知財高等裁判所 平成20年(行ケ)10288号 判決 2009年7月21日
原告
株式会社大貴
訴訟代理人弁護士
松田純一
同
鈴木英之
同
佐久間幸司
同
大橋君平
同
伊藤卓
同
西村公芳
訴訟代理人弁理士
滝口昌司
同
大津洋夫
同
松井佳章
被告
ペパーレット株式会社
訴訟代理人弁護士
卜部忠史
同
中島雪枝
同
山内宏光
同復代理人弁護士
小嶋順平
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2007-800166号事件について平成20年6月24日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,被告が特許権者であり発明の名称を「動物用排尿処理材」とする特許第2534031号の請求項1~5について,原告が無効審判請求をしたところ,特許庁が被告がなした訂正請求を認めた上,無効審判請求不成立の審決をしたことから,原告がその取消しを求めた事案である。
争点は,①上記訂正が適法か,並びに,②上記訂正後の請求項1~5に係る発明が下記引用例との関係で新規性(特許法29条1項3号)及び進歩性(特許法29条2項)を有するか,である。
記
・ 特開平6-237660号公報(発明の名称「ペットの糞尿処理用敷き砂およびその製造方法」,出願人前田製管株式会社,公開日平成6年8月30日,甲2。以下「甲2刊行物」といい,これに記載された発明を「甲2発明」という。)
・ 特開平6-237661号公報(発明の名称「茶殻を使用する動物の排泄物処理材」,出願人株式会社大貴,公開日平成6年8月30日,甲3。以下「甲3刊行物」といい,これに記載された発明を「甲3発明」という。)
・ 特開平6-315330号公報(発明の名称「動物の排泄物処理材並びにその製造方法及び装置」,出願人株式会社大貴,公開日平成6年11月15日,甲4。以下「甲4刊行物」といい,これに記載された発明を「甲4発明」という。)
・ 特開平5-328866号公報(発明の名称「動物の排泄物処理材及びその製造方法」,出願人株式会社大貴,公開日平成5年12月14日,甲5。以下「甲5刊行物」といい,これに記載された発明を「甲5発明」という。)
・ 特開平5-328865号公報(発明の名称「動物の排泄物処理材及びその製造方法」,出願人株式会社大貴,公開日平成5年12月14日,甲6。以下「甲6刊行物」といい,これに記載された発明を「甲6発明」という。)
第3当事者の主張
1 請求の原因
(1) 特許庁における手続の経緯
ア 被告は,平成6年12月29日,名称を「動物用排尿処理材」とする発明について特許出願(特願平6-339975号)をし,平成8年6月27日に特許第2534031号として設定登録を受けた(請求項の数5。以下「本件特許」という。特許公報は甲1)。
イ これに対し原告が,平成19年8月17日付けで本件特許の請求項1~5について特許無効審判請求を行ったところ,特許庁は同請求を無効2007-800166号事件として審理し,その中で原告は平成20年4月24日付けで特許請求の範囲の変更を内容とする訂正請求(以下「本件訂正」という。)をしたが,特許庁は,平成20年6月24日,本件訂正を認めた上,「本件審判の請求は,成り立たない」旨の審決をし,その謄本は平成20年6月30日原告に送達された。
(2) 発明の内容
ア 本件訂正前
本件訂正前の特許請求の範囲は,請求項1~5から成るが,その内容は次のとおりである。
・ 【請求項1】
吸水性を有する動物用排尿処理材であって,上記処理材が排尿を吸収すると核部分の色を露見せしめる表層にて被覆されていることを特徴とする動物用排尿処理材。
・ 【請求項2】
上記核部分が表層より暗色系の顔料又は染料にて着色されていることを特徴とする請求項1記載の動物用排尿処理材。
・ 【請求項3】
上記核部分が無機顔料を含有していることを特徴とする請求項1記載の動物用排尿処理材。
・ 【請求項4】
上記核部分が水溶性の顔料又は染料にて着色されていることを特徴とする請求項1記載の動物用排尿処理材。
・ 【請求項5】
上記核部分が白色度の低いパルプから成り,表層が白色度の高いパルプから成ることを特徴とする動物用排尿処理材。
イ 本件訂正後
本件訂正後の特許請求の範囲も,同じく請求項1~5から成るが,その内容は次のとおりである(下線部は本件訂正部分。以下,請求項毎に順に「本件発明1」~「本件発明5」といい,これらを総称して「本件発明」という。甲30が全文訂正明細書)。
・ 【請求項1】
吸水性を有する動物用排尿処理材であって,上記処理材が排尿を吸収すると核部分の色を露見せしめる表層にて被覆した複合層構造を有し,該排尿を吸収した表層を通し該露見が得られ,上記複合層構造にして排尿の有無を判別する構成を有することを特徴とする動物用排尿処理材。
・ 【請求項2】
上記核部分が表層より暗色系の顔料又は染料にて着色されていることを特徴とする請求項1記載の動物用排尿処理材。
・ 【請求項3】
上記核部分が無機顔料を含有していることを特徴とする請求項1記載の動物用排尿処理材。
・ 【請求項4】
上記核部分が水溶性の顔料又は染料にて着色されていることを特徴とする請求項1記載の動物用排尿処理材。
・ 【請求項5】
上記核部分が白色度の低いパルプから成り,表層が白色度の高いパルプから成ることを特徴とする請求項1記載の動物用排尿処理材。
(3) 審決の内容
ア 審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,①本件訂正は,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではないから適法である,②本件発明は,甲2刊行物に記載された発明(甲2発明)と同一であるということはできず,また,甲2~6刊行物から容易に想到できたとはいえない,というものである。
イ なお,審決が認定する甲2発明の内容,本件発明1と甲2発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。
・ <甲2発明の内容>
「珪砂微粉末を含む粘土を主成分とし,ゼオライト粉末,吸水剤,および顔料のメチレンブルー粉末を夫々適量混練して固化した粒状芯体と,該粒状芯体の表面全体を覆う固化促進剤からなる表面被膜層と,該表面被膜層の外表面に付着もしくは浸透させた着色料とから成るペットの糞尿処理用敷き砂であって,
ペットの糞尿がかかって水分を受けると,表面の固化促進剤を通して吸水剤がそれらの水分を粒状芯体内に吸引してメチレンブルーの水分による発色を促し,この過程で表面被膜層である固化促進剤が,浸透してくる水分で崩壊状となって流れ出して粒状体相互を接着させ,糞尿のかかった部分をダンゴ化させながら,発色するメチレンブルーの青色で自らの色を失い,ダンゴ化した部分全体を鮮やかな青色に変色させて,他の元々着色されている表面被膜層のままの敷き砂部分と一目で区別されるようにしたペットの糞尿処理用敷き砂。」
・ <一致点>
甲2発明と本件発明1とは,「吸水性を有する動物用排尿処理材であって,上記処理材が排尿を吸収すると核部分の色を露見せしめる表層にて被覆した複合層構造を有する動物用排尿処理材。」という点で一致する。
・ <相違点>
本件発明1は,「排尿を吸収した表層を通し該露見が得られ,複合層構造にして排尿の有無を判別する」とう点で甲2発明と相違する。
(4) 審決の取消事由
しかしながら,審決には以下のとおりの誤りがあるから,違法として取り消されるべきである。
ア 取消事由1(本件訂正を認めた判断の誤り)
(ア) 請求項1に係る訂正の目的制限違反,実質拡張・変更の禁止違反
a 本件訂正における請求項1の訂正事項は,訂正前の特許発明1の構成に欠くことのできない事項に,「した複合層構造を有し,該排尿を吸収した表層を通し該露見が得られ,上記複合層構造にして,排尿の有無を判別する構造を有する」という字句を加入したものである。
ところで,本件訂正請求書(甲29)によれば,本件訂正の目的は平成6年法律第116号による改正前の特許法134条2項ただし書が規定する訂正の目的制限における「明りょうでない記載の釈明」(3号)であるとされているが,本件特許にどのような不明瞭な点があるのか,それをどのように明瞭にしたのか全く不明である。本件訂正前の請求項1は,格別不明瞭な記載がないとして特許され,権利化されて12年以上継続していたものであり,特許無効審判手続中においても,請求項1に「明りょうでない記載」があるとの指摘はなかった。
したがって,このように格別不明瞭でも誤記でもない記載をいたずらに訂正することは,「明りょうでない記載の釈明」には該当しない。
b 訂正請求において訂正事項が請求項についての訂正事項である場合,訂正要件を充たしているか否かは,当該請求項毎に判断すべきである。
この点,訂正請求書(甲29)によれば,被告は,訂正事項1を,①「複合層構造を有し,」,②「該排尿を吸収した表層を通し該露見が得られ,」,③「上記複合層構造にして,排尿の有無を判別する構造を有する」に3分割した上で,それらの部分のいずれについてもその訂正の目的は「特許請求の範囲の減縮」でもあるから本件訂正は適法であると主張するが,当該訂正事項が「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものか否かについての判断は,各請求項について行うべき事項であり,請求項内を分割して部分的な構成要素毎に判断すべき性質のものではないから,このように分割し,一部分だけについて訂正目的を主張することは失当である。このような主張は,本来請求項毎に判断しなければならない問題を,構成要素毎に判断する問題にすりかえた,不当なものである。
そして,審決も,本件訂正における請求項1の訂正事項を,上記①と②及び③との2つに分解し,上記①については明りょうでない記載の釈明を目的とするものであるとし,上記②及び③については「特許請求の範囲の減縮」と認定して,この訂正の目的の適法性を認めている。
このように,審決の認定判断は,すりかえ論に基づいて訂正の目的の適法性を認めている点で,不当である。
c 審決は,請求項1に関する訂正事項のうち,「該排尿を吸収した表層を通し該露見が得られ,上記複合層構造にして,排尿の有無を判別する構造を有する」という記載を加入する点について,
Ⅰ) 核部分の色を露見せしめ,排尿の有無を判別する構成について,
Ⅱ) 排尿を吸収した表層を通して露見が得られること,
Ⅲ) 及び,複合層構造の状態で,排尿の有無を判別する(構造にする)こと
に限定するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるとする(審決3頁13行~18行)。
この点,上記Ⅱ),Ⅲ)に記載する限定は,Ⅰ)「核部分の色を露見せしめ,排尿の有無を判別する構成について,」の限定事項であるところ,訂正前の請求項1の特許発明の構成事項には,「核部分の色を露見せしめ,排尿の有無を判別する構成」であることは記載されていない。つまり,本件訂正は,本件特許明細書(特許公報,甲1)に記載された事項の範囲内ではあるが,本件訂正前の特許請求の範囲(請求項1)に記載された発明の必須構成要件以外の事項について技術的に限定を加えたものであるから,このような訂正は,「特許請求の範囲の減縮」には該当しない。
殊に,審決が認定する上記Ⅲ)については,そのような意味の技術的構成要素や技術的事項は本件訂正前の特許請求の範囲に記載されていないし,本件特許明細書には当初から一切記載されておらず,これは実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものである。
この点審決は,「複合層構造を有し」との訂正事項と,「該排尿を吸収した表層を通し該露見が得られ,上記複合層構造にして,排尿の有無を判別する構造を有する」との訂正事項の両方の根拠として,本件特許明細書(甲1)の段落【0004】に,「…複合層構造にして排尿の有無を判別できるようにした思想を提供する。…」と記載されていることを挙げるが,上記記載は,単に「核部分を表層で被覆する複合構造にしたので」と本件発明の基本的構成を明確にしただけの意味である。意味の異なる上記両訂正事項の根拠として当該記載を用いるのは,論理的に矛盾するものである。
d 本件訂正請求書(甲29)は,請求項1の訂正事項の意味について,「本発明は,処理材が排尿を吸収すると,核部分を表層で被覆した複合層構造を保ちつつ,即ち表層による被覆状態を保ちつつ,核部分の色が表層を通して露見(透過露見,滲潤露見)し,排尿の有無の判別(使用前,使用後の判別)が行える構造にしたことを特徴とするものであり,…」(4頁2行~6行目)と説明するが,本件訂正前の請求項1には,そのような趣旨の技術的思想の記載はないし,本件特許明細書の中にも,このような意味の実質的な技術的事項の記載は一切なく,このような訂正請求を容認した点において,審決は誤りである。
また,本件特許の出願日(平成6年12月29日)より前に,核部分に表層を安定して形成することは,未だ技術的に確立されていない状態にあり,本件特許明細書(甲1)には,この表層の形成に関し,単に素材を示すのみで,同素材を使用していかに表層を形成するかについて,具体的事例はもとより,何も記載されていない。
しかも,被告は,「職権審理結果通知書」(甲28)記載の無効理由に対する意見書(甲31)において,甲2発明の問題点として,「更に,表層の崩壊流出を活性に誘起せしめるための格別の設計仕様が要求され,このため排尿によって活性な崩壊流出が得られるベントナイトの如き材料に限定される。」(4頁下2行~5頁1行)と主張しており,本件特許明細書(甲1))には,表層をベントナイトで形層する旨の記載(段落【0020】)があることからすれば,本件特許発明においてベントナイトを何の手当てもなく表層にした場合,当然に,排尿によって表層の崩壊状の流出が避けられないことになる。
そうすると,「表層による被覆状態を保ちつつ核部分の色が表層を通して露見し,排尿の判別が行える構造」という意味内容の訂正事項は,願書に最初に添付した明細書又は図面に記載がない事項である上,「ベントナイトに何らかの手段を講じること」を含ませるものである点で願書に最初に添付した明細書に記載されていない事項をも含むものであるから,願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内のものではない。
(イ) 請求項2~4に係る訂正の審理不尽
本件訂正は,①請求項1についての訂正事項,②請求項5についての訂正事項の2つだけであり,審決も,この2つの訂正事項についてのみ,判断を示している。しかし,本件特許では,請求項2~5は引用形式の請求項であり,独立形式の請求項1を引用しているから,請求項1を訂正した場合,実質的にはそれを引用している請求項2ないし5も訂正されたことになる。
そうすると,本件訂正の適否を判断するためには,請求項2ないし5の訂正要件適合性も審理されなければならないことになるが,審決は,訂正要件の適否の判断をするに際して,訂正事項は請求項1と請求項5の2つだけであると認定し,請求項2ないし4に関する訂正事項の存在を看過して,それらの訂正要件適合性を全く審理しなかった。
したがって,審決が本件訂正を認めた判断には,訂正要件適合性に関する審理不尽の違法がある。
(ウ) 請求項2~4に係る訂正の目的制限違反,実質拡張・変更の禁止違反,特許請求の範囲の記載要件違反
a 前記(ア)のとおり,請求項1の訂正が訂正要件違反である以上,その従属項である請求項2~請求項4についても同じように訂正要件違反となり,その訂正は容認されない。
b また,本件特許の請求項2~4の記載は,引用する請求項1の特許発明の技術的特徴をすべて備えていることを前提に,その構成要素である「核部分」を具体的に加筆特定して実施態様にしたものであるから,その加筆特定した「核部分」が,訂正後の特許発明の実施態様として特許請求の範囲の記載要件を満足させるものであるか否かについて検討する必要があり,更にそれが特許請求の範囲実質的な変更や拡張になっていないことを確認する必要がある。
この点,本件訂正前の特許発明の基本構成は,表層が核部分を被覆していることを特徴とする動物用排尿処理材であり,その構成要素である「表層」は「排尿を吸収すると核部分の色を露見せしめる表層」と特定されているが,構成要素である「核部分」については,特定が一切なされていない。
そうすると,本件特許発明の目的や作用,効果を実現するのは「表層」の特性に起因するのであって,「核部分」は,何でもよいというのが,訂正前の特許発明1の技術思想であり,それが発明の特徴である。
これに対し,本件訂正後の本件発明1は,技術的思想として次の4つの事項を特徴として備えた動物用排尿処理材物に訂正されたものである。
① 「核部分を表層で被覆した複合層構造」であること
② 「表層」は「排尿を吸収すると核部分の色を露見せしめる表層」であること
③ 「排尿を吸収した表層を通して露見が得られ」構造であること
④ 「複合層構造にして排尿の有無を判別する構造を有する」こと
上記②③④は,例えば材料,原料,構造,大きさ,重さ,色彩,明度差,染料・顔料の有無,色の変化などの具体的な物の構成を特定しているのではなく,作用的,機能的表現で記載するものであり,このように請求項を作用的,機能的表現方法で記載することは,上記作用や機能が実現できる訂正後の本件発明の構成に欠くことができない事項のみを記載したものとはいえない。
したがって,このような記載は平成6年法律第116号による改正前の特許法(以下「旧法」という。)36条5項2号に違反するものである。
<判決注>上記36条5項2号の規定は,次のとおり。
「二 特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載した項(以下「請求項」という。)に区分してあること。」
c 仮に,権利発生後の訂正請求により請求項を作用的,機能的表現方法で記載する訂正が認められるのだとしても,本件訂正によって特許発明の技術的特徴が変わった以上,その構成要素である「表層」や「核部分」は上記③④の作用や機能を実現するに必要な構成要件を備えたものになっていなければならない。つまり,「核部分の色が表層を通して露見」するには,「表層」と「核部分」とが,表層を通して露見するために必要な具体的な構成上の特性や条件を備えていなければならないし,同時に「複合層構造にして排尿の有無を判別する」作用や機能が実現するための具体的な構成上の特性や条件が備わっていなければならない。
換言すれば,当業者間の技術的常識として,「複合層構造にし,核部分の色が表層を通して露見する」ようにするとともに「複合層構造にして排尿の有無を判別する」ようにするには,複合層構造を形成する「表層」と「核部分」の両方に,材料,原料,構造,大きさ,重さ,色彩,明度差,染料・顔料の有無,色の変化,水分を吸収した際の透光性の変化などの具体的な条件が備わっていなければ,本件訂正後の本件発明の実施態様項にはなり得ない。
それにもかかわらず,本件訂正後の請求項2~4の記載には全く変化がなく,具体的な特性や条件の特定もなされていない。これでは訂正後の特許発明の構成要件を充足させるに必要な「構成に欠くことのできない事項」が記載されているとはいえない。
したがって,本件訂正が容認されることによって請求項2~4は旧法36条5項2号違反となる。
(エ) 請求項5に係る訂正の目的制限違反,実質拡張・変更の禁止違反
a 審決は,請求項5の記載を独立形式から引用形式の従属項に訂正する本件訂正は,単に「誤記の訂正」を目的とするものであるとして,これを認めたものである。
ところで,「誤記の訂正」とは,本来その意であることが明細書又は図面の記載などから明らかな内容の字句に正すことをいい,訂正前の記載が当然に訂正後の記載と同一の意味を示すものと客観的に認められるものをいう。
この点,請求項5に係る本件訂正は,表面的には,独立形式の記載要件を引用形式に訂正するだけのようであるが,引用する請求項1の訂正に伴い,同時に請求項5の技術的事項も訂正しているものである。すなわち,請求項1と請求項5を同時に訂正することにより,請求項5の特許発明の内容を実質的に変更するものであり,このような訂正は,単なる誤記の訂正を目的とするものではない。
審決は,このように本件訂正が実質的に特許発明の技術的内容を変更するものであることを看過して,単なる「誤記の訂正」であるとしたものであり,明らかに訂正要件違反の違法がある。
b また,前記(ア)のとおり,請求項1の訂正が訂正要件違反である以上,その従属項である請求項5についても同じように訂正要件違反となり,その訂正は容認されない。
イ 取消事由2(相違点認定の誤り・新規性の欠如)
(ア) 審決は,甲2刊行物の段落【0011】,段落【0018】~段落【0020】の記載を根拠として,甲2発明は表面被覆層が水分により崩壊することにより,粒状芯体に含まれるメチレンブルーの青色が現れるものであって,本件発明1のように排尿を吸収した表層を通して露見が得られ,複合層構造にして排尿の有無を判別するという構成を有するものではないとして,両発明は同一でないとする。
(イ) しかし,当然のことながら,猫の1回の排尿量(約10CC~20CC,多くてもせいぜい50CC程度)の水分量が振りかけられたとしても,造粒物の表面には表層の物質(ベントナイトなど)が残留しており,この残されて付着している表層を通して,核部分の色が露見するものである。審決の挙げる上記記載からは,粒状芯体(造粒物)の表層がすべてなくなったり,表層がはげて粒状芯体(核部分)がすべてむき出しになることまで認定することはできないし,表層がすべてなくなって「表層を通し」といえないような状況が生ずることまでを示唆しているとは到底いえない。
この点,甲2刊行物に記載された表層の一部が崩壊状となる旨の表現は,粒状体相互を接着させ,あるいはダンゴ化するという文脈での説明にすぎず,表層がすべて崩壊するものではない。甲2刊行物において,「…表面被覆層である固化促進剤が,浸透してくる水分で崩壊状となって流れ出して粒状体相互を接着させ,糞尿のかかった部分をダンゴ化させながら,内部から吹き出してくるように発色するメチレンブルーの鮮やかな青色に自らの色を失い,ダンゴ化した部分全体を鮮やかな青色に変色させてしまい,他の元々着色されている表面被覆層のままの敷き砂部分と一目で区分されるようにする。…」(段落【0019】)との記載における「自ら」とは「着色されている表面被覆層」を意味し,それに続く「ダンゴ化した部分全体」とは「表面被覆層である固化促進剤が,浸透してくる水分で崩壊状となって流れ出して粒状体相互を接着させ,糞尿のかかった部分をダンゴ化」した分全体を意味するから,上記記載は,粒状芯体に糞尿のかかった後においても,粒状芯体面上に表面被覆層が存在し,「ダンゴ化した部分全体を鮮やかな青色に変色させてしまい,他の元々着色されている表面被覆層のままの敷き砂部分と一目で区分されるようにする」ことを示しているのである。
(ウ) これに対し被告は,甲2発明では,表層に用いられたベントナイトが吸水したときには崩壊流出する旨主張するが,誤りである。
原告は,甲2刊行物の記載内容,技術的意義を明らかにする目的で,公証人立会の下で実験を行い,その経過と結果を事実実験公正証書(甲34,以下「甲34公正証書」といい,そこに記載された実験を「甲34実験」という。)として報告した。この実験は,甲2刊行物記載の敷き砂(動物用排尿処理材)を実際に製造し,これに水分をかけ,その変化を確認するというものである。
甲34実験の結果,試料1及び試料2はそれぞれ水を吸収し,約30分経過後には,次のような状態となった。
「いずれも水が振りかかった部分の粒はその表面が溶けて周囲の水の振りかかった粒同士を付着させて固まり付いている様に見えたが,各試料そのものは表層を残して原形を保っており,試料1については,粒状芯体に含まれる発色剤であるメチレンブルーが表層にしみあがりブルーに発色させている様に見受けられた(写真27,28及び33)」
このブルーに発色した試料1は,保存用に乾燥させた後も,「ブルーを呈していた。」
すなわち,当業者が甲2刊行物の記載に従って製造した動物用排尿処理材は,吸水すると粒状芯体(核部分)に含まれる顔料のメチレンブルーが表層にしみ上がり,ブルーに発色するのである。その結果,排尿の有無も判別できた。
上記のとおりの実験結果から,甲2発明の構成では表層が水分で崩壊して流れ出すから,表層を通した複合層構造の状態での露見が得られない旨の被告の主張が,誤りであることは明らかである。
被告の主張は,要するに,本件発明にあっては,表層が水分の吸収後も吸収前と同一な状態を維持するのに対して,甲2発明にあっては,表層が水分の吸収後はすべてどこかに流出して完全に消失するというものであるが,そのような極端な現象は全く起こり得ないものであるから,そもそも,甲2刊行物の「崩壊」との文言は,そのような表層の一切の消失を意味するものではないのである。
この点,本件発明においても,表層の状態が水分の吸収によって変化することは避けられない。そうでなければ,吸水により核部分の色が表層を透過するようになったり,表層が顔料の浸透を許容したりするわけがないからである。また,本件発明には,表層の変化を一切排除する趣旨は含まれていない。それは,本件特許明細書が表層の材質として甲2刊行物と同じベントナイトを挙げていることなどから明らかである。
そして,甲2刊行物における処理材は,表層の組成材である固化促進剤が「残存した状態」でダンゴ化しているのである。すなわち,吸水があった場合に,固化促進剤が粒状の処理材と処理材との間にのみ流れ込む一方で,これによってダンゴ化した塊の外表面を構成する処理材につき外表面側の固化促進剤が一切消失する(そして,核部分が露出する)などという現象は,およそ生じ得ない。当然,固化促進剤が残存した状態でダンゴ化するのである。
上記実験は,そのことをよく示すものといえる。
(エ) したがって,上記相違点があると認定したことは誤りであり,このように誤りなく甲2発明を認定すれば,甲2発明と本件発明1とは同一発明であるから,本件発明1は新規性の欠如により無効である。
ウ 取消事由3(本件発明1の進歩性判断の誤り)
(ア) 甲2発明と甲3~6発明との組合せ
a 審決の認定する前記相違点を前提にしても,甲4刊行物には,2層になっている(表層と核部分の複合層を維持したまま)動物用排尿処理材の内部ないし母材(本件発明における「核部分」に該当)の色が浸潤したり透過して表層を通して見えるようになることが,実質的に記載されて,示唆,開示されている。
すなわち,原告は,公証人立会の下,実験を行い,その結果を事実実験公正証書(甲33,以下「甲33公正証書」といい,当該実験を「甲33実験」という。)により報告した。甲33実験は,本件特許に無効事由があることを明らかにするため,甲4刊行物記載の実施例7の動物の排泄物処理材を,同記載の製造方法に従って実際に製造し,これに水分をかけ,その変化を確認するものである。
甲33実験の結果,アンモニア水がかかった上記試料の表層部は,核部と同様のコーヒー色を呈し,目視により周囲のアンモニア水が降りかからなかった試料と判別可能であることが確認された。また,半透明様になった表層部から核部のコーヒー色が透けて見える状況も報告された。これにより,核部分に含有された材料の色であるコーヒー色が表層を通じてしみ出して浸潤する露見状況及び核部分のコーヒー色が半透明様の状態になった表層を通じ,透過して露見する状況が確認できた(写真31,写真36)。
したがって,甲4刊行物からは,本件特許出願時における周知慣用技術として,「吸水性を有する動物の排泄物処理材であって,造粒部(本件特許の「核部分」に相当する。コーヒー類似の茶色ないし茶灰色。)が,表面着色部(本件特許の「表層」に相当する。白色。)にて被覆されていることを特徴とする動物の排泄物処理材」との構成に係る動物の排泄物処理材が製作されており,同排泄物処理材は,実質的に,「前記処理材が排尿などの水分を吸収したときに,残された表面着色部(表層)に造粒部の色(核部分であるコーヒー類似の茶色ないし茶灰色)が染み出して,あるいは,造粒部の色(核部分であるコーヒー類似の茶色ないし茶灰色)が半透明様になった表層を通して見える状態となるものであること」との性質を有するものであったことが認められる。
そうすると,少なくとも甲4刊行物には,2層になっている(表層と核部分の複合層を維持したまま)動物用排尿処理材の内部ないし母材(本件特許における「核部分」に該当)の色が,浸潤したりあるいは透過して表層を通して見えるようになることが,実質的に記載されて示唆,開示されているといえるから,本件特許出願時の当業者が甲4刊行物に接した際には,上記構成ないし性質について開示され,示唆を受ける(すなわちこれらが実質的には記載され,あるいは当時の技術水準・技術常識である)と認められる。また,甲3~甲6刊行物は,いずれも表層は紙粉で形成し,その核部分の材料につき甲4発明における「コーヒー抽出液抽出残渣」を,「茶殻」(甲3発明),「チャコールフィルターパルプスラッジ」(甲5発明),「木粉」(甲6発明)に置き換えたものにすぎないから,これら各文献は,当業者に対しては(排尿や水分を吸収する前はともかく)「表層」が「排尿を吸収すると核部分の色を露見せしめる」という構成が,実質的に記載されて示唆,開示されていると認められる。
b これに対し被告は,甲33実験の結果について論難するが,いずれも理由がない。
(a) 被告は,吸水した後も複合層構造を維持したまま核部分の着色料の色が表層を透過して又は滲潤して見えるとはいい難いなどと主張するが,甲33実験の結果は,核部分のコーヒー色が滲潤あるいは透過により白色の表層を通して露見することを示すものである。「吸水した後も複合層構造を維持したまま核部分の着色料の色が表層を透過して又は滲潤して見える」ことについては,同実験に立ち会った公証人の言からも疑いを容れる余地がない。
(b) 被告は,甲33公正証書の写真38だけを根拠に上記主張に及んでいるが,写真38においてコーヒー色を呈する部分の中にも色の濃淡があり,コーヒー色の濃いところはそれだけ白色の表層が溶け,コーヒー色の薄いところはそれだけ白色の表層が残存していると考えられる。つまり,特にコーヒー色の薄いところについては,吸水した後も複合層構造が維持されているといえ,被告の上記主張は理由がない。
(c) 被告は,甲33実験は,チョッパーからの押し出し成形を3度行ったことによって,造粒物の水分が滲み出して紙粉をもコーヒー色に染めてしまった点で,「灰色の造粒物」を形成した旨が記載されている甲4刊行物の例7の再現とはいえず,甲4の例7に比して,吸水により下層部分の色が見えやすくなってものであると主張する。
しかし,被告も認識しているように,押し出し成形前の混合物の色(写真18)と押し出し成形後の造粒物の色(写真19,21)とは,同じような色であり,押し出し成形の前後で被告が主張するような色の変化は生じていない。また,甲4刊行物の例7で使用する押出機のスクリュー部分の長さは,甲33実験で使用する押出機に比べ,大きな長さを有する大型のものであり,攪拌押し出し時にかかるスクリューの圧力も甲33実験に比べ大きくなっている。そのため,甲33実験では,押し出し成形時のスクリューによる攪拌押し出しの条件を甲4刊行物の例7と同程度とするために押し出し成形の回数を増やしたものである。
したがって,仮に,押し出し成形時に,コーヒー抽出液抽出残渣に含まれる水分が圧力により滲み出ることがあるとしても,甲33実験におけるその量が甲4刊行物の例7に比べて多くなることはあり得ない。
なお,甲4刊行物には「灰色の造粒物」との記載がある一方,甲33実験では写真19,写真21から造粒物が褐色に近い色にみえるかもしれないが,写真19からも見て取れるように,その造粒物の褐色は灰色がかっているところがある。甲4刊行物の例7の記載に従って当業者が製造すると,造粒物は鮮やかな褐色と鮮やかな灰色の中間的な色になるところ,原告は,造粒物の色がその中間的な範囲の中でどのように定まるのかにつき検証を尽くしておらず,被告のように紙粉がコーヒー色に染まる程度で定まると断言することはできないが,たとえこの点に関する被告の理解が正しくても,あるいは,他の理由があるとしても,いずれにせよ,造粒物の色は上記中間的な範囲の中で製造誤差により変わり得るものだと解される。
そして,たとえ得られた造粒物が灰色に近いものであったとしても,その色は表層の白色よりも濃いのであるから,「吸水した後も複合層構造を維持したまま核部分の着色料の色が表層を透過して又は滲潤して見える」ことについては変わりがない。
(d) 被告は,甲33実験は,甲4刊行物の例7と配合物質が異なるとか,噴霧ノズルでなく手で振りかけて被覆物質を塗布しているとか,ポリビニルアルコールの濃度・使用量が異なる余地があるとか,用いた紙粉が吸水性ポリマーを含有しておりその分紙繊維の量が少ないなどと,些細な点をいたずらに攻撃している。
しかし,例えば配合物質に関して高吸水性樹脂ハイモサブの品番が甲33実験と甲4刊行物の例7で異なるといっても,製造元のハイモ株式会社において同等品との確認を得ている。
また,甲33実験では被覆物質を手で振りかけているといっても,使用した素材や使用量は甲4刊行物の例7に倣っている。しかも,一般的には機械噴霧の方がコーティングを薄くしやすいので,甲33実験における表層の方が甲4刊行物の例7における表層よりも薄くなっていることはなくても,厚くなっている可能性があり,にもかかわらず,甲33実験において,表層を通した露見が得られているのである。
また,ポリビニルアルコールの濃度・使用量が異なる余地があるとか,用いた紙粉が吸水性ポリマーを含有しておりその分紙繊維の量が少ないという主張についても,甲4刊行物の例7では,ポリビニルアルコールは溶液としてではなく粉末状で添加されるものであり,再現実験においても,その添加方法は同じものである。したがって,被告が主張するポリビニルアルコールの使用濃度は考慮する必要がなく,再現実験における使用量は甲4刊行物の例7を忠実に再現したものとなっている。
また,甲4刊行物の例7及び甲33実験で使用する紙粉は,いずれも紙おむつ由来の紙粉であり,両者で使用する紙粉に差異はない。
c 以上によれば,甲2発明と甲3発明~甲6発明(少なくとも,甲4刊行物における実施例7の記載)を組み合わせることで,前記相違点の構成は容易に想到することができるというべきである。審決が,甲3~甲6刊行物に前記a,bに関する記載ないし示唆がない旨認定したことは明確な誤りであり,少なくとも甲4刊行物の実施例7に関して甲33実験で明らかになった表層の性質(露見の仕方)について,見落としがある。
d なお,そもそも,審決は,甲3発明は,茶殻の緑色ないし褐色の色を隠すために,茶殻を含む造粒物の表面を着色物の層で被覆しているものであると認定するが,仮に核部分である茶殻等の色を隠す目的があったとしても,水や尿がかかった後も引き続きその色を隠す構成や性状は甲3刊行物等に開示されていないことを看過している。
また,この動物用排泄物処理材自体それほど大きな粒ではない(せいぜい核部分と表層とを合わせて直径約10ミリ程度の球状ないし円筒形状。甲3刊行物の実施例1は直径6ミリ,長さ7ミリの略円筒形の動物の排泄物処理材,甲4刊行物の実施例7の動物の排泄物処理材は直径5ミリ,長さ10ミリにすぎない)。実際にも,甲33実験で製造された甲4刊行物の実施例7に係る試料の表層(紙紛を主原料とする)の厚さは,0.4ミリ~1ミリ程度であった(甲33・17頁)。
それにもかかわらず,その紙紛などで形成される表層がきわめて分厚いものであるかのように認定していること自体,当業者の技術水準・技術常識を誤って認定していることの証しである。
e 以上に対し,被告は,甲4刊行物の段落【0003】,【0021】の記載を引用して,甲4発明は,排尿を吸収しても核部分の色が見えないようにすることをその発明の目的とするものである等と主張するが,これらの記載は,排尿吸収後のことを説明するものではない。
すなわち,上記段落【0003】における,コーヒー抽出液抽出残渣の褐色の色彩による動物排泄物処理材としての商品価値の低下についての記載は,動物排泄物処理材を箱状容器等に充填し,室内に設置して猫のトイレとして使用するときの室内の調度との調和,衛生感などを問題としており,排尿吸収後の色彩を問題としているのではない。このことは,甲4刊行物の「【作用】本発明において,動物の排泄物処理材は,脱臭に優れるコーヒー抽出液抽出残渣を含む造粒物が…コーヒー特有の褐色の色が隠されて,排泄物処理材の使用時における,例えば室内の調度との調和,衛生感,使用者の好み及び色彩雰囲気等に応じることが可能…」(段落【0021】)との記載及び「…使用場所の色調に合わせて,種々の色調,即ち適宜の色彩の排泄物処理材を選ぶことが可能となり…」(段落【0076】)との記載の示すところであり,また,動物の排泄物処理材の通常の使用形態を考えても理解できるところである。
また,甲4刊行物に,「…猫が排泄に使用後,この猫のトイレ用の砂は,猫が排泄した部分については,容易に取り出すことができた。…」(段落【0067】)と記載されているように,猫砂等の動物排泄物処理材において,排尿吸収が確認されれば,良好な室内環境を保つために,その時点で排尿吸収部分を取り除くことが一般的であり,排尿を吸収した状態のままで猫砂等を放置しておくことはあり得ない。そうだとすれば,室内の調度との調和,衛生感などを使用後の猫砂等の色彩との関連で考慮することは通常の使用形態からすればあり得ないことであるから,甲4刊行物の上記記載は,排尿吸収後のことを説明するものではなく,排尿吸収前の動物の排泄物処理材を室内に設置する際の色彩を問題としているということができる。
f また被告は,甲4刊行物の段落【0006】の記載を引用して,甲4発明が核部分の色が透けて見え又は核部分の色がしみ出して見える性質を持つとの思想を有しているとはいえないと主張する。
しかし,上記段落【0006】には,白色の着色物質として最初に紙粉が挙げられており,この紙粉は本件発明で表層に用いられているパルプ粉と同様のものであり,吸水状態では下層の色が透視可能であり,下層の色がしみ出してくるものである。
したがって,甲4発明の処理材において,表面着色部は排尿吸収前では下層の色を隠すものであることは当然であるが,そうだからといって,排尿吸収後においては,核部分の色が透けて見え又は核部分の色がしみ出して見える性質を有することを否定するものではなく,実際にも,実施例7の再現実験である甲33実験に示すとおり,排尿の吸収により核部分の色が透けて見え又は核部分の色がしみ出して見えるものである。
g 甲4刊行物の実施例の例1から例3は着色物質として炭酸カルシウムを使用しているところ,被告は,この炭酸カルシウムの使用を根拠に,甲4発明では排尿の吸収によっても変色しないことが指向されている旨主張する。
しかし,甲4発明は,動物用排尿処理材の発明において,処理材が排尿を吸収しても表層が炭酸カルシウムのように不透明である動物用排尿処理材の発明のみを包含するものでなく,例えば,甲4刊行物の例7に示すように,処理材が排尿を吸収すると表層が透明になり,核部分の色が表層を通して見えるようになる動物用排尿処理材の発明をも包含するものであるから,炭酸カルシウムの使用を根拠に,排尿の吸収によっても変色しないことのみが指向されているということはできない。
また,変色することを指向する本件発明1においても,炭酸カルシウムを使用することが本件特許公報(甲1)の段落【0007】及び【0023】に記載され,さらに,段落【0020】でも表層をベントナイト等の無機物で形成することが記載されている。
したがって,被告の上記主張は,本件発明の記載と矛盾するものであり,採用されるべきものではない。
h 被告は,甲4刊行物の例4及び例5を挙げて,甲4発明は,核部分の色が透けて見え又は核部分の色がしみ出して見える性質を持つとの思想を有しているとはいえないと主張する。
しかし,前記のとおり,本件特許公報(甲1)では有機物からなる処理材に炭酸カルシウム等の無機物を配合し,遮光性を有する無機物,例えばベントナイト等で表層を形成しても露見構造を形成できることが記載されている。
そうすると,上記例4及び例5で着色物質や噴霧材料に炭酸カルシウムを使用しているとしても,その使用をもって,同発明が「当然に核部分の色が透けて見え又は核部分の色がしみ出して見える性質を有しても構わないという思想を有している」ことを否定する根拠とはならない。
また,核部分の材料にコーヒー抽出液抽出残渣を使用した場合,排尿の吸収量によっては,抽出されずに残っていたコーヒー成分がコーヒー抽出液抽出残渣からしみ出すこともある。そうであれば,処理材の造粒物及び噴霧材料が白色であったとしても,そのことが,核部分の色がしみ出して見えることを否定する根拠にはならない。
さらに,同じ白色という言葉であっても,コーヒー抽出液抽出残渣を含む造粒物の色とそれらを含まない被覆物質の色とが全く同じとまではいえず,両者が区別可能な程度の差異を有することを否定することはできない。
i 被告は,甲4刊行物の例6の尿pH指示薬が塗布された実施例に基づき,甲4発明は,核部分の色が見えるようになることは予定していないことを読み取ることができる旨主張し,さらに,甲4発明が,排尿により,指示薬の発色のほかに核部分の色が透けて見え又はしみ出して見えるような性質を持つとの思想を有しているとはいえないとも主張する。
しかし,尿pH指示薬を用いる例は,甲4刊行物の実施例における例1から例10の中の1例のみにすぎない。むしろ,被告は,造粒物の色と被覆物質の色が異なる実施例であるところの例7から例10に触れることを殊更に避けている。その中の例7は,甲33実験に示すとおり,実際に排尿の吸収により核部分の色が透けて見え又は核部分の色がしみ出して見えるものであることが確認されている。
したがって,例6の一例のみをもって,甲4発明が核部分の色が見えるようになることは予定していないとはいえず,被告主張は誤りである。
(イ) 甲2発明と周知技術(甲25,甲26)との組合せ
本件発明と同じ動物用排尿処理材の分野において,排尿の吸収により色の変化が露見して判別できる機能を有する動物用排尿処理材は,甲2発明のほか,甲25刊行物(特開平4-112731号公報,発明の名称「日用品」,出願人株式会社大貴,公開日平成4年4月14日。以下「甲25刊行物」といい,同記載の発明を「甲25発明」という。),甲26刊行物(実願平3-89902号〔実開平5-39259号〕のCD-ROM,考案の名称「排尿検知シート」,出願人大日本印刷株式会社,公開日平成5年5月28日。以下「甲26刊行物」といい,同記載の発明を「甲26発明」という。)等,本件特許出願前において既に周知技術であった。
特に,甲25・26刊行物に示された先行技術は,その色の露見が表層を通して排尿の有無を判別できる方式のものであり,しかも,その被覆した複合層構造は,色が変化した後でも保たれたままの技術である。
すなわち,甲25刊行物には,請求項2において,第1シート,第2シート,第3シートからなる複合層構造にして,その第3シートに所要インキを含浸,塗布,印刷された日用品(ペット用砂,ペット用シート)が記載されており,これは排尿の検知を色の変化の露見によって検知し,しかもその検知方式は,第1シート(表層)を通して判別するものである。更に実施例では,当該第1シートはレーヨンからなる不織布と記載されており,水分は通過するが崩壊するようなものではないから,その被覆した複合層構造は,色が変化した後でも保たれたままになっている。
次に,甲26刊行物には,「水分吸収材の一側面に,水濡れによって色彩変化を生ずる濡れ検出部材を配したことを特徴とする排尿検知シート。」が記載されており,その図1,図2に示すように,実施例では,当該排尿検知シートを外包で被覆した複合層構造になっているペット用トイレシートが記載されている。そして,「このように作製したペット用トイレシートにスポイトで生理用食塩水を滴下したところ該当部分が,直ちに紫色に変色するのが外部より認められた。」(7頁6行~7行)として,外包を通して色が変化することを外部から認めることができた旨明記されている。これは透過露見方式そのものであり,本件発明と共通した構成,作用,効果を有する技術である。
したがって,本件発明1は,甲2発明に甲25刊行物,甲26刊行物で示された周知技術を加えただけのものであるから,その意味でも容易想到である。
エ 取消事由4(本件発明2~5の進歩性判断の誤り)
(ア) 本件発明2~4における本件発明1の構成に付加された構成は,いずれも甲2刊行物に記載されている。
したがって,甲2発明と前記ウに述べた甲4刊行物の記載を組み合わせることで,本件発明2~4は容易に想到することができる。
(イ) 本件発明5における本件発明1に付加された構成は,甲4刊行物の実施例7において示唆されている内容そのものであるから,甲2発明と甲4刊行物とを組み合わせることで,本件発明5は容易に想到することができる。
2 請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(3)の各事実はいずれも認めるが,同(4)は争う。
3 被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
(1) 取消事由1に対し
ア 請求項1に係る訂正につき
(ア) 原告は,訂正前請求項1の記載内容は格別不明瞭ではないから,「明りょうでない記載の釈明」としての訂正は認められないし,訂正により付加されたのは新たな技術的事項であって,訂正前の特許請求の範囲に記載された事項に基づくものではないから,「特許請求の範囲の減縮」としての訂正も認められない旨主張する。
訂正請求が訂正要件を充たしているかどうかは各訂正事項毎に訂正要件の適合性が判断され,訂正要件のうち訂正の目的制限は,①特許請求の範囲の減縮,②誤記又は誤訳の訂正,③明りょうでない記載の釈明が挙げられる。そして,各訂正事項が上記の3つのいずれを目的とするかは,①から③の順番に検討され,3つのうち2つ以上に該当し得ると認められる場合には,適合する最初の事項を目的とする訂正事項として取り扱うべきである。
ところで,ある請求項について訂正することを訂正事項としている場合,訂正前の請求項では,同一請求項の中である部分に特許請求の範囲の減縮を要する部分があり,ある部分には誤記があり,またある部分には不明瞭な記載があるといった場合に,その請求項について訂正するときのように,各訂正事項が複数の目的に該当すると認められることがあり得るのであって,だからこそ,上記の検討方式及び取扱いがなされるのである。当然ながら,この場合,訂正事項全体を一括してどの目的に該当するかを検討できるわけではないため,訂正事項を一定のまとまり毎に分けて,どの目的に該当するかを検討せざるを得ない。
そして,本件発明は,本件特許明細書(甲1)の段落【0004】,【0008】,【0024】に記載されているとおり,吸尿の前後を通じて複合層構造を維持し,吸尿した部分は核部分の着色料の色が透過又は滲潤して見えることにより,排尿の有無を判別することができるとの発明であり,請求項1に関する訂正事項のうち,「複合層構造を有し,」との記載を加入する点は請求項に明示されていなかったが本件発明の構成となっていた上記構造を明らかにした点で「明りょうでない記載の釈明」を目的とするものであり,「該排尿を吸収した表層を通し該露見が得られ,上記複合層構造にして排尿の有無を判別する構成を有する」との記載を加入する点は,「露見」が多義的であり透過又は滲潤のほかに表層が崩壊して核部分の着色料の色が見えることも含むとも考えられる表現であることから,その意味を限定する趣旨で,いわば上位概念を下位概念に変更したといえ,「特許請求の範囲の減縮」に該当する。なお,「露見」という語は多義的で「明りょうではない記載の釈明」にも該当するが,前記の取扱いに従い「特許請求の範囲の減縮」に該当するとしたものである。
したがって,審決が訂正の目的制限要件を充足すると判断したことは正当である。
(イ) 原告は,訂正前の請求項1の記載事項及び甲1発明の明細書には,複合層構造の状態で,排尿の有無を判別する構造を有することは一切記載されていないことを理由として,請求項1に関する訂正事項の訂正を認めることは新規事項の追加禁止,実質拡張・変更の禁止に該当する旨を主張する。
しかし,本件発明の訂正前の請求項1には,処理材が排尿を吸収すると核部分の色を露見せしめる表層にて被覆されていることを特徴として有する旨が記載されており,核部分と表層の複合層構造を有することは明らかとなっている(このことは,本件特許明細書〔甲1〕の段落【0004】,【0008】,【0024】に複合層構造を有することが記載されていることからも明らかである。)。そして,吸尿により核部分の色が露見するには,核部分の色が表層を透過若しくは滲潤し又は表層が崩壊・流出することが論理的にあり得るところ,本件特許明細書(甲1)の段落【0006】には排尿の吸収により着色料が表層に滲出し核部分の色が露見できるようにする旨が記載され,段落【0008】には複層構造にして排尿の含水により表層を「通して」核部分の露見できることで排尿前と後の状態を的確に判別することができる旨が記載され,さらに実施例として,段落【0017】では,コーヒー豆処理後の残渣を核部分に用い,表層を通してその色が露見できるようにすることが記載され,段落【0019】では,核部分の着色が表層に滲潤してその色が露見できるようにすることや明度に差をつけた核部分の色が表層を通して見えるようにすることが記載されるなど,本件発明は複合層構造の状態で排尿の有無を判別する構造を有することが記載されていることが明らかである。
したがって,請求項1の訂正事項は,新規事項には当たらないし,明細書の記載を超える事項でもないから実質拡張・変更にも当たらず,審決における新規事項の追加禁止要件,実質拡張・変更禁止要件の判断は正当である。
イ 請求項2ないし4に係る訂正につき
(ア) 原告は,従属項である訂正前請求項2ないし4の訂正要件適合性について何ら審理しないまま訂正を認めた審理不尽の違法がある旨主張する。
この点,特許庁は,職権審理結果通知書(甲28)において,本件発明1ないし4について,本件発明1は甲2刊行物に記載された発明と認められるとし,本件発明2ないし本件発明4は,本件発明1の構成に加えて一定の構成を有するものであるが,甲2刊行物記載の発明と認められるから無効とすべきものであるとした。これに対し,被告は本件訂正請求を行い(甲29),特許庁は,この訂正請求を認めたのである。
このように,本件発明1が甲2刊行物記載の発明と認められることから新規性を欠き,同様に本件発明1を引用する従属項であり本件発明1が有する構成を持っている本件発明2ないし本件発明4も,本件発明1に関する判断を前提として無効であると指摘されたため,被告は,これを解消するために上記訂正請求を行ったのである。そして,従属項において,訂正事項における訂正目的制限,新規事項禁止,実質拡張・変更の禁止といった訂正要件の充足の有無の判断は,その引用対象となる独立項における判断の方法,過程と異ならない。本件においても,本件発明1の訂正目的制限要件,新規事項禁止の要件,実質拡張・変更禁止の要件の充足性の判断と,本件発明2ないし本件発明4のそれとは,同じ特許公報中の同じ記載をベースに行われる。そして,特許庁から示された無効理由,それを解消するための訂正請求の内容,特許庁が訂正を認めた判断の理由等に照らすと,訂正要件の充足性に関する限り,本件発明2ないし本件発明4についても十分審理・判断されているものである。
したがって,原告の上記主張は失当である。
(イ) 原告は,訂正前の請求項1の訂正が認められることを前提としても,訂正後の請求項2ないし4の記載には全く変化がなく,具体的な特性や条件の特定もなされていないから,訂正は認められないはずであった旨主張する。
しかし,本件発明2ないし4が訂正要件を充足することは,本件発明1と同様であり,訂正要件違反であるとの原告の主張は失当である。
(ウ) 原告は,本件発明2ないし4は,本件発明1を引用し,これを前提としているが,訂正後の本件発明1は請求項を作用的・機能的に記載しており,旧法36条5項2号違反の違法があり,本件発明2ないし4においても,「構成に欠くことのできない事項」が記載されているとはいえないから,これらも旧法36条5項2号違反である旨を主張する。
しかし,そもそも請求項の記載は作用的・機能的記載が一切許されないものではなく,構成要件の記載が全体として明瞭である限り,許容される。そして,本件においては,本件訂正請求により本件発明1の不明瞭な点は解消され,本件発明2ないし4の実施態様はこれを実施するに十分な明瞭性を有している。
したがって,原告の上記主張は失当である。
ウ 請求項5に係る訂正につき
原告は,訂正前請求項5が訂正前請求項1の従属項であるとしても,本件訂正前の記載が当然に本件訂正後の記載と同一の意味を表示するものと当業者その他一般第三者が理解する場合に該当するとはいえないから,本件訂正は誤記の訂正には当たらない旨主張する。
しかし,訂正前の請求項5は,請求項2ないし4と同様に,「上記核部分が」と記載され,その上記核部分とは,請求項1の「上記処理材が排尿を吸収すると核部分の色を露見せしめる表層にて被覆されている」との内容を指し示すことは明らかであるし,また請求項2ないし4は請求項1の従属項であることなども併せ考慮すると,訂正前の請求項5は請求項1の従属項であることは明らかである。
したがって,請求項5における本件訂正前の記載は当然に本件訂正後の記載と同一の意味を表示するものと客観的に認められるから,「誤記又は誤訳の訂正」に当たるのであり,訂正要件を充たし審決の判断は正当であって,原告の上記主張は失当である。
(2) 取消事由2に対し
原告は,審決が甲2発明の技術的内容の認定を誤り,甲2発明と本件訂正後の本件発明1とは全く同一であるにもかかわらず,両者に相違点があると認定したことが誤りであると主張する。
しかし,審決が説示するとおり,甲2発明は,吸尿により表層が崩壊流出し,その崩壊した部分からメチレンブルーの色を見て取ることができるものであることは明らかである(段落【0019】)。また,甲2刊行物の段落【0006】及び【0011】の記載のとおり,甲2発明では表層にベントナイトが用いられるが,実際に同物質が吸水したときは崩壊流出するのである。
また,排尿を吸収すると核部分の色が表層に現れる猫砂は,被告が平成11年に猫砂市場の業界では初めて販売を開始したのであって,それ以前は核部分の色が表層に現れる猫砂は全く販売されておらず,原告は,被告との間で平成11年11月19日に特許通常実施契約を締結した後に,同様のものを初めて製造・販売し始めたのである(乙1~3,7~16)。
すると,本件発明は,吸尿した場合にも複合層構造を維持したまま核部分の着色料の色が透過又は滲潤することにより見えることにより吸尿した部分とそうでない部分とを区別することができる発明であるから,審決が甲2発明と本件発明とが相違するものである旨を説示したことは正当であって,原告の主張は誤りである。
(3) 取消事由3に対し
ア 原告は,甲3~6発明は,排尿を吸収した場合には,核部分の色が表層を通して透けて見えるようになるとの機能と実態を有するにもかかわらず,審決が本件発明1は進歩性があると判断したことが誤りである旨主張する。
(ア) しかし,甲4発明は,原告が主張するような,排尿を吸収した場合に,核部分の色が表層を通して透けて見える又は滲潤して見えるとの機能と実態を有するものではないから,審決の判断に誤りはない。
すなわち,甲4発明は,核部分の色が透けて見え又は核部分の色がしみ出して見える性質を有しても構わないとの思想を内在しておらず,むしろ,甲4刊行物の段落【0003】及び【0021】に記載されているとおり,排尿を吸収しても核部分の色が見えないようにすることをその発明の目的とし,この目的を達成する内容とする手段が記載されているものである。この理は,実施例1ないし10のいずれにおいても変わらず,特に実施例7において原告が主張するような構成を有するのではないことは,以下に述べるとおり明らかである。
(イ) まず,甲4刊行物では,段落【0005】において,造粒物の表面はコーヒー抽出液抽出残渣の固有の色と異なる色を有する着色物質により着色されるとされ,①コーヒー抽出液抽出残渣を着色して造粒物を作る,②この造粒物に二次的に着色する,③コーヒー抽出液抽出残渣を造粒し,造粒物を着色物質により着色するといった3つの製法が記載されている。そして,段落【0006】では,着色物質として白色のもの,黒色のもの,青色のもの,緑色のもの又は黄色のものを用いる旨が記載されている。①及び③は,着色のタイミングが異なるものの,単にコーヒー抽出液抽出残渣を着色物質により着色するだけの製法であり,これも甲4発明を実施する製法の一内容とされているが,上記のとおり,黒色など遮光性が高く,着色物質として下層の色を透視し又は下層の色がしみ出して見えるようにするには不適切な色・物質を使用することも想定していること,白色の着色物質の場合でも白色の鉱物の中でも遮光性が強い酸化チタンも使用することを想定していることなどからすると,甲4発明が核部分の色が透けて見え又は核部分の色がしみ出して見える性質を持つとの思想を有しているとはいえない。
(ウ) さらに,甲4刊行物の段落【0035】~【0042】の記載にみられるように,実施例の例1から例3までは,攪拌装置でコーヒー抽出液抽出残渣,着色物質及び配合物質(これは,接着能,吸水性及び殺菌作用を与えるために混合される。段落【0020】参照。)を攪拌して造粒装置で押し出し造粒した後,噴霧装置で着色物質である炭酸カルシウムや配合物質である高吸水性樹脂等を噴霧して乾燥させるとの製法が記載されている。これらは,前記(イ)の②の製法を実施する例であるが,例1から例3の実施例を見ると,炭酸カルシウムや塩化ナトリウムが配合されたコーヒー抽出液抽出残渣は,最初の攪拌・造粒により白色の造粒物となり,その後炭酸カルシウムや高吸水性樹脂等の被覆物質(これらは,上記のとおり,着色,吸水性,接着能等を付与する目的を有する。)噴霧されて全体が白色の製品ができあがることが記載されている。そして,これらを猫が排泄に使用した後については,排泄した部分が容易に取り出すことができたこと,脱臭性に優れ臭いが発生することを避けることができたことなどが記載されてはいるが,使用部分と未使用部分とを変色により区別できる旨は記載されていない。むしろ,【発明が解決しようとする課題】に記載されているように,甲4発明は,室内で使用した場合に(すなわち,動物の排尿を吸収した場合に)衛生的な色調を保つことを目的とし,さらに【作用】の項目に記載されているとおり,使用時,すなわち排尿の吸収によっても変色しないことが指向されているのである。
このように,造粒物及び表層の双方が白色となる製法が実施例として挙げられていること,使用後の変色により使用部分と未使用部分とを区別することができる旨の記載がなく,むしろ変色しないことを指向していることなどからすると,甲4発明は,核部分の色が透けて見え又は核部分の色がしみ出して見える性質を持つとの思想を有しているとはいえない。
(エ) また,甲4刊行物の段落【0046】~【0052】の記載に見られるように,例4及び例5の実施例では,攪拌装置によってコーヒー抽出液抽出残渣,着色物質及び配合物質を攪拌し,造粒装置で造粒した後,第1噴霧ノズルから炭酸カルシウムや高吸水性樹脂等を噴霧し(その目的は,上記(ウ)と同様である。),第2噴霧ノズルから紙粉を噴霧するとの実施例が記載されている。
そして,いずれの実施例も着色物質には白色の炭酸カルシウムが用いられ,最初の造粒物自体も白色であり,第2噴霧後に乾燥させて完成させた後も白色である。こうして,造粒物から表層に至るまでが全体的に白色となっており,もともと,吸水すると新たに現れる色が存在しない。また,猫が使用した後を観察した状態も述べられ,アンモニア臭を感じなかったこと,排泄した部分については容易に取り出すことができたこと(配合物質により接着したからであると考えられる。甲4刊行物の段落【0020】参照)は記載されているが,変色したことは記載されていないのである。さらに,第1噴霧ノズルからは被覆物質として白色の鉱物である炭酸カルシウムが使用されており,この被覆をさらに覆うため第2噴霧ノズルから紙粉が噴霧されている。そして,甲4刊行物の段落【0049】のとおり,この2回の噴霧は,着色効果を高め,排尿の前後を通じて下層の色が見えることを防止することを目的としている。
このように,造粒物,第1噴霧及び第2噴霧のいずれもが白色となる製法が実施例として挙げられていること,2回の噴霧は着色効果を高め排尿の前後を通じて下層の色が見えることを防止することを目的としていること,使用後に変色により使用部分と未使用部分とを区別する記載がないこと(むしろ変色しないことを指向していることは上記(ウ)のとおりである。)などからすると,甲4発明は,核部分の色が透けて見え又は核部分の色がしみ出して見える性質を持つとの思想を有しているとはいえない。
(オ) 甲4刊行物の段落【0053】~【0055】には,尿pH指示薬を使用する実施例6が記載されている。これによると,コーヒー抽出液抽出残渣,着色物質及び配合物質を攪拌・造粒して白色造粒物を作り,造粒物に第1噴霧ノズルからポバール及び紙粉の被覆物質が噴霧され,第2噴霧ノズルから紙粉が噴霧され,乾燥後に尿pH指示薬が塗布されるとの製法が記載されている。
なお,尿pH指示薬を用いる場合については,段落【0012】に「…着色物質及び配合物質の色彩を例えば白一色に揃えると,指示薬の発色の確認が容易となり,適宜の指示薬を配合して,動物の排泄物による検診を簡単に行うことができる。…」,段落【0013】に「…尿pH指示薬の場合は,使用される着色物質及び配合物質はpHに影響を与えないものとされる。…」などとあるとおり,指示薬の発色が確認しやすいようにすることを重視している。例6の実施例に用いられた指示薬はBTB溶液であるが,同溶液は,pHにより色が変化し,酸性では黄色,弱酸性では黄緑色,中性では緑色,弱アルカリ性では緑青色,アルカリ性では青色を呈するが(乙17~19),かかる発色の確認を正確に行うためには,指示薬の色の変化のほかに核部分の色までもが表層から透けて見え又はしみ出して見えることを避ける必要があることは明らかである。現に,甲4刊行物における上記記載において,着色物質と配合物質の色彩を白一色に揃えると指示薬の発色の確認が容易となる旨が記載されており,核部分の色が見えるようになることは予定していないことを読み取ることができる。
こうした記載からは,甲4発明が,排尿により,指示薬の発色のほかに核部分の色が透けて見え又はしみ出して見えるような性質を持つとの思想を有しているとはいえない。
(カ) また,甲4刊行物の段落【0064】~【0067】には,実施例7が記載されているが,この実施例においても,排尿を吸収することにより核部分の色が透けて見え又はしみ出して見えるような性質を持つとの思想を有しているとはいえない。
すなわち,実施例7は,コーヒー抽出液抽出残渣に着色物質としての紙粉と配合物質としての紙粉等を攪拌混合して造粒物を形成し,その造粒物に対して噴霧ノズルから被覆物質を噴霧して製造するものであり,着色物質としての紙粉と配合物質としての紙粉とではその繊維長を異にしている。着色物質としての紙粉の方が短繊維となっているのは,コーヒー抽出液抽出残渣の個々の粒子の周面に紙粉の繊維が付着し易くし粒子を隠蔽しやすくするものであるし,さらに配合物質としての紙粉により粒子の色を隠し,最後に噴霧ノズルから噴霧される紙粉等で覆うことにより,コーヒーの色を隠す構成としているのである。
(キ) そして,現実に,被告が,本件特許権を実施して「ブルーノ」の名で製品を製造・販売するまで,表層を維持したまま核部分の色が透けて見え又はしみ出して見えることにより,使用部分と未使用部分とを区別する動物用排尿処理材は,市場にはなかったのである(乙1~3,7~16)。また,原告は,平成11年11月19日,特許通常実施契約により被告から本件特許権に関する通常実施権を付与され(乙1),同通常実施権を実施することにより初めて,平成12年から,同様の製品をペットライン株式会社(以下「ペットライン社」という。)にOEM(相手先ブランド生産)による供給を始めたのである。平成11年4月に発行されたペット用品カタログ(乙2)には,原告の供給先であるペットライン社の商品として,排尿により色が変わる猫砂は掲載されていない。しかし,平成12年4月発行の同カタログ(乙3)には,ペットライン社の新商品として「お花畑シリーズ ひなげし」が掲載されており,同商品は排尿により色が変わることを謳っている。カタログに上記の掲載があるだけでなく,同業者も,平成11年に被告が業界で初めて色が変わる猫砂を製造・販売し,原告は平成12年から同様の製品を製造・販売し始めたことを認めている(乙7~16)。
(ク) 原告は,甲4発明の実施例7の実施実験結果として甲33公正証書を提出する。
しかし,その写真38を見ると,吸水した後,その表層が崩壊流出して核部分がむき出しとなっていることから明らかなとおり,その実験結果は,吸水した後も複合層構造を維持したまま核部分の着色料の色が表層を透過して又は滲潤して見えるとはいい難い結果であった。これだけを見ても,そもそも甲4発明は,排尿を吸収した場合に複合層構造を維持したまま核部分の着色料の色が表層を透過し又は滲潤して見えるとの構成を有していないから,当業者が甲4発明から本件発明1を容易に想到するとはいえない(だからこそ,被告が本件発明を用いて吸尿により変色する猫砂を製造・販売するまで,業界に同様の製品はなかったし,原告は被告から本件発明の通常実施権を取得したのである。)。
なお,甲33実験の結果は,甲4刊行物記載の実施例7と同じ製造方法で行ったとはいい難いため,これをもって甲4発明と理解すべきでない。すなわち,甲4刊行物の実施例7は,コーヒー抽出液抽出残渣,着色物質及び配合物質を攪拌混合して造粒すると,これらのコーヒーの色である褐色ではなく紙粉により灰色の造粒物を形成した旨が記載されているが,甲33実験では,造粒物の色がコーヒー色である褐色となっており(写真18,19,21参照),全く着色されていない状態となっているのであって,この点をもってしても,甲33実験は,甲4刊行物の実施例7を正確に再現したものではないことが明らかである。そして,甲33実験の結果が上記のようになるのは,次の理由によると考えられる。つまり,甲33公正証書には,混合した原材料をチョッパーに入れて押し出し成形し,一度押し出されたものを更に3度チョッパーに入れ直して押し出し成形した旨が記載されているが(9~10頁),甲4刊行物の実施例7は,チョッパーからの押し出し成形は1度きりである(段落【0065】)。甲33実験のように押し出し成形の回数を増やすと,コーヒー抽出液抽出残渣に含まれる水分が圧力により滲み出し,造粒物を作る際の着色物質である紙粉をもコーヒー色に染めてしまい,着色の用をなさなくしてしまうのである。そのため,甲4刊行物の段落【0065】には,着色物質の紙粉,配合物質の紙粉,吸水性ポリマー等を攪拌混合したものは全体が灰色を呈しており,これをチョッパーで成形した造粒物は灰色に着色されていた旨が記載されているにもかかわらず,甲33実験における造粒物はコーヒー色そのものとなっている(写真19,21を参照。)。これでは,本来,甲4刊行物に記載された方法で製造するよりも,写真35及び36にあるように,吸水により下層部分の色が見えやすくなってしまうのも当然である。
この点,甲33公正証書では,生産ラインのチョッパーに比べて原材料を入れて押し出すまでスクリューで混ぜる距離が短く十分に混ざらないことを,チョッパーに合計4回も通す理由としているが,単に混ぜるだけであれば,ミキサー(写真14,15)でより長く攪拌すれば足りる。チョッパーに多く通してもある程度攪拌効果はあるかも知れないが,それに加えてより強い圧力もかけることにもなるため,単に攪拌するために行う作業とは異なるものである。
以上のような攪拌・成形における方法の違いのほか,甲33公正証書では,甲4刊行物記載の実施例7で挙げられている配合物質(吸水性樹脂)とは異なる品番のものを用いており(第2・1),そのためはがれやすさ等が異なり得るほか,実施例7では噴霧ノズルで被覆物質が噴霧されるところ,甲33実験では被覆物質を手で振りかけてかき回すことにより塗布した旨が記載されており(第2・2(5)),やはり被覆物質の厚さ・密度・接着度などが実施例7に記載された製造方法の場合とは異なり得る。
また,甲33実験でコーティング用被覆物質としてポリビニルアルコールが用いられていることが記載されている。ポリビニルアルコールは,糊の役割を果たすものであり,この濃度及び量が被覆物質を噴霧した際の接着度に影響を与えるが,甲33実験における使用濃度・使用量等は明らかではなく,この点でも甲33実験は,実施例7の製造方法とは異なり得るものである。さらに,甲4刊行物の実施例7では,着色物質・配合物質・被覆物質としての紙粉は,単に「紙粉」としか記載されていないが,甲33実験では,その紙粉はおむつメーカーがおむつを製造する際に生じる紙粉を集塵したものを用いており吸水性ポリマーを含有しているものと考えられ(甲第33号証の写真10,11において,粒状に見えるものが吸水性ポリマーであり,線状に見えるものが紙粉の繊維である。),実施例7は用いる紙粉の量を重さで規定しているため,甲33実験で用いられた紙粉は吸水性ポリマーを含有している分だけ紙繊維の量が少なくなっている。すると,その分,着色物質・配合物質としての紙粉が少なく,本来の甲4刊行物記載の実施例7よりも,もともと吸水したときにコーヒーの色が見えやすい構成となっているのである。
以上のとおり,甲33実験の結果は,甲4刊行物記載の実施例7と同じ製造方法で行ったとはいい難いため,これをもって甲4発明と理解すべきでない。
なお,被告は,独自に,甲4刊行物記載の実施例7を,その記載に従って再現を行ったところ,そもそもほとんど造粒物ができなかったのであって(乙20,21),この点からも甲33実験結果をもって甲4刊行物の実施例7を正確に実施したものではないというべきである。
(ケ) 以上のとおり,甲4発明は,原告が主張するような,排尿により核部分の色が透けて見え又はしみ出して見えるような性質を持つとの思想を有しているものではなく,むしろ,実施例7を含めて,排尿を吸収しても核部分の色が見えないようにすることをその発明の目的とし,この目的を達成する内容とする手段が記載されているものであるから(甲3~6発明についても,ほぼ同様のことが当てはまる。),甲2発明とこれらの発明を組み合わせるとしても,当業者が,本件発明1に容易に想到するとはいえない。
イ また,原告は,甲2発明と甲25発明・甲26発明から本件発明1が容易に想到することができるにもかかわらず,本件審決はそのように判断しなかった誤りがある旨主張する。
(ア) そもそも,甲2発明は,表層が吸尿により崩壊流出することにより,その部分から,発色したメチレンブルーの色を見て取ることができるとの発明である。このように,核部分に混ぜた物質が発色するのではなく核部分の色自体が表層を通して見えるのかどうか,表層を維持した状態で核部分の色が見えるのかどうか,といった点が本件発明1とは異なり,その色の変化の機序がまったく異なるのである(本件発明1の場合は,吸尿前は表層により核部分の色が隠れている必要があり,吸尿後にも複合層構造を維持したまま核部分の色が見えるものであるが,甲2発明のように,表層の崩壊流出と核部分に混ぜた物質の発色によりその色が見えるようになるのであれば,吸尿前に核部分がしっかりと隠れている必要は小さいし,吸尿後に表層を維持しているものでもない。)。
そして,甲25発明は,その実施例を見ると明らかなとおり,pH検査剤,蛋白質検査剤,潜血検査剤等の各種検査剤をインキ化し,これをシートに塗布又は印刷などさせて,吸尿時には,尿に含まれる成分により変色し,この変色により健康状態を確認するものの発明にすぎず,ここには,着色された核部分が表層により見えない状態となっているが吸尿によりこれが見えるようになることにより,使用部分と不使用部分とを区別でき,使用部分のみを捨てることができるとの思想は存在しない。
したがって,本件発明1とまったく機序が異なる甲2発明と,本件発明1と目的及び機序が異なる甲25発明とを組み合わせたとしても,当業者が本件発明1を想到するのが容易であるとはいえない。実際,甲25発明及び甲2刊行物よりも後に出願された甲4発明においても,尿検査指示薬を配合することで動物の検診を行うことができることが記載されているが,核部分の色が見えるようになるとの発明とはなっていないことや,被告が平成11年に本件発明1により製品を製造・販売するまで,市場には,吸尿により色が変わる猫砂が存在しなかったことからも明らかである。
(イ) また,甲26発明は,排尿検知シートについての実用新案であって,濡れ検出部材を水濡れにより色彩の変化を生じる成分(濡れ検出用インキなど)を固定させた坦体により構成され,吸尿により上記薬剤・変色物質等が変色することにより排尿の有無を検知するシートの考案である。この考案も,甲25発明と同様に,着色された核部分が表層により見えない状態となっているが吸尿後にこれが見えるようになることにより使用部分と不使用部分とを区別でき,使用部分を捨てることができるとの思想は存在しない。
そして,甲26発明及び甲2刊行物よりも後に出願された甲4発明においても,尿検査指示薬を配合することで動物の検診を行うことができることが記載されているが,核部分の色が見えるようになるとの発明とはなっていないことや,被告が平成11年に本件発明1により製品を製造・販売するまで,市場には,吸尿により色が変わる猫砂が存在しなかったことも,上記(ア)のとおりである。
したがって,本件発明1と全く機序が異なる甲2発明と,本件発明1と機序が異なる甲26発明を組み合わせたとしても,当業者が本件発明1を想到するのが容易であるとはいえない。
(4) 取消事由4に対し
原告は,本件発明2~5は,甲2発明を主引例として,甲3ないし甲6刊行物の記載内容・示唆内容とを組み合わせることで,容易に想到できる旨主張するが,甲2発明は本件発明とは異なるし,甲3ないし6発明をもってしても本件発明に進歩性は欠如しないことは,上記(3)のとおりである。
したがって,甲2発明を主引例とし,甲3~6発明とを組み合わせたとしても,本件発明2~5を容易に想到することはできないから,本件審決は相当である。
第4当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
2 本件発明の意義
(1) 本件訂正後の本件発明1~5の内容は,前記第3,1(2)イのとおりである。
(2) また,本件特許明細書(甲30・本件訂正明細書。なお,本件訂正明細書と本件特許公報〔甲1〕とは,請求項1及び5の記載を除きすべて同一である。)には,次の記載がある。
ア 産業上の利用分野
・ 「この発明はセルロース繊維等の有機繊維又は有機粉等を主成分として粒状化又はペレット状化等した吸水性を有する動物用排尿処理材に関する。」(段落【0001】)
イ 従来の技術
・ 「特許第1696885号によってパルプ又はこれらの残渣を主成分とし,これに無機充填材を配合し粒状化した愛玩動物用排尿処理材が提供され,これを契機としてパルプ化する前の木粉又はコーヒー豆の抽出残渣を主成分としたもの,又はこれに適宜着色等を施し商品性を高めた排尿処理材が出願されるに至っているが,最近これら処理材に排尿のペーハーによって変色する薬剤を配合して,使用前と使用後の状態を判別できるようにした動物用排尿処理材が提供されている。」(段落【0002】)
ウ 発明が解決しようとする問題点
・ 「上記排尿処理材の使用部分(排尿された部分)と未使用部分(排尿されていない部分)の判別がつけば,使用部分のみを交換することができるので経済的であり,又放置して異臭を放つ問題も解消できるが,従来例は排尿のペーハーによって変色する薬剤の使用を前提としている。例えばそれだけで家庭内で使用される排尿処理材としての適性が疑われ,商品性を損なう。加えて便器に流した後の廃水処理の問題も懸念される。」(段落【0003】)
エ 問題点を解決するための手段
・ 「この発明は,前記吸水性を有する動物排尿処理材において,これを排尿を吸収すると核部分の色を露見できるようにした表層で覆い,複合層構造にして排尿の有無を判別できるようにした思想を提供する。この複合層構造によって,前記薬剤を使用せずに,上記判別を可能にした処理材が形成できる。」(段落【0004】)
・ 「一例として上記核部分は顔料又は染料によって表層より暗色系の着色を施し上記判別を可能にする。他例として核部分に積極的に着色を施さず,素材が本来有する母材色を利用して,表層より核部分が暗色系になるように使い分けし上記判別を可能にする。」(段落【0005】)
・ 「又上記顔料又は染料は水溶性のものを用い,排尿の吸収によって顔料又は染料が表層に滲出し核部分の色を露見できるようにする。」(段落【0006】)
・ 「又上記処理材に炭酸カルシューム又はクレー等を主成分とする無機顔料を充填物として含ませることによって処理材に重みを付け,散乱,動物への付着を防止しつつ上記露見構造とする。無機顔料は重量付与効果に適しているが,有機顔料又は有機染料による着色は廃水処理において適正である。」(段落【0007】)
オ 作用
・ 「この発明によれば排泄物処理材を複層構造にして,排尿の含水により表層を通して核部分の色を露見できるので,排尿によって発色する薬剤を用いずに,排尿における使用前と使用後の状態を的確に判別でき,使用部位のみを交換する利点も享受できる。」(段落【0008】)
カ 実施例
・ 「前記のように対象とする動物排尿処理材は例えばパルプ(パルプ残渣を含む)又は木粉又はコーヒー豆の粉砕体又はコーヒー蒸留後の残渣等に代表される有機繊維又は有機粉を主成分とする吸水材から成る。これら吸水材には無機充填材,でん粉,吸水性ポリマー等を選択的に配合する。又上記処理材として藁の粉砕物,紙の粉砕物(紙粉,小紙片)を用いる。」(段落【0009】)
・ 「図1,図2に示すように,上記粒状物1又はペレット状物2を形成する吸水材は核部分1a,2aを,排尿を吸収すると核部分1a,2aの色を露見せしめる表層1b,2bにて被覆している。」(段落【0011】)
・ 「一例として核部分1a,2aは表層1b,2bより暗色系の顔料又は染料にて着色し,上記排尿吸収時に表層1b,2bを通し該着色が露見されるようにする。上記核部分1a,2aは単層構造にして,上記着色を施すか,又は複層構造にしてその最外層を着色層とする。」(段落【0012】)
・ 「他例として上記核部分1a,2aは組成する繊維又は粉粒体自身が有する母材色によって表層1b,2bより暗色にする。」(段落【0013】)
・ 「換言すると,表層1b,2bを核部分1a,2aより明色(白等の無色と言われる色を含む)にし,核部分1a,2aをこれより暗色にする。素材自身が有する母材色を利用する手段として,核部分1a,2aを故紙パルプ(白色度の低いパルプ)で作り,表層1b,2bをそれより白色度の高いバージンパルプ等で作る。ここにパルプとはパルプスラッジを含む。」(段落【0014】)
・ 「故紙パルプはインキ成分によって付色されており,暗灰色を呈する。これをこれより白色度の高いバージンパルプ等の繊維又は粉体から成る表層1b,2bで被覆し,排尿の吸収時に表層1b,2bを通して核部分1a,2aの色が露見できるようにする。」(段落【0015】)
・ 「又は核部分1a,2aをコーヒー豆処理後の残渣粉にて形成し,表層1b,2bをパルプ繊維又は粉体等の吸水性を有する素材にて被覆する。(」段落【0016】)
・「上記核部分1a,2aを形成するコーヒー豆処理後の残渣は褐色を呈しており,表層1b,2bは故紙パルプにしてもバージンパルプにしてもその明度において白色度がはるかに高い。これを利用して排尿の吸収時に,表層1b,2bを通して核部分1a,2aの色が露見できるようにする。」(段落【0017】)
・ 「又他例として核部分1a,2aに非水溶性の顔料又は染料にて着色を施し,上記判別可能な構造にすることができる。」(段落【0018】)
・ 「更に他例として核部分1a,2aの全体又は外層部分に水溶性の顔料又は染料にて着色を与える。この実施例においては排尿にて含水する時,核部分1a,2aの着色が表層1b,2bに滲潤して核部分の色を露見し使用後と使用前を判別できるようにしている。この発明は核部分1a,2aと表層1b,2bとを前者を暗色にし,後者を明色にして,明度に差をつけて,排尿吸収時に表層1b,2bを通して核部分1a,2aの色を露見できるようにした思想を開示している。」(段落【0019】)
・ 「又この発明は核部分1a,2aと表層1b,2bとを異材質にして排尿吸収時に表層1b,2bを通して核部分1a,2aの色を露見できるようにした思想を開示している。…」(段落【0020】)
・「上記思想に従った一適例について再述すると,核部分1a,2a(パルプ繊維)に顔料又は染料にて積極的に着色を施し,これを上記着色を施していない表層1b,2b(パルプ繊維)で被覆することによって鮮明な露見色を得ることができ,又パルプは入手が容易で安価であり,商品性を高める。」(段落【0021】)
キ 効果
・ 「この発明によれば吸水材から成る動物用排尿処理材において,その核部分と表層とに明度に差を持たせた複層構造とする,又は核部分に表層より暗色系の着色を施した複層構造にすると言う着想により,排尿吸収時に表層を通して核部分の色が露見できるようにした上記処理材が提供でき,従来の排尿のペーハーを検出して変色する薬剤を用いずに,使用前と使用後の判別が的確に行なえる上記処理材の形成が可能であり,これにより使用後の処理材のみを交換できる利点も享受できる。又表層によって良好な外観性を付与することができる。従って内部(核部分)には機能を損なわない範囲で任意の材質を選択できる。」(段落【0024】)
(3) 以上によれば,本件発明は,吸水性を有する動物用排尿処理材において,使用前と使用後の状態を色により判別できるようにしたものである。従来技術においては,排尿処理材に排尿のペーハー(PH,水素イオン濃度指数)によって変色する薬剤を配合して上記判別を行うものがあったが,薬剤の使用は家庭内で使用される排尿処理材としての適性の観点及び便器に流した後の排水処理の観点から問題があったことから,本件発明1は,排尿を吸収すると核部分の色を露見できるようにした表層で覆い,複合層構造にして排尿の有無を判別できるようにした思想を提供するものであり,これにより上記薬剤を用いることなく,使用前と使用後の判別が的確に行える動物用処理材の形成を可能ならしめたものである。また,本件発明2~5は,上記のように表層が複合層構造となった本件発明1を引用しつつ,その核部分の構造について特徴を持たせた従属項である。
3 取消事由1(本件訂正を認めた判断の誤り)について
(1) 請求項1の訂正要件違反の有無
原告は,本件訂正に訂正の目的制限違反,実質拡張・変更の禁止違反がある旨主張するので,まずこの点について検討する。
ア 請求項1に係る本件訂正は,前記第3,1(2)ア及びイのとおり,「…表層にて被覆されていることを特徴とする動物用排尿処理材。」との構成を「…表層にて被覆した複合層構造を有し,該排尿を吸収した表層を通し該露見が得られ,上記複合層構造にして排尿の有無を判別する構成を有することを特徴とする動物用排尿処理材。」と変更するものである。
イ 本件訂正に係る訂正請求書(甲29)には,請求項1に関する「訂正の原因」として,
① 「本件特許発明に係る動物用排尿処理材が,核部分と該核部分を被覆する表層の『複合層構造』から成る点は,明細書の【0004】,【0008】,【0011】に記載されており,この記載に基づき請求項1に『複合層構造』とした点を加入したものであり,該加入訂正は請求項に記載の発明の減縮乃至明りょうでない記載の釈明に相当し,適法な訂正である。」(3頁下14行~下10行)
② 「請求項1に加入した,『該排尿を吸収した表層を通し該露見が得られ』る点は,明細書の【0008】,【0012】,【0015】,【0017】,【0019】,【0024】等に記載されており,該加入訂正は請求項に記載の発明の減縮乃至明りょうでない記載の釈明に相当し,適法な訂正である。」(3頁下8行~下5行)
③ 「請求項1に加入した,『上記複合層構造にして排尿の有無を判別する構成を有する』点は,明細書の【0004】,【0008】,【0024】,【0025】に記載されており,該加入訂正は請求項に記載の発明の減縮乃至明りょうでない記載の釈明に相当し,適法な訂正である。」(3頁下3行~4頁1行)
④ 「本発明は,処理材が排尿を吸収すると,核部分を表層で被覆した複合層構造を保ちつつ,即ち表層による被覆状態を保ちつつ,核部分の色が表層を通して露見(透過露見,浸潤露見)し,排尿の有無の判別(使用前,使用後の判別)が行える構造にしたことを特徴とするものであり,明細書作成に当たっては,上記処理材の特徴のみを念頭に記載したものである。
上記発明の特徴を請求項1においてより明確に特定するため,先ず,処理材が核部分を表層で被覆した『複合層構造』から成るものである点について訂正請求し,更に『排尿を吸収すると核部分の色を露見せしめる表層にて被覆した複合層構造を有し』の記載の次に,『該排尿を吸収した表層を通し該露見が得られ,上記複合層構造にして排尿の有無を判別する構成を有する』点を加入する訂正請求を行ったものである。」(4頁2行~12行)
との記載がある。
ウ 以上の記載に,前記2で認定した本件特許明細書の記載を併せ考慮すれば,請求項1に係る本件訂正は,本件発明1における表層の構造ないし表層部分と核部分との関係について,明細書に記載された具体的な構成(段落【0004】,【0008】,【0011】)に従いこれを具体化するとともに,訂正前の「露見」の意義が当該表層との関係でいかなる態様であるか(例えば,表層が崩壊して露見される態様,表層に核部分の着色が浸潤して露見される態様等)限定がなかったところを,明細書の記載(段落【0008】,【0012】,【0015】,【0017】,【0019】,【0024】等)に従い上記訂正のとおり「表層を通して」露見される態様に限定するものであると認めることができる。
そうすると,請求項1に係る本件訂正は,層構造の意義を明瞭にする目的及び露見の意義を減縮する目的でなされたものと認めることができ,しかも,いずれも明細書の記載に基づきその範囲内において行われたものであると認めることができる。
エ(ア) これに対し原告は,請求項1に係る本件訂正は,格別不明瞭な記載がないにもかかわらず行われたものであり,そのことは本件特許が権利化されて12年以上継続し,また特許無効審判手続中において「明りょうでない記載」があるとの指摘がなかったことで裏付けられるから,本件訂正は「明りょうでない記載の釈明」には該当せず,本件訂正は違法である旨主張する。
しかし,請求項1に係る本件訂正が,表層の構造に関する請求項の記載が明細書の記載に照らして明瞭でなかったために訂正するものであることは前記ウのとおりであり,このことは,本件特許が権利として継続した期間の多寡や特許無効審判手続中において具体的な指摘があったか否かにかかわらず訂正の理由となるものであるから,原告の上記主張は採用することができない。
(イ) また原告は,訂正請求において訂正事項が請求項についての訂正事項である場合,訂正要件を充たしているか否かの判断は,当該請求項毎に行うべきで,上記訂正請求書のように訂正事項を分解することは不当である旨主張する。
しかし,上記ウのとおり,請求項1に係る本件訂正は,表層の構造を明確化した上で,当該表層と核部分との関係(露見の意義)について限定するという論理的な関係にあるのであって,請求項の範囲内においてこれら論理の各段階に応じて訂正の目的を理解することはなんら不当なものではない。したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(ウ) また原告は,排尿を吸収した表層を通して露見が得られること及び複合層構造の状態で排尿の有無を判別することは,「核部分の色を露見せしめ,排尿の有無を判別する構成について」の限定事項であるところ,訂正前の請求項1の特許発明の構成事項には,「核部分の色を露見せしめ,排尿の有無を判別する構成」であることは記載されていなかったから,このような訂正は請求項に記載された発明の必須構成要件以外の事項について技術的に限定を加えたもので,「特許請求の範囲の減縮」に該当しない旨主張する。
しかし,本件訂正前の請求項1の記載は,前記のとおり「吸水性を有する動物用排尿処理材であって,上記処理材が排尿を吸収すると核部分の色を露見せしめる表層にて被覆されていることを特徴とする動物用排尿処理材。」というものであり,同記載の発明が「排尿を吸収すると核部分の色を露見せしめる」ものであること,すなわち,「核部分の色を露見せしめ,排尿の有無を判別する構成」を含むものであることは明らかであるから,原告の上記主張は採用することができない。
(エ) また原告は,「複合層構造の状態で,排尿の有無を判別すること」についても,そのような意味の技術的構成要素や技術的事項が特許請求の範囲に記載されていない旨主張するが,本件訂正前の請求項1の構成は,上記のとおり,表層部分において排尿の有無を判別する構成を有するものであり,吸尿後の当該表層部分に何らの限定がなされていないものである以上,吸尿後の層構造が複合構造の状態であるものを含むものであることは明らかであるから,原告の上記主張は採用することができない。
(オ) その他原告は,本件訂正事項が本件訂正前の請求項の記載に基づかない旨を主張するが,前記ウに説示したところに照らして採用することができない。
オ 以上によれば,請求項1に係る本件訂正が訂正要件に違反するということはできないから,これと同旨の審決の判断に誤りがあるということはできない。
(2) 請求項2~4についての訂正要件違反の有無
ア 原告は,審決が訂正要件の適否の判断をするに際し,請求項1と5の訂正事項のみを認定判断し,従属項に係る請求項2~4に関する訂正事項の存在を看過して訂正要件適合性を審理しなかったことが審理不尽であると主張する。
ところで,原告が主張するとおり,本件特許の請求項2~4は請求項1を引用する従属項であり,また,本件訂正に係る訂正請求書(甲29)及び全文訂正明細書(甲30)の記載に照らせば,請求項1の訂正に伴い,従属項である請求項2~4の記載も併せて訂正する趣旨であることは明らかであるから,この点の訂正要件適合性についても当然審理されるべきであるところ,審決はこの点について説示するところがないということはできる。
しかし,前記1に述べたとおり,請求項2~4に係る発明は,表層が複合層構造となった請求項1に係る発明を引用しつつ,その核部分の構造について特徴を持たせた従属項であるのに対し,本件訂正は,前記(1)のとおり,核部分の構造に係る訂正を含むものではないと認められる。
この点,原告は,「核部分の色が表層を通して露見」するには,複合層構造を形成する「表層」と「核部分」が,同時に「複合層構造にして排尿の有無を判別する」作用や機能を実現するための具体的な構成上の特性なり条件が備わっていなければならないとし,「表層」に対する訂正が「核部分」の変更を来すものであるかのように主張するが,前記(1)のとおり,本件訂正は「表層」の構成を具体化したものであっても,「核部分」の構成を変更するものではない。また,請求項2には核部分と表層との色の対比が規定されているものの,上記訂正は表層の構造に変更を加えるものではあっても,表層の色彩を変更するものと理解することはできないから,その意味でも本件訂正が「核部分」の構成に影響を与えるものではない。
そうすると,上記請求項2~4に関する訂正要件適合性は,請求項1に関する訂正要件適合性についての判断に含まれるものであって,請求項2~4に対する判断は,実質的に請求項1に対する判断において尽くされているというべきであるから,審決に結論に影響を与えるべき審理不尽の違法があるということはできない。
したがって,この点に関する原告の上記主張は採用することができない。
イ 原告は,審決の請求項1に係る訂正要件の判断に誤りがあるから,その従属項である請求項2~4についての判断も誤りであると主張するが,この点に関する審決の判断に誤りがないことは前記(1)のとおりであり,原告の主張は採用することができない。
ウ なお,原告は,「表層」部分の訂正が「核部分」の構成にも変更を来すべきものであるとの前提に立って,請求項1に係る本件訂正は,請求項2~4との関係で旧法36条5項2号に違反する旨主張するが,その前提を採用することができないことは前記アのとおりであるから,原告の上記主張は,その余を検討するまでもなく採用することができない。
(3) 請求項5についての訂正要件違反の有無
原告は,請求項5の記載を独立形式から引用形式の従属項に訂正する請求項5に係る訂正は,単に「誤記の訂正」を目的とするものということはできない旨主張する。
ところで,訂正前の請求項5は,「上記核部分が白色度の低いパルプから成り,表層が白色度の高いパルプから成ることを特徴とする動物用排尿処理材。」というものであるが,同請求項が「上記」との文言を用いていることからすれば,訂正前の請求項5は独立の請求項ではなく他の請求項に従属するものであることは明らかであるが,具体的にどの請求項に従属するものであるのかが必ずしも明確でなかったものと認められる。
このように解すると,請求項5に係る本件訂正は,必ずしも誤記を訂正することには止まらず,明瞭でない記載の訂正ないし特許請求の範囲を減縮する趣旨をも含むものとみるべきことになるが,そのいずれであったとしても,同訂正が訂正要件を充たすことは明らかであるから,原告の上記主張は採用することができない。
なお原告は,審決の請求項1に係る訂正要件の判断に誤りがあるからその従属項である請求項5についての判断も誤りであると主張するが,この点に関する審決の判断に誤りがないことは前記(1)のとおりである。
4 取消事由2(相違点認定の誤り・新規性の欠如)について
(1) 原告は,審決が本件発明1と甲2発明との相違点として認定した前記第3,1(3)イの構成は甲2刊行物に実質的に記載されているとして,上記構成は相違点とならず,本件発明1は新規性を欠くものであると主張する。
ところで,審決が認定した上記相違点は,本件発明1と甲2発明のいずれについても,排尿を吸収した動物用排尿処理材において,排尿を吸収した核部分の色が露見する構造を有する点で一致しつつ,その露見が,本件発明1においては複合層構造のうち表層を通して得られるものであるのに対し,甲2発明においてはそうでない点で相違すること,換言すれば,甲2発明においては表層を通さずに直に核部分の色が露見する点で,表層を通して露見を得られる本件発明1と相違することをいうものである。
この点,本件発明1が,核部分の色が表層を通して露見する構成のみを対象とするものであることは,特許請求の範囲に「上記複合層構造にして排尿の有無を判別する」との記載があることに加え,前記2のとおり,本件特許明細書の段落【0004】,【0008】,【0017】,【0019】,【0024】に,本件発明1について,複合層構造により表層を通して核部分の色を露見できるようにしてなる旨の記載があることに照らして明らかであり,そうすると,本件発明1は,一部が崩壊されつつも一部残された表層を通して核部分の色が露見するような態様は包含しないものと解される(なお,前記3(1)イのとおり,被告は,本件訂正に係る訂正請求書(甲29)において,「本発明は,処理材が排尿を吸収すると,核部分を表層で被覆した複合層構造を保ちつつ,即ち表層による被覆状態を保ちつつ,核部分の色が表層を通して露見(透過露見,滲潤露見)し,排尿の有無の判別(使用前,使用後の判別)が行える構造にしたことを特徴とするもの」(4頁2行~5行)であると説明するところである。)。
(2) 他方,甲2刊行物には次の記載がある。
ア 発明の目的
・ 「この発明は,犬,猫等ペットの糞尿処理用敷き砂の新規な構造とその製造方法に関するものであり,糞尿によって固化すると同時に,糞尿の水分を吸収した部分の敷き砂表面が発色して使用済みであることを確認できるようにした理想的なペットの糞尿処理用敷き砂と,それを簡便且つ確実に製造する方法とを提供しようとするものである。」(段落【0001】)
イ 従来技術
・ 「社会生活の安定化と共に,人々の間には様々なものを鑑賞し,愛玩する余裕がでてきている。昨今のペットブームもその現象の一つの現れであって,都市部,郡部等といった立地条件に関係なく,多くの家庭で犬,猫が飼われている。しかし,このような愛玩動物を飼う家庭の毎日の悩みが,糞尿の問題であって,スーパーやデパートには様々なペットの糞尿処理用品が並べられている。糞尿処理用品として代表的なものが,ペット用トイレに敷き詰める敷き砂であり,これまでに提供されているものを大別してみると,単なる砕石からなるものと,人工的に粒状化したもの,例えば,紙繊維,ベントナイ破砕物,ベントナイトとゼオライト粉末との混練物や,繊維質材とゼオライト粉末との混練物等を夫々粒状化したものとの2通りのものが提供されている。」(段落【0002】)
・ 「単なる砕石からなるものの場合には,当然石自体が水溶性のものでないことから,一旦糞にまとわり付いてしまった以上,それを糞と共に便所に流してしまうという訳にはいかず,庭や空き地のある人であれば土の中に埋めてしまうこともできるが,大抵の場合は他のごみと一緒に捨ててしまい,捨てて少なくなった分量だけ新しい敷き砂を加えるという処理の仕方をしている。そして何日に一回かは尿で汚れた敷き砂全体を何回も洗い流して乾燥させ,再使用するということになるが,一旦染み付いた臭いはなかなか抜け切らず,したがって,経済的な利点はあるとしても,悪臭除去の点で問題が残り,使用できる場所に制限を受けることになる。」(段落【0003】)
・ 「これに対し,人工造粒したものは,糞尿がかかるとその部分だけ適当に固まってしまうと共に,脱臭効果が出るようにしたものであり,固まった部分を取り除いて他のごみと一緒に処理してしまったり,水溶性のものでは,便所に流す等して処理することを可能にするものも開発され,上記した砕石を使用する場合に比較し,かなり割高になってしまうものの,取り扱い性の点や脱臭効果の点で秀れていることから,かなりのペット愛好家が採用するようになってきている。ところが,この固まるタイプの敷き砂も,それらの処理が遅れてしまうと,固まった部分が湿気を失って周辺から崩れ,未だ汚れていない敷き砂との見境をつけ難くしてしまって,再度ペットが用を足す際に,それら既に汚れている敷き砂で足を汚してしまうという不都合が生じる外,脱臭効果上からも支障を来すという問題を抱えている。」(段落【0004】)
・ 「そこで,この発明では,一旦糞尿のかかってしまった敷き砂部分が,他の部分から明瞭に区別できるよう,水分で変色するようにした全く新しいタイプの糞尿処理用の敷き砂の開発,研究に取り組み,遂に経済的にも有利な変色する敷き砂およびその製造方法の実現化に成功したものであり,以下においてその構成を詳述するものである。」(段落【0005】)
ウ 発明の構成
・ 「この発明のペットの糞尿処理用敷き砂は,基本的に次のような構成から成るものである。即ち,珪砂微粉末を含む粘土を主成分とし,ゼオライト粉末,吸水剤,および顔料のメチレンブルー粉末を夫々適量混練して固化した粒状芯体と,該粒状芯体の表面全体を覆う固化促進剤からなる表面被膜層と,該表面被膜層の外表面に付着もしくは浸透させた着色料とから成るペットの糞尿処理用敷き砂とするものである。」(段落【0006】)
エ 製造方法
・ 「以下では,この発明のペットの糞尿処理用敷き砂の製造方法について説示する。
【製造方法に関する発明】この発明の製造方法は,以下の第1ないし4工程から基本的に構成されるものである。
[第1工程] 珪砂微粉末を含む粘土を主成分とし,ゼオライト粉末,吸水剤,および顔料のメチレンブルーを適量混入,均質化した上,平面型造粒機の上でメチレンブルーが発色しないよう規制して噴霧状に散水しながら回転,混練することによって粒状芯体を多量に形成する工程。この工程における造粒状態の調整は,平面型造粒機の回転板の傾斜角度を,規制する散水割合と主成分内の珪砂微粉末混入割合との兼ね合いを勘案しながら調整することによって,所望する大きさの粒状芯体を型崩れさせずに効率良く製造することができる。
[第2工程] 水分を規制して多量に形成された粒状芯体を回転混合機に投入した上,固化促進剤粉末を加えて回転,混合することにより,粒状芯体の表面全体に固化促進剤からなる表面被膜層を形成する工程。この工程では,第1工程で規制して散水された際に粒状芯体が含有することになる水分を,投入された固化促進剤が吸着するような形で自然に進行するものであり,含有する水分量によって固化促進材,具体的にはナトリュウム系ベントナイト粉末体の付着量が変わる可能性があることから,粒状芯体が含有する水分量に応じた最適な量と粒度の固化促進剤となるよう配慮する。」(段落【0012】)
・ 「[第3工程] 表面被膜層が形成された多量の粒状体を,再び回転混合機の中で回転,混合しながら,所望する色の着色料を散布することにより,白色の表面被膜層表面を所定通りの色に着色する工程。この工程において散布される着色料は,表面被膜層が,粒状芯体の含有水分を吸着して全体が略均質な湿潤状態(但し,第1工程で製造された段階の粒状芯体外表面の湿潤状態より遥かに水分量は少ない)になるのを待って使用されることにより,表面被膜層が含有する水分に着色料が付着して部分的に溶け出し,その一部が表面被膜層に浸透するような状態となって,表面全体が略均質に着色されるものである。」(段落【0013】)
・ 「[第4工程] 熱風によってそれらを乾燥させ,やや焼成状とする工程。熱風は,約100℃程度の温度に保って全体が均質に乾燥され,表面被膜層だけがやや焼成されたような状態(粒状体全体が完全に焼成されてしまうと水で崩壊され難くなる)が実現されるまで実施する。」(段落【0014】)
・ 「【関連する他の製造方法】 上記のような工程を基本的な構成とするこの発明の製造方法は,更に次のような改良された製造方法とすることができる。
[第1工程] 珪砂微粉末を含む粘土を主成分とし,ゼオライト粉末,吸水剤,および顔料のメチレンブルーを適量混入,均質化した上,平面型造粒機の上でメチレンブルーが発色しないよう規制して噴霧状に散水しながら回転,混練することによって粒状芯体を多量に形成する工程。この工程は,上記した基本的なこの発明の製造方法と全く同じであり,平面型造粒機の上で顔料のメチレンブルーが発色しない程度に噴霧状に注意深く適量を散水しながら回転,混練することによって不定形の粒状芯体を多量に形成する工程である。」(段落【0015】)
・ 「[第2工程] 水分を規制して多量に形成された粒状芯体を回転混合機に投入した上,既に着色された固化促進剤粉末を加えて回転,混合することにより,粒状芯体の表面全体に固化促進剤からなる着色された表面被膜層を形成する工程。この工程において採用される固化促進剤粉末は,上記した基本的な製造方法におけるそれ(即ち,固化促進剤であるベントナイトの生地のまま)とは違え,固化促進剤粉末を作る前の段階,即ちベントナイト溶液を固めて塊状とする,そのベントナイト溶液の段階で所望の着色料を混入してしまうことによって得られる着色されたものであり,したがって,上記基本的な製造方法における第3工程の着色工程が,この関連する製造方法では表面被膜層を形成する工程で同時に実施されることになる。その他の粒状芯体に表面被膜層を形成する手段は,上記した基本的な製造方法における第2工程と全く同様である。」(段落【0016】)
・ 「[第3工程] 熱風によってそれらを乾燥させ,やや焼成状とする工程,以上第1ないし3工程によるペットの糞尿処理用敷き砂の製造方法であって,先の基本的な製造方法が第1ないし4工程からなるのに対して,その中の第3工程の着色工程が,第2工程において同時に完了してしまうようにした点に特徴を有するものである。」(段落【0017】)
オ 作用
・ 「以上のような構成から成るこの発明のペットの糞尿処理用敷き砂は,その粒状芯体が,粘土に適量の珪砂微粉末を混入した主成分からなるものとして保形性を良くすると共に,全体として安価に形成されるようにした上,その内部には,脱臭効果に秀れたゼオライトと,糞尿内の水分を速やかに粒状芯体内に引き込む吸水剤,そして,水分による発色性が極めて高い顔料のメチレンブルーが組み合わされてなるものに形成され,それらを着色された表面被膜層で固化促進剤コーティングして整形性ならびに保形性に秀れたものとしている。」(段落【0018】)
・ 「その結果,一旦ペットの糞尿がかかって多少とも水分を受けると,個々の表面固化促進剤を通して吸水剤が逸早くそれらの水分を粒状芯体内に吸引するよう機能してメチレンブルーの水分による発色を促すことになり,この過程で表面被膜層である固化促進剤が,浸透してくる水分で崩壊状となって流れ出して粒状体相互を接着させ,糞尿のかかった部分をダンゴ化させながら,内部から吹き出してくるように発色するメチレンブルーの鮮やかな青色で自らの色を失い,ダンゴ化した部分全体を鮮やかな青色に変色させてしまい,他の元々着色されている表面被膜層のままの敷き砂部分と一目で区別されるようにする。このダンゴ状となった部分は,仮令乾燥し始めてもメチレンブルーで発色した鮮やかな青色をそのまま止め,従前までの敷き砂のように,乾燥と共にその輪郭(即ち,糞尿がかかった所とそうでない所との境目)を不明瞭なものとしてしまう虞がない。」(段落【0019】)
(3) 以上によれば,甲2発明の動物用排尿処理材は,本件発明1における核部分に相当する粒状芯体の内部に,糞尿内の水分を速やかに粒状芯体内に引き込む吸水材と,水分により発色する顔料であるメチレンブルー等が組み合わされて形成され(段落【0018】),これにペットの糞尿がかかって水分を受けると,表面皮膜層である固化促進剤が崩壊状となって流出し,内部からメチレンブルーが発色して(段落【0019】),糞尿がかかったところとそうでないところを判別することができるというものである。
ここで,甲2発明の表層に該当する表面皮膜層は,水分がかかる以前と以後でメチレンブルーによる発色の有無を区別するという作用を有するものであるから,甲2発明におけるメチレンブルーは,表面皮膜層が排尿の吸収により流出した後に可及的に露出すべきことを基本的な技術思想とするものであって,上記段落【0019】における「崩壊状となって流れ出して」との記載も,上記のような甲2発明の意義を表現するものと評価することができる。
そうすると,甲2発明における動物用排尿処理材は,本件発明1について前記(1)に説示したような「核部分の色が表層を通して露見する構成」のみからなるということはできず,両者はその本質的な技術思想を異にするものというほかないから,両発明が実質的に同一であるということはできない。
この点原告は,甲34公正証書を提出し,甲2発明を実施した甲34実験によれば,メチレンブルーが表層にしみ上がりブルーに発色させている様子が認められた旨主張し,これを本件発明1と甲2発明が同一であることの根拠とするが,上記のとおり,甲2発明は表層を介さずにメチレンブルーが露見することを基本的な技術思想とするものである以上,このような構成を有しない実験の結果をもってしては,甲2発明を実施したことにはならない。したがって,原告の上記主張は採用することができない。
5 取消事由3(本件発明1の進歩性判断の誤り)について
(1) 甲2発明と甲3~6発明との組合せに基づく容易想到性の有無
ア 原告は,甲4刊行物には相違点に係る構成が実質的に開示・示唆されているとして,甲2発明と甲4発明(又はこれと同旨の甲3,5,6発明)とを組み合わせれば本件発明1が容易想到であると主張するので,以下,この点について検討する。
イ 甲4刊行物には,動物用排尿処理材を構成する「表層」について,次の記載がある。
・ 【0001】
「【産業上の利用分野】 本発明は,動物,特に猫科及び犬科動物並びにその他愛玩動物等の動物の粒状の排泄物処理材の製造方法及びその装置に関し,特に,焙煎コーヒー豆からコーヒー抽出液を抽出する際に生じる焙煎コーヒー豆のコーヒー抽出液抽出残渣の有効利用を図る,動物,特に猫科及び犬科動物並びにその他愛玩動物等の動物の粒状の排泄物処理材の製造方法及びその装置に関する。」
・ 【0002】
「【従来の技術】 家畜,愛玩動物等の動物の排泄物処理材,特に屋内での排泄物処理材としては,砂,ベントナイト,ゼオライト,製紙用パルプ,パルプスラッジなどを小塊状に成形して使用されている。この種の愛玩動物の排泄物処理材は,例えば室内で使用されるところから,清潔で,衛生的であることが望まれ,使用後,清潔さ及び衛生上の点から,廃棄処理され易いのが望まれる。しかし,砂,ゼオライト,ベントナイトなどの無機物の場合は,使用時,砕けて埃となり易く,また,使用後放置する間に汚臭を発生しても,非可燃物であるため焼却処理を行うことができず,また下水等に流すこともできない。そこで,消臭効果が低く,価格が高いが,吸水能に優れ,可燃物であるところから,製紙用パルプ及び紙粉の小塊状成形物が使用されている。また,本発明者は,焙煎コーヒー豆のコーヒー抽出液抽出残渣,所謂コーヒー粕が,大きい吸臭能を有する点に着目して,コーヒー抽出液抽出残渣を動物の排泄物処理材として有効利用することを提案した。」
・ 【0003】
「【発明が解決しようとする課題】 このコーヒー抽出液抽出残渣の有効利用は,コーヒー抽出液の抽出残渣が,缶コーヒー,インスタントコーヒー等のコーヒー飲料の需要の増加に伴い,膨大な量に上り,しかもコーヒー抽出液抽出残渣には,多量の脂肪が含有されていて,その処理に多大の費用を要しているところから,コーヒー飲料産業の最大の課題を解決するものである。しかし,コーヒー抽出液抽出残渣の褐色の色は,動物の飼い主の好むところでないために,問題とされている。ところで,動物の排泄物処理材は,一般に,室内で使用されるために,衛生的な感じを与える色調であることが要求されている。本発明は,コーヒー抽出液抽出残渣のもつ褐色の色彩による動物排泄物処理材としての商品価値の低下に係る問題点を解決することを目的としている。」
・ 【0005】
「本発明において,製造される焙煎コーヒー豆のコーヒー抽出液抽出残渣の造粒物の表面は,該コーヒー抽出液抽出残渣の本来有する色,即ち,該コーヒー抽出液抽出残渣の固有の色と異なる色を有する着色物質により着色されている。この場合,コーヒー抽出液抽出残渣の粒子を該着色物質により着色し,次いでこの着色されたコーヒー抽出液抽出残渣の粒子を造粒して,コーヒーの色を隠した造粒物とするもでき,またこの造粒物に二次的に更に着色することもできる。またこの他に,コーヒー抽出液抽出残渣を造粒し,この造粒物を該着色物質により着色して,コーヒーの色を隠した造粒物とすることができる。」
・ 【0006】
「本発明において,着色物質として,顔料及び染料を使用することができる。このような顔料及び染料には,白色のものとして,紙粉,炭酸カルシウム,酸化チタン及び合成パールがあり,…」
・ 【0007】
「着色されたコーヒー抽出液抽出残渣造粒物は,依然コーヒー臭を有し,且つ脂肪を含有するが,コーヒー抽出液抽出残渣の造粒物の表面を着色物質で被覆することにより,コーヒー臭い及び表面の脂肪による感触は緩和される。…」
・ 【0012】
「本発明において,着色物質及び配合物質の色彩を例えば白一色に揃えると,指示薬の発色の確認が容易となり,適宜の指示薬を配合して,動物の排泄物による検診を簡単に行うことができる。…」
【0013】
「本発明において,このような指示薬を配合する場合には,指示薬の発色を容易に検出できるようにするために,コーヒー抽出液抽出残渣の乾燥粒子の表面を白色に着色し,これに白色乃至略白色の配合物質に指示薬を添加混合したものを配合するのが好ましい。この場合,上記の白色の顔料及び染料に替えて,白色乃至略白色の増量材等の配合物質を着色物質として使用することができる。したがって,例えば上に列記の白色の着色物質以外に,例えば,ベントナイト,ゼオライト,炭酸カルシウム及び石膏等の鉱物質の白色配合物質,並びに小麦粉,紙粉,製紙用パルプ粉,製紙スラッジ及びCMC等の白色配合物質を,コーヒー抽出液抽出残渣粒子の表面の着色物質として,使用することができる。尿pH指示薬の場合は,使用される着色物質及び配合物質はpHに影響を与えないものとされる。例えば紙粉,チタン白等が使用される。」
・ 【0021】
「【作用】 本発明において,動物の排泄物処理材は,脱臭に優れるコーヒー抽出液抽出残渣を含む造粒物が,例えば噴霧により塗布された着色物質で着色されているので,コーヒー特有の褐色の色が隠されて,排泄物処理材の使用時における,例えば室内の調度との調和,衛生感,使用者の好み及び色彩雰囲気等に応じることが可能を可能とし,商品の多色化に応じて,適宜の色調に製造することができる。本発明において,動物の排泄物処理材はコーヒー抽出液抽出残渣を含む造粒物表面が着色物質で着色されているので,表面に付着した排泄物は,処理材により容易に包むことができ,排泄物の汚臭等は,コーヒー抽出液抽出残渣に吸着されて周囲に汚臭が放散されることはない。」
・ 【0022】
「…さらに,本発明の排泄物処理材は,特に着色物質で着色してあるので,尿検査用指示薬を配合しても,その発色を際立たせることが容易であり,動物の排泄した尿の色を検査して,動物の健康状態を監視することが容易となる。」
ウ 以上の記載によれば,甲4発明は,脱臭に優れるコーヒー抽出液抽出残渣を原料として動物の排泄物処理材を製造するに当たり,同残渣の粒状物(本件発明1における核部分に相当)の呈する褐色が飼い主の好む色でないことから,これを解決するために,コーヒー抽出液抽出残渣を造粒する際,残渣粒子を着色し,またこれを二次的に更に着色し,又はコーヒー抽出液抽出残渣を造粒したものを着色することによって,コーヒーの色を隠した造粒物とすることができるというものである。
ここで,甲4発明における着色物の層は,本件発明1における「表層」に相当するものであり,これはコーヒー抽出液抽出残渣の粒状物(核部分)が有する色(褐色)を隠すために施されるものであるということができるところ,甲4刊行物には,「表層」がもつ核部分の色(褐色)を隠すという機能が,排尿吸収前のみにおいて奏するものか排尿吸収後においても奏するものかについて明示的な記載はなく,原告は,これが排尿吸収前のみに奏すべき機能であると主張する。
しかし,甲4発明は,室内で使用されるために衛生的な感じを与える色調を持つことが要求されているところ(段落【0003】),このような要求は排尿吸収前に限られるものではなく,排尿吸収後においても求められていると解される。これに加えて,上記段落【0012】,【0013】,【0022】のとおり,甲4発明は,尿との接触により発色する指示薬の配合を許容するものであるといえるところ,仮に甲4発明が排尿吸収後において核部分の色(褐色)を隠す機能を失うと,排尿吸収によってコーヒー抽出液抽出残渣の色(褐色)が発現してしまい,指示薬の発色を容易に確認し得ないことになる。さらに,甲4刊行物には,指示薬の発色を容易に検出するために「表層」を構成する着色物質として白色ないしほぼ白色が好ましい旨記載されているところ,排尿吸収後に核部分の色が見えてしまうということになれば,着色物質として敢えて上記のような色を選択し使用して指示薬の発色を際立たせるようにしても意味がないことになりかねない。
以上のような事情を併せ考慮すれば,甲4発明における着色物の層が有する核部分の色を隠すという機能は,排尿吸収前のみならず,排尿吸収後においても奏することを,その基本的な技術的思想とするものということができる。
そうすると,甲4刊行物からは,排尿吸収後において,表層と核部分とからなる複合層構造を維持したまま,核部分の色が浸潤したりあるいは透過して表層を通して見えるようになることが記載ないし示唆されていると認めることはできない。これに反する原告の主張は採用することができない。
エ(ア) これに対し原告は,甲33公正証書を提出し,甲4の実施例における例7を再現した甲33実験の結果得られた動物用排尿処理材は,排尿吸収後において,表層と核部分とから成る複合層構造を維持したまま,核部分の色が浸潤したりあるいは透過して表層を通して見える構成を有していたとして,これを根拠として,本件発明1は甲2発明及び甲4発明を組み合わせることで容易に想到し得る旨主張する。
(イ) しかし,上記ウのとおり,甲4発明は,排尿吸収後においても核部分の色が見えないようにすることを技術思想とするものであるから,甲33実験の結果,原告が主張するような動物用排尿処理材が製造されたとしても,これをもって甲4発明の実施品ということはできない。
(ウ) また,甲33公正証書には,紙粉のコーティングについて,次の記載がある。
・ 「(4) コーティング用被覆物質の混合
上記により計測してビニール袋に入れた原材料⑥ないし⑧をミキサーで攪拌混合した。」(第2「事実実験」,2「実施例7資料の作成」(4))
・ 「(5) コーティング
…② 上記により形状をそろえた造粒物を各容器分ごとに,順次振動ふるいの上に置き,振動させながら,先ほど混合しておいたコーティング用被覆物質を,手で上から振りかけて手でかき回しながら手動で噴霧・塗布した(写真22)。付着しなかった被覆物質の塊は手で取り除いた。また,これら造粒物をふるいに入れ,振動ふるいの上に置き,手でかき回し塗布した(写真23)。…
③ これら2回の作業により被覆された造粒物は,前記の乾燥機に入れて乾燥した。」(同(5))
以上によれば,甲33実験は,造粒物に対して紙粉をコーティングするに際し,コーティング用被覆物質を手で振りかけて手でかき回す程度の作業を行っているにすぎない。
(エ) 他方,甲4刊行物における実施例の例7についての記載である段落【0064】~【0067】には紙粉コーティング装置52の具体的構成について記載がないものの,「スクリュ押し出し造粒機50の出口には,押し出された造粒物が互いに付着し合わないように,振動コンベアー51が設けられている。振動コンベアー51の出口には,接着機能を有する配合物質が噴霧され,着色物質の紙粉がまぶされる。配合物質及び着色物質が添加された造粒物は紙粉コーティング装置52に送られる。紙粉コーティング装置52は,図3にその詳細が示されている。振動コンベアー51には,接着機能を有する配合物質を,造粒物に添加するために,バインダー添加用のスプレー53が設けられている。バインダー添加スプレー53は,バインダータンク54の出口に設けられているギァポンプ55に接続し,定量弁56を備える流路57に接続している。振動コンベアー51には,さらに,紙粉添加用のフィーダー58が設けられている。紙粉添加用のフィーダー58は,底部にロータリーバルブ59を備える紙粉添加用の原料ホッパー60の出口下方から,紙粉コーティング装置52に延びて設けられている。」(段落【0058】),「配合物質及び着色物質が添加された造粒物は,紙粉コーティング装置52に送られる。紙粉コーティング装置52には,スクリュ押し出し機とコンベアースクリーンが設けられている。スクリーン押し出し機は,造粒物の表面に付着した紙粉が造粒物の表面から容易に剥落しないように,常に造粒物粒子に外力を加えるために,出口に向けて細くなるように形成されている(図3参照)」(段落【0059】)との記載によれば,紙粉コーティング装置52には,造粒物に付着しない紙粉を除去するために,振動コンベア61が設けられており,振動コンベアー61の出口は流動乾燥機62に接続しており,付着しない紙粉が除去された造粒物は,10%以下の水分含量になるまで流動乾燥されることが記載されている。
以上によれば,甲4発明における紙粉コーティング装置52とは,図3における振動コンベア51より後ろのスクリュ押し出し機63からコンベアスクリーン70までの一連の装置を指すと解される。すなわち,例7の実施態様では,段落【0061】のとおり,造粒物は振動コンベア51の出口で接着機能を有する配合物質が噴霧され着色物質の紙粉がまぶされ(段落【0058】)た後,出口に向けて細く形成されたスクリュ押し出し機63に送られて造粒物の表面に付着した紙粉が容易に剥落しないように紙粉コーティングが加圧下で行われ,コンベアスクリーン64で付着しなかった余分な紙粉が取り除かれ,コンベアスクリーン66で配合物質又はバインダーが噴霧され,回転式シフター67で紙粉が添加された後,上述の紙粉コーティング以下の工程が再度繰り返されるというものと認められる。
(オ) そうすると,甲33実験の上記(ウ)の工程が,出口に向けて細く形成されたスクリュ押し出し機を用いて造粒物の表面に付着した紙粉が容易に剥落しないように加圧下で紙粉をコーティングするという甲4発明の工程に相当するといえないことは明らかである。
したがって,この意味においても,甲33実験を前提とする原告の主張は採用することができない。その他原告の甲33実験に関する主張は,前記認定を左右するものではない。
オ 以上によれば,甲2発明に甲4発明を組み合わせることによって,本件発明1を想到することが容易ということはできないし,その他,甲3~6刊行物の記載をみても,これが容易想到であると認めることはできない。
したがって,この点に関する原告の主張は採用することができない。
(2) 甲2発明と周知技術(甲25,甲26刊行物)との組合せに基づく容易想到性の有無
ア 原告は,甲2発明に甲25,甲26刊行物に開示された周知技術を組み合わせれば,本件発明1は容易想到である旨主張するので,この点について検討する。
イ 甲25刊行物には次の記載がある。
・ 特許請求の範囲
「1 所要水分により色彩が変化する所要インキが含浸,塗布あるいは印刷される素材から構成されることを特徴とする日用品。
2 液体が通過する性質を有する第1のシートと,
液体が通過しない性質を有する第2のシートと,
該第1のシートと第2のシートとの間に挟持された第3のシートとから構成され,
該第1,第2および第3のシートの内の1以上のシートに該所要インキが含浸,塗布あるいは印刷された請求項1記載の日用品。」
・ 発明の詳細な説明
(ア) 「本発明は,人,あるいは,動物に使用されるペット用砂,トイレットシートカバー,トイレットペーパー等の日用品に関する。」(1頁右欄8行~10行)
(イ) 課題を解決するための手段
・ 「本発明は,所要水分により色彩が変化する所要インキが含浸,塗布あるいは印刷される素材から構成される日用品である。」(2頁左上欄7行~9行)
・ 実施例
「第1図は本発明の一実施例のペット用トイレ砂2の斜視図である。
第2図は本発明の一実施例のペット用シーツ5の部分断面を含む斜視図である。
この実施例は,液体が通過する性質を有し,動物の尿等の排泄物が通過する第1のシートであるレーヨン等から成る不織布11と,液体が通過しない性質を有する第2のシートである合成樹脂フィルム14と,第1のシートである不織布11と第2のシートである合成樹脂フィルム14との間に挟持され,1枚以上から成る第3のシートである紙2および不織布13とから構成される。
さらに,第1のシートである不織布11と,第2のシートである合成樹脂フィルム14と,第3のシートである紙2および不織布13の内のいずれか1以上のシートに所要インキが含浸,塗布あるいは印刷される。」(2頁右上欄3行~下1行)
・ 発明の効果
「本発明は以上説明したように,人,あるいは,動物の尿等の排泄物等の所要水分が日用品中の所要インキと接触すると,変色し,尿中のPH,蛋白質,ブドウ糖,潜血等が定性的あるいは定量的に検知され,人,あるいは,動物の体調を知ることができ,さらに,種々の処置を行う目安となる。」(3頁右下欄7行~13行)
ウ 以上によれば,甲25刊行物には,各種検査剤をインキ化し,これをシートに塗布又は印刷などさせて,吸尿時には,尿に含まれる水分により変色し,この変色により健康状態を確認するという発明が記載されているのであるが,同発明においては使用部分と不使用部分とを区別するという思想は存在しない。また,前記4のとおり,甲2発明は,使用前は核部分の色が表層により隠され,使用後は当該表層が崩壊流出して核部分の色が露見するというものであるのに対し,甲25刊行物は,核部分の色が露見するのではなく,含浸されたインキが水分と接触することで化学反応を起こして変色するというに止まるのものである。
そうすると,このような甲25発明を甲2発明に組み合わせたとしても,本件発明1の構成を想到することが容易ということはできない。
エ 同様に,甲26刊行物は,排尿検知シートに係る考案であり,「…水濡れにより色彩変化を生じる濡れ検出部材…を配して,ペットの排尿を容易に検知することを可能にした…」(段落【0001】)というものであるが,同考案においても,使用部分と不使用部分とを区別するという思想は存在しないし,使用前の核部分の色を表層で隠し,又は使用後の核部分の色が露見するという技術思想は存在しない。
そうすると,このような甲26発明を甲2発明に組み合わせたとしても,本件発明1の構成を想到することが容易ということはできない。
オ そうすると,甲25,26刊行物に記載された周知技術に基づき本件発明1が容易想到であったということはできないから,原告の上記主張は採用することができない。
6 取消事由4(本件発明2~5の進歩性判断の誤り)について
原告は,本件発明2~5における本件発明1の構成に付加された構成は,いずれも甲2刊行物ないし甲4刊行物に記載ないし示唆されているから,同発明は容易想到である旨主張するが,これらの発明が前提とする本件発明1の構成自体が容易想到といえないことは前記5のとおりであるから,原告の上記主張は,その余を論じるまでもなく,採用することができない。
7 結論
以上によれば,原告主張の取消事由はすべて理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 森義之 裁判官 澁谷勝海)