知財高等裁判所 平成20年(行ケ)10384号 判決 2010年2月02日
原告
キュー エル ティー インク.
原告
ノバルティス アクチエンゲゼルシャフト
原告ら訴訟代理人弁理士
加藤朝道
同
小塩恒
被告
特許庁長官
同指定代理人
穴吹智子
同
塚中哲雄
同
中田とし子
同
小林和男
主文
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2006-2107号事件について平成20年6月9日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告らが,名称を「眼の光力学的治療による視力の改善」とする発明につき特許出願(特願)したところ,拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたが,同発明は後出の引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとして,請求不成立の審決を受けたことから,その審決の取消しを求める事案である。
1 特許庁における手続の経緯
原告らは,平成9年2月25日,上記発明につき特許出願(パリ条約による優先権主張 平成8年(1996年)3月11日 米国)し,平成17年2月2日付けの手続補正(甲7)を経たものの,同年10月31日付けで拒絶査定を受けたので,これを不服として,平成18年2月7日付けで審判請求した。
特許庁は,審理の結果,平成20年6月9日,本件審判請求は成り立たないとの審決をし,同月24日,その謄本を原告らに送達した。
2 本願の特許請求の範囲
平成17年2月2日付けの手続補正書(甲7)により補正された明細書の記載によれば,請求項1の発明は,次のとおりである(以下「本願発明」という。なお,請求項は1ないし40まで存在するが,請求項2ないし40に関する部分は,以下,省略する。)。
「人の視力を改善するための反復ホトダイナミックセラピーに使用される組成物であって,薬理学的に容認可能な賦形剤と光活性化合物を含有し,前記光活性化合物が,グリーンポルフィリン,ヘマトポルフィリン誘導体,クロリン,フロリン又はプルプリンである組成物」
3 審決の理由
審決は,本願発明は,国際公開第95/24930号公報(甲1,乙1。以下「引用例1」という。)に記載された発明,文献「Schmidt-Erfurth.et al.,Investigative ophthalmology & visual science,February 1996,37(3),p580-B492」(甲2,乙2。以下「引用例2」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び文献「MILLER,J.W.et al.,Arch,Ophthalmol.,1995,113(6),p810-8」(甲3,乙3。以下「引用例3」といい,引用例1,2及び3を併せて「本件各引用例」という。)に記載された各技術的事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないと判断した。
審決が認定した引用発明及び文献等の内容,一致点及び相違点並びに容易想到性の判断内容は,次のとおりである(なお,以下において引用した審決中の当事者及び公知文献等の表記は,本判決の表記に統一した。)。
(1) 本件各引用例の内容
ア 引用例1の内容
「(1-a) 『この発明は,ホトダイナミックセラピー,特に眼科状態に関連する分野に属する。より詳細には,この発明は,色素腫瘍のホトダイナミックセラピー処置,並びに望ましくない眼の血管新生によって特徴づけられる状態におけるグリーンポルフィリンの使用に関連する。』(P1 4~9行)
(1-b) 『脈絡膜の血管新生は出血,繊維化を引き起こし,結果として,黄斑変性症,眼ヒストプラズマ症,近視,炎症性疾患を含む多くの眼の疾病における視力低下(visual loss)をもたらす。加齢黄斑性症は老人における盲目の新たな主因であり,脈絡膜の血管新生は前記疾病患者の重大な視力低下の80%の原因である。・・・現在の処置は,レーザー熱凝固を用いた血管の閉塞によるものである。しかし,このような処置は新生血管組織の熱破壊を要し,・・・視野暗点が残される。さらに,再発が一般的であり,視力予後はよくない。』(P1 12~31行)
(1-c) 『より新しい光感受性物質,グリーンポルフィリン群の一種は,ベンゾポルフィリン誘導体(BPD)と称される化合物の一種である。』(P2 21~23行)
(1-d) 『好ましくは,グリーンポルフィンは,ベンゾポルフィリン誘導体 モノアシッドリングA(BPD-MA)であり,それは,692nmの波長の光を吸収し,組織浸透性に優れている。BPD-MAは,‥‥血管新生組織,及び腫瘍に対してホト毒性作用を有するように思われる。』(P5 10~15行)
(1-e) 『この発明における効果的で選択的なホトダイナミックセラピーのために,種々のパラメーターが相互に関連している。ゆえに,投与量は,照射量,照射照度,照射持続時間,投与と照射との間の時間について調節する必要がある。これらの全てのパラメーターは,新生血管,腫瘍に対し損傷を与える一方で,周辺の組織には損傷を与えないよう調整される必要がある‥‥。典型的には,グリーンポルフィリンの投与量は0.1~20mg/Kgである。‥‥グリーンポルフィリンの最大吸収波長は約550~695nmである。‥‥照射照度は150~600mW/cm2が好ましい。』(P6 29行~P8 5行)
(1-f) 『このように,グリーンポルフィリンを用いたホトダイナミックセラピーは,加齢黄斑性症,‥‥といった疾病の処置において臨床眼科学に対する広範な適用を有するものと思われる。』(P10 8~13行)
(1-g) 実施例1,2として,光感受性物質としてBPD-MA:LDLを用い,アルゴン/ダイレーザー692nmの光を,照射量50,75,100,150J/cm2,照射照度300,600mW/cm2であって,投与量,照射持続時間,投与と照射との間の時間を異なる条件下においてcymnomolgus monkeysの新生血管閉止状況を血管造影法により観察した結果が記載されている。(P13~19)」
イ 引用例2の内容
「(2-a) 『ホトダイナミックセラピー(PDT)は追加的な網膜ダメージを引き起こすことなく,選択的に脈絡膜新生血管(CNV)を処置する新たなアプローチを提供しうる。PDTはサブ中心窩CNV患者の臨床試験において評価される。視力,又は,臨床上の,もしくは血管造影法上の発見が分析され,・・・る。』(目的)
(2-b) 『リポソーマル ベンゾポルフィリン誘導体 モノアシッドA(BPD,ベルテポルフィン)が6または12mg/m2静脈内投与された。投与後20または30分後,50,75,100,150J/cm2の光照射がされた。光活性化は,ダイオードレーザー/スリットランプシステムにより,692nm,600mW/cm2でなされた。PDT効果は,眼底撮影,血管造影,及び,標準MPS原則に従いPDT投与前,投与後1週間,1ヶ月,3ヶ月にモニタリングすることによって記録された,』(方法)
(2-c) 『63名のサブ中心窩CNV患者がBPD-PDT処置を1回受けた。PDT後,CNVの部分的閉止が全ての障害において示された。投与後20分後の照射により65~100%の割合で完全な閉止が実現された。変視症,漏出は全ての患者において顕著に減少した。他方,平均視力は+0.42(+1.57)が維持された。・・・再発はフォローアップの間,ゆっくりと拡大した。‥‥』(結果)
(2-d) 『パイロット研究において,PDTにより,大多数の患者において少なくとも部分的にCNVの選択的閉止が,視力を保持したまま達成された。CNVの全快を得るために適したパラメーターが後の臨床試験において定義されなければならない。』(結論)」
ウ 引用例3の内容
「(3-a) 『上皮脈絡膜新生のホトダイナミックセラピーをベンゾポルフィリン誘導体 モノアシッド(ベルテポルフィン)を用いて調査すること』(抄録 目的)
(3-b) 『ホトダイナミックセラピーによって,脈絡膜血管新生は閉止された。』(抄録 結果)
(3-c) 『熱レーザー光凝固は非選択的である。‥‥レーザー処理後,再発も一般的である。』(P810 左欄下から2行~右欄1行)
(3-d) 『‥‥ベンゾポルフィリン誘導体 モノアシッド(BPD-MA)‥‥』(P811 左欄5,6行)
(3-e) 『リポプロテインデリバードBPD-MAは上皮CNVを効果的に閉止する。もし,これらの予備的な結果が確認され,染料の人間に対する安全性が証明されるならば,BPD-MAを用いたPDTは臨床眼科学に対する広範な適用を可能にするであろう。それは,加齢黄斑性症,・・・血管種,眼内腫瘍といった多くの疾病に対する潜在的な治療法である。』(P817 左欄下から4行~右欄5行)」
(2) 引用例2に記載された発明の内容
「引用例2には,上記(2-b)~(2-c)に摘記のとおり,サブ中心窩脈絡膜新生血管(以下,CNVという。)を有する患者に,リポソーマル ベンゾポルフィリン誘導体 モノアシッドAを静脈投与後,光照射してホトダイナミックセラピー処置することにより,CNVの閉止が観察された旨が記載されていることから,『ホトダイナミックセラピーに使用される組成物であって,リポソーマル ベンゾポルフィリン誘導体 モノアシッドAを含有する組成物。』の発明(以下,「引用発明」という。)が記載されていると認められる。」
(3) 引用発明と本願発明の一致点
「ホトダイナミックセラピーに使用される組成物。」
(4) 引用発明と本願発明の相違点
ア 相違点1
「ホトダイナミックセラピー(以下,PDTという。)に使用される組成物について,本願発明では薬理学的に容認可能な賦形剤と光活性化合物を含有し,前記光活性化合物が,グリーンポルフィリン,ヘマトポルフィリン誘導体,クロリン,フロリンまたはプルプリンである組成物とされているのに対し,引用発明では薬理学的に容認可能な賦形剤に関する規定がなされておらず,前記光活性化合物がリポソーマル ベンゾポルフィリン誘導体 モノアシッドAを含有する組成物とされている点」
イ 相違点2
「前記組成物について,本願発明では,人の視力を改善するための反復PDTに使用される組成物とされているのに対し,引用発明ではそのような規定がなされていない点」
(5) 相違点に関する容易想到性の判断
ア 相違点1について
「本願発明の組成物には,好ましい態様として,それを構成する光活性化合物がグリーンポルフィリンである場合,『図1の化合物(3)に示された式に含まれるものであり,ここでR1及びR2はメトキシカルボニルであり,一つのR3は-CH2CH2COOCH3で,他方のR3は-CH2CH2COOHであり,R4は,CH=CH2,即ちBPD-MAである。』(本願明細書P4 23~26行)と記載されている。
ここで,上記BPD-MAが引用発明のベンゾポルフィリン誘導体 モノアシッドAと同義であることは,引用例2において,ベンゾポルフィリン誘導体 モノアシッドAがベルテポルフィンと称されていること(摘記事項(2-b)),ベルテポルフィンがBPD-MAと称されていること(摘記事項(3-a)(3-d))から明らかである。
そして,リポソームはグリーンポルフィリンの好適な担体であるし,経静脈注射投与用のリポソームBPD-MAは本願出願時においてすでに入手可能な物質である。(このことは,本願明細書の[調合物]の項(P5 19~29行)にも記載されている。)
本願発明を引用する請求項11において,『リポソーム形態にある請求の範囲1又は2記載の組成物』,と記載され,さらに市販のリポソーム静脈注射組成物BPD-MAが本願明細書の実施例3において光活性化合物として用いられているように,本願発明は静脈投与製剤の形態に調製された組成物を用いる実施の態様を含むものと認められ,引用発明のリポソーマルベンゾポルフィリン誘導体 モノアシッドAは,本願発明のグリーンポルフィリンに相当する。
よって,本願発明の光活性化合物がグリーンポルフィリンである場合にあっては,上記相違点1記載の光活性化合物の点は実質的な相違点ではない。
そして,製剤化に際し,投与の形態に適した賦形剤等の各種配合剤を添加することは通常行われているところであり,また,それら配合剤を薬学的に容認可能な成分とすることは当業者が当然考慮すべき事項にすぎない。
よって,上記相違点1記載の,薬理学的に容認可能な賦形剤を組成物に含有させるとする点は当業者が容易に想到しうるものである。」
イ 相違点2について
「引用例1には,『脈絡膜の血管新生は出血,繊維化を引き起こし,結果として,黄斑変性症,眼ヒストプラズマ症,近視,及び炎症性疾患を含む多くの眼の疾病における視力低下(visual loss)をもたらす。加齢黄斑性症は老人における新たな盲目の主因であり,脈絡膜の血管新生は前記疾病患者の重大な視力低下の80%の原因である。』(摘記事項(1-b))とあり,脈絡膜の血管新生は出血,繊維化を惹起し,それら出血,繊維化は視力の低下をもたらすことが記載されている。
そして,引用例2には,PDT処置が追加的な網膜ダメージを引き起こさないこと,また,PDT処置を1回受けた患者にあって,その視力が維持されたまま,CNVの選択的閉止が達成されたことが記載されている。(摘記事項(2-a)(2-c)(2-d))そうすると,これら引用例1,2の記載に接した当業者は,引用発明に記載される組成物は,眼に追加的ダメージを与えることなく脈絡膜の血管新生を閉止しうるものと理解できるから,血管新生に起因する疾病を治療するとともに,人の視力を改善するためのPDTにおける光活性化合物として引用発明記載の化合物を含有する組成物を用いることを容易に想到しうるものである。
なお,改善とは,一般に,『悪いところを直して,よりよい方向に持って行くこと。』(新明解国語辞典 第三版 金田一京助編著 P172 1986年4月29日 株式会社三省堂発行)をいい,これを本願発明に当てはめると,視力の改善は,視力が低下していく状況を防ぐことを含む概念である。審判請求人自身も,平成18年2月7日付け審判請求書において,本願発明の視力改善は低下抑制と同義であるとしている。(3.(3.4)「視力の改善(低下抑制)」,「視力改善(低下抑制)」)
また,引用例2には,フォローアップの間に再発エリアが徐々に拡大したことも記載されている(摘記事項(2-c))。具体的な疾病の治療に際して,再発が確認された場合,あるいはそれが予想される場合に,あらかじめ同一の処置を複数回行うことは当業者が普通に採用することと認められる。そして,PDT処置にあって,照射処理回数等は,一般的に,治療者によって公知の治療基準に基づいて選択される(特表平6-508834号公報 P8左上欄下から6~2行),とされている。
そうであってみれば,引用例2の実施例において採用されているような組成物の1回使用にとどまることなく,反復PDT処置に使用することを着想する点も当業者が格別の創意を要さず行いうるものと認める。」
(6) 本願発明の効果
「本願発明は,光活性化合物として,BPD-MAをはじめとするグリーンポルフィリンのほか,へマトポルフィリン誘導体,クロリン,フロリン,プルプリンを用いることをも包含する発明である。グリーンポルフィリンにあっても,本願明細書に実施例として記載されているBPD-MAのほかいくつかのアナログが存在する。(引用例1 P5 6~9行)
また,PDT処置条件がその作用効果に影響を及ぼすことも明らかであり(摘記事項(1-e)),審判請求人も,本願発明において,視力改善(低下抑制)のために特定の範囲の条件が存在することを平成18年2月7日付け審判請求書において認めている。(3.(3-5))
これに対して,本願明細書に実施例3,図3として具体的に記載された前記処置例は,種々の光活性化合物のうちの一の化合物を用い,特定のPDT処置条件下,より具体的には,反復処置することなく1回のPDT処置においても視力の改善が確認された条件下で行われたものである。
したがって,このような一の条件下においてなされた前記処置例の試験結果をもって,本願発明がそのすべてにわたり同様の効果を奏するということはできない。」
(7) むすび
「以上のとおり,本願発明は,引用例1~3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。」
第3原告らの主張する取消事由の要旨
審決は,次に述べるとおり,判断の誤り及び手続的な違法があるから,取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点2の判断の誤り)
審決は,ホトダイナミックセラピー(以下「PDT」ということがある。)において,引用例2の実施例で採用されているような組成物の1回使用に留まることなく,反復PDT処置を使用することを着想する点も当業者が格別の創意を要さず行いうると判断しているが,次のとおり,誤りである。
(1) 審決における引用例1ないし3の引用は,いずれも不正確である。
特に,引用例1の具体的発明内容の記載部分の引用は,実施例(動物実験の結果報告)も含めて,完全に欠落している。その結果,審決は重大な事実誤認と判断の誤りに陥っている。動物実験によっては,視力は測定できず,まして,視力改善を問題とすることもできないが,引用例1はそのように飛ばし読みして,都合のよい箇所のみを拾い集めた結果,このようなことになったものである。
(2) 本願発明は,「人の視力を改善するための反復ホトダイナミックセラピーに使用される組成物」に関するものである。これに対して,引用例1ないし3は,すべて単回の治療であって,反復してPDTに使用される組成物については記載されていない。審決は,本願発明における「人の視力改善のための反復ホトダイナミックセラピー」について,引用例1ないし3が周知技術ではないにもかかわらず,これらを周知技術であると誤って認定し,この誤った認定を前提として,相違点2を想到容易と判断しているものであり,誤りである。
すなわち,引用例1及び3はカニクイザルでの実験に基づくものであり,そもそも非ヒト動物では機能的指標である視力の測定は困難である。引用例2は人を用いているが,これも脈絡膜新生血管(以下「CNV」ということがある。)の閉止が主目的であり,視力の改善を主たる目的としたものではない。しかも,本件各引用例は,当然のことながら,本願発明のような,大がかりな臨床実験に基づいて視力の詳細かつ長期間に及ぶモニタリングや反復PDTに対する視力の影響まで観察したものでないことは明らかである。
また,引用例2に記載されたPDTは,光凝固術と同様の目的,すなわち,新生血管の除去(閉止)を専ら直接的な目的としてされたものであり(つまり,新生血管を除去し得たか否かが治療達成の尺度である。),基本的には,新生血管閉止のために必要とされる組成物の使用条件について明らかにしているものにすぎない。
しかしながら,本願発明の実施例1及び2でも明白なように,PDTによる新生血管閉止と視力の向上との間には完全な対応関係はない。これは,細かい作用機序の面から考察すると,PDTが正常組織にとっても有害な一重項酸素(活性酸素)の放出を治療の作用機序としているため,新生血管の閉止作用が強まれば正常組織にも損傷が及ぶためと解される。したがって,単に新生血管の閉止のみを目的として組成物の用量等を含めたセラピーの条件を設定しても,かえって視力低下をもたらす場合もあり,視力に関しては必ずしも改善され得るわけではないというのが本願出願時の技術水準であって,PDTを反復すればするほどかえって視力低下を招くこともあったというのが実情であった。このことは,引用例3にも,「結果:ホトダイナミックセラピーの後,脈絡膜新生血管の内部の血管が閉止(閉塞)され,そして脈絡膜新生血管内皮及び下部の脈絡毛細血管板への損傷があった。網膜色素上皮及び光受容体への損傷も観察された。」との記載があり,PDTには周辺組織への損傷という副作用があることが記載されていることからも明らかである。
また,引用例2には単回PDTと明記されており,かつそれが人の視力改善を目的としたものでなく,なおその基礎をなす前段階の臨床試験の報告であることが明らかであり,しかも,引用例2のヒト患者に対する臨床実験(63人)の結果,「ヒトの眼のCNVの選択的閉止は完全閉止に至るまで実現されたが,視力改善には至らず」との報告であり,「CNVの緩快(remission)を得るために適したパラメーターが臨床試験の以降のフェーズにおいて定義されなければならない。」と結論されているのである。
このように,PDTによる人の視力改善は重大な困難に直面していたのであって,PDT処置の眼科的適用自体に大きなリスクと困難性があったというのが本願出願時における当業者の技術常識であった。
このような困難な状況に対し,本願発明は,反復ホトダイナミックセラピーを行うことにより,「人の視力改善」という当業者の予測を超える結果を臨床試験によって明らかにしたものである。
すなわち,本願発明は,その実施例1によって,CNV閉止と視力改善とに一義的関係のないことを確認し,実施例2によってそのうちから適切と想定されるものを複数の全放射量条件として選び,さらに,実施例3によって反復処置を行った結果,10例中1つの例外を除いて,他の全例において,反復処置の医学的効果が顕著に示され,「人の視力改善」が反復PDTにより実現されることが,多数の患者に対する臨床試験の結果として初めて明らかにされたという事実が認められ,その顕著な医薬効果に基づいて「人の視力改善のための反復ホトダイナミックセラピーに使用される組成物」として特許請求の範囲(請求項1等)を規定したものである。つまり,本願発明の実施例により,特定光活性化合物を含む組成物を「人の視力改善」のための反復PDTに使用することにより,「人の視力改善」という医学的効果を有することが医学的に明らかにされたものである。この「視力改善」は,いかなる先行技術(引用例1ないし3)にも開示のない新しい薬効であり,かつ永年の未解決課題を解決したパイオニア的意義を視力改善分野において与えるものである。そうである以上,この形式の請求項として,発明として保護が認められるのは,当然である。
(3) 審決は,本願発明が「人の視力を改善するための反復ホトダイナミックセラピー」に関し,これを使用される組成物(請求項1)ないし「同反復ホトダイナミックセラピー用」の薬剤調整への光活性化合物の使用という,医薬上の発明である点を看過したものであり,失当である。すなわち,本願発明は,単なる「ホトダイナミックセラピーに使用される組成物」ではなく,また,単なるその「反復」使用でもなく,「人の視力改善のための」特定組成物を「反復」適用することに関するものである。これに対し,審決が指摘する特表平6-508834号公報(甲5。以下「本件文献」という。)には反復ホトダイナミックセラピーにより,人の視力改善がもたらされるとの記載は全く見出されない。
2 取消事由2(審理手続上の瑕疵)
(1) 特許法159条2項,50条違反
ア 本件出願に係る拒絶査定(以下「本件拒絶査定」という。)の理由は,本願に係る拒絶理由通知書(以下「本件拒絶理由通知書」という。)に記載されたとおりであり,その内容は,本願発明と引用例1ないし3に記載の発明は実質的に同一の発明であると認められるから,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないこと,本願発明は,引用例1ないし3に記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,同法29条2項の規定により,特許を受けることができない,というものである。
これに対し,審決の認定は,本件各引用例と職権証拠調べによって発見された本件文献との組合せに基づく特許法29条2項を拒絶理由とするものである。
このように,本件拒絶査定と審決とは,引用例1ないし3に「周知技術」を適用することを根拠とするのか,本件各引用例及び職権証拠調べによって発見された本件文献に記載された発明を組み合わせることを根拠とするのかにおいて,その理由付けを異にするものである。
したがって,審決の依拠する理由は,本来,出願人に予め通知して出願人の意見を聴取する必要があったものというべきである。
イ また,前記第2の3(6)のとおり,審決には「本願明細書に実施例3,図3として具体的に記載された前記処置例は,種々の光活性化合物のうちの1つの化合物を用い,特定のPDT処置条件下,より具体的には,反復処理することなく1回のPDT処理においても視力の改善が確認された条件下で行われたものである」と記載されているが,この認定は,本願発明がそのすべてにわたり同様の効果を奏するということはできないとの認定であるから,それは,特許法36条4項違反あるいは同条6項1号違反をいうものであり,本来,同法29条とは法条の異なる別個の拒絶理由とされるべきものである。したがって,審決は,拒絶査定の理由とは異なる拒絶理由に該当すべきものを,同法29条1項及び2項による拒絶の理由の中でその根拠として述べているものと認められる。
ウ 以上によれば,審判請求手続には,特許法159条2項の準用する50条違反が存する。
(2) 特許法150条5項(職権証拠調べの際の通知)違反
特許法は,審判請求手続において職権証拠調べ(同法150条1項)を行った場合には,その結果を当事者に通知し,相当の期間を指定して,意見を申し立てる機会を与えなければならない(同条5項)と規定しており,職権証拠調べを行った場合には,審判請求人に対して攻撃防御の機会を与えなければならない。
ところが,審決は,職権証拠調べによって発見された本件文献を,周知技術の名の下で引用して,本願発明の特徴的な構成要件の想到容易性を論じ,実質的に本件文献に基づいて,本願発明の進歩性を否定し,審判請求を不成立としたものである。
すなわち,審判請求手続においては,審判請求人である原告らが知らない間に,請求人に不利な証拠が集められたにもかかわらず,審判請求人に適切な攻撃防御の機会が与えられていない。このような手続上の瑕疵は,審決の結論を左右する影響を与える重大な瑕疵である。
(3) 審理不尽の違法
審判請求手続においては,審判請求書の提出の後,審判請求人に対して審理に関与する機会を与えることなく審決がされており,その結果,本願発明の特徴部分を看過した空虚な審理が行われた。このように,審判では,本来行われるべき審理が行われておらず,当事者の関与の下での専門行政庁による慎重な審理判断を受けるという出願人の重要な権利が害されたという審理不尽の違法がある。
(4) 被告の反論に対する再反論
被告は,審決が本件文献を引用して,本願発明の進歩性を否定したことに関し,東京高裁判決(東京高裁平成12年(行ケ)第238号,同13年11月1日判決)を引用してその正当性を主張するが,同裁判例は本件とは事例を異にする裁判例であって不適切である。本件文献の記載内容は,引用例1ないし3には記載がないことが明らかな,まさに進歩性の有無の核心である「PDTの反復措置」に関し,その根拠文献として引用されているものである。したがって,本件文献を単に周知技術の参考資料扱いとすることは許されない。逆に,知財高裁判決(知財高裁平成19年(行ケ)第1024号,同20年6月16日判決)によれば,50条違反に関して,「通知すべき理由の程度は,原則として,‥‥拒絶の理由を具体的に認識することができる程度に記載することが必要」と判断されているのであり,これを本件に当てはめれば,本件文献のような新たな公知文献を引用する以上,これに基づく拒絶理由が出願人に告知されなければならなかったことは明らかである。
第4被告の主張の要旨
次のとおり,審決の認定判断には誤りはなく,原告ら主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(相違点2の判断の誤り)に対して
(1) 前記第3の1(1)の主張に対して
引用例1及び2の記載に関し,審決において省略された部分は,審決の判断に影響しない。
(2) 前記第3の1(2)の主張に対して
ア 原告らは,引用例1及び3はカニクイザルでの実験に基づくものであり,そもそも非ヒト動物では機能的指標である視力の測定は困難である旨主張する。
しかしながら,引用例1及び3に記載された研究は,いずれも,人の眼の疾病の治療のためのものであり,カニクイザルでの実験は,人の眼の疾病の治療のための動物実験である。したがって,引用例1及び3に記載された実験が人ではなくカニクイザルに対して行われたことは,審決の判断に影響するものではない。
イ 原告らは,本件各引用例が,本願発明のような大がかりな臨床実験に基づいて視力の詳細かつ長期間に及ぶモニタリングや反復PDTに対する視力の影響まで観察したものでないことを問題としているが,本件各引用例が,「大がかりな臨床実験に基づいて視力の詳細かつ長期間に及ぶモニタリングや反復ホトダイナミックセラピーに対する視力の影響までを観察したものではないこと」をもって,直ちに,本願発明が進歩性を有するものと認める事情はない。
ウ 原告らは,引用例2に記載されたPDTは,光凝固術と同様の目的,すなわち,新生血管の除去(閉止)を専ら直接的な目的としているものであり,基本的には,新生血管閉止のために必要とされる組成物の使用条件について明らかにしているものにすぎないとして,本願発明との違いを主張する。
しかしながら,審決は,本願発明と引用発明の相違点として「前記組成物について,本願発明では,人の視力を改善するための反復PDTに使用される組成物とされているのに対し,引用発明ではそのような規定がなされていない点」と認定しているから,引用例2に記載された研究が,CNVの閉止が主目的であり,視力の改善を主たる目的としたものではないとしても,このことをもって,審決を誤りとすることはできないことは明らかである。
エ 原告らは,PDTでは正常組織にも損傷が及び,かえって視力低下をもたらす場合もあり,PDTを反復すればするほどかえって視力低下を招くこともあったというのが本願出願時の実情であったなどと主張する。
確かに,引用例3の要約の「結果」の項には,PDTにより「網膜色素上皮及び光受容体への損傷も観察された」との記載がある。しかしながら,グリーンポルフィリンを使用したPDTは網膜色素上皮及び光受容体にも損傷が見られるものの比較的軽く,その結論において,考察の結果,ベンゾポルフィリン誘導体モノアシッドA(以下「BPD-MA」ということがある。)を用いたPDTは本動物モデルのCNVに有効であり,CNVの選択的治療に有望であると考えられるとの結論に至ったものであり,実際,本文では,照射時間の最適化により,治療の選択性を高め,網膜へのダメージが低減されること等が観察されている。
また,引用例3に限らず,引用例1においても,効果的で選択的なPDTのために用いられる種々のパラメーターは相互に関連しており,投与量も,照射量,照射照度,照射持続時間,投与と照射との間の時間等の他のパラメーターに対して調整される必要があること,眼血管を観察できるように,周辺組織に重篤な損傷を与えることなくCNVに重篤な損傷を与えるように相互に関係する種々のパラメータを調整すべきこと,グリーンポルフィリンを使用したPDTは,CNVの選択的治療に有望であることが記載されている。
したがって,引用例3のPDTにより同時に網膜色素上皮及び光受容体にも損傷が及んだとの記載を独立して切り出し,PDTには周辺組織への損傷という副作用があることを理由として,本願の出願時において,視力の改善を図ることには,極めて困難であったとする原告らの主張は失当である。
オ 原告らは,本願発明は,単なる「ホトダイナミックセラピーに使用される組成物」ではなく,また,単なるその「反復」使用でもなく,「人の視力改善のための」特定組成物を「反復」適用することに関する医薬上の発明であるのに対し,本件文献には反復ホトダイナミックセラピーにより,人の視力改善がもたらされるとの記載は全く見出されないとして,その相違を強調するが,本願発明は,特に有利な視力改善効果を奏するPDT処置の条件を特定した発明ではないし,後記2(1)アのとおり,本件文献は,PDTにおける照射回数等が,一般的に治療者によって公知の治療基準に基づいて選択されるということが本願優先日前に治療者に周知の技術であったことの参考に引用されたものであって,PDTによって人の視力改善がもたらされることの参考として引用されたものではないから,そのような記載がないことは,審決の判断に影響を及ぼすものではない。
2 取消事由2(審理手続上の瑕疵)に対して
(1) 特許法159条2項,50条違反に対して
ア 前記第3の2(1)アの原告らの主張について
審決が,本件文献を引用したのは,周知技術について,参考のために当該周知技術が記載されている文献名を記載したにすぎない。
すなわち,本件文献には,「種々の光治療や照射の方法論は当業者に公知であり,本発明の新規ポルフィリン化合物を用いて行うことができる。治療の時期と期間,照射処理の回数は治療者(医者あるいは放射線専門医)によって,公知の光力学的治療の基準に基づいて選択される」と記載されており,この記載は,本件文献の特許の出願時の技術的背景を述べたものであり,その記載ぶりからみて,「PDT処置にあたって,照射回数等は,一般的に,治療者によって公知の治療基準に基づいて選択される」ことが本願優先日前に治療者(医者あるいは放射線専門医)に周知の技術であったことの参考例として引用されたものである。
そして,周知技術とは当業者が当然に知っていることであるから,当業者が本願発明を拒絶査定で引用した引用文献に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるかどうかについて検討するに当たり,当然に考慮されるべきことであり,周知技術を考慮するに際し,周知技術であることを示すために審判請求人に新たに拒絶理由を通知する必要はないものである(東京高裁平成12年(行ケ)第238号,同13年11月1日判決参照)。
このように,審決は,周知技術について,参考のために当該周知技術が記載されているとして本件文献を引用したものであり,原告らの主張するような,審判で新たに発見した文献に当たるものではないから,改めて拒絶理由を通知せずに審判請求を不成立としたことには手続上の瑕疵はない。
イ 前記第3の2(1)イの原告らの主張について
審決は,原告らが主張するように,記載不備という新たな拒絶理由について拒絶理由を通知せず,審判請求を不成立としたものではない。
(2) 特許法150条5項(職権証拠調べの際の通知)違反に対して
上記のとおり,審決は,参考のために,本件文献を当該周知技術が記載されているものとして引用したまでであり,本件文献は職権証拠調べによって発見された文献ではないから,審理手続上の瑕疵はない。
(3) 審理不尽の違法に対して
前述のとおり,反復の点について,審決は,本願発明と引用発明の相違点として摘示しているし,審判請求人は,審判請求書の提出の後に,上申書等により,自発的に意見を述べることができたのに意見を述べず,また,審理終結通知後に,審判請求人から審理再開の申立て等もなかったものであるから,審判請求手続には審理不尽の違法はない。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点2の判断の誤り)について
(1) 本願発明の内容
証拠(甲6)によれば,本願明細書には次の記載がある。
「[技術分野]
本発明は,眼に対して光力学的治療(ホトダイナミックセラピー,photodynamictherapy:PDT)を施すことによって視力を改善する方法に関する。」(1頁2ないし4行)
「[背景技術]
視力の低下は,眼の老化及び種々の条件に関連した共通の問題である。特に困るのは,角膜,網膜及び脉(脈)絡膜の不所望の血管新生の進行である。脉絡膜の血管新生は,出血及び線維症をもたらし,その結果として,斑状の変性,眼のヒストプラズマ症候群,近視,及び炎症性の疾病などの,多くの認識された眼の疾患による,視力の低下がもたらされる。年齢に関連した斑状の変性(age-related macular degeneration:AMD)は,高年齢者の新しい盲目の主な原因であり,脉絡膜の血管新生は,この疾病をもった患者の著しい視力の低下の原因の80%を占めている。この疾病の自然な推移は,血管新生のプロセスの停止とその回復であるが,その代償として,網膜大の線維症と視力の低下とが通常生ずる。
AMDの最新の治療は,レーザーによる光凝固を用いた血管の閉塞によっている。しかしこの治療は,新生した血管の繊維を熱により破壊することを必要とし,全厚に亘る網膜の損傷と,中程度以上の脉絡膜の血管の損傷を伴っている。更に,患者には,萎縮性の裂傷及び視覚上のめまいが後遺症として残る。また再発が普通であり,視力の予後もよくない。
上方部位の神経感覚的な網膜を保存するためのより選択的な血管閉止の戦略が求められている。1つのそうした戦略は,ホトダイナミックセラピーであり,これは,感光化された組織に低輝度の光を露光して有害な効果をもたらすことに存する。光活性化合物を投与して特別の不所望の組織に到達させ,光活性化合物によって吸収される光を照射する。その結果として周囲の組織が損傷又は破壊される。
眼の状態のホトダイナミックセラピーは,種々の光活性化合物,例えばポルフィリン誘導体(ヘマトポルフィリン誘導体など)及びホトフリンポルフィマーナトリウム(Photofrin porfimer sodium);「グリーンポルフィリン:greenporphyrins」,例えばベンゾポルフイリン誘導体(benzoporphyrin derivative:BPD),MA並びにフタロシアニン類を用いて,数10年来試みられている。U.Schmidt等は,ウサギの眼に移植されたグリーンメラノーマ:Green melanoma(非着色の腫瘍)の治療のために,低密度のリポたん白質(low density lipoprotein:LDL)に結合されたBPDを用いた実験を行い,このコンテクストにおいて壊死を達成したことを記述している(IOVS(1992)33:1253アブストラクト2802)。このアブストラクトは,また,角膜の血管新生モデルにおいてLDL-BPDが血栓を生成させたことも記述している。角膜の組織は,網膜ないしは脉絡膜のそれとは異なっている。
LDL-BPD又はリポソームBPDを用いて詠絡膜の血管新生を治療することは,IOVS(1993)34:1303:U.Schmidt-Erfurth等(アブストラクト2956),R.Haimovici等(アブストラクト2955),A.W.Walsh等(アブストラクト2954),S.C.Lin等(アブストラクト2953)に報告されている。別の刊行物として,R.S.Moulton等(アブストラクト2294),IOVS(1993)34:1169がある。
眼の状態のホトダイナミックセラピーによって患者の視力が予期に反して改善されることが今や見出された。」(1頁5行ないし2頁17行)
「[発明の開示]
本発明は,光力学的治療法(photodynamic treatment methods)を用いて視力を改善する方法に向けられる。この方法は,光力学的治療のプロトコルによって不所望の血管新生,特に脉(脈)絡膜の血管新生(neovasculature of choroid)の減少をもたらす場合には特に有効である。
従って,その1つの形態として,本発明は人の視力を改善するに当り,そのための処置を必要とする患者に,当該患者の眼中にその有効量を局在化させるに足る量の光活性化合物を投与し,当該光活性化合物の該有効量を眼中に局在化させるに足る時間を経過させ,当該光活性化合物によって吸収される光を眼に照射することを含む人の視力を増大する方法に向けられる。」(2頁18ないし27行)
「[発明の実施の形態]
本発明の対象を構成する一般的な形態において,改善を要する視力をもつ患者は,眼の光活性化合物の有効な濃度を得るのに十分な量の適切な光活性化合物の投与を受ける。眼の所望の領域に該化合物が有効な濃度において蓄積されることを許容する適切な時間の後に,この領域に,該光活性化合物によって吸収される光を照射する。この照射によって化合物が活性化され,それによって直ぐ近傍の組織に損傷効果を生ずる。この最終的な結果は,患者の視力の回復である。」(3頁4ないし10行)
「[実施例1]
[種々のPDT訓練の比較]
年齢に関連した斑状の変性(年齢関連性斑状変性:AMD)の実験的処置について資格をもつと診断された患者群を,3つの群に分けた。22人の患者の群Aは,BC.バンクーバー,QLT Photo Therapeuticsから入手可能な市販のリポソーム静脈注射組成物中BPD-MA6mg/M2(体表面積)の投与を受けた。この投与は,静脈注射によった。注入開始後30分してから,患者に,コヒ-レントアルゴン染料レーザーNo.920,Coherent Medical Laser,Palo Alto,CA(Ohkuma,H.等,Arch Ophthalmol(1983)101:1102-1110;Ryan,S.J.,Arch Ophthalmol(1982)100:1804-1809)の光を,全放射量50J/cm2,75J/cm2,100J/cm2,105J/cm2又は150J/cm2のいずれかにおいて,600mW/cm2の放射照度において照射した。
第2群(B群)の15人の患者には,群Aと同様に,静脈注射によって,リポソーム調合物中BPD-MAを6mg/M2投与したが,A群と同様にして行った照射は,注入開始後20分してから開始するようにした。
第3群(C群)の15人の患者には,BPD-MAを12mg/M2投与したことを除いて,A群の患者と同じ訓練を与えた。
処置後において,患者を評価するために,処置後1週間,4週間及び12週間してから,フルオレセインによる血管造影を行った。標準的なアイチャートを用いた視力試験は,処置後3カ月して実施した。投与した光の全放射量とは関係なく,各群について視力変化の平均値を求めた。
3カ月後に,訓練Aを受けた患者は,+0.10の視力の改善を示した(1.0の改善は,慣用されるアイチャートにおいて線1本分の改善に相当する。)。訓練Bを受けた患者は,+0.53の視力の改善を,また訓練Cを受けた患者は,平均して-0.40の視力の低下を示した。
比較として,斑状光凝固研究グループ(Macular PhotocoagulationStudy Group),Clinical Sciences(1991)109:1220-1231.に記載された標準の光凝固処置を用いて処置された184人の患者は,処置後3カ月において,-3.0の視力の低下を示した。これは,同じ期間においてAMDにかかっている179人の患者のサンプルが-2.0の視力の低下を示している無処置の結果よりも悪い結果であった。
従って,リポソーム調合物中BPD6mg/M2を投与し,照射が20分後に開始された,訓練Bが,3つの試験されたプロトコルの中で最良であったように観察された。」(8頁5行ないし9頁12行)
「[実施例2]
[視力の増大の時間推移]
この研究中の16人の患者は,前述した実施例1に記載された訓練Bを受け,1週間後,4週間後及び3カ月後にそれぞれ視力検査を受けた。これらの患者は,処置後1週間,4週間及び3カ月後に,平均して,+2.13,+1.25及び+0.53の視力の増大を示した。
これらの結果は,少なくとも部分的に,脈絡膜の新生血管(choroidalneovasculature:CNV)の閉止(closure)の成功に相関されるように思われた。訓練Bを受けた患者については,フルオレセイン血管造影試験を受けた16人中10人は,4週間後,CNVの50%を超える閉止を示し,それに対応して視力が+1.6回復した。4週間後にCNVの50%未満の閉止を示した残りの6人の患者は,+0.7の視力の回復を示した。
実施例1の訓練Cを受けた15人の患者の内7人は,CNV閉止が50%を超えており,視力の回復は+1.4であった。15人中3人は,CNV閉止が50%より少なく,視力は-0.3低下した。15人中3人は,従来のCNV再発を示し,視力は-1.6低下した。
他方では,訓練Aの処置後4週間して,21人の患者中9人は,CNV閉止50%を超えたのに,視力は-0.2低下した。21人中9人は,CNV閉止50%未満で,視力の改善は+0.9であった。処置された21人の患者中3人は,従来のようなCNVの再発を示し,視力の変化は見られなかった。
3カ月後の結果は,表1に示す通りであった。視力の変化の観察された値もこの表に示されている。
表1
訓練A
訓練B
訓練C
従来のCNV≧50%閉止
+0.7
(3/20)
+3
(4/13)
-
(0/12)
従来のCNV<50%閉止
+0.14
(7/20)
0
(3/13)
+1.75
(4/12)
従来のCNV再発
-0.1
(10/20)
-0.3
(6/13)
-1.4
(8/12)
このように,完全とは全く言えないが,ある程度のCNV閉止と視力の改善との相関が見られるように思われる。従って,本発明による方法は,特に脈絡膜に不所望の血管新生を示す患者に特に容易に適用することができる。従って,適切な指示は,斑状の変性,眼のヒストプラズマ症候群,近視及び炎症性疾患である。
図2は,訓練Bを受けた個々の患者の視力の時間変化を示す線図である。症例によっては,処置後の時間と共に,改善が減少するとしても,全ての患者について改善が見られた。」(9頁13行ないし10頁12行)
「[実施例3]
[反復処置による効果]
個々の患者について,実施例1に示した訓練Bの処置を行い,最初の処置から2週間及び6週間後に,再処置を行った。処置を反復すると,視力の改善の度合が高められるように思われた。結果を図3に示す。
図3に示すように,例えば基線20/126でスタートした患者No.901は,2週間後に視力が+2回復し,2回目の処置から2週間後に,基線上+5まで改善された。患者906については,第1回の処置後の増大は+2であり,これは,第2回の処置後1週間で+3に改善された。多少の低下を示す患者はあったが,一般に訓練の反復によって視力が維持され,又は改善された。」(10頁13行ないし末行)
(2) 本件各引用例の記載
ア 引用例1の記載
証拠(甲1)によれば,引用例には次の記載がある(ただし,訳文による)。
「この発明は,ホトダイナミックセラピー,特に眼科状態に関連する分野に属する。より詳細には,この発明は,色素腫瘍のホトダイナミックセラピー処置,並びに望ましくない眼の血管新生によって特徴づけられる状態におけるグリーンポルフィリンの使用に関連する。グリーンポリフィリンは眼の血管観察における染料としても有用である。」(1頁4ないし9行)
「背景技術
脈絡膜血管新生は出血及び繊維化を引き起こし,結果として,黄斑変性症,眼ヒストプラズマ症,近視,炎症性疾患を含む多くの眼の疾病における視力低下(visual loss)をもたらす。加齢黄斑変性症は老人における盲目の新たな主因であり,脈絡膜の血管新生は前記疾病患者の重大な視力低下の80%の原因である。前記疾病の自然経過は血管新生の最終的な静止状態及び退縮にあるが,これは多くの場合,網膜下の繊維化及び視力低下という代償を払うことになる。
現在の処置は,レーザー熱凝固を用いた血管の閉塞によるものである。しかしながら,このような処置は新生血管組織の熱破壊を要し,そしてこのような処置には,全厚の網膜障害(full-thickness retinal damage)並びに脈絡膜血管への損傷が伴う。さらに,患者には,萎縮性瘢痕(atrophic scar)及び視野暗点(visual scotoma)が残る。また,再発が一般的であり,視力予後は不良である。」(1頁12ないし31行)
「より新しい光感受性物質,『グリーンポルフィリン』群の一種は,ベンゾポルフィリン誘導体(BPD)と称される化合物の一種である。」(2頁21ないし23行)
「好ましくは,グリーンポルフィンは,ベンゾポルフィリン誘導体 モノアシッド リングA(BPD-MA)であり,それは,692nmの波長の光を吸収し,組織浸透性に優れている。BPD-MAは,親油性で,強力な光感受性物質であり,新生血管組織,及び腫瘍に対する光毒性作用を有するように思われる。」(5頁10ないし15行)
「この発明における効果的で選択的なホトダイナミックセラピーのために,種々のパラメーターが相互に関連している。ゆえに,投与量は,照射量,照射照度,ホトダイナミックセラピーにおいて使用する光の持続時間,その投与量の投与と照射との間の時間について調節する必要がある。これらの全てのパラメーターは,周辺の組織には著しい損傷を与えないで,新生血管,腫瘍に対し著しい損傷を与えるよう調整され,或いは一方で,周辺の組織には著しい損傷を与えないで,眼球の血管の観察を可能にする必要がある。典型的には,使用されるグリーンポルフィリンの投与量は0.1~20mg/Kg,好ましくは約0.15~約2.0mg/Kg,より好ましくは約0.25~約0.75mg/Kgである。
具体的に,グリーンポルフィリン投与量が,約2から約1mg/Kgに減少されると,脈絡膜新生血管組織を閉止するのに必要となる照射量は,例えば約50から約100ジュール/cm2に増加する傾向にある。
光感受性グリーンポルフィリンが投与された後,眼球において処置又は観察されている脈絡膜新生血管組織或いは腫瘍に,グリーンポルフィリンの最大吸収波長,多くの場合550から695nmの間で光が照射される。この範囲にある波長は,体組織への浸透を高めるため,特に好ましい。
照射の結果として,三重項状態にあるグリーンポルフィリンは,酸素及び他の化合物と相互に作用して一重項酸素等の反応性中間体を形成すると考えられるが,これにより細胞構造の破壊がもたらされうる。可能な細胞標的には,細胞膜,ミトコンドリア,リソソーム膜及び核が含まれる。腫瘍及び血管新生モデルからの証拠によって,脈管構造の閉塞がホトダイナミックセラピーの主要なメカニズムであり,これが,その後の血小板粘着,脱顆粒,及び血栓形成を伴う内皮細胞に対する損傷により生ずることが示される。
照射処置の間の照射量は,組織のタイプ,標的組織の深さ,及び上層の体液又は血液の量に応じて,広い範囲で変更できるが,好ましくは約50~200ジュール/cm2で変更する。
照射照度は典型的には,約150から約900mW/cm2までに及び,約150~600mW/cm2が好ましい。しかしながら,有効で,処置時間を短くする利点があるので,より高い照射照度が選択されてもよい。」(6頁29行ないし8頁7行)
「このように,グリーンポルフィリンを用いたホトダイナミックセラピーは,加齢黄斑性症,血管新生緑内障,及び糖尿病合併症の持続性円板状血管新生(persistent disc neovascularization)といった疾病の処置において臨床眼科学に対する広範な適用を有するものと思われる。」(10頁8ないし13行)
「実施例1
低照射照度のBPD-MA/LDLによるPDTを用いる実験的脈絡膜血管新生のコントロール
3~4Kgの体重のカニクイザルに,塩酸ケタミン(20mg/kg),ジアゼパム(1mg/kg),及びアトロピン(0.125mg/kg)を筋肉内注射し,必要に応じて5~6mg/kgの塩酸ケタミンを補給して,麻酔をかけた。局所麻酔のため,プロパラカイン(0.5%)を使用した。2.5%フェニレフリン及び0.8%トロピカミドを用いて瞳孔を散大させた。
脈絡膜血管新生は,Ryanモデルの修正法を用いて,猿(複数)の眼の中に生成された。」(13頁8ないし20行)
「ホトダイナミックセラピーに続いて,猿(複数)は動物飼養施設に戻された。‥‥。脈絡膜血管新生の条件は,眼底撮影,フルオレセイン血管造影,及び組織学的検査によって,追跡された。特に猿の眼は,フルオレセイン血管造影によって,直後に及びホトダイナミックセラピーの後24時間で検査された。幾つかのケースでは,48時間及び1週間でフルオレセイン血管造影により,追跡されて,眼が収穫され,動物は,ホトダイナミックセラピーの直後,24時間後,48時間後,8日後の各時点で殺された。」(16頁5ないし19行)
「脈絡膜新生血管組織及び隣接下層の膜毛細管の閉止が観察されるとともに,網膜色素上皮及び外網膜への損傷が観察された。」(19頁28ないし31行)
イ 引用例2の記載
証拠(甲2)によれば,引用例2には次の記載がある(ただし,訳文による。)。
「目的:ホトダイナミックセラピー(PDT)は付加的な網膜ダメージを引き起こすことなく,選択的に脈絡膜新生血管(CNV)を処置する新たなアプローチを提供する潜在的可能性を提示する(potentially offer)。PDTはサブ中心窩CNV患者のマルチセンター・フェーズⅠ/Ⅱ臨床試験において評価される。視力,臨床上の及び血管造影法上の所見が分析され,異なったグループ(複数)の結果が分析される。
方法:リポソーマル ベンゾポルフィリン誘導体 モノアシッドA(BPD,ベルテポルフィン)が6または12mg/m2の投与量で静脈内投与された。投与後20または30分後,50,75,100,150J/cm2の光照射(複数(light exposures)が施された。光活性化は,ダイオードレーザー/スリットランプシステムにより,692nm,600mW/cm2の放射でなされた。PDT効果は,眼底撮影,血管造影,及び,標準MPS基準に従い,PDT投与前,投与後1週間,1ヶ月,3ヶ月のモニタリングによって記録された。
結果:63名のサブ中心窩CNV患者が単回の(single)BPD-PDT処置を受けた。PDT後,CNVの部分的閉止が全ての損傷(ないし損傷部位)において示された。投与後20分後の照射は,1週間後に66~100%の割合で完全な閉止を生じた。変視症及び漏出は全ての患者において顕著に減少したが,平均視力は+0.42(+1.57)のライン(lines)で安定に留った。CNVの局所的存続(local persistence)ないし再発の領域(複数,areas)はフォローアップの間,ゆっくりとのみ拡大した。閉止(occlusion)は古典的(classic)なCNVの領域(複数)及び潜在出血CNVの領域(複数,areas)に認められた。
結論:パイロット研究において,PDTにより,大多数の患者において少なくとも部分的にCNVの選択的閉止が,視力を保存しつつ(preserving)達成された。CNVの緩快(remission)を得るために適したパラメーターが臨床試験の以降のフェーズにおいて定義されなければならない。」
ウ 引用例3の記載
証拠(甲3)によれば,引用例3には次の記載がある(ただし,訳文による)。
「リポタンパク質送達されるペンゾポルフィリンを用いる実験的脈絡膜血管新生のホトダイナミックセラピー
目的:ベンゾポルフィリン誘導体 モノアシッド(ベンテポルフィン)を用いて実験的脈絡膜血管新生のホトダイナミックセラピーを調査すること
方法:ベンゾポルフィリン誘導体 モノアシッドを用いるホトダイナミックセラピーはカニクイザルについて調査された。低比重リポタンパク質と複合化されたベンゾポルフィリン誘導体モノアシッド(1から2mg/kg)の静脈注射の後,眼に50から150J/cm2の照射量かつ150から600mW/cm2の照射照度で692-nm光を照射した。ホトダイナミックセラピーの前に脈絡膜新生の証拠が示され,閉止が眼底写真,蛍光眼底観察,並びに光0,75,100,150J/cmの光照射(複数(lightexposures)が施された。光活学及び電子顕微鏡実験によって示された。
結果:ホトダイナミックセラピーの後,脈絡膜新生血管の内部の血管が閉止(閉塞)され,そして脈絡膜新生血管内皮及び下部の脈絡毛細管板への損傷があった。網膜色素上皮及び光受容体への損傷も観察された。
結論:リポタンパク質送達されるベンゾポルフィリン誘導体 モノアシッドを用いるホトダイナミックセラピーは脈絡膜血管新生の本動物モデルにおいて有効であった。そして当該セラピーは,脈絡膜血管新生のための,有望な潜在的に選択的な,治療法でありうるであろう。」
エ 本件文献の記載
証拠(甲5)によれば,本件文献には次の記載がある。
「1970年代に始まり,1980年代になって急速に発展した光力学的治療(PDT)は,癌に対し治療効果が期待できるとともに,毒性が低くかつ一般的に苦痛が少ない癌治療法である。すべての癌がPDTに適合するわけではない。しかしながら,時に手術不能で,すでに確立した治療手段によっては,好結果を得た記録がないような原位置性で多病巣性のカルチノーマを含む,皮膚や腔臓器の腫瘍はPDTの対象となると思われる。」(2頁右下欄13ないし18行)
「動物実験及び細胞培養実験においては,PDTの後,培養時間に応じて,脈管構造,細胞膜,ミトコンドリアあるいは特定の酵素への損傷が観察されている。ポルフィリノイド感作物質をリポソームに封入して注入することによってこれが腫瘍細胞に吸収され,高い選択性を得ることが出来る。」(3頁左上欄下から3行ないし右上欄1行)
「PDTは膀胱,気管支,骨髄及び皮膚の腫瘍の治療に用いられ,...また,重度の乾癬にも用いられてきた。」(3頁右上欄6ないし9行)
「発明の開示
従って,本発明の目的は,光力学的治療に用いるための新しい効果的な化合物であってその性質と特徴が上記の理想的なPDT色素の特徴に近づいた化合物を提供することにある。」(3頁右下欄1ないし4行)
「種々の光治療や照射の方法論は当業者に公知であり,本発明の新規ポルフィセン化合物を用いて行うことができる。治療の時期と期間,照射処理の回数は治療者(医者あるいは放射線専門医)によって,公知の光力学的治療の基準に基づいて選択される。ポルフィセン化合物の用量は破壊されるべき標的組織の大きさや場所,及び投与方法によって異なる。」(8頁左上欄下から6ないし2行)
「照射は通常,ポルフィセン化合物の非経口投与後1時間以上,4日以内に行われる。通常光治療は光力学治療剤投与後3時間から48時間のうちに開始される。」(8頁右上欄2ないし3行)
(3) 前記(1)及び(2)の認定(記載内容)を前提に,以下,取消事由1について,検討する。
ア 審決における本件各引用例の引用は不正確であるとの主張について
原告らは,本件各引用例についての審決の引用には省略部分等があって,不正確であり,特に,引用例1においては,飛ばし読みして都合のよい箇所のみを拾い集めた結果,審決は重大な事実誤認と判断の誤りに陥っている旨主張する。
しかしながら,審決は,引用例1に記載されているのが,動物実験であること,視力が測定できないことを認識した上で,引用例1における実験が人の眼の疾病の治療のための動物実験に関するものであること,また,審決が引用した部分は,引用例1に係る発明が出願された当時の脈絡膜血管新生や加齢黄斑変性(以下「AMD」ということがある。)に関する背景技術についてのものであることから,その引用部分の記載に基づいて,「脈絡膜の血管新生は出血,繊維化を惹起し,それら出血,繊維化は視力の低下をもたらすことが記載されている」と認定したものである。そして,審決が引用して摘記する際に省略した記載は,前記(2)ア記載のとおり,AMDを治療しなかった場合や,レーザー光凝固処置をした場合に関する部分であって,審決の引用例1に記載された事項の認定に対して,実質的に影響を与えるものではないと認められる。同様に,引用例2及び3の摘記についても,前記(2)イ及びウのとおり,審決が記載を省略した部分は,審決における記載事項の認定に影響を与えるものとは認められない。
したがって,審決が,読み飛ばして都合のよいところを拾い集めた技術的事項のみで相違点2についての判断をしているものとはいえず,この点についての原告らの主張は採用できない。
イ 「人の視力を改善するためのPDT使用」について
原告らは,本願の出願当時,人の視力を改善するためのPDTの使用は想定されておらず,引用例1及び3はカニクイザルでの実験に基づくものであり,そもそも非ヒト動物では機能的指標である視力の測定は困難であること,引用例2は人を用いているが,新生血管の除去(閉止)を専ら直接的な目的としてされたものであり,視力の改善を主たる目的としたものではない旨主張する。
しかしながら,引用例1は,老人に見られるAMDをPDT処置するためにグリーンポルフィリンを使用する技術に関するものであり,その具体的な実験にはカニクイザルが使用されているものの,引用例1の技術が目的としているのは,人の眼のAMDを治療することである。そして,その「背景技術」の記載から,脈絡膜の血管新生は出血,繊維化を惹起し,それら出血,繊維化は視力の低下をもたらすことが記載されていると認めることができる。次に,引用例2の結論の項には,「PDTにより,大多数の患者において少なくとも部分的にCNVの選択的閉止が視力を保存しつつ(preserving)達成された」こと,すなわち,視力が維持されたことが記載されている。
そうすると,引用例1及び2の記載から,当業者は,PDTにより視力低下の原因であるCNVを閉止することができることを理解でき,引用例2に記載された,ベンゾポルフィリン誘導体モノアシッドを用いたPDTは,眼に追加的ダメージを与えることなくCNVを閉止することができ,そのことによって視力を維持させることができることが理解できるといえる。上記の効果は視力の低下を防ぐこと,すなわち,視力の低下抑制であるが,「視力の改善」という概念には当然に視力の低下抑制が含まれているといえるから,引用例1及び2の記載は,少なくとも,視力の低下抑制という意味での視力の改善という効果を奏していることは明らかというべきである。
さらに,引用例2には,「変視症及び漏出は全ての患者において顕著に減少したが,平均視力は+0.42(+1.57)のライン(lines)で安定に留った。」との記載があり,この記載からすれば,PDTによるCNVの閉止により,視力の低下抑制に留まらず,平均視力は+0.42程度向上していることが認められる。したがって,当業者は,引用例1及び2の記載から,PDTによるCNVの閉止により,「視力が改善」されたと理解することができるというべきである。
この点について,原告らは,本願の実施例1及び2でも明白なように,PDTによる血管閉止と視力の向上との間には完全な対応関係はない旨主張する。しかしながら,本願明細書には,PDTの単回の処置例である実施例2の結果について「完全とは全くいえないが,ある程度のCNV閉止と視力の改善との相関が見られるように思われる。」と記載されているのであって,むしろ,本願明細書自体がCNV閉止と視力の改善との間の一応の相関関係を認めていると理解すべきである。
また,原告らは,視力の改善には「平均+0.42」という維持の場合は含まないとも主張する。しかし,本願明細書の実施例1に「訓練Aを受けた患者は,+0.10の視力の改善を示した」と記載されているとおり,本願明細書では,+0.10程度であっても「視力の改善」と認めているのであるから,上記原告らの主張は失当である。
さらに,原告らは,「+0.42」の次に「(+1.57)」との記載があるが,これは(±1.57)という誤差範囲を示す記号±の-が欠落した誤植であるとも主張する。しかしながら,仮にそうであったとすると,引用例2の「結果」の項からは,視力の向上がみられなかった患者がいる一方,他方では,少なくとも最大で約+2程度(0.42+1.57=1.99)の「視力改善」があった患者がいたことになる。そして,引用例2の結果のような医学的な効果を判断する場合,例えすべての患者に治療効果がみられなくても,一部の患者に治療効果が認められれば,当業者は効果があったと判断するものと考えられるから,結局,原告らの主張を前提としても,引用例2の記載から,PDTによるCNVの閉止により,「視力の改善」があったと理解し得るというべきである。
以上のとおり,「血管新生に起因する疾病を治療するとともに,人の視力を改善するためのPDTにおける光活性化合物として引用発明記載の化合物を含有する組成物を用いることを容易に想到しうるものである。」とした審決の判断に誤りはない。
ウ 「反復PDT」について
原告らは,本願発明は,「反復ホトダイナミックセラピーに使用される組成物」に関するものであるのに対して,本件各引用例は,すべて単回の治療であって,反復してPDTに使用される組成物については記載されていないとし,本件各引用例からは人の視力を改善するために反復してPDTを行うということは想到容易とはいえない旨主張する。
しかしながら,治療に関する事項は治療者である医師等が検討するものであり,研究段階や臨床試験も含め,治療者が人の疾病に対する治療行為を考えるとき,例えば,ある治療行為について一応の治療効果はあったものの,なお効果が十分でないと判断された場合や,一度十分な治療効果があったものの疾病が再発した場合には,その治療に大きな副作用があるなど,治療行為を反復することに重大な阻害事由があるなど特段の事情がない限り,治療者が同じ治療を再度実施することは普通に行われていることであると考えられる。
そして,皮膚や腔臓器の腫瘍等に対するPDTに関する本件文献に「治療の時期と期間,照射処理の回数は治療者(医者あるいは放射線専門医)によって,公知の光力学的治療の基準に基づいて選択される。」と記載されているとおり,出願当時,PDTを用いた治療行為においても,PDTの照射回数,すなわち,反復使用するか否かは治療者の選択に任されていたことが明らかであって,PDTにおいても,上述の医師等による治療の再度の実施に関する一般論の妥当性が裏付けられているというべきである。
この点について,原告らは,単に血管閉止のみを目的として組成物の用量等を含めたセラピーの条件を設定しても,PDTには周辺組織への損傷という副作用があるから,かえって視力低下をもたらす場合もあり,PDTを反復すればするほどかえって視力低下を招くこともあったというのが本願出願時の実情であった旨主張する。
確かに,引用例3には,「ホトダイナミックセラピーの後,‥‥網膜色素上皮及び光受容体への損傷も観察された。」との記載があり,PDTには周辺組織への損傷という副作用のあることが認められる。しかしながら,副作用を引き起こす可能性のある周辺組織への損傷は,当業者が当然考慮する事項であるといえ,また,当業者であればPDTのパラメーターを変更することで,ある程度の損傷の軽減が可能であると考えられる。そして,引用例2には,「PDTにより,大多数の患者において少なくとも部分的にCNVの選択的閉止が,視力を保存しつつ(preserving)達成された。」と記載されており,また,引用例3においても,「結論」の項において「当該セラピーは,脈絡膜血管新生のための,有望な潜在的に選択的な治療法でありうるだろう。」と結論付けていることから,当業者は,眼の治療においてPDTによるCNVの選択的閉止は有望な治療法であって,視力を維持したまま実施可能であること,すなわち,PDT治療は大きな副作用を伴わずに実施できるものと理解するというべきである。
したがって,CNVを治療するためのPDTにおいても,治療行為を反復することに重大な阻害事由はなく,上述の一般的な治療と同様に,当業者は同じ治療を再度行うことを検討するものと認められる。そして,引用例2にも,「CNVの局所的存続(local persistence)ないし再発の領域(複数,areas)はフォローアップの間,ゆっくりとのみ拡大した。」と記載され,PDTの後,CNVが再発したことが記載されているのであるから,CNV再発の場合に,当業者である治療者が再度のPDTを検討するのは当然のこととして開示又は示唆されているというべきである。
この点について,原告らは,従来技術にはPDT処置の眼科的適用自体に大きなリスクと困難性があったと主張し,引用例2にも「CNVの緩快(remission)を得るために適したパラメーターが臨床試験の以降のフェーズにおいて定義されなければならない。」とその困難性が記載されている旨主張する。
しかしながら,引用例1に「効果的で選択的なホトダイナミックセラピーのために,種々のパラメーターが相互に関連していることに留意する必要がある。ゆえに,投与量は,照射量,照射照度,ホトダイナミックセラピーにおいて使用する光の持続時間,その投与量の投与と照射との間の時間について調節する必要がある。これら全てのパラメーターは,周辺の組織には著しい損傷を与えないで,新生血管,腫瘍に対し著しい損傷を与えるよう調整され,或いは一方で,周辺の組織には著しい損傷を与えないで,眼球の血管の観察を可能にする必要がある。」と記載され,また,本件文献に「種々の光治療や照射の方法論は当業者に公知であり,本発明の新規ポルフィセン化合物を用いて行うことができる。治療の時期と期間,照射処理の回数は治療者(医者あるいは放射線専門医)によって,公知の光力学的治療の基準に基づいて選択される。ポルフィセン化合物の用量は破壊されるべき標的組織の大きさや場所,及び投与方法によって異なる。」と記載されているように,PDT治療の具体的なパラメーターとしては,照射強度,照射時間,照射回数,使用する薬剤の種類,量,投与方法,PDT治療の時期などが考えられるが,適切なパラメーターの設定にある程度の臨床試験が必要だとしても,これらはいずれも,患者の症状,状態に応じて,治療者が適切に判断して適宜選択し得るものであるというべきであるから,この点に関する原告らの主張は失当である。
したがって,PDT処置において,パラメーターを照射回数の観点から検討すること,すなわちPDTを「反復」することは,当業者が容易になし得ることであるというべきである。
エ 以上のとおり,「人の視力改善のためのホトダイナミックセラピー」を「反復」することは,当業者が容易になし得たものであるとした審決の判断に誤りはない。
オ なお,原告らは,本願発明の「人の視力を改善するための反復ホトダイナミックセラピー」は,いかなる先行技術(引用例1ないし3)にも開示のない新しい薬効であり,かつ永年の未解決課題を解決したパイオニア的意義を視力改善分野において与えるものであるにもかからず,審決は,本願発明がこのような顕著な医薬上の発明である点を看過したものであり,失当であると主張する。
しかしながら,証拠(甲6)によれば,本願明細書が作成された出願当初の出願に係る発明は,単にPDT(単回も含む)によってCNVを閉止し,人の視力を改善することを特徴とした技術に係るものであったと認められる。そして,本願明細書の記載によると,実施例1及び2から,訓練Bという特定の条件(グリーンポルフィリン;BPD-MAの投与量と投与から照射までの時間が特定のもの)でのPDTが視力の改善に適切であることが見出され,その結果,少なくとも一部には視力の改善があったことが理解される。そして,図2からは,訓練Bを受けた患者の視力について「処置後の時間と共に,改善が減少するとしても,全ての患者について改善が見られた」ことが理解できる。つまり,本願明細書の実施例1及び2は,単回のPDTによってCNVを閉止すれば,すべての患者ではないものの,ある程度の視力の改善が見られたことを示す実施例であったと認められるものであり,このことは上記で検討した引用例2の記載とも矛盾しない。
また,実施例3の結果である図3から,訓練Bを反復したとき,「多少の低下を示す患者はあったが,一般に訓練の反復によって視力が維持され,又は改善された」ことも理解できる。
そうすると,本願明細書の実施例1ないし3の記載からは,単回PDT,「反復」PDTのいずれでも「視力の改善」が得られているのであって,単回のPDTでは視力は改善せず,反復する場合には視力が改善されるとはいえない。すなわち,本願明細書の記載,特に実施例の記載をみても,本願発明において「反復」することを必須としたことによって,初めて「視力の改善」という予期せざる顕著な効果が得られた,とはいえないというべきである。
カ 以上のとおり,引用例1及び2の記載からみて,引用例2には「人の視力を改善するためのPDTに使用される組成物」が記載されているといえ,また,PDTを「反復」することは,引用例2にも開示・示唆されている上,医療行為上普通に行われていることであるから,相違点2は,引用例1及び2の記載に基づいて,当業者が容易に想到し得ることであるとした審決の判断に誤りはない。
そして,本願発明においてPDTを「反復」したことによって当業者が予測できない効果が奏されたとも認められない。
したがって,相違点2についての審決の判断に誤りはない。
2 取消事由2(審理手続上の瑕疵)について
(1) 特許法159条2項,50条違反について
ア 前記第3の2(1)アの原告らの主張について
原告らは,本件拒絶査定と審決とは,本件各引用例に「周知技術」を適用することを根拠とするのか,本件各引用例及び職権証拠調べによって発見された本件文献に記載された発明を組み合わせることを根拠とするのかにおいて,その理由付けを異にする旨主張する。
しかしながら,前記認定のとおり,PDTも含めて,医療的な治療行為において,大きな副作用のない治療を必要に応じて「反復」することは,治療者によって普通に行われていることであるところ,本件文献は,単にPDTにおいても反復治療が普通に行われていることを示すための参照例として用いられたものにすぎないから,本件拒絶査定の前提となる本件拒絶理由通知書において本件文献が摘示されていなくとも,手続上の瑕疵があるとはいえない。
したがって,この点に関する原告らの主張は採用できない。
イ 前記第3の2(1)イの原告らの主張について
原告らは,審決における認定は,特許法36条4項違反あるいは同条6項1号違反をいうものであり,本来,同法29条とは法条の異なる別個の拒絶理由とされるべきものである旨主張する。しかしながら,審決は,本願発明には顕著な作用効果がある旨の審判請求書(乙5)の主張を受けて,仮に,実施例3が奏する効果が進歩性を認めるに足る顕著な効果であったとしても,そのような顕著な効果は,特許請求の範囲に記載された事項により特定される本願発明がその全体において奏する効果ではないから,実施例3の効果をもって本願発明の進歩性を認めることはできない,ということを示すために,実施例3のような一定の条件下において行われた本願明細書の試験結果をもって,本願発明がそのすべてにわたり同様の効果を奏するということはできないことを指摘したにすぎず,記載不備を新たな拒絶理由として判断したものではない。
したがって,この点に関する原告らの主張は採用できない。
(2) 特許法150条5項(職権証拠調べの際の通知)違反について
原告らは,審判請求手続において,審判請求人である原告らが知らない間に,請求人に不利な証拠である本件文献が発見されたにもかかわらず,審判請求人に適切な攻撃防御の機会が与えられていない旨主張する。
しかしながら,上記(1)アで判断したとおり,本件文献は,単にPDTにおいても反復治療が普通に行われていることを示すための参照例として用いられたものにすぎないから,職権証拠調べの際の通知が必要な場合とはいえない。
したがって,この点に関する原告らの主張も採用できない。
(3) 審理不尽の違法について
原告らは,審判請求手続において,審判請求人に対して審理に関与する機会を与えることなく審決がされており,審理不尽の違法がある旨主張する。
しかしながら,審決は,本件各引用例を詳細に検討し,本願発明と引用発明との相違点として,本願発明が人の視力を改善するための反復PDTに使用される組成物である点を挙げ,引用例及び普通に行われている治療行為を踏まえて判断に至っており,その手続過程には何ら問題はなく,審理不尽の違法はない。
したがって,この点に関する原告らの主張も採用できない。
3 結論
以上のとおり,原告らの主張する審決取消事由はいずれも理由がないので,原告らの請求は棄却を免れない。
(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 東海林保 裁判官 矢口俊哉)