知財高等裁判所 平成20年(行ケ)10266号 判決 2009年3月25日
原告
三菱電機株式会社
訴訟代理人弁護士
近藤惠嗣
同
森田聡
同
重入正希
訴訟代理人弁理士
村上加奈子
被告
株式会社日本マイクロニクス
訴訟代理人弁護士
安江邦治
訴訟代理人弁理士
須磨光夫
訴訟復代理人弁護士
鈴木潤子
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2006-80243号事件について平成20年6月11日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1 原告は,名称を「半導体装置のテスト方法,半導体装置のテスト用プローブ針とその製造方法およびそのプローブ針を備えたプローブカード」とする発明について本件特許(特許第3279294号。平成11年8月27日出願,優先権主張平成10年8月31日〔日本〕,平成14年2月22日設定登録。請求項の数7,特許公報は甲61)を有していた。
本件は,原告が有する上記特許の請求項2,3及び7について被告が無効審判請求をしたところ,特許庁が「特許第3279294号の請求項2,3,7に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をしたことから,特許権者である原告がその取消しを求めた事案である。
争点は,本件各発明が,特開平5-273237号公報(甲36)に記載された発明及び「プローブカードのプローブ針先端処理(タングステンプローブ針の粗面仕上げ管理基準)」(甲19,20参照。以下,審決の呼称に準じて,「甲19管理基準表」という。)に記載された公知の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたかどうか(進歩性の有無〔特許法29条2項〕),である。
2 特許庁等における手続
(1) 第1次審決
本件特許の請求項2,3及び7につき,被告が,特許庁に対し,第1次無効審判請求(無効2004-80105号)をし,その中で,原告が,訂正請求を行ったところ,特許庁は,審理の上,平成17年4月18日付けで,「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をした(第1次審決〔甲64〕)。そこで,被告が上記審決の取消しを求めて訴訟を提起したところ,知的財産高等裁判所は,平成18年3月1日,請求棄却の判決をした(第1次判決〔甲65〕,平成17年(行ケ)第10503号)。
(2) 第2次審決
本件特許の請求項2及び3につき,被告が,特許庁に対し,第2次無効審判請求(無効2005-80177号)をしたところ,特許庁は,審理の上,平成18年12月22日付けで,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をした(第2次審決〔甲66〕)。そこで,被告が上記審決の取消しを求めて訴訟を提起したところ,知的財産高等裁判所は,平成19年10月30日,請求棄却の判決をした(第2次判決〔甲67〕,平成19年(行ケ)第10024号)。
(3) 第3次審決
本件特許の請求項2,3及び7につき,被告が,特許庁に対し,第3次無効審判請求(無効2006-80222号)をしたところ,特許庁は,審理の上,平成20年2月6日付けで,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をした(第3次審決〔甲68〕)。そこで,被告が上記審決の取消しを求めて訴訟を提起し,知的財産高等裁判所は,同事件を,平成20年(行ケ)第10084号として審理中である(平成21年1月14日口頭弁論終結)。
(4) 第4次審決(本件審決)
本件特許の請求項2,3及び7につき,被告が,特許庁に対し,第4次無効審判請求(無効2006-80243号)をしたところ,特許庁は,審理の上,平成20年6月11日付けで,「特許第3279294号の請求項2,3,7に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし(第4次審決(本件審決)),その謄本は,平成20年6月20日,原告に送達された。
(5) 特許権侵害訴訟
本件特許権の特許権者である原告が,被告に対し,被告のプローブカードの製造等の行為が,本件第2発明(訂正後の本件特許の請求項2に係る発明)及び本件第7発明(訂正後の本件特許の請求項7に係る発明)に係る特許を侵害していると主張して,被告製品の製造・販売に対する差止め等や損害賠償を求めて訴訟を提起した(東京地方裁判所平成18年(ワ)第19307号)。これに対し,第1審判決は,本件第2発明及び本件第7発明が進歩性欠如の無効理由を有し,また,被告には先使用権が認められるとして,原告の請求をいずれも棄却した。そこで,上記判決に不服の原告が,第1審判決の取消しを求めて,控訴を提起し,知的財産高等裁判所は,同事件を,平成19年(ネ)第10102号として審理中である(平成21年1月14日口頭弁論終結)。
3 審決の内容
審決は,本件特許の請求項2,3及び7に係る特許は,特開平5-273237号公報(甲36)に記載された発明及び「プローブカードのプローブ針先端処理(タングステンプローブ針の粗面仕上げ管理基準)」(甲19管理基準表)に記載された公知の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定に違反し無効にすべきとしたものであり,その内容は,次のとおりである。
第6当審の判断
第6-1 請求人の主張する無効理由について
甲第2~9,13~18号証のPROBE-BOARD注文仕様書に基づいて製造され,発注者に納品された半導体装置のテスト用プローブ針は,発注者が個別に独自に指定した注文仕様書に基づいて製造,納品されたものであって,発注者に納品された後に第三者に開示されることは予定されてないものであるとするのが相当であり,しかも,第三者がプローブ針を目視できたとしても,目視により針先端部の数十μm程度のオーダーの曲率半径を読みとることは不可能であり,また,表面粗さを読み取ることも不可能であるというべきである。したがって,上記注文仕様書に基づいて製造され,納品されたことをもって,公然実施されたとすることはできず,公然実施に基づく請求人の主張は理由がない。
第6-2 当審で通知した無効理由について
1 引用例
(1) 当審が通知した無効理由通知に引用した,本件特許の優先日前に頒布された刊行物である特開平5-273237号公報(甲第36号証。以下,「甲36」という。)には,図面と共に以下の事項が記載されている。
ア 「【0002】【従来の技術】 従来半導体製造工程において,半導体素子の電気的特性を測定し,良否を検査する工程がある。この検査工程には,大別して二種類ある。一種類は,半導体ウエハ上に形成された多数の半導体チップの電極(列)にプローブカードのプローブ針(列)を接触させ測定している。他種類は,パッケージ成形された後の半導体製品(IC)の各端子(列)にプローブ(列)を接触させプローブ針からの出力測定によって半導体素子の電気的特性を測定し良否を検査する物である。」
イ 「【0003】 上記プローブカードは,プリント配線された基板(固定板)と複数のプローブ針から成り,このプローブ針にはタングステン等の線材(断面円形)が用いられている。この線材の先端が直径50μ~30μ程度の円錐形状(円錐形の頂端がほぼ球面に近い形状を意味する。以下円錐球状と言う)に形成し,更にこの先端を半導体ウエハ面に対し直交方向と約7度程度傾斜させ,この傾斜した先端を電極等に対し,電気的に接触するように曲げらて(当審注:「曲げられて」の誤記)いる。この電極等と接触する先端は上述したように直径50μ~30μ程度の円錐球状であるので,各電極面,各端子面に点接触した後,オーバドライブをかける時,先端が上述した球状に習ってほぼ楕円球状で窪むよう電極等にめり込み接触している。」
ウ 「【0004】 ところで,最近の半導体素子,特に1M以降の半導体素子は高集積度が進み,それに伴って,特にASIC,ゲートアレイ等の半導体素子(多ピン半導体チップ)は,単位面積当りの半導体チップ上に形成される電極数の増加,各電極間隔の短間隔化,電極面積の縮小面積化が進んでいる。この多ピン半導体チップを用いた半導体製品(IC)においても同様である。」
エ 「【0005】 一方,従来から用いられている上記プローブカードのプローブ針は,上述したように直径が30~50μm程度ほぼ球状をしており,多ピン半導体チップの電極辺60μ以下(一般の半導体素子の電極辺100μ),多ピン半導体製品(IC)の端子幅,200μ以下(一般の半導体製品の端子幅,400μ)と点接触する。この点接触はウエハプローバ(ウエハ検査装置),デバイスプローバ(完成品IC検査装置)などによって位置決めされた半導体ウエハやICに対して行われる。これらプローバでは,半導体ウエハやICをプローブカードに対して相対的に移動(上昇または下降)させ,各電極や端子のそれぞれにプローブ針でオーバドライブ(押圧)をかけ検査している。」
オ 「【0006】【発明が解決しようとする課題】 上記従来のプローブカードに次の欠点が指摘されている。(1)多ピン半導体素子のバンプ電極(1辺の長さ60μ,電極間隔100μ)のプローブ針列に対する位置決めは,更に高精度に開発しなければならない。即ち,ウエハプローバの,位置決めを高精度にする為,メカ精度を更に向上させなければならない。(2)またメカ精度を向上させたとしても,上記プローブ針の球状中心と端子幅の中心とがほぼ同軸位置に位置決めし接触させてもオーバドライブ(押圧)をかけた時,電極(バンプ電極)辺60μの角が微小であるがRになっている為,線材の弾性によってプローブ針を多少滑らせながら接触させるものであり,プローブ針の先端が点接触(球面接触)である為,電極面から滑り飛び出(外れる)してしまうおそれがある。」
カ 「【0009】 そこで発明者は電極,端子の位置決めの高精度化は,ウエハプローバ,デバイスプローバのメカ精度に頼らず,プローブ針の形状で解決できると考えた。また,プローブ針の先端が端子面から滑り飛び出(外れる)してしまう欠点は,点接触であるが故に先端が端子面から逃げてしまうと考え,これもプローブ針の形状で解決できると考えた。」
キ 「【0011】【課題を解決するための手段】 本発明は,上記技術的課題を解決するために,半導体素子に形成された電極部に接触するプローブ針を有し,このプローブ針からの出力によって前記半導体素子の電気的特性を測定するプローブカードにおいて,前記プローブ針の先端部を半導体素子の電極部に線接触するように形成したプローブカードを手段とする。」
そうすると,上記エの記載「直径が30~50μm程度」とは,曲率半径で表せば15~25μm程度であることが幾何学上自明のことである。
したがって,上記記載事項ア~キからみて,甲36には次のとおりの発明(以下「甲36発明」という。)が記載されているものと認める。
「先端を半導体製品の端子に押圧し,前記先端と前記端子とを電気的に接触させ,半導体製品の電気的特性を測定する半導体製品の測定用プローブ針において,プローブ針は線材の先端が円錐形の部分とその円錐形の頂端において球面形状をなす部分とで構成され,球面形状をなす部分の曲率半径を15~25μm程度とした半導体製品の測定用プローブ針。」
(2) 同じく当審で通知した無効理由通知に引用した,特開平7-63785号公報(甲第37号証。以下,「甲37」という。)には,図面と共に以下の事項が記載されている。
ア 「【特許請求の範囲】【請求項1】先端の形状が線径の1/10乃至1/2の曲率の半球状を有する単一の金属又は合金から構成されることを特徴とする先端半球付きプローブ・ピン。
・・・
【請求項4】 線径が0.01乃至0.5mmの単一の金属又は合金から構成されることを特徴とする請求項1記載の先端半球付きプローブ・ピン。」
イ 「【0001】【産業上の利用分野】 本発明は,半導体又は液晶等の基板検査装置に使用される先端半球付きプローブ・ピンに関するものである。」
ウ 「【0004】【発明が解決しようとする課題】 近年,半導体部品の小型化に伴う端子の高密度ピッチ化や,液晶の高画質化に伴う端子の高密度ピッチ化でプローブ・ピン自体の線径が小さくなる傾向にある。従来の基板検査装置に使用されている図6に示されるような先端が平面形状又はテーパー形状若しくは針状のプローブ・ピンでは,プローブ・ピンと被測定物の端子表面との間での接触面積の広狭の差に起因する接触抵抗のバラツキが多く,端子表面の平面度による接触不良が往々に発生するという支障があった。」
エ 「【0005】 そこで,本発明は,前記従来の技術の欠点を改良し,被測定物のどのような端子表面の凹凸にも追随接触して対応できるとともに,正確な電気的導通や電気抵抗等の測定を行えるプローブ・ピンを提供しようとするものである。」
オ 「【0006】【課題を解決するための手段】 本発明は,前記課題を解決するため,先端の形状が線径の1/10乃至1/2の曲率の半球状(R形状)を有し,ヤング率が10000kgf/mm2以上で,抗張力が60kgf/mm2以上で,かつ,線径が0.01乃至0.5mmの単一のタングステン又はモリブデン等の金属又は合金から構成される先端半球付きプローブ・ピンを構成する。この半球状(R形状)とは,R付け加工した面のどの点においても直線部分が存在しないことをいう。」
カ 「【0010】 先端半球付きプローブ・ピン4は,全長が30~100mmの場合,最小曲げ半径が約30mmで摺動が30~50万回の使用に耐える必要がある。実験を行ったところ,ヤング率が10000kgf/mm2以上で,抗張力が60kgf/mm2以上の金属材料でなければ,この繰り返しの動作に耐えられないことが判明した。また,先端半球付きプローブ・ピン4の線径は0.01乃至0.5mmが好適であり,更に,先端半球は線径の1/10乃至1/2の曲率が好適であることが,判明した。」
キ 「【0015】 続いて,本発明の先端半球付きプローブ・ピンの電気抵抗値の実験データを従来の技術のそれと対比して説明する。めっき厚さ3~5μmの金めっきをつけた縦40mm×横40mm×厚さ0.5mmの銅板に対して,線径0.1mmの各種の先端形状を有するプローブ・ピンを使用して,ストローク1.5mmで10万回の摺動テストを行った後の結果を図3,図4及び図5に示す。図3は,本発明の先端半球付きプローブ・ピン,図4は,従来の先端が平面形状のプローブ・ピン,図5は,先端がテーパー形状のプローブ・ピンにより,それぞれ300本の試料を使用して摺動テストを行い,電気抵抗値を測定したものである。」
ク 「【0016】 図3~図5を対比すると,本発明の先端半球付きプローブ・ピンは,従来の先端が平面形状のプローブ・ピンとテーパー形状のプローブ・ピンよりも安定した電気抵抗値を示しており,基板検査に最も優れたものといえる。」(【0016】)
2 対比・判断
2-1 本件発明2について
(1) 対比
甲36発明と本件発明2とを対比すると,甲36発明の「半導体製品」,「端子」,「電気的特性を測定する」,「測定用プローブ針」は,それぞれ,本件発明2の「半導体装置」,「電極パッド」,「動作をテストする」,「テスト用プローブ針」に相当する。
甲36発明のプローブ針は,線材の先端が円錐形の部分とその円錐形の頂端において球面形状をなす部分とで構成されているから,甲36発明の「円錐形の部分」,「円錐形の頂端において球面形状をなす部分」,「球面形状」が,それぞれ,本件発明2の「側面部」,「先端部」,「球状の曲面」に相当する。
したがって,両者は,
「先端部を半導体装置の電極パッドに押圧し,上記先端部と上記電極パッドを電気的接触させて,半導体装置の動作をテストする半導体装置のテスト用プローブ針において,上記プローブ針は側面部と先端部から構成され,上記先端部は球状の曲面である,半導体装置のテスト用プローブ針。」である点で一致し,以下の相違点A及びBで相違する。
相違点A:本件発明2が,プローブ針先端部の曲率半径を「10~20μm」と規定しているのに対し,甲36発明では,プローブ針の円錐形の頂端において球面形状をなす部分の曲率半径を「15~25μm程度」とした点。
相違点B:本件発明2が,プローブ針先端部の表面粗さを0.4μm以下と規定しているのに対し,甲36発明では,プローブ針の円錐形の頂端において球面形状をなす部分の表面粗さが不明である点。
なお,表面粗さの規格は,1952年(昭和27年)に,最大高さを対象とした規格(JIS B 0601-1952)が制定され,その後,1970年(昭和45年)に最大高さ(Rmax),中心線平均粗さ(Ra)及び十点平均粗さ(Rz)の3種類の規格に改正されるまで,約20年の長きにわたり,最大高さのみで表されていたことは技術常識であり,3種類の規格に改正された後もパラメータ表示することなく最大高さで表面粗さを表すことは経験則上理解できるところであるから,本件発明2にいう『表面粗さ0.4μm以下』とは,3種類の表面粗さの中の「最大高さ0.4μm以下」の意と解するのが相当である。
(2) 判断
そこで,上記相違点A及びBについて検討する。
相違点Aについては,本件発明2の数値範囲「10~20μm」と,甲36発明の数値範囲「15~25μm程度」とは,一部共通の範囲を含んでいる。
さらに,甲37には,プローブ・ピンの線径を「0.01乃至0.5mm」の範囲とするとともに,先端部を半球状とし,その曲率半径を「線径の1/10乃至1/2」としたものが開示されていることが認められ,図3には,線径0.1mmの先端半球付きプローブ・ピンを使用して摺動テストを行ったときの電気抵抗値が示されている。そして,前記の線径が0.1mmにつき,その1/10~1/2の曲率半径を求めると,10~50μmとなり,当該数値範囲「10~50μm」は,本件発明2の数値範囲「10~20μm」において共通する。
そうすると,甲36及び甲37に記載された曲率半径の数値範囲からみて,本件発明2の「10~20μm」を含むその近辺の数値は,プローブ針先端部の曲率半径として普通に用いられていた値であるから,甲36発明の曲率半径「15~25μm程度」を,電極パッドの厚みや材質等の使用条件に応じて「10~20μm」として本件発明2のごとく構成することは,当業者が容易になし得たものである。
次に,相違点Bについて検討する。
ア 甲第19号証の「プローブカードのプローブ針先端処理(タングステンプローブ針の粗面仕上げ管理基準)」(以下,「甲19管理基準」という。)の記載内容。
(ア) 表題として「プローブカードのプローブ針先端処理(タングステンプローブ針の粗面仕上げ管理基準)」と記載されており,右肩に「社外用」と記載されている。
(イ) 表題に続いて,「(株)日本マイクロニクスが製造,納入するプローブカードのプローブ針先端は接触抵抗をより低く安定し使用いただく為に,下記の6種の処置を施す事ができます。
プローブ針をコンタクトさせるPADあるいはバンプ,パターンの材質,状態により選択できます。
又,下表のとおり先端の処理状態は表面粗さにて管理し,数値的には中心線平均粗さを目標値として最大値,最小値を管理します。
但し,現在全プローブカードの全プローブ先端を粗さ測定する事は,測定器や,測定条件,環境の問題で出来兼ね,定期的なサンプリングでの粗さ確認となります事をご了承願います。(3ヶ月に1度のサンプリング)
弊社の製造においては,処理条件(処理装置の設定など)の管理を徹底し,バラツキや誤仕様が発生しないよう配慮する所存です。」と記載されている。
(ウ) 表には,
「中心線平均粗さ(管理値) 十点平均粗さ(参考値)粗面仕様 最大 基準値 最小 最大 平均 推奨用途
A 0.0400 0.0150・・・ 0.2000 0.0800 硬めの蒸着アルミPADに有効
B 0.0300 0.0120・・・ 0.2000 0.0500 普通の蒸着アルミPADに有効
C 0.0200 0.0080・・・ 0.2000 0.0400 柔らかめ蒸着アルミに有効
D 0.0200 0.0080・・・ 0.2200 0.0020 特に推奨無し
E 0.0175 0.0040・・・ 0.1500 0.0050 金バンプに有効
F 0.0040 0.0020 0.0000 0.0080 0.0050 半田バンプ等に有効」
と記載されており,この表の下には,
「処理無し 0.0050 0.0020 ・・・ 0.0500 0.0040ご参考
処理無しは,抵抗値が高くてそのままプローブとしては使用できません。」
と記載されている。
(エ) 「※推奨する用途に関しては,PADやバンプの材質(合金)や若干の表面硬度の差等により当てはまらない場合もあります事をご了承下さい。上表の数値は,弊社製造部門の管理値であって保証値ではありません。」と記載されている。
(オ) 最下欄に「1997.03.06 (株)日本マイクロニクス 青森工場 微細技術課」と記載されている。
(カ) 上記(ア)~(オ)の記載によれば,甲19管理基準には,プローブ針先端処理の粗面仕様A~Fに応じた十点平均粗さが,各仕様について最大と平均の数値で表4に示されており,甲第21号証(6頁22行)において被請求人が自ら認めている,一般に,最大高さが十点平均粗さの1.8倍を超えることはないとの知見によれば,粗面仕様A~Fに応じた十点平均粗さの,最大と平均の値中で最も大きな値は0.2200(μm)であるから,これを1.8倍しても0.4(μm)以下となって,粗面仕様A~Fの全てにおいて,最大高さは0.4(μm)以下である。また,十点平均粗さが,粗さ曲線からその平均線の方向に基準長さだけ抜き取り,この抜き取り部分の平均線から縦倍率の方向に測定した,最も高い山頂から5番目までの山頂の標高の絶対値の平均値と,最も低い谷底から5番目までの谷底の標高の絶対値の平均値との和を求め,この値をマイクロメータ(μm)で表したものをいい,最大高さが,粗さ曲線からその平均線の方向に基準長さだけ抜き取り,この抜き取り部分の山頂線と谷底線との間隔を粗さ曲線の縦倍率の方向に測定し,この値をマイクロメータ(μm)で表したものをいうことからすれば,例えば,5番目までの山頂が平均線より上にあり,且つ,5番目までの谷底が平均線より下にあるような,ありふれた粗面の場合には,最大高さは,十点平均粗さの値の5倍を超えることは数学的にあり得ないと解され,このようなありふれた粗面の場合には,粗面仕様A~Fに応じた十点平均粗さの平均の値の中で最も大きな値は0.0800(μm)であるから,これを5倍しても0.4(μm)以下となって,粗面仕様A~Fの各仕様での最大高さは,平均で,いずれも0.4(μm)以下となり,また,粗面仕様Fにおいては,十点平均粗さの最大の値は0.0080(μm)であるから,これを5倍しても0.4(μm)以下となって,最大高さは0.4(μm)以下である。
したがって,甲19管理基準には,粗面仕様A~Fに応じた,プローブ針先端の表面粗さとして十点平均粗さで表した数値が記載されており,その数値を最大高さに当てはめると,0.4(μm)以下となるものが含まれているものと認められる。
イ 甲19管理基準の記載内容が本件特許の優先日前に公然知られたものであるかについて
(ア) 甲第20号証1枚目には,岩手東芝エレクトロニクス株式会社製造部第一製造担当 Gの作成した証明書であって,「プローブカードメーカである株式会社日本マイクロニクスにプローブ針の先端表面粗さに関する資料の提出を要求し,1997年3月6日に受領したのが添付の株式会社日本マイクロニクス資料「プローブカードのプローブ針先端処理(タングステンプローブ針の粗面仕上げ管理基準)」であります。」と記載されており,2枚目に上記甲19管理基準と同じ書面が添付されている。
(イ) 甲第9号証には,岩手東芝エレクトロニクス株式会社デバイス技術部D/S・評価技術開発担当 Hの作成した証明書であって,「平成7年~11年まで,当社のロジック応用技術グループ(L応G)に所属し,ロジック製品のテスト技術関係の仕事をしておりました。当時当社が生産していた金バンプ電極のロジックIC(型名:JT9Y92-7107-TOGH)のテストに使用するプローブカードを,1997年3月28日付け注文書(注文番号・・・)(添付資料1)で1枚,・・・で2枚,株式会社日本マイクロニクスに注文し,品物を受領したことに相違ありません。なお,正式に注文書を発行する前に,日本マイクロニクスの営業マンであるI氏に口頭で仮発注しました。」と記載されており,添付資料1の注文書は,「岩手東芝エレクトロニクス(株)資材部」が「1997年3月28日」付けで,「(株)日本マイクロニクス青森営業所 I主任殿」宛の品名記号「JT9Y92-7107-TOGH」の注文書であることが読み取れる。
(ウ) 甲第44号証の3には,富士通株式会社電子デバイス事業本部岩手工場デバイス技術部 Jの作成した書類であって「1997年当時,私は貴社の青森営業所の当社担当であるI様より,貴社のプローブ針先端処理(表面粗さ)に関わる資料『プローブカードのプローブ針先端処理(タングステンプローブ針の粗面仕上げ管理基準)』の内容の書面をみながら説明を受けた事を記憶しております。」と記載されている。
(エ) 甲第44号証の2には,株式会社日本マイクロニクス半導体機器営業統括部青森営業所所長 Iの作成した「-プローブカードのプローブ針先端処理-(タングステンプローブ針の粗面仕上げ管理基準)」と題する報告書であって,「1997年3月に,当社のPB技術部門のKが,プローブ針先端の表面粗さに関する『プローブカードのプローブ針先端処理(タングステンプローブ針の粗面仕上げ管理基準)』(以下,「管理基準」という)を作成するに到った経緯とその使用について以下のとおり,報告致します。上記『管理基準』ができるまでは,当社の営業が顧客に説明するプローブ針先端処理の種類は・・・当時,私が担当していた複数の顧客からは針先の表面処理の定量的なデータの必要性が言われておりました。その一社が,岩手東芝エレクトロニクス様です。岩手東芝エレクトロニクス様からの要求で当社のKが作成した『管理基準』は,それまでの曖昧な基準とは違い,針先の表面処理をA~Fまで6段階に分類して表面粗さを数値的に管理するものです。それまでの,『粗面仕上げ』はAに当たり,『軽い粗面仕上げ(鏡面仕上げ)』はEに当たりますが,その他に,B,C,D,Fの粗さについても管理するものです。営業部門の上司から,この『管理基準』を,顧客への製品説明資料として積極的に活用するようにとの指示がありました。私は,この『管理基準』をプローブカード製品仕様の資料として携帯し,客先での商談時に提出し,また説明を行いました。・・・この『管理基準』を持参し,私は,岩手東芝エレクトロニクス株式会社様を始め,当時私が担当していた,富士通株式会社岩手工場様,・・・様など,私が担当する東北・北海道地区の多数の顧客に説明させて頂きました。」と記載されている。
(オ) 甲第44号証の1には,株式会社日本マイクロニクスPB技術統括部 K(判決注,以下単に「K」という場合がある。)の作成した「プローブ針先端処理(粗面仕上げ管理基準:乙18号証)作成の経緯」と題する書類であって,「1997年(平成9年)3月6日,乙第18号証の「プローブカードのプローブ針先端処理(タングステンプローブ針の粗面仕上げ管理基準)」を作成しました。この「管理基準」の内容は,当社が実施しているプローブ針先端の処理が複数の種類を有し,各々が粗さとして数値管理されていることを,顧客全般に紹介(針仕様の説明資料として)できる内容となっていますので,それ以降,当社製品を発注されたり,発注を検討されている顧客に対する説明資料として有効活用することとし,「社外用」の表示を付して当社営業部門に配布しました。なお,この管理基準は,作成した1977年(平成9年)3月6日当日に当社の青森営業所/I係長,・・・にも,それぞれコピーしたものを送付し,営業用資料として使用するように指示しました。」と記載されている。(当審注:「乙18号証」とは特許権侵害訴訟事件(平成18年(ワ)第19307号)における号証番号であり,本件の甲第19号証に同じ。)
(カ) 甲第1号証には,株式会社日本マイクロニクス青森工場PB技術統括部 Kの作成した陳述書であって,「1997(平成9年)3月4日,A~Fの6種類の仕上げ条件別にプローブ針先端部の表面粗さを実測し,その結果をまとめた「プローブカードのプローブ針先端処理(タングステンプローブ針の粗面仕上げ管理基準)」と題する文書(以下「管理基準表」という。)を作成しました。同年3月6日,この管理基準表を岩手東芝エレクトロニクス(株)に提出しました。その後,三菱電機(株)を含む他社にもこの管理基準表を提出しました。」と記載されている。
(キ) 被請求人が提出した平成20年3月12日付け意見書には「注文仕様書において先端の粗さを指定する際に,甲第19管理基準に準拠したAないしFの符号を用いたものは存在しない。唯一の例外は,被請求人自身である。たとえば,甲10に添付された「仕様書」には,「針仕様」の「針先処理」の項に「B仕様(粗面)」と記載され,甲11では,「A仕様(粗面)」と記載されている。しかし,被請求人は,甲第19管理基準に記載された数値を信頼して注文したものではなく,請求人が「最も粗い」と考えているもの,あるいは,「粗い方から2番目」と考えているものを注文したにすぎない。したがって,被請求人がA~Fの符号を用いたからといって,甲第19管理基準が一般的に請求人の「営業ツール」であったことにはならない。」(意見書8頁27~34行)と記載されており,甲第10号証「PROBE-BOARD注文仕様書」の1枚目には「97年4月1日」の日付があり,3枚目の「針仕様」の「針先処理」の欄に「B仕様(粗面)」と記載され,甲第11号証「PROBE-BOARD注文仕様書」の1枚目には「97年8月25日」の日付があり,3枚目の「針仕様」の「針先処理」の欄に「A仕様(粗面)」と記載されている。
同じく,意見書には「K氏は,上記7種類のポローブ針の先端部分の粗さ測定を依頼した(甲44の1の4ページ)。この依頼に基づく測定結果を報告したものが乙10の調査結果報告である。K氏は,この結果に基づいて甲19管理基準を作成し,岩手東芝エレクトロニクス株式会社に対して「中間報告として提出」(乙12;本件特許についての請求人と被請求人との間の特許権侵害訴訟事件に至る交渉の過程(乙13)で被請求人が請求人より手渡されたファクシミリの写し)した。」(意見書5頁23~28行)とも記載されており,乙12号証には,甲第19管理基準と同じ内容のものに,上部に手書きで「MHCL部長殿 FromK(3/6岩手東芝様へ中間報告として提出済み)」と記入されており,下部には,通常ファクシミリ受信時に印刷される発信日時として,一部が欠けているものの「1997年3月7日9:20」の印字が読み取れる。
(ク) 上記(キ)によれば,被請求人自身が甲第19管理基準の仕様A,Bに基づいて1997年4月1日に甲10注文仕様書を発注し,1997年8月25日に甲11注文仕様書を発注したことを認めているのであるから,少なくとも,本件優先日の前年である1997年4月1日以前には被請求人自身が甲第19管理基準の内容について説明を受けていたことは明らかであり,このことは,また,上記(エ)(オ)(カ)にいう甲第19管理基準を説明資料として用いその内容を顧客に説明していたことを裏付けるものでもある。同じく,上記(キ)によれば,乙12で読み取れる「1997年3月7日9:20」の印字によれば,少なくとも,本件優先日の前年である1997年3月7日以前に甲第19管理基準が作成されていたことが明らかである。そうすると,上記(ア)の甲第20号証の,岩手東芝エレクトロニクス株式会社製造部第一製造担当Gの作成した証明書であって,「プローブカードメーカである株式会社日本マイクロニクスにプローブ針の先端表面粗さに関する資料の提出を要求し,1997年3月6日に受領したのが添付の株式会社日本マイクロニクス資料「プローブカードのプローブ針先端処理(タングステンプローブ針の粗面仕上げ管理基準)」であります。」とする内容は,十分信用できるものであり,同じく,上記(ウ)甲第44号証の3の,富士通株式会社電子デバイス事業本部岩手工場デバイス技術部Jの作成した書類であって「1997年当時,私は貴社の青森営業所の当社担当であるI様より,貴社のプローブ針先端処理(表面粗さ)に関わる資料『プローブカードのプローブ針先端処理(タングステンプローブ針の粗面仕上げ管理基準)』の内容の書面をみながら説明を受けた事を記憶しております。」の内容も十分信用できるものというべきである。したがって,甲第19管理基準の内容について,本件優先日の前年である1997年に,顧客である少なくとも岩手東芝エレクトロニクス株式会社,被請求人及び富士通株式会社が説明を受けたものと認められる。
(ケ) 被請求人は,甲第19管理基準の公知性について,守秘義務が存在するから公然知られたものとすることはできないと主張して,被請求人と請求人との間に締結された乙第1号証取引基本契約書の第21条「(秘密保持)甲及び乙は相互に本契約及び個別契約(この場合発注ないし見積依頼を含む)により知り得た相手方の業務上の秘密を第三者に漏洩してはならない。」を挙げている。ところで,乙第14号証の,請求人が作成した「プローブカードについて」と題する技術説明書の,1ページ下部に「(注)本資料中,製法に係る記述には弊社の企業秘密に属する内容が含まれるため,該当項目の第三者への開示はご遠慮ください。(9頁,13頁)」と記載されていることからすれば,甲第19管理基準のプローブ針の仕様A~F毎の表面粗さの記載は,製法に係る記述がなされたものとはいえず,上記第21条にいう業務上の秘密には当たらないものというべきである。したがって,甲第19管理基準の内容について,説明を受けた岩手東芝エレクトロニクス株式会社,被請求人及び富士通株式会社は,その内容について守秘義務を負っていたとはいえない。
よって,本件優先日の前年である1997年に,顧客である少なくとも岩手東芝エレクトロニクス株式会社,被請求人及び富士通株式会社が説明を受けた,甲第19管理基準の内容は,特許法第29条第1項第1号の公然知られた発明に該当するものとなったと認められる。
(コ) なお,被請求人は,甲第19管理基準の記載内容について,各仕様A~Fで粗さの重なりが大きく,異なる仕様として規定している技術的意味が不明であるとも主張している。
しかしながら,各仕様A~Fでは,処理条件が異なるのであるから,表面粗さが重なる部分が部分があったとしても,どのような用途に適するかなどの総合的な面の性状としては異なるものであることに矛盾はなく,技術的意味が不明であるという上記被請求人の主張は採用することができない。
ウ 以上ア,イより,甲19管理基準には,粗面仕様A~Fに応じた,プローブ針先端の表面粗さとして十点平均粗さで表した数値が記載されており,その数値を最大高さに当てはめると,0.4(μm)以下となるものが含まれているものと認められ,この記載内容は,本件優先日の前年である1997年に,顧客である少なくとも岩手東芝エレクトロニクス株式会社,被請求人及び富士通株式会社が甲19管理基準に基づいて説明を受けたことにより,特許法第29条第1項第1号の公然知られた発明に該当するものとなったと認められる。
一方,例えば,特開平8-166407号公報(甲第49号証)に,「コンタクト時の摺動により,比較的硬度の低いSn含有被覆層が先端部に凝着したり,削り取りを生じることがある。」(段落【0023】),「従って,先端部の表面性状を制御することも極めて重要であり,最大粗さが2μm以下に制御することが推奨され,1μm以下であれば望ましく,0.8μm以下であればより望ましい。」(段落【0024】)と記載されており,特開平8-152436号公報(甲第48号証)に,「上記第1,第2の平面1,2は,鏡面研摩された平面をなすことが望ましい。」(段落【0030】)と記載されており,これらの記載によれば,金属パッドが柔らければ柔らかいほどそれらの金属がプローブ針に凝着しやすく,それを防ぐためにプローブ針の先端の粗さを低くすることが望ましいことは,本件特許の優先日前に,当業者にとって基本的知見であったと認められる。
したがって,上記基本的知見を知悉する当業者が甲19管理基準に示された公知の粗面仕様A~Fに応じた,プローブ針先端の表面粗さとして十点平均粗さで表した数値であって,その数値を最大高さに当てはめると,0.4(μm)以下となるものに接すれば,甲36発明のプローブ針先端の表面に,甲19管理基準に示された公知の粗面仕様A~Fに応じた,プローブ針先端の表面粗さとして十点平均粗さで表した数値であって,その数値を最大高さに当てはめると,0.4(μm)以下となるものを採用して,本件発明2のごとく構成することは,容易になし得たものである。
そして,本件発明2の奏する効果については,本件明細書の段落【0045】に,「面粗度を上げていくと,0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができることがわかった」と記載されている。しかしながら,0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができるという効果を奏するとしても,上記特開平8-166407号公報(甲第49号証),特開平8-152436号公報(甲第48号証)及び甲19管理基準の記載内容に照らせば,0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができるという効果は,甲36,甲49,甲48及び甲19管理基準の記載から当業者が予測できる範囲内のものであるというべきであって,格別なものということはできない。
したがって,本件発明2は,甲36発明及び甲19管理基準による公知の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,請求項2に係る特許は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。
2-2 本件発明3について
(1) 対比
甲36発明と本件発明3とを対比すると,上記本件発明2と同様にして,両者は,
「先端部を半導体装置の電極パッドに押圧し,上記先端部と上記電極パッドを電気的接触させて,半導体装置の動作をテストする半導体装置のテスト用プローブ針において,上記プローブ針の先端部の形状は,球状曲面形状である,半導体装置のテスト用プローブ針。」である点で一致し,以下の相違点C及びDで相違する。
相違点C:本件発明3が,プローブ針の先端部の球状曲面形状を「押圧による電極パッドとの接触により当該電極パッドにせん断を発生させる」と規定しているのに対し,甲36発明では,プローブ針の円錐形の頂端において球面形状をなす部分の曲率半径が「15~25μm程度」であると規定する点。
相違点D:本件発明3が,プローブ針先端部の表面粗さを0.4μm以下と規定しているのに対し,甲36発明では,プローブ針の円錐形の頂端において球面形状をなす部分の表面粗さが不明である点。
(2) 判断
そこで,上記相違点C及びDについて検討するに,相違点Dは上記相違点Bと同じであるから,上記「2-1 本件発明2について」で記載した相違点Bと同じ理由により相違点Dも当業者が容易になし得たものである。
次に,相違点Cについて検討する。
本件明細書の段落【0041】には,「また,同じ球面といえども前述したように電極パッドのせん断変形が容易に発生するか否かで接触の安定性は大きく異なる。DRAM等の一般的な集積半導体装置の電極パッドの厚さ約0.8μmに対して曲率半径を変えて同様の試験をした結果を図7に示すが,7~30μmの曲率半径がコンタクト寿命において良好な結果が得られており,好ましくは10~20μmである。7μm以下では曲率半径が小さすぎるため電気的導通面の第一の面に十分な力が加わらずかつ面積が小さいため問題となり,上限の20~30μmは,前述した電極パッドのせん断が発生する範囲の上限である24μmにほぼ一致している。」と記載されており,この記載によれば,7~30μmの曲率半径がコンタクト寿命において良好な結果が得らるのは電極パッドのせん断変形が容易に発生するからであると解される。そうすると,甲36発明のプローブ針の円錐形の頂端において球面形状をなす部分の曲率半径は,「15~25μm程度」であって,本件明細書にいう「7~30μmの曲率半径」の範囲内に含まれているから,電極パッドのせん断変形が容易に発生すると解される。したがって,上記相違点Cは,実質的な相違点とはいえないものである。
そして,本件発明3の奏する効果についても,当業者が予測し得る範囲内のものにすぎない。
したがって,本件発明3は,甲36発明及び甲19管理基準による公知の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,請求項3に係る特許は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。
2-3 本件発明7について
請求項7には,「複数のプローブ針を上下動して,半導体装置の電極パッドに当接させ,上記半導体装置をテストするプローブカードにおいて,上記プローブ針は,請求項2乃至5のいずれかに記載の半導体装置のテスト用プローブ針であることを特徴とするプローブカード。」と記載されている。一方,甲36発明のプローブ針に関して,甲36には,プローブ針はプローブカードに用いられ,プローブカードは複数のプローブ針を有すること(上記摘記事項イ参照),半導体製品をプローブカードに対して相対的に上昇又は下降させ,各端子のそれぞれにプローブ針でオーバードライブ(押圧)をかけること(上記摘記事項エ参照)が記載されている。そうすると,本件発明7のうち,請求項2又は3を引用した発明においては,請求項7で限定された事項は全て甲36に記載されている。したがって,本件発明7のうち,請求項2を引用した発明は,上記本件発明2と同様の理由により当業者が容易に発明をすることができたものであり,請求項3を引用した発明は,上記本件発明3と同様の理由により当業者が容易に発明をすることができたものである。
以上のとおりであるから,請求項7に係る特許は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。
第7むすび
以上のとおり,本件特許の請求項2,3及び7に係る特許は,特許法29条第2項の規定に違反してなされたものであるから,同法123条1項2号に該当し,無効にすべきものである。」
第3原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(甲19の公知性に関する認定判断の誤り)
(1) 審決は,「1997年に,顧客である少なくとも岩手東芝エレクトロニクス株式会社(判決注,以下「岩手東芝」という。),被請求人及び富士通株式会社が説明を受けた,甲19管理基準の内容は,特許法29条1項1号の公然知られた発明に該当するものとなったと認められる。」(21頁12行~15行)とするが,次のとおり,甲19管理基準表は,不特定の顧客に対する被告の営業ツールとして使用したものとは認められず,甲19管理基準表に記載された事項が「公然知られた」とは認められないものであって,誤りである。
(2) 甲19管理基準表の作成経緯
ア 1996年(平成8年)3月に,被告と岩手東芝との間で技術的打合せがもたれ(K作成の陳述書〔甲1,50〕),これ以降,被告と岩手東芝との間にプローブ針の共同開発的な関係が成立した。被告は,1996年(平成8年)4月に評価用プローブカードを岩手東芝に出荷した(被告作成の平成8年3月28日付け「PROBE-BOARD注文仕様書」〔甲4〕)。その一方で,被告の担当者であったKは,岩手東芝の担当者と何度も協議し,岩手東芝から貸出を受けた金ベタウエハーにコンタクトさせて実験を行い,岩手東芝による評価(確認)試験が行われた(K作成の陳述書〔甲50〕)。
そして,岩手東芝は,上記評価試験の結果を1997年(平成9年)2月13日付けの「Auバンプ用プローブカード評価報告書」(甲B2添付)としてまとめ,被告に交付した。同報告書の表紙には明瞭に「秘 岩手東芝エレクトロニクス㈱」のスタンプが押捺されている。
イ K作成の陳述書(甲50)には,この段階で,被告は,岩手東芝から「定量的な『粗さ基準』を設けた方が良いのではないか」との提案を受け,この提案を受けたKは,K自身が「目視上の差異がどの程度粗さとして数値的に差異があるものであり,かつどの程度数値的に管理が出来るものかを確認したいと考えて」いたことから,仕上げ条件(薬液や電解の電圧)を変えたA~Fの6種類+「処理無し」合計7種類の針先仕上げのプローブ針を作成した,作成した針先の形状は,「球面R15μm」であった,と記載されている。
上記7種類のプローブ針の先端部分の粗さ測定をKが依頼し,この依頼に基づく測定結果を報告したものが,株式会社ニッテツ・ファイン・プロダクツ釜石試験分析センター(以下「釜石試験分析センター」という。)作成の平成9年3月4日付け「調査結果報告」(甲B10)である。そして,Kは,この結果に基づいて甲19管理基準表を作成し,岩手東芝に対して「中間報告として提出」(甲B12)したものである。そうすると,甲19管理基準表は,名称は「管理基準」であっても,その実質は,「定量的な『粗さ基準』を設けた方が良いのではないか」という提案を行った岩手東芝に対する「中間報告」である。
ウ しかるに,K作成の陳述書(甲50)には,「この『管理基準』の内容は,当社が実施しているプローブ針先端の処理が複数の種類を有し,各々が粗さとして数値管理されていることを顧客全般に紹介(針仕様の説明資料として)できる内容となっています」との記載があるが,信用性がない。
まず,甲50においてK自身が説明しているとおり,もともと,Kは,「目視上の差異がどの程度粗さとして数値的に差異があるものであり,かつどの程度数値的に管理が出来るものかを確認したいと考えて」いたものである。そして,仕上げ条件(薬液や電解の電圧)を変えたA~Fの6種類についても,被告が通常行っていたものであるなどとは述べていない。むしろ,Kの疑問としていた「目視上の差異がどの程度粗さとして数値的に差異があるものであり,かつどの程度数値的に管理が出来るものか」という点を明らかにするために選択された実験条件であったと考えられる。
次に,得られた結果は,むしろ,「数値的に管理ができない」と解釈すべきものである。このことは,甲19管理基準表が管理基準としての体をなしていないことからも明らかである。同表が管理基準とは認められない理由は,次の各点のとおりである。
① 仕様Cと仕様Dが中心線平均粗さの値は3つともほとんど同じである点
② 仕様Dの十点平均粗さの平均値が極端に小さい点
③ 仕様Fの中心線平均粗さの最小が0.0000である点
④ それぞれの仕様について,中心線平均粗さの基準値と最小の差に比べて基準値と最大の差が極端に大きい点
⑤ それぞれの仕様について,最大と最小の間に入るものを合格と考えると,仕様と仕様の重なりが極めて大きく,異なる仕様として規定している技術的意味が不明であり,そもそもいかにして区別するのかという点。
(3) 甲19管理基準表の配布先
ア 甲19管理基準表を受領したことが認められるのは,岩手東芝と原告にすぎない。そして,岩手東芝も原告も,被告との間で守秘義務を前提とする情報交換をしていたのであるから(甲B2の「評価報告書」の「秘」のスタンプ,甲B1),岩手東芝や被告が甲19管理基準表を受領したとしても,それが「営業ツール」であったことにはならない。
イ 審決は,被告作成の「プローブカードについて」(甲B14)の記載を根拠として,「甲第19管理基準のプローブ針の仕様A~F毎の表面粗さの記載は,製法に係る記述がなされたものとはいえず,上記第21条にいう業務上の秘密には当たらないものというべきである。」(21頁6行~8行)とする。
しかし,甲B14の作成日は,2005年(平成17年)10月20日であるのに対して,甲19管理基準表には,1997年(平成9年)3月6日を意味すると思われる記載があり,現実の作成日もこの頃であったと推測される。そして,2005年(平成17年)当時に被告が秘密情報と考えていた範囲と,被告が原告や岩手東芝との間で共同開発的な行為を行っていた1997年(平成9年)頃における秘密情報の範囲が一致する理由は全くない。
一方,被告が1994年(平成6年)に作成した「ウェハ試験の高速化とプローブカード」(甲38)は,被告の営業部が編集し,顧客との商談時に実際に使用された技術資料である(甲44の2)。そして,甲38の13頁には先端形状として「標準仕上げ」「球面仕上げ」や,先端面仕上げとして「標準仕上げ」「鏡面仕上げ」の記載があるにもかかわらず,表紙には「第三者への開示,もしくは第三者への譲渡を行う事を禁止致します。」とあり,当時,先端形状や鏡面仕上げについても秘密保持義務の対象であったことは明らかである。
ウ 富士通株式会社電子デバイス事業本部岩手工場デバイス技術部のJは,甲44の3において,「書面をみながら説明を受けた」と述べているが,交付されたとは述べていない。したがって,同氏が甲19管理基準表を受領した事実はなかったはずである。カタログ等と同等の営業ツールであれば,交付することが当然であり,極めて不自然である。さらに,甲44の3では「1997年当時,…書面を見ながら説明を受けた」と述べているが,その日時や事実を裏付ける証拠は全く示されていない。
エ 被告の半導体機器営業統括部の青森営業所所長I(以下「I」という。)作成の「報告書」(甲44の2)には,「Kが作成した『管理基準』は,それまでの曖昧な基準とは違い,針先の表面処理をA~Fまでの6段階に分類して表面粗さを数値的に管理するものです。」,「顧客から先端処理の違いによる具体的数値の要求があった場合などに用いました。それまでは経験則的な表現でしか説明できなかった2種類の表面処理を,数値的に説明できるようになったことが営業ツールとして非常に有意義であり,説明を受けた顧客にも良く理解していただけたと思います。」(2頁)との記載があるが,この記載は,甲19管理基準表の作成経緯とは矛盾している。
すなわち,Iは「経験則的な表現でしか説明できなかった2種類の表面処理」と述べており,Kも「粗面仕上げと軽い粗面仕上げの2種類」(甲50,2頁下から5行~4行)と述べている。これに対して,甲19管理基準表にはA~Fの6種類が記載されている。したがって,これらの6種類のうち少なくとも4種類は,当時,被告が顧客に提供していたものではない。このことは,Kが,甲50において,「目視上の差異がどの程度粗さとして数値的に差異があるものであり,かつどの程度数値的に管理が出来るものかを確認したいと考えていました。そこでサンプルとして仕上げ条件(薬液や電解の電圧)を変えたA~Fの6種類+「処理無し」合計7種類の針先仕上げのプローブ針を作成し,…プローブ針先端部分の粗さ測定を依頼しました。」(甲50,4頁7行~14行)と記載していることからも明らかである。すなわち,A~Fは,単なる実験条件なのであり,被告が顧客に提供する製品の表面粗さの種類又は等級を意味するものではなかったものである。
そして,A~Fは,それぞれが1本ずつしか作成されず,被告は,甲B10の調査報告を受領してから2日後には甲19管理基準表を作成している(甲50,4頁15行~19行)。本来的な意味での「管理基準」であれば,多数の製品を製造した場合のバラツキや,製造条件の再現性などについての検討が必要なはずであり,1本ずつを1回だけ測定して,その2日後に「管理基準」など作成できるはずがない。
オ 実際にも,原告以外には,岩手東芝も含めて,被告に対してA~Fの符号を用いたものがなかった。そして,原告においても,甲19管理基準表に記載された数値を信頼して注文したものではなく,被告が「最も粗い」と考えているもの,あるいは,「粗い方から2番目」と考えているものを注文したにすぎない。したがって,原告がA~Fの符号を用いたからといって,被告の不特定の顧客が甲19管理基準表に従って被告に対する注文を行っていたことにはならず,これが被告の「営業ツール」であったことにもならない。
カ 岩手東芝は共同開発の中間報告として甲19管理基準表を被告から交付され,原告は不具合対策の一つとして甲19管理基準表を被告から交付されたのであって(甲1,16~19頁),評価や確認試験などを繰り返しながら実使用するに最良のものを開発している岩手東芝や原告と被告との間のこのような行為が秘密保持義務を前提としたものであることは,社会通念上又は商慣習上,当然のことである。
2 取消事由2(甲19管理基準表の記載事項に関する認定誤り)
(1) 審決は,「1997年に,顧客である少なくとも岩手東芝エレクトロニクス株式会社,被請求人及び富士通株式会社が説明を受けた,甲19管理基準の内容は,特許法29条1項1号の公然知られた発明に該当するものとなったと認められる。」(21頁12行~15行)とする。
しかし,発明が「公然知られた」といえるためには,講演,説明その他の内容から技術常識を参酌して発明が把握できることが必要であるところ,甲19管理基準表自体には「技術思想」と呼び得るようなまとまった内容は記載されていない。また,審決は,甲19の管理基準に記載された事項以外の説明が口頭でなされたこと等については,何らの事実も認定していない。したがって,「発明」が知られたという審決の認定は誤りである。
(2) 甲19管理基準表については,前述したとおり,次の①~⑤の点を指摘することができるから,管理基準としての体をなしておらず,管理基準としての技術的意味を持ち得ない。
① 仕様Cと仕様Dが中心線平均粗さの値は3つともほとんど同じである点
② 仕様Dの十点平均粗さの平均値が極端に小さい点
③ 仕様Fの中心線平均粗さの最小が0.0000である点
④ それぞれの仕様について,中心線平均粗さの基準値と最小の差に比べて基準値と最大の差が極端に大きい点
⑤ それぞれの仕様について,最大と最小の間に入るものを合格と考えると,仕様と仕様の重なりが極めて大きく,異なる仕様として規定している技術的意味が不明であり,そもそも如何にして区別するのかという点
(3) 甲19管理基準表に記載された数値の根拠は次のア,イのとおりであって,これは,同一条件で多数の製品を反復して製造する場合に管理目標とする数値や,管理の上限,下限を画する数値とは何の関係もない数値であり,甲19管理基準表からは意味のある技術情報を得ることはできない。
ア 釜石試験分析センター作成の平成9年3月4日付け「調査結果報告」(甲B10)の測定対象となったサンプルはA~Fと無処理の7本のみである。通常,「平均」とか,「最大」,「最小」というのは,複数の「同一」とみなされる条件のサンプルについて測定が行われ,複数のデータが存在することを前提とするが,甲B10の場合には,それぞれの条件について1サンプルしか存在しないから,この意味での「平均」,「最大」,「最小」はあり得ない。それにもかかわらず,甲19管理基準表には「平均」,「最大」,「最小」,あるいは,「基準値」などの記載が存在する。
そこで,甲B10の1頁下から9行~8行を見ると,「測定範囲はX方向に400点の測定点を連続的に測定し,それをY方向の1本の走査線データとして,Y方向に100本の走査線で1測定分としている。」という記載がある。例えば,甲B10の図1-1を見ると分かるとおり,下が原点となっていて,右上に向かう方向がX方向であり,左上に向かう方向がY方向である。そして,表面の粗さは,400点の測定点からなる1本の走査ごとに計算することができるから,100本の走査線に対して100個の計算値が得られる。
甲19管理基準表に記載されている「中心線平均粗さ(管理値)」は,以上のようにして得られた100個の計算値の最大値を適当に丸めたものを「最大」,平均値を適当に丸めたものを「基準値」,最小値を適当に丸めたものを「最小」としたものである。
また,「十点平均粗さ(参考値)」についても,ほぼ同様の手順で甲19管理基準表に数値が記載されたと思われるが,さらに問題がある。すなわち,十点平均粗さRzについては,甲B10の65頁14行~16行において,「本プログラムでは山頂,谷底が5組定義できない場合,定義できる組までで標高差の平均を計算し,Rzの値としています。また,1組も定義できない場合は0をRzの値としています。」と記載されている。表面の粗さが0ということはあり得ないはずであるが,甲B10の調査において用いられたプログラムでは,何らかの理由で「断面曲線(測定したデータの内,1走査線分)」(甲B10,65頁「Rzについて」参照)における山頂,谷底が1組も定義できないと,測定値として0が残るのである。100本の走査線について,測定値が0とされる走査線が多ければ,当然,平均値も異常に小さくなる結果となる。
イ サンプルA~Fの実体
被告は,サンプルA~Fは,先端の曲率半径が15μmであったと主張するが,次のとおり,事実に反する。
すなわち,原告の生産技術センター計画部企画グループのM作成の「報告書」(甲B11)の3頁の表にまとめられているとおり,7種類の針先の先端の曲率半径は,48.5μmから121.7μmの範囲に広がっており,15μmに近いものは存在しないから,誤差の点を考慮しても,7種類の針先の全てが半径15μmの球面であったということはあり得ない。甲B10の各鳥瞰図(例えば,図1-1と図4-1)から視覚的に受ける印象も,これを裏付けるものである。
(4) 甲19管理基準表の記載事項
特許法29条1項3号に規定される刊行物に物の発明が記載されているといえるためには,その物を作れることが明らかであるように記載されていなければならない。同様に,同1号に規定する物の発明が知られたといえるためには,その物を作れることが明らかであることが,講演,説明等から明らかでなければならない。なお,いずれの場合であっても,技術常識を参酌し得る。
ところが,甲19管理基準表には,どのようにして記載された表面粗さを得るかについての方法は全く記載されておらず,針の先端の形状も記載されていない。したがって,甲19の管理基準の記載からでは,その記載が,先端が球面形状のプローブ針に関するものなのか,平坦形状のプローブ針に関するものなのかは不明であるし,先端形状と表面粗さの関係についても,任意の形状と任意の表面粗さとを自由に組み合わせることができるのかどうかは不明である。さらに,当業者の技術常識を参酌し得るといっても,被告の加工方法は,2005年に至っても秘密保持義務の対象であったものである。
(5) 以上のように,甲19管理基準表の記載内容,その作成に至る経緯を総合的に考慮するならば,甲19管理基準表を示されたことによって当業者が意味のある「発明」を把握することはできなかったから,甲19管理基準表が提示されたことによって「発明が知られた」とは認められない。
3 取消事由3(容易性判断に関する誤り)
(1) 甲19管理基準表は,公知でもなければ,確定した審決における引用例である甲36(特開平5-273237号公報)に付け加えるべき「発明」を記載しているものでもないから,確定した審決の存在によって,本件の審決は違法となる。
(2) 仮に,特許法29条1項各号において「発明」を単なる「記載事項」と読み替えるとしても,そのような読み替えをした場合には,記載事項の具体的な内容に即して本件各発明の容易性を判断すべきであって,単純な組合せ容易論に依拠すべきではない。
既に指摘したとおり,甲19管理基準表には,当業者の技術常識に基づいては理解できない記載があり,このことは,単に動機付けを提供しないのみならず,組合せ阻害事由と評価すべきである。
(3) 本件各発明は,甲36(特開平5-273237号公報)からは容易に発明できなかったものである。すなわち,曲率半径が本件各発明の範囲でないものはたとえ表面粗さが0.4μm以下であったとしても良好なコンタクト寿命が得られるという本件各発明の効果を達成することはできないし,曲率半径のみ本件各発明の範囲でも表面粗さが0.4μmを超えると同様に本件各発明の効果を達成することはできない。
前者については,本件明細書(甲61)の【図7】のグラフのほか,被告作成の実験結果報告書(甲62)により証明されている。また,被告の15μRの球面鏡面針とは,釜石試験分析センター作成の「調査結果報告」(甲B10),原告のM作成の報告書(甲B11)に示されるとおり,曲率半径が48~121μmといった大きな値を持つ針であるが,良好な結果が得られていない。
一方,後者については,本件明細書(甲61)の【図8】のグラフに示されている。すなわち,曲率半径と表面粗さが両方満たされた場合にのみ本件各発明の効果を奏するものであり,その効果は【図8】のグラフに示すように,臨界的意義を有する。
第4被告の反論
1 取消事由1(甲19の公知性に関する認定判断の誤り)に対し
(1)ア 原告は,甲19管理基準表の作成の経緯と,作成された甲19管理基準表が,岩手東芝に対して中間報告として提出(甲B12)されたものであるとし,甲19管理基準表は,名称は「管理基準」であっても,その実質は,「定量的な『粗さ基準』を設けた方が良いのではないか」という提案を行った岩手東芝に対する中間報告であると主張する。
しかし,岩手東芝に対し中間報告として提出されたことと,単なる中間報告書とは,同じではない。原告が指摘する甲B12(書き込みを除いて甲19管理基準表と同じもの)には,「3/6岩手東芝様へ中間報告として提出済」と手書きの書き込みがあるが,これは,文字どおり,単に,甲19管理基準表が岩手東芝に中間報告として提出済みであることを述べているにすぎず,甲19管理基準表が単なる中間報告書であることを意味しない。このことは,次に述べるとおり,甲19管理基準表の作成の経緯とその記載内容に照らして明らかである。
イ 甲19管理基準表の作成の経緯について
甲19管理基準表作成のきっかけは,K作成の「プローブ針先端処理(粗面仕上げ管理基準:乙18号証)作成の経緯」(甲50)に記載されるとおり,「軽い粗面仕上げ」,「粗面仕上げ」は加工条件が違うことから,目視による判断だけでなく,定量的な「粗さ基準」を設けた方が良いのではないか,という提案を岩手東芝から受けたことにある。
しかし,甲50によれば,K自身も,かねてよりプローブ針の先端仕上げにつき,目視上の差異がどの程度粗さとして数値的に差異があるものであり,かつどの程度数値的な管理ができるものかを確認したいと考えていたのであり,そうであるからこそ,岩手東芝からの提案を受けたとき,Kは,従来からの被告仕様である「粗面仕上げ」及び「軽い粗面仕上げ」に加えて,新たに4種類の粗面仕様を設定し,それらの仕様に基づいて製造したA~Fの6種類のプローブ針と,「処理無し」のプローブ針とについて,自ら選択した釜石試験分析センターに対し,プローブ針先端部分の粗さ測定を依頼したものである。
そして,K作成の「針先の表面粗さと『管理基準』について」(乙1)の3頁の「表-1 粗面仕様別条件」には,Kが釜石試験分析センターに表面粗さの測定を依頼したA~F6種類の粗面仕様のエッチング液の濃度と電解エッチング電圧が示されており,同記載からは粗面仕様A~Fが,それぞれ,エッチング液の濃度と電解エッチング電圧の違いによって明瞭に区別される仕様であることが理解できる。
そして,上記A~Fの粗面仕様のうち,従来からの被告仕様である「粗面仕上げ」及び「軽い粗面仕上げ」は,それぞれ,「粗面仕様A」「粗面仕様E」に対応する。また,それ以外の「粗面仕様B~D,F」は,多様化すると考えられる顧客ニーズに対応して被告における針先処理仕様の種類を増やすべく,釜石試験分析センターに表面粗さの測定を依頼するに際して,被告によって新たに設定された仕様である。このような経緯で作成された甲19管理基準表が,岩手東芝に対する単なる中間報告書であるはずがない。
ウ 甲19管理基準表の記載内容について
甲19管理基準表が,単に,岩手東芝への「中間報告書」として作成されたものでないことは,その記載内容からも明らかである。
すなわち,甲19管理基準表には,右肩に「社外用」との表示が為され,標題下には,以下のような記載がある。
・ 「(株)日本マイクロニクスが製造,納入するプローブカードのプローブ針先端は接触抵抗をより低く安定し使用いただく為に,下記の6種類の処置を施す事ができます。」
・ 「又,下表のとおり先端の処理状態は表面粗さにて管理し,数値的には中心線平均粗さを目標値として最大値,最小値を管理します。」
・ 「但し,現在全プローブカードの全プローブ先端を粗さ測定する事は,測定器や,測定条件,環境の問題で出来兼ね,定期的なサンプリングの粗さ確認となります事をご了承願います。」
・ 「弊社の製造においては,処理条件(処理装置の設定など)の管理を徹底し,バラツキや誤仕様が発生しないよう配慮する所存です。」
・ 表には,粗面仕様A~Fのそれぞれについての,「中心線平均粗さ(管理値)」「十点平均粗さ(参考値)」が示され,さらに,最右欄には,「硬めの蒸着アルミPADに有効」「普通の蒸着アルミPADに有効」等の推奨用途が記載されている。
これらの記載内容に照らし,甲19管理基準表が,単に,釜石試験分析センター作成の「調査結果報告」(甲B10)を岩手東芝に報告するための中間報告書として作成されたということはあり得ない。甲19管理基準表は,被告におけるプローブ針先端処理仕様を顧客に説明し,営業販売活動をより積極的に拡大するための技術資料,すなわち,営業ツールとして作成されたものであることは明らかである。
(2)ア 前記(1)イにおいて述べたとおり,A~Fの粗面仕様のうち,AとEは,それぞれ,被告が従来から行っていた「粗面仕上げ」及び「軽い粗面仕上げ」に相当し,残るB~D,Fは,多様化する顧客ニーズに対応すべく新たに設定された粗面仕様なのであって,いずれも,原告が述べるような目的のために選択された単なる実験条件などではない。粗面仕様A~Fが単なる実験条件であるのならば,推奨用途まで付して,甲19管理基準表に記載するはずがない。
イ 原告は,甲19管理基準表は管理基準としての体をなしていないと主張して,①~⑤の点を指摘するが,これらは,いずれも,甲19管理基準表の技術文書としての信頼性を何ら損なうものではない。
ウ 原告は,岩手東芝及び原告は,守秘義務を前提に甲19管理基準表を受領したのであるから,甲19管理基準表は公然知られた発明には該当しないと主張する。
(ア) 原告は,甲19管理基準表に記載された内容が被告と岩手東芝との間で,守秘義務の対象であったと主張し,その根拠として,岩手東芝のG作成の「証明書」(甲B2)添付の「Auバンプ用プローブカード評価報告書」に「秘」のスタンプが押されていることを挙げる。
しかし,甲B2添付の「評価報告書」に「秘」のスタンプが押されているからといって,甲19管理基準表に記載されている内容が,被告と岩手東芝との間で守秘義務の対象であったということにはならない。すなわち,甲19管理基準表に記載されているのは,被告が顧客に対して提供することができるプローブ針先端の粗面仕様の種類と,各仕様における表面粗さ,及び推奨用途であり,プローブカードの製造販売を事業とする被告が,これらの情報を顧客に開示するに当たって,顧客に守秘義務を課すなどということは,社会通念上も商習慣上もあり得ない。そして,岩手東芝のG作成の書面(乙B45の1)において,甲19管理基準表を受領した岩手東芝のG自身が,被告と岩手東芝との間では,プローブ針の先端形状や寸法,表面処理仕上げなどのプローブ針仕様に関しては,守秘義務の対象外であると明言している(乙B45の2~5も参照)。
以上によれば,甲19管理基準表の記載内容が,被告と岩手東芝との関係において守秘義務の対象外であることは明らかであり,審決が正しく認定するとおり,岩手東芝が被告から甲19管理基準表を受領した1997年に,甲19管理基準表の内容が,特許法29条1項1号の公然知られた発明に該当するものとなったことは明らかである。
(イ) 原告は,甲19管理基準表に記載された内容が,被告と原告との間で守秘義務の対象であったと主張し,その根拠として,被告と原告との間で取り交わされた「取引基本契約書」(甲B1)を挙げる。
しかし,甲B1において,守秘義務の対象とされているのは「相手方の業務上の秘密」(27条)に限られており,プローブカードの製造販売を業とする被告にとって,顧客に提供することができるプローブ針先端の表面仕様が「業務上の秘密」であるはずがない。
(ウ) 原告は,審決が,被告作成の「プローブカードについて」(甲B14)1頁下部に,「(注)本資料中,製法に係る記述には弊社の企業秘密に属する内容が含まれるため,該当項目の第三者への開示は御遠慮下さい。(9頁,13頁)」と記載されていることに基づいて,「甲第19管理基準のプローブ針の仕様A~F毎の表面粗さの記載は,製法に係る記述がなされたものとはいえず,上記第21条(「27条」の誤記と思われる:被告注)にいう業務上の秘密には当たらないものというべきである。」(21頁6行~8行)としたことに対し,被告作成の「ウェハ試験の高速化とプローブカード」(甲38)の表紙や13頁の記載を挙げて,先端形状や鏡面仕上げについても秘密保持義務の対象であったことは明らかであると主張する。
しかし,甲38の表紙に第三者への開示を禁止する旨の記載があるからといって,甲38に記載されている内容の全てが「業務上の秘密」に該当する訳ではない。原告が指摘する甲38の13頁に記載されたプローブ針の「先端形状」における「標準仕上げ」や「球面仕上げ」,「先端面仕上げ」における「標準仕上げ」や「鏡面仕上げ」は,甲38が作成された1994年(平成6年)当時,被告が顧客に提供していたプローブ針における基本的な先端形状と先端面仕上げを紹介しているにすぎず,秘密保持の対象ではない。
被告は,1994年(平成6年)当時,既に先端「球面仕上げ」や「鏡面仕上げ」のプローブ針を備えたプローブカードを複数の顧客に製造,販売していたのであり(乙B27,30,31),そのように既に複数の顧客に多数出荷されているプローブ針の先端形状や先端面仕上げが,秘密保持の対象であることはあり得ない。
(エ) 原告は,審決が,「甲第19管理基準の内容について,本件優先日の前年である1997年に,顧客である…富士通株式会社が説明を受けたものと認められる。」(20頁32行~35行)としたことに対し,富士通株式会社のJ作成の書面(甲44の3)の内容は信用できないと主張する。しかし,審決は,単に甲第44号証の3だけに基づいてその内容を十分信用できるとしたのではなく,複数の証拠から認められる客観的な事実に基づいて,甲44の3を「十分信用できる」としたのであって,審決の認定に誤りはない。
(オ) 原告は,Iが「報告書-プローブカードのプローブ針先端処理-(タングステンプローブ針の粗面仕上げ管理基準)」(甲44の2)において,経験則的な表現でしか説明できなかった2種類の表面処理,と述べ,Kが「プローブ針先端処理(粗面仕上げ管理基準:乙1号証)作成の経緯」(甲50)において,粗面仕上げと軽い粗面仕上げの2種類,と述べていることを取り上げ,甲19管理基準表のA~Fの6種類のうち少なくとも4種類は,当時,被告が顧客に提供していたものではない,A~Fは,単なる実験条件なのであり,被告が顧客に提供する製品の表面粗さの種類又は等級を意味するものではなかった,と主張する。
しかし,前記(1)イにおいて述べたとおり,甲19管理基準表に記載されたA~Fの6種類の粗面仕様のうち,粗面仕様Aと粗面仕様Eとが,従来から被告が行っていた「粗面仕上げ」「軽い粗面仕上げ」に相当し,それ以外の粗面仕様B~D,Fは,顧客ニーズに対応すべく甲19管理基準表の作成時に新たに設定された粗面仕様であって,それら粗面仕様A~Fが単なる実験条件ではないことは,前記で述べたとおりである。
(カ) 原告は,釜石試験分析センターで表面粗さの測定がなされたプローブ針が各仕様毎に1本であったことを問題にしているが,K作成の「針先の表面粗さと『管理基準』について」(乙1)に述べられているとおり,「サンプル針は,各粗面仕様A~Fについて,各々100本づつ作成し,100本全部の仕上がりが顕微鏡下での目視による観察で外観上同じであることを確認した上で,それぞれの仕様の中から各1本を選んで,サンプル針」(4頁8行~11行)としたのであるから,各サンプル針は各仕様によって得られる標準的なサンプル針であり,それら各サンプル針の測定された表面粗さを,各仕様によって得られる表面粗さの標準値とすることに技術的不都合は存在しない。
(キ) 原告は,被告による表面粗さの測定結果の受領から甲19管理基準表の作成まで2日しか期間がなかったことを問題にしているが,2日間では管理基準を作成できないというのは原告の思い込みにすぎない。
2 取消事由2(甲19管理基準表の記載事項に関する認定の誤り)に対し
(1) 原告は,甲19管理基準表が管理基準としての技術的な意味を持ち得ないとして,①~⑤の点を指摘するが,前記のとおり,これらは甲19管理基準表の技術文書としての信頼性を何ら損なうものでない。
(2) 原告は,サンプルA~Fは,先端の曲率半径が15μmであったとの被告の主張は事実に反するとし,釜石試験分析センター作成の「調査結果報告」(甲B10)に記載されたデータに基づいて,先端の曲率半径を計算したものとして,原告のM作成の「報告書」(甲B11)を挙げる。
しかし,次に述べるとおり,甲B11における曲率半径の計算方法には全く合理性がない。すなわち,甲B11における曲率半径の計算方法において,甲B10の図1-1等の鳥瞰図横に「MAX」,「MIN」として示されている数値が使用されているが,これらは,表面粗さを求めるために測定されたプローブ針表面の凹凸のうち,最も標高が高い点の標高と,最も標高が低い点の標高を意味しており,「MAX」と「MIN」は,甲B11にいう球面の頂点であるA点及びA点から最も離れた位置にある点のB点とはその意義を全く異にしているものである。
甲B11において求められたとされる曲率半径rの値は,3頁の表1に示されるとおり,あまりにもばらつきが大きく,最も小さな曲率半径(48.5μm)と最も大きな曲率半径(121.7μm)との間には2倍以上の違いがある。顧客から曲率半径を指定されたプローブ針を長年にわたり製造販売してきた被告が,釜石試験分析センターにプローブ針の表面粗さの測定を依頼するに際し,甲B11の表1に示されるような,全く出鱈目でかつまちまちな曲率半径をもったプローブ針を提供するはずはない。
なお,原告は,図1-1と図4-1を比較すれば,これらが同一の曲率半径であることは有り得ないとするが,甲B10に記載された図1-1,図4-1等の鳥瞰図における見かけ上の膨らみが,真に曲率半径と対応しているかどうかは不明であり,それら鳥瞰図の見かけ上の膨らみの大小に基づいて,曲率半径の大小を論じることに合理性はない。
(3) 原告は,甲19管理基準表には,どのようにして記載された表面粗さを得るかについての方法は全く記載されていないと主張する。
しかし,原告が,乙3(平成18年(ワ)第19307号における平成19年8月3日付け原告第5準備書面)において,「一方,本件特許発明の発明者らは,特別仕様の研磨材を用いた表面加工によって,プローブ針の先端の表面粗さを0.4μm以下としていた…。表面粗さを0.4μm以下にするという目的が与えられれば,当業者にとって,特別仕様の研磨材を入手すること自体は困難なことではない」(5頁8行~11行)と述べるように,甲19管理基準表に基づいて説明を受けた当業者には,「表面粗さを0.4μm以下にするという目的が与えられる」のであるから,例えば,「特別仕様の研磨材を入手」して,表面粗さを0.4μm以下にすることは容易であり,表面粗さが0.4μm以下のプローブ針を物として作ることができることは明らかである。
3 取消事由3(容易性判断に関する誤り)について
(1) 原告は,甲19管理基準表は,公知でもなければ,確定審決における引用例である甲36に付け加えるべき「発明」を記載しているものでもないから,確定した審決の存在によって本件の審決は違法となると主張するが,甲19管理基準表が公然知られた発明に該当することは,前記1,2に照らして明らかである。
(2) 原告は,甲19管理基準表には,当業者の技術常識に基づいて理解できない記載があり,このことは,単に動機付けを提供しないのみならず,組み合わせ阻害事由と評価すべきと主張する。しかし,甲19管理基準表が技術文書として十分な信頼性を備えたものであることは,前記のとおりである。
(3) 原告は,曲率半径と表面粗さが両方満たされた場合にのみ本件各発明の効果を奏するものであり,その効果は本件明細書(甲61)の【図8】のグラフに示すように,臨界的意義を有すると主張する。しかし,この点については,審決が既に「特開平8-166407号公報(甲49),特開平8-152436号公報(甲48)及び甲19管理基準の記載内容に照らせば,0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができるという効果は,甲36,甲49,甲48及び甲19管理基準の記載から当業者が予測できる範囲内のものであるというべきであって,格別なものということはできない。」(22頁16行~21行)と判断しているとおりである。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1(甲19の公知性に関する認定判断の誤り)について原告は,甲19管理基準表が,不特定の顧客に対する被告の営業ツールとして使用したものではなく,これに記載された事項が「公然知られた」とは認められないと主張する。
(1) 甲19管理基準表の作成経緯について
各掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次のア,イの事実が認められる。
ア(ア) 被告は,甲19管理基準表作成前から,針先仕上げ処理として,「粗面仕上げ」と「軽い粗面仕上げ」という2種類の処理仕様を実施していた。そして,顕微鏡下で梨地状に白く荒れた状態に見える「粗面仕上げ」は,濃度10%のエッチング液を使用して,エッチング電圧1.5Vで電解エッチングを行うのに対して,顕微鏡下で黒く見える「軽い粗面仕上げ」は,それよりも電解エッチング条件が温和な,濃度1%のエッチング液を使用して,エッチング電圧1.0Vで行うものであった。(乙1)
(イ) 被告は,平成8年3月,岩手東芝との間で,「Auバンプ製品用プローブカード」に関する技術的な事項について打合せをもち(甲1,50),平成8年3月28日,岩手東芝から評価サンプルプローブカードの仕様の連絡を受けて,その製造を製造部門へ指示し,その後,当該評価サンプルプローブカードを出荷した(甲1,4)。そして,岩手東芝は,評価試験を行った上,その結果を,「Auバンプ製品用プローブカード評価報告書」(甲B2添付)としてまとめ,これを被告に対し提出した(甲1,50)。
(ウ) 上記評価試験結果の報告の際に,被告PB技術統括部のKは,岩手東芝の担当者から,定量的な「粗さ基準」を設けた方が良いのではないかとの提案を受けた(甲50)。これを受けて,Kは,プローブ針の先端仕上げにつき,目視上の差異がどの程度粗さとして数値的に差異があるものであり,かつ,どの程度数値的な管理ができるものかを確認したいと考え,サンプルとして針先端部の仕上げ条件(薬液や電解の電圧など)を変えたA~Fの6種類及び「処理無し」の合計7種類のプローブ針(球面針)を作成し,釜石試験分析センターにプローブ針先端部の粗さ測定を依頼した(甲50)。
(エ) 上記依頼に基づく測定結果が,平成9年3月4日,「調査結果報告」(甲B10)としてまとめられ,釜石試験分析センターから被告に報告された(甲50)。Kは,平成9年3月6日,上記「調査結果報告」に基づいて,甲19管理基準表を作成し,被告の営業担当者が顧客に対する説明資料及び営業用ツールとして必要に応じてこれを客先に持参することができるように,被告本社,青森営業所その他の部署に対し配布した(甲50)。
イ(ア) 被告の青森営業所所長のIは,平成9年3月6日,甲19管理基準表を岩手東芝に交付した(甲44の2,甲19)。
(イ) 被告の営業担当者は,以後,被告製品を購入希望する客先又は新規開拓を目指す多数の客先に対し,被告のプローブカード製品仕様の資料として甲19管理基準表を提示又は交付して,被告製品の説明を行った。(甲44の2)
(ウ) 甲19管理基準表を提示又は交付した顧客の中には,原告が含まれ,原告は,被告に対する注文に当たり,甲19管理基準表に記載されたA~Fの仕様を使用した(甲10,11)。
ウ 以上のア,イの事実を踏まえて,原告の主張について検討する。
(ア) 原告は,甲19管理基準表は,名称は「管理基準」であっても,その実質は,「定量的な『粗さ基準』を設けた方が良いのではないか」という提案を行った岩手東芝に対する「中間報告」であり,不特定の顧客に対する被告の営業ツールとして使用したものとは認められないと主張するところ,甲B12には,甲19管理基準表と同一のものに,上部に手書きで「MHCL部長殿FromK(3/6岩手東芝様へ中間報告として提出済)」と記載されている。
しかし,甲19管理基準表の体裁や内容を見ると,その右肩に「社外用」との不動文字が記載され,「プローブカードのプローブ針先端処理(タングステンプローブ針の粗面仕上げ管理基準)」との表題に続き,「(株)日本マイクロニクスが製造,納入するプローブカードのプローブ針先端は接触抵抗をより低く安定し使用いただく為に,下記の6種類の処置を施す事ができます。プローブ針をコンタクトさせるPADあるいはバンプ,パターンの材質,状態により選択できます。又,下表のとおり先端の処理状態は表面粗さにて管理し,数値的には中心線平均粗さを目標値として最大値,最小値を管理します。但し,現在全プローブカードの全プローブ先端を粗さ測定する事は,測定器や,測定条件,環境の問題で出来兼ね,定期的なサンプリングでの粗さ確認となります事をご了承願います。(3ヶ月に1度のサンプリング)弊社の製造においては,処理条件(処理装置の設定など)の管理を徹底し,バラツキや誤仕様が発生しないよう配慮する所存です。」と記載され,推奨用途の記載も含む次の表が記載されている。
粗面仕様
中心線平均粗さ(管理値)
十点平均粗さ(参考値)
推奨用途
最大
基準値
最小
最大
平均
A
0.0400
0.0150
0.0050
0.2000
0.0800
硬めの蒸着アルミPADに有効
B
0.0300
0.0120
0.0040
0.2000
0.0500
普通の蒸着アルミPADに有効
C
0.0200
0.0080
0.0030
0.2000
0.0400
軟らかめ蒸着アルミに有効
D
0.0200
0.0080
0.0020
0.2200
0.0020
特に推奨無し
E
0.0175
0.0040
0.0010
0.1500
0.0050
金バンプに有効
F
0.0040
0.0020
0.0000
0.0800
0.0050
半田バンプ等に有効
そうすると,甲19管理基準表の作成経緯について,こうした甲19管理基準表の体裁・内容や,開示された技術内容の汎用性を踏まえて見ると,甲19管理基準表がもともとは岩手東芝の担当者からの示唆を踏まえて作成され,提案元である岩手東芝に対して取り急ぎ中間的な報告をしたものであるとしても,それとともに,被告において,岩手東芝の示唆に基づいてKがもともと抱いていた技術思想を具体化させ,推奨用途の明示ができるプローブ針の定量的な粗さの基準という汎用性のある技術的な結果を得ることができたため,これを被告のプローブカードの顧客一般に対して提示することを意図して表題や文章を工夫し,「社外用」との表示をつけ,実際に被告の営業担当者が社外の顧客一般に営業を行う際のツールとして提示又は交付したものと認めることができる。「上表の数値は,弊社製造部門の管理値であって保証値ではありません。」との記載も,「弊社の製造においては,処理条件(処理装置の設定など)の管理を徹底し,バラツキや誤仕様が発生しないよう配慮する所存です。」等の記載に照らせば,被告が,推奨用途の明示ができるプローブ針の定量的な粗さの基準という汎用性のある技術的な結果を得て甲19管理基準表に管理値として記載したことを否定するものではなく,上記認定を左右するものではない。
以上によれば,甲19管理基準表が,単に,「定量的な『粗さ基準』を設けた方が良いのではないか」という提案を行った岩手東芝に対する「中間報告」にすぎないとみることはできないから,原告の上記主張は採用することができない。
(イ) また,原告は,甲19管理基準表における仕上げ条件(薬液や電解の電圧)を変えたA~Fの6種類については,Kの疑問としていた「目視上の差異がどの程度粗さとして数値的に差異があるものであり,かつどの程度数値的に管理が出来るものか」という点を明らかにするために選択された実験条件であったと考えられる,と主張するところ,K作成の「針先の表面粗さと『管理基準』について」(乙1)には,「従来からの『粗面仕上げ』及び『軽い粗面仕上げ』は,それぞれ,『粗面仕様A』及び『粗面仕様E』に対応しています。」との記載があるが,他方,「『粗面仕様B,C,D,F』は,釜石試験分析センターに表面粗さの測定を依頼するに際して新たに設定した仕様です。」との記載がある。
しかし,粗面仕様B,C,D,Fが,もともとは表面粗さの測定依頼時に新たに設定した仕様であるとしても,甲19管理基準表の粗面仕様B,C,Fには,それぞれ,「普通の蒸着アルミPADに有効」,「軟らかめ蒸着アルミに有効」,「半田バンプ等に有効」のように,各推奨用途が記載されているから,前記の説示にも照らせば,これらの粗面仕様は,推奨用途の明示ができるプローブ針の定量的な粗さの基準という汎用性のある技術的な結果として,被告が顧客一般に提供できる定量的な粗面仕様の複数の種類の一つと位置付けられ,前記のような被告の社外の顧客一般に営業を行う際のツールとして交付又は提示する甲19管理基準表に記載されたものと認められる。粗面仕様Dの推奨用途に「特に推奨なし」と記載されていることは,この認定を左右するものではない。
以上によれば,甲19管理基準表のA~Fが単なる実験条件であるとの原告の上記主張は採用することができない。
(ウ) 原告は,甲19管理基準表は管理基準としての体をなしていないとして,①仕様Cと仕様Dが中心線平均粗さの値は3つともほとんど同じである点,②仕様Dの十点平均粗さの平均値が極端に小さい点,③仕様Fの中心線平均粗さの最小が0.0000である点,④それぞれの仕様について,中心線平均粗さの基準値と最小の差に比べて基準値と最大の差が極端に大きい点,⑤それぞれの仕様について,最大と最小の間に入るものを合格と考えると,仕様と仕様の重なりが極めて大きく,異なる仕様として規定している技術的意味が不明であり,そもそもいかにして区別するのかという点,を指摘するが,次に判断するとおりであって,原告の上記主張を採用することはできない。
① 仕様Cと仕様Dが中心線平均粗さの値は3つともほとんど同じである点,及び
② 仕様Dの十点平均粗さの平均値が極端に小さい点について
甲19管理基準表を見ると,粗面仕様Dについては,「推奨用途」の欄にも「特に推奨無し」として,参考として記載するにとどめていると認められる。そうすると,粗面仕様Cの粗さに近似した粗面仕様Dが記載されているとしても,また,そのような粗面仕様Dについての「参考値」である十点平均粗さの平均値が小さいとしても,これらにより,甲19管理基準表が直ちに管理基準として使用できないものということはできない。
③ 仕様Fの中心線平均粗さの最小が0.0000である点について
K作成の「針先の表面粗さと『管理基準』について」(乙1)には,「『管理基準』における中心線平均粗さの最大値と最小値とは,実測された最大値および最小値のデータを基に,当社において蓄積された技術常識に従って,各仕様における表面粗さのばらつきの許容範囲を示す数値として記載したものです。」,「粗面仕様Fに関し,『管理基準』では最小値(Ra-Min)を『0.0000』としましたが,これはあくまでも許容範囲の下限を示すもので,実際の表面粗さの最小値が『0.0000』であることを意味するものではありません。」との記載がある。
そして,甲19管理基準表の中心線平均粗さの最小値を見ると,仕様AからFにつれて,『0.0050』,『0.0040』,『0.0030』,『0.0020』,『0.0010』,『0.0000』というように,0.0010ずつ次第に小さくなっていることが認められる。そうすると,当業者がこれを見れば,仕様Fが,0.0010以下の測定限界に近い数値であることを理解するということができる。
以上によれば,仕様Fの中心線平均粗さの最小が0.0000であることをもって,甲19管理基準表が直ちに管理基準として使用できないものということはできない。
④ それぞれの仕様について,中心線平均粗さの基準値と最小の差に比べて基準値と最大の差が極端に大きい点について
上記③に記載したように,甲19管理基準表における中心線平均粗さの最大値と最小値は,実測された最大値及び最小値のデータを基に,被告において蓄積された技術常識に従って,各仕様における表面粗さのばらつきの許容範囲を示す数値として記載したものと認められる。そうすると,中心線平均粗さの最大値と基準値との差が,最小値と基準値との差と比べて大きいとしても,それは,その大きさの度合いから見ても,実測された最大値及び最小値のデータと,測定値の分布及び被告のデータ処理に基づいた結果によるものと評価できる範疇のものというべきであるから,この点をもって,甲19管理基準表が直ちに管理基準として使用できないものということはできない。
⑤ それぞれの仕様について,最大と最小の間に入るものを合格と考えると,仕様と仕様の重なりが極めて大きく,異なる仕様として想定している技術的意味が不明であり,そもそもいかにして区別するのかという点について
K作成の「針先の表面粗さと『管理基準』について」(乙1)によれば,甲19管理基準表の粗面仕様A~Fは,電解エッチングの条件(エッチング液の濃度および電解エッチング電圧)において明確に区別される別異の処理仕様であること,管理基準において管理の対象とされる中心線平均粗さの「基準値」は,参考として記載した粗面仕様Dを除いて,粗面仕様AからFへと電解エッチングの条件が温和になるにつれて,次第に小さな値(表面粗さが小さい)となっていること,中心平均粗さの「最大」と「最小」も同様に,粗面仕様AからFへとなるにつれて,次第に小さな値(表面粗さが小さい)となっていることが認められる。
そうすると,甲19管理基準表の粗面仕様A~C,E,Fについて,「最大」と「最小」の間の範囲が重複する領域があるとしても,中心線平均粗さの「基準値」において区別でき,その傾向として,粗面仕様AからFへと次第に表面粗さが小さくなっていることに鑑みると,それらを別異の仕様として設定することに,技術的意味がないということはできない。
(2) 甲19管理基準表の配布先等について
ア 各掲記の証拠には,次の記載がある。
(ア) K作成の陳述書(甲1)
「1997(平成9年)3月4日,A~Fの6種類の仕上げ条件別にプローブ針先端部の表面粗さを実測し,その結果をまとめた『プローブカードのプローブ針先端処理(タングステンプローブ針の粗面仕上げ管理基準)』と題する文書(以下『管理基準表』という。)を作成しました。同年3月6日,この管理基準表を岩手東芝エレクトロニクス(株)に提出しました。その後,三菱電機(株)を含む他社にもこの管理基準表を提出しました。」(7頁)
(イ) K作成の「プローブ針先端処理(粗面仕上げ管理基準:乙18号証)作成の経緯」(甲50)
「1997年(平成9年)3月6日,乙第18号証の『プローブカードのプローブ針先端処理(タングステンプローブ針の粗面仕上げ管理基準)』を作成しました。この『管理基準』の内容は,当社が実施しているプローブ針先端の処理が複数の種類を有し,各々が粗さとして数値管理されていることを,顧客全般に紹介(針仕様の説明資料として)できる内容となっていますので,それ以降,当社製品を発注されたり,発注を検討されている顧客に対する説明資料として有効活用することとし,『社外用』の表示を付して当社営業部門に配布しました。なお,この管理基準表は,作成した1997年(平成9年)3月6日当日に当社の青森営業所/I係長,本社営業部長/N,技術部長/Lにも,それぞれコピーしたものを送付し,営業用資料として使用するように指示しました。」(4~5頁)
(ウ) 被告の半導体機器営業統括部青森営業所所長のI作成の「報告書-プローブカードのプローブ針先端処理-(タングステンプローブ針の粗面仕上げ管理基準)」(甲44の2)
「当時,私が担当していた複数の顧客からは針先の表面処理の定量的なデーターの必要性が言われておりました。その一社が,岩手東芝エレクトロニクス様です。
岩手東芝エレクトロニクス様からの要求で当社のKが作成した『管理基準』は,それまでの曖昧な基準とは違い,針先の表面処理をA~Fまで6段階に分類して表面粗さを数値的に管理するものです。それまでの,『粗面仕上げ』はAに当たり,『軽い粗面仕上げ(鏡面仕上げ)』はEに当たりますが,その他に,B,C,D,Fの粗さについても管理するものです。営業部門の上司から,この『管理基準』を,顧客への製品説明資料として積極的に活用するようにとの指示がありました。私は,この『管理基準』をプローブカード製品仕様の資料として携帯し,客先での商談時に提出し,また説明を行いました。…この『管理基準』を持参し,私は,岩手東芝エレクトロニクス株式会社様を始め,当時私が担当していた,富士通株式会社岩手工場様,セイコーエプソン株式会社酒田事業所様,日立北海セミコン株式会社様(現在,ミツミ電機千歳事業所),山形日本電気株式会社様,東北エプソン株式会社様,東北セミコンダクタ株式会社様など,私が担当する東北・北海道地区の多数の顧客に説明させて頂きました。」(2頁)
(エ) 岩手東芝の製造部第一製造担当のG作成の「証明書」(甲19)
「プローブカードメーカである株式会社日本マイクロニクスにプローブ針の先端表面粗さに関する資料の提出を要求し,1997年3月6日に受領したのが添付の株式会社日本マイクロニクス資料『プローブカードのプローブ針先端処理(タングステンプローブ針の粗面仕上げ管理基準)』であります。」
(オ) 富士通株式会社の電子デバイス事業本部岩手工場デバイス技術部のJ作成の書面(甲44の3)
「1997年当時,私は貴社の青森営業所の当社担当であるI様より,貴社のプローブ針先端処理(表面粗さ)に関わる資料『プローブカードのプローブ針先端処理(タングステンプローブ針の粗面仕上げ管理基準)』の内容の書面をみながら説明を受けた事を記憶しております。」
(カ)① 「PROBE-BOARD注文仕様書」(甲10)の1枚目(被告作成(原告宛))には「97年4月1日」の日付があり,2枚目(原告作成(被告宛))には「Serengetiテストチップ対応プローブカード製作仕様書」,「三菱電機株式会社」との記載があり,3枚目の「針仕様」の「針先処理」の欄に「B仕様(粗面)」との記載がある。
② 「PROBE-BOARD注文仕様書」(甲11)の1枚目(被告作成(原告宛))には「97年8月25日」の日付があり,3枚目(原告作成(被告宛))には「M7E2001対応プローブカード製作仕様書」,「三菱電機株式会社」との記載があり,4枚目の「針仕様」の「針先処理」の欄に「A仕様(粗面)」との記載がある。
イ 以上のアによれば,被告のKは,1997年(平成9年)3月6日頃,甲19管理基準表を作成したこと,その後,甲19管理基準表は,被告の営業部門に交付され,被告の製品仕様についての顧客一般に対する説明資料と位置付けられたこと,これを踏まえて,被告の営業担当者は,甲19管理基準表を用いて,岩手東芝,富士通株式会社の担当者に対して被告の製品仕様についての説明をしたことが認められる。そうすると,甲19管理基準表は,被告の「営業ツール」として被告の顧客一般に対し用いられていたというべきである。
ウ 原告の主張について
以上のとおりであるから,これと異なる,取消事由1に関する原告の主張のいずれも採用することができないが,事案に鑑み,原告の主張のうちいくつかの主張に対し念のために,個別に判断を加えることとする。
(ア) 原告は,甲19管理基準表を受領したことが認められるのは,岩手東芝と原告にすぎない,そして,岩手東芝も原告も,被告との間で守秘義務を前提とする情報交換をしていたのであるから(甲B2の「評価報告書」の「秘」のスタンプ,甲B1),岩手東芝や被告が甲19管理基準表を受領したとしても,それが「営業ツール」であったことにはならない,と主張する。
しかし,前記のとおり,甲19管理基準表は,Kが,被告のプローブカードの顧客一般に対して提示することを意図して表題や文章を工夫し,「社外用」との表示をつけたものであり,これを受けて,上記イのとおり,被告の営業担当者は,甲19管理基準表を用いて,岩手東芝,富士通株式会社の担当者に対して被告の製品仕様についての説明をしたことが認められるのであるから,これに照らせば,甲19管理基準表が被告の「営業ツール」として用いられていたと優に認めることができる。
また,確かに,岩手東芝作成の「Auバンプ用プローブカード評価報告書」(甲B2添付)において「秘」のスタンプが押されているが,上記評価報告書(甲B2添付)の目的は,金バンプ電極デバイスの製造ラインでのテストに使用するプローブカードの仕様を決めるための様々な側面からの評価実験結果を記載することにあり(「証明書」(甲B2)),その記載事項は,岩手東芝が秘密と位置付けることを首肯させる性質のものである。他方,甲19管理基準表に記載された事項は,被告が顧客に対して提供することができるプローブ針先端の粗面仕様の種類や,各仕様における表面粗さ,及び推奨用途であって,プローブカードの製造販売業者であれば,通常は,積極的に顧客に提示する性質の事項である。このことは,岩手東芝のほか,NECエレクトロニクス株式会社,富士通株式会社,福井日本電気株式会社,日本テキサス・インスツルメンツ株式会社の各担当者が記載した書面である乙B45の1~5の各記載からも裏付けられ,このような事項は,取引基本契約書(甲B1)に定める秘密保持義務の内容になっていると認めることはできない。
このように,両者には,性質が異なると位置付けられる事項が記載されており,その記載内容を精査しても,上記評価報告書(甲B2添付)に記載された技術事項は,甲19管理基準表に記載された技術事項と同一のものとは認められない。そうすると,岩手東芝作成の「Auバンプ用プローブカード評価報告書」(甲B2添付)において「秘」のスタンプが押され,岩手東芝と被告との間に秘密保持を前提とする関係があったとしても,そのことから直ちに,甲19管理基準表に記載された事項が秘密保持義務の対象になっていると認めることはできない。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
(イ) 原告は,被告作成の「プローブカードについて」(甲B14)の作成日は2005年(平成17年)10月20日であることを指摘し,また,被告が1994年(平成6年)に作成した「ウェハ試験の高速化とプローブカード」(甲38)の13頁に先端形状として「標準仕上げ」「球面仕上げ」や,先端面仕上げとして「標準仕上げ」「鏡面仕上げ」の記載があるにもかかわらず,表紙には「第三者への開示,もしくは第三者への譲渡を行う事を禁止致します。」とあったことから,当時,先端形状や鏡面仕上げについても秘密保持義務の対象であったことは明らかであると主張する。
しかし,上記(ア)に説示したとおり,甲19管理基準表に記載された事項が秘密保持義務の対象になっていると認めることはできないものであって,被告作成の「プローブカードについて」(甲B14)の記載もこれを裏付けるものである。また,被告作成の「ウェハ試験の高速化とプローブカード」(甲38)の表紙に「第三者への開示…を禁止致します。」との記載はあるものの,この記載自体は,「本資料に記載の内容を弊社の許可無く,複製,もしくは転載,もしくは第三者への開示,もしくは第三者への譲渡を行う事を禁止致します。」という不特定一般に向けられたものであって,その下に「CopyRight」との記載がなされているように,被告に無断で複製等をすることを禁止する著作権保護の意味合いが強く,この記載から直ちに,甲38の記載内容全般が秘密保持義務の対象となっていたことを導くことはできない。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
(ウ) 原告は,富士通株式会社電子デバイス事業本部岩手工場デバイス技術部のJは,甲44の3において,「書面をみながら説明を受けた」と述べているが,交付されたとは述べていないこと,日時や事実を裏付ける証拠が示されていないことを指摘する。
しかし,原告の上記指摘をもって,被告の営業担当者が,甲19管理基準表を用いて,岩手東芝,富士通株式会社の担当者に対して被告の製品仕様についての説明をしたこと自体の認定が左右されるとはいえず,甲19管理基準表は,被告の「営業ツール」として被告の顧客一般に対し用いられていたと認められることに変わりはない。
(エ) 原告は,I作成の「報告書」(甲44の2)の記載には信用性がなく,甲19管理基準表記載のA~Fの6種類のうち少なくとも4種類は,当時,被告が顧客に提供していたものではなく,A~Fは単なる実験条件なのであって,被告が顧客に提供する製品の表面粗さの種類又は等級を意味するものではなかったと主張するが,原告の上記指摘は,前記(1)ウ(イ)の説示に照らし失当であり,甲19管理基準表のA~Fが単なる実験条件であるとの原告の上記主張は採用することができない。
(オ) 原告は,甲19管理基準表が本来的な意味での「管理基準」であれば,多数の製品を製造した場合のバラツキや,製造条件の再現性などについての検討が必要なはずであり,1本ずつを1回だけ測定して,その2日後に「管理基準」など作成できるはずがないと主張する。
そこで検討すると,K作成の「針先の表面粗さと『管理基準』について」(乙1)には,「サンプル針は,各粗面仕様A~Fについて,各々100本づつ作成し,100本全部の仕上がりが顕微鏡下での目視による観察で外観上同じであることを確認した上で,それぞれの仕様の中から各1本を選んで,サンプル針としました。」との記載があるところ,前記(1)ウ(ウ)⑤に説示したように,同乙1によれば,甲19管理基準表の粗面仕様A~Fは,電解エッチングの条件(エッチング液の濃度および電解エッチング電圧)において明確に区別される別異の処理仕様であること,管理基準において管理の対象とされる中心線平均粗さの「基準値」は,参考として記載した粗面仕様Dを除いて,粗面仕様AからFへと電解エッチングの条件が温和になるにつれて,次第に小さな値(表面粗さが小さい)となっていること,中心平均粗さの「最大」と「最小」も同様に,粗面仕様AからFへとなるにつれて,次第に小さな値(表面粗さが小さい)となっていることが認められるから,甲19管理基準表の粗面仕様A~Fについては,粗面仕上げの電解エッチング条件によって一定の品質のものが得られると評価できるものであり,原告の指摘する上記事項は,前記(1)ウ(ア)の説示に照らし失当である。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
(カ) 原告は,原告以外には,岩手東芝も含めて,A~Fの符号を用いたものがなかった,原告においても,甲19管理基準表に記載された数値を信頼して注文したものではなく,被告が「最も粗い」と考えているもの,あるいは,「粗い方から2番目」と考えているものを注文したにすぎないから,原告がA~Fの符号を用いたからといって,甲19管理基準表が一般的に被告の「営業ツール」であったことにもならない,と主張する。
しかし,前記アによれば,被告は,原告に対しても甲19管理基準表を用いて定量的なプローブ針の粗さ基準について説明を行い,この説明に基づいて,原告は,当該管理基準表に記載の「粗面仕様」の中から針先処理として「A仕様」,「B仕様」等の指定を行って,被告に対しプローブカードの発注を行ったことが認められるから,この事実からは,甲19管理基準表が被告の「営業ツール」として一般的に用いられていたとの認定が導かれるものである。したがって,原告の上記指摘のようなことがあったとしても,この認定を左右するものではない。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
(キ) 原告は,岩手東芝は共同開発の中間報告として甲19管理基準表を被告から交付され,原告は不具合対策の一つとして甲19管理基準表を被告から交付されたのであって,評価や確認試験などを繰り返しながら実使用するに最良のものを開発している岩手東芝や原告と被告との間のこのような行為は,秘密保持義務を前提としたものであると主張するが,前記(ア)に説示したところに照らし,原告の同主張は採用できない。
(3) よって,取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(甲19管理基準表の記載事項に関する認定誤り)について
(1) 原告は,発明が「公然知られた」といえるためには,講演,説明その他の内容から技術常識を参酌して発明が把握できることが必要であるところ,甲19管理基準表自体には「技術思想」と呼び得るようなまとまった内容は記載されていないと主張するが,原告の同主張は,前記1(1)ウの説示に照らし,採用することができない。
(2) 原告は,甲19管理基準表について①~⑤の点を指摘でき,管理基準としての体をなしていないと主張するが,前記1(1)ウ(ウ)に説示したとおり,原告の同主張も採用できない。
(3)ア 原告は,甲19管理基準表に記載された数値の根拠からすれば,これは,同一条件で多数の製品を反復して製造する場合に管理目標とする数値や,管理の上限,下限を画する数値とは何の関係もない数値であり,甲19管理基準表からは意味のある技術情報を得ることはできない,と主張する。
しかし,原告が甲19管理基準表に記載された数値の根拠として,釜石試験分析センター作成の平成9年3月4日付け「調査結果報告」(甲B10)について縷々述べる主張を前提としたとしても,前記1(2)ウ(オ)に説示したとおり,甲19管理基準表の粗面仕様A~Fについては,粗面仕上げの電解エッチング条件によって一定の品質のものが得られると評価できるものである。また,甲19管理基準表について①~⑤の点を指摘でき,管理基準としての体をなしていないとの原告の主張を採用できないことは,前記1(1)ウ(ウ)に説示したとおりである。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
イ 原告は,原告の生産技術センター計画部企画グループのM作成の「報告書」(甲B11)の3頁の表にまとめられているとおり,7種類の針先の先端の曲率半径は,48.5μmから121.7μmの範囲に広がっており,15μmに近いものは存在しないから,誤差の点を考慮しても,7種類の針先の全てが半径15μmの球面であったということはあり得ない,甲B10の各鳥瞰図(例えば,図1-1と図4-1)から視覚的に受ける印象も,これを裏付けるものである,と主張する。
しかし,甲B11における針先端部の曲率半径の計算方法は,甲B11添付の「図2.曲率半径rの計算方法」によれば,「測定範囲」の中心に位置する球面の頂点をAとし,「測定範囲」の最も低い点をBとし,点Aと点Bとの標高差(図2で,ACの長さ)と,点Aと点Bとの間の水平距離(図2で,BCの長さ)とから,三平方の定理を利用して曲率半径rを求めるものであり,ACは甲B10の図1-1等の鳥瞰図の一番高い点(MAX)と一番低い点(MIN)との差に相当する(AC=MAⅩ-MIN)として,曲率半径rを次の式で求めている。
r=(MAX-MIN)/2+BC2/2(MAX-MIN)
そして,原告は,式中の「MAX-MIN」を計算するにあたり,甲B10の図1-1等の鳥瞰図横に記載されている「MAX」と「MIN」を代入して,曲率半径rが,48.5μmから121.7μmとの計算結果を得ている。しかし,甲B10において,その図1-1等の鳥瞰図横に「MAX」,「MIN」として示されている数値が,球面の頂点であるA点及び最も低い点のB点のZ方向の高さを意味していると認めるに足りる証拠はなく,そうすると,鳥瞰図の数値をそのまま代入した結果として,甲B11で使用された7種類の針先の先端の曲率半径が,48.5μmから121.7μmの範囲にばらついているとの原告の上記主張を直ちに首肯することはできない。また,プローブ針の製造に当たり一定程度の製造誤差が生じることに鑑みて甲15における各鳥瞰図を精査すると,その見え方の違いから直ちに,各鳥瞰図のものが明らかに規格から外れているとまでいうこともできず,各図における針先の先端の曲率半径が明らかに異なるとまでいうこともできない。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
(4) 原告は,甲19管理基準表には,どのようにして記載された表面粗さを得るかについての方法は全く記載されておらず,針の先端の形状も記載されていない,と主張する。
しかし,前記認定のとおり,被告のKは,1997年(平成9年)3月6日頃,甲19管理基準表を作成したこと,その後,甲19管理基準表は,被告の営業部門に交付され,被告の製品仕様についての顧客一般に対する説明資料と位置付けられたこと,これを踏まえて,被告の営業担当者は,甲19管理基準表を用いて,岩手東芝,富士通株式会社の担当者に対して被告の製品仕様についての説明をしたことが認められ,甲19管理基準表は,被告の「営業ツール」として被告の顧客一般に対し用いられていたというべきであるから,これに照らせば,甲19管理基準表作成の頃,被告の顧客一般が,被告から現物を入手できたと優に認めることができる。
また,被告は,前記認定のとおり,甲19管理基準表作成前から,針先仕上げ処理として,「粗面仕上げ」と「軽い粗面仕上げ」という2種類の処理仕様を実施していたのであるから,プローブ針の製造販売業者である被告は,その頃から,「粗面仕上げ」や「鏡面仕上げ」(「軽い粗面仕上げ」)のプローブ針を,複数の顧客に対して販売していたと推認することができるところ,これらが甲19管理基準表における粗面仕様「A」及び「E」にそれぞれ相当し,また,甲19管理基準表に開示された表面粗さを有していたのであるから,甲19管理基準表における粗面仕様の表面粗さを有するプローブ針は,本件特許の優先権主張日前から,被告の顧客一般が,そのような表面粗さを持つプローブ針として,入手可能であったといえるものである。
また,プローブ針の先端の形状と表面粗さとは,技術的に見て,ある先端形状とある表面粗さとの組合せが困難であるなど,これらが互いに影響・依存し合う仕様であることを認めるに足りる証拠はなく,技術的には互いに独立した仕様であるというべきであり,甲19管理基準表のようなプローブ針の表面粗さの開示によって,プローブ針に関するひとまとまりの技術思想が開示されたものというべきである。
以上によれば,甲19管理基準表に,どのようにして記載された表面粗さを得るかについての方法が記載されておらず,また,針の先端の形状が記載されていなかったとしても,甲19管理基準表に開示された技術事項をもって,特許法29条1項1号にいう公知の「発明」に該当するというに不足はなく,原告の上記主張は採用できない。
(5) よって,取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(容易性判断に関する誤り)について
(1) 原告は,甲19管理基準表は,公知でもなければ,確定した審決における引用例である甲36(特開平5-273237号公報)に付け加えるべき「発明」を記載しているものでもないから,確定した審決の存在によって,本件の審決は違法となる,と主張する。
しかし,上記1,2で説示したとおり,甲19管理基準表が,公知でもなければ「発明」を記載しているものでもない,ということはできないから,原告の上記主張はその前提を欠くものである。
(2) 原告は,甲19管理基準表には,当業者の技術常識に基づいては理解できない記載があり,このことは,単に動機付けを提供しないのみならず,組合せ阻害事由と評価すべきである,と主張するが,上記1,2の説示に照らし,採用することができない。
(3) 原告は,本件各発明は,甲36(特開平5-273237号公報)からは容易に発明できなかったものである,すなわち,曲率半径が本件各発明の範囲でないものはたとえ表面粗さが0.4μm以下であったとしても良好なコンタクト寿命が得られるという本件各発明の効果を達成することはできないし,曲率半径のみ本件各発明の範囲でも表面粗さが0.4μmを超えると同様に本件各発明の効果を達成することはできない,と主張する。
しかし,本件発明2が,曲率半径と表面粗さが両方満たされた場合にのみ本件発明の効果を奏するものであり,その効果が本件明細書(甲61)の【図8】のグラフに示すように,臨界的意義を有するものであるとしても,この点は,審決において,本件発明2と甲36発明との相違点Bとして認定され,「0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができるという効果は,甲36,…及び甲19管理基準の記載から当業者が予測できる範囲内のものであるというべきであって,格別なものということはできない。したがって,本件発明2は,甲36発明及び甲19管理基準による公知の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,請求項2に係る特許は特許法29条2項の規定に違反してなされたものである。」(22頁18行~25行)と判断されているものであって,このような審決の認定判断に誤りがあるとも認められない。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
(4) よって,取消事由3は理由がない。
4 結論
以上によれば,原告の取消事由の主張はいずれも理由がなく,原告の請求は棄却されるべきである。
(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 本多知成 裁判官 田中孝一)