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知財高等裁判所 平成20年(行ケ)10397号 判決 2009年6月29日

原告

グラクソスミスクライン バイオロジカルズ ソシエテ アノニム

同訴訟代理人弁護士

上谷清

永井紀昭

萩尾保繁

笹本摂

山口健司

薄葉健司

石神恒太郎

同訴訟代理人弁理士

福本積

古賀哲次

中村和広

渡邉陽一

永坂友康

同訴訟復代理人弁理士

武居良太郎

被告

特許庁長官

同指定代理人

星野紹英

塚中哲雄

中田とし子

小林和男

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1請求

特許庁の不服2005-6433号事件について平成20年6月16日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

1  特許庁における手続の経緯

原告は,発明の名称を「新規組成物」とする発明につき,平成12年9月7日にした出願(特願2001-521339号,パリ条約による優先権主張,1999年(平成11年)9月7日,英国)の一部について,平成15年8月20日に新たな特許出願をし(特願2003-296403号,甲1。以下「本願」という。なお,請求項の数は6であった。),平成16年7月5日付けで手続補正書(甲8)を提出した。これに対し,特許庁は,平成17年1月4日付けで拒絶査定をしたので(甲2),原告は,同年4月11日に拒絶査定に対する審判請求(甲3)をするとともに(不服2005-6433号事件),同年5月11日付けで手続補正書(甲4)を提出した。

特許庁は,平成20年6月16日,前記補正を却下した上で,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし(付加期間90日),その謄本は,同年7月1日に原告に送達された。

2  特許請求の範囲

平成17年5月11日付け手続補正書(甲4)による補正後の本願に係る請求項1は,下記のとおりである(上記補正後の請求項の数は2である。)。

【請求項1】 「HPV16 L1 VLP,HPV18 L1 VLP,水酸化アルミニウム,及び3D-MPLを含む,HPV感染及び/又は疾患の予防ワクチン。」(以下,この発明を「本願補正発明」という。)

3  審決の内容

別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願補正発明は,「赤血球凝集阻害による生殖器ヒトパピローマウイルスの血清学的関連性の評価」と題する論文(甲5,以下「引用例1」といい,引用例1記載の発明を「引用発明」という。)及び特表平8-508722号公報(甲6,以下「引用例2」という。)の記載に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により,特許出願の際独立して特許を受けることができない,とするものである。

審決は,上記結論を導くに当たり,引用発明の内容並びに本願補正発明と引用発明との一致点及び相違点を次のとおり認定した。

(1)  引用発明の内容

同時に免役(判決注:「免疫」の誤り)されて,HAI力価を作り出す,HPV-6b,HPV-11,HPV-16,及びHPV-18に由来する4つのVLP調製物。

(2)  一致点

HPV16 VLP及びHPV18 VLPが同時に投与される,HPV感染及び/又は疾患の予防ワクチンである点。

(3)  相違点

ア 相違点1

本願補正発明は,抗原としてHPV16 L1 VLP,HPV18L1 VLPを含むのに対し,引用発明は,HPV16 VLP,HPV18 VLPを含む点。

イ 相違点2

本願補正発明は,ワクチン中に,HPV16 L1 VLPとHPV18 L1 VLPとを含むのに対し,引用発明は,HPV16 VLPとHPV18 VLPを同時に投与するものであるが,それらがワクチン中に一緒に含まれているものであるかどうか記載されていない点。

ウ 相違点3

本願補正発明は,水酸化アルミニウム及び3D-MPLを含むのに対し,引用発明はそれらを含まない点。

(4)  相違点に対する容易想到性の判断の要旨

ア 相違点1,2について

引用例1には,HPV VLPsによる免疫によって,あるタイプに対する体液性免疫応答は他のタイプに対する応答にさほど影響しないことが記載されており,多価HPV VLPワクチンの使用は個々のタイプの細胞性(判決注:「体液性」の誤り)免疫応答をそれほど弱めないことが示唆されている。また,引用例1には,L1 VLPsでの免疫化は,高い力価の中和抗体の産生を刺激することや,L1 HPV-16VLPでの免疫は,L1+L2 HPV-16VLPでの免疫と同様に高いHAI力価を誘導することが記載されている。

してみれば,引用発明であるHPV感染及び/又は疾患の予防ワクチンに使用するHPV16 VLP,HPV18 VLPとして,HPV16L1 VLP,HPV18 L1 VLPをそれぞれ採用し,多価ワクチンとなるようにその両者を一緒に含むHPV感染及び/又は疾患の予防ワクチンとすることは,当業者が容易に想到し得ることである(以下「容易想到性の判断1」という。)。

イ 相違点3について

引用例2には,3D-MPLおよび担体としての水酸化アルミニウムからなるワクチン組成物が,記載されている。そして,引用例2には,このワクチン組成物において,MPL(3D-MLP(判決注:「3D-MPL」の誤り))は水酸化アルミニウムおよび抗原と相互作用して単一物を形成するため,水酸化アルミニウムとともに処方された場合に「小さい」MPLのさらなる利点が生じるものであることや,その抗原として,引用発明のHPVであるヒト乳頭腫ウイルス由来のものであってもよいことが,記載されている。さらに,このワクチン組成物は,感染の予防にも有効なものである。

そうすると,引用発明であるHPV感染及び/又は疾患の予防ワクチンにおいて,予防ワクチンに使用でき,HPV由来の抗原といっしょに使用され得る3D-MPLおよび水酸化アルミニウムを含むものとすることは,当業者が容易に想到し得ることである。そして,本願当初明細書に記載の本願補正発明の効果についても,引用例1及び2の記載から,当業者であれば容易に予測し得る範囲内のものである(以下「容易想到性の判断2」という。)。

第3取消事由に係る原告の主張

審決は,①本願補正発明と引用発明との相違点1,2の認定の誤り(取消事由1),②容易想到性の判断1の誤り(取消事由2),及び③容易想到性の判断2の誤り(取消事由3)があるから,取り消されるべきである。

1  取消事由1(相違点1,2の認定の誤り)

本願補正発明の「HPV-16 VLPとHPV-18 VLP」は必須の構成成分として含まれる点で,任意に含まれることができる他の成分と相違し,主要抗原というべきである。そして,引用発明に係るHAI力価を作り出す4つのVLP調製物は,HPV-16 VLPとHPV-18 VLPに加え,HPV-6b VLPとHPV-11 VLPをさらに含んでいる。したがって,相違点1は,「本願補正発明は,主要抗原としてHPV16 L1VLP,HPV18 L1 VLPを含むのに対し,引用発明は,HPV16VLP,HPV18 VLPに加え,HPV-6b VLPとHPV-11VLPをさらに含む点。」と認定されるべきである。

また,同様に,相違点2は,「本願補正発明は,ワクチン中に,主要抗原としてHPV16 L1 VLPとHPV18 L1 VLPとを含むのに対し,引用発明は,主要抗原としてHPV16 VLPとHPV18 VLPとHPV-6b VLPとHPV-11 VLPとを同時に投与するものであるが,それらがワクチン中に一緒に含まれているものであるかどうか記載されていない点。」と認定されるべきである。

したがって,審決の相違点1,2の認定に誤りがある。

2  取消事由2(容易想到性の判断1の誤り)

100種以上という多数の遺伝子型が存在するHPVの抗原の中から,HPV16 VLPとHPV18 VLPの組合せのみを選択して,HPV感染/及び疾患の予防ワクチンの抗原として使用することが容易であったということはできない。甲13によれば,高リスク型と呼ばれているHPV遺伝子型としては,HPV16及びHPV18以外にも多数存在し,高リスク型と低リスク型とを組み合わせた抗原を用いてワクチンを調製することも実際に引用発明において実施されている。また,引用例1には,上記組合せを選択することを教示又は示唆する記載はない。したがって,100種以上という多数の遺伝子型が存在するHPVの抗原の中から,HPV16 VLPとHPV18 VLPのみを採用して,2価ワクチンとなるようにその両者を一緒に含むHPV感染及び/疾患の予防ワクチンとすることが,本願優先権主張日に当業者にとって容易であったとはいえない。

3  取消事由3(容易想到性の判断2の誤り)

(1)  ワクチン開発の技術的困難性についての判断の誤り

容易想到性の判断2は,1つのワクチンを開発するために多くの技術的困難を克服しなければならないという本願補正発明に係るワクチン開発及び製造技術の分野の特殊性を考慮せずになされたものであり,誤りである。

すなわち,出願人は,本願補正発明に係るHPVワクチンの開発において,①VLPの大規模製造に適した発現系の選択,②発現細胞系内でのVLPの集合を回避して,制御不能な凝集を回避することができる製造プロセスの開発の必要性,③好適な抗原活性と形態を有するVLPの一貫した製造,④核ターゲティング及びDNA結合を回避するためにL1蛋白質を切り詰める(切断する)ことの必要性,⑤アジュバントの選択,⑥ワクチン投与量の選択,⑦ワクチンの効果を示すために,臨床試験をどの時点で終了させるのかに関しての選択という技術的困難に遭遇した。そして,こうした技術的困難をすべて克服してはじめて本願補正発明に係るHPV予防ワクチンを開発し,提供することができたのであり,その技術的意義は極めて高い。

(2)  抗原とアジュバントとの組合せの困難性に対する判断の誤り

ア 本願優先権主張日当時の技術水準に照らして,主要抗原としてHPV16 L1 VLPとHPV18 L1 VLPの組合せを選択した後,その特定の抗原に対するアジュバントとしてAS04を使用することを,引用例2の記載から当業者が動機付けられたか否かが検討されるべきである。しかし,引用例2には,AS04とHPV由来抗原を組み合わせて実験をしたという記載や上記組合せについての記載はない。したがって,ワクチン開発及び製造技術の分野の特殊性や本願優先権主張日における技術水準を考慮した場合には,当業者は,引用例2に接したとしても,本願補正発明に係るワクチンにおいて特定のHPV16 L1 VLPとHPV18 L1 VLPとの組合せ抗原に対してAS04がいかなる効果を実際に有するのかを予測することは困難である。

イ 引用例2には,「抗-HBsの量(判決注:「質」の誤り)も変化し,IgG2aの優先的な誘導が観察され,このことは,INF-gの分泌,すなわち細胞により媒介される免疫の誘導を間接的に反映する。」と記載され,アルミニウム塩に対する抗体応答の性質が,3D-MPLの添加によって変化することが示されているから,引用例2の記載に接した当業者は,AS04(水酸化アルミニウム+3D-MPL)を採用することはない。

ウ 引用例2には,「・・この種の処方は,治療用ワクチンの開発において重要である。」と記載されているから,当業者は,3D-MPLは治療用ワクチンのために使用されるべきであると理解したはずであり,HPV感染の予防のために使用することが当業者に明らかであったとはいえない。よって,容易想到性の判断2は誤りである。

(3)  顕著な作用効果の看過

容易想到性の判断2は,本願補正発明において,甲7の内容を参酌せずに,特定の抗原の組合せ(HPV16 L1 VLPとHPV18 L1VLP)に対して,特定のアジュバントの組合せ(水酸化アルミニウム+3D-MPL)が抗原性を著しく高めているという顕著な作用効果を看過したものであり,誤りである。

すなわち,甲7によれば,アジュバントとして水酸化アルミニウムとAS04(水酸化アルミニウム+3D-MPL)を使用した本願補正発明に係るワクチンが,水酸化アルミニウム単独で使用したものよりも,良好な保護を提供し,その保護効果が統計的に有意であることを明確に示している。この効果は,甲10ないし12記載の各臨床試験の結果によっても裏付けられている。審決は,甲7で示された上記効果を本願補正発明の顕著な作用効果として参酌することなく,その結果,顕著な作用効果を看過した点で誤りがある。

第4被告の反論

審決の認定判断に誤りはなく,原告の請求は理由がない。

1  取消事由1(相違点1,2の認定の誤り)に対し

本願補正発明に係る特許請求の範囲請求項1には,HPV16 L1 VLP,HPV18 L1 VLPを主要抗原として含む旨を特定する記載はなく,また,本願補正発明は,HPV16 L1 VLP,HPV18 L1VLP,水酸化アルミニウム及び3D-MPL以外の成分が存在していてもよいと解されるから,引用発明においてHPV-6b VLP及びHPV-11VLPが含まれていることは,本願補正発明と引用発明との相違点とすべきでない。審決の相違点1,2の認定に誤りはない。

2  取消事由2(容易想到性の判断1の誤り)に対し

(1)  本願補正発明は,「HPV16 L1 VLP,HPV18 L1 VLP,水酸化アルミニウム,及び3D-MPLを含む,…予防ワクチン」とされるものであって,構成成分としては特定された4成分のみに限定されるものではなく,抗原としてもHPV16 VLPとHPV18 VLPの組合せのみを選択したものとは解されない。この二種類の抗原の他に,さらに他の種類,例えば,引用発明のごとく,HPV-6b,HPV-11をも含む場合も本願補正発明の範囲内のものとされるべきである。したがって,抗原として,HPV16 VLPとHPV18 VLPの組合せのみを選択することを前提とする原告の主張は失当である。

(2)  原告が主張する100種以上という多数の遺伝子型が存在するHPVの内から,抗原として,特定の組合せを選択することが自明であるか否かは,容易想到性の判断1とは無関係である。

3  取消事由3(容易想到性の判断2の誤り)に対し

(1)  ワクチン開発及び抗原とアジュバント選択の困難性(原告の主張(1),(2))に対し

ア 引用例2には,3D-MPLを含むワクチンに関して免疫応答を改善することや,抗原について広範囲のものに対して適用可能であることが記載され,しかも例示された多数の抗原の1つとしてHPVに由来する抗原も挙げられている。そうすると,HPV16 VLPとHPV18 VLPという抗原の組合せに対して,水酸化アルミニウムと3D-MPLをアジュバントとして採用することは,当業者が容易に想到することであるから,原告が主張するようなアジュバントの選択に際し困難が伴うものとすることができない。また,実際に水酸化アルミニウムと3D-MPLとを組み合わせたアジュバントを抗原に適用することに際しては,当該抗原に対して,引用例2に開示されている技術的事項にしたがって,そのままHPV16 VLPとHPV18 VLPという抗原の組合せに対して適用して,その免疫応答性を確認すれば足りるものであるので,技術的には何らの困難性も伴わないものである。

イ 引用例2において,①アジュバントとして使用する3D-MPLは,広範囲の抗原に対して使用し得る旨記載されていること,②HPVと同じ正二十面体の形態を有する単純ヘルペスウィルス由来の抗原を使用した実験例(実施例5)が記載されていることからすれば,引用例2の記載に接した当業者であれば,引用発明における抗原に対するアジュバントとして,広く汎用性があり,かつHPV由来の抗原に対する使用についても具体的な使用可能性が言及されている3D-MPLを水酸化アルミニウムと組み合わせて選択することは,容易になし得る程度のことである。

ウ 引用例2には,予防のための使用に関してだけでも,水酸化アルミニウムと3D-MPLとを組み合わせたアジュバントの有効性が詳細に示されているから,予防のためのワクチンに使用する際に,抗原に対して組み合わせるアジュバントとして引用例2記載の水酸化アルミニウムと3D-MPLとを組み合わせたアジュバントを使用することは,当業者であれば当然に考えることである。

(2)  顕著な作用効果の看過(原告の主張(3))に対し

ア 原告が主張する本願補正発明の作用効果は,アジュバントとして,水酸化アルミニウム単独で使用した場合と比較して,水酸化アルミニウムと3D-MPLとの組合せを使用した場合に,高められた抗体応答が得られるというものである。しかし,同作用効果については,本願に係る明細書において具体的に明らかにされているものではないので,原告の主張自体失当である。

イ また,引用例2には,アジュバントとして水酸化アルミニウムと3D-MPLとからなる組み合わせを使用することにより,体液性免疫応答と細胞性免疫応答の両者に対して改善効果を奏することが記載されている。そうすると,引用発明の抗原に対して,アジュバントとして水酸化アルミニウムと3D-MPLとからなる組合せを選択することは,引用例2に記載の免疫応答に対する改善効果を期待するものというべきものであり,原告主張の本願補正発明の効果については,引用例2の記載からして顕著な作用効果ということはできない。

ウ さらに,甲7添付の添付書類1の図1及び図2(甲7添付書類1の2,3頁)のグラフを見ても,水酸化アルミニウム単独での使用と比較して,水酸化アルミニウムと3D-MPLとの組合せを使用した場合の効果について,必ずしも格別優れた効果が奏されているとはいえない。甲7添付の資料には,本願補正発明に係るワクチン組成物が,プラセボ(偽薬)と比較して優れた効果を奏することが示されているが,同結果をもって,アジュバントとして水酸化アルミニウムと3D-MPLとからなる組合せが優れた効果であることを示しているものということはできない。

したがって,審決に原告が主張する誤りはない。

第5当裁判所の判断

当裁判所は,原告主張の取消事由には理由がなく,原告の請求を棄却すべきものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

1  取消事由1(相違点1,2の認定の誤り)について

本願補正発明のワクチンに含まれる抗原は,HPV16 L1 VLP,HPV18 L1 VLPであるのに対し,引用発明で使用される抗原は,HPV-6b,HPV-11,HPV-16及びHPV-18に由来する4つのVLPであるから,本願補正発明は,引用発明で使用するHPV-6b及びHPV-11に由来するVLPについて,これらを含むか否かについて明らかにされていない点で,引用発明と形式的には相違する。

しかし,本願補正発明に係る請求項1に「HPV16 L1 VLP及びHPV18 L1 VLPを含む」と記載され,引用発明で使用される抗原を排除しているものではない。したがって,本願補正発明が,HPV-6b及びHPV-11に由来するVLPを含むか否か不明であるのに対して,引用発明は,HPV16 VLP,HPV18 VLPに加えて,「HPV-6b VLPとHPV-11 VLPをさらに含む」点を,あえて,本願補正発明と引用発明との相違点として取り上げた上で,その容易想到性を検討する必要性はない。審決の相違点1,2に係る原告の主張は,結論に影響を及ぼすものではなく,取消事由に該当しないから,その主張自体失当である。

2  取消事由2(容易想到性の判断1の誤り)について

(1)  引用例1の記載

引用例1(甲5)には,次の記載がある。

ア 「実験的および疫学的研究は,ヒトパピローマウイルス(HPV)が子宮頚部の発癌における重要な病因学的要因である(19,31)との考えを支持する。例えば,HPV16型(HPV-16),HPV-18,HPV-31,HPV-33およびHPV-45などの特定のハイリスク生殖器HPV型は,子宮頚部および他の肛門生殖器の癌に関連するが,ローリスクHPV-6およびHPV-1は関連しない(1)。

真核細胞において強い異種プロモータから発現する場合,主要なパピローマウイルスカプシドタンパク質であるL1は,自己構築してウイルス様粒子(VLP)になる(13,16,25,26)。構築されていないL1ではなく L1 VLPでの免疫化は,高い力価の中和抗体の産生を刺激する(5,16)。この性質およびウイルスゲノムの非存在は,VLPがパピローマウイルス感染を防ぐための安全な予防用ワクチンとして用いられ得ることを示唆する(27)。ワタオウサギパピローマウイルス(CRPV),イヌ口腔パピローマウイルス(COPV)およびウシパピローマウイルス4型(BPV-4)などの動物パピローマウイルスで行われた予防用VLPベースワクチンの有効性の研究は,VLPが実験的パピローマウイルスへの感染(2,17,29)を効率的に防ぐことを示した。防御はまた,無投与動物へのワクチン接種由来の血清抗体の受動的伝達によっても得られるが,このことは,防御が中和抗体により媒介されることを示唆する(2,29)。」(3298頁左欄1~24行(訳文2頁6行~19行))

イ 「L1またはL1およびL2 HPV-16 VLPのいずれかでの免疫化は,同様に高いHAI力価を誘発した。この結果は,L1およびL2を含むBPVVLPに対してL1を単独で含むBPVVLPへの抗血清を用いるインビトロでのBPV中和の解析と一致する(19)。(・・・中略・・・)

我々はまた,4つの異なるHPV型(HPV-6b,-11,-16および-18)に由来するVLP調製物で同時に免疫化された1匹のウサギから得られた血清のHAI活性を測定した。このウサギは,1つの型のみをワクチン接種されたウサギにおいてみられるHAI力価と同等の,または単一のlog3単位の希釈だけ少ないHAI力価を生じた。この結果は,1つの型に対する体液性免疫応答が,他の型への応答に過度に影響しないことを示す。ヒトが同様に応答するならば,多価HPV VLPワクチンの使用が個別の型に対する体液性免疫応答を有意に減少させるとは予測されないであろう。」(3300頁左欄22行~右欄2行(訳文10頁11行~23行))

(2)  判断

上記引用例1の記載によれば,HPV-16及びHPV-18は,特定のハイリスク生殖器HPV型であり,子宮頚部の癌に関連することが知られているといえる。そして,HPV VLPsによる免疫によって,あるタイプに対する体液性免疫応答は他のタイプに対する応答に過度に影響しないとされており,多価HPV VLPワクチンの使用は個々のタイプの体液性免疫応答をそれほど弱めないことが示唆されている。また,引用例1には,L1VLPsでの免疫化は,高い力価の中和抗体の産生を刺激することや,L1HPV-16VLPでの免疫は,L1+L2 HPV-16VLPでの免疫と同様に高いHAI力価を誘導することが記載されている。

そうすると,引用発明であるHPV感染及び/又は疾患の予防ワクチンに使用するHPV16 VLP,HPV18 VLPとして,HPV16 L1 VLP,HPV18 L1 VLPをそれぞれ採用し,多価ワクチンとなるようにその両者を一緒に含むHPV感染及び/又は疾患の予防ワクチンとすることは,当業者が容易に想到し得ることである。

(3)  原告の主張に対し

原告は,100種以上という多数の遺伝子型が存在するHPVの抗原の中から,HPV16 VLPとHPV18 VLPの組合せのみを選択して,HPV感染/及び疾患の予防ワクチンの抗原として使用することが容易であったとはいえないと主張する。

しかし,原告の主張は失当である。

すなわち,本願補正発明は,「HPV16 L1 VLP,HPV18L1 VLP・・を含む,HPV感染及び/又は疾患の予防ワクチン。」であり,抗原としてHPV16 VLPとHPV18 VLPのみを選択したとはいえない。また,抗原としてHPV16 VLPとHPV18 VLPを選択する点では本願補正発明と引用発明とで相違はなく(この点は当事者間に争いがない。),前記のとおりハイリスク生殖器HPV型として引用例1に記載されていることであるから,本願補正発明は,多数の遺伝子型から特に上記抗原を選択したというわけではない。原告の上記主張は,その前提に誤りがあり,採用することができない。

3  取消事由3(容易想到性の判断2の誤り)について

(1)  引用例2の記載

引用例2(甲6,乙2)には,以下の記載がある(下記引用箇所は,乙2のそれを指す。)。

ア 「3-O-脱アシル化モノホスホリルリピドA(3-O-deacylated monophosphoryl lipid A)(MPL)および適当な担体からなり,MPLの粒子サイズが120nmを超えないワクチン組成物。」(特許請求の範囲請求項1)

イ 「担体が水酸化アルミニウムである請求項1ないし3のいずれか1項に記載のワクチン組成物。」(特許請求の範囲請求項4)

ウ 「感染の予防または治療のための医薬の製造における,120nmを超えない粒子サイズを有する3-O-脱アシル化モノホスホリルリピドAと抱合した抗原の使用。」(特許請求の範囲請求項30)。

エ 「3-O脱アシル化モノホスホリルリピドA(または3デ-O-アシル化モノホスホリルリピドA)は,グルコサミンの還元末端の3位がデ-O-アシル化されていることを示すので,以前は3D-MPLまたはd3-MPLと呼ばれていた。」(5頁5行~8行)

オ 「本発明は,3-O脱アシル化モノホスホリルリピドA(本明細書ではMPLと略す)と抱合した抗原および適当な担体からなり,MPLの粒子サイズが「小さく」,調製された場合に一般的には120nmを超えないワクチン組成物を提供する。

かかる処方は,広範囲の1価または多価ワクチンに適する。

驚くべきことに,本発明ワクチン組成物が本明細書記載の有利な特性を特別に有することが見いだされた。詳細には,かかる処方は非常に免疫原性がある。さらに,製品は除菌濾過が可能であるので,アジュバント処方の滅菌状態が保証されうる。MPLは水酸化アルミニウムおよび抗原と相互作用して単一物を形成するため,水酸化アルミニウムとともに処方された場合に「小さい」MPLのさらなる利点が生じる。」(5頁27行~6頁9行)

カ 「本発明ワクチン処方は,一次感染および再発性感染に対して優れた防御を提供し,有利なことに,特異的な体液性免疫応答(中和抗体)ならびにエフェクター細胞により媒介される(DTH)免疫応答の両方を刺激する。」(9頁27行~10頁1行)

キ 「好ましくは,ワクチン処方は,ヒトまたは動物の病原体に対する免疫応答を誘導することのできる抗原または抗原性成分を含有している。該抗原または抗原性成分は……ヒト乳頭腫ウイルス……のごとき他のウイルス性病原体由来のものである……。」(11頁4行~13行)

ク 「本発明のさらなる態様において,抗原を担体およびMPLと混合することからなる,感染の予防または治療に有効なワクチンの製造方法が提供される。」(13頁21行~22行)

ケ 「MPL不存在下においてHBsAgをAl(OH)3に吸着させた場合,INF-gの分泌はない。低用量のMPL(7.5mcg)はINF-gの分泌を誘導し,さらに,その最大効果は15mcgのMPLについて得られる。IL-2について観察されたこととは対照的に,培地中におけるINF-gの分泌は遅れ,96時間目まで継時的に増加する。

これらのデータを総合すると,MPL(<100nm)は,Al(OH)3に吸着したHBsAgに結合した場合,Th1の有効な誘導物質であることが示される。

Al(OH)3およびMPLに吸着したHBsAgを含有する処方の,Balb/cマウスにおける体液性免疫および細胞により媒介される免疫の双方に対する影響を調べた。結果は,一次および二次いずれの免疫の後にも,ずっと多くの抗-HBs抗体が見いだされるので,MPLは抗-HBs応答の動力学をはっきりと向上させることが示される。抗-HBsの量(判決注:「質」の誤り)も変化し,IgG2aの優先的な誘導が観察され,このことは,INF-gの分泌,すなわち細胞により媒介される免疫の誘導を間接的に反映する。

HBsAg,Al(OH)3およびMPLを含有する処方によるTh1細胞の誘導の直接的評価が,MPLは,1L-2およびINF-g双方を分泌するTh1細胞の有効な誘導物質であることを明確に示す。よって,この種の処方は,治療用ワクチンの開発において重要である。」(35頁15行~36頁5行)

(2)  判断

以上のとおり,引用例2には,3D-MPL及び担体としての水酸化アルミニウムから成るワクチン組成物が記載されている。そして,引用例2には,このワクチン組成物において,3D-MLPは水酸化アルミニウム及び抗原と相互に作用して単一物を形成するため,水酸化アルミニウムとともに処方された場合に小さいMPLのさらなる利点が生じるものであることや,その抗原として,ヒト乳頭腫ウイルス(乙3によれば,HPVと同義であると認められる。)由来のものであってもよいこと,このワクチン組成物は,感染の予防にも有効なものであることが記載されている。

そうすると,引用発明であるHPV感染及び/又は疾患の予防ワクチンにおいて,予防ワクチンに使用でき,HPV由来の抗原と共に使用され得る3D-MPL及び水酸化アルミニウムを含むものとすることは,当業者が容易に想到し得ることである。

(3)  原告の主張に対し

ア ワクチン開発の技術的困難性及びアジュバント選択の困難性について

原告は,前記第3,3(1)の①ないし⑦記載の点を挙げて,本願補正発明に係るワクチン開発及びアジュバント選択が技術的に困難であるから,本願補正発明を容易に想到し得ない旨主張する。

しかし,原告の上記主張は失当である。

すなわち,原告主張に係る前記第3,3(1)①ないし④は,本願補正発明に係るワクチンに含まれるL1 VLPについての製造上の技術的困難性に関するものであるが,前記引用例1で認定したとおり,L1 VLP自体は本願出願前から存する従来技術であるから,仮にその製造上の技術的困難性があったとしても,そのことは,本願補正発明の相違点3に係る構成を採用することの困難性を意味するものではない。

また,アジュバントの選択上の技術的困難性(前記第3,3(1)⑤)についても,前記のとおり,3D-MPL及び水酸化アルミニウムは,アジュバントとして優れたものであることが引用例2に記載されており,しかも,適用できるワクチンとしてHPVも記載されているのであるから,HPVワクチンのアジュバントとして3D-MPL及び水酸化アルミニウムを選択することが当業者にとって困難であったということはできない。

さらに,ワクチン投与量の選択や臨床試験をどの時点で終了させるかの判断(前記第3,3(1)⑥,⑦)は,どのようなワクチンの開発においても行われることであると認められるから,これらを当業者が行うことにも,格別の技術的困難があったということはできない。

したがって,原告の主張は採用できない。

イ 抗原とアジュバントとの組合せの困難性に対する判断の誤りについて

(ア) 原告は,抗原としてHPV16 L1VLPとHPV18 L1VLPの組合せを選択した後,これに対するアジュバントとしてAS04を使用することは,引用例2の記載から当業者が動機付けられたとはいえないと主張する。

しかし,前記認定のとおり,引用例2においては,AS04(水酸化アルミニウム+3D-MPL)と組み合わせられる抗原としてHPVも記載されているのであるから,引用例2に接した当業者であれば,AS04(水酸化アルミニウム+3D-MPL)と組み合わせて実験をした旨の記載のある抗原と同様の効果をHPVについて予測することができたものというべきである。

(イ) 原告は,前記引用例2の記載によれば,アルミニウム塩に対する抗体応答の性質が,3D-MPLの添加によって変化することを示すから,引用例2の記載に接した当業者は,AS04(水酸化アルミニウム+3D-MPL)を採用することはないと主張する。しかし,引用例2は,3D-MPLの有用性を示す文献であり,しかも,担体として水酸化アルミニウムを用いることも記載されているものであるから,原告の上記主張は採用できない。

(ウ) 原告は,前記引用例2に「治療用ワクチン」との記載があることから,引用例2に接した当業者にとって感染の予防のためのワクチンにAS04(水酸化アルミニウム+3D-MPL)を採用することは,容易ではないと主張する。しかし,前記認定のとおり,引用例2には,感染の予防にも有用である旨の記載があることにかんがみれば,原告の上記主張は採用できない。

ウ 顕著な作用効果の看過について

原告は,審決が甲7の結果を参酌せず,本願補正発明の顕著な作用効果を看過したと主張する。しかし,前記認定の引用例2の記載によれば,アジュバントとして3D-MPL及び水酸化アルミニウムを用いることが記載され,しかもその併用により体液性免疫応答と細胞性免疫応答の両者に対して改善効果を奏するとされるのであるから,たとえ甲7から本願補正発明においてアジュバントとして水酸化アルミニウム単独を用いる場合に比較して優れたものであることがいえるとしても,それをもって,本願補正発明が引用例1,2の記載から当業者が予測し得ない顕著な作用効果を奏し得たということはできない。原告の上記主張は採用できない。

4  結論

以上の次第であるから,原告の主張する取消事由はいずれも理由がない。原告はその他縷々主張するが,審決を取り消すべき違法は認められない。したがって,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 中平健 裁判官 上田洋幸)

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