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知財高等裁判所 平成20年(行ケ)10474号 判決 2009年9月30日

原告

協同乳業株式会社

原告

東京都酪農業協同組合

原告ら訴訟代理人弁理士

松田雅章

松田治躬

近藤史代

松田真砂美

被告

特許庁長官

同指定代理人

平澤芳行

渡邉健司

小林和男

主文

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2008-11501号事件について平成20年11月4日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

1  特許庁における手続の経緯

原告らは,「東京牛乳」の文字を縦書きにしてなる商標について,第29類「牛乳」を指定商品として,平成19年4月23日に商標登録出願をしたが(以下この商標を「本願商標」という。),平成20年4月7日に拒絶査定を受けたので,同年5月7日,これに対する不服審判を請求した(不服2008-11501号)。

特許庁は,審理の結果,平成20年11月4日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月17日,原告らに送達された。

2  審決の内容

審決の内容は,別紙審決書の写しのとおりである。要するに,審決は,本願商標は,商標法3条1項3号に該当するものであって,同条2項の要件を具備するものではないから,登録することができないと判断したものである。

第3原告ら主張の取消事由

審決には,商標法3条1項3号該当性の判断の誤り(取消事由1)及び商標法3条2項該当性の判断の誤り(取消事由2)があるから,取り消されるべきである。

1  取消事由1(商標法3条1項3号該当性の判断の誤り)について

審決は,本願商標は商標法3条1項3号に該当すると判断したが,誤りである。

商標法3条1項3号が,商品の産地,販売地,品質等を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標を登録することができないとするのは,指定商品との関係で,①取引者・需要者に自他商品識別機能がないと認識される,②商品取引の過程で必要であり,取引業者はその使用を欲する,③特定の人にのみその使用を独占させることは公益に反する,ことによるものである。そして,証拠(甲1,2,16の各1,2,甲13,15)によれば,本願商標は,上記①ないし③のいずれにも当たらないから,商標法3条1項3号に当たらない。

2  取消事由2(商標法3条2項該当性の判断の誤り)について

(1)  商標法3条2項該当性の判断の誤り(その1)

審決は,「本願商標が商品『牛乳』について使用された地域の大半は,東京都及びその近県という全国のわずか一部の地域にすぎず,しかも,その販売実績は前記のとおりであり,その使用期間も決して長いものとはいい難いものであることから,本願商標は,全国はもとより,使用されている一部の地域においてさえも,その指定商品『牛乳』について使用をされた結果,需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができるに至っているとは認められないものである。」と判断したが,誤りである。

商標法3条2項にいう「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるもの」とは,隣接数県の相当範囲の地域にわたって認識されれば足りる。そして,本願商標は,その商品が東京における生産又は販売を予定している点で地域密着性を有する商標であって,指定商品である牛乳は,地元の各酪農家からできるだけ生鮮な生乳を日時を単位として集荷し,直ちにこれを工場に運び,加工・封入の上,短時間に販売店の店頭に並べ,又は,各個人宅に配達する特異な商品であって,市場を転々流通する「日常使用の一般商品」と異なり,流通範囲は極めて限られた範囲のものである(甲9ないし11)。

以上のような,本願商標の特殊性及び指定商品の特異性にかんがみれば,本願商標の商標法3条2項該当性の判断に当たっては,全国的な周知性を要するとすべきではない。したがって,審決の判断は誤りである。

(2)  商標法3条2項該当性の判断の誤り(その2)

審決は,「広告,取材等のリストのみによっては,本願商標の使用の事実を確認することはできないから,その広告宣伝の結果がインターネットの検察結果とどのように関っているかは判断することができないものである。」と判断したが,誤りである。

本願商標の使用の事実は,甲13,14により十分認識できるものである。

(3)  商標法3条2項該当性の判断の誤り(その3)

審決は,「『東京牛乳』の文字に関するインターネットにおける記事には,使用商品が請求人(出願人)の業務に係る商品であることを明確に示す記事は多いとはいえない。」と判断したが,誤りである。

甲1,2,16の各1,2,甲15によれば,本願商標に係る「東京牛乳」は,他の「都道府県」と「牛乳」の組合せ例と比較して圧倒的に多く,原告らの業務に係る商品であると取引者,需要者が認識しているといえる。

第4被告の反論

原告らの主張には理由がなく,審決の判断に誤りはない。

1  取消事由1(商標法3条1項3号該当性の判断の誤り)に対し

本願商標を構成する「東京牛乳」の文字については,①地域名を表す文字が商品「牛乳」の産地,販売地を表示するものとして,また,「牛乳」の文字も商品「牛乳」を表すものとして商取引上一般的に使用されていることに照らすと,牛乳を取り扱う分野においては,「東京で生産又は販売される牛乳」というほどの意味合いで認識されること,②「東京」の文字は地域名であり,「牛乳」の文字は指定商品「牛乳」を表すものであり,言葉の用法の観点からも,2つの組合せに独自性があるとは認められないこと,③本願商標における書体は,ごく普通に用いられる特徴のない文字であることを指摘することができる。

以上によれば,本願商標は,その指定商品「牛乳」に使用すれば,これに接する取引者,需要者をして,「東京において生産ないし販売されている牛乳」であることを表すものとして,単に商品の産地,販売地を表示するにとどまり,自他商品の識別標識としては認識されないから,これを特定人に対して,自他商品の識別目的で独占使用させることは適当でないものというべきである。

したがって,本願商標が,商標法3条1項3号に該当するとした審決の判断に誤りはない。

2  取消事由2(商標法3条2項該当性の判断の誤り)に対し

(1)  商標法3条2項該当性判断の誤り(その1)に対し

原告らは,①甲1ないし16(枝番号の表記を省略する場合がある。)によれば,本願商標に識別力がある,②商標法3条2項該当性は,隣接数県の相当範囲の地域に知られれば足りる,③指定商品「牛乳」は,流通範囲が極めて限られた範囲のものであると主張するが,誤りである。

すなわち,①前記証拠をもってしても,「東京牛乳」の文字が指定商品「牛乳」について使用され,その結果,需要者において原告らの業務に係る商品であることを認識することができるほどに広く知られるに至り,自他商品の識別標識としての機能を発揮し,識別性を獲得していたものとは認めることはできず,②商標法3条2項が適用されるための周知性の範囲に関して,隣接数県の範囲で足りるとする根拠はなく,③牛乳の流通については,現在では,関東地方へは北海道,東北から,近畿地方へは,北海道,九州から大量に運ばれている状況があり(乙1ないし乙2の2),流通範囲が極めて限られた範囲のものとはいえないことから,原告らの上記主張は,いずれも理由がない。

(2)  商標法3条2項該当性判断の誤り(その2)に対し

甲13における「東京牛乳」に関連する新聞・雑誌記事は,反復継続して掲載されたものはなく,発行部数についても多いとはいえないし,一般に広く知られていない媒体を含んでいる。また,甲13のリストNo.1ないし3,9,14,16ないし19,21,22,27は,使用商標の態様を確認することはできないものであり,同リストNo.28ないし30,イベントNo.1,食材利用No.3ないし5の掲載日,実施日は,審決日以降の日付であって,かつ,本願商標の使用態様も確認することができない。新聞・雑誌記事は,その多くが,「東京牛乳」が地産地消を目的としていること,東京都多摩地区の酪農家が生産者であることや生産者の努力等を紹介するものであって,これらの記事に接した一般消費者は,「東京牛乳」が東京都多摩地域で生産されていることや,「東京牛乳」の生産者が乳牛の飼育のためにする努力について認識を得ることができるとしても,本願商標が使用された結果,取引者,需要者が原告らの業務に係る商品であることを認識するに至っていることを明らかにするものではない。

原告らの主張は理由がない。

(3)  商標法3条2項該当性判断の誤り(その3)に対し

原告ら提出の証拠によっても,本願商標が使用された結果,取引者,需要者が原告らの業務に係る商品であることを認識するに至っているとはいえない。

第5当裁判所の判断

当裁判所は,原告ら主張の取消事由には理由がなく,原告らの請求を棄却すべきものと判断する。以下理由を述べる。

1  取消事由1(商標法3条1項3号該当性の判断の誤り)について

本願商標は,「東京牛乳」の漢字を縦書きにしてなるところ,そのうち「東京」は日本の首都である「東京」の地名であり,「牛乳」は指定商品である牛乳を指すものであり,全体として東京において生産又は販売される牛乳と認識されるものと認められる(当事者間に争いがない。)。また,その書体も特殊なものと認めることはできない(弁論の全趣旨)。

そうすると,本願商標は,その指定商品に使用すれば,これに接する取引者又は需要者をして,「東京において生産又は販売されている牛乳」を認識させるものとして,指定商品の生産地,販売地を表示するにとどまり,自他商品の識別機能を有するものとは認められない。したがって,本願商標は,商標法3条1項3号の「その商品の産地,販売地・・・を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」に該当するというべきであり,審決の判断に誤りはない。

2  取消事由2(商標法3条2項該当性の判断の誤り)について

(1)  商標法3条2項は,商品の産地又は販売地を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標として同条1項3号に該当する商標であっても,使用により自他商品識別力を獲得するに至った場合には,商標登録を受けることができる旨規定する。そして,同項所定の「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるもの」とは,特定の者の出所表示としてその商品又は役務の需要者の間で広く認識されているものをいうものと解される。

(2)  そこで検討するに,本願商標の使用に関して原告ら提出の証拠を検討しても,下記のとおり,本願商標が「需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができるもの」ということはできない。

ア 甲5,13によれば,平成19年12月12日の時点で原告協同乳業株式会社の「東京牛乳」に関するウエブサイトが存在し,本願商標を付した製品が写真入りで紹介されている。同サイトには,「『東京牛乳』は,多摩地域の牛乳だけで作るTOKYOブランドで,農林水産省が提唱している「地産池消」※の東京版です。」,「※地産地消=地域の消費者ニーズに即応した農業生産と,生産された農作物を地域で消費しようとする活動を通じて,農業者と消費者を結びつける取り組み。」,「東京牛乳は東京都酪農業協同組合と多摩地区の酪農家及び協同乳業で共同開発した産地指定牛乳です。」との記載がある。

甲1の1,甲15によれば,平成19年12月12日付けで,甲16の1,2によれば,平成21年2月10日付けで,それぞれ「東京牛乳」をグーグルで検索すると,本願商標が使用されているものがそれぞれ42件,90件存在する。しかし,甲5の場合を除き,いずれも本願商標がサイト上で,どのような態様で使用されているか明らかでない。なお,甲16は,本件の審決時(平成20年11月)より後における検索結果である。

イ 平成19年12月3日付け「東京牛乳導入先リスト」(甲6)によれば,平成18年9月から平成19年11月までの期間における,本願商標を使用した牛乳の販売実績は,500ml,1000mlの合計149万6409本(1万0039t)であった。販売先は,東京,千葉,神奈川,栃木,群馬等の関東地方が大半であり,それ以外の地域の販売先としては,1000mlにつき,大阪(「イズミヤ」。判決注:チェーン店を指す。以下同じ。),関西(オークワ),和歌山(ヒラマツ)があるのみである。

甲3によれば,東京都の平成18年度の生乳の年間生産率量は,1万4442tであり,全国の生産量の0.2%にすぎない。本願商標を使用した牛乳の年間の生産量は,必ずしも明らかでないが,同生産量の全国の生産量に対する割合は,ごくわずかである。

ウ 甲13,14によれば,平成18年9月ころから平成19年11月ころにかけて,全国紙では,①日経産業新聞(平成18年8月29日付,16万部),②日経MJ(朝刊,平成18年8月30日付,25万部),③産経新聞(朝刊,平成18年9月10日付,219万部),④日本経済新聞(朝刊,平成18年9月12日付,304万部),⑤読売新聞(夕刊,平成18年9月12日付,391万部),⑥全国農業新聞(平成19年1月1日付,31万部),⑦朝日新聞(夕刊,平成19年8月28日付,809万部)において,本願商標を付した製品の写真が掲載されると共に,本商品の紹介記事が記載されている。前記新聞には,「関東地区限定で12日に発売される「多摩酪農家発 東京牛乳」」(上記③),「協同乳業(略)は東京都酪農業協同組合と多摩地区の酪農家の協力を得て東京・多摩産の「東京牛乳(商品名)を12日に発売する=写真。東京都内と神奈川,千葉,埼玉県を中心に販売,月間5千万円の販売をめざす。」(上記④),「初めての「東京」ブランド牛乳が12日,発売された。東京・埼玉・千葉・神奈川の1都3県限定の「多摩酪農家発 東京牛乳」。協同乳業が東京都酪農業協同組合と共に商品化した。」,「「東京牛乳」は多摩地区の酪農家約50軒から毎日新鮮な生乳を集め,地域限定で1日5000本を限定出荷。地元牛乳として定着を目指す。」(上記⑤),「東京牛乳は「地産地消」をテーマにした産地指定の牛乳。・・多摩地区の酪農家約40人から毎日生乳を集め,主に関東のスーパーに出荷している。」(上記⑦)との記事がある。

地方紙では,「山梨日日新聞」(朝刊,平成19年9月13日付,20万部),「新潟日報」(夕刊,平成19年9月19日付,5万部),「千葉日報」(平成19年9月22日付,19万部)において「東京牛乳」の販売に関する記事及び上記新潟日報において,男性が本願商標を付した商品を手にする写真が掲載されている。これらの記事には,「・・東京・多摩地域の酪農家が協同乳業(東京)に提案し,新ブランド「東京牛乳」が発売されたのが昨年9月。同地域の乳牛から集められた牛乳は地元の工場に直接運び込まれ,毎日1リットル入り約3千本が製品化される。」との記載がある。

雑誌等では,「週刊文春」(平成18年10月12日号,57万部)では,「先月,東京ブランド初の産地指定牛乳「多摩酪農家発 東京牛乳」が発売された。多摩地区の酪農家50軒から毎日新鮮な生乳を集め,首都圏で1日5千本を限定出荷。」との記事が,「アサヒタウンズ」(平成18年11月30日号,50万部)では,本願商標を付した製品の写真が掲載されると共に,本商品の紹介記事が記載されている。同記事には,「多摩地域の酪農家の生乳だけで作られた『東京牛乳』が,9月半ばから販売されている。都酪農協同組合と酪農家,日の出町に工場を持つ協同乳業が,約1年がかりで共同開発した産地指定牛乳だ。1日5000本が限定生産され,好評だ。・・・東京牛乳の生産に参加しているのは,八王子,町田,あきる野,立川,瑞穂,日の出,青梅などの50戸。ホルスタインなど約1600頭の乳牛を飼っている。」との記載がある。

なお,上記以外にも新聞,雑誌,テレビ,インターネットで本願商標を付した商品の紹介記事等が存在する(甲7等)。しかし,それらは,具体的な使用態様が確認できないもの,掲載,放映等が審決の後にされたもの,頒布,放映地域が東京都内に限定されたものである。

エ 甲19の1ないし5によれば,「本願商標」が,「東京都酪農業協同組合供給の生乳,協同乳業株式会社の製造・販売に係る商品『牛乳』について,平成18年9月から継続的に使用され,少なくとも平成19年11月に於いて,上記商標を見れば直ちに当該商品は,東京都酪農業協同組合供給の生乳を100%使用し,協同乳業株式会社が製造・販売している商品であることが,取引者需要者間に広く周知されていること」を「証明致します」と印字された書面に,全国農業協同組合連合会東京都本部,財団法人東京都農林水産振興財団,東京都産業労働局農林水産部農業振興課,東京都農業協同組合中央会,関東生乳販売農業協同組合連合会の各代表者名で押印された文書が作成されたことが認められる。しかし,上記各書面は,すべて,あらかじめ印字された定型的な書面であり,本願商標が広く周知されているか否かについて関連性を有する証拠とはいいがたい。

オ 以上について検討すると,①本願商標を付した商品に対する使用期間は,その使用開始時である平成18年9月から審決時までのわずか2年余であること,②本願商標を付した商品は,地産池消,すなわち地域の消費者ニーズに即応した農業生産と,生産された農作物を地域で消費しようとする活動を通じて,農業者と消費者を結びつける取り組みを目的としており,その流通領域もほぼ東京都及びその近県にとどまっていること,③本願商標を付した牛乳の生産量は全国の生産量に対してわずかであると認められること,④新聞,雑誌等の媒体による紹介記事等も,上記の期間中で,大半が1回に限られ,反復継続して紹介されたものではないこと,⑤甲5のサイトについても,閲覧の頻度等は明らかでないこと,⑥前記「証明書」についても,あらかじめ印字した同一の証明書書式に,各団体の代表者が押印するという態様により作成されたものであって,各団体の代表者が,本願商標の周知性の有無を確認した上で押印したとは考えられないこと等に照らすならば,審決がされた時点において,本願商標が,東京都及びその近県の取引者,需要者の間で,ある程度その存在が知られるようになったといえるとしても,取引者,需要者の間で,本願商標が,原告らの業務に係る商品であると,広く知られていたということはできない。

(3)  原告らは,東京都酪農業協同組合のうち伊豆諸島部等の参加が得られないことから同組合名義で商標登録出願をすることが困難であったこと,東京都多摩地区の酪農家は法人格がなく製品の製造,販売に携わることがないこと,地域団体商標制度を活用することができなかったことから,原告協同乳業株式会社が出願人とならざるを得なかった事情等も考慮すべきであると主張する。しかし,本件において,商標法3条2項の適否に当たり,そのような事情を考慮することは相当とはいえない。

3  結論

以上のとおり,原告らの主張する取消事由にはいずれも理由がない。原告らはその他縷々主張するが,審決を取り消すべきその他の違法は認められない。

よって,原告らの請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 中平健 裁判官 上田洋幸)

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