知財高等裁判所 平成21年(ネ)10012号 判決 2010年2月24日
平成21年(ネ)第10012号 特許権侵害差止等請求控訴事件(原審・東京地裁 平成17年(ワ)第21408号。以下,株式会社日立製作所控訴に係る部分〔東京地裁 平成21年(ワネ)第128号〕を「A事件」,株式会社安川電機控訴に係る部分〔東京地裁 平成21年(ワネ)第116号〕を「B事件」という)
A事件控訴人・B事件被控訴人
株式会社日立製作所
(一審原告)
訴訟代理人弁護士
飯田秀郷
同
栗宇一樹
同
早稲本和徳
同
和氣満美子
同
大友良浩
同
隈部泰正
同
戸谷由布子
同
辻本恵太
補佐人弁理士
沼形義彰
同
西川正俊
A事件被控訴人・B事件控訴人
株式会社安川電機
(一審被告)
訴訟代理人弁護士
松尾和子
訴訟代理人弁理士
大塚文昭
同
近藤直樹
訴訟代理人弁護士
高石秀樹
同
奥村直樹
補佐人弁理士
竹内英人
同
那須威夫
主文
1 本件各控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は各自の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 A事件(控訴人株式会社日立製作所)
(1) 原判決を次のとおり変更する。
(2) 一審被告は,一審原告に対し,18億0463万円及びこれに対する平成17年10月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも,一審被告の負担とする。
2 B事件(控訴人株式会社安川電機)
(1) 原判決中,一審被告敗訴部分を取り消す。
(2) 一審原告の請求を棄却する。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも,一審原告の負担とする。
第2事案の概要
【以下,略称は原判決の例による。】
1 一審原告は,下記のとおりの各特許権を有していた。
記
(1) 特許権1
登録番号 特許第2580101号
発明の名称 誘導電動機制御システムの制御演算定数設定方法
出願日 昭和59年3月2日
登録日 平成8年11月21日
期間満了 平成16年3月2日
(2) 特許権2
登録番号 特許第2765315号
発明の名称 電力変換装置及びこれを利用した電気車の制御装置
出願日 平成3年11月18日
登録日 平成10年4月3日
(3) 特許権3
登録番号 特許第1751443号
発明の名称 電圧形インバータの制御装置及びその方法
出願日 昭和60年12月6日
登録日 平成5年4月8日
期間満了 平成17年12月6日
(4) 特許権4
登録番号 特許第3231553号
発明の名称 インバータ制御装置の制御定数設定方法
出願日 昭和61年5月9日
登録日 平成13年9月14日
期間満了 平成18年5月9日
2 一方,一審被告は,誘導電動機(モータ)をベクトル制御するためのインバータである被告製品(1)~(5)を,概ね下記のとおりの内容で,製造販売してきた(詳細は原判決記載のとおり)。
記
・ 被告製品(1) Varispeed G7シリーズ(200V級)
販売開始 平成13年4月
・ 被告製品(2) Varispeed G7シリーズ(400V級)
販売開始 平成13年4月
・ 被告製品(3) Varispeed F7シリーズ
販売開始 平成13年4月
・ 被告製品(4) VARISPEED 616G5シリーズ
販売開始 平成7年7月
・ 被告製品(5) 汎用ベクトル制御ドライブ Varispeed 676VG3シリーズ
販売開始 平成2年10月
販売終了 平成16年9月
3 本件訴訟は,被告製品(1)~(5)が一審原告の前記特許権1~4を侵害するとして,一審被告に対し,その製造販売禁止等と損害賠償等を求めたものであるが,その後の訴え変更等を経た原審口頭弁論終結時(平成20年10月3日)における一審原告の本訴請求の内容は,一審被告の製造販売等する被告製品(1)~(5)は一審原告の有する前記特許権1・3・4を侵害することによる,不法行為に基づく損害賠償金又は不当利得金の内金20億円(内訳は後記のとおり)及びこれに対する訴状送達の翌日である平成17年10月25日から支払済みまで年5分の割合による法定利息又は遅延損害金の支払を求めたものである。
なお,特許権1・3・4と被告各製品(カッコ内は販売時期)との請求対応関係は下記のとおりである。
記
file_2.jpgSERED eared ears pen) | date) | abet) 351914— 28910175975 19020523998 11444 4n9712 A 2187910 nil ULES 2 OF)4 平成20年12月24日になされた原判決は,①特許権1の請求項1は特許法29条1項3号(新規性)に違反するので無効である,②被告製品(1)~(4)は特許権4(請求項1)の要件を充足せず,かつ同項は特許法29条2項(進歩性)に違反するので無効である,③被告製品(5)は特許権3の要件を充足し,かつ一審被告には先使用権による通常実施権(特許法79条)は認められない,として,本訴請求のうち,上記③に基づく損害賠償又は不当利得金8373万円(平成7年11月1日から平成14年10月末日までの分は不当利得金,平成14年11月1日から平成16年9月末日までの分は損害賠償金)及びこれに対する訴状送達の翌日である平成17年10月25日から支払済みまで年5分の割合による法定利息又は遅延損害金(不当利得分は法定利息,損害賠償分は遅延損害金)の支払を求める限度で認容し,その余の請求を棄却した。そこで,これに不服の当事者双方が本件各控訴を提起した。
5 B事件として控訴を提起した一審被告は本訴請求の全部棄却を求めたものであるが,A事件として控訴を提起した一審原告は,当審に至り各特許権及び被告製品毎の請求額を明示した(特許権3と被告製品(5)に関する部分を8373万円としたのは一部控訴の趣旨である)。
記
file_3.jpgRHEL hems wes apes) | Germ) | Ge) eA a7eins | 476155 (a3.i~% | 957A) 957m qt) ae6 当審における争点は,
(1) ① 特許権1に進歩性欠如の無効理由があるか。
② 特許権4(請求項1)の定める要件を被告製品(1)~(4)は充足するか(なお,一審被告は当審に至り,上記特許権に無効理由がある旨の主張を撤回した)。
③ 特許権3(請求項1)に関し,一審被告は先使用に基づく通常実施権を有するか,及び損害賠償又は不当利得の金額。
である。
(2) もっとも,上記争点①は,本件口頭弁論終結日(平成21年12月24日)以後に本件特許権1(請求項1)について無効審決が確定した(後記平成21年(行ケ)10063号事件につき申立人たる一審原告が平成22年1月13日上告受理申立てを取り下げた〔当裁判所に顕著な事実〕)ので,実質的な争点ではなくなった(ただし,口頭弁論終結後の事情であるので,後記のとおり当裁判所の判断を示した)。
7 なお,一審原告から原審に本件訴訟が提起されたのは平成17年10月14日であるが,これに対抗するため一審被告から特許権1・2・3・4に対し無効審判請求が提起され,その審決の結論に不服の当事者双方から数多くの審決取消訴訟が提起されたが,その事件番号の概要は下記のとおりである(全て終局)。
記
file_4.jpg第3当事者の主張
当事者双方の主張は,次のとおり付加するほか,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」記載のとおりであるから,これを引用する。
1 一審原告(A事件控訴人・B事件被控訴人)
(1) 特許権1に関する主張
ア 特許権1は無効理由を有しないこと
(ア) 第2回補正は要旨変更補正でない
a 原判決は,平成5年8月10日付け手続補正(第2回補正)につき,「…当初明細書には,制御装置の制御対象を『変換器の出力電流』とするものだけが記載されていたものであり,『変換器の出力電圧』を制御対象とするものは記載も示唆もされておらず,当業者に自明でもなかったものと認めるべきであり,第2回補正は,制御装置の制御対象を,当初明細書に記載された『変換器の出力電流』から,『変換器の出力量』すなわち『変換器の出力電流』又は『変換器の出力電圧』に補正するものであり,演算の基礎を,『電流指令信号と出力電圧検出値』から,『電圧指令信号と出力電流検出値』も含むものに補正するものであり,明細書の要旨を変更するものであると認められる。」(108頁3行~10行)と判断した。
しかし,原判決の上記判断は誤りである。これは同じく特許権1の新規性欠如(要旨変更補正)が争点となった無効2005-80360号事件について,平成19年6月12日になされた審決の取消しを求めた知的財産高等裁判所平成19年(行ケ)第10261号事件においてなされた判決(乙131,平成20年4月28日言渡し)が,要旨変更補正を否定したことからも明らかである。
b 上記判決において,知財高裁は,出願当初の「出力電流」が3つの態様を包含する「変換器の出力量」へと補正されたのが要旨変更補正である旨の原告(一審被告)の主張に対し,以下のように判断した。
「しかし,この原告の主張は,補正後の『変換器の出力量』を,制御装置が直接に制御する対象として認識したことに基づくものであるところ,上記のとおり,補正後の『変換器の出力量』は制御装置が直接制御する対象ではなく,交流電動機の駆動に供されるものであると共に交流電動機の電動機定数を測定演算するためのものであるから,原告の上記主張は採用することができない。」(65頁)
さらに,一審被告が,当初明細書に開示された電動機の電動機定数を測定演算する態様は,「変換器によって制御された出力電流および該出力電流を電動機に供給した際に発生する電動機電圧に基づいて演算するもの」であり,①変換器によって制御された出力電流のみに基づいて演算する態様と,②変換器によって制御された出力電圧のみに基づいて演算する態様については記載も示唆もなく,また自明な事項でもない旨主張したことに対し,知財高裁は,以下のように判断した。
「しかし,ここでの原告主張も,補正後の『変換器の出力量』を制御装置が直接に制御する対象とすることを前提とするものであるところ,これを採用することができないことは既に上記で検討したとおりである。」(65頁)
さらに,知財高裁は,審決が,「ω1=0且つωs=0,あるいはω1=ωsである回転停止条件を設定することにより,式(8)等の,v1d,i1d,すなわち測定演算可能な値のみで電動機定数を演算できる式を求め,この式を用いて電動機定数を演算測定する方法の発明が記載されていた」と認定したことについて,以下のように判断した。
「上記審決の認定については,出願当初の明細書又は図面には,直交回転座標系(dq軸)で表した(5)式の電圧方程式(甲2の1,3頁右上欄13行~15行)に対して,『ω1=0且つωs=0,あるいはω1=ωsである回転停止条件を設定すること』(甲2の1,3頁左下欄13行~14行〔数式を1行と数える〕,3頁右下欄3行~4行,4頁左上欄1行,4頁左上欄14行)を基本的要件として,演算可能なv1d(甲2の1,3頁左下欄(7)式),i1d(3頁左下欄17行~18行)に基づいて電動機定数を求めることが示されているものと認められるから,出願当初の明細書には,『「所定の周波数及び位相」に制御して電動機に供給する「電流」とその際に発生する「電動機電圧と前記電流」に基づいて測定すると限定されていた』ものとは認められず…」(66頁~67頁)。
c 以上の知財高裁判決の判示事項にあるとおり,平成5年8月10日付け第2回補正による「変換器の出力量」を,制御装置の直接の制御対象であることを前提とした原判決の上記判断が誤っていることは明らかであり,原判決が,第2回補正が要旨変更に当たるとした判断は誤りであって,要旨変更補正は存在しない。
(イ) 進歩性欠如の無効理由はない
a 一審被告は,乙11には,固定子抵抗rsの測定条件として固定子周波数が静止している条件を予め設定すること,すなわち予め定めた「固定子周波数が静止」(本件発明1におけるω1=0)という「回転停止」となる条件設定を行うことが記載されている(乙11,16頁右上欄16行~左下欄5行)とともに,ω1=0の条件に近接する予め定めた下部周波数領域において「固定子抵抗を予め設定するためには,e’j1=0となるまで,パラメータ値rsが変られねばならない。」ことも記載されている(乙11,15頁右下欄11行~19行)から,「回転停止となる予め定めた指令信号を出力」する手段が開示されていると主張する。
しかし,一審被告が引用する,乙11の16頁右上欄16行~左下欄5行には,「しかしながら,固定子周波数が静止しているときにも,固定子電流を記憶させ,e’=0となるようにパラメータrsを調節してもよい。」と記載されているにすぎない。同部分で,「固定子周波数が静止しているとき」について説明はしているが,そのような静止状態をどのように実現するかという手段については全く記載がない。「e’=0となるようにパラメータrsを調節」した結果,調節されたパラメータrsは,求める対象の固定子抵抗値であって,e’=0とすることによって固定子周波数を静止させることはできない。
また,乙11の15頁右下欄11行~19行は,運転中に発生する制御対象のパラメータ変化を検出して制御装置を最適に自動調整する方法であるオンラインチューニングに関する記載であって,本件発明1(2訂)が対象とするベクトル制御前に電動機定数を測定演算するというオフラインチューニングに関するものではない。
さらに,本件発明1(2訂)の思想は,個別の電動機定数の測定原理にあるのではなく,「1次抵抗r1」の測定条件にそれぞれ制御するために予め定めた回転停止となる予め定めた指令信号を測定条件毎に出力するか否は,本件発明1(2訂)の進歩性の検討において重要ではない。重要なのは,本件発明1(2訂)では,電動機をベクトル制御する時に使用する制御システム(変換器,制御装置)を共用することとし,オフラインチューニングとして(ベクトル制御する前に),当該制御装置内に備える電動機定数演算手段から,ベクトル制御する指令信号に代替する指令信号を,測定演算しようとする電動機定数毎に測定条件に応じて回転停止となる予め定められた指令信号として出力するように構成している点である。つまり乙11発明との相違点1・2として一審原告が指摘している点が進歩性判断においては重要である。
b また,一審被告は,乙11の漏れインダクタンスの測定が拘束試験によるものであったとしても,それを回転停止となる信号として与えるように構成することは,具体的には印加電圧を低く(いいかえれば固定子電流を小さく)し電流を小さくして電動機のトルクをより小さくすればいいことは,当業者には技術常識であり(乙156~158),乙11の漏れインダクタンスの測定が機械的拘束によるものであったとした場合でも,機械的拘束を削除するために予め定めた高い周波数で印加する際の印加電圧を小さくし,回転停止となる指令信号にすることによって測定演算するようにすることは容易であったと主張する。
しかし,乙11の16頁,左上欄10行~14行には,「このためには回転子は,固定子電流が高い周波数(特に定格周波数の50%以上)で運転している間拘束される。これにより,磁化電流成分i’φが殆んど零である間は,負荷角度は殆んど90°となる。」と記載されている。すなわち,当該記載は「高い周波数(特に定格周波数の50%以上)」という条件の周波数を誘導電動機に供給し,その状態で「運転している間拘束」したことによる結果として,誘導電動機に流れる電流が「磁化電流成分i’φが殆んど零」となる,ということを説明したものである。すなわち,乙11では「磁化電流成分i’φが殆んど零」とするために,「高い周波数(特に定格周波数の50%以上)で運転している間拘束」するものであり,ここには「磁化電流成分i’φを殆ど零とするような指令信号」の記載は無く,「磁化電流成分i’φが殆ど零」となるのは指令信号ではなく,結果の状態である。よって,乙11には「高い周波数(特に定格周波数の50%以上)であり,かつ,磁化電流成分i’φを殆ど零とするような指令信号」の記載はなく,一審被告の主張は誤りである。
(ウ) 記載不備の無効理由はない
a 一審被告の主張は,「変換器の出力量」を制御装置が直接に制御する対象として認識したことに基づくものであるところ,「変換器の出力量」は制御装置が直接制御する対象ではなく,交流電動機の駆動に供されるものであると共に交流電動機の電動機定数を測定演算するためのものであるから,出力量についての一審被告の主張は理由がない。
本件発明1(2訂)の記載は,電動機定数を測定演算する方法については,「演算手段から制御装置に電動機の一つの定数の測定条件に応じた回転停止となる指令信号を出力し,該指令信号に従い前記制御装置により前記変換器の出力量を制御し,前記電動機に交流あるいは直流を供給し,その際における前記変換器の前記測定条件下における出力量を前記演算手段に入力し,該入力した前記出力量に基づいて前記演算手段により前記電動機の電動機定数を測定演算」するものと記載されている。この記載によれば,演算に用いる出力量は,「演算手段から制御装置に電動機の一つの定数の測定条件に応じた回転停止となる指令信号を出力」した状態での変換器の出力量を意味することは明らかである。そして,「変換器の出力量」は,変換器の出力端での値,すなわち,変換器の出力端で測定可能な「出力量」を意味するものであるから,該「出力量」は,電動機に誘起される電圧または電流と同じ値である,電動機入力端における電圧または電流である。したがって,この「出力量」は,電動機の特性に関係なく測定可能な値であって,一審被告が主張するような,この「出力量」によっては,電動機に誘起される電圧または電流を測定し得ないものということはできず,電動機定数を測定することが原理的に不可能なものということはできない。したがって,この「出力量」は,電動機の特性に関係なく測定可能な値である。
b また,一審被告は,特許請求の範囲の記載である「ベクトル制御する制御装置」が記載不備であるとするが,電動機定数演算のためには,電動機定数演算手段から制御装置に回転停止となる指令信号を出力しているときに,演算手段に入力する変換器の出力量が前記指令信号と特定の関係にあることを要しないので,「ベクトル制御する制御装置」が何を制御するものであっても,そのことによって特許発明の実施ができないということではない。すなわち,変換器の出力量が得られれば電動機定数を演算できるのであるから,「電動機をベクトル制御する制御装置」に「回転停止となる指令信号を出力」し,「変換器の出力量を制御し」,という請求項1の記載により電動機定数演算のための変換器出力量を得るときにおける制御状態が回転停止であることを特定しているので,「回転停止となる指令信号を出力」しているときの「変換器の出力量」を用いて行う電動機定数演算のための構成が不明となるものでもなく,特許請求の範囲が,発明の詳細な説明の項に記載された発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載したものでないということはできない。電圧形インバータに対して,制御装置のACRに電流指令を入力する制御方法であっても,制御装置を構成するACRからは電圧指令が出力されるのであり,一審被告の主張するように,「ベクトル制御する制御装置」にとって電圧指令信号に従い変換器の出力量を制御することは全く想定されていない,などとすることはできない。
c さらに一審被告は,電動機定数(「r2’」および「l1+l2’」)を測定する際の指令信号によって交流を電動機に供給しても,電動機を回転停止とすることができず,電動機定数を測定することができないと主張するが,一般に誘導電動機に3相交流電力が供給され定常状態になりさえすれば,一般的に本件発明1(2訂)の明細書に記載された,以下の(5)式が成立する。
file_5.jpgom Filam @ (1 +L hyg— Ming ol tly
ここで,d軸をγ軸と一致させるように制御すると,d軸を巻線軸とするd巻線に流れる電流idは,d軸すなわちγ軸方向に磁束を発生させるから,励磁電流IMに等しくなる。また,これに直交するq軸を巻線軸とするq巻線に流れる電流iqは,q軸すなわちδ軸方向に磁束を発生させ,回転子に生じた起磁力を打ち消すようになるから,トルク電流ITに等しくなる。
つまり,①回転子のδ軸の磁束鎖交数を0に制御し,②回転子の磁束鎖交数を一定値に保つと,発生トルクが固定子のδ軸電流i1δに比例することになる。このような関係が成立するようにするためには,すべり周波数ωsを,
file_6.jpg(24)
と制御する必要がある。すなわち,すべり角周波数をこの式に基づいて決定すれば,回転子のδ軸の磁束鎖交数を0,つまり,γ軸とd軸(δ軸とq軸)を常に一致させることができる。
以上のとおり,本件発明1(2訂)の(24)式に従ったすべり角周波数を,誘導電動機定数であるT2を用いて演算して決定することにより,回転子のδ軸の磁束鎖交数を0,つまり,γ軸とd軸(δ軸とq軸)を常に一致させることができる。このような制御をすることによって,①回転子のδ軸の磁束鎖交数を0に制御し,②回転子の磁束鎖交数を一定値に保つことができ,発生トルクが固定子のδ軸電流iδ1に,すなわちトルク電流ITに比例するようになる。この場合,トルク電流ITとq軸電流iqは等しくなる。
上記(24)式の関係は,誘導電動機がベクトル制御されてiqがトルク電流itに,idが励磁電流imに一致したときに初めて成立するものであるから,一審被告の主張は失当である。
一審被告が主張する,等価回路を用いる別の観点からの主張(測定条件に応じた回転停止となる指令信号)も,ベクトル制御時の等価回路に基づき主張するものであって,同様に成り立たない。
イ 被告製品(1)~(3)は本件発明1(2訂)の構成要件を充足すること
原判決は,本件特許権1の無効理由についてのみ判断し,被告製品(1)~(3)の本件発明1(2訂)の構成要件充足性について判断していない。被告製品(1)~(3)の実施する対象方法1が本件発明1(2訂)の構成要件を充足することについては原審で主張したとおりであるが,以下のとおり付加的に主張する。
(ア) 対象方法1の構成の特徴1-a-1
交流電源(S)から入力される交流電圧を直流電圧に変換するコンバータ(a-1)で直流電圧に変換し,この変換された直流電圧を平滑化する平滑コンデンサ(a-2)及び,平滑化された直流電圧を可変電圧,可変周波数の交流電圧に逆変換してモータ(M)に供給するインバータ(a-3)からなる主回路構成部を有する。
(イ) 構成の特徴1-a-2
一審原告は,次の構成の特徴1-a-2を主張している。
1-a-2 主回路構成部から出力される(#21)交流電圧の出力量(#21)を,制御回路構成部(C)上のメモリ(c-2)内に格納されたモータを制御するためのベクトル制御機能を奏するモータ制御プログラムをCPU(c-1)で実行することにより,インターフェイス(c-3)を経由して,ゲート回路構成部のゲートドライブ回路(b-2)にPWM信号を送出することによりインバータ(a-3)を制御することによって,誘導電動機であるモータ(M)をベクトル制御するゲート回路構成部及び制御回路構成部からなる装置を備えたベクトル制御汎用システムである。
一方,一審被告は,前記#21で挟まれる箇所は「交流の出力電流」であると主張している。
上記構成の特徴1-a-2の「インバータ(a-3)」は,本件発明1(2訂)の「変換器」に,前者の「モータ」は後者の「誘導電動機」にそれぞれ相当する。そして,主回路構成部(C)からゲートドライブ回路(b-2)に対して出力される制御信号は,PWM信号であること,このPWM信号が,インバータ(a-3)(変換器)を構成するスイッチング素子のゲートにゲート信号として入力され,スイッチング素子を制御することにより,インバータ(変換器)の出力はこのPWM信号に応じた出力となり,これによってモータをベクトル制御するから,モータをベクトル制御する制御装置を備えた誘導電動機制御システムであることは当事者間に争いはない。
してみると,#21で挟まれる箇所が「交流の出力電流」であるか否かは,構成要件1-A-2との充足性の観点からは無意味であるから,構成の特徴1-a-2は,次のように言い換えることができる。
1-a-2 前記インバータの出力量を制御して前記モータをベクトル制御する制御装置を備えたモータ制御システムである。
(ウ) 構成の特徴1-b
一審原告は,次の構成の特徴1-bを主張している。
1-b 前記ゲート回路構成部及び制御回路構成部からなる装置に,モータ(M)をベクトル制御する前に,前記ベクトル制御機能を奏するモータ制御プログラムとは別のオートチューニング機能を実行するプログラムの命令により,(#22)線間抵抗及び漏れインダクタンスの測定条件にそれぞれ制御するために予め定められた指令信号を出力して,モータの電動機定数を自動的に測定演算するモータ定数演算手段を有する(#22)。
一審被告は,#22で挟まれる箇所は,「線間抵抗の測定条件に制御するために予め定められた指令信号である直流電流指令(I1*)を制御装置(内のd軸電流アンプ)に出力し(この間は「その際における」〔構成要件1-F〕には相当しない),その後,直流電流指令は制御装置(内のd軸電流アンプ)から切り離され,以後は制御装置(内のd軸電流アンプ)が独自に固定の直流電圧指令V1*を出力し(この間が「その際における」に相当する),また,漏れインダクタンスの測定条件に制御するために予め定められた指令信号である交番電圧指令(V1*)(電流指令I1*は存在しない)を制御装置(この時,ベクトル制御装置ではない)に出力して,モータの電動機定数を自動的に測定演算するモータ定数演算手段を有する」と変えられるべきであると主張する。
しかしながら,①固定子抵抗値(線間抵抗)の測定演算の際には,モータ(M)の固定子巻線に直流を供給することが測定条件であり,そのために予め定められた指令信号である回転停止となる直流電流指令(I1*)を制御装置(内のd軸電流アンプ)に出力し,これに基づいて直流電圧指令V1*を出力してモータ(M)の固定子巻線に直流を供給し,固定子抵抗の測定演算の条件が整えられていること,②漏れインダクタンスの測定演算の際には,モータ(M)の固定子巻線に回転停止となる予め定められた指令信号である交番電圧指令(V1*)を出力して,モータ(M)の固定子巻線に交番磁界が生じる交流を供給し,漏れインダクタンスの測定演算の条件が整えられていること,③いずれの場合にも,予め定められた指令信号はモータ定数演算手段から出力されていることから,これらをまとめて,「(#22)線間抵抗及び漏れインダクタンスの測定条件にそれぞれ制御するために予め定められた指令信号を出力して,モータの電動機定数を自動的に測定演算するモータ定数演算手段を有する(#22)」とすることができる。一審被告は,構成の特徴1-bの「その際における」に関し,直流電流指令(I1*)の出力は「その際」ではなく,固定の直流電圧指令V1*を出力している間が「その際」であると主張している。しかしながら,構成要件1-Fが規定する「その際」とは,複数の電動機定数の一つの定数を測定演算する際を意味することは文言上明らかであり,構成の特徴1-bにおいても,固定子抵抗の測定演算をする際に,直流電流指令(I1*)の出力も,固定の直流電圧指令V1*の出力もなされるから,いずれも,「固定子抵抗という一つの定数を測定演算する際」つまり「その際」に出力されているということができる。
また,一審被告は,構成の特徴1-bの漏れインダクタンスの測定演算の際には,電流指令I1*は存在しないと主張するが,予め定められた指令信号である交番電圧指令(V1*)を出力している以上,電流指令I1*の有無は関係がないというべきである。
さらに一審被告は,構成の特徴1-bの漏れインダクタンスの測定演算の際には,制御装置はベクトル制御装置ではないと主張するが,構成要件1-A-2が規定する「ベクトル制御する制御装置」とは,ベクトル制御をすることができる制御装置を意味し,ベクトル制御をする前には,当該制御装置はベクトル制御しないが,「ベクトル制御する制御装置」である。対象方法1の制御装置も,対象方法1の実行の後,ベクトル制御をするための制御装置であるから,制御装置はベクトル制御装置ではない,との主張は誤りである。
したがって,構成の特徴1-bに関して,一審被告の主張する内容として認定する必要はない。
(エ) 構成の特徴1-f
一審原告は,次の構成の特徴1-fを主張している。
1-f 線間抵抗を測定する際における前記主回路構成部のオートチューニング機能を実行するプログラムに基づく線間抵抗測定条件下における出力電流(IFB)を検出測定して制御回路構成部のメモリに記録し,CPU(c-1)においてオートチューニング機能を実行するプログラムに引き渡して入力し,(#23)その出力量である出力電流(IFB)及びそれにより発生する誘導電動機の出力電圧(前記電流指令に基づいて電圧指令が生成されて変換器から出力された電圧に等しい。)に基づいて,同プログラムは,CPUによりモータ(M)の線間抵抗を測定演算し(#23),漏れインダクタンスを測定する際における前記主回路構成部のオートチューニング機能を実行するプログラムに基づく漏れインダクタンス測定条件下における出力電流(IFB)を検出測定して制御回路構成部のメモリに記録し,CPU(c-1)においてオートチューニング機能を実行するプログラムに引き渡して入力し,(#24)その出力量である出力電流(IFB)及びそれにより発生する誘導電動機の出力電圧(前記電流指令に基づいて電圧指令が生成されて変換器から出力された電圧に等しい。)に基づいて同プログラムはCPUによりモータ(M)の漏れインダクタンスを測定演算する(#24)。
一審被告は,#23で挟まれる箇所は,「その出力量である出力電流(IFB)及び電圧指令値(変換器から出力された電圧と等しくない。)に基づいて同プログラムはCPUによりモータ(M)の線間抵抗を測定演算し」と変えられるべきである,また,#24で挟まれる箇所は,「その出力量である出力電流(IFB)及び電圧指令値(変換器から出力された電圧と等しくない。)に基づいて同プログラムはCPUによりモータ(M)の漏れインダクタンスを測定演算する」と変えられるべきであると主張する。構成の特徴1-b及び1-fに関する一審被告の主張は,固定子抵抗の測定に関しては次のことを前提としている。
① 予め定められた指令信号である直流電流指令(I1*)を制御装置(内のd軸電流アンプ)に出力するが,その後,直流電流指令は制御装置(内のd軸電流アンプ)から切り離され,以後は制御装置(内のd軸電流アンプ)が独自に固定の直流電圧指令V1*を出力している。
② この固定の直流電圧指令V1*は,変換器から出力された電圧と等しくない。
上記①についてみると,「予め定められた指令信号である直流電流指令(I1*)を制御装置(内のd軸電流アンプ)に出力する」から,直流電流指令に従って電流が制御される。このとき電流アンプからは電動機電圧(抵抗降下相当)に比例の直流電圧指令が出力される(電圧指令に比例して変換器出力電圧が制御されるため,必然である)。そして,「その後,直流電流指令は制御装置(内のd軸電流アンプ)から切り離され,以後は制御装置(内のd軸電流アンプ)が独自に固定の直流電圧指令V1*を出力している」から,上記により電流を電流指令値近くに制御して後,電流アンプの出力V1*をホールド(保持固定)する。このとき,V1*は上記前段における終期値が保持される。また,V1*が固定されるため,電流も変化しない。
よって,仮に対象方法1が上記①のようなものであったとしても,電流アンプの出力V1*の固定によっては,変換器出力電圧,電流(電動機電圧,電流)は変化せず,したがって,1-fの出力量は,1-eにおける出力量に等しい(等価)。
次に,前記②についてみると,直流電流指令(I1*)を制御装置(内のd軸電流アンプ)に出力し,その後,直流電流指令は制御装置(内のd軸電流アンプ)から切り離し,以後は制御装置(内のd軸電流アンプ)が独自に固定の直流電圧指令V1*を出力するとしても,電圧指令V1*によりインバータの出力電圧を制御する以上,変換器の出力電圧(すなわち誘導電動機の電圧)の大きさ(最大値,平均値あるいは実行値の各大きさ)は電圧指令V1*の大きさ(最大値,平均値あるいは実行値の各大きさ)に等しくなる。
以上によれば,構成の特徴1-fにおいて,直流電圧指令V1*の大きさは,変換器から出力された電圧の大きさに等しいものであり,その固定子抵抗の測定演算について,「(#23)その出力量である出力電流(IFB)及びそれにより発生する誘導電動機の出力電圧(前記電流指令に基づいて電圧指令が生成されて変換器から出力された電圧に等しい。)に基づいて,同プログラムは,CPUによりモータ(M)の線間抵抗を測定演算し(#23)」とすることができる。一審被告の主張は誤りである。
(オ) 構成の特徴1-b,1-fに関する補足
構成の特徴1-b及び1-fに関する一審被告の主張は,漏れインダクタンスの測定に関しては次のことを前提としている。
③ 予め定められた指令信号である交番電圧指令(V1*)を出力するが,電流指令I1*は存在しない。
④ この交番電圧指令(V1*)は,変換器から出力された電圧と等しくない。
しかし,上記③のように,電流指令I1*が存在しないとしても,構成要件1-Fの充足性には全く関係しない。
また,上記④についても,前記のとおり,電圧指令V1*によりインバータの出力電圧を制御する以上,変換器の出力電圧(すなわち誘導電動機の電圧)の大きさ(最大値,平均値あるいは実行値の各大きさ)は電圧指令V1*の大きさ(最大値,平均値あるいは実行値の各大きさ)に等しくなるから,一審被告の主張は成り立たない。
(カ) 小括
上記のとおり,対象方法1の構成の特徴1-aないし1-hは,一審原告が主張する通り認定されるべきであるから,それらがそれぞれ構成要件1-Aないし1-Hを充足することは明らかである。
(キ) 間接侵害該当性
被告製品(1)・(2)においてベクトル制御運転をする場合には,その前にオートチューニング機能1又はオートチューニング機能2をあらかじめ実行する必要がある。
また,被告製品(3)においてベクトル制御運転をする場合には,その前にオートチューニング機能1,オートチューニング機能2又はオートチューニング機能3をあらかじめ実行する必要がある。
一審被告は,「ベクトル制御で使用する場合においても,複数台のインバータを購入したユーザ,あるいは以前にも購入しているユーザは,オートチューニングを行わず,最初の1台のみオートチューニング(あるいは以前にオートチューニング)して得た電動機定数をコピー機能によって複製するのが通常である。したがって,ベクトル制御が選択され,かつ電動機定数をコピー機能によって複製しない場合に限り,オートチューニングが実施されることになる。」旨主張する。
しかし,被告製品(1)~(3)の取扱説明書(甲3の1の1~5,甲3の2の1~4)には,被告製品(1)・(2)について,「オートチューニングは,ベクトル制御で運転する際に,必要なモータ定数を自動的にチューニングして設定する機能です。ベクトル制御では,運転前に必ずオートチューニングを実施してください」(甲3の1の2,3頁~13頁)と記載され,被告製品(3)について,「モータ銘板に記載されているモータ出力電力(Kw),定格電圧,定格電流,定格周波数,定格回転数及びモータ極数を設定し,RUNキーを押してください。自動的にモータを運転し,これらの数値とオートチューニングで測定されたモータ定数が書き込まれます。必ず上記すべての項目について設定してください。例えば,モータ定格電圧表示から直接オートチューニング開始表示へ進むことはできません。」(甲3の2の3,3頁~13頁)と記載されていることから,ベクトル制御を行う場合に必須であることは明らかである。
また,被告製品(1)~(3)は,「本格ベクトル制御汎用インバータ」として販売しているものであり(甲3の1の1,甲3の2の1),その経済的な本来の用法は,ベクトル制御汎用インバータとして使用することである。そして,オートチューニング機能1,オートチューニング機能2又はオートチューニング機能3を実行すると,必ず回転停止の指令信号のもとに対象方法1を実行することになり,これによって線間抵抗及び漏れインダクタンスを測定演算して,その後に行われるベクトル制御のための制御定数が設定される。
したがって,被告製品(1)~(3)をその本来的目的であるベクトル制御によって運転する場合,被告製品(1)~(3)は,対象方法1の使用にのみ用いる物であり,その製造販売行為は,本件発明1との関係でも本件発明1(2訂)との関係においても,特許法101条3号の間接侵害に該当する。
また,被告製品(1)~(3)をその本来的目的であるベクトル制御によって運転する場合,被告製品(1)~(3)は,対象方法1の使用に不可欠なものであり,一審被告は,本件発明1及び本件発明1(2訂)が特許発明であること及び被告製品(1)~(3)がそれらの発明の実施に用いられることを知りながらそれらを製造販売したものであるから,その製造販売行為は,本件発明1との関係でも本件発明1(2訂)との関係においても,特許法101条4号の間接侵害に当たる。
(2) 特許権4の要件を被告製品(1)~(4)は充足すること
原判決は,被告製品(1)~(4)は本件発明4-Aを充足しない等とし,また本件特許権4は無効理由を有するものと判断した。しかし,以下に述べるとおり,被告製品(1)~(4)は本件発明4(2訂)の構成要件を充足するものである。
ア 構成要件4-Aにつき
構成要件4-Aが規定する「電圧指令」は,制御装置がインバータに対する制御を「電圧指令」に基づいて行うこと,すなわち電圧形インバータに対する指令信号として電圧指令がなされることを規定するものである。構成要件4-Aは,誘導電動機に電力を供給する電圧形インバータを制御する制御装置の制御定数について,これを制御装置を構成するコンピュータにより設定することを規定しているにすぎない。構成要件4-Aの「電圧指令」は,このような技術的意義における電圧指令であるから,構成要件4-B以下において,1次インダクタンスと関係する制御定数を設定する際に要求される「電圧指令」に対する諸条件(下位概念)に限定される前の上位概念として規定されているものである。
そして,被告製品(1)~(4)では,交流電源(S)から入力される交流電圧がコンバータで直流電圧に変換され,この変換された直流電圧は平滑コンデンサによって平滑化され,平滑化された直流電圧をインバータにより相電圧として正負2値のパルスを有するいわゆる2レベルの可変電圧,可変周波数の交流電圧に逆変換してモータに供給する電圧形PWMインバータを備えている。電圧形PWMインバータに対する制御は電圧指令を与えて行うものであり,被告製品(1)~(4)は,誘導電動機をベクトル制御するための汎用インバータであり,制御回路構成部を備えている。そして,被告製品(1)~(4)の汎用インバータにおいて用いられる対象方法2は,被告製品(1)~(4)の電圧形PWMインバータに対する電圧指令を出力するコンピュータにより,誘導電動機の制御定数を測定する方法であるから,構成要件4-Aを充足することが明らかである。
一審被告が主張する対象方法2において,一審被告は,「対象方法2の無負荷電流の測定においては,コンピュータ(電動機定数演算手段)から制御装置に出力される指令は回転速度指令ωr*及びd軸電流指令id*であり,電圧指令ではない。電圧指令は,回転速度指令ωr*及びd軸電流指令id*に基づいて制御装置内部で生成され,制御装置から出力される。」旨主張する。すなわち,電圧指令が制御装置から出力されることを認めているものであり,構成要件4-Aの充足性を争っているものではない。ちなみに被告製品(1)~(4)の制御装置は,コンピュータにおいてオートチューニング機能1を実行するプログラムが稼働することにより構成されるから,被告製品(1)~(4)におけるオートチューニング機能1により,コンピュータが電圧指令を出力している。
この点,原判決は,「…原告指摘のインバータの出力電圧指令は,制御装置に入力されたd軸電流指令,回転速度指令及び電流検出値に基づいて瞬時瞬時に生成されたものと解することによっても説明が可能である。…」(121頁下6行~下4行)として,構成要件4-Aについて非充足と判断しているが,誤りである。構成要件4-Aの電圧指令は,前記のとおり電圧形インバータに対する指令信号として電圧指令がなされることを規定しているものにすぎないから,仮に,当該電圧指令が瞬時瞬時に生成されたものであっても,構成要件4-Aにおける「電圧指令」に相当するものである。
イ また,原判決の認定は無負荷電流測定原理に反する。
被告製品(1)~(4)における対象方法2は,定格無負荷電流値を得て制御装置の制御定数を設定するためのものである。誘導電動機の動作点において,定格磁束が与えられ無負荷状態で回転していると,定常状態ではトルクは0となるので,誘導電動機の出力電流値は励磁電流値となる。この定格励磁電流値を定格無負荷電流値と称する。
本件特許権4の明細書の(18)式は,
file_7.jpg(18)
であるところ,(18)式は,誘導電動機がベクトル制御されているか否かにかかわらず成立する誘導電動機の電圧方程式から導かれた結果であり,d軸及びq軸をどのように設定するか,ベクトル制御をするか否かにかかわらず定常状態において一般的に成立する。
(18)式のi1dは,無負荷電流値であり,定格角速度と定格電圧値の比に等しい角速度(ω1)および電圧値(v1q)が誘導電動機に与えられたときには,誘導電動機に流れるi1dは,定格無負荷電流値となる。なぜならば,定格角速度と定格電圧値との比に等しい角速度と電圧値により,誘導電動機には定格磁束が発生し,この動作点における無負荷電流値が,まさに定格無負荷電流値であるからである。そして,誘導電動機の設計においては,動作点における定格無負荷電流値をどのように設定するかを決定する。この誘導電動機の設計値が不明なときに,本件特許権4を実施することにより,1次インダクタンスと関係する制御装置の制御定数を設定することができるのである。対象方法2も,この定格無負荷電流値を得て制御装置の制御定数を設定するものに他ならない。
以上を前提に原判決をみると,まず動作点においては,鉄心の磁束飽和領域に入る前の磁束の動作点を定格磁束として誘導電動機を設計しているため,その定格磁束をもって誘導電動機が定常状態で回転している。磁束は,「磁束φ ∝ 電圧V/角速度ω(ω=2πf)」の関係にあるから,定格電圧と定格角速度との比に等しい電圧および角速度が与えられたときに,誘導電動機には定格磁束が与えられる。
そこで,前記(18)式を変形すると,
file_8.jpgVig +L,) bad! 4 Og Wi
となり,動作点,すなわち,定格電圧値と定格角速度の比に等しい角速度と電圧のもとでは,
file_9.jpg= EME GEAR)
であるから,
file_10.jpg
を得ることができる。
しかしながら,仮に,原判決が述べるように無負荷電流を測定する際の「電圧指令」及び「角速度」(即ち「周波数」)が,所定値として設定されず,瞬時瞬時に変化するようなものであれば,定格磁束を誘導電動機に与えることはできず,何らかの電流値を得たとしても,定格無負荷電流値ではないから,制御装置の制御定数を設定することはできない。つまり,原判決は,対象方法2が定格無負荷電流値を得て制御定数を設定するものであるにもかかわらず,その測定原理の基本を理解せずに,「制御装置に入力されたd軸電流指令,回転速度指令及び電流検出値に基づいて瞬時瞬時に生成されたもの」と説明することが可能であるとしたものであり,技術的に誤りである。
ウ 動作点における無負荷運転
上記のように,動作点での定格磁束のもとで無負荷運転することにより,誘導電動機の電流値を得るとそれが定格無負荷電流値である。そこで,誘導電動機を制御する汎用インバータによって,定格磁束を誘導電動機にどのように与えるか,すなわち,そのプロセスを本件発明4では構成要件4-B-5(2訂)の(e)のステップにおいて規定した。このステップ(e)は,誘導電動機を動作点において定常状態で無負荷回転させるまでの間に行われる工程である。定格無負荷電流値を得るためには,動作点において定格磁束が誘導電動機に与えられなければならないから,なんらかのベクトル制御をこの時点で行うと定格磁束が失われてしまい,定格無負荷電流値を得ることができなくなってしまう。
被告製品(1)~(4)において定格磁束を得るまでの対象方法2の動作は,以下のとおりである。
A-9 ステップ210
d軸電流指令id*の現状設定値,およびモータ速度指令(銘板データの定格周波数の80%)及び電圧指令(定格電圧の80%)を制御装置側に出力する。なお,電圧指令,周波数指令は徐々に増加させる。
A-10 ステップ220
モータ速度指令およびd軸電流指令値Id*に従って,センサレスベクトル制御モードで運転し,そのモータの回転速度を制御する。
オートチューニングの開始の時点で,モータ銘板に記載された定格周波数(f定格)及び定格電圧(V定格)が入力されると,その比が決定できる。
file_11.jpg
V/f変換ブロックに,モータ銘板に記載された定格周波数(f定格)及び定格電圧(V定格)から得られた一定値のV/f値が設定される。
モータ速度指令ωr*は,0から銘板データの定格周波数の80%相当(0.8×2πf定格)を目標値として徐々に増加する。
被告製品(1)~(4)において対象方法2が実行されると,プログラムによるV/f変換ブロックからは,モータ速度指令ωr*の値に比例した(比例定数を設定された前記一定値のV/f値とする)電圧E*が出力される。このE*がVq*という電圧指令となる。
モータ速度指令ωr*が銘板データの定格周波数の80%相当に達すると,定格電圧の80%(0.8×V定格)が出力される。
file_12.jpg
モータ速度指令ωr*(=2πfr*)が銘板データの定格周波数の80%相当に達して定常状態となった時のVq*は,E*すなわち,0.8V定格に等しい。つまり,最終的にVq*は,定格電圧の80%という目標値として設定された電圧が指令される。
一審被告は,ステップ210のA-9は,「d軸電流指令 id*の現状設定値及びモータ速度指令(銘板データの定格周波数の80%…)を制御装置側に出力する」とするが,V/f変換ブロックから,上記のE*すなわち,0.8V定格が出力され,Vq*(=E*)という電圧指令となることを看過している。
上記被告製品(1)~(4)における定格磁束を得るまでの対象方法2の実行結果は,甲60(A「実験報告書」)のとおりである。例えば,被告製品(4)では,回転励磁を与えると,出力周波数f1,出力電圧指令V1*,出力電流Iu,電圧指令vd*(モニタU1-27:出力電圧指令〔Vd〕),電圧指令vq*(モニタU1-26:出力電圧指令〔Vq〕),励磁電流Id(モニタU1-19:モータ励磁電流〔Id〕)及びトルク電流Iq(モニタU1-18:モータ2次電流〔Iq〕),ACRd及びACRqの出力は,時間の経過に伴い出力周波数が0Hzから48Hzに徐々に増加し,周波数指令が0Hzから48Hzに徐々に増加した。被告製品(1)~(4)の定格周波数は,60Hzであるから,その80%である48Hzに達すると,そのまま一定周波数で維持されていることがわかる。このとき,d軸電圧指令Vd*は,ほとんど変化せず,ほぼ0vであることを示している。他方,q軸電圧指令Vq*は,0vから160vまで,出力周波数の増加とともに徐々に且つ一定レートで増加していることが示されている。この結果,出力電圧指令V1*は,0vから160vまで,出力周波数の増加とともに,徐々に且つ一定レートで増加していることが示されている。被告製品(1)~(4)の定格電圧は,200vであるから,q軸電圧指令Vq*及び電圧指令V1*は定格電圧の80%である160vに達すると,そのまま維持されていることがわかる。このq軸電圧指令Vq*及び電圧指令V1*が160vに維持されている期間中に,定格無負荷電流値が測定されて制御定数として設定されるのである。
上記によれば,被告製品(1)~(4)に用いられる対象方法2は,インバータに対して,定格周波数の80%相当値および定格電圧の80%相当値を所定値とし,これに向けて徐々に,かつ,一定レートで周波数指令および電圧指令が増加し,これらが所定値となって定常状態になった状態で,定格無負荷電流値が測定されて制御定数として設定されるものである。
また,実験結果から,加速終了後の定速運転(f1=48Hz)において,電圧指令Vq*は,Vq*=160V,励磁電流Idは,約3Aである。この実験においては,d軸電流指令Id*の初期設定値を,定格無負荷電流値より小のId*=1.5Aに設定している。それにもかかわらず,加速運転の開始直後から定速運転の両期間において,励磁電流Idは約3Aと一定値であるが,この値はd軸電流指令のId*=1.5Aとは異なる値である。すなわち,d軸電流指令Id*(=1.5A)とは無関係に電圧指令が発生している。
つまり,励磁電流idは,V/f一定制御運転(磁束一定条件)による電圧指令が与えられた(V/f変換ブロックから)結果発生するものであって,d軸電流指令に基づいて電圧指令が瞬時瞬時生成されているものではないことが明らかである。
したがって,原判決のように,「インバータの出力電圧指令は,制御装置に入力されたd軸電流指令,回転速度指令及び電流検出値に基づいて瞬時瞬時に生成されたものと解すること」はできない。
以上のことから明らかなように,電動機定数演算手段が制御装置側に対して電圧指令を出力していることは明らかであり,原判決はこれを誤って存在しないと判断したものである。
エ 被告製品(1)~(4)の回転形オートチューニングにおいては,ベクトル制御をしていない。対象方法2により回転形オートチューニングが実施されているときは,2次時定数T2が不明であるから,すべり周波数を決定することは不可能であり,かかる意味において,ベクトル制御を行うことはできない。対象方法2により回転形オートチューニングが実施されているときは,無負荷運転であるために,すべり周波数が0になっているのであって,すべり周波数を決定してこれに基づき制御しているわけではない。
被告製品(1)~(4)において,対象方法2により回転形オートチューニングが実施されると,周波数指令(f)が0から定格の80%に徐々に,かつ,一定レートで増加し,
file_13.jpg
に基づき,V/f変換ブロックから,
file_14.jpgt*: Betis
という電圧指令が出力されるのである。このような電圧指令が出力される対象方法2をもって,ベクトル制御であるとすることはできない。
(3) 特許権3に一審被告の先使用による通常実施権は成立しないこと
ア 製品企画書(乙20)の9頁「VS-676 開発スケジュール」によれば,本件特許権3の出願時点では,一審被告による製品試作は行われていない。一審被告が実施した実験の対象は,出願後製品であるVS-676とはそのPWM回路部分を含めて回路が異なるVS-686TVであって,これを対象に実験したからといって,実際の製品であるVS-676の回路が確定していない以上,後日確定した実際の製品であるVS-676の回路電流方向によるオンディレイ補償の有無での電流リップル,トルク検出リップル含有率がどのようになるか,本件特許権3の出願時点で想像することもできない状況であったというべきである。
一審被告は,VS-686TVが備えていた非線形補償回路をはずして,オンディレイ補償に関する実験をしたにすぎないものであって,これを検討したからといって,具体的な製品に適用する具体的なオンディレイ補正回路(本件発明3の技術的範囲に属する)を開発したことにならない。
しかも,VS-676システム設計書(乙63)にも,具体的なオンディレイ補正回路は記載されておらず,本件特許権3の出願時点で,オンディレイ補正に係るVS-676に具現された発明(以下「被告製品発明」という。)が完成したとする論拠は皆無である。
イ 一審被告は,①システム設計書(乙63),②部品の点数並びにそのコスト及び製品における占有面積を詳細に計算したこと(乙64),③製造工数の算出が行われたこと(乙65),④全機種について主回路電用品の部品選定も行われていたこと(乙76)を論拠に先使用権の成立を主張するが,失当である。
①は,「製品企画書」の域を出るものではなく(例えば,14頁には,「このブロック図は,正式のものではありません。」と記載されている),また,本件発明3を実施するオンディレイ補正回路が適用されることは一切記載されていない。むしろ,従来の方式の非線形補償回路が適用されていた可能性すらある。
②は,「VS-676インバータ装置全体からみれば,極めて周辺部かつ細部的なもので,その記載を省略してしまう程度」(一審被告による)のオンディレイ補正回路について,詳細に検討したことを示すものではなく,ディジタル部の詳細設計(12/4)欄が空白であり,詳細設計がなされていないことを示唆している。
③は,目標コストを算出するものであるから,オンディレイ補正回路について検討したものであるとすることは到底できない。
④は,「VS-676 主回路電用品一覧表(暫定)」と題するものであり,オンディレイ補正回路についての電用品の検討がなされたことは一切記載されていない。
オンディレイ補正に関する実験を報告する乙8は,昭和61年2月3日に作成され,昭和61年3月10日に正式な文書として承認されたものである。そして,昭和61年3月18日にVS-676インバータ装置の部品回路図が作成されたものであるから,本件特許権3の出願日の前に,VS-676に適用するオンディレイ補正回路に関する実施の事業の準備がなされていたとすることは到底できない。
(4) 一審原告の受けた損害の額又は損失の額(特許権1及び4)
ア 一審原告が控訴審において不服を申し立て支払を求めている金18億0463万円は,特許権侵害に基づく損害賠償請求・不当利得返還請求であるから,これを侵害対象製品である被告製品(1)~(5)にそれぞれ割り付けることは可能であるが,一審原告においては,これをさらに特許権毎に分割して割り付けることは本来はできないと思料する。
しかし,これをあえて割り付ける(1円未満切捨て)とすれば以下のとおりである。
① 特許権1
被告製品(1) 4761万5957円
被告製品(2) 1億4550万7987円
被告製品(3) 9510万1200円
合計 2億8822万5144円
② 特許権3(被告製品(5)) 8373万円(原判決の認容額)
③ 特許権4
被告製品(1) 4761万5957円
被告製品(2) 1億4550万7987円
被告製品(3) 9510万1200円
被告製品(4) 11億4444万9712円
合計 14億3267万4856円
上記①ないし③の合計額18億0463万円
イ 各被告製品に対する各権利の料率
(ア) 一審原告は,特許権1及び4の侵害行為に基づく損害賠償請求額及び不当利得返還請求額の算定のために,被告製品(1)~(4)の売上高に対して乗じるべき実施料率について,10%を主張する。
被告製品(1)~(4)の製造販売に伴う損害賠償額及び不当利得返還額は,本来は,侵害対象特許権ごとに算定され,これらが合算されてしかるべきであると解されるが,後記の理由により,被告製品ごとに売上高に実施料率を乗じて算定した金額を請求金額としている。
その上で,一審原告は,一部請求として上記各金額をもって,各製品の製造販売に対する損害賠償額及び不当利得返還請求額であると主張するものである。
(イ) この一部請求の関係で,特許権1及び4について被告製品(1)~(4)に対する請求は,いずれも実施料率として6%弱となる計算である。このため,被告製品(1)~(3)と,被告製品(4)とにおいて特許権4に関する実施料率が異なるように見えるのは,このような一部請求において,あえて特許権毎の割り付けをした結果にすぎない(被告製品(1)~(3)については,特許権1及び4を侵害しているため,合計で6%弱となり,特許権1及び4それぞれについてみると3%弱ずつとなる。他方,被告製品(4)については,特許権4のみを侵害しているため,特許権4のみで6%弱となる。)。
これをあえて説明するとすれば,次のとおりである。
特許法102条3項に基づく損害賠償請求権及び民法703条に基づく不当利得返還請求権は,実施料相当額の賠償ないし返還を認めるものである。この点,一般のライセンス契約において,実施権者は,自らの利益を確保しなければならないから,特許権者に支払える実施料の額には上限がある。特許権侵害に基づく損害賠償請求においても,侵害行為によって得られた利益中特許権者に帰属すべきものが損害額となるべきであり,実施料相当額も,このような特許権者に帰属すべき利益と把握することができるから,事情は同様である。そのため,対象となる権利が複数であった場合に実施料率が青天井で加算されていくことはあり得ない。
したがって,同じ実施料相当額が問題となる特許法102条3項に基づく損害賠償請求権及び不当利得返還請求権においても,ある製品が複数の権利を侵害している場合には,認められる実施料率に上限があることは否定できない。本件においては,被告製品(1)~(3)については,特許権1及び4の2つの権利を侵害しているので,実施料率は,各10%ずつ合計20%となるべきであるが,上限として10%に減額されると解される。これに対し被告製品(4)は,特許権4のみを侵害しているので,その実施料率は10%を下ることはない。このような計算は全部請求の場合のものであり,本件では一部請求として,上記のように6%弱に相当する金額を請求するものである。
その結果,金18億0463万円及びこれに対する平成17年10月25日以降完済まで年5分の割合による遅延損害金ないし法定利息の支払を求めるものである。
(5) 一審原告の受けた損害額又は損失額に関する主張(特許権3)
一審被告は,本件特許権3についての不当利得額ないし損害額又は損失額に関し後記のとおり主張するが,これに対し一審原告は,次のとおり反論する。
ア 実施料率
特許権侵害に基づく損害賠償請求において考慮される実施料率は,一般のライセンス契約に基づく実施料率とは異なるものである。ましてや,職務発明の相当の対価の算定として利用される実施料率は,当該職務発明の独占権に基づく利益額を想定するために用いられる仮定的なものにすぎず,損害賠償請求とは全く異なる視点からのものであって,参考にすることができないものである。特許権侵害紛争の解決のために,事前に行われる特許交渉の過程で提案された実施料率は,紛争解決のためのものであって,これが訴訟にまで発展した以上,白紙に撤回されるのは当然であって,一審被告の主張は成り立たない。
イ 不当利得額
特許権が排他的独占権であるために,特許権者は自らこれを実施すること,または,第三者に対して実施許諾をすることを排他的に決定することができる。ところが,特許権の侵害者は,特許権者の承諾がないにもかかわらず,特許発明を実施することで,特許権者の排他的独占権の一部を収奪していることになる。特許権者からみれば,侵害者に対し,実施許諾をすれば得られたはずの適正な対価が失われているから,排他的独占権を有する特許権者の損失である。したがって,この侵害者の利得は,法律上の原因のない不当利得であり,民法703条によりその価額を特許権者に返還しなければならない。
侵害者が特許権者から収奪した排他的独占権の一部の価額とは,当該収奪した特許権部分の価値相当額であり,これは,侵害行為による利得のうち特許権に基づくものとして特許権者に帰属すべき価値相当額と考えられる。この利得額は実施料相当額に等しいことになり,損害賠償請求における実施料相当額と同額であったとしても何ら問題はない。
2 一審被告(B事件控訴人・A事件被控訴人)
(1) 特許権1に関する主張
ア 特許権1に無効理由があること
(ア) 第2回補正は要旨変更補正である
原判決が本件特許1について,要旨変更補正による無効理由を認定したことに誤りはない。
a 当初明細書等には,出力電圧を直接的に制御して電動機定数を測定する態様について記載も示唆もない。
当初明細書等に記載された1次抵抗r1を除く他の電動機定数の測定,すなわち2次抵抗r2’,漏れインダクタンスl1+l2’,励磁インダクタンスL1及び2次時定数T2の測定においては,いずれも周波数指令ω1*の条件設定だけでは足りず,出力電流を所定の値(あるいは所定の形状)に制御することが必須の条件設定となっている。2次抵抗(r2’)を測定する方法(乙1,3頁右下欄の〔r2’の測定〕参照)においては,「ω1=ωs」の回転停止状態の条件設定を行うが,乙1の3頁左下欄の(7)式に「ω1=ωs」を条件設定するだけでは(9)式を得ることができず,測定演算可能な値のみで2次抵抗を演算できる(10)式を得ることはできない。以上のことは,漏れインダクタンス(l1+l2’)の測定においても同様である。励磁インダクタンス(L1)及び2次時定数(T2)を測定する方法においては,高速応答制御できる電流制御回路の動作に従いi1dをステップ変化させない限りは(17)式が成立しないため,測定演算可能な値のみで励磁インダクタンスを演算できる(18)式を得ることはできず,v1dの積分値を用いた2次時定数の測定方法も使用することもできない。したがって,「ω1=0且つωs=0」という回転停止させる条件設定では足りず,「出力電流」を制御してi1dをステップ変化させることが必須の条件設定となる。
b 本件特許権1の出願時において,発明者には,出力電圧を直接的に制御して交流電動機の電動機定数を測定する態様の認識は皆無であった。その根拠は,出願当初明細書(乙1)の〔発明の背景〕欄の記載にあるとおり,直流電動機の「インダクタンスについては,電動機の所定の電圧をステップ的に印加した際における電動機電流の立上り時定数から測定」(1頁右欄16行~19行)する方法,すなわち,出力電圧を直接的に制御して所定の電圧をステップ的に印加して測定する方法を周知技術として認識していたにもかかわらず,交流電動機の電動機定数の測定については,出力電圧を直接的に制御して電動機定数を測定する態様について全く触れていないからである。また,〔発明の目的〕の項の「ベクトル制御用などの変換装置においてはその出力電流の大きさ,周波数及び位相を精度よく制御できることに着目し」(乙1,2頁左上欄12行~14行)との記載にも,本件発明1で利用できる程度に精度よく制御できるのは出力電圧ではなく出力電流であるとの認識が端的に示されている。
c 当初明細書等に記載された電動機定数の測定方法は,いずれも出力電流を直接の制御対象とし,出力電圧を検出対象としたものである。一方,出力電圧を直接的に制御して電動機定数を測定する態様は,出力電圧を直接の制御対象とし,出力電流を検出対象とするものである。したがって,当初明細書等に記載された電動機定数の測定方法(出力電流を直接的に制御して電動機定数を測定する態様)と出力電圧を直接的に制御して電動機定数を測定する態様とは,電動機定数の測定に際して,制御対象と検出対象とを相互に入れ換えた関係にある。この制御対象と検出対象とを相互に入れ換えることについて,一審原告は,一審原告の出願にかかる特願昭61-106469号(乙34の1,特許第2708408号)の出願審査過程で,特許法29条2項の拒絶理由通知の引用例として特開昭60-183953号公報(乙1)が引用された際,平成7年5月31日付け審判請求書(乙4,4頁12行~5頁末行)において,制御対象と検出対象とを相互に入れ換えることは容易ではない旨を主張しており,本件特許権1の当初明細書には,電圧指令信号と出力電流の検出値を入力して電動機定数を演算する方式のものが含まれていないことを自認していたものである(原判決106頁16行~108頁1行参照)。
d 一審原告が要旨変更を認定した審決の認定を知財高裁が誤りであるとしたとして主張する点である,「ω1=0且つωs=0,あるいはω1=ωsである回転停止条件を設定することにより,式(8)等の,v1d,i1d,すなわち測定演算可能な値のみで電動機定数を演算できる式を求め,この式を用いて電動機定数を測定演算する方法」(甲35,12頁4行~8行)は,本件特許権1の出願当時,既に周知であった(乙152~155)。
すなわち,乙152(上田隆三ら「直流増幅器を用いた三相誘導電動機の定数決定」昭和57年度電気四学会九州支部連合大会〔第35回連合大会〕講演論文集,195頁,昭和57年10月15日,16日開催)・乙153(上田隆三ら「ランプ状電流による三相誘導電動機の定数決定について」昭和58年電気学会全国大会講演論文集〔7〕621頁,昭和58年4月)・乙154("A NOVEL APPROACH ON PARAMETER SELF-TUNING METHOD IN AC SERVO SYSTEM" CONTROL IN POWER ELECTRONICS AND ELECTRICAL DRIVES所収,41頁~48頁)・乙155("On Reliability of Induction Machine for High Performances Based on Parameter Characteristics" Conference Record Industry Applications Society IEEE-IAS-1983 Annual Meeting所収,547頁~554頁)に記載されている技術は,いずれも直流増幅器(変換器の一形態)を用いて誘導電動機に供給する電流をランプ形状(ω1=0且つωs=0である回転停止条件に当たる)に制御し,その際に発生する電動機電圧と前記電流に基づいて複数の誘導電動機定数を演算測定するものであり,このように「ω1=0且つωs=0,あるいはω1=ωsである回転停止条件を設定することにより,式(8)等の,v1d,i1d,すなわち測定演算可能な値のみで電動機定数を演算できる式を求め,この式を用いて電動機定数を測定演算する方法」は周知であったと認められる。
そこで,直流増幅器を用いて誘導電動機に供給する電流をランプ形状(所定の形状)に制御して電動機定数を測定する周知技術を前提とし,本件発明1では「ベクトル制御用などの変換装置においてはその出力電流の大きさ,周波数及び位相を精度よく制御できることに着目し,これを用いて電動機に所定の電流を供給」するようにしたことを特徴として捉え,出願当初の特許請求の範囲に記載した構成を発明として把握したものと解される。したがって,この点からも,出力電圧を直接的に制御して測定する態様まで含むことは要旨変更に当たることは明らかである。
(イ) 進歩性欠如の無効理由を有する
特許権1(2訂)につき,新たに加わった訂正事項は,以下のとおりである。
訂正事項③:「回転停止となる前記予め定めた指令信号」…構成要件1-D
訂正事項⑤:「ベクトル制御の指令信号に代えて複数の電動機定数の測定条件にそれぞれ制御するために予め定めた指令信号を出力」する…構成要件1-B
訂正事項⑥:「前記電動機の前記複数の電動機定数の一つの測定条件に応じた回転停止となる前記予め定めた指令信号を前記測定条件毎に出力し…電動機定数をそれぞれ測定演算」する…構成要件1-D及び構成要件1-F
しかし,これら追加訂正事項は,乙11に基づき当業者が容易に想到し得た事項である。
「1次抵抗r1の測定条件にそれぞれ制御するために予め定めた…回転停止となる前記予め定めた指令信号を前記測定条件毎に出力すること」は,当業者が容易に想到し得る事項であることは,乙131判決が認定・判断したとおりである(乙131,80頁5行~16行)。
すなわち,乙11には,固定子抵抗rsの測定条件として固定子周波数が静止している条件を予め設定すること,すなわち予め定めた「固定子周波数が静止」(本件発明1におけるω1=0)という「回転停止」となる条件設定を行うことが記載されている(乙11,16頁右上欄16行~左下欄5行)とともに,ω1=0の条件に近接する予め定めた下部周波数領域において「固定子抵抗を予め設定するためには,e’j1=0となるまで,パラメータ値rs’が変られねばならない。」ことも記載されている(乙11,15頁右下欄11行~19行)から,「回転停止となる予め定めた指令信号を出力」する手段が開示されている。
「漏れインダクタンスl1+l2’」の測定条件にそれぞれ制御するために予め定めた回転停止となる前記予め定めた指令信号を前記測定条件毎に出力することも,当業者が容易に想到し得る事項である。
乙11の16頁左上欄には,「漏れインダクタンス」の演算測定を,「非同期機の通常運転を開始する前に短絡試験により検出する」ことが記載されており(8,9行),固定子電流が予め定めた「高い周波数(特に定格周波数の50%以上)」で運転している間,回転子は拘束されることも記載されている(10行~12行)。乙11の漏れインダクタンスの測定は,回転停止の状態で行われているが,この回転停止状態が,指令信号である「高い周波数(特に定格周波数の50%以上)」のみによって実現されるのか(すなわち「磁化電流成分i’φが殆ど零である間」〔乙11,16頁左上欄12行~13行〕は磁束も零であり誘導電動機のトルクが零となることは当業者には自明であるため,指令信号のみによって実現されるとも解し得る),外部からの機械的な拘束(拘束試験)によって実現されるのかは必ずしもその記載からは明確ではない。
仮に漏れインダクタンスの測定が拘束試験によるものであったとしても,それを回転停止となる信号として与えるように構成することは,当業者に容易であった。具体的には,印加電圧を低く(固定子電流を小さく)すればよいだけのことであり,拘束試験においては等価回路で二次側が短絡されたものとなるため,電流を定格値以下に制限するために低い電圧を印加することが技術常識であった。ここで,回転停止となるようにさせるためには,印加電圧をより低くし,電流を小さくして電動機のトルクをより小さくすればよいことは,当業者には技術常識であった(乙156~158)。また,乙11に記載された漏れインダクタンスの測定方法(16頁左上欄)には固定子電流の大きさについて何ら制約はない。したがって,乙11の漏れインダクタンスの測定が機械的拘束によるものであったとした場合でも,機械的拘束を削除するために,予め定めた高い周波数で印加する際の印加電圧を小さくし,回転停止となる指令信号にすることによって測定演算するようにすることは,当業者にとって極めて容易であった。
乙11の固定子抵抗及び漏れインダクタンスについての予めの測定は,どちらもベクトル制御(磁界オリエンテーション制御)による通常運転をする前(乙11,15頁右下欄17行,16頁左上欄8行,同右上欄16行)に行われている。そして,この2つの電動機定数はどちらも,ベクトル制御(磁界オリエンテーション制御)において使用されるものであり,どちらも,ベクトル制御による通常運転をする前に予めその値を測定するものとして記載されているから,ベクトル制御する前に,2つの電動機定数のどちらもがその値を測定されることになることは,当業者において自明である。
したがって「前記測定条件毎に出力し,…電動機定数をそれぞれ測定演算」することも,当業者において乙11から自明な事項にすぎないものである。
そうすると,本件発明1(2訂)も,乙11に基づいて,当業者が容易に想到し得るものである。
(ウ) 記載不備の無効理由を有する
a 本件発明1(2訂)において,「出力量」という用語は4箇所に記載されているが,これら4箇所の「出力量」の文言はすべて同一の物理量を表わすものと解釈すべきであるところ,そのように解釈した場合,本件発明1(2訂)は実施不可または当初明細書等に開示のない構成を含むことになる。例えば,「出力量」という用語につき,「出力電流」を表わすとした場合,指令信号に従い制御装置により変換器の「出力電流」を制御し,変換器の前記測定条件下における「出力電流」を演算手段に入力し,該入力した前記「出力電流」に基づいて電動機定数を測定演算することはできない。「出力電流」のみによる電動機定数の測定演算は不可能だからである。また,「出力電流」のみで電動機定数を測定演算する方法の開示もない。「出力量」という用語につき,「出力電圧」を表わすとした場合も同様である。
他方,「出力量」のそれぞれが,出力電圧あるいは出力電流のいずれも任意に表わし得るものと解釈できるとしても,その中には,電動機定数を測定することは原理的に不可能なもの,あるいは明細書に開示のないものが含まれることになり,発明の外延も不明確になる。
よって,本件発明1(2訂)は電動機定数を演算測定できない場合を包含しているから,「発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載」したものではない。
b 本件発明1(2訂)は,「変換器の出力量を制御して前記電動機をベクトル制御する制御装置を備えた…において」(1-A-2),「前記演算手段(電動機定数演算手段)から前記制御装置(ベクトル制御する制御装置)に,…指令信号を…出力し」(1-D),「該指令信号に従い前記制御装置(ベクトル制御する制御装置)により前記変換器の出力量を制御し」(1-E)と規定している。したがって,「電動機定数演算手段」は「指令信号」を「ベクトル制御する制御装置」に出力するものであり,「ベクトル制御する制御装置」は「該指令信号」に従い変換器の出力量を制御するものと解される。
また「指令信号」について電圧指令信号を除外する旨の明示は存在しないので,電圧指令信号も含み得るものと解される。この点については一審原告も電圧指令信号も含まれるとの解釈をしている。
ところで,「ベクトル制御する」とは,インバータ(変換器)の出力電流の大きさ|i1|と位相θ及び周波数ω1を制御して,「励磁電流とトルク相当分電流をそれぞれ独立に制御すること」(甲20)であるから,「ベクトル制御する制御装置」にとっては,電圧指令信号に従い変換器の出力量を制御することは想定されていないし,明細書の発明の詳細な説明においても,電圧指令信号に従い出力電圧のみを制御する態様は記載されていない。
よって,電圧指令信号に従い「ベクトル制御する制御装置」により変換器の出力量を制御する態様を包含すると解すれば,かかる制御態様をどのようにして実施するのかについて,当初明細書には開示がなく,当業者に自明なものでもない。
したがって,本件発明1(2訂)は,発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載したものとはいえない。
c 電動機定数(「r2’」及び「l1+l2’」)を測定する際の指令信号によって交流を電動機に供給しても,電動機を回転停止とすることができず,電動機定数を測定することができない。明細書に記載された各電動機定数の測定において,交流を供給して演算測定を行うものは,「r2’(2次抵抗)」及び「l1+l2’(漏れインダクタンス)」の2種類であり,何れも,①「i1q=0,i1d=回転しない程度の小さな値かつ所定値」及び「ω1=ωs=一定周波数(零でない/仮に,ω1=0かつ定常時であれば直流である)」という条件,並びに,②「r2≪ω1(l2+L2)」という条件を設定して演算測定することが説明されている。
ところで,交流供給においては,i1q(トルク電流成分)とωs(すべり角周波数)の間には次式の関係がある。ここで,i1dは励磁電流成分,T2は2次回路時定数,ω1は出力周波数,ωrは電動機回転角周波数(但し電気角)である。
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以上の関係において,「i1q=0」とした場合は「ωs=0」となる。すなわち,「r2’」及び「l1+l2’」の演算測定の実施例の如く,「i1q=0」という条件と「ω1=ωs=一定周波数(零でない)」という条件は両立しないから,上述した①の条件設定は成立しない。
上記①の条件式が成立せず,また②の条件式は①と矛盾することもある。さらに,2次抵抗r2’及び漏れインダクタンスl1+l2’を測定演算することもできない。すなわち,電動機定数を測定演算するという本件発明1(2訂)の実施もできない。よって,明細書の発明の詳細な説明には,測定条件に応じた「回転停止となる指令信号」を生成する方法の記載がないから,本件発明1(2訂)は,発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載したものではない。
イ 被告製品(1)~(3)は本件発明1(2訂)の構成要件を充足しないこと
(ア) 本件発明1(2訂)は複数(2以上)の電動機定数を請求項1記載の各構成要件に従い回転停止状態で測定演算することを特徴とする発明であるが,被告製品(1)~(3)において回転停止状態で測定演算される電動機定数は,「線間抵抗1」及び「漏れインダクタンス」の2つのみである。したがって,線間抵抗1と漏れインダクタンスの測定のうち,いずれか一方でも構成要件を具備しなければ,被告製品(1)~(3)による測定演算方法は当該構成要件を具備しないことになり,本件発明1(2訂)の技術的範囲には含まれない。
(イ) 構成要件1-B(2訂)
被告製品(1)~(3)においては,制御装置はCPUの制御プログラムによって構成されるので,必要に応じて,出力電圧のみを制御(出力電圧を直接的に制御)する制御装置に構成し,あるいは,出力電流のみを制御(出力電流を直接的に制御)する制御装置に構成し,その内部構成を組み換えることが可能である。そして漏れインダクタンスの測定においては,該測定条件に制御するために予め定めた指令信号を制御装置に出力する際には,該制御装置は電圧指令信号(大きさ及び周波数の指令信号)に従い出力電圧を直接的に制御する制御装置として構成されており,電流指令信号に従い出力電流を直接的に制御するベクトル制御する制御装置としては構成されていない。
したがって,漏れインダクタンスの測定においては,「ベクトル制御する制御装置を備えた誘導電動機制御システムにおいて,前記制御装置(ベクトル制御する制御装置)に,…指令信号を出力して,」を満たさない。
また,漏れインダクタンスの測定においては,「ベクトル制御の指令信号に代えて」も満たさない。この「代えて」とは,文言上,指令信号を単に入れ換えるだけのことを意味すると解釈されるところ,被告製品(1)~(3)の漏れインダクタンスの測定においては,電圧指令信号(電圧の大きさ及び周波数の指令信号)を制御装置に出力するものであるため,ベクトル制御の電流指令信号を単に入れ換えるのみでは動作しない。さらにそのためには,制御装置の構成を,出力電圧を直接的に制御する制御装置へと構成そのものを全く変える必要がある。したがって,これは「ベクトル制御の指令信号に代えて」を満たすものではない。
(ウ) 構成要件1-D(2訂)
「測定条件に応じた…指令信号」は明らかに電流指令信号に限られると解釈される。電流指令信号以外の態様(周波数指令信号のみ,あるいは電圧指令信号に従い制御する態様)をも含むと解すると,かかる態様で電動機定数を測定演算することにつき明細書には開示も示唆もないことによる要旨変更の無効理由を生じるため,電流指令信号に限られると解するほかないからである。
したがって,漏れインダクタンスの測定においては電圧指令信号を出力するので,電流指令信号に限られる「指令信号」は満たされない。
さらに,漏れインダクタンスの測定においては,「測定条件に応じた…回転停止となる…指令信号」も満たされない。これは,発明の詳細な説明に基づく解釈によって裏付けられる。測定条件に応じた回転停止となる指令信号という記載は,機能的であり,具体的な指令信号を特定した明確な記載ではないが,明細書に開示された漏れインダクタンスの測定方法(電動機に交流を供給する測定方法)は,①「i1q=0,ω1=ωs(≠0)」かつ②「r2≪ω1(l2+L2)」という要件に加えて,③定常状態にある,④回転磁界を発生させる,⑤電流値は電動機が回転しない程度の小さな値にする,という要件を必須とするものである。そして,「測定条件に応じた…回転停止となる…指令信号」は,それらのすべての要件を満たすものと解釈すべきものである。そうでなければ,「発明の詳細な説明に記載した発明」の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならないという規定を満たさず,無効理由を有するものとなるからである。
一方,被告製品(1)~(3)の漏れインダクタンスの測定においては,回転磁界ではなく交番磁界を利用するものであるため,①’磁界の回転周波数ω1は零(ω1=0且つωs=0)である,②’ω1=0なので「r2≪ω1(l2+L2)」は不成立,③’電圧指令の大きさ(振幅)が激しく変動しており定常状態にはない,④’磁界は回転しない,⑤’電流値は非常に大きい,という特徴を有し,前記①~⑤の要件を一つも備えていない。もちろんこのような交番磁界を利用した測定は,明細書の開示内容から当業者が容易に想到し得ないものである。
したがって,前記機能的な記載は,そこに無効理由がないとするなら,明細書の記載(①~⑤)どおりの特徴を有するものと解釈すべきであるところ,被告製品(1)~(3)の漏れインダクタンスの測定においては,明細書の記載(①~⑤)とは正反対の特徴を有する指令信号(①’~⑤’)を用いているから,本件発明1(2訂)の「測定条件に応じた…回転停止となる…指令信号」は満たされない。
(エ) 構成要件1-E
「該指令信号に従い前記制御装置により前記変換器の出力量を制御し,」(1-Eの前段)とは構成要件1-Dについて記載のとおり,電流指令信号に従い制御するものに限られると解釈される。
一方,被告製品(1)~(3)の漏れインダクタンスの測定方法は,電圧指令信号に従い制御するものであるから,「該指令信号に従い前記制御装置により前記変換器の出力量を制御し」は満たされない。
また,被告製品(1)~(3)の漏れインダクタンスの測定においては,誘導電動機に交番電圧を印加(供給)して測定するので直流は供給しておらず,「直流を供給し」には相当しない。また,磁界が回転しない交番電圧を印加するので回転トルクは全く存在せず,すべりωsは0であるから,前記認定による「交流…を供給し」にも相当しない。したがって,漏れインダクタンスの測定においては,「前記電動機に交流あるいは直流を供給し,」は満たされない。
さらに,電動機に「交流あるいは直流を供給し」とは,「(回転停止となる)該指令信号に従い前記制御装置により前記変換器の出力量を制御し」た結果として供給されるものであるが,明細書に開示された回転停止条件との関係においては,直流供給の実施例の場合には「ω1=0且つωs=0」となり,交流供給の実施例の場合には「ω1=ωs(≠0)」となっている。一方,被告製品(1)~(3)の漏れインダクタンスの測定においては,直流供給ではないのに「ω1=0且つωs=0」になっており,広義の交流供給の概念に該当するのに「ω1=ωs(≠0)」にはなっていない。これが交番磁界の特殊性であり,本件明細書に開示された「交流あるいは直流を供給し」の交流や直流とは,全く性質を異にするものである。したがって,かかる点においても,被告製品(1)~(3)の漏れインダクタンスの測定においては,「交流あるいは直流を供給し」は満たされない。
(オ) 構成要件1-F-1,2(いずれも2訂)
被告製品(1)~(3)の線間抵抗1及び漏れインダクタンスの測定は,いずれも,「該入力した前記出力量(出力電流及び出力電圧)に基づいて…電動機定数をそれぞれ測定演算し,」を満たさない。被告製品(1)~(3)の線間抵抗1及び漏れインダクタンスの測定は,いずれも,出力電流及び電圧指令値に基づいて測定演算されている。そして,線間抵抗1及び漏れインダクタンスを測定する際の電圧指令値は,いずれも数Vという極めて小さな値であり,かかる場合においては,電圧指令値と出力電圧値との間のずれ量(インバータの電圧降下等の影響により発生するずれ量)が電圧指令値の中で占める割合は極めて大きくなり,電圧指令値と出力電圧値とは互いに全く異なるものとなることは当業者にとって技術常識である。
したがって,被告製品(1)~(3)の線間抵抗1及び漏れインダクタンスの測定の際における電圧指令値は,出力電圧(出力量)とは異なるものであるから,「該入力した前記出力量に基づいて…電動機定数をそれぞれ測定演算し,」を満たさない。
(2) 特許権4の要件を被告製品(1)~(4)は充足しないこと
被告製品(1)~(4)は本件発明4(2訂)の技術的範囲に属しないことにつき,付加的に以下のとおり主張する。
ア 構成要件4-Aにつき
被告製品(1)~(4)の無負荷電流の測定においては,コンピュータ(電動機定数演算手段)から制御装置に出力される指令はd軸電流指令及び速度指令であって,電圧指令がコンピュータ(電動機定数演算手段)から出力されることはない。電圧指令は,予め設定される所定値ではなく速度指令及びd軸電流指令に基づいて制御装置内部で時々刻々生成され,制御装置内部でPWM信号にまで変換されてから,インバータ側に出力される。このため,コンピュータ(電動機定数演算手段)から制御装置に電圧指令を出力する構成を備えていない。また被告製品(1)~(4)における電圧指令は,ベクトル制御運転のための電流指令に基づいて制御装置内部で生成される電圧指令であり,V/F一定制御運転のための電圧指令ではない。
したがって,被告製品(1)~(4)は「誘導電動機に電力を供給するインバータを電圧指令に基づいて制御する制御装置の制御定数を,前記制御装置の前記電圧指令を出力するコンピュータにより設定する方法において」と規定される構成要件4-Aを充足しない。
イ 構成要件4-B-1(2訂)につき
被告製品(1)~(4)においては,無負荷電流の測定をセンサレスベクトル制御運転により行うため,電動機定数演算手段(コンピュータ)は,d軸電流指令値id*の現状設定値(開始後からは増減変更値),およびモータ速度指令ωr*を制御装置側に出力するだけである。出力周波数指令ω1*,d軸電圧指令Vd*及びq軸電圧指令Vq*は,いずれも誘導電動機の回転を開始した後に,ACRによる偏差の演算も用いながら,運転状況に応じて制御装置内部で時々刻々生成される。したがって,被告製品(1)~(4)において,電動機定数演算手段(コンピュータ)は,周波数指令及び電圧指令の所定値のいずれをも設定するものではない。
さらに,被告製品(1)~(4)においては,周波数指令値及び電圧指令値の演算に必要なすべり周波数指令ωs*等は誘導電動機を回転させることによりはじめて演算できるものであるから,誘導電動機の回転開始前に周波数指令値及び電圧指令値を知ることはできない。したがって,誘導電動機の回転開始前に周波数指令値及び電圧指令値を設定することはそもそもできない。
また,「電圧指令」の「所定値を設定する」とは,無負荷定常回転状態の電圧指令を誘導電動機の回転開始前に設定することであり,かつ偏差の演算を用いることなく直接Vd*,Vq*を所定値に設定することであると解されるところ,被告製品(1)~(4)においては,無負荷定常回転状態の電圧指令は回転中に時々刻々と変更されるものであるから,回転開始前に設定することはない。また,Vd*,Vq*は偏差の演算を用いて制御装置内部で時々刻々生成されるものであるから,直接Vd*,Vq*を所定値に設定するものではない。
したがって,被告製品(1)~(4)は,コンピュータにより「前記電圧指令および前記誘導電動機の周波数指令の所定値を設定するステップ」という構成要件4-B-1(2訂)を充足しない。
ウ 構成要件4-B-2(2訂)につき
「前記所定値に基づいて前記インバータから出力される交流電圧を前記誘導電動機に印加することにより,前記誘導電動機を回転させる」とは,誘導電動機の運転制御においてV/F一定制御運転を意味するものであり,ベクトル制御運転は含まれないと解される。そうすると,被告製品(1)~(4)は,センサレスベクトル制御により無負荷電流の測定を行うから,「前記所定値に基づいて前記インバータから出力される交流電圧を前記誘導電動機に印加することにより,前記誘導電動機を回転させる」には当たらない。さらに,この構成要件において「前記所定値」は,構成要件4-B-1(2訂)において設定されるものであるが,被告製品(1)~(4)は,このような所定値を用いるものではない。
したがって,被告製品(1)~(4)は,構成要件4-B-2(2訂)を充足しない。
エ 構成要件4-B-4(2訂)について
「所定値に設定された電圧指令,…・所定値に設定された周波数指令,および…検出された電流に基づいて」は,前記測定した電流値に加えて,構成要件4-B-1(2訂)において所定値に設定された電圧指令値及び周波数指令値を用いて電動機定数の1次インダクタンスと関係のある制御定数を設定することを規定したものである。また「1次インダクタンスと関係する制御定数」という用語の意味は,「1次インダクタンスを用いて設定される制御定数」である。さらに,所定値に設定された電圧指令,所定値に設定された周波数指令,および検出された電流に基づいてまず,1次インダクタンスを演算し,演算により得られた1次インダクタンスに基づいて制御定数を演算設定するものである。
これに対し,被告製品(1)~(4)では,無負荷状態において,所定値に設定された速度指令に基づくセンサレスベクトル制御のもとで,コンピュータ(電動機定数演算手段)により,制御装置側から取得したd軸電流アンプの入力偏差が零近傍であるかどうかを判断し,零近傍でなければ入力偏差が減少する方向にd軸電流指令値id*を増減変更しながら,零近傍になった際のd軸電流指令値id*を無負荷電流として取得するものである。
したがって,被告製品(1)~(4)においては「前記所定値に設定された電圧指令,前記所定値に設定された周波数指令」を用いてはおらず,これらを用いてコンピュータにより,一次インダクタンスを演算することもしていない。また,演算により得られた一次インダクタンスを用いて制御定数を演算設定することもしていない。
さらに被告製品(1)~(4)は,d軸電流アンプの入力偏差を用いてコンピュータにより演算するものであり,検出された電流を用いてコンピュータにより演算するものでもない。
以上の次第で被告製品(1)~(4)は,構成要件4-B-4(2訂)を充足しない。
オ 構成要件4-B-5(2訂)について
被告製品(1)~(4)の無負荷電流の測定においては,「電圧指令及び周波数指令は所定値として設定」されることはなく,これら両指令には「設定された目標値」も存在しない。被告製品(1)~(4)においては,速度指令のみが所定値として設定された目標値まで徐々にかつ一定レートで増加するのであり,電圧指令及び周波数指令は,単に,一定レートにて増加している速度指令どおりの速度制御及びベクトル制御とを達成するために,その間,絶え間なく変更・調節される。したがって,「電圧指令及び周波数指令は所定値として設定された目標値まで徐々に且つ一定レートにて増加させられ」ることはない。
被告製品(1)~(4)の無負荷電流の測定においては,「周波数指令および電圧指令を前記設定した所定値まで徐々に且つ一定レートにて増加」させることはしておらず,構成要件4-B-5(2訂)を充足しない。
(3) 特許権3に一審被告の先使用による通常実施権が成立すること
ア 原判決は,特許権3の出願後である昭和60年12月9日に,改善の程度の定量的把握を目的に,報告書(乙8)9頁記載のグラフ1のデータを取得したことをオンディレイ補正の改善に関する部分の内容が確定した状態に至っていなかったことをうかがわせる事実であるとして,一審被告の先使用権を認めなかったが,誤りである。
確かに乙8のグラフ1(9頁)の日付は特許権3の出願の3日後であるが,具体的な実験回路それ自体を記載した,より重要なグラフであるグラフ3(11頁)・グラフ5(15頁)は,いずれも昭和60年11月27日付けであり,また,グラフ3と比較するためのグラフ2・グラフ6も昭和60年12月2日付けである。
また,Bが実験に使用したVS-686TVと開発対象のVS-676とは同一ではないが,オンディレイ補正回路については,昭和60年11月1日にシステム設計書が作成され(乙63),可変設計課のC作成の概略構成も出来上がり,昭和60年12月5日にはオンディレイ補正回路の登載されたコントロールカードについて各機能ブロックに従い,部品の点数並びにそのコスト及び製品における占有面積まで詳細に計算し(乙64),同月10日には,装置全体についての製造工数の算出も行われ(乙65),また全機種について主回路電用品の部品選定も行われていた(乙76)。
その後,昭和61年3月18日付け製品回路図の作成(乙22の4),同年5月の製品の販売カタログの作成(乙24),昭和61年6月における完成品の受注まで種々の作業が重ねられてきた。
その間,一審被告の実施した作業は,原判決の60頁~61頁記載のとおりであり,特許権3の出願日である昭和60年12月6日以降にわたっていることは事実である。しかしながら,本件のように「オンディレイ補正回路」が発明の核心である事案において,これら一連の準備作業のどの段階をもって,内容が確定されて,特許法79条にいう「事業の準備」と評価するかが問題である。
イ 特許法79条にいう「事業の準備」の意義について,最高裁昭和61年10月3日第二小法廷判決(民集40巻6号1068頁)は,即時実施の意図が客観的に認識できる態様程度において表明されていることを意味している,と判示している。しかし,被告製品発明は,着実にVS-676システムの装置販売に向けて進められており,その間,VS-676への組み込みに当たり,「新たな技術上の問題が発生したり,インバータの電圧降下の補正を行う最適な電流指令値の範囲を選択するための新たな実験を要する」など(原判決115頁10行~12行)ということはなかったのであり,その限りにおいて,一審被告のオンディレイ補正回路は客観的にも確定した状態に至っていたということができる。
よって,原判決が「まとめ」において「VS-676事業の内容のうち,オンディレイ補正の改善に関する部分の内容が本件特許3の出願前に確定した状態に至ったことを認めるに足りる証拠はないから,被告の先使用の主張は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。」(原判決116頁1行~5行)としたのは事実認定及び法律判断を誤ったものである。
(4) 一審原告の受けた損害の額又は損失の額に関する主張(特許権1及び4)に対し
否認し争う。
(5) 一審原告の受けた損害の額又は損失の額に関する主張(特許権3)に対し
ア 仮に一審被告の行為が,特許法79条にいう「事業の準備」とまで至っていなかったとして先使用による通常実施権が認められないとしても,一審被告は,本件発明3の内容を知らないで,独自に,自らオンディレイ補正に関する発明をしたものであり,仮に原判決の認定したとおり,特許権3が電圧制御型電圧インバータだけではなく,電流制御型電圧インバータを含み,よって電流制御型電圧インバータである被告製品(5)が本件発明3の権利範囲に含まれることを認めたとしても,被告製品(5)は,一審被告自身の創意工夫・発明思想に基づく製品である。一審被告ないし被告製品(5)は,一審原告の本件発明3に係る研究開発から,恩恵を被ったり,技術援助を受けたのではない。よって,本件実施料率は通常より低く設定されてよいはずである。原判決は一審被告に対し,不当に多額の金員の支払を命じたものであって,違法である。
イ また,特許権3の構成要件の分説中3-AないしEの要部はすべてDSP部にあるから,損害額の基礎はDSP部によるべきであり,原判決の損害の算定は誤りである。そして,その対象期間における販売総額相当分については,既に原審において明らかにしているところである(原判決13頁~14頁)。
ウ 仮に,上記DSPの部分を基準にすべきであるとする一審被告の主張が認められず,損害額の基礎が原判決の判示するとおりであるとしても,原判決が,被告製品(5)のうち本件発明3に含まれないとした主回路構成部(A5)部分の額は除外して,算出するのが合理的である。
汎用インバータ製品である被告製品(5)は,最小容量(0.4kW)から最大容量(600kW)までの各電動機に対応した大小容量の各機種群を含んでいる。この場合,容量が大きくなるほど,容量の大きさと直接関係する主回路構成部(A5)の大きさ及び価格は増大するが,演算・制御・信号処理を扱うだけの制御演算構成部(C5)及びデジタルオペレータ(D5)は全容量で共通し,インバータ制御部(B5)も基本的に共通である。すなわち,主回路構成部(A5)との接続箇所は主回路構成部(A5)の大きさの変更の影響を受けるが,制御回路自体は共通である。そうすると,主要回路構成部(A5)のみの価額は,上記接続箇所の部材のため,正確に計算することは不可能であるが,少なくとも最小容量品の販売額と大容量品の販売額を比較すると,その差額は主要回路(A5)とこれに起因した部材に関するもの(接続部材やケース)である。
そうすると,被告製品(5)の対象期間における販売額は27億9100万円,販売台数は9861台であるところ,1台当たりの平均販売額は28万3034円であり,これは全製品の平均値を示している。他方,被告製品(5)のうち,最小容量である0.4kW(電圧クラス200V級)の対象期間における販売額は420万4400円,販売台数は40台であるから,0.4kW品の1台当たりの平均販売額は10万5110円である。この額は,全容量間で共通の制御演算構成部(C5)を含むインバータ制御部(B5)及びデジタルオペレータ(D5)と,最も安価となる0.4kW用主回路構成部(A5)の合計である。
したがって,被告製品(5)の対象期間における1台当たりの平均販売額の中で,制御演算構成部(C5)を含むインバータ制御部(B5)及びデジタルオペレータ(D5)の占める比率は,どんなに多く見積もっても0.37(=10万5110円÷28万3034円)を超えることはない。この点のみを考慮しても,原判決の認定した損害額の基礎は高すぎるのであり,その損害額は,減額されるべきものである。
エ 相当実施料率
原判決は,117頁17行~119頁12行・19行~24行において,被告製品(5)は,各種の豊富な応用機能,保全機能を備え,独自の特徴を有しており,多数の発明が係ることを証拠を挙げて詳細に認めている。ところが,実施料率の認定段階においてはこのような事情をどのように考慮したかが明らかではなく,結論として3%という大きな値となっているばかりか,不当利得による請求についても同率で認定されており,根拠を欠くものである。また,以下のとおり料率についても不当である。
一審被告は,本件訴訟提起前に,一審原告と交渉したところ,一審原告は,本件特許権3・4を含む合計16件の特許権(対応する外国特許権を含む)について,これら全特許権にかかる実施料率として販売価格の2.5%相当額を提示していた(乙129)。このような事情からみても,本件特許権3という,一つの特許権に関する実施料としては,0.5%程度が相当であり,この業界の慣行としても通常である。例えば東京高裁第6民事部平成16年1月29日判決(平成14年(ネ)6451号・各補償金請求控訴事件・被控訴人兼控訴人は一審原告)は,職務発明における特許を受ける権利の承継の「相当の対価」を認定するに当たり,包括ライセンス契約締結において株式会社日立製作所は7~10件の特許権のみが寄与していると評価したと認定し,これら複数の特許権の実施料として,販売価格の0.6~1.0%としている。この認定によれば,多数の発明から構成される電気製品の分野においては,一の特許権に対する通常の実施料率は販売価格の0.1%程度にすぎないものである。そうすると,本件発明3の相当の実施料として原判決の認めた3%は高率であり,多数の発明ないし技術が関与する電気製品の分野において,一つの特許権に対する相当の実施料率は販売価格の0.5%程度が相当である。
また,被告製品(5)は多数の技術を積み重ねた上に構成されたものであり,このような技術の集積が被告製品(5)の魅力及び競争力の源泉になっている。そして,特許権3にかかるオンディレイ補正の技術は,超微速域での滑らかな運転を実現することにおいて寄与しているだけである。また,この寄与の大半は,出力電流の極性に応じたインバータ内部電圧降下の補償値を交流電圧指令に加算する従来のオンディレイ補正技術によるものであり(寺嶋正之ら「制御電流源ベクトル制御と制御電圧源ベクトル制御の実用面からみた性能比較」電気学会論文誌D産業応用部門誌107巻2号,昭和62年2月20日発行,社団法人電気学会,183~190頁,乙133),従来技術において出力電流として指令電流を用い,電流の大きさに応じて補償値の大きさも変えるように改良した本件発明3の特徴的部分そのものによる効果ではない。
そもそも被告製品(5)は,電流制御形のベクトル制御装置であり,電流指令信号と電流検出器により検出したインバータ出力電流との差(これを偏差という)を電流調節器(電流アンプ,ACRまたは電流制御器ともいう)により増幅し,これを電圧指令とする構成を備えたものである。このような構成を備えることで,電流指令信号に比例してインバータ出力電流を高精度に制御することを可能にしている。このため,被告製品(5)において高精度の電流検出器は必要不可欠である。したがって,電流検出器を不要にできるという本件発明3の効果は,電流制御形である被告製品(5)にとっては意味のないことである。原判決は,本件発明3の効果によって,被告製品(5)においても高精度の電流検出器を不要にできたと誤信し,電流検出器分のコスト削減効果をも考慮して「相当実施料率を被告製品(5)の販売額の3%と認めるのが相当である。」と認定したが,上記のとおり原判決は,本件発明3を誤信して過大評価したのであって,その実施料率は不当に高い。
オ 特許法102条3項の相当実施料率と不当利得返還における料率
一審原告は,一審被告が被告製品(5)を平成2年10月頃から販売したというが,その販売の事実は,一審原告は平成3年5月25日付け雑誌「安川電機」(第54巻通巻第209号,甲10)により十分承知していた。一審原告と一審被告間の本件特許権3を含む交渉は平成15年3月(和解交渉自体は,平成16年4月に開始)に始まり平成17年9月に決裂した(甲12)。被告製品(5)の販売額,販売台数をみると,大部分が不当利得返還請求の対象となるものである。
一審原告が速やかに訴訟を提起していたならば,先使用により事業の準備をしていたことの立証資料は散逸させることなく保管できていたはずであり,また,明確に本件発明3の技術的範囲外の権利装置に変更できていたはずである。権利侵害とされた対象期間の全部にわたり,同率の実施許諾料を課せられるのは相当でないし,原判決の認定した金額は根拠を欠くものである。
カ 本件は,訴訟提起(平成17年10月14日)から一審判決の言渡し日である平成20年12月24日まで3年2か月以上も要しているところ,その原因は一審原告が4件の特許権につき同時審理を請求し,3件の特許について訂正を繰り返して審理対象である特許請求の範囲の度重なる変更があったことによる。そうすると不当利得の返還義務において,一審被告の得た利益を不法行為の損害賠償の実施料率と同率としたのは不当であり,また遅延損害金についても一審原告には上記のとおり審理遅延についての帰責事由があるから,公平の観点から民法722条2項(損害賠償額を定めるに当たって被害者側の過失の考慮)を適用すべきである。
第4当裁判所の判断
当裁判所は,一審原告の本訴請求は,原判決主文第1項の限度で理由があり,その余は理由がないと判断する。その理由は,以下に述べるとおりである。
1 特許権1に基づく損害賠償又は不当利得返還請求について(被告製品(1)~(3))
(1) 原判決105頁下9行~110頁8行(特許権1には新規性欠如の無効理由があるとしたもの)を削除し,その余は以下のとおり付加する。
(2) 特許権1に進歩性欠如の無効理由があるかについて(特許法104条の3,29条2項)
ア 本件特許権1について無効審決が確定した(当庁平成21年(行ケ)10063号審決取消請求事件につき平成22年1月13日上告受理申立て取下げ)ことは,前記第2,6(2)のとおりであるが,上記確定は本件訴訟の口頭弁論終結後の事情であるので,改めて本件特許権1の進歩性欠如の無効理由の有無について判断する。
イ 本件特許権1について,一審原告は,その特許請求の範囲の請求項1(本件発明1)につき訂正請求をしており,訂正後の内容は本件発明1(2訂)のとおりであり,その詳細は,以下のとおりである(下線は訂正部分)。
「誘導電動機に可変電圧可変周波数の交流を出力する変換器と,該変換器の出力量を制御して前記電動機をベクトル制御する制御装置を備えた誘導電動機制御システムにおいて,
前記制御装置に,前記電動機をベクトル制御する前にベクトル制御の指令信号に代えて複数の電動機定数の測定条件にそれぞれ制御するために予め定めた指令信号を出力して,前記電動機の電動機定数を測定演算する電動機定数演算手段を含み,
前記電動機をベクトル制御する前に,前記演算手段から前記制御装置に前記電動機の前記複数の電動機定数の一つの定数の測定条件に応じた回転停止となる前記予め定めた指令信号を前記測定条件毎に出力し,該指令信号に従い前記制御装置により前記変換器の出力量を制御し,前記電動機に交流あるいは直流を供給し,その際における前記変換器の前記測定条件下における出力量を前記演算手段に入力し,該入力した前記出力量に基づいて前記演算手段により前記電動機の電動機定数をそれぞれ測定演算し,
この演算された電動機定数に基づいて前記制御装置の制御演算定数を設定することを特徴とする誘導電動機制御システムの制御演算定数設定方法。」
上記によれば,本件発明1(2訂)は,本件発明1と比較すると,①電動機をベクトル制御する制御装置であることを明記したこと,②出力される指令信号が,ベクトル制御をする前に,ベクトル制御の指令信号に代えて電動機定数の測定条件にそれぞれ制御するために予め定めた指令信号である旨を明記したこと,③電動機定数が複数であることを明記したこと,等の点で本件発明1を限定しており,本件発明1(2訂)が乙11記載の発明との関係で進歩性を有するか否かにつき検討する。
ウ 乙11(特開昭57-79469号公報,発明の名称「非同期機の固定子抵抗,主インダクタンス漏れインダクタンスに対するパラメータ値検出装置」,出願人シーメンス・アクチエンゲゼルシャフト,公開日昭和57年5月18日。原判決のとおり,その公報を「乙11公報」,そこに記載された発明を「乙11発明」という。)には,以下の記載がある(以下,便宜のため判決で①以下の番号を付した)。
① 「2.特許請求の範囲
1) 非同期機の固定子抵抗,主インダクタンス,漏れインダクタンスに対するパラメータの少なくとも1つを検出するための装置において,
(a) 所属の第1のベクトルの固定子抵抗と漏れインダクタンスに対する設定されたパラメータ値を形成するため,回転機入力端より取出される固定子電流ベクトルと固定子電圧ベクトルとの成分に対する値および設定されたパラメータ値から,これらのパラメータ設定に対応する起電力または相当する磁束に対するベクトルを形成する起電力形成器と,
(b) 対応する磁化電流と第1のベクトルの決定量とを計算するために,第1のベクトルからこのベクトルの方向を定める角度量を検出する少なくとも1つのベクトルアナライザと,固定子電流ベクトルの取出された成分と角度量とから対応する磁化電流成分として起電力形成器パラメータ設定に相当する磁束ベクトルに平行な固定子電流成分を計算する変換回路とを備え,同時に第1のベクトルの決定量をも取出す演算装置と,
(c) 演算装置において計算された対応する磁化電流成分と,非同期機の主インダクタンスに対する設定されたパラメータ値とから磁界発生に導く過程を計算して模擬することにより設定された主インダクタンスパラメータに対応する磁束を検出し,対応する磁化電流に対応する磁束を形成するための演算モデル回路と,
(d) 一方では第1のベクトルの決定量に相当し,演算回路において検出された磁束から導出できる演算モデル回路に対応するベクトルを定める決定量を形成し,他方では2つの決定量の差を積分調節器の入力端に導き,この調節器の出力信号は検出すべきパラメータ値に対する設定入力端に導かれ,調整平衡の際に求めるべきパラメータ値として取出すことのできる調節器回路と
を有することを特徴とする非同期機の固定子抵抗,主インダクタンス,漏れインダクタンスに対するパラメータ値検出装置。」(1頁左欄6行~2頁左上欄10行)
② 「3.発明の詳細な説明
本発明は,非同期機の固定子抵抗,主インダクタンス,漏れインダクタンスに対する少なくとも1つのパラメータ値を検出するための装置に関するものである。」(4頁左上欄4行~8行)
③ 「…インバータ給電非同期機を上述の磁界オリエンテーション運転を行うために,固定子電流の目標値は磁界オリエンテーシヨンされた基準系において予め与えられ,この目標値から場所を固定された固定子基準系において予め与えられる固定子電流ベクトルに対する相当する目標値が検出されねばならない。このためには磁界オリエンテーシヨンされた基準系と固定子基準系との間の相互の位置(すなわち角度φ)に関する情報が必要である。
起電力ベクトルeは回転機において取出される固定子に関係する固定子電流ベクトルiと固定子電圧ベクトルuとの座標から,次の式により計算される。
file_16.jpgis)
この起電力ベクトルの積分により,磁束ベクトル
φ=∫edt (1a)
が形成される。」(4頁左下欄8行~右下欄6行)
④ 「本発明の目的は,回転子位置に関する情報なしですむ,非同期機の固定子抵抗,漏れインダクタンス,主インダクタンスに対するパラメータ値を検出する装置を提供することである。」(6頁左上欄13行~16行)
⑤ 「本発明によれば,装置は次の素子により構成される。
a) 所属する第1のベクトルを作るための起電力形成器,
b) 第1のベクトルに対する対応する磁化成分と決定量とを作るための演算装置,
c) 対応する磁化電流成分に属する磁束を演算するための演算モデル回路,
d) この磁束に対応する第2のベクトルの決定量を演算し,2つのベクトルの決定量の制御偏差を作る調節器回路
起電力形成器は回転機入力端において取出された固定子電流ベクトルの成分iα1,iα2と,固定子電圧ベクトルuα1,uα2とに対する値,および固定子抵抗rsと漏れインダクタンスxσ(“真の”回転機パラメータrs,xσ)とに対する設定されたパラメータ値rs’,xσ’から,起電力または相当する磁束に対するこれらのパラメータ設定に対応する第1のベクトルe’(成分e’α1,e’α2)またはφ’(成分φ’α1,φ’α2)を検出する。
演算装置は少なくとも1つのベクトルアナライザと変換回路,例えばベクトル回転器とを有している。ベクトルアナライザは第1のベクトルからこのベクトルの方向を定める角度量を計算する。変換回路は固定子電流ベクトルの取出された成分iα1,iα2と,パラメータ設定に対応する磁化電流成分としての角度量とから,起電力形成器(あるいはそのパラメータ設定)に対応する起電力ベクトルe’に直角,またはe’とφ’との直交性のために同じ意味であるが,相当する磁束φ’に平行な固定子電流成分を計算する。
…
演算モデル回路は,演算装置において演算された磁化電流成分i’φ1と,回転機の主磁界インダクタンスに対する設定されたパラメータ値xh’とから,磁界の発生に導く過程の計算による模擬により,設定された主磁界インダクタンスパラメータ値xh’に対応する磁束(磁束ベクトルφ"の値φ")を計算する。
…
調節器回路は,先ず,第1のベクトルの決定量に相当して演算モデル回路に対応して,演算モデル回路において検出された磁石から導き出すことのできる第2のベクトルの決定量を検出する。… 第1のベクトルの決定量として固定子電流オリエンテーシヨンされたφ’またはe’の座標が演算装置において演算されると,第2のベクトルの相当する決定値として同じ固定子電流オリエンテーシヨンされたベクトルφ"またはe"の成分が使用される。… 2つの決定量の差は調節器回路において積分調節器に加えられる。その出力信号は検出されたパラメータ値を設定するための入力端に導かれ,従つて起電力形成器における固定子抵抗パラメータrs’または漏れインダクタンスパラメータ値,あるいは演算モデル回路における主磁界インダクタンスパラメータxhに対する入力端に導かれる。平衡状態においては,調節器の出力信号は検出されるべきパラメータ値を示す。」(6頁右上欄12行~7頁右下欄5行)
⑥ 「パラメータ値のそれぞれ1つが検出される運転状態を互いに制限して,低い固定子周波数および高い負荷において固定子抵抗が,高い周波数および無負荷運転の近くで主インダクタンスが,また高い周波数および高い負荷において漏れインダクタンスが演算されるようにすることができる。」(11頁左上欄5~10行)
⑦ 「第6図は3つすべてのパラメータ値を検出するための完全な装置を概略的に示している。本装置は,起電力形成器1,演算装置2,演算モデル回路3および調節器回路4から成っている。三相非同期機5の入力端子においては,固定子電圧および固定子電流が取出されるが,それらはそれぞれの固定子巻線の方向に向けられたベクトル値として相当する座標変換器6,7においてベクトルfile_17.jpgまたはiαに合成される。
…
起電力形成器1においては,設定されたパラメータ値rs’と,座標変換器7において取出された固定子電流ベクトルiαの固定子に関係する成分との乗算により(乗算素子8)抵抗電圧降下のベクトルrs’・iαが作られる。同様に成分による微分(微分素子9)により,また漏れインダクタンスに対する設定されたパラメータxσ’との乗算(乗算素子10)により誘導漏れ電圧のベクトルから作られる。減算回路12において,固定子に関係する固定子電圧ベクトルuαの座標変換器6において取出された成分から,設定された値xσ’,rs’に対応する起電力のベクトルe’(“第1のベクトル”)が作られる。
非同期機の磁界オリエンテーション制御に対しては同様の装置が非同期機の磁界の方向を検出するための磁束検出器として必要である。」(11頁左上欄11行~左下欄2行)
⑧ 「磁界オリエンテーション制御の本質は,磁束とモーメントとが固定子電流の磁界に平行な成分と,磁界に直角な成分とに対する関係しない目標値により制御されることにある。従って固定子電流の相当する実際値は,パラメータ値xσ’およびrs’が回転機パラメータの真の値に等しい調整された状態においては,出力端26および27において,演算装置2から導き出されて,磁束ベクトルの方向に関する必要な情報を得るようにして得られる。… これにより制御のための固有の起電力検出器は節約される。」(12頁左上欄11行~右上欄4行)
⑨ 「第6図による回路においては,差e’-e"を選択的にパラメータの1つを追従するために使用してもよいが,各パラメータ値に対しては固有の積分調節器20,21,22が設けられている。制御偏差e’-e"はこの場合に切換装置23によりそれぞれ該当する決定すべきパラメータ値に対応する積分調節器に加えられる。既に説明したように,量m=i’φ2/i’φ1の定められた値に対して調整方向が切換えられるので,調節器20,21には調節器入力端信号の符号逆転のためのスイッチング装置24,24’が前置されている。最後に出力端が25により示されているが,この出力端において調整平衡後それぞれ求められるパラメータ値,例えばrs=rs’を取出すことができる。」(12頁左下欄11行~右下欄5行)
⑩ 「すなわち無負荷において駆動装置が運転されると(m=0),電流ベクトルは正しく設定された固定子抵抗パラメータにおいては下部周波数領域において磁束ベクトルに一致し,固定子電流に平行なベクトルe’の成分は無くなる。このことはxσ’およびxh’に対する設定された値には関係ないので,固定子抵抗を予め設定するためには,e’j1=0となるまで,パラメータ値rs’が変らねばならない。」(15頁右下欄11行~19行)
⑪ 「さらに,第10図による回路において漏れインダクタンスxσの補償は電流に直角なベクトルe’およびe"の成分の補償により使用されると有利である。このことは,パラメータ値xσをrsに対する値に関係なく非同期機の通常運転を開始する前に短絡試験により検出することを可能にする。
このためには回転子は,固定子電流が高い周波数(特に定格周波数の50%以上)で運転している間拘束される。これにより,磁化電流成分i’φが殆んど零である間は,負荷角度は殆んど90゚となる。従つて起電力ベクトルeは実際には,固定子電流ベクトルiに平行し,パラメータ値xσ’は,第10図において出力端29aから取出されている評価された起電力ベクトルe’の電流に直角な成分e’j2が零となるように調節されるだけでよい。パラメータ値rs’は,電流に平行な固定子抵抗を介して成分e’j1の中だけへ入り,従つてxσのこの決定には影響しない。
物理的にこれと同じ意味で,第6図による装置においても,パラメータ値xσ’は,出力端29a,29bにおいて取出された起電力形成器1により固定子基準系において検出された起電力ベクトルe’の2つの成分e’α1,e’α2が両方最小となるまで変えられる。何故ならばxσ’の調整が正確でないときに生じるe’の無効成分は常に,有効成分だけを持つ起電力ベクトルに比してベクトルe’の増幅を意味するからである。同様に,短絡試験においては磁化電流成分が最小であるという事実も,xσ’検出に使用することができる。何故ならばxσ’は,出力端27においてi’φ1の最小値が生じるまで,変えられるからである。」(16頁左上欄4行~右上欄15行)
⑫ 「一般の場合には,固定子抵抗rsの予めの設定は,測定器により回転機端子におけるオーム抵抗が測定され,基本設定として起電力形成器と,対応する調節器(例えば,第6図における20,または第10図における50)とに付与されることにより行われる。しかしながら,固定子周波数が静止しているときにも,固定子電流を記憶させ,e’=0となるようにパラメータrsを調節してもよい。同様に低い固定子周波数においてxσとxhとに対する任意の評価値から装置の固定子抵抗を検出させ,調節器に記憶させることができ,この場合にはxσおよびxhの誤設定は殆んど影響がない。
上述の短絡試験によつて漏れインダクタンスパラメータ値xσに対する出発値が検出されなければ,このパラメータの検出に対する出発値として評価された値を記憶し,パラメータ値rsおよびxhに対する予めの調整が行われている限り,通常運転の回転における真のパラメータを装置により検出する。xhの予めの調整は高い回転数および無負荷運転において行うと有利である。
場合によつては予めの調整を何回も繰返した後に,非同期機の通常運転においてそれぞれ第5図に与えられた動作領域において個々のパラメータが検出され,最後に検出された値が記憶されると,記憶装置にはそれぞれ1組のパラメータ値が利用され,これにより非同期機のパラメータは良い精度を以て与えられる。」(16頁右上欄16行~右下欄5行)
⑬ 第6図(FIG6。3つのパラメータ値の1つを選択して検出する装置の一例の接続図)の記載は以下のとおりである。
<第6図>
file_18.jpgFIG6
エ 上記ウ①~⑬から,乙11発明の内容は,以下のとおりのものであることが理解できる。
(ア) 上記③から,「インバータ」が「可変電圧可変周波数の交流を出力する変換器」に,「非同期機」が「誘導電動機」に,上記⑧から「磁界オリエンテーション制御」が「ベクトル制御」に,それぞれ相当することは当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)であれば容易に認識し得ることであり,また一般に,インバータ(変換器)は,制御装置からの駆動信号により運転されるもので,その出力量(出力電流及び出力電圧)は,制御装置に与えられる指令信号に応じて制御されるものであることは,本件特許権1の出願当時(昭和59年3月2日)において周知の技術事項であるから,乙11発明は,本件発明1(2訂)の「誘導電動機に可変電圧可変周波数の交流を出力する変換器と,該変換器の出力量を制御して前記電動機をベクトル制御する制御装置を備えた誘導電動機制御システム」(構成要件1-A)との点を満たすものと認められる。
(イ) また上記④及び⑤から,乙11発明は,非同期機(誘導電動機)の固定子抵抗,漏れインダクタンス,主インダクタンスに対するパラメータ値,すなわち電動機定数を検出することを目的とし,そのために上記⑤のa)~d)から構成される測定演算手段に相当するものを有するものと認められるから,本件発明1(2訂)の「前記電動機の電動機定数を測定演算する電動機定数演算手段」(構成要件1-B)を備えたものと認められる。
(ウ) また上記⑧によると,ベクトル制御に相当する「磁界オリエンテーション制御」においては,磁束(ベクトル)に平行な磁化電流成分i’φ1(本件発明1(2訂)でいう励磁電流成分i1d)と,磁束(ベクトル)に直角の電流成分i’φ2(本件発明1(2訂)でいうトルク電流成分i1q)が,目標値に制御されるものであり,先の⑤のa)~d)から構成される測定演算手段から,第6図における出力端26及び27に導き出されて制御のために必要な情報(信号)として用いられるものと認められる。
加えて,乙11発明のパラメータ値の測定方法では,測定演算装置の制御(パラメータ値の調整等)は,インバータ制御装置に与えられる予め定めた指令信号による運転条件に対応して行われるものであり,指令信号の制御と測定演算手段の制御は一体不可分であるから,具体的回路構成が明示されていなくとも,インバータを制御するための指令信号を,測定演算手段の第6図に図示されていない出力端から出力させることが,乙11発明には実質的に開示されていると認められる。
(エ) さらに上記⑫から,固定子抵抗rsの設定に関して,「固定子周波数が静止しているとき」とは,直流励磁を行っている場合に相当することは当業者であれば容易に認識し得るところ,その場合に「固定子電流を記憶させ,e’=0となるようにパラメータrsを調節してもよい」と記載されている。
ここで,乙11の(1)式は,「e=u-i・rs-xσ・i」であるところ,直流励磁の場合にはfile_19.jpgであるから,「file_20.jpgとなるように」することとは,検出された固定子電圧及び固定子電流を座標変換したuα及びiαから,0=uα-iα・rsとなるようにrsを調整することに他ならないといえる。
そうすると,回転停止の条件として,固定子周波数が静止している条件(すなわち本件発明におけるω1=0とすること)を設定して,非同期機に直流を供給し,その状態下の固定子電圧及び固定子電流(本件発明1(2訂)における変換器の出力量に相当する)を測定演算手段(上記⑤のa)~d))により測定演算することにより,電動機定数の一つである固定子抵抗を設定可能にすることが示されている。
(オ) また,上記⑪より,漏れインダクタンスのパラメータ値xσを「rsに対する値に関係なく非同期機の通常運転を開始する前に短絡試験により検出すること」が可能であって,この短絡試験においては,回転子が,固定子電流が高い周波数(特に定格周波数の50%以上)で運転している間拘束される。この「拘束」は,少なくとも固定子電流の周波数に追随した回転ができない条件のもとで,回転子が回転停止状態になっていることを意味するものと理解でき,また,乙11には,別途備えられるべき拘束装置に関する明示的な記載は一切なく,このときの電動機への印加電圧やトルク電流成分の大きさについての言及もない。
そうすると,上記短絡試験は,拘束装置を用いることなく,電動機を回転停止状態として試験を行うものも含んでいるといえるから,乙11発明は,回転停止の条件として,回転子が拘束されているときで固定子周波数が高いときを指令信号として設定して,インバータを制御し,非同期機のその状態下の固定子電圧及び固定子電流を測定演算手段(上記⑤のa)~d))により測定演算することで,電動機定数の一つである漏れインダクタンスを設定可能にすることが示されている。
(カ) 以上によれば,乙11発明の内容及び本件発明1(2訂)との一致点及び相違点は以下のとおりであると認められる。
<乙11発明の内容>
「非同期機に給電するインバータと,該インバータを制御して前記非同期機を磁界オリエンテーション制御するインバータの制御装置を備えた装置において,
前記非同期機の通常運転を開始する前に固定子抵抗,主インダクタンス,漏れインダクタンスのうち決定すべきパラメータ値に対応してそれぞれ運転すると共に,前記非同期機のパラメータ値を測定演算する測定演算手段を備え,
前記非同期機の通常運転を開始する前に,固定子抵抗,漏れインダクタンスのうち決定すべきパラメータ値を検出するために固定子周波数が静止,もしくは回転子が拘束されるように決定すべきパラメータ値に対応して制御し,前記測定演算手段の出力端に出力される指令信号により前記インバータを制御し,前記非同期機の固定子周波数が静止,もしくは回転子が拘束されているときで固定子周波数が高いときに,その際における前記インバータの前記決定すべきパラメータ値に対応する固定子電圧及び固定子電流を前記測定演算手段に入力し,該入力した前記固定子電圧及び固定子電流に基づいて前記測定演算手段により前記非同期機のパラメータをそれぞれ測定演算する,
非同期機のパラメータ測定方法。」
<一致点>
本件発明1(2訂)と乙11発明は,いずれも
「誘導電動機に可変電圧可変周波数の交流を出力する変換器と,該変換器の出力量を制御して前記電動機をベクトル制御する制御装置を備えた誘導電動機制御システムにおいて,
前記電動機をベクトル制御する前に複数の電動機定数の測定条件にそれぞれ制御するために指令信号を出力して,前記電動機の電動機定数を測定演算する電動機定数演算手段を有し,
前記電動機をベクトル制御する前に,前記電動機の前記複数の電動機定数の一つの定数の測定条件に応じた回転停止となる指令信号を前記測定条件毎に出力し,該指令信号に従い前記変換器の出力量を制御し,前記電動機に交流あるいは直流を供給し,その際における前記変換器の前記測定条件下における出力量を前記測定演算手段に入力し,該入力した前記出力量に基づいて前記演算手段により前記電動機の電動機定数をそれぞれ測定演算する,
電動機定数測定方法。」である点で一致する。
<相違点1>
本件発明1(2訂)ではベクトル制御する「制御装置に」,電動機をベクトル制御する前に「ベクトル制御の指令信号に代えて」複数の電動機定数の測定条件にそれぞれ制御するために「予め定めた」指令信号を出力して,前記電動機の電動機定数を測定演算する電動機定数演算手段を「含み」と特定されているのに対し,乙11発明ではかかる特定はなされていない点。
<相違点2>
回転停止となるように測定条件毎に行う制御に関し,本件発明1(2訂)では「(電動機定数)演算手段から(ベクトル制御する)制御装置に」指令信号を出力し,該指令信号に従い「前記制御装置により」変換器の出力量を制御しているのに対し,乙11発明ではかかる特定はなされていない点。
<相違点3>
本件発明1(2訂)では「この演算された電動機定数に基づいて制御装置の制御演算定数を設定する誘導電動機制御システムの制御演算定数設定」方法であるのに対し,乙11発明ではかかる特定はなされていない点。
オ そして,上記相違点1~3については,以下のとおりであることが認められる。
(ア) 相違点1について,乙11には,測定演算手段(前記⑤のa)~d)から構成)から取り出される出力端26及び27の信号i’φ1及びi’φ2がインバータの制御装置に対して指令信号の一部となるものであるから,測定演算手段とインバータの制御装置との関係は示唆されているとみるのが相当である。また,測定演算手段をインバータの制御装置に含ませる点に関しては,インバータの制御装置は,測定演算手段により得られた電動機定数を使用するものであることから,電動機定数を測定演算手段から受け取れる形態であるならば,測定演算手段をインバータの制御装置に含ませるか否かは格別の問題とならず,当業者が適宜に採用し得る設計的事項といえるものである。
また,相違点1における実運転前とは,電動機をベクトル制御する前であり,その指令信号はベクトル制御の指令信号に代えて複数の電動機定数の測定条件にそれぞれ制御するために予め定めた指令信号とすることは,自明の事項である。
そうすると,相違点1の構成に関しては,当業者において容易に想到し得たものと認められる。
(イ) 相違点2については,上記⑧のとおりベクトル制御に相当する磁界オリエンテーション制御において,乙11では回転停止の条件として,固定子周波数が静止している条件を設定(上記⑫に示されている)して,非同期機に直流を供給し,その状態下の固定子電圧及び固定子電流を測定演算手段により測定演算することが示されているところ,回転停止の条件としての固定子周波数が静止している条件がインバータを駆動する制御装置に対しては回転停止となる指令信号として与えられるものであることは,当業者においては自明な技術事項にすぎない。その指令信号を測定演算手段から出力させるようにすることについても格別の創意工夫を必要とする技術事項とは認められず,当業者が適宜に採用し得る設定的事項であると認められる。
また,電動機定数演算手段からベクトル制御する制御装置に指令信号を出力させれば,該指令信号に従いベクトル制御する制御装置により変換器の出力量を制御することとなるのは自明の事項である。
そうすると,相違点2の構成に関しても,当業者において容易に想到し得たものと認められる。
(ウ) 相違点3の構成に関しては,非同期機のパラメータ値を通常運転において使用するためには,制御装置の制御演算定数を設定することは技術常識にすぎない。一方,乙11発明において非同期機の通常運転を開始する前に非同期機のパラメータ値を測定演算することの技術的意義は,演算された電動機定数に基づいて制御装置で制御することにあることも明らかであるので,演算された電動機定数を制御に使用することが示唆されているといえる。
そうすると,乙11発明において,上記の技術常識を踏まえれば,演算された電動機定数に基づいて制御装置の制御演算定数を設定することにより,相違点3に係る本件発明1(2訂)の構成とすることは,当業者にとって容易であり,また,そのために格別の技術的困難性が伴うものとも認められない。
以上によれば,相違点3に係る構成についても,当業者において容易に想到し得るものであると認められる。
(エ) そうすると,本件発明1(2訂)は,乙11発明に基づき,自明の事項及び上記技術常識を踏まえれば,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,進歩性(特許法29条2項)を欠如し,本件発明1(2訂)が本件発明1の構成を限定したものであることに照らせば,本件発明1についても同様に解することができ,特許権1は無効理由を有するというべきである。
カ 一審原告の主張に対する補足的判断
(ア) 一審原告は,乙11発明においては,e’=0とすることによって固定子周波数を静止させることはできず,また乙11はオフラインチューニングに関するものではないから,本件発明1(2訂)と乙11発明との相違点1・2に係る構成が重要であり,この点で進歩性を有する旨主張する。
しかし,相違点1・2に係る構成につき,容易想到と認められることについては上記のとおりであるから,一審原告の上記主張は採用することができない。
(イ) また,一審原告は,乙11には,高い周波数でかつ磁化電流成分を殆ど零とするような指令信号の記載はないから,回転停止となる指令信号によって測定演算することは容易想到とはいえないと主張する。
a この点,文献(乙156~158)には以下の記載がある。
・ 乙156(坪島茂彦著「図解誘導電動機-基礎から制御まで-」昭和58年8月20日第1版第5刷発行,東京電機大学出版局)
「7.3 電圧とトルクおよび電流との関係
式(6.18)をみると,トルクは電圧V1の2乗に比例することがわかる。…電圧が低下すると始動しなくなったり,運転が続けられず停止してしまうことがおこる。…」(124頁)
・ 乙157(中村元和著「基礎電気機器学」昭和53年5月15日初版発行,株式会社コロナ社)
「(a) 起動回転力 Tst〔Nm〕 電動機が起動時に,どのくらいの回転力を出すかを計算する。…
同一電動機については,Tst∝ V12,電圧の2乗に比例して起動時の回転力が低下することがわかる。…Tstはs=1の回転力である。」(72頁)
・ 乙158(高田勇次郎著「電験二種受験講座電気機器Ⅱ」昭和46年5月31日第1版第1刷発行,株式会社オーム社書店)
「例題10.多相誘導電動機の始動トルクは,供給電圧および周波数によりいかに変化するかを述べ,その理由を説明せよ.
〔解〕 始動トルクは供給電圧の2乗に比例し,周波数に反比例して変化する.…」(144頁)
b 上記aの文献の記載内容によれば,誘導電動機のトルク(回転力)が,電圧の2乗に比例することは技術常識といえるから,印加電圧をより低くして誘導電動機が発生するトルクをより小さくすれば,上記乙156に「電圧が低下すると始動しなくなったり,運転が続けられず停止してしまうことがおこる。」(124頁)との記載があるように,格別の拘束装置を用いなくとも,電動機の静止摩擦等の回転に対する抗力が,電動機の回転力よりも大きくなる状態が生じ,電動機が回転停止,すなわち始動しない状態となることは,当業者には自明であるということができる。
そうすると,乙11記載の非同期機の通常運転を開始する前に行う短絡試験は,拘束装置を用いることなく,印加電圧を低くして,電動機に付随する回転に対する抗力よりも電動機が発生するトルクが小さい状態を生じさせ,電動機の静止摩擦等により回転停止状態として試験を行うものも含むということができる。
そして,前記で摘記のとおり,乙11には,「従つて起電力ベクトルeは実際には,固定子電流ベクトルiに平行し,パラメータ値xσ’は,第10図において出力端29aから取出されている評価された起電力ベクトルe’の電流に直角な成分e’j2が零となるように調節されるだけでよい。…」(16頁左上欄14行~19行)とあるように,乙11の短絡試験は,電動機の回転停止状態において,演算された起電力ベクトルe’の電流に直角な成分e’j2が零となるようにパラメータ値xσ’を調節することを漏れインダクタンスxσの測定原理とするものであって,電動機に供給される高い周波数の固定子電流及び固定子電圧を測定演算手段に入力して演算するものであるから,回転子が拘束されるように指令信号によりインバータを制御し,これにより「…電動機に交流…を供給し,その際における前記変換器の測定条件下における出力量を前記測定演算手段に入力し,該入力した前記出力量に基づいて前記演算手段により前記電動機の電動機定数をそれぞれ測定演算する…」(上記本件発明1(2訂)と乙11発明との一致点)ものであることも明らかである。
以上によれば,乙11発明の内容として,回転子が拘束されるように指令信号によりインバータを制御することを認定できるから,一審原告の上記主張は採用することができない。
キ まとめ
以上のとおりであるから,本件発明1(2訂)は進歩性欠如の無効理由を有し,一審原告は,特許法104条の3第1項,29条2項により本件特許権1に基づく権利を行使することはできない。
2 特許権4に基づく不当利得返還又は損害賠償請求について(被告製品(1)~(4))
(1) 原判決122頁8行~134頁16行(特許権4には進歩性欠如の無効理由があるとしたもの)を削除する(なお一審被告は,平成21年11月19日の当審第4回口頭弁論期日において,特許権4の有効性は争わない旨の陳述をした)。
(2) 特許権4(請求項1)の定める要件を被告製品(1)~(4)が充足するかについて
原判決120頁下4行~122頁7行を,以下のとおり改める。
ア 本件発明4(2訂)の技術的意義
(ア) 本件発明4(2訂)の構成要件は,以下のとおりである。
「4-A 誘導電動機に電力を供給するインバータを電圧指令に基づいて制御する制御装置の制御定数を,前記制御装置の前記電圧指令を出力するコンピュータにより設定する方法において,
4-B 次のステップを有することを特徴とするインバータ制御装置の制御定数設定方法。
4-B-1(2訂) (a)前記電圧指令および前記誘導電動機の周波数指令の所定値を設定するステップ,
4-B-2(2訂) (b)無負荷状態において,前記所定値に基づいて前記インバータから出力される交流電圧を前記誘導電動機に印加することにより,前記誘導電動機を回転させるステップ,
4-B-3 (c)前記回転している誘導電動機に流れる電流を検出するステップ,
4-B-4(2訂) (d)前記所定値に設定された電圧指令,前記所定値に設定された周波数指令,および前記検出された電流に基づいて,前記コンピュータにより,前記誘導電動機の1次インダクタンスと関係する,前記制御装置の制御定数を設定するステップ。
4-B-5(2訂) (e)前記(b)のステップにおいて,周波数指令および電圧指令を前記設定した所定値まで徐々に且つ一定レートにて増加させて,前記誘導電動機を回転させるステップ。」
(イ) 上記のとおり,構成要件4-B-4(2訂)の内容は,「(d)前記所定値に設定された電圧指令,前記所定値に設定された周波数指令,および前記検出された電流に基づいて,前記コンピュータにより,前記誘導電動機の1次インダクタンスと関係する,前記制御装置の制御定数を設定するステップ。」であるところ,ここにいう「前記所定値に設定された電圧指令」,「前記所定値に設定された周波数指令」は,いずれも構成要件4-B-1(2訂)において,所定値に設定された各指令であると解される。また,「前記検出された電流」は,構成要件4-B-2(2訂)において,無負荷状態において交流電圧を誘導電動機に印加し,構成要件4-B-3で,誘導電動機を回転させた際に流れる電流を検出したものであることは明らかである。
(ウ) そして,構成要件4-B-4(2訂)における,上記電圧指令,周波数指令,電流「に基づいて,…誘導電動機の1次インダクタンスと関係する,…制御装置の制御定数を設定する」とある内容について,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌すると,以下のとおりであると解される。
明細書(第2次訂正後のもの。全文訂正明細書〔甲54添付〕)の発明の詳細な説明には,以下の記載がある。
・ 「【発明が解決しようとする課題】
従来は,電動機定数の設定値に基づいてそれらをマニュアル設定している。そのため,使用する電動機毎に制御定数を変更する必要があり,煩雑となり,また,電動機定数の設計値と実際値の不一致により,制御演算誤差を生じトルクが変動するなどの問題がある。」(段落【0004】)
・ 「一方,上記問題に対処するものとしては特願昭59-212543号がある。これはインバータ装置を用いて,その電流指令に基づいてインバータより電動機に電圧を印加し,そのときの電圧を検出し,該検出電圧値と電流指令値との関係より電動機定数を測定し,その結果に基づき制御定数を設定するものである。しかし,この特願昭59-212543号に示される例では定数測定用として専用に電圧検出器を設ける必要があり,また,電圧波形が歪波形であることから,検出精度が低く,すなわち,定数測定精度が低いという問題がある。」(段落【0005】)
・ 「本発明の目的は,制御装置の制御定数の精度を向上できるインバータ制御装置の制御定数設定方法を提供することにある。」(段落【0006】)
・ 「【作用】
第1の発明では,制御装置の制御定数の設定に用いる電流を,無負荷状態において誘導電動機を回転させた状態で検出している。無負荷状態において誘導電動機を回転させる,すなわち周波数指令を与えると,回転停止状態に比べて,誘導電動機内で発生する誘導起電力が大きくなる。このため,電圧指令値と誘導起電力との誤差が小さくなり,検出電流に対する前記誤差の影響が少なくなる。従って,検出された電流に基づいて設定される,1次インダクタンスと関係する制御定数の精度が向上する。…」(段落【0008】)
・ 「〔l1+L1の測定法〕
v1d=v1d*=0,v1q=v1q*∝ w1*,w1=w1*,ws≒0
すなわち,無負荷状態においてv1q*とw1*を所定値に設定し,いわゆるV/F一定制御運転(磁束一定条件)を行う。ここで,(10)式において無負荷条件である故i1q≒0となり,したがって(l1+L1)は次式より測定演算できる。」(段落【0042】)
・ 「【数18】
file_21.jpg(18)」(段落【0043】)
上記によれば,本件発明4(2訂)は,従来,検出電圧値と電流指令値との関係より電動機定数を測定し,その結果に基づき制御定数を設定するものがあったとし,これによれば電圧検出器を設ける必要があり,また,電圧波形が歪波形であることから電圧の検出精度が低いとの問題があった(段落【0004】・【0005】)。これを解決するため,本件発明4(2訂)は,無負荷状態において誘導電動機を回転させると,電圧指令値と誘導起電力との誤差が小さくなることを利用するものである(段落【0006】・【0008】)。具体的には,電圧指令(v1q*:q軸の電圧指令値),周波数指令(w1*:周波数指令信号),及び検出された電流(i1d:d軸電流成分)を用いて,これを周知の電圧方程式により,かご形誘導電動機では測定できない2次電流を消去する等の過程を経た上で無負荷状態における条件を設定すると,1次漏れインダクタンス(l1)と1次有効インダクタンス(L1)の和は,上記演算式(18)で表されることを利用し,これに代入して1次インダクタンスと関係する定数(l1+L1)を測定演算するものである。
そうすると,構成要件4-B-4(2訂)における,上記電圧指令,周波数指令,電流「に基づいて,…誘導電動機の1次インダクタンスと関係する,…制御装置の制御定数を設定する」とは,所定値に設定された電圧指令及び周波数指令に基づいて誘導電動機を無負荷状態で回転させて電流を検出し,構成要件4-B-1(2訂)にて所定値に設定された「前記電圧指令および前記誘導電動機の周波数指令」(すなわち,上記電圧指令(v1q*),周波数指令(w1*))と,構成要件4-B-3で検出した電流(すなわち,上記検出された電流(i1d))を用い,電圧方程式より導出した式にこれを代入して演算し,「誘導電動機の1次インダクタンスと関係する」演算結果を得,その結果に基づき制御定数を設定するものであると解される。
(エ) また,上記解釈は,本件特許権4の訂正の経過からも裏付けられる。すなわち,本件特許権4についての第2次訂正(平成20年1月16日付け訂正請求)について,構成要件4-B-4(2訂)を訂正する根拠に関し,訂正請求書(甲54)には,以下の記載がある。
「『(d)~前記コンピュータにより,前記誘導電動機の1次インダクタンスと関係する,前記制御装置の制御定数を設定するステップ。』を,『前記所定値に設定された電圧指令,前記所定値に設定された周波数指令,および前記検出された電流』に基づいて設定する点の根拠は,本件訂正明細書の段落【0042】及び【0043】の記載のうち,特に,『v1q*とw1*を所定値に設定し,』という記載,及び,『(l1+L1)は次式より測定演算できる。【数18】
file_22.jpg(18)』
という記載,及び,例えば,段落【0059】の『ここで制御定数(r1,l1+l2’,l1+L1)は定数演算器9の演算結果より設定する。』という記載にある。
上記記載において,v1q*が所定値に設定され電圧指令に対応し,とw1*が所定値に設定された周波数指令に対応し,i1dが検出された電流に対応し,(l1+L1)が定数演算器9で演算され,図7の電圧指令設定器3に設定される『誘導電動機の1次インダクタンスと関係する制御装置の制御定数』に対応している。」
上記によれば,訂正後の構成要件4-B-4(2訂)は,電圧指令(v1q*),周波数指令(w1*)と,構成要件4-B-3で検出した電流(検出電流i1d)を用い,電圧方程式より導出した式にこれを代入して演算し,「誘導電動機の1次インダクタンスと関係する」演算結果を得,その結果に基づき制御定数を設定するものであることが明らかである。
(オ) そして構成要件4-B-5(2訂)の内容は「前記(b)のステップにおいて,周波数指令および電圧指令を前記設定した所定値まで徐々に且つ一定レートにて増加させて,前記誘導電動機を回転させるステップ。」とするものであるところ,(b)のステップの記載された構成要件4-B-2(2訂)には,「(b)無負荷状態において,前記所定値に基づいて前記インバータから出力される交流電圧を前記誘導電動機に印加することにより,前記誘導電動機を回転させるステップ,」と記載されていることから,無負荷状態において誘導電動機を回転させるに当たり,周波数指令及び電圧指令を所定値まで徐々に且つ一定のレートで増加させることをその内容とするものと解される。
イ 被告製品(1)~(4)の上記構成要件4-B-4(2訂)充足性の有無
(ア) 被告製品(1)~(4)における無負荷状態における電流の測定に基づく1次インダクタンスと関係する定数の設定(回転形オートチューニング機能)の動作について,弁論の全趣旨によれば,以下のとおりであることが認められる。
被告製品(1)~(4)の回転形オートチューニング機能は,無負荷電流を設定するものであり,その具体的手順として,以下のステップによる。
・ センサレスベクトル制御モードに設定する(ステップ200)。
・ d軸電流指令値id*の現状設定値,およびモータ速度指令ωr*(銘板データの定格周波数の80%)を制御装置側(制御ブロック図の右側)に出力する(ステップ210)。なお,モータ速度指令ωr*は定格周波数の80%まで徐々にかつ一定レートにより増加させる。
・ モータ速度指令ωr*およびd軸電流指令id*に従って,センサレスベクトル制御モードで運転し,モータの回転速度を制御する(ステップ220)。
・ d軸電流アンプの入力偏差(d軸電流指令値id*-d軸電流検出値id)を,制御装置側から電動機定数演算手段に入力する(ステップ221)。
・ 電動機定数演算手段は入力偏差が零近傍であるかどうかを判断する(ステップ222)。
・ 当該ステップ222の判断結果が零近傍でなければ,入力偏差が減少する方向にd軸電流指令値id*を増減変更したのちステップ220に戻る(ステップ223)。
・ ステップ222の判断結果が零近傍となれば,その際のd軸電流指令値id*を無負荷電流として設定する(ステップ230)。
・ 上記ステップ221ないしステップ230の処理は,速度指令(ωr*)の目標値に到達したのちに行われる。
(イ)a また,被告製品(1),(2)の説明書(一審被告作成のVarispeed G7,200V級,400V級の「取扱説明書」,乙160の1)及び被告製品(3)の説明書(一審被告作成のVarispeed F7,200V級,400V級の「取扱説明書」,乙160の2)には,いずれも以下の記載がある。
「■ マニュアルによるモータ定数の設定方法
…
モータ定格スリップの設定
E2-02にモータ銘板に記載されている定格回転数からモータの定格スリップを計算し,設定してください。
モータ定格スリップ量=モータ定格周波数[Hz]-定格回転数[min-1]×モータ極数/120」
b また,被告製品(4)の説明書(一審被告作成のVARISPEED 616G5,200V級,400V級の「取扱説明書」,乙160の3)についても上記同旨の記載があるほか,以下の記載もある。
「・ モータの銘板に記載されている数値からモータ定格スリップ(すべり)量を計算し,設定してください。…」
c さらに,乙159(株式会社安川電機インバータ事業部開発部Dが平成21年5月20日に作成した「オートチューニング実験結果報告書」)によれば,以下の事実が認められる。
すなわち,乙159は,被告製品(1)(Varispeed G7,200V級)・同(3)(Varispeed F7)・同(4)(VARISPEED 616G5)を用いて,PG(速度検出器)なしベクトル制御において回転形オートチューニング(対象方法2)を選択し(被告製品(1)・(3)。被告製品(4)については,回転形オートチューニングのみなので選択不要),無負荷状態においてモータ速度指令が目標値に達した後に,2~3秒間のみ負荷を印加し,モータ速度指令・出力周波数指令・q軸電流iqを測定して上記a・b記載の条件でモータ定格スリップを計算するところ,モータ定格回転数(モータのベース回転数)につきモータの銘板記載の数値(実験条件では1750min-1)のものと,これと異なる数値(1600min-1)を入力したものとを比較すると,上記a・bの条件から算定される定格スリップはそれぞれ1.67Hz,6.67Hzとなる。この条件で負荷を印加した際の出力周波数指令(ω1*。モニタU1-02)を測定すると,モータ定格回転数の違いにより差が生じており,出力周波数指令(ω1*)は,すべり周波数指令(ωs*)の増加に基づく(両者でモータ速度指令は同一値〔48Hz〕である)ところ,このすべり周波数指令(ωs*)は定格スリップとq軸電流指令iq*の積に比例し,q軸電流iqはほぼ同じ値であるところから,すべり周波数の値が,定格スリップの値から決定されているものと認めることができる。
上記によれば,被告製品(1)~(4)(被告製品(2)は,被告製品(1)と同じ構成)においては,無負荷電流をベクトル制御運転により測定しており,電圧指令及び周波数指令は時々刻々変化されるものであって,所定値に設定されていないことが確認できる。
また,起動開始から前記目標値に到達するまでの間(ステップ220)もセンサレスベクトル制御で運転されるものと認めることができる。
(ウ) そして,上記(ア)のとおり,被告製品(1)~(4)の回転形オートチューニングにおいては,誘導電動機の回転が速度指令(ωr*)の目標値に到達したのちに,上記記載のステップ221からステップ230が行われる。
この過程は,誘導電動機の無負荷定常回転状態において,d軸電流アンプの入力偏差(d軸電流指令値id*-d軸電流検出値id)が減少する方向にd軸電流指令値id*を増減変更し,当該入力偏差が零近傍となった際のd軸電流指令値id*を無負荷電流として設定するものである。
被告製品(1)~(4)においては,電圧E*と周波数指令ω1*に関して,定格電圧と定格周波数の比(K)に基づく電圧変換を行うものであるところ(当事者間に争いがない),無負荷定常回転状態においては,d軸電圧指令Vd*=0,q軸電圧指令Vq*=E*=K・ω1*となり,定格電圧値と定格周波数(定格角速度)との比に等しい比率の電圧(=Vq*)と周波数(角速度ω1*)により運転され,誘導電動機には定格磁束が発生するものと認められる。そして,この状態において定格無負荷電流,すなわち,励磁電流値を得ることができる。
したがって,無負荷定常回転状態において設定されたd軸電流指令値id*(すなわち,無負荷電流値)は,誘導電動機の定格の動作点における励磁電流値と等価であって,誘導電動機の1次インダクタンスと関係する一種の電動機定数と解され,被告製品(1)~(4)においてd軸電流指令値id*はその後のインバータの制御に利用されるものであるから,d軸電流指令値id*に無負荷電流を設定することは,「前記誘導電動機の1次インダクタンスと関係する,前記制御装置の制御定数を設定する」ことに相当するとはいえる。
しかし,被告製品(1)~(4)におけるステップ221からステップ230をみると,d軸電流指令値id*を無負荷電流として設定する一連のステップにおいては,入力偏差(d軸電流指令値id*-d軸電流検出値id)の演算処理が含まれるものの,「前記所定値に設定された電圧指令」と「前記所定値に設定された周波数指令」を用いた演算処理は行われておらず,公知の電圧方程式を用いた演算も行われていない。
そして,他のステップを参照しても,「前記所定値に設定された電圧指令」と「前記所定値に設定された周波数指令」と「前記検出された電流」を用いた演算処理に対応する処理の存在を推認させるものはない。
したがって,被告製品(1)~(4)で行われている方法は,「(d)前記所定値に設定された電圧指令,前記所定値に設定された周波数指令,および前記検出された電流に基づいて,前記コンピュータにより,前記誘導電動機の1次インダクタンスと関係する,前記制御装置の制御定数を設定するステップ」と規定された構成要件4-B-4(2訂)を充足しないということができる。
ウ 被告製品(1)~(4)の上記構成要件4-B-5(2訂)充足性の有無
(ア) 構成要件4-B-5(2訂)は,構成要件4-B-2(2訂)の誘導電動機を回転させるステップをより具体的に規定するものであって,「周波数指令および電圧指令を前記設定した所定値まで徐々に且つ一定レートにて増加」することが規定されている。
被告製品(1)~(4)における誘導電動機の回転速度の制御については,前記イのとおりであるところ,起動開始から前記目標値に到達するまでの間もセンサレスベクトル制御で運転されるとの説明によれば,その誘導電動機の回転速度の制御は,誘導電動機が静止状態から所定の指令値(モータ速度指令ωr*が銘板データの定格周波数の80%)に基づいた回転状態に至るまでの間も適用されるものと認められる。
そして,被告製品(1)~(4)で採られている方法では,速度指令ωr*を目標値まで徐々に且つ一定レートにて増加させ,到達後はωr*を目標値に固定するものである。
(イ) そして,無負荷状態において,誘導電動機を静止状態から所定の指令値に基づく回転状態まで運転する過程について検討すると,誘導電動機は「無負荷状態」であっても,現実には摩擦や慣性モーメントを有するから,誘導電動機を静止状態から回転状態にするためには,トルクに関係するiq電流が必要である。
これにつき甲60(A「実験報告書」)を参照すると,甲60は,被告製品(3)(VarispeedF7),被告製品(1)(VarispeedG7,200V級),被告製品(4)(VARISPEED-616G5)において,回転形オートチューニング(対象方法2)を選択し(ただし,上記のとおり被告製品(4)については,回転形オートチューニングのみなので選択は不要),各誘導電動機の銘板に記されたモータ出力電力,モータ定格電圧,モータ定格電流,ベース周波数,ポール数,ベース回転数のモータ定数を設定し,インバータ出力のU相電流Iuを電流計測器で測定した結果であるところ,回転開始時にモータトルク電流iq(モータ2次電流)が大きく流れることが看取できる(図2・4・6)。このとき電流指令値iq*もiq電流に応じて0ではない値となっていると理解できるから,上記定格スリップと電流指令値iq*に基づいて得られるすべり周波数指令ωs*も0ではなく,したがって,ω1*=ωr*+ωs*の演算式で算出される出力周波数指令ω1*は,モータ速度指令ωr*と異なる値となることが明らかである。
さらに,速度指令が増加し,誘導電動機が加速回転するときは,当然に電動機には加速のための回転力が必要となるから,モータのトルクに関係するiq電流が流れることは自明であり,すべり周波数指令ωs*も0ではない。そうすると,上記で検討したように,出力周波数指令ω1*は,モータ速度指令ωr*と異なる値となることから,出力周波数指令ω1*は目標値まで「徐々に且つ一定レートにて増加」するものではない。
また,q軸電圧指令Vq*はq軸のACR出力及びE*(=K・ω1*)に基づいて生成されるから,仮にq軸のACR出力が0であるとしても,出力周波数指令ω1*が一定レートとならないから,E*(=K・ω1*)も同様に目標値まで「徐々に且つ一定レートにて増加」しない。
したがって,被告製品(1)~(4)は,周波数指令も電圧指令も「徐々に且つ一定レートにて増加」するものではない。
(ウ) したがって,被告製品(1)~(4)で採られている方法は,「(e)前記(b)のステップにおいて,周波数指令および電圧指令を前記設定した所定値まで徐々に且つ一定レートにて増加させて,前記誘導電動機を回転させるステップ」と規定される構成要件4-B-5(2訂)を充足しない。
エ 一審原告の主張に対する補足的判断
一審原告は,上記甲60(A「実験報告書」)によれば,被告製品(3)(VarispeedF7),被告製品(1)(VarispeedG7,200V級),被告製品(4)(Varispeed616G5)の回転形オートチューニング(対象方法2)を選択すると,定格周波数及び定格電圧の80%の値に至るまで出力周波数(f1),出力電圧指令(V1*)が一定の割合で増加し,その値に至るとそのまま一定値を維持することが理解できると主張する。
しかし,上記甲60によれば,モータ励磁電流Idは,モータの回転開始とほぼ同時に大きく振れ,また出力周波数f1,出力電圧指令V1*,出力電圧指令Vq*もモータの初動時のみ大きく立ち上がっている(図2・4・6)。これによれば,被告製品(1),(3),(4)において,周波数指令及び電圧指令を設定した所定値まで徐々に且つ一定レートにて増加させているということはできないから,一審原告の上記主張は採用することができない。
オ まとめ
以上によれば,被告製品(1)~(4)は,本件発明4(2訂)の技術的範囲に属しないことになる。
3 特許権3に基づく不当利得返還又は損害賠償請求について(被告製品(5))
(1) 以下のとおり付加するほか,原判決110頁9行~120頁下5行(本件発明3の充足,先使用,損害)のとおりであるから,これを引用する。
(2) 一審被告による先使用の有無について
ア 一審被告は,原判決が本件発明3について一審被告の先使用権を認めなかったのは誤りであり,一審被告は,一審原告が本件特許権3を出願した昭和60年(1985年)12月6日より前に,オンディレイ補正に係るVS-676に具現された発明(被告製品発明)を完成させ,その実施である事業の準備をしていたから,先使用に基づく通常実施権を有する旨主張する。
特許法79条(先使用による通常実施権)は,「特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし,…特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者は,その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において,その特許出願に係る特許権について通常実施権を有する」と定めているところ,上記にいう「発明」,「事業の準備」及び「先使用権の範囲」の意義につき,①「物の発明については,その物が現実に製造されあるいはその物を製造するための最終的な製作図面が作成されていることまでは必ずしも必要でなく,その物の具体的構成が設計図等によって示され,当該技術分野における通常の知識を有する者がこれに基づいて最終的な製作図面を作成しその物を製造することが可能な状態になっていれば,発明としては完成している」,②「特許法79条にいう発明の実施である『事業の準備』とは,特許出願に係る発明の内容を知らないでこれと同じ内容の発明をした者又はこの者から知得した者が,その発明につき,いまだ事業の実施の段階には至らないものの,即時実施の意図を有しており,かつ,その即時実施の意図が客観的に認識される態様,程度において表明されていることを意味する」,③「特許法79条にいう『実施又は準備をしている発明の範囲』とは,特許発明の特許出願の際に先使用権者が現に日本国内において実施又は準備をしていた実施形式に限定されるものではなく,その実施形式に具現されている技術的思想すなわち発明の範囲をいうものであり,したがって先使用権の効力は,特許出願の際に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式だけでなく,これに具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式にも及ぶ」と解するのが相当である(最高裁昭和61年10月3日第二小法廷判決・民集40巻6号1068頁参照)。
そこで,以上の見地に立って,本件について検討する。
イ 証拠(乙30,31,46,161~164,当審証人B,同Eの各証言ほか,各認定事実の末尾に摘記した。)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。
(ア) 一審被告は,昭和58年6月以降,鉄鋼等の大型のシステム用途の高性能インバータとしてVS-686TVを製造・販売していた。
VS-686TVにおいては,スイッチングのオン・オフ時に発生する電圧降下を補償するためのオンディレイ補償は採用されていたが,電流指令値と電流検出値との偏差に基づく方式であり,本件発明3とは異なる方式であった(乙46,3頁)。すなわち,VS-686TVの方式は,出力電流のフィードバック制御機能を備える電流アンプ回路において,電流アンプの出力である電圧指令に対して,電流指令値と検出電流との偏差を用いて補正を加える方式であったところ,オンディレイ補正機能としては十分な性能ではなく,改善が必要とされていた(乙162,2頁)。
このように,VS-686TVはシステム用であり大型であるため,一審被告においては,一般産業単独可変速用途への展開を図るため,VS-686TVよりも中規模のシステムであるシステム産業用電機を主たる対象とする機種として,VS-676の制作が企画された。また,後継機であるVS-676においては,速度制御の高精度化が企図された。
(イ) そして,一審被告においては,昭和60年3月9日に,まず「VS-676基本構想とコスト試算」と題する書面(乙163)が作成された。これは,先行機種である前記VS-686TVを基に製品コストを試算したものである。
その後,昭和60年6月20日に至り,一審被告においてVS-676の製品開発プロジェクトチームを発足する旨が社内に通知され(乙15),昭和60年7月2日に第1回企画会議が(乙16),昭和60年7月12日~13日に第1回の集中討議が行われた(乙17)。
上記プロジェクトチームでは,開発リーダーにHが就任し,オンディレイ補正回路を含む主回路の回路設計を,E,F,Bらが担当することとなった。
上記第1回集中討議において,VS-676の販売促進上のセールスポイントとして,高精度トルク制御が可能であることをその一つとすることとし,トルク制御精度も±3%と設定することとした。
その後,昭和60年7月25日~26日に第2回集中討議が行われ(乙18),第1回集中討議で行われた製品企画について検討し,VS-676につきどのようなモータを用いるか等について検討がされた。
そして,昭和60年9月12日に,VS-676の製品開発についての話合いが行われたところ,そこでEは「VS-676に要求される品質について」と題して説明を行い,その説明及び質疑応答の結果は,同年9月20日に「VS-676 製品企画 DR 議事録」としてまとめられた(乙19)。
これらの検討を基に,昭和60年9月30日に「VS-676製品企画書」が作成された(乙20)。これによれば,「ネック技術一覧表 VS-676 技術方策から見たセールスポイント」には,技術方策の第1次の筆頭に,本件発明3のオンディレイ補正技術とも関連する,正弦波に近くリップルの少ない電流波形がよいことが挙げられるとともに,特にオンディレイ補正により効果改善が期待される「18 低歪み波形制御 低速時のトルクリップル低減」が技術開発のネック技術とされ,その重要度はA(AAに次ぐ),難易度はa(最上位)と評価されて,昭和60年8月10日段階での準備状況は25%とされた。
その後,昭和60年10月28日に至り,オンディレイ補正回路が搭載されたコントロールカード回路で必要となる制御電源の種類及び各電流容量の検討が行われた(「VS-676 制御電源の分類」乙62)。そして,Bによりオンディレイ補正に係る実験が行われることとなったが,同人は,一審被告の行橋工場にあったVS-686TVを用いることとした。しかし,Bは当時入社2年目で自ら回路を作成する能力がなかったことから,Eから基本となる回路構成を指示され,上記VS-686TVをVS-676の試作品の意味で「VS-676E・M」として実験を重ねた。
(ウ) Bは,上記のとおりVS-676E・Mを用いたが,VS-686TV自体が有する本件発明3と構成の異なるオンディレイ補正回路を外し,Eに指示された構成である,3.9Vの2つの対向するツェナーダイオード,2MΩ(メガオーム)の抵抗を用いてオンディレイ補正を行うことでの電流波形の改善効果についての実験を行った。Bは,その電流波形の改善について,オシロスコープ上の画面で確認するとともに,これを写真に撮影した。そして,これら実験結果を基に,昭和60年11月27日に,乙8のグラフ3「オンディレイ補正有の場合の各周波数における電流制御精度」を,昭和60年12月2日には,乙8のグラフ2「オンディレイ補正なしの各周波数における電流精度 モータ電圧,モータ電流-回転数」を作成した。また,昭和60年12月9日には,乙8のグラフ1「電流方向によるオンディレイ補償有無での電流リップル,トルク検出リップル含有率」を作成した。
(エ) 上記Bによる実験結果は,昭和61年2月3日付けで「行橋工場可変速設計課 技術報告 VS-676 電流方向によるオンディレイ補正実験結果」(乙8)としてまとめられ,この実験結果報告は昭和61年3月10日付けでHから承認を受けた。同実験結果報告には,「実験結果」(13頁)として,「◎出力電流波形 低速領域において電流波形に改善がみられ電流リップル,トルク検出リップルも,VS-686TVより減少した。参照 photo13~16 グラフ1」とされ,「まとめ」(18頁)として「今回の実験で,電流制御範囲拡大につながる効果は,見いだせなかった。しかし,電流方向によるオンディレイの補正は,低速領域の電流波形の改善に効果があることを確認した。この結果を,VS676製品化に,反映する」と記載されている。
(オ) Fは,この実験結果を基に,昭和61年3月18日,VS-676におけるオンディレイ補正回路の組み込まれた図面である「VS-676 CONTROLL CARD ELEMENTARY DIAGRAM 電圧アンプ&PWM回路」(乙22の4)を作成した。そして上記図面は,同年3月25日にEの照査を経て同年3月26日,Hにより最終承認された。上記乙22の4の図面に描かれたオンディレイ補正回路においては,乙8の11頁グラフ3(昭和60年11月27日作成)に描かれた「電流方向ホセイ回路」のうち,オペアンプと2つのツェナーダイオードの間に記載された2MΩ(メガオーム)の抵抗については,削除されたものとして描かれている。
この抵抗の削除は,当初,上記抵抗器は電流方向(極性)が切り替わる際の補正量の急激な変化(矩形波的な変化)を防止し,補正量の増減変化に傾きを持たせるため必要とされたが,ツェナーダイオードの有する傾き特性(ダイオード特性)だけでこの機能を発揮できるとして,抵抗器について削除されることとなったものである。なお,上記抵抗の削除については,Eの指示によるものであるが,その時期については,抵抗がそのまま記載された上記乙8がHにより承認されたのが昭和61年3月10日であるから,それ以降,昭和61年3月18日にFにより乙22の4が作成されるまでの間であると推認されるが,実際の時期は不明である。
(カ) 乙22の4に記載されたオンディレイ補正に係る部分のうち,三相交流(U相,V相,W相)のうちのW相についてその構成と機能をみると,W相電流指令値Iw*を演算増幅器52icの負側入力となる2番端子に入力し,正側入力となる3番端子のゼロ電圧(グランド電位)との差を,演算増幅器(52ic)が1番端子(出力端子)から増幅出力し,これをオンディレイ補償量Vwc*とする。演算増幅器(52ic)の入出力端間にはツェナーダイオード(1ZD,2ZD)2個が逆極性に直列接続されており,これによりW相電流指令値Iw*が正であればオンディレイ補償量は負のツェナー電圧値となり,W相電流指令値Iw*が負であればオンディレイ補償量は正のツェナー電圧値となる。これにより,W相電流指令値Iw*がゼロとなるポイントを境目にした矩形波状のオンディレイ補償量が出力されるものとなっている。上記のとおりの構成により,実際のオンディレイ補償量については不明であるものの,VS-676のオンディレイ補正回路の構成は定まることとなった。
(キ) 以上のとおりの開発経過を経て,新製品であるVS-676(200V級)については,昭和61年5月にカタログが作成され(乙24),昭和61年6月から見積・受注が開始された(乙26)。そして,一審被告の製品としての品質が達成できる旨を示す「形式試験合格認定申請書兼合格認定書」について昭和62年2月6日に認定され,同年3月25日に工場長の承認を得た(乙25)。
(ク) その後,一審被告は,VS-676の後継機種として,VS-676VGの製造販売を計画した。VS-676VGの製品運営指針として一審被告が作成した「汎用ベクトル制御トランジスタインバータドライブVS-676VG(Vector General purpose)の製品化について」(平成元年10月16日の承認印のあるもの。乙27)には,「VS-676は,昭和61年6月に製品化されて以来,直流機に代わる交流可変速として,ベクトル制御の特色を生かした,高精度制御を要求される応用分野に適用されてきた。…最近,押出機やエレベータなど,ベクトル制御単独ドライブのニーズが高まりつつあり,今回,このようなアプリケーションに適合するためにモータとインバータの組合せを整理して,ペアにしたものをVS-676VGと称し,汎用ベクトル制御インバータとして売りやすいように標準化したので通知する。」(1頁)とされている。
なお,VS-676の後継機種であるVS-676VGにおいては,トルク制御性能につき,VS-676では±3%であったものが,±10%に精度を低く設定されている。
(ケ) 一審被告は,さらにVS-676VGの後継機種である,被告製品(5)(VS676-VG3)につき,平成2年10月1日から受注を開始し,平成3年2月以降,販売した。このVS-676VG3(被告製品(5))についての製品運営指針として一審被告が作成した「汎用ベクトル制御インバータVS-676VG3の製品化について(PG付)」(平成3年2月1日の承認印のあるもの。乙28)には,「1989年10月に押出機やエレベータなど,ベクトル制御単独ドライブのニーズに応えるため,モータとインバータをセットとして販売するVS-676VGを製品化したが,その後の客先ニーズの多様化に対応するため,今回,第3世代インバータ総合開発の一環としての,VS-676VG3を製品化した。VS-676VG3は,従来より蓄積されたベクトル制御技術,アプリケーション技術の粋を結集した,全ディジタル低騒音形,汎用ベクトル制御インバータで,VS-676VGの後継機種である。」(1頁),「VS-676VG3全シリーズ製品化後は,原則として既存VS-676VGの新規オーダの製作は中止する。」(2頁)と記載されている。
(コ) 一審被告は,被告製品(5)について,平成16年9月ころまで販売を継続した。
被告製品(5)を紹介した「高性能ベクトル制御インバータドライブVarispeedfile_23.jpg-676VG3,Varispeedfile_24.jpg-676VH3,Varispeedfile_25.jpg-656DC3」(「安川電機」誌所収,1990年No.4第54巻通巻209号,平成3年5月20日印刷,平成3年5月25日発行〔株式会社オーム社を発売元として,1部515円で頒布〕,397頁~406頁,乙130の1〔甲10も同じ〕)には,被告製品(5)の性能につき以下の記載があり,オンディレイ補償の効果を強調している。
「5・2 速度制御範囲の拡大
電流波形歪によるトリクリプルは超微速での滑らかな運転を阻害する。VS676-VG3では電流波形歪を徹底的に抑制している。図5(a)に低周波における電流波形を示す。オンディレイ補償の効果により超低周波でも電流波形が正弦波に極めて近い。」
ウ 上記イの認定事実を基に判断する。
(ア) 被告製品(5)は原判決110頁10行~114頁1行記載のとおり,本件発明3の構成要件を充足する。
そして,前記アのとおり,特許法79条の先使用権の効力は,特許出願の際に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式だけでなく,これに具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更された実施形式にも及ぶものと解されるところ,被告製品(5)は,本件特許権3の出願日(昭和60年12月6日)より前の昭和60年7月頃に製造が企画され,その後販売されたオンディレイ補正機能を搭載したインバータの制御装置であるVS-676,及びその後継機種であるVS-676VGのさらに後継機種である。そして,上記イで認定した事実経過によれば,VS-676に実現されたオンディレイ補正機能は被告製品(5)においてもその同一性を失わない範囲で搭載されていると一応見ることができる。そうすると,VS-676において実現されたオンディレイ補正機能に係る発明について,一審被告において,本件特許権3の出願日以前に発明として完成しており,その発明の実施である事業の準備をしていたといえるかが問題となる。
(イ) ところで,本件発明3は,電圧形インバータの制御装置に関する発明であるところ,その課題・目的を「…オンディレイにより前述の電圧降下が生じる。これはインバータ出力電流の大きさと向きにより変化し出力電圧/指令値の線形性を乱す。またそれは後述する特性から高調波成分を含みトルクリプルの発生原因となる」(特許公告公報,2頁右欄22行~27行,甲9),「本発明の目的は,上記問題の解決にあり,オンデレイによるインバータ内部電圧降下を補償してインバータ出力電圧を高精度に制御し,高性能な制御が実現できる電圧形インバータの制御装置及びその方法を提供することにある」(同3頁左欄2行~6行)とするものであり,そのため特許請求の範囲に「インバータの電圧降下の特性から,…該電圧降下の値を…交流電圧指令に補正する手段」(請求項1)との構成をとることが記載されているものである。
そうすると,本件発明3については,インバータの電圧降下の特性に基づく電圧降下の値を交流電圧指令に補正する手段が備えられることにより,インバータの出力電圧を高精度に制御できることが確認された時期に発明が完成したとみるべきである。また,特許法79条の「事業の準備」の当てはめにおいても,本件発明3の上記内容に照らすならば,実際のインバータ装置における電圧降下の特性に基づく電圧補償量がどのように決定されているかも重要な要素となるというべきである。
そして上記のとおり,VS-676にオンディレイ補正回路を搭載するため,Bが行った実験においては,オンディレイ補正方法の異なるVS-686TVの補正回路を外して行ったものではあるが,この実験結果により,実際のVS-676の回路とは異なるものの,一審被告において,インバータの電圧降下の特性に基づく電圧降下の値を交流電圧指令に補正する手段が備えられることにより,インバータの出力電圧を高精度に制御できることが確認されたものというべきである。そうすると,乙8の実験結果が一審被告において報告としてまとめられた日である,昭和61年2月3日ころに被告製品発明は完成されたというべきである。
(ウ) また,VS-676のオンディレイ補正回路に係る図面がHの承認を受けたのは,昭和61年3月26日であるところ,乙22の4は「VS-676 CONTROLL CARD ELEMENTARY DIAGRAM 電圧アンプ&PWM回路」とあるとおり,展開接続図(エレメンタリーダイアグラム)に過ぎず,これのみでは実際の製品を作成することはできず,そのためには,別途,各回路を構成する部品についての材料表が必要であり,これによりオンディレイ補正の補償量が確定する。
しかし,VS-676におけるオンディレイ補正の実際の補償電圧の量については,当初10パーセントをめどにするようにとEがBに指示したとし,その後乙8で記載されたオンディレイ補正回路から2MΩの抵抗を外すことによって過補償気味にした(証人Eの証人調書28頁~29頁)とするものの,実際の補償量についてはこれを明らかにする証拠は提出されていない。この点,一審被告は,被告製品(5)におけるオンディレイ補正に係る電圧補償量V0の具体的数値について,一審原告の数度にわたる求釈明に応じず回答を拒否している(原告準備書面(21)4頁,被告準備書面(26)2~4頁,原告準備書面(23)4頁,被告準備書面(27)2頁,いずれも原審第11回・第12回弁論準備手続期日において陳述)。
(エ) 以上によれば,一審被告において被告製品発明が完成した時期は,乙8が作成された昭和61年2月3日ころのことであり,また本件発明3の実施である事業の準備があったといえるのは,昭和61年3月26日以降,実際にVS-676に用いられる部品が決まった時期(その時期にオンディレイ補正の補償量が決まる)と認めることができる。
そうすると,これらはいずれも本件特許権3の出願日(昭和60年12月6日)以降であるから,一審被告に,本件発明3に係る特許について,先使用による通常実施権は成立しないということになる。
エ 一審被告の主張に対する補足的判断
(ア) 一審被告は,低速領域におけるトルクリプル改善の効果を確認したのは,乙8の写真からであり,これは昭和60年11月27日以前に達成できたものであるから,先使用による通常実施権が成立すると主張し,証人E,同Bもそれに沿う証言(証人Bは,乙8,9頁のグラフ1「電流方向によるオンディレイ補償有無での電流リップル,トルク検出リップル含有率」につき,電流波形及びトルクリップル量の改善の程度を定量的に把握するために行ったのみであり,必要はなかったとする)をし,それに沿う証拠として乙161(B作成の平成21年6月3日付け陳述書)等を提出する。
しかし,被告製品発明ついて,その実施品とみられるVS-676に関し,特許法79条にいう「事業の準備」があるといえるかは上記で検討したとおりであるところ,一審被告の主張する乙8の写真による波形の改善の確認のみで足りるものと解されないことは,既に検討したとおりであるから,一審被告の上記主張は採用することができない。
(イ) また,一審被告は,昭和60年12月5日には,オンディレイ補正回路の搭載されたコントロールカードについて,部品点数並びに占有面積まで詳細に計算し,同月10日には装置全体についての製造工数の算出も行われ,主回路電用品の部品選定も行われていたから,本件特許3の出願日(昭和60年12月6日)以前に一審被告において被告製品発明を完成させていた旨主張し,それに沿う証拠として,乙64,乙65,乙76の1,2を提出する。
しかし,乙64(「VS-676コントロールカード コスト,部品点数,占有面積」,昭和60年12月5日Eの作成印のあるもの)には,機能別ブロック「CPU周辺」などとして部品点数,占有面積について記載があるものの,「企画時算出」と「詳細設計(12/4)」との間では相当の違いがあるほか(例えば「磁束演算部」では企画時算出の部品点数・占有面積はそれぞれ「47」・「1,770」(mm2)であるのに対し,詳細設計ではそれぞれ「24」・「1,522」となっている),「詳細設計(12/4)」の時点においてもディジタル部はすべて空白となっており,部品点数並びに占有面積が計算されていたとする根拠となり得ない。また,乙65(「20.200V80KVA(単独) 目標コスト:640,000円(電用品・部材:Pインデックス,I数:ST,レート:11,300/H)」と題する書面,昭和60年12月10日Gの承認印のあるもの)も,目標コスト(64万円)に対する構想設計段階での達成度(61万6547円,達成度96.3%)が記載されているだけであり,部品等の詳細は何ら明らかではない。乙76の1,2(「VS-676主回路電用品一覧表(暫定)」昭和60年12月10日I作成とするもの)についても,VS-676のオンディレイ補正回路に用いられる部品について何ら明らかにするものではないから,一審被告の上記主張は採用することができない。
(3) 不当利得又は損害の金額について
ア 一審被告は,原判決の認定した実施料率3%は高すぎて相当でない,と主張する(原判決の特許権3の侵害に係る損害額に対し,一審原告は不服を申し立てていない)。
この点に関しては,次に付加するほか,原判決116頁6行~120頁22行記載のとおりであるから,これを引用する(ただし原判決116頁末行,117頁15行,同19行に「乙130」とあるを「乙130の1」と訂正する)。
イ 一審被告の主張に対する補足的判断
(ア) 一審被告は,仮に本件特許権3について,一審被告に先使用による通常実施権が認められないとしても,一審被告は本件発明3を自力で完成し,一審原告の特許権から何ら恩恵を受けていないものであるから,損害賠償又は不当利得の金額の算定に当たり参酌されるべきである旨主張する。
しかし,不当利得又は損害賠償の金額算定に当たり上記事情を参酌すべきとする点については,法令上の根拠を欠くものであるから,一審被告の上記主張は採用することができない。
(イ) また一審被告は,被告製品(5)の対象期間(平成7年11月1日から平成16年9月30日まで)における販売額・販売台数は原判決認定のとおり27億9100万円・9861台であり,1台当たりの平均販売額は28万3034円であるところ,被告製品(5)のうちの最小容量である0.4kW(電圧クラス200V級。すなわち,被告製品(5)のうち共通のインバータ制御部等を含む最小構成品)品の販売額は420万4400円,販売台数は40台であるとして,この平均販売額は10万5110円であるから,被告製品(5)における本件発明3と関連する装置を含むインバータ制御部(B5)及びデジタルオペレータ(D5)の占める割合は,上記平均販売額の割合(すなわち10万5110円÷28万3034円)である0.37を超えることはなく,とすれば被告製品(5)の販売額のうちの0.37を基準としてこれに実施料率を乗ずる方法によるべきであるとし,これに沿う証拠として乙148(J〔安川情報システム株式会社ビジネスソリューション事業部第4開発部長〕作成の「陳述書」,平成21年3月6日付け)を提出する。
なるほど乙148には,一審被告の上記主張がJ及び安川情報システム株式会社従業員Kにより行われた集計に基づく旨の記載がある。しかし,原判決の判示する本件発明3の内容・被告製品(5)の態様に照らせば(原判決116頁8行~119頁下3行),実販売額(27億9100万円)に相当実施料率である3%を乗じた原判決の算定方法は適切というべきである。
すなわち,本件発明3は,インバータの電圧降下の特性に基づく電圧降下の値を交流電圧指令に補正する手段を備えることにより,特に低速領域におけるトルクリプルの発生を防止して電流波形を改善してインバータの出力電圧を高精度に制御することに関する発明であり,一審被告も,上記(2)イ(コ)のとおり,被告製品(5)の紹介記事においてオンディレイ補償による電流波形の改善の効果を宣伝しているところである。これらによれば,本件発明3の相当実施料率の算定に当たってはインバータ装置全体の販売額を基準とし,その3%とするのが相当であると認められる。したがって,一審被告の上記主張は採用することができない。
(ウ) さらに一審被告は,電流波形歪の改善に対する寄与の大半は,乙133(寺嶋正之ら「制御電流源ベクトル制御と制御電圧源ベクトル制御の実用面からみた性能比較」電気学会論文誌D産業応用部門誌107巻2号,昭和62年2月20日発行,社団法人電気学会,183~190頁)の図11の記載からも明らかなとおり,オンディレイによってインバータの出力電流の極性に応じたインバータの内部電圧降下が生じること,及び前記内部電圧降下の影響を解消するために検出電流の極性に応じて内部電圧降下の補償値を決定し,該補償値を交流電圧指令に加算するというオンディレイ補償の技術は,本件特許権3の出願時(昭和60年12月6日)既に周知であり,電流波形歪の改善に対する寄与の大半は,上記周知のオンディレイ補償の技術によってもたらされるものであり,これに検出電流に代えて指令電流を用い,かつ電流の大きさに応じて補償値の大きさも変えるように改良したのが本件特許権3の特徴的部分である,そうすると,本件特許権3の実施料率は0.5%程度であると主張するので検討する。
a 乙133には,以下の記載がある。
「図11(a)は電動機を静止状態においてトルク脈動を測定したものである。…さて,デッドタイムは電流の方向によって上下アーム間の転流のモードが変わるために生じる。従って,電流の方向を検出しデッドタイムの生じる分だけトランジスタの制御信号をずらせてやれば,この影響を小さくすることが可能である。図12にその原理図を示す。…図11(b)は上述のデッドバンド(判決注:デッドバンドについての記載は乙133にはなく,デッドタイムと同義と解される)補償を行った実験例である。電流波形はほぼ正弦波になっており,トルク脈動も定格トルクの1.3%と同図(a)より減少している(トルクの振幅を図11よりも大きくとっている)。」
b 本件特許権3の明細書(特許公告公報,甲9)には,以下の記載がある。
・ 「パルス幅変調インバータにおいては,インバータを構成するP側及びN側スイツチング素子を交互に導通制御して出力電圧をPWM制御する。しかしスイツチング素子にはターンオフ時間によるスイツチングの遅れがあるため,P側及びN側が同時にオンしないように,一方がオフした後,所定時間(オンデレイ時間)の後に,もう一方を遅れてオンするようにしている。このオンデレイにより前述の電圧降下が生じる。これはインバータ出力電流の大きさと向きにより変化し出力電圧/指令値の線形性を乱す。またそれは後述する特性から高調波成分を含みトルクリプルの発生原因となる。
従来,この解決法として,特公昭59-8152号公報,特開昭59-123478号公報に記載のように,インバータ出力電流の向きを検出し,それに応じてインバータの電圧指令信号を修正し,電圧降下を補償する方法が知られている。しかしこれらの方法においては出力電流の極性を高精度に検出できる電流検出器が必要であり,回路構成が複雑なこと,また電流検出器がすでに設置されていて電流検出信号が利用できる場合であつても,電流に含まれる高調波ノイズのために,前述の電圧降下の補償を安定かつ精度よく行なわせることが困難である。」(2頁右欄15行~39行)
c 上記a,bによれば,乙133の図11に記載されたものは,電流の方向を検出しトランジスタの制御信号をずらしてデッドタイム(オンディレイ)の影響を小さくするもので,電流検出器を必要(上記のとおり「電流の方向を検出し」と記載され,図12には,回路ブロックEに「電流方向検出」と記載され,インバータの出力部分で電流iaを検出し,電流iaの方向(+-)に応じて回路A,Bを切り換えてデッドタイム補償を行う旨が示されている)とする本件特許権3の従来技術に関するものである。
上記によれば,乙133は本件発明3の実施料率についての認定を左右するものではないから,一審被告の上記主張は採用することができない。
(エ) さらに一審被告は,訴訟提起(平成17年10月14日)から一審判決の言渡し日である平成20年12月24日まで3年2か月以上も要しているところ,その原因は一審原告が4件の特許権(特許権1~4)につき同時審理を請求し,3件の特許について訂正を繰り返して審理対象である特許請求の範囲の度重なる変更があったことによるから,不当利得の返還義務において,一審被告の得た利益を不法行為の損害賠償の実施料率と同率としたのは不当であり,また遅延損害金についても一審原告には上記のとおり審理遅延についての帰責事由があるから,公平の観点から民法722条2項(損害賠償額を定めるに当たって被害者側の過失の考慮)を適用すべきであると主張する。
しかし,本件訴訟の審理経緯(訴え提起平成17年10月14日,原審判決平成20年12月24日,当審口頭弁論終結平成21年12月24日及び前記第2,7掲記の各審決取消訴訟の提起等)に鑑みると,一審被告の上記主張を採用するのは相当でない。
(4) まとめ
以上によれば,被告製品(5)は,特許権3を侵害するとの請求部分は,8373万円(平成7年11月1日から平成14年10月末日は不当利得金,平成14年11月1日から平成16年9月末日は損害賠償金として,それぞれ日割計算する)及びこれに対する訴状送達の翌日である平成17年10月25日から支払済みまで年5分の割合による法定利息又は遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がないことになる。
4 結論
そうすると,一審原告の本訴請求を上記3(4)の限度で認容した原判決は,結論において相当であることになる。
よって,一審原告(A事件)及び一審被告(B事件)申立てに係る本件各控訴はいずれも理由がないからそれぞれ棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 森義之 裁判官 今井弘晃)