知財高等裁判所 平成20年(行ケ)10423号 判決 2009年9月17日
原告
X1
原告
X2
両名訴訟代理人弁理士
澤木誠一
同
澤木紀一
被告
特許庁長官
指定代理人
村田尚英
同
武田悟
同
岩崎伸二
同
酒井福造
主文
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2007-20948号事件について平成20年9月26日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1 本件は,原告らが名称を「無反跳非熱核融合反応生成方法及び無反跳非熱核融合エネルギー発生装置」とする発明につき特許出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたが,特許庁から請求不成立の審決を受けたことから,その取消しを求めた事案である。
2 争点は,本願の請求項1~6に係る発明(本願各発明)が平成14年法律第24号による改正前の特許法36条4項(実施可能要件)又は同条6項2号(明確性要件)の要件を満たすか等,である。
<判決注> 平成14年法律第24号による改正前の特許法36条(以下「旧36条」という)4項は,次のとおりである。
「前項第3号の発明の詳細な説明は,経済産業省令で定めるところにより,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならない。」
第3当事者の主張
1 請求原因
(1) 特許庁における手続の経緯
原告らは,平成14年3月12日,名称を「無反跳非熱核融合反応生成方法及び無反跳非熱核融合エネルギー発生装置」とする発明について特許出願(特願2002-67220号,発明者X1〔原告〕,請求項の数6。公開公報は特開2003-270372号〔甲1〕)をしたが,特許庁から拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判請求をした。
特許庁は,上記請求を不服2007-20948号事件として審理し,その中で原告らは平成19年7月27日付け(甲補正)及び同年8月22日付け(乙補正)で特許請求の範囲の変更等を内容とする補正をしたが,特許庁は,平成20年9月26日,上記各補正を却下した上,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年10月14日原告らに送達された。
(2) 発明の内容
本願(上記各補正前)の請求項1~6の内容は,以下のとおりである。
・ 【請求項1】
液体リチウムまたはそれに溶融する核融合物質を混入させた核融合燃料で構成される電極表面に,パルス状ガス放電プラズマで加速した重水素イオンを注入して,高密度の液体イオン電子プラズマを生成し,前記液体リチウム内の原子間に働く凝縮力によって無反跳非熱核融合反応を増進することを特徴とする無反跳非熱核融合反応生成方法。
・ 【請求項2】
重水素ガスを注入して重水素イオンを生成する反応容器と,前記反応容器内に配設される陽極及び該反応容器内であって該陽極と所定間隔を存し,かつ液体リチウムまたはそれに溶融する核融合物質を混入させた核融合燃料で構成された陰極と,前記陽極及び前記陰極間にパルス状の電圧を印加し,前記反応容器内に液体イオン・電子プラズマを生成するパルス電源装置とを備え,前記液体リチウム内の原子間に働く凝縮力によって無反跳非熱核融合反応を増進することを特徴とする無反跳非熱核融合エネルギー発生装置。
・ 【請求項3】
陰極は,陽極と所定間隔を存して縦置きし,かつ,核融合燃料を含浸あるいは毛細管現象によって流動させた多孔質金属又は導電性セラミック若しくは金属又は導電性セラミックと金属メッシュを重ねたものであることを特徴とする請求項2記載の無反跳非熱核融合エネルギー発生装置。
・ 【請求項4】
陽極及び陰極の外周側に冷却手段と断熱手段を設け,該冷却手段により発生した熱を利用する熱利用手段を設けたことを特徴とする請求項2~3の何れか一つに記載の無反跳非熱核融合エネルギー発生装置。
・ 【請求項5】
前記核融合反応によって発生する熱を冷却材または冷却材兼用液体リチウムにより取出し循環するポンプ及びリチウム追加供給器を装着した配管に加えて重水素,リチウム蒸気と生成ヘリウムを分離回収する装置よりなる高熱源ループと,配管,循環ポンプおよび冷却器よりなる低熱源ループと,当該高温熱源と低温熱源の間に熱電物質をはさみ外部負荷に接続して電力を取り出す熱電変換器より構成される熱電発電システムを有することを特徴とする請求項2~4の何れか一つに記載の無反跳非熱核融合エネルギー発生装置。
・ 【請求項6】
前記高熱源ループの熱利用手段としてのタービンを回転させるための水/蒸気系統からなり液体リチウムと水/蒸気間の熱交換手段は熱交換器によるか又はリチウム系統と水/蒸気系統の間にもう一つの独立した熱輸送媒体の系統を設けたことを特徴とする請求項2~5の何れか一つに記載の無反跳非熱核融合エネルギー発生装置。
(3) 審決の内容
ア 審決の内容は,別添審決写しのとおりである。
その理由の要点は,①上記各補正は補正要件をいずれも満たさない,②本願各発明について,信頼しうる第三者の再現実験による実験成績証明書の提出がなく,原告らが指摘する文献の記載も再現実験について何ら開示するものではないから,無反跳非熱核融合反応の発生が確認されたものとは認められず,本願は上記改正前の特許法36条4項(実施可能要件)及び同条6項2号(明確性要件)に違反する,③上記各補正前の請求項1に(本願発明1)は下記先願発明と実質同一であるから特許法29条の2の規定により特許を受けることはできない,というものである。
記
特願2001‐258234号(発明の名称「溶融リチウム核融合反応生成方法及び溶融リチウム核融合エネルギー発生装置」,出願人X1〔原告〕及び株式会社東芝,発明者X1,出願日平成13年8月28日,公開日平成15年5月8日〔特開2003‐130977号〕,甲2。以下,これに記載された発明を「先願発明」という。)
イ なお,審決は,上記判断をするに当たり,先願発明の内容を以下のとおりと認定した上,本願発明1と先願発明の一致点及び相違点を次のとおりとした。
・ <先願発明の内容>
「溶融リチウムまたはそれに溶融する核融合反応の触媒作用を持つ金属を混入させた物質で構成される電極表面に,パルス状ガス放電プラズマで加速した水素イオンを注入して,高密度の液体イオン・電子プラズマを生成し,前記溶融リチウム内の原子核に働く凝縮力によって原子核同志を反応距離に近接させて核融合反応を誘発させることを特徴とする溶融リチウム核融合反応生成方法。」
・ <一致点>
いずれも
「液体リチウムで構成される電極表面に,パルス状ガス放電プラズマで加速した水素イオンを注入して,高密度の液体イオン・電子プラズマを生成し,前記液体リチウム内の原子間に働く凝縮力によって核融合反応を誘発させる核融合反応生成方法。」である点で一致する。
・ <相違点1>
液体リチウムに混入させる物質が,本願発明1においては「核融合物質」であるのに対して,先願発明においてはこのことが明らかでない点。
・ <相違点2>
本願発明1の「核融合反応生成方法」は「液体リチウム内の原子間に働く凝縮力によって無反跳非熱核融合反応を増進する」のに対して,先願発明の「核融合反応生成方法」は「無反跳非熱核融合反応を増進する」ものであるか明らかでない点。
(4) 審決の取消事由
しかしながら,審決には,以下に述べるとおり誤りがあるので,審決は違法として取り消されるべきである(補正却下については争わない)。
ア 取消事由1(特許法旧36条4項及び6項2号該当性判断の誤り)
下記②の実験報告書(甲7)によれば,液体リチウム又はそれに溶融する核融合物質を混入させた核融合燃料で構成される電極表面に,パルス状ガス放電プラズマで加速した重水素イオンを注入して高密度の液体イオン電子プラズマを生成することにより,無反跳非熱核融合反応が発生したことが認められる。
また,本願各発明に関する実験及び開発経過は下記①の論文(甲6)に記載されており,下記③④の論文(甲9,10)には本願各発明に関する原理に基づき1010~1015倍増進した核反応がウプサラ大学で繰り返し観測されていることが記載されている。その後,7Li(d,n)8Be→2α,7Li(7Li,2n)12C→3α核反応観測では,半導体検出器で粒子を検出し,エネルギー損失測定でα-粒子を同定するのに加えて,クロスチェックとしてΔE-E型粒子選別検出器でも再確認されているほか,LiIシンチレーション中性子検出器による反応生成中性子も観測している(下記⑤の論文,甲11)。以上の反応観測は,重陽子照射による神戸大学の実験でも繰り返され,ウプサラの成果と定量的な食い違いが見つかったが,これは溶融リチウム温度が110℃以上も高い等の実験条件の相違によるもので,この条件を堪案した解析結果では,反応増進度が化学核融合理論値とよく一致することが判明している(下記⑥の論文,甲12)。このような理論的展開に伴って,重水素分子イオン(D2+)による核反応は反応増進度が重陽子(D+)の場合より1010倍以上高い1021倍となることが判明したので(下記⑦の論文,甲13),実験したところ,イオン加速の投入エネルギーよりも反応生成エネルギーの高い“over-break even”核融合が初めて観測され,分子イオンによる強大な核融合発生が実験的に立証されている(下記⑧の論文,甲14)。
記
① X1“‐Ultradense Nuclear Fusion,Paper No.7‐Circumstances of R&D on the D‐Li and Li‐Li Chemonuclear Fusion Reactions(2001-2006)” Swedish Energy Agency Document ER2006:42(X1,「超密核融合No.7D‐LiとLi-Liによる化学核融合反応のR&Dセンターでの状況(2001‐2006)」,スウェーデンエネルギー庁公報ER2006‐42)(甲6補足書面)
② 坂口電熱株式会社R&Dセンター長B作成の平成20年8月11日付け実験報告書(以下「実験報告書」という。甲7添付書面)
③ X1 and A,“Evidence of Enhanced Nonthermal Nuclear Fusion” Bulletin of Institute of Chemistry Uppsala University, September 2002(X1及びA,「増進非熱核融合の証拠」,化学教室公報ウプサラ大学,2002年9月)(甲9)
④ X1,A,and C, “Enormous Entropy Enhancement Revealed in Linked Nuclear and Atomic Li+D Fusion in Metallic Li Liquid”, Progress of Theoretical Physics Supplement No.154,2004(X1,A,C,「液体金属リチウム中の連係化学‐原子核反応で顕在化した巨大増進現象」,日本物理学会「理論物理の進歩」154号頁251頁)(甲10)
⑤ X1,B,A,and D,“‐Ultradense Nuclear Fusion,Paper No.5‐Radiation Identification Confirmng Ultradense Nuclear Fusion” Revised Edition of Swedish Energy Agency Document ER2006:42(X1,B,A,D,「液体金属リチウム内の超密核融合 No.5 高密核融合の放射線同定観測」,スウェーデンエネルギー庁公報ER2006‐42改訂版)(甲11)
⑥ X1“ULTRADENSE NUCLEAR FUSION IN METALLIC LITHIUM LIQID‐Ultradense Nuclear Fusion, Paper No.6‐ Supporting Evidence of Chemonuclear Fusion Obtained in Kobe University Experiments” Revised Edition of Swedish Energy Agency Document ER2006:42(X1,「液体金属リチウム内の超密核融合No.6神戸大学実験による化学核融合反応の傍証」,スウェーデンエネルギー庁公報ER2006‐42改訂版)(甲12)
⑦ X1“Molecular Chemonuclear Fusion Ultradense Nuclear Complexes‐Supernovae on The Earth” Revised Edition of Swedish Energy Agency Document ER2006:42(X1,「高密原子核複合体経由の分子化学核融合‐超新星を地上に‐」,スウェーデンエネルギー庁公報ER2006‐42改訂版)(甲13)
⑧ X1 and B “‐Ultradense Nuclear Fusion,Paper No.4‐The Third Fire Observed in The D2‐2Li Molecular Chemonuclear Fusion ” Revised Edition of Swedish Energy Agency Document ER2006:42(X1,B,「液体金属リチウム内の超密核融合No.4D2‐2Li分子化学核融合で観測された第三の火」,スウェーデンエネルギー庁公報ER2006‐42改訂版)(甲14)
イ 取消事由2(本願発明1と先願発明の一致点認定の誤り)
審決は,「先願発明の『水素イオン』は本願発明1の『水素イオン』に相当する。」として(審決16頁27行),本願発明1と先願発明は,「液体リチウムで構成される電極表面に,パルス状ガス放電プラズマで加速した水素イオンを注入して,高密度の液体イオン・電子プラズマを生成し,前記液体リチウム内の原子間に働く凝縮力によって核融合反応を誘発させる核融合反応生成方法。」である点で一致すると判断した。
しかし,本願発明1で用いるのは「重水素イオン」であり,これは「水素イオン」とは全く異なるから,審決には一致点の認定に誤りがある。
なお,先願明細書(甲2)には,「更に,本発明の変形例として,図1,図3,図4の放電ガスとして水素の代わりに,重水素を用いることで,以下の反応にて発生する核融合エネルギー中性子をエネルギーとして用いたり,劣化ウランに照射し,新たな核燃料の製造に利用することができる。」(段落【0051】)との記載があるが,これは水素の代わりに重陽子核反応のストリッピング機構で発生する中性子を利用した場合を説明しているもので,水素イオンに代えて重水素イオンを用いうることを示したものではなく,本願発明1の無反跳非熱核融合反応とは無関係である。
ウ 取消事由3(本願発明1と先願発明の相違点1に対する判断の誤り)
審決は,「本願の明細書の記載からして本願発明1の『核融合』は『リチウム原子』と『水素イオン』との核融合を意味するものと解される。そうすると,液体リチウム中に核融合物質であるリチウム原子が混入していることは明らかであるので,本願発明1において『核融合物質』を混入することが実質的な相違であるとは認められない。」と判断した(審決17頁20行~24行)。
しかし,本願発明1において混入する「核融合物質」は化学核融合反応の主たる核融合物質である金属リチウムではなく,具体的な混入「核融合物質」は,液体リチウムとの混合で液体リチウム合金を形成しその結果化学核融合活性が顕在化してくる物質であり,例えばそれはボロンである。一方,先願発明では本願発明1における核融合物質は混入されていない。
エ 取消事由4(本願発明1と先願発明の相違点2に対する判断の誤り)
審決は,「引用発明の『核融合反応』と,本願発明1の『無反跳非熱核融合反応』との間に実質的な相違が認められない。」と判断した(審決18頁12行~13行)。
しかし,本願における核融合反応はこれまでの定説を覆すもので,活性が顕在化する液体金属リチウム中での化学反応における原子間凝縮力によるものであり,液体金属リチウム中で核融合が融合原子を形成する自発性化学反応と協調的にリンクして発生する。このため太陽芯部の密度の100万倍以上の密度の原子核コンプレックスを閉じこめている融合原子の存続時間が液体金属リチウム内の凝縮力によって延長して,天文学的に増進した該原子核コンプレックスの核融合を誘発するのである。
そして,一般に重水素イオンつまり重陽子の剥奪反応は水素イオンつまり陽子の捕獲反応に比べて,核反応位相空間が広がっているため核反応率が大きい特徴がある。これに加えて,反応系の熱力学的平衡を前提とする化学核融合反応では,核反応位相空間の広さの違いでは説明しきれぬ程桁違いの反応率で,剥奪反応が重大な役を果たす。それは,熱平衡にある液体金属リチウム中での剥奪過程において,中性子が入射重陽子と同方向に放出され,運動量が整合する条件の下では,化学核融合反応の中間体は静止状態で生成され,反応系の熱力学平衡が保証されるため,化学核融合反応特有の天文学的数量の増進度で核融合反応が誘発されるからである。このような特異な核反応機構のため,中性子は入射重陽子と同方向の前方放出に限定されることになり,通常の核反応には見られぬ鋭い前方向角度分布を示すことが考えられる。実際に,化学核融合実験で放出角度分布が前方に集中した中性子が,中性子検出器で観測されている。
これに対し,水素イオンの反応では運動量整合をしないので,上記の核反応と化学反応とのリンクが損なわれる。
なお,前記のとおり,先願明細書(甲2)の段落【0051】の記載は,水素の代わりに重陽子核反応のストリッピング機構で発生する中性子を利用した場合を説明しているもので,水素イオンに代えて重水素イオンを用いうることを示したものではなく,本願発明1の無反跳非熱核融合反応とは無関係である。
2 請求原因に対する認否
請求原因(1)(2)(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。
3 被告の反論
審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由は理由がない。
(1) 取消事由1に対し
核融合の発生を証明するためには,過剰熱の発生を検出することはもとより,中性子,ヘリウム,及びトリチウム等の核融合生成物を検出しなければならない。そして,該検出がバックグラウンド,放射能汚染,環境からの浸入,検出器の電圧変動・温度変動などによる影響を原因とするノイズの誤認でないことの確認が必要であり,それらを満足し得る実験成績証明書等により,客観的に判断することが必要である。
原告らが「実験成績証明書」として提出したとする甲7号証には,「液体リチウム」の表面に「重水素イオンを投射」したことが記載されている。しかし,この「実験成績証明書」は,本願各発明に係る構成要件である「液体リチウム」が「電極」を構成すること,「重水素イオン」が「パルス状ガス放電プラズマで加速」されたこと,すなわち,本願各発明の構成要件の下での核融合の発生を確認したものとはいえず,本願各発明の「無反跳非熱核融合反応」が前提としている「液体リチウム又はそれに溶融する核融合物質を混入させた核融合燃料で構成される電極表面に,パルス状ガス放電プラズマで加速した重水素イオンを注入して,高密度液体イオン電子プラズマを生成」する再現実験については,何ら開示も示唆もされていない。したがって,信頼しうる第三者の再現実験により「液体リチウム又はそれに溶融する核融合物質を混入させた核融合燃料で構成される電極表面に,パルス状ガス放電プラズマで加速した重水素イオンを注入して,高密度液体イオン電子プラズマを生成」したことが確認できる実験成績証明書の提出がなされていないから,無反跳非熱核融合反応の発生が確認されたものとは認められないとした審決の判断に誤りはない。
(2) 取消事由2に対し
ア 先願明細書(甲2)には以下の記載がある。
・ 「更に,本発明の変形例として,図1,図3,図4の放電ガスとして水素の代わりに,重水素を用いることで,以下の反応にて発生する核融合エネルギー中性子をエネルギーとして用いたり,劣化ウランに照射し,新たな核燃料の製造に利用することができる。」(段落【0051】)
・ 「7Li+D→24He+n」(段落【0052】)
イ 上記記載によれば,先願発明において,水素イオンに代えて重水素イオンを用いることが記載されている。したがって,審決が先願明細書の記載から認定した「溶融リチウムまたはそれに溶融する核融合反応の触媒作用を持つ金属を混入させた物質で構成される電極表面に,パルス状ガス放電プラズマで加速した水素イオンを注入して,高密度の液体イオン・電子プラズマを生成し,前記溶融リチウム内の原子核に働く凝縮力によって原子核同志を反応距離に近接させて核融合反応を誘発させることを特徴とする溶融リチウム核融合反応生成方法。」という先願発明における「水素イオン」とは,1Hの水素イオンのみならず,2HすなわちDの重水素イオンをも含むものである。
たしかに,審決が重水素のことまで触れなかったことについては的確性を欠いていたことは否めないが,「先願発明の『水素イオン』は,本願発明1の『水素イオン』に相当する。」と説示して構成要件の一致点の認定をしていることからすれば,審決のいう先願発明の構成要件たる「水素イオン」は「重水素イオン」を含むものである。
(3) 取消事由3に対し
ア(ア) 本願明細書(甲1)には,本願発明1の「核融合」について,以下の記載がある。
・ 「そこで,本発明ではリチウム原子が反跳を受けることなく水素原子と核融合する反応形態を規定して実用可能な無反跳非熱核融合反応生成方法及び無反跳非熱核融合エネルギー発生装置を提供することを目的とする。」(段落【0004】),
・ 「各請求項に対応する発明は,エネルギー発生課程として,下記の緩衝エネルギー(バッファエネルギー)の重水素イオンdの剥奪核反応を利用する。
7Li+d→24He+n+15.1MeV------------(1)
ここで,nは中性子であり式の右辺の反応エネルギーは生成核の運動エネルギーおよび放射線エネルギーとして放出される。MeVはメガ電子ボルトである。」(段落【0011】)
(イ) 上記の7Liと重水素イオンdとの核反応の記載によると,本願発明1の「核融合」は,「リチウム原子」と「重水素イオン」との核融合を意味するものと解される。してみると,「リチウム原子」は「核融合物質」なのであるから,審決が「液体リチウム中に核融合物質であるリチウム原子が混入している」とした審決の認定に誤りはない。
イ 原告らは,「具体的な混入『核融合物質』(例えばボロン)は,液体リチウムとの混合で液体リチウム合金を形成し,その結果,化学核融合活性が顕在化してくる。」と主張する。しかし,この点について,本願明細書(甲1)には,「・・・なお,液体リチウムに溶融する核融合物質としてボロンが混入される場合がある。」という記載があるのみであり(段落【0022】),かかる記載は「ボロンが液体リチウムとの混合で液体リチウム合金を形成し,その結果,化学核融合活性が顕在化してくる。」ということについて記載したものでも示唆するものでもない。原告の主張は本願明細書の記載に基づかないものである。
ウ 仮に,「核融合物質」がボロンであったとしても,本願の請求項1には「液体リチウムまたはそれに溶融する核融合物質を混入させた核融合燃料」と記載されていることから,この請求項1の記載が「液体リチウム(からなる核融合燃料)」若しくは「それに溶融する核融合物質を混入させた核融合燃料」の二者択一の選択を意味することは明らかであって,「核融合燃料」が液体リチウムのみの場合を含み,混入させる「核融合物質」を必須とするものでない。
(4) 取消事由4に対し
ア 本願明細書(甲1)には以下の記載がある。
・ 「そこで,本発明ではリチウム原子が反跳を受けることなく水素原子と核融合する反応形態を規定して実用可能な無反跳非熱核融合反応生成方法及び無反跳非熱核融合エネルギー発生装置を提供することを目的とする。」(段落【0004】)
・ 「各請求項に対応する発明は,エネルギー発生課程として,下記の緩衝エネルギー(バッファエネルギー)の重水素イオンdの剥奪核反応を利用する。
7Li+d→24He+n+15.1MeV------------(1)
ここで,nは中性子であり式の右辺の反応エネルギーは生成核の運動エネルギーおよび放射線エネルギーとして放出される。MeVはメガ電子ボルトである。」(段落【0011】)
・ 「上記反応式(1)は左辺のリチウム同位体の一種7Liの原子と重水素2Hの1原子の相互作用で,中性子nが放出されて陽子が捕獲される剥奪核反応により,右辺のヘリウム原子(4He)が2原子生成されることを示している。この反応では重水素のほぼ2倍のエネルギーの中低速中性子nが放出される時,7Liは反跳を受けることなく静止状態で陽子捕獲の核融合反応を起こす。したがって,反跳に伴う減殺効果を受けることなしに原子間凝集力により核反応は増進する。」(段落【0012】)
イ しかしながら,上記「剥奪核反応」(すなわち,段落【0011】における反応式(1)で示される核反応)において,如何なる反応条件で「重水素のほぼ2倍のエネルギーの中低速中性子nが放出される時,7Liは反跳を受けることなく静止状態で陽子捕獲の核融合反応(すなわち「無反跳非熱核融合反応」)を起こす」ことになるのか,段落【0004】及び段落【0011】にも,他の発明の詳細な説明にも,何ら記載も示唆もない。そうすると,本願発明1の「無反跳非熱核融合反応」は,単に「重水素イオン」と「リチウム原子」が反応することを意味するにすぎないと解さざるを得ない。
一方,先願発明の「溶融リチウム核融合反応生成方法」においては,重水素イオンが水素イオンの代わりに用いられることもあるのであるから,「重水素イオン」と「リチウム原子」の間で「核融合反応」が起きるものである。したがって,先願発明の「核融合反応」と本願発明1の「無反跳非熱核融合反応」とは格別相違するものではないから,先願発明の「核融合反応」と本願発明1の「無反跳非熱核融合反応」との間に実質的な相違が認められないとした審決の判断に誤りはない。
第4当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。
そこで,以下原告の主張する取消事由について判断する。
2 取消事由1(特許法旧36条4項及び6項2号該当性判断の誤りについて)
(1) 平成14年3月12日になされた本願に適用される特許法旧36条は,特許出願につき,その第1項で「特許を受けようとする者は,次に掲げる事項を記載した願書を特許庁長官に提出しなければならない・・・」とし,その第2項で「願書には,明細書,必要な図面及び要約書を添付しなければならない」とし,その第3項で「前項の明細書には,次に掲げる事項を記載しなければならない。①発明の名称②図面の簡単な説明③発明の詳細な説明④特許請求の範囲」とし,その第4項で「前項第3号の発明の詳細な説明は,経済産業省令で定めるところにより,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならない」と定めている。
上記第4項は特許出願における実施可能要件と称されているものであるが,特許制度は,発明を公開する代償として,一定期間発明者に当該発明の実施につき独占的権利を付与するものであるから,明細書に記載される発明の詳細な説明は,当業者(その発明の属する分野における通常の知識を有する者)が容易にその実施をすることができる程度に発明の構成が記載されていることを要するとしたものであるところ,上記のような法の趣旨に鑑みると,明細書の発明の詳細な説明の欄に当業者が実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていること,ひいては当該発明が実施可能であることは,出願人が特許庁長官に対し立証する責任があると解される。
審決は,原告らのなした本願につき,上記内容の実施可能要件につき原告らはその立証をなしていないと判断し,これに対し原告らはこれを争うので,上記の観点に立って,本願につき実施可能要件がないとした審決の当否について判断する。
(2) 本願の意義
ア 本願明細書(甲1)には,以下の記載がある。
・ 【特許請求の範囲】
請求項1~6は,前記第3,1(2)記載のとおり。
・ 【発明の属する技術分野】
「本発明は,液体金属リチウムを主たる核燃料及び触媒溶剤として行なう核融合反応により得られる無反跳非熱核融合反応生成方法及び無反跳非熱核融合エネルギー発生装置に関する。」(段落【0001】)
・ 【従来の技術】
「従来から今日まで核融合反応の実用に十分な高密度のイオン・電子プラズマは未だ実現していない。このようなことから,本出願人は,特願2001-00156において『溶融リチウム核融合反応発生方法及び核融合エネルギー供給装置』を,特願2001-177670において『核融合発電方法および核融合発電装置』を,特願2001-216026において『非熱核融合発電方法および非熱核融合発電装置』を,特願2001-258233において『核融合反応装置』を,特願2001-258234において『溶融リチウム核融合反応生成方法および溶融リチウム核融合エネルギー発生装置』を発明した。これらの先願発明では,既存の手段によって,前記の高密度のイオン・電子プラズマの達成が可能であり,これを利用したエネルギー供給装置の構成例が紹介されている。」(段落【0002】)
・ 【発明が解決しようとする課題】
「該各先願発明では,実際に実用化する上で,以下に述べるような課題が考えられる。即ち,該各先願発明では,核子あたり1keV~25keVの緩衝(バッファ)エネルギー領域の水素イオンを液体リチウムに注入し,原子間に働く凝集力によって核反応レートを1013倍程度増進する方法が開示されているが,水素イオンと衝突するリチウム原子が反跳を受けるので前記リチウム原子に働く凝集力が殆ど消失し増進効果が104倍程度に減殺されて実用性を失う可能性がある。」(段落【0003】)
・ 「そこで,本発明ではリチウム原子が反跳を受けることなく水素原子と核融合する反応形態を規定して実用可能な無反跳非熱核融合反応生成方法及び無反跳非熱核融合エネルギー発生装置を提供することを目的とする。」(段落【0004】)
・ 【課題を解決するための手段】
「本発明は,前記目的を達成させるため,請求項1に対応する発明は,液体リチウムまたはそれに溶融する核融合物質を混入させた核融合燃料で構成される電極表面に,パルス状ガス放電プラズマで加速した重水素イオンを注入して,高密度の液体イオン・電子プラズマを生成し,前記液体リチウム内の原子間に働く凝縮力が減殺されることなく無反跳非熱核融合反応を増進することを特徴とする。」(段落【0005】)
・ 「請求項2に対応する発明は重水素ガスを注入して重水素イオンを生成する反応容器と,前記反応容器内に配設される陽極及び該反応容器内であって該陽極と所定間隔を存し,かつ液体リチウムまたはそれに溶融する核融合物質を混入させた核融合燃料で構成された陰極と,前記陽極及び前記陰極間にパルス状の電圧を印加し,前記反応容器内に液体イオン・電子プラズマを生成するパルス電源装置とを備え,前記液体リチウム内の原子間に働く凝縮力が減殺されることなく無反跳非熱核融合反応を増進することを特徴とする。」(段落【0006】)
・ 【作用】
「各請求項に対応する発明は,エネルギー発生課程として,下記の緩衝エネルギー(バッファエネルギー)の重水素イオンdの剥奪核反応を利用する。」
【化1】
7Li+d→24He+n+15.1MeV…(1)
ここで,nは中性子であり式の右辺の反応エネルギーは生成核の運動エネルギーおよび放射線エネルギーとして放出される。MeVはメガ電子ボルトである。」(段落【0011】)
・ 「上記反応式(1)は左辺のリチウムの同位体の一種7Liの1原子と重水素2Hの1原子の相互作用で,中性子nが放出されて陽子が捕獲される剥奪核反応により,右辺のヘリウム原子(4He)が2原子生成されることを示している。この反応では重水素のほぼ2倍のエネルギーの中低速中性子nが放出される時,7Liは反跳を受けることなく静止状態で陽子捕獲の核融合反応を起こす。したがって,反跳に伴う減殺効果を受けることなしに原子間凝集力により核反応は増進する。」(段落【0012】)
・ 「発生した中低速中性子は,次の反応式(2),(3)の反応で6Liおよび7Liに吸収され,γ線エネルギーを放出する。又生成8Li核は反応式(4)のように半減期0.84秒のβ―崩壊で3.04MeVの励起エネルギーのベリリウム8Be*に移行し,これは瞬時にα崩壊して,α線とβ線エネルギーを放出する。ただし反応式(4)の反ニュートリノν―放出エネルギーは有効エネルギーとしては取り出せない。」(段落【0013】)
・ 【化2】 6Li+n→7Li+γ+7.25MeV…(2)
【化3】 7Li+n→8Li+γ+2.03MeV…(3)
【化4】 8Li→8Be*+β-+ν-+12.87MeV…(4)
【化5】 8Be*→24He+3.13MeV…(5)(段落【0014】)
・ 「上記反応式(1),(3),(4),(5)の反応で反ニュートリノν―のエネルギーを除いても,7Liの2原子と2H1原子で約27MeVのエネルギーが取出される。この反応は重水素イオンの照射の停止で即座に終了するので,容易にエネルギー発生の制御が可能であり,使用しないときにはエネルギーの放出が無いため,利用上の制限が少なく取り扱い易いエネルギー源を提供することが可能である。」(段落【0015】)
・ 「重水素イオンは陽極1と液体リチウム9を含む陰極2の間の電界により加速されて,重水素イオンの流れを形成する。重水素イオンの流れは液体リチウム9を含む陰極2の表面に達して,反応式(1)および(2)の緩衝エネルギー(バッファエネルギー)核融合反応及びそれが誘発する一連の核変換{反応式(3)~(5)}が発生する。この時発生するエネルギーで,液体リチウムは急速に発熱するが,陰極を構成する多孔質金属又は導電性セラミック等の伝熱効果により,このエネルギーは迅速に熱交換システム10に移行する。」(段落【0030】)
イ 上記記載によれば,本願各発明は,液体リチウムまたはそれに溶融する核融合物質を混入させた核融合燃料で構成される電極表面に,パルス状ガス放電プラズマで加速した重水素イオンを注入して,高密度の液体イオン・電子プラズマを生成し,前記液体リチウム内の原子間に働く凝縮力が減殺されることなく無反跳非熱核融合反応を増進させる方法又はその発生装置に関するものであり(請求項1~6参照),本願各発明における「無反跳非熱核融合反応」とは,下記(1)の反応式(以下「反応式(1))という。)で示される反応,あるいは反応式(1)で示される反応及びこれが誘発する下記(2)~(5)の反応式(以下「反応式(2)~(5)」という。)で示される反応をいうと認められる。
(1) 7Li+d→24He+n+15.1MeV
(2) 6Li+n→7Li+γ+7.25MeV
(3) 7Li+n→8Li+γ+2.03MeV
(4) 8Li→8Be*+β-+ν-+12.87MeV
(5) 8Be*→24He+3.13MeV
(3) 実験報告書(甲7)の記載
ア 一方,実験報告書(甲7)には以下の記載がある。
・ 「2002年秋,ウプサラ大学のIkegamiとPetterssonによって液体金属リチウムに10乃至24キロ電子ボルトのエネルギーで投射された重水素イオンが7Li(d,nα)4He反応を1010倍以上増進するという実験結果が報告された(文献1~3参照)。この実験では反応で発生したα-粒子を,同時に標準線源からのα線と比較して半導体α粒子検出器(SSD)で検出しており,粒子エネルギー損失測定の方法で,反応生成粒子がα粒子であると同定もしている(文献4参照)。」(1頁8行~14行)
・ 「2 試験装置の構成
図1は当R&Dセンターで製作された化学核融合試験装置の構成である。各部の符号は表1に示すとおりである。」(2頁1行~3行)
file_2.jpg【表1】
材料
数量
1
微量流量調整バルブ
1
2
低炭素鋼
1組
3
テフロン・シート
1
4
陽極材
SUS304
1
5
銅パイプ
工業用純銅
1
6
アルニコ磁石
12
7
固定ボルト
SUS304
4
8
イオン引出電極
SUS304
1
9
石英シリンダー
1
10
石英シリンダー
1組
11
フランジ
POM
1
12
排気ポート
SUS304
1
13
電磁コイル
1
14
石英チャンバー
透明石英
1
15
フランジ
SUS304
1
16
排気ポート
SUS304
1
17
石英チャンバー
透明石英
1
18
SSD
2
19
アルミニウムフィルム(t5μm)
アルミニウム
2
20
241Am
1
21
予備ポート
1
22
スクレーパー
鋼材
1
23
カップ
SUS304
1
24
ヒーター
SUS316
1
25
フランジ
SUS3048
1
26
電離真空側定子口
1
27
回転導入器
SUS304
2
28
キャピラリーチューブ
SUS304
1m
・ 「1)イオン源はウプサラ大学の改造イオン源(文献3参照)を大型にしたPIG型である。」(3頁1~2行)
・ 「5)ウプサラ大学の報告(文献2~4参照)では,核融合反応レートが,金属Liの純度の低下に著しく敏感で,液体金属Li装着用の標的カップの材質でも大幅に変動している。そこでカップは同大学で最良の実績のあったステンレス製を踏襲した。」(3頁12行~15行)
・ 「3.実験の手順及び測定結果
測定は標的の金属Liが,固相の場合と液相の場合について行なった。イオン照射にあたっては,天文学的数値の反応増進度と反応レートの著しいイオン・エネルギー依存性を考慮して,イオンビームの安定性に配慮した。35kVの加速電圧で8μA近いイオンをイオン源から引き出し,ビーム形状等を整えて2μAのイオンをほぼ直径20mmの液体金属Li表面に垂直に投射した。
反応生成α-粒子は,Li表面に対して17°の方向に設置されたSSDで検出し,エネルギースペクトルを測定した。
金属Li標的が固体の場合は重水素イオンエネルギー30キロ電子ボルト以下では,反応で発生する筈のα-粒子は全く検出されなかった。これは,例えば20KeV重水素イオンの場合の7Li(d,nα)4He反応断面積が10-11b(バーン)程度で,235Uの熱中性子による核分裂断面積に比べ10-13倍以下という事実からすると自然な結果である。バーンは断面積の単位で10-28m2である。
標的の金属Liが液化し熱的な平衡状態に入ると,突然SSDがα-粒子を計測しはじめた。しかしながらα-粒子の計数レートは間歇的に変動して,ウプサラ大学の報告に記載されている金属液体Liの表面状態の微妙な変化を思わせるものがあった。…」(4頁10行~5頁8行)
・ 「図2A及び図2Bは,ウプサラ大学と同条件の金属液体リチウムへの重水素イオン投射で観測した7Li(d,nα)4He反応のα-粒子スペクトルの一例である。
図2Aではイオン投射直後の激しいレート変動でピークが低エネルギー側にシフトしている。
図2Bでは粒子発生が定常的な時があると,正常位置のピークが現われて来る。
スペクトルが全般に幅広いのは検出したα-粒子が標的面とSSDに傾斜してそれぞれ放出入射しているからである。反応レートの増進度は,標的の金属Liの融点での測定では1010以上であり,ウプサラ大学の報告と合致している。」(5頁12行~22行)
イ 上記記載によれば,実験報告書(甲7)には,重水素イオンの液体金属リチウムへの注入について,イオンビームによる照射の記載はうかがえるものの,重水素イオンが本願各発明の構成である「パルス状ガス放電プラズマ」で加速されるものであるとの記載はない。また,液体金属リチウムが「電極」であるとの記載もない。さらに,本願各発明の「無反跳非熱核融合反応」は,これを示す反応式(1)「7Li+d→24He+n+15.1MeV」によれば中性子nが発生するものであるところ,「無反跳非熱核融合反応」の発生を直接観察する手段について,実験報告書(甲7)における実験ではα粒子を計測しているにとどまり,中性子nについては何ら測定していない。
そうすると,実験報告書(甲7)は,その実験の内容が「液体リチウムまたはそれに溶融する核融合物質を混入させた核融合燃料で構成される電極表面に,パルス状ガス放電プラズマで加速した重水素イオンを注入して,高密度の液体イオン電子プラズマを生成」したものとは認めるに足りず,また「無反跳非熱核融合反応」の発生を認めるにも足りない。
(4) その他の論文の記載
原告らは原告X1を著者とする論文(前記第3(4)ア①,③~⑧の文献,甲6,9~14)によって本願発明1の方法による無反跳非熱核融合反応が認められるとも主張しているが,上記各論文の記載から本願にいう「液体リチウムまたはそれに溶融する核融合物質を混入させた核融合燃料で構成される電極表面に,パルス状ガス放電プラズマで加速した重水素イオンを注入して,高密度の液体イオン電子プラズマを生成」する実験がなされたと認めるには足りない。また,核融合の発生を証明するためには中性子の検出など各種のデータが必要であるが,上記各論文において,中性子の検出等,無反跳非熱核融合反応が発生したと認めるに足りるデータが示されていると認めることもできない。
(5) まとめ
以上によれば,出願人たる原告らは,本願各発明が実施可能でありそれを明細書の発明の詳細な説明の欄に当事者が改めて実施することができる程度に明確かつ十分に記載したことを立証したとまでいうことはできず,したがって本願には特許法旧36条4項(実施可能要件)に違反する不備があるというべきである。そうすると,これと結論を同じくする審決の判断に誤りがあるということはできず,原告ら主張の取消事由1は理由がない。
3 結論
そうすると,その余の取消事由2ないし4について判断するまでもなく,請求不成立とした審決の結論に誤りがないことになり,原告らの本訴請求は理由がない。
よって原告らの請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 今井弘晃 裁判官 真辺朋子)