大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

知財高等裁判所 平成20年(行ケ)10302号 判決 2008年12月25日

原告

バイエルクロップサイエンス株式会社

訴訟代理人弁理士

川口義雄

小野誠

渡邉千尋

金山賢教

大崎勝真

坪倉道明

被告

特許庁長官

指定代理人

唐木以知良

柳和子

北村明弘

小林和男

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が訂正2008-390037号事件について平成20年7月2日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,原告が発明の名称を「工芸素材類を害虫より保護するための害虫防除剤」とする特許の設定登録を経由したところ,これに関し原告が平成20年4月2日付けで訂正審判請求(審判請求書及び本件訂正明細書は甲5。以下「本件訂正」といい,同訂正後の上記発明を「本件訂正発明」という。)をしたので,特許庁がこの請求を訂正2008-390037号事件として審理し,平成20年7月2日,請求不成立との審決をしたことから,原告がその取消しを求めた事案である。

争点は,本件訂正が,独立特許要件を満たしているか(すなわち特開昭61-267575号公報(甲8。以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)との関係で進歩性を有するか。)である。

1  特許庁等における手続の経緯

(1)  原告は,平成3年12月12日,名称を「工芸素材類を害虫より保護するための害虫防除剤」とする発明について特許出願(優先権主張平成3年4月27日日本)をし,平成13年2月23日,特許庁から特許第3162450号として設定登録を受けた(請求項1~3。特許公報は甲1。以下「本件特許」という。)。

これに対し,エンシステックス・インコーポレイテッドから本件特許につき特許無効審判請求があり,特許庁はこれを無効2005-80225号事件として審理した上,平成18年6月14日,「本件審判の請求は,成り立たない。」旨の審決(第1次審決,甲2)をした。

(2)  これに対し,エンシステックス・インコーポレイテッドから審決取消訴訟が提起され,知的財産高等裁判所はこれを平成18年(行ケ)第10482号事件として審理した上,平成19年7月12日,第1次審決を取り消す旨の判決(第1次判決,甲3)をした。

(3)  特許庁は,上記無効2005-80225号事件につきさらに審理し,その中で,原告は,平成19年12月10日,訂正請求をしたが,特許庁は,平成20年1月29日,「訂正を認める。特許第3162450号の請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とする。」旨の審決(第2次審決,甲4)をした。

(4)  原告は,第2次審決の取消しを求める訴訟(平成20年(行ケ)第10068号)を提起した後,平成20年4月2日付けで本件訂正審判を請求(甲5)し,特許庁はこれを訂正2008-390037号事件として審理することとなった。しかるに,知的財産高等裁判所は,特許法181条2項により第2次審決を取り消すことなく同訴訟の審理を続け,平成20年11月20日,請求棄却の判決を言い渡した。一方,特許庁は,上記訂正2008-390037号事件につき,平成20年7月2日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(本件審決)をし,その謄本は,平成20年7月14日,原告に送達された。

(5)  ところで,本件特許については,エンシステックス・インコーポレイテッドが原告を相手方として,差止請求権の不存在確認を求めた訴訟が提起された。すなわち,エンシステックス・インコーポレイテッドが原告に対し,本件訂正前の発明が進歩性欠如の無効理由を有すると主張して,製品の生産等に対する差止請求権の不存在確認を求めた事案である。平成20年1月30日に言い渡された第1審判決は,本件訂正前の発明は,いずれも進歩性欠如により無効理由を有すると判断した。これに対し,上記判決に不服の原告が控訴を提起したところ,知的財産高等裁判所は,これを平成20年(ネ)第10027号事件として審理し,平成20年11月20日,控訴棄却の判決を言い渡した。

2  特許請求の範囲

本件訂正後の本件特許の特許請求の範囲は,次のとおりである(本件訂正発明。下線部は訂正部分。)。

「【請求項1】1-(6-クロロ-3-ピリジルメチル)-2-ニトロイミノ-イミダゾリジンを有効成分として含有することを特徴とする木材及び木質合板類をイエシロアリ又はヤマトシロアリより保護するための木材及び木質合板類浸み込用害虫防除剤。」

3  本件審決の内容

本件審決は,前記のとおり本件訂正審判請求を不成立としたものであるが,その理由の要点は,本件訂正発明は,引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないから,本件訂正発明は,特許出願の際独立して特許を受けることができるものではない,としたものであり,その具体的な内容は,次のとおりである。

(なお,本判決においては,審決を引用する場合を含め,甲第1号証を「甲1」,乙第1号証を「乙1」などと表記する。)

「第3 訂正の適否についての判断

1  平成6年改正前特許法126条1項及び2項の要件について

((1)~(5)は省略)

(6) 小括

したがって,本件訂正は,平成6年改正前特許法126条1項及び2項の規定に適合する。

2  平成6年改正前特許法126条3項の要件について

次に,以下,平成6年改正前特許法126条3項に規定する,いわゆる独立特許要件について検討する。

(1)  刊行物1について

本願優先日前に頒布された刊行物である特開昭61-267575号公報(以下,「刊行物1」という。甲8)には,以下の記載がある。

(以下を省略する。)

(2)  刊行物2について

本願優先日前に頒布された刊行物である特開平3-95104号公報(以下,「刊行物2」という。甲9)には,以下の記載がある。

(以下を省略する。)

(3)  対比,判断

(3-1) 化合物について

刊行物1に記載された「化合物No.3」[1-(2-クロロ-5-ピリジルメチル)-2-(ニトロイミノ)イミダゾリジン。摘記g参照。]は,その化学構造式からみて,本件訂正発明の害虫防除剤の有効成分である「1-(6-クロロ-3-ピリジルメチル)-2-ニトロイミノ-イミダゾリジン」と同一の化合物であると認められるので,以下,これらを統一して,その一般名である「イミダクロプリド」と呼ぶ。

(3-2) 引用発明

ア 刊行物1には,イミダクロプリドを含む,摘記a及びbに示される一般式で表わされるニトロイミノ誘導体が記載され,また,その化合物群が種々の有害昆虫の殺虫剤として使用されるものであることも記載され(摘記b及び摘記e),さらに摘記a及び摘記bの一般式で表わされるニトロイミノ誘導体に包含されるイミダクロプリド(化合物NO.3)を含む,数種の化合物について,殺虫剤としての有効性がツマグロヨコバイ,トビイロウンカ,ヒメトビウンカ,セジロウンカ,モモアカアブラムシを対象とした生物試験により示されている(摘記h)。

イ 以上によれば,刊行物1には,「イミダクロプリドを有効成分として含有する殺虫剤」の発明(以下,「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

(3-3) 本件訂正発明と引用発明との対比

引用発明における「殺虫剤」は,本件訂正発明における「害虫防除剤」に対応することを踏まえた上で本件訂正発明と引用発明とを対比すると,両者は,

「イミダクロプリドを有効成分として含有する害虫防除剤。」

である点で一致するが,以下に示す相違点1~相違点3の点で相違すると認められる。

相違点1

害虫から保護する対象について,本件訂正発明では「木材及び木質合板類」と規定しているのに対し,引用発明では規定していない点

相違点2

対象となる害虫が,本件訂正発明ではイエシロアリ又はヤマトシロアリであるのに対し,引用発明では特定されていない点

相違点3

害虫防除剤について,本件訂正発明では「木材及び木質合板類浸み込用」と規定しているのに対し,引用発明では規定していない点

(3-4) 相違点についての判断

ア 相違点1について

刊行物1には,「衛生害虫,貯蔵物に対する害虫に使用される際には活性化合物は,石灰物質上のアルカリに対する良好な安定性はもちろんのこと,木材及び土壌における優れた残効性によって,きわだたされている。」(摘記f)と記載されている。

ここで,摘記fにおける「木材及び土壌における優れた残効性によって,きわだたされている。」の意味について検討すると,「木材及び土壌における優れた残効性」とは,イミダクロプリド等の害虫防除剤が保持する性質であって,害虫の種類とは独立した性質である。また,衛生害虫や貯蔵物に対する害虫に対して害虫防除剤を施用する際には,それら害虫の生態からみて,衛生害虫に対しては害虫防除剤を直接散布したり,貯蔵物に対する害虫に対しては害虫防除剤で燻蒸したりするのが通例であって,木材及び土壌に害虫防除剤を施用することはまれである。

してみると,上記の刊行物1における摘記fには「衛生害虫,貯蔵物に対する害虫に使用される際には活性化合物は,石灰物質上のアルカリに対する良好な安定性はもちろんのこと,木材及び土壌における優れた残効性によって,きわだたされている。」と記載されているところ,「木材及び土壌における優れた残効性によって,きわだたされている。」なる文言が衛生害虫,貯蔵物に対する害虫について記載されていると解するのは自然な理解ではなく,摘記fの記載に接した当業者であれば,引用発明が対象とする害虫から保護するために木材及び土壌に害虫防除剤を施用すると解し,その結果,「木材及び土壌における優れた残効性によって,きわだたされている。」という効果が奏されると解するのが自然な理解である。

また,刊行物1には,対象となる害虫として,「ヤマトシロアリ(deucotermes speratus),イエシロアリ(Coptotermes formosanus)」が例示されている(摘記e)ところ,イエシロアリ又はヤマトシロアリは木材類を食害する害虫として周知である(必要なら,例えば,特開平3-95104号公報,2頁左下欄9~15行及び4頁左上欄5行~右上欄1行参照。)。

したがって,引用発明において,害虫から保護する対象について木材と規定することは当業者が容易になし得ることである。

イ 相違点2について

(ア) 本願優先日前に頒布された刊行物2(摘記i)によると,木材に対する害虫,特にシロアリの被害が深刻であるばかりか,防除剤の使用による住環境への影響等が社会的問題となる中,従来シロアリ防除剤として各方面で多用されてきたクロルデンが,その長期残留性及び環境への影響の点から,本願優先日前に我が国において使用禁止となったこと,その後,クロルデンに代わるシロアリ防除剤としてピレスロイド系殺虫剤などが使用されているが,薬剤の使用濃度並びに効果及び安全性に問題があるほか,木造家屋(住居)並びに文化財等についてはその性質上薬剤処理回数が制約されるなどの問題と相まって,満足のいくべきものではなかったこと,このため本願優先日前においては,シロアリに対する防除効果が高く,かつ,安全性の高い防除剤の開発が求められていたことが認められる。

(イ) 刊行物1には,先に指摘したように摘記a~hの各記載があるところ,これらの記載によると,引用発明の特許請求の範囲に記載されたニトロイミノ誘導体が,強力な殺虫作用を現す殺虫剤として使用することができること,同化合物が広範な種々の害虫,有害な吸液昆虫,かむ昆虫及びその他の植物寄生害虫,貯蔵害虫,衛生害虫等の防除及び駆除撲滅のために適用できるものであること,その対象となる害虫類の一例として,ヤマトシロアリ(deucotermes speratus),イエシロアリ(Coptotermes formosanus)などの等翅目虫が明記されていること,同化合物は石灰物質状のアルカリに対する良好な安定性を示すほか,木材及び土壌において優れた残効性を示すものであること,上記ニトロイミノ誘導体の実施例として,イミダクロプリドを有効成分として含有する化合物が示されていることが認められる。

また,刊行物1の記載によると,引用発明の一般式によって示される化合物は50種類以上に及ぶこと(17頁右上欄12行目以下,第1表),製造実施例として5種の化合物が記載され,そのうちの1つ(実施例3-ii,化合物No.3)がイミダクロプリドを有効成分として含有する化合物であること(16頁左上欄19行目~17頁右上欄11行目),実施例5ないし7として,有機リン剤抵抗性ツマグロヨコバイ,トビイロウンカ,ヒメトビウンカ,セジロウンカ並びに有機リン剤及びカーバメート剤抵抗性モモアカアブラムシに対する3種類の生物試験が行われ,その結果として,実施例5においては3種,実施例6においては5種,実施例7においては6種の化合物によるものが代表例として示されているところ,イミダクロプリドを有効成分として含有する化合物である「化合物No.3」は,いずれの生物試験の代表例にも挙げられていること(19頁左上欄4行~20頁左上欄)が認められる。

(ウ) 上記(ア)で認定したところによると,木造家屋(住居)及び文化財の如き,木材をシロアリから保護するための防除剤の開発に従事する当業者は,使用が禁止されたクロルデンに代わる物質を有効成分とする害虫防除剤で殺虫能力と残効性の高いものを速やかに発見しなければならないという課題に直面していたということができる。

そして,上記(イ)のとおり,刊行物1には,イミダクロプリドを有効成分として含有する化合物を一つの代表例とするニトロイミノ誘導体が広汎な害虫に対して強力な殺虫作用を示すとともに,木材における優れた残効性を示すこと,さらに,同化合物が殺虫効果を示す対象害虫類の一つとして,等翅目虫のヤマトシロアリ,イエシロアリが具体的に挙げられているのであるから,上記の課題に直面していた当業者が,同一技術分野に属する刊行物である刊行物1に接したならば,イミダクロプリドを有効成分として含有する害虫防除剤をヤマトシロアリやイエシロアリに適用してみようとすることは何ら困難な事柄ではないというべきである。

したがって,引用発明において,対象となる害虫をイエシロアリ又はヤマトシロアリと規定することは当業者が容易になし得ることである。

ウ 相違点3について

刊行物1には,引用発明の適用対象となる害虫として,「ヤマトシロアリ(deucotermes speratus),イエシロアリ(Coptotermes formosanus)」が例示されている(摘記e)ところ,イエシロアリ又はヤマトシロアリに対して害虫防除剤の適用方法として,木材及び木質合板類に害虫防除剤を浸み込ませて適用することは,極めてありふれた周知慣用の技術手段である(必要なら,例えば,特開昭60-257202号公報,3頁左上欄2~16行,3頁左下欄下から5行~右下欄下から5行,4頁右上欄5~13行参照。)。

したがって,引用発明において,害虫防除剤を「木材及び木質合板類浸み込用」と規定することは当業者が容易になし得ることである。

(3-5) 本件訂正発明の奏する効果についての判断

次に,本件訂正発明が格別顕著な効果を奏するものであるか否かについて検討する。

まず,本件訂正発明は,上記のとおり,その構成につき容易想到性が認められるが,構成につき容易想到性が認められる発明に対して,それにもかかわらず,それが有する効果を根拠として特許を与えることが正当化されるためには,その発明が現実に有する効果が,当該構成のものの効果として予想されるところと比べて格段に異なることを要するものというべきである。(平成11年(行ケ)第437号判決等。)

そして,本件訂正審判の請求に係る訂正明細書(以下,この本件訂正審判の請求に係る訂正明細書を「本件訂正明細書」という。)の記載をみても,本件訂正発明が現実に有する効果が,当該構成のものの効果として予想されるところと比べて格段に異なることを認めるに足りる証拠はない。

以下,詳述する。

ア ヤマトシロアリについて

(ア) まず,ヤマトシロアリについて,本件訂正発明の奏する効果を検討する。

(イ) 本件訂正明細書には,そもそも,ヤマトシロアリについて,本件訂正発明の奏する効果を裏付けるものは存在しない。

すなわち,本件訂正明細書において,本件訂正発明の奏する効果を裏付けるものは,実施例8~11であるが,実施例8及び実施例9において対象となる害虫はイエシロアリであり,実施例10において対象となる害虫はヒロトルプスバジュラス(Hylotrupes bajulus)の幼虫であり,実施例11において対象となる害虫はシロアリ種;レチクリターメス サントネシス(Reticulitermes santonesis)であって,いずれもヤマトシロアリ(Leucotermes speratus)ではない。

そして,ヤマトシロアリ以外のものについての効果をもって,ヤマトシロアリについて本件訂正発明の奏する効果を裏付けることができると認めるに足る根拠は見いだせない。

(ウ) 小括

したがって,ヤマトシロアリについて,本件訂正発明が現実に有する効果が,当該構成のものの効果として予想されるところと比べて格段に異なるとは認められない。

そして,本件訂正発明が現実に有する効果が,当該構成のものの効果として予想されるところと比べて格段に異なることを認めるためには,特許請求の範囲に記載された本件訂正発明全体(すなわち,ヤマトシロアリ及びイエシロアリの両方)について,本件訂正発明が現実に有する効果が,当該構成のものの効果として予想されるところと比べて格段に異なることが必要不可欠であるから,結局,本件訂正発明について,本件訂正発明が現実に有する効果が,当該構成のものの効果として予想されるところと比べて格段に異なるものとは認められない。

イ イエシロアリについて

(ア) 以上のように,本件訂正発明については,イエシロアリについて本件訂正発明の奏する効果を検討するまでもなく,本件訂正発明が現実に有する効果が,当該構成のものの効果として予想されるところと比べて格段に異なるものとは認められないが,以下,念のため,イエシロアリについても,本件訂正発明の奏する効果を検討しておくことにする。

(イ) 本件訂正明細書において,イエシロアリについて本件訂正発明の奏する効果を裏付けるものは,実施例8及び実施例9である。

しかしながら,実施例8及び実施例9において,イミダクロプリドに対する比較化合物として用いられているものは「A:ホキシム(phoxim)」及び「B:クロルピリホス(chlorpyriphos)」であって,本件審判請求書に添付されている訂正明細書の【0003】に記載されているように,両者は,ともに,周知の有機リン系殺虫剤であるところ,イミダクロプリドが刊行物1に記載されたものの効果として予想されるところと比べて格段に異なるというためには,比較の対象として,ホキシムやクロルピリホスの如き従来技術水準を構成する殺虫剤を用いるのではなく,刊行物1に記載された,イミダクロプリド以外の化合物と比較することが必要不可欠である。

なぜならば,刊行物1には,イミダクロプリドを有効成分として含有する化合物を一つの代表例とするニトロイミノ誘導体が「極めて卓越した殺虫作用を発現し,更には,低薬量で完璧な防除作用を現す新規化合物である」(摘示c)と記載されており,その効果の裏付けも記載されている(摘示h)し,また,駆除撲滅のために適用できる害虫の例としてイエシロアリが記載されている(摘示e)ので,刊行物1に記載されたイミダクロプリドが,イエシロアリに対し,「極めて卓越した殺虫作用を発現し,更には,低薬量で完璧な防除作用を現す」ことは予想されることであるから,比較の対象としてホキシムやクロルピリホスの如き従来技術水準を構成する殺虫剤を用いて,それらよりイミダクロプリドが優れた効果を奏することを明らかにしたとしても,そのことは予想されることにすぎないからである。

したがって,本件訂正明細書の記載に基づいて,本件訂正発明が現実に有する効果が,当該構成のものの効果として予想されるところと比べて格段に異なるものとはいえない。

(ウ) 小括

以上のとおり,イエシロアリについても,本件訂正発明が現実に有する効果が,当該構成のものの効果として予想されるところと比べて格段に異なるとは認められない。

したがって,イエシロアリ及びヤマトシロアリの何れについても,本件訂正発明について,本件訂正発明が現実に有する効果が,当該構成のものの効果として予想されるところと比べて格段に異なるものとは認められない。

(3-6) まとめ

以上のとおり,上記各相違点は当業者が容易に想到することができたものであり,しかも,本件訂正発明がこれらの相違点に係る構成により格別顕著な効果を奏するものとは認められないから,本件訂正発明は,刊行物1及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである。

したがって,本件訂正発明は,特許出願の際独立して特許を受けることができるものではない。

(3-7) 請求人の主張について

以下,意見書における請求人の主張について検討する。

ア 請求人は,「本件訂正発明のイミダクロプリドを,イエシロアリ又はヤマトシロアリに対する害虫防除剤の一般的適用方法の一つである木材及び木質合板類に浸み込ませて適用することは『極めてありふれた周知慣用の技術手段である』とするためには,その前提として,イミダクロプリドがイエシロアリ又はヤマトシロアリに対する害虫防除剤として知られていなければならないことになるが,上にみたとおり,刊行物1にはそのような記載はなく,本件知財高裁判決(審決注.別件判決のこと。)でもかかる点を是認していない。」(4頁20~27行)と主張する。

しかしながら,先に「(3-4)イ」で指摘したように,刊行物1には,イミダクロプリドを有効成分として含有する化合物を一つの代表例とするニトロイミノ誘導体が広汎な害虫に対して強力な殺虫作用を示すとともに,木材における優れた残効性を示すこと,さらに,同化合物が殺虫効果を示す対象害虫類の一つとして,等翅目虫のヤマトシロアリ,イエシロアリが具体的に挙げられているのであるから,刊行物1により,イミダクロプリドがイエシロアリ又はヤマトシロアリに対する害虫防除剤として知られているに等しいといえるし,しかも,別件判決においても,以上の事実認定を前提としていることは明らかであるので,請求人の主張は前提において誤りである。

イ 請求人は,「刊行物1にいう『木材及び土壌における優れた残効性』とは,『衛生害虫,貯蔵物に対する害虫』を対象とする場合のみをいうのであって,シロアリを含めた広汎な種々の害虫全般に亘りおしなべて等しく木材及び土壌において優れた残効性があるとするものではない。」(5頁10~13行)と主張する。

しかしながら,刊行物1には,「衛生害虫,貯蔵物に対する害虫に使用される際には活性化合物は,石灰物質上のアルカリに対する良好な安定性はもちろんのこと,木材及び土壌における優れた残効性によって,きわだたされている。」(摘記f)と記載されているところ,先に(3-4)アで指摘したように,摘記fの記載に接した当業者であれば,引用発明が対象とする害虫から保護するために木材及び土壌に害虫防除剤を施用すると解し,その結果,「木材及び土壌における優れた残効性によって,きわだたされている。」という効果が奏されると解するのが自然な理解であるから,引用発明において,(衛生害虫や貯蔵物に対する害虫に限らず)害虫から保護する対象として木材が想定されていることは明らかである。

そして,このことは,別件判決においても,「甲2には,イミダクロプリドを有効成分として含有する化合物を一つの代表例とするニトロイミノ誘導体が広汎な害虫に対して強力な殺虫作用を示すとともに,木材における優れた残効性を示すこと,さらに,同化合物が殺虫効果を示す対象害虫類の一つとして,等翅目虫のヤマトシロアリ,イエシロアリが具体的に挙げられているのである」(38頁12~16行)と判示されているとおりである。

ウ 請求人は,「刊行物1には適用が『散布』に代表される通常の害虫防除剤が記載されているが,これは害虫と害虫防除剤とが『接触』することによって害虫の防除を図るものである。これに対し,本件訂正発明の場合は,イエシロアリ及びヤマトシロアリが木材等を食害する害虫であることから,害虫防除剤を木材等の保護対象の内部に『浸透』させて防除を図るもので,害虫防除剤の適用方法が刊行物1の発明とは明らかに異なる。刊行物1の散布などの直接接触による殺虫と本件訂正発明の木材等の内部に浸み込ませることによるシロアリ侵襲時の殺虫とは,明らかに『異質な』害虫防除であるから,本件訂正発明は刊行物1の記載から容易に想到し得るとすることができないとするのが相当である。」(5頁9~19行)と主張する。

しかしながら,害虫の種類に応じて害虫防除剤の適用方法を変えるのは当然のことであるから,刊行物1の実施例に記載されている害虫防除剤の適用方法が「散布」であるとしても,そのことが,イエシロアリ又はヤマトシロアリに対し,木材及び木質合板類に害虫防除剤を浸み込ませて適用することの阻害要因となるわけではない。

そして,先に(3-4)ウで指摘したように,イエシロアリ又はヤマトシロアリに対する害虫防除剤の適用方法として,木材及び木質合板類に害虫防除剤を浸み込ませて適用することは極めてありふれた周知慣用の技術手段である以上,引用発明において,害虫防除剤を「木材及び木質合板類浸み込用」と規定することは当業者が容易になし得ることというほかはない。

エ 請求人は,「本件特許の実施例8は,イエシロアリに対して薬液処理した漉紙を用いた殺虫試験であって,ここで挙げられた比較A,B(それぞれの殺虫有効成分はホキシム及びクロルピリホスである。)は,イミダクロプリドとほぼ同等の効果を表している。しかしながら,本件訂正発明のイミダクロプリドの所謂「浸み込」による害虫防除試験の-態様に相当する実施例9では,比較A,Bは,イミダクロプリドの1/125以下(・・・)の殺虫効果しか持っていないことが分かる。換言すれば,「浸み込」によって,一層の格段に優れた殺虫効果を現わし,比較との間で顕著な優意差が現れることが分かる。」(9頁16~26行)とした上で,「この乙1の結果に,前記,実施例8と実施例9との間で示したところの『浸み込』によって,格段に優れた殺虫効果が現われるという事象を照らせば,イミダクロプリドが刊行物1に記載のイミダクロプリドに極めて近縁の類似化合物類よりも,『浸み込』によって,更により一層優れた格別顕著なシロアリ殺虫効果を現すであろうことは容易に推認できることである。したがって,本件訂正発明で特定された形態,所謂『浸み込』によるイミダクロプリドは,木材及び木質合板類をイエシロアリ及びヤマトシロアリより保護するため,刊行物1から容易に予想できない効果を奏するものであることは明白である。」(10頁25行~11頁5行)と主張する。

しかしながら,まず,実施例8と実施例9について検討すると,実施例8の第1表においては,「比較A」の有効成分濃度が0.32ppmの「4日後の殺虫率(%)」が90%であるのを除き,残り全ての「4日後の殺虫率(%)」は100%であるから,「4日後の殺虫率(%)」の値は飽和しているため,このように高い有効成分濃度では,化合物I.1~I.3と比較A,比較Bとの殺虫効果の比較はできないので,実施例8の第1表の記載をもって,そこに挙げられた比較A,Bがイミダクロプリドとほぼ同等の効果を表していると結論付けるのは誤りである。(言い換えると,化合物I.1~I.3と比較A,比較Bとの殺虫効果の比較をするためには,実施例8における供試化合物の有効成分濃度をもっと下げたものについて試験する必要がある,ということである。)

したがって,「実施例8と実施例9との間で示したところの『浸み込』によって,格段に優れた殺虫効果が現われる」と結論付けるのは誤りである。

次に,乙1について検討する。

本件訂正審判事件において乙1は提出されていないので,請求人のいう乙1は別件無効事件における乙1を意味すると思われる(以下,「別件無効事件における乙1」を「乙1」という。)が,乙1が提出された別件無効事件における2次審決の第6,2(3-2-2)(イ)(イ-1)で既に指摘したように,イミダクロプリドのイエシロアリに対する効果が,NO.1やNO.2のイエシロアリに対する効果と比較して,格段に異なるとまではいえないのである。

のみならず,乙1の試験において採用した処理方法は,「各薬剤は予め原体量10mgに対し0.5mLのDMFで溶解し,所定濃度の希釈液を調整後,9cm濾紙敷きシャーレに1mL入れ,風乾した。」(乙1,2頁本文2~3行)とあるように,乙1では木材や木質合板に対する「浸み込」による処理方法を用いていないから,乙1は「木材及び木質合板類浸み込用害虫防除剤」についての試験例ではない。

したがって,実施例8と実施例9との比較,更には乙1に基づいて,「本件訂正発明で特定された形態,所謂『浸み込』によるイミダクロプリドは,木材及び木質合板類をイエシロアリ及びヤマトシロアリより保護するため,刊行物1から容易に予想できない効果を奏するものであることは明白である。」と結論付けることはできない。

オ したがって,請求人の何れの主張も,上記(3-6)の判断を左右するものではない。

第4むすび

以上のとおりであるから,本件訂正は平成6年改正前特許法126条3項の規定に適合せず,したがって,本件訂正は認められない。」

第3原告主張の審決取消事由

本件審決は,次のとおり,審決の結論に影響する誤りがあるから,違法として取り消されるべきである。

1  取消事由1(相違点1(保護対象を「木材及び木質合板類」と規定したこと)の判断の誤り)

(1)  本件審決は,刊行物1(甲8)の「衛生害虫,貯蔵物に対する害虫に使用される際には活性化合物は,石灰物質上のアルカリに対する良好な安定性はもちろんのこと,木材及び土壌における優れた残効性によって,きわだたされている。」(16頁左上欄11~15行)という文言について,「『木材及び土壌における優れた残効性によって,きわだたされている。』なる文言が衛生害虫,貯蔵物に対する害虫について記載されていると解するのは自然な理解ではなく,…当業者であれば,引用発明が対象とする害虫から保護するために木材及び土壌に害虫防除剤を施用すると解し,その結果,『木材及び土壌における優れた残効性によって,きわだたされている。』という効果が奏されると解するのが自然な理解である。」(11頁2行~8行)とするが,誤りである。

甲12~17にあるように,衛生害虫の静止場所ないし生息場所にはその素材が木材,土壌などである場合があり,当該衛生害虫の静止場所ないし生息場所に殺虫剤を施用するのが常套であるから,本件審決のように,衛生害虫,貯蔵物に対する害虫に害虫防除剤を施用する際に,木材及び土壌に害虫防除剤を施用することはまれであるとの解釈を採ることはできない。そうすると,刊行物1(甲8)の「木材及び土壌における優れた残効性」という記載を,本件審決のように,害虫の種類とは独立した性質であるとする解釈は成り立たず,「衛生害虫,貯蔵物に対する害虫」と切り離して解することはできない。

(2)  本件審決は,「刊行物1には,対象となる害虫として,『ヤマトシロアリ…,イエシロアリ…』が例示されている…ところ,イエシロアリ又はヤマトシロアリは木材類を食害する害虫として周知である…。したがって,引用発明において,害虫から保護する対象について木材と規定することは当業者が容易になし得ることである。」(11頁9行~15行)とするが,誤りである。すなわち,引用発明の殺虫活性化合物がイエシロアリ及びヤマトシロアリに対しても同様に殺虫作用を及ぼすものであると断定し得ない以上,刊行物1(甲8)にイエシロアリ及びヤマトシロアリが例示されていることをもって,引用発明において害虫からの保護対象として木材と規定することが当業者にとって容易になし得ることであると解するのは早計に過ぎる。

2  取消事由2(相違点2(対象害虫を「イエシロアリ又はヤマトシロアリ」と規定したこと)についての判断の誤り)

(1)  本件審決は,刊行物1(甲8)には,その殺虫活性化合物であるニトロイミノ誘導体が木材における優れた残効性を示すことが記載されている旨の認定をするが,これが当を得たものでないことは,取消事由1で述べたとおりである。

(2)  刊行物1(甲8)は,「本発明の式(I)化合物は,強力な殺虫作用を現す。…広範な種々の害虫,有害な吸液昆虫,かむ昆虫およびその他の植物寄生害虫,貯蔵害虫,衛生害虫等の防除のために使用でき,それらの駆除撲滅のために適用できる。」(14頁左欄1行~9行)と記載し,続いて,そのような害虫の例を多数羅列している。しかるに,ヤマトシロアリ及びイエシロアリは,そのように多数羅列された害虫の一つにすぎない。一般に,化学物質の害虫に対する防除効果は害虫の種類によって大きな差異があるから,化学物質の効果が生物試験によって裏付けられていない限り所期の効果を予測することができないとされている。したがって,刊行物1(甲8)に唯一具体化されている実施例5~7の生物試験の結果をもって,刊行物1(甲8)に羅列されている多数の昆虫すべてに対しても同様に引用発明の活性化合物が「強力な殺虫作用を現す」と解することはできない。

(3)  甲11(A作成,2005年5月23日付け実験成績証明書)は,イミダクロプリド関連化合物のイエシロアリに対する生物学的活性試験(活性成分濃度は50~400ppm)を実施し,その結果を一覧したものであるが,これによれば,刊行物1の式(I)に包含される化合物であっても,対象害虫によっては,刊行物1(甲8)の記載とは異なり,強力な殺虫作用どころか,ほとんど殺虫効果を示さないものもある。

(4)  甲18(平成18年3月14日付けB氏〔共同発明者〕の私見)は,農業用殺虫剤の主たる対象害虫は鱗翅目昆虫であるとし,分類学上,イミダクロプリドの同鱗翅目昆虫に対する殺虫効果について,同じ鱗翅目に属するとはいえ,ある科の鱗翅目昆虫によって,卓効を示す場合と示さない場合があると述べている。このように,イミダクロプリドであってさえ,鱗翅目昆虫等の中には殺虫作用を発揮できない害虫が存在しているのであるから,「式(I)化合物が強力な殺虫作用を現す」との刊行物1(甲8)の記載は,その列挙しているすべての害虫にそのまま当てはまるということはできない。

(5)  第1次判決(甲3)は,「甲8(刊行物1)には,イミダクロプリドを有効成分として含有する化合物を一つの代表例とするニトロイミノ誘導体が広汎な害虫に対して強力な殺虫作用を示すとともに,木材における優れた残効性を示すこと,さらに,同化合物が殺虫効果を示す対象害虫類の一つとして,等翅目虫のヤマトシロアリ,イエシロアリが具体的に挙げられているのであるから,上記の課題に直面していた当業者が,同一技術分野に属する刊行物である甲8に接したならば,イミダクロプリドを有効成分として含有する害虫防除剤をヤマトシロアリやイエシロアリに適用してみようとすることは何ら困難な事柄ではないというべきである。」とする(38頁12行~19行)。

ア しかし,第1次判決(甲3)は,適用してみようとすることは何ら困難なことではないと説示しているだけであるから,刊行物1(甲8)の記載からイミダクロプリドのイエシロアリ又はヤマトシロアリへの殺虫活性が予測されるとしているわけではない。したがって,刊行物1(甲8)の記載内容からは,第1次判決(甲3)の射程範囲として,イミダクロプリドを有効成分として含有する害虫防除剤をヤマトシロアリやイエシロアリに適用してみようとすることは何ら困難なことではないとはいえたとしても,イミダクロプリドがイエシロアリ又はヤマトシロアリに対して殺虫活性を有しているとまではいえないはずである。

イ また,化学物質の害虫に対する防除効果は害虫の種類によって大きな差異があるから,化学物質の効果が生物試験によって裏付けられていない限り,所期の効果を予測することはできないとの原告の主張に対して,第1次判決(甲3)は「このような事情を考慮したとしても」と,原告の主張を取り入れたとしてもとしているのであるから,生物試験によって裏付けられていない限り所期の効果を予測することはできないことについてはこれを是認している。したがって,刊行物1(甲8)の記載から,イミダクロプリドを含む一般式で表されるニトロイミノ誘導体がイエシロアリ又はヤマトシロアリに対しても所期の殺虫作用を有しているか否かは不明としなければならない。

(6)  上記に述べたように,刊行物1(甲8)から,イミダクロプリドがイエシロアリ又はヤマトシロアリに対する害虫防除剤として知られているに等しいとはいえない。

3  取消事由3(相違点3(害虫防除剤を「木材及び木質合板類浸み込用」と規定したこと)の判断の誤り)

(1)  本件審決は,相違点3につき,「刊行物1には,引用発明の適用対象となる害虫として,『ヤマトシロアリ…,イエシロアリ…』が例示されている…ところ,イエシロアリ又はヤマトシロアリに対して害虫防除剤の適用方法として,木材及び木質合板類に害虫防除剤を浸み込ませて適用することは,極めてありふれた周知慣用の技術手段である…。したがって,引用発明において,害虫防除剤を『木材及び木質合板類浸み込用」と規定することは当業者が容易になし得ることである。」(12頁32行~13頁4行)とするが,誤りである。

一般にイエシロアリ又はヤマトシロアリの害虫防除剤を木材及び木質合板類に浸み込ませて適用すること自体,本件審決の説示を待つまでもなく極めてありふれた周知慣用の技術手段である。しかし,本件における問題の所在は,ここにいう木材及び木質合板類に浸み込ませるイエシロアリ又はヤマトシロアリの害虫防除剤として,「イミダクロプリド」を採用することが容易か否かということである。しかるに,本件審決の上記認定は,イミダクロプリドがイエシロアリ又はヤマトシロアリに対する害虫防除剤として知られていたことを前提にして初めて成立するのであって,この前提に十分な検討を加えることなく,いきなり上記のように説示したのは失当である。

(2)  イミダクロプリドがイエシロアリ又はヤマトシロアリに対して殺虫活性を有していることは,前記2に述べたように,刊行物1(甲8)に記載されているとも,刊行物1から容易に予測されるともいえないから,イエシロアリ又はヤマトシロアリを防除するに際して「イミダクロプリドを木材及び木質合板類浸み込用剤とすること」は極めてありふれた周知慣用の技術手段ということはできない。

(3)  刊行物1(甲8)には,式(I)のニトロイミノ誘導体が「予想外且つ驚くべきことには,後に,具体的に例示された生物試験から明らかなように,…極めて卓越した殺虫作用を発現し,更には,低薬量で完璧な防除作用を現す新規化合物であることを発見した。」(4頁左下欄下から5行~右下欄2行)と記載されている。しかるに,ここにいう「極めて卓越した殺虫作用」とは,明細書の具体的な開示の範囲を超えて判断されるものであってはならないのであって,その直前に「後に,具体的に例示された生物試験から明らかなように」と記載されていることから,刊行物1(甲8)に具体的に記載された生物試験の範囲,すなわち,せいぜい実施例5~7の生物試験の結果をいうのであり,これを超えるものではない。そうすると,刊行物1(甲8)の「極めて卓越した殺虫作用」又は「強力な殺虫作用」は,実施例5~7の「散布」による殺虫効果にしかすぎず,本件訂正発明の「浸み込用」は,「散布」とはほど遠い害虫防除剤の適用形態である。

(4)  害虫の種類に応じて害虫防除剤の適用方法を変えるのは当然のことであるが,刊行物1(甲8)の記載からイミダクロプリドがシロアリに対して殺虫作用を有することが知られていたとすることはできないから,イミダクロプリドを木材等の内部に浸み込ませてシロアリの侵襲を防除する方法は当業者が容易になし得るとすることはできない。

4  取消事由4(本件訂正発明の奏する効果の判断の誤り)

(1)  ヤマトシロアリについて

ア 本件審決は,「本件訂正明細書には,そもそも,ヤマトシロアリについて,本件訂正発明の奏する効果を裏付けるものは存在しない。」(13頁22行~23行)とするが,誤りである。

本件訂正明細書(甲5)に記載の実施例11の対象害虫はレチクリターメス サントネシス(Retlculitermes santonesis)であって,これは本件訂正発明のヤマトシロアリ(学名はLeucotermes speratusともReticulitermes speratusとも表記される)と昆虫の学術分類上同じ「属」に属するものであり,本件訂正明細書(甲5)は,実施例11に記載の効果をもって,ヤマトシロアリについて本件訂正発明の奏する効果としたものである。

本件審決は,ヤマトシロアリ以外のものについての効果をもってヤマトシロアリについての効果とする根拠が見いだせないとするが,同じ「属」に属する生物は形態上も生態上も非常に似た性質を有しているから,ある「属」に属する一つの種の効果をもって,同じ「属」に属する他の種についての効果と見なすことは許されるべきであり,特に反証のない限り,両者には同等の効果を奏するものと取り扱っても差し支えはない。

イ また,本件訂正明細書(甲5)の実施例9には,イエシロアリを対象害虫とした具体例を記載しているが,ヤマトシロアリとイエシロアリは,共に日本本土に広く分布するミゾガシラシロアリ科に属する昆虫であり,木造家屋などに棲みつき木材を食い荒らす害虫として周知のものである。かかる共通性に鑑みると,イエシロアリの実施例でもって,ヤマトシロアリへの殺虫効果も十分に類推することができる。

(2)  イエシロアリについて

本件審決は,本件訂正発明の奏する効果につき,「イミダクロプリドが刊行物1に記載されたものの効果として予想されるところと比べて格段に異なるというためには,比較の対象として,ホキシムやクロルピリホスの如き従来技術水準を構成する殺虫剤を用いるのではなく,刊行物1に記載された,イミダクロプリド以外の化合物と比較することが必要不可欠である。」(14頁23行~27行)とするが,このような認定は,第1次判決(甲3)と齟齬を来すというべきである。

すなわち,前記のとおり,第1次判決(甲3)は,刊行物1(甲8)の記載からイミダクロプリドのイエシロアリ又はヤマトシロアリへの殺虫活性が予測されるとしているわけではない。化学物質の害虫に対する防除効果は害虫の種類によって大きな差異があるとして,化学物質の効果が生物試験によって裏付けられていない限り,所期の効果を予測することはできないとした原告の主張に対して,第1次判決(甲3)は,「このような事情を考慮したとしても」として,原告の主張を取り入れてもとしているのであるから,生物試験によって裏付けられていない限り所期の効果を予測することはできないということについてはこれを是認している。

そうすると,第1次判決(甲3)に従う限り,刊行物1(甲8)の記載から,イミダクロプリドを含む一般式で表されるニトロイミノ誘導体がイエシロアリ又はヤマトシロアリに対して殺虫活性を有しているか否かは不明としなければならないのであるから,刊行物1(甲8)は,イエシロアリ又はヤマトシロアリに対する害虫防除剤としての的確な先行技術ということはできない。

(3)  本件訂正発明は「木材及び木質合板類浸み込用害虫防除剤」であるところ,これに対応する効果は本件訂正明細書(甲5)の実施例9の第2表に具体的に示されていることから,本件訂正発明の奏する効果は第2表に基づいて判断されるべきである。

5  その他の原告の主張

刊行物1(甲8)の「極めて卓越した殺虫作用を発現し」,「強力な殺虫作用を現す」とは,「極めて卓越した」,「強力な」が修飾語であることから,そのままの記載では客観的に式(I)で表されるニトロイミノ誘導体の殺虫作用がどのようなものであるか把握することはできず,最良の実施の態様である実施例5~7に記載されている,ツマグロヨコバイ他4種の半翅目虫に対する散布殺虫性を中核として判断すべきものである。しかるに,刊行物1(甲8)に有害昆虫を網羅するような記載があるからといって,上記実施例に供された半翅目虫とは生態的にも生物分類的にも異なる範疇の害虫に対しても同様の殺虫効果が及ぶか否かは,当業者にとって,刊行物1(甲8)の記載ないし本件特許の出願当時の技術水準を考慮しても不明なものとしなければならない。

また,刊行物1(甲8)の「衛生害虫,貯蔵物に対する害虫に使用される際には活性化合物は,石灰物質上のアルカリに対する良好な安定性はもちろんのこと,木材及び土壌における優れた残効性によって,きわだたされている。」(16頁左上欄11行~15行)との記載についても,ここにいう「木材及び土壌における優れた残効性」は具体性のない一行記載にすぎないから,その内容がどのようなものであるか客観的に把握できるものではない。加えて,殺虫活性化合物の残効性は,害虫に依存する「殺虫活性の持続性」であるから,その化合物本来の属性ではなく,殺虫対象となる昆虫によって左右されるものといわなければならない。

そうすると,刊行物1(甲8)は,イミダクロプリドのヤマトシロアリ,イエシロアリに対する防除を当業者が容易に実施し得るように記載しているということはできず,まして,イミダクロプリドを「木材及び木質合板類浸み込用防除剤」としたときに,シロアリ防除剤に要求される年単位の残効性を発揮することなど刊行物1(甲8)の記載からは到底類推することはできない。したがって,刊行物1(甲8)は,当業者が容易に実施し得る程度に記載されているということはできない。

第4被告の反論

本件審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由は理由がない。

1  取消事由1に対し

本件審決のとおり,「木材及び土壌における優れた残効性」とは,イミダクロプリド等の害虫防除剤が保持する性質であって,害虫の種類とは独立した性質である。また,衛生害虫や貯蔵物に対する害虫に対して害虫防除剤を施用する際には,それら害虫の生態からみて,衛生害虫に対しては害虫防除剤を直接散布したり,貯蔵物に対する害虫に対しては害虫防除剤で燻蒸したりするのが通例であって,木材及び土壌に害虫防除剤を施用することはまれである。

したがって,「木材及び土壌における優れた残効性」という文言が,「衛生害虫,貯蔵物に対する害虫に使用される際には」という限定を受けると解するのは誤りである。甲12~17もこれを左右するものではない。

2  取消事由2に対し

(1)  本件審決の認定判断に誤りはない。刊行物1(甲8)の記載に基づき,「イエシロアリ又はヤマトシロアリ」に対し,イミダクロプリドが,「極めて卓越した殺虫作用を発現」し,また,「強力な殺虫作用を現す」ことは当業者が予測し得ることである。

(2)  甲11(A作成,2005年5月23日付け実験成績証明書),甲18(平成18年3月14日付けB氏〔共同発明者〕の私見)をもっても,上記を左右できない。

(3)  第1次判決(甲3)は,本件について拘束力を持つものではない上,原告は,第1次判決(甲3)の説示を正解せずに誤った主張をしている。

すなわち,第1次判決(甲3)は,専ら動機付けの観点から発明の容易想到性を検討したものであって,発明の効果の予測可能性については判断をしていないのであるから,第1次判決が「生物試験によって裏付けられていない限り所期の効果を予測することはできないということについてはこれを是認している」という原告の上記主張は,第1次判決を正解しないものである。また,前記のように,刊行物1(甲8)の記載に基づき,イエシロアリ又はヤマトシロアリに対し,イミダクロプリドが極めて卓越した殺虫作用を発現し,また,強力な殺虫作用を現すことは当業者が予測し得ることであるから,イミダクロプリドを含む一般式で表されるニトロイミノ誘導体がイエシロアリ又はヤマトシロアリに対しても所期の殺虫作用を有しているか否かは不明としなければならないとの原告の主張は誤りである。

(4)  原告は,刊行物1(甲8)から,イミダクロプリドがイエシロアリ又はヤマトシロアリに対する害虫防除剤として知られているに等しいとはいえないと主張するが,前記に照らして失当である。

3  取消事由3に対し

(1)  本件審決の認定判断に誤りはない。

(2)  前記のように,刊行物1(甲8)の記載に基づき,イエシロアリ又はヤマトシロアリに対し,イミダクロプリドが「極めて卓越した殺虫作用を発現」し,また,「強力な殺虫作用を現す」ことは当業者が予測し得ることであるから,原告の主張は前提において誤っている。

(3)  また,害虫の種類に応じて害虫防除剤の適用方法を変えるのは当然のことであるから,実施例5~7におけるツマグロヨコバイ,ウンカ類,モモアカアブラムシに対しては害虫防除剤の適用方法として散布が行われるとしても,イエシロアリ又はヤマトシロアリに対しては害虫防除剤の適用方法として木材及び木質合板類に害虫防除剤を浸み込ませて適用することが極めてありふれた周知慣用の技術手段である以上,イエシロアリ又はヤマトシロアリに対して,木材及び木質合板類に害虫防除剤(イミダクロプリド)を浸み込ませて適用することは,当業者であればごく自然に思い至ることにすぎない。

4  取消事由4に対し

(1)  ヤマトシロアリについて

本件訂正明細書(甲5)には,そもそも,ヤマトシロアリについてのデータが具体的に記載されていない。したがって,「本件訂正明細書には,そもそも,ヤマトシロアリについて,本件訂正発明の奏する効果を裏付けるものは存在しない。」(13頁22~23行)とした審決の認定判断に誤りはない。

しかも,ヤマトシロアリ以外のものについての効果をもって,ヤマトシロアリについて本件訂正発明の奏する効果を裏付けることができると認めるに足る根拠は見いだせないので,原告の主張を考慮しても,審決の認定判断に誤りはない。

(2)  イエシロアリについて

前記のように,第1次判決(甲3)は,専ら動機付けの観点から発明の容易想到性を検討したものであって,発明の効果の予測可能性については判断をしていないから,原告の主張は第1次判決を正解しないものである。

(3)  原告は,本件訂正発明は「木材及び木質合板類浸み込用害虫防除剤」であるところ,これに対応する効果は本件訂正明細書(甲5)の実施例9の第2表に具体的に示されていることから,本件訂正発明の奏する効果は第2表に基づいて判断されるべきであると主張する。

しかし,実施例9をみても,本件訂正明細書(甲5)の記載に基づいて,本件訂正発明が現実に有する効果が,当該構成のものの効果として予想されるところと比べて格段に異なるものとはいえない。

5  その他の原告の主張については争う。

第5当裁判所の判断

1  刊行物1(甲8)の記載事項

刊行物1(特開昭61-267575号公報)には,以下の記載がある。

(1)  「一般式:

file_2.jpg式中,Rは水素原子又はアルキル基を示し,Xはハロゲン原子,アルキル基,アルコキシ基,アルキルチオ基,ニトロ基,シアノ基,アミノ基,アシルアミノ基,ジアルキルアミノ基,アルコキシカルボニル基,アシル基,アルキルスルホニル基,アルキルスルフィニル基,ハロアルキル基,ハロアルコキシ基,ハロアルキルチオ基,ホルミル基,アルケニル基,アルキニル基及びハロアルケニル基よりなる群からえらばれた基を示し,lは0,1,2,3又は4を示し,そしてmは2,3又は4を示す,

で表わされるニトロイミノ誘導体。」(1頁,特許請求の範囲,請求項1)

(2)  「一般式:

file_3.jpg式中,Rは水素原子又はアルキル基を示し,Xはハロゲン原子,アルキル基,アルコキシ基,アルキルチオ基,ニトロ基,シアノ基,アミノ基,アシルアミノ基,ジアルキルアミノ基,アルコキシカルボニル基,アシル基,アルキルスルホニル基,アルキルスルフィニル基,ハロアルキル基,ハロアルコキシ基,ハロアルキルチオ基,ホルミル基,アルケニル基,アルキニル基及びハロアルケニル基よりなる群からえらばれた基を示し,lは0,1,2,3又は4を示し,そしてmは2,3又は4を示す,

で表わされるニトロイミノ誘導体を有効成分として含有することを特徴とする殺虫剤。」(3頁,特許請求の範囲,請求項9)

(3)  「本発明者等はニトロイミノ誘導体の合成及びその生物活性について研究を行つてきた。その結果,前記式(I)で表わされる従来公知文献未記載のニトロイミノ誘導体の合成に成功し,更に,該ニトロイミノ誘導体は,予想外且つ驚くべきことには,後に,具体的に例示された生物試験から明らかなように,前記公知刊行物記載の類似の公知化合物(A)が,ほとんど殺虫作用を示さないのに対して,極めて卓越した殺虫作用を発現し,更には,低薬量で完璧な防除作用を現す新規化合物であることを発見した。」(4頁左下欄下から9行~右下欄2行)

(4)  「本発明一般式(I)の化合物の具体例としては,特には,下記のものを例示することができる。・・・1-(2-クロロ-5-ピリジルメチル)-2-(ニトロイミノ)イミダゾリジン」(5頁右上欄6~12行)

(5) 「本発明の式(I)化合物は,強力な殺虫作用を現す。従って,それらは,殺虫剤として,使用することができる。そして,本発明の式(I)活性化合物は,栽培植物に対し,薬害を与えることなく,有害昆虫に対し,的確な防除効果を発揮する。また本発明化合物は広範な種々の害虫,有害な吸液昆虫,かむ昆虫およびその他の植物寄生害虫,貯蔵害虫,衛生害虫等の防除のために使用でき,それらの駆除撲滅のために適用できる。そのような害虫類の例としては,以下の如き害虫類を例示することができる。昆虫類として,鞘翅目害虫,例えばアズキゾウムシ・・・;鱗翅目虫,例えば,マイマイガ・・・;半翅目虫,例えばツマグロヨコバイ・・・;直翅目虫,例えば,チャバネゴキブリ・・・;等翅目虫,例えば,ヤマトシロアリ(deucotermes speratus),イエシロアリ(Coptotermes formosanus);双翅目虫,例えば,イエバエ・・・等を挙げることができる。」(14頁左上欄1行~左下欄19行)

(6)  「衛生害虫,貯蔵物に対する害虫に使用される際には活性化合物は,石灰物質上のアルカリに対する良好な安定性はもちろんのこと,木材及び土壌における優れた残効性によって,きわだたされている。」(16頁左上欄11~15行)

(7)  「実施例3-ii

file_4.jpgie trite 4 3)上記実施例3-iで合成された臭化水素酸塩(5.8g)を98%硫酸(30ml)に0℃で加え,続いて,攪拌しながら,0℃で発煙硝酸2mlを少しずつ加える。加え終わった後,0℃で2時間攪拌した後,内容物を氷水(100g)に注ぎ,ジクロロメタンで抽出する。抽出物よりジクロロメタンを減圧で留去すると,淡黄色の結晶が得られ,この結晶をエーテルで洗浄すると,1-(2-クロロ-5-ピリジルメチル)-2-(ニトロイミノ)イミダゾリジン(1.5g)が得られる。mp.136~139℃」(16頁右下欄下から4行~17頁9行)

(8)  「実施例5(生物試験)

有機リン剤抵抗性ツマグロヨコバイに対する試験

供試薬液の調製

溶剤:キシロール3重量部

乳化剤:ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル1重量部

適当な活性化合物の調合物を作るために活性化合物1重量部を前記量の乳化剤を含有する前記量の溶剤と混合し,その混合物を水で所定濃度まで希釈した。

試験方法:

直径12cmのポットに植えた草丈10cm位の稲に,上記のように調製した活性化合物の所定濃度の水希釈液を1ポット当り10ml散布した。散布薬液を乾燥後,直径7cm,高さ14cmの金網をかぶせ,その中に有機リン剤に抵抗性を示す系統のツマグロヨコバイの雌成虫を30頭放ち,恒温室に置き2日後に死虫数を調べ殺虫率を算出した。代表例をもって,その結果を第2表に示す。

file_5.jpgBAR 1 Prt a | BR実施例6(生物試験)

ウンカに対する試験)

試験方法:

・・・

代表例をもって,その結果を第3表に示す。

file_6.jpgLd aa m {S) teh | FRE ® i pem [sete[eseeleve gra \orn lore 1 4o|100 | +60 {100 2 ao 10a toa 100 & 40 106 160 +900 4 4o¢} 100 | t90 |109 10 |, 40] 190 | +00 [100 s@4] 2904 100 eo a実施例7(生物試験)

有機リン剤,及びカーバメート剤抵抗性モモアカアブラムシに対する試験

試験方法:

・・・

代表例をもって,その結果を第4表に示す。

file_7.jpgA ROWS | CBRPRE | RES pps 1 200 400 2 209 1og 8 200 100 4 2aa 190 18 200 160¢@ 14 200 108 Jem 1000 60 2806 0(19頁左上欄7行~20頁左上欄)

2  取消事由1(相違点1(保護対象を「木材及び木質合板類」と規定したこと)の判断の誤り)について

(1)ア  原告は,衛生害虫の静止場所ないし生息場所にはその素材が木材,土壌などである場合があり,当該衛生害虫の静止場所ないし生息場所に殺虫剤を施用するのが常套であるから,本件審決のように,衛生害虫,貯蔵物に対する害虫に害虫防除剤を施用する際に,木材及び土壌に害虫防除剤を施用することはまれであるとの解釈を採ることはできない,そうすると,本件審決のように,刊行物1(甲8)の残効性に関する記載を,害虫の種類とは独立した性質であるとする解釈は成り立たず,「衛生害虫,貯蔵物に対する害虫」と切り離して解することはできない,と主張する。

イ(ア)  しかし,まず,前記1のとおり,刊行物1(甲8)には,「本発明者等はニトロイミノ誘導体の合成及びその生物活性について研究を行ってきた。その結果,前記式(I)で表わされる従来公知文献未記載のニトロイミノ誘導体の合成に成功し,更に,該ニトロイミノ誘導体は,予想外且つ驚くべきことには,後に,具体的に例示された生物試験から明らかなように,前記公知刊行物記載の類似の公知化合物(A)が,ほとんど殺虫作用を示さないのに対して,極めて卓越した殺虫作用を発現し,更には,低薬量で完璧な防除作用を現す新規化合物であることを発見した。」(4頁左下欄下から9行~右下欄2行),「本発明の式(I)化合物は,強力な殺虫作用を現す。従って,それらは,殺虫剤として,使用することができる。そして,本発明の式(I)活性化合物は,栽培植物に対し,薬害を与えることなく,有害昆虫に対し,的確な防除効果を発揮する。」(14頁1行~5行)とあるように,一般式(Ⅰ)で表されるニトロイミノ誘導体が強力な殺虫作用を現すことが述べられている。

しかるに,刊行物1(甲8)には,「本発明一般式(I)の化合物の具体例としては,特には,下記のものを例示することができる。…1-(2-クロロ-5-ピリジルメチル)-2-(ニトロイミノ)イミダゾリジン」(5頁右上欄6行~12行)とあるから,上記ニトロイミノ誘導体の具体例として,特に,イミダクロプリドが例示されている。

さらに,刊行物1(甲8)には,「本発明化合物は広範な種々の害虫,有害な吸液昆虫,かむ昆虫およびその他の植物寄生害虫,貯蔵害虫,衛生害虫等の防除のために使用でき,それらの駆除撲滅のために適用できる。そのような害虫類の例としては,以下の如き害虫類を例示することができる。昆虫類として,鞘翅目害虫,例えばアズキゾウムシ…;鱗翅目虫,例えば,マイマイガ…;半翅目虫,例えばツマグロヨコバイ…;直翅目虫,例えば,チャバネゴキブリ…;等翅目虫,例えば,ヤマトシロアリ(deucotermes speratus),イエシロアリ(Coptotermes formosanus);双翅目虫,例えば,イエバエ…等を挙げることができる。」(14頁左上欄6行~左下欄下から2行)とある。

これらによれば,刊行物1には,イミダクロプリドが具体例として例示される上記ニトロイミノ誘導体が強力な殺虫作用を現すこと,同ニトロイミノ誘導体が広範な種々の害虫の防除のために使用できること,その害虫類の具体例として,ヤマトシロアリ,イエシロアリが挙げられること,が記載されていると認めることができる。

(イ)  しかるに,一般に,殺虫活性のある化合物は,施用箇所において,分解,揮発等により自然に消滅するか,又は,洗浄,焼却,施用対象植物の収穫等により人為的に除去されるという事情がなければ,その施用箇所にとどまって,殺虫活性を示し続けるといえる。そうすると,殺虫残効性のある化合物とは,その施用箇所において,短期間に分解・揮発等により自然に消滅することのない性質を有する化合物であるということができる。

これを上記(ア)の一般式(I)で表される化合物(ニトロイミノ誘導体)について見ると,刊行物1(甲8)には,同化合物について,「衛生害虫,貯蔵物に対する害虫に使用される際には活性化合物は,石灰物質上のアルカリに対する良好な安定性はもちろんのこと,木材及び土壌における優れた残効性によって,きわだたされている。」(16頁左上欄11行~15行)とあるから,上記ニトロイミノ誘導体は,木材及び土壌において,短期間に分解・揮発等により自然に消滅することのない性質を有する化合物であることが示されている。そして,このような性質は,殺虫対象となる昆虫によって左右されるものではないから,刊行物1(甲8)の上記記載に接した当業者が,当該記載は,殺虫対象が衛生害虫,貯蔵物に対する害虫であるときに限られる旨理解するとみるのは合理的でなく,むしろ,同記載に係る残効性が発揮されるのは,刊行物1記載の殺虫対象全般に対してである旨理解するとみるのが合理的である。

(ウ)  以上の(ア),(イ)によれば,イミダクロプリドの殺虫残効性について生物試験の実施例の記載がないことを考慮してもなお,刊行物1(甲8)において,上記ニトロイミノ誘導体(一般式(I)で表される化合物)の具体例であるイミダクロプリドが,ヤマトシロアリ,イエシロアリに対して木材及び土壌における優れた残効性を有することが記載されているというべきである。そうすると,衛生害虫の静止場所ないし生息場所にはその素材が木材,土壌などである場合があり,衛生害虫の静止場所ないし生息場所に殺虫剤を施用するのが常套であると認められるかどうかについて検討するまでもなく,刊行物1(甲8)の上記記載を,「衛生害虫,貯蔵物に対する害虫」と切り離して解することはできないとする原告の主張は既に失当であることが明らかであって,採用することができない。

(2)  原告は,引用発明の殺虫活性化合物がイエシロアリ及びヤマトシロアリに対しても同様に殺虫作用を及ぼすものであると断定し得ない以上,刊行物1(甲8)にイエシロアリ及びヤマトシロアリが例示されていることをもって,引用発明において害虫からの保護対象として木材と規定することが当業者にとって容易になし得ることであると解するのは早計に過ぎると主張する。

しかし,前記(1)イ(ア)に説示したとおり,刊行物1(甲8)には,イミダクロプリドが具体例として例示される上記ニトロイミノ誘導体が強力な殺虫作用を現すこと,同ニトロイミノ誘導体が広範な種々の害虫の防除のために使用できること,その害虫類の具体例として,ヤマトシロアリ,イエシロアリが挙げられること,が記載されていると認めることができる。また,前記(1)イ(イ)に説示したとおり,刊行物1(甲8)の「衛生害虫,貯蔵物に対する害虫に使用される際には活性化合物は,石灰物質上のアルカリに対する良好な安定性はもちろんのこと,木材及び土壌における優れた残効性によって,きわだたされている。」(16頁左上欄11行~15行)との記載に係る残効性が発揮されるのは,刊行物1記載の殺虫対象全般に対してである旨理解するとみるのが合理的である。

以上によれば,引用発明の殺虫活性化合物がイエシロアリ及びヤマトシロアリに対しても同様に殺虫作用を及ぼすものであるといえないことを前提とする原告の上記主張は,その前提を欠くものであり,採用することができない。

(3)  よって,取消事由1は理由がない。

3  取消事由2(相違点2(対象害虫を「イエシロアリ又はヤマトシロアリ」と規定したこと)についての判断の誤り)について

(1)  原告は,審決の,刊行物1(甲8)にはその殺虫活性化合物であるニトロイミノ誘導体が木材における優れた残効性を示すことが記載されている旨の認定は当を得ていないと主張するが,上記2(1)イの説示に照らし,採用することができない。

(2)  原告は,一般に,化学物質の害虫に対する防除効果は害虫の種類によって大きな差異があるから,化学物質の効果が生物試験によって裏付けられていない限り所期の効果を予測することができず,刊行物1(甲8)に唯一具体化されている実施例5~7の生物試験の結果をもって,刊行物1(甲8)に羅列されている多数の昆虫すべてに対しても同様に引用発明の活性化合物が「強力な殺虫作用を現す」と解することはできないと主張する。

しかし,前記2(1)イ(ア)に説示したとおり,イミダクロプリドの殺虫作用について生物試験の実施例の記載がないことを考慮してもなお,刊行物1(甲8)には,イミダクロプリドが具体例として例示される上記ニトロイミノ誘導体が強力な殺虫作用を現すこと,同ニトロイミノ誘導体が広範な種々の害虫の防除のために使用できること,その害虫類の具体例として,ヤマトシロアリ,イエシロアリが挙げられること,が記載されていると認めることができる。このことは,一般に,化学物質の害虫に対する防除効果が害虫の種類によって大きな差異があることを指摘しても,左右されるものではない。

以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。

(3)  原告は,甲11(A作成,2005年5月23日付け実験成績証明書)は,イミダクロプリド関連化合物のイエシロアリに対する生物学的活性試験(活性成分濃度は50~400ppm)を実施し,その結果を一覧したものであるが,これによれば,刊行物1の式(I)に包含される化合物であっても,対象害虫によっては,刊行物1(甲8)の記載とは異なり,強力な殺虫作用どころか,ほとんど殺虫効果を示さないものもあると主張する。

しかし,刊行物1の式(I)に包含される化合物に,対象害虫によってはほとんど殺虫効果を示さないものがあったことを指摘したとしても,前記2(1)イ(ア)に説示したように,刊行物1に,イミダクロプリドが具体例として例示される上記ニトロイミノ誘導体が強力な殺虫作用を現すこと,同ニトロイミノ誘導体が広範な種々の害虫の防除のために使用できること,その害虫類の具体例として,ヤマトシロアリ,イエシロアリが挙げられること,が記載されていると認めることができることを左右することはできない。

以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。

(4)  原告は,甲18(平成18年3月14日付けB氏〔共同発明者〕の私見)によれば,イミダクロプリドでさえ,鱗翅目昆虫等の中に殺虫作用を発揮できない害虫が存在しているのであるから,「式(I)化合物が強力な殺虫作用を現す」との刊行物1(甲8)の記載は,その列挙しているすべての害虫にそのまま当てはまるということはできないと主張する。

しかし,イミダクロプリドにおいて,鱗翅目昆虫等の中に殺虫作用を発揮できない害虫が存在していることを指摘したとしても,前記2(1)イ(ア)に説示したように,刊行物1(甲8)に,イミダクロプリドが具体例として例示される上記ニトロイミノ誘導体が強力な殺虫作用を現すこと,同ニトロイミノ誘導体が広範な種々の害虫の防除のために使用できること,その害虫類の具体例として,ヤマトシロアリ,イエシロアリが挙げられること,が記載されていると認めることができることを左右することはできない。

以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。

(5)  原告は,第1次判決(甲3)の説示に関して,縷々主張する。しかし,第2「事案の概要」の1(2)~(4)のとおり,第1次判決(甲3)の言渡しの後に訂正がなされ,その後さらに本件訂正がなされて本件訂正発明に至っているのであるから,本件訂正前の発明についての判示を取り上げて,本件訂正発明に当てはめようとする原告の主張は,その点において既に失当である。

(6)  原告は,刊行物1(甲8)から,イミダクロプリドがイエシロアリ又はヤマトシロアリに対する害虫防除剤として知られているに等しいとはいえないと主張するが,前記2(2)の説示に照らし,採用することができない。

(7)  よって,取消事由2は理由がない。

4  取消事由3(相違点3(害虫防除剤を「木材及び木質合板類浸み込用」と規定したこと)の判断の誤り)について

(1)  原告は,本件審決の認定は,イミダクロプリドがイエシロアリ又はヤマトシロアリに対する害虫防除剤として知られていたことを前提にして初めて成立するところ,この前提に十分な検討が加えられていないと主張するが,前記2(2)の説示に照らし,採用することができない。

(2)  原告は,イミダクロプリドがイエシロアリ又はヤマトシロアリに対して殺虫活性を有していることは,刊行物1(甲8)に記載されているとも,刊行物1から容易に予測されるともいえないから,イエシロアリ又はヤマトシロアリを防除するに際して「イミダクロプリドを木材及び木質合板類浸み込用剤とすること」は極めてありふれた周知慣用の技術手段ということはできないと主張するが,前記2(2)の説示に照らし,採用することができない。

(3)  原告は,刊行物1(甲8)の「極めて卓越した殺虫作用」又は「強力な殺虫作用」は,実施例5~7の「散布」による殺虫効果にしかすぎず,本件訂正発明の「浸み込用」は,「散布」とはほど遠い害虫防除剤の適用形態であると主張する。

しかし,害虫防除剤の適用形態が「散布」であっても「浸み込用」であっても,害虫は,害虫防除剤の有効成分に接触して殺虫されるものであることに変わりはない。そして,害虫防除剤を「散布」するか「浸み込用」とするかは,同剤が害虫に接触する過程の違いにすぎず,殺虫作用自体は,害虫防除剤の有効成分の性質によるものというべきである。そうすると,このような害虫防除剤の適用形態の違いによって,害虫防除剤の殺虫作用に違いが出ることを直ちに導くことはできない。

以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。

(4)  原告は,害虫の種類に応じて害虫防除剤の適用方法を変えるのは当然のことであるが,刊行物1(甲8)の記載からイミダクロプリドがシロアリに対して殺虫作用を有することが知られていたとすることはできないから,イミダクロプリドを木材等の内部に浸み込ませてシロアリの侵襲を防除する方法は当業者が容易になし得るとすることはできないと主張する。

しかし,原告の上記主張は,刊行物1(甲8)にイミダクロプリドがシロアリに対して殺虫作用を有することが記載されているといえないことを前提とするものであるから,前記2(2)の説示に照らし,採用することができない。

(5)  よって,取消事由3は理由がない。

5  取消事由4(本件訂正発明の奏する効果の判断の誤り)について

(1)  ヤマトシロアリについて

ア 原告は,本件訂正明細書(甲5)に記載の実施例11の対象害虫はレチクリターメス サントネシスであって,これは本件訂正発明のヤマトシロアリと昆虫の学術分類上同じ「属」に属するものであり,本件訂正明細書(甲5)は,実施例11に記載の効果をもって,ヤマトシロアリについて本件訂正発明の奏する効果としたものである,同じ「属」に属する生物は形態上も生態上も非常に似た性質を有しているから,ある「属」に属する1つの種の効果をもって,同じ「属」に属する他の種についての効果とみなすことは許されるべきで,特に反証のない限り,両者には同等の効果を奏するものと取り扱っても差し支えはないと主張する。

しかし,本件訂正発明が,具体的に「ヤマトシロアリより保護するための」との文言で記載されている以上,本件訂正発明の奏する効果を裏付けるためには,ヤマトシロアリそのものに対する用途を裏付ける効果を示すべきである。そうすると,たとえ同じ「属」に属する生物を対象害虫とした実施例の記載があったとしても,これをヤマトシロアリ自体を対象害虫とした実施例の記載と同視することはできない。また,一般に,殺虫剤が同じ属に属するすべての昆虫に対して例外なく同じ殺虫活性を示すとはいえないし,本件において,上記実施例11で用いる昆虫が殺虫剤に対する感受性の点でヤマトシロアリと同一であると認めるに足りる証拠もない。

以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。

イ 原告は,本件訂正明細書(甲5)の実施例9にはイエシロアリを対象害虫とした具体例を記載しているところ,ヤマトシロアリとイエシロアリとの共通性に鑑みると,イエシロアリの実施例でもって,ヤマトシロアリへの殺虫効果も十分に類推することができる,と主張するが,上記アの説示に照らし,採用することができない。

(2)  原告は,イエシロアリについて,本件審決の説示が第1次判決(甲3)の判示と齟齬を来すとして縷々主張する。しかし,前記3(5)に説示したとおり,第1次判決(甲3)の言渡しの後に訂正がなされ,その後さらに本件訂正がなされて本件訂正発明に至っているのであるから,本件訂正前の発明についての第1次判決の判示と本件訂正発明についての本件審決の説示の整合性を問題とする原告の主張は,その点において既に失当である。

(3)  原告は,本件訂正発明は「木材及び木質合板類浸み込用害虫防除剤」であるところ,これに対応する効果は本件訂正明細書(甲5)の実施例9の第2表に具体的に示されていることから,本件訂正発明の奏する効果は第2表に基づいて判断されるべきであると主張する。

しかし,一般に,化合物発明やその用途発明において,発明の対象とされる化合物や有効成分同士の間に効果の点で優劣の差があるのは当然であり,それらの中で,実施例の化合物や有効成分のうちのどれかが最も優れた効果を有することは,当業者が当然に予測することである。しかるに,イミダクロプリドは,刊行物1(甲8)において,すべての生物試験に供される3つの有効成分たる化合物No.1~3の一つ,化合物No.3として記載されているから,かかるイミダクロプリドが,化合物No.1,2を初めとする他の刊行物1記載の化合物と比較してイエシロアリに対し本件訂正明細書(甲5)の実施例9の第2表に記載されたような優れた効果を有するとしても,それは当業者が容易に予測することというほかない。

以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。

(4)  よって,取消事由4は理由がない。

6  その他の原告の主張について

原告は,刊行物1(甲8)は,当業者が容易に実施し得る程度に記載されているとはいえない,すなわち,刊行物1(甲8)の「極めて卓越した殺虫作用を発現し」,「強力な殺虫作用を現す」とは,「極めて卓越した」,「強力な」が修飾語であることから,そのままの記載では客観的に式(I)で表されるニトロイミノ誘導体の殺虫作用がどのようなものであるか把握することができず,最良の実施の態様である実施例5~7のツマグロヨコバイ他4種の半翅目虫に対する散布殺虫性を中核として判断すべきである,刊行物1(甲8)に有害昆虫を網羅するような記載があるからといって,上記実施例に供された半翅目虫とは生態的にも生物分類的にも異なる範疇の害虫に対しても同様の殺虫効果が及ぶか否かは,当業者にとって,刊行物1(甲8)の記載ないし本件特許の出願当時の技術水準を考慮しても不明なものとしなければならない,刊行物1(甲8)の「木材及び土壌における優れた残効性」は具体性のない一行記載にすぎないから,その内容がどのようなものであるか客観的に把握することができず,殺虫活性化合物の残効性は,害虫に依存する「殺虫活性の持続性」であるから,その化合物本来の属性ではなく,殺虫対象となる昆虫によって左右されるものといわなければならない,と主張する。

しかし,刊行物1(甲8)について,当業者が容易に実施し得る程度に記載されていないことをいうために原告が指摘している上記の事項は,既に,前記2(1),(2),3(1)~(4)の説示に照らし,いずれも失当というべきであるから,原告の上記主張は前提を欠くものであり,採用することができない。

7  結論

以上によれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。

よって,原告の請求は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 本多知成 裁判官 田中孝一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例