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知財高等裁判所 平成20年(行ケ)10469号 判決 2009年11月18日

原告

テレ アトラス ノース アメリカ インコーポレイテッド

同訴訟代理人弁理士

高橋清

被告

特許庁長官

同指定代理人

片岡弘之

田良島潔

大河原裕

廣瀬文雄

小林和男

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2007-5821号事件について平成20年8月18日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,原告が,名称を「GPSデータを使用したナビゲーションシステム」とする発明につき特許出願をしたところ,特許庁から拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたが,請求不成立の審決を受けたことから,その取消しを求めた事案である。

争点は,上記発明が,特開平8-94367号公報(甲1。以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)並びに特開平7-294269号公報(甲2。以下「周知例1」という。)及び特開昭64-53180号公報(甲3。以下「周知例2」という。)に記載された各発明から容易に想到することができたか否かである。

1  特許庁における手続の経緯

原告は,上記発明につき,平成8年11月8日付け米国特許出願08/747161号に基づくパリ条約優先権を主張して平成9年10月29日に国際出願した(平成10年特許願第519796号。甲4)が,特許庁は,平成18年11月22日付けで拒絶査定をした。原告は,平成19年2月23日,これに対し不服審判請求をするとともに,同日付けで,明細書につき補正をした(甲8)。

特許庁は,上記審判請求を不服2007-5821号事件として審理し,平成20年8月18日,上記補正を却下の上,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月29日,原告に送達された。

2  発明の内容

上記発明は,上記補正前の明細書の【特許請求の範囲】に記載された次のとおりのものである(以下,「請求項1」に記載された発明を「本願発明」という。請求項2ないし39は省略する。)。なお,審決は,上記補正を却下したが,原告は,この点につき争わない旨表明している。

【請求項1】 「電子地図とGPSデータを使用してオブジェクトを追跡する方法であって:

前記GPSデータが信頼できるかどうか決定し;

前記GPSデータが信頼できると決定された場合,前記GPSデータに基づいてオブジェクトの位置を更新する;

前記GPSデータが信頼できると決定された場合,前記オブジェクトの更新位置を前記電子地図に一致させる;

ステップを含むことを特徴とするオブジェクトを追跡する方法。」

3  審決の理由

審決は,次のとおり,引用発明及び周知例1,2に記載された発明から本願発明を想到することは容易であったとして,本願発明は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

(1)  引用発明の内容

「引用例には,『地図情報とGPS方位を使用して車両を追跡する方法であって:

前記GPS方位が採用できるかどうか判定し;

前記GPS方位が採用できると判定された場合,前記GPS方位に基づいて車両の方位を補正する;

前記車両の位置をマップマッチングさせる;

ステップを含む車両を追跡する方法。』という事項を含む発明(引用発明)が開示されていると認定することができる。」

(2)  引用発明と本願発明の一致点及び相違点

「本願発明と引用発明とを対比すると,引用発明の『地図情報』が本願発明の『電子地図』に相当し,以下同様に,『GPS方位』が『GPSデータ』に,『車両』が『オブジェクト』に,それぞれ相当する。

次に,引用発明の『GPS方位が採用できるかどうか判定』することは,採用できると判定するのが通常はそのGPS方位(GPSデータ)が信頼できるためであると認められるので,本願発明の『GPSデータが信頼できるかどうか決定』することに相当する。

続いて,引用発明の『GPS方位が採用できると判定された場合,前記GPS方位に基づいて車両の方位を補正する』態様と,本願発明の『GPSデータが信頼できると決定された場合,前記GPSデータに基づいてオブジェクトの位置を更新する』態様とは,『GPSデータが信頼できると決定された場合,前記GPSデータに基づいてオブジェクトの所定情報を更新する』という概念で共通する。

また,ナビゲーション技術において,マップマッチングとは,電子地図において,測位された車両の現在位置に対応する道路上に車両の位置を一致させることで位置補正を行うものといえるから,引用発明の『車両の位置をマップマッチングさせる』態様と,本願発明の『オブジェクトの更新位置を電子地図に一致させる』態様とは,『オブジェクトの位置を電子地図に一致させる』という概念で共通する。

そうすると,本願発明と引用発明とは,

『電子地図とGPSデータを使用してオブジェクトを追跡する方法であって:

前記GPSデータが信頼できるかどうか決定し;

前記GPSデータが信頼できると決定された場合,前記GPSデータに基づいてオブジェクトの所定情報を更新する;

前記オブジェクトの位置を前記電子地図に一致させる;

ステップを含むオブジェクトを追跡する方法。』の点で一致し,以下の点で相違している。

・相違点1 更新される,オブジェクトの所定情報が,本願発明では『位置』であるのに対し,引用発明では『方位』である点。

・相違点2 オブジェクトの位置を電子地図に一致させることが,本願発明では,『GPSデータが信頼できると決定された場合』に行われ,また,オブジェクトの位置が『更新』位置であることを特定するのに対し,引用発明ではかかる特定がされていない点。」

(3)  容易想到性について

「GPSデータに基づいて車両等の位置を測定することは周知の技術であるし,引用例の【0018】にも『GPS受信装置により算出される車両の位置』との記載がある。

また,GPSデータに基づいて測定した位置を,GPSデータが信頼できるものであれば採用し,信頼できないものであれば採用しないようにすることは,普通に考えられることであり,かつ,周知の技術でもある(例えば,特開平7-294269号公報(周知例1)の『【0013】GPS測位で解飛びが発生していないときはその測位データの推定誤差が小さく,自動的に,高精度の測位データ(GPS測位解)が選択されて出力される。GPS測位の信頼性が低い解飛びが発生した場合には,それが自動的に検出されてジャイロ測位手段(16)が算出した位置情報(複合測位解)が選択され出力されるので,出力データの信頼性が高い。』という記載や,特開昭64-53180号公報(周知例2)4頁左下欄3ないし15行の『この発明においては,GPSを構成する人工衛星の中で電波を受信することのできるものが2個以下になってGPS測位が不可能になったとき,または,その測位精度が充分でなくなったときに,方位センサおよび距離センサからの移動体の移動方位データおよび移動距離データに基づく自立型の位置データを活用することにより,移動体の現在位置が正確に検知される。また,この発明においては,GPS機能部が選択されていて,ある時点でのGPSデータが対応時点における自立型データを超えているときには,前記ある時点で得られたGPSデータを無視するようにされる。』という記載等を参照)。

これら周知の技術を考慮すると,引用発明における,オブジェクトの所定情報を,『方位』に代えて『位置』とすることは,当業者が容易に想到できたことである。その際,オブジェクトの位置を電子地図に一致させる,いわゆるマップマッチングに際しても,そのオブジェクトの位置として精度の高いものを採用したほうがよいことは明らかであるから,かかるオブジェクトの位置として,GPSデータが信頼できる場合の,そのGPSデータに基づいて測定した位置を採用することは,当業者の通常の創作能力の発揮に過ぎない。

そうすると,引用発明において,前記周知の技術を考慮し,前記相違点1及び2に係る本願発明の構成とすることは,当業者が容易になし得たものである。

そして,本願発明の全体構成から奏される効果も,引用発明及び前記周知の技術から当業者が予測できる範囲のものである。

したがって,本願発明は,引用発明及び前記周知の技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。」

第3原告主張の要旨

審決は,次のとおり,引用発明の認定を誤り,本願発明と引用発明の一致点・相違点の認定を誤り,ひいては,本願発明が引用発明から容易想到である旨誤って判断した。さらに,審決には,周知例1,2を実質的な引用文献として用いながら,それを拒絶理由通知等で引用していないという手続違背(特許法50条違反)がある。

1  取消事由1(引用発明の認定の誤り)

(1)  引用発明は,推測航法とGPSデータを併用したいわゆるハイブリッド型ナビゲーション装置に関するものであり,GPS方位は単に推測航法による推測方位の補正に使用されているにすぎず,車両の進行方位はあくまで推測航法による推測方位により決定されているから,引用発明は「地図情報と推測航法による方位を使用して車両を追跡する方法」であって,本願発明のように,「GPSデータ(GPS方位を含む。)を使用して」オブジェクトを追跡する方法ではない。

したがって,引用発明が「地図情報とGPS方位を使用して車両を追跡する方法」であるとした審決の認定は誤りである。

なお,方位によっては,車両の追跡は不可能である。また,引用例において補正係数を1とした場合であっても,あくまで補正量と推測方位を用いて補正方位を決定していることに変わりはなく,引用例において,推測方位を用いずGPS方位を用いて車両の進行方位を決定する態様が開示されているわけではない。

(2)  引用発明は「前記GPS方位が採用できると判定された場合,前記GPS方位に基づいて推測航法による『車両の推測方位』を補正する」ものであって,「車両の方位」を補正しているのではない。車両の「方位」は決定又は検出されるものであって,補正の対象ではなく,補正の対象はあくまで「推測方位」である。

したがって,引用発明が「前記GPS方位が採用できると判定された場合,前記GPS方位に基づいて車両の方位を補正する」ものであるとした審決の認定は誤りである。

(3)  引用発明では,推測方位の補正後のプロセスについては記載がなく,マップマッチングを行っているか否かは不明であるから,引用発明が「前記車両の位置をマップマッチングさせる」ものであるとした審決の認定は,引用例に記載のない事項を記載されていると誤認したものである。そもそもマップマッチングを行わないナビゲーションも存在する上,引用例におけるマップマッチングに関する記載は,従来技術や,引用発明の効果を記載したものであり,引用発明の構成の記載ではない。

2  取消事由2(一致点・相違点の認定の誤り)

(1)  審決は,本願発明と引用発明が「電子地図とGPSデータを使用してオブジェクトを追跡する方法」という点で一致すると認定するが,引用発明は推測航法とGPSデータとを併用したハイブリッド型であり,本願発明のようにGPSデータのみを使用するものではない。

(2)  引用発明における「GPS方位」は,「GPSデータ」の1つ(方位)にすぎず,推測方位の補正のために使用されているが,本願発明における「GPSデータ」は方位だけでなく,位置情報やその他の情報をも含むものであり,これを使用してオブジェクトを追跡しているものであるから,「GPS方位」が「GPSデータ」に相当するとした審決の認定は誤りである。

なお,GPSデータが位置情報を含むことは常識である上,本願発明の明細書にもその旨記載されている。

(3)  本願発明の「オブジェクトの位置の更新」は,補正や修正ではなく(更新前の位置も各時点においては正しい位置である。),位置を時々刻々更新することによりオブジェクトの追跡が行われるものであり,ナビゲーションの最終的な目的であり,結果である。一方,引用発明の「推測方位の補正」は,誤りの修正であって,推測航法において「位置の更新」を行うための一プロセスにすぎず,両者は全く異なるものであって,「補正」が「更新」を含み得ないことは明らかである(そもそも,引用例には,補正した,あるいは補正しない推測方位の取扱いについては全く記載されていない。)。

このように,全く異なるものを「オブジェクトの所定情報の更新」という概念でまとめること自体に無理があり,審決による一致点の認定は誤りである。

そして,本願発明と引用発明の相違点は,「位置」と「方位」だけではなく,「位置の更新」と「推測方位の補正」という構成そのものであるから,審決による相違点1の認定も誤りである。

(4)  審決は,本願発明と引用発明が「前記オブジェクトの位置を前記電子地図に一致させる」点で一致すると認定するが,引用発明には推測方位の補正以降のプロセスについては記載がなく,電子地図と一致させている旨の記載はないので,上記一致点の認定は誤りである。

3  取消事由3(容易想到性の判断の誤り)

(1)  本願発明は,GPSデータのみを使用するタイプのナビゲーションに関するものである(請求項1において,他のデータにつき記載されていない。)のに対し,引用例,周知例1,2のいずれも,推測航法とGPSデータとを併用したハイブリッド型のナビゲーションに関するもので,前提を全く異にする。

(2)  本願発明においては,GPSデータが信頼できないときには,位置の更新もマップマッチングも行わない(このように解さなければ,本願発明における請求項1の記載が意味をなさない上,発明の詳細な説明において,この点は明示されている。)。

他方で,引用例には本願発明の特徴点である「位置の更新」,「マップマッチング」のいずれについても記載がない。

また,周知例2においては,GPSデータが信頼できないときにも,推測航法による位置情報に基づいて位置の更新が行われており,本願発明のようにGPSデータが信頼できるときにのみ位置の更新を行っているわけではない。さらに,周知例1においては,位置の更新,マップマッチングにつき何ら記載はない。

なお,審決は,「GPSデータに基づいて測定した位置を,同データが信頼できるものであれば採用し,信頼できないものであれば採用しないようにすること」が周知技術であるとしているが,周知例1,2にはそのような技術は開示されておらず,何ら根拠はない(仮に開示されていたとしても,2つの事例をもって周知であるなどとはいえない。)。

(3)  本願発明は,GPSデータが信頼できるときにのみ位置の更新とマップマッチングを行うため,GPSデータのみのナビゲーションであっても,高い信頼性を確保できるという効果がある。

これに対し,引用例及び周知例1,2では,GPSデータと推測航法の併用により信頼性を確保するものであって,本願発明のようにGPSデータのみによる信頼性の確保という効果はない。

(4)  以上のとおり,「方位」に代えて「位置」とすることは当業者が容易に想到できたとの認定,当業者の通常の創作能力の発揮にすぎないとの認定,本願発明全体から奏される効果も予測できる範囲である旨の認定は,いずれも誤りであり,本願発明は,引用発明及び周知例1,2から容易想到ではない。

4  取消事由4(手続違背)

審決においては,引用例に記載のない「方位の補正」以降の構成につき,周知例1及び2(甲2及び3)をもって補っており,これらを実質的な引用文献として用いているが,これらを引用する拒絶理由通知はされておらず,審査の過程でも引用文献として挙げられていない。

してみれば,審決は,特許法159条2項で準用する同法50条の規定に違反することが明らかである。

第4被告の反論

1  取消事由1(引用発明の認定の誤り)に対して

(1)  引用例の請求項1においては,推測航法による推測方位の補正を行うことについての記載はなく,引用例のものにおいて最も重要な技術的思想は,GPSデータを使用して進行方位を算出するとともにその誤差を判定し,当該進行方位の誤差が小さい,すなわち信頼性が高い場合にはGPSデータを使用して算出した当該進行方位を採用して車両の進行方位を決定する点にあるといえる。

なお,引用例には,推測航法による推測方位をGPS方位で補正する態様が一実施例として記載されているが,それ以外にも,引用例において補正係数を1と設定した場合,「補正量=GPS方位-推測方位」となるところ,補正方位=推測方位+補正量であるから「補正方位=GPS方位」となり,補正方位は,推測方位を用いずGPS方位だけから求め得ることになる。よって,引用例には,GPS方位を車両の進行方位とする態様,すなわち,推測方位を用いず,GPS方位だけを用いて車両の進行方位を決定する態様も実質的には開示されているといえる。

このように,引用例の記載を全体的にみれば,引用例には,GPS方位が単に推測方位の補正のための補助的なデータではなく,車両の進行方位を決定する上で必須のデータとして用いられていることが開示されているといえる。

したがって,引用発明は「地図情報とGPS方位を使用して車両を追跡する方法」といえるのであって,審決の認定に誤りはない。

(2)  引用例記載のものは,「GPS方位」を使用して車両を追跡しており,車両の方位につきGPS方位を使用して補正することも開示されている。

また,前述のとおり,引用例には,推測方位を用いずにGPS方位を用いて車両の進行方位を決定する態様も実質的に開示されている上,いずれにしても,「車両の推測方位」を補正すれば,結果的に「車両の方位」も補正されることになるので,引用発明は「GPS方位に基づいて車両の方位を補正する」ものということができ,この点に関する審決の認定に誤りはない。

(3)  引用例の段落【0002】【0034】の記載からすれば,引用例には,車両の位置をマップマッチングさせることは従来から周知であったこと,GPS方位に基づいてマップマッチングを行うことが前提として記載されていることが明らかである。

したがって,この点に関する審決の認定に誤りはない。

2  取消事由2(一致点・相違点の認定の誤り)に対して

(1)  本願発明の「GPSデータ」は引用発明の「GPS方位」を含む概念であるから,引用発明の「GPS方位」が本願発明の「GPSデータ」に相当するとした審決の認定に誤りはない。また,本願発明の「GPSデータ」が,方位以外の位置情報やその他の情報を必須とすることは本願発明の請求項に記載されておらず,この点に関する原告の主張は理由がない。

以上のとおり,「GPS方位」は「GPSデータ」に包含されるところ,原告は,引用発明の「車両」が本願発明の「オブジェクト」に相当すると認めている。そして,前記1(1)のとおり,引用発明は「地図情報とGPS方位を使用して車両を追跡する方法」であるから,本願発明と引用発明とが「電子地図とGPSデータを使用してオブジェクトを追跡する方法」という点で一致するとした審決の認定に誤りはない。

(2)  引用例のものでは,GPS方位に基づいて求めた補正方位を進行方位としている。また,引用例のものはナビゲーション装置であるから,車両の進行に伴って車両の方位が変化するので,その車両の進行方位を時々刻々更新することは技術常識である。そして,引用例のものにおいて,車両の方位を補正するのは,より正確な方位を得るためであるから,そのために,車両の方位を時々刻々新しい「補正後の車両の方位」に更新することは当業者にとって自明である。そうすると,引用発明における「方位の補正」は,「補正後の車両の方位」を,時々刻々,新しい「補正後の車両の方位」に更新することを内包したものといえる。

また,原告は,引用発明の「車両」が本願発明の「オブジェクト」に相当することを認めているから,引用発明の「車両の方位を補正する」態様が「オブジェクトの所定情報を更新する」という概念で表現し得るとした審決の認定に誤りはない。

さらに,本願発明の「位置」を「所定情報」との概念で表現し得ることは明らかであるから,本願発明の「オブジェクトの位置を更新する」態様を「オブジェクトの所定情報を更新する」という概念で表現し得るとした審決の認定に誤りはない。

したがって,引用発明の「車両の方位を補正する」態様と本願発明の「オブジェクトの位置を更新する」態様とは,「オブジェクトの所定情報を更新する」という概念で共通するとした審決の認定に誤りはない。

そして,以上を前提とすれば,本願発明と引用発明とでは,「GPSデータが信頼できると決定された場合,前記GPSデータに基づいてオブジェクトの所定情報を更新する」点で一致すると認定した上で,「更新されるオブジェクトの所定情報」につき相違点1として認定した審決の認定に誤りはない。

(3)  前記1(3)のとおり,引用例にマップマッチングを行うことの記載があるから,本願発明と引用発明とが「オブジェクトの位置を電子地図に一致させる」点で一致するとした審決の認定に誤りはない。

3  取消事由3(容易想到性の判断の誤り)に対して

(1)  引用例には,GPSデータに基づいて車両等の位置を測定することについて記載があり,相違点1に関する審決の判断に誤りはない。

(2)  「GPSデータが信頼できないときにはオブジェクトの位置を更新しない」という構成は,本願発明(特許請求の範囲)には記載されておらず,この点に関する原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかない主張であり,失当である。

(3)  引用例には,推測航法の推測方位を用いず,GPSデータを用いて車両の方位を決定することも実質的に開示されている。また,周知例1,2は,「GPSデータに基づいて測定した位置を,同データが信頼できるときは採用し,信頼できないときは採用しない」点が周知であることを示すものであり,このような技術思想は,推測航法の採用の有無と直接関係がなく,これらを周知例とした点に誤りはない。

なお,周知例1(甲2)には,GPS測位の信頼性が低い場合にはGPS測位解を出力しない旨記載されており,すなわちGPSデータが信頼できないときには,同データではオブジェクトの位置を更新しない旨の技術思想が開示されているといえる。

(4)  本願発明の請求項上,GPSデータのみのナビゲーションであることは記載されておらず,この点に関する原告の主張は特許請求の範囲の記載に基づくものではない。また,GPSデータが信頼できるときにのみ所定情報の更新等を行えば,高い信頼性が確保できることは当然に予測し得ることであり,本願発明の効果は格別のものではない。

(5)  以上のとおり,本願発明は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり,審決に誤りはない。

4  取消事由4(手続違背)に対して

周知技術は,当業者が当然に知っているべき技術であるから,審決において初めてかかる周知技術が摘示され,その存在を示す文献が例示されたとしても,原告に対する不意打ちとはいえない。

本願発明の属する技術分野(GPSデータを使用して車両等を追跡する方法に関する技術分野)において,GPSデータに基づいて測定した信号を,GPSデータの信頼性が高ければ採用し,低ければ採用しないようにすることは,本願出願前に普通に用いられていたことであり,当業者にとって周知技術である。そして,審決は,周知例1,2(甲2,3)につき,上記周知技術が記載されている文献として例示したものにすぎず,引用文献としているものではない。

したがって,審決は,特許法159条2項で準用する同法50条の規定に違背するものではない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(引用発明の認定の誤り)について

(1)  引用例(甲1)には,以下の記載がある。

ア 引用発明の目的

「【産業上の利用分野】

本発明は方位センサを使用して車両の方位を決定する車両用ナビゲーション装置に関するものであり,特にGPS測位データを有効利用して車両の方位を決定するナビゲーション装置に関する。」(段落【0001】)

「【従来の技術】

ナビゲーション装置は車両の正確な現在位置を検出し,検出した現在位置に対して目的地までの誘導案内を行っている。このように目的地までの誘導案内を行うために車両の現在位置を精度よくするために,各種センサを組み合わせて位置検出精度を上げるとともに,マップマッチング等の位置補正手法を用いて一層の精度向上を図っている。例えば特開平6-33577号公報には地磁気を検出する地磁気センサ,磁界の乱れが生じたような場合に地磁気センサの誤差を修正するための車両前輪の左右輪回転数差を検出する左右輪センサ,更に時速3.5km/h未満の低速時に左右輪センサが作動不能となった場合に補償するためのステアリングセンサによる方位検出に加え,人工衛星からの電波を受信して位置検出を行うGPS測位システムを用いて車両の方位を推定するとともに,マップマッチングにより車両の現在位置に最も近い道路が選ばれた場合,地図情報として格納されているこの道路方位と推定された方位とを比較して道路方位に合致した車両方位を決定する車両用ナビゲーション装置が開示されている。そしてこのナビゲーション装置においては,GPS人工衛星からの電波を受信して方位を算出しているが,車両が低速で走行している場合や,右左折している場合にはドプラ効果による方位決定に充分な精度が期待できないため,GPS方位は採用していない。」(段落【0002】)

「【発明が解決しようとする課題】

しかしながら,このような従来のナビゲーション装置においては車両が低速で走行している場合や,右左折している場合には,方位精度が低下するとの観点から車速が所定値以上の場合だけGPSの方位を採用するようにしているため,GPSの方位を採用して方位の補正を行う頻度が減ってしまい,方位精度が低下してしまうという問題がある。また,車速が所定値以上であっても,例えばGPSの配置或いは電波の受信状態が悪い場合には,GPS方位精度が悪くなるような場合もあり,このような方位を使用して方位の補正を行うとかえって間違った方位に方位を補正してしまい,方位精度を低下してしまうという問題がある。」(段落【0003】)

「そこで本発明は上記問題点を解決するとともに,現在位置に基づいたGPS衛星の配置及び車両の移動速度を基に算出した推定方位誤差を使用することにより,方位精度を向上させた車両用ナビゲーション装置を提供することを目的とする。」(段落【0004】)

「【作用及び効果】

本発明の車両用ナビゲーション装置は受信手段からの信号に基づいて算出されたGPS方位に関して,受信時の方位誤差を推定することにより,その時得られたGPS方位がどの程度の精度であるのか確認することができる。そこで,その推定された推定方位誤差に基づいて,算出されたGPS方位を採用するか否か判定し,推定方位誤差が所定値以下である時に,その時受信された信号から算出されたGPS方位を採用するので,常に精度の高い方位を使用することができる。また,推定方位誤差に応じて補正量を算出し,車両の進行方位を推測している進行方位推測手段からの推測方位を補正することにより,精度の高い車両の進行方位を提供することができる。」(段落【0008】)

「さらに,推定方位誤差の小さい精度の良いGPS方位だけを採用し,その推定方位誤差に基づいて推測方位を補正することにより,より正確な車両進行方位を算出することができる。」(段落【0009】)

「また本発明によれば,従来の方位センサに加えてGPS方位とGPS方位に対する方位誤差を推定した推定方位誤差に基づいて進行方位を決定しているので,正確な方位算出が可能となり,さらに地図情報における道路方位と比較することにより,より精度の高いマップマッチングが可能となる。したがって,ナビゲーション装置の信頼性を向上することができる。」(段落【0034】)

イ 車両用ナビゲーション装置の構成

「【実施例】 以下,本発明の実施例を図面を参照しつつ説明する。本発明に係る車両用ナビゲーション装置は図3に示すように,ルート案内に関する情報を入出力する入出力装置1,自車両の現在位置に関する情報を検出する現在位置検出装置2,ルートの算出に必要なナビゲーション用データ及びルート案内に必要な案内データ等が記録されている情報記憶装置3,ルート探索処理やルート案内に必要な表示・音声の案内処理を実行すると共に,システム全体の制御を行う中央処理装置4からなっている。」(段落【0010】)

「現在位置検出装置2は,衛星航法システム(GPS)を利用したGPS受信装置21,ビーコン受信装置22,例えば自動車電話やFM多重信号を利用したGPSの補正信号を受信するデータ送受信装置23,例えば地磁気センサなどで構成される絶対方位センサ24,例えば車輪センサやステアリングセンサ,ジャイロなどで構成される相対方位センサ25,車輪の回転数から走行距離を検出する距離センサ26などを備えている。この絶対方位センサ24および相対方位センサ25が請求項記載の方位推測手段として機能する。」(段落【0014】)

「情報記憶装置3は,ルート案内に必要な地図データ,交差点データ,ノードデータ,道路方位データを含む道路データ,写真データ,目的地データ,案内地点データ,詳細目的地データ,道路名称データ,分岐地点データ,住所データ,表示案内データ,音声案内データ等のすべてのデータが記録されたデータベースであり,CD-ROM等の光学的に読み出し可能な記録媒体で構成されている。」(段落【0015】)

ウ 車両の現在位置

「・・・この現在位置追跡は現在位置検出装置により行われ,図5に示すGPS受信装置により算出される車両の位置及び方位信号と各種センサの出力信号及び地図情報の道路方位とに基づいて車両の現在位置を算出している。」(段落【0018】)

「図5に示す本発明に係る車両用ナビゲーション装置に使用されるGPS受信装置は,アンテナ210で複数の衛星からの電波を受信して車両の現在位置,車速,方位,及び推定方位誤差を計算し,通信部を介してこれらの情報を送出するものである。データ受信部212は,各衛星の電波をアンテナ210で受信すると,その受信信号から検波して航法メッセージを解析してデータを抽出するものである。衛星距離計算部213は,衛星から電波を発信した発信時刻とその電波を受信した時の時計211による受信時刻と電波を発信した時の衛星の位置座標とから衛星との距離を計算し,位置,高度計算部217では,これらの情報に基づいて車両の現在位置及び高度を計算している。またドップラー計算部214で計算されたドプラ値を用いて車速計算部216では車速を計算し,方位算出部218では車両の進行方位を算出している。さらに本発明においては,衛星位置情報計算部215にて車両に対する各衛星の配置を計算し,推定方位誤差算出部219では,衛星位置情報計算部215により計算された衛星の配置と車速計算部216により計算された車速に基づいて推定方位誤差を算出している。ここで,衛星位置情報計算部215が請求項記載の衛星位置検出手段,車速計算部216が移動速度検出手段,方位算出部218が進行方位算出手段,推定方位誤差算出部219が方位誤差推定手段としてそれぞれ機能している。」(段落【0019】)

エ 車両の進行方位

「次にGPS方位採用判定の処理について図6に示すフローチャートに基づいて説明する。まず,衛星からの信号を受信したか否かを判定し(ステップS11),受信できた場合には受信状態に応じて推定方位誤差算出部219にて算出されるGPS方位の推定方位誤差が所定値以下であるか否かを判定し(ステップS12),推定方位誤差が所定値以下である場合には車両が直進走行しているか否かを判定し(ステップS13),車両が直進走行している場合にはGPS方位が安定しているか否かを判断する。ここでは,例えば今回算出されたGPS方位と前回決定された方位とを比較した結果,その差が所定値以下であるか否かを判断する(ステップS14)。そしてこれらの条件を全て満足した場合には推定方位誤差に基づいて方位補正量を決定し(ステップS15),方位推測手段である絶対方位センサ24および/または相対方位センサ25にて算出された推測方位の補正を行う(ステップS16)。したがって,車速が高くても推定方位誤差が所定値以上であったり,右左折していたり,今回検出された方位が前回決定された方位に比べて所定値以上変化しているような場合にはGPS方位を不採用としている。」(段落【0022】)

「なお本システムでは,絶対方位センサおよび/または相対方位センサから検出された方位により現在の進行方位を推測し,その推測された推測方位をGPS方位にて補正するようになっている。したがって,図6に示すGPS方位を採用するか否かの判定処理において,GPS方位が不採用となってしまった場合には,推測方位を補正することなく,推測方位をそのまま進行方位として利用する。」(段落【0023】)

オ 補正方位の具体的算出方法

「なお補正量は,例えば次の〔数2〕で算出することができる。」(段落【0026】)

「【数2】 補正量=(GPS方位-推定方位)×補正係数

ここで,GPS方位:GPS信号から算出される進行方位,推測方位:各種方位センサから検出された車両の進行方位,補正係数:どの程度補正するかを決定するための係数である。」(段落【0027】)

「また図7は算出された推定方位誤差と補正係数との関係をテーブルに表したものである。これにより,例えば推定方位誤差が10°である場合には補正係数が1/4であることが分かるので,この補正係数を用いて〔数2〕より補正量を算出する。さらにこの補正量を次式〔数3〕に用いて各種方位センサから検出される推測方位を補正する。」(段落【0028】)

「【数3】 補正方位=推測方位+補正量

に用いて各種方位センサにより検出された推測方位を補正する。」(段落【0029】)

「したがって,受信状態の良いGPS方位だけを採用すると共に,その採用された方位に対し誤差を推定し,さらにその誤差に応じて車両の方位を検出している各種の方位センサから得られた推測方位を補正することにより,より正確な方位を得ることができる。」(段落【0030】)

「なお,本発明は上記実施例に限定されるものではなく,様々な変形が可能である。例えば図7に示すように推定方位誤差に対して補正係数をテーブルにより設定しているが,この補正係数を一律的に1と設定してもよい。即ち進行方位算出手段である方位算出部218により算出されたGPS方位から方位推測手段である絶対方位センサ24及び/または相対方位センサ25から検出された推測方位を差し引いた値を補正量として使用してもよい。」(段落【0035】)

(判決注:段落【0027】の【数2】において,「推定方位」との記載が「推測方位」の誤りであることは,引用例の全記載の趣旨から明らかである。)

(2)  引用例の記載から認定できる事実

ア 前記(1)アの記載から,引用発明につき,以下の事実が認められる。

(ア) ナビゲーション装置は車両の正確な現在位置を検出し,目的地までの誘導案内を行うための装置であり,引用例に記載された車両用ナビゲーション装置は,GPS測位データを利用して車両の方位を決定するナビゲーション装置である。

(イ) 従来技術として,地磁気センサ,左右輪センサ,ステアリングセンサによる方位検出及び人工衛星からの電波を受信して位置検出を行うGPS測位システムを用いて,車両の方位を推定するとともに,マップマッチングによる位置補正手法を用いて進行方位を決定する車両用ナビゲーション装置が知られていた。

(ウ) 前記従来技術における,GPS測位システムは,車両が低速で走行している場合や右左折している場合には,方位精度が低下することから,車速が所定値以上の場合だけGPS方位を採用し,車両が低速の場合や右左折している場合は,GPS方位を採用していなかったため,GPSの方位を採用して方位の補正を行う頻度が減ってしまい,方位精度が低下してしまうという問題があった。

また,車速が所定値以上であっても,電波の受信状態等によっては,GPS方位精度が悪くなる場合があり,このようなGPS方位を使用して方位の補正を行うと,かえって方位精度が低下してしまうという問題があった。

(エ) 引用発明は,上記従来技術の問題点を解決した発明であって,GPS衛星の配置及び車両の移動速度を基に算出した推定方位誤差に基づいて,GPS方位を採用するか否かを判定し,推定方位誤差が所定値以下である場合に,GPS方位を採用し,さらに,推定方位誤差に応じて補正量を算出し,車両の進行方位を推測している進行方位推測手段からの推測方位を補正する構成とした。

イ 前記(1)イの記載から,引用発明につき,以下の事実が認められる。

(ア) 引用例に記載された車両用ナビゲーション装置は,入出力装置,現在位置検出装置,情報記憶装置,中央処理装置から構成されている。

(イ) 情報記憶装置には,地図データ,道路データ等が記録されており,現在位置検出装置は,GPS受信装置,絶対方位センサ,相対方位センサ,距離センサ等を備え,絶対方位センサ及び相対方位センサが「方位推測手段」として機能する。

(ウ) 絶対方位センサは,例えば地磁気センサ等で構成され,相対方位センサは,例えば車輪センサやステアリングセンサ,ジャイロ等で構成される。

ウ 前記(1)イ,ウの記載から,引用発明につき,以下の事実が認められる。

(ア) 車両の現在位置追跡は,複数の衛星からの電波を受信するGPS受信装置により算出される車両の現在位置及び方位の信号と,各種センサ(絶対方位センサ,相対方位センサ等を含む。)の出力信号と,地図情報の道路方位とに基づき,現在位置検出装置により行われている。

(イ) このように,引用例に記載された車両用ナビゲーション装置は,車両の現在位置追跡において,GPS受信装置で算出された車両の現在位置を用いている。

エ 前記(1)ア,エの記載から,引用発明につき,以下の事実が認められる。

(ア) 引用例に記載されたナビゲーション装置は,絶対方位センサ及び相対方位センサにより検出された方位から,現在の進行方位を推測した(推測方位)上で,GPS方位が採用できる場合は,GPS方位の推定方位誤差に基づいて方位補正量を決定し,これに基づいて前記推測方位を補正して現在の進行方位とし,一方,採用できない場合は,推測方位をそのまま現在の進行方位とする構成である。

(イ) GPS方位が採用できるか否かは,GPS方位の推定方位誤差が所定値以下であるか否か,車両が直進走行しているか否か,及び,GPS方位が安定しているか否かにより判定される。

オ マップマッチング

前記アのとおり,ナビゲーション装置は,車両の正確な現在位置を検出し,目的地までの誘導案内を行う装置であって,従来技術として,マップマッチングによる位置補正手法を用いた車両用ナビゲーション装置が知られており,引用例に記載された発明は,上記従来技術の問題点を解決した発明である。

そして,引用例に記載された車両用ナビゲーション装置は,前記イのとおり,地図データ,道路データ等が記録された情報記憶装置を備え,前記ウのとおり,車両の現在位置追跡においてGPS受信装置で算出された車両の現在位置を使用し,また,前記エ記載の方法によって,現在の進行方位を設定している。

さらに,前記(1)アのとおり,引用発明によれば,「従来の方位センサに加えてGPS方位とGPS方位に対する方位誤差を推定した推定方位誤差に基づいて進行方位を決定しているので,正確な方位算出が可能となり,さらに地図情報における道路方位と比較することにより,より精度の高いマップマッチングが可能となる。」ものである(引用例の段落【0034】参照)。

以上からすれば,引用例において推測方位補正後の処理についての明示的な記載がないとしても,引用例の記載から読み取ることのできる上記各事実及び当該技術分野の技術常識から,引用例に記載された車両用ナビゲーション装置においては,少なくとも車両の現在位置と現在の進行方位と地図情報とを使用してマップマッチングを行うことが当然の前提として含まれているものと認められる。

(3)  以上を前提として,審決による引用発明の認定(原告が誤りであると主張する部分)につき,それぞれ検討する。

ア 「地図情報とGPS方位を使用して車両を追跡する方法であって」との点について

前記(2)ア,ウのとおり,引用例には,車両の正確な現在位置を検出し,目的地までの誘導案内を行うためのナビゲーション装置に関し,GPS測位データを利用して車両の方位を決定する車両用ナビゲーション装置が記載されており,当該装置は,車両の現在位置及びGPS方位信号と,各種センサの出力信号と,地図情報とに基づいて,車両の現在位置追跡を行っている。

したがって,引用発明は,推測方位の使用の有無にかかわらず,「地図情報とGPS方位を使用して車両を追跡する方法」ということができ(同表現は,他の情報やデータの使用を排除するものではない。),審決の認定が誤りということはできない。

なお,前記(1) オのとおり,引用発明において,補正量は,数式「(GPS方位-推測方位)×補正係数」により算出され,さらに「補正方位=推測方位+補正量」という数式を用いて,各種方位センサにより検出された推測方位を補正するものである。

ここで,補正係数とは,「どの程度補正するかを決定するための係数」であり,引用例の図7(推定方位誤差と補正係数との関係を示した表)上,推定方位誤差が「0°以上5°未満」のとき「1/1」,「20°以上」のとき「0」とされている。

以上からすれば,GPS方位が採用できる場合であって,推定方位誤差が5°未満の場合,補正係数1を【数2】及び【数3】に代入すれば,「補正方位=GPS方位」となるから,引用例に記載された車両用ナビゲーション装置では,推定方位誤差が小さい場合には,GPS方位を進行方位として採用しているものであり,この点からしても,審決の前記認定に誤りはないといえる。

イ 「前記GPS方位が採用できると判定された場合,前記GPS方位に基づいて車両の方位を補正する」との点について

前記(2)エのとおり,引用例に記載されたナビゲーション装置は,絶対方位センサ及び相対方位センサから検出された方位により,現在の進行方位を推測し(推測方位),GPS方位が採用できる場合は,GPS方位の推定方位誤差に基づいて方位補正量を決定し,これに基づいて当該推測方位を補正して現在の進行方位とし,一方,採用できない場合は,推測方位をそのまま現在の進行方位とする構成である。

したがって,引用発明は,GPS方位が採用できると判定された場合に着目すれば,上記GPS方位の推定方位誤差に基づいて車両の推測方位を補正し,これを車両の現在の進行方位としているから,「GPS方位が採用できると判定された場合,前記GPS方位に基づいて車両の方位を補正する」ものということができ,審決の認定に誤りはない。

なお,原告は,引用発明では「推測方位」を補正しているにすぎず,「方位」は補正されない旨主張するが,推測方位を補正すれば結果的に方位も補正されるのは明らかであって,原告の主張は理由がない。

ウ 「前記車両の位置をマップマッチングさせる」との点について

前記(2)オのとおり,引用例に記載された車両用ナビゲーション装置は,少なくとも車両の現在位置と現在の進行方位と地図情報とを使用してマップマッチングを行うことを前提としているものと認められるので,審決の認定に誤りはない。

2  取消事由2(一致点・相違点の認定の誤り)について

(1)  本願発明に係る明細書(甲4)には,以下の記載がある。

ア 「『発明の分野』

本発明は,GPSデータを使用して,例えば街路を移動する車両等の対象物を追跡するためのシステムに関する。」(1頁3行ないし5行)

イ 「『発明の概要』

本発明は,概略すれば,GPSデータを使用して電子地図とマップマッチさせるオブジェクトを追跡するシステムを提供する。

GPSセンサは絶対位置センサであるため,従来の相対的ナビゲーションセンサとは同じようにGPSナビゲーションエラーは蓄積されない。しかしながら,従来のGPSセンサはあまり精度が高くない。位置エラーは一般的におこり,また,GPSにより導出された位置は車両が移動していない場合にさえ,周辺をジャンプすることがある。従ってGPSベースのナビゲーション・システムが必ずしも車両の円滑なトラッキングを与えず,走行街路を容易に識別することができないという結果となる。ナビゲーションのためにGPSデータを使用することに伴う従来の欠点は,データを受理するか又は拒絶し,そしてマップマッチングとGPSデータを組み合わせる新しい方法を使用する本発明により解決される。

GPSセンサは複数の衛星からデータを受け取り,GPS導出位置と速度(GPS derived position and velocity)を決定する。オブジェクトの前の位置およびGPS導出位置と速度,DOPおよびそのデータが受け取られる衛星星座(satellite constellation)の連続性とに基づいて,本システムは該GPSデータが信頼できるか否か決定する。GPSデータが信頼できる場合,オブジェクトの前の位置はGPS導出位置へ更新される。その後,最新の位置は,道路地図に一致させられる。

本発明の1実施形態では,GPSデータが信頼できるか否か決定し,GPSデータが信頼できると決定した場合に,GPSデータに基づくオブジェクトの位置を更新し,また電子地図にオブジェクトの最新の位置を一致させるステップを含む。」(5頁18行ないし6頁14行)

ウ 「『発明の詳細な説明』

図2は本発明を実行するための一方法を示すフローチャートである。ステップ200において,システムはGPSデータを受け取る。図1に示されるように,GPSデータを受け取るための1つの手段は,GPSレシーバのために衛星からの信号を受理し,該信号を処理し,更にシステムに処理された情報を送る。或いは,システムはモデムによってGPSデータを受け取ることができ,データ・ファイルやシミュレーション・データは衛星などから直接受け取ることができる。ここに示された実施形態では,レシーバ106によってコンピューター108へ送られたGPSデータがGPS導出位置(経度と緯度),GPS導出速度,DOP,および衛星星座の各メンバのリストを含んでいる。経度および緯度から,前の位置からの位置変化を算出することが可能である。GPS導出速度(velocity)からGPS導出速さ(GPS derived speed),GPS導出移動方向(GPS derived heading)を計算することができる。・・・(中略)・・・。

ステップ202において,システムは,最新の受信GPSデータが信頼できるか否か決定する。ステップ202への入力はGPSデータ,および追跡されているオブジェクトの前の位置および移動方向を含んでいる。GPSデータがそのとき信頼できると決定されない場合,この方法はステップ200に戻る。GPSデータが信頼できる場合,(ステップ204において)システムはオブジェクト位置を更新する。ステップ204への入力はGPSデータおよび前の移動方向を含んでいる。この実施形態では,ステップ204において前の位置からGPS導出位置までオブジェクトの位置を更新することを含むことが可能である。ステップ202の結果に基づいてオブジェクトの移動方向はGPS導出移動方向か又はこれらの混成に更新される。該システムは,前の移動方向(マップマッチングからの)とGPS導出移動方向間の相違を決定することにより混成への更新を行う。GPS導出移動方向は,前の移動方向側へ該相違の1/3だけ変更される。この変更されたGPS導出移動方向が新しい移動方向になる。例えば,前の移動方向が3°で,GPS導出移動方向が6°である場合,2つの移動方向の混成は5°である。他の実施形態においては,移動方向を混成する異なる方法を使用することが可能であり,また同様に位置情報を混成することができ,更には他の適切な更新ステップを実行することが可能である。

ステップ204に続いて,該システムはマップマッチングステップ206を実行する。すなわち,システムはステップ204からの更新位置と移動方向を電子地図に一致させる。マップマッチングステップ206への入力は,ステップ20(判決注:「204」の誤り)からの更新位置と移動方向,精度の評価,前の位置,前の移動方向および電子地図を含んでいる。マップマッチングの基本的なプロセスは,車両が走行している最も蓋然性の高い街路の候補である街路セグメントを識別すること,様々な基準によって最良の候補を選択し該街路上に最も蓋然性の高い位置を新たな予測車両位置(マップマッチされた位置)として識別すること,を含んでいる。

マップマッチングステップ206の出力は,マップマッチ位置(the map matched position),マップマッチ移動方向(map matched heading)と呼ばれる新しい位置および移動方向である。モニター110によってシステムのユーザに報告されるのは電子地図上の該マップマッチ位置である。ステップ206が完了した後,システムはステップ200に戻る。ステップ200-206の次の反復中では,最前に計算されたマップマッチ位置とマップマッチ移動方向は「前の位置」と「前の移動方向」になる。すなわち,新しいGPSデータがステップ200で受け取られる時,その新しいデータは,最後に行われたマップマッチングステップ206からの位置および移動方向と比較される。」(9頁21行ないし11頁14行)

(2)  以上を前提として,審決による本願発明と引用発明との一致点・相違点の認定(原告が誤りである旨主張する部分)につき検討する。

ア 構成要件「電子地図とGPSデータを使用してオブジェクトを追跡する方法であって」について

(ア) 前記(1)ウのとおり,本願発明に係る明細書に,「ここに示された実施形態では,レシーバ106によってコンピューター108へ送られたGPSデータがGPS導出位置(経度と緯度),GPS導出速度,DOP,および衛星星座の各メンバのリストを含んでいる。経度および緯度から,前の位置からの位置変化を算出することが可能である。GPS導出速度(velocity)からGPS導出速さ(GPS derived speed),GPS導出移動方向(GPS derived heading)を計算することができる。」(9頁27行ないし10頁4行)との記載があることからすれば,本願発明における「GPSデータ」には,GPS導出位置(経度と緯度),GPS導出速度,DOP及び衛星の情報が含まれるものといえる。また,GPS導出速さ及びGPS導出移動方向も,GPS導出速度から計算されることから,GPSデータに含まれるものといえる。

以上の事実及び前記(1)イからすれば,本願発明のGPSデータには,衛星からの信号に基づいて決定された,GPS導出位置(経度と緯度),GPS導出速度,GPS導出移動方向等が含まれる。

一方,前記1(2)ア,ウのとおり,引用例に記載された車両用ナビゲーション装置は,GPS測位データを利用して車両の方位を決定するナビゲーション装置であり,「GPS方位」は,複数の衛星からの電波を受信するGPS受信装置により算出されるデータである。

したがって,引用発明の「GPS方位」は,本願発明の「GPSデータ」であるGPS導出移動方向と同様に,衛星からの信号に基づいて算出されるデータであるから,引用発明の「GPS方位」が本願発明の「GPSデータ」に相当するとした審決の認定に,誤りはない。

なお,原告は,本願発明は,方位だけでなく位置情報も含む「GPSデータ」を使用していると主張するが,前記1(2)ウのとおり,引用例に記載された車両用ナビゲーション装置は,GPS方位とともに,GPS受信装置により算出された車両の現在位置も使用しているといえ,この点からも,引用発明が「GPSデータ」を使用していることは明らかである。

(イ) 前記1(2)イないしエのとおり,引用例に記載されたナビゲーション装置は,絶対方位センサ及び相対方位センサから検出された方位により,現在の進行方位を推測し(推測方位),GPS方位が採用できる場合は,GPS方位の推定方位誤差に基づいて方位補正量を決定し,これに基づいて前記推測方位を補正して現在の進行方位とし,一方,採用できない場合は,推測方位をそのまま現在の進行方位とし,この現在の進行方位と,GPS受信装置により算出された車両の現在位置と,情報記憶装置に記録された地図情報とに基づいて,車両の現在位置を追跡している。

前記のとおり,引用発明の「GPS方位」は「GPSデータ」であり,本願発明の「GPSデータ」に相当するから,引用発明は,「電子地図とGPSデータを使用してオブジェクトを追跡する方法」ということができる。

(ウ) 原告は,引用発明は,推測航法とGPSデータとを併用した「ハイブリッド型」であり,本願発明のようにGPSデータのみを使用するものではないと主張する。

しかしながら,本願発明は,特許請求の範囲において,GPSデータのみを使用するものである旨特定されてはいない。

また,本願発明の発明の詳細な説明には,GPSデータ以外のデータを使用する構成は記載されていないが,その記載から,本願発明の方法が,GPSデータ以外を使用する航法を併用することを排除するものでないことは明らかである。

したがって,仮に,引用発明が,推測航法とGPSデータとを併用した「ハイブリッド型」であるとしても,電子地図と「GPSデータ」を使用してオブジェクトを追跡する方法であることに変わりはないから,前記原告の主張は理由がない。

(エ) 以上のとおり,本願発明と引用発明とが「電子地図とGPSデータを使用してオブジェクトを追跡する方法」である点で一致するとした審決の認定に誤りはない。

イ 構成要件「前記GPSデータが信頼できると決定された場合,前記GPSデータに基づいてオブジェクトの所定情報を更新する」について

(ア)a 前記(1)ウのとおり,本願発明に係る明細書の記載からすれば,更新ステップ204では,GPSデータが信頼できる場合,最新のGPSデータと,オブジェクトの前の位置及び移動方向を含むデータを入力し,オブジェクトの位置をGPS導出位置に更新し,このとき,移動方向のデータも更新され,更新された位置と移動方向のデータは,マップマッチングステップ206に出力されることになる。

以上からすれば,本願発明における「オブジェクトの位置の更新」とは,マップマッチングステップで使用する位置のデータを最新のGPS導出位置に更新することであり,このとき,移動方向も更新される。

b また,前記(1)ウのとおり,本願発明のシステムは,マップマッチングステップ206を実行することにより,更新ステップ204から入力された,更新されたオブジェクトの位置と移動方向を,電子地図のデータに一致させ,「マップマッチ位置」及び「マップマッチ移動方向」と呼ばれる新しいオブジェクトの位置及び移動方向のデータを出力し,モニターの電子地図上に新しいオブジェクトの位置を表示する。

したがって,本願発明における「マップマッチング」とは,更新されたオブジェクトの位置と移動方向から,電子地図に一致する新たなオブジェクトの位置及び移動方向を生成すること,すなわち「前記オブジェクトの更新位置を前記電子地図に一致させる」ことである。

(イ) 前記1(2)エ,オのとおり,引用発明においては,車両の絶対方位センサ及び相対方位センサから推測方位を得た上で,GPS方位の推定方位誤差が所定値以下であるか否か,車両が直進走行しているか否か及びGPS方位が安定しているか否かにより,GPS方位の採否を判定し,GPS方位が採用できる場合は,推測方位をGPS方位の推定方位誤差に基づいて補正して現在の進行方位とし,GPS方位が採用できない場合は,推測方位をそのまま現在の進行方位とし,その後の処理(マップマッチング)に使用するものとされている。

したがって,GPSデータであるGPS方位が採用できる場合(GPS方位が信頼できると決定された場合)に着目すれば,引用発明は,GPS方位に基づいて推測方位を補正して,車両の現在の進行方位としているといえる。

そして,ナビゲーション装置は,車両の正確な現在位置を検出し,検出した現在位置に対して目的地までの誘導案内を行うものである(前記1(1)アの【従来の技術】欄参照)ことからすれば,「GPS方位に基づいて推測方位を補正して,車両の現在の進行方位とする」処理が,進行方位の「更新」を伴うことは自明といえるから,引用発明は,「GPSデータであるGPS方位が信頼できると決定された場合,前記GPS方位に基づいて車両の現在の進行方位を更新する」ステップを備えるということができる。

そして,引用例における「車両の現在の進行方位」と,本願発明における「オブジェクトの位置」とは,マップマッチングに使用されるオブジェクトの情報である点で共通するから,本願発明と引用発明とは,「GPSデータが信頼できると決定された場合,前記GPSデータに基づいてオブジェクトの所定情報を更新する」点で一致するということができるため,この点に関する審決の認定に誤りはない。

(ウ) 原告は,引用発明における「方位(推測方位)の補正」は,「位置の更新」を行うためのプロセスの1つにすぎないのに対し,本願発明の「オブジェクトの位置の更新」はナビゲーションの最終的な目的であり,結果であると主張する。

しかしながら,前記(ア)a,bのとおり,本願発明における「位置の更新」により更新される位置のデータは,その後の「GPSデータが信頼できると決定された場合,前記オブジェクトの更新位置を前記電子地図に一致させる」ステップ,すなわちマップマッチングステップにおいて使用されるデータであって,モニターの電子地図上にオブジェクトの位置として表示される「マップマッチ位置」ではなく,ナビゲーションの最終的な結果ではない(すなわち,引用発明における補正された方位と同様,その後のマップマッチングにおいて使用されるデータの1つにすぎない)ため,原告の上記主張は理由がない。

(エ) また,原告は,本願発明と引用発明には,「位置の更新」と「推測方位の補正」という構成の相違があると主張するが,既に検討したとおり,本願発明の「位置の更新」とは,後にマップマッチングステップで使用する位置データを最新のGPS導出位置に更新することであり,一方,引用発明の「推測方位の補正」とは,「GPS方位に基づいて推測方位を補正して車両の現在の進行方位とする」ことであり,これが,その後の処理(マップマッチング)において使用する車両の進行方位を補正された進行方位に変更すること,すなわち,進行方位の「更新」を伴うことは自明であるから,「更新されるオブジェクトの所定情報が,本願発明では『位置』であるのに対し,引用発明では『方位』である点」を相違点とした審決の認定が誤りであるということはできない。

ウ 構成要件「前記オブジェクトの位置を前記電子地図に一致させる」について

前記1(2)オのとおり,引用発明における車両用ナビゲーション装置は,少なくとも車両の現在位置と現在の進行方位と地図情報とを使用してマップマッチングを行うことを前提としている。

そして,本願発明に係る明細書の記載及び技術常識から,マップマッチングとは,「オブジェクトの位置を電子地図に一致させる」ことであるから,本願発明と引用発明とが「オブジェクトの位置を電子地図に一致させる」点で一致するとした審決の認定に誤りはない。

3  取消事由3(容易想到性の判断の誤り)について

(1)  前記2(2)イのとおり,引用発明は,GPSデータであるGPS方位が採用できる場合(GPS方位が信頼できると決定された場合)に着目すれば,「GPSデータであるGPS方位が信頼できると決定された場合,前記GPS方位に基づいて車両の現在の進行方位を更新する」ステップを備えるといえ,その後,上記更新された車両の現在の進行方位を使用してマップマッチングを行うことが前提とされているから,引用発明は,「GPSデータであるGPS方位が信頼できると決定された場合,更新された車両の現在の進行方位を電子地図に一致させる」ステップを含むといえる。

そして,前記1(2)ウ,オのとおり,引用例に記載されたナビゲーション装置は,GPS受信装置により算出される車両の現在位置を使用しており,また,マップマッチングには,少なくとも「車両の現在位置」と「現在の進行方位」と「地図情報」とを使用することが前提とされているから,「GPSデータであるGPS方位が信頼できると決定された場合,前記GPSデータに基づいてオブジェクトの所定情報を更新する」ステップにより「方位」の情報が更新されるときには,当然,「位置」の情報も更新されるというべきである。

以上からすれば,引用発明における,「前記GPSデータが信頼できると決定された場合,前記GPSデータに基づいてオブジェクトの所定情報を更新する」ステップにおいて,「オブジェクトの所定情報」である「方位」の情報に加え,「位置」の情報も併せて更新すること,及び「前記オブジェクトの位置を前記電子地図に一致させる」ステップにおいて「オブジェクトの位置(及び現在の進行方位)を電子地図に一致させることが『GPSデータが信頼できると決定された場合』に行われ,また,オブジェクトの位置(及び現在の進行方位)が『更新』された位置(及び現在の進行方位)である」旨特定することは,いずれも当業者にとって容易に想到し得たものということができる。

なお,審決は,「これら周知の技術を考慮すると,引用発明における,オブジェクトの所定情報を,『方位』に代えて『位置』とすることは,当業者が容易に想到できたことである。」と判断している。他方で,上記のとおり,引用例に記載されたナビゲーション装置においてGPSデータを採用する場合は,同データのうち「方位」と「位置」に係る部分がともに採用されているものであるが,いずれにしても,容易想到性を肯認した審決の判断が誤りであるということにはならない。

以上のとおり,引用発明と本願発明との相違点1,2は,いずれも当業者にとって容易に想到し得たものというべきである。

(2)  周知例1,2(甲2,3)について

GPSデータを採用する場合,採用される情報に「位置」の情報が含まれることが技術常識であったことは,周知例1,2の記載からも裏付けられる。

ア 周知例1

周知例1には,以下のとおり,GPS測位の精度が高い場合は,GPS測位データに基づく位置情報を出力し,GPS測位の信頼性が低い解飛びが発生した場合には,ジャイロ測位手段が算出した位置情報を出力することが記載されている。

「【産業上の利用分野】 本発明は,車上測位装置に関し,特にGPS(Global Positioning System)などの測位衛星からの電波を利用して車輌上で自車輌の位置などを測定する車上測位装置に関する。」(段落【0001】)

「【作用】 GPS測位で解飛びが発生すると,・・・これに応じて選択手段(16)が,ジャイロ測位手段(16)が算出した位置情報を出力する。GPS測位で解飛びが発生していないときには,・・・選択手段(16)は,GPS測位手段(10~12,16)が算出した位置情報(GPS測位解)を出力する。」(段落【0012】)

「GPS測位で解飛びが発生していないときはその測位デ-タの推定誤差が小さく,自動的に,高精度の測位デ-タ(GPS測位解)が選択されて出力される。GPS測位の信頼性が低い解飛びが発生した場合には,それが自動的に検出されてジャイロ測位手段(16)が算出した位置情報(複合測位解)が選択され出力されるので,出力デ-タの信頼性が高い。」(段落【0013】)

イ 周知例2

周知例2には,GPS測位が不可能になったとき又はGPS測位精度が十分でなくなったとき,自立型の位置データを採用することが記載されている。

「[産業上の利用分野]

この発明は,各種の移動体のためのGPS航法装置に関するものであり,・・・」(2頁左上欄7行ないし9行)

「[作用]この発明においては,GPSを構成する人工衛星の中で電波を受信することのできるものが2個以下になってGPS測位が不可能になったとき,または,その測位精度が充分でなくなったときに,方位センサおよび距離センサからの移動体の移動方位データおよび移動距離データに基づく自立型の位置データを活用することにより,移動体の現在位置が正確に検知される。また,この発明においては,GPS機能部が選択されていて,ある時点でのGPSデータが対応時点における自立型データを超えているときには,前記ある時点で得られたGPSデータを無視するようにされる。」(4ページ左下欄2行ないし15行)

(3)  原告の主張について

原告は,本願発明は「前記GPSデータが信頼できると決定された場合,前記GPSデータに基づいてオブジェクトの位置を更新する」構成を有しており,逆に,GPSデータが信頼できないときはオブジェクトの位置を更新しない旨主張する。

しかしながら,本願発明における特許請求の範囲上,「GPSデータが信頼できないとき」について記載されてはおらず,「GPSデータが信頼できると決定された場合,前記GPSデータに基づいてオブジェクトの位置を更新する」ことが,必ずしも「GPSデータが信頼できないときは,オブジェクトの位置を更新しない」ことを意味するわけではない。また,仮に,本願発明が「前記GPSデータが信頼できると決定されない場合には,前記GPSデータに基づいてオブジェクトの位置を更新しない」ことを含むとしても,前記2(2)ア(ウ)で検討したとおり,本願発明は,GPSデータ以外のデータを使用する航法の併用を排除するものではないことからも,GPSデータに基づいてオブジェクトの位置を更新しないことが,必然的にオブジェクトの位置を更新しないことを意味するわけではない。

以上のとおり,原告の上記主張は理由がない。

(4)  効果について

原告は,本願発明は,GPSデータが信頼できる場合にのみ位置の更新とマップマッチングを行うため,GPSデータのみのナビゲーションであっても,高い信頼性を確保できる効果がある旨主張するが,信頼できるデータを用いてナビゲーションを行えば,信頼性が向上することは自明であり,これは本願発明に限らず,ナビゲーション一般に該当する効果であるから,格別のこととはいえない。

(5)  以上のとおり,本願発明が引用発明及び周知例1,2に記載された発明から容易想到であって,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない旨の審決の判断に誤りはない。

4  取消事由4(手続違背)について

(1)  原告は,審決においては,引用例に記載のない「方位の補正」以降の構成につき,周知例1及び2(甲2及び3)をもって補っており,これらを実質的な引用文献として用いているところ,これらを引用する拒絶理由通知はされておらず,審査の過程でも引用文献として挙げられていないから,審決は,特許法159条2項で準用する同法50条の規定に違反する旨主張するので,以下,検討する。

(2)  審査官は,拒絶をすべき旨の査定をしようとするときは,特許出願人に対し,拒絶の理由を通知し,相当の期間を指定して,意見書を提出する機会を与えなければならず(特許法50条本文参照),同法50条の規定は,拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合に準用する(同法159条2項参照)とされている。

そして,拒絶理由のうちでも,特に新規性や進歩性については,出願時における周知技術,慣用技術等を考慮することが必要となる場合が多く,拒絶理由の通知に当たって,その基本的な理由(引用文献等)とともに,上記周知技術等をも併せて通知されることも少なくない。

しかし,拒絶理由に摘示されていない周知技術等であっても,容易想到性の認定判断において,拒絶理由を構成する引用発明の認定や容易性の判断の過程で補助的に用いる場合,あるいは関係する技術分野で周知性が高く技術の理解の上で当然又は暗黙の前提となる知識として用いる場合であれば,許容されるというべきである。

(3)  審決は,本願発明と引用発明との相違点についての判断において,周知例1,2につき,「GPSデータに基づいて測定した位置を,GPSデータが信頼できるものであれば採用し,信頼できないものであれば採用しないようにすること」が周知技術であったことの根拠として引用している。

しかしながら,「GPSデータが信頼できると決定された場合,前記GPSデータに基づいてオブジェクトの所定情報を更新すること」については,既に一致点として認定しているため,周知例で補うまでもなく,上記周知例は,実質的には,前記3(2)のとおり,GPSデータを採用する場合,採用される情報に「位置」の情報が含まれることが技術常識であったことを裏付けるための文献とみるべきである。

そして,ナビゲーション装置は,車両の正確な現在位置を検出し,検出した現在位置に対して目的地までの誘導案内を行うものであること(前記1(1)アの【従来の技術】欄参照)からして,「GPSデータを採用する場合,採用される情報に『位置』の情報が含まれること」は,GPSを用いた車両用ナビゲーション装置の技術分野における当業者にとって自明というべきである上,前記1(2)ウのとおり,引用発明においても,GPS受信装置によって方位とともに車両の現在位置が算出され,これらがいずれも車両の現在位置追跡に用いられていること,前記3(1)のとおり,引用発明においても,マップマッチングの際に,更新された「車両の現在位置」を使用することが前提とされているものと解されることからして,「オブジェクトの所定情報を更新する」ステップにおいて更新される所定情報には「位置」の情報も含まれるものと解される。

(4)  以上のとおり,そもそも,「GPSデータを採用する場合,採用される情報に『位置』の情報が含まれること」は,出願時における周知技術であったといえる上,引用例の記載からも,この点につき読み取ることが可能であるから,この点につき拒絶理由の中で摘示されていなかったとしても,これは,容易性の判断の過程で補助的に用いる場合であり,関係する技術分野で周知性が高く技術の理解の上で当然又は暗黙の前提となる知識として用いる場合に該当するといえる。したがって,審査,審判段階で,この点につき拒絶理由通知がされなかったとしても,本件は,当該周知技術を用いることが許される場合に該当するから,特許法159条2項で準用する同法50条の規定に違反しないものであり,この点に関する原告の主張は理由がない。

5  結論

以上のとおり,審決に誤りはないから,原告の請求を棄却することとする。

(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 東海林保 裁判官 矢口俊哉)

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