知財高等裁判所 平成20年(行ケ)10492号 判決 2009年12月03日
原告
マイクロ・モーション・インコーポレイテッド
同訴訟代理人弁護士
鈴木修
岡本義則
山田卓
同弁理士
田中英夫
被告
特許庁長官
同指定代理人
萩原義則
山本春樹
岩崎伸二
安達輝幸
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2006-4184号事件について平成20年8月26日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,原告の本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が,本願発明の要旨を下記2のとおり認定した上,同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 出願手続(甲3)及び拒絶査定
発明の名称: 「検出されたボー・レートに基づいて伝送プロトコルを設定するシステム」
出願番号: 特願2001-531272号
出願日: 平成12年10月10日(国際出願)
パリ条約による優先権主張: 平成11年(1999年)10月15日(以下「本件優先日」という。米国),平成12年(2000年)5月12日(米国)
拒絶理由通知: 平成17年1月14日付け(甲6。以下,同日付けの拒絶理由通知を「本件拒絶理由通知」といい,同通知に係る書面を「本件拒絶理由通知書」という。)
手続補正日: 平成17年7月19日(甲4。以下,同日付けの手続補正を「本件補正」といい,本件出願に係る本件補正後の明細書(特許請求の範囲につき甲4,その余につき甲3の補2及び補5~補21頁)を「本願明細書」と,本件出願に係る本件補正後(平成15年2月17日付け手続補正書による補正後)の図面(甲3の22~24,27及び補21~補23頁)を「本願図面」,「本願図1」などという。)
意見書提出日: 平成17年7月19日(甲9。以下,同日付けの意見書を「本件意見書」という。)
拒絶査定: 平成17年12月6日付け(甲5。以下,同日付けの拒絶査定を「本件拒絶査定」という。)
(2) 審判手続及び本件審決
審判請求日: 平成18年3月8日(不服2006-4184号)
手続補正書(方式)提出日: 平成18年5月25日(乙4。以下,同日付けの手続補正書(方式)を「本件審判請求理由書」という。)
審決日: 平成20年8月26日
審決の結論: 「本件審判の請求は,成り立たない。」
審決謄本送達日: 平成20年9月5日
2 本願発明の要旨
本件審決が判断の対象とした本願発明(本件補正後の特許請求の範囲の請求項1(以下,単に「請求項1」という。)に記載の発明)の要旨は,分説の便宜上符号を付すと,次のAないしF(枝番を含む。)のとおりである。以下,その符号を付した構成要件を順に「構成要件A」ないし「構成要件C」,「構成要件D-1」ないし「構成要件D-6」,「構成要件E」及び「構成要件F」といい,構成要件D-1ないし構成要件D-6を併せて「構成要件D」という。
A 遠隔装置(103)がホスト装置(102)との通信を確立する方法であって,
B バッファ(215)においてホスト装置(102)からの信号のサンプルを受信するステップ(301)と,
C 前記サンプルから前記信号のボー・レートを検出するステップ(303)と,
D-1 前記サンプルとサポートされたプロトコルの公知のビットのテンプレートとの間のプロトコル・テンプレート・マッチングを実行することによって,前記サンプルから,前記ホスト装置(102)により通信のために使用されているプロトコルとフレーミングを決定するステップ(304)であって,
D-2 複数のプロトコル・テンプレートのうちの一つを読み出すステップと,
D-3 前記バッファから前記信号の前記サンプルを読み出すステップと,
D-4 前記複数のプロトコル・テンプレートのうちの前記一つと前記信号の前記サンプルとを比較するステップと,
D-5 前記複数のプロトコル・テンプレートのうちの前記一つと前記信号の前記サンプルとのマッチに応答して前記複数のプロトコル・テンプレートのうちの前記一つのプロトコルで前記信号が送信されていることを決定するステップと,
D-6 を含むステップ(304)と,
E 前記検出されたボー・レートにおける決定された前記プロトコルとフレーミングを用いて通信するように,前記遠隔装置(103)を設定するステップ(305)と,
F を含む方法。
3 本件審決の理由の要旨
(1) 本件審決の理由は,要するに,本願発明は,下記アの引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び下記イの周知例に記載された周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。
ア 引用例: 特開平8-125712号公報(甲1)
イ 周知例: 特開平11-41317号公報(平成11年2月12日公開。甲2)
(2) 本件審決が認定した引用発明並びに本願発明と引用発明との一致点及び相違点(1ないし4。以下,それぞれ「本件相違点1」ないし「本件相違点4」という。)は,次のとおりである。
ア 引用発明
引用発明は,分説の便宜上符号を付すと,次のaないしf(枝番を含む。)のとおりである。以下,その符号を付した構成要件を順に「構成要件a」ないし「構成要件c」,「構成要件d-1」ないし「構成要件d-6」,「構成要件e」及び「構成要件f」といい,構成要件d-1ないし構成要件d-6を併せて「構成要件d」という。
a 受信機器21が送信機器11との通信を確立する方法であって,
b レジスタ25において送信機器11からの信号の特定コードの読取り結果データを受信するステップと,
c 前記特定コードの読取り結果データから前記信号のボーレートを検出するステップと,
d-1 前記特定コードの読取り結果データとパラメータ判別テーブルに予め記憶されている読取り結果データとを比較することによって,前記特定コードの読取り結果データから,前記送信機器11により通信のために使用されている読取りデータ長及びパリティモードを決定するステップであって,
d-2 複数の予め記憶されている読取り結果データのうちの一つを読み出すステップと,
d-3 前記レジスタ25から前記信号の前記特定コードの読取り結果データを読み出すステップと,
d-4 前記複数の予め記憶されている読取り結果データのうちの前記一つと前記信号の前記特定コードの読取り結果データとを比較するステップと,
d-5 前記複数の予め記憶されている読取り結果データのうちの前記一つと前記信号の前記特定コードの読取り結果データとの一致に応答して,前記複数の予め記憶されている読取り結果データのうちの前記一つの読取りデータ長及びパリティモードで前記信号が送信されていることを決定するステップと,
d-6 を含むステップと,
e 前記検出されたボーレートにおける決定された前記読取りデータ長及びパリティモードを用いて通信するように,前記受信機器21を設定するステップと,
f を含む方法。
イ 一致点
本願発明と引用発明との一致点は,分説の便宜上それぞれの前記構成要件に対応した符号を付すと,次の(A)ないし(F)(枝番を含む。)のとおりである。以下,その符号を付した一致点を順に「一致点(A)」ないし「一致点(C)」,「一致点(D-1)」ないし「一致点(D-6)」,「一致点(E)」及び「一致点(F)」といい,一致点(D-1)ないし一致点(D-6)を併せて「一致点(D) 」という。
(A) 第1の通信装置が第2の通信装置との通信を確立する方法であって,
(B) バッファにおいて第2の通信装置からの信号のサンプルを受信するステップと,
(C) 前記サンプルから前記信号のボー・レートを検出するステップと,
(D-1) 前記サンプルと特定の比較基準とを比較することによって,前記サンプルから,前記第2の通信装置により通信のために使用されている通信規約を決定するステップであって,
(D-2) 複数の特定の比較基準のうちの一つを読み出すステップと,
(D-3) 前記バッファから前記信号の前記サンプルを読み出すステップと,
(D-4) 前記複数の特定の比較基準のうちの前記一つと前記信号の前記サンプルとを比較するステップと,
(D-5) 前記複数の特定の比較基準のうちの前記一つと前記信号の前記サンプルとのマッチに応答して,前記複数の特定の比較基準のうちの前記一つの通信規約で前記信号が送信されていることを決定するステップと,
(D-6) を含むステップと,
(E) 前記検出されたボー・レートにおける決定された前記通信規約を用いて通信するように,前記第1の通信装置を設定するステップと,
(F) を含む方法。
ウ 相違点
(ア) 本件相違点1: 「第1の通信装置」及び「第2の通信装置」に関し,本願発明は,「遠隔装置」及び「ホスト装置」であるのに対し,引用発明は,「受信機器」及び「送信機器」である点。
(イ) 本件相違点2: 「特定の比較基準」に関し,本願発明は,「サポートされたプロトコルの公知のビットのテンプレート」及び「プロトコル・テンプレート」であるのに対し,引用発明は,「パラメータ判別テーブルに予め記憶されている読取り結果データ」である点。
(ウ) 本件相違点3: 「前記サンプルと特定の比較基準とを比較することによって,前記サンプルから,前記第2の通信装置により通信のために使用されている特定の通信規約を決定するステップ」に関し,本願発明は,「前記サンプルとサポートされたプロトコルの公知のビットのテンプレートとの間のプロトコル・テンプレート・マッチングを実行することによって,前記サンプルから,前記ホスト装置(102)により通信のために使用されているプロトコルとフレーミングを決定するステップ(304)」であるのに対し,引用発明は,「前記特定コードの読取り結果データとパラメータ判別テーブルに予め記憶されている読取り結果データとを比較することによって,前記特定コードの読取り結果データから,前記送信機器11により通信のために使用されている読取りデータ長及びパリティモードを決定するステップ」である点。
(エ) 本件相違点4: 「通信規約」に関し,本願発明は,「プロトコル(通信規約)とフレーミング」であるのに対し,引用発明は,「読取りデータ長及びパリティモード(通信規約)」であるものの,フレーミングを有しない点。
4 取消事由
(1) 引用発明の認定の誤り(取消事由1)
(2) 一致点の認定の誤り(取消事由2)
(3) 相違点を看過した判断の誤り(取消事由3)
(4) 本件相違点1についての判断の誤り(取消事由4)
(5) 本件相違点2についての判断の誤り(取消事由5)
(6) 本件相違点3についての判断の誤り(取消事由6)
(7) 本件相違点4についての判断の誤り(取消事由7)
(8) 審査ないし審判段階の手続違背(取消事由8)
第3当事者の主張
1 取消事由1(引用発明の認定の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 構成要件cの「検出するステップ」及び構成要件d-1の「決定するステップ」の認定
本件審決は,引用発明が構成要件cの「ボーレートを検出するステップ」及び構成要件d-1の「読取りデータ長及びパリティモードを決定するステップ」を含むと認定したが,本件審決が前提とする引用発明の「読取り結果データ」は,レジスタ25に送信され,フレームエラーの判断データを含まない1つ(第1回の特定コードの場合。引用例の【0037】)又は2つ(第2回の特定コードの場合。引用例の【0039】)の8ビットデータであるところ,引用発明においては,フレームエラーの判断データ(第1回につき1ビット,第2回につき2ビット)を用いなければ通信を確立することができないのであるから,結局,フレームエラーの判断データを含まない「読取り結果データ」に基づく引用発明は,ボー・レートを検出することも,読取りデータ長及びパリティモードを決定することもできないことになる。
したがって,本件審決の認定は誤りである。
(2) 構成要件dの各「前記特定コードの読取り結果データ」の認定
本件審決は,引用発明の構成要件dの各「特定コードの読取り結果データ」が構成要件b及びcの各「特定コードの読取り結果データ」と同一のものであることを前提として,構成要件dの各「特定コードの読取り結果データ」について,いずれも「前記特定コードの読取り結果データ」と認定したが,以下のとおり,この認定は誤りである。
ア 引用発明は,特定コードを必ず複数回送受信するものであり,構成要件dの各「特定コードの読取り結果データ」は,第1回の特定コード(0Dのみ。構成要件b及びcの各「特定コード」)の読み取り結果により判別されたボー・レートに基づいて読み取られた特定コード(0D及び0A。第2回の特定コード)に係る読み取り結果のデータ又は当該ボー・レート及び第2回の特定コードの読み取り結果により判別されたパラメータに基づいて読み取られた特定コード(0D及び0A。第3回の特定コード)に係る読み取り結果のデータであるから,いずれも「特定コードの読取り結果データ」であるとしても,その内容は構成要件b及びcと構成要件dとにおいて同一ではなく,その各「特定コードの読取り結果データ」はそれぞれ異なるから,これを「前記特定コードの読取り結果データ」として同一にいうことはできないものである。
イ 被告は,本願発明につき,信号(サンプル)の送信が複数回行われる場合を包含すると主張するが,請求項1の構成要件C及びDの各「サンプル」には,いずれも同一のものであるために「前記」との文言が付されているのであるし,被告がその主張の根拠とする本願図7に示された「サンプルを取得する」(ステップ1731)は,信号の再度の送受信を行うことを意味するものではなく,本願発明において信号を受信するのは1回のみであるから,被告の主張は失当である。
(3) 構成要件d-1の「通信のために使用されている読取りデータ長及びパリティモード」の認定
本件審決は,構成要件d-1において決定される「読取りデータ長及びパリティモード」につき,「通信のために使用されている」と認定したが,引用発明の構成要件d-1のステップにおける第2回の特定コードの値は,0D及び0Aであり,通信に先立つ特殊なセットアップ手続(ハンドシェーク)のためだけに使用されるものであって,この段階では,実データを含まず,第3回の特定コードの送信前に失われてしまうものであるから,引用発明の構成要件d-1のステップにおける「読取りデータ長及びパリティモード」は,通信に先立って送信され,通信の確立のためにのみ使用される第2回の特定コードに係るものにすぎない。
したがって,本件審決の認定は誤りである。
(4) 構成要件d-4の「比較するステップ」の認定
本件審決は,引用発明が構成要件d-4の「前記複数の予め記憶されている読取り結果データのうちの前記一つと前記信号の前記特定コードの読取り結果データとを比較するステップ」を含むと認定したが,本件審決が前提とする引用発明の「読取り結果データ」は,レジスタ25に送信され,フレームエラーの判断データを含まないものであるから,結局,引用発明が比較に用いているのは,パラメータ判別テーブルに記載された2つの8ビットの値のみということになる。
したがって,本件審決の認定は誤りである。
(5) 構成要件d-5の「決定するステップ」の認定
本件審決は,引用発明が「前記信号が送信されていることを決定するステップ」を含むと認定したが,以下のとおり,この認定は誤りである。
ア 引用発明においては,特殊なハンドシェーク手続が終わり,送信機器11が整合確認信号を受信する段階になって初めて,実データの送受信が開始される(引用例の【0044】,図5)のであり,構成要件d-5のステップにいう「決定」は,第3回の特定コードの送受信後に行われるものであるから,当該「決定」は,実データの信号が「送信されている」との現在又は過去の事実についてされるものではなく,「送信される」との将来の事実についてされるものにすぎない。
イ 被告は,本件審決が引用例の図5のステップR5までを引用発明として認定したと主張するが,同図に示されたとおり,引用発明においては,ステップR7の「一致」が確認されて初めて,構成要件d-5の「決定」が行われるものであるから,引用発明がR5までのステップしか含まないのであれば,同発明においては,構成要件d-5の「決定するステップ」が存在しないことになる。
〔被告の主張〕
(1) 構成要件cの「検出するステップ」及び構成要件d-1の「決定するステップ」の認定
原告は,引用発明の「読取り結果データ」がフレームエラーの判断データを含まないなどと主張するが,本件審決は,引用発明について,通信の確立のために必要となるボー・レート並びに読取りデータ長及びパリティモード(データパラメータ)を,送信信号の特定コードの読取り結果とボー・レート及びデータパラメータの各判別テーブルとの比較一致により決定し設定するとの一連の手順のものとして認定したものであり,当該比較について,フレームエラーの判断を含めた具体的な手順まで認定したものではない。
そして,請求項1も,通信の確立のために必要となるボー・レート並びにプロトコル及びフレーミングを,送信された信号サンプル及びその信号サンプルとプロトコル・テンプレートとの比較マッチングにより決定し設定するとの一連の手順のものとして記載しているにすぎないから,本件審決による引用発明の認定は,本願発明との対比判断に必要な限度において十分に行われているものである。
(2) 構成要件dの各「前記特定コードの読取り結果データ」の認定
ア 引用例の記載(【0023】,【0024】)によれば,本件審決が認定した引用発明の構成要件bの「レジスタ25において送信機器11からの信号の特定コードの読取り結果データを受信するステップ」とは,送信側ボー・レートの判別確認及びデータパラメータの判別確認のそれぞれにおいて実行されるステップに相当するものであって,それぞれの判別に応じて,構成要件c及びdの各ステップが実行されることになるのであるから,構成要件dの各「特定コードの読取り結果データ」について,いずれも「前記特定コードの読取り結果データ」とした本件審決の認定に誤りはない。
イ なお,原告の主張は,引用発明における特定コードの送信が複数回行われることを前提とするものであるが,本願明細書の記載(【0051】~【0054】)及び本願図7によれば,本願発明も,バッファにおいていったん受信したサンプル(ステップ1702)に対し,バッファを調整して再度追加のサンプルを取得(受信)するものであり,ボー・レートの検出,使用されるプロトコル及びフレーミングの決定並びに通信のためのプロトコル・パラメータの設定のために,信号(サンプル)の送信(バッファにおける受信)が複数回行われる場合を包含するものである。
そうすると,仮に引用発明の構成要件dの各「特定コードの読取り結果データ」が原告主張のとおり構成要件b及びcの各「特定コードの読取り結果データ」と同一のものでないとしても,結局,本願発明と引用発明とは,一致点(D)の各「前記サンプル」との点において一致する(なお,一致点(B)ないし(D)の「信号のサンプル」及び各「サンプル」に係る本件審決の認定に誤りがないことは,取消事由2に係る主張(1)のとおりである。)から,原告が主張する引用発明の認定の誤りは,一致点の認定の誤りを招来せず,本件審決の結論に影響を及ぼさないものとして,失当である。
(3) 構成要件d-1の「通信のために使用されている読取りデータ長及びパリティモード」の認定
引用発明においては,送信機器11から送信された特定コードから成るデータを受信した受信機器21が,その受信した特定コードの読取り結果データから,それと,パラメータ判別テーブルに予め記憶されている読取り結果データとを比較することにより,読取りデータ長及びパリティモードが判別され,かつ,変更設定がされる(引用例の【0031】,【0040】)ところ,その設定された読取りデータ長及びパリティモードによって,その後に続く実データの送受信(総じてデータ通信)が引き続き行われていくものであること(引用例の【0043】,【0044】)に照らせば,引用発明の構成要件d-1において決定される「読取りデータ長及びパリティモード」につき,「通信のために使用されている」とした本件審決の認定に誤りはないというべきである。
なお,原告は,構成要件d-1のステップにおける「読取りデータ長及びパリティモード」が,通信に先立って送信され,通信の確立のためにのみ使用される第2回の特定コードに係るものにすぎないと主張するが,これは,引用例の図5のステップR5のみに基づく主張であるところ,本件審決は,構成要件d-1を当該ステップR5のみに基づいて認定したものではないから,原告の主張は,本件審決の認定を正解しないものとして失当である。
(4) 構成要件d-4の「比較するステップ」の認定
原告は,引用発明の「読取り結果データ」がフレームエラーの判断データを含まないなどと主張するが,前記(1)のとおりであるから,原告の主張は理由がない。
(5) 構成要件d-5の「決定するステップ」の認定
ア 引用発明の構成要件d-5は,構成要件d-1に含まれるステップの1つであり,構成要件d-1の「通信のために使用されている読取りデータ長及びパリティモード」の決定に関し,「前記信号」(送信機器11からの信号)がどのような形態(読取りデータ長及びパリティモード)で送信されているかについて,それと一致する「複数の予め記憶されている読取り結果データのうちの一つ」により決定すると特定したものである。
そして,前記(3)のとおり,構成要件d-1に係る本件審決の認定に誤りはないから,構成要件d-5に係る引用発明の認定の誤りをいう原告の主張は,その前提を欠くものとして,失当である。
イ 原告は,構成要件d-5のステップにいう「決定」につき,実データの信号が「送信される」との将来の事実についてされるものにすぎないと主張するが,本件審決は,引用発明につき,「受信機器21が送信機器11との通信を確立する方法」(引用例の図5のステップR5まで)と認定したものであって,実データの送受信処理を開始するまでのステップ(引用例の図5のステップT4~T6及びR6~R9)までを含めて認定したものではなく,したがって,引用発明は,実データの送受信を予定したものではないし,上記アのとおり,構成要件d-5のステップは,送信機器11からの信号の形態を決定するステップにすぎないから,同ステップにいう「決定」につき,実データの信号が「送信される」との将来の事実についてされるということはできない。
ウ 原告は,構成要件d-5のステップにいう「決定」が第3回の特定コードの送受信後に行われると主張するが,上記イのとおり,本件審決は,引用発明につき,第3回の特定コードが送信されるまでのステップを認定したものではないから,原告の主張は失当である。
2 取消事由2(一致点の認定の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 一致点(B)ないし(D)の「信号のサンプル」及び各「サンプル」(構成要件bないしdの「信号の特定コードの読取り結果データ」及び各「特定コードの読取り結果データ」)の認定
本件審決は,本願発明の「信号のサンプル」が信号の特定のデータの読取り結果データを含むとして,本願発明と引用発明とが一致点(B)ないし(D)の「信号のサンプル」及び各「サンプル」において一致すると認定したが,本願発明の「信号のサンプル」が実データを含むもの(通信のために使用されるデータを含むもの)であるのに対し,引用発明の「信号の特定コードの読取り結果データ」は,実データの通信に先立ち,通信の確立のためにのみ用いられる特定コード(0D及び0A)に係るものであり,実データを含まないものであるから,本件審決の認定は誤りである。
(2) 一致点(D-5)の「マッチ」(構成要件d-5の「一致」)の認定
本件審決は,本願発明の「マッチ」と引用発明の「一致」が同義であるとして,本願発明と引用発明とが一致点(D-5)の「マッチに応答して」との点で一致すると認定したが,本願発明の「マッチ」がすべての点において同一であることを意味するものでない(本願明細書の【0035】)のに対し,引用発明の「一致」は,すべての点において同一であることを意味する(引用例の図4)もの,すなわち,引用発明は,わずか8ビットの単純な既知の値を有する特定コード(0D又は0A)を用い,それが誤った値として受信された場合であっても,誤った値を網羅して予め記憶し,誤った値と同一であることを判別するものであり,データのすべてを比較の対象とするものであるから,本件審決の認定は誤りである。
〔被告の主張〕
(1) 一致点(B)ないし(D)の「信号のサンプル」及び各「サンプル」(構成要件bないしdの「信号の特定コードの読取り結果データ」及び各「特定コードの読取り結果データ」)の認定
ア 「サンプル(sample)」とは,本来,「見本,標本」を原意とする語である(株式会社小学館平成6年1月1日発行の「小学館ランダムハウス英和大辞典」。乙1)ところ,引用発明の「特定コード」を含む「送信機器11からの信号」は,その信号のボー・レート並びに読取りデータ長及びパリティモードを決定するために送信されるものであるから,引用発明の「特定コードの読取り結果データ」は,ボー・レート並びに読取りデータ長及びパリティモードを決定するための信号の見本ということができる。
そして,本件審決は,この「特定コードの読取り結果データ」を上記意味で一種の「信号のサンプル」であるとして一致点を認定したものと解されるので,本件審決に誤りはないというべきである。
イ 原告は,本願発明の「信号のサンプル」が実データを含むものであると主張するが,請求項1には,そのような特定はないし,本願明細書の発明の詳細な説明にも,実データについての記載がなく,本願発明において実データを含む信号が送信されることについての示唆もないから,原告の主張は,特許請求の範囲の記載にも明細書の発明の詳細な説明の記載にも基づかないものとして,失当である。
(2) 一致点(D-5)の「マッチ」(構成要件d-5の「一致」)の認定
構成要件d-1及びd-5によれば,引用発明は,パラメータ判別テーブルに記憶された特定コードに対応した部分のデータについて,信号からの読取り結果とパラメータ判別テーブルに予め記憶されている読取り結果とを比較する(一致しているか否かを判別する)にすぎないから,引用発明にいう「一致」を信号のすべての点において同一であるか否かを判断(比較)することを意味するものと解することはできない。
したがって,本願発明と引用発明とが一致点(D-5)の「マッチ」において一致するとした本件審決の認定に誤りはない。
3 取消事由3(相違点を看過した判断の誤り)について
〔原告の主張〕
本件審決は,本願発明の構成要件D-1,D-5及びE並びに引用発明の構成要件d-1,d-5及びeに係る各通信規約に関し,本願発明が「プロトコル(通信規約)とフレーミング」であるのに対し,引用発明は「読取りデータ長及びパリティモード(通信規約)」であるものの,フレーミングを有しない点を本件相違点4として認定した。
しかしながら,「プロトコル」は,多義的な用語であるところ,本願発明の「プロトコル」は,「メッセージ・パケットの群が組織化される方法」若しくは「装置が2つの装置間でデータを転送するためにパケットを送受する時点」又はその双方を意味する(本願明細書の【0003】)のであり,引用発明の「読取りデータ長及びパリティモード」は,本願発明の「プロトコル」とは異なるものである。なお,本願発明と引用発明との対比に当たり,通信規約を「通信に関する約束事」と極めて抽象的に解釈することは,無意味である。
そうすると,本件審決には,構成要件D-1,D-5及びE並びにd-1,d-5及びeに係る通信規約に関し,本願発明がプロトコル(通信規約)及びフレーミングであるのに対し,引用発明がプロトコルを有しないとの点を本願発明と引用発明との相違点として認定することを看過した誤りがあるというべきである。
〔被告の主張〕
引用発明の「読取りデータ長及びパリティモード」がプロトコルに含まれる要素であることは,本願発明及び引用発明が属する技術分野において自明の技術事項であり,この点は,原告も自認するところである(本件意見書の3頁39~43行,本件審判請求理由書の4丁15~19行)。
なお,請求項1の構成要件D-1及びEは,「プロトコル」と「フレーミング」とを区別して記載しているが,引用発明の「読取りデータ長及びパリティモード」は,「フレーミング」に該当するものではない。
したがって,本件審決に原告主張の相違点を看過した誤りはない。
4 取消事由4(本件相違点1についての判断の誤り)について
〔原告の主張〕
本件審決は,遠隔装置及びホスト装置において通信を確立することは自明であるとして,引用発明を遠隔装置及びホスト装置において利用する程度のことは単なる技術の転用の域を出ないと判断したが,以下のとおり,この判断は誤りである。
(1) 引用発明は,特殊なハンドシェーク手続(引用例の図5)を要するために,引用発明を実施していない現存機器との間において通信を確立することのできないものであるから,引用発明を遠隔装置及びホスト装置において利用することが単なる技術の転用の域を出ないということはできないばかりか,多くの装置に接続されることが想定されるホスト装置に引用発明を適用することには,積極的な阻害事由があるというべきである。
(2) また,引用発明は,受信機器が送信機器からの信号を受信するための一方向の通信を確立するものにすぎないところ,本願発明は,遠隔装置とホスト装置との間の双方向の通信を確立するものであるから,引用発明を双方向の通信が可能なものに改変するためには,すなわち,引用発明において本件相違点1に係る本願発明の構成を採用するためには,別の一組の送信機器と受信機器を用いる必要がある。
この点に関し,被告は,引用例の【0044】の記載を挙げて反論するが,同段落の記載は,送信側から受信側に対する一方向の流れを開示するものにすぎない。
〔被告の主張〕
(1) 遠隔装置とホスト装置との間の通信は,種々の形態のものを包含し,各装置とも,それぞれ当然に送信機及び受信機を備えているものであるから,送受信機間の通信を確立するための引用発明を本願発明の「遠隔装置」及び「ホスト装置」に適用することには,何ら阻害事由がないというべきである。
(2) 原告は,引用発明が一方向の通信を確立するものにすぎないと主張するが,引用例の【0044】の記載によれば,引用発明による通信の確立後には送受信処理が行われるのであるから,本件相違点1に係る本願発明の構成を得る上で,引用発明を適用することに阻害事由はない。
(3) したがって,本件相違点1についての本件審決の判断に誤りはない。
5 取消事由5(本件相違点2についての判断の誤り)について
〔原告の主張〕
本件審決は,周知例を挙げて,受信した信号が有しているパターンを検出する際に当該信号のフレームにおけるある信号と一致するか否かを決定するための比較の基準とされるパターンを,プロトコル(通信規約)を検出するために用いるとの技術(以下「本件技術」という。)が周知であると認定した上,引用発明において本件技術を採用することに格別の困難性はないとして,本件相違点2に係る本願発明の構成とすることは当業者が容易になし得ると判断したが,以下のとおり,この判断は誤りである。
(1) 本件技術の周知性
本件技術が周知であることについて,十分な証拠があるとはいえない。
(2) 本件技術の内容
ア 本願発明の「テンプレート」は,「プロトコル」に対するものであって,ボー・レートが直ちに決定されるものではない。本願発明において,ボー・レートがテンプレートとマッチしない場合には,異なるボー・レートに対応するテンプレートとのマッチングを行うステップに移ることとなる(本願明細書の【0035】)。
イ また,本願発明の「プロトコル・テンプレート」は,「プロトコル」と「フレーミング」の双方の決定に用いられるものである。
ウ 引用発明においては,①ボー・レートの判別のための第1回の特定コードの送受信及び②判別したボー・レートを受信ボー・レートとした第2回の特定コードの送受信を行うことが必須のものとされている。
これに対し,本件技術は,プロトコル(通信規約)の検出のために,③通信規約ごとのビット・パターンの送受信を行うことが必須のものとされている。
そうすると,引用発明において本件技術を採用した場合,①ないし③の各送受信を行うことが不可避となる。
エ したがって,そもそも,引用発明において本件技術を採用しても,本件相違点2に係る本願発明の構成を得ることはできない。
(3) 阻害事由
また,以下のとおり,引用発明において本件技術を採用することには,阻害事由がある。
ア 引用発明においては,特定コード(0D及び0A)を10msec間隔等に従って複数回送信する(引用例の図2及び図5)など,受信側にとって既知の送信手順を送信側が採用していなければ,すなわち,受信側と送信側が送受信の手順を共有していなければ,両者の間のハンドシェーク手続すら行えず,通信を確立することができない。
イ 引用発明は,既知の単純なコード(0A及び0D)を送信し,誤った受取方やフレームエラーの起こり方を予め用意するものであるから,引用発明において本件技術(通信規約ごとのビット・パターンを送信するもの)を採用すると,通信規約が不明の場合,未知のものを送信することになってしまい,動作しないこととなる。
〔被告の主張〕
(1) 本件技術の内容
ア 本件技術は,プロトコル(通信規約)を検出するためにテンプレートを用いるというものであるところ,周知例の記載(【0007】)によれば,本件技術においては,ビットパターンレジスタに格納された種々のビットパターンが,受信した信号のパターンに対して比較のための一種のテンプレートとして作用しているといえ,また,信号がフレーム単位で伝送されることは自明の技術事項であるから,本件技術において信号がフレーム単位で比較されることは,当然の帰結にすぎない。
そうすると,引用発明において本件技術を採用することにより,本件相違点2に係る本願発明の構成が得られることは明らかというべきである。
イ 原告の主張に対する反論
(ア) 原告は,本願発明の「プロトコル・テンプレート」が「プロトコル」と「フレーミング」の双方の決定に用いられると主張するが,本願明細書の記載(【0035】,【0036】)及び本願図5によれば,本願発明の「テンプレート・マッチング」のプロセスにおいては,「プロトコル」の決定はされるものの,「フレーミング」の決定がされるものではない。
(イ) 原告は,引用発明において本件技術を採用した場合,3段階の送受信を行うことが不可避となると主張するが,引用発明及び本件技術も,それぞれ所定のプロトコルの判別のために,必要なデータパターンの通信を要する点で共通するものであるから,引用発明における必要なデータパターンの通信に代えて本件技術における必要なデータパターンの通信を採用することは,当業者が容易に想到し得ることである。
(2) 阻害事由
原告は,引用発明においては受信側と送信側が送受信の手順を共有する必要があるなどとして,引用発明において本件技術を採用することに阻害事由があると主張するが,受信側と送信側が送受信の手順を共有することは,本願発明及び本件技術にも同様に当てはまる前提条件であり,そのような前提の上に立って,それぞれのプロトコルの条件が決定されるものであるから,原告の主張は理由がない。
(3) したがって,本件相違点2についての本件審決の判断に誤りはない。
6 取消事由6(本件相違点3についての判断の誤り)について
〔原告の主張〕
本件審決は,本件相違点2に係る「サポートされたプロトコルの公知のビットのテンプレート」を用いて,本件相違点3に係る本願発明の構成とすることは当業者が容易になし得ると判断したが,本件相違点2についての本件審決の判断が誤りであることは取消事由5に係る主張のとおりであるし,また,周知例は,本件相違点3に係る本願発明の構成を開示するものではないから,本件相違点3についての本件審決の判断も誤りである。
〔被告の主張〕
原告の主張に理由がないことは,取消事由5に係る主張のとおりであるから,本件相違点3についての本件審決の判断に誤りはない。
7 取消事由7(本件相違点4についての判断の誤り)について
〔原告の主張〕
本件審決は,引用発明の「読取りデータ長」がフレーミングの一構成といえるとして,本願発明のように「プロトコル(通信規約)」に「フレーミング」を更に加える程度のことは単なる設計的付加にすぎないと判断したが,本願発明において,フレーム形式は,「2つの装置間でデータを転送するためにメッセージ・パケットがフォーマット化される方法」を意味し,「プロトコル」は,「メッセージ・パケットの群が組織化される方法」若しくは「装置が2つの装置間でデータを転送するためにパケットを送受する時点」又はその双方を意味する(本願明細書の【0003】)ものであるところ,引用発明の「特定コード」は,単なるコード(0D及び0A)であって,メッセージ・パケットではないから,引用発明は,「プロトコル」を決定するとの技術的思想を有しない。したがって,引用発明に「フレーミング」を付加しても,本件相違点4に係る本願発明の構成は得られないから,本件審決の判断は誤りである。
〔被告の主張〕
本願発明の「フレーミング」は,本願発明及び引用発明が属する技術分野における一般的なフレーム構築をいうものと解釈すべきである。なお,本願明細書は,その【0003】及び【0028】において,フレーミングにつき言及しているが,双方の段落とも,フレーミングについての技術的説明を提供するものではなく,また,ステップ304(構成要件D)を示す本願図3には,フレーミングについての言及すらない。その他,本願明細書及び本願図面には,本願発明の「フレーミング」の技術的意義(内容)を裏付ける記載も示唆も見当たらない。
そして,本件審決が説示するとおり,引用発明の「読取りデータ長」は,フレーミングに関与する要素(構成)といえるものであるから,「プロトコル」に「フレーミング」を加える程度のことは,単なる設計的付加にすぎない。
したがって,本件相違点4に係る本件審決の判断に誤りはない。
8 取消事由8(審査ないし審判段階の手続違背)について
〔原告の主張〕
(1) 審査段階における拒絶理由の通知の有無
審査官が特許法50条本文に規定する拒絶理由の通知をするに当たっては,特許を受けようとする発明(以下「出願発明」という。)が同法29条2項に規定する発明に該当することを拒絶理由とするときは,その通知があったものと同視し得る特段の事情がない限り,①出願発明と対比すべき発明(以下「先行公知発明」という。)の内容,②対比判断の結果である出願発明と先行公知発明との一致点,③対比判断の結果である出願発明と先行公知発明との相違点及び④相違点に係る出願発明の構成についての容易想到性の根拠を具体的に明らかにすることを要すると解すべきである。
これを本件についてみると,審査官がした本件拒絶理由通知は,①ないし④のいずれについても具体的に明らかにしておらず,また,①ないし④について原告に対する通知があったものと同視し得る特段の事情も存在しないから,本件拒絶理由通知をもって,特許法50条本文に規定する拒絶理由の通知があったということはできない。なお,本件拒絶理由通知は,file_2.jpg対比判断をするのに必要な引用文献の引用箇所の記載がない点,file_3.jpg引用文献等の記載から認定される技術的内容が明確に示されていない点,file_4.jpg拒絶理由の構成に不必要な引用文献が引用されている点等において,特許庁の審査基準にも反するものである。
そうすると,審判長は,本件拒絶査定を維持する旨の本件審決をするに当たり,原告に対して,改めて拒絶理由を通知しなければならなかったにもかかわらず,これを怠ったというべきであるから,本件審決は,特許法159条2項において準用する同法50条本文の規定に違反してされたものである。
(2) 本件審決及び本件拒絶査定の理由の異同
本件拒絶査定は,いわゆる主引用例を特開平1-305644号公報(以下「引用文献1」という。)とし,いわゆる副引用例を特開平5-191470号公報,特開平5-236049号公報,特開平6-164671号公報及び特開平6-197148号公報(以下,順に「引用文献2」ないし「引用文献5」という。)並びに本件審決における引用例(以下,必要に応じて「審決引用例」という。)とする拒絶理由に基づいてされたものであるから,主引用例を審決引用例とし,副引用例を本件審決における周知例(以下,必要に応じて「審決周知例」という。)とする本件審決の拒絶理由は,本件拒絶査定の理由とは異なるものである。
そうすると,審判長は,本件拒絶査定の理由と異なる拒絶理由に基づく本件審決をするに当たり,原告に対して,新たな拒絶理由を通知しなければならなかったにもかかわらず,これを怠ったというべきである(なお,審判長が新たな拒絶理由の通知をしていないことは,被告も認めるところである。)から,本件審決は,この点からも,特許法159条2項において準用する同法50条本文の規定に違反してされたものといえる。
(3) 拒絶理由の通知があったのと同視し得る特段の事情の有無
ア 原告は,本件拒絶理由通知を受け,審査官に対し,本件意見書を提出したが,この時点においては,副引用例とされた5つの引用文献の1つにすぎない審決引用例に焦点を当てた深い検討をしておらず,「テンプレート・マッチングの実行について開示がない」との1点を指摘したにすぎない。
すなわち,本件拒絶理由通知からは,引用文献1ないし5及び審決引用例をどのように組み合わせるのかについてすら理解することができず,原告としては,これらの文献がどのように組み合わせられても拒絶を免れることができる唯一の対処法として,いずれの文献にも開示及び示唆がされていない要素を指摘したものである。そのことは,本件意見書(3頁49行~4頁2行)及び本件審判請求理由書(4丁43~46行)の記載にも表れている。
イ 原告は,平成20年7月7日,審判官から,「フレーミング」の意味及びその決定方法に加え,本願発明と審決引用例に記載された発明との相違点について電話による照会(以下「本件照会」という。)を受け,わずか11日後である同月18日までに回答するよう求められたが,この時点に至るまで,審決引用例に焦点が当てられたことはなく,本件照会の内容は,原告にとって不意打ちといえるものであった。しかも,本件照会は,審判合議体の思考過程について説明するものでも,審決周知例について言及するものでもなく,審決引用例と本願発明との関係に関して審判合議体がどのような見解を有しているのかなどを明らかにするものでは全くなかった。また,本件照会に対する回答期間が,出願人が在外者である場合の通常の意見書提出期間(甲7)と比較して極めて短いことに照らし,原告は,本件照会の内容が審判合議体の心証に直接影響があるものと予測することができなかった。
なお,被告は,本件照会がされたのが平成20年7月3日であるなどと主張するが,審判官の変更の経緯(甲8,11,12,乙5)等に照らし,事実に反するというべきである。
ウ このような経緯から本件審決がされ,原告は,その時点において初めて,審決引用例と審決周知例に基づいて本件出願が拒絶されたことを知ったものである。
〔被告の主張〕
(1) 審査段階における拒絶理由の通知の有無
本件意見書(3頁39~43行,同頁45~46行,同頁49行~4頁2行)及び本件審判請求理由書の各記載のとおり,原告は,審決引用例に記載された発明及び審決周知例に記載された技術に基づく本願発明の構成の想到困難性について明確な意見を述べていたものであり,本件拒絶理由通知を受けた後,審決引用例に記載された発明の内容,同発明と本願発明との一致点及び相違点並びに相違点に係る構成の想到困難性について十分認識した上,そのような認識に基づいて本件補正を行ったものであるから,形式的にはもちろんのこと,実質的にみても,本件拒絶理由通知により,特許法50条本文に規定する拒絶理由の通知がされたものというべきである。
(2) 本件審決及び本件拒絶査定の理由の異同
審決引用例は,本件拒絶査定が引用する本件拒絶理由通知において掲げられていた引用文献の1つであり,また,原告は,本件意見書及び本件審判請求理由書において,引用文献1ないし5又は審決引用例のいずれを主引用例とした場合であっても本願発明が進歩性を有する旨の主張をしていたところ,本件審決は,本願発明が,審決引用例に記載された発明(引用発明)及び審決周知例(本件拒絶査定において追加された7番目の引用文献)に記載された本件技術に基づいて容易に発明をすることができたものであると判断したのであるから,本件審決の理由は,本件拒絶査定の理由と異なるものではない。
(3) 本件照会の経緯
本件照会の経緯は,次のとおりである。すなわち,審判官は,平成20年7月3日,原告に対し,「プロトコル」及び「フレーミング」の意味並びに本願発明と審決引用例に記載された発明との主たる相違点について電話で照会した上,原告の同意を得て,回答期限を2週間後の同月17日と指定したところ,原告は,同月18日,ファクシミリで回答書(乙5。以下「本件回答書」という。)を送付したものである。
第4当裁判所の判断
1 引用例の記載及び図示について
原告は,取消事由1において,引用発明についての本件審決の認定を争うほか,取消事由2ないし7においても,引用発明の内容に基づく等の主張をするので,これらの取消事由について検討するに当たり,まず,引用例の記載及び図示の内容をみると,引用例には,以下の記載及び図示がある。
【0015】 送信機器11には,CPU12が備えられ,このCPU12により生成される送信データはレジスタ13に書込まれる。このレジスタ13に書込まれた送信データは,信号変換回路14を介して受信機器21に送信されるもので,この信号変換回路14から前記送信データを送信する際の送信ボーレート及びデータ長,パリティモード等のデータパラメータは,前記CPU12により送信パラメータ設定部15に対し予め指定される。
file_5.jpg【0017】 受信機器21には,CPU22が備えられ,このCPU22により,受信パラメータ設定部23に対し,受信回路24における受信ボーレート及び受信データの読取りデータ長,パリティモード等のデータパラメータが設定される。
【0018】 この場合,受信ボーレートは,その受信初期において19200bpsに設定され,また,読取りデータ長は,8ビットに,パリティモードはノンパリティ(non)にそれぞれ初期設定される。
【0021】 …前記CPU22は,所定のボーレート(19200bps)で受信された特定コードの受信データを所定のパラメータ(8ビット,ノンパリティ)で読取り,その読取り結果データが前記テーブルROM26内のボーレート判別テーブル及びパラメータ判別テーブルそれぞれにおけるどの読取り結果データと一致するか判断され,送信機器11側の設定ボーレート及びパラメータ構成が判別される。
【0022】 この場合,前記受信パラメータ設定部23における受信ボーレート及び読取りパラメータが,前記テーブルROM26内のボーレート判別テーブル及びパラメータ判別テーブルを用いて判別された送信側と同じボーレートとパラメータに変更設定される。
【0027】 …前記送信機器11から送信される第1コードCR及び第2コードLFには,何れもその先頭に1ビットのスタートビットSTART“0”が,また,終りに2ビットのストップビットSTOP“11”が付加される。
【0028】 図4は前記通信パラメータの判別方法を実施した受信機器21のテーブルROM26に予め記憶されるテーブルデータの内容を示す図であり,同図(A)はボーレート判別テーブルの内容を示す図,同図(B)はパラメータ判別テーブルの内容を示す図である。
file_6.jpgHT oon [2] [rors loom lommr=] D a Toit Hi 19200 00 N pen | 89 BA eo | y | | 7g [oo jw [ea N Ee’ s 8D |N| OA IN 4000 re] | Laven i ‘00 w|| Sr | 00 | N| oa IN zaoo [90 |W] Bat Ton te boa th cot | Stet oot t 1200] 00 F ‘even | 00 TN | OA LF Ni eS oaL Ne zoom Fe ucaze- wer (A) evs eme—rn(B) x9 nIe—z 0 [#4]【0029】 すなわち,ボーレート判別テーブルには,第1コードCR“0D”を各ボーレート(19200bps,9600bps,4800bps,2400bps,1200bps)で送信し,受信側で所定のボーレート(19200bps)且つ所定のパラメータ(8ビット,ノンパリティ)で受信した場合の読取り結果データが,その8ビット分の読取りデータとノンパリティによるストップビットの判断データとして各送信ボーレートに対応付けて予め記憶される。
【0030】 例えば送信機器11から1200bpsで送信された第1コードCR“0D”は,受信機器21において19200bpsの8ビット,ノンパリティで受信読取りした際に,その8ビット分がデータ“00”として読取られ,ストップビットがF(フレームエラー)として判断されることを示している。
【0031】 また,パラメータ判別テーブルには,第1コードCR“0D”及び第2コードLF“0A”を,送信側が各パラメータ(「8ビット,ノンパリティ」「8ビット,奇数パリティ」「8ビット,偶数パリティ」「7ビット,ノンパリティ」「7ビット,奇数パリティ」「7ビット,偶数パリティ」)で送信し,受信側が所定のパラメータ(8ビット,ノンパリティ)で受信した場合の読取り結果データが,前記第1コードCR“0D”及び第2コードLF“0A”それぞれについてストップビットによるフレームエラーの判断データと共に対応付けて予め記憶される。
【0032】 次に,前記構成による通信パラメータの判別方法を実施した送信機器及び受信機器の動作について説明する。図5は前記通信パラメータの判別方法を実施した送信機器11及び受信機器21における通信処理を示すフローチャートである。
file_7.jpg(s90) ege—rae fei a 3 I RA 0, 0Aea Ramm (oD, 0) 3x9 BETAS 14 6 CT Tamme eo oe | To N eee END【0033】 すなわち,まず,送信機器11におけるCPU12により,送信パラメータ設定部15に対し,送信ボーレートが19200bps,9600bps,4800bps,2400bps,1200bpsの中の1つに設定され,また,送信データ長が8ビット又は7ビットの何れかに設定され,パリティモードが奇数パリティ(odd)又は偶数パリティ(even)又はノンパリティ(non)の何れかに設定される(ステップT1)。
【0034】 一方,受信機器21におけるCPU22により,受信パラメータ設定部23に対し,受信ボーレートが19200bpsに初期設定され,また,受信読取りデータ長が8ビットに初期設定され,パリティモードがノンパリティ(non)に初期設定される(ステップR1)。
【0035】 そして,送信機器11のレジスタ13に対し第1コードCR“0D”及び第2コードLF“0A”が順番に書込まれ,その第1及び第2コードCR,LFが書込まれる度に,図2のタイミングで,信号変換回路14により,前記送信パラメータ設定部15に設定された送信ボーレート及びデータパラメータに従って送信される(ステップT2)。
【0036】 すると,受信機器21の受信回路24において19200bpsで受信され8ビット,ノンパリティとして読取られた第1コードCR“0D”の受信データは,その8ビット分がレジスタ25に書込まれてCPU22に取出され,また,9ビット目のストップビットによるフレームエラーの判断データF又はNがCPU22に出力される(ステップR2)。
【0037】 この際,CPU22では,前記受信回路24及びレジスタ25を介して読取られた第1コードCR“0D”の読取り結果データとテーブルROM26のボーレート判別テーブルに予め記憶されている読取り結果データとが比較され,送信側におけるボーレートが判別されるもので,これにより,前記受信パラメータ設定部23において既に19200bpsに初期設定されている受信ボーレートが,前記CPU22にて判別された送信ボーレートと一致するボーレートに変更設定される(ステップR3)。
【0038】 こうして,受信機器21における受信ボーレートが送信機器11側の送信ボーレートに合わされた後,該送信機器11から再び第1コードCR“0D”及び第2コードLF“0A”が,順次,予め設定された送信ボーレート及びデータパラメータに従って送信される(ステップT3)。
【0039】 すると,受信機器21の受信回路24において前記送信側に一致したボーレートで受信され8ビット,ノンパリティとして読取られた第1コードCR“0D”及び第2コードLF“0A”の受信データは,それぞれその8ビット分が順次レジスタ25に書込まれてCPU22に取出され,また,各9ビット目のストップビットの判断データF又はNが順次CPU22に出力される(ステップR4)。
【0040】 この際,CPU22では,前記受信回路24及びレジスタ25を介して読取られた第1コードCR“0D”及び第2コードLF“0A”の読取り結果データとテーブルROM26のパラメータ判別テーブルに予め記憶されている読取り結果データとが比較され,送信側におけるデータパラメータの構成が判別されるもので,これにより,前記受信パラメータ設定部23において既に8ビット,ノンパリティに初期設定されている読取りデータ長及びパリティモードが,前記CPU22にて判別された送信側におけるデータパラメータの構成と一致する読取りデータ長及びパリティモードに変更設定される(ステップR5)。
【0043】 …前記受信機器21において受信されてそのCPU22に読取られたコードデータが正規の第1コードCR“0D”及び第2コードLF“0A”に一致すると判断され,該受信機器21における受信ボーレート及び読取りパラメータが送信機器11側のボーレート及びデータパラメータと正しく整合されたことが確認されると,その整合確認信号が出力される(ステップR7→R8)。
【0044】 そして,前記受信機器21からの整合確認信号が送信機器11において受信されると,実データの送信処理及びその受信処理が開始される(ステップT5→T6,R9)。
2 取消事由1(引用発明の認定の誤り)について
以上の引用例の記載及び図示を踏まえ,まず,取消事由1について検討する。
(1) 構成要件cの「検出するステップ」及び構成要件d-1の「決定するステップ」の認定
引用例の【0028】ないし【0037】及び【0040】並びに図4及び図5によると,引用発明においては,特定コードを所定のボー・レート及びパラメータ(読み取りデータ長・パリティモード)で受信した場合の読み取り結果データが判断データ(ボーレート判別テーブル及びパラメータ判別テーブル)としてあらかじめ受信側に記憶された上,実際に送信側が送信し,受信側において読み取られた特定コードの読み取り結果データが,当該ボーレート判別テーブル及びパラメータ判別テーブルに記憶されたボー・レート及びパラメータと比較されて判別されることが明らかであるから,本件審決が,引用発明の構成要件cとして「特定コードの読取り結果データから…ボーレートを検出するステップ」を,構成要件d-1として「特定コードの読取り結果データから…読取りデータ長及びパリティモードを決定するステップ」をそれぞれ認定したことに何ら誤りはないというべきである。
この点に関し,原告は,引用発明の読み取り結果データにはフレームエラーの判断データを含まないことを前提に,そのような引用発明においては,ボー・レートを検出することも読み取りデータ長及びパリティモードを決定することもできないと主張するが,本件審決が認定した引用発明の構成要件c及びd-1の文言からも明らかなとおり,本件審決は,引用発明の「ボーレートを検出するステップ」等について,これらがフレームエラーの判断データを用いないで行われるとの限定を付して認定したものではなく,また,引用例にも,フレームエラーの判断データを用いずにボー・レートの検出等を行うとの構成に限定する趣旨の記載はみられないから,原告の主張を採用することはできない。
(2) 構成要件dの各「前記特定コードの読取り結果データ」の認定
ア 原告は,引用発明の構成要件dの各「特定コードの読取り結果データ」が構成要件b及びcの各「特定コードの読取り結果データ」と異なるとして,引用発明の構成要件dの各「特定コードの読取り結果データ」にいずれも「前記」との文言を付した本件審決の認定は誤りであると主張する。
確かに,引用例の【0035】ないし【0040】及び図5によると,引用発明の構成要件b及びcのステップにおいて送受信される特定コードと,構成要件dのステップにおいて送受信される特定コードとは,送信側から異なる機会に送信されるものであると認められる。
しかしながら,本件審決が認定した引用発明の構成要件bないしdの文言をみると,構成要件c及びdの各「前記特定コードの読取り結果データ」が構成要件bの「送信機器11からの信号の特定コードの読取り結果データ」を指すことは明らかであるところ,引用例の【0038】ないし【0040】によると,構成要件dの各「特定コードの読取り結果データ」は,いずれも「送信機器11からの信号の特定コードの読取り結果データ」に該当するものと認められるから,その意味においては,「特定コードの読取り結果データ」として共通するところがあるということができ,本件審決が引用発明の構成要件dの各「特定コードの読取り結果データ」につき,「前記」との文言を付して認定したとしても,これを誤りがあるとまでいうことはできない。
イ この点に関し,原告は,本願発明においては,構成要件Dの各「サンプル」が構成要件Bの「信号のサンプル」及び構成要件Cの「サンプル」と同一のものであるからこそ,構成要件Dの各「サンプル」には「前記」との文言が付されているように主張するが,請求項1の文言をみても,構成要件Dの各「前記サンプル」が構成要件Bの「ホスト装置(102)からの信号のサンプル」を指すことは明らかであるが,請求項1には,それ以上に構成要件Dの各「サンプル」の内容を同一のサンプルと限定する趣旨の記載はないのであるから,請求項1の記載を原告主張のように解釈して,これを根拠に,引用発明に係る本件審決の認定が誤りであるということはできない。
(3) 構成要件d-1の「通信のために使用されている読取りデータ長及びパリティモード」の認定
原告は,引用発明の構成要件d-1の「読取りデータ長及びパリティモード」が通信の確立のためにのみ使用されるものであるとして,これが「通信のために使用されている」との本件審決の認定が誤りであると主張する。しかし,引用例の【0015】,【0017】,【0018】,【0021】及び【0022】並びに図1によると,送信ボー・レート及びパラメータ(読み取りデータ長・パリティモード)は,送信側の送信パラメータ設定部に対してあらかじめ指定され,受信側においても,所定のボー・レート及びパラメータで受信パラメータ設定部に対する初期設定がされた上,当該初期設定に基づいて受信を行いながら,ボーレート判別テーブル及びパラメータ判別テーブルにより特定コードの読み取り結果データの判別を行い,送信側と同じボー・レート及びパラメータに変更設定していくというのであり,また,【0043】及び【0044】によると,受信側において,受信ボー・レート及びパラメータが送信ボー・レート及びパラメータと正しく整合したことが確認された後,実データの送受信が開始されるというのであるから,引用発明において,構成要件d-1のステップにおいて決定された「読取りデータ長及びパリティモード」が「通信のために使用されている」ものであることは明らかである。したがって,この点についての本件審決の認定に誤りはなく,原告の主張は採用し得ない。
なお,原告は,引用発明の構成要件d-1の「読取りデータ長及びパリティモード」には実データが含まれていないと主張するが,そのことから,同構成要件のステップにおいて決定される「読取りデータ長及びパリティモード」が通信のために使用されていないということはできないから,原告の主張は,上記結論を何ら左右するものではない。
(4) 構成要件d-4の「比較するステップ」の認定
前記(1)において説示したとおり,引用発明においては,特定コードを所定のボー・レート及びパラメータ(読み取りデータ長・パリティモード)で受信した場合の読み取り結果データが判断データ(ボーレート判別テーブル及びパラメータ判別テーブル)としてあらかじめ受信側に記憶された上,実際に送信側が送信し,受信側において読み取られた特定コードの読み取り結果データが,当該ボーレート判別テーブル及びパラメータ判別テーブルに記憶されたボー・レート及びパラメータと比較されて判別されることが明らかであるから,構成要件d-4につき,本件審決が「前記複数の予め記憶されている読取り結果データのうちの前記一つと前記信号の前記特定コードの読取り結果データとを比較するステップ」と認定したことに誤りはない。
この点に関し,原告は,引用発明の「読取り結果データ」がフレームエラーの判断データを含まないと主張するが,前記(1)において説示したのと同様,本件審決は,引用発明の構成要件d-4の「比較するステップ」についても,これがフレームエラーの判断データを用いないで行われるとの限定を付して認定したものではなく,また,引用例にも,フレームエラーの判断データを用いずに当該比較を行うとの構成に限定する趣旨の記載はみられないのであるから,原告の主張を採用することはできない。
(5) 構成要件d-5の「決定するステップ」の認定
ア 原告は,引用発明の構成要件d-5の「前記一つの読取りデータ長及びパリティモードで前記信号が送信されていることを決定するステップ」が実データの送受信の開始前に行われるものであるとして,当該決定の対象を現在又は過去の事実である「送信されていること」とした本件審決の認定は誤りであると主張する。しかし,本件審決が認定した引用発明の構成要件bないしdの文言をみると,本件審決は,構成要件d-5のステップが実データの受送信後に行われるとの限定を付して引用発明を認定したものでないことは明らかであるから,原告の主張は失当である。なお,請求項1の文言をみても,本願発明の構成要件D-5の「前記一つのプロトコルで前記信号が送信されていることを決定するステップ」が実データの送受信後に行われるものに限定されるとの趣旨の記載はない。
イ また,原告は,引用発明の構成要件d-5のステップが第3回の特定コードの送受信後(引用例の図5のステップR7において「一致」が確認された時)に行われるものであるとも主張するが,本件審決は,その説示(8頁27~31行)からも明らかなとおり,引用例の【0031】及び【0040】並びに図1,図4(B)及び図5を根拠に,構成要件d-5のステップを認定したものであるところ,これらの記載及び図示によると,同ステップは,図5のステップR5を指すことが明らかであるから,原告の主張は,本件審決の認定を正解しないといわざるを得ないものであって,採用することができない。
(6) 小括
以上によると,取消事由1は理由がない。
3 取消事由2(一致点の認定の誤り)について
次に,取消事由2について検討する。
(1) 一致点(B)ないし(D)の「信号のサンプル」及び各「サンプル」の認定
ア 原告は,本願発明の構成要件BないしDの「信号のサンプル」及び各「サンプル」が実データを含むものであるのに対し,引用発明の構成要件bないしdの「信号の特定コードの読取り結果データ」及び各「特定コードの読取り結果データ」は実データを含まないものであるとして,両発明が一致点(B)ないし(D)の「信号のサンプル」及び各「サンプル」において一致するとした本件審決の認定は誤りであると主張する。
しかしながら,請求項1をみても,本願発明の構成要件BないしDの「信号のサンプル」及び各「サンプル」が実データを含むものに限定される趣旨の記載はないから,原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づくものとはいえない。
イ なお,仮に,本願明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌したとしても,以下のとおり,本願発明の構成要件BないしDの「信号のサンプル」及び各「サンプル」を実データを含むものに限定して解釈することはできない。
本願発明の遠隔装置とホスト装置との間で送受信される「データ」に関し,同明細書の発明の詳細な説明には,次の記載がある。
【0009】 …更にまた,本発明によるシステムは,データを失うことなく且つ特別なフレームを用いることなく,使用されているプロトコル・パラメータの決定を行う。…
【0010】 …遠隔装置は,ホスト装置がある機能を実行させるためサービスあるいはデータをホスト装置へ提供する装置である。ホスト装置は,データを送るのに用いたプロトコル・パラメータを決定し,遠隔装置からデータを受取り,受取ったデータを用いて制御機能を実行する装置である。
【0011】 第1の装置が第2の装置に接続されると,第2の装置は第1の装置に対してデータを示す信号を送る。…
【0023】 …遠隔装置103は,サービスあるいはデータをホスト装置へ提供してホスト装置に機能を行わせる装置である。ホスト装置102は,データ伝送に用いられるプロトコル・パラメータを設定し,遠隔装置からデータを受取り,受取ったデータを用いて制御機能を行う装置である。…
【0024】 図2は,例示のデータ処理システム200を示している。本発明においては,ホスト装置102と遠隔装置103は,装置間の通信のためのプロセスを含む機能を実行するデータ処理システム200を備える。データ処理システム200は処理装置201を備える。…
【0025】 …ROM204は,データ処理システム200を動作させるのに処理装置201が必要とする命令を記憶する。…RAM205は,データ処理システム200により行われるプロセスを実行するため処理装置201が必要とする命令及びデータを記憶する。…
【0030】 例えば,開始ビットは,任意のフレーム又はプロトコルにおけるデータ・フレームの開始を示す既知のビットである。…
【0035】 図5は,プロセス400のステップ430において行われるテンプレート・マッチングの例示のプロセスであるプロセス500を示している。…ステップ505において,バッファから読出された信号のパターンと予測される信号のテンプレートとが一致するかどうかが決定される。テンプレートは各フレームにおける或る信号と一致するのみであり,全ての点で一致するものではないことに注意すべきである。これは,フレームが信頼度良く一致し得ないデータ・ビットを含むからである。その代わり,テンプレートは開始ビット及び終了ビットのような既知のビットとの一致を試みる。
そこで,上記【0009】ないし【0011】及び【0023】ないし【0025】の記載から本願発明の構成要件BないしDの「信号のサンプル」及び各「サンプル」が実データを含むものに限定されているかといえば,そのように解することができないことは,上記記載内容に照らし明らかであるし,また,上記【0030】の記載については,開始ビットが既知のビットであったとしても,既知のビット以外の部分には,引用発明において用いられる特定コード等も含まれると解されるから,【0030】の記載によっても,構成要件BないしDの「信号のサンプル」等が実データを含むものに限定されているということはできない。さらに,上記【0035】の記載についても,「フレームが信頼度良く一致しないデータ・ビット」が実データに係るデータ・ビットのみを指すとまで解することはできないから,【0035】の記載によっても,構成要件BないしDの「信号のサンプル」等が実データを含むものに限定されるとみることはできず,その他,本願明細書の発明の詳細な説明に,構成要件BないしDの「信号のサンプル」等を原告主張のように実データを含むものに限定して解釈しなければならない根拠を見出すことはできない。
(2) 一致点(D-5)の「マッチ」の認定
原告は,引用発明の構成要件d-5の「一致」が信号のすべての点において同一であることを意味するなどとして,本願発明と引用発明とが「マッチに応答して」との点で一致するとした本件審決の認定は誤りであると主張する。しかし,引用例の【0027】及び【0031】並びに図4(B)によると,引用発明における特定コードが先頭に1ビットのスタートビット「0」を,末尾に2ビットのストップビット「11」をそれぞれ付加したものであるのに対し,パラメータ判別テーブルにはスタートビットが含まれないのであるから,引用発明の構成要件d-5の「(前記複数の予め記憶されている読取り結果データのうちの前記一つと前記信号の前記特定コードの読取り結果データとの)一致」が信号のすべての点において同一であることを意味するということはできない。したがって,原告の主張は,その前提において誤りがあるので,失当というほかない。
(3) 小括
以上によると,取消事由2は理由がない。
4 取消事由3(相違点を看過した判断の誤り)について
次に,取消事由3について検討する。
(1) 原告は,引用発明の構成要件d-1,d-5及びeの各「読取りデータ長及びパリティモード」が本願発明の構成要件D-1,D-5及びEの各「プロトコル」に相当するものではないとして,原告の主張するこの相違点を看過した本件審決の判断は誤りであると主張する。
しかしながら,電子装置間の通信に係る技術分野において,引用発明の構成要件d-1等の各「読取りデータ長及びパリティモード」が通信規約一般を意味する「プロトコル」に該当することは,当業者にとって自明の技術事項であるということができる(なお,原告が審査手続において提出した本件意見書(3頁39~43行)及び審判手続において提出した本件審判請求理由書(4丁15~19行)にも,引用発明のデータ・パラメータが「プロトコル」に該当する旨の記載がある。)ところ,請求項1をみても,本願発明の構成要件D-1等の各「プロトコル」につき,「フレーミング」と区別されるものであるとの趣旨の記載(構成要件D-1及びE)があるほかは,「プロトコル」が更に限定された具体的な内容を有する通信規約を指すものと解釈すべき記載はないから,原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づくものとはいえない。
(2) なお,仮に,本願明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌したとしても,以下のとおり,本願発明の構成要件D-1等の各「プロトコル」につき,一般的な通信規約を更に限定した具体的な内容を有するものと解釈することはできない。
本願発明の「プロトコル」に関し,同明細書の発明の詳細な説明には,次の記載がある。
【0003】 …本文の論議のために,フレーム形式,ボー・レート,フレーミング及びプロトコルは,「プロトコル・パラメータ」と称される。ここでの検討のために,ボー・レートは,装置により転送される単位時間当たりのビット量である。フレーム形式は,2つの装置間でデータを転送するためにメッセージ・パケットがフォーマット化される方法である。プロトコルは,メッセージ・パケットの群が組織化される方法及び,装置が2つの装置間でデータを転送するためにパケットを送受する「時点」である。2つの装置が同じプロトコル・パラメータを用いて通信しないならば,第1の装置が第2の装置から正しいデータを受取ることはない。
【0004】 装置間の通信を容易にするため,多くの装置は,汎用非同期受信機送信機(UART)を備えている。UARTは,装置間の通信を提供するインターフェースである。制御装置においては,Modbusのようなプロトコルが通信のためUARTを用いる。UARTはまた,多数のボー・レート及びフレーミング形式の任意のひとつで通信し得る。過去においては,多数の「プロトコル/UARTパラメータ」のうちの任意の1つで通信する他の装置に第1の装置を接続することが可能であるならば,第1の装置は適正な「プロトコル/UARTパラメータ」で通信するようにマニュアルでプログラムされなければならなかった。…
【0027】 本発明は,ホスト装置が通信に用いているプロトコル・パラメータを遠隔装置が決定するプロセスに関する。一つの実施の形態においては,ホスト装置及び遠隔装置はUART装置である。UART装置は,共通ボー・レート…のうちの任意の一つで通信する。当業者は認識するように,これらは共通ボー・レートであるに過ぎず,他のボー・レートも使用可能である。使用できる2つの典型的なプロトコルは,ModbusASCIIとModbusRTUであるが,HARTのような他のプロトコルも使用可能である。
そこで,上記【0003】に記載された「メッセージ・パケットの群が組織化される方法及び,装置が2つの装置間でデータを転送するためにパケットを送受する『時点』」について検討すると,同段落の記載全体に照らし,それは,単に,パケットの送受信における順序,タイミング等の通信の手順一般をいうものにすぎないと解され,また,上記【0004】及び【0027】に記載された「Modbus」,「ModbusASCII」等についても,一般的な通信規約を例として挙げるものにすぎないと解することができるから,結局,本願明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌しても,本願発明の「プロトコル」につき,一般的な通信規約を更に限定した具体的な内容を有するものと解釈することはできないといわざるを得ない。
(3) 小括
以上によると,取消事由3は理由がない。
5 取消事由4(本件相違点1についての判断の誤り)について
次に,取消事由4について検討する。
(1) 本件審決の判断の当否
引用発明は,「受信機器が送信機器との通信を確立する方法」であるから,これを本願発明の「遠隔装置がホスト装置との通信を確立する方法」に利用すること(本件相違点1に係る構成を採用すること)が単なる技術の転用の域を出ないことは明らかというべきである。したがって,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
(2) 原告の主張の当否
ア(ア) 原告は,引用発明がこれを実施していない現存機器との間において通信を確立することのできないものであると主張するが,本願発明がこれを実施していない現存機器との間における通信のみを前提としたものであるかというと,原告が主張する現存機器を本願発明の「ホスト装置」と解したとしても,あるいは,「遠隔装置」と解したとしても,請求項1には,本願発明の「ホスト装置」又は「遠隔装置」が現存機器に限定されるとの趣旨の記載はないから,原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づくものとはいえない。
(イ) なお,仮に,本願明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌したとしても,以下のとおり,本願発明の「ホスト装置」又は「遠隔装置」が現存機器に限定されるものと解釈することはできない。
本願明細書の発明の詳細な説明をみると,【0009】には,「現存する装置は,改変なしに,本発明によるシステムを実現する装置と通信することができる。」との記載があるものの,ホスト装置又は遠隔装置について具体的に言及する【0010】,【0015】,【0022】~【0024】,【0027】~【0031】,【0033】~【0036】及び【0050】には,本願発明の「ホスト装置」又は「遠隔装置」が現存機器に限定されるとの趣旨の記載はなく,その他の記載も同様であるから,同「ホスト装置」又は「遠隔装置」を現存機器に限定して解釈することはできないというべきである。
イ また,原告は,引用発明が一方向の通信を確立するものにすぎないとも主張するが,引用例の【0043】には,受信機器から整合確認信号が出力されるとの記載があり,また,図5には,受信側のステップR8に「確認信号出力」との記載が,送信側のステップT5に「確認受信」との記載がそれぞれあるのであるから,引用発明が一方向の通信を確立するものにすぎないわけではなく,原告の主張を採用することはできない。
(3) 小括
したがって,取消事由4は理由がない。
6 取消事由5(本件相違点2についての判断の誤り)について
次に,取消事由5について検討する。
(1) 本件技術の周知性
原告は,本件技術(受信した信号が有しているパターンを検出する際に,当該信号のフレームにおけるある信号と一致するか否かを決定するための比較の基準とされるパターンを,プロトコル(通信規約)を検出するために用いるとの技術)の本件優先日当時の周知性を争うので,以下,検討する。
ア 周知例には,次の記載がある。
【0002】【従来の技術】 初期導入時等にコンピュータをネットワークに接続する場合には,該ネットワークで使用されるプロトコルに対応するプロトコル制御プログラムを導入し且つ設定しなければならない。…
【0004】 周知の通り,通信プロトコルは,通信における送受信の手順を規定するものであり,この通信プロトコルが通信装置間で一致していなければ,通信回線を介して通信を確立させることができない。…
【0007】 …特開平3-88539号公報に示されたシステムでは,予め通信装置内にビットパターンレジスタを用意し,該ビットパターンレジスタに種々の通信プロトコルに対応するビットパターンを格納しておく。通信プロトコルの検出に際しては,通信回線上で伝送されている信号を当該通信装置が受信し,その信号をビットパターンに変換する。このビットパターンを,ビットパターンレジスタに格納された種々のビットパターンと比較し,ビットパターンが合致する通信プロトコルを判別する。…
以上の記載によると,周知例には,従来の技術(本件優先日の約8年前に頒布された刊行物に記載された技術)として,プロトコルを判別するため,受信した信号が有しているビットパターンを,あらかじめ記憶させておいた基準となる種々のビットパターンと比較し,その合致の有無をみるとの技術が開示されているということができる。
イ また,特開昭54-93908号公報(昭和54年7月25日公開。乙3。以下「乙3公報」という。)には,次の記載及び図示がある。
(ア) 本発明は,…相手処理装置と調歩同期方式で接続された識別装置で,相手処理装置から送られる特定文字を用いてデータ伝送速度と符号種別を識別する場合に,特定文字には符号種別ごとに内容が異なる区別ビット系列を含ませ,この特定文字を受信し,ある特定のサンプリングタイミングでサンプリングして得たビットパターンを判定することにより,データ伝送速度および符号種別を識別することを特徴と(する)(1頁右欄末行~2頁左上欄9行)。
(イ) 一例としてデータ伝送速度が150ボー,200ボー,300ボーの3種類で,使用符号種別がJIS7単位符号とEBCDIC符号の2種類であるとすれば,データ伝送速度と符号種別に識別すべき6種類の組み合わせが存在する。…第2図は,上記識別すべき6種類の組み合わせについて第1図の例の特定文字を受信し,600Hzでサンプリングして得たビットパターンの例を示したものである。この例ではビットb4,ビットb5,ビットb17の組み合わせで,上記6種類の組み合わせのいずれかであるかを判定し,データ伝送速度と使用符号種別を同時に識別する(2頁左上欄末行~右上欄14行)。
file_8.jpglbefolpalbadbs] ree Ree eeco1e ele ele wee ais acd cree score #28(ウ) 回線l1から特定文字を受信して,スタートビット検出回路10がスタートビットを検出すると,サンプリングクロック11が特定文字のサンプリングを開始して,レジスタ12にそのビットパターンを記憶する。レジスタ12にはデータ伝送速度と特定文字のコードによって識別すべきデータ伝送速度と符号種別の組み合わせの数だけの種類のビットパターンが記憶される。ビットパターン判定回路13はレジスタ12の中のビットパターンを判定して,データ伝送速度と符号種別を識別し,この情報を信号線Sに出力する(2頁右上欄17行~左下欄8行)。
以上の記載及び図示によると,本件優先日の20年以上前に頒布された乙3公報には,相手処理装置から送信されるデータに係る使用符号種別,すなわち,プロトコルを識別するため,送信する特定文字に符号種別ごとに内容が異なる区別ビット系列を含ませた上,識別装置のレジスタに記憶された種々のビットパターンのうち3つのビットパターンを比較の基準として用いるとの例が記載されているということができる。
ウ 上記ア及びイに加え,電子装置間の通信に係る技術分野において,データをフレーム形式で送信すること(本願明細書の【0003】参照)は,本件優先日当時の当業者にとって自明の技術事項であったことをも併せ考慮すると,本件技術は,本件優先日当時において,当業者に周知であったものと認められるから,これと同旨の本件審決の認定に誤りはない。
(2) 本件技術の内容と本件相違点2に係る構成との関係
引用発明に周知技術である本件技術を適用することにより本件相違点2に係る構成が得られることは,本件技術の内容に照らし明らかというべきであるから,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
この点に関し,原告は,本件技術を引用発明に適用しても本件相違点2に係る構成を得ることができないと主張し,その根拠として,①本願発明の「テンプレート」がボー・レートを決定するものではないこと,②本願発明の「テンプレート」がプロトコルとフレーミングの双方の決定に用いられるものであること,③本件技術を引用発明に適用した場合には3段階の送受信を行うことが不可避となることを挙げる。
しかしながら,上記①の点については,本件審決が認定した一致点(D)からも明らかなとおり,本件相違点2の「特定の比較基準」は,ボー・レートを検出するために用いられるものでなく,また,上記②の点については,本件審決は,「通信規約」に関して,本願発明が「プロトコル(通信規約)とフレーミング」であるのに対し,引用発明はフレーミングを有しない点を本件相違点4として認定しているのであるから,本件相違点2は,「特定の比較基準」として何を用いるかについての本願発明と引用発明との相違をいうにすぎないのであって,「特定の比較基準」によりどのような内容の通信規約が決定(判別)されるのかについての両発明の相違をいうものではない。さらに,上記③の点についても,上記②と同様,本件相違点2は,「特定の比較基準」として何を用いるかについての両発明の相違をいうにすぎないのであって,「特定の比較基準」によりどのような段階の送受信を要することになるかについての両発明の相違をいうものではない。
そうすると,原告が主張する上記①ないし③の点は,いずれも本件相違点2に係る本件審決の認定及び判断を正解しないものというほかなく,これを採用することはできない。
(3) 阻害事由の有無
原告は,本件技術を引用発明に適用することに阻害事由があると主張し,その根拠として,引用発明においては受信側と送信側とが送受信の手順を共有していなければ通信を確立することができないこと,本件技術を引用発明に適用すると通信規約が不明の場合に動作しないことを挙げるが,これらの点は,いずれも,本件相違点2の「特定の比較基準」自体に関し,本件技術を引用発明に適用することが妨げられる旨をいうものではないから,原告の主張は失当である。
(4) 小括
したがって,取消事由5は理由がない。
7 取消事由6(本件相違点3についての判断の誤り)について
次に,取消事由6について検討する。
原告は,本件相違点2についての本件審決の判断が誤りであること,本件相違点3に係る構成が周知例に開示されていないことを根拠に,本件相違点3についての本件審決の判断は誤りであると主張する。
しかしながら,本件相違点2についての本件審決の判断に誤りがないことは,前記6において説示したとおりであるし,また,本件相違点3に係る構成が周知例に直接開示されていないとしても,「特定の比較基準」として,本件相違点2に係る構成(「サポートされたプロトコルの公知のビットのテンプレート」)を採用すると,本件相違点3の「通信規約を決定するステップ」についても,同相違点に係る構成(「前記サンプルとサポートされたプロトコルの公知のビットのテンプレートとの間のプロトコル・テンプレート・マッチングを実行することによって,前記サンプルから,前記ホスト装置(102)により通信のために使用されているプロトコルとフレーミングを決定するステップ(304)」。なお,「フレーミング」の点については,取消事由7に係る後記判断において説示するとおりである。)を採用することは,当業者において容易に想到し得るものと認めることができ,これと同旨の本件審決の判断に誤りはなく,原告の主張を採用することはできない。
したがって,取消事由6は理由がない。
8 取消事由7(本件相違点4についての判断の誤り)について
次に,取消事由7について検討する。
原告は,引用発明に「フレーミング」を付加しても本件相違点4に係る構成は得られないと主張するが,「通信規約」についての本件相違点4に係る構成は,「プロトコルとフレーミング」であり,また,引用発明の通信規約(読取りデータ長及びパリティモード)が本願発明の「プロトコル」に相当するものであることは,前記4において説示したとおりであるから,引用発明の通信規約に「フレーミング」を付加すると本件相違点4に係る構成が得られることは明らかであって,原告の主張は,本件相違点4についての本件審決の判断を何ら論難し得るものではない。
そして,電子装置間の通信に係る技術分野における「フレーミング」の技術内容(本願明細書の【0003】参照)に照らすと,引用発明の通信規約に「フレーミング」を付加する程度のことが単なる設計的事項であることは明らかであるから,これと同旨の本件審決の判断に誤りはないというべきである。
したがって,取消事由7は理由がない。
9 取消事由8(審査ないし審判段階の手続違背)について
次に,取消事由8について検討する。
(1) 事実経過
前記第2の1ないし3の事実に証拠(甲3~6,8,9,乙4,5)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
ア 審査官は,原告に対し,平成17年1月14日付け(同月18日発送)で本件拒絶理由通知をし,意見があれば本件拒絶理由通知書発送の日から3か月以内に意見書を提出するよう求めた。
本件拒絶理由通知書には,拒絶の理由として,本件補正前(平成15年2月17日付け手続補正後。以下同じ。)の請求項1に係る発明は「下記の刊行物」に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない旨記載され,「下記の刊行物」として,1から6までの番号を付した上,引用文献1ないし5及び審決引用例が順に列挙されていた。また,同通知書には,本件補正前の請求項10ないし18に係る発明に関しての記載(ただし,本件補正前の請求項10は,発明のカテゴリを同請求項1の「遠隔装置(103)がホスト装置(102)との通信を確立する方法」ではなく「ホスト装置との通信を確立するための,遠隔装置における装置(200)」とすることに伴う構成の相違を有するほかは,実質的に,同請求項1とその構成を同じくするものであった。)であるとみる余地はあるものの,「装置間で通信を行う際,最初に通信プロトコルの判別を行うことは当業者が周知している事項であり,ボーレートや伝送フォーマットも前記プロトコルの一部にすぎない。なお,テンプレートマッチングを行うことも設計的事項にすぎない。」との記載があった。
イ 本件拒絶理由通知を受けた原告は,期間延長請求書を提出した上,平成17年7月19日,本件補正をするとともに本件意見書を提出した。
本件補正は,本件補正前の請求項1に構成要件D-1中の「前記サンプルとサポートされたプロトコルの公知のビットのテンプレートとの間のプロトコル・テンプレート・マッチングを実行することによって,」及び構成要件D-2ないしD-6を付加するなどするものであった。
また,原告は,本件意見書において,本件補正がされたことを前提に,引用文献1ないし5及び審決引用例のそれぞれについて,その開示内容を摘示した上,これらの刊行物のいずれにも本願発明の構成(テンプレート・マッチング)についての記載又は示唆がないから,本願発明は,引用文献1ないし5又は審決引用例のいずれか1つに記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではなく,また,これらの刊行物に記載された事項をどのように組み合わせることによっても,当業者が容易に発明をすることができたものではないなどの意見を述べた。
ウ 審査官は,平成17年12月6日付け(同月8日発送)で,本件拒絶理由通知書に記載された理由により本件拒絶査定をした。
本件拒絶査定に係る書面には,備考として,「出願人は意見書において,本願発明はプロトコルの判定においてテンプレートマッチングを用いた点において引用文献との差異を主張するが,…プロトコルに応じて特有なフォーマットを有する信号の検出においてテンプレートマッチングを用いることは設計的事項にすぎず,例えば特開平11-41317号公報(判決注:審決周知例である。)の従来技術の欄(段落【0006】~【0007】)にも,ビットパターンの比較に基づいてプロトコルを判別する技術が記載されており,ビットパターンの比較はテンプレートマッチングの一形態であることは当業者に自明な事項である。」との記載があった。
エ 本件拒絶査定を受けた原告は,平成18年3月8日,本件審判請求をするとともに,同年5月25日,本件審判請求理由書を提出した。
原告は,本件審判請求理由書において,引用文献1ないし5及び審決引用例のそれぞれについて,本件意見書におけるのと同旨の主張を繰り返すとともに,審決周知例の開示内容をも摘示した上,引用文献1ないし5,審決引用例及び審決周知例のいずれにも本願発明の構成(ホスト装置により通信のために使用されているプロトコルとフレーミングとを決定し,検出されたボー・レートにおける決定されたプロトコルとフレーミングとを用いて通信するよう遠隔装置を設定すること)についての記載又は示唆がないこと,プロトコルとフレーミングとが別個の概念であり,プロトコルの自動決定が公知の技術であるとしても,そのことがフレーミングの決定の構成を示唆するものではないことなどを理由に,本願発明は,引用文献1ないし5,審決引用例又は審決周知例のいずれか1つに記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではなく,また,これらの刊行物に記載された事項をどのように組み合わせることによっても,当業者が容易に発明をすることができたものではないなどと主張した。
オ 審判官は,原告に対し,平成20年7月上旬ころ,本願発明の「フレーミング」の意味,本願発明と審決引用例に記載された発明との相違点等について本件照会をし,これを受けた原告は,同月18日,本件回答書をファクシミリで送信した。
原告は,本件回答書において,本願発明の「フレーミング」について説明するとともに,審決引用例に記載された受信機の自動設定の手順を図5に基づいて摘示した上,本願発明と審決引用例に記載された発明との相違点につき,前者が信号のサンプルを受信側へ送信し,信号のサンプルの受信信号からテンプレート・マッチングによってボー・レート,プロトコル及びフレーミングを判別するものであるのに対し,後者は信号のサンプルではなく2つの特定コードを実データの送信に先立って送信するものであり,信号のサンプルの受信信号からボー・レートを検出すること並びにプロトコル及びフレーミングを決定することを行わないものである点を指摘した。
カ 審判合議体は,平成20年8月26日,審決引用例を主引用例とした上,本願発明は審決引用例に記載された発明(引用発明)及び審決周知例に記載された周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとして,本件審判請求は成り立たないとの本件審決をした。
(2) 審査段階における実質的な拒絶理由通知の有無
上記(1)のとおり,本件拒絶理由通知は,本件補正前の請求項1に係る発明が,審決引用例を含む6つの刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであることを拒絶の理由とするものであった。
これに対し,原告は,本件拒絶理由通知書発送の日の約半年後に,主として「テンプレート・マッチング」に係る本件補正を行った上,同補正の日に提出した本件意見書において,これらの刊行物のそれぞれにつきその開示内容を摘示した上,いずれの刊行物にも本願発明の構成(テンプレート・マッチング)についての記載又は示唆がないから,本願発明は,これらの刊行物のいずれか1つに記載された事項に基づいた場合であっても,また,これらの刊行物に記載された事項を組み合わせた場合であっても,当業者が容易に発明をすることができたものではないなどの意見を述べ,さらに,本件拒絶理由通知書の発送の日の約1年4か月後に提出した本件審判請求理由書においても,審決周知例に係る主張を付加するほかは,本件意見書に記載した意見と同旨の主張を繰り返すなどしたというのであるから,当業者である原告は,本件拒絶理由通知に対する意見書の提出期間内に,審決引用例に記載された発明の内容並びに本願発明と審決引用例に記載された発明との一致点及び相違点について十分検討し,また,当該相違点に係る構成の容易想到性に関しても,周知事項等に係る上記(1)アの記載をも参考にしながら,この点について十分検討した上,これらの各点についての反論を行うための十分な機会を与えられたものと認めるのが相当である。
そうすると,本件拒絶理由通知は,本件補正前の請求項1に係る発明が審決引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであることを理由とするものとして,適法な拒絶理由の通知であったというべきであるから,審査段階において拒絶理由の通知が実質的にされていないとの原告の主張を採用することはできない。
この点に関し,原告は,本件意見書を提出した段階においては,副引用例とされた審決引用例に焦点を当てた深い検討をしておらず,また,本件照会があるまで審決引用例に焦点が当てられたことはなく,本件審決がされた段階において初めて,審決引用例等に基づいて本件出願が拒絶されたことを知ったと主張するが,本件拒絶理由通知書の記載(上記(1)ア)をみても,審決引用例は,6番目の引用文献として掲げられていたものではあっても,これが主引用例ではなく副引用例にすぎないとされていたものではないし,現に,原告は,本件意見書において,審決引用例を主引用例とした場合であっても,本願発明が審決引用例に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないとの主張をしていたところであり,また,原告は,その主張に係る「深い検討」が十分可能であったはずである本件拒絶理由通知書発送の日の約1年4か月後に提出した本件審判請求理由書においても,本件意見書における意見と同旨の主張を繰り返すなどしたにすぎないというのであるから,原告の主張は理由がない。
(3) 本件審決及び本件拒絶査定の理由の異同
上記(1)のとおり,本件拒絶査定は,本件拒絶理由通知書に記載された理由を拒絶理由とするものであるほか,同査定に係る書面には,備考として,原告が主張する本願発明と審決引用例等に記載された発明との相違点(テンプレート・マッチングの有無)につき,審決周知例を引用して,これが設計的事項にすぎないなどと記載されていたところ,上記(2)において説示したところも併せ照らすと,結局,本件拒絶査定は,本願発明が審決引用例に記載された発明及び審決周知例に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであることを理由とするものであったというべきであるから,本件審決の拒絶理由と本件拒絶査定の理由とが異なるということはできない。
この点に関し,原告は,本件拒絶査定が主引用例を引用文献1,副引用例を引用文献2ないし5及び審決引用例とするものであったと主張するが,そのようにいうことができないことは,上記(2)において説示したとおりである。
また,原告は,本件照会が審決周知例に言及するものでなかったとも主張するが,本件拒絶査定が既に審決周知例を引用していたことは上記のとおりであるから,原告の主張は,本件審決の拒絶理由と本件拒絶査定の理由とが異なるものではないとの上記結論を左右するものではない。
(4) 小括
したがって,取消事由8は理由がない。
10 結論
以上の次第であるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,原告の請求は棄却されるべきものである。
(裁判長裁判官 滝澤孝臣 裁判官 本多知成 裁判官 浅井憲)