知財高等裁判所 平成20年(行ケ)10449号 判決 2009年5月12日
原告
有限会社サムライ
訴訟代理人弁理士
小谷悦司
同
川瀬幹夫
同
脇坂祐子
被告
リーバイ・ストラウス・アンド・カンパニ
訴訟代理人弁理士
中山健一
訴訟代理人弁護士
達野大輔
同
松平浩一
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2007-890169号事件について平成20年10月21日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1 本件は,原告が有する下記商標(本件商標)登録について,被告が商標登録無効審判請求をしたところ,特許庁が本件商標は商標法4条1項15号(混同を生ずるおそれ)に違反するとしてこれを無効とする審決をしたことから,これに不服の原告がその取消しを求めた事案である。
2 争点は,本件商標が他人である被告の業務に係る商品と混同を生ずるおそれがある商標に当たるか(商標法4条1項15号),である。
記
・商標(本件商標)
file_2.jpg・指定商品
第25類
「被服,ガーター,靴下止め,ズボンつり,バンド,ベルト,履物,仮装用衣服,運動用特殊衣服,運動用特殊靴」
・出願日 平成17年6月8日
・登録日 平成18年1月13日
・登録第4920906号
第3当事者の主張
1 請求の原因
(1) 特許庁における手続の経緯
原告は,平成17年6月8日に上記内容の本件商標について商標登録出願をし,平成18年1月13日に登録第4920906号として設定登録を受けた(甲1の1,2)。これに対し被告は,平成19年10月29日付けで商標法4条1項10号(周知商標と類似)・11号(登録商標と類似)・15号(混同を生ずるおそれ)を理由として本件商標登録の無効審判を請求した。
特許庁は,上記請求を無効2007-890169号事件として審理した上,平成20年10月21日,「登録第4920906号の登録を無効とする。」旨の審決をし,その謄本は平成20年10月31日原告に送達された。
(2) 審決の内容
審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,本件商標登録は商標法4条1項10号・11号には違反しないが,被告が有する下記引用商標1及びこれと酷似した被告のバックポケットの形状の周知著名性の程度は極めて高く,本件商標をその指定商品に使用すると被告の業務に係る商品と混同を生ずるおそれがあるから,同法4条1項15号に違反する,というものである。
記
・商標(引用商標1)
file_3.jpg・指定商品
第20類
「クッション,座布団,まくら,マットレス」
第24類
「布製身の回り品,敷布,布団,布団カバー,布団側,まくらカバー,毛布」
第25類
「被服」
(平成16年9月8日の書換登録後)
・出願日 昭和46年2月24日
・登録日 昭和58年5月26日
・登録第1592525号
(3) 審決の取消事由
しかしながら,審決の判断には,次のとおり誤りがあるから,違法として取り消されるべきである。
ア 取消事由1(本件商標と引用商標1が近似するとした認定の誤り)
審決は,本件商標と引用商標1について,「…互いに類似するものではないものの,これらの両ステッチは,ともに二重の破線をもって,五角形の外周部左右両辺からバックポケットの中央部に向かって形成され,これが中央部から上向きに形成されており,両ステッチ部分の形状をおおまかに観察すれば,互いに近似する形状であり,この点において,両商標は構成の軌を一にするといえるものである。」(13頁13行~17行)と認定した。
しかし,本件商標と引用商標1は近似する形状ではない。審決は,両ステッチが「ともに二重の破線をもって五角形の外周左右両辺からバックポケットの中央部に向かって形成され」ること,及び「これが中央部から上向きに形成され」ることの具体的な形状というべくもない極めて抽象的な図形コンセプトをもって「形状」と位置付け,更に,かかる図形コンセプトの共通することをもって,本件商標と引用商標1は「近似する形状」であり「構成の軌を一にする」としている。
しかし,商標法(以下「法」という。)4条1項15号の適用に際して「近似」という概念を用いるとしても,具体的な標章の形状を比較し「類似」(同10号,11号)ほどではないけれども「近似」の範疇に属する,と判断されるべきものであって,図形コンセプト的なものを持ち込んで,両者が「近似する形状であり」「構成の軌を一にする」とするのは誤りであり,かかる認定を根拠として,本件商標について出所の混同を論ずるのもまた誤りである。
イ 取消事由2(両商標が近似するのは自他識別機能を有しない部分であること)
(ア) 審決は,本件商標と引用商標1の形状の相違について,「一方,両商標におけるアーチを形成する2本の線が平行か,または左右の各端部方向へ広がっている等の相違は,前記した両商標の近似性を凌駕するほどの顕著なものとは認められない。」(13頁18行~20行)と認定したが,誤りである。
(イ) 商標は「自分の商品を他人の商品と識別乃至は区別するために自分の商品に用いる標章」を指し,自他商品識別機能ないし出所表示機能を有するものでなければならない。したがって,商標は,自他商品識別機能を発揮する部分に重きを置いて評価されるべきものである。
これを本件に適用すると,本件商標と引用商標1にあって,仮に審決のいう「近似する形状」が,図形コンセプトの域を脱して「形状」の域に達するものであったとしても,かかる「近似する形状」を備えるステッチは,甲122~142,及び甲148~152に示すように「群生」しており,「近似する形状」がステッチにおいて普通に採用され得るありふれた形状であることが明らかである。このように,多種のステッチに採用されているきわめてありふれた「近似する形状」に自他商品識別機能の存する由縁はなく,商標として機能する以上,「近似する形状」を全体構成の基礎ないし前提とするものであっても,その自他商品識別機能は全体構成におけるその余の形状に求められるべきであり,審決の否定する「アーチを形成する2本の線が平行か」等々の具体的形状にこそ,自他商品識別機能を発揮する主因があるとすべきである。
商標的要部はありふれた「近似する形状」に存するのではなく,そのような図形コンセプトの上に立って,ないしはこれを前提として施された具体的形状にこそ存するというべきである。
しかるに審決は,かかる具体的形状を軽視して,相違は「両商標の近似性を凌駕するほどの顕著なものとは認められない」と認定している。ここにおいて,「顕著」というのは,商標を論ずる場合,当然に,自他商品識別機能を指すものであるから,ありふれた「近似する形状」に自他商品識別機能が存し,「近似する形状」が両商標の商標的要部であるとの判断を示しているに外ならないのである。
ステッチにおいて普通に採用されるきわめてありふれた「近似する形状」に自他商品識別機能が存するとする認定は,商標の本質を見誤って為されたもので誤りである。
ウ 取消事由3(本件の需要者は取引者及び服飾事情に通じた者に限られるから混同が生じないこと)
(ア) 審決は,引用商標1の周知著名性を理由に,本件商標を指定商品に使用した場合について,「…本件商標を,その指定商品に使用するときには,これに接する需要者は,引用商標1あるいは請求人バックポケットの形状を連想・想起し…」(13頁29行~31行)と認定し,この事実をもって混同の生ずる原因としたが,誤りである。
(イ) 引用商標1が周知著名であるか否かは原告の知るところではないが,仮に引用商標1が周知著名であったとしても,被告が周知著名性を立証するために示した証拠はおおむね服飾専門誌,業界誌に限られている点に鑑みれば,引用商標1の周知著名の主体は取引者,及びジーンズを含む服飾に興味がありその事情に通じた若者等の需要者に限られ,その範囲において周知著名であるというに止まる。
従って,引用商標1の周知著名性を理由として混同を生ずるおそれがあるか否かを論ずる場合,混同惹起の対象は,取引者及び服飾事情に通じた需要者に限られるべきである。
しかるに審決は,混同惹起の対象を「これに接する需要者」全てに拡大して,「引用商標1を連想・想起」するとし,しかも,かかる「連想・想起」をもって,これに接する需要者が直接的に,狭義ないしは広義の混同を生ずるとしている。
本件の場合,「連想・想起」の主体はあくまでも取引者及び服飾事情に通じた需要者に限られるべきである。
また,本件にあって,仮に取引者及び服飾事情に通じた需要者に連想・想起が生じたとしても,後述するように,かかる者に混同が惹起される筈もなく,混同の生ずるおそれの理由として「これに接する需要者は引用商標1等を連想・想起し」とすることは誤りである。
エ 取消事由4(需要者が服飾事情に通じない者であっても混同が生じないこと)
(ア) 審決は,前記ウの誤った認定を前提として,当該連想・想起の結果,「…当該商品が請求人の取り扱う商品であると誤信するか,又は,請求人との間に密接な関係を有する者の業務に係る商品であると誤信することで,その商品の出所について広義の混同を生ずるおそれがあるというべきである。」(13頁31行~34行)とし,「本件商標に接する需要者の連想・想起」を原因として「混同を生ずるおそれ」を認定しているが,誤りである。
(イ) 本件商標を付した商品に接する需要者は,次の二つの層に仕分けされる。
第1は,引用商標1の周知著名の主体たる取引者及び服飾事情に通じた需要者である。
第2は,引用商標1の周知著名の主体たる地位になく,周知著名に全く関係のない,服飾事情に通じない需要者である。
上記第1の層は,実際に被告商品を扱うことにより,或いは被告が審判時に提示した前述の甲各号証に接することにより,引用商標1が被告の商品に用いられている商標であることをよく承知するものである。そして被告が,かかる引用商標1を自己のものとして守ってきた事情もよく承知する者に相違ないのである。そのような第1の層が,本件商標に接した場合,審決のいう「近似する形状」以外に共通する部分のない本件商標ではあっても,「近似する形状」の共通性をもって,引用商標1を連想・想起する可能性は否定できないが,連想・想起があったとしても,周知著名な引用商標1の形状を深く承知する層であるが故に,本件商標の付された商品を被告の商品であると混同する余地は全くない。実際,引用商標1が,被告が主張するように,平行する2本の弓形図形を2つ左右対称に配して「アーキュエットステッチ」と呼ばれる形状を為し,且つ,2つの弓形図形の交点は「ダイヤモンドポイント」と呼ばれる菱型を形成していることで有名であり,かかる形状を不変的に継続使用してきたことで,周知著名性を得ていたとしたら,第1の層の者は,かかる具体的形状をもって引用商標1の商標的特徴ないしは要部と理解し,被告の商品であることをこの商標的要部で認識するに相違ない。
一方,本件商標は,具体的形状が,弓形は2本の線より成るが平行ではなく,中心では左右の弓形の計4本の線が一点で交わり,外方へ向かうに従ってドラスチックにその線間の巾を増す形状で,且つ左右対称ではなく,従って,弓形を形成する計4本の線が中心一点で交わることで菱型図形等の閉空間が形成されることがなく,明確に引用商標1の商標的要部を欠くものであるから,第1の層が本件商標を使用した商品に接したとしても,引用商標1の使用された被告の商品との間で混同の生ずる余地は全くないというべきである。
さらにまた,第1層の者に対する周知著名性は,被告が主張するように,かかる「アーキュエットステッチ」「ダイヤモンドポイント」より成る引用商標1を不変的且つ継続的に使用してきたことにより得られたものであり,また,引用商標1の「近似する形状」を共通とする商標が群生し且つそれらの全てが被告とは密接な関係を有する者の業務に係るものでないことが明らかであるので,これらの事情を知る筈の第1層の者が本件商標を使用した商品に接したとしても,それが被告と密接な関係を有する者の業務に係る商品であると誤信し,広義の混同が生ずるおそれがあるとは考えられない。
このように,取引者や服飾事情に通じた需要者が,本件商標を使用した商品に接した場合,引用商標1を連想・想起する可能性は否定できないものの,狭義の混同はもとより,広義の混同を生ずるおそれもないことが明らかであり,「連想・想起」故に「混同の生ずるおそれあり」とする審決の判断は誤りである。
(ウ) 一方,ジーンズ等に疎い第2の層は,もともと被告商品に使用される引用商標1に馴染みはなく,仮に本件商標の使用された商品に接したとしても,引用商標1そのものを連想・想起することはなく,当然に,狭義,広義にかかわらず混同の生ずる余地はない。
例えばテレビCMなどで,いや応なく万人が接する商品「テレビ」に係る「Panasonic」や「SONY」とは事情が異なり,商品事情を知る特定の層のみに周知著名な商標に対し,標章そのものが非類似とされる商標をもって,それも「近似する形状」と称するきわめてありふれた図形コンセプトともいうべきものの共通性をもって,「混同を生ずるおそれ」ありとする判断は誤りである。
オ 取消事由5(本件商標と引用商標1は具体的形状が相違すること)
(ア) 審決は,「…本件商標と引用商標1とは,互いに近似する形状といえるものであり,本件商標が,他人の業務に係る商品と狭義の混同及び広義の混同を生ずるおそれがある商標と認められることは,前記3のとおりであるから,この点についての請求人の主張は採用することができない。」(14頁4行~8行)と判断したが,誤りである。
(イ) 本件商標と引用商標1は,いずれも具体的形状に自他商品識別機能の根拠を有するもので,その具体的形状の相違を重視して混同の有無が判断されなければならない。
引用商標1は前述の通り,「近似する形状」に基礎付けられ,或いはこれを前提として,左右のアーチがポケットの中央に形成される仮想中央縦軸に対して線対称的同型であり,各アーチを形成する2本の曲線が平行であり,曲線自身も高低差の大きくない緩やかなものであり,更に左右アーチの中央結合部が互いに交錯して菱型図形を形成する具体的形状を呈している。そして,かかる具体的形状が,引用商標1に自他商品識別機能を付与し,かかる具体的形状が,「アーキュエットステッチ」「ダイヤモンドポイント」として親しまれ,これに接する者に,落ち着いた整然たる印象を与えているのである。
これに対して,本件商標は,「近似した形状」を共通にはするが,左右アーチはポケット中央の仮想中央縦軸に線対称でも線対称的な同型でもないし,各アーチを形成する2本の曲線は平行ではなく中央から外へ向うに従ってドラスティックに広がっており,曲線自身も,右側アーチは内方から外方へ急激に立上り緩やかに下降する曲線で,左側アーチは内方から急激に立上り急激に下降する曲線で形成され,更に,左右アーチの計4本の曲線は仮想中央縦軸上で一点に収束して菱型図形等の閉じた空間を形成せず,わずかに交点上に短い水平線部を形成するという具体的形状を呈し,あたかも,カモメが両翼を思い切り広げて大空を飛び,いずれかの方向へ旋回を試みているが如き構図であり,本件商標に接する者に,動きに満ちた活動的な印象を与えている。
商標に起因する「混同を生ずるおそれ」の判断は,時と場所を異ならしめた離隔観察によるべきものであるところ,両商標の自他商品識別機能の根拠ともなるべき具体的形状そのもの及びかかる具体的形状が与える印象が,これ程に大きく相違する事情を鑑みれば,かかる具体的形状の相違を軽視し,きわめてありふれた「近似する形状」の共通を根拠として,本件商標が,狭義の混同及び広義の混同を生ずるおそれがある商標と認められるとした審決の判断の誤りは明らかである。
(ウ) ちなみに,甲153~159に示すとおり,原告商品に使用される本件商標は,「カモメステッチ」ないしは「シーガルステッチ」と呼ばれており,カモメないしシーガルを表すステッチとして,引用商標1の「アーキュエットステッチ」等と別異のものとされている。
カ 取消事由6(近似するとされた形状はありふれているから混同が生じないこと)
(ア) 審決は,きわめてありふれた「近似する形状」を図形コンセプトとして採用する商標が,登録商標として多数併存し,取引の場において群生しているにもかかわらず,「…それらが請求人の商標との関係で混同を生ずるかどうかは,個別・具体的に判断されるものであって,本件商標が,混同を生ずるおそれがある商標と認められることは,前記3のとおりであるから,この点についての請求人の主張は採用することができない。」(14頁16行~20行)としたが,誤りである。
(イ) 審決が「近似する形状」とする同形コンセプトは,ジーンズポケットステッチにおいて普通に採用される図形コンセプトと呼ばれるにふさわしい形状としての具体性を欠くものであることは前述した通りである。
そして,かかる「近似する形状」を採用したジーンズポケットステッチと思われる商標が,登録商標として多数併存し,また,実際の流通の場にあって,多種のステッチジーンズが群生し,取引に供されていることも前述した通りである。更に,この事情からしても「近似する形状」がきわめてありふれたものであり,商標に必須の自他商品識別機能を発揮する商標的要部を形成するものでないことも前述したとおりである。
(ウ) かかる事情に鑑みれば,併存する登録商標間にあって,また群生するジーンズポケットステッチ間にあって,各商標或いは各ステッチが,群生する他の商標或いは他のステッチと識別され,混同を生ずることなく併存するのは,これに接する者をして,これらに共通するきわめてありふれた「近似する形状」を軽視させ,各々の商標及びステッチが有する他の商標やステッチとは異なる具体的形状に自他商品識別機能を認識させるからに相違ない。
実際,引用商標1は,群生する他の商標,他のステッチが持たない「アーキュエットステッチ」「ダイヤモンドポイント」と呼ばれる具体的形状に起因して,群生する他の商標,ステッチとは識別できるものとして著名性を獲得したのであるから,引用商標1とは基本的形状が全く異なるといってよい程の具体的形状を採用し,これにより,引用商標1とは全く異なる印象を呈する本件商標が引用商標1と混同を生ずるおそれは,皆無に等しい。
(エ) 審決は,上記のとおり「請求人の商標との関係で混同を生ずるかどうかは,個別,具体的に判断されるもの」としている。その限りにおいては誤りはないが,原告は,「近似する形状」を採用する登録商標やステッチが群生していることをもって直ちに本件商標が引用商標1との関係で,混同を生ずるおそれがない商標であることを主張しているのではなく,かかる群生状態を背景に,個別,具体的に判断し,その上で混同を生ずるおそれがないことを主張しているのであるから,原告の主張を見誤って原告の主張を斥けた審決の判断は誤りである。
2 請求原因に対する認否
請求原因の(1),(2)の事実は認めるが,同(3)は争う。
3 被告の反論
(1) 取消事由1に対し
原告は,法4条1項15号の「近似」は,具体的な標章の形状を比較して判断されるべきで,審決が,図形コンセプト的なものを持ち込んで「近似」と判断するのは誤りであると主張する。
原告が何をもって具体的な「形状」と「図形コンセプト的なもの」を峻別しているのかは不明であるが,いずれにしても審決は,本件商標と引用商標1について,「ポケット形状の外周近くで概ねその形状に沿って五角形を形成する2本の線の部分と,ポケット形状の左右の各辺からその内部に形成された2本の曲線の部分とからなるものであり,ポケット形状の内部に形成された部分は,ポケット形状の左右各辺からポケット形状の内部に向かう2本の曲線からなるアーチが左右一つずつ,計二つ形成され,それぞれのアーチがポケット形状の内部中央において結合する形状からなるものである」旨認定しており,十分その具体的な「形状」をもって近似性を認定している。従って,審決が単なる「図形コンセプト的なもの」を比較して近似か否かを判断しているとの原告の主張は当を得たものではない。
また,仮に審決の認定が原告のいう図形コンセプト的なものであったとしても,審決は,法4条1項15号の誤認混同の恐れを前提として考えたときに,一般消費者が本件商標と引用商標1とを比較してみた場合に,基本的なデザインの方向性においては同じであるという印象を持たせる複数の要因を共通して持っており,またそういった基本的なデザインの共通性があればかかる誤認混同の恐れは十分認められるといっているのであるから,それを形状と呼ぶのであれ,図形コンセプトと呼ぶのであれ,上記のような基本的な図形の共有性をもって判断を行うことに問題があるものでもない。
(2) 取消事由2に対し
ア 原告は,審決の「両商標におけるアーチを形成する2本の線が平行か,または左右の各端部方向へ広がっている等の相違は,前記した両商標の近似性を凌駕するほどの顕著なものとは認められない。」との認定について,ステッチにおいて普通に採用されるきわめてありふれた「近似する形状」に自他商品識別機能が存する旨の認定であり,これは,商標の本質を見誤ったものであると主張する。
しかし,審決が「近似する形状」としてあげた形状は,原告の主張するような「きわめてありふれた」形状ではない。
被告は,世界で初めてジーンズを製造・販売したことで知られるが,引用商標1は1873年,被告がジーンズのリベット補強に関する特許を取得したのと同じ年に使用が開始され,130年間以上にわたって継続して使用されてきた(甲19),ジーンズの後ろポケットの刺繍の図形である。この図形はその後商標登録され,現存する衣料品に関する登録商標としては世界で最も古いものとされている。
その後,引用商標1を付した被告のジーンズは,オリジナルジーンズとして世界で常にトップクラスの売り上げを誇り,消費者に受け入れられていった。日本においても,矢野経済研究所といった調査機関により売り上げデータが毎年公表されているが,リーバイス(被告)の売り上げは常に最上位にランクされている。
これに比べ,原告が「群生」していると主張する甲122~142の商標の商標権者,そして甲148~152に記載されているデザインのジーンズの売り上げが,どの程度あるのか全く明らかではないが,被告が販売するジーンズの本数に比べれば,かかるジーンズの販売本数は極わずかなものであることが明らかなのであって,かかる状態をもって「群生」と呼ぶのは市場の状況を全く無視したものである。
また,原告を始め,上記証拠におけるステッチを使用する会社の多くは,「イミテーションジーンズ」と呼ばれるジーンズのメーカーである。各ジーンズメーカーは従来,それぞれの特色を強調すべく,ジーンズのポケットのステッチをはじめ,ジーンズのデザインに独自色を取り入れており,そのためにバックポケットステッチ等によりどのメーカーの商品であるかといった判別も容易にできる状態であった。この点は,甲13(昭和50年の雑誌「男子専科」),甲17(昭和51年の雑誌「メンズクラブ」,甲44(平成2年の雑誌「ホットドッグプレス」)等において,各社のジーンズのステッチ,レザーパッチ,ボタンの形状などを比較し,どのデザインがどのジーンズメーカーのものか,という点を説明する記事が見られることからも明らかである。まさにバックポケットのステッチが商標として自他識別力を有していることの証左である。
しかし,この後,1990年代において,市場に「レプリカジーンズ」と呼ばれる商品が出回るようになる(「レプリカ」とは,「複製品」のことである)。これらは,他のジーンズとの差別化を図るのではなく,既存の「リーバイス」や「リー」といった著名ジーンズブランドの過去のモデルなどをそっくり真似て作成されたジーンズである。これらのジーンズは後ろポケットのステッチなどもオリジナルのブランドのデザインを真似しているので,必然的に従来の後ろポケットについても非常に酷似したデザインが意図的に使用されていた。
原告のジーンズも,かかる「レプリカジーンズ」のひとつであり,例えばインターネットの検索で「サムライ」と「レプリカジーンズ」の2語を組み合わせて検索すると約4,500件のサイトが検出されるのであって(乙1),市場及び一般消費者における認識というものは明らかに,あくまで「他のジーンズの模倣」という評価を受けているものである。
このようなレプリカジーンズにおいては,意図的に被告のデザインの模倣が行われているのであるから,引用商標1についても類似したステッチの使用が行われているのである。従って,かかるステッチは「ありふれたもの」ではなく,そもそも「意図的な模倣」であるものである。かかる意図的な模倣が,被告による100年以上の長きに渡る引用商標1の使用の歴史の中で,ある時期に現れたからといって,これにより引用商標1の自他識別機能が減殺されるものと解されるものではない。なお,甲150の「STUDIO D'ARTISAN」については,被告による警告の結果,ややバックポケットのデザインを変更するに至っている(乙2)。
したがって,かかる重要な形状において本件商標と引用商標1が共通する点は,後述する混同の有無に重大な影響を与えるものである。
イ また,原告は,「アーチを形成する2本の線が平行か」等々の具体的形状にこそ自他商品識別機能を発揮する主因があるとするが,これは共通部分に自他商品識別機能がないという誤った前提に立った議論であるから論拠のあるものではないし,そもそも審決が「近似」するとした点は上述のとおり極めて具体的な形状である。このように両商標の大部分を占める具体的な形に共通性が見られることにより細かな相違点に需要者の注意が向くのは当然であり,「両商標の近似性を凌駕するほどの顕著なものとは認められない」とした審決は正当である。
ウ 原告は,この「顕著」というのは,商標を論ずる場合には自他商品識別機能を指すものであるから,ありふれた「近似する形状」に自他商品識別機能が存するという認定は商標の本質を見誤ったもので不当だとする。
しかし上記文脈(「両商標の近似性を凌駕するほどの顕著なものとは認められない」)において審決が述べた「顕著」という言葉は,商標についていわれる「顕著性」ではなく,単に一般的な「きわだっていて目につくさま。いちじるしいさま。」という意味で使用したものだと考えるのが適当である。また,審決が近似すると判断した形状は「ありふれた」形状などではないから,いずれにしても審決の判断に不当な点は存在しない。
(3) 取消事由3に対し
ア 原告は,被告が審判手続きにおいて提出した証拠がおおむね服飾専門誌,業界紙に限られている点から,引用商標1の周知著名の主体について,取引者,及びジーンズを含む服飾に興味がありその事情に通じた若者等の需要者に限られると主張する。
しかし,原告の主張は以下に照らし妥当ではない。
イ 「服飾専門誌,業界紙に限られている」との点につき
被告が提出した証拠のうち,「服飾専門誌,業界紙」と呼べるものは,「ストアーズレポート」「日本繊維新聞」程度であり,その他は一般的に販売されて誰でも入手可能なものである(リーバイスブックは被告のカタログであり一般書籍ではないが,店頭で誰でも手にとることができる)。例えば社団法人日本雑誌協会の公表する資料によると,被告が提出した証拠に係る雑誌の発行部数は以下のとおりである(乙3)。
・ 「メンズノンノ」(「MEN'S NON・NO」) 月間236,667部
・ 「ファインボーイズ」(「FINEBOYS」) 月間136,684部
・ 「ポパイ」(「POPEYE」) 月間 73,167部
・ 「メンズクラブ」(「MEN'S CLUB」) 月間 72,459部
・ 「アン・アン」(「anan」) 月間252,970部
・ 「キャンキャン」(「CanCam」) 月間570,000部
・ 「ノンノ」(「non・no」) 月間413,479部
・ 「ウイズ」(「with」) 月間531,684部
・ 「JJ」 月間253,684部
また,上記雑誌の価格帯も,各雑誌1冊あたり400円台から700円台が大半となっており,全国の書店のみならず,コンビニエンスストア等においても手軽に入手することが可能である。原告がどの程度の興味,知識を持っていることを想定して「服飾に興味があり,その事情に通じた」若者と述べているかは定かではないが,上記雑誌の読者が「服飾に興味があり,その事情に通じた」者だけに限られるものではないことは明らかである。
また,原告がどの程度の年齢層をもって「若者」と述べているのかは定かでないが,これらの雑誌の読者は必ずしも「若者」のみではない。社団法人日本雑誌協会の調査によると,上記雑誌の読者層の構成でみると,30歳以上の読者の占める割合は,例えば以下のとおりである。
・ 「メンズクラブ」 47.4%
・ 「ポパイ」 21.1%
・ 「ホットドックプレス」(「Hot-Dog PRESS」) 11.8%
・ 「アン・アン」 14.5%
・ 「ウイズ」 14.9%
さらに,読者の職業構成などを見ても,非常にバラエティに富んでいることがみてとれる(乙4の1~5)。
したがって,審判において提出された書籍等の読者は,「服飾に興味があり,その事情に通じた」者だけではなく,読み手の興味や知識の程度を問わず万人を対象とした雑誌となっていることは明らかである。
ウ 周知著名の主体について,取引者,及びジーンズを含む服飾に興味がありその事情に通じた若者等の需要者に限られるという点につき
雑誌の読者層に加え,更に,ジーンズについても,過去には単なる「作業服」と捉えられていた時期があったとはいえ,1950年代以降はファッションの一つとして定着したことは顕著な事実である。そして,その需要者は若者に限られるものではなく,老若男女を問わず,万人に受け入れられているものであることが調査により明らかである。
例えば,エヌピーディー・ジャパン株式会社が無作為に抽出した158,849人を対象に行ったインターネット調査(2008年度)によると,過去3ヶ月間にジーンズパンツを購入したことのある割合は,男女では,男性が14.8%,女性が21.7%となっている。また,世代別では,15歳から24歳では,20.6%,25歳から34歳では19.2%,35歳から50歳では16.6%となっている(乙5)。
当該調査は,「服飾に興味があり,その事情に通じた」者だけを対象にして行われた調査ではないにもかかわらず,調査結果をみると,各世代において高い割合のジーンズパンツ購入履歴を示している。このことは,ジーンズパンツが,服飾への特別な関心の有無にかかわらず全国民に受け入れられていることの証左である。
また,被告が提供しているサービスの会員となっている年齢層の分布を見ても,上記と同様に,幅広い年代にわたって需要者の存在することが見て取れる。
(ア) LS及びアウトレットモバイル会員
・ 登録会員総計:243,288名
・ 会員の年代割合:10代:2.9%
20代:42.1%
30代:26.9%
40代:11.4%
(イ) Levi’sEshop オンラインショップ会員
・ 登録会員:3,779名
・ 会員の年代割合:10代:3.47%
20代:38.86%
30代:41.83%
40代:13.78%
上記によれば,引用商標1の周知著名の主体が,「服飾に興味があり,その事情に通じた若者」に限られる理由は全くなく,かかる主体を広く一般需要者と判断した本件審判に何ら不当な点のないことは明らかであり,原告の主張は理由がない。
(4) 取消事由4に対し
ア 原告は,本件商標を付した商品に接する需要者を,(1)取引者及び服飾事情に通じた需要者,及び(2)服飾事情に通じない需要者,の2つの層に分類している。そして,(1)の層については,引用商標1の形状をよく承知する層であるが故に,本件商標の付された商品を被告の商品であると混同する余地は全くないし,被告と密接な関係を有する者の業務に係る商品であると誤信し広義の混同が生ずるおそれがあるとは考えられない旨主張する。また,(2)の層については,もともと被告商品に使用される引用商標1に馴染みはなく,引用商標1そのものを連想・想起することはなく,混同の生ずる余地はないと主張する。
イ (1)の層につき
そもそも,原告のように(1)の層を観念することは全く意味を有さないし,同時に誤っているものである。審決も述べるとおり,広義の混同を生ずるおそれの判断に当たっては,「商標の指定商品の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として,総合的に判断されるべきである」(平成12年7月11日最高裁判所第三小法廷判決・平成10年(行ヒ)第85号)ものであり,上記の通りジーンズの需要者は男女を問わず,また広範な年代に渡るものなのであるから,「取引者及び服飾事情に通じた需要者」の判断をここで考慮する必要はない。
また,原告は,需要者にどの程度の知識があることをもって,「通じた」又は「通じない」需要者として上記2つの層に分類しているのか明らかでないが,仮に(1)の「通じた」層の需要者だからといって,引用商標1の形状と本件商標の形状の差異を常に認識しているかは疑問である。上記の通り,原告商品の販売数はジーンズ全体で言えば非常にわずかなものである。上記の層の全員が本件商標を見て原告の商標と判断できるものでもない。原告のジーンズを知らない取引者が本件商標を見れば,これは被告の商標であると認識するものである。
ウ (2)の層につき
一方,(2)の層の需要者であればなおのこと,本件商標の使用商品と被告商品との間に混同を生ずることは明白である。上記の通り,両商標は基本的な形状において強く類似するからである。そして,離隔的観察の手法において,即ち両者を並べて同時に見るのではなく,時と場所を異にした状況で両者を見た場合,人の記憶は図形の細かな点までも記憶できるものではないから,全体の印象を持って類似性を判断することが明らかであり,上記の通り基本的な形状を共通にする両商標を見た場合には両者を混同するおそれがあることが明らかである。
更に,混同のおそれの有無の判断に当たっては取引の実情を考慮に入れるべきであり,この点,本件商標が実際に使用されているのは,ジーンズパンツの後ろポケット部分であるところ,ジーンズパンツの後部ポケットは,垂線に対して斜めに取り付けられており,引用商標1と本件商標の差異である左右のアーチが線対称であるか否かという点は,実際の商品を見るに当たっては容易に認識されるものではない。
需要者が,実際に購入したジーンズパンツを着用する場合,ジーンズパンツの後ろポケットは,臀部の曲線に合わせて,立体的な形状となる。需要者が,実際に着用されたジーンズパンツを目にする場合,見る角度によって,実際には線対称である左右のアーチが線対称に見えないこともあるし,逆に,かかるアーチが実際には線対称でない場合でも,見る角度によって線対称に見える場合もある。
さらに言えば,被告のポケットの形状及びその内部のステッチの形状にはばらつきがあることが当然のこととして受け入れられている。またそもそも被告の商品の中には,本件商標と同様に,上方の間隔の広がりの程度が大きい商品も存在するのである。例えば,「Boon」特別編集 Vol.1(甲66)に掲載されている,商品番号S501XXのジーンズはいずれも2つのアーチの上下差が大きく,本件商標とほぼ同程度といってよい。また甲119の商品におけるバックポケットのステッチも2つのアーチの上下差が大きく,甲119と甲120を比較すれば,一般消費者の間に混同が生じることは極めて明らかである。
これらの商品の存在により,本件商標のような大きなアーチを持つステッチが付された商品であっても,被告の商品であると誤認混同される可能性は非常に高い。
従って,上記ジーンズの需要者の普通に払われる注意力を基準として,本件商標が付された商品について,被告の商品のバリエーションの一つであるか,少なくとも被告と原告との間に何らかの経済的な関係があるものと誤認混同するおそれがあることは明らかである。
原告は,万人が接する商品「テレビ」に係る「Panasonic」や「SONY」とは事情が異なると述べるが,上述のように,「ジーンズパンツ」は今や男女の別,世代の別,服飾への興味の有無を問わず万人に受け入れられているのであり,「テレビ」と「ジーンズパンツ」において事情が異なるものではない。
(5) 取消事由5に対し
ア 原告は,①本件商標と引用商標1の具体的形状そのもの及び具体的形状が与える印象が大きく相違する旨述べ,②当該具体的形状の相違を重視して「混同」の有無が判断されなければならない旨主張する。そして,原告は,きわめてありふれた「近似する形状」の共通を根拠として請求人の主張を退けた審決の判断は誤りと主張する。
イ 上記①につき
本件商標と引用商標1は,その外周を構成する5角形が,最外周が実線で描かれ,そのわずかに内側及び少し距離を開けた内側に点線で同様の5角形が描かれ,上部の2本の点線と両側に描かれた2本の点線は交差しているという点,及び5角形の縦横の比率,両側の傾斜の角度及び底部の突出の角度が同じである。
両商標の基本的構成に,このようなほぼ同一と評価し得る図形が使用されていることにより,本件商標と引用商標1との間には非常に強い共通性が認められる。
さらに,本件商標に描かれた横に並んだ2つ弓形の図形は,引用商標1に描かれた横に並んだ2つの弓形との共通性を非常に強く印象付ける作用をもっている。
また,本件商標の中央部には点線で短い横線が記されているが,この図形は,両商標の類似性をさらに高めるものに他ならない。引用商標1には,2つの弓形の図形に挟まれた中央部に「ダイヤモンドポイント」と呼ばれる菱形の図形が存在する。これに対し,本件商標においては「ダイヤモンドポイント」と同様の位置に短い横線が形成されることとなり,2つの弓形の図形に挟まれた中央部に図形が存在するという点においてより共通性が増すことになるからである。
このように,本件商標と引用商標1は非常に類似するものとなっており,具体的形状そのもの及び具体的形状が与える印象が大きく相違するとの原告の主張は失当である。
ウ ②につき
「混同」の有無は,当該商標と他人の表示との類似性の程度,他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や,当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との関連性の程度,取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし,当該商標の指定商品の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として,総合的に判断されるべきである(前述の平成12年7月11日最高裁判所第三小法廷判決)。
審決は,「混同」の有無を,本件商標と引用商標の近似性のみならず,本件商標の指定商品と被告商品が極めて関連性の深い商品であること,被告バックポケットの形状の周知著名性が極めて高い一方で,本件商標あるいはステッチ部分の周知・著名性について証左がないこと,本件商標の指定商品が,引用商標1あるいは被告バックポケットの形状が商品に使用された結果,それが獲得している周知性の範囲内の商品といえるものであることから,総合的に判断しており,「近似する形状」のみを根拠としているわけではない。
なお,本件に類似の事件として,ジーンズポケットのステッチに関する商標権を有していた株式会社エドウィンに対して被告が請求した無効審判において,当該商標登録を無効とすると審決がされたため,同審決の取消しを求めた審決取消請求事件(知財高裁平成16年(行ケ)第85号)が存在する。この事件においても,知財高裁は,「ステッチがともに二重の破線をもって,五角形の外周部左右両辺からバックポケットの中央部に向かって形成され,これが中央部で下向きに形成されており,両ステッチ部分の形状をおおまかに観察すれば,互いに近似する形状であって,この点において,両者は構成の軌を一にするといえるとした審決の認定も,是認し得る」として,「近似」という程度の類似性を要素の一つとして総合的に混同のおそれを認定している。
従って,本件商標と引用商標1とが,互いに近似する形状であることを根拠として混同の有無を判断した審決に誤りはなく,原告の主張には理由がない。
(6) 取消事由6に対し
ア 原告は,①「近似する形状」がきわめてありふれたものであり,商標に必須の自他商品識別機能を発揮する商標的要部を形成するものでなく,併存する登録商標,ジーンズポケットステッチの群生は各々の商標及びステッチが有する他の商標やステッチとは異なる具体的形状に自他商品識別機能が存在するという事情を前提に,引用商標1及び本件商標は全く異なる具体的形状をもち,混同のおそれはないこと,②審決が原告の主張を見誤って原告の主張を斥けたこと,を主張している。
イ 上記①につき
原告の言うように,「近似する形状」という一形態を概念として捉えるまでもなく,自他識別機能は,引用商標1それ自体において存在するものである。そして,当該形状が決して「ありふれた」ものではなく,また類似のステッチが「群生」しているという主張は現在のジーンズ市場から全く乖離した主張であること,そして当該引用商標1と本件商標が非常に類似するものとなっていることは,上述のとおりである。
従って,原告の主張は失当である。
ウ 上記②につき
原告は審決が原告の主張を見誤っていたと主張するが,上記のように,「近似する形状」を採用する登録商標やステッチが群生しているという状態が,そもそも存在しないのであるから,かかる点に立脚する原告の主張が認められないことに何ら不当な点はない。
第4当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(審決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
2 本件商標登録の法4条1項15号該当性の有無について
審決は,本件商標登録には法4条1項15号(混同を生ずるおそれ)に該当する事由があるとして同登録は無効であると判断し,原告はこれを争うので,以下,同登録に上記無効事由があるかどうかについて判断する。
(1) 法4条1項は,その10号から15号において,他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標を不登録事由と定めているが,その規定の仕方からみると,典型的に混同を生ずるおそれのある例を10号ないし14号において具体的に規定するほか,それ以外で混同を生ずるおそれがある商標についての登録を排除するため,いわば一般条項ないし総括規定として15号を設けたものと解される。
そして,上記のような法4条1項10号ないし15号の趣旨からすると,15号にいう「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」には,当該商標をその指定商品等に使用したときに,当該商品等が他人の商品等に係るものであると誤信されるおそれがある商標のみならず,当該商品等が他人との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品等であると誤信されるおそれ(広義の混同を生ずるおそれ)がある商標を含むものと解される。そして,「混同を生ずるおそれ」の有無は,①当該商標と他人の表示との類似性の程度,②他人の表示の周知著名性及び独創性の程度,③当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との間の性質,④用途又は目的における関連性の程度,⑤商品等の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし,当該商標の指定商品等の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として,総合的に判断されるべきものである(最高裁平成12年7月11日第三小法廷判決・民集54巻6号1848頁参照)。
そこで,上記の観点から,本件商標登録が法4条1項15号の規定に違反するものであるかどうかについて検討する。
(2) 本件における事実関係
本件商標及び引用商標1の内容と出願経過は前記のとおりであるほか,証拠(甲1~5,115~160,乙1~130)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。
ア 被告は,米国において1870年代から幌馬車をおおうキャンバス地でジーンズを製造して販売するようになり,1873年にはバックポケットに弓形のステッチ(アーキュエットステッチ。アーキュエット〔arcuate〕とは,英語で「弓形の」との意味〔小稲義男編者代表「新英和大辞典」1999年第5版35刷発行,110頁,乙130〕)を縫い込むなどした,現在に至る基本的なジーンズの形を確立した。1950年代には米国のみならず世界的にジーンズブームとなり,我が国においても1957年に舶来衣料が自由化されたことから,米国製ジーンズが輸入されるようになった。1971年〔昭和46年〕には被告の日本支社が設立され(乙67),我が国でも遅くとも1975年〔昭和50年〕8月には,被告は引用商標1の形状のバックポケットの写真を用いたジーンズの宣伝・広告をし,「…バックポケットの弓形のステッチ…どれもリーバイスの象徴。」などの宣伝文句も使用している(乙8)。その後も,被告は現在に至るまで,継続的にバックポケットの写真をジーンズの広告に掲載し,雑誌等で宣伝している(乙9以下,多数)。被告ジーンズは男性用モデル,女性用モデルの双方を販売していることから,被告広告の掲載雑誌は,男性ファッション誌・一般誌のみならず,女性誌も含まれる。
イ 被告のジーンズの我が国における売上高は,1997年〔平成9年〕度の「ジーンズブランドランキング」によれば,エドウィン商事の発売する「エドウィン」ブランドに次いで2位であり(乙115),その後1位となるなど(乙118,120,121)常に上位にランクされているほか,被告ジーンズの1996年〔平成8年〕までの生産量は全世界で累計35億本にのぼる(乙67)。
ウ 被告が製造販売するジーンズのバックポケットには,子細にみると,引用商標1のバックポケット(5角形のバックステッチ内部を縁に沿って囲む縫い目のうち,左右両側の縫い目がポケットの外周とほぼ平行なもの。乙9,11,13等),及び,左右両側の縫い目間の幅がポケット上部に行くにしたがって広がる形状のもの(乙15,52等)の両者がある。この点に関し,乙23(「LEVI'SNEWSLETTER」1982年〔昭和57年〕11月発行)には,以下の記載がある。
「▼オレンジ・タブの製品は2本針のミシンで生産されるためステッチが平行だ。」
「●現在,タブの色は赤だけではない。ブルージーンズの場合501や505は赤地に白文字だが…この赤とオレンジ色は縫製の違いを表わしている。赤のタブは1本針のミシンによる伝統的縫製法によって作られたことを意味し,オレンジのタブは2本針のミシンによる合理的かつ近代的な縫製によることを表わしている。この違いが大きく現われているのが,ヒップポケットのまわりのダブル・ステッチだ。501や505ではステッチの巾は上が広くポケットの下にいくにつれて狭くなっている。(写真左)ところが,646では2本のステッチが同時に縫われるため平行になっているのが解かる(写真右)…」
エ 加えて,被告が,「…100年以上のジーンズ製造販売の歴史があるゆえに,ポケットの形状またはステッチの形状が微妙に異なるモデルが販売されていることがある」(本件審判請求書16頁下1行~17頁2行,甲143),「…販売の時期により,左右二つのアーチの高さが比較的低いものから,右高さが比較的高いものまで,いくつかのバリエーションが存在するものである」(商標登録異議申立理由補充書9頁13行~15行,甲146の1)とするとおり,被告の製造販売するバックポケットにおいては,弓形のステッチの上下の高さの変化が大きいものとそれほどでもないものがある(乙114の1~4)。これらはいずれも同じアーキュエットステッチとして,区別することなく取り扱われている(乙66等。乙40の被告の広告では,左右に分けて掲載された被告ジーンズのうちの右側の,製品につき「小さめのバックポケットを高い位置に付けているのが特徴。」とのみ記載され,弓型のステッチの上下の高さの変化の異なる製品の写真が左右に分かれ掲載されている。)。
このように,上記の被告のバックポケットのステッチのバリエーションは,いずれも引用商標1の形状を基本としてこれと酷似するものであり,細部の変化に属するものとして特段区別することなく扱われているから,これらバリエーションも含めて被告のバックポケットの形状として認識されている(これらを併せて「被告バックポケット」という)。
オ 一方,被告バックポケットに関して,証拠として提出された雑誌には以下の記載がある。
・ 「ホットドッグ・プレス」(昭和57年4月10日発行,講談社,乙20)
「リーバイス 世界50ヵ国以上で販売されるジーンズの本家。」,「…アーキュエットステッチにリーバイスの誇りが生きている」
・ 「ホットドッグ・プレス」(昭和57年11月10日発行,講談社,乙22)
「ご存知リーバイスのヒップポケットのステッチ。ポケットにステッチを入れたのはリーバイスが最初。これ以後皆さんステッチ入りとなった。」
・ 「Levi's Book CATALOG 1986」(乙25)
「…ヒップ・ポケットには,リーバイスのトレードマークであり,ポケットの補強の役目を持つアーキュエット・ステッチが付き,その横には伝統の赤タブが付く。…」
・ 「メンズクラブ1987年1月号」(株式会社婦人画報社,乙27)
「Ⅲ/リーバイスのトレード・マークであり,ポケットの補強の役目をもつアーキュエット・ステッチは現存する衣料の最古の商標登録をもつ印でもあるのです。」
・ 「チェックメイト1989年8月号」(株式会社講談社,乙39)
「リーバイスの創意 アーキュエット・ステッチ … ●”リーバイスの顔”はヒップだ。大きなバックポケットにはトレードマークの『アーキュエット・ステッチ』が縫い込まれ,その横にはタブが付いている。
『アーキュエット』だけでなく,タブもリーバイスの商標のひとつで,…こうしたリーバイスの着想は,すべて501において具現化され,以後あらゆるジーンズの『バイブル』となった。…」
カ また,被告のバックポケットのステッチの形状及びその商標登録の経過等に関し,書籍等には以下の記載がある。
・ 「リーバイス」(エド・グレイ著・喜多迅鷹ら訳・1981年〔昭和56年〕5月20日第1刷発行・株式会社草思社,乙19)
「1877年の工場拡張とともに,リーバイ・ストラウス社は特許リベットつきズボンのデザインを改めて決定した。…また,競争会社のズボンと区別するために,縫製工たちは後ろのポケットに『アーキュエット・スティッチ』,つまりカーブした二重のV字を縫い込んだ(このデザインは,もとはブランケットの裏をポケットにしっかり留めるという機能のもので,裏打ちを止めた後も,スティッチだけはそのまま残されたのだ。会社は,1942年になって,やっとこのスティッチをトレードマークとして登録したが,その申請書は,1873年以来ずっと使用されてきたと述べている。これは,現在使用されている最も古い衣服のトレードマークだと思われる。)…ポケットのスティッチの図柄,オレンジ色の糸,レザー・パッチ,デイビスがズボンに与えた型そのもの…これらはすべて西部の作業ズボンの特徴となった。…製品の規格は長く変わらなかった。それらは機能的で,単純で,そして何よりも持ちがよかった。」(30頁下段~31頁下段)
・ 「メンズクラブ昭和63年2月号」(株式会社婦人画報社,乙33)
「ヒップ・ポケットのアーキュエット・ステッチは現存する衣料品の中で最も古いトレードマークでもある。」
・ 「メンズクラブ1990年8月号」(株式会社婦人画報社,乙42)
「…リーバイスの”V”をデザイン化した”アーキュエット・ステッチ”。レッドタブ同様,リーバイスのオリジナリティを示す物だ。」(99頁)
・ 「Boon Extra」(祥伝社ムック・平成7年5月発行,乙66)
「アーキュエイトステッチはアメリカンイーグルをイメージしたステッチ」
キ またジーンズのバックポケットに関しては,各メーカーがそれぞれ独自のステッチを施して販売しているところ,雑誌等には以下の記載がある。
・ 「MEN'S MODE事典」(1975年,乙13。87頁)
file_4.jpg・ 「メンズクラブ1976年11月号」(株式会社婦人画報社,乙17)
「●リーバイス 歴史的にも生産量でも世界のナンバー・ワン・ブランド。腰からモモにかけては太めなリーバイス特有のシルエットで,これが熱狂的なファンを持つ。ブルージーンズの丈夫さの象徴であるリベットは,裏がアルミ製,きれいだ。各ディテールはブルージーンズに規則を作りあげた。」(110頁)
「STITCH ●ステッチを見てメーカー名が解りますか?
ブルージーンズで最もジーンズらしい部分,それはヒップラインと,ヒップについているパッチ・ポケットである。それぞれのジーンズの股上の深さや,モモの太さは最もこの部分の後姿に表われてくる。それだけに2つのパッチ・ポケットとそこにあるステッチこそブルージーンズのシンボルと言えるだろう。…」(113頁)
ク 被告ジーンズは,「¥5,900~¥7.900」(1999年~2001年,乙116~118),「¥7,900~¥8,900」(2002年,乙119),「5900-20000(円)」(2003年,乙120)程度が中心となる値段帯とされており,また被告のジーンズの広告が掲載された雑誌の中心読者層は10代後半~30代であり(乙4の1~5),40代以上の購読者が10%を超える雑誌もあるほか(「メンズクラブ」乙4の1,乙8),57万部の発行部数のもの(「CanCam」誌,乙3,78)もある。
(3) 検討
ア まず本件商標と引用商標1の類似性の程度についてみると,本件商標の構成は,前記のとおり,上部が下部よりも広がったホームベース形のポケット形状の外周に沿って3本(上辺)ないし2本(その余)の破線の縫い目(ステッチ)を入れ,内部のほぼ中央に2本のステッチが入っている。そのステッチはポケットのほぼ中央の若干下部を中心とし,そこから波形に左右に延びる2本の線で構成され,右側に延びるものが左側に延びるものよりも上部に延びており,線対称ではない。また上下の線の間は等間隔ではなく,右側では中央を離れるに従って広がり,左側は最も高い辺りでの幅が広くなり,左端に向かうにつれ一端狭くなった後,左端付近が一番広くなっている。一方,被告バックポケットの形状は,基本的には引用商標1のとおりであって,上部が下部よりも広がったホームベース形のポケットの外周に沿って2重にステッチを施し,ポケットの中央下部を中心としてそこから弓形に左右に延びる2本線で構成される線対称のステッチがあるものである。そして両者は,いずれも上部が下部よりも広がったホームベース形のポケットの外周に沿って2重にステッチを施し,ポケットの中央下部を中心としてそこから左右に延びる2本のステッチで構成される基本的な態様が共通することから,両者は相当程度近似する形状であると認めることができる。
イ 次に基本的に引用商標1の形状を有する被告バックポケットの表示の周知著名性及び独創性の程度についてみると,被告バックポケットの形状は,ジーンズの元祖ともいえるメーカーによるものとして100年以上にわたり基本的に変化がなく,バックポケットの形状に注意を喚起する旨の多数の宣伝広告がされ,我が国においてもトップレベルの販売実績・シェアを持つこと等により,本件商標の出願時(平成17年6月8日)及び登録時(平成18年1月13日)において,ファッション関連商品の取引者及び一般消費者を含む需要者の間で広く知られており,しかもその周知著名性の程度は極めて高いものであると認めることができる。
ウ 次に本件商標の指定商品等と被告の業務に係る商品等との間の性質についてみると,本件商標の指定商品は,前記のとおり,第25類「被服,ガーター,靴下止め,ズボンつり,バンド,ベルト,履物,仮装用衣服,運動用特殊衣服,運動用特殊靴」であり,これに対し,引用商標1の指定商品は第20類「クッション,座布団,まくら,マットレス」,第24類「布製身の回り品,敷布,布団,布団カバー,布団側,まくらカバー,毛布」,第25類「被服」であって,本件商標と被告の業務に係る商品との関連性の程度は高いというべきである。
エ さらに商品等の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情についてみると,前記のとおりファッション関連商品の取引者及び一般消費者を含む需要者が共通性を有していることが明らかである。
オ 以上を総合すると,本件商標をその指定商品について使用したときには,引用商標1又は被告バックポケットの形状が強く連想され,本件で想定される一般消費者を含む取引者ないし需要者において普通に払われる注意力を基準とした場合,被告ないし被告と関係のある営業主の業務に係る商品等であると誤信させ被告の商品等との混同を生じさせるおそれがあると認めるのが相当である。
そうすると本件商標は,被告の商品と混同を生じさせるおそれがあるものとして,法4条1項15号に該当するということになり,その旨をいう審決の判断に誤りはない。
(4) 原告の主張に対する補足的判断
ア 取消事由1について
原告は,審決が,具体的な形状というべきでない抽象的な図形コンセプトを形状と位置付けて本件商標と引用商標1が近似するとした認定が,誤りであると主張する。
しかし,審決が認定した,ステッチが2重の破線をもって五角形の外周左右両辺からバックポケットの中央部に向かって形成されること,これが中央部から上向きに形成されることはいずれも具体的な形状に関するものであって,これらが共通することにより,本件商標をその指定商品に用いた場合に被告の商品等との混同を生ずるおそれがあることについては,上記(3)で認定したとおりであって審決の認定に誤りはない。原告の上記主張は採用することができない。
イ 取消事由2について
原告は,本件商標と引用商標1の形状とが近似するとしても,甲122~142,148~152にあるようにステッチにおいて普通の形状であるから本件商標が被告バックポケット等と混同を生ずるおそれはないとも主張する。
(ア) 甲122~142はいずれも指定商品に「被服」ないし「洋服」,あるいは「デニム地を用いたズボン」を含み,いずれもジーンズのバックポケットないしステッチの形状に関する登録商標と認められるが,これらはいずれも被告バックポケットの形状,特にステッチの形状が異なるものであるから,これらが商標登録されているとしても,上記(3)の認定を左右するものではない。
(イ) また甲148~152のウエブサイトのプリントアウト(いずれも平成21年1月8日のもの)の内容は,以下のとおりである。
・ 甲148(http://denim-junkie.com/menu/dj501h_sale.html)には,第三者の販売する「DJ-501XX」の型番のバックポケットの写真が表示され,ポケットの中央部附近で交差する弓形のステッチについて「ロングホーンステッチ」との表示がされている。
・ 甲149(http://www.moda-italia.jp/52_976.html)には,ジーンズのバックポケットの写真の下に「大きめバックポケットには黄色糸を通したステッチ入り」と記載されている。
・ 甲150(http://www.biwacity.com/photo/21840/d1385up.jpg)には,そのウエブサイトにおいて,ジーンズのバックポケットの写真が表示されている。
・ 甲151(http://www.j-e-a-n-s.net/cgi-bin/item/A1/a1-210.htm)は,「Studio Dartisan」ブランドの「SD-DO2天然インディゴ」について,ジーンズのバックポケットの写真が示されている。しかし,「新ロット仕様変更について このページに掲載している画像は仕様変更前の(判決注:「に」は誤記)旧ロットの画像です。」とも表示されている。
・ 甲152(http://www.j-e-a-n-s.net/cgi-bin/item/A1/a1-186.htm)には,「F.O.B.FACTORY」ブランドの「F161『66モデル』」として,ジーンズのバックポケットの写真が示されている。
しかし,上記甲148に係るステッチでは,中央で交差した2本のステッチが交差後も左右下部に延びており,甲149もこの点につき同様であるほか,左右のステッチの長さも高さも異なり,非対称である。甲150のものも,左右のステッチの2本の線の幅が異なることやポケット中央部で線対称でないこと等からすると,本件商標ないし引用商標1又は被告バックポケットの形状とが近似する点についてこれが識別力のない部分であるとするのは適切でない。かえって,甲151にかかる「Studio Dartisan」にかかるジーンズは,2007年8月生産分よりステッチのデザインを変更したことが認められる(乙2)。
(ウ) 以上の検討によれば,原告の上記主張は採用することができない。
ウ 取消事由3・4について
原告は,本件の需要者は取引者及び服飾事情に通じた者に限られるから混同が生じない(取消事由3),需要者が服飾事情に通じない者であっても,そのような者はもともと被告のバックポケットの形状ないし引用商標1に馴染みはないから,混同を生ずるおそれはない(取消事由4)と主張する。
しかし,本件で想定される取引者ないし需要者及びその注意力を基準とした場合に被告商品等と混同を生ずるおそれがあることについては上記(3)で認定したとおりである。原告の上記主張は採用することができない。
エ 取消事由5について
(ア) 原告は,原告商品に使用される本件商標は,「カモメステッチ」ないし「シーガルステッチ」と呼ばれており,引用商標1の「アーキュエットステッチ」とは別異のものとされているから混同は生じないと主張し,それに沿う証拠として甲153~159を提出する。「シーガル」(seagull)は,英語で「海カモメ,カモメ…」を意味する(竹林滋編者代表「新英和大辞典」2002年3月第6版第1刷発行,2216頁,甲160)ところ,甲153~159のウエブサイトを印刷したものの内容は,以下のとおりである。
・ 甲153(http://denim-m.hp.infoseek.co.jp/ss0512bc-01.htm。平成21年1月8日のもの)には,本件商標と類似するジーンズのバックポケットの写真とともに,「サムライジーンズ初のステッチ入りモデル。カモメに形状が似ているからカモメステッチとかシーガルステッチと呼ばれています。…」と記載されている。
・ 甲154(http://j-e-a-n-s.net/cgi-bin/item/A1/a1-118.htm。平成21年1月8日のもの)には,「ポケットはカモメステッチ(シーガルステッチ)を施しています!…」と記載されている。
・ 甲155(http://www.kaizoku-pirates.com/SHOP/S634XX-AI.html。平成21年1月8日のもの)には,「ポケットにはカモメステッチ。」と記載されている。
・ 甲156(http://item.rakuten.co.jp/moveclothing/j203/。平成21年1月19日のもの)には,「細身のブーツカット…バックポケットには影武者ステッチ!…ステッチ跡が影となり,カモメステッチの形が浮き彫りとなって残る。…サムライジーンズのこだわりです!」と記載されている。
・ 甲157(http://auction.jp.msn.com/item/103131651。平成21年1月8日のもの)には,「…ヒップポケットにはサムライカモメステッチ型にペンキプリントを施した。…」と記載されている。
・ 甲158(http://luablog.jugem.jp/?eid=330。平成21年1月8日のもの)には,「…世にも珍しい隠しカモメステッチ(バックポケット内にカモメステッチ型の刺繍を入れたスレーキを張り,ジーンズの経年による色落ち・アタリで,飾りステッチを表現する独自のポケット仕様。)仕様のポケットなど,…」と記載されている。
・ 甲159(http://www.amebon.com/itemdetail.php?id=VSJ0008。平成21年1月8日のもの)には,「◆ヒップポケット サムライカモメステッチ型ペンキプリント」と記載されている。
(イ) しかし,1998年から2008年までの「ジーンズ白書」ないし「カジュアル白書」(乙115~125)の売上げランキング(2008年は229位まで)には,原告商品は入っておらず,一般消費者の間で原告ジーンズのステッチが「カモメステッチ」ないし「シーガルステッチ」と称されているとまで認めるべき証拠もない。さらに,上記のとおり甲153によれば最近のウエブサイト(上記のとおり平成21年1月8日印刷のもの)に「サムライジーンズ初のステッチ入りモデル。」とされ,甲157・159のバックポケットの中央部のステッチも,ポケットの外周をかなりはみだして左右に延びており,本件商標ともかなり異なる印象のものとなっている。
以上によれば,原告のジーンズのステッチが「カモメステッチ」ないし「シーガルステッチ」と称される場合があることから被告のジーンズのステッチと区別しうるものとは認められない。
また,本件商標と引用商標1又は被告バックポケットの具体的形状が近似することについては,上記(3)で認定したとおりである。原告の上記主張は採用することができない。
オ 取消事由6について
原告は,審決が,近似するとする形状は多数存在する(群生する)ことを主張して混同を生ずるおそれがないことを主張したにもかかわらず,混同を生ずるかどうかは個別具体的に判断されるものであるとして被請求人である原告の主張を斥けたのは誤りであると主張する。
しかし,本件商標につき,被告の商品等と混同を生ずるおそれがあることについては上記(3)で認定したとおりであるから,被請求人である原告の上記主張を斥けた審決の判断に誤りはない。原告の上記主張は採用することができない。
3 結語
以上のとおりであるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 今井弘晃 裁判官 真辺朋子)