知財高等裁判所 平成20年(行ケ)10333号 判決 2010年1月19日
原告
ローベルト ボツシユ ゲゼルシヤフト ミツト ベシユ レンクテル ハフツング
同訴訟代理人弁理士
加藤卓
同
栗原聖
被告
特許庁長官
同指定代理人
小谷一郎
同
深澤幹朗
同
八板直人
同
黒瀬雅一
同
小林和男
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2005-21873号事件について平成20年5月13日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が名称を「車両の制御方法および装置」とする発明につき特許出願をしたところ,特許庁から拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたが,請求不成立の審決を受け,その取消しを求めた事案である。
主たる争点は,上記発明が,特開昭62-26134号公報(甲1。以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び周知技術から容易に想到することができるか否か,及び本願に係る明細書及び図面の記載が,平成6年法律第116号による改正前の特許法(以下「改正前特許法」という。)36条4項ないし6項所定の要件を満たしているか否かである。
1 特許庁における手続の経緯
原告は,平成5年11月19日(パリ条約による優先権主張1992年11月26日,独国),上記発明につき出願し(平成5年特許願第289672号),平成15年9月11日付けで補正をしたが,平成17年8月11日付けで拒絶査定を受けた。
原告は,同年11月14日,上記拒絶査定に対する不服審判請求をし,同年12月9日付けで,審判請求の理由を補正する手続補正をし(甲11),さらに,平成20年3月3日付けで補正をした(甲14)。
特許庁は,上記審判請求を不服2005-21873号事件として審理し,平成20年5月13日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月27日,原告に送達された。なお,原告のため,90日の出訴期間が付加されている。
2 発明の内容
本願に係る発明は,平成20年3月3日付けの手続補正(以下「本件補正」という。)により補正された明細書(甲14,甲3参照)の【特許請求の範囲】【請求項1】ないし【請求項8】に記載された次のとおりのものである(以下,【請求項1】に記載されたものを「本願発明」という。請求項2ないし8は省略する。)。
【請求項1】 「部分システムを接続する通信システム(24)を介して情報を交換する少なくとも2つの部分システム(10,18,20,22)を備え,
前記部分システムの少なくとも一つ(10)は,車両の駆動ユニットを制御する制御ユニットであり,
前記制御ユニット(10)には,車両ないし駆動ユニットの少なくとも一つの運転状態において前記通信システム(24)を介して他の部分システムの少なくとも一つ(18,20,22)から,駆動ユニットから発生すべきクラッチトルクの設定値(mokupsol)が供給される,駆動ユニットを備えた車両の制御方法であって,
前記車両の駆動ユニットを制御する制御ユニットは,給気により調達されるクラッチトルク(mokupfu)を前記他の部分システムの少なくとも一つに伝達し,
前記クラッチトルクの設定値は,前記他の部分システムの少なくとも一つにより該他の部分システムの少なくとも一つに伝達された給気により調達されるクラッチトルク(mokupfu)に応じて形成されることを特徴とする車両の制御方法。」
3 審決の内容
審決は,次のとおり,①引用発明及び周知技術から本願発明を想到することは容易であったとして,本願発明は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない上,②本願発明は,改正前特許法36条4項ないし6項の規定を満たしていないとした。
(1) 進歩性について
ア 引用発明の内容
「制御装置32,44を互いに接続して情報を交換する2つの制御装置32,44を備え,前記制御装置の一つは,エンジン10を制御する第2制御装置44であり,
前記第2制御装置44には,エンジン10の少なくとも一つの運転状態において第1制御装置(32)から,目標エンジン出力トルクTe*が供給される,エンジン10を備えた車両の制御方法であって,
前記第2制御装置44は,目標エンジン出力トルクTe*から算出された燃料噴射量を表す制御量Gfを第1制御装置(32)に伝達する車両の制御方法。」
イ 引用発明と本願発明の一致点及び相違点
(ア) 一致点
「部分システムを接続する通信システムを介して情報を交換する少なくとも2つの部分システムを備え,
前記部分システムの少なくとも一つは,車両の駆動ユニットを制御する制御ユニットであり,
前記制御ユニットには,車両ないし駆動ユニットの少なくとも一つの運転状態において前記通信システムを介して他の部分システムの少なくとも一つから,発生すべきトルクの設定値が供給される,制御ユニットを備えた車両の制御方法。」である点
(イ) 相違点1
「本願発明では,車両の駆動ユニットを制御する制御ユニットは,『給気により調達されるクラッチトルク(mokupfu)を前記他の部分システムの少なくとも一つに伝達し,
前記クラッチトルクの設定値は,前記他の部分システムの少なくとも一つにより該他の部分システムの少なくとも一つに伝達された給気により調達されるクラッチトルク(mokupfu)に応じて形成される』のに対して,引用刊行物の発明は,車両の駆動ユニットを制御する制御ユニットが,そのような構成を採っているかどうか不明な点。」
(ウ) 相違点2
「本願発明においては,駆動ユニットから発生すべきトルクの設定値が,駆動ユニットから発生すべきクラッチトルクの設定値であるのに対して,引用刊行物の発明はそのような構成を採っていない点。」
ウ 容易想到性についての判断
(ア) 相違点1について
「一般に設定値(目標値)のトルクに対して実際のトルクを検出手段で検出して,設定値のトルクを制御することは周知(以下,「周知技術」という。例えば,特開平2-208136号公報(判決注:甲2)参照)であり,この周知技術を引用刊行物の発明に適用して相違点1に係る本願発明の構成とすることは,当業者が容易に推考し得るものである。」
(イ) 相違点2について
「そもそも,駆動ユニットから発生すべき値のうちで,どのような値を供給するかは,設計にあたって適宜選択すべき事項にすぎないことから,相違点2に係る本願発明の構成とすることは,当業者が容易に推考し得るものである。」
エ 作用効果について
「本願発明を全体としてみても,引用刊行物の発明及び周知技術から予測される以上の格別の効果を奏するとも認められない。」
(2) 記載不備について
ア 記載不備の具体的内容
「(1) 特許請求の範囲において,『車両の駆動ユニットを制御する制御ユニットは,前記設定値によって表される量の実際値に関する情報を,前記少なくとも一つの部分システムに伝達する』と記載されているが,発明の詳細な説明の例えば,【0101】の記載を参酌しても,当該構成による技術的意義が不明であるし,発明の解決しようとする課題との関係においても,明瞭とはいえない。
(2) 発明の詳細な説明において,以下の点が不備である。
ア.発明が解決しようとする課題が明確ではない。
例えば,【0007】において,『エンジン制御システム』,『インターフェース』及び『部分システム』の構成から,『エンジンタイプ並びに得られるエンジン調節用の量に無関係に制御』すること,『エンジン制御システムと通信する部分システムに無関係に用いることができる車両の制御』とは,どのようなことを意味しているのか。
イ.課題を解決するための手段が,明確ではない。
例えば,【0008】において,『設定値によって表される量の実際値に関する情報』を『部分システム』に伝達するとは,どのようなことを意味し,何を解決するのか。
ウ.本願発明の利点として,例えば【0012】~【0017】が挙げられているが,各利点は,特許請求の範囲のどの構成によって達成されるのか。
エ.誤記,日本語として不備な箇所
例えば,【0027】の『得らる』は『得られる』の誤記。
オ.【0028】の『更にインターフェースへの作用を行なうことなくこの部分構造だけアクティブでなくなる一元的なエンジントルクインターフェースが,本発明のインターフェースにより実現可能になる。』とは,どのようなことを意味しているのか。
カ.『水素エンジンのような他の駆動コンセプトに関連しても効果的に使用できる』と【0100】で記載されているが,どのように適用し,どのような構成なのか。」
イ 「拒絶理由2(記載不備)に対して,請求人は平成20年3月3日付けの手続補正書による補正(以下,「本件補正」という。)で,拒絶理由2は解消している旨同日付けの意見書で主張している。
ところで,本件補正は,明細書を以下のように補正するものである。
・・・
前記【手続補正1】~【手続補正15】によって,拒絶理由2(記載不備)が解消しているかについて各々検討する。
(1) 拒絶理由2における指摘事項(1)に対して,【手続補正1】で駆動ユニットを制御する制御ユニットを限定する補正を行っているものの,依然として「設定値」と「少なくとも一つの部分システムに伝達」の構成による技術的意義が不明りょうであり,本件補正による発明の詳細な説明を考慮しても明りょうとはいえない。
(2) 拒絶理由2における指摘事項(2)ウ.に対して,段落【0013】~【0017】を削除して特許請求の範囲の構成と対応させた旨の主張を上記意見書でしている。しかしながら,この削除をする補正によって本願発明の利点自体も削除されることなってしまったので,特許請求範囲に記載される構成と本願発明の利点との対応が不明りょうとなっており,依然として拒絶理由2.ウで指摘した点は解消されていない。」
第3原告主張の要旨
1 取消事由1(周知技術の認定の誤り)
(1)ア 審決は,「一般に設定値(目標値)のトルクに対して実際のトルクを検出手段で検出して,設定値のトルクを制御すること」は周知であるとして,例えば甲2(特開平2-208136号公報)を参照するように述べる。
しかし,甲2(第5図)において制御されるのは,明らかに,空気量,燃料量,点火時期などの実際のトルクに対応する制御量(制御変数)であり,設定値(目標値)のトルクではない。このように,甲2には,制御量を,設定値のトルクと実際のトルク間の偏差に応じて制御することは記載されているが,設定値のトルク自体を制御することは記載されていない。また,一般に,「目標値」は,フィードバック制御において制御対象の制御量と比較され,両者に制御偏差(ずれ)がある場合には,制御偏差がなくなるように該制御量が制御されるのであるから,制御されるのは,制御量であって設定値(目標値)でないことは,フィードバック制御においては自明事項である。
このほか,甲2(第6図)には,「トルクの設定値に対してトルクの推定値をオブザーバB402で検出して,コントローラ401の出力によりエンジン16のトルクとドライブトレイン17の変速比を制御する」技術が記載されるのみである。そして,甲2記載の「トルクの設定値」は,審決でいう「設定値のトルク」に相当し,甲2の「トルクの推定値」は,審決でいう「実際のトルク」に相当するから,甲2において制御されているのはエンジンのトルク等であり,エンジントルク等を制御するために設定される「トルクの設定値」を制御することは記載されていない。
このように,審決は,「実際のトルク(制御量)を制御する」ことを,「設定値のトルクを制御する」ことと誤認したものであって,審決が参照を指示した甲2には,審決が周知とした技術事項は記載されておらず,審決には,周知技術認定に誤りがある。
イ また,乙1には,「スリップ時の目標トルクTTCに対して現出力トルクTEM’を検出して,エンジンのスロットル開度を制御する」技術が記載されているところ,「スリップ時の目標トルクTTC」は,審決でいう「設定値のトルク」に相当し,「現出力トルクTEM’」は審決でいう「実際のトルク」に相当するから,乙1において制御されるのは「エンジンのスロットル開度」であり,これを制御するために設定される「スリップ時の目標トルクTTC」,すなわち審決でいう周知技術の「設定値のトルク」を制御することは記載されていない。
同様に,乙2には,「有効トルク」が「駆動輪総トルクの最大値」から求められ,「スロットル開度」が「駆動輪総トルクの最大値」により制御されることが記載されているところ,「有効トルク」は審決でいう「設定値のトルク」に相当し,「駆動輪総トルクの最大値」は審決でいう「実際のトルク」に相当するから,乙2において制御されるのは「スロットル開度」であって,審決でいう「設定値のトルク」に相当する「有効トルク」を制御することは記載されていない。
ウ 以上のとおり,審決でいう「設定値(目標値)のトルクに対して実際のトルクを検出手段で検出して,設定値のトルクを制御する」という周知技術は,甲2,乙1,乙2には記載されておらず,記載されていない技術を周知技術とする審決には誤りがある。
(2) 被告は,スピンホイールを防止するために,両制御サブシステム3と4がどのような協調制御を行っているかを理解することなく,「コントローラ401は,運転者の要求に応じたトルクの設定値とエンジン出力の推定値に応じて,運転者の要求に応じたトルクの設定値よりも小さいスピンホイール時のエンジン出力の値を設定していること」が分かるとして,後記第4.1(2)イの「甲2記載の技術事項」を導き出している。
しかし,甲2には,「コントローラ401は,運転者の要求に応じたトルクの設定値とエンジン出力の推定値に応じて,エンジン16のトルクとドライブトレイン17の変速機のトルクを制御し,車体18の加速度を運転者の要求に合致させていること」,及び「エンジン制御サブシステム3とドライブトレイン制御サブシステム4の協調制御により,エンジン出力を低下させてスピンホイールを防止すること」が記載されるのみであって,被告のいう「甲2記載の技術事項」は甲2には記載されておらず,甲2記載の技術から把握できる事項でもない。
(3)ア 仮に,被告のいう「甲2記載の技術事項」が甲2に記載されているとしても,以下のとおり,これから導かれる被告の周知技術の認定には妥当性がない。
すなわち,甲2の「オブザーバB402」は,推定ないし検出機能を有するが,制御機能を有しないから,これを,制御機能を有する本願発明の「車両の駆動ユニットを制御する制御ユニット」に相当すると解するのは妥当ではない。
また,甲2では,エンジン出力の推定値(「給気により調達されるクラッチトルク」に対応するもの)は,オブザーバB402から,コントローラ401(「他の部分システムの少なくとも一つ」に対応するもの)に伝達されるが,上記のとおり,オブザーバB402には制御機能がなく,本願発明の「車両の駆動ユニットを制御する制御ユニット」には当たらない上,甲2の「エンジン出力の推定値」は,エンジン16の空気量と燃料量と点火時期を調整することによってエンジン16から出力されるトルクであり,オブザーバB402によって推定される値であるが,他方で,本願発明の「給気により調達されるクラッチトルク」は,後記2(1)のとおり(マップ点火角での)実際値を意味するから,甲2の「エンジン出力の推定値」は,本願発明の「給気により調達されるクラッチトルク」には相当しない。
さらに,甲2の「コントローラ401」から出力される値は,エンジン16とドライブトレイン17に伝達され,オブザーバB402には伝達されないのに対し,本願発明の「他の部分システムの少なくとも一つ」から出力されるクラッチトルク設定値は「車両の駆動ユニットを制御する制御ユニット」に伝達されるものであるから,甲2の「コントローラ401」は本願発明の「他の部分システムの少なくとも一つ」には相当しない。
このほか,甲2の「スピンホイール時のエンジン出力の値」は,「オブザーバB402」には伝達されず,他方で,本願発明の「クラッチトルクの設定値」は,「車両の駆動ユニットを制御する制御ユニット」に伝達されるのであるから,甲2の「スピンホイール時のエンジン出力の値」は,本願発明の「クラッチトルクの設定値」には相当しない。
以上のとおり,被告による「甲2記載の技術事項」と本願発明との対応付けは妥当でないため,「クラッチトルク検出手段は,給気により調達されるクラッチトルクを目標トルク設定手段に伝達し,クラッチトルクの設定値は,前記目標トルク設定手段により該目標トルク設定手段に伝達された給気により調達されるクラッチトルクに応じて形成される」という(被告のいう)「甲2から把握される技術事項」は,周知の技術的事項ではない。
イ 上記ア同様,被告による「乙1記載の技術事項」と本願発明との対応付けには妥当性がない。
乙1記載の「出力トルク検出手段50」は,現出力トルクTEM’を検出する機能しか有せず,制御機能を有しないが,他方で,本願発明の「制御ユニット」は,車両の駆動ユニットを制御する機能を有するので,検出機能しかない乙1の「出力トルク検出手段50」が本願発明の「車両の駆動ユニットを制御する制御ユニット」に相当するとはいえない。
また,乙1では,吸入空気量Aに基づいて得られる現出力トルクTEM’「(給気により調達されるクラッチトルク」に対応するもの)は,出力トルク検出手段50から,スリップ時目標トルク演算手段61(「他の部分システムの少なくとも一つ」に対応するもの)に伝達されるが,上記のとおり,出力トルク検出手段50には制御機能がなく,本願発明の「車両の駆動ユニットを制御する制御ユニット」には当たらない上,乙1の「吸入空気量Aに基づいて得られる現出力トルクTEM’」は,エンジン負荷情報A/Nとエンジン回転数Nとに応じてトルク検出手段50から求められるが,実際の点火角がエンジン回転数に影響を及ぼす(そして,乙1では,実際の点火角の影響を除去することは行われていない)ところ,本願発明の「給気により調達されるクラッチトルク」も,空気質量測定値tlHFMとエンジン回転数nに基づいて求められるものの,後記2(1)のとおり,実際の点火角の影響(作用)を除去したものとなっているため,乙1の「吸入空気量Aに基づいて得られる現出力トルクTEM’」と本願発明の「給気により調達されるクラッチトルク」とは対応しない。
さらに,乙1では,「スリップ時目標トルク演算手段61」から出力されるスリップ時目標トルクTTCは,切換手段62を介してスロットル開度設定手段53に伝達されるのに対し,本願発明の「他の部分システムの少なくとも一つ」から出力されるクラッチトルク設定値は「車両の駆動ユニットを制御する制御ユニット」に伝達されるため,乙1の「スリップ時目標トルク演算手段61」と本願発明の「他の部分システムの少なくとも一つ」とは対応しない。
このほか,乙1の「スリップ時目標トルクTTC」は,「スリップ時目標トルク演算手段61」から出力され,「出力トルク検出手段50」には伝達されないのに対し,本願発明の「クラッチトルク設定値」は,「車両の駆動ユニットを制御する制御ユニット」に伝達されるため,乙1の「スリップ時目標トルクTTC」は本願発明の「クラッチトルク設定値」に対応しない。
以上のとおり,被告による「乙1記載の技術事項」と本願発明との対応付けは妥当でないため,「クラッチトルク検出手段は,給気により調達されるクラッチトルクを目標トルク設定手段に伝達し,クラッチトルクの設定値は,前記目標トルク設定手段により該目標トルク設定手段に伝達された給気により調達されるクラッチトルクに応じて形成される」という(被告のいう)「乙1から把握される技術事項」は,周知の技術的事項ではない。
ウ 上記ア,イのとおり,甲2にも乙1にも,給気により調達されるクラッチトルク(mokupfu)に応じてクラッチトルクの設定値を形成することは開示されておらず,「甲2又は乙1から把握される技術事項」は周知の技術的事項ではないにもかかわらず,被告は,同事項をもって審決でいう周知技術としており,このような認定は誤りである。
2 取消事由2(進歩性判断の誤り)
(1)ア 本件では,特許請求の範囲に記載された「給気により調達されるクラッチトルク」が目標値又は実際値のいずれを指すのか,あるいは実際のエンジントルク値に相当するのか等の疑義が生じているので,本願明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌しているものであり,このような用語の解釈は合理的で妥当性のあるものである。
そして,請求項の記載内容(本件における「給気により調達されるクラッチトルク」)を理解するために必要があるときは,かっこ内の符号「mokupfu」を参照して記載内容を理解することができるところ,「給気により調達されるクラッチトルクmokupfu」は,本願明細書(甲3)の段落【0045】【0046】に記載されるとおり,回転数と空気質量測定値tlHFMに基づいて求められることに加え,「調達されるべき」ではなく「調達される」と表現されていることからしても,目標値ではなく実際値を示していると解すべきである。
また,段落【0045】【0046】の記載からすれば,「給気により調達されるクラッチトルク(mokupfu)」は,マップ点火角での「給気により調達されるクラッチトルク」であり,また,その実際値を示していることが理解できる。
なお,本願発明における「実際のトルク」は,本願明細書の段落【0047】等に記載された「実際に得られるクラッチトルクmokupist」に相当するもので(その算出に当たり,計算回路152でシリンダの噴射中止があったかどうかが考慮される。),「給気により調達されるクラッチトルク」(算出において,計算回路152は設けられておらず,噴射中止がないことが前提となっている。)とは異なる。
さらに,「駆動ユニットから発生すべきクラッチトルクの設定値(mokupsol)」は,空気供給(106),燃料供給(102),点火(104)等のすべて又はその一部を調節することで発生させるところ,「給気により調達されるクラッチトルク」は,空気供給(106)を介して得られるもので,両者は物理量が異なる。
なお,本願明細書の段落【0050】には,「もっぱら噴射への作用だけの場合(図5)には点火角補正が省略される」等と記載されており,図5の実施例では,噴射への作用だけなので,「マップ点火角zwkf」と「実際に調節された点火角zwist」は等しく,図5の符号146の乗算回路に付した「関数F(zwopt-zwist)」は「関数F(zwopt-zwkf)」と書き換えることができる。したがって,図5に示した実施例も,図3,4,6に示した実施例と同様に,「給気により調達されるクラッチトルクmokupfu」を算出できる実施例を示しており,本願発明の実施例である。
イ 以上からすれば,給気により調達されるクラッチトルク「mokupfu」(実際の点火角を考慮しない場合のクラッチトルク)が,乙1に記載された「エンジン負荷情報(A/N)」と「エンジン回転数N」との2次元マップから得られる「現出力トルクTEM」又は「現出力トルクTEM’」(実際の点火角の影響を除去することは行われていない)に相当するとの被告の主張は失当である。
ウ 本件補正によって「給気により調達されるクラッチトルク」と限定されたことにより,駆動ユニットとしては,給気により調達されるクラッチトルクを発生する駆動ユニット,例えば,火花点火式内燃機関など(水素エンジンを含む。)が対象となることは明らかであり,そのようなクラッチトルクを発生しない駆動ユニット(電気エンジン,ディーゼルエンジン等)が対象でないことは明らかである。また,明細書添付の図4ないし図6の実施例は,本願発明の対象の範囲内である。
(2)ア 本願発明の「給気により調達されるクラッチトルク(mokupfu)」は,「給気(λ=1でシリンダに供給される空気と燃料の混合気量ないし空気量,チャージ)により調達されるクラッチトルク」のことであって,クラッチトルクはエンジンのクランク軸に現れるトルクのことであり,エンジントルクに対応している。そして,エンジントルクは,空気供給,点火調節及び燃料供給によって変化させることができるので,「給気により調達されるクラッチトルク(mokupfu)」は,実際の点火角を考慮していない場合のクラッチトルクである。これに対し,甲2における「実際のトルク」は,本願発明における「クラッチトルクの実際値ないし実際のエンジントルク(mokupist)」に対応するもので,甲2には本願発明の「給気により調達されるクラッチトルク(mokupfu)」は記載されていない。
また,甲2の「実際のトルク」は,設定値のトルクとの比較のために「エンジン制御サブシステム」,つまり同じシステム内で処理されており,本願発明の「他の部分システム」に相当する「運転者情報制御ユニット」には伝達されず,そこで処理されることはない。したがって,たとえ甲2における「実際のトルク」を本願発明の「給気により調達されるクラッチトルク」に置き換えることが当業者に容易であるとしても,甲2からは,「給気により調達されるクラッチトルク」を,ネットワーク(通信システム)を介して接続された「他の部分システム」に伝達される構成は得られない。
また,甲2では,「設定値のトルク」はアクセルペダル踏込み量αの関数k(α)となっており,「実際のトルク」や「給気により調達されるクラッチトルク」に関係しないのに対し,本願発明では,「駆動ユニットから発生すべきクラッチトルクの設定値」が,他の部分システムの一つにおいて,ここに伝達された「給気により調達されるクラッチトルク」に応じて形成される。
以上のとおり,甲2に記載された発明と本願発明とでは,その構成が顕著に相違している。
イ また,引用例にも,クラッチトルクの設定値が,他の部分システムの少なくとも1つ(第1制御装置)により該他の部分システムの少なくとも1つに伝達された給気により調達されるクラッチトルクに応じて形成されることは記載されていないので,甲2に記載された発明を,引用発明に適用しても,相違点1に係る本願発明の構成とすることが当業者には容易でないことは明らかである。
ウ なお,引用発明における「制御量Gf」は,実際に噴射された燃料量(実際のエンジンの出力トルク)を示すものではなく,目標エンジン出力トルクTe*が実現されるような燃料噴射量を示す値(目標値)にすぎない。そして,実際のエンジンの出力トルクを知るためには,トルク検出手段が必要であるが,引用発明においてトルク検出手段は開示されていない(例えば,燃料噴射装置16に異常があって,制御量Gfに相当する燃料量が噴射されなくても,制御量Gfが噴射されたものとして第1制御装置32に供給されてしまう。)。
以上のとおり,引用発明の「目標エンジン出力トルクTe*から算出された燃料噴射量を表す制御量Gf」は目標値であるところ,本願発明の「給気により調達されるクラッチトルク」は,前記(1)のとおり実際値を示しているから,引用発明では,「第2制御装置44」は,目標値である「エンジンの出力トルクに対応するもの」を「第1制御装置32」に伝達しているのに対し,本願発明では,「車両の駆動ユニットを制御する制御ユニット」は,「給気により調達されるクラッチトルク」の実際値を「他の部分システムの少なくとも一つ」に伝達しているので,両者は対応しない。
また,引用発明における燃料噴射量は,「燃料噴射装置16」に入力されて燃料が噴射されるので,噴射系を介して得られるトルクを発生させるものであるのに対し,本願発明の「給気により調達されるクラッチトルク」は,回転数と空気質量測定値tlHFMとに基づいて求められ,空気供給(絞り弁)を介して得られるトルクであるから,引用発明の「燃料噴射量」と本願発明の「給気により調達されるクラッチトルク」とは対応しない。
エ 甲2の「コントローラ401」は本願発明の「車両の駆動ユニットを制御する制御ユニット」に対応付けられるから,後述の「甲2から把握される技術事項」(「クラッチトルク検出手段は,給気により調達されるクラッチトルクを目標トルク設定手段に伝達し,クラッチトルクの設定値は,前記目標トルク設定手段により該目標トルク設定手段に伝達された給気により調達されるクラッチトルクに応じて形成される」こと)を引用発明に適用すると,「コントローラ401」の出力は,引用発明の「エンジン10」に伝達され,引用発明の「第2制御装置44」に伝達される目標出力トルクTe*は,「第1制御装置32」においてアクセル操作値ACCと車速Vに応じて形成され,本願発明のように「給気により調達されるクラッチトルク」に応じては形成されず,本願発明の構成は得られない。
同様に,乙1の「スリップ時目標トルク演算手段61」は本願発明の「車両の駆動ユニットを制御する制御ユニット」に対応付けられるから,後述の「乙1から把握される技術事項」「(クラッチトルク検出手段は,給気により調達されるクラッチトルクを目標トルク設定手段に伝達し,クラッチトルクの設定値は,前記目標トルク設定手段により該目標トルク設定手段に伝達された給気により調達されるクラッチトルクに応じて形成される」こと)を引用発明に適用すると,「スリップ時目標トルク演算手段61」の出力は,引用発明の「エンジン10」のスロットルバルブに伝達され,引用発明の「第2制御装置44」に伝達される目標出力トルクTe*は,「第1制御装置32」においてアクセル操作値ACCと車速Vに応じて形成され,本願発明のように「給気により調達されるクラッチトルク」に応じては形成されず,本願発明の構成は得られない。
(3) 本願発明では,「車両の駆動ユニットを制御する制御ユニットには,他の部分システムから,駆動ユニットから発生すべきクラッチトルクの設定値が供給され,また,前記制御ユニットは,給気により調達されるクラッチトルクを他の部分システムに伝達するとともに,他の部分システムは制御ユニットから伝達された給気により調達されるクラッチトルクに応じてクラッチトルクの設定値を形成するようにしている」構成を採用した結果,適切なクラッチトルクの設定値を形成して駆動ユニット及び車両を制御することが可能になる。
このほか,本願発明では,「給気により調達されるクラッチトルク」を他の部分システムに伝達することにより,最大でどの程度のクラッチトルクを形成することができるかを,他の部分システムに知らせることができる。そして,他の部分システムが,給気により調達されるクラッチトルクの値をかなり上回るようなクラッチトルクの設定値を形成すると,そのようなクラッチトルクをすぐには発生させることができず,車両の運転特性が悪くなるが,給気により調達されるクラッチトルクを他の部分システムに伝達することにより,所望のクラッチトルクを即座に得るためにどの程度のクラッチトルクの設定値を形成する必要があるかを該他の部分システムに知らせることができる。したがって,本願発明では,他の部分システムが,すぐには得られないようなクラッチトルクの設定値を形成して,車両特性を悪くしてしまうのを防止することができるものである。
なお,クラッチトルクの設定値を増大させる制御は,エンジン制動トルク制御(MSR)によって行われる。本願明細書の段落【0086】【0087】において,MSRでのトルク増大の例が記載されているように,MSRでは,燃料カットが中止され,すなわち燃料噴射が開始され,それに応じて空気供給が開始されるので,給気は増大する。このほか,甲18にも,MSRがエンジンブレーキ時にエンジントルクを増大させる旨が記載されている。
(4) 以上のとおり,甲2記載の発明を引用発明に適用しても,相違点1に係る本願発明の構成とすることは当業者が容易に推考し得るものではなく,また,本願発明は,引用発明及び甲2に記載された発明から予測される以上の格別の効果を奏するにもかかわらず,本願発明が引用発明及び甲2記載の発明から当業者が容易に発明をすることができた旨判断した審決は誤りである。
3 取消事由3(記載不備に関する判断の誤り)
(1) 本願発明では,「給気により調達されるクラッチトルク」が実際のエンジントルク値に相当するかどうか等の疑義が生じるところ,特許請求の範囲の「給気により調達されるクラッチトルク(mokupfu)」には,「mokupfu」の符号がかっこを付して記載されていることにかんがみ,前記2(1)のとおり,発明の詳細な説明を参酌し,その記載内容に基づいて,「給気により調達されるクラッチトルク(mokupfu)」が,実際のエンジントルクではなく,マップ点火角での「給気により調達されるクラッチトルク」であると解釈するものであり,このような解釈は,本願の特許請求の範囲の記載が不明瞭であることを意味するものではない。
また,原告が本件補正によって「給気により調達されるクラッチトルク」と限定したことにより,駆動ユニットとしては,給気により調達されるクラッチトルクを発生する駆動ユニット,例えば,火花点火式内燃機関などが対象となることは明らかであり,そのようなクラッチトルクを発生しない駆動ユニット(電気エンジン等)が対象でないことは明らかであって,技術的に明瞭でない事項を内在するものではない。
以上のとおり,本願発明は,「給気により調達されるクラッチトルク」が「設定値(目標トルク)」である場合という技術的に明瞭でない事項を内在するものではない。
(2) 原告は,各利点が特許請求の範囲のどの構成によって達成されるのかが不明瞭な箇所である段落【0013】~【0017】を削除した。
段落【0012】には,作用として,「本発明(請求項1,7)の構成により,個々の部分システムが相互に依存するのを減少させ,各部分システムの独立した適用と支配を可能にするエンジン制御システムへの統一的なインターフェースが得られる。」ことが,段落【0101】には,「以上説明したように,本発明では,車両の駆動ユニットを制御する制御ユニットには,他の部分システムから,駆動ユニットから発生すべきクラッチトルクの設定値が供給され,また前記制御ユニットは,給気により調達されるクラッチトルクを他の部分システムに伝達するとともに,他の部分システムは,制御ユニットから伝達された給気により調達されるクラッチトルクに応じてクラッチトルクの設定値を形成するようにしているので,適切なクラッチトルクの設定値を形成して駆動ユニット並びに車両を制御することが可能になる。」ことが,それぞれ記載されており,特許請求の範囲に記載される構成と本願発明の利点との対応は明瞭となっている。
また,本願発明の「給気により調達されるクラッチトルクを他の部分システムに伝達することにより,所望するクラッチトルクを即座に得るためにどの程度のクラッチトルクの設定値を形成する必要があるかを該他の部分システムに知らせることができ,これにより,他の部分システムが,すぐには得られないようなクラッチトルクの設定値を形成して車両特性を悪くしてしまうのを防止することができる」との効果は,「適切なクラッチトルクの設定値を形成」することの具体例であり,本願明細書の段落【0101】に記載された「適切なクラッチトルクの設定値を形成して駆動ユニット並びに車両を制御することが可能になる」との効果を補充するものである。
以上のとおり,本願明細書の記載から,本願発明の技術的意義及びその効果は明瞭であって,これに反する審決の判断は誤りである。
第4被告の反論
1 取消事由1に対して
(1) 原告は,審決が説示した「周知技術」と,その裏付けとして例示した特開平2-208136号公報(甲2)の記載事項とが整合しないことを指摘するにとどまり,審決でいう「周知技術」が周知の技術であることを否定するものではない。
そして,審決でいう「周知技術」は,以下のとおり,審決にて例示されている文献(甲2)のほかにも,例えば,特開昭63-192927号公報(乙1)等からも把握できるものであり,周知技術に関する審決の認定判断に誤りはない。
(2)ア 審決でいう周知技術は,相違点1に係る本願発明の構成要件に対応するものである。
イ そして,甲2(特開平2-208136号公報)には,「オブザーバB402は,エンジン出力の推定値をコントローラ401に伝達し,スピンホイール時のエンジン出力の値は,前記コントローラ401により該コントローラ401に伝達されたエンジン出力の推定値に応じて求められ,エンジン出力が制御されること」(以下「甲2記載の技術事項」という。)が記載されている。
そこで,本願発明と甲2記載の技術事項とを対比すると,甲2記載の技術事項の「エンジン出力の推定値」が,その機能又は構成からみて,本願発明の「給気により調達されるクラッチトルク」に相当する。同様に,甲2記載の技術事項の「スピンホイール時のエンジン出力の値」が本願発明の「クラッチトルクの設定値」に,さらに,「応じて求められ(る)」は「応じて形成される」に,それぞれ相当する。また,甲2記載の技術事項の「オブザーバB402」は,「クラッチトルクの検出手段」という限りにおいて,本願発明の「車両の駆動ユニットを制御する制御ユニット」に相当し,甲2記載の技術事項の「コントローラ401」は,「目標トルク設定手段」という限りにおいて,本願発明の「他の部分システムの少なくとも一つ」に相当する。
そうすると,甲2には,相違点1に係る本願発明の構成要件に合わせて記載すると,「クラッチトルク検出手段は,給気により調達されるクラッチトルクを目標トルク設定手段に伝達し,クラッチトルクの設定値は,前記目標トルク設定手段により該目標トルク設定手段に伝達された給気により調達されるクラッチトルクに応じて形成される」こと(以下「甲2から把握される技術事項」という。)が開示されているといえる。
ウ 乙1(特開昭63-192927号公報)には,「出力トルク検出手段50は,吸入空気量Aに基づいて得られる現出力トルクTEM’をスリップ時目標トルク演算手段61に伝達し,スリップ時目標トルクTTCは,スリップ時目標トルク演算手段61により該スリップ時目標トルク演算手段61に伝達された吸入空気量Aに基づいて得られる現出力トルクTEM’に基づいて求められ,スリップ時目標トルクTTCを出力するようにエンジンが制御される」こと(以下「乙1記載の技術事項」という。)が記載されている。
そこで,本願発明と乙1記載の技術事項とを対比すると,乙1記載の技術事項の「吸入空気量Aに基づいて得られる現出力トルクTEM’」が,その機能又は構成からみて,本願発明の「給気により調達されるクラッチトルク」に相当する。同様に,乙1記載の技術事項の「スリップ時目標トルクTTC」が本願発明の「クラッチトルクの設定値」に,さらに,「基づいて求められ(る)は「応じて形成される」に,それぞれ相当する。
また,乙1記載の技術事項の「出力トルク検出手段50」は,「クラッチトルクの検出手段」という限りにおいて,本願発明の「車両の駆動ユニットを制御する制御ユニット」に相当し,乙1記載の技術事項の「スリップ時目標トルク演算手段61」は,「目標トルク設定手段」という限りにおいて,本願発明の「他の部分システムの少なくとも一つ」に相当する。
そうすると,乙1には,相違点1に係る本願発明の構成要件に合わせて記載すると,「クラッチトルク検出手段は,給気により調達されるクラッチトルクを目標トルク設定手段に伝達し,クラッチトルクの設定値は,前記目標トルク設定手段により該目標トルク設定手段に伝達された給気により調達されるクラッチトルクに応じて形成される」こと(以下「乙1から把握される技術事項」という。)が開示されているといえる。
エ 上記甲2,乙1から把握される技術事項からみて,いずれからも,「クラッチトルク検出手段は,給気により調達されるクラッチトルクを目標トルク設定手段に伝達し,クラッチトルクの設定値は,前記目標トルク設定手段により該目標トルク設定手段に伝達された給気により調達されるクラッチトルクに応じて形成される」ことという,相違点1に係る本願発明の構成要件に対応する事項を把握することができる。
そして,かかる事項は,その他にも,乙2(特開平3-258933号公報,「クランク軸トルク」及び「有効トルク」が,それぞれ本願発明の「給気により調達されるクラッチトルク」及び「クラッチトルクの設定値」に相当する。)に示されるように,相当多数の公知文献が存在し,車両の制御に関する技術分野において一般的に知られているから,周知の技術ということができる。
してみると,上記相違点1に係る本願発明の構成要件に対応する事項は,周知の技術的事項(以下「周知の技術的事項1」という。)であるといえる。
そして,審決は,周知の技術的事項1をもって,総括的に「設定値(目標値)のトルクに対して実際のトルクを検出手段で検出して,設定値のトルクを制御すること」と表現したものであり,これが周知であるとした審決の認定に誤りはない。
(3) なお,車両の制御分野においては,エンジンの基本的な制御のほか,様々な制御があり,これらはそれぞれ効果があるが,単純に複数の制御を組み合わせると,各制御が目的とする機能以外の性能へも影響すること(制御干渉)があるので,影響を配慮した制御(総合制御)を行う必要がある。
以上の技術常識を踏まえて甲2の記載事項に接すれば,論理的に「甲2記載の技術事項」を導出できる。すなわち,甲2の記載からすれば,ドライブトレイン制御サブシステム4は,そのコントローラ401によりエンジン出力を制御するものであること,コントローラ401は,運転者の要求に応じたトルクの設定値とエンジン出力の推定値が入力されてエンジン出力を制御し,スピンホイール時には,最適なスリップ率になるようにエンジン出力を低下させる方向に制御することが分かる。以上のことから,コントローラ401は,運転者の要求に応じたトルクの設定値とエンジン出力の推定値に応じて,運転者の要求に応じたトルクの設定値よりも小さいスピンホイール時のエンジン出力の値を設定していることが分かる。
以上のとおり,被告は,甲2において,エンジン制御サブシステム3とドライブトレイン制御サブシステム4がいかなる協調制御を行っているかを理解した上で,論理的に「甲2記載の技術事項」を導出したものである。
2 取消事由2に対して
(1)ア(ア) 本願明細書の記載からすれば,本願発明の「制御ユニット」は,「車両の駆動ユニットを制御する構成単位」であり,「他の部分システム」は「駆動ユニット以外の車両の制御に関する構成単位」であって,いずれも「ソフトウェア,回路,コンピュータプログラム又は機能要素など」によって適宜実現されるといえる。
また,「車両の駆動ユニット」は,車両の駆動に関する構成単位,すなわち,車両の駆動源であるといえ,当業者であれば,これが内燃機関,外燃機関,電動モータ又はその両者など多種多様な手段を包含する概念であることが理解できる。
そして,「クラッチトルク」は,本願発明の記載からすれば,「車両の駆動ユニット」から発生するものであり,車両の駆動ユニットの出力軸と変速機等の駆動力伝達機構は,一般的にクラッチを介して断接されることから,本願発明の「クラッチトルク」は「駆動ユニットの出力軸トルク」であるといえ,仮に,車両の駆動ユニットが内燃機関であるならば,「クラッチトルク」は「内燃機関の出力軸トルク」であると解される。
以上からすれば,「給気により調達されるクラッチトルク」は,「駆動ユニットの出力軸トルク」に関するものの一種であることが理解できる。
そして,「給気」とは,「吸気」と同様の意味で内燃機関の技術分野において一般的に用いられる技術用語であって,内燃機関の燃焼室(シリンダ等)に吸入される空気を意味し,内燃機関は,係る空気と燃料と混合したガスを燃焼室内で着火・爆発させて,その際の膨張力を駆動力に変換するものである。
そうすると,「給気により調達されるクラッチトルク」は,仮に車両の駆動ユニットが内燃機関であるならば,内燃機関の燃焼室に吸入される空気が燃料と混合されて燃焼・爆発して発生するクラッチトルクと解される。
他方で,本願発明の「車両の駆動ユニット」は,内燃機関以外の多種多様な手段を包含するから,本願発明は「給気」(吸気)という概念を想定し難い外燃機関や電動モータからなる「車両の駆動ユニット」と「給気により調達されるクラッチトルク」という,技術的に不整合な組合せも含むものである。
また,「車両の駆動ユニット」が内燃機関であるとして本願発明を理解しても,内燃機関は,多種多様であって,本願発明の「車両の駆動ユニット」が多種多様な内燃機関を包含することも明らかである。
そうすると,本願発明は,「クラッチトルク」が「給気により調達される」こと以外について何ら特定せずに,空気調節や点火調節を行わないディーゼル機関(本願明細書の段落【0032】や乙4の記載から,ディーゼル機関では空気調節や点火調節を行わないことは明らかである。)も積極的に包含していることから,本願発明の「給気により調達されるクラッチトルク」は,「内燃機関の燃焼室に吸入される空気が燃料と混合されて燃焼・爆発して発生するクラッチトルク」と解されるにとどまり,空気調節や点火調節の有無については何ら限定するものではないといえる。
また,本願発明は,「給気により調達されるクラッチトルク(mokupfu)」のようにかっこ書を用いているが,請求項においてかっこを付して用いられる符号は参考にすぎないから,「給気により調達されるクラッチトルク」が実施例の「mokupfu」に限定されないことは明らかであり,本願明細書の段落【0026】の「燃焼により調達されるこの量の値(mokupfu)に関する情報」との記載からしても,「mokupfu」は,「給気により調達されるクラッチトルク」を必ずしも特定するものではない。
さらに,本願発明では,「給気により調達されるクラッチトルク」が設定値(目標トルク)なのか,実際の値(実際のトルク)であるのかも特定されていない上,本願明細書の段落【0036】の「給気・・・により調達される目標トルク成分movfusolが得られる」との記載からすれば,本願発明の「給気により調達されるクラッチトルク」は,「設定値(目標トルク)」又は「実際の値(実際のトルク)」のいずれをも包含するといえる。
(イ) 以上を総合すると,本願発明は,「車両の駆動ユニット」が内燃機関である場合,かつ,「クラッチトルク」が,出力軸たるクラッチに発生する実際のトルクに関する情報である場合に,進歩性の判断対象として合理的かつ明確に把握することができる。そして,この場合,相違点1に係る本願発明の「給気により調達されるクラッチトルク」は,燃焼室に吸入される空気(新気)が燃料と混合されて燃焼・爆発して発生する内燃機関の出力軸(クランク軸)に現れる実際のトルクに関する情報である。しかし,この実際の値(実際のトルク値)は,空気調節や点火調節の有無については何ら限定されていない以上,実施例の「mokupfu」や「実際の点火角を考慮していない場合のクラッチトルク」に限定して解釈すべきものではない。
そして,審決は,合理的かつ明確に理解できる発明を進歩性の判断対象としたものである。
(ウ) これに対し,原告は,本願発明に関して,「給気により調達されるクラッチトルク」を実施例の「mokupfu」に限定的に解釈し,実際の点火角を考慮していない場合のクラッチトルクで,実際の点火角を考慮して計算されるクラッチトルクとは異なる量である(すなわち,本願発明は,実際の点火角を考慮して計算されるクラッチトルクを包含しない。)と主張する。
しかし,原告の上記主張は,特許請求の範囲の記載から合理的かつ明確に理解できる本願発明と明らかに整合せず,原告は,特許請求の範囲において「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみ」として自らが記載した内容を離れて,実施例の一部の記載事項から,本願発明を限定的に解釈するものであって,進歩性判断のための本願発明の把握において誤りがある。このため,周知技術の認定及び相違点1に係る本願発明の容易想到性などの一連の進歩性に関する原告の主張も誤っており,失当である。
本願発明の構成要件,特に,「給気により調達されるクラッチトルク」なる構成要件の意味は,特許請求の範囲の記載から,合理的かつ明確に把握できるので,その用語の解釈に当たり,発明の詳細な説明を参酌したり,実施例の意味に限定して解釈することは許されない。また,本願の明細書をみても,発明の詳細な説明には,火花点火式内燃機関(エンジン)に適用された実施例の記載があるが,本件は,発明の構成に欠くことができない事項(発明の構成要件)の用語の意味内容が明細書及び図面において定義又は説明されている場合には当たらず,上記実施例の記載をもって,特許請求の範囲に記載した事項の定義又は説明とすることはできない。
そして,特許請求の範囲の文言下にかっこをもって付加された符号(本件では「mokupfu」)は,他に特段の事情がない限り,これに記載された内容を理解するための補助的機能を有するにとどまり,この範囲を超えて,上記符号のみから,特許請求の範囲に記載された内容(「給気により調達されるクラッチトルク」の内容)を限定するような機能までは有しない。
なお,本願発明の実施例として図3ないし6に記載された「mokupfu」の内容に照らすと,「mokupfu」をマップ点火角(zwkf)での給気により調達されるクラッチトルクと解するのは妥当ではない。
原告自らが本願発明に包含されると主張する図5に記載の実施例では,図3における乗算回路146の「マップ点火角zwkf」に関係する「関数F(zwopt-zwkf)」は存在せず,「関数F(zwopt-zwist)」が符号146を付して記載されている。かかる図5における「関数F(zwopt-zwist)」は,図3でいえば補正回路150(ブロック150)にて「実際に調節された点火角zwist」に関係する「関数F(zwopt-zwist)」に相当するものである。
してみると,図5の実施例における「mokupfu」は,「マップ点火角zwkf」に関係する「関数F(zwopt-zwkf)」ではなく,「実際に調節された点火角zwist」に関係する「関数F(zwopt-zwist)」から導出されるものであるといえる。このように,図3ないし図6に記載された実施例における「mokupfu」は,「マップ点火角での『給気により調達されるクラッチトルク』」及び「実際に調節された点火角での『給気により調達されるクラッチトルク』」のいずれをも包含する上位の概念であるといえる。
そして,本願発明の実施例の「mokupfu」は,本願明細書の図3ないし図6に記載のとおり,マップ142により回転数と空気質量測定値tlHFMからエンジンに流入する空気質量流量tlistが形成され,この空気質量流量は,マップ144において回転数に関連して最適な燃焼トルク値movoptに変換され,さらに,最適な燃焼トルク値movoptから,燃焼トルクを出力軸トルクへ換算して得られるものである。かかる「mokupfu」は,乙1において,「エンジン回転数N」と「吸入空気量A」「(エアフローメータ15」又は「カルマン渦式エアフローセンサ16」で検知したもの)から「エンジン負荷情報(A/N)」を求め,さらに,「エンジン負荷情報(A/N)」と「エンジン回転数N」との2次元マップから得られる「現出力トルクTEM」又は「現出力トルクTEM’」に相当するものである。
イ 上記アのとおり,「給気により調達されるクラッチトルク」を「mokupfu」に限定して解釈するのは失当であるところ,「甲2から把握される技術事項」「乙1から把握される技術事項」と本願発明との対応関係に関する原告の主張は,上記限定解釈を前提とする点で失当である。
また,原告は,審決における進歩性判断の論理構成(本願発明と対比されるのはあくまで引用発明であり,相違点の容易想到性を判断するに際して,引用例以外の文献(甲2,乙1等)から周知技術を認定しているにすぎないこと)を離れ,「甲2の記載事項」又は「乙1の記載事項」を引用発明と捉え直すことを前提として主張しており,理由がない。
(2)ア 審決が周知技術とする「設定値(目標値)のトルクに対して実際のトルクを検出手段で検出して,設定値のトルクを制御すること」,すなわち「周知の技術的事項1」と引用発明とは,共に車両の制御という点で共通することから,引用発明へ周知技術の適用を試みることは,当業者の通常の創作能力の発揮であって,動機付けとなり得るものである。
そして,引用例において,「燃料噴射量Gfはエンジン10の出力トルクに対応するもの」と記載されていることからすれば,引用発明の「目標エンジン出力トルクTe*から算出された燃料噴射量を表す制御量Gf」は,目標値ではなく,実際のエンジンの出力トルクに対応するものであって,本願発明の「給気により調達されるクラッチトルク」に相当する。
そうすると,引用発明において,「第2制御装置44」(本願発明の「車両の駆動ユニットを制御する制御ユニット」)は,「エンジンの出力トルクに対応するもの」である「目標エンジン出力トルクTe*から算出された燃料噴射量を表す制御量Gf」(本願発明の「給気により調達されるクラッチトルク」)を「第1制御装置32」(本願発明の「他の部分システムの少なくとも1つ」)に伝達していることがわかる。
また,「車両の制御ユニットを制御する制御ユニットは,給気により調達されるクラッチトルクを他の部分システムに伝達している」引用発明において,「クラッチトルク検出手段は,給気により調達されるクラッチトルクを目標トルク設定手段に伝達する」ものである周知技術(周知の技術的事項1)を適用するに際して,引用発明の車両の駆動ユニットを制御する制御ユニットから伝達される給気により調達されるクラッチトルクを周知技術(周知の技術的事項1)の目標トルク設定手段にも伝達するようにすることは,当業者の通常の創作能力の発揮であり,格別の創作力を要することなくなし得ることである。
また,「制御ユニットには,他の部分システムの少なくとも一つから,発生すべきトルクの設定値が供給される」引用発明に,クラッチトルクの設定値を形成するものである周知技術(周知の技術的事項1)を適用するに際して,形成したクラッチトルクの設定値を引用発明の制御ユニットに供給することも,当業者の通常の創作能力の発揮であり,格別の創作力を要することなくなし得ることである。
そして,「部分システム」は,「ソフトウェア,回路,コンピュータプログラム又は機能要素など」(以下「機能要素等」という。)によって適宜実現されるものであるから,周知技術(周知の技術的事項1)の目標トルク設定手段(クラッチトルクの設定値を設定する機能要素等,より具体的には,トラクションコントロールのための目標トルクを設定する機能要素等)をもって,「他の部分システム」と特定することは,当業者にとって適宜なし得ることである。
なお,引用発明では,クラッチトルクの設定値を受け取ってエンジンを制御するのは制御ユニット(第2制御装置44)であり,エンジン自体は単なる制御対象であって,制御ユニットなしには機能し得ず,周知技術(周知の技術的事項1)を適用するに当たり,新たに付加される車両制御が「形成したクラッチトルクの設定値」を,引用発明のエンジン自体に供給しても意味がなく,制御ユニットに供給しなければエンジンを制御できないことは明らかである。
イ 原告が主張する「適切なクラッチトルクの設定値を形成して駆動ユニット並びに車両を制御することが可能」との本願発明の効果は,トラクションコントロール(加速時の駆動輪スリップ抑制制御)等の車両制御が奏する作用又は効果そのものであり,周知技術(周知の技術的事項1)が自ずと備えているものにすぎないから,引用発明に周知技術(周知の技術的事項1)を適用すれば,結果として奏する効果であり,格別のものではない。
なお,本願発明の実施例の一つとして開示されたMSRは,本願明細書の段落【0087】の「MSRによる急速なトルク増大の要求は減速運転(エンジンブレーキ)時,・・・達成される」との記載からも,エンジンブレーキ時の車両制御であるといえる。
そして,エンジンブレーキが,「車両を減速させる場合に,アクセルペダルから足を離し,エンジンのスロットルバルブを閉じ,エンジンの負の駆動力を利用するブレーキ」であることは当業者に周知の技術的事項である。また,MSRとは,「車両を減速させる場合に,アクセルペダルから足を離し,エンジンのスロットルバルブを閉じ,エンジンの負の駆動力を利用するブレーキであるところのエンジンブレーキが駆動輪に対してかかりすぎて駆動輪がロックしてしまうことを防止するために,エンジンブレーキ(負の駆動力)によるブレーキトルク上昇(すなわち,制動力=負の駆動力が大きくなる)を抑え,スロットルバルブを穏やかに調整する(ゆっくり閉じる)制御」であることが,当業者に知られていた。
このように,MSRは,エンジンブレーキ時,すなわちエンジンが負の駆動力を発生している際の車両制御であって,現時点で発生している駆動力を上回るような正の駆動力を目標駆動力として設定する車両制御ではない。
したがって,原告が主張するように,50Nmもの駆動トルクを発生している状態からさらに大きな目標駆動トルクを設定するような車両制御が,本願明細書に一実施例として記載されている減速運転(エンジンブレーキ)時の車両制御であるMSRに該当することは想定し難い。
以上のとおり,原告が本願発明(MSR)の効果として主張する効果は,本願発明又は実施例として記載されているいずれの車両制御にも当てはまらず,現実には想定し難い車両制御に関するものである。
ウ このように,相違点1に係る本願発明の構成要件は,引用発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に想到することができたものである。
審決は,「設定値(目標値)のトルクに対して実際のトルクを検出手段で検出して,設定値のトルクを制御すること」という周知技術を引用発明に適用することにより,本願発明が容易に想到できる旨説示したものであり,この点に関する原告の主張は審決の説示内容を正しく理解しないものであって,失当である。
(3) 仮に,「給気により調達されるクラッチトルク」が実施例の「mokupfu」に限定されると解した場合について,以下検討する。
乙1の「エンジン回転数N」は,本願発明の実施例の「回転数」に相当し,乙1の「吸入空気量A」が「空気質量測定値tlHFM」に,乙1の「エンジン負荷情報(A/N)」が「空気質量流量tlist」に,乙1の「現出力トルクTEM」又は「現出力トルクTEM’」が「実際の点火角を考慮していない場合のクラッチトルク」すなわち「mokupfu」に相当する。さらに,「現出力トルクTEM’」と「mokupfu」はともにトラクションコントロールを行うための手段に伝達される点でも同様である。
そうすると,乙1には,「実際の点火角を考慮していない場合のクラッチトルク」をトラクションコントロールが行うための手段(機能要素等)に伝達することが記載されているといえ,さらに,かかる技術的事項は,他にも公知文献が存在し,車両の制御に関する技術分野において一般的に知られているもので,周知の技術である。
このように,周知の技術的事項1において,「給気により調達されるクラッチトルク」を「実際の点火角を考慮していない場合のクラッチトルク」とした,「クラッチトルク検出手段は,実際の点火角を考慮していない場合のクラッチトルクを目標トルク設定手段に伝達し,クラッチトルクの設定値は,前記目標トルク設定手段により該目標トルク設定手段に伝達された実際の点火角を考慮していない場合のクラッチトルクに応じて形成される」ことも,また,周知の技術的事項(以下「周知の技術的事項2」という。)である。
そうすると,前記(2)アと同様の理由により,仮に,相違点1に係る本願発明の構成要件「給気により調達されるクラッチトルク」を,実施例に即して原告が主張する「mokupfu」と限定的に解釈したとしても,本願発明は,引用発明及び周知の技術的事項2に基づいて,当業者が容易に想到し得たものである。
3 取消事由3に対して
(1)ア 本件補正により,【請求項1】における「前記車両の駆動ユニットを制御する制御ユニットは,前記設定値によって表される量の実際値に関する情報を,前記少なくとも一つの部分システムに伝達する」との発明の構成要件が,「前記クラッチトルクの設定値は,前記他の部分システムの少なくとも一つにより該他の部分システムの少なくとも一つに伝達された給気により調達されるクラッチトルク(mokupfu)に応じて形成される」に,本願明細書の段落【0008】の【課題を解決するための手段】が,本件補正後の【請求項1】と同様の記載に,それぞれ補正された。
しかし,本件補正後も,依然として,本願明細書の特許請求の範囲の記載には,「給気」(吸気)という概念を想定し難い外燃機関や電動モータからなる「車両の駆動ユニット」と「給気により調達されるクラッチトルク」との組合せが内在するとともに,「給気により調達されるクラッチトルク」が「設定値(目標トルク)」である場合という技術的に明瞭ではない事項が内在しており,本件補正後の特許請求の範囲の記載は,技術的に明瞭ではない。
また,本願明細書の発明の詳細な説明において,このような技術的な不整合等を払拭するに足る定義又は説明の記載も見い出せず,あらゆる種類の「車両の駆動ユニット」とその他の発明の構成要件との多様な組合せを包含する本願発明を裏付ける(サポートする)のに十分な説明を見い出すこともできない。このように,発明の詳細な説明には,請求項に記載された発明に対応する事項が記載されていない。
このほか,本願明細書の発明の詳細な説明の【課題を解決するための手段】は,本件補正後の【請求項1】と同様の記載となっているから,同様に,技術的に不整合な組合せや技術的に明確でない記載を内在するものであり,本件補正後の発明の詳細な説明の記載は,発明の目的を達成するための技術的手段に関する記載内容が不明瞭である。
したがって,本件補正後の本願の特許請求の範囲の記載又は発明の詳細な説明の記載は,改正前特許法36条4項ないし6項所定の要件を満たしていない。
イ なお,原告は,本願発明の認定に当たり,発明の詳細な説明を参酌して限定解釈する必要があると主張しており,それ自体,特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解できないことを示している。
(2) 本件補正により【請求項1】において新たに特定された「前記クラッチトルクの設定値は,前記他の部分システムの少なくとも一つにより該他の部分システムの少なくとも一つに伝達された給気により調達されるクラッチトルク(mokupfu)に応じて形成される」なる発明の構成要件は,原告による「本願発明が進歩性を有する」旨の主張において重要な事項である上,本願明細書の【課題を解決するための手段】の記載に不備が内在することにかんがみれば,前記発明の構成要件を明確かつ正確に理解するためにも,当該発明の構成要件に対応する作用の記載が重要である。
しかし,本件での特許請求の範囲は,累次の手続補正による補正を経ているにもかかわらず,同段落【0009】ないし【0017】の【作用】に関する記載は,出願当初から補正がされず,本件補正をもって初めて,【0009】ないし【0017】の補正がされた。そして,【0012】に記載された,本願発明の作用に係る総括的な記載は,実質的な補正がないまま維持され,そのほかの記載は削除されているから,本件補正により新たに特定された上記発明の構成要件に対応する作用の記載として十分なものではない。このため,本願明細書の発明の詳細な説明に,発明の目的を達成するための技術的手段に対応する作用の記載があるとはいえず,技術的手段の役割が不明瞭である。
このほか,本願明細書の段落【0101】は,その補正の経緯及び具体的な記載内容をみても,総括的な表現にとどまっており,本件補正により新たに特定された「前記クラッチトルクの設定値は,前記他の部分システムの少なくとも一つにより該他の部分システムの少なくとも一つに伝達された給気により調達されるクラッチトルク(mokupfu)に応じて形成される」なる発明の構成要件に付随する作用の記載があることを補うのに十分な記載とはいえない。
また,原告が新たに主張する車両制御については,本願明細書には記載されておらず,現実にも想定し難く,そのような車両制御に基づく新たな効果が,本願明細書に現実に記載されている,又は記載されているに等しいと解することはできない。
したがって,本願明細書の発明の詳細な説明は,改正前特許法36条4項所定の要件を満たしておらず,同旨の審決の認定・判断に誤りはない。
第5当裁判所の判断
1 本願発明の内容について
本件において,本願発明の認定の誤りは審決取消事由とされていないものの,引用発明その他の周知技術から本願発明が容易想到であった否かを判断する上で,本願発明の請求項における「給気により調達されるクラッチトルク(mokupfu)」との記載の意味が問題となっているので,まず,この点につき検討する。
(1) 本願明細書(甲3及び甲14)には,以下の記載がある。
「【請求項1】 部分システムを接続する通信システム(24)を介して情報を交換する少なくとも2つの部分システム(10,18,20,22)を備え,
前記部分システムの少なくとも一つ(10)は,車両の駆動ユニットを制御する制御ユニットであり,
前記制御ユニット(10)には,車両ないし駆動ユニットの少なくとも一つの運転状態において前記通信システム(24)を介して他の部分システムの少なくとも一つ(18,20,22)から,駆動ユニットから発生すべきクラッチトルクの設定値(mokupsol)が供給される,駆動ユニットを備えた車両の制御方法であって,
前記車両の駆動ユニットを制御する制御ユニットは,給気により調達されるクラッチトルク(mokupfu)を前記他の部分システムの少なくとも一つに伝達し,
前記クラッチトルクの設定値は,前記他の部分システムの少なくとも一つにより該他の部分システムの少なくとも一つに伝達された給気により調達されるクラッチトルク(mokupfu)に応じて形成されることを特徴とする車両の制御方法。」(甲14)
「【0001】【産業上の利用分野】 本発明は,車両の制御方法および装置,更に詳細には,部分システムを結合する通信システムを介して情報を交換する少なくとも2つの部分システムを備え,前記部分システムの少なくとも一つが車両の駆動ユニットの制御に用いられる車両の制御方法および装置に関する。
【0002】【従来の技術】 既に今日の車両は,例えば電子噴射及び点火制御システムおよび/あるいはABSシステム(アンチロックブレーキングシステム)等多数の電子システムにより特徴づけられている。車両の環境調和,消費,安全性および/あるいは快適性に対して将来更に高まる要請を満たすことができるようにするために,他の電子装置がより多く導入されなければならない。それに対しては,まず,電子エンジン出力制御システム(いわゆるEガスシステム),車速制御システム,トラクションコントロールシステムないしエンジン制動トルク制御システム(ASR/MSR)および/あるいは電子トランスミッション制御システムが挙げられるが,シャシー制御システム(電子サスペンション),電子後輪操舵を含むステアリングシステム,車間制御システム,ナビゲーションシステムおよび/あるいは交通案内システム等も挙げられる。
【0003】 この場合,上述した部分システムは,最低限その機能の2,3の部分領域において車両の駆動出力に作用を及ぼす。例えば,トランスミッション制御装置はギアシフト動作の間に,トラクションコントロールシステム(ASR)はスリップ制御のために,車間制御システムは前方を走行する車両との距離を制御するために,等である。従って,車両を制御する全システムの複雑性が増大する。しかし,車両を良好を制御するためには,部分システムを最適に協働させることが必要である。特に個々の部分システムが相互に依存するのを減少させ,それにより各部分システムを独立して用いまた支配することが一つの目的になる。」(甲3)
「【0007】【発明が解決しようとする課題】 本発明の課題は,エンジン制御システム(駆動ユニット制御システム)の他に少なくとも一つの電子部分システムを備えた車両において,エンジン制御システムへのインターフェースを設け,このインターフェースが,存在する全ての部分システムから操作できしかもエンジンタイプ並びにエンジン調節のための空気供給量や燃料供給量などの量に無関係に,またエンジン制御システムと通信する部分システムに依存することなく用いることができる車両の制御方法および装置を提供することである。」(甲14)
「【0012】【作用】 本発明(請求項1,7)の構成により,個々の部分システムが相互に依存するのを減少させ,各部分システムの独立した適用と支配を可能にするエンジン制御システムへの統一的なインターフェースが得られる。」(甲14)
「【0022】 図1に示した制御ユニットは,必要な運転パラメータを検出することにより各ユニットに割り当てられた機能を実施し,種々の調節装置に対して制御値を形成する。その場合,例えばトラクションコントロールないしエンジン制動トルク制御,ギアシフト動作を行なうトランスミッション制御に関連した部分機能並びにシャシー制御時駆動ユニットの駆動出力への作用(介入),従ってエンジン制御システム10(駆動ユニット制御システム)への作用が必要になる。制御ユニット18~22とエンジン制御システム10間の通信は所定のインターフェースを介して行なわれる。統一的で,一覧性がありモジュールとして構成された上述した利点を備えたインターフェースは以下に説明する本発明の構成により得られる。」(甲3)
「【0024】 図2には,右側にエンジン制御システム10が図示されており,このエンジン制御システムは,一点鎖線で図示した制御システムでまとめられた個々の制御ユニットないし部分システム18~22とバス系24を介して接続される。制御機能を実施するためにバス系24を介して制御システム間で情報が交換される。この情報には,まずエンジンの出力発生ないし出力能力を特徴付ける量の大きさを示す設定値,例えばエンジンのクランク軸に現れる目標クラッチトルク(mokupsol)がある。あるいは図示トルク(燃焼トルクmovsol)の設定値を伝達することができる。燃焼トルクとクラッチトルク間の関係は簡単な換算により得られ,燃焼トルクは,駆動ユニットの質量により消費される損失トルク(moverl)と他の負荷のトルク成分(mona)の合計をクラッチトルクに加算したものに対応する。更に,エンジンの出力に対する設定値(Psol)を伝達することもできる。
【0025】 それぞれ車両制御システムの仕様に従ってエンジン制御システム10には例えば制御ユニット18~22に関するステータス情報が供給され,かつ/あるいは運転者の要求ないし意図(mokupf)が供給される。エンジン制御システムで運転者の要求が形成される場合には,この情報の伝達は省略でき,ないしはエンジン制御システム10から部分システム18~22への伝達が行なわれる。更に,部分システム18~22が互いに結合されて伝達される設定値に既に部分システム18~22の全ての運転状態が考慮されているとき,例えばトランスミッション制御ユニットが上位に位置する制御ユニットとしてトラクションコントロール(以下ASRという)/エンジン制動トルク制御(以下MSRという)および/あるいはシャシー制御の本来の要求からエンジン調節用の対応する設定値を求めているときには,部分システム18~22のステータスに関する情報の伝達を省略することができる。
【0026】 エンジン制御システム10から部分システム18~22には,設定値により表される量の実際値,例えばクラッチトルクの実際値(mokupist)ないし代替的に使用される量の実際値に関する情報,これらの量の最大値と最小値(mokupmax,mokupmin)に関する情報,燃焼により調達されるこの量の値(mokupfu)に関する情報並びにエンジン制御のステータス情報,例えば点火調節への作用あるいは燃料計量への作用(例えば噴射中止)が可能かの情報あるいはエンジンの運転状態(アイドルか減速運転(エンジンブレーキ))に関する情報が供給される。」(甲3)
「【0028】 空気供給を介した緩慢に変化可能なトルクへの作用だけでなく,噴射と点火角を介した急速なトルクへの作用も実現するインターフェースが,本発明のインターフェースにより実現可能になる。また操作量を得ることができない場合(例えば,電気的に空気供給を調節する可能性がない場合)には,この電気的に空気供給を調節する部分だけアクティブでなくなるモジュールとして構成された一元的なエンジントルクインターフェースが,本発明のインターフェースにより実現可能になる。」(甲14)
「【0030】 図3は,エンジン制御の領域における統合されたエンジントルクインターフェースの好ましい実施例を示す。その場合,エンジン制御システムには,運転者からの目標クラッチトルクmokupf,部分システム18~22からの目標クラッチトルクmokupsol並びに存在する部分システムのステータスに関する情報,例えばASRあるいはMSRがアクティブかどうかの情報が伝達される。
【0031】 見やすくする理由からインターフェースの表現手段としてブロック回路図を選択したが,実際には本発明のインターフェースはコンピュータプログラムとして実現される。図3では,ブロック回路図の種々の箇所で同一のパラメータと機能が用いられている。図示を明瞭にする理由からこれらには同一の参照符号が付されているかないし同一参照符号で示されている。実際には,単に対応する機能を有する機能要素が存在するだけで,その結果がコンピュータプログラムの種々の箇所で利用されることは自明である。
【0032】 図3には概略的に駆動ユニット100,特に内燃機関が図示されており,この内燃機関に関連して概略図示した燃料計量を制御する装置102,点火時点を制御する装置104,並びに絞り弁を介して空気供給を制御する装置106が設けられている。あるいは,駆動ユニットは通常空気の調節を行なわないディーゼルエンジンあるいは対応した作用が可能な電動モータ(電気エンジン)とすることもできる。
【0033】 図3には,部分システムからエンジン制御システムに供給される値と,エンジン制御システムから部分システムに出力される値と,通常存在する空気供給,燃料計量並びに点火時点への作用機能間のインターフェースが図示されている。従来のシステムでは空気供給は,絞り弁をアクセルペダルと機械的に結合させることにより運転者により設定され,従って変化させることができない。従って電気的な調節機能を備えたシステムには存在する「空気系統」108は点線で囲んで図示されている。
【0034】 第1の導線110により部分システムの一つからクラッチトルクの設定値mokupsolが選択回路112に供給される。更に,この選択回路には導線114を介して運転者の要求mokupfが,また導線116を介して部分システムのステータス情報が供給される。この選択回路112は,ステータス情報に基づいて部分システムによって設定された目標トルク値と運転者の要求の最小値選択ないし最大値選択(ASRの場合には最小値選択,MSRの場合には最大値選択)を行なう。
【0035】 選択回路の後段には補正回路118,120が設けられ,ここで選択回路から伝達された設定値が損失トルク成分moverlと他の負荷の消費トルク成分monaで補正される。その場合,損失トルクは従来から知られているように適応可能な特性値マップ112から回転数とエンジン温度に基づいて求められる。また消費トルクは,適応可能な特性値マップ124から空調装置,ステアリング装置,トランスミッションなど付加機器の運転状態に従って求められる。損失トルクmoverlと消費トルクmonaは補正回路118と120において目標値mokupsolに加算され,それにより図示トルクあるいは燃焼トルクmovsolの目標値が得られる。
【0036】 運転者の要求あるいは部分システムからの作用値に基づいて求められたこの目標燃焼トルク値は,理想的な条件の元に設定される目標値に対応する。従って,この目標燃焼トルク値は他の補正回路126において実際の点火調節値により補正されるので,その結果給気(λ=1でシリンダに供給される空気と燃料の混合気量ないし空気量,チャージ)により調達される目標トルク成分movfusolが得られる。その場合,補正は,最適な点火角zwoptと点火マップにより設定される実際の点火角zwkfの差に関係する関数Fで目標トルク値movsolを割り算することにより行なわれる。zwopt並びにzwkfは負荷および回転数に従って不図示の特性値マップから読み出される。
【0037】 このようにして求められた空気調節の目標燃焼トルク成分movfusolは給気によるトルク調節に用いられる。
【0038】 目標トルク値movfusolは補正回路126に続く特性値マップ128においてエンジン回転数nに関連して空気質量目標値tlsolに変換される。空気量制御器130には目標値tlsolと,例えば熱薄膜式空気流量計で検出された空気質量の実際値tlHFMが供給される。この空気量制御器は実際値の目標値からのずれ量を形成し,それにより目標値tlsolが補正回路132において乗算的に補正される。補正回路132に続く補正回路134においてこの目標値は更にエンジン温度に従って補正され,絞り弁位置目標値用特性値マップ136に導かれる。ここで補正された空気質量目標値に基づいて絞り弁を調節するための絞り弁位置目標値DKsolが形成される。絞り弁は電子アクセルペダル装置138により,場合により絞り弁の実際位置等の他の運転パラメータに従って調節される。計量される燃料量の調節は公知のように空気質量値tlHFMと回転数nに基づいて行なわれる。」(甲3)
「【0043】 図3において,目標燃焼トルクの計算は参照符号110a,118a,120a,122aおよび124aを付した要素により行なわれる。この構成は,空気回路に関連して説明したものに対応する。続く計算ブロック140において,燃焼目標トルクmovsolは,部分システム(116a)のステータス情報並びに給気の調節により発生する燃焼トルク成分movfu(導線141を介して供給され後述するように求められる)を考慮して,点火角補正値dzwおよび/あるいは噴射中止用の値X(例えば,所定数のクランク角回転内にXシリンダの噴射を中止させる。Xは1より小さくすることもできる)に変換される。その場合,140により行なわれる機能は,点火角へのおよび/あるいは噴射への作用を決める一般的な機能であり,図4から図6に好ましい実施例として例示的に図示されている。
【0044】 給気により発生する燃焼トルクmovfuは,通常の条件(点火角への作用がない回転数/負荷マップによる点火角,λ=1の排ガス組成)に対して以下のようにして求められる値である。
【0045】 冒頭で述べたドイツ特許出願DE-P4232974.4の技術から知られた特性値マップ142,即ち給気モデルにより回転数と空気質量測定値tlHFMからエンジンに流入する空気質量流量tlistが形成される。この空気質量流量は,次のエンジンマップ144において回転数に関連して出力ないしトルク発生に関し最適な点火角zwoptに対する最適な燃焼トルク値movoptに変換される。この値は,次の乗算回路146において,最適な点火角zwoptと丁度支配している運転状態(点火角への作用なし)の元に選ばれるマップ点火角zwkf(ブロック126参照)の差に関係する関数Fにより補正される。このように補正された値は通常の条件で給気により発生され,特性値マップ140に供給される燃焼トルクmovfuに対応する。
【0046】 このようにして求められた燃焼トルク値movfuは,補正回路118bと120bにおいて上述した負荷によるトルク成分monaとトルク制動値によるトルク成分moverlによる補正(減算)が行なわれてマップ点火角でのクラッチトルク値mokupfuに変換され,導線148を介して部分システムに供給される。
【0047】 更に,特性値マップ144において求められた最適な燃焼トルク値movoptは,補正回路150において最適な点火角zwoptと実際に調節された点火角zwist(即ち,必要に応じて例えばノッキング制御あるいはアイドル制御のような他の補正量を考慮して)間の差に関係する関数Fによって補正され,計算回路152において行なわれる可能性のある噴射の中止が考慮されて,また補正回路118cと120cにおいて消費トルク成分monaと損失トルク成分moverlを減算して,更に計算回路154aにおいてエンジン回転数変動に従って求められるエンジンの運動質量によるトルク成分を減算して実際に得られるクラッチトルクmokupistの測定値に変換され,導線156を介して部分システムに導かれる。」(甲3)
「【0093】 実際エンジントルクmokupistは,実際に実現された噴射中止のシリンダ数Xと点火角の実際値から式(6)に従い制動トルクと付加機器のトルク成分ないしエンジンの慣性モーメントを考慮して算出される。
【0094】 この値は,最小トルクmokupmin(=-(moverl+mona))と通常の条件での給気により調達されるクラッチトルクmokupfuとともに他の制御装置に伝達される。そのときの空気密度を考慮して達成可能な最大クラッチトルクmokupmaxも他の制御装置に伝達される。通常の条件でのクラッチトルクmokupfuは他の制御装置での閉ループ制御における基準点として用いられる。例えば,ASRでは最大許容クラッチトルクmozulが車輪スリップから計算される。この値が通常の条件でのクラッチトルクより小さいときには,ASRステータスビットがセットされ,許容クラッチトルクがクラッチトルク目標値としてエンジン制御システムに送出される。許容エンジントルクが通常の条件で得られるクラッチトルクより大きいときには,ASRステータスビットがリセットされ,作用が終了する。MSRの場合には,ASRで行なわれたのと逆になる。」(甲3)
(2) 乙4(実教出版株式会社1989年(平成元年)第2刷発行「熱機関演習」)には,以下の記載がある。
ア 「内燃機関(internal combustion engine)は代表的な熱機関(heat engine)の一種であり,機関内部で燃料と空気からなる混合気(mixture)を燃焼させて得た高温ガスを直接作動ガスとして利用することを特徴とする動力機械(power plant)である。一方,ボイラ・蒸気タービンの組合せのように,燃焼によって発生する熱を他の作動媒体に伝えて動力を取り出す形式のものは外燃機関(external combustion engine)と呼んで区別されており,両機関に属する機関には表1-1のようなものが挙げられる。
表1-1 熱機関の分類
内燃機関-容積形: 火花点火機関,圧縮点火機関
\速度形: ガスタービン,ジェットエンジン,ロケット
外燃機関-容積形: 往復動蒸気機関,スターリングエンジン
\速度形: 蒸気タービン
内燃機関は,燃焼室の容積変化に応じて燃焼を間欠的に行わせる往復動機関(reciprocating engine)やロータリ機関(rotary engine)のような容積形と,連続燃焼を行わせるガスタービン(gas turbine)やジェットエンジン(jet engine)などの速度形に大別される。しかしながら,通常内燃機関といえば,往復動機関を指すことが多く・・・。」(1頁)
「往復動内燃機関は,混合気の点火方式によって火花点火機関(spark ignition engine)と圧縮点火機関(compression ignition engine)の2種類があり,それぞれ自動車,船舶その他の産業分野で広く利用されている原動機である。」(1頁)
イ 「(1)火花点火機関
この機関は点火装置(igniter)によって高電圧を発生し,点火プラグ(spark plug)で火花放電を行って混合気を点火・燃焼させる方式を特徴としている。吸気管路には絞り弁(throttle valve)が設けられ,その開度によって吸入空気量が調節される。その際,空気量に応じた適正量の燃料を供給するために気化器(carburetor)や電子制御式の燃料噴射装置が用いられ,これによって燃料と空気が混合され,吸入・圧縮を通じて点火の前に均一な予混合気が形成される。このように,火花点火機関では絞り弁による混合気の流量調整を行って負荷を制御している。」(3頁)
ウ 「(2)圧縮点火機関
ディーゼル機関と呼ばれることが多く,シリンダ当たりの出力が数kWの小型のものから3000kW級の船舶用の大型まで各種ある。いずれも燃料噴射ポンプを装備し,圧縮上死点直前に噴射ノズルを通じて高温・高圧の空気中に燃料噴射を行う。燃料は10~100MPaの噴射圧力によって微細な噴霧となり,空気との混合,蒸発を経て自己点火(self ignition)を生じ,燃焼を開始する。負荷の制御は燃料の噴射量の調節によって行われる。」(4頁)
(3) 前記(1)からすれば,以下の事実が明らかである。
ア 今日(本件出願当時)の車両は,電子噴射制御システム,点火制御システム,ABSシステム(アンチロックブレーキングシステム)等多数の電子システムを有しているが,これらの部分システムは,最低限その機能の2,3の部分領域において車両の駆動出力に作用を及ぼす。その結果,車両を制御する全システムの複雑性が増大するため,個々の部分システムが相互に依存するのを減少させる必要があり,具体的には,エンジン制御システムへのインターフェースを設け,すべての部分システムから(エンジンの出力を)操作できるようにする必要があった。
イ 本願発明はこのような問題を解決するものであり,エンジンである駆動ユニットを制御する部分システムとその他の部分システムを通信システムを介して情報交換するように構成し,他の部分システムから駆動ユニットを制御する部分システムに,「駆動ユニットから発生すべきクラッチトルクの設定値」が供給され,また駆動ユニットを制御する部分システムから他の部分システムに,「給気により調達されるクラッチトルク」が送られる。
他の部分システムは,上記「給気により調達されるクラッチトルク」と,自己の必要とするクラッチトルクを勘案し,駆動ユニットを制御する部分システムに送る「駆動ユニットから発生すべきクラッチトルクの設定値」を,これらに応じて形成する。
ウ このような構成により,個々の部分システムが相互に依存するのを減少させ,各部分システムの独立した適用と支配を可能にするエンジン制御システムへの統一的なインターフェースが得られる。
(4) 「給気により調達されるクラッチトルク」について
ア ここで,本願発明における「給気により調達されるクラッチトルク(mokupfu)」の意味について検討する。
クラッチトルクが,駆動ユニットの出力軸トルクであり,エンジン(内燃機関)のクランク軸(出力軸)に現れるトルクを意味することについては,原被告間において特段の争いはないところ,乙4(「熱機関演習」)において「給気」が「吸気」と同様に用いられていることからしても,「給気」とは,内燃機関におけるシリンダ等の燃焼室に空気を吸入することを意味するものと解される。
そして,前記(2)のとおり,内燃機関は,機関内部で燃料と空気からなる混合気を燃焼させて得た高温ガスを直接作動ガスとして利用することを特徴とする動力機械であって,着火・爆発の際の膨張力を駆動力に変換するものであり,その駆動力は内燃機関の出力軸であるクランク軸にトルクとして現れることになる。
そうすると,「給気により調達されるクラッチトルク」とは,車両の駆動ユニットがエンジン(内燃機関)であるならば,エンジン(内燃機関)の燃焼室に吸入される空気が燃料と混合されて燃焼・爆発して実際に発生するクラッチトルクと解するのが相当である。
ここで,「給気により調達されるクラッチトルク」をその他の部分システムに送るのは,前記(3)イのように,各部分システムが,どの程度のクラッチトルクが駆動ユニットで発生するのかにつき把握することにより,各部分システムが自己に必要なクラッチトルクを再計算し,その結果としての「駆動ユニットから発生すべきクラッチトルクの設定値」をエンジン制御システムに送るためである。そして,「給気により調達されるクラッチトルク」が上記のものであれば,各部分システムは駆動ユニットから発生すべきクラッチトルクを把握することができるから,この解釈は,本願発明の意義にも沿ったものである。
イ これに対し,原告は,請求項1に記載された「給気により調達されるクラッチトルク(mokupfu)」とは,本件明細書の実施例で使用され,「給気(λ=1でシリンダに供給される空気と燃料の混合気量ないし空気量,チャージ)により調達されるクラッチトルク」のことであり,しかも,実際の点火角を考慮していない場合のクラッチトルクである,マップ点火角でのものであり,さらに,噴射中止がないことが前提となっている旨主張する。
しかし,本願明細書では,「給気により調達されるクラッチトルク」の意味について,原告主張のような定義が明確にされているわけではない。さらに,請求項1において「給気により調達されたクラッチトルク」に付された(mokupfu)との符号は,請求項に記載された内容を理解するための補助的な機能を有するに止まるものであるから,これをもって実施例に記載された用語の意味に限定するものではない。
逆に,本願明細書には,「駆動ユニットは通常空気の調節を行なわないディーゼルエンジンあるいは対応した作用が可能な電動モータ(電気エンジン)とすることもできる。」(段落【0032】)と記載されている。
このうち,電動モータについては,空気と燃料を混合して着火・爆発させるものではなく,給気が存在しないから,本件補正(「給気により調達されるクラッチトルク」との限定をしたこと)によって,請求項の対象から削除されたと解することも不可能ではない。
他方で,前記(2)のとおり,ディーゼルエンジンは内燃機関(機関内部で燃料と空気からなる混合気を燃焼させて得た高温ガスを直接作動ガスとして利用することを特徴とする動力機械)の1類型であって,負荷の制御は燃料の噴射量の調節によって行われるものである。このように,ディーゼルエンジンにおいては,空気量の調節は行わないが,吸気行程を有しており,吸気(給気)された空気と燃料が混合され,これに着火・燃焼して駆動力を発生するものであり,その出力は給気により調達されたといい得るため,本願発明の対象に含まれるものである。
もっとも,前記(2)のとおり,ディーゼルエンジンでは,噴射ノズルを通じて高温・高圧の空気中に噴射された燃料が,微細な噴霧となり,空気との混合,蒸発を経て自己点火し,燃焼を開始するもので,火花点火機関とは異なり「点火角」という概念は存在しない。
この点につき,原告は,本件補正の結果,本願発明の対象は火花点火式内燃機関等となり,ディーゼルエンジンは本願発明の対象外であると主張する。
しかし,本願発明(特許請求の範囲)には,その対象を火花点火式内燃機関に限る旨の記載は存在しない上,前述のとおり,ディーゼルエンジンの出力は「給気により調達される」といえるものである。
さらに,本願明細書に,「mokupfu」について「燃焼により調達されるこの量の値(mokupfu)」と記載された部分(段落【0026】)が存在することからしても,「給気により調達されるクラッチトルク」ないし「mokupfu」との記載が,本願明細書において明確に定義づけられたり,統一的に用いられているとはいえない。
ウ 原告は,本願発明の「給気により調達されるクラッチトルク」が目標値又は実際値のいずれを指すのか,あるいは実際のエンジントルク値に相当するか等の疑義が生じているため,本願明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌し,その記載内容に基づいて,「給気により調達されるクラッチトルク」の意味を解釈すべきである旨主張する。
しかしながら,既に検討したとおり,明細書の記載を参酌しても,「給気により調達されるクラッチトルク」を実施例の「mokupfu」に限定することはできない。
また,原告は,本件補正により,段落【0012】の記載を「本発明(請求項1,7)の構成により,個々の部分システムが相互に依存するのを減少させ,各部分システムの独立した適用と支配を可能にするエンジン制御システムへの統一的なインターフェースが得られる。」と補正しており,本願明細書において,本願発明(請求項1)の利点として特に記載されているのは,上記【0012】の記載のみである。
しかし,部分システム間で伝達されるクラッチトルクが,原告主張の「噴射中止がないときにおける実際の点火角を考慮していないマップ点火角におけるクラッチトルク」であるか,「エンジンの燃焼室に吸入される空気が燃料と混合されて燃焼・爆発して実際に発生するクラッチトルク」であるか否かは,上記利点の有無とは無関係である。
したがって,明細書の記載や本願発明による効果を踏まえてもなお,「給気により調達されるクラッチトルク」の意味が,原告主張のように実施例の「mokupfu」に限定されるとはいえない。
(5) 以上のとおり,本願発明における「給気により調達されるクラッチトルク(mokupfu)」とは,「エンジン(内燃機関)の燃焼室に吸入される空気が燃料と混合されて燃焼・爆発して実際に発生するクラッチトルク」を意味すると解するのが相当であり,このような解釈を前提として,原告が主張する審決取消事由の有無について検討することとする。
2 取消事由1について
(1) 審決が,「一般に設定値(目標値)のトルクに対して実際のトルクを検出手段で検出して,設定値のトルクを制御することは周知」であるとした点について,被告は,審決で挙げた甲2に加え,乙1,2を提示し,(審決による)周知技術の認定に誤りはなく,この審決認定の周知技術を,さらに相違点1に係る本願発明の構成要件に合わせて表現すると,「クラッチトルク検出手段は,給気により調達されるクラッチトルクを目標トルク設定手段に伝達し,クラッチトルクの設定値は,前記目標トルク設定手段により該目標トルク設定手段に伝達された給気により調達されるクラッチトルクに応じて形成される」という,相違点1に係る本願発明の構成要件に対応する事項(周知の技術的事項1)を把握できる旨主張する。
これに対して,原告は,甲2,乙1及び乙2にはそのような技術は開示されておらず,審決の上記認定は誤りである旨主張するので,甲2,乙1及び乙2の開示内容につき,以下検討する。
(2) 甲2(特開平2-208136号公報)
ア 甲2には,以下の記載がある。
「・・・本発明による自動車の協調制御装置は,車の動的モデルの他に,エンジン,ドライブトレイン(変速機),ブレーキ,ステアリング,サスペンション等の各制御要素の動的モデルのうちの少なくとも1つの動的モデルを含む,複数個の動的モデルを用いて車の各制御要素を関連して協調制御する制御手段を備えたものである。」(2頁右下欄1~8行)
「第1図は本発明による自動車の協調制御装置の一実施例を示す構成図である。第1図において,本自動車の協調制御装置は運転者情報制御ユニット(制御手段)1と,表示ユニット(表示手段)2と,エンジン制御サブシステム3と,ドライブトレイン制御サブシステム4と,ブレーキ制御サブシステム5と,ステアリング制御サブシステム6と,サスペンション制御サブシステム7と,アクセルペダルセンサ8と,ブレーキペダルセンサ9と,ステアリングホイールセンサ10と,加速度センサ11と,緊急状態センサ12とから構成される。運転者情報制御ユニット1は車の動的モデルを含み,各制御サブシステム3~7は各制御要素の動的モデルを含んでおり,この車の動的モデルの他に各制御要素の動的モデルのうちの少なくとも1つの動的モデルを用いて,車の制御要素を関連して協調制御する。この各ユニット1,2と各サブユニット3~7の間はローカルエリアネットワーク60で電気的に接続されており,このネットワーク60を介してサブシステム3~7の間のデータの伝送を行う。」(3頁右上欄8行~左下欄8行)
「またエンジン,ドライブトレイン,ブレーキ制御サブシステム3,4,5を協調的に制御することによって車のスリップを防止することができる。」(3頁左下欄19行~右下欄2行)
「またエンジン制御サブシステム3は変速機付きドライブトレイン制御システム4と緊密に結合されており,運転者の要求に応じてネットワーク60を用いて協調制御される。エンジン,ドライブトレイン,ブレーキ,ステアリング,サスペンション制御サブシステム3,4,5,6,7を協調制御することによって,平均的な運転者でも緊急時に制御性を失うことなく車を安全に運転することができる。」(3頁右下欄8~16行)
「第5図は第1図のエンジン制御サブシステム3の構成図である。第5図において,本エンジン制御サブシステム3は制御ユニット301と,検出手段H2302と,検出手段H1303とから構成され,エンジン16とドライブトレイン17とに第5図のように結合されている。
上記の構成で,制御ユニット301によって低温始動と暖機中の適応制御を付加したトルクサーボ制御が実行される。この設定値のトルクは運転者の要求に応じて第1図の運転者情報制御ユニット1により決定される。この設定値のトルクはドライブトレイン17の検出手段H1303の実際のトルクと比較し,制御ユニット301によってエンジン16の燃料量と空気量と点火時期が制御される。この制御ユニット301は上記トルクの誤差信号に応じて,この誤差が最小になるように上記の制御変数を加減する。また制御ユニット301は燃焼に直接関与する信号たとえば筒内圧力センサの信号の検出手段H2302の信号を受けとり,低温始動と暖機時に適当な燃焼速度を維持できるようにエンジン16の空気量を制御する。この直接制御によって,排ガスの空燃比のような2次的パラメータを測定する従来システムに比べて排気浄化性が大幅に向上する。
第6図は第1図のドライブトレイン制御システム4の構成図である。第6図において,本ドライブトレイン制御サブシステム4はコントローラ401と,オブザーバB402と,オブザーバA403とから構成され,エンジン16とドライブトレイン17と車体18とに第6図のように結合されている。このドライブトレイン17は高度適応の変速能力を有する変速機から構成されており,このドライブトレイン17はエンジン16と車体18とに緊密に結合されている。上記の構成で,トルクの設定値は第1図の運転者情報制御ユニット1からコントローラ401とオブザーバB402とオブザーバA403に送られる。エンジン16のトルクとドライブトレイン17の変速比はコントローラ401の出力で制御され,車体18の実際の加速度を運転者の要求に合致するようにする。オブザーバA403は車体18用であって,このオブザーバA403によって車体18の加速度センサ11の信号からドライブトレイン17のトルクを推定する。オブザーバB402はドライブトレイン17用であって,ドライブトレイン17の信号からエンジン16の出力トルクを推定する。オブザーバA403とオブザーバB402の推定値はコントローラ401に入力され,エンジン16の空気量と燃料量と点火時期を調整するとともに,ドライブトレイン17の変速比を制御する。このエンジン16のトルクとドライブトレイン17の変速機のトルクが実時間で制御されるので,車体18の加速度は完全に運転者の要求に合致する。また上記のように車の動作に応じて第5図のエンジン制御サブシステム3と第6図のドライブトレイン制御サブシステムの機能の協調制御が実行される。」(4頁右下欄12行~5頁左下欄5行)
「第13図は第1図の各制御サブシステム3~7のCANシステムのハードウェアの構成図である。第13図において,第1図の各制御サブシステム3~7のエンジン制御システム3のハードウェアはCPU306と,DRAM307と,Bus Interface308とから構成され,ドライブトレイン制御サブシステム4はCPU406と,DRAM407と,Bus Interface408とから構成され,ブレーキ制御サブシステム5はCPU506と,DRAM507と,Bus Interface508とから構成されるようにして,各制御サブシステム3~7はBus Interface308,408,508などを介してネットワーク60に接続され,各サブシステム3~7と電気的に接続されている。
第14図は第13図の各制御サブシステム3~7のドライブトレイン制御システム4のCANに接続するセンサとアクチュエータの構成図である。第14図において,第13図の各制御サブシステム3~7の一例としてドライブトレイン制御サブシステム4のCANに接続するセンサとアクチュエータの構成を示し,上記CPU406からI/O Interface409を介して,スロットルバルブ制御用のスロットルアクチュエータ410とスロットルセンサ411が接続されるとともに,変速機制御用の変速アクチュエータ412と変速信号と変速位置などを検出する変速センサ413が接続されている。つぎの第15図から第24図に第1図の自動車の協調制御装置により得られる制御例のフローチャートを示す。
第15図は第1図(第5図,第6図,第7図)のエンジン,ドライブトレイン,ブレーキ制御サブシステム3,4,5によるスリップ防止のための協調制御例のフローチャートである。第15図において,まずステップ151で車速Vと車輪速vをリードし,ステップ152で発進時などに生じるスピンホイールかブレーキ時などに生じるロックホイールかを判断する。ロックホイールであればステップ153,154でスリップ率S=((V-v)/V)×100%の演算を行い,スリップ率Sが最適スリップ率20%程度になるようにブレーキ圧を制御して,ロックホイールが生じないようにする。またスピンホイールであればステップ155,156で路面とタイヤ間の摩擦係数を最適にして最適スリップ率になるように,エンジン出力を低下する方向つまりスロットルバルブを閉じる方向に制御して,スピンホイールを防止する。」(8頁右上欄12行~右下欄15行)
イ 以上より,甲2の第6図に示されたドライブトレイン制御システム4では,運転者の要求に応じたトルクの設定値がコントローラ401,オブザーバA403及びオブザーバB402に送られ,オブザーバB402はドライブトレイン17の信号からエンジン出力トルクを推定(検出)し,この推定(検出)値はコントローラ401に送られ,エンジン16の空気量,燃料量等が調整されている。そして,スピンホイールがあると,最適スリップ率になるように,コントローラ401がエンジン出力を低下する方向に(スロットルバルブを閉じる方向に)制御してスピンホイールを防止している。
このように,トルクの設定値に対してオブザーバB402が実際のトルクを検出し,スピンホイール時にコントローラ401がエンジン出力を低下するように制御しているから,「設定値のトルクに対して実際のトルクを検出手段で検出して,設定値のトルクを制御」しているということができるので,甲2には,審決で認定した周知技術が開示されているということができる。
また,実際のトルクである「エンジン出力トルク」は,本願発明の「給気により調達されるクラッチトルク」に相当し,これに応じて設定値である目標クラッチトルクを新たに形成するという制御をしているのだから,この技術を本願発明に沿って表現すると,「クラッチトルク検出手段(オブザーバB402)は,給気により調達されるクラッチトルクを目標トルク設定手段(コントローラ401)に伝達し,クラッチトルクの設定値は,前記目標トルク設定手段により該目標トルク設定手段に伝達された給気により調達されるクラッチトルクに応じて形成される」「(本願発明の構成要件に対応する事項」ないし「周知の技術的事項1」)といえるものである。
ウ 原告は,甲2(第5図)において制御されるのは,実際のトルクに対応する制御量(エンジンのトルク等)であり,エンジントルク等を制御するために設定される「トルクの設定値」を制御することは,甲2には記載されていない旨主張する。
しかしながら,甲2の第6図に関連した制御では,スピンホイールがあるときには,運転者の要求に応じたトルク設定値から外れて,最適スリップ率になるようにスロットルバルブを閉じてエンジンのトルクを低下させており,これは,エンジンのトルク設定値を下げていることと実質的に同じであって,「トルク設定値を制御している」といえるから,原告の上記主張は理由がない。
エ また,原告は,甲2において,「コントローラ401は,運転者の要求に応じたトルクの設定値とエンジン出力の推定値に応じて,エンジン16のトルクとドライブトレイン17の変速機のトルクを制御し,車体18の加速度を運転者の要求に合致させていること」及び「エンジン制御サブシステム3とドライブトレイン制御サブシステム4の協調制御により,エンジン出力を低下させてスピンホイールを防止すること」が記載されているだけで,「コントローラ401は,運転者の要求に応じたトルクの設定値とエンジン出力の推定値に応じて,運転者の要求に応じたトルクの設定値よりも小さいスピンホイール時のエンジン出力の値を設定している」わけではないから,被告主張の「甲2記載の技術事項」は記載されていない旨主張する。
しかしながら,前記イでの検討及び甲2の第14図,15図からすれば,甲2では,トルクの設定値に対してオブザーバB402が実際のトルクを検出し,スピンホイール時に,コントローラ401の演算装置と認められるCPU406が,スロットルアクチュエータ410によってスロットルを絞ることにより,運転者の要求にかかわらず,エンジン出力を低下するように制御しているものと解されるから,原告の上記主張は理由がない。
オ また,原告は,被告主張の「甲2記載の技術事項」を是認しても,甲2の「エンジン出力の推定値」は「給気により調達されるクラッチトルク」には相当せず,「オブザーバB402」は,推定ないし検出機能を有するが,制御機能を有しないから,本願発明の「制御ユニット」には相当せず,また「コントローラ401」からの出力値は,被告が制御ユニットに相当するとした「オブザーバB402」には伝達されないから,被告の主張する「甲2から把握される技術事項」は,周知の技術的事項ではない旨主張する。
しかし,甲2におけるエンジン16の出力トルクは,エンジン16の燃料量と空気量と点火時期が制御された結果としてのエンジン出力軸に実際に現れるトルクのことを意味すると解され,これは本願発明の「給気により調達されるクラッチトルク」に相当するものといえる(前記1(4)(5)参照)。
そして,前記イのとおり,オブザーバB402がこの出力トルクを検出してコントローラ401に伝達し,コントローラ401はこれに応じて新たな目標トルクの設定値を形成しているから,甲2には,「クラッチトルク検出手段は,給気により調達されるクラッチトルクを目標トルク設定手段に伝達し,クラッチトルクの設定値は,前記目標トルク設定手段により該目標トルク設定手段に伝達された給気により調達されるクラッチトルクに応じて形成される」という「周知の技術的事項1」が記載されているといえる。
なお,本願発明と甲2における個々の構成要素の対応関係については,原告が主張するとおり,甲2のオブザーバB402は制御機能を有しておらず,コントローラ401の出力値はオブザーバB402に供給されないなど,本願発明と甲2における各構成要素を対応づけたとき,それぞれの有する役割,機能は一致しない。
しかし,審決は,本願発明と甲2について,個々の機能要素を対応付けて上記「周知の技術的事項1」を認定したものではないから,この点に関する原告の主張は,周知技術認定の当否についての審決取消事由としては理由がない。
また,本願明細書の段落【0031】に,「見やすくする理由からインターフェースの表現手段としてブロック回路図を選択したが,実際には本発明のインターフェースはコンピュータプログラムとして実現される。・・・実際には,単に対応する機能を有する機能要素が存在するだけで,その結果がコンピュータプログラムの種々の箇所で利用されることは自明である。」と記載されていることからすれば,本願発明においても,一連の制御に関する各機能要素をブロックごとに分配する際の具体的な分配方法は,形式的なものであって,必ずしも実質的な意味があるわけではない。
いずれにしても,本願発明と甲2記載の発明双方が,「クラッチトルク検出」,「当該値の目標トルク設定手段への伝達」,「目標トルク設定手段による新たな目標トルクの形成」という機能要素を有する(すなわち,甲2において,本願発明と同様の技術が開示されている)ことに変わりはなく,各構成要素への機能要素の分配方法が異なることが,甲2において上記技術が開示されていることを否定するものではない。
(3) 乙1(特開昭63-192927号公報)
ア 乙1には,次の記載がある。
「〔産業上の利用分野〕
この発明は,車両用駆動力制御装置に関し,例えば車両走行中において,摩擦係数の低い積雪路あるいは凍結路等に生じる駆動輪の空転を防止するためのもので,特に,スロットル弁を自動的に開閉制御することにより駆動力を制御できるようにしたスロットル弁制御式車両用駆動力制御装置に関する。」(2頁左上欄14行~右上欄1行)
「モータコントロールコンピュータ13aは,出力トルク検出手段50をそなえている。この出力トルク検出手段50は吸込空気量Aをエンジン回転数Nで割った情報(この情報A/Nはエンジン負荷情報をもつ)とエンジン回転数情報Nとによって現出力トルクTEMが決まる2次元マップとして構成されており,エンジン負荷情報A/Nおよびエンジン回転数Nをアドレス信号として受けることにより,エンジン負荷情報A/Nとエンジン回転数Nとに応じて予め記憶されている現出力トルクTEMを取り出すことができるようになっている。
ところで,モータコントロールコンピュータ13aは目標加速度αXから走行加速度αBを引いたものに所要の係数を掛けて更に現出力トルクTEMを加えることにより目標トルクTOMを求める非スリップ時目標トルク演算手段51をそなえている。
すなわち,この目標トルク演算手段51は目標加速度設定手段48,加速度検出手段49,出力トルク検出手段50および係数設定手段52からの信号を受けて次式を演算して目標トルクTOMを求めるのである。」(6頁左下欄8行~同右下欄10行)
「モータコントロールコンピュータ13aは第14図に2点鎖線で示すごとく目標トルクTOMとエンジン回転数Nとで決まる所望のスロットル開度θACLを設定するスロットル開度設定手段53をそなえている。すなわちスロットル開度設定手段53は第14図に示すような関係で目標トルクTOMとエンジン回転数Nとによってスロットル開度θACLが決まる2次元マップとして構成されており,目標トルクTOMおよびエンジン回転数Nをアドレス信号として受けることにより,目標トルクTOMとエンジン回転数Nとに応じて予め記憶されているスロットル開度を取り出すことができるようになっている。
さらに,モータコントロールコンピュータ13aは,第1図(b)に示すように,スリップ前の出力トルクTEM’を記憶する記憶手段59と,駆動輪空転率演算手段M7BからのB指令を受けてこのB指令に応じて決められた係数(例えば,空転率に反比例するように決められた係数やB指令発令時からの時間に応じて減少する係数)K2を出力する出力低減率決定手段104と,この係数K2および現出力トルクTEM’を受けてスリップ時の目標トルクTTCを出力するスロットル弁によるエンジン出力低減手段M1Aや吸気流量低減手段としてのスリップ時目標トルク演算手段61と,非スリップ時目標トルクTOMおよびスリップ時目標トルクTTCを受けて駆動輪空転率検出手段M7Aからのスリップ検出信号(A指令またはB指令)に応じてスロットル開度設定手段53へ供給する目標トルクを選択する切換手段62とをそなえている。
そして,このようにしてスロットル開度設定手段53で得られたスロットル開度となるように駆動回路54を介して電動モータ12へ制御信号を出力するエンジン制御手段55の機能もモータコントロールコンピュータ13aは有している。」(7頁左上欄3行~右上欄第17行)
イ 以上のとおり,乙1において,モータコントロールコンピュータ13aは,出力トルク検出手段50,(非スリップ時の)目標トルクTOMを求める非スリップ時目標トルク演算手段51,目標トルクTOMとエンジン回転数Nとに応じて予め記憶されているスロットル開度を取り出すことができるスロットル開度設定手段53,現出力トルクTEM’を受けてスリップ時の目標トルクTTCを出力するスリップ時目標トルク演算手段61,スリップ検出信号に応じてスロットル開度設定手段53へ供給する(スリップ時の)目標トルクTTCを選択する切替手段62を備えるとともに,スロットル開度設定手段53で得られたスロットル開度となるよう制御信号を出力するエンジン制御手段55の機能をも有している。
そうすると,モータコントロールコンピュータ13aは,非スリップ時の目標トルクTOMに対して,(出力トルク検出手段50において)実際のトルクを検出し,(スリップ時目標トルク演算手段61において)スリップ時にエンジンのスロットル開度を調整してエンジンのトルクをスリップ時の目標トルクTTCとなるように制御しているから,「設定値のトルクに対して実際のトルクを検出手段で検出して,設定値のトルクを制御」しているといえ,乙1には,審決で認定した技術が開示されているということができる。
また,実際のトルクは,本願発明の「給気により調達されるクラッチトルク」に相当し,これに応じて目標トルクを新たに形成する制御をしているから,この技術を本願発明に沿って表現すると,「クラッチトルク検出手段(出力トルク検出手段50)は,『給気により調達されるクラッチトルク』を目標トルク設定手段(スリップ時目標トルク演算手段61)に伝達し,クラッチトルクの設定値は,前記目標トルク設定手段により該目標トルク設定手段に伝達された『給気により調達されるクラッチトルク』に応じて形成される」(被告主張の「本願発明の構成要件に対応する技術事項」ないし「周知の技術的事項1」)といえるものである。
ウ 原告は,乙1で制御されているのは,エンジンのスロットル開度であり,設定値のトルクを制御することは,乙1には記載されていない旨主張する。
しかしながら,乙1では,スリップの発生を受けて,新たに目標トルクを選択し,これに応じてスロットルの開度を調整しているから,設定値のトルクを制御していることと実質的に同じであって,原告の上記主張は理由がない。
エ また,原告は,乙1の「現出力トルクTEM’」は,実際の点火角の影響を除去していないから,本願発明の「給気により調達されるクラッチトルク」には相当せず,出力トルク検出手段50は制御機能を有していないから,本願発明の制御ユニットには相当せず,スリップ時目標トルク演算手段61からの出力値は,被告が制御ユニットに相当するとした出力トルク検出手段50に伝達されておらず,このように,被告の主張する「乙1から把握される技術事項」は周知の技術的事項ではない旨主張する。
しかしながら,本願発明の「給気により調達されるクラッチトルク」は,前記1(4)(5)のとおり,実際の点火角の影響を除去したものに限られないから,乙1の「現出力トルクTEM’」は,本願発明の「給気により調達されるクラッチトルク」に相当するものである。
そして,出力トルク検出手段50が,この出力トルクを検出してスリップ時目標トルク演算手段61に伝達し,スリップ時目標トルク演算手段61は,これに応じて新たな目標トルクの設定値を形成しているので,乙1には,前記イのとおり,「クラッチトルク検出手段は,『給気により調達されるクラッチトルク』を目標トルク設定手段に伝達し,クラッチトルクの設定値は,前記目標トルク設定手段により該目標トルク設定手段に伝達された『給気により調達されるクラッチトルク』に応じて形成される」という「周知の技術的事項1」が記載されているといえる。
なお,本願発明と乙1における個々の構成要素の対応関係については,前記(2)オと同様,実質的な問題ではない。
以上のとおり,乙1に関する原告の主張は理由がない。
(4) 乙2(特開平3-258933号公報)
ア 乙2には次の記載がある(判決注:なお,本判決においては,ワープロソフトの制約上,「TQ~OUT」と「V・E」については乙2上の表記と異なる表記になっている。)
「2.特許請求の範囲
① 駆動輪(Wr)の過剰スリップが検出された時,前記駆動輪(Wr)に接続された内燃機関(E)のスロットル弁(9)の開度をフィードバック制御して前記過剰スリップを抑制する駆動輪トルク低減手段(U)を備えた駆動輪トルクの制御装置において,
前記駆動輪トルク低減手段(U)が,前記駆動輪の総トルクを求める手段(101)と,駆動輪(Wr)の過剰スリップに消費される余剰トルクを求める手段(102)と,前記総トルクと余剰トルクから駆動輪の有効トルクを求める手段(103)と,この有効トルクから前記スロットル弁(9)を閉弁制御する際の初期スロットル開度を求める手段(104)とを備えてなる,駆動輪トルクの制御装置。
② 前記余剰トルクが,駆動輪スリップ変化率から求められる,請求項①記載の駆動輪トルクの制御装置。
③ 前記有効トルクが,前記総トルクと駆動輪スリップ変化率から線型近似して求められる,請求項①または②記載の駆動輪トルクの制御装置。
④ 前記駆動輪トルクの制御装置は更に駆動輪(Wr)の過剰スリップが大きい時にフュエルカットする手段(10)を持ち,前記初期スロットル開度がフュエルカットした状態から復帰した時に求められる,請求項①記載の駆動輪トルクの制御装置。
⑤ 前記有効トルクが,フュエルカット開始から所定時間内の駆動輪の最大総トルクと最大余剰トルクから求められる,請求項④記載の駆動輪トルクの制御装置。
⑥ 前記駆動輪の総トルクを求める手段(101)は,エンジン運転状態からクランク軸トルクを演算する手段と,演算したクランク軸トルクにフィルターをかけるフィルタリング手段と,フィルタリングされたクランク軸トルクにギヤレシオとミッション伝達効率を乗算する手段からなる,請求項①記載の駆動輪トルクの制御装置。」(1頁左下欄4行~2頁左上欄8行)
「・・・本発明はクレーム対応図である第1図に示すように,駆動輪の過剰スリップが検出された時,前記駆動輪に接続された内燃機関のスロットル弁の開度をフィードバック制御して前記過剰スリップを抑制する駆動輪トルク低減手段を備えた駆動輪トルクの制御装置において,前記駆動輪トルク低減手段が,前記駆動輪の総トルクを求める手段と,駆動輪の過剰スリップに消費される余剰トルクを求める手段と,前記総トルクと余剰トルクから駆動輪の有効トルクを求める手段と,この有効トルクから前記スロットル弁を閉弁制御する際の初期スロットル開度を求める手段とを備えてなることを特徴とする。」(2頁右下欄6行~3頁左上欄1行)
「第2図は本制御装置が搭載された車両の概略構成図であって,この車両は内燃機関Eによって駆動される一対の駆動輪Wrと一対の従動輪Wfを備えており,駆動輪Wrおよび従動輪Wfには,その速度VW,VVを検出する駆動輪速度検出器lと従動輪速度検出器2がそれぞれ設けられている。内燃機関Eには,そのクランクシャフトの回転速度Neを検出するための歯車と電磁ピックアップよりなる回転速度検出器3と,そのミッション4のギヤ位置を検出するためのギヤ位置検出器5が設けられるとともに,その吸気通路6には吸気管内圧PBを検出する吸気管内圧検出器7およびパルスモータ8に接続されて開閉駆動されるスロットル弁9が設けられ,更に前記吸気通路6の下流端にはフュエルカット手段10を備えた燃料噴射弁11が設けられている。また,他の検出器として,大気圧PAを検出する大気圧検出器12,およびウォータジャケット内の冷却水の温度TWを検出する水温検出器18が設けられている。そして,前記駆動輪速度検出器l,従動輪速度検出器2,回転速度検出器3,ギヤ位置検出器5,吸気管内圧検出器7,パルスモータ8,フュエルカット手段10,大気圧検出器12,および水温検出器18はマイクロコンピュータよりなる電子制御ユニットUに接続されている。」(3頁左下欄9行~右下欄16行)
「さて,ステップS25では,クランク軸トルクTQOUTが吸気管内圧PBおよび内燃機関の回転速度Neの関数として求められる。すなわち,前記ステップS25のサブルーチンである第6図におけるステップS38で,現在の内燃機関Eの回転速度Neに対応してスロットル全開時におけるクランク軸最大トルクTQMAXがテーブルより検索される。次に,ステップS39で内燃機関Eの回転速度Neに対応してスロットル全開時の吸気管内圧PBWOTと無負荷時の吸気管内圧PBNLがテーブルより検索される。次に,ステップS40で,水温検出器18の出力信号に基づいて水温補正係数KTWTaがテーブルより検索されるとともに,ステップS41で,大気圧検出器12の出力信号に基づいて大気圧補正係数KPATaがテーブルより検索される。そして,ステップS42において,前記ステップS39で検索したスロットル全開時の吸気管内圧PBWOTと無負荷時の吸気管内圧PBNL,および現在の吸気管内圧PBから下記の一次補間式によって吸気管内圧補正係数KPBTaが演算される。
KPBTa=(PB-PBNL)/(PBWOT-PBNL)
次に,ステップS43で空燃比フラグFWOTが立てられているかが判断され,該空燃比フラグFWOTがセットされている場合,すなわち通常の運転状態においては,ステップS44で空燃比補正係数KAFTaとして1が選択される。また,空燃比フラグFWOTがセットされていない場合,すなわち低負荷時等においては,ステップS45で空燃比補正係数KAFTaとして所定値KAFTa0(0.9)が選択される。而して,ステップS46で,前記ステップS38で検索したクランク軸最大トルクTQMAXにステップS42で演算した吸気管内圧補正係数KPBTaを乗算することにより現在の吸気管内圧PBに対応するクランク軸トルクが演算され,その結果に前記ステップS40で検索した水温補正係数KTWTa,ステップS41で検索した大気圧補正係数KPATa,およびステップS44またはステップS45で選択した空燃比補正係数KAFTaが乗算され,現在のクランク軸トルクTQOUTが推定される。なお,スロットル全開時の吸気管内圧PBWOTと無負荷時の吸気管内圧PBNLを用いてクランク軸トルクTQOUTを推定するかわりに,スロットル全開時とアイドル時の燃料噴射量から一次補開式によってクランク軸最大トルクTQMAXを推定することも可能である。
さて,上述のようにして第5図のステップS25でクランク軸トルクTQOUTが推定されるが,内燃機関Eの運転状態が変化してから前記クランク軸トルクTQOUTが実際に変化するまでには,吸気管内圧検出器7で検出した空気が内燃機関Eに吸入されて圧縮・爆発するまでに時間がかかることから,多少の時間遅れが発生する。このために,続くステップS26で前記クランク軸トルクTQOUTに以下の式に基づく一次遅れのフィルタリング処理が施される。
TQ~OUTN=α*TQOUTN+(1-α)*TQ~OUTN-1
(ただし,0<α<1)
このフィルタリング処理により上記時間遅れによる誤差が吸収され,内燃機関Eの運転状態の過渡期においても,各瞬間における精密なクランク軸トルクTQ~OUTが推定される。
次に,ステップS27で,フィルタリングが施された前記クランク軸トルクTQ~OUTに,ギヤ位置検出器5の出力信号に対応して求めらたミッション伝達係数KMとギヤレシオG/Rを掛け合わせることにより,次式から駆動輪総トルクTQ~OUT*が演算される。
TQ~OUT*=KM*G/R*TQ~OUT
ステップS28では,駆動輪スリップ変化率V・Eの過去100msにおける最大値V・EMと,前記駆動輪総トルクTQ~OUT*の過去100msにおける最大値TQ~OUTM*が検索される。すなわち,駆動輪速度検出器1から出力される駆動輪速度VWと従動輪速度検出器2から出力される従動輪速度VVに基づいて演算される駆動輪スリップVEの微分値である駆動輪スリップ変化率V・E,および前記駆動輪総トルクTQ~OUT*はランダムアクセスメモリ15に一時期に記憶され,その中から過去100msにおける最大値V・EM,および最大値TQ~OUTM*が選択される。次に,ステップS29で100msが経過したか否かが判断され,NOの場合にはステップS30で前述のθT0*が初期スロットル開度θTHINITに置き換えられる。一方,前記ステップS29でYESの場合には,ステップS31で車両の加速に利用される有効トルクTQINIT(すなわち,駆動輪総トルクTQ~OUT*から駆動輪Wrの過剰スリップに消費される余剰トルクを引いたもの)が,前述のステップS28で求めた駆動輪スリップ変化率の最大値V・EMと駆動輪総トルクの最大値TQ~OUTM*からマップ検索される。」(5頁右下欄4行~7頁左上欄9行)
「そして上記初期スロットル開度θTHINITは,車両の加速に利用される駆動輪有効トルクTQINIT,すなわち駆動輪総トルクTQ~OUT*から駆動輪Wrの過剰スリップに消費される余剰トルク差し引いたトルクを与えるスロットル開度に対応しているため,最終的なスロットル開度を速やかに最適の駆動輪スリップ率を与える値に収束させることが可能になる。
次に,前記駆動輪有効トルクTQINITを得るための他の実施例を説明する。
第7図は,各種の路面摩擦係数μにおいて駆動輪総トルクTQ~OUT*と駆動輪スリップ変化率V・Eの関係がどのように変化するかを線型近似によって与えるもので,低μ路面ほど初期に駆動輪スリップ変化率V・Eが増加して無効トルクの比率が増えることが理解される。これにより,駆動輪総トルクTQ~OUT*と駆動輪スリップ変化率V・Eの交点から路面μを求め,その路面μの線が横軸と交わる位置から駆動輪有効トルクTQINITを求めることができる。したがって,各種の路面μに対する駆動輪総トルクTQ~OUT*と駆動輪スリップ変化率V・Eを関数としてリードオンリーメモリ14に記憶させておば,第5図におけるステップS9のマップ検索による手法に代えて駆動輪有効トルクTQINITを求めることができる。」(7頁右上欄14行~右下欄4行)
file_2.jpgwat rersaRU L fonrernara | | 12 monn H ane [103 | ———_— Tapia Ve wines [104 aイ 以上のとおり,乙2では,吸気管内圧PB,内燃機関の回転速度Neを検出し,駆動輪総トルク算出手段が駆動輪総トルクTQ~OUT*を推定し,これを駆動輪有効トルク算出手段に伝達する。そして,駆動輪有効トルク算出手段は,駆動輪に過剰なスリップが発生すると,伝達された駆動輪総トルクTQ~OUT*に応じて駆動輪有効トルクTQINITを算出し,駆動輪総トルクTQ~OUT*がこの値になるように初期スロットル開度算出手段に情報を伝達している。
そうすると,乙2では,駆動輪有効トルクTQINITに対して実際のトルクである駆動輪総トルクTQ~OUT*を検出し,駆動輪有効トルク算出手段が,駆動輪有効トルクTQINITを制御しているから,「設定値のトルクに対して実際のトルクを検出手段で検出して,設定値のトルクを制御している」といえ,乙2には,審決で認定した周知技術が開示されているということができる。
また,実際のトルクである駆動輪総トルクTQ~OUT*は本願発明の「給気により調達されるクラッチトルク」に相当し,これに応じて設定値となる有効トルクが新たに形成されているから,この技術を本願発明に沿って表現すると,「クラッチトルク検出手段(駆動輪総トルク算出手段)は,『給気により調達されるクラッチトルク』を目標トルク設定手段(駆動輪有効トルク算出手段)に伝達し,クラッチトルクの設定値は,前記目標トルク設定手段により該目標トルク設定手段に伝達された『給気により調達されるクラッチトルク』に応じて形成される」(被告主張の「本願発明の構成要件に対応する技術事項」ないし「周知の技術的事項1」)ものといえる。
ウ 原告は,乙2において制御されているのは,エンジンのスロットル開度であり,「設定値のトルク」に相当する有効トルクを制御することは,乙2には記載されていない旨主張する。
しかし,乙2では,スリップの発生を受けて,新たに目標となる有効トルクを算出し,これに応じてスロットルの開度を調整しているのであるから,設定値のトルクを制御していることと実質的に同じであり,原告の上記主張は理由がない。
(5) 以上のとおり,審決の認定した「設定値(目標値)のトルクに対して実際のトルクを検出手段で検出して,設定値のトルクを制御すること」は,本願出願前に周知の技術であったと認められ,同技術によって,スリップ発生など,状況に応じた車両制御が可能となっている。
また,甲2,乙1及び乙2に示されたこの周知技術を,相違点1に係る本願発明の構成要件に合わせて表現すると,「クラッチトルク検出手段は,給気により調達されるクラッチトルクを目標トルク設定手段に伝達し,クラッチトルクの設定値は,前記目標トルク設定手段により該目標トルク設定手段に伝達された給気により調達されるクラッチトルクに応じて形成される」ことが周知であるといえるものであり,原告が主張する取消事由1は理由がない。
3 取消事由2について
(1) 原告は,甲2記載の技術を引用発明に適用するに当たり,甲2のコントローラが本願発明の制御ユニットに相当するとしても,これを引用発明に適用すると,コントローラの出力はエンジンに伝達されることになり,(制御ユニットに相当する)引用発明の第2制御装置44に伝達される目標出力トルク値には影響を及ぼさないから,相違点1に係る本願発明の構成とはならず,これは乙1についても同様であるから,引用発明に周知技術を適用することにより相違点1に係る本願発明の構成を想到することは容易であるとした審決の判断は誤りである旨主張するので,以下,甲2,乙1等に示された周知技術の引用発明への適用について検討する。
(2) 引用例の開示事項と本願発明との相違点
ア 甲1には次の記載がある。
「車両のエンジン,無段変速機,およびクラッチを制御する車両用制御装置であって,
アクセル操作量,無段変速機の速度比,車速,および前記エンジンの出力トルクを制御するための制御量から前記クラッチの伝達トルク,前記無段変速機の速度比および伝達容量の最適値を決定し,かつその最適値が得られるように制御するとともに,前記エンジンの最適な出力トルクを決定し,その最適な出力トルクを表す目標出力トルク信号を出力する第1制御装置と,
前記第1制御装置から出力された目標出力トルク信号から,該目標出力トルク信号が表す最適な出力トルクが得られるように,前記エンジンの出力トルクを制御するための制御量を決定しかつこの制御量に従って前記エンジンの出力トルクを制御するとともに,該制御量を表す信号を前記第1制御装置へ出力する第2制御装置と
を含むことを特徴とする車両用制御装置。」(1頁左下欄5行~右下欄2行)
「(1)アクセル操作量,無段変速機の速度比,車速,および前記エンジンの出力トルクを制御するための制御量から前記電磁クラッチの伝達トルク,前記無段変速機の速度比および伝達容量の最適値を決定し,かつその最適値が得られるように制御するとともに,前記エンジンの最適な出力トルクを決定し,その最適な出力トルクを表す目標出力トルク信号を出力する第1制御装置と,(2)その第1制御装置から出力された目標出力トルク信号からその目標出力トルク信号が表す最適な出力トルクが得られるように前記エンジンの出力トルクを制御するための制御量を決定し,かつこの制御量に従って前記エンジンの出力トルクを制御するとともに,その制御量を表す信号を前記第1制御装置へ出力する第2制御装置とを,含むことにある。」(2頁左下欄12行~右下欄7行)
「第1制御装置32は,専ら磁粉式電磁クラッチ12の伝達トルクとベルト式無段変速機14の速度比および伝達容量を制御するためのものであって,CPU34,ROM36,RAM38,入力インタフェース40,出力インタフェース42を備えている。入力インタフェース40には,アクセルペダルセンサ25からのアクセルペダル操作量Accを表す信号と速度比センサ24からの実際の速度比eを表す信号が供給されるとともに,図示しないセンサからエンジン10およびベルト式無段変速機14の運転状態を表す信号,たとえばエンジン冷却水温度を表す信号,エンジン回転速度を表す信号,ベルト式無段変速機14の作動油温を表す信号,シフトレバ-のシフト位置を表す信号,ブレーキ操作信号,路面勾配を表す信号,パワー/エコノミー走行選択スイッチの操作位置を表す信号が入力される。CPU34は,ROM36に予め記憶されたプログラムに従って入力インタフェース40から入力される信号を処理し,出力インタフェース42を通じて速度比信号Vaおよびライン圧信号Vlを流量制御サーボ弁28および圧力制御サーボ弁30へ出力するとともに,エンジン10の最適出力トルクを表す信号,換言すれば,最適出力トルクを得るための目標出力トルクTe*を第2制御装置44へ出力するとともに,滑りが生じない必要かつ充分な伝達トルクTcを表す信号を駆動回路26へ出力し,それからその伝達トルクTcを得るための励磁電流をクラッチ12へ供給させる。」(3頁左下欄10行~右下欄18行)
「第2制御装置44は,専らエンジン10の出力トルクを制御するためのものであって,CPU46,ROM48,RAM50,入力インタフェース52,出力インタフェース54を備えており,CPU46はROM48に予め記憶されたプログラムに従って入力インタフェース52を通して入力される入力信号を処理し,出力インタフェース54を通して燃料噴射装置16へ目標出力トルクTe*を得るための制御量Gfを表す信号を出力するとともに,第1制御装置32内の入力インタフェース40へその制御量Gfを表す信号を出力する。この制御量Gfはエンジン10に対する供給燃料量に対応する。
第2図は上記第1制御装置32および第2制御装置44における制御構成を示す機能ブロック線図であって,第1ブロック60においては予め求められた関係から,アクセル操作量Accおよび車速Vに基づいてトランスミッションの出力トルク,換言すれば運転者の要求に応じた必要な車両の駆動トルクToを算出する。このとき用いられる関係は運転者の加速または減速要求を実現するように予め求められたものであり,データマップあるいは関数の形態で予め記憶されている。第2ブロック62および第3ブロック64においては,第1ブロック60において求められた駆動トルクToを実現するために予め求められた関係から目標速度比e*および目標エンジン出力トルクTe*とがそれぞれ求められる。目標速度比e*および目標エンジン出力トルクTe*は車両の良好な燃費あるいは運転性が得られるように,または燃費と運転性とが最適に得られるようにそれぞれ決定される。このような関係は,運転性を重視した走行を指定するパワー走行,経済性を重視したエコノミー走行および通常走行を選択する走行性選択スイッチが設けられている場合には,予め複数記憶された関係から所望の関係が選択される。第3ブロック64において求められたエンジン出力トルクTe*は第2制御装置44に供給される。
第2制御装置44は第3ブロック64において求められた目標エンジン出力トルクTe*が実現されるように燃料噴射量を決定し,その燃料噴射量にて燃料が噴射されるようにその噴射量に対応した制御量Gfを決定してそれを表す信号を燃料噴射装置16に供給する。なお,第2制御装置44においては,エンジン10の冷却水温,実際の回転速度,大気圧等を表す情報に基づいて,出力信号が補正される。また,エンジン10がガソリンエンジンである場合には,第2制御装置44において燃料量,吸入空気量,点火時期等が決定され,このように決定された燃料量および吸入空気量にて混合気がエンジン10に供給されるとともに点火時期が制御される。」(4頁左上欄2行~左下欄13行)
「・・・第1制御装置32において求められたエンジンの最適な出力トルクを表す目標出力トルクTe*が第2制御装置44に供給される一方,第2制御装置44において求められたエンジン10の出力トルクを表す燃料噴射量,すなわち制御量Gfが第1制御装置32に供給される・・・」(5頁右下欄1~6行)
イ 以上のとおり,引用発明では,第1制御装置32が,アクセル操作量,車速等に応じてエンジンの最適な出力トルクを決定し,その最適な出力トルクを表す目標出力トルク信号Te*を第2制御装置44に出力し,第2制御装置44は,燃料噴射装置16に対し,目標エンジン出力トルクを実現するために決定した燃料噴射量に対応した制御量Gfを出力するとともに,同制御量Gfを第1制御装置32にも供給するものである。
そして,審決は,甲1には,
「制御装置32,44を互いに接続して情報を交換する2つの制御装置32,44を備え,
前記制御装置の一つは,エンジン10を制御する第2制御装置44であり,
前記第2制御装置44には,エンジン10の少なくとも一つの運転状態において第1制御装置(32)から,目標エンジン出力トルクTe*が供給される,エンジン10を備えた車両の制御方法であって,
前記第2制御装置44は,目標エンジン出力トルクTe*から算出された燃料噴射量を表す制御量Gfを第1制御装置(32)に伝達する車両の制御方法。」
との発明(引用発明)が記載されていると認定した。
また,審決は,本願発明と引用発明には,
「本願発明では,車両の駆動ユニットを制御する制御ユニットは,『給気により調達されるクラッチトルク(mokupfu)を前記他の部分システムの少なくとも一つに伝達し,前記クラッチトルクの設定値は,前記他の部分システムの少なくとも一つにより該他の部分システムの少なくとも一つに伝達された給気により調達されるクラッチトルク(mokupfu)に応じて形成される』のに対して,引用刊行物の発明は,車両の駆動ユニットを制御する制御ユニットが,そのような構成を採っているかどうか不明な点」との相違点1があると認定した。
(3) 引用発明への周知技術の適用について
ここで,審決の認定した「設定値のトルクに対して実際のトルクを検出手段で検出して,設定値のトルクを制御すること」は,前記2(5)のとおり,甲2,乙1及び乙2の記載から周知技術であるものと認められる。また,これを,相違点1に係る本願発明の構成に沿って表現すると,「クラッチトルク検出手段は,給気により調達されるクラッチトルクを目標トルク設定手段に伝達し,クラッチトルクの設定値は,前記目標トルク設定手段により該目標トルク設定手段に伝達された給気により調達されるクラッチトルクに応じて形成される」といえ,これにより,エンジンの状況,自動車の状況等に応じた適切なエンジン出力を可能としているといえる。
そして,技術の改良に当たり,当該技術分野における周知技術の適用を試みることは,当業者が通常期待される創作活動の範囲のことといえるから,引用発明に周知技術を適用して技術の改良を図ることに,本来,格別の困難性はないものである。そこで,引用発明に周知技術を適用することにより,どのような構成を得ることができるか検討する。
引用発明では,第2制御装置44から燃料噴射量に応じた制御量Gfが第1制御装置32に伝達されているが,これを第1制御装置からみると,エンジンの出力トルクを表す燃料噴射量に対応した制御量Gfを検出していることになるので,第2制御装置は第1制御装置に対するクラッチトルク検出手段の役割を果たすことになる。他方で,第1制御装置32から第2制御装置44に対し,目標エンジン出力トルクTe*が供給されるが,この目標エンジン出力トルクTe*は運転者によるアクセル操作量等に応じて設定することが記載されているものの,その値を燃料噴射量に対応する制御量Gfに応じて変更することの記載はない。
しかしながら,自動車の状況等に対応するために「クラッチトルク検出手段は,給気により調達されるクラッチトルクを目標トルク設定手段に伝達し,クラッチトルクの設定値は,前記目標トルク設定手段により該目標トルク設定手段に伝達された給気により調達されるクラッチトルクに応じて形成される」ことが周知技術であり,燃料噴射量に対応する制御量Gfは「給気により調達されるクラッチトルク」に,第1制御装置は目標トルク設定手段に,それぞれ対応するものであるから,上記周知技術を引用発明に適用し,自動車の状況に対応すべく,目標トルク設定手段に対応する第1制御装置が,制御量Gfに応じてクラッチトルクの設定値に対応する目標エンジン出力トルクTe*を形成するように構成することは,当業者にとって容易想到といえる。
その結果,「車両の駆動ユニットを制御する制御ユニットである第2制御装置は,給気により調達されるクラッチトルクに相当する制御量Gfを他の部分システムである第1制御装置に伝達し,クラッチトルクの設定値である目標エンジントルクTe*は,他の部分システムである第1の制御装置により該他の部分システムに伝達された制御量Gfに応じて形成」するという,相違点1に係る構成そのものとなり,周知技術を単に引用発明に適用することで,相違点1に係る本願発明の構成を充足することになる。
したがって,引用発明に周知技術を適用することにより本願発明を想到することは容易であるとした審決の判断に誤りはなく,取消事由2に理由はない。
(4)ア 原告は,甲2の「実際のトルク」は同じシステム(エンジン制御サブシステム)内で処理され「他の部分システム」(運転者情報制御ユニット)に伝達する構成は得られず,また,「甲2から把握される技術事項」を引用発明に適用すると,本願発明の「車両の駆動ユニットを制御する制御ユニット」に対応する甲2のコントローラ401の出力は,エンジンに伝達されることになり,これを引用発明に適用しても,目標エンジン出力トルクTe*は,本願発明のように「給気により調達されるクラッチトルク」に応じて形成されず,本願発明の構成を得られず,乙1においても同様である旨主張する。
しかし,前記2(2)オで検討したとおり,審決は,本願発明と甲2について,個々の機能要素を対応付けて「周知の技術的事項1」を認定したものではないため,具体的な対応関係に関する原告の主張は理由がない。
また,甲2記載の技術を引用発明に適用するに当たり,コントローラ401の出力をエンジン自体に伝達しても無意味であって,同出力を,エンジンを制御するための「他の部分システム」である第2制御装置に送るべきことは自明である。
そして,甲2,乙1等から把握される周知技術(周知の技術的事項1)を引用発明に適用すると,上記(3)のように,相違点1に係る本願発明の構成が得られるものであり,原告の上記主張は理由がない。
イ また,原告は,引用発明における燃料噴射量Gfは実際に噴射された燃料量を示すものではなく,目標値にすぎず,噴射系を介して得られるトルクであるのに対し,本願発明の「給気により調達されるクラッチトルク」は実際値であって,空気供給(絞り弁)を介して得られるトルクであるから,両者は異なり,これらが対応するものとした被告の主張は失当である旨主張する。
しかし,「燃料噴射量Gfはエンジン10の出力トルクに対応するもの」(甲1の4頁右下欄4~5行)との記載もあるように,引用発明の燃料噴射量に応じた制御量Gfは,実際にエンジンで燃焼される燃料に対応する値である。
また,噴射された燃料を適切な空気量で爆発・燃焼することにより,出力が取り出されるから,制御量Gfは,本願発明の「給気により調達されるクラッチトルク」に対応するといえる。
この点,原告は,燃料噴射装置16に異常があってGfに相当する燃料量が噴射されなくても,Gfの値が第1制御装置に供給されてしまうなどと主張する。しかし,装置の異常に関する対応は,Gfが目標値か実測値かとは全く別の問題であって,原告の上記主張は理由がない。
ウ さらに,原告は,本願発明では「給気により調達されるクラッチトルク」を他の部分システムに伝達することにより,最大でどの程度のクラッチトルクを形成することができるかを他の部分システムに知らせることができるので,他の部分システムがすぐには得られないようなクラッチトルクの設定値を形成して車両特性を悪くするのを防止できるという格別の効果を有する旨主張する。
しかしながら,本願明細書には,「給気により調達されるクラッチトルク」を「他の部分システム」に伝達することにより,原告主張の上記効果が得られることについての記載はない。
また,「実際のエンジントルク」は,明細書の記載からも明らかなとおり,実際の噴射中止のシリンダ数や点火角の実際値により変動するものであって,他の部分システムでは,単に「給気により調達されるクラッチトルク」の値が送られただけでは,現在,エンジンがどのように作動しており,最大でどの程度のクラッチトルクを形成することができるのかにつき把握できず,原告主張の効果を得ることはできない。
したがって,原告が主張する格別の効果は,本願発明の特許請求の範囲の記載に基づくものではなく,認められない。
4 結論
以上のとおり,取消事由1,2はいずれも理由がなく,本願発明は,引用発明に周知技術を適用することにより当業者が容易に想到し得るものであって,特許法29条2項により特許を受けることができないとした審決に誤りはなく,取消事由3の有無を検討するまでもなく,原告の請求は棄却を免れない。
(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 東海林保 裁判官 矢口俊哉)