知財高等裁判所 平成21年(ネ)10080号 判決 2010年4月27日
控訴人
株式会社日本クリード
訴訟代理人弁護士
佐伯洋平
被控訴人
株式会社Z1
被控訴人
Y1
被控訴人
Y2
被控訴人
Y3
被控訴人
Y4
被控訴人
Y5
被控訴人
Y6
被控訴人
Y7
被控訴人
Y8
被控訴人9名訴訟代理人弁護士
中村泰正
主文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は,控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人株式会社Z1(以下「被告会社」という。),被控訴人Y1(以下「被告Y1」という。),被控訴人Y2(以下「被告Y2」という。),被控訴人Y3(以下「被告Y3」という。),被控訴人Y4(以下「被告Y4」という。),被控訴人Y5(以下「被告Y5」という。)及び被控訴人Y6(以下「被告Y6」という。また,以上7名の被告らを「被告Y1外6名」という。)は,控訴人(以下「原告」という。)に対して,連帯して,金2500万円及びこれに対する平成20年6月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人Y7(以下「被告Y7」という。)及び被控訴人Y8(以下「被告Y8」という。また,被告Y7及び被告Y8を「被告Y7外1名」といい,被告Y1外6名と被告Y7外1名を総称して単に「被告ら」という。)は,原告に対し,相互に及び被告Y1外6名と連帯して,各自金1250万円及びこれに対する平成20年6月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
原告は,主に投資用中古ワンルームマンションの売買の仲介を業とする株式会社であるが,被告Y1外6名及び亡T(以下「亡T」という。)が,原告の営業秘密である中古ワンルームマンションの所有者情報,買取業者情報,マンションの売買契約に係る契約書類等の書式を不正に取得してこれを使用し,その使用によって原告に損害を与え,また,被告Y6及び被告Y7外1名の被相続人である亡Tが,原告らに対し,信義則上の報告義務を怠り,原告に損害を与えたなどと主張して,①被告会社に対しては,前記各営業秘密を営業上の活動に使用し,これを開示することの差止め,営業秘密を記録する記録媒体からの営業秘密データの削除若しくは営業秘密を記録する紙媒体の廃棄及び損害賠償金の支払を求め,②その余の被告らに対しては,損害賠償金の支払を求めた。原判決は,原告の請求を棄却した。原告は,上記各請求のうち,被告らに損害賠償を求める請求の一部について,これを不服として控訴したものである。
1 当事者の主張は,以下のとおり付加訂正するほか,原判決「第2 事案の概要」の「2 前提となる事実」,「3 争点」,「4 争点に関する当事者の主張」のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決14頁20行目「被告会社及び被告個人らは,」の後に,「平成18年3月から平成19年6月末日までの間に,」を挿入する。
(2) 原判決同頁21行目,22行目の「被告会社のために」を「被告会社自ら若しくは被告会社のために,」と改める。
なお,略語については,当裁判所も原判決と同一のものを用いる。
2 当審における原告の主張
(1) 営業秘密の不正取得等の事実を認定するについて考慮されるべき前提事実等
営業秘密の不正取得等については,本来的には,被侵害者である原告に主張立証責任がある。
しかし,本件においては,次のような事実上争いのない前提事実があり,かつ,本件の所有者名簿という営業秘密については,不正競争防止法6条により,相当な理由がない限り,侵害者である被告らにおいて自らの有する所有者名簿の入手方法等について明示すべき義務があるにもかかわらず,被告らは,本件訴訟係属後に,その入手方法についての証拠である所有者名簿を自ら積極的に破棄隠匿している。本件では,これらの事実を当然に斟酌した上で,被告らによる営業秘密の不正取得の事実についての認定,判断がされるべきである。
ア 被告Y1らの原告への派遣された状況
原告とDSTは,平成18年3月1日から業務提携契約を締結し(甲1),同契約に基づき,被告Y1,同Y2,同Y3,同Y4及び同Y5が,被告Y6らの指示により原告に派遣されたが,当時,亡T及び被告Y6はDSTの取締役であり,派遣された被告らは亡T及び被告Y6の後輩に当たる。
派遣された被告Y1らは,実質的に原告従業員という待遇で,原告の営業業務に従事するとともに,本件所有者情報をはじめとする原告の各種営業秘密につき従業員として情報開示を受けていた。
ところが,DSTの取締役である亡Tは,DSTと原告との業務提携契約中であるにもかかわらず,原告に秘密裏に,平成18年12月8日,投資用中古ワンルームマンション売買の仲介業に特化した,原告と同業種の会社である被告会社を設立し,亡T自らが代表取締役に就任するとともに(甲2),同じく被告Y6も被告会社の従業員としてその設立準備行為等の業務を行い,最終的には,原告の従業員として派遣されていた被告Y1らも,被告会社の役員,従業員として業務に従事し,被告会社は設立直後から多大な売上げを計上している。
原告は,被告会社の設立の事実を一切秘匿されたまま,被告Y1,同Y2,同Y3,同Y4及び同Y5の派遣を受け入れるという契約が継続したため,結果的に完全に競業する関係にある被告会社の代表者,従業員らに対して,原告の営業秘密の開示を事実上強制される状況にあった。これらは,事実上争いがない事実であるといえる。
イ 被告らの破棄隠匿行為
被告会社は,その所有する所有者情報の入手方法について,亡Tが独自に用意したものであることを理由に不明であると主張しつつ,本件訴訟が原審に係属して半年も経過した後に,同情報の紙名簿及び電磁データにつき,焼却ないし廃棄処分をするという不合理な行動をとっている。これらの処分の理由について,被告らは主張していない。
ウ 小括
以上の事実関係及び被告らの訴訟係属後の行動を踏まえて判断すれば,本件において,被告らによる原告の営業秘密の不正取得行為等の存在が推認されるべきである。
(2) 被告らによる営業秘密の取得等の主張
ア 紙媒体による取得について
被告Y1らは,入社の一番早い被告Y1が平成18年3月に原告に入社し,退社の一番遅い被告Y2らが平成19年6月に退社するまでの間,前後1年3か月もの長期間にわたり,原告従業員として,本件所有者名簿を自由に閲覧し,アクセスできる立場にいた。
被告Y1らは,このような長期間の在籍期間中に,あらゆる機会をとらえて,紙媒体で,少しずつ取得する,人目を忍んで取得する等の方法により,本件所有者情報を取得した可能性が考えられるから,紙媒体を介して情報を取得することも非現実的な行為であるということはできない。
イ 電子データによる取得について
(ア) 被告会社が所有者情報を電磁データで保有していたという主張自体,原審に本件が係属して1年後の平成21年7月22日付け準備書面で初めてされたものである。
しかも,当初,被告らは,亡Tが用意しMに預けていたデータはCDに保存されており,かつそのCDは廃棄したと主張していたが,その後,CDではなく,容量の大きいUSBフラッシュメモリーに保存されていたと,主張を変更した。これは,20万件もの大量の所有者情報が画像データの一種であるPDFデータで保存されていることが不自然な主張であることに気付いたためである。
被告らの主張は,電子データの取得経緯について変遷を重ねており,不自然である。
(イ) ncclでは,検索条件を絞ることで所有者情報を効率よく表示することができるし,ncclのダウンロード機能を利用しなくとも,画面印刷や表示文字情報をコピーした上保存する方法もあるから,ダウンロードのような短時間で情報取得が可能な方法を採れないことをもって取得することが不可能であるということはない。
(ウ) 平成19年10月18日に被告Y1と原告代表者が面談した際に提示された名簿1冊は,本件所有者情報とは体裁が異なっている。しかし,所有者情報に関する名簿がすべて体裁において統一していることはまれであるから,前記各名簿の一部の体裁が一致しないことを根拠に,不正取得はなかったということはできない。
(エ) M証人の証言は,以下のとおり,不自然である。
Mが経営する株式会社ティップ・アイと,被告Y6が取締役を務めるDSTとは業務提携をしており(原審における被告Y6本人尋問調書1頁),被告会社の振込先に「㈱ティップ・アイ M」との記載があること(乙27の1)からみても,被告らと密接な関係があることがうかがわれ,M証言の信用性は被告らの供述に準じるものとして扱われるべきである。
M証人が亡Tの依頼で電磁データを印刷したとするのは平成19年2月ころであり,証言をした平成21年9月30日の1年半以上も前である。仮に,M証人が亡Tから印刷を請け負ったとしても,印刷業者として印刷業務を毎日行っているであろうM証人が,1年半以上も前に依頼されて印刷した名簿につき,「20万件の所有者情報であったこと」及び「100冊であったこと」を明確に記憶していること自体不自然である。被告らの主張や平成19年10月18日の原告代表者と被告Y1の面談の際の被告Y1の発言内容に合わせた証言であることが窺える。
また,Mが20万件もの他人の個人情報のデータを平成20年2月ころまで1年以上も預かっていたというのも不自然である。
さらに,Mが亡Tから預かったPDFデータが相当膨大な数の所有者情報であり,かつ本件所有者情報と無関係であるというのであれば,同データを原審において証拠として提出することができたはずであるにもかかわらず,これを提出しなかったのみならず,原審係属後に,同データを廃棄したという点は,不自然である。
ウ その他の不正取得の根拠について
(ア) 被告会社が短期間で多くの業績を上げている点について
原告は,ncclというシステムを開発し,膨大なワンルームマンションの所有者の氏名・住所の情報(登記事項)と過去10年分の電話帳情報を掛け合わせ,統一,整理された不動産所有者の氏名,住所,電話番号等の情報を検索表示することを可能とした。
原告が作成したようなワンルームマンションの所有者情報に特化した所有者情報は出回っていない。
それにもかかわらず,被告会社は,投資用ワンルームマンションの売買の仲介についての不動産業を開始して1年未満の平成20年10月17日時点において,294件もの仲介契約数を成立させている(甲21)。このような膨大な数の媒介契約を締結中であるというのは,市内に出回っている「不動産所有者情報」のみに基づいて電話営業活動を行った業績としては,不自然である。新築を分譲する場合と異なり,中古不動産については原則として居住目的の所有者がほとんどであるため,単なる不動産所有者に電話営業を行っても意味がなく,投資目的,非居住目的で不動産を購入した人をターゲットにして電話営業を行う必要があるが,このようにターゲットを絞った名簿は,市中に出回っていない。したがって,被告会社が相当膨大な数のワンルームマンションの所有者の電話番号情報を有していない限り,被告が短期間で多大な営業を成功させることはない。
(イ) 原告と被告会社の所有者情報の重複について
本件所有者情報と被告らが所有する所有者情報は,単に重複しているのみならず,被告会社が平成20年10月17日時点で媒介契約を継続している不動産と本件所有者情報とは,93%以上重複している。
被告が媒介契約を締結させた所有者の93%が本件所有者情報と重複するという事実は,被告会社の所有する所有者情報が本件所有者情報に基づくことを示している。
(3) 亡T及び被告Y6の責任について
ア 事実関係
前記のとおり,DSTの取締役であった亡T及び被告Y6は,DSTと原告との業務提携契約に基づき,従業員を原告に派遣し,当該従業員たる被告Y1,同Y2,同Y3,同Y4及び同Y5は,原告の各種営業秘密に自由にアクセスできることができた。
亡T及び被告Y6は,自ら原告と同業種の投資用中古ワンルームマンションの売買の仲介業に特化した不動産会社である被告会社を設立して運営を開始したにもかかわらず,その事実を隠匿し,業務提携契約(派遣行為)を継続し,原告に派遣されていた被告Y1,同Y2,同Y3,同Y4及び同Y5を被告会社で雇用した。
イ 法的義務違反
原告は,本件業務提携契約に基づき,DSTの従業員を,実質的に原告の従業員として派遣を受け入れ,受け入れた者らに対して,営業活動に必要な営業秘密等をも開示する事実上の義務があった。したがって,本件業務提携契約締結中に,契約当事者であるDSTの役員である亡T及び被告Y6が,原告との競業会社を新たに設立し,業務を開始するのであれば,原告には,かかる契約当事者であるDSTとの間で本件業務提携契約自体を継続するか否か,仮に本件業務提携契約を継続するとしても,派遣されている者に対して営業秘密を開示しない対応をとるか否か等の自由,選択肢が保障されてしかるべきである。そうすると,DSTの取締役である亡T,被告Y6には,本件業務提携契約中に同業種の会社を設立して事業を開始する以上,少なくともその事実を原告に説明,報告すべき信義則上の義務が存在したといえる。
また,原告としては,自社と競業会社となる被告会社の従業員となる予定の者が原告の実質従業員として原告に出入りして原告の営業秘密に触れている場合についても,上記と同様の自由,選択肢が保障されてしかるべきであり,DSTの取締役である亡T及び被告Y6は,DSTからの派遣で原告の業務に従事している者達を,同業種の被告会社に雇い入れる予定がある場合は,原告に対し,その事実を説明,報告すべき信義則上の義務が存在したといえる。
しかるに,亡T及び被告Y6は,積極的に被告会社の設立,運営の事実を隠匿しながら,DSTの従業員かつ後輩を原告の従業員として派遣し続けた上,被告会社の役員や従業員等に就任させているのであって,亡T及び被告Y6には信義則上の義務違反がある。
3 当審における被告らの認否
当審における原告の主張は,すべて否認ないし争う。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所の判断は,原審における「当裁判所の判断」(原判決21頁12行目から30頁最終行)記載のとおりであり,これを引用する。ただし,原判決22頁25行目の「否の点」を「否かの点」と改める。
2 当審における原告の主張に対する判断
(1) 被告Y1らによる本件所有者情報の不正取得行為について
ア 原告の不正取得行為についての主張
原告は,被告Y1らが,本件所有者情報の不正取得をしたと主張するものの,行為者が誰であるか,何時取得したか,どのような態様で取得したかについて,具体的な内容を一切明らかにすることなく,①被告Y1らが原告に在籍しており,本件所有者情報を取得できる立場にあったこと,その後被告Y1らが被告会社の役員,従業員となったこと,②被告会社が設立直後から媒介契約の締結実績を上げたこと,被告会社が媒介契約を成立させた中古マンションと原告の保有する本件所有者情報の対象となる中古マンションとほとんど一致すること,③被告らによる不正取得の証拠となり得べき被告会社が使用していた所有者情報に関するデータを被告会社又は被告Y1が本訴提起後に破棄したこと等の間接事実から,被告らによる本件所有者情報の不正取得,不正使用の事実が推認できると主張する。
当裁判所は,上記の間接事実によっては,被告Y1らが,本件所有者情報の不正取得をした等の事実を推認することはできないと判断する。以下,補足して,その理由を述べる。
イ 被告会社による本件所有者情報の不正使用行為の有無
(ア) 被告会社の契約締結実績について
原告は,被告会社が,設立されて1年半あまりの間の平成20年10月17日の時点で,294件もの不動産媒介契約を締結しているのは,本件所有者情報の不正取得に基づく不正使用がない限り不自然な事実であると主張する。
しかし,媒介契約の締結件数は,被告会社の営業期間,営業規模,営業活動の内容,市場の動向等様々な要素に影響されるものと考えられ,直ちにその契約締結件数が不正使用の事実に結びつくものとは認められない。
甲21には,被告会社が平成19年7月7日から平成20年10月16日までの間に締結した中古マンション(ただし,1件新築マンションに関するものがある。)の売買媒介契約が示されている。しかし,このうちの大多数の契約は,平成20年に入ってから,すなわち,被告会社が設立された後1年以上を経過してから成立したものであり,被告Y1,同Y2,同Y3,同Y4及び同Y5のうち最後に原告を退社した被告Y2らの退社時期である平成19年6月末日から半年以上が経過した時期に成立したものである。仮に,原告社内において本件所有者情報へ不正アクセスすることによる取得行為があったとするならば,平成19年6月末日までの時期に契約締結実績が現れると考えるのが自然である。しかし,甲21によれば,前記のとおり,売買媒介契約の締結件数が増加しているのは,平成20年に入ってからであり,それまでの間に,締結件数が増加している事実はみられない。
そうすると,甲21の契約が締結された時期からみて,甲21が被告会社による不正使用行為を裏付けるものとはいい難い。
また,乙14ないし乙16によれば,媒介契約には,「一般媒介契約」,「専任媒介契約」,「専属媒介契約」の三種類があるが,一般媒介契約とは,依頼者が媒介又は代理を仲介業者以外の宅地建物取引業者に重ねて依頼することができる契約,専任媒介契約とは,依頼者が媒介又は代理を仲介業者以外の宅地建物取引業者に重ねて依頼することはできないが,依頼者は自ら発見した相手方と売買又は交換契約をすることができる契約,専属専任媒介契約とは,依頼者が媒介又は代理を仲介業者以外の宅地建物取引業者に重ねて依頼することはできず,かつ,自ら発見した相手方と売買又は交換契約をすることもできないという契約を指す。したがって,「一般媒介契約」よりも「専任媒介契約」の方が,さらに「専任媒介契約」より「専属媒介契約」(甲21の「専属」とは専属専任媒介契約のことと解される。)の方が,より依頼者との信頼関係が深いと考えられるが,甲21の契約の中には専任媒介契約又は専属専任媒介契約が多い。この事実からみれば,被告会社が平成18年12月の設立後から始めた営業活動が次第に依頼者の信頼を得て,平成20年に入って多くの媒介契約締結をもたらしたものとみることができ,原告から不正に取得した情報によって設立直後から依頼者を急激に獲得していった事実は窺えない。
以上によれば,甲21の媒介契約の締結時期が,被告会社による本件所有者情報の不正使用行為を裏付けるものとはいえない。
(イ) 契約対象物件の重複について
原告は,甲21において被告会社が締結した媒介契約の対象物件と甲22の本件所有者情報に記載された対象物件の93%以上が重複するのは不自然であり,被告会社による本件所有者情報の不正使用を裏付けるものであると主張する。
しかし,前記(ア)のとおり,甲21の媒介契約の多くは,被告会社の設立後1年以上を経過した後に締結されたものであって,その間に被告会社において中古マンションの所有者についての新たな情報を取得することは可能であること,中古マンションの所有者に関する資料自体が,容易に入手し難いものであればともかく,登記簿や電話帳等の資料や名簿業者からの資料等により一定程度入手可能であること,原告と被告会社では業種が競合し,甲21と甲22を比較すれば営業活動の対象地域も共通しており,独自に営業活動を行ったとしても自ずと対象物件が合致する可能性が高いことを考慮すると,被告会社の契約対象物件が本件所有者情報と高率で一致するからといって,被告会社において本件所有者情報を不正使用したことを認める根拠となるものとはいえない。
他に,被告会社による本件所有者情報の不正使用行為を認めることのできる証拠はない。
(ウ) 小括
以上によれば,被告会社による本件所有者情報の不正使用行為は認められず,その事実を根拠として,被告Y1らによる本件所有者情報の不正取得行為を認めることもできない。
ウ 被告らによるデータの廃棄行為について
被告らの主張によれば,本件訴え提起後の,しかも,本訴において,平成20年12月24日付けで,原告から被告会社の管理・所有する所有者名簿の書類提出申立てがされた時期(当裁判所に顕著な事実)に近接した時期において,被告Y1は,亡Tが取得したとする顧客データの紙媒体による名簿を焼却するとともに,被告会社は,システムの更新の際に,CDに保存されたその電磁データを廃棄したと主張し,被告Y1もそれに沿う趣旨の供述をしている。確かに,被告らにおいて,亡Tが取得した情報を基にして作成したとするその顧客データが本件所有者情報と異なるというのであれば,少なくともその一部を証拠として提出し,情報の内容や情報の整理,表示の形式等により,それが本件所有者情報と異なることを立証することもできると考えられるにもかかわらず,これを廃棄したとすることは,不正取得行為があったのではないかとの不審の念を抱かせる行動ともみられる。
しかし,それはあくまでも,原告による立証に対する被告らの反証の手段を放棄したというにとどまるものであって,それによって,原告の立証すべき事項が裏付けられるという性質のものではない。
また,原告は,不正競争防止法6条を援用するが,被告らは,被告会社が使用していた中古マンションの所有者に関するデータは亡Tが保有していたデータを基に,その後,被告会社が登記簿,電話帳等の調査により取得した情報を追加したものであると主張しているであって,同法6条に違反するものではない。
以上のとおり,被告らの上記行為によって,被告らによる本件所有者情報の取得行為が裏付けられるものではない。
その他,被告らによる本件所有者情報の不正取得を認めるに足る証拠はない。
(2) 被告Y6,亡Tの責任について
ア 事実認定(前提となる事実との重複部分を含む。)
DSTは,Sが代表取締役を務める株式会社であり,原告との間で,原告の計画業務を原告がDSTに委託する旨の本件業務提携契約を締結し,その契約期間は平成17年3月1日から平成19年2月末日までとされた(甲1)。契約書に契約締結の日付は記入されていないが,契約期間の始期からみて,平成17年3月ころまでには締結されたものと推認される。契約書における原告のDSTに対する業務委託の内容は,
「第1条(目的)
甲(判決注:原告)は,甲の業務計画を迅速かつ確実に達成するために,次の業務(以下,「本件業務」という)を乙(判決注:DST)に委託し,乙はこれを受託する。
(1) 甲の行う不動産の売買・仲介に伴う金融機関等の関係各位との交渉・折衝業務および不動産の仕入れ業務
(2) 甲が特に依頼する案件の仕入・調査又は交渉
(3) 甲の財務計画の立案・策定および実施に関するコンサルテーション,不動産の仕入れに対するコンサルティング」
とされており,DSTから原告への人材の派遣は本件業務提携契約の内容として明示されてはいない。
また,前記契約書に,DSTやその役員,従業員に原告との競業を禁止することを義務付ける条項はない。
被告Y6は,前記本件業務委託契約が締結された後の平成18年3月にDSTの取締役に就任し,提携会社ティップ・アイとの広告代理店業務及びコニックス株式会社との私募ファンド募集業務を担当していた。亡TもそのころDSTの取締役であった(乙34,被告Y6)。
亡Tは,平成18年12月8日,被告会社(設立時の商号は「株式会社Z2」)を設立し,原告と同じく中古マンションの売買の仲介業務を行うこととした。被告Y6は,平成19年2月に不動産賃貸の仲介を主な業務とするアーバンフォースを設立した。被告Y6は,亡Tと友人関係にあり,亡Tが失踪した後は,被告会社の従業員としての業務も担当している(甲2,乙34,被告Y6)。
イ 判断
前記アの事実によれば,本件業務提携契約中には,DSTの役員,従業員に対して原告との競業を禁止する条項はなく,また,原告への従業員の派遣も本件業務提携契約の内容として明示されているわけではない。したがって,本件業務提携契約から,被告Y6及び亡Tについて,本件業務提携契約の付随的な義務として原告の主張するような競業行為を行わないとの義務を導くことはできない。
さらに,原告は,必ずしも明らかではないが,被告Y6又は亡Tに,本件所有者情報がDSTの従業員によって不正に取得されることを回避する義務があり,これを怠った旨を主張するかのようである。しかし,仮に,そのような主張を前提としても,前記のとおり,被告Y1らによる本件所有者情報の不正取得の事実は認められないから,被告Y6又は亡Tに,原告主張に係る義務違反はない。
したがって,被告Y6又は亡Tの信義則上の義務違反をいう原告の主張には理由がない。
(3) その他,原告は縷々主張するが,いずれも理由がない。
3 結論
以上によれば,本件控訴はいずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 齊木教朗)
裁判官大須賀滋は,填補につき,署名押印することができない。裁判長裁判官 飯村敏明