし,「短時間内に沸騰して所望の温度,圧力の水蒸気が発生」するようにしているものであって,この点は,本願明細書中の「蒸発器管4内の水位Hを上限値Hmaxと下限値Hminとの間に維持されて」(甲3の5頁末行),蒸発気管の焼損防止を図りながらも,過剰水の供給に伴う始動損失の低減を図ることに相当するものである。

(3)  したがって,本件審決の認定に原告主張の誤りはなく,原告の主張は採用することができない。

3  取消事由3(引用発明1への引用発明2の適用の可否についての判断の誤り)について

(1)  引用例1には,次の記載がある。

ア 「本発明はボイラ装置の火炉炉壁を構成する水壁管への給水流量を制御するボイラ装置の火炉給水流量制御装置に関する。

ボイラ装置の火炉においては,その水壁管への給水流量が過少であると,水壁管が焼損するおそれがある。そこで,水壁間の給水流量としては,常にボイラ負荷に応じてある定められた管内制限流量以上の流量を確保しておく必要がある。

…又,ボイラ負荷が低負荷である場合,ボイラ負荷に見合う以上の給水流量を供給する必要があり,このため,ボイラ設計によりそれぞれ異なるものの,一般には定格負荷の20~25%のときの給水流量を最低給水流量とし,負荷がそれ以下に低下してもこの最低給水流量が確保されるようになっている。貫流ボイラにおいては,このため起動バイパス系を設け,起動時の余剰の給水をバイパスするようにしている。」(1頁右欄2行~2頁左上欄2行)

イ 「缶前バーナ3aと缶後バーナ3bとは,火炉1内の熱負荷が出来得る限り均等になるように対向して配置されている。…給水管6を通る給水は節炭器5により加熱され,流量調整弁7を介して火炉1の炉底で水壁管2に供給される。」(2頁左上欄10~17行)

ウ 「本発明は,このような事情に鑑みてなされたものであり,その目的は,火炉内の熱負荷に不均一が生じても,火炉水壁管の焼損を防止することができるボイラ装置の火炉給水流量制御装置を提供するにある。」(2頁右下7~11行)

エ 「以上述べたように,本発明では,火炉の炉壁を構成する水壁管をバーナの配置に応じて複数のグループに分割し,バーナの熱負荷分布に応じて全給水流量を各グループに分配するようにしたので,火炉の熱負荷に不均一が生じても,火炉水壁管の焼損を防止することができる。」(3頁右下13~18行)

(2)  以上の記載によると,引用発明1は,始動時におけるボイラ負荷が低負荷である場合にも,ボイラ負荷に見合う以上の給水流量の供給を確保することにより,水壁管の焼損防止を課題とするものであって,要するに,複数のバーナ装置を有する火炉を備え,この火炉の炉壁が水壁管によって形成され,この水壁管の給水側が下から上に向けて貫流されるようにした貫流ボイラの始動方法において,起動バイパスを設け,起動時の余剰の給水をバイパスするようにした貫流ボイラの始動方法,であるということができる。

(3)  一方,前記1(1)のとおり,引用発明2は,貫流ボイラの始動方法として,構造が簡単で安価に提供でき,その運転,維持管理も簡便であるとともに,缶水保有部壁(水管壁)の焼損を防ぎ(負荷耐力が強い)ながらも,起蒸時間が短い蒸気ボイラとすることができるものであって,起蒸時間を短くして効率的にするものであるが,その前提として,缶水保有部壁の焼損を防ぐことが前提となっているということができる。

(4)  以上によれば,引用発明1と引用発明2とは,貫流ボイラの始動方法という共通の技術分野におけるものであり,また,その主たる目的は異なるものの,その始動時における水管の焼損防止という共通の課題をも含むものであるから,両発明を組み合わせることに困難性はないというべきである。

4  小括

上記1ないし3によると,引用発明2を引用発明1に適用することは当業者が容易になし得たものということができるところ,引用発明2によって本願発明と引用発明1との間にある前記相違点は解消されるものであるから,本願発明は,引用発明1及び2に基づいて当業者が容易に発明することができたものといわなければならず,その容易想到性を肯定した本件審決の判断に誤りはない。

5  結論

以上の次第であるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,原告の請求は棄却されるべきものである。

なお,原告は,本件訴訟において,本願発明のほか,本件出願に係る請求項2ないし7に係る発明についても特許されるべきものであると主張するが,失当である。

(裁判長裁判官 滝澤孝臣 裁判官 本多知成 裁判官 浅井憲)

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