知財高等裁判所 平成20年(行ケ)10335号 判決 2010年1月26日
平成20年(行ケ)第10335号 審決取消請求事件(以下「A事件」という。)
平成20年(行ケ)第10349号 審決取消請求事件(以下「B事件」という。)
A事件原告
有限会社エン企画
同訴訟代理人弁護士
野口明男
同
三好豊
同
飯塚卓也
B事件原告
株式会社ペンタくん
同訴訟代理人弁護士
長谷川純
同訴訟復代理人弁護士
井筒大介
同訴訟代理人弁理士
鹿股俊雄
両事件被告
株式会社パスコ
両事件被告
株式会社昭文社デジタルソリューション
(審決上の表示 「日本コンピュータグラフィック株式会社」)
上記2名訴訟代理人弁護士
上谷清
同
永井紀昭
同
仁田陸郎
同
萩尾保繁
同
笹本摂
同
山口健司
同
薄葉健司
同
石神恒太郎
同訴訟代理人弁理士
水谷好男
主文
1 A事件原告及びB事件原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,A事件について生じた費用はA事件原告の,B事件について生じた費用はB事件原告の,各負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2006-80175号事件について平成20年8月19日にした審決のうち,特許第2770097号の請求項に係る発明についての特許を無効とするとの部分を取り消す。
第2事案の概要
本件は,A事件原告有限会社エン企画(以下「原告エン企画」という。)が以前有しており,現在はB事件原告株式会社ペンタくん(以下「原告ペンタくん」という。)が有する「地図データ作成方法及びその装置」という名称の特許(以下「本件特許」という。)につき,両事件被告株式会社パスコ及び同株式会社昭文社デジタルソリューション(なお,当時は「日本コンピュータグラフィック株式会社」であったが,平成20年10月1日,商号を現商号に変更した。)が無効審判を請求したところ,特許庁は,請求不成立の審決をしたので,被告らは,同審決の取消しを求めて知的財産高等裁判所に訴訟を提起し,同裁判所が,同審決を取り消した後,特許庁では,本件特許を無効とする旨の審決をしたため,原告らがその取消しを求めた事案である。
本件での主たる争点は,本件特許に係る発明が,「ARC/INFO Users Guide, Ver.5 Vol.1, Vol.2」と題する書面(甲2。審判請求の際に提出されたのは上記標題の文書の一部であるが,以下,上記標題の文書全体を指す。)に記載された発明(以下「引用発明」又は「甲2発明」という。)から容易に想到することができたか否かである。
なお,被告らは,両事件(弁論併合済み)で乙号証を提出しているところ,B事件において乙23ないし25が欠番であることを除き,証拠番号は共通である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 原告エン企画は,発明の名称を「地図データ作成方法及びその装置」とする特許第2770097号(平成4年3月5日出願〔特願平4-48706号〕。優先権主張平成3年6月24日。平成10年4月17日設定登録。)の本件特許の特許権者であったが,その後,これを原告ペンタくんに譲渡した。
(2) 被告らは,平成18年9月6日,原告ペンタくんを被請求人として,本件特許を無効とする審判請求をし,原告エン企画が被請求人のために参加した。
(3) 特許庁は,上記審判請求を無効2006-80175号事件として審理した上で,平成19年4月17日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「前審決」という。)をし,その謄本は,同月26日,被告らに送達された。
(4) 被告らは,知的財産高等裁判所に審決取消訴訟を提起し(同庁平成19年(行ケ)第10185号事件),同裁判所は,平成20年3月25日,上記審決を取り消す旨の判決(以下「前判決」という。)をした。
(5) 再度の審判において,原告ペンタくんは,同年4月11日,訂正請求をした(同年5月30日付け訂正請求書参照)ところ,特許庁は,同年8月19日,同訂正を認めた上で,本件特許を無効とする審決をし,同審決の謄本は,同月29日,原告らに送達された。
2 本件特許に係る発明の内容
(1) 本件特許に係る発明は,平成20年5月30日付け訂正請求書により訂正された明細書(丙40。以下「本件訂正明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1,請求項2に記載された次のとおりのものであり(下線部の「自動的に」が挿入された。),同明細書によれば,地域や地点ごとに属性を付与された地図情報を自動的に作成する地図データ作成装置に関するものである。
【請求項1】
「地形図等の原図を読み取って得られるラスターデータからベクトルデータを作成した後,該ベクトルデータを線端を示す点データを含む二次元の線データに自動的に変換し,それらの二次元線データを座標上の線分に変換し,該線分を所定方向に接続し,終点が始点と一致したときはそれらの線分からなる面データの閉領域データを自動的に作成し,終点が始点と一致しないときはそれらの線分からなる面データを自動的に作成して,該面データの前記不連続となる始点及び終点を報知表示し,該不連続点から任意の点又は線へ接続する線データを入力に基づいて生成することにより該面データに対応する閉領域データを作成し,上記各閉領域データに属性データを付与可能にして該閉領域データを記憶,表示又は印刷する地図データ作成方法。」(以下「本件特許発明1」という。)
【請求項2】
「地形図等の原図を読み取って得られるラスターデータからベクトルデータを作成するベクトルデータ作成手段と,該ベクトルデータ作成手段により出力されるベクトルデータを線端を示す点データを含む二次元の線データに自動的に変換する二次元線データ作成手段と,該二次元線データ作成手段により出力される二次元線データを座標上の線分に変換する線分作成手段と,該線分作成手段により出力される線分を所定方向に接続し,終点が始点と一致したときはそれらの線分からなる面データの閉領域データを自動的に作成し,終点が始点と一致しないときはそれらの線分からなる面データを自動的に作成する面データ作成手段と,該面データ作成手段が作成した面データの不連続となる前記始点及び終点を報知表示する不連続点報知表示手段と,該不連続点報知表示手段による報知表示に基づいて前記始点及び終点から任意の点又は線へ接続する線データを生成すべく該接続線データを入力する入力装置と,該入力装置による入力に基づいて前記不連続となる始点及び終点を有する面データに対応する閉領域データを作成し,上記各閉領域データに属性データを付与可能にして該閉領域データを記憶,表示又は印刷する記憶表示印刷手段と,を有することを特徴とする地図データ作成装置。」(以下「本件特許発明2」といい,本件特許発明1と併せて「本件特許発明」という。)
(2) 本件特許発明1は次のように分説される(以下,分説された各構成要件を単に「構成要件1A」などという。)。
1A 地形図等の原図を読み取って得られるラスターデータからベクトルデータを作成した後,
1B 該ベクトルデータを線端を示す点データを含む二次元の線データに自動的に変換し,
1C それらの二次元線データを座標上の線分に変換し,
1D 該線分を所定方向に接続し,終点が始点と一致したときはそれらの線分からなる面データの閉領域データを自動的に作成し,終点が始点と一致しないときはそれらの線分からなる面データを自動的に作成して,
1E 該面データの前記不連続となる始点及び終点を報知表示し,
1F 該不連続点から任意の点又は線へ接続する線データを入力に基づいて生成することにより該面データに対応する閉領域データを作成し,
1G 上記各閉領域データに属性データを付与可能にして該閉領域データを記憶,表示又は印刷する
1H 地図データ作成方法。
3 審決の内容
審決は,次のとおり,引用発明から本件特許発明を想到することは容易であったとして,本件特許発明は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
(1) 本件特許発明1の内容(同発明の内容は,平成20年5月30日付け訂正請求書による訂正後のものであり,訂正前の発明とは,構成要件1Bの「自動的に」の部分が異なる。)について
「前判決では,同年5月30日付け訂正前の本件特許発明1の要旨につき認定しており,本件特許発明1は,その認定により解釈されるべきものであって,同認定の要旨は以下のとおりである。」
ア 構成要件1A(「地形図等の原図を読み取って得られるラスターデータからベクトルデータを作成した後」)について
「本件特許発明1の技術分野において,『ラスターデータ』は1つ1つの画素の集合で表現されるデータなどと説明され,『ベクトルデータ』は位置と形状がXY座標で表現されたデータなどと説明される一般的な用語であると求められ(判決注:正しくは「認められ」と解される。),本件特許発明1においても,そのような普通の意味のものとして使用されていると認めることができる。」
イ 構成要件1B(「該ベクトルデータを先端を示す点データを含む二次元の線データに変換し」)について
「『二次元の線データ』は,構成要件1Aの『ベクトルデータ』から,その後の処理に仕様(判決注:正しくは「使用」と解される。)するために変換されたデータについて,これを『ベクトルデータ』とは区別する意味で,『二次元の線データ』といっているものと理解することができる。」
ウ 構成要件1C(「それらの二次元線データを座標上の線分に変換し,」)について
「構成要件1Cの『二次元線データを座標上の線分に変換』とは,二次元の線データについて,途中に接点や交点を持たない線分ととする工程であると一応理解することができる。」
「特許請求の範囲に記載された『座標上の線分に変換』とは,・・・線分に変換した後の,線分に変換するのとは別の工程として記載されている,線分の始点等の性質を『決定』,『記録』することなどが,構成要件1Cの『二次元線データを座標上の線分に変換』という工程に直ちに含まれるものであるとは認められない。」
エ 構成要件1Dの前半(「該線分を所定方向に接続し,終点が始点と一致したときはそれらの線分からなる面データの閉領域データを自動的に作成し,」)について
「構成要件1Dの前半は,『所定』との意味が,『定まっていること。定まってあること。』(広辞苑第6版)という普通の用語であり,・・・構成要件1Cの『座標上の線分』について,あらかじめ定められた一定の接続方向に接続していって,その終点と始点が一致したときは,それらの線分の組み合わせについて,面データの閉領域として,これを自動的に作成することを規定していると認められる。
そして,ここでいう『線分からなる面データ』とは,構成要件1Dの後半で,始点と終点が一致しないときにも,『線分からなるデータ』が作成されることからも,線分を所定方向に接続することによって構成される一本以上の線分の組み合わせをいうものと解することができる。」
オ 構成要件1Dの後半(「終点が始点と一致しないときはそれらの線分からなる面データを自動的に作成し,」)について
「構成要件1Dの後半は,『座標上の線分』について,あらかじめ定められた一定の接続方向に接続していって,その始点と終点が一致しないとき,それらの線分の組合せについても,面データとして,これを自動的に作成するものであると理解することができる。
なお,ここでは,データの『作成』をすることが規定されているのであり,構成要件が規定するのはデータの『作成』であり,『記憶』等ではない。」
カ 構成要件1E(「該面データの前記不連続となる始点および終点を報知表示し,」)について
「本件特許発明1は,『座標上の線分』をあらかじめ定められた一定の接続方向に接続していって,その始点と終点が一致しないときでも,それらの線分の組合せを面データとして作成するのであるが,構成要件1Eは,そのような線分の組合せにおいて,不連続となる始点と終点について,知らせるための表示を行うものであると認められる。
・・・構成要件1Eの『不連続となる始点および終点』について,・・・どのような点を『不連続となる始点及び終点』とするかが,必ずしも一義的かつ明確に決まるものではない。しかし,・・・『不連続となる始点および終点』は,点データから出る線データが一本のみである孤立点と一致するものと一応認められる。」
キ 構成要件1F(「該不連続点から任意の点又は線へ接続する線データを入力に基づいて生成することにより該面データに対応する閉領域データを作成し,」)について
「構成要件1Fの『該不連続点』とは,構成要件1D,1Eなどに照らしても,所定方向に接続していった線分の組合せにおいて,始点と終点が一致しないときのそれら『始点』『終点』をいい,報知表示されている点であって,構成要件1Fは,それらの点について,任意の点,又は線に接続する線データを入力して,これを生成し,これについて,その線分の組合せである閉領域データを作成することを規定しているものと解釈できる。
ここで,構成要件1Eと同様,この工程は,線分の『所定方向の接続』を規定する構成要件1Dとは別個の工程であり,線データの入力について,線分の『所定方向の接続』と同様の工程を経ることが規定されているものではない。」
ク 構成要件1G(「上記各閉領域データに属性データを付与可能にして該閉データを記憶,表示又は印刷する。」)について
「これは,構成要件1D前半において自動的に作成された閉領域データおよび構成要件1Fにおいて作成された閉領域データについて,属性データを付与することが可能になるようにし,閉領域データについて,記憶,表示,印刷することを規定しているものと解される。
・・・属性データを不要(判決注:正しくは「付与」と解される。)可能にする方法が,上記実施例のように,番号を自動的に一括して順次付与することなどによりされるものに限定されるものとは認められない。」
(2) 引用発明の内容
ア 甲2の記載内容について
「甲2号証には,以下の事項が記載されている。」
(ア) 「There are seven steps used for coverage automation in ARC/INFO.
1 Prepare the map sheet for digitizing.
2 Digitize the coverage.
3 Identify and correct digitizing errors.
4 Define features and build topology.
5 Identify and correct topology error.
6 Assign attributes to coverage features.
7 Identify and correct attribute coding errors.」(10-2頁18~24行)
(日本語訳)
「ARC/INFOにおけるカバレッジの自動化は7つのステップからなります。
1.デジタイジングのためのマップシートを用意します。
2.カバレッジをデジタイザー入力します。
3.デジタイジングエラーを発見して訂正します。
4.フィーチャーを定義し,トポロジーを生成します。
5.トポロジーエラーを発見して訂正します。
6.カバレッジフィーチャーに属性を付与します。
7.属性コーディングミスを発見して訂正します。」
(イ) 「Graphics terminals are used for map display and interactive coordinate entry using the screen's cursor. Cursor movement can be controlled by a joy disk, thumb wheels, or arrow keys on the terminal keyboard; or via a mouse or graphics tablet which is connected directly to the graphics terminal.」(1-17頁16行~20行)
(日本語訳)
「グラフィック端末は,地図を表示したり,画面のカーソルを使用して対話式で座標を入力するために使用します。カーソルの動きは,端末キーボード上のジョイディスク,サムホイール,矢印キーによって制御します。グラフィック端末に直接,接続しているグラフィックスタブレット又はマウスによって制御することもできます。」
(ウ) 「Scanning. Performed by a device which scans a manual map and creates a series of raster values (ON/OFF) which are subsequently turned into a series of linear coordinates (referred to as raster-to-vector conversion). ARC/INFO accepts such linear coordinates as input as though the coordinates came from a digitizer.」(4-6頁14行~18行)
(日本語訳)
「スキャニング(走査)地図をスキャニングして,ラスター値(ON/OFF)を一連の座標に変換する(ラスターベクトル変換)装置によって実行されます。ARC/INFOはそのような座標を,デジタイザーで入力された座標と同じように取り扱います。」
(エ) 「A polygon is defined by the number of arcs and a list of those arcs which comprise its border. Polygon 2 in the example below has four arcs which define it, including the island inside of it. A '0' is included in the list of arcs to denote that arcs defining islands will be listed next. The direction of an arc determines the sign of the arc number in the list. A '-' sign means that the arc would have to be reversed to build a closed loop for the polygon.」(5-7頁14行~20行)
(日本語訳)
「ポリゴンは,その境界線を形成するアークの番号と,アークのリストによって定義されます。下の例のポリゴン2は,ポリゴン内の島を含めて,ポリゴンを定義する4本のアークをもちます。次に,島を適する(判決注:正しくは「定義するアークが」と解される。)あげられるということを示すために,アークのリストの中の”0”が含まれています。アークの向きが,リストの中のアーク番号につく記号を決められます。すなわち,”-”という記号は,閉じたポリゴングループを作るには,そのアークが逆向きにならなければならないことを意味しています。」
イ 「以上より,甲2号証には,『地図を表示するグラフィック端末を有しており,地図をスキャニングして,ラスター値を一連の座標に変換(ラスターベクトル変換)し,フィーチャーを定義してトポロジーを生成し,トポロジーエラーを発見して訂正し,カバレッジフィーチャーに属性を付与することを特徴とするカバレッジの自動化。』の発明が記載されている。」
(3) 引用発明と本件特許発明1の一致点及び相違点
ア 一致点
「地形図等の原図を読み取って得られたラスターデータからベクトルデータを作成した後,ベクトルデータから,フィーチャーを定義してトポロジーを生成し,トポロジーエラーを発見して訂正することを特徴とする地図データの作成方法。」
イ 相違点1
「本件特許発明1が『ベクトルデータを線端を示す点データを含む二次元の線データに”自動的に”変換し,それらの二次元線データを座標上の線分に変換』して面データの作成処理に供するのに対し,甲2号証記載の発明は,ラスター値を一連の座標に変換する(ラスターベクトル変換)して得られたデータ,すなわちベクトルデータをフィーチャーを定義しトポロジーを生成する処理に供するものであるが,このベクトルデータを二次元の線データに変換して,二次元の線データを座標上の線分に変換し,この座標上の線分からフィーチャーを定義してトポロジーを生成する構成を有していない点。」
ウ 相違点2
「本件特許発明1が『各閉領域データに属性データを付与可能にして該閉領域データを記憶,表示又は印刷する』のに対し,甲2号証記載の発明が,地図を表示するグラフィック端末を有しており,『カバレッジフィーチャーに属性を付与する』点。」
エ 相違点3
「本件特許発明1が『線分を所定方向に接続し,終点が始点と一致したときはそれらの線分からなる面データの閉領域データを自動的に作成し,終点が始点と一致しないときはそれらの線分からなる面データを自動的に作成して,該面データの前記不連続となる始点及び終点を報知表示し,該不連続点から任意の点又は線へ接続する線データを入力に基づいて生成することにより該面データに対応する閉領域データを作成』する構成を有するのに対し,甲2号証記載の発明は,フィーチャーを定義してトポロジーを生成し,トポロジーエラーを発見して訂正するものであるが,その具体的な処理について甲2号証には記載されていない点。」
(4) 容易想到性について
ア 相違点1について
「甲2号証記載の発明は,ラスター値を一連の座標に変換する(ラスターベクトル変換)して得られたデータ,すなわちベクトルデータを,フィーチャーを定義する処理に供するものである。
ここで,ベクトルデータが線分や一連の折れ線についてのデータを有することは周知であり,ベクトルデータからベクトルデータに含まれる各線分を得ることや,ベクトルデータに含まれる一連の折れ線を分割して線分を得ることも,図形処理の分野において普通に行われる程度のことである。
さらに,線分や一連の折れ線を定義する際に,線端を示す点データを用いることは,図形処理の分野において技術常識である。
また,地図作製分野において,図形データは全て二次元座標上で定義されるものであるから,折れ線データを『二次元の線データ』,線分を『座標上の線分』と表現することは,格別困難なことではない。
そして,線端を示す点データを含む二次元の線データへの変換に際し,『自動的に』変換するか否かは適宜決定すべきものである。一般に,データの変換は,個別に格別の必要がなければその過程でキー入力を必要とするものではなく,通常は自動的に行われるものである。甲2号証記載の発明も,明記はされていないが,『自動的』であると推察することが自然である。仮に甲第2号証に記載の発明が自動的に変換が行われるものでないとしても,例えば甲第39号証に示されているように,変換を自動的に行うことは周知であって,そのような変換を自動的に変換することは設計的事項にすぎない。
なお,フィーチャーの定義を,ベクトルデータから直接行うか,線分データから行うかは,当業者が適宜選択する事項にすぎない。
よって,甲2号証記載の発明において,ベクトルデータからフィーチャーを定義を行うために,ベクトルデータから一連の折れ線を抽出して,線端を示す点データを含む二次元の線データに自動的に変換し,この二次元の線データを座標上の線分に変換し,座標上の線分をフィーチャー,すなわち図形要素の定義に供するよう構成することは当業者が容易になし得たことである。」
イ 相違点2について
「地図データを構成する図形要素について,属性を付与すること,図形要素のデータを記憶すること,印刷することは普通に行われる程度のことであり,また,図形要素として閉領域データがあることは広く知られていることであるから,甲2号証記載の発明において,閉領域データに属性データを付与可能にし,記憶,表示,印刷するよう構成することは,当業者が容易になし得たことである。」
ウ 相違点3について
「本件特許発明1において,『不連続となる始点及び終点』は,点データから出る線データが一本のみである孤立点と一致するものと一応認められる。不連続となる始点及び終点の表示に当たり,線分を所定方向に接続することによって,不連続点を求めることが規定されているものではない。(判決第6 1(11)における判示。)
また,フィーチャーとは,図形要素を要素種の名称とパラメータにより表現したものであって,例えば円弧,線分といった図形要素の要素種の名称と,図形要素の定義に必要な座標や長さなどのパラメータを組合せて,円弧(中心座標,半径,開始角度,終了角度),線分(始点,終点)のような形式で表現されるものであり,トポロジーは,図形構成要素の位相関係,すなわち図形要素どうしの接続関係を意味するものであるから,甲2号証に記載の発明は,地図をスキャンニングして,ラスター値をベクトル変換し,線分(フィーチャー)を定義して図形の接続関係(トポロジー)を生成するものにおいて,接続関係(フィーチャー)のエラーを発見して訂正するものである。
そして,図形編集において,閉じているべき図形が閉じていなかった際に,閉じた図形となるよう編集する課題は,一般的にあるといえる。
また,複数の線分からなる図形について,閉じているべき図形が閉じていないとは,閉じていない箇所は,その点データから出る線データが一本のみである孤立点に他ならない。
してみれば,線分を定義して図形の接続関係を生成するものにおいて,接続関係が生成された図形を構成する線分群に『不連続となる始点及び終点』が存在する場合に,これをエラーとして,その対処(例えば修正)を促すための表示をすることは,甲2号証に基づいて当業者が容易に想到することができたものである。
なお,そもそも線分の集合から閉じている領域(閉領域)を抽出する場合に,線分を所定の方向に順次追っていくことは極めて普通の手法である。
例えば,甲7-9号証に記載されているように,複数の線分からなる図形について,線分を隣接関係に基づいて右回り等の所定の向きで追跡し,閉ループを構成する線分群を求めることは,図形処理の分野において周知のことである。
したがって,線分の集合から閉領域を抽出する場合に,線分を所定の方向に順次追っていくことは,設計的事項にすぎないことである。
そして,これらを相違点を総合的に考慮しても,相違点は個々に独立した違いであって,複数の相違点1~3によって格別顕著な効果を生ずるものではないから,本件特許発明1は,甲2号証に記載の発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。」
(5) 本件特許発明2について
「本件特許発明2は,本件特許発明1とカテゴリーを異とするものであるが,その構成要件については本件特許発明1と異なるものではない。したがって,本件特許発明2の甲2号証に記載の発明との対比,判断は,上記本件特許発明1と同様の対比,判断となる。」
第3原告ら主張の要旨
1 原告エン企画の主張する取消事由
(1) 取消事由1(本件特許発明1の「二次元の線データ」及び「座標上の線分」等の認定の誤り)
ア 本件特許発明の目的は,座標点列にすぎないベクトルデータのみから,点データ及び線データからなるトポロジー構造(点,線,面の3種類のベクタ型データの基本図形を,ノード,アーク,ポリゴンの関係で表すデータ形式)を有する面データを自動的に作成することを可能にすることにあるところ,「二次元線データ」は,それを分割して接続することによってアーク・ノード構造を有する面データを作成できるものでなければならない。そして,本件特許発明の提供する工程により「二次元の線データ」を分割・接続することによってトポロジー構造を有する面データが作成されるためには,元データとなる「二次元の線データ」もトポロジー構造を有するものであることを要する(以上の点は,明細書や添付図面の記載からも明らかである。)。
また,前判決も,「二次元の線データ」の典型が,実施例のLファイルからDファイルへの変換工程を経た線データであることを前提としながらも,誤った定義を与えて無用な限定解釈が生じることを回避するために,「『二次元の線データ』は,構成要件1Aの『ベクトルデータ』から,その後の処理に使用するために変換されたデータについて,これを『ベクトルデータ』とは区別する意味で,『二次元の線データ』といっているものと理解することができる」との表現を用いたにすぎないものと解される。
以上のとおり,構成要件1B,1Cの「二次元の線データ」及び「座標上の線分」は,いずれも,線端点に配置される点データと関係付けられ,線相互の接続によって面としての認識が可能な線データであるところ,審決は,「二次元の線データ」及び「座標上の線分」がトポロジー構造を有する面データを作成する機能を持ったデータであることを看過し,単なるベクトルデータと同じものとしか捉えないという点で,本件特許発明1の要旨認定を完全に誤った違法があり,この誤りに起因して,前判決で認定された相違点の理解についても誤った違法がある。
イ 前判決は,あくまでも,前審決が相違点3についての判断を行う前提としての発明の要旨認定に当たり,構成要件1Eの理解を誤ったことを理由として前審決を取り消したものであり,前判決における構成要件1E以外の構成要件についての要旨認定については,法的な拘束力は及ばない。したがって,裁判所が,本訴において,改めて厳密な解釈を行うことも許されるはずである。
もっとも,審決の「二次元の線データ」への理解は,前判決が判示した広めの構成要件解釈によった場合ですら誤っている(単なるベクトルデータをもって,「その後の処理に使用するために」「ベクトルデータから」変換されたものとはいえない。)から,いずれにせよ,審決の取消しは免れない。
(2) 取消事由2(相違点1についての容易想到性の判断の誤り)
ア 仮に,審決が本件特許発明1の構成要件1B及び1Cの意味内容を正しく理解しており,取消事由1が存在しないと想定した場合にも,審決の認定判断は,相違点1の容易想到性判断において,誤っている。
イ ラスターデータから取得した「ベクトルデータ」は,そのままでは線分接続によるトポロジー構造を有する「面データ」の作成に供することができないからこそ,これを「二次元の線データ」及び「座標上の線分」に変換することにより,そのような構造を有する面データ作成に供することができるようにしたのが本件特許発明1である。
そして,本件特許発明1の構成要件1B,1C及び1Dは,それぞれが単独で技術的な意義を有するものではなく,一連のものとして共通の目的のもとに一体的に用いられることによって初めて,本件特許発明1の課題解決の中核的手段として技術的な意義(「ベクトルデータ」が,「二次元の線データ」「座標上の線分」を経て,最終的に「面データ」へと変換されることにより,「トポロジー構造を有する面データ」が自動的に作成されること)を生じる。したがって,個々の構成がそれぞれに公知ないし容易想到であることではなく,一連の処理が全体として本件特許発明1の課題解決目的のもとで単一の公知文献に開示されているなど,全体として容易想到であることが示されなければならない(各構成要件は,本件特許発明1の目的,すなわち,ラスターデータから取得したベクトルデータから点データと線データを有するトポロジー構造の面データを自動的に作成するという共通の目的を達成するための一連の構成要件として規定されているものであり,構成要件1B,1C,1Dの各構成要件は,いずれも単独では本件特許発明1の解決課題との関係では意味をなさない。)。
しかし,実際には,構成要件1Bないし1Dが全体として容易想到であると認めるに足る公知文献は一切示されておらず,個々の構成要件が容易想到であることのみを論じる被告らの主張は失当である。
ウ(ア) 甲2には,抽象的な記載があるのみで,ラスターベクトル変換によって取得したデータからフィーチャーを定義してトポロジーを生成するための具体的処理についての技術の開示は全くなく,ラスターベクトル変換によって取得した座標データを「自動的に」読み込むという記載やそのためのコマンド等の記載もない。
そして,本件特許出願当時のARC/INFOでは,ラスターベクトル変換によって得られたデータをそのままトポロジー生成に供することはできず,トポロジーを生成するためには,各座標にノードやバーテックス(中間点)等を設けるためのキー値を手作業で入力することが必要であった(すなわち,ARC/INFOにおいては,アークの入力に当たり,入力する座標点の一つ一つに,ノードを設けるか否かを示すデータであるキー値(ノードを置くべき場所に「2」,中間点に「1」)を入力しなければならないという基本的な技術思想による制約がある。)。
このように,ノード(点データ)を配置すべき座標を人間の判断で入力する技術しか開示されていない文献である甲2は,複数アークの分岐点に置かれてアーク相互の接続情報を記録するノードのようなトポロジー情報は人間の判断で入力すべきであるという技術思想の枠から出ておらず,このような甲2から,線データのベクトルデータのみからトポロジー構造を有する面データを自動的に作成するという本件特許発明1のコアともいうべき構成要件1B,1Cに係る構成を容易に想到できるはずはない。
また,審決は,「甲2発明における面データ作成のためのデータ変換処理は『自動的』であると推察することが自然である」旨認定したが,これは誤りであり,前判決の認定にすら反するものである。
(イ) 甲2記載の引用発明において,本件特許発明1の構成要件1Aに対応する箇所では,ラスターベクトル変換は「地図をスキャニングして」「一連の座標」に変換するものであり,キー値やノードの手入力を含むものではない。
引用発明において,キー値及びアークの入力は,ラスターベクトル変換を行った後(構成要件1Aに相当する構成の後),フィーチャーを定義する前(構成要件1Dに相当する構成の前)に行う必要があるから,位置付けるとすれば,構成要件1B及び1Cの容易想到性の判断の前提事実としてである。
そして,ARC/INFOにおいては,キー値「2」を入力することによって,現実に線分の接続関係が記録される点データであるノードが生成されるから,キー値の入力が構成要件1Aに関する事情であるなどということはあり得ない。
(ウ) ARC/INFOにおいて,キー値情報を自動的に取得していたなどという証拠はなく,それが可能であったならば,丙22(ARCEDIT ユーザーズガイド)のような迂遠な座標入力方法など無用である。ARC/INFOにおける座標入力は,すべての方式において,「個々の座標点ごとに」キー値入力が行われており,キー値「2」の入力がコンピュータに対するノード作成の指示であることは明白である。
そして,ARC/INFOにおいては,少なくとも分岐点にはノードが置かれる必要があるという技術上の制約があり,それを守らないと,分岐点とキー値「2」が入力された場所との間に二重アークが発生するという問題が生じる。このほか,仮に個々の座標点に与えられるべきキー値を誤った場合には,ARC/INFOでは,複数のアークを構成する座標であっても,区別せずに順次読み込むため,本来ノードとしてアークの終点となるべき座標が中間点として取り扱われ,別個のアークとして入力されるべき複数のアークが誤った中間点を経て一本のアークに連結してしまうなど,不正結合が生じるため,甲2の技術においては,ノードを生成すべき分岐点座標を人が選択し,当該座標にキー値2を,それ以外の座標には中間点を示すキー値1を,いずれも人間の判断によって与えるしかなかったものである。
(エ) 本件特許の出願以前には,ラスターデータから取得した座標点列にすぎないベクトルデータからトポロジーを有する面データを得ることは不可能であり,そのような面データを作成するにはトポロジーデータを手入力する必要があるとの固定観念が存在しており(丙17,18には,デジタイザ入力において,トポロジーデータであるノードの手入力が必要であると記載され,丙24,25には,オートデジタイズ手法により得られたデータは面的な認識ができないと記載されており(なお,丙24の「別版にして入力すれば可能である」旨の記載は,家形や道路などをあらかじめ分離して別版にして入力することにより,各階層(レイヤ)が異なった地目を表すものとして地図データを管理し,色分け表示ができるという意味にすぎない。),丙26論文には,被告株式会社パスコがスキャナーにより得たデータをARC/INFOに取り込む研究を行っている旨が記載され,丙19論文の記載からも,ベクトルデータのみから面データを作成する本件特許発明1の効果が画期的なものであったことが明らかである。このほか,丙20にも,ノードが,単なるアークの始点又は終点ではなく,複数のアークが接続する位置を示すトポロジーデータであることが記載されている。),甲2発明もそのような固定観念の枠内の技術にすぎないところ,本件特許発明は,かかる固定観念を覆し,ベクトルデータのみからトポロジー構造を有する面データを自動的に作成することを可能にすることにより,従来技術に比して地図データ作成にかかる労力を軽減して人件費及び作業時間の大幅な削減を達成するという顕著な効果を有するものである。
(オ) 確かに,本件特許発明1でも,(オンスクリーン入力においては)ベクトルデータ入力の際のレコードの始点終点の決定が必要となるが,人が分岐点を認識することを必要とするARC/INFOにおけるキー値入力作業と,そのような制約がなくデータ入力の自由度の高い本件特許発明とでは,作業労力や作業効率,機械化が可能となるレベルが全く異なるものである。なお,ARC/INFOにおいて生成されるアーク・ノード構造を有するアークデータは,単なるベクトルデータよりもはるかに複雑で重い上,本件特許発明1に用いることができるオンスクリーン入力では,原図のラスターデータをパソコンのスクリーンに表示し,それを背景にしてベクトルデータを取得し,入力ミスも入力作業と並行してリアルタイムに,スクリーン上で簡単にチェックできるものであり,これは従来のデジタイズ入力におけるチェック作業に比べてはるかに容易である。
エ(ア) 個々的にみても,甲4記載の抽象的なアルゴリズムは本件特許発明1の構成とは全く異なり,甲4では,「ベクトルデータ」を「二次元の線データ」に変換する構成要件1Bに相当する構成は開示されていない(そもそも甲4に記載されたデータ変換は,属性も付与され既にいったん完成された面のデータを対象としたもので,本件特許発明1とは全く異なる。)。
また,甲9記載の「二次ベクトルデータ」には独立の点データ部が存在せず,本件特許発明1の「二次元の線データ」に相当するものではなく,同技術は,単に,座標の連続からなる閉ループとしての面データを作成する技術を開示するところ,これはアーク・ノード構造を有する面データではなく,本件特許発明とは全く別の技術である。
さらに,甲2記載のDXFARCコマンドは,構成要件1Bの「ベクトルデータ」を変換するものではなく(本件特許出願当時のARC/INFO(バージョン5.0)のDXFARCコマンドは,当時のDXFデータにしか対応していないところ,当時のDXFデータは,ラスターデータから取得することがおよそ不可能なデータが一般的に含まれており,このようなDXFデータは,本件特許発明1の構成要件1Aによって得られる,ラスターデータから作成されるベクトルデータには該当しない。),構成要件1Bを開示するものではない。なお,ポリラインデータは,典型的な製図用CADデータであって,地図データ作成用ではなかったから,ポリラインデータのDXFデータがベクトルデータに当たるとしても,それをもって,ポリラインデータが本件特許出願前に,構成要件1Aのベクトルデータとして用いられていたことにはならない。
(イ) 乙11記載の技術は,単にベクトルデータを「途中に接点や交点を持たない線分」に分解する処理にすぎず,構成要件1Cの「二次元の線データ」を「途中に接点や交点を持たない線分」に分解する処理は開示されていない。
また,甲7記載の技術は,ノードを画素分析で抽出した上でノード間をつなぐアークを作成しようとする点で従来の技術思想の枠を出ておらず,ラスターデータから構成要件1A,1B,1Cの工程を経ないまま座標上の線分を作成しようとするものであって,構成要件1B,1Cを開示するものではない。
このように,構成要件1Cに関し,ベクトルデータを「途中に接点や交点を持たない線分」に分割することは,甲7,9には一切開示されておらず,乙11についても,分割処理の対象とされているのは線データとしてのベクトルデータであり,本件特許発明のように,点データ部と線データ部が相互に関係づけられている構造のデータに記録された二次元線データではない。
なお,甲2記載のCLEANコマンドでは,重なっていない二重アークの修正や,他のノードや座標と補正可能範囲にないダングリングノードの削除,修正等はできない。重なっている二重アークの問題の解決は,ファジー許容範囲の指定により行うことになるが,丙44(ARC/INFO ユーザーズガイド vol.2)によれば,ファジー許容範囲の指定が大きくても小さくても,すべての不都合を解決し得るものではなく,CLEANコマンドを掛ける前に,予め可能な限り手作業で補正を行う必要があったものである。
(ウ) 甲39(User's Guide ARC SCANNER Rev3.2)は,その公知性が証明されていない上,ここでは,本件特許発明1の1Bや1Cの構成要件はもとより,どのような技術思想によってラスターデータからARC/INFOのカバレッジ変換をなし得るのか,その構成すら明らかにされていない。また,甲39に記載された技術は,ラスターデータの画素分析によってノードを配置するというもので,本件特許発明1のように,二次元の線データを座標点列に基づいて分割し,線の端点にノードを発生させるというものではなく,仮に甲39の技術が公知技術であったとしても,これによって,本件特許発明1の構成要件1B,1Cが容易に想到できるものではない。
オ なお,乙11に記載された発明は,線データから面データの作成を試みた技術であるが,ここで用いられているデータは線同士の接続関係を把握できない線データであったため,周囲の線分とポリゴン境界をなす線分とを区別して,前者にカウント値1を,後者にカウント値2を付加して,線分接続の際にこのカウント値を減算することにより面認識を試みるなど,複雑な処理を要していたものであり,このように,従来,単なる線データの集合をそのまま用いるだけでは面としての認識が不可能であった。
しかし,本件特許発明1では,線データの端点に線データとは別に独立した点データを置くことにより,線データ同士の接続関係を把握できるようにし,さらに,同接続関係から,線分同士を接続して面データを作成できるようにしたものである。
カ 本件特許発明1は,主として構成要件1B,1Cを有することにより,以下のような実用上の顕著な効果を有するものであり,同発明は,実際に,沖縄県警のパトロールシステムの構築に利用され,莫大な費用削減効果を達成している。
① ラスターデータからの多様なベクトルデータ取得方法で取得されたベクトルデータから面データを自動作成することができるようになり,入力工程の大幅な省力化が達成された。
② ベクトルデータの取得に当たっては,オンスクリーン入力の場合も含め,必ずしも分岐点からデータの取得を開始したり,分岐点でデータ入力を終了する必要がないため,データ入力の自由度が向上した。
③ データ入力やデータ修正(特に本件特許発明の実施例2を参照)が軽い単純なベクトルデータ上で可能となったため,安価な汎用パソコンを用いて多数人による分散作業を行うことが可能となり,データ入力・修正の時間及び費用が大幅に削減された。
④ 面データの不連続点を修正する構成を用いることにより,③と相まって,分散処理による簡単なデータ修正が可能となった。
キ 以上のとおり,本件特許発明1の構成要件1Bや1Cを容易想到とする審決の判断は誤りである。
(3) 取消事由3(相違点1についての容易想到性の判断における理由不備)
本件特許発明1の構成要件1Bにおけるベクトルデータの二次元線データへの変換工程や,構成要件1Cにおける座標上の線分への変換工程は,いずれも本件特許発明1の中核的技術として,特許付与の基礎となった重要な構成であるから,証拠に基づく具体的な認定事実の明示を要しないほどの周知技術であるとか,設計的事項にすぎないとされるような事実であるはずがない。
そうであるにもかかわらず,審決は,証拠に基づく具体的な事実を何ら摘示することなく,周知技術であるとか設計事項にすぎないなどという,検証不能な抽象的な判断で安易に容易想到と判示したものである。
以上のとおり,審決は,理由付けの記載を欠く違法(特許法157条2項4号違反)があり,取消しを免れない。
(4) 取消事由4(相違点2についての容易想到性の判断において属性付与の段階が異なることを看過した誤り)
ア 本件特許発明1が,面データを完成させた後に各面データに識別子を振るなどして属性付与を可能とするものであるのに対し,引用発明は,面データ作成前にラベルポイントを付与して属性を付与する(ラベルポイント入力と同時に,地域や地点ごとに特定されたポリゴンユーザーIDを入力する。)ものであり,このように属性付与可能にする段階が異なっている。
なお,本件特許発明1にいう「属性付与を可能とする」とは,閉領域に識別のための番号等(識別子)を付することをいうものであって,PAT(ポリゴン属性テーブル)の作成時に属性付与可能となるとはいえない。また,本件特許発明1は,属性付与可能とする段階を閉領域面データ完成後とすることにより,面データに線分の切れ等のエラーが存在した場合に属性情報が面データ外に流出してしまうというラベルエラーの発生を防止し,当該エラーのチェックや修正という煩雑な作業をほとんど不要にしたものであり,この点は,地図データの作成を効率良く行うという効果に大きく寄与している。
ところが,審決は,この点につき何ら判断をせず,相違点2は当業者が容易になし得たなどと認定しており,属性付与の段階の相違というファクターについての判断を遺脱しており,誤りである。
イ なお,被告らは,CREATELABELSコマンドの存在について審判請求の理由としていないため,そもそも本訴において同コマンドにつき主張できない上,同コマンドを用いてポリゴンユーザーIDを各ポリゴンに一括付与すると,その後に非常に煩雑な作業が必要となるため,地図データという大量のデータにラベルポイントを付する方法としては実用的ではない。同コマンドは,本来,ラベルポイント入力完了後に,ミス等で入力が抜けている箇所に入力するために補完的に利用するものにすぎず,この点を根拠に,相違点2の構成の開示があるということはできない。
また,このように例外的なCREATELABELSコマンドは,前判決が参酌を許容する技術文献等には該当せず,ARC/INFOという1つのソフトウェアの一部に同コマンドにつき記載があるからといって,属性番号を閉領域データの完成後に付与するという技術が周知であったとはいえない。
ウ 本件特許発明1では,ポリゴンとラスターデータとをスクリーン上で重ね合わせ,画面を見ながら対応付けを行うことができるのであり,画面と原図との見比べが必要であったARC/INFOよりも格段にデータ入力が容易になっている。
(5) 取消事由5(手続上の違法)
ア 最高裁判所昭和51年5月6日第1小法廷判決・裁判集民事117号459頁や知的財産高等裁判所平成20年11月12日判決(平成19年(行ケ)第10315号事件)を前提とすれば,審判請求書の補正の有無や要旨変更の有無にかかわらず,審判の過程で訂正請求が認められるべき場合には,訂正請求が認められることを前提として,無効原因の存否に関する攻撃防御方法についての修正補充の機会を当事者双方に与えなければ違法と解されるとともに,特許法134条2項の「答弁書を要しない特別の事情」とは,審判請求書の補正がされてもなお被請求人において攻撃防御方法についての修正補充を一般的に必要としない場合,すなわち,無効審判請求が成り立たない場合に限られるというべきである。
しかるに,特許庁は,結果的に本件特許を無効としたにもかかわらず,原告ペンタくんからの訂正請求を受けて,請求人たる被告らが審判請求書の補正(同補正は,審判請求書には添付されていなかった甲39を援用したものであり,請求の理由の要旨を変更するものであった。)を行った際に,被請求人である原告ペンタくん及び参加人である原告エン企画に対し,特許法134条2項により保障されている答弁・反論の機会を与えずに審決を行ったものであり,訂正請求を前提とした主張の修正補充の機会は,原告らに対し全く与えられておらず,違法である。なお,請求の要旨変更に該当するか否かは,審判請求の時点を基準として判断され,審判請求後に特許を無効にする根拠となる事実を変更するものは,請求の理由の要旨変更に該当する。
イ また,審決に際して,当事者双方が要請していた口頭審理の開催のみならず,書面審理に付する場合は通常されるべき書面審理通知すらなく,審理終結通知が当事者及び参加人に送付されたのみであった。原告エン企画が平成20年7月8日付けで提出していた弁駁書記載の主張は,審決において主張として整理されてもいない。このように,審決取消しを内容とする前判決後に「さらに審理を行」った事実もなく,特許法181条5項に違反する。なお,前審決取消訴訟前の審判の審理は,平成20年8月5日付け審理終結通知によって既に終結しており,審決が取り消されたからといって,終結した審理までが当然に再開するものではない。
ウ そもそも特許法等における無効審判に関する手続規定は,行政機関である特許庁が,国民が保有する重要財産である特許を無効にするという決定的に不利益な処分を課すものであることにかんがみ,憲法上要求される適正手続(憲法31条)の内容を手続法として具体化したものである。ところが,審決は,そのような特許法等における手続的要請を無視して行われた。
エ 以上のとおり,特許庁が行った審決は,特許法134条2項,181条5項の明示の要請に反し,上記最高裁判例にも反し,ひいては憲法31条の要請である適正手続にも違背するという重大な瑕疵を有するものであり,取消しを免れない。
2 原告ペンタくんの主張する取消事由
(1) 本件特許発明1と甲2発明との相違点について
ア 構成要件1Bにおける「二次元の線データ」とは,「点データと線データが互いに関係づけられた構成のデータ」であり,無限定のものではなく,少なくとも線データ部と点データ部とを有するもので,後の閉領域データを取り扱うことが可能なデータであると解すべきである。そして,前判決の「二次元の線データ」についての認定は,判決の結論に影響を及ぼす判断理由ではないので,拘束力はないというべきである。
ただし,仮に構成要件1Bの要旨についての認定が前判決どおりであるとしてもなお,甲2発明から本件特許発明1の構成要件1B,1Cが容易想到でないことは後記(2)のとおりである。
イ 審決は,本件特許発明1や甲2発明を正しく理解していないが,文言上は,誤解が表現されていない。したがって,審決による一致点・相違点の認定自体には誤りはないものの,審決が挙げる相違点は理解しにくい。そこで,原告ペンタくんは,本件特許発明1と引用発明との相違点1,2につき,以下の①ないし④のとおりであると解する(相違点1’ないし3’は審決の相違点1に相当し,相違点4’は審決の相違点2に相当する。)。なお,審決が認定した相違点3については,進歩性判断に当たって主要な相違点ではないので,争わない。
① 相違点1’
本件特許発明1は,「ベクトルデータを線端を示す点データを含む二次元の線データに自動的に変換し,それらの二次元線データを座標上の線分に変換して」面データの作成処理に供するのに対し,引用発明は,このベクトルデータを二次元の線データに変換する工程を有していない点
② 相違点2’
本件特許発明1は,二次元の線データを座標上の線分に変換するのに対し,引用発明はこの構成を有していない点
③ 相違点3’
本件特許発明1は,座標上の線分からフィーチャーを定義してトポロジーを生成するのに対し,引用発明はこの構成を有していない点
④ 相違点4’
本件特許発明1は,データ入力に際し,閉領域データを特定するための属性を付与せず,閉領域がすべて完成したときに属性データを付与可能にするのに対し,引用発明では,ポリゴントポロジー生成以前の段階で,地図を表示するグラフィック端末によってカバレッジフィーチャーに属性を付与する点
(2) 取消事由1(相違点1についての容易想到性の判断の誤り)
ア(ア) そもそも,本件特許発明1は方法の特許であって,構成要件ごとに区別するのではなく,甲2発明と本件特許発明とを全体として比較すべきである。
そして,本件特許発明1と引用発明との相違点は,1Bと1Cの構成要件が存在するか否かという点のみでなく,こうした一連の工程が1Aと1Dの構成要件の間に(この順で)存在するか否かであり,1B,1Cにつきそれぞれ独立の構成要件として議論する被告らの判断方法は恣意的である。
(イ) 甲2発明には,地図をスキャニングしてラスター値を一連のベクトル座標に変換したとしても,この変換したベクトル座標自体に基づいてポリゴントポロジーを生成する構成は開示されておらず,甲2発明は,従来技術(甲53(数値地図ユーザーズガイド)の記載等からすれば「ベクトルデータとは別の手段(デジタイザ等)で別途位置データを入力し,同データに基づき位相関係を持った地図データの編集・作成をする」というもので,ベクトルデータに基づき属性データを付与可能な閉領域を作成するという構成を採っていない。)と近似した技術にすぎない。
そして,前記相違点1’ないし4’の構成,特に構成要件1Aないし1Cの工程を有すること,及び1Aないし1Cの工程に従って作成された「座標上の線分」から「面データ」を自動的に作成することは,甲2その他の甲号証には何ら記載も示唆もなく,出願当時の当業者の技術常識をもってしても,本件特許発明を容易に想到できないことは明らかである。
現に,甲2発明は,デジタイザーにより各フィーチャーを入力する方法(現在では全く行われていない方法)という,本件特許発明1とは異なるデータ入力方法を採っているが,仮に本件特許発明1が容易想到であったならば,甲2発明がデジタイザーを利用する必要はないはずである。
また,本件特許発明1においては,その構成により,従来のデータ入力に要した労力及びハードウェアの処理負担を大幅に軽減することが可能となり,その結果,低コストで効率の良い地図データ作成方法を提供するという本件訂正明細書記載の顕著な作用効果を奏するもので,引用発明及びその他の甲号証に記載された発明からは到底予測できないものである。
(ウ) 以上のとおり,本件特許発明1は,引用発明及びその他の甲号証に記載された発明から容易に想到することはできず,特許法29条2項の規定に違反しない。
イ 審決は,面(閉領域)をベクトルデータで単純に定義することができるとの前提に立っているものと解される。しかし,ベクトルデータは単なるxy座標の点列であり,このベクトルデータによって定義できるのは,この点列自体であって,複数の線分によって定義されるトポロジーを有した面データは定義できない。
そこで,従来技術においては,デジタイザ等を用いて手作業で閉領域を作成して,その内部にラベル点を付して定義したり,引用発明では,さらにポリゴントポロジーを追加的に作成したり,仮にスキャナーを使用してラスターデータからベクトルデータを作成しても,これとは別途トポロジーを作成して面の内部を定義したり,甲53(数値地図ユーザーズガイド)でも,スキャナーとデジタイザを併用して面の内部を定義したりしている。
本件特許発明1は,従来技術の行っていたこのような困難な作業を行うことなく,ベクトルデータからトポロジーを有した面データの閉領域を作成できるように,構成要件1B以降の工程を提供するものである(なお,全ポリゴン構造は,「閉領域の境界線を定義する位置の点列」であり,各ポリゴンを定義するノードは別に保存され,本件特許発明のような,点データと線データからできた閉領域ではない。)。
しかるに,審決の認定は,本件特許発明1もまたベクトルデータによって一本の閉じた線データとして擬似面データを作成する技術と誤認しているようにも解されるが,審決は,閉領域の境界を一本の線分で示すことと,閉領域自体を示すことが異なる事項であること,従来技術が閉領域を示すために閉領域内の任意の点に代表点(ラベルポイント等)を設けてきたことを理解していない。それならば,審決は,本件特許発明1の前提となる技術的問題点すらも,正しく理解していないことになり,取消しを免れない。
ウ 本件特許発明1の技術は,ベクトルデータを二次元の線データに自動的に変換して,同線データを途中に接点や交点を持たない線分に変換するものであり,審決が理解するようなベクトルデータから任意に一部のデータを取り出して線分として定義するものではない。
また,審決(40頁)は,「二次元の線データ」から「座標上の線分」という工程で作成される以外に「線分」が存在することを前提とし,かつ,「座標上の線分」は「二次元の線データ」を分解したものとしているが,これは,前判決と矛盾しており,誤りである。
そして,甲2発明におけるポリゴンフィーチャーは,図形要素の名称とパラメーターの組合せのみでは十分に定義できないものであり,審決は,甲2発明の前提概念であるポリゴンフィーチャーの概念の認識を誤っている。このほか,甲2発明は,ラスターベクトル変換したベクトルデータの座標点一つ一つにキー値を付加し,アークを作成してノード・アーク構造を作成し,更にポリゴンを作成して任意の位置にデジタイズされた一個のラベルポイントを作成するものであって,審決が述べるような方法を採用したデータ作成方法ではない。
エ(ア) 被告らが指摘する文献について検討すると,甲4は,異なるベクトルデータ構造間でのデータ変換について記載したもので,属性も付与されて完成した面データを従来の技術思想でアーク・ノードデータに変換することについて抽象的,断片的に述べたものにすぎず,甲9の技術は,閉ループ抽出を目的として,まず論理的特異点を設け,この論理的特異点から連続するベクトルを追跡し,次の論理的特異点に到達するまでのベクトルの連なりをアークとするものであって,表現上は本件特許発明と似た表現(「二次ベクトルデータ」等)が使用されているが,ラスターデータからベクトルデータを作成することから始まる本件特許発明とは全く構成が異なるものであり,甲2のDXFARCコマンドは,CADデータをARC/INFOで読み込むことができることを示すにすぎず,その経過において,ベクトルデータから二次元線データを作成するものではない。
以上のとおり,甲4,甲9,甲2のDXFARCコマンドから,本件特許発明1の構成要件1Bに想到することは容易であるとはいえない。
(イ) 乙11記載の技術は,単なるベクトルデータを閉領域化する技術であって,本件特許発明のようにアーク・ノードに構造化された面データを作成する技術を目的とするものではなく,また,その前提的処理として,二次元の線データを互いの接点や交点で分割する技術の開示はなく,甲7記載の技術は,まず端点や孤立点等につき特徴点として特徴点テーブルに記録した後,2つの特徴点を結ぶ中心線の画素列(ラスターデータ)をベクトルデータに変換してブランチとして記録し,これを追跡処理していく技術にすぎず,本件特許発明の技術思想とは全く異なるものである。
なお,甲7,甲9,乙11記載の技術のいずれもが,初めに点データを作成して,その後に点データどうしの間を線データとしてベクトル化するものであるか,又は構成要件1B以降の構成要件を持たない技術であって,これらの技術から,本件特許発明のように,(二次元)線データを作成した後で,当該二次元の線データを途中に接点や交点を持たない線分に分割するという構成を容易に想到できるものではない。
このほか,甲2発明の「CLEAN」コマンドにつき,「CLEANはアーク間の交点を見つけ,アークを分割し,交点にノード(アークの終点)を作成します。」という記載はあるが,これは大量なコマンド群の中の1つのコマンドの説明にすぎない上,「CLEAN」はラベル点に対しても幾何学的解析を行っているため,上記記載から,本件特許発明1の1Cの構成要件を容易に想到することはできない。また,CLEANコマンドは,アーク(始点,終点がノードで定義された線データ)とラベル点で定義されたポリゴンの作成が前提とされており,単なるベクトルデータから変換された「二次元線データを座標上の線分に変換する」1Cの構成要件を有しているわけでもない。
以上のとおり,甲7,甲8,甲2のCLEANコマンド等から,本件特許発明1の構成要件1Cに想到することは容易であるとはいえない。
(ウ) このように,被告らが引用する証拠に開示された技術は,いずれも,「ラスターベクトルから作成したベクトルデータ」から「面データの閉領域データ」作成の過程において,構成要件1B,1Cを2つとも,かつこの順で保有するものではなく,このような構成を想起させるものでもなく,相違点1が容易想到でないことは明らかである。
(3) 取消事由2(相違点2についての容易想到性の判断の誤り)
ア 地図データを構成する図形要素について,属性を付与することは普通に行われることであり,図形要素として閉領域データがあることは広く知られているが,面データの閉領域データを完成させた後に属性データを付与可能とすることは当業者が容易になし得ることではなく,そのような技術の開示もない。
本件特許発明1は,閉領域をトポロジーとして完全に定義し,閉領域を定義した後に属性を付与可能としたもので,引用発明のようにフィーチャーを形状的に定義する過程(ステップ2)で既に属性を付与してしまう方法とは全くその発想を異にしているのである。
しかるに,審決は,属性付与可能とした段階についての引用発明との相違点について判断しておらず,取消しを免れない。
イ なお,構成要件1Gにおける「属性データを付与可能」とは,閉領域データに属性データを付与するために外部の属性テーブルと閉領域テーブルとを結びつける何らかの指標(ポリゴン識別番号等)を付与することであり,同工程が,属性テーブルないし属性データそのものの作成を意味しないことは明らかであるところ,被告らが指摘する「PAT」とは,属性データそのものであるから,PATがポリゴンを定義された後にしか作成されないとしても,それによって,本件特許発明1と引用発明において,属性付与を可能とする段階が同じことにはならない。
そして,属性付与を可能とする段階が閉領域データ作成前であるか後であるかにより,作業の省力化や作業時間の効率化等,顕著な技術的効果の相違をもたらすものである。
ウ 被告らは,審判請求において,CREATELABELSコマンドの存在を請求の理由としていないから,本訴における同コマンドの主張自体が許されない上,同コマンドは,本来,ラベルポイントの入力が完了した後,入力ミス等によりラベルポイントの入力が抜けている箇所につき,ラベルポイントを入力するために利用するものであり,あくまで補完的なコマンドにすぎず,その存在をもって,属性付与を可能とする段階が本件特許発明1と引用発明において同じとはいえない。
(4) 取消事由3(手続上の違法)
ア 特許法145条1項は,「無効審判は原則として口頭審理による。」とし,「ただし,審判長は,当事者若しくは参加人の申立てにより又は職権で,書面審理によるものとすることができる。」と規定している。
ところが,本件審決における審判長は,技術説明会や口頭審理を実施することなく,審決を行った。審決には「その(本件特許発明の)技術内容については更に説明を聴くまでもなく明らかであるので,技術説明,口頭審理については,その必要性を認めない。」旨の記載がある。
特許庁は,結果として,審理方式につき,原則行うべきである口頭審理に代えて書面審理を行ったことになるが,原告ペンタくんに対し,口頭審理と書面審理のいずれにするかを明示又は通知することなく,審決に至ったものである。
確かに,特許法145条には,審理方式を当事者に明示又は通知するとの明文上の規定はないが,審理方式を当事者に明示しないことは,当事者の適切な攻撃・防御の機会を奪うもので,同条の趣旨にも反し,極めて不当である。
イ また,特許庁が内外に公表し,審判長及び当事者が採るべき審判手続の指針を規定している審判便覧(甲50)には,「審判長は,無効審判(商標登録取消審判を含む。)事件において,当事者若しくは参加人の申立てにより又は職権により書面審理によるものとするときは,当事者及び参加人に書面審理の通知をする。」と記載されているところ,本件での審理方式の明示や通知の欠如が上記手続規定にも違反することは明らかである。
このように,本件において,審理方式が明示されないまま審決に至ったため,原告ペンタくんの口頭審理による攻撃防御の手段が失われたばかりか,本来行われるべき書面審理通知後の書面審理における書面等の提出による攻撃防御の手段も奪われたもので,極めて不当である。
なお,前審決は,前判決により取り消されたのであるから,再開後の無効審判では,当然ながら,審理を改めてやり直すべきである。また,本件で,原告ペンタくんは特許請求の範囲を訂正する訂正請求を行っており,第二次無効審判の審理方式も第一次無効審判の継続でないことは明らかである。
ウ 特許庁が,正当な理由もなく,技術説明会を含めた口頭審理による審理を行わなかったことは,原告ペンタくんの適切な攻撃防御の機会を不当に失わせるものであって,特許法145条1項の規定に違背する。そして,審決における容易想到性に係る判断が非論理的ではなはだ杜撰であることからして,「技術内容については更に説明を聴くまでもなく明らかである」などとは到底いえない。
エ 以上のとおり,本件での審決に至る審判手続には,審理方式を明示しなかった違法,書面審理通知の欠如の違法,審理を口頭審理によらない違法という特許法145条の規定に違反する重大な手続違背があるから,直ちに取り消されるべきである。
第4被告らの反論
1 原告エン企画の主張する取消事由に対して
(1) 取消事由1(本件特許発明1の「二次元の線データ」及び「座標上の線分」等の認定の誤り)に対して
ア 前判決において,構成要件1B,1Cの「二次元の線データ」のデータ構造については,トポロジー構造などの具体的な構造に限定されないものと認定されているものであり,原告エン企画の取消事由1の主張(上記「二次元の線データ」は,点データ部と線データ部が互いに関連付けられた構造のデータの線データ部に書き込まれた線データを意味する旨)は,前判決の拘束力にも反するものであって,失当である。
そして,特許発明の要旨の認定は,各構成要件ごとに個別に認定できるものではなく,全体として一つの特許発明の要旨が認定されるものであるから,前判決のした本件特許発明の要旨の認定は,そのすべてが拘束力を有するものである。
仮に,前判決の構成要件1Bの要旨認定に法的拘束力が生じないとしても,同認定は合理的なものであって,これを覆すに足りる主張はされていない。
イ 原告エン企画が指摘する「Dファイル」は,本件特許発明の実施例の1つにすぎず,特許請求の範囲の記載として「Dファイル」の具体的構成が規定されているわけでもないため,「二次元の線データ」の構造がDファイルのような特定のデータ構造のものに限定されることはない。
このほか,本件訂正明細書(丙40)には,(点データと線データとが)「関係づけられた」とか,「接続情報」「接続関係」「トポロジー」といった文言は一切存在しない。
また,特許請求の範囲の記載上,本件特許発明1によって作成される「面データ」がトポロジー構造を有する旨の限定はなく,前判決も,「『線分からなる面データ』とは,・・・線分を所定方向に接続することによって構成される一本以上の線分の組合せをいうものと解される。」と認定するのみで,それ以上の意義を有するものとは認定していない。
このように,本件特許発明によって作成される「面データ」がトポロジー構造を有するとの限定はないにもかかわらず,そのような限定があることを前提として,「『その後の処理に供してもトポロジー面データの作成ができないようなベクトルデータ』まで『二次元の線データ』に含まれるものではない」との原告エン企画の主張は,主張自体(いかなる「ベクトルデータ」が,その後の処理に供してもトポロジー面データの作成ができないのか等)が意味不明であり,その前提も欠いている。
(2) 取消事由2(相違点1についての容易想到性の判断の誤り)に対して
ア 構成要件1Bは,「ベクトルデータを線端を示す点データを含む二次元の線データに自動的に変換」というものであり,「二次元の線データ」とは,構成要件1Aの「ベクトルデータ」から,その後の処理に使用するために変換されたデータについて,これを「ベクトルデータ」とは区別する意味で,「二次元の線データ」といっているにすぎず,その具体的なデータ構造については,何も限定されていない。
そうすると,構成要件1Bの「ベクトルデータを線端を示す点データを含む二次元の線データに自動的に変換」の意義は,単に,ラスターデータから作成され,何らかのファイルフォーマットに格納されたベクトルデータを,(ポリゴン作成などの地図データの処理を行うソフトウェアが読込み可能な)線端を示す点データを含む別のファイルフォーマットのデータに自動的に変換することを意味するにすぎない。
イ(ア) 「線データ同士の接続関係を把握すること」,そのために「点データを線データとは別に設けること」とは,要するに,トポロジー(接続関係,隣接関係,エリアの定義等の位相関係)を把握するために,アーク・ノード構造を採用することと同義であるが,アーク・ノード構造データは,出願前に刊行された入門書(甲4(乙10)。これらの訳文は「入門地理情報システム」(甲4の1(乙10の1))である。)に,そのデータ構造が開示されているとおり,本件特許出願当時から,当業者にとって周知慣用の技術である。
そして,地図情報システム(GIS)の分野において,全ポリゴン構造,アーク・ノード構造,リレーショナル構造,DLGなど,異なるデータ構造間で相互交換をできるようにしておかなければならないことも,本件特許出願時の当業者にとって技術常識であり(甲4(乙10),甲5参照),「線端を示す点データ」を含まないデータ構造である「全ポリゴン構造」から,「線端を示す点データ」を含む「アーク・ノード構造」に変換することも知られていた(甲4(乙10)参照)。
当業者であれば,上記の変換を,一定のアルゴリズムを実行するプログラムを作成・実行することにより「自動的に」行うことを試みるのが通常であろうし,また,変換前のデータ構造と変換後のデータ構造の相違が分かっているのであれば,自動変換プログラムを作成することは,当業者であれば容易であることは明らかである。
(イ) ラスターデータから作成した(一次)ベクトルデータを,次の処理(線分接続ないし境界追跡による面データ作成)に使用するために,線端を示す点データを含む「二次ベクトルデータ及びアークデータ」(甲9)や「特徴点テーブル及びブランチテーブル」(甲7)に変換する技術も存在していた。なお,甲7の技術においては,「特徴点を結ぶ中心線の画素列を直線近似してベクトル列に変換し,このベクトル列を処理単位(ブランチ)とする」前に,「点列」(一連の座標値であるベクトルデータ)がラスターデータから取得されており,すなわち,点列データを保有し,ベクトル番号が振られたベクトルデータの作成(「ベクトルテーブル」の作成)が,ブランチテーブルの作成に先行している。
このほか,甲2には,DXFARCコマンド(CADの分野で用いられるDXFフォーマットデータをARC/INFO用のデータに変換するコマンド)が記載され,甲2の1には,DXFARCコマンド以外のデータ変換コマンドについて記載されている。
なお,xy座標値以外の情報(ハンドル番号,画層情報等)を含むという点において,「当時のDXFデータ」である「ポリライン」と「ライトウェイトポリライン」に相違はない。また,前判決によれば,構成要件1Aの「ラスターデータ」から「ベクトルデータ」の作成は,その作成方法を規定するものではなく,人手を利用するものも含まれるから,人手を利用して付加される情報が含まれていても,一連の座標値によって「線」等の図形の位置と形状を表すデータでさえあれば,構成要件1Aの「ベクトルデータ」に該当することは明らかであって,原告エン企画が主張する「当時のDXFデータ」も,構成要件1Aの「ベクトルデータ」に該当する。
(ウ) 甲39は,ArcScannerが1986年にリリースされるに伴い頒布されたもので,その公知性は証明されている上,審決は,甲39につき「データの変換を自動的に行うことが当業者にとって周知であったこと」の例として挙げているにすぎない。
(エ) 本件特許発明1の特許請求の範囲に,構成要件1Bの変換の具体的アルゴリズムが規定されているものではなく,本件特許発明1は,構成要件1Bの変換の具体的アルゴリズムの構築の困難性に特許性が認められたものでもなく,その構築の困難性は,構成要件1Bの容易想到性判断とは関係がない。
(オ) また,仮に,本件特許発明1の「二次元の線データ」がトポロジー構造のものであるとしても,前記のとおり,単なる座標点列データである「全ポリゴン構造」のデータから,トポロジー構造である「アーク・ノード構造」のデータに変換することは,当時の当業者にとって周知の技術であった(甲4(乙10)参照)。
(カ) なお,「ベクトルデータ」という用語の中に,既に「線データ」(すなわち,線図形を表す一連のxy座標値が1レコードに収められたデータ)の意味が含まれており,ARC/INFOにおいても,当然,ベクトルデータのラインデータは,1レコードに一連のxy座標値を収める形で取り扱っており,原告エン企画が主張する「点単位」の管理などしていない。
ウ(ア) 構成要件1Cの「二次元線データを座標上の線分に変換」とは,「二次元の線データ」について,途中に接点や交点を持たない線分とする工程である。
面データないしポリゴン等の定義に使用するために,ベクトルデータを「途中に接点や交点を持たない線分」に分割することは,甲7,9,乙11等に記載されているとおり,本件特許出願時の当業者にとって周知の技術であった(なお,甲7の技術では,「線データ」(直線近似する前の点列)の作成が「点データ」(特徴点テーブル)の作成に先行しており,甲7では,単なるベクトルデータから,「特徴点テーブル」,「ブランチテーブル」,「ベクトルテーブル」という構造を有するデータに変換し,さらに,ベクトルを「ブランチ」という,途中に接点や交点を持たないベクトル列の単位に変換することが記載されているから,構成要件1B及び1Cの構成要件が開示されていることは明らかである。)。
また,そもそも甲2において「CLEANはアーク間の交点を見つけ,アークを分析し,交点にノード(アークの終点)を作成します。」との記載があることからすれば,構成要件1Cは,本来,本件特許発明1と甲2発明の一致点として認定されるべき構成であって,相違点1の一部として認定されるべきものではない。
前判決は,構成要件1Cにつき,本件特許発明1と甲2発明との一致点として認定しても,相違点として認定した上で,当該技術分野において普通に行われる程度のこととして認定したとしても,進歩性を肯定する事情にはならないという意味で,結論は同じであるとしているにすぎない。
(イ) 本件特許出願前から,線データ(一連の座標値)のみからなる全ポリゴン構造という形の面データは存在した(甲4(乙10)参照)上,上記(ア)のとおり,甲2発明のARC/INFOにおいては,ベクトルデータ(線データ)からCLEANを実行してポリゴン(面データ)を自動的に作成することが記載されており,「単に線を表すベクトルデータからでは面データを作成できなかった」旨の明細書の【0005】【0007】の記載は真実に反する。
また,原告エン企画による,(「本件特許発明1では)線データ同士の接続関係から,線分同士を接続して面データを作成できるようにした」旨の主張は,前判決(「構成要件1Dが,接続について,一定方向に接続していくということを超えて,どのような方向で接続していくかや,接続に当たり,どのような情報を利用するかを直接規定するものとは認められない」旨認定している。)の拘束力に反する。
エ(ア) 原告エン企画は,相違点1の容易想到性の判断に関連して,従来技術ないし甲2発明は,トポロジーデータである「キー値」ないし「ノード」の手入力が必要であったのに対し,本件特許発明はこれらの手入力を不要にした旨主張する。
しかし,そもそも,「キー値」ないし「ノード」の手入力の要否は,ラスターデータからベクトルデータを作成する際に,それが必要かどうかという問題(自動入力方式か手動入力方式かの相違によって生じる違い)であって,すなわち構成要件1Aに関する事情である(原告エン企画も,別訴事件では,この点につき認めていた。)から,相違点1の容易想到性とは無関係である。
そして,構成要件1Aのラスターデータからベクトルデータの作成においては,「その作成,変換過程において,人手を利用するものを直ちに除外するものではない」から,構成要件1Aのベクトルデータを手動入力で作成する際に必要な「キー値」ないし「ノード」の手入力は,本件特許発明1と甲2発明との実質的な相違点とはなり得ない(前判決同旨)。
もっとも,仮に,「キー値」の手入力が構成要件1B,1Cに関するものである旨の原告エン企画の主張を前提とすると,構成要件1Bに「自動的に」の文言を追加する訂正は新規事項の追加であったことになり(すなわち,本件特許発明1は,「キー値」の手入力が必要であったという従来技術の課題を,データを「自動的に」変換することにより,新たに解決したことになる。),そのような不当な結論を招く原告エン企画の「キー値」に関する上記主張は,内容の当否にかかわらず成立し得ない。
(イ) いずれにしても,「キー値」の技術的意義は,ベクトルデータを手動で入力(デジタイザ入力,オンスクリーン入力)するに当たり,クリックした点が1レコードの開始点又は終了点なのか,そうではないのかを示す情報にすぎず,甲2でいう「ノード」も,アークの終点(端点)の意味でしかなく,「キー値」の「2」によって入力されるxy座標点を意味するにすぎない。一方,トポロジーデータとは,エリアの定義,接続関係,隣接関係といった,マップフィーチャー同士の空間的関係(位相関係)を示すデータのことであり,ARC/INFOの「キー値」や「ノード」が,トポロジーデータに当たらないことは明白である。実際,ARC/INFOにおいては,(手動入力の場合における)キー値入力の段階(ステップ2)では,トポロジー・データは作成されず,これが生成されるのは,アークの分割(交点におけるノードの自動生成)の際に用いるコマンドと同じ,CLEANコマンドを実行した段階(ステップ4)である。そして,アーク・ノード・トポロジーは,CLEANを実行することで初めて作成又は更新される「AAT」ファイルに格納される。
このように,ARC/INFOにおいてトポロジー・データが生成されるのは,「キー値」が入力されるステップ2よりも後のステップ4であるから,「『キー値』の入力はトポロジー・データの入力である」旨の原告エン企画の主張は虚偽である。
(ウ) なお,キー値(トポロジーデータではない)の手入力が必要なのは,デジタイザー入力やオンスクリーン入力など,ベクトルデータを手動で入力する場合のみである。
これに対し,ラスターデータから自動的にベクトルデータを取得するラスター/ベクトル変換(自動入力方式)では,特定のアルゴリズムによってラスターデータ上の図形を自動的にベクトルデータ化するため,1レコードとして収めるデータの(xy座標の)範囲につき,予め一定のルール(例えば,分岐点と分岐点の間を1レコードとすること)を定めておいて,自動的に認識するので,キー値「2」又は「1」といった,1レコードの開始点又は終了点か,そうではない(中間点)かの情報(1レコードの範囲を定めるための情報)は,そもそも別途入力する必要がない(甲2 Vol.1の4-6頁,甲9,乙14,15参照)。そして,審決が認定する甲2発明とは,「ラスター/ベクトル変換(自動入力)によって得たベクトルデータをARC/INFOでポリゴン化(フィーチャーを定義)する方法」であるため,甲2発明においては,キー値及びノードの手入力は不要である。逆に,本件特許発明においても,オンスクリーン入力方式(手動入力方式)の場合には,1レコードに収めるxy座標値の範囲を定めるに当たり,xy座標値の情報のほか,「始点又は終点であるのか,そうでないのか」を知らせる情報,すなわちARC/INFOでいう「キー値」の手入力が別途必要であることは,原告エン企画も認めている。
したがって,いずれにしても,キー値入力の要否は,本件特許発明1と甲2発明との相違点とはなり得ない。
(エ) 甲2(ARC/INFO Ver.5)より前のバージョンであるARC/INFO Ver.3の時点で,複数の線分の交点を定義していないデジタイジング(「スパゲッティデジタイジング」)が紹介されていた(乙23参照)ことに加え,ARC/INFOにおいては,CLEANコマンドにより,未入力のアークの交点に自動的にノードを生成する機能があるため,手動入力においても,必ずしもノードとなるべき位置にキー値「2」を入力する必要はない。すなわち,甲2発明においても,交点を定義することなくラインデータ(アーク)を入力し,後でCLEANコマンドを実行することにより,複数のラインデータの交点の箇所で自動的にノードを作成し,複数の線分(アーク)に分割できるものである。
したがって,キー値の入力の要否を根拠とする,原告エン企画による本件特許発明1の効果についての主張は,いずれも失当である。
(オ) 丙22(ARCEDIT ユーザーズガイド)に記載された3つの方法(「オンスクリーン入力」を含む。)は,いずれもARCEDITというARC/INFOのオプショナルソフトウェアを使用して座標を入力する方法にすぎない上,いずれも,1レコードに収めるべきxy座標の範囲を,ユーザーが任意で定める入力方式であるから,キー値の入力が必要になるのも当然である。
そして,丙22記載の方法のうち「キーボード又はファイルによって座標の数値を直接入力する方法」は,ラスターベクトル変換,オンスクリーン入力,デジタイザー入力等とは別個独自の優位性(あらかじめ正確な座標値が判明している場合に,最も正確な位置データの入力が可能となること)をもった入力方法であり,この入力方法の存在は,キー値の入力の要否とは全く別個の問題である。
(カ) 原告エン企画が主張するARC/INFOにおけるデータ入力手法(二重アークの弊害を避けるために,必ず分岐点にノード(キー値「2」)を置かなければならないこと等)は,単なる憶測にすぎない。
また,二重アークの問題とは,ArcScan(ARC/INFO上で直接ラスター・ベクトル変換を行うためのアプリケーション)が自動的・機械的にラスターデータ上のフィーチャーをトレースするため,時として同じフィーチャーを二回以上トレースし,重複したアークが作成される事態が避けられないという,ラスター・ベクトル変換に特有の問題であって,分岐点にキー値「2」が入力されているか否かとは一切関係のない問題である。もっとも,CLEANコマンドによるアーク分割(交点でのノード自動生成)機能のあるARC/INFOにおいて,原告エン企画が主張するような二重アークの問題は生じ得ない。
このほか,ジャンクション・テーブルは,ArcScanが二重アークの生成を防止するための管理テーブルであって,地図データ間のトポロジー・データを管理するためのものではない。
また,ダングリングノードとは,どこにも接続していないアークの端点であり,分岐点ないし交点ではないため,ダングリングノードの削除や修正等も,分岐点にキー値「2」を入力するか否かとは関係がない。
(キ) 仮に,甲2発明において「キー値」の入力が必要であり,本件特許発明において不要であるとしても,自動入力方式(ラスター/ベクトル変換)において,キー値を手入力することなく,ラスターデータからベクトルデータを自動的に作成することは,当時の当業者にとって周知の技術であった。
オ 甲2発明においても,交点(「接続点・分岐点」と同じ)を定義することなくラインデータ(アーク)を入力し,後でCLEANコマンドを実行することにより,複数のラインデータの交点の箇所で自動的にノードを作成し,複数の線分(アーク)に分割できるのであるから,「必ず複数の線分の接続点(分岐点)でキー値『2』を入力しなければならない」という制約は,甲2発明には存在せず,「ノードを入力しなければトポロジーを有する面データの作成はできない」という固定観念など存在しなかった。
原告エン企画が指摘する各文献のうち,丙17,18の「ノード」とは,単にアークの始点又は終点の意味でしかなく,トポロジーデータではないし,丙24においては,「別版にして(すなわちレイヤーごとに)入力すれば属性付与が可能である」旨の記載があり,これは,構造別(データ種別)にトレース基図(入力原図)を作成すれば,オート・デジタイズ(ラスターベクトル変換)で取得したベクトルデータも面的な認識ができ,属性を付加できる旨の記載といえ,丙26上の記載についても,自動入力方式(オートデジタイズ)でデータを得るためには原則として構造別(データ種別)の入力基図を作成しなければならないという実用上の制限がある上,誤認識が多く修正作業に相当な手間がかかることなどから,自動入力方式が限られた場面でしか利用されていないという状況を前提に,より実用的な自動入力方式を可能にするための研究を行っていることを示すにすぎず,ここには「ARC/INFOにおいては,トポロジーデータが自動的に生成される」旨も記載されており,丙19についても,同論文発表者が独自にポリゴン生成プログラム作成を試みたことを示すものであって,これらの文献に基づく原告エン企画の主張はいずれも失当である。
カ 審決は,構成要件1Aの「ベクトルデータ」を用いて構成要件1Dの「面データ」「閉領域データ」を作成する点は,甲2発明が既に有する構成であり,その間をつなぐ具体的処理に関し,構成要件1B,1Cという処理を採用することが当業者にとって容易になし得た旨判断したものである。
以上のような審決の相違点1の容易想到性の判断は,本件特許発明1の構成要件1Aから1Dまでを一連の流れとして捉えた上で,なお,甲2発明と本件特許発明1との相違点1は,当業者にとって容易に想到し得るというものである。
そして,相違点1についての被告らの主張は,審決の認定判断を補足し,補強するものであり,審決同様,本件特許発明1の構成要件1Aから1Dまでを一連の流れとして捉えた上での主張であって,これに反する原告エン企画の主張は失当である。
なお,各公知資料(甲4(乙10),甲7,9,乙11)の位置付け(甲2発明に構成要件1B及び1Cの処理を採用することの容易想到性の判断に当たり,考慮すべき当業者の技術常識ないし周知技術を立証する証拠)からすれば,各公知資料が単独で構成要件1Aから1Dまでの一連の流れのすべてを開示していなくとも,それぞれの証明主題は立証できるものであり,その立証がされれば,審決のした「相違点1」の容易想到性の判断が正しいことは根拠付けられる。
また,そもそも本件特許発明1における「二次元の線データ」は,トポロジー構造などの具体的な構造のものに限定されないのであるから,上記の各公知資料が取り扱うデータがアーク・ノード構造ないしトポロジー構造である「二次元の線データ」でないことは,上記の各公知資料を用いることの妨げにはならない。
キ 「ARC/INFOの入力方法よりオンスクリーン入力の方が自由度が高い」とか,「ARC/INFOの入力方法の方がオンスクリーン入力よりデータが重い」との主張は,その前提(ARC/INFOにおいては,必ず分岐点でキー値「2」を入力しなければならないとか,キー値の入力がトポロジー・データの入力であるとの主張)において誤っており,「オンスクリーン入力では背景との照らし合わせが可能であるから,デジタイザ入力よりも入力作業が容易である」との主張は正しいが,これはオンスクリーン入力の効果であって,本件特許発明1の効果ではない。
また,本件特許発明1が丙24,26における従来の課題を解決した旨の原告エン企画の主張は,明細書の記載に基づくものではなく,失当である。
このほか,別訴での判決(乙28,29)(那覇地方裁判所沖縄支部平成11年(ワ)第178号事件の判決及びその控訴審判決)からすれば,本件特許発明の顕著な効果についての原告エン企画の主張は虚偽である可能性が高い。
ク 以上のとおり,甲2発明に,相違点1の構成(構成要件1B及び1C)を適用することは,当業者が容易になし得たことであり,審決の相違点1についての容易想到性の判断に誤りはない。
(3) 取消事由3(相違点1についての容易想到性の判断における理由不備)に対して
取消事由3は,原告エン企画が取消事由1において主張している本件特許発明1の要旨認定の誤りを前提とした主張であり(いずれも,原告エン企画による構成要件1Bの要旨についての主張内容は同一である。),取消事由1が成り立たない以上,取消事由3の主張は,その前提において失当である。
(4) 取消事由4(相違点2についての容易想到性の判断において属性付与の段階が異なることを看過した誤り)に対して
ア 審決が認定した相違点2は,本件特許発明1が構成要件1Gを有するのに対し,甲2発明がかかる構成を有しない点である。
そして,アーク・ノード構造データやリレーショナル構造データのポリゴンが属性情報を格納できることからも明らかなとおり,地理情報システム(GIS)において,地図データであるポリゴン(閉領域データ)に属性情報を付与可能にすることは,当時の当業者にとって周知・慣用の技術であり(甲4(乙10)等参照),図形要素のデータを記憶,印刷することも,普通に行われる程度のことであるから,この点について審決が特に証拠を明示しなかったことも当然であり,当時の当業者が,相違点2を容易に想到し得たことは明らかである。
イ 属性情報の付与は,識別子(ユーザーID)のほかに,属性情報を格納するためのデータテーブルがなければ可能とならない。
甲2発明には,①CLEAN等で,ポリゴン・トポロジーを生成する前に各ポリゴンごとにラベルポイントとユーザーIDを入力しておく方法のほか,②ポリゴン・トポロジー生成後(閉領域データ完成後)に,ラベルポイントとユーザーIDとを自動的に一括付与する方法(CREATELABELSコマンドを使用する方法)も存在する(なお,少なくとも,原告エン企画の主張が真実に反することを示すための主張・弾劾証拠として,CREATELABELSコマンドについての主張・立証が許されることは明らかである。また,同コマンドは,まず甲2発明の意義を明らかにするとともに,識別子の自動一括付与によって属性付与を可能にすることが当業者にとって周知技術であったことを示し,さらに,甲2発明には識別番号を付する構成もあることを示すものである。同コマンドでは,ポリゴンユーザーIDをランダムにではなく,連続した一連の番号を付与するものであって,同コマンドを用いる方法が「煩雑で非現実的」であるとの原告エン企画の主張は憶測にすぎない。)。
結局,ARC/INFOでは,ラベルポイント及びユーザーIDの付与につき,上記2つの方法のいずれを用いても,識別子(ユーザーID)と属性テーブル(PATテーブル)の両者がそろって「属性付与が可能」となるのは,終点と始点とが一致し,ポリゴン・トポロジーが定義されてPATファイルが作成された後(CLEANコマンド実行後)であるから,属性情報が漏洩する不都合など生じない。
以上のとおり,甲2発明において,属性を付与可能にする段階は,ポリゴンが定義された(閉領域データが作成された)後であり,属性付与の段階についても,甲2発明と本件特許発明とは一致する。
ウ なお,構成要件1Gの「属性付与を可能」とすることが,識別番号等を付することを意味する旨の主張は,前判決の拘束力に反し,失当である。
もっとも,属性付与可能とする段階を,ポリゴン作成前とするか,後とするかによって,技術的効果に顕著な相違が生じるものではなく,これをいずれにするかは,単なる設計的事項にすぎない。
このほか,本件特許発明1の特許請求の範囲において,属性付与の方法につき,「ポリゴンとラスターデータとをスクリーン上で重ね合わせ,画面を見ながら対応付けを行う」との規定はなく,原告エン企画が主張する「ポリゴンとラスターデータとをスクリーン上で重ね合わせ,画面を見ながら対応付けを行うことができる」ことによる効果は,本件特許発明1の効果として主張できるものではない。
エ 以上のとおり,甲2発明に,相違点2の構成(構成要件1G)を適用することは,当業者が容易になし得たことであり,同旨である審決の相違点2についての容易想到性の判断に誤りはない。
(5) 取消事由5(手続上の違法)に対して
ア 取消判決後の再審理(特許法181条5項)は,前の審判手続をそのまま継承する形で再開される(同法157条1項)ものであり,前の審判手続と再開後の審判手続は一体としてみる必要がある。
そこで,本件において,前の審判手続を振り返ると,平成19年2月14日に口頭審理が行われ,当該期日において,審判長により,本件審理は,それ以降書面審理とする旨告知されている(乙18)。このように,前判決後に再開された無効審判の審理方式は,書面審理で行われることが,当事者らに正式に通知されており,実際に書面審理が行われたものである。そして,再開後の審理の開始通知(甲57)が出されていることからしても,再開後に審理が実際行われたことは明らかである。
いずれにしても,書面審理通知は,特許法上の義務ではなく,その違反が直ちに違法となるものではない。
イ 本件において,請求人たる被告らによる平成20年7月9日付けの審判請求書に対する手続補正のうち,補正1は審判請求における対象である請求項1に関する記載を,訂正された本件特許発明の請求項1に合致させるものであり,補正2は,当該請求項1の訂正に合わせて,証拠方法である甲39における指摘内容を補正するものであるから,審判請求の理由を変更するものではない。なお,審判請求時を基準として,請求の要旨変更の有無を判断すべき旨の原告エン企画の主張は,根拠がなく,失当であり,甲39は,「請求の理由」の特許庁への提示と同時に提出された証拠であって,新たに追加された証拠ではない。
このように,上記手続補正は,「請求の理由」の要旨変更には当たらないところ,要旨変更でなければ,そもそも答弁書提出の機会を与える必要もない(特許法131条の2第1項,134条2項参照)。
ウ 原告エン企画が指摘する最高裁判所昭和51年5月6日判決の第一義的な趣旨は,特許権者によるクレームの訂正によって,従前の無効原因が無意味となりかねない無効審判請求人に対して,弁論の機会を与えることにあり,それによって審判請求人から新たな攻撃防御方法が追加された場合に限り,被請求人(特許権者)に対して,それに対する反論の機会を与える趣旨であることが明らかである。
本件では,前述のとおり,審判請求人による平成20年7月9日付けの審判請求書の補正が「請求の理由」の変更に当たらないのであるから,上記最高裁判決の趣旨からして,被請求人及び参加人に対して反論の機会を与える必要はない。そもそも,本件では,原告ペンタくん及び原告エン企画の双方とも,訂正後のクレームにつき十分に弁論の機会が与えられていたものであり,審決書の「1.手続の経緯」において,原告エン企画の平成20年7月8日付け弁駁書(丙14)が記載されていることからしても,同書面をも考慮して審決がされたことは明らかである。
エ 原告エン企画は,上記弁駁書(丙14)において,被告らによる審判請求書の補正が,特許法131条の2第2項1号の要件を充足するものではない(すなわち,同法134条2項の答弁書提出の機会を与える必要がない)ことを主張していたものであるから,禁反言の法理からしても,本訴において,特許法134条2項違反の主張をすることは許されない。
2 原告ペンタくんの主張する取消事由に対して
(1) 取消事由1(相違点1についての容易想到性の判断の誤り)に対して
ア 前判決において,「構成要件1Bの『ベクトルデータを線端を示す点データを含む二次元の線データに自動的に変換』の意義は,単に,ラスターデータから作成され,何らかのファイルフォーマットに格納されたベクトルデータを,(ポリゴン作成などの地図データの処理を行うソフトウェアが読込み可能な)線端を示す点データを含む別のファイルフォーマットのデータに,自動的に変換することを意味するにすぎない」と認定されており,「二次元の線データ」とは,特定のデータ構造を持ったデータに限定されていない。
以上のとおり,構成要件1Bの「二次元の線データ」とは,構成要件1Aの「ベクトルデータ」から,その後の処理に使用するために変換されたデータについて,これを「ベクトルデータ」とは区別する意味で「二次元の線データ」といっているにすぎず,構成要件1Cの「二次元線データを座標上の線分に変換」とは,「二次元の線データ」について,途中に接点や交点を持たない線分とする工程にすぎない。
このように,相違点1の構成要件1B,1Cの技術的意義は,上記程度のものであって,原告ペンタくんが主張するような技術的問題点は,そもそも考慮されるものではない。
イ(ア) 地図情報システム(GIS)の分野において,全ポリゴン構造,アーク・ノード構造,リレーショナル構造,DLGなど,異なるデータ構造間で相互交換をできるようにしておかなければならないことは,本件特許出願時の当業者にとって技術常識であり(甲4(乙10),甲5参照),「線端を示す点データ」を含まないデータ構造である「全ポリゴン構造」から,「線端を示す点データ」を含む「アーク・ノード構造」に変換することも知られていた(甲4(乙10)参照)。
当業者であれば,上記の変換を,一定のアルゴリズムを実行するプログラムを作成・実行することにより「自動的に」行うことを試みるのが通常であろうし,また,変換前のデータ構造と変換後のデータ構造の相違が分かっているのであれば,自動変換プログラムを作成することは,当業者であれば容易であることは明らかである。
このほか,ラスターデータから作成した(一次)ベクトルデータを,次の処理(線分接続ないし境界追跡による面データ作成)に使用するために,線端を示す点データを含む「二次ベクトルデータ及びアークデータ」(甲9)や「特徴点テーブル及びブランチテーブル」(甲7)に変換する技術も存在していた。なお,甲7の技術においては,「特徴点を結ぶ中心線の画素列を直線近似してベクトル列に変換し,このベクトル列を処理単位(ブランチ)とする」前に,「点列」(一連の座標値であるベクトルデータ)がラスターデータから取得されており,すなわち,点列データを保有し,ベクトル番号が振られたベクトルデータの作成(「ベクトルテーブル」の作成)が,ブランチテーブルの作成に先行している。
さらに,甲2には,DXFARCコマンド(CADの分野で用いられるDXFフォーマットデータをARC/INFO用のデータに変換するコマンド)が記載され,甲2の1には,DXFARCコマンド以外のデータ変換コマンドについて記載されている。これは,すなわち,甲2や甲2の1に記載されているソフトウェアARC/INFOは,コマンド実行によって,様々なファイルフォーマットのベクトルデータを,ARC/INFOのカバレッジに自動的に変換できることを示し,ひいては,甲2発明も,構成要件1Bの構成を有する事実を示している。したがって,審決や前判決における「甲2発明は構成要件1Bを有しない」旨の認定は本来誤っているが,本件特許発明1の進歩性を否定するという結論において正当であり,影響はない。
もっとも,仮に審決や前判決の構成要件1Bに関する上記認定が正しいとしても,DXFARCコマンド等の存在は,異なるデータ構造間の変換が当業者にとって周知技術であったことを示す資料の一つにもなる。
(イ) 面データないしポリゴン等の定義に使用するために,ベクトルデータを「途中に接点や交点を持たない線分」に分割することは,甲7,9,乙11等に記載されているとおり,本件特許出願時の当業者にとって,周知の技術である。
なお,甲2において「CLEANはアーク間の交点を見つけ,アークを分析し,交点にノード(アークの終点)を作成します。」との記載があることからすれば,構成要件1Cは,本来,本件特許発明1と甲2発明の一致点として認定されるべき構成であって,相違点1の一部として認定されるべきものではない。前判決は,構成要件1Cにつき,本件特許発明1と甲2発明との一致点として認定しても,相違点として認定した上で,当該技術分野において普通に行われる程度のこととして認定したとしても,進歩性を肯定する事情にはならないという意味で,結論は同じであるとしているにすぎない。
(ウ) 以上のとおり,甲2発明に,相違点1の構成(構成要件1B及び1C)を適用することは,当業者が容易になし得たことである。
ウ 審決は,構成要件1Aの「ベクトルデータ」を用いて構成要件1Dの「面データ」「閉領域データ」を作成する点は,甲2発明が既に有する構成であり,その間をつなぐ具体的処理に関し,構成要件1B,1Cという処理を採用することが当業者にとって容易になし得た旨判断したものである。
以上のような審決の相違点1の容易想到性の判断は,本件特許発明1の構成要件1Aから1Dまでを一連の流れとして捉えた上で,なお,甲2発明と本件特許発明1との相違点1は,当業者にとって容易に想到し得るというものである。
そして,相違点1に関する被告らの主張は,審決の認定判断を補足し,補強するものであり,審決同様,本件特許発明1の構成要件1Aから1Dまでを一連の流れとして捉えた上での主張であって,これに反する原告ペンタくんの主張は失当である。
なお,各公知資料(甲4(乙10),甲7,9,乙11)の位置付け(甲2発明に構成要件1B及び1Cの処理を採用することの容易想到性の判断に当たり,考慮すべき当業者の技術常識ないし周知技術を立証する証拠)からすれば,各公知資料が単独で構成要件1Aから1Dまでの一連の流れのすべてを開示していなくとも,それぞれの証明主題は立証できるものであり,その立証がされれば,審決のした「相違点1」の容易想到性の判断が正しいことは根拠付けられる。
また,そもそも,本件特許発明1における「二次元の線データ」は,トポロジー構造などの具体的な構造のものに限定されないのであるから,上記の各公知資料が取り扱うデータがアーク・ノード構造ないしトポロジー構造である「二次元の線データ」でないことは,上記の各公知資料を用いることの妨げにはならない。
CLEANコマンドに関する原告ペンタくんの主張についても,上記同様,失当である。
エ 特許発明の要旨の認定は,各構成要件ごとに個別に認定できるものではなく,全体として1つの特許発明の要旨が認定されるものであるため,1つの構成要件の要旨の認定が異なれば,他の構成要件の要旨の解釈にも影響を及ぼすことは必然である。
したがって,前判決のした本件特許発明の要旨の認定は,そのすべてが拘束力を有するものであり,仮に拘束力がないとしても,その認定は合理的なものであり,これを覆すに足りる主張は原告ペンタくんからされていない。
オ 甲2発明が甲53記載の技術と同じであるかのような原告ペンタくんの主張は誤りである上,甲2発明が「ラスターデータから作成したベクトルデータに基づいて,このデータ自体から属性データを付与可能な閉領域を作成するという方法をとっていない」旨の原告ペンタくんの主張は,審決や前判決の認定にも反する。
なお,一本の線によってポリゴンを定義する方法も当然存在しており(甲4(乙10)の全ポリゴン構造),原告ペンタくんが主張する「ベクトルデータによってそのベクトルデータに囲まれた閉領域を定義できない」との意味は不明である。
このほか,原告ペンタくんは,「ポリゴンフィーチャーは,図形要素の名称とパラメータの組合せのみでは十分に定義できない」旨主張するが,具体的にポリゴンの定義に他にどのような要素が必要であるかを明らかにしておらず,上記主張を裏付ける証拠も提出していないため,上記主張は失当である。
(2) 取消事由2(相違点2についての容易想到性の判断の誤り)に対して
ア 審決が認定した相違点2は,本件特許発明1が構成要件1Gを有するのに対し,甲2発明がこのような構成を有しない点である。
そして,アーク・ノード構造データやリレーショナル構造データのポリゴンが属性情報を格納できることからも明らかなとおり,地理情報システム(GIS)において,地図データであるポリゴン(閉領域データ)に属性情報を付与可能にすることは,当時の当業者にとって周知・慣用の技術であり(甲4(乙10)等参照),図形要素のデータを記憶,印刷することも,普通に行われる程度のことであるから,この点について審決が特に証拠を明示しなかったことも当然であり,当時の当業者が,相違点2の構成を容易に想到し得たことは明らかである。
イ 属性情報の付与は,識別子(ユーザーID)のほかに,属性情報を格納するためのデータテーブルがなければ可能とならない。
甲2発明には,①CLEAN等で,ポリゴン・トポロジーを生成する前に各ポリゴンごとにラベルポイントとユーザーIDを入力しておく方法のほか,②ポリゴン・トポロジー生成後(閉領域データ完成後)に,ラベルポイントとユーザーIDとを自動的に一括付与する方法(CREATELABELSコマンドを使用する方法)も存在する(CREATELABELSコマンドは,まず甲2発明の意義を明らかにするとともに,識別子の自動一括付与によって属性付与を可能にすることが当業者にとって周知技術であったことを示し,さらに,甲2発明には識別番号を付する構成もあることを示すものである。なお,CREATELABELSコマンドでポリゴンユーザーIDを一括付与する方法が非常に煩雑で非現実的である旨の主張は,単なる憶測にすぎない。)。
結局,ARC/INFOでは,ラベルポイント及びユーザーIDの付与につき,上記2つの方法のいずれを用いても,識別子(ユーザーID)と属性テーブル(PATテーブル)の両者がそろって「属性付与が可能」となるのは,終点と始点とが一致し,ポリゴン・トポロジーが定義されてPATファイルが作成された後(CLEANコマンド実行後)であるから,属性情報が漏洩する不都合など生じない。
以上のとおり,甲2発明において,属性を付与可能にする段階は,ポリゴンが定義された(閉領域データが作成された)後であり,属性付与の段階についても,甲2発明と本件特許発明とは一致する。
ウ なお,構成要件1Gの「属性付与を可能」とすることが,識別番号等を付することを意味する旨の主張は,前判決の拘束力に反し,失当である。
このように,構成要件1Gに関しては,ラベルポイント(識別子)の有無は,本件特許発明1の技術的範囲とは無関係の事情であるが,上記イのとおり,実際には,甲2発明も,CREATELABELSコマンドにより,ラベルポイントを自動一括付与することができる。
もっとも,属性付与可能とする段階を,ポリゴン作成前とするか,後とするかによって,技術的効果に顕著な相違が生じるものではなく,これをいずれにするかは,単なる設計的事項にすぎない。
エ 以上のとおり,甲2発明に,相違点2の構成(構成要件1G)を適用することは,当業者が容易になし得たことであり,審決の相違点2についての容易想到性の判断に誤りはない。
(3) 取消事由3(手続上の違法)に対して
ア 取消判決後の再審理(特許法181条5項)は,前の審判手続をそのまま継承する形で再開される(同法157条1項)ものであり,前の審判手続と再開後の審判手続は一体としてみる必要がある。
そこで,本件において,前の審判手続を振り返ると,平成19年2月14日に口頭審理が行われ,当該期日において,審判長により,本件審理は,それ以降書面審理とする旨告知されている(乙18)。このように,前判決後に再開された無効審判の審理方式は,書面審理で行われることが,当事者らに正式に通知されており,実際に書面審理が行われたものである。
したがって,審理方式の明示はあったものであり,この点に関する原告ペンタくんの主張は失当である。また,書面審理通知は,特許法上の義務ではなく,その違反が直ちに違法となるものではない。
イ 特許法145条1項は,無効審判は原則として口頭審理によるとしながら,審判長の裁量により,職権で書面審理とすることも許容しており,さらに,事件が審決をするのに熟したかどうかの判断についても,審判長の裁量に属する事項であるから,裁量の範囲を逸脱したとみるべき特段の事情のない限り,無効審判において,口頭審理を開くことなく審決をしたからといって,違法になることはない。
そして,本件においては,前判決によって本件特許発明の要旨の認定が既にされ(同認定判断には拘束力があるため,審決はこれに反する認定ができない。),さらに,証拠方法の認定も,一致点・相違点の認定もされているため,再開後の無効審判において,新たに技術内容の説明を聴く必要性に乏しかった。また,再開前の無効審判において既に口頭審理がされていたことからすれば,なおさら,再開後において,さらに技術説明や口頭審理を行う必要性は乏しく,本件で,職権により書面審理のまま審決をしたことにつき,審判長の裁量の逸脱がないことは明らかである。
ウ 特許庁の無効審判においては,民事訴訟において要請される直接主義の原則が法律上要請されておらず,再開後の無効審判の合議体が再開前の合議体と異なっていることも,何ら違法ではない。
第5当裁判所の判断
1 本件特許発明1の内容について
(1) 本件訂正明細書(丙40)には,以下の記載がある。
ア 「上記地域や地点毎に属性を付与した地図情報をコンピュータに記憶させるには,先ず,デジタイザ等を用い,手作業で地図上の区域や地点の縁に沿って入力端末を移動させ,この入力端末の移動データを区域や地点の輪郭線を表す面データとしてコンピュータに入力したのち,その面データに属性を付与していた。また,等高線による地形のみを描いた地図等も,土木・測量用として広く使用されている。このような地図は,ときに応じて修正・更新を行う必要がある。このような地図もコンピュータに読み取らせ,図形の歪みを自動的に直す等の補正を行っている。このような場合のコンピュータ処理では,上記のような面データの概念がなく,単に線を表すベクトルデータとして取り扱われ,説明文等を付加して表示することはできても,図形データに属性を付与するということはできない。又,線データの「切れ」などの自動検出が出来ず,又,家形のような直角部を有するベクトル認識対象にあっては,例えば当該家形が6画形であれば6本の線データに分解されて,一本の折れ線データに一括して自動的にベクトル化する事は出来ない為,地形図のような大量かつ重畳的な原図データから直接ベクトル処理した後で家形や道路等を種別分けする作業は著しく困難であり,予め各々のトレース図の作成を必要とする状況にある。」(段落【0004】~【0005】)
イ 「【従来技術の問題点】上述のデジタイザによる面データの入力は,例えば,沖縄県,鳥取県等の縮尺1/25000の土地利用状況図を作成するとしても,それぞれおよそ10万個もの面データが必要とされる。これらの面データの入力は上述したように全て手作業によって入力されるものであるが,コンピュータ処理において,上述のようにして入力された一つ一つの面データに,後の処理で属性を割り当てるためには,それぞれの面データが閉面を構成していなければならない。・・・このため,上述のデジタイザによる面データの入力作業は熟練を要し,極めて手数のかかる作業である。従って,人件費が地図情報作成コストの50%以上,ときには90%を占めるとさえいわれ,その総体的費用は極めて高価である。また,手数がかかるため面データ完成までの期間も数か月という長期にわたる。このため実務に供される管理資料としては,対応が遅れるという問題があった。また,単なる線データをコンピュータに記憶させても,面データを作成することができないと,上述した地域や地点毎の属性を付与することができない。従って,属性によって管理する地図情報として用いることができない。このように,従来は,地図の輪郭線データを手作業で入力しなければならず,また,線データを自動的に読み取ることができるものは,その後の属性付与の処理ができないという状態であり,又,線の「切れ」の自動検出や,直角部を有するベクトル化対象物の一本の折れ線への自動一括長ベクトル化も出来ないという状況であり,一貫して自動的に地図情報を作成する方法も装置も存在しなかった。」(段落【0006】~【0008】)
ウ 「【発明の目的】本発明は,上記従来の実情に鑑みてなされたものであり,その目的とするところは,地域や地点毎に属性を付与可能なように保存した地図情報を大幅に効率良く自動的に作成することが容易にできる地図データ作成方法及び装置を提供することである。
【発明の要点】本発明は上記目的を達成するために,地形図等の原図を読み取って得られるラスターデータから二次元のベクトル線データを作成し,このベクトル線データから少なくとも点データ,線データからなる面データを作成し,この面データを構成する線データの不連続点を入力により点データ又は線データに接続して閉領域面データを作成し,この閉領域面データを入力により付与される属性データ別に記憶,表示または印刷するようにし,上記不連続点の接続に際しては,例えば複数の接続修正装置で行うようにし,不連続点には不連続点であることを報知する記号を付して表示するようにしたことを要点とする。」(段落【0009】~【0010】)
エ 「【実施例】以下,本発明の実施例について,図面を参照しながら説明する。図1は本発明に係わる一実施例の構成図である。」(段落【0011】)
オ 「同図において,画像ベクトル線データ発生装置1は,地形図等の原図,あるいは,例えば図6(a)に示すような回路配線画像等を自動的に読み込んで画像に対応する電気信号を発生するイメージスキャナ1-1,そのイメージスキャナ1-1から入力される電気信号からディジタル・イメージ信号を生成するパターン認識モジュール1-2,パターン認識モジュール1-2により生成されたディジタル・イメージ信号から細線データを抽出しベクトルデータを作成して,例えば図6(b)に示す線データ画像作成処理を行う線データ画像処理装置1-3,及びその線データ画像処理装置1-3により作成されたベクトルデータを後述する線データ画像処理用Lファイル2aとして記憶するRAM(I) 1-4からなっている。」(段落【0012】)
カ 「データ変換装置2は,その入力側に画像ベクトル線データ発生装置1が接続され,また出力側には閉領域・属性データ作成装置3が接続されている。そして,画像ベクトル線データ発生装置1から線データ画像処理用Lファイル2aを読み出して,そのLファイル2aの要素数1~nに分割された線データを解析し,折線,交点等を認識して二次元の線データに自動的に変換し,詳しくは後述する閉面データ画像処理用Dファイル2bの点データ及び二次元の線データとして閉領域・属性データ作成装置3へ出力する。」(段落【0013】)
キ 「また,図2(b)の閉面データ画像処理用Dファイル2bは,同図(a)の線データ画像処理用Lファイル2aとは全く異なるファイル構成であり,閉領域データを取り扱うための,例えばDLGファイルと同様な構成になっている。すなわち,ファイル構成を示すデータを格納するヘッダー部2b-1,折れ線の頂点や線端を示す点データを格納する点データ部2b-2,閉領域の少なくとも1つの属性を示すデータを格納する領域データ部2b-3,及び,線データを格納する線データ部2b-4からなっている。」(段落【0018】)
ク 「続いて,図3に,データ変換装置2の内部構成を示す。同図に示すように,データ変換装置2は,マイクロプロセッサからなるCPU31と,プログラムが格納されたROM(Read Only Memory)32からなる。CPU31は,ROM32に格納されたプログラムに基づいて線データ画像処理用Lファイル2aのデータを閉面データ画像処理用Dファイル2bに変換する。次に,上記線データ画像処理用Lファイル2aのデータを閉面データ画像処理用Dファイル2bに変換するCPU31の処理動作を図4及び図5のフローチャートを用いて説明する。なお,この処理は特には図示しないレジスタi及びjを用いて行われる。」(段落【0019】~【0020】)
ケ 「次に,上記面データの作成処理について,図5に示すフローチャートを用いて説明する。先ずステップS51で,上記閉面データ画像処理用Dファイル2bに作成した線データを読み出して,線分に分解する。この線分への分解処理は,上記読み出した線データを,他の線データとの接点,交点で分割して,途中に接点や交点を持たない線分に細分し,それらの各線分に線分番号を付与する処理である。」(段落【0023】)
コ 「続いてステップS52に進み,上記の線分の始点又は終点の点種を決定する。この処理は,上記線データを途中に接点や交点を持たない線分に細分する際,細分の基となった線分の始点又は終点が,孤立点(他の線データへの接続なし),分岐点(接点),又は中間点(折れ線の頂角)のいずれであったかを記録する処理である。」(段落【0024】)
サ 「次に,ステップS53で,それらの線分を始点及び終点に基づいてソートし,続いてステップS54で,それらソートした線分を一定方向に接続していく。この接続方向は,時計回り,逆時計回りいずれでもよい。線分の終点が分岐点であった場合,接続される同一始点を有する線分が複数存在する。上記接続方向が予めいずれか一定方向へ定められていることにより,それらの複数の線分の中から,共に面データを構成する線分を自動的に選択して接続することができる。」(段落【0025】)
シ 「そして,ステップS55では,接続された線分の終点の点種を判別し,最初の線分の始点と同一の座標であるか,または次に接続する線分がない孤立点であった場合は,接続処理を終了してステップS56に進む。」(段落【0026】)
ス 「ステップS56では,接続された一連の線分によって構成された面データに面データ番号を付与して閉面データ画像処理用Dファイル2bに再格納する。上記ステップS55で,接続された線分の終点の点種が最初の線分の始点と同一の座標ではなく,また,孤立点でもないときはステップS54に戻って次の線分を接続する。」(段落【0027】)
セ 「そして,同図(判決注:図7)矢印A,B,・・・Fで示される線の不連続部を所定のマークを点滅させる等して告知し,その線の不連続部が正しく閉じるように,キーボード3-3の特には図示しないカーソルキー若しくはキーボード3-3等に接続された不図示のマウス端末等により修正入力が可能なようになっている。このように修正,補完されて正しい閉領域面データとなった線データは再び閉面データ画像処理用Dファイル2bの線データ部2b-4に格納されると共に,同ファイルの点データ部2b-2の対応する点データも自動的に修正されて再格納される。」(段落【0029】)
ソ 「上記のようにして作成された閉領域のみからなる地図図形データには,キーボード3-3を用いて閉領域で示される各地域や地点を特定するために,それら地図上の閉領域に,例えば図8に示すような番号(丸で囲んで示す)が自動的に一括して順次付与される。そして,この番号が同ファイルの領域データ部2b-3の対応する位置に格納される。さらに,この番号に対して属性を示すデータを入力することにより番号により特定された地域や地点に属性が付与される。この属性データも同様に同ファイルの領域データ部2b-3の対応する位置に格納され,これにより所定の地図情報は完成する。」(段落【0030】)
(2) 構成要件1A(「地形図等の原図を読み取って得られるラスターデータからベクトルデータを作成した後」)について
特許請求の範囲及び明細書の発明の詳細な説明において,用語は,その有する普通の意味で使用し,かつ,明細書及び特許請求の範囲全体を通じて統一して使用しなければならないが,特定の意味で使用する場合には,意味を定義して使用することができるところ,「ラスターデータ」及び「ベクトルデータ」について,本件訂正明細書に特段の定義はない。そうであれば,本件特許発明1の技術分野において,「ラスターデータ」は,「1つ1つの画素の集合で表現されるデータ」などと説明され,「ベクトルデータ」は,「位置と形状がXY座標で表現されたデータ」などと説明される一般的な用語であり,本件特許発明1においても,そのような普通の意味のものとして使用されていると認めることになる。
なお,「ラスターデータ」から「ベクトルデータ」を作成する方法については,次の(3)記載のとおりである。
(3) 構成要件1B(「該ベクトルデータを線端を示す点データを含む二次元の線データに自動的に変換し」)について
ア 構成要件1Bは,上記の「ベクトルデータ」を「二次元の線データ」に自動的に変換することを規定し,また,「二次元の線データ」が線端を示す点データを含むことを規定している。
イ 構成要件1Bの「該ベクトルデータ」は,構成要件1Aの「ベクトルデータ」であると理解できるが,「ベクトルデータ」から変換される「線端を示す点データを含む二次元の線データ」は,地形図等を読み取って得られる本件特許発明1におけるベクトルデータ自体が「二次元」の「線データ」といえるものであることなどから,変換前の「ベクトルデータ」と何が異なるかが特許請求の範囲の記載からは一義的に明らかでない。そして,本件訂正明細書の発明の詳細な説明においても,「二次元の線データ」についての直接的な定義はない。
もっとも,発明の詳細な説明の実施例の説明には,ベクトルデータである「線データ画像処理用Lファイル2a」(前記(1)オ)を読み出して,「要素数1~nに分割された線データを解析し,折線,交点等を認識して二次元の線データに自動的に変換し」(同カ)との記載があり,その「二次元の線データ」が「閉面データ画像処理用Dファイル2bの点データ及び二次元の線データ」となり(同カ),その「閉面データ画像処理用Dファイル2b」に作成した線データを読み出して,後記(4)のとおり,線分への分解を行うという構成要件1Cに規定する工程が行われている(同ケ)。
そうすると,「二次元の線データ」は,構成要件1Aの「ベクトルデータ」から,その後の処理に使用するために変換されたデータについて,これを「ベクトルデータ」とは区別する意味で,「二次元の線データ」といっているものと理解することができる。
ウ 構成要件1Aは,「ラスターデータ」から「ベクトルデータ」の作成を規定するが,その作成の方法について規定するものではない。他方で,構成要件1Bについては,「ベクトルデータ」を「二次元の線データ」に「自動的に」変換することを規定している。
そして,本件訂正明細書の発明の詳細な説明によれば,本件特許発明1は,属性を付与可能なように保存した地図情報を効率良く自動的に作成することが容易にできる地図データ作成方法,装置を提供することを目的とするものであるとされ(前記(1)ウ),従来技術として,デジタイザを使用した入力により面データを作成する方法が挙げられるとともに,これが手数,費用等がかかるなどの欠点があったこと,「単なる線データ」は「面データ」と扱われなかったことが記載(同イ)されている。
これに,本件訂正明細書の【発明の要点】(同ウ)の記載や構成要件1Cの「座標上の線分」が途中に接点等を有さない線分とされ(後記(4)),構成要件1Dの「面データ」がその「座標上の線分」の組合せとされること(後記(5))も総合すると,本件特許発明1は,「閉領域面データ」を作成するに当たって,デジタイザによる入力ではなく,「ラスターデータ」から作成した,線データである「ベクトルデータ」を利用し,それを「二次元の線データ」に「自動的に」変換し,さらにそれを交点等を有さない線分である「座標上の線分」に変換し,閉面を構成していないときも含めてその「座標上の線分」の組合せを「自動的」に作成し,線分の組合せが閉面を構成していないときは,不連続点を報知して,容易に属性データ付与可能な閉領域面データを作成するというものであると認められる。他方,本件訂正明細書においても,「ラスターデータ」から,途中に接点等を有さない線分である「座標上の線分」を作成,変換する過程について,従来技術との関係で新たな課題を解決したことが記載されているものではない(もっとも,訂正により,ベクトルデータから二次元の線データへの変換については,「自動的」な方法に限定されている。)。
そうすると,前記の従来技術として記載されたところとの対比においても,本件特許発明1については,「ラスターデータ」を利用して,途中に接点等を有さない線分である「座標上の線分」を作成することができれば,本件特許発明の課題を解決することができると認められるのであって,「ラスターデータ」から「座標上の線分」を作成するまでの過程自体が課題とされたものではなく(ただし,訂正により,「ベクトルデータ」から「二次元の線データ」への変換は「自動的に」行われるものに限定されている。),上記工程については,その工程を経ていれば,(上記「ベクトルデータ」から「二次元の線データ」への変換が「自動的」であることを除き)その工程の過程において人手を利用する作業工程を含むとしても,本件特許発明1の技術思想に直ちに反するものとは認められない。
したがって,本件特許発明1において,「ラスターデータ」から「ベクトルデータ」,「二次元の線データ」から「座標上の線分」を作成,変換する各過程において,それを機械により自動的に行うことが考えられるのであるが,本件特許発明1は,そのような場合に限られず,その作成,変換過程において,人手を利用するものを直ちに除外するものではないと解され,また,このことは,これらの作成,変換について,「自動的」に行うという規定が特許請求の範囲に必ずしも規定されていないこととも整合する。
本件訂正明細書においては,実施例において,「ラスターデータ」から「ベクトルデータ」の作成については,原図を自動的に読み込んで画像に対応する電気信号を発生させるイメージスキャナを用い,パターン認識モジュールによりディジタル・イメージ信号を生成し,そのディジタル・イメージ信号から,細線データを抽出してベクトルデータを作成する処理が記載され(前記(1)オ),「ベクトルデータ」から「二次元の線データ」の変換については,CPU31が,ベクトルデータに対応する「線データ画像処理用Lファイル2a」から「二次元の線データ」を含む「閉面データ画像処理用Dファイル2b」に変換を行い,その処理動作を表すものとして図4のフローチャートのステップとして記載されていて(同ク),「二次元の線データ」から「座標上の線分」への変換についてもフローチャートが記載されるなどして(同ケ),いずれも,人手を利用することが直接,記載されているものではないが,これらは,データの作成,変換についての一実施例として記載されたものと認められる(ただし,「ベクトルデータ」から「二次元の線データ」への変換については,自動的に行われるものに限定される。)。
エ なお,本件訂正明細書の実施例においては,Lファイル2a及びDファイル2bとの名称のファイルが記載され,その構成が規定されている(前記(1)キ等)が,それらのファイル名やその定義が特許請求の範囲に記載されたものではなく,構成要件1Bについて,明細書の実施例として記載された具体的なファイルに限定してその変換をいうものでないことは明らかである。この点については,後記2でも再度検討する。
(4) 構成要件1C(「それらの二次元線データを座標上の線分に変換し,」)について
ア 構成要件1Cの「二次元線データを座標上の線分に変換」は,前記構成要件1Bにおいて規定されている「二次元の線データ」を「座標上の線分」に変換することを規定する。しかし,ベクトルデータがそもそも座標で表現されたものであって,それを「二次元の線データ」に変換し,さらにそれを変換したという「座標上の線分」という用語が,本件特許発明1の技術分野において,普通の用語であるとか,技術常識により定まるものとは認められず,「座標上の線分」の意味も,データを座標上の線分に変換するとの意味も一義的に明らかでない。
イ 本件訂正明細書に,「座標上の線分」や,「二次元線データを座標上の線分」に変換することの定義はないし,座標上の線分との用語も記載されていない。
本件訂正明細書の実施例における説明のうち,段落【0023】から【0025】には,面データの作成処理についての説明があり,ステップS51で,「二次元の線データ」である「閉面データ画像処理用Dファイル2b」に作成した線データを読み出して,「線分」に分解すること,この処理は,「線データ」を,他の線データとの接点,交点で分割して,途中に接点や交点を持たない線分に細分することが記載され,ステップS52では,上記細分化された線分の始点,終点が,他の線データへの接続がない孤立点,接点である分岐点,折れ線の頂角である中間点のいずれかを決定し,記録することが記載され,ステップS53で,それらの線分を始点及び終点に基づいてソートし,ステップS54でソートした線分を一定方向に接続していくことが記載されている(前記(1)ケ~サ)。
上記の実施例における説明のうち,ステップS54以下は,線分を一定方向に接続していくことが記載されているところ,構成要件1Dが線分の所定方向への接続を定めるものであることから,構成要件1Dに対応し得るものと理解できるが,構成要件1Cが記載する「二次元線データを座標上の線分に変換し」について,本件訂正明細書の発明の詳細な説明においても,「座標上の線分」という用語がそもそも用いられていないのであるから,本件訂正明細書を参酌しても,その内容が直ちに明らかになるものではない。
もっとも,構成要件1Cは「二次元線データ」から変換された後のものが「線分」であることを規定するところ,ステップS51には,「二次元の線データ」を利用して「線分」に分解することが記載されており,ステップS54が「線分」を所定方向に接続していくことを規定し,構成要件1Dに対応し得ることからも,構成要件1Cの「線分」は,ステップS51にいうような,他の線データとの接点,交点で分割して,途中に接点や交点を持たない線分であると理解することができるので,構成要件1Cの「二次元線データを座標上の線分に変換」とは,「二次元の線データ」について,途中に接点や交点を持たない線分とする工程であると一応理解することができる。
ウ 他方,上記実施例では,ステップS51の後に,構成要件1Dに対応し得るステップS54までの間に,ステップS52,53が記載されていて,それらのステップにおいて,ステップS51により細分化された線分について,さらに,線分の始点等の性質を「決定」,「記録」し,また,線分を「ソート」することが記載されている。
しかし,上記工程については,構成要件1Cの「二次元線データを座標上の線分に変換」という,「座標上の線分に変換」という工程に文言上,直ちに含まれるものではないし,また,そもそも,「座標上の線分に変換」することの定義は本件訂正明細書にもないのであり,明細書の記載を参酌しても,特許請求の範囲に記載された「座標上の線分に変換」とは,上記イのとおり,途中に接点や交点を持たない「線分」に変換するものと理解できる以上,線分に変換した後の,線分に変換することとは別の工程として記載されている,線分の始点等の性質を「決定」,「記録」することなどが,構成要件1Cの「二次元線データを座標上の線分に変換」という工程に直ちに含まれるものであるとは認められない。
(5) 構成要件1Dの前半(「該線分を所定方向に接続し,終点が始点と一致したときはそれらの線分からなる面データの閉領域データを自動的に作成し,」)について
構成要件1Dの前半は,「所定」との意味が,「定まっていること。定まってあること。」(広辞苑第6版)という普通の用語であり,本件訂正明細書においても,「・・・線分を一定方向に接続していく。この接続方向は,時計回り,逆時計回りいずれでもよい。」(前記(1)サ)として,「所定」に対応するものとして,「一定方向」に接続していくと記載されていることにも照らしても,構成要件1Cの「座標上の線分」について,あらかじめ定められた一定の接続方向に接続していって,その終点と始点が一致したときは,それらの線分の組合せについて,面データの閉領域データとして,これを自動的に作成するものであることを規定していると認められる。
そして,ここでいう「線分からなる面データ」とは,構成要件1Dの後半で,始点と終点が一致しないときにも「線分からなる面データ」が作成されることからも,線分を所定方向に接続することによって構成される一本以上の線分の組合せをいうものと解することができる。
(6) 構成要件1Dの後半(「終点が始点と一致しないときはそれらの線分からなる面データを自動的に作成して,」)について
上記(5)及び本件訂正明細書の記載に照らせば,構成要件1Dの後半は,「座標上の線分」について,あらかじめ定められた一定の接続方向に接続していって,その始点と終点が一致しないとき,それらの線分の組合せについても,面データとして,これを自動的に作成するものであると理解することができる。
なお,ここでは,データの「作成」をすることが規定されているのであり,構成要件が規定するのはデータの「作成」であり,「記憶」等ではない。
(7) 構成要件1E(「該面データの前記不連続となる始点及び終点を報知表示し,」)について
ア 本件特許発明1は,「座標上の線分」をあらかじめ定められた一定の接続方向に接続していって,その始点と終点が一致しないときでも,それらの線分の組合せを面データとして作成するのであるが,構成要件1Eは,そのような線分の組合せにおいて,不連続となる始点と終点について,知らせるための表示を行うものであると認められる。
本件特許発明1において,構成要件1Dまでが面データ,すなわち,線分の組合せの作成に係る構成であるが,構成要件1Eは,そのように作成された線分の組合せについて,始点と終点が一致していないときに,これを「不連続となる始点及び終点」として,報知表示することを規定しているのであって,構成要件1Dが規定している,線分を「所定方向に接続」するという工程とは別個の工程である。報知表示するためにどのように「不連続となる始点及び終点」を発見するかが,特許請求の範囲において一義的に直接,記載されているものではないし,その発見のために,線分の「所定方向の接続」などの作業を規定するものではない。
そして,本件訂正明細書の第1の実施例には,「不連続となる始点及び終点」を発見するための具体的な手法についての記載はなく,第2の実施例とされているものにおいては,不連続部の修正作業に関連し,点データへ接続する線データの本数を検出して孤立点を検出することが記載されている(段落【0042】)。
イ 構成要件1Eの「不連続となる始点及び終点」について,具体的に特許請求の範囲には,「終点と始点が一致しない」としか規定せず,そもそも,始点と終点をどのような方法で決定するかが明らかでないので,どのような点を「不連続となる始点及び終点」とするかが,必ずしも一義的かつ明確に決まるものではない。
しかし,本件訂正明細書の実施例において,ステップS55で,他の線データへの接続がなく,点データから出る線データが一本のみである「孤立点」であれば,ステップS56に進むとしていること(前記(1)シ),第2の実施例とされているものにおいて,「検出された孤立点(不連続点)座標)」(段落【0038】)として,孤立点を不連続点と記載していること,他方,「分岐点(接点)」(同コ)として挙げられている点を「不連続となる始点及び終点」とすることについての記載,示唆はないし,「分岐点」のように複数の線分に接続する点を「不連続となる始点,終点」とするような始点,終点の決定方法をあえて想定する根拠が実施例も含めた本件訂正明細書に記載されているものでないことに照らすと,「不連続となる始点及び終点」は,点データから出る線データが一本のみである孤立点と一致するものと一応認められる。
(8) 構成要件1F(「該不連続点から任意の点又は線へ接続する線データを入力に基づいて生成することにより該面データに対応する閉領域データを作成し」)について
構成要件1Fの「該不連続点」とは,構成要件1D,1Eなどに照らしても,所定方向に接続していった線分の組合せにおいて,始点と終点が一致しないときのそれら「始点」,「終点」をいい,報知表示されている点であって,構成要件1Fは,それらの点について,任意の点,又は線に接続する線データを入力して,これを生成し,これについて,その線分の組合せについて,始点と終点が一致する線分の組合せである閉領域データを作成することを規定しているものと解釈できる。
ここで,構成要件1Eと同様,この工程は,線分の「所定方向の接続」を規定する構成要件1Dとは別個の工程であり,線データの入力について,線分の「所定方向の接続」と同様の工程を経ることが規定されているものではない。
(9) 構成要件1G(「上記各閉領域データに属性データを付与可能にして該閉領域データを記憶,表示又は印刷する。」)について
これは,構成要件1D前半において自動的に作成された閉領域データ及び構成要件1Fにおいて作成された閉領域データについて,属性データを付与することが可能になるようにし,閉領域データについて,記憶,表示,印刷することを規定しているものと解される。
構成要件1Gにおける「属性データを付与可能」とすることについて,実施例には,閉領域に,番号が自動的に一括して順次付与されること,番号に対して属性を示すデータを入力することにより,番号により特定された地域や地点に属性が付与されることが記載されているが(前記(1)ソ),これは,閉領域データに属性データを付与可能にする一方法を示したものと理解でき,属性データを付与可能にする方法が,上記実施例のように,番号を自動的に一括して順次付与することなどによりされるものに限定されるものとは認められない。なお,この点は,後記5でも再度検討する。
(10) 本件特許発明1の要旨は上記のとおりであり(基本的に前判決が認定したとおりであって,同認定は合理的であり,これを覆すに足りる証拠はない。),以上を前提として,原告らの主張する取消事由の有無につき検討することとする。
2 原告エン企画が主張する取消事由1(本件特許発明1の「二次元の線データ」及び「座標上の線分」等の認定の誤り)について
(1) 原告エン企画は,本件特許発明1の「二次元の線データ」及び「座標上の線分」はトポロジー構造を有するものであって,その具体的な構造に何ら限定がないとする審決の認定は誤りである旨主張する。また,原告エン企画は,前判決における「二次元の線データ」の認定につき,法的な拘束力はない(前判決は,この点を理由として前審決を取り消したものではない。)から,裁判所が本訴において改めて厳密な解釈を行うことも許される旨主張する。
(2) しかし,本件特許発明1の請求項1には,「二次元の線データ」や「座標上の線分」につき,原告エン企画が主張する「トポロジー構造のファイル」や,「点データと関連付けられ,面データを構成できる機能を有する」ことについては記載がなく,原告エン企画の上記主張は,特許請求の範囲の記載に基づくものではない。
そして,本件訂正明細書(丙40)上においても,「二次元の線データ」や「座標上の線分」につき明確に定義する記載はない。
もっとも,同明細書(丙40)の実施例では,「二次元の線データ」は,段落【0013】の2箇所に記載されており(前記1(1)カ),ここでは,Lファイル2aの要素数1~nに分割された「線データ」を解析して,Dファイル2bの「点データ及び二次元の線データとして」出力することが記載されている。この実施例では,「二次元の線データ」がDファイルの一部であるとされているが,特許請求の範囲において何ら限定がないにもかかわらず,上記実施例の記載のみをもって,原告エン企画が主張するように,本件特許発明1の「二次元の線データ」や「座標上の線分」が「トポロジー構造」を有するなどと認定することはできない。
このほか,原告エン企画は,「トポロジー構造を有する面データを作成するには,基となる『二次元の線データ』もトポロジー構造を有する必要がある」旨主張する。
しかし,仮に,「面データ」がトポロジー構造を有するとしても,これによって直ちに,そのような「面データ」を生成する基となった「二次元の線データ」もトポロジー構造を有するとはいえない。
(3) なお,原告ペンタくんも,原告エン企画の上記主張と同様の主張をする(ただし,原告ペンタくんによれば,これは独立した審決取消事由ではないとのことである。)が,上記同様,理由がない。
(4) 以上のとおり,本件特許発明1の「二次元の線データ」及び「座標上の線分」はトポロジー構造を有するものには限定されず,この点に関する原告エン企画の主張は理由がない。
3 原告エン企画が主張する取消事由2及び原告ペンタくんが主張する取消事由1(相違点1についての容易想到性の判断の誤り)について
(1) 原告らは,いずれも,「ベクトルデータにつき,その後の処理に使用するために『線端を示す点データを含む』二次元の線データに自動的に変換する」という構成要件1Bの容易想到性を否定し,被告らが提示した各種文献(甲4(乙10),甲7,9,乙11,甲2のDXFARCコマンドに関する部分。なお,本判決においては,英語の文献は日本語訳(甲4の1等)を引用する。また,本判決で指摘する各種文献のうち甲39以外の文献(英語の文献については原文献を指す。)が,いずれも本件特許の優先日前に刊行・公表されたことに特段争いはない。)は,いずれも本件特許発明1とは異なる技術を開示するにすぎない旨主張する。
しかし,本件特許発明1の構成要件1Bの容易想到性を検討する上で,各文献が,それ自体で構成要件1Bをすべて開示しているかではなく,そのような構成を採るための示唆があるかを問題にすべきものであって,各文献が示す技術が具体的な構成において本件特許発明1とは異なる旨の原告らの主張部分は理由がない。
そして,大量のデータ変換を手作業で行うことが煩雑であることは自明であって,このような作業を自動化しようと試みることは当然であるといえ,甲5(コンピュータ・マッピング入門)上の「カナダでCGISとCANSYS間でデータ交換の必要が起きたが,論理的な変換が不可能であったため,いったんXYプロッタで出力した地図をディジタイザで入力したという冗談みたいな話がある。」との記載(189頁)も,データ変換を自動的に行うよう試みることが技術常識であったことを示す記載といえる。
また,乙10(入門地理情報システム)に「アーク・ノードデータ構造では・・・点が重要な基本的構成要素である。アークは一連のx-y座標対で定義される独立した線分である。ノードはアークの端にあり,アークの交点をなす。線の端点であるノードと線に関係のないノードを明確に区別することもある。ポリゴンは,複数のアークで完全に囲まれた領域である。したがって,ノードは二つ以上のアークに,またつながっている二つ以上のポリゴンに共有される。」と記載されている(乙10の1の41ないし42頁)ことからすれば,アーク・ノード構造のデータが「線端を示す点データ」を含むことが明らかである。さらに,乙10においては,全ポリゴン構造のデータをアーク・ノード構造に変換することについても検討されている(乙10の1の64頁)。
このほか,データの表現形式を変換すること自体は,乙10の「6.1.1 データ構造変換」(乙10の1の62ないし68頁),甲5(コンピュータ・マッピング入門)の「1 データ交換の必要性」(189ないし190頁),「CADデータ入力を効率化,図面の自動入力装置に脚光」と題する論文(甲31の75頁。「最後にベクトル化したデータをユーザーが持つCADシステムに合わせたフォーマットに変換して,データをCADシステムに渡す。コンピュータ・マッピング・システムの場合も手順は同じである。」)等にも記載されているように,普通に行われていることにすぎない。
以上からすれば,「ベクトルデータにつき,その後の処理に使用するために『線端を示す点データを含む』二次元の線データに自動的に変換する」という本件特許発明1の構成要件1Bは容易想到であったというべきである。
(2) 原告らは,いずれも,「『二次元の線データ』につき,途中に接点や交点を持たない線分とする」という構成要件1Cの容易想到性を否定し,被告らが提示した甲7,9,乙11は,いずれも上記容易想到性を肯定する根拠とならない旨主張する。
しかし,上記(1)同様,各文献の位置付けについての原告らの主張は採用できない。
そして,甲2(ARC/INFO Users Guide Volume 2)(ARC/INFO 第2巻)に,CLEANコマンドに関して「CLEANはカバレッジ・ノードとポリゴンを明確にするためにカバレッジ・アークとラベル点に幾何学的解析を実行してポリゴンおよびアーク・ノード・トポロジーを構築します。CLEANによって行われる具体的な幾何学的解析は次のとおりです。」「CLEANはアーク間の交点を見つけ,アークを分析(判決注:「分割」の誤りと解される。)し,交点にノード(アークの終点)を作成します。」との記載がある(126頁)ことに加え,甲2がユーザーズガイドであることからすれば,アーク間の「交点」で分割し,同交点にノード(アークの終点)を作成することは周知であったといえる。
このほか,乙11(特開平1-274285号公報)には,「第2図は,本発明による図形データ処理工程の一例を示す説明図である。図(イ)に示すような境界図形が第1の記憶部21にあると,まず,第1の回路11ですべての境界図形を閉図形とし,第2の回路12で曲線の折れ線近似を行い,その交点,接点における分割処理を行ったのち,それらのベクトル線分に対し,図(ロ)に示す如く,第4の回路14により,属性としてのカウント値を,周辺部にあっては1,内部にあっては2だけ付与する。」との記載がある(3頁左下欄~右下欄)。乙11に開示された上記技術では,線分への分割前に境界図形を閉図形としており,本件特許発明1とはデータのフォーマット上の差異もあるが,いずれにしても,乙11には,交点,接点における線分への分割処理が記載されているものである。
以上の甲2のCLEANコマンドに関する記載や乙11上の記載からすれば,「『二次元の線データ』につき,途中に接点や交点を持たない線分とする」という本件特許発明1の構成要件1Cは容易想到であったというべきである。
(3) 原告らは,本件特許発明1の構成要件1Bないし1Dは,共通の目的のための一連の構成要件であって,いずれも単独では課題解決に意味をなさないにもかかわらず,被告らが構成要件1Bないし1D全体の容易想到性を論じていないことを不当であると主張する。
しかし,そもそも審決の取消しを求める以上は,審決自体の問題点を指摘すべきであって,被告らの主張の問題点を指摘しても意味がない。
原告らの主張が審決自体の問題点を指摘する趣旨であったとしても,審決は,構成要件1Bないし1Dの各要件ごとに全く独立して容易想到性を判断しているのではなく,本件特許発明1の全体を考察するについて,単に,便宜上,クレームの記載を分説して判断しているだけであり,このような審決の採用した容易想到性に関する判断方法は何ら不当ではない。
(4)ア 原告エン企画は,甲2発明においては「キー値」の入力を必要とする(すなわち,トポロジーを有する面データの作成が自動的に行われてはいない)から,ベクトルデータのみからトポロジーを有する面データ作成を自動的に行うための構成である本件特許発明1の構成要件1B,1Cを想到するのは容易ではないと主張するので,検討する。
イ 甲2には,「ユーザーが利用することのできる第3の論理装置は,座標入力装置です。座標入力装置は,ユーザーのディスプレイ画面上のカーソルの位置,またはデジタイザー上に貼られた地図の位置を定めて入力するために使用します。座標入力装置は,2つの情報,すなわちカーソルの位置のx,y座標値とカーソルの位置を入力するために使われるキーをARC/INFOに送ります。特別なキー番号を使うことが重要であり,キー番号がソフトウェアに実行するべきことを伝えます。例えば,1本のアークを入力するためには,カーソル上で2のキーを使えば,アークを開始し,1のキーはアークに沿ってバーテックスをデジタイズするために使われ,再び2のキーを使えば,アークを終了します。様々なサブシステムにおいて12までの異なるキーが,コーディネート装置で使われます。ARCEDITのコマンドは,多くのキーオプションをもちます。とりわけ,アークの追加と編集に関して多いようです。」との記載があり(8-6頁),同記載からすれば,甲2における「キー値」は,座標入力装置によって,xy座標値とともに入力される数値で,キー値「2」は,1本のアークの入力の開始と終了を表し,キー値「1」は,アークに沿って入力途中であることを表すものであり,甲2におけるキー値入力は,デジタイザ等による座標値の入力と同時に行われるものといえる(座標値入力とキー値入力とが異なる時点で行われる旨の記載や示唆は全くない。)。
一方で,本件特許発明1の構成要件1Aは,ラスターデータからベクトルデータの作成に関する構成で,構成要件1Bは,ベクトルデータから二次元の線データへの「自動的な」変換に関する構成である。
そうであるとすれば,甲2の「キー値」入力は,座標値入力と同時に行われるのであるから,本件特許発明1の構成要件1Aに対応することになるところ,本件特許発明1の構成要件1Aにおいては,ラスターデータからベクトルデータを作成する具体的な方法につき特定はない(構成要件1Bにおいては,訂正により「自動的に」という限定がされたが,構成要件1Aについては,このような限定はされていない。)から,キー値の入力の有無は,そもそも甲2発明と本件特許発明1との相違点とはならないものである。
ウ 仮に,本件特許発明1において「オンスクリーン入力方式」という手動入力方式を採った場合,①ユーザーが最初に指定した点,②その後に指定した点,③ユーザーが最後の点として指定した点の各入力作業が必要である(この点は,被告らと原告エン企画との間で争いがなく,被告らと原告ペンタくんとの間では弁論の全趣旨によって認められる。)。
他方で,甲2の「キー値」入力においては,キー値「2」の入力が上記①及び③に対応し,キー値「1」の入力が上記②に対応するから,仮に本件特許発明1においてオンスクリーン入力方式を採った場合には,キー値によってアークの始点・終点等を指定するのと同等の作業が必要ということになる。
したがって,甲2発明において,手動入力方式を採った場合にキー値の手入力を必要とするとしても,本件特許発明1においても,仮に手動入力方式を採った場合には,キー値に相当する情報の入力が必要であって,この点は,両者の相違点とはならない。
エ 甲2には,「スキャニング(走査)地図をスキャンニングして,ラスター値(ON/OFF)を一連の座標に変換する(ラスターベクトル変換です)装置によって実行されます。ARC/INFOはそのような座標を,デジタイザーで入力された座標と同じように取り扱います。」との記載がある(4-6頁)ところ,審決が引用発明(甲2発明)として認定した発明は,入力にスキャニングを用いるラスターベクトル変換(自動変換)方式のものである(前記第2の3(2)イ参照)。
甲2には,自動変換方式を用いる場合において,キー値の手入力の要否については明示されていない。しかし,上記のとおり,甲2において,地図をスキャニングして「ラスターベクトル変換」により「一連の座標に変換」していること,ARC/INFOでは,このような座標をデジタイザーで入力された座標と同様に取り扱うことに加え,丙20(甲2(ARC/INFO 第1巻)の全文)には「デジタイザーのカーソルボタンを押す度に,新しいx,y座標(バーテックス)がフィーチャーに追加されます。アークをデジタイザー入力するには,トレースする時にアークに沿ってとびとびにカーソルキーを押します。」との記載があり(10-3頁参照),デジタイザ入力では,アーク(始点と終点を有する線データ)が入力されているものである。
また,乙14(特開昭60-195675号公報)には,「電子計算機システムを利用した画像処理においては,・・・たとえば被処理画像が道路地図等の線図形の場合には,これを図形構成画素を”1”とし背景構成画素を”0”とする2値画像データに変換したあと,これをたとえば折点・分岐点および交差点等(以下屈曲点と総称する)ならびに端点等を境界として部分線図形に分割し,各々の部分線図形をベクトルデータに変換すること」との記載があり(1頁左欄の下から1行目~右欄11行目まで),添付図面(第1図)において「端点抽出回路3」との記載がある。そして,乙15(特開昭61-5375号公報)の【従来の技術】欄には,「・・・図において・・・2は画像メモリ1に記憶された第4図(a)に例示するような画像データ・・・の輪郭を追跡して,接点・・・および屈曲点・・・を抽出し記憶する端点抽出部であり・・・」との記載があり(2頁左上欄10行以下),添付図面(第3図)において「端点抽出部2」との記載がある。すなわち,乙14,15には,端点や屈曲点(折点,分岐点,交差点)の間を1単位として,当該単位ごとにベクトル化することが記載されているといえる。
このほか,前出の甲31において,「これに対し,ANA Tech図面自動入力システムでは,専用のハードウエアにより読み込みと同時にベクトルの始点,終点,交差点を検出し」との記載がある(78頁~79頁)ほか,スキャナーで読み込まれたラスターデータのベクトル化により,始点と終点の座標を抽出することが記載されている(82頁図A)。
以上の記載を総合して得られる技術水準を前提とすると,スキャナー入力でラスターデータからベクトルデータを作成する場合,一定のルールに従って1レコードに収めるべきデータの範囲を決定しているため,「キー値」ないしそれに相当する情報の手入力は不要と認められ,甲2においても,スキャナー入力の場合には,キー値の手入力は不要である。
オ このほか,原告エン企画は,分岐点にノードを置かなければ二重アークが生じる旨主張する。
確かに,丙38には,重複したアークが作成されることを防ぐ方法等が記載されているが,これは,スキャン入力時に(ラインの分岐点ではなく)ラインの中間点からトレースを開始すると,重複したアークが作成される可能性があるとの記載であって(丙38の122頁参照),あくまで同じ位置を重複してスキャンすることによる問題であり,分岐点にノードを置くか否かとは直接関係がない。
もっとも,前記(2)のとおり,ARC/INFOにおいては,CLEANコマンドの実行により,アーク間の交点にノードを自動的に作成することが可能であるから,そもそも原告エン企画が主張するような二重アークは生じない。
カ また,原告エン企画は,「キー値を誤ると複数のアークが1本のアークに連結するなど不正結合が生じるため,キー値は人間が判断するしかなかった」とも主張する。
しかし,「不正結合」とは,入力を誤ったことによる不具合であるため,人間が入力を誤った場合でも発生するものである(例えば丙24の67頁参照)。そして,自動的な処理においてエラーが生じた場合,人がそのエラーを補助的に修正することは普通に行われていることからしても,「キー値は人間が判断するしかなかった」とはいえない。
キ 原告エン企画は,前判決の認定からしても,甲2発明はベクトルデータから面データ作成を自動的に行うものではなく,キー値を手入力する必要があると主張する。
しかし,前判決(66頁参照)は,「(前)審決は,『フィーチャーを定義してトポロジーを生成し』と認定しているのであって,甲2発明として,ラスター/ベクトル変換で得られたベクトルデータから自動的にフィーチャーを定義できるとの発明を認定したとは認められない」とするのみであって,甲2発明がベクトルデータから面データ作成を自動的に行うか否かにつき明示的に判断したものではなく,この点に関する本判決の認定と前判決の判断が矛盾するものではない。
ク 原告エン企画は,「ノードを配置すべき座標を人間の判断で入力する技術しか開示されていない甲2から,線データ(ベクトルデータ)のみからトポロジー構造を有する面データを自動的に作成するという本件特許発明1のコアともいうべき構成要件1B,1Cに係る構成を容易に想到できるはずがない。」と主張する。
しかし,前記イのとおり,キー値の入力は,構成要件1Aに係る部分であって,これが構成要件1B,1Cに係る部分であることを前提とする原告エン企画の上記主張は,前提を欠くものである。
ケ 以上のとおり,「キー値」の入力の有無は,そもそも甲2発明と本件特許発明1との相違点とはならない上,いずれにおいても,仮に手動入力方式を採ればキー値やこれに相当する情報の手入力が必要になり,自動変換方式を採れば手入力は不要になるものであって,キー値に関する原告エン企画の主張は理由がない。
(5)ア 原告エン企画は,ラスターデータから取得した座標点列にすぎないベクトルデータからトポロジーを有する面データを得ることは不可能であり,そのような面データを作成するにはトポロジーデータの手入力が必要であるとの固定観念が存在したものであって,甲2発明もそのような固定観念にとらわれている旨主張し,その根拠として各種文献(丙17ないし19,24ないし26等)を挙げるので,検討する。
イ 丙17(数値地図ユーザーズガイド)の図1-9に,デジタイザ入力に関し,「ノード計測」や「左・右ポリゴンID入力」等の記載があり,丙18(国土数値情報)の「例4 道路の計測」に,(デジタイザ入力に関し)「まず道路と図郭線との交点,道路の交差・分岐点,路線の始終点,道路施設等の変化する点等に直径1mmの円を記入する。これをノードと言い,2つのノードの間を結ぶ道路の区間をアークと言う。」との記載がある(24頁)。このように,丙17,丙18には,デジタイザ入力において「ノード」入力が必要である旨が記載されているといえる。
しかし,他方で,乙23(ARC/INFOユーザーマニュアル バージョン3)には,「デジタイジング・・・ 手作業によるデジタル化は時間がかかり,単調な作業である。ARC/INFOはマップフィーチャーを自由な形でデジタイズするので手作業に比較して簡単である。例えば,ラインは『スパゲッティ』としてデジタイズでき,ラインが他のラインと交差する位置を定義する必要がない。」と記載されており(30頁),甲2より前のバージョンのARC/INFOにおいて,デジタイザ入力の場合も,交点の入力は必須ではなかったと認められる。
なお,原告エン企画は,丙20の5-3頁にも,ノードがトポロジーデータであることが記載されているとも主張するが,いずれにしても,上記のとおり,デジタイザ入力の場合に常にトポロジーデータの入力が必須であるとは認められない。
また,そもそも,前記(4)エのとおり,スキャナー入力では,キー値等の手入力は不要である。
ウ(ア) 丙24(東京都都市計画地図情報システム開発調査報告書)(なお,丙25は丙24の概要版である。)には,以下の記載がある。
a 「オート・デジタイズ」
(a) 「作業方法」
「・・・スキャナを用い既成図をラスタ・データとして入力し,ラスタ/ベクタ変換によって,ベクトル・データを生成する。生成されたベクトルデータに対し,属性を付加する。」(68頁)
(b) 「特徴」
「地図図式から自動的に構造(データ種別)を分ける技術が未発達であり,現在のところ,建物について実用化されているにすぎない。このため,あらかじめ入力原図を作成し,構造(データ種別)を分ける必要がある。」(68頁)
b 「実験フロー」
「西新宿方面約1km2について航空写真よりディジタルマッピング手法により,真位置データファイルを作成する。さらに地形図として図式表現した原図の作成を実施する。ハンドデジタイズ及びオート・デジタイズの両手法は,この原図を用いてデータ入力を行なうことになる。ハンド・デジタイズの場合,地形図として表現されたデータの内容全てを網羅することは人的作業において不可能であるため,建物データの収得にとどめた。オートデジタイズ手法では全てのデータを一律に組み込み,ベクトル化を図ることになり,図式表現された地形図が,属性をもたない線データとして,認識された。」(69頁)
c 「実験結果」
「データ量」
「それぞれの手法によるデータ量は以下のようになった。」(70頁)
以下省略
判決注:DM(デジタルマッピング)データについては,線データ及びセグメント数につき,建物データが「内数」として記載されており,他方で,「オート・デジタイズ」については,線データ及びセグメント数について,「内数」の記載がない。
d 「データ乖離量」
「ハンド・デジタイズとDMデータから建物データを面として扱い,DMデータを基準にしたデータ乖離量を求めた。
オート・デジタイズによるデータは,建物データという意味の属性がついておらず,また面的な認識もできないため,比較の対象とはしなかった。」(71頁)
(イ) 原告エン企画が指摘するとおり,丙24には,「オート・デジタイズ」によるデータは面的な認識ができないとの記載がある(上記(ア)d参照)。
しかし,上記記載は,西新宿の航空写真に基づいて,実験的に作成したある地図データ(建物データの線データと他の属性のデータの線データが混在した地形図データをそのままオートデジタイズしたデータ)につき,建物データという属性がついておらず,面的な認識ができないという事例の紹介にすぎず,この記載により,およそオートデジタイズデータにつき,一般的に面的な認識ができないものと認められるものではない。
そもそも上記(ア)a(b)からすれば,建物データを分ける技術は丙24作成時において既に実用化されていたものであって,「建物データを面として扱う」こと自体は可能であったものと認められる。
そして,上記(ア)dのとおり「面的な認識ができない」理由については丙24上に明確な記載がないものの,例えば,建物以外に道路等のデータが混在する地形図では,各属性のデータが混在しており,入力データが不適切なことが原因で,面データが認識できなかったものと推測される。
このほか,丙24には,「オート・デジタイズ手法によるベクトル・データは,白図のラスターデータを圧縮したものとみることができる。また図形毎に階層化した属性が与えられないため(別版にして入力すれば可能である)単なる背景としてしか利用できないという弱点を持つ。」との記載もある(72頁)ことからすれば,「地図を複数の別版にすれば属性を付与できる」ものと認められる。
エ 丙26(被告株式会社パスコの担当者の発表論文)には,「またスキャナによるデータをARC/INFOへ取り込む研究も積極的に行っている。」との記載がある(70頁右欄)。
しかし,丙26には,「トポロジ・データは,内部ID番号を用いた表として自動生成される。」との記載(67頁右欄),「このような特徴は,スキャナにより入力されたデータを扱う際に,非常に有効となる。」との記載(69頁左欄),「これらの機能は,図10に示すARC/INFOのモジュールによりサポートされている。」との記載(70頁左欄)のほか,図10には,ARC/INFOのモジュールとして,「デジタイザ」等とともに「スキャナ」の記載がある(70頁左欄)ことからすれば,ARC/INFOにはスキャナーによるデータを取り扱う技術が既にあったものと認められる。
オ 丙19(「4色問題の数値地図への適用」と題する論文)には,発表者が「昨年のエン企画特許問題が生じる前に・・・アークデータのみあれば,ポリゴンデータが生成されるのではないかと考えていた」との記載がある(63頁右欄)。
しかし,丙19には,「発表者は・・・GISの先進技術を深く習得したわけではなかった。」との記載もあり(63頁左欄),丙19の発表者がGISの先進技術について習得が深くないことからすれば,同人の認識に関する上記記載から,「ポリゴン(面データ)の自動生成」についての当時の技術水準を認定することはできない。
カ 以上のとおり,原告エン企画が挙げる各種文献(丙17ないし19,24ないし26等)はいずれも,「トポロジーを有する面データを作成するにはトポロジーデータの手入力が必要であるとの固定観念」が存在したことの根拠とはならず,その他,上記固定観念が存在したことを認めるに足りる証拠はない。
キ なお,原告エン企画は,乙11に記載された発明につき,周囲の線分とポリゴン境界をなす線分とを区別して,前者にカウント値1を,後者にカウント値2を付加して,線分接続の際にカウント値を減算することにより面認識を試みるなど,複雑な処理を要していたもので,線データから面データを認識することは不可能であった旨主張する。
しかし,複雑な処理を要するとしても,乙11に現にそのような処理方法が記載されている以上,線データから面データを認識することができないことにはならず,原告エン企画の上記主張は理由がない。
(6) 原告エン企画は,「甲39(ArcScanner)は公知性が証明された文書ではなく,いずれにしても,甲39においては,ラスターデータからカバレッジ変換をする構成を明示しておらず,甲39では画素分析によりノードを認識するのに対し,本件特許発明1においては線データを分割してノードを発生させるものである。」旨主張する。
しかし,審決は,甲39(ARC SCANNER ユーザーズガイド Rev3.2)につき,データの変換一般につき「自動的に行う」ことが周知であることの根拠として引用したものであって(審決47頁参照),具体的にどのように変換するかまで引用するものではなく,具体的な変換方式の相違に関する原告エン企画の主張は,採用できない(ただし,本判決においては,「データ変換が自動的に行われること」が周知であったことの根拠として甲39を用いるものではない。)。
(7) 原告ペンタくんは,本件特許発明1が容易想到であるならば,甲2においてデジタイザを使用する必要はない旨主張するが,精度や用途に応じて各種データ入力方式を選択すべきであることは自明であって,原告ペンタくんの上記主張は理由がない。
(8) 原告ペンタくんは,審決の46頁の「ベクトルデータからベクトルデータに含まれる各線分を得ること」との記載につき,本件特許発明1はベクトルデータから任意の一部を線分とするものではない旨主張する。
しかし,審決の上記記載における「線分」には「接点,交点を含まない」との意味があるものと解されるところ,このように解した場合には,同記載は,構成要件1Cと実質的に同じ内容を述べているにすぎず,ベクトルデータの「任意の一部」を線分とすることを述べるものではない。
また,原告ペンタくんは,審決の40頁の「明細書の『線分』のうち,二次元の線データを分解して得られた線分について,他の線分と区別するために『座標上の線分』という表現を導入したもの」との記載につき,審決が「二次元の線データ」から「座標上の線分」への変換の工程以外に,線分が存在することを前提としている上,座標上の線分が二次元の線データを分解したものと解している点で,前判決にも矛盾している旨主張する。
しかし,審決の上記記載は,平成10年1月29日付け手続補正の適法性を検討している部分にすぎず,ここでの検討は審決による本件特許発明1の認定部分ではない。また,仮に,審決の上記記載が,原告ペンタくんが主張するような誤解を招くものであるとしても,「座標上の線分」以外に「線分」が存在するか否か等は審決の結論に影響を及ぼすものではなく,いずれにしろ原告ペンタくんの上記主張は理由がない。
(9) 原告ペンタくんは,審決が,引用発明がベクトルデータだけから面(閉領域)を定義できると考えているとすれば,誤解である旨主張する。
しかし,審決の相違点1の判断における「フィーチャーの定義を,ベクトルデータから直接行うか,線分データから行うかは,当業者が適宜選択する事項にすぎない。」との記載のうち「ベクトルデータから直接行う」の部分は,ベクトルデータから(線分に分ける等の中間処理をせずに)直接,面データ(フィーチャー)を生成することを述べたにすぎず,審決が線データ(ベクトルデータ)と面データとを混同したものではなく,原告ペンタくんの上記主張は理由がない。
また,原告ペンタくんは,座標点列から閉領域は作成できないとも主張するが,乙10に,全ポリゴン構造のデータをアーク・ノード構造に変換することが記載されている(乙10の1の64頁参照)ことからしても,座標点列からトポロジー構造への変換は周知といえる。
このほか,原告ペンタくんは,全ポリゴン構造(乙10参照)は点データと線データからできた閉領域ではない旨主張するが,被告らは,全ポリゴン構造につき,点データと線データからなるとは主張しておらず,この点に関する原告ペンタくんの主張は理由がない。
なお,原告ペンタくんは,「審決は,従来技術が閉領域を表すため,閉領域内部に代表点を設けてきたことを理解していない」とも主張するが,審決の説示がそのように解されるとは認められない上,原告ペンタくんの主張は,審決の取消しにいかなる影響を及ぼすものであるか不明であるから,失当である。
(10) 原告ペンタくんは,「引用発明は,座標点にキー値を付加し,ポリゴンを作成してデジタイズされたラベルポイントを作成するものである」旨主張する。
しかし,同主張の位置付けは不明確である(原告ペンタくんは,引用発明の認定の誤りを審決取消事由としていない。)上,審決は,甲2のスキャニングに関する記載(4-6頁参照)等に基づいて引用発明を認定したものであるところ,原告ペンタくんは,引用発明に関し,キー値の付加やデジタイズ等に言及するなど,審決が認定したものと異なる内容(手動入力方式)につき主張しており,審決を正解していないものといわざるを得ない。
このほか,原告ペンタくんは,甲2発明のポリゴンフィーチャーは,名称とパラメータのみでは十分に定義できないとも主張するが,同主張の位置付けも不明確であり(これが仮に審決の相違点3の認定に関する主張であるとしても,原告ペンタくんは,相違点3の認定の誤りを取消事由として主張していない。),その当否が審決の結論に影響を及ぼすものとはいえず,失当である。
(11) 以上のとおり,相違点1についての容易想到性に関する審決の「甲2発明において,ベクトルデータからフィーチャーの定義を行うために,ベクトルデータから一連の折れ線を抽出して,線端を示す点データを含む二次元の線データに自動的に変換し,この二次元の線データを座標上の線分に変換し,座標上の線分をフィーチャー,すなわち図形要素の定義に供するよう構成することは当業者が容易になし得た」との判断に誤りはなく,この点に関する原告らの主張はいずれも理由がない。
4 原告エン企画が主張する取消事由3(相違点1についての容易想到性の判断における理由不備)について
原告エン企画は,審決が,構成要件1B,1Cにつき,証拠に基づく具体的な事実を何ら摘示せず,周知技術であるとか設計事項にすぎないなどという,検証不能な抽象的な判断で安易に容易想到と判示したものであって,理由付けの記載を欠く違法がある旨主張する。
確かに,審決の相違点1についての容易想到性の判断では,「周知」「技術常識」「格別困難なことではない」といった文言が用いられている部分が多いが,特定の技術が実際に当業者に周知であるならば,そのような記載で足りることもあると解される上,そもそも,審決の判断に供されたある技術が周知であることは,当該技術の構成が特定されている限り,証明の成否の問題であり,審判段階で立証が不十分であっても,審決取消訴訟で補充立証をすることが原則として許されるものである。本件では,ベクトルデータから二次元の線データへの変換過程につき,「甲2には,データの変換が自動的に行われることが記載されていると推察され,仮にそうでないとしても,甲39に示されるように,変換を自動的に行うことは周知である」として証拠が引用されており,証拠の引用が全くないわけではなく,理由不備ということはできない。そして,本件訴訟では,審決が周知技術として用いた技術が周知であることについて,関係証拠によって証明されているところである。
また,前記2,3のとおり,原告エン企画が主張する取消事由1,2はいずれも理由がない以上,相違点1の容易想到性に係る審決の理由付けの記載の程度が,本件での結論に影響を及ぼすものでもなく,原告エン企画の上記主張は理由がない。
5 原告エン企画が主張する取消事由4及び原告ペンタくんが主張する取消事由2(相違点2についての容易想到性の判断の誤り)について
(1) 乙10には「アーク・ノードデータベースでは,いろいろな属性データを簡単に導入することができる」との記載(乙10の1の42頁)や,「アーク・ノードの例では,データの属性値は,位相情報とともに保存されていた。リレーショナルデータ構造では,属性情報は分離独立している。この方法は現在,市販の地理情報システムでもちいられている一般的な設計手法となっている。・・・ポリゴンについてのテーブルでは,面積や土地利用規制,評価額,所有権について記録することもある。」との記載(同43頁)があり,以上からすれば,地図データ(閉領域データを含む。)に属性情報を付与可能にすることは周知技術であったと認められる。そして,データの記憶,表示,印刷も極めて普通に行われることである。
したがって,「甲2発明において,閉領域データに属性付与を可能にし,記憶,表示,印刷するよう構成することは,当業者が容易になし得たことである」旨の審決の判断に誤りはない。
(2) 原告らは,①審決が,相違点2の判断に当たり,属性付与の段階の相違について判断遺脱している旨,②属性付与可能にするとは「識別子を付する」ことであり,PATの作成をもって属性付与可能になるものではない旨,③本件特許発明1には,ラベルエラーのチェックや修正作業をほぼ不要にするなど,顕著な効果がある旨,④CREATELABELSコマンドについての主張は許されず,そもそも同コマンドは例外的な場合に使用されるにすぎない旨主張する。
しかし,そもそも,原告らは,甲2発明と本件特許発明1の相違点2の認定につき審決取消事由として争うものではない上,本件特許発明1については,構成要件1Fまでで作成された閉領域データについて,属性データを付与可能にしているものであるが,審決の「本件特許発明1が『各閉領域データに属性データを付与可能にして・・・』」との相違点2の認定においても,そのように,構成要件1Fまでで作成された閉領域データについて,属性データを付与可能にすることを前提としていると解されるのであり,この構成につき,審決は検討の対象としているから,審決がこの点につき判断を遺脱しているとの原告らの主張は理由がない。
(3)ア 本件特許発明1の構成要件1G「各閉領域データに属性データを付与可能にして・・」の部分には,属性データを付与可能にする具体的な方法につき記載がない。
もっとも,本件訂正明細書(丙40)には,「上記のようにして作成された閉領域のみからなる地図図形データには,キーボード3-3を用いて閉領域で示される各地域や地点を特定するために,それら地図上の閉領域に,例えば図8に示すような番号(丸で囲んで示す)が自動的に一括して順次付与される。そして,この番号が同ファイルの領域データ部2b-3の対応する位置に格納される。さらに,この番号に対して属性を示すデータを入力することにより番号により特定された地域や地点に属性が付与される。この属性データも同様に同ファイルの領域データ部2b-3の対応する位置に格納され,これにより所定の地図情報は完成する。」と記載され(段落【0030】),実施例としては,閉領域に番号を自動的に一括して順次付与すること,この番号に対して属性データを入力することにより,番号により特定された地域や地点に属性を付与することが記載されている。
しかし,他方で,本件訂正明細書には,「従来技術の問題点」として「・・・面データの表す輪郭線が・・・不連続となっていれば・・・面データに与えた属性がこの不連続点から周囲に漏洩して不都合を生ずる。・・・」(段落【0006】),「また,単なる線データをコンピュータに記憶させても,面データを作成することができないと・・・地域や地点毎の属性を付与することができない。」(段落【0007】)と記載され,「発明の目的」として「本発明は・・・その目的とするところは,地域や地点毎に属性を付与可能なように保存した地図情報を大幅に効率良く自動的に作成することが容易にできる・・・」(段落【0009】)とも記載されている。
したがって,本件特許発明1における「属性付与可能」とは,面データの表す輪郭線の不連続がないことや,面データが作成できるようにすることをその前提とするものといえ,段落【0030】の実施例の記載は,属性付与を可能にする一方法を例示したものにすぎず,「属性付与可能」という概念につき,実施例における,番号を自動的に一括付与することに限定して解することはできない。
イ(ア) 甲2には,「CLEAN」コマンドに関して「正しいポリゴンまたはアーク・ノード・トポロジをもつカバレッジを作成します。このためにCLEANは幾何学的な座標の誤りを修正・訂正し,アークをポリゴンに組み立て,各ポリゴンまたはアークの要素属性情報を作成します(つまり,PATまたはAATを作成します)。」との記載があり(125頁),丙20には,「ARC/INFOで,BUILD,CLEANというコマンドを使用すると,自動的にフィーチャートポロジーが作成,更新されます。」「フィーチャー属性は,フィーチャー属性テーブルに格納されます。フィーチャー属性テーブルは,ARC/INFOによって作成される特別なINFOデータファイルです。CLEANまたはBUILDにより,3つのフィーチャータイプ,ポリゴン,ライン,ポイントに関するINFOデータファイルを作成,更新することができます。」「ARC/INFOは,ポリゴン属性テーブル-PAT・・・を持ちます。」との記載がある(5-10頁)。
また,乙16には,「BUILD」コマンドに関して「カバレッジの要素属性テーブルを作成または更新します。BUILDのPOLYオプションを指定したときは,ポリゴンとアーク・ノード・トポロジーを定義し,LINEオプションを指定したときはアーク・ノード・トポロジーを定義します。ポイント要素とその属性はPOINTオプションで作成します。」(訳文113頁),「BUILDは座標エラーのあるカバレッジに実行してはなりません。BUILDにPOLYオプションを指定したときは問題の生じるエラーには,交差するアーク(交点にノードが定義されていない),閉じていないポリゴンまたは一致するノードのないノード,細長いポリゴンがあります。カバレッジ要素の座標をARCEDITコマンドで修正してください。」(訳文118頁)との各記載がある。
以上からすれば,ARC/INFOにおいては,CLEAN又はBUILDコマンドを実行して,ポリゴン・トポロジーが定義された後にポリゴン属性テーブル(PATファイル)が作成されるものであり,ポリゴンが閉じていない場合等にPATファイルが作成されることは,原則的に予定されていないものといえる。
(イ) 審決は,主に甲2における「カバレッジ」の作成手順の7つのステップの記載(10-2頁)と,スキャニングの記載(4-6頁)に基づいて「甲2発明」を認定したものと認められる。
そして,カバレッジの作成手順の「ステップ1~7」(前記第2の3(2)ア(ア)参照)は,①ステップ1(マップシートの用意),②ステップ2及び3(デジタイザー入力及びそのエラーの訂正),③ステップ4及び5(フィーチャーの定義,トポロジー生成及びトポロジーエラーの訂正),④ステップ6及び7(属性付与等)の4段階に大別でき,実際に属性付与が予定されているのはステップ6以降である。
そして,面データが存在しなければ,面データへの属性付与ができないことは自明であり,「識別子を付与するだけで,面データ完成前であっても既に属性情報が付与可能な状態となっている」旨の原告エン企画の主張は採用できない。
(ウ) 以上のとおり,甲2発明においては,ステップ4においてフィーチャーの定義及びトポロジーの生成が行われ(面データの作成に相当する。),その際,CLEAN又はBUILDコマンドの実行により,ポリゴンの属性を格納するためのPATが作成され,(順序は前後するものの)ステップ3及び5において,デジタイジングエラー及びトポロジーエラーが訂正された後に,ステップ6において属性を付与することが想定されている。
他方で,本件特許発明1においては,構成要件1Dで面データを自動的に作成するとともに,構成要件1E,1Fにおいて不連続点に関する修正作業を行った後に,構成要件1Gにおいて属性を付与することが想定されている。
このように,甲2発明,本件特許発明1のいずれにおいても,不連続点等のエラーの修正後に属性を付与することが想定されており,属性を付与する段階に差異はない。
なお,原告らは,甲2発明においては,識別子の付与段階で属性付与可能である旨主張するが,既に検討したとおり,面データ完成前の段階においては属性付与可能ではないことに加え,本件特許発明1でも,構成要件1Dにおいて面データが自動的に作成された段階で識別子を付与すれば,その段階で属性付与可能ともいえる(前記アのとおり,本件特許発明1における「属性付与可能」という概念につき,段落【0030】の実施例における,番号を自動的に一括付与することに限定して解することはできない。)のであって,いずれにしても,本件特許発明1と甲2発明において,属性付与可能な段階に差異はない。
ウ 以上のとおり,属性付与可能となる段階につき,甲2発明と本件特許発明1とで差異はなく,原告らの主張は採用できない。
また,原告らは,甲2発明と本件特許発明1において属性付与可能となる段階に差異があることにより,本件特許発明1には「ラベルエラーのチェックや修正作業をほぼ不要にする」との顕著な効果が存在する旨主張する。
しかし,そもそも甲2発明と本件特許発明1とでは,属性付与可能となる段階に差異がない以上,当該差異があることを前提とする原告らの上記主張は理由がない上,本件特許発明1においても,不連続点がある場合には線データを入力することにより閉領域データを作成するという修正作業が必要なのであって,本件特許発明1に顕著な効果があるとは認められない。
(4) したがって,CREATELABLESコマンドについて検討するまでもなく,審決の相違点2についての容易想到性の判断に誤りはない。
6 原告エン企画が主張する取消事由5及び原告ペンタくんが主張する取消事由3(手続上の違法)について
(1)ア 原告エン企画は,被告らによる審判請求書の補正は,新たに甲39を援用したもので,審判請求の要旨の変更に当たるにもかかわらず,特許庁は,その際に,被請求人に特許法134条2項による答弁・反論の機会を与えずに審決を行った旨主張する。
特許法134条2項は,同法131条の2第2項の場合,すなわち特許無効審判請求における請求の理由の補正がその要旨を変更するものであるが,補正を許可する場合,特別の事情がない限り,被請求人に対し答弁書提出の機会を与えるべきことを規定する。
そして,上記「要旨の変更」とは,無効理由の根拠条文を追加,変更したりする場合や,無効理由たる事実を証明する証拠を追加したり,差し替えたりする場合である。
イ 本件において,原告ペンタくんが,平成20年5月30日付け訂正請求書により本件特許発明1の構成要件1Bにつき「自動的に」との文言を挿入したのに対し,被告らは,同年7月9日付け手続補正(乙30参照)で,補正1として,無効審判の対象である請求項1に関する記載を,訂正後の本件特許発明の請求項1に合致させるとともに,補正2として,無効審判の口頭審理で既に提出されていた甲39(ARC SCANNER ユーザーズガイド Rev3.2)(乙20参照)につき,「なお,”ベクトルデータを2次元の線データに自動的に変換する”点については,甲39号証に開示されているように本件特許出願前に公知である。」「この文献には次の記載がある。『ARC SCANNERは,スキャナーが作成したデータをARC/INFOカバレッジに変換するソフトウェアプログラムです。』(訳文の第1頁7行乃至8行)『使用法:BEGIN <cover> 出力カバレッジは,このセッションにより自動的に作成されます。』(訳文第2頁8行乃至9行)。」との指摘をしたものである。
以上のとおり,被告らによる上記補正は,無効理由の根拠条文を追加,変更するものではない。
もっとも,1つの文献に複数の発明が記載されていることも少なくなく,また,文献自体が大部で,そこに多数の発明が記載されているような場合もあるから,審判請求書等において,文献の名称としては記載されていても,具体的に無効理由として引用されていない発明について,その後,審判請求の理由とすることは,法によって許されない,理由の要旨を変更するものとなる場合がある。
しかし,被告らが,平成19年2月14日付け口頭審理陳述要領書(乙20)とともに甲39を提出していたこと,甲39はわずか6頁(訳文においては8頁)の文献であって,かつ,被告らが上記補正で引用した部分は,同文献の「はじめに」及び「ARC SCANNERの機能」の記載であり,同文献の基本的部分であることからすれば,被告らによる上記補正は,無効理由たる事実を証明する証拠を追加したり,差し替えたりするものでもないというべきであり,やはり「要旨の変更」には当たらない。
ウ この点に関し,原告エン企画は,請求の要旨変更に該当するか否かは,審判請求時を基準として判断すべき旨主張するが,相手方の防御の機会を保障するという特許法134条2項の趣旨からすれば,「要旨の変更」に該当するか否かは実質的に検討すべきであるところ,補正時より1年以上前に提出されていた証拠(甲39)については,原告らには反論の機会が十分あったというべきであり,原告エン企画の上記主張は理由がない。
なお,原告エン企画が引用する最高裁判所昭和51年5月6日判決は,特許の無効審判の係属中に当該特許の訂正審判の審決がされ,これにより無効審判の対象に変更が生じた場合に,審判官は,原則として,変更された後の審判の対象について当事者双方に弁論の機会を与えなければならない旨判示するものであるが,これは,基本的には,無効審判請求人が無効事由の主張立証をする機会を保障することを主目的とするものというべきである。そして,本件のように,少なくとも自ら訂正請求を行った特許権者(原告ペンタくん)については,訂正請求を行う時点で,無効審判の対象に変更が生じることにつき認識済みというべきである(ただし,無効審判の請求人が,訂正請求をした特許権者の予期に反するような補正を行った場合は別論である。)上,既に検討したとおり,被告らが行った平成20年7月9日付け手続補正は「要旨の変更」に当たらないので,いずれにしても,本件において,同補正後に,審判官が当事者らに主張の修正補充の機会を与えなかったとしても,その点につき手続上の違法はないというべきである。
(2) このほか,原告エン企画は,本件においては書面審理通知すらされず,審理終結通知が当事者らに送付されたのみであって,審決は,原告エン企画が提出した弁駁書について主張として整理してもおらず,前判決後に「さらに審理を行っ」た事実がなく,特許法181条5項に違反しており,憲法31条の趣旨にも反する旨主張する。
しかし,書面審理通知は特許法上の義務ではなく,その懈怠があったとしても,直ちに違法であるとはいえない。もっとも,本件において,再開前の無効審判(無効2006-80175事件)の平成19年2月14日午後2時の第1回口頭審理において,審判長が「本件審理は,以後書面審理とする。」と通知した旨が,同審理に係る調書上記載されており(乙18参照),少なくとも再開前に,書面審理の通知はあったというべきであり,再開後に審理開始通知(甲57)もされているところである(なお,審決取消訴訟によって審決が取り消されて審判手続が再開された場合には,判決の審決取消事由が審判手続の違法であるなど特段の事情がない限り,従前の審判手続の続行として手続が追行される。)。
また,審決は,原告エン企画や被告らの弁駁書に言及しており(4頁),内容的にも,訂正請求による構成要件1Bの「自動的に変換」の部分につき検討し,認定しているものであって,前判決後に「さらに審理を行った」ものというべきである。
したがって,本件での特許庁における審理につき特許法181条5項違反はなく,憲法31条違反を根拠とする原告エン企画の主張についても理由がない。
(3) 原告ペンタくんは,特許庁が審理方式を当事者に明示しなかったことが,特許法145条の趣旨に反し,書面審理通知をしなかったことは,甲50(審判便覧)の手続規定にも違反する旨主張する。
しかし,上記(2)のとおり,書面審理通知は特許法上の義務ではなく,その懈怠があったとして,特許庁の審判便覧(甲50参照)の定めに違反するとしても,それによって直ちに違法となるものではないが,本件では,少なくとも再開前の無効審判の第1回口頭審理において,書面審理通知はあったものであり(乙18参照),特許庁は審理方式を当事者に明示していたといえる。
また,原告ペンタくんは,特許庁が正当な理由もなく口頭審理を行わなかったことは,原告ペンタくんの適切な攻撃防御の機会を不当に失わせるものであり,特許法145条1項の規定に違背するとも主張する。
しかし,同項本文は,特許無効審判につき口頭審理を原則と定めているものの,同項ただし書では,申立て又は職権で書面審理によることも可能とされており,審理方式の選択は原則として審判長の裁量の範囲内であるところ,本件において,無効審判再開前に口頭審理が行われていたことからすれば,再開後に改めて口頭審理が行われなかったとしても,これは審判長の裁量の範囲内というべきである。
(4) 以上のとおり,審決に手続上の違法はなく,この点に関する原告らの主張はいずれも理由がない。
7 以上のとおり,審決の認定判断に誤りはなく,手続上の違法もなく,審決取消事由はいずれも理由がないから,原告らの請求をいずれも棄却することとする。
(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 東海林保 裁判官 矢口俊哉)