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知財高等裁判所 平成20年(行ケ)10472号 判決 2009年9月30日

原告

ノードソン コーポレーション

訴訟代理人弁護士

近藤惠嗣

森田聡

重入正希

被告

武蔵エンジニアリング株式会社

訴訟代理人弁護士

竹田稔

川田篤

服部謙太朗

訴訟代理人弁理士

須藤阿佐子

須藤晃伸

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2007-800283号事件について平成20年10月21日にした審決を取り消す。

第2争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は,平成9年(1997年)7月15日を国際出願日とする特許出願(特願平10-507367号。パリ条約による優先権主張 外国庁受理 1996年7月17日 米国)をし,その一部を,平成15年4月28日に新たな特許出願とし(特願2003-123874号,特許法44条1項),平成18年1月20日,特許権の設定登録を受けた(特許第3762384号。以下「本件特許」という。設定登録時の請求項の数は9であった。甲19)。

被告は,平成19年12月27日,本件特許の請求項5ないし9に係る発明についての特許を無効とすることを求めて無効審判(無効2007-800283号)を請求した。

原告は,平成20年5月15日付け訂正請求書により,明細書の発明の詳細な説明について,誤記の訂正を目的とする訂正請求をした(甲20,21)。

特許庁は,平成20年10月21日,「訂正を認める。特許第3762384号の請求項5ないし9に記載された発明についての特許を無効とする。」との審決をし,その謄本は,平成20年11月7日,原告に送達された(以下,平成20年5月15日付け訂正請求書による訂正が認められた後の本件特許の明細書(甲21)を「訂正明細書」という。)。なお,審決取消訴訟の出訴期間につき90日の付加期間が定められた。

2  特許請求の範囲

訂正明細書の請求項5ないし9の記載は,次のとおりである(以下,請求項5ないし9記載の発明を,それぞれ「本件訂正発明5」ないし「本件訂正発明9」という。)。

(1)  請求項5(本件訂正発明5)

少量の液体材料を分配する材料分配装置であって,該材料分配装置は,

出口端および該液体材料を受ける入口端を有する第一流路と,該第一流路の該出口端の近傍に配置されるバルブ座と,往復動バルブと,を有するバルブ組立体と,

該第一流路の該出口端に接続される入口部分を有する第二流路と液体材料の流れを分配するオリフィスを有する出口部分とを備えるノズル組立体と,

該往復動バルブは,第一位置から該バルブ座の側に近い第二位置にまで急速に移動可能であって,これにより該第一流路における液体材料の大部分を該第一流路の該入り口端方向に流す一方,該第一流路における液体材料のいくらかを該出口端から該第二流路に流し込み,

該往復動バルブは,該第二位置から該バルブ座に着座する第三位置まで急速に移動可能であって,これにより該第二流路を通しての液体材料の流れが分断され,該オリフィスから分配される液体材料の流れが該第二流路の該出口部分から離れて液体材料の小滴を形成することを特徴とする材料分配装置。

(2)  請求項6(本件訂正発明6)

請求項5に記載の材料分配装置であって,該オリフィスの直径は,ほぼ0.0508ミリメートル(0.002インチ)からほぼ0.4064ミリメートル(0.016インチ)の間であることを特徴とする材料分配装置。

(3)  請求項7(本件訂正発明7)

請求項6に記載の材料分配装置であって,該オリフィスの長さ対直径の比は,少なくとも3対1であることを特徴とする材料分配装置。

(4)  請求項8(本件訂正発明8)

請求項7に記載の材料分配装置であって,該オリフィスの長さ対直径の比は,少なくとも25対1であることを特徴とする材料分配装置。

(5)  請求項9(本件訂正発明9)

請求項5に記載の材料分配装置であって,該ノズル組立体は,さらに,ほぼ0.3048ミリメートル(0.0120インチ)から1.270ミリメートル(0.050インチ)の間の外径の端部を有する細長いノズルを備えることを特徴とする材料分配装置。

3  審決の理由

(1)  別紙審決書写しのとおりであり,要するに,訂正を認めた上で,本件訂正発明5ないし9は,いずれも甲2記載の発明(以下「甲2発明」という。)又は甲3記載の発明(以下「甲3発明」という。),及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明することができたものであり,本件訂正発明5ないし9に係る特許は,いずれも特許法29条2項の規定に違反してなされたものであるから,同法123条1項2号の規定に該当し,無効とすべきであるというものである。

(2)  審決が認定した甲2発明の内容(後記ア),甲3発明の内容(後記イ),本件訂正発明5と甲2発明の対比(後記ウ),本件訂正発明5と甲3発明の対比(後記エ),本件訂正発明6と甲2発明又は甲3発明の対比(後記オ),本件訂正発明7と甲2発明又は甲3発明の対比(後記カ),本件訂正発明8と甲2発明又は甲3発明の対比(後記キ),本件訂正発明9と甲2発明又は甲3発明の対比(後記ク)は,次のとおりである。

ア 甲2発明の内容

少量の液体材料を分配する材料分配装置であって,該材料分配装置は,

出口端および該液体材料を受け入れるボア(3)側入口端を有する貫通ボア(3’)と,該貫通ボア(3’)の出口端の近くに配置されたバルブ着座部と,往復動するバルブヘッド(15)と,を有するバルブ座(14’)と,

該貫通ボア(3’)の該出口端に接続される入口端部を有する分配ボア(8)と液体材料の流れを分配するオリフィスを有するノズル出口(23)とを備える分配ヘッド(10)と,

該バルブヘッド(15)は,開放位置から該バルブ着座部の側に近い密閉直前位置にまで急速に移動可能であって,これにより該貫通ボア(3’)における液体材料の所望部分を該貫通ボア(3’)の該ボア(3)側端部方向に流す一方,該貫通ボア(3’)における液体材料のいくらかを該出口端から分配ボア(8)に流し込み,

該バルブヘッド(15)は,該密閉直前位置から該バルブ着座部に着座する密閉位置まで急速に移動可能であって,これにより該分配ボア(8)を通しての液体材料の流れが分断され,該オリフィスから分配される液体材料の流れが該分配ボア(8)の先端のノズル出口(23)から離れて液体材料の小滴を形成する材料分配装置。(審決19ないし20頁)

イ 甲3発明の内容

少量の分析液体を供給する分析液体供給装置であって,該液体供給装置は,

バルブ口23および該分析液体を受けるブランチ接続部6aを有する圧力チャンバー1と,該圧力チャンバー1のバルブ口23の近傍に配置されるシーリングシート17と,閉鎖素子13と,を有する,圧力チャンバー筐体と,

該圧力チャンバー1のバルブ口23に接続されるノズルプレ-チャンバー4と,該分析液体の流れを放出するオリフィス状の小径流路及びノズル出口3,を備えるノズル部材と,

該閉鎖素子13は,開口位置から該シーリングシート17の側に近い閉鎖直前位置にまで急速に移動可能であり,これにより該圧力チャンバー1における分析液体の所定部分を該圧力チャンバー1の上方側(該ブランチ接続部6a側)方向に移動可能であって,これにより該圧力チャンバー1にある該分析液体の一部を該圧力チャンバー1のブランチ接続部6a方向に流す一方,該圧力チャンバー1における分析液体のいくらかをバルブ口23からノズルプレ-チャンバー4に流し込み,

該閉鎖素子13は,該閉鎖直前位置から該シーリングシート17に着座する閉鎖位置まで急速に移動可能であって,これにより該ノズルプレ-チャンバー4を通しての分析液体の流れが分断され,該オリフィス状の小径流路から放出される分析液体の流れが該ノズルプレ-チャンバー4及びオリフィス状の小径流路のノズル出口3から離れて分析液体の滴を形成する分析液体供給装置。(審決24ないし25頁)

ウ 本件訂正発明5と甲2発明の対比

(ア) 本件訂正発明5と甲2発明の一致点

「少量の液体材料を分配する材料分配装置であって,該材料分配装置は,

出口端および該液体材料を受ける入口端を有する第一流路と,該第一流路の該出口端の近傍に配置されるバルブ座と,往復動バルブと,を有するバルブ組立体と,

該第一流路の該出口端に接続される入口部分を有する第二流路と液体材料の流れを分配するオリフィスを有する出口部分とを備えるノズル組立体と,

該往復動バルブは,第一位置から該バルブ座の側に近い第二位置にまで急速に移動可能であって,これにより該第一流路における液体材料の所定量を該第一流路の該入り口端方向に流す一方,該第一流路における液体材料のいくらかを該出口端から該第二流路に流し込み,

該往復動バルブは,該第二位置から該バルブ座に着座する第三位置まで急速に移動可能であって,これにより該第二流路を通しての液体材料の流れが分断され,該オリフィスから分配される液体材料の流れが該第二流路の該出口部分から離れて液体材料の小滴を形成する材料分配装置。」である点。(審決30頁)

(イ) 本件訂正発明5と甲2発明の相違点

本件訂正発明5は,「往復動バルブ」が「第一位置から該バルブ座の側に近い第二位置にまで急速に移動可能」であるとき,「第一流路における液体材料の大部分を該第一流路の該入り口端方向に流す一方,該第一流路における液体材料のいくらかを該出口端から該第二流路に流し込」むものであるのに対し,甲2発明は,「バルブヘッド(15)」が「開放位置から,該バルブ着座部の側に近い密閉直前位置にまで急速に移動可能」であるとき,「該貫通ボア(3’)における液体材料の所望部分を該貫通ボア(3’)の該ボア(3)側端部方向に流す一方,該貫通ボア(3’)における液体材料のいくらかを該出口端から分配ボア(8)に流し込」むものであり,入口側に戻す液体材料が「大部分」であるかどうか明らかでない点。(審決30頁)

エ 本件訂正発明5と甲3発明の対比

(ア) 本件訂正発明5と甲3発明の一致点

「少量の液体材料を分配する材料分配装置であって,該材料分配装置は,

出口端および該液体材料を受ける入口端を有する第一流路と,該第一流路の該出口端の近傍に配置されるバルブ座と,往復動バルブと,を有するバルブ組立体と,

該第一流路の該出口端に接続される入口部分を有する第二流路と液体材料の流れを分配するオリフィスを有する出口部分とを備えるノズル組立体と,

該往復動バルブは,第一位置から該バルブ座の側に近い第二位置にまで急速に移動可能であって,これにより該第一流路における液体材料の所定量を該第一流路の該入り口端方向に流す一方,該第一流路における液体材料のいくらかを該出口端から該第二流路に流し込み,

該往復動バルブは,該第二位置から該バルブ座に着座する第三位置まで急速に移動可能であって,これにより該第二流路を通しての液体材料の流れが分断され,該オリフィスから分配される液体材料の流れが該第二流路の該出口部分から離れて液体材料の小滴を形成する材料分配装置。」である点。(審決32ないし33頁)

(イ) 本件訂正発明5と甲3発明の相違点

本件訂正発明5は,「往復動バルブ」が「第一位置から該バルブ座の側に近い第二位置にまで急速に移動可能」であるとき,「第一流路における液体材料の大部分を該第一流路の該入り口端方向に流す一方,該第一流路における液体材料のいくらかを該出口端から該第二流路に流し込」むものであるのに対し,甲3発明は,「閉鎖素子13」が「開口位置から該シーリングシート17の側に近い閉鎖直前位置にまで急速に移動可能」であるとき,「圧力チャンバー1にある該分析液体の一部を該圧力チャンバー1のブランチ接続部6a方向に流す一方,該圧力チャンバー1における分析液体のいくらかをバルブ口23からノズルプレ-チャンバー4に流し込」むものであり,入口側に戻す液体材料が「大部分」であるかどうか明らかでない点。(審決33頁)

オ 本件訂正発明6と甲2発明又は甲3発明の対比

本件訂正発明6と,甲2発明又は甲3発明は,前記ウ,エに記載された一致点・相違点を有するとともに,加えて,本件訂正発明6の備える「オリフィス」の径が「ほぼ0.0508ミリメートル(0.002インチ)からほぼ0.4064ミリメートル(0.016インチ)の間」とされているのに対し,甲2発明における「ノズル出口23」に設けられた「オリフィス」又は甲3発明における「小径流路」については,いずれもその径が明らかでない点で相違する。(審決34頁)

カ 本件訂正発明7と甲2発明又は甲3発明の対比

本件訂正発明7と,甲2発明又は甲3発明は,前記ウ,エ,オに記載された一致点・相違点を有するとともに,さらに,本件訂正発明7は「オリフィスの長さ対直径の比は,少なくとも3対1である」と規定するものであるのに対し,甲2発明におけるノズル出口(23)に設けられた「オリフィス」,又は甲3発明のノズル部材に設けられた「小径流路」については,いずれも,その長さ,径等が明らかではない点で相違する。(審決35頁)

キ 本件訂正発明8と甲2発明又は甲3発明の対比

本件訂正発明8と,甲2発明又は甲3発明は,前記ウ,エ,オに記載された一致点・相違点を有するとともに,加えて,本件訂正発明8は「オリフィスの長さ対直径の比は,少なくとも25対1である」ものであるのに対し,甲2発明の備えるノズル出口(23)に設けられた「オリフィス」,又は甲3発明の備えるノズル部材の「小径流路」は,いずれも,その長さ,径等が明らかではない点で相違する。(審決36頁)

ク 本件訂正発明9と甲2発明又は甲3発明の対比

本件訂正発明9と,甲2発明又は甲3発明は,前記ウ,エに記載された一致点・相違点を有するとともに,加えて,本件訂正発明9は「ノズル組立体は,さらに,ほぼ0.3048ミリメートル(0.0120インチ)から1.270ミリメートル(0.050インチ)の間の外径の端部を有する細長いノズルを備える」ものであるのに対し,甲2発明又は甲3発明は,いずれもそのような寸法のノズルを備えるものかどうか明らかではない点で相違する。(審決36ないし37頁)

第3取消事由に関する原告の主張

審決には,次に述べるとおり,本件訂正発明5と甲2発明の相違点の認定の誤り(取消事由1),本件訂正発明5と甲3発明の相違点の認定の誤り(取消事由2),本件訂正発明6ないし9と甲2発明又は甲3発明の相違点の認定の誤り(取消事由3)があるから,違法として取り消されるべきである。

1  本件訂正発明5と甲2発明の相違点の認定の誤り(取消事由1)

審決は,バルブ若しくはバルブヘッド(15)のノズル側端部より液体材料の入口側への流れ,即ち逆流について,甲2発明でも逆流が生じることを前提として,「本件訂正発明5は,・・・『第一流路における液体材料の大部分を該第一流路の該入り口端方向に流す一方,該第一流路における液体材料のいくらかを該出口端から該第二流路に流し込』むものであるのに対し,甲2発明は,・・・『該貫通ボア(3’)における液体材料の所望部分を該貫通ボア(3’)の該ボア(3)側端部方向に流す一方,該貫通ボア(3’)における液体材料のいくらかを該出口端から分配ボア(8)に流し込」むものであり,入口側に戻す液体材料が『大部分』であるかどうか明らかでない点」を本件訂正発明5と甲2発明の相違点として認定している(審決30頁,前記第2,3(2)ウ(イ))。しかし,甲2発明は,液体供給源の圧力によって液体が放出されるものであって,逆流が生ずることはないから,審決の上記相違点の認定も誤りである。以下,詳述する。

(1)  甲2発明の液体流出の基本原理

甲2発明は,液体供給源の圧力によって液体が放出されることを基本原理とする。その理由は,以下のとおりである。

ア 液体の供給源の圧力によって液体を分配し,バルブの開閉の間隔を調節することによって分配量を調節することは,本件特許の優先権主張日前から当業者が普通に行っていたことであり,甲1(米国特許第4066188号公報),甲1に引用されている甲17(米国特許第3788561号公報)に記載されており,甲2にも記載されている。

すなわち,甲1の「同特許に例示されているように,接着剤分配装置の所望の動作回数を制御する調整可能なタイミング手段が設けられ,接着剤分配装置から分配される接着剤の単位付着物のサイズを決める時間間隔の持続時間を定める。」(訳文4頁20ないし23行)との記載,甲17の「ボールバルブ(67又は67a)のほとんど瞬間的な開放により,それぞれのノズルからホットメルト材料の流れが射出される(もし,バルブが開放されたままであれば,流れが継続するであろう)。」(訳文2頁15ないし17行)との記載から,甲1,17には,液体の供給源の圧力によって液体を分配し,バルブの開閉の間隔を調節することによって分配量を調節することが記載されている。

甲2に図示されている構造を,甲2の「分配ピストンの下降運動は,通常は圧縮バネとして構成されたもどし機構によって行われる。これと組合せて,可変の時間間隔でオンされる磁石によって,分配ピストンのパルス状駆動を行う。」(訳文2頁19ないし21行)という記載に従って理解すれば,分配ピストンが圧縮バネによって下方に押付けられており,磁石がオンされている間だけピストンが上昇していることを理解することができる。また,甲2には,2つの異なる実施例について,「バルブヘッド(15)は,バルブ座(14’)と作用共働して,縮小された貫通ボア(3’)を密封する。」(訳文5頁9ないし10行),「この場合,バルブニードル(15’)の尖端は,分配ボア(8’)の端部の出口(23)を開閉する。」(訳文5頁13ないし14行目)と説明され,いずれにおいても,出口の開閉のみが問題とされていることから,分配ピストンを上昇させる目的は出口を開くことにあると理解され,これらの記載は,一定の時間間隔だけ電磁石をオンさせ,その間に液体を放出させることを意味している。さらに,甲2には,「かくして,即ち,供給ボアから分配ボアへ接着剤を直接に真っすぐ案内することによって,デッドスペースおよび反転が回避されるとともに,堆積した接着剤が移送され,トラブルが確実に避けられると云う大きな利点が得られる。」(訳文3頁21ないし23行),「コイル(13)が無電流の場合,圧縮バネ(7)によって,バルブヘッド(15)またはバルブニードル(15’)を含むアンカ(5)は,下方の下部出発位置または閉鎖位置へもどされる。かくして,コイル(13)の順次のオンおよびオフによって,アンカ(5)は,永続的なパルス状運動を行い,かくして,加熱接着剤滴は,ボア(3)から貫通ボア(3’)を介して分配ボア(8,8’)に順次にポンプ方式で送られる。」(訳文6頁7ないし12行)との記載がある。上記記載によれば,甲2発明は,甲1記載の発明(以下「甲1発明」という。)及び甲17記載の発明と同様の技術思想に基づく発明であり,その作動原理において,甲17に記載された発明,甲3発明と同一である。

甲2発明は,液体供給源の圧力によって液体を分配するという基本原理に基づき,バルブを開閉する時間を調節することによって分配量を制御する点で,甲1発明と共通するものでもある。

イ(ア) 審決は,「甲第2号証に記載された分配装置のような高速分配を実行するものにおいて,バルブヘッド(15)付近に短期的に生ずる逆方向圧力に見合うだけの背圧を印加するには,相当大きな背圧を印加することとなることが推定されるが,そのような大きな背圧を加えることは,バルブヘッド(15)を引き上げる力の増大,バルブヘッドの応答性を低下させることにもなり,実際的なこととは言い難い。」(19頁16ないし21行)と述べ,甲2発明は液体供給源の圧力によって液体を供給するものではないと認定した。

しかし,審決の上記認定は,以下の理由により誤りである。

すなわち,甲1及び甲1が引用している甲17によって明らかなとおり,液体供給源に大きな圧力を加えて液体を供給することは,本件特許の優先権主張日前から当業者が普通に行ってきたことであり,極めて実際的なことである。また,審決は,圧力を加えることについて,「バルブヘッド(15)を引き上げる力の増大,バルブヘッドの応答性を低下」などと述べるが,これには何の力学的な根拠もない。実際,甲1には,「本発明はある表面への液体の塗布に関し,特に押出しあるいは吹出しされた物質をビーズ,リボンまたは小サイズの単位付着物として,高速の製造条件下において所望のパターンで塗布するのに用いられる装置に関する。」(訳文1頁15ないし17行)と説明されており,液体供給源に大きな圧力をかけることと高速分配とは何ら矛盾するものではない。高速分配を行うには,バルブの単位時間当たりの開閉回数を増加させることは必要であるが,液体に供給圧力をかけるという原理を変更する必要はない。

甲2に記載されているように「最大1000点/sec」(甲2訳文4頁5行)の液滴を分配するためには,アンカ(5)が上昇したときにバルブヘッド(15)の下に液体が供給されていなければならないから,液体に供給圧力をかけることが不可欠である。

(イ) また,審決は,甲2発明において逆流が生じることについて,「以上のような液体材料の挙動についての分析は,・・・参考資料16に記載された小林敏雄氏の鑑定意見とも符合するものである。」(19頁2ないし5行。審決の参考資料16は本訴の甲22である。)とし,甲22と符合するものと判断している。しかし,甲22は,その前提が当業者の常識に反し,甲1発明,甲2発明及び甲3発明の前提とも異なるから,審決の上記判断は誤りである。

すなわち,甲22は,入口ポートの供給圧力PINと出口ノズルの出口圧力POUTのいずれもが大気圧であるP0であるという前提でモデルを構築しており(甲22,13頁10ないし21行),入口ポートの供給圧力が存在してもバルブエレメントが運動する前の状態においてノズルからの液体流出量が無視できるほど小さい場合にも,理論的に同じ取扱いが可能であるとする(甲22,13頁21ないし23行)。しかし,甲1発明,甲2発明及び甲3発明は,いずれもバルブが開いている時に液体供給源の圧力によって液体が流出することを前提とするから,甲22は,甲1発明,甲2発明及び甲3発明とは前提を異にする。また,被告が甲22に記載されているモデルの仮想円筒の上流側の供給源の例として提出する甲24(特開昭63-190674号公報)には,圧縮エヤー源よりガンの弁機構にエヤーを供給し,ノズル孔より塗出材料を噴出させ,塗布作業を行うことが記載されており,このことからも分かるとおり,液体材料の供給源の圧力(審決がいう「背圧」)を高くすることは当業者が通常行っており,そうすると,供給源の圧力が加えられていないことを前提とする点で,甲22は当業者の常識に反するものであり,甲22に基づく審決の判断も誤りである。甲14のシミュレーションは,甲22と同じ前提に立つものであり,甲2発明の作動状況を正しく示していない。

(2)  逆流の有無

甲2発明は,液体供給源の圧力によって液体が放出されることを前提とするから,逆流が生ずることはない。具体的には,甲2発明のアンカ(5)が下降する際に逆流が起きることはない。これに対し,本件訂正発明5は,バルブの位置によって流体抵抗が変化することを積極的に利用しているから,第一流路にある液体材料の大部分に逆流が生ずる。

(3)  相違点の認定の誤りの有無

審決は,本件訂正発明5と甲2発明の相違点を「本件訂正発明5は,・・・『第一流路における液体材料の大部分を該第一流路の該入り口端方向に流す一方,該第一流路における液体材料のいくらかを該出口端から該第二流路に流し込』むものであるのに対し,甲2発明は,・・・『該貫通ボア(3’)における液体材料の所望部分を該貫通ボア(3’)の該ボア(3)側端部方向に流す一方,該貫通ボア(3’)における液体材料のいくらかを該出口端から分配ボア(8)に流し込』むものであり,入口側に戻す液体材料が『大部分』であるかどうか明らかでない点」と認定した。しかし,審決の上記認定は,甲2発明で逆流が生じることを前提としている点において,誤りがある。

2  本件訂正発明5と甲3発明の相違点の認定の誤り(取消事由2)

審決は,バルブ若しくは閉鎖素子13のノズル側端部より,液体材料若しくは分析液体の入口側への流れ,即ち逆流について,甲3発明でも逆流が生じることを前提として,「本件訂正発明5は,・・・『第一流路における液体材料の大部分を該第一流路の該入り口端方向に流す一方,該第一流路における液体材料のいくらかを該出口端から該第二流路に流し込』むものであるのに対し,甲3発明は,・・・『圧力チャンバー1にある該分析液体の一部を該圧力チャンバー1のブランチ接続部6a方向に流す一方,該圧力チャンバー1における分析液体のいくらかをバルブ口23からノズルプレ-チャンバー4に流し込』むものであり,入口側に戻す液体材料が『大部分』であるかどうか明らかでない点」を本件訂正発明5と甲3発明の相違点として認定している(審決33頁,前記第2,3(2)エ(イ))。しかし,甲3発明は,液体供給源の圧力によって液体が放出されるものであって,逆流が生ずることはないから,審決の上記相違点の認定は誤りである。以下,詳述する。

(1)  甲3発明の液体放出の基本原理

甲3発明は,液体供給源の圧力によって液体が放出されることを基本原理とする。その理由は,以下のとおりである。

ア 甲3には,「液体が放出されるべきときに圧縮されるわけではない。そのかわり,ノズル放出口は,中の分析液体が(たとえば0.1から5barの)永続的な圧力を受けている圧力チャンバーと,流体的に連結している(hydraulically connected)。特定量の分析液体の放出は,圧力チャンバーとノズル放出口の間の液圧連結(hydraulic connection)を短時間開口し再び閉鎖するバルブユニットの閉鎖素子によって,制御される。」(【0012】,以下,この記載部分を「file_2.jpg」と特定することがある。)との記載があり,液体が液体供給源により永続的な圧力を受けており,バルブを開口するとこの圧力によって液体が放出されるという甲3発明の基本原理が記載されている。

さらに,甲3には,「本発明において,閉鎖操作の間,すなわちバルブユニットの閉鎖状態(閉鎖位置)の方向へと閉鎖素子が動くことによって,液体の放出が阻止されず維持され促進されるように考慮してバルブユニットが組み立てられるならば,分析液体の調整に要求される高精度な調整にとって,本発明が非常に有利である」(【0015】,以下,この記載部分を「file_3.jpg」と特定することがある。),「閉鎖素子13が閉鎖する間,閉鎖素子13がノズル放出口3の方向へ動くよりもかなり速く,液体がノズル放出口3を通って移動する。それによって,閉鎖素子13の比較的ゆっくりした動きによってバルブ11が閉鎖する間,液体の放出がとくによく維持され促進される」(【0021】,以下,この記載部分を「file_4.jpg」と特定することがある。),「バルブ開口時の分析液体の流速がバルブの流体抵抗ではなくおもに放出口3の流体抵抗によって決定されるということが保証される」(【0024】,以下,この記載部分を「file_5.jpg」と特定することがある。)との記載がある。

上記の甲3の記載(file_6.jpgないしfile_7.jpg)によれば,甲3発明は,バルブを開いている時間によって液体の放出量を調節しており,これは,液体供給源の圧力によって液体が放出されることを基本原理としていることにほかならない。

イ この点につき,審決は,「『圧力チャンバー1』内における分析液体の圧力は『0.1から5bar』とされているように,分析液体に印加されている圧力は決して高いものではないので,甲第3号証に記載されたものについて被請求人(判決中:本件原告)が主張するように『流体圧により分析液体が放出される』ものとは考えにくい」(審決23頁15ないし19行)と判断した。

しかし,審決の上記判断は,以下の理由により誤りである。

すなわち,甲3発明は,分析液体の供給装置の発明であり,甲3には,分析液体の例として,試薬液体,較正用液体,あるいは特に血液や血清のようなサンプル液体が記載されているところ(【0002】),これらは粘性が小さいから,バルブが開いている間に液体を流すために大きな圧力を必要としない。このように分析液体の粘性が小さいことを考慮すると,0.1barという圧力も,決して低い圧力ではない。水の粘性は約1センチポアーズであるのに対し,本件訂正発明5の実施例で分配の対象とされている液体の粘性は約50,000~約250,000センチポアーズであるところ(甲19,甲21【0029】),同じ断面の管路を同じ速さで液体を流すために必要な圧力は液体の粘性に比例するから,水を流すことを前提とした場合の0.1barという圧力は,本件訂正発明5の実施例で分配の対象とされた液体材料を流す場合には,5,000barないし25,000barにも相当し,被告の行っている単位の換算(1bar=15psi)に従って換算すると75,000psiないし375,000psiとなる。これに対し,訂正明細書に記載されている圧力は約4psi~約30psi(甲19,甲21【0029】)であるから,本件訂正発明5の液体材料に加えられた圧力は,液体の粘性が高いことを考慮すれば極めて低い圧力である。そうすると,「『0.1から5bar』とされているように,分析液体に印加されている圧力は決して高いものではない」との審決の判断は誤りである。

液体が供給源の圧力により供給されている場合に,バルブの開きが大きければ,バルブの動きが液体の流量に影響することはないので,甲3発明において,閉鎖素子13とシーリングシート17の間隔が広いときは,閉鎖素子13の位置は,液体の流量に影響せず,放出口3における流体抵抗が液体の流量に影響する。これに対し,閉鎖素子13とシーリングシート17の間隔が狭くなるに従って,この部分における流体抵抗を無視することができなくなり,流量が減少するが,甲3には,液圧加速(hydraulic gearing up)という効果により流量を補い,閉鎖素子13が閉鎖方向に移動している間の流量を一定に保つことが開示されている。しかし,これによって甲3発明の基本原理が変わるわけではない。

甲22は,甲1発明,甲2発明及び甲3発明とは前提を異にし,甲15のシミュレーションは,甲22と同じ前提に立つものであり,甲3発明の作動状況を正しく示していない。

(2)  流量を一定化する方法

甲3発明は,液体供給源の圧力によって液体が放出されることを前提として,流量を一定にするものであるのに対し,本件訂正発明5は,バルブの位置によって流速を変化させるものであるから,この点において,甲3と本件訂正発明5は異なる。

すなわち,甲3発明は,液体供給源の圧力によって液体が放出されることを前提として,特に,バルブが開いている間の流量を一定にすることを目的としている。流速は,液体供給源の圧力と放出口3の流体抵抗によって決定されるところ,この圧力及び流体抵抗はいずれも一定であるから,その結果,分析液体の流速も一定となる。甲3の「バルブ開口時の分析液体の流速がバルブの流体抵抗ではなくおもに放出口3の流体抵抗によって決定されるということが保証される」(【0024】)との記載は,上記のように分析液体の流速が一定となることを意味している。

甲18に係る米国特許第5356034号は,甲3に係る特許(特願平5-11517号,特開平5-264412号)と同様に,甲4に係るドイツ連邦共和国特許第4202561号を基礎とする優先権主張をして出願されたものである。甲18に係る米国特許第5356034号のクレーム15には,ノズルを通過する分析液体の流量が閉鎖動作の間を通じて実質的に変化しないことが記載されており,クレーム15は独立項であるから,甲18に記載された発明の特徴を十分に表現している。このように,流量の変化をなくすということは,甲18に記載された発明の特徴的な構成であり,甲3発明の特徴でもある。

甲3発明は,液体供給源の圧力によって液体を分配するという基本原理に基づき,バルブを開閉する時間を調節することによって分配量を制御する点で甲1発明と共通するものである。

これに対し,本件訂正発明5は,バルブの位置によってバルブの流体抵抗とノズルオリフィスの流体抵抗の相対的な関係を変化させて流速を変化させるものであるから,この点において,甲3発明とは明確に異なる。

(3)  逆流の有無

甲3発明は,液体供給源の圧力によって液体が放出されることを前提とするから,逆流が生ずることはない。これに対し,本件訂正発明5は,バルブの位置によって流体抵抗が変化することを積極的に利用しているから,第一流路にある液体材料の大部分に逆流が生ずる。

(4)  相違点の認定の誤りの有無

審決は,本件訂正発明5と甲3発明の相違点を「本件訂正発明5は,・・・『第一流路における液体材料の大部分を該第一流路の該入り口端方向に流す一方,該第一流路における液体材料のいくらかを該出口端から該第二流路に流し込』むものであるのに対し,甲3発明は,・・・『圧力チャンバー1にある該分析液体の一部を該圧力チャンバー1のブランチ接続部6a方向に流す一方,該圧力チャンバー1における分析液体のいくらかをバルブ口23からノズルプレ-チャンバー4に流し込』むものであり,入口側に戻す液体材料が『大部分』であるかどうか明らかでない点」と認定した。しかし,審決の上記認定は,甲3発明で逆流が生じることを前提としている点において,誤りがある。

3  本件訂正発明6ないし9と甲2発明又は甲3発明の相違点の認定の誤り(取消事由3)

本件訂正発明6ないし9は,いずれも本件訂正発明5を限定したものであるから,審決には,本件訂正発明5と甲2発明,本件訂正発明5と甲3発明の相違点の認定に誤りがある以上,本件訂正発明6ないし9と甲2発明又は甲3発明の相違点の認定にも誤りがある。

第4被告の反論

審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由は,いずれも理由がない。

1  本件訂正発明5と甲2発明の相違点の認定の誤り(取消事由1)に対し

(1)  甲2には,「コイル(13)が無電流の場合,圧縮バネ(7)によって,バルブヘッド(15)またはバルブニードル(15’)を含むアンカ(5)は,下方の下部出発位置または閉鎖位置へもどされる。かくして,コイル(13)の順次のオンおよびオフによって,アンカ(5)は,永続的なパルス状運動を行い,かくして,加熱接着剤滴は,ボア(3)から貫通ボア(3’)を介して分配ボア(8,8’)に順次にポンプ方式で送られる。」(訳文6頁7ないし12行)との記載がある。

上記記載部分において,接着剤が「ポンプ方式で送られる」との記載は,バルブの構成部分であるアンカ(5)の「永続的なパルス状運動」により,言い換えれば,バルブの動作により,加熱接着剤を貫通ボア(3’)を介して分配ボア(8)まで供給していることを意味している。そして,接着剤を滴状に供給するためにアンカ(5)のバルブヘッド(15)を「最大1000点/sec」(甲2,訳文4頁5行)の速さでストロークさせなければならない。上記記載部分における「オンおよびオフ」とは,バルブヘッドの上下動の切り替えのためのものである。このように,甲2の上記記載部分からは,甲2発明が,液体材料の供給圧力によるよりは,バルブヘッドの動作により微量の液体材料を放出しているものと認識される。そして,甲2のその他の記載も踏まえれば,審決が認定するとおり,バルブヘッドが動作する際に,逆流が生じ得ると解される。

(2)  原告は,甲2発明は,甲1発明,甲17記載の発明と同様に,液体の供給源の圧力によって液体が放出されるものであると主張する。

しかし,原告の主張は,以下の理由により,採用することができない。

すなわち,甲1には,液体供給源に大きな圧力をかけるという記載はない。そして,甲1発明と同様にホットメルトを用いた発明に係る乙1(実願昭62-184803号(実開平1-88769号)のマイクロフィルム,発明の名称:ホツトメルト接着剤用ガン・ユニツト)には,「接着剤リザーバから接着剤が約2.5kg/㎝2の圧力で供給されている」(10頁2ないし3行)と記載されており,この圧力はpsiに換算すると約35.5psiとなり,本件訂正発明5ないし9(訂正明細書,甲21【0029】に「約4psi~約30psi」との記載がある。)と同程度の圧力であるから,甲1発明において,液体供給源に逆流が生じなくなるほどの高い圧力がかけられているとは考えられない。

また,甲17には,「前記ノズルは4ないし50ミリ秒の時間範囲内で開閉可能な弁を有し」(甲17,英文9欄16ないし18行)と記載されており,これは,液体放出により1秒当たり20点ないし250点を打つことを意味するところ,その速さは,液体放出により最大1秒当たり1000点(甲2,訳文4頁5行)を打つ甲2発明を大きく下回るから,甲17記載の発明は,甲2発明と同じレベルの速さの装置とはいい難く,仮に甲17発明において液体供給源に大きな圧力をかけていたとしても,そのことから,甲2発明においても液体供給源に大きな圧力をかけることができるとはいい難い。

(3)  審決が認定したとおり,甲2発明において,閉鎖素子が動作する際に逆流が生じていることは,流体力学における技術常識を踏まえれば明らかであり,それと符合する結果が,甲22や甲14のシミュレーションの結果にも反映されている。

(4)  このように,甲2の記載等によれば,甲2発明は,閉鎖素子の下降動作の初期に,閉鎖素子の下方から側方への液体の流れが相対的に多くなり,逆流が生じていることは明らかであり,閉鎖素子は,単に放出口の開閉のみをしているわけではない。

2  本件訂正発明5と甲3発明の相違点の認定の誤り(取消事由2)に対し

(1)  原告は,甲3の記載(file_8.jpgないしfile_9.jpg)に基づいて,甲3発明は液体供給源の圧力によって液体が放出されることを基本原理としていると主張する。

しかし,原告の主張は,以下の理由により,採用することができない。

ア 甲3の【0012】の記載部分file_10.jpgの「0.1から5bar」という圧力単位をpsiに換算すると「1.5psiから72.5psi」となる。他方,訂正明細書の発明の詳細な説明には,「バルブシャフト42の周りの穴22と流路24の中に,約4psi~約30psiの一定の圧力で液体又は粘性材料を押し込む。」(甲21【0029】)との記載がある。そうすると,液体に加えられている圧力に関して,甲3発明は,本件訂正発明5において想定されている範囲と重なっており,この程度の圧力では,圧力により液体が放出されるものとは考えにくく,逆流を生じなくするほどの高圧とも考えにくい。

イ 甲3の【0015】の記載部分file_11.jpgは,閉鎖素子が動くことによって,液体の放出が阻止されず維持され促進されるようにすべきであること,即ち閉鎖素子の動作により液体が放出されることが記載されている。

ウ 甲3の【0021】の記載部分file_12.jpgについては,【0021】の前半部分も合わせ読めば,【0021】全体として,閉鎖素子が閉鎖する直前に,閉鎖素子13のシーリングリム15とシーリングシート17の隙間が小さくなることにより当該隙間における液体の流動抵抗が増大する結果,側方への分析液体の流れは相対的に少なくなり,ノズル側への液体流が増大することが記載されているにすぎず,記載部分file_13.jpgから,甲3発明が供給圧力のみにより液体を放出していると理解することは困難である。

エ また,甲3の【0024】の記載部分file_14.jpgは,【0024】のその直前部分も合わせ読めば,バルブ口23(閉鎖素子13のシーリングリム15とシーリングシート17との間に形成される円柱の側面積に相当する。)の面積をノズル放出口3の断面積より大きくすることにより,ノズル放出口3の流動抵抗による影響が大きくなることを説明していると考えられ,記載部分file_15.jpgにより,分析液体の流速にバルブの動作が影響せず,閉鎖素子が単に開閉のみをしていることが裏付けられることはない。

(2)  審決が述べるとおり,甲3発明において,閉鎖素子が動作する際に逆流が生じていることは,流体力学における技術常識を踏まえれば明らかであり,それと符合する結果が,甲22や甲15のシミュレーションの結果にも反映されている。

(3)  このように,甲3の記載等によれば,甲3発明は,閉鎖素子の下降動作の初期に,閉鎖素子の下方から側方への液体の流れが相対的に多くなり,逆流が生じていることは明らかであり,閉鎖素子は,単に放出口の開閉のみをしているわけではない。

3  本件訂正発明6ないし9と甲2発明又は甲3発明の相違点の認定の誤り(取消事由3)に対し

審決は,本件訂正発明5と甲2発明の相違点の認定,本件訂正発明5と甲3発明の相違点の認定のいずれにも誤りがないから,本件訂正発明6ないし9と甲2発明又は甲3発明の相違点の認定にも誤りはない。

第5当裁判所の判断

1  本件訂正発明5と甲2発明の相違点の認定の誤り(取消事由1)について

審決が,甲2発明でも逆流が生じることを前提として,「本件訂正発明5は,・・・『第一流路における液体材料の大部分を該第一流路の該入り口端方向に流す一方,該第一流路における液体材料のいくらかを該出口端から該第二流路に流し込』むものであるのに対し,甲2発明は,・・・『該貫通ボア(3’)における液体材料の所望部分を該貫通ボア(3’)の該ボア(3)側端部方向に流す一方,該貫通ボア(3’)における液体材料のいくらかを該出口端から分配ボア(8)に流し込』むものであり,入口側に戻す液体材料が『大部分』であるかどうか明らかでない点」を本件訂正発明5と甲2発明の相違点とした認定に誤りがあるとは認められない。以下,詳述する。

(1)  甲2発明の液体流出の基本原理について

甲2発明は,バルブを構成するアンカ(5)の移動によって液体が放出されるものと認められ,液体供給源の圧力によって液体が放出されることを基本原理とするものとは認められない。その理由は,以下のとおりである。

ア 甲2の記載に基づく判断

甲2には,「コイル(13)の順次のオンおよびオフによって,アンカ(5)は,永続的なパルス状運動を行い,かくして,加熱接着剤滴は,ボア(3)から貫通ボア(3’)を介して分配ボア(8,8’)に順次にポンプ方式で送られる。」(訳文6頁10ないし12行)との記載があることから,甲2発明は,アンカ(5)の移動によって液体が放出されるものと認められる。そして,「図1および図2から明らかな如く,流動性のまたは流動化可能な物質,特に,接着剤,加熱接着剤,インキ,ラッカなどを分配する分配バルブは,実質的に,支持部材(2)に設置,保持されたバルブ体(1)からなる。バルブ体(1)は,貫通ボア(3)と,2部分からなるパルス状に駆動されるバルブ体(4)とからなり,この場合,バルブ体は,ボア内に軸線方向へ摺動自在に設置されたアンカ(5)と,アンカに固定されたストローク制限部材(6)とからなり,相互間には,圧縮バネ(7)が設けてある。」(訳文4頁13ないし18行)との記載があることから,アンカ(5)は,バルブを構成するものと認められる。そうすると,甲2発明は,バルブを構成するアンカ(5)の移動によって液体が放出されるものと認められる。そして,甲2には,液体に供給源の圧力が加えられている旨の記載がないことから,液体供給源の圧力によって液体が放出されることを基本原理とするものとは認められない。

イ 原告の主張について

(ア) 原告は,甲2に図示されている構造を,甲2の「分配ピストンの下降運動は,通常は圧縮バネとして構成されたもどし機構によって行われる。これと組合せて,可変の時間間隔でオンされる磁石によって,分配ピストンのパルス状駆動を行う。」(訳文2頁19ないし21行)という記載に従って理解すれば,分配ピストンが圧縮バネによって下方に押付けられており,磁石がオンされている間だけピストンが上昇していることを理解することができると主張し,そのことをもって,液体供給源の圧力によって液体が放出されていることの根拠と主張する。

しかし,原告の主張は,以下の理由により,採用することができない。

すなわち,確かに,甲2の記載によれば,分配ピストンが圧縮バネによって下方に押付けられており,磁石がオンされている間だけピストンが上昇していることを理解することができる。しかし,そのような構造は,バルブを構成するアンカ(5)の移動によって液体が放出されることとも整合するものであって,そのような構造であることをもって,液体供給源の圧力によって液体が放出されることの根拠と解することはできない。

(イ) また,原告は,甲2には,2つの異なる実施例について,「バルブヘッド(15)は,バルブ座(14’)と作用共働して,縮小された貫通ボア(3’)を密封する。」(訳文5頁9ないし10行),「この場合,バルブニードル(15’)の尖端は,分配ボア(8’)の端部の出口(23)を開閉する。」(訳文5頁13ないし14行目)と説明され,いずれにおいても,出口の開閉のみが問題とされていることから,分配ピストンを上昇させる目的は出口を開くことにあると理解され,これらの記載は,一定の時間間隔だけ電磁石をオンさせ,その間に液体を放出させることを意味していると主張する。

しかし,原告の主張は,以下の理由により,採用することができない。

すなわち,甲2の記載に照らすと,甲2の上記部分は,2つの実施例における液体の出口の構造について述べたものであると解される。液体を放出するための基本原理の如何を問わず,液体が流出する際には,出口は開かれていなければならないから,甲2の上記部分から,液体を放出させる基本原理が,バルブを構成するアンカ(5)の移動によるものか,液体供給源の圧力によるものかを断定的に判断することはできないというべきである。

(ウ) さらに,原告は,甲2の「かくして,即ち,供給ボアから分配ボアへ接着剤を直接に真っすぐ案内することによって,デッドスペースおよび反転が回避されるとともに,堆積した接着剤が移送され,トラブルが確実に避けられると云う大きな利点が得られる。」(訳文3頁21ないし23行),「コイル(13)が無電流の場合,圧縮バネ(7)によって,バルブヘッド(15)またはバルブニードル(15’)を含むアンカ(5)は,下方の下部出発位置または閉鎖位置へもどされる。かくして,コイル(13)の順次のオンおよびオフによって,アンカ(5)は,永続的なパルス状運動を行い,かくして,加熱接着剤滴は,ボア(3)から貫通ボア(3’)を介して分配ボア(8,8’)に順次にポンプ方式で送られる。」(訳文6頁7ないし12行)との記載を読めば,当業者は,甲2発明が,液体供給源の圧力によって液体を分配するという基本原理に基づくものであると理解すると主張する。

しかし,原告の主張は,以下の理由により,採用することができない。

甲2には,次のとおりの記載がある。

「公知の分配バルブは,一般に,分配ピストンを上昇できる電磁石の構成部材である単一の貫通分配ピストンを使用する。分配ピストンの下降運動は,通常は圧縮バネとして構成されたもどし機構によって行われる。これと組合せて,可変の時間間隔でオンされる磁石によって,分配ピストンのパルス状駆動を行う。公知の分配バルブの場合,分配ピストンは,分配ピストンに配した圧縮バネとともに,処理すべき流動物質(ラッカ,接着剤,etc.)が常に充填されたオーバフローチャンバに完全に支持される。特に,ラッカおよび接着剤は,通常,硬化傾向または接着傾向を示すので,公知の分配バルブには,特にオーバフローチャンバの上部範囲にある材料が,時間とともに,流動性の減少を誘起すると云う欠点がある,なぜならば,材料が,ここで,沈下し,材料の定常循環が行われなくなるからである。その結果,分配バルブの運転特性が変化する。この公知の分配バルブの場合,長時間の運転休止時,もどし機構,即ち,圧縮バネの力が,電磁石の力に抗して分配バルブを駆動するのに十分でなくなるので,運転トラブルが現れることになる。

この問題の解決のため,ドイツ公開公報3742414には,特に,ここで考えられる対象に流動化接着剤,即ち,加熱接着剤などを被覆するのに使用されるこの種の分配バルブが記載されている。・・・・分配バルブを複数の部分から構成することによって,オーバフローダクトを,分配バルブの一部の範囲のみにわたって延びるよう,短縮できる。・・・・この場合,・・・・分配ボア,即ち,バルブからの分配媒体の出口の直前にあるボアが,処理すべき流動性物質の沈下を誘起することになるデッドスペースを形成すると云う欠点がある。これは,時間とともに,運転トラブルを生ずる。

従って,本発明の課題は,上記欠点を回避でき,問題点を排除できる分配バルブを提供することにある。・・・・

設定課題は,本発明にもとづき,アンカを受容する貫通ボアの上端に供給ボアを設けることによって,解決される。かくして,即ち,供給ボアから分配ボアへ接着剤を直接に真っすぐ案内することによって,デッドスペースおよび反転が回避されるとともに,堆積した接着剤が移送され,トラブルが確実に避けられると云う大きな利点が得られる。」(訳文2頁18行ないし3頁23行)

甲2の上記記載によれば,「かくして,即ち,供給ボアから分配ボアへ接着剤を直接に真っすぐ案内することによって,デッドスペースおよび反転が回避されるとともに,堆積した接着剤が移送され,トラブルが確実に避けられると云う大きな利点が得られる。」(訳文3頁21ないし23行)との部分は,分配ボア(バルブからの分配媒体の出口の直前にあるボア)が流動性物質の沈下を誘起するデッドスペースを形成するという欠点を回避するために,アンカを受容する貫通ボアの上端に供給ボアを設けることについての説明であることが認められ,甲2発明が,液体供給源の圧力によって液体を分配するという基本原理に基づくことを示すものであるとは認められない。

また,「コイル(13)が無電流の場合,圧縮バネ(7)によって,バルブヘッド(15)またはバルブニードル(15’)を含むアンカ(5)は,下方の下部出発位置または閉鎖位置へもどされる。かくして,コイル(13)の順次のオンおよびオフによって,アンカ(5)は,永続的なパルス状運動を行い,かくして,加熱接着剤滴は,ボア(3)から貫通ボア(3’)を介して分配ボア(8,8’)に順次にポンプ方式で送られる。」(訳文6頁7ないし12行)との部分は,アンカ(5)のパルス状運動によりポンプ方式で加熱接着剤滴が送られるとの趣旨からして,バルブを構成するアンカ(5)の移動によって液体が放出されることの根拠となると解されるものであって,上記部分が,液体供給源の圧力によって液体が放出されることの根拠となるとは解されない。

(エ) 原告は,①液体供給源に大きな圧力を加えて液体を供給することは,本件特許の優先権主張日前から当業者が普通に行ってきたことであり,極めて実際的なことであること,②審決が,圧力を加えることについて,「バルブヘッド(15)を引き上げる力の増大,バルブヘッドの応答性を低下」などと述べることに力学的根拠はなく,甲1の記載(訳文1頁15ないし17行)によれば,液体供給源に大きな圧力をかけることと高速分配とは矛盾するものではないこと,③高速分配を行うには,バルブの単位時間当たりの開閉回数を増加させることは必要であるが,液体に供給圧力をかけるという原理を変更する必要はないこと,④甲2に記載されているように「最大1000点/sec」(甲2訳文4頁5行)の液滴を分配するためには,アンカ(5)が上昇したときにバルブヘッド(15)の下に液体が供給されていなければならないから,液体に供給圧力をかけることが不可欠であることを主張し,「甲第2号証に記載された分配装置のような高速分配を実行するものにおいて,バルブヘッド(15)付近に短期的に生ずる逆方向圧力に見合うだけの背圧を印加するには,相当大きな背圧を印加することとなることが推定されるが,そのような大きな背圧を加えることは,バルブヘッド(15)を引き上げる力の増大,バルブヘッドの応答性を低下させることにもなり,実際的なこととは言い難い。」(19頁16ないし21行)との審決の判断は誤りであると主張する。

しかし,原告の主張は,以下の理由により,採用することができない。

すなわち,仮に,液体供給源に大きな圧力を加えて液体を供給することが,本件特許の優先権主張日前から当業者が普通に行ってきたことであり,液体供給源に大きな圧力をかけることにより高速分配を行うことが可能になる場合があるとしても,甲11によれば,少量材料分配装置において,液体に加えた圧力により放出しない例もあることが認められ,少量材料分配装置であればすべて,液体供給源に大きな圧力を加えて液体を供給するということにはならない。そして,確かに,液滴を分配するためには,アンカ5が上昇したときにバルブヘッド15の下に液体が供給されていなければならず,そのために,液体にいくらかの圧力が働くことが必要であるとしても,そのことから直ちに,甲2発明が,液体供給源に大きな圧力を加えて液体を供給するとの基本原理を採用しており,それ以外の基本原理を採用しているものではないとはいい切れない。さらに,「甲2に記載されているように『最大1000点/sec』(甲2訳文4頁5行)の液滴を分配するためには,液体供給源に大きな圧力を加えて液体を供給するとの基本原理を必ず採用しなければならない」とする根拠は認められない。また,甲2の実施例の構造に照らすと,液体に大きな背圧を加えた場合には,アンカ(5)の上部のみならず,アンカ(5)の背部の圧縮バネ(7)を収容した部分にも大きな圧力が付加されることとなり,そのため,バルブヘッド(15)を引き上げる力の増大,バルブヘッドの応答性を低下させることにもつながる可能性があり,「甲第2号証に記載された分配装置のような高速分配を実行するものにおいて,バルブヘッド(15)付近に短期的に生ずる逆方向圧力に見合うだけの背圧を印加するには,相当大きな背圧を印加することとなることが推定されるが,そのような大きな背圧を加えることは,バルブヘッド(15)を引き上げる力の増大,バルブヘッドの応答性を低下させることにもなり,実際的なこととは言い難い。」との審決の判断は,誤りであるとは認められない。

(オ) 原告は,審決が,甲2発明において逆流が生じることについて,「以上のような液体材料の挙動についての分析は,・・・参考資料16に記載された小林敏雄氏の鑑定意見とも符合するものである。」(19頁2ないし5行。審決の参考資料16は本訴の甲22である。)と判断したことは誤りであると主張し,その理由として,①甲1発明,甲2発明及び甲3発明は,いずれもバルブが開いている時に液体供給源の圧力によって液体が流出することを前提とするから,甲22は,甲1発明,甲2発明及び甲3発明とは前提を異にすること,②甲24の記載からも分かるとおり,液体材料の供給源の圧力を高くすることは当業者が通常行っており,そうすると,供給源の圧力が加えられていないことを前提とする点で,甲22は当業者の常識に反するものであることなどを主張する。

しかし,原告の主張は,以下の理由により,採用することができない。

すなわち,本件特許の優先権主張日前に,液体材料の供給源の圧力を高くする例があったとしても,前記1(1),後記2(1)のとおり,甲2発明及び甲3発明は,いずれも液体供給源の圧力によって液体が放出されることを基本原理とするものとは解されず,甲2発明及び甲3発明について,バルブが開いている時に液体供給源の圧力によって液体が流出すると認めるに足りる証拠はない。そうすると,「甲2発明及び甲3発明は,いずれもバルブが開いている時に液体供給源の圧力によって液体が流出することを前提とする」との原告の主張は,採用することができず,また,審決が,液体に供給源の圧力が加えられていないモデル等を検討した甲22(審判における参考資料16)を参照し,甲2発明の液体材料の挙動について,「以上のような液体材料の挙動についての分析は,・・・参考資料16に記載された小林敏雄氏の鑑定意見とも符合するものである。」(19頁2ないし5行)とした判断に誤りがあるとは認められない。

ウ 小括

以上によれば,甲2発明は,バルブを構成するアンカ(5)の移動によって液体が放出されるものと認められ,液体供給源の圧力によって液体が放出されることを基本原理とするものとは認められない。

(2)  甲2発明における逆流の有無について

原告は,「甲2発明は,液体供給源の圧力によって液体が放出されることを前提とするから,逆流が生ずることはない。」と主張する。しかし,前記(1)ウのとおり,甲2発明は,液体供給源の圧力によって液体が放出されることを基本原理とするものと認めることはできないから,原告の上記主張は,その前提において採用することができない。

また,審決は,甲2発明における逆流について,次のように認定する。

「バルブヘッド(15)が開放位置から密封位置に移動する際のボア(3)及び貫通ボア(3’)内に存在する流体の挙動を考察するに,アンカ(5)の移動(図における下方)に伴い,貫通ボア(3’)側の容積は減少するためその中の液圧は上昇するのに対し,アンカ(5)の上部側では容積が増大し液圧が減少すると考えられ,そうすると,貫通ボア(3’)内の液体材料に対し,ボア(3)内の液圧と貫通ボア(3’)内の液圧の差圧に起因する,液体材料をボア(3)側に吸引する力が生ずると考えられる。液体材料の性状,アンカ(5)とコイル埋込部材(14)との間隙の幅,長さ,ノズル側の流動抵抗等,不確定な因子は存在するものの,アンカ(5)上部側の拡大した容積は,供給ボア(9)から供給される液体材料のみならず,下方の貫通ボア(3’)側に存在した液体材料からも供給されると考えるのが相当であり,甲2に記載された装置,方法の動作の高速性を考慮すると,通常の液体材料であればアンカ(5)上方側の容積拡大に見合った量の液体材料がすべて供給ボア(9)より供給されるものとは考えにくく,甲2に記載された分配方法においても,幾分かの液体材料の逆流は生じ得ると考えるのが妥当である。さらに,バルブヘッド(15)がバルブ着座部に近づくにつれ,バルブ着座部とバルブヘッド先端部との間隙が順次狭くなってゆき,当該間隙部の流動抵抗は,当初少なく,バルブヘッド(15)の先端部付近から側方に流れる液体材料は相対的に多く,当該間隙が狭くなると,流動抵抗も増大するため,側方へ流れる液体材料が減少し,密閉位置近傍において,下方の分配ボア(8)側への流動量が相当に大きくなる位置が存在することは,流体力学的に明らかである。」(審決18頁7ないし29行参照)

上記の認定は,甲2の記載及び甲2発明の構造に照らして相当なものと認められ,甲2発明においては逆流が生じるものと認められる。

(3)  相違点の認定の誤りの有無について

前記(2)のとおり,甲2発明は逆流が生ずることはないという原告の主張は,採用することができず,甲2発明においては逆流を生じるものと認められるから,審決が,甲2発明でも逆流が生じることを前提として,「本件訂正発明5は,・・・『第一流路における液体材料の大部分を該第一流路の該入り口端方向に流す一方,該第一流路における液体材料のいくらかを該出口端から該第二流路に流し込』むものであるのに対し,甲2発明は,・・・『該貫通ボア(3’)における液体材料の所望部分を該貫通ボア(3’)の該ボア(3)側端部方向に流す一方,該貫通ボア(3’)における液体材料のいくらかを該出口端から分配ボア(8)に流し込』むものであり,入口側に戻す液体材料が『大部分』であるかどうか明らかでない点」を本件訂正発明5と甲2発明の相違点とした認定に誤りがあるとは認められない。したがって,取消事由1は理由がない。

2  本件訂正発明5と甲3発明の相違点の認定の誤り(取消事由2)について

審決が,甲3発明でも逆流が生じることを前提として,「本件訂正発明5は,・・・『第一流路における液体材料の大部分を該第一流路の該入り口端方向に流す一方,該第一流路における液体材料のいくらかを該出口端から該第二流路に流し込』むものであるのに対し,甲3発明は,・・・『圧力チャンバー1にある該分析液体の一部を該圧力チャンバー1のブランチ接続部6a方向に流す一方,該圧力チャンバー1における分析液体のいくらかをバルブ口23からノズルプレ-チャンバー4に流し込』むものであり,入口側に戻す液体材料が『大部分』であるかどうか明らかでない点」を本件訂正発明5と甲3発明の相違点とした認定に誤りがあるとは認められない。以下,詳述する。

(1)  甲3発明の液体流出の基本原理について

甲3発明は,閉鎖素子の移動によって液体が放出されるものと認められ,液体供給源の圧力によって液体が放出されることを基本原理とするものとは認められない。その理由は,以下のとおりである。

ア 閉鎖素子の移動による液体の放出について

(ア) 甲3の記載

甲3には,次のとおりの記載がある。

a 「閉鎖領域19はノズル放出口3より広い。これは閉鎖素子13が閉鎖する間“液圧加速(hydraulic gearing up)”あるいは“液圧伝動(hydraulic transmission)”を引きおこす,言い換えれば,閉鎖素子13が閉鎖する間,閉鎖素子13がノズル放出口3の方向へ動くよりもかなり速く,液体がノズル放出口3を通って移動する。それによって,閉鎖素子13の比較的ゆっくりした動きによってバルブ11が閉鎖する間,液体の放出がとくによく維持され促進される。」(【0021】)

b 「本発明においてとくに重要な点は,液圧加速にある。インクジェット技術(いわゆる“ジェッティング(jetting)”)において,要求される液体の放出を確実にするためには,ノズル内での流速が少なくとも1m/sでなければならない。本発明において,液体の流れの正確な中断を達成するためにはバルブの閉鎖する間も同様に高速度が要求されることが見出された。したがって,液圧加速がなければ,閉鎖素子が開口位置から閉鎖位置まで1m/sのオーダーの速度で移動することが必須である。前記高速度にともなう困難な点(バルブのシーリングシートに対するダメージ,位置決め素子に対するダメージ,閉鎖位置からの閉鎖素子のはね返り)は,液圧加速により回避される。最適の流体動力学的条件は,理にかなった構造の経費で達成されうる。」(【0022】)

c 「ノズルプレ-チャンバー4の壁4aはシーリングシート17からノズル放出口3まで,少なくともある断面において好ましくは円錐形である。液体加圧を確実にするために,閉鎖素子は合致した円錐をさらに備える必要はなく,かわりに,閉鎖領域19は,おおむね(示したように)水平であるか,わずかに内にわん曲しているか,もしくはノズル放出口3の方へわん曲しているならば少なくともノズルプレ-チャンバー4の円錐形の壁4aよりは有意に平らであることが望ましい。相互にかみ合い合致したシーリング面を有する円錐形のシールは,多くの場合シーリングに有利であるとみなされるが,それにもかかわらず,本発明においては目的とする液圧加速のために不都合である。」(【0023】)

d 「液圧加速が有効であるためには,バルブ11のバルブ口23,これはシーリングリム15とシーリングシート17との間の環状のすきまによって形成されるが,その開口横断面(openingcross-section)が閉鎖領域19よりも小さい方が有利である。他方,バルブ口23の開口横断面はノズル放出口3の横断面より大きくなければならない。それによって,バルブ開口時の分析液体の流速がバルブの流体抵抗ではなくおもに放出口3の流体抵抗によって決定されるということが保証される。」(【0024】)

(イ) 判断

前記(ア)の甲3の記載によれば,甲3発明は,閉鎖領域19がノズル放出口3より広いことにより,閉鎖素子13の移動の速さよりもノズル放出口3から放出される液体の速さが速くなること(液圧加速)を利用して液体の放出を維持促進すること(前記(ア)a),液体の放出を確実にするためには,ノズル内での液体の流速を1m/s程度にしなければならないが,そのために閉鎖素子の速さを1m/s程度の高速にすることは困難であり,液圧加速を利用すればその困難は回避されること(前記(ア)b),液圧加速を確実にするためには,閉鎖素子19はおおむね水平であるか,わずかに内にわん曲しているか,又はノズル放出口3の方へわん曲しているならば少なくともノズルプレ-チャンバー4の円錐形の壁4aよりは有意に平らであることが望ましいこと(前記(ア)c),液圧加速が有効であるためには,バルブ11のバルブ口23の開口横断面が閉鎖領域19よりも小さい方が有利であり,バルブ口23の開口横断面はノズル放出口3の横断面より大きくなければならず,それによって,バルブ開口時の分析液体の流速がバルブの流体抵抗ではなくおもに放出口3の流体抵抗によって決定されること(前記(ア)d)が認められる。そうすると,甲3発明は,液体の放出に閉鎖素子19の移動によって生じる液圧加速を利用したものであり,閉鎖素子の移動によって液体が放出されるものと認められる。

イ 液体供給源の圧力について

(ア) 甲3の記載に基づく判断

a 甲3の記載

甲3には,次のとおりの記載がある。

(a) 「液体がノズル放出口(3)を通してノズル(2)から少量,パルス方式でターゲット(5)へ放出される分析液体(7)のターゲットへの供給装置であって,分析液体が加圧下に保持される圧力チャンバー(1)からなり,圧力チャンバー(1)からノズル放出口(3)までの液体の流路にバルブ口(23)と,バルブ口(23)の開閉のための位置決め素子(12)によって動く閉鎖素子(13)とを有するバルブユニット(11)が備えられ,および,バルブ口が閉鎖するあいだ,閉鎖素子(13)の動きによって液体の放出が維持されるようにバルブユニット(11)が組み立てられていることを特徴とする装置。」(【請求項1】)

(b) 「【作用】 本発明のばあい,前記の“ドロップ オン デマンド”微調整のための装置とは対照的に,ノズル区画(これはノズル放出口のすぐうしろに位置する)が特定量の液体が放出されるべきときに圧縮されるわけではない。そのかわり,ノズル放出口は,中の分析液体が(たとえば0.1から5barの)永続的な圧力を受けている圧力チャンバーと,流体的に連結している(hydraulically connected)。特定量の分析液体の放出は,圧力チャンバーとノズル放出口の間の液圧連結(hydraulic connection)を短時間開口し再び閉鎖するバルブユニットの閉鎖素子によって,制御される。」(【0012】)

(c) 「図1に示される分析液体の微調整のための装置は,分析液体のための圧力チャンバー1および,ノズル放出口3とノズルプレ-チャンバー4を有しそれを通って分析液体が少量,ターゲット5(簡単に図で示される)へ放出されうるノズル2からなる。分析液体7は圧力チャンバー1中で加圧下に保持される。分析液体は,圧力発生デバイス9により,接続しているブランチ6aを経由して貯蔵容器6から供給される。たとえば,ポンプが圧力発生デバイス9として役立ちうる。しかしながら,外部の圧力源(たとえば圧縮空気)の圧力を隔膜(diaphragm)を経由して,圧力チャンバー1中の分析液体7へと伝達することも可能である。」(【0017】)

b 判断

前記aの甲3の記載によれば,分析液体7は,圧力発生デバイス9により加圧され,圧力チャンバー1内で加圧下に保持されることが認められる。しかし,分析液体7が圧力チャンバー1内で加圧下に保持されていたとしても,そのことから直ちに,放出口を開いたときに圧力のみによって液体が流出するとは限らず,甲3発明が液体供給源の圧力によって液体が放出されることを基本原理とするものとは認められないし,液体を放出するために液体に加えられた圧力を利用している旨を明確に示す記載は,前記aにも甲3の他の部分にも認められない。

(イ) 原告の主張について

a 原告は,甲3の【0012】の「液体が放出されるべきときに圧縮されるわけではない。そのかわり,ノズル放出口は,中の分析液体が(たとえば0.1から5barの)永続的な圧力を受けている圧力チャンバーと,流体的に連結している(hydraulically connected)。特定量の分析液体の放出は,圧力チャンバーとノズル放出口の間の液圧連結(hydraulic connection)を短時間開口し再び閉鎖するバルブユニットの閉鎖素子によって,制御される。」(file_16.jpg)との記載に,液体が液体供給源により永続的な圧力を受けており,バルブを開口するとこの圧力によって液体が放出されるという甲3発明の基本原理が記載されていると主張する。また,原告は,甲3の「本発明において,閉鎖操作の間,すなわちバルブユニットの閉鎖状態(閉鎖位置)の方向へと閉鎖素子が動くことによって,液体の放出が阻止されず維持され促進されるように考慮してバルブユニットが組み立てられるならば,分析液体の調整に要求される高精度な調整にとって,本発明が非常に有利である」(【0015】,file_17.jpg),「閉鎖素子13が閉鎖する間,閉鎖素子13がノズル放出口3の方向へ動くよりもかなり速く,液体がノズル放出口3を通って移動する。それによって,閉鎖素子13の比較的ゆっくりした動きによってバルブ11が閉鎖する間,液体の放出がとくによく維持され促進される」(【0021】,file_18.jpg),「バルブ開口時の分析液体の流速がバルブの流体抵抗ではなくおもに放出口3の流体抵抗によって決定されるということが保証される」(【0024】,file_19.jpg)との記載によれば,甲3発明は,バルブを開いている時間によって液体の放出量を調節しており,これは,液体供給源の圧力によって液体が放出されることを基本原理としていることにほかならないと主張する。

しかし,原告の主張は,以下の理由により,採用することができない。

(a) 甲3の【0012】には,原告主張の記載(file_20.jpg)があるが,前記(ア)a(b)のとおり,その前には,「【作用】本発明のばあい,前記の“ドロップ オン デマンド”微調整のための装置とは対照的に,ノズル区画(これはノズル放出口のすぐうしろに位置する)が特定量の液体が放出されるべきときに圧縮されるわけではない。」との記載がある。そして,甲3には,更に次のとおりの記載がある。

「ヨーロッパ特許出願公開第119573号および同第268237号(米国特許第4877745号)明細書において前記のような様式の装置が記載されている。それらの技術は,コンピュータープリンタ(インクジェットプリンタ)のために独自に開発されたインクジェット技術にもとづくものである。両文献はその技術の既知の状況についてのさらに詳細な説明を含んでおり,ここに参照される。」(【0005】)

「分析液体の微調整(microproportioning)(少量の分析液体を高精度にターゲットに適用すること)のためのこれら既知の装置は,いずれも分析液体の特定量を放出するためにその容積が短時間圧縮されるノズル区画(compartment)を有する。ヨーロッパ特許出願公開第119573号明細書では,ノズル区画は弾性チューブ部分によって形成されており,1滴が放出されるべきときにチューブに対して動かされる電磁気作動の円柱形ロッドがその側面に向けられている。ヨーロッパ特許出願公開第268237号明細書では,ノズル区画は,同じく管状形に形成された同軸の圧電作動素子で囲まれた管状部分からなる。」(【0006】)

「“ドロップ オン デマンド(drop on demand)”印刷技術は,ごく少量の分析液体を非接触で,正確にそして迅速にターゲットへ適用することを可能にする。しかしながら,きわめて少量の各々の量は,それは通常約0.2nlで約1nlをこえない量であるが,多数の適用にとって不都合である。・・・」(【0007】)

「【発明が解決しようとする課題】 本発明の目的は,前記の不都合を避け,分析液体のために現在まで通常に使用される“ドロップオン デマンド”法のばあいよりも実質的に多い,しかし一方では,希釈器やディスペンサーで現在まで成し遂げられる最少量よりも少ない,厳密に決められた量の,分析液体の特定量を生じ(generate)させうるような,分析液体のターゲットへの供給装置を提供することである。」(【0008】)

上記の甲3の【0005】ないし【0008】の記載に照らせば,【0012】の記載は,“ドロップ オン デマンド”の装置との対比で甲3発明の説明をしたものと解され,【0012】の「液体が放出されるべきときに圧縮されるわけではない。」との部分は,“ドロップ オン デマンド”の装置のように液体が放出されるときにノズル区画が圧縮されるものではないことを述べたものと解され,閉鎖素子の動きによって液体が放出されるものでないことまでを述べたものとは解されない。

そして,【0012】の「そのかわり,ノズル放出口は,中の分析液体が(たとえば0.1から5barの)永続的な圧力を受けている圧力チャンバーと,流体的に連結している(hydraulically connected)。特定量の分析液体の放出は,圧力チャンバーとノズル放出口の間の液圧連結(hydraulic connection)を短時間開口し再び閉鎖するバルブユニットの閉鎖素子によって,制御される。」(file_21.jpgの一部)との部分は,その部分のみを読んだ場合,圧力によって液体が流出する趣旨と解する余地もあるが,「バルブユニットの閉鎖素子によって,制御される。」との記載があることから,閉鎖素子の移動によって液体の放出が制御される趣旨と解することも可能であり,甲3の他の箇所の記載(前記ア(ア))も参照すれば,閉鎖素子の移動によって液体の放出が制御される趣旨と解するのが相当である。そうすると,【0012】のfile_22.jpgの記載部分から,甲3発明が,原告主張のように液体供給源の圧力によって液体が放出されることを基本原理とするものであると断定することはできない。

(b) 甲3の「本発明において,閉鎖操作の間,すなわちバルブユニットの閉鎖状態(閉鎖位置)の方向へと閉鎖素子が動くことによって,液体の放出が阻止されず維持され促進されるように考慮してバルブユニットが組み立てられるならば,分析液体の調整に要求される高精度な調整にとって,本発明が非常に有利である」(【0015】,file_23.jpg)との記載は,閉鎖素子の移動によって液体が放出されることとも合致するものであり,この記載から,甲3発明が,液体供給源の圧力によって液体が放出されるものであるということはできない。

(c) 前記ア(イ)のとおり,甲3の【0021】ないし【0024】の記載によれば,甲3発明は,液体の放出に閉鎖素子19の移動によって生じる液圧加速を利用したものであり,閉鎖素子の移動によって液体が放出されるものと解される。「閉鎖素子13が閉鎖する間,閉鎖素子13がノズル放出口3の方向へ動くよりもかなり速く,液体がノズル放出口3を通って移動する。それによって,閉鎖素子13の比較的ゆっくりした動きによってバルブ11が閉鎖する間,液体の放出がとくによく維持され促進される」(【0021】,file_24.jpg)との記載は,その内容に照らし,液圧加速により液体を放出する過程を説明したものと認められ,この記載から,甲3発明が,液体供給源の圧力によって液体が放出されるものであるということはできない。

(d) 甲3の【0024】の記載(「液圧加速が有効であるためには,バルブ11のバルブ口23,これはシーリングリム15とシーリングシート17との間の環状のすきまによって形成されるが,その開口横断面(openingcross-section)が閉鎖領域19よりも小さい方が有利である。他方,バルブ口23の開口横断面はノズル放出口3の横断面より大きくなければならない。それによって,バルブ開口時の分析液体の流速がバルブの流体抵抗ではなくおもに放出口3の流体抵抗によって決定されるということが保証される。」)(前記ア(ア)d)によれば,甲3発明において,バルブ口23の開口横断面が閉鎖領域19よりも小さく,ノズル放出口3はバルブ口23の開口横断面よりも更に小さいことから,バルブ開口時の液体の流速は,バルブの流体抵抗ではなく,おもに,最も小さい放出口3の流体抵抗によって決定されることが認められる。そうすると,「バルブ開口時の分析液体の流速がバルブの流体抵抗ではなくおもに放出口3の流体抵抗によって決定されるということが保証される」(【0024】,file_25.jpg)との記載は,上記の趣旨を述べたものと認められ,この記載から,甲3発明が,液体供給源の圧力によって液体が放出されるものであるということはできない。

(e) 以上によれば,分析液体7が,圧力発生デバイス9により加圧され,圧力チャンバー1内で加圧下に保持されることを考慮に入れたとしても,甲3のfile_26.jpgないしfile_27.jpgの記載部分により,甲3発明が液体供給源の圧力によって液体が放出されることを基本原理とするものと認めることはできないし,その他の甲3の記載により,甲3発明が液体供給源の圧力によって液体が放出されることを基本原理とするものと認めることもできない。

b また,原告は,審決が「『圧力チャンバー1』内における分析液体の圧力は『0.1から5bar』とされているように,分析液体に印加されている圧力は決して高いものではないので,甲第3号証に記載されたものについて被請求人が主張するように『流体圧により分析液体が放出される』ものとは考えにくい」(審決23頁15ないし19行)とする判断は誤りであると主張し,その理由として,①甲3発明の分析液体は粘性が小さいから,バルブが開いている間に液体を流すために大きな圧力を必要とせず,このように分析液体の粘性が小さいことを考慮すると,0.1barという圧力も,決して低い圧力ではないこと,②水の粘性は約1センチポアーズであるのに対し,本件訂正発明5の実施例で分配の対象とされている液体の粘性は約50,000~約250,000センチポアーズであるところ(甲19,甲21【0029】),同じ断面の管路を同じ速さで液体を流すために必要な圧力は液体の粘性に比例するから,水を流すことを前提とした場合の0.1barという圧力は,本件訂正発明5の実施例で分配の対象とされた液体材料を流す場合には,5,000barないし25,000barにも相当し,被告の行っている単位の換算(1bar=15psi)に従って換算すると75,000psiないし375,000psiとなること,他方,訂正明細書に記載されている圧力は約4psi~約30psi(甲19,甲21【0029】)であるから,本件訂正発明5の分析液体に加えられた圧力は,液体の粘性が高いことを考慮すれば極めて低い圧力であること,③そうすると,「『0.1から5bar』とされているように,分析液体に印加されている圧力は決して高いものではない」ということはできないことを主張する。

しかし,原告の主張は,以下の理由により,採用することができない。

すなわち,確かに,同じ断面の管路に同じ速さで液体を流すことを前提とするならば,粘性の高い液体にはその分だけ高い圧力を必要とすることとなる。しかし,実際の装置における液体の流速は,ノズルの長さ,大きさや液体の粘性などの諸条件に応じて異なり,液体に加えられる圧力も異なるものと認められ,甲3に記載された「0.1から5bar」という圧力は,一概に低いとは言い切れないとしても,高いとも断言できないものであって,「分析液体に印加されている圧力は決して高いものではない」との審決の認定が誤りであるとは認められない。また,前記(ア)bのとおり,甲3発明において分析液体7が圧力チャンバー1内で加圧下に保持されていたとしても,そのことから直ちに,甲3発明が液体供給源の圧力によって液体が放出されることを基本原理とするものとは認められず,「甲第3号証に記載されたものについて被請求人が主張するように『流体圧により分析液体が放出される』ものとは考えにくい」との審決の判断が誤りであるとは認められない。

c さらに,原告は,液体が供給源の圧力により供給されている場合に,バルブの開きが大きければ,バルブの動きが液体の流量に影響することはないので,甲3発明において,閉鎖素子13とシーリングシート17の間隔が広いときは,閉鎖素子13の位置は,液体の流量に影響せず,放出口3における流体抵抗が液体の流量に影響すること,これに対し,閉鎖素子13とシーリングシート17の間隔が狭くなるに従って,この部分における流体抵抗を無視することができなくなり,流量が減少するが,甲3には,液圧加速(hydraulic gearing up)という効果により流量を補い,閉鎖素子13が閉鎖方向に移動している間の流量を一定に保つことが開示されていること,しかし,これによって甲3発明の基本原理が変わるわけではないことを主張する。

しかし,原告の主張は,以下の理由により,採用することができない。

すなわち,前記ア(イ)のとおり,甲3の記載(【0021】等)によれば,液圧加速とは,閉鎖領域19がノズル放出口3より広いことにより,閉鎖素子13の移動の速さよりもノズル放出口3から放出される液体の速さが速くなることを意味するものと認められ,原告主張のように,閉鎖素子の移動によってバルブの開きが小さくなったときに流量が減少するという問題に対して流量を補うものとは認められない。

ウ 小括

以上によれば,甲3発明は,閉鎖素子の移動によって液体が放出されるものと認められ,液体供給源の圧力によって液体が放出されることを基本原理とするものとは認められない。

(2)  流量を一定化する方法について

原告は,「甲3発明は,液体供給源の圧力によって液体が放出されることを前提として,流量を一定にするものであり,バルブの位置によって流速を変化させる本件訂正発明5とは異なる。」と主張する。しかし,前記(1)ウのとおり,甲3発明は,液体供給源の圧力によって液体が放出されることを基本原理とするものと認めることはできないから,原告の上記主張は,その前提において採用することができない。

(3)  甲3発明における逆流の有無について

原告は,「甲3発明は,液体供給源の圧力によって液体が放出されることを前提とするから,逆流が生ずることはない。」と主張する。しかし,前記(1)ウのとおり,甲3発明は,液体供給源の圧力によって液体が放出されることを基本原理とするものと認めることはできないから,原告の上記主張は,その前提において採用することができない。

また,審決は,甲3発明における逆流について,次のように認定する。

「甲3の【0021】ないし【0024】の記載及び図1からみて,甲3記載の装置において,閉鎖素子13が位置決め素子12により開口位置と閉鎖位置との間で動かされ,閉鎖領域にある分析液体は『液圧加速』若しくは『液圧伝動』が生起されるものであるから,当該閉鎖素子13は位置決め素子12により加速されるもので,当該閉鎖素子13により押圧力を受けた液体がノズル放出口3側に移動するものであることがわかる。この時,下降する閉鎖素子13の下方に生ずる圧力は,液体の性質からみて,ノズル側下方のみならず側方等にも伝搬するものと考えられ,また,閉鎖素子13の上方では閉鎖素子13の下降に伴い容積の増大が生じ,これにより圧力減少が生起すると考えられ,下方の圧力上昇と上方の圧力減少,および,閉鎖素子13の下降動作の進行に伴いバルブ口23の隙間が小さくなったことにより生ずる流動抵抗の増大等を参酌すると,閉鎖素子13の周辺の部分即ちバルブ口23付近では,閉鎖素子の下降動作の初期においては,分析液体の,閉鎖素子13の下方から側方への液体流が相対的に多く,閉鎖素子13がシーリングシート17に近づき,閉鎖直前の位置に達すると,閉鎖素子13のシーリングリム15とシーリングシート17の隙間が小さくなることにより当該隙間における液体の流動抵抗が増大する結果,側方への分析液体の流れは相対的に少なくなり,ノズル側への液体流が増大するものと考えられ,この時期,特に閉鎖素子13の下降動作の前段(加速時)において,上記の圧力差によりノズル側から位置決め素子側への逆流が生じていることが推定される。」(審決23頁10ないし34行参照)

上記の認定は,甲3の記載及び甲3発明の構造に照らして相当なものと認められ,甲3発明においては逆流が生じるものと認められる。

(4)  相違点の認定の誤りの有無について

前記(3)のとおり,甲3発明は逆流が生じることはないという原告の主張は,採用することができず,甲3発明においては逆流を生じるものと認められるから,審決が,甲3発明でも逆流が生じることを前提として,「本件訂正発明5は,・・・『第一流路における液体材料の大部分を該第一流路の該入り口端方向に流す一方,該第一流路における液体材料のいくらかを該出口端から該第二流路に流し込』むものであるのに対し,甲3発明は,・・・『圧力チャンバー1にある該分析液体の一部を該圧力チャンバー1のブランチ接続部6a方向に流す一方,該圧力チャンバー1における分析液体のいくらかをバルブ口23からノズルプレ-チャンバー4に流し込』むものであり,入口側に戻す液体材料が『大部分』であるかどうか明らかでない点」を本件訂正発明5と甲3発明の相違点とした認定に誤りがあるとは認められない。したがって,取消事由2は理由がない。

3  本件訂正発明6ないし9と甲2発明又は甲3発明の相違点の認定の誤り(取消事由3)について

原告は,本件訂正発明6ないし9は,いずれも本件訂正発明5を限定したものであるから,審決には,本件訂正発明5と甲2発明,本件訂正発明5と甲3発明の相違点の認定に誤りがある以上,本件訂正発明6ないし9と甲2発明又は甲3発明の相違点の認定にも誤りがあると主張する。しかし,前記1,2のとおり,審決には,本件訂正発明5と甲2発明の相違点の認定,本件訂正発明5と甲3発明の相違点の認定のいずれにも誤りがないから,原告の上記主張は,採用することができない。したがって,取消事由3は理由がない。

4  結論

以上のとおり,原告主張の取消事由は,いずれも理由がない。原告は,その他縷々主張するが,審決にこれを取り消すべきその他の違法もない。

よって,原告の本訴請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 中平健 裁判官 上田洋幸)

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