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知財高等裁判所 平成21年(行ケ)10011号 判決 2009年10月28日

原告

株式会社吉野工業所

同訴訟代理人弁護士

渡辺一成

被告

特許庁長官

同指定代理人

栗林敏彦

佐野健治

森川元嗣

小林和男

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2007-14250号事件について平成20年11月11日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

1  特許庁における手続の経緯

原告は,発明の名称を「合成樹脂製壜体」とする発明につき,平成14年3月27日,特許出願をしたが(特願2002-088301号,甲1。以下「本願」という。),平成18年11月6日付けで拒絶理由通知を受けたので(甲3),平成19年1月29日付け手続補正書(甲8)を提出した。原告は,平成19年3月27日付けの拒絶査定を受けたので(甲9),同年5月17日,これに対する審判請求(不服2007-14250号事件,甲10)をした。

特許庁は,平成20年11月11日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年12月17日に原告に送達された。

2  特許請求の範囲

平成19年1月29日付け手続補正書(甲8)による補正後の本願の請求項1は,下記のとおりである(請求項の数は5である。)。

「【請求項1】 胴部(2)に2本以上の溝状の周状リブ(5)を周設し,該周状リブ(5)のうち,最上位の周状リブ(5)を胴部(2)の上端部の,略円錐台筒状の形状をした肩部(4)との境界近傍に,最下位の周状リブ(5)を胴部(2)の下端部に位置するように形成し,隣接する周状リブ(5)間の距離Hを0.2D~0.6Dの範囲として,少なくとも350mmHg(46.7kPa)の内部の減圧による,胴部(2)の一部の壁面の陥没変形不能に,胴部(2)の壁の面剛性を設定した,2軸延伸ブロー成形された合成樹脂製壜体。(ここで,Dは円筒状胴部の径または正多角形筒状胴部の対角線の長さをあらわす。)」(以下,請求項1に係る発明を「本願発明」という。)

3  審決の内容

別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願発明は,実願平5ー8805号(実開平6-69114号)のCD-ROM(甲4。以下「引用例」という。)記載の発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとするものである。

審決が認定した引用例記載の発明(以下「引用発明」という。)の内容並びに一致点及び相違点は,次のとおりである。

(1)  引用発明の内容

「胴部の略中央部に括れ部を設け,胴部の上半部と下半部との夫々の全周に複数の凹条部を設け,上半部の凹条部の最上位の凹条部を肩部との境界近傍に,下半部の凹条部の最下位の凹条部を胴部の下端部に形成し,胴部の下半部には7又は8本の凹条部を設けた,内圧の低下に伴う減圧変形を小とし且つ座屈強度の高い構造の,二軸延伸ブロー成形されたポリエチレンテレフタレート製ボトル。」

(2)  一致点

「胴部に2本以上の溝状の周状リブを周設し,該周状リブのうち,最上位の周状リブを胴部の上端部の,略円錐台筒状の形状をした肩部との境界近傍に,最下位の周状リブを胴部の下端部に位置するように形成し,内部の減圧による,胴部の一部の壁面の陥没変形不能に,胴部の壁の面剛性を設定した,二軸延伸ブロー成形された合成樹脂製壜体」である点。

(3)  相違点

「本願発明では,隣接する周状リブ間の距離Hを0.2D~0.6Dの範囲として,少なくとも350mmHg(46.7kPa)の内部の減圧による,胴部の一部の壁面の陥没変形不能に,胴部の壁の面剛性を設定した(ここで,Dは円筒状胴部の径または正多角形筒状胴部の対角線の長さをあらわす。)のに対して,引用発明では,胴部の上半部に複数の周状リブを設け,下半部に7又は8本の周状リブを設けており,隣接する周状リブ間の距離を0.2D~0.6Dの範囲とし,内部の減圧度を少なくとも350mmHg(46.7kPa)とすることについて言及がない点。」

第3取消事由に係る原告の主張

審決は,①引用発明の認定を誤り(取消事由1),②一致点に関する認定を誤り(取消事由2),③相違点の認定を誤り(取消事由3),④相違点に対する容易想到性の判断及び顕著な作用効果の判断を誤ったから(取消事由4,5),取り消されるべきである。

1  取消事由1(引用発明の認定の誤り)

審決は,引用発明について,引用例の図1ないし3に記載されている肩部との境界付近に設置された段部が「上半部の凹状部」に該当することを前提に「上半部の凹条部の最上位の凹条部を肩部との境界近傍に,下半部の凹条部の最下位の凹条部を胴部の下端部に形成し,」と認定したが誤りである。

引用例には凹条部の位置を具体的に示した記載がないし,引用例の図1ないし3に記載されている肩部との境界付近に設置された段部は,「上半部の凹状部」に該当しない。

2  取消事由2(一致点に関する認定の誤り)

審決は,本願発明も引用発明も,①「胴部の上半部と下半部の全周に複数の凹条部を設けることを解決手段」としている,②「全周に複数の凹状部を設けることにより,胴部の壁の面剛性を高くしていることは明らかであるから,両者の課題及び解決原理が共通している。」と認定した上で,一致点を③「該周状リブのうち,最上位の周状リブを胴部の上端部の,略円錐台筒状の形状をした肩部との境界近傍に,最下位の周状リブを胴部の下端部に位置するように形成し,内部の減圧による,胴部の一部の壁面の陥没変形不能に,胴部の壁の面剛性を設定した」と認定したが,誤りである。

①引用発明の解決手段は,胴部の上半部と下半部の全周に複数の凹条部を設けることではなく,胴部の略中央部に括れ部を設置することであり,②引用例には「全周に複数の凹条部を設けることにより,胴部の壁の面剛性を高くしていること」との記載はなく,③引用例には,最上部の周状リブの設置位置についての記載がなく,前記1のとおり肩部との境界付近に設置された段部は,周状リブに該当しない。したがって,審決の一致点の認定は誤りである。

3  取消事由3(相違点の認定の誤り)

審決は,本願発明と引用発明との相違点の認定に当たって,下記の相違点を看過しているので,その相違点の認定は,誤りである。

すなわち,①引用発明は,胴部の略中央部に括れ部を設けていること,②充填後に発生する減圧状態によって胴部の一部に陥没変形等が発生しないようにする技術的手段に関して,本願発明は,胴部に溝状の周状リブを周設すると共に,隣接する周状リブの間に距離Hを胴部の径Dに従って一定範囲にすることであるのに対し,引用発明は,胴部の下半部に7又は8本の凹条部が形成されており,該下半部の凹条部のうちの最上位置と最下位置との両凹条部を除く各凹条部は,互いに等間隔かつそれぞれの断面形状が同一に形成されていること,③本願発明は,「周状リブのうち,最上位の周状リブを胴部の上端部の,略円錐台筒状の形状をした肩部との境界近傍に,最下位の周状リブを胴部の下端部に位置するように形成すること」という構成を有すること,以上の相違点を審決は看過している。

4  取消事由4(相違点に対する容易想到性の判断の誤り)

(1)  周状リブの本数,深さ,間隔,肉厚等について

ア 審決は,「少なくとも350mmHg(46.7kPa)の内部の減圧度を満たすようにするのは,胴部の下半部及び上半部に設けられた周状リブについて,本数,深さ,周状リブの間隔,肉厚等を適宜選択してなし得る程度のことにすぎない。」と判断したが,誤りである。

すなわち,引用発明は,周状リブの本数,形状(深さ),間隔の組合せを発明の構成要件としており,引用例の記載によれば,そのうち周状リブの本数を7又は8本としたことに進歩性を見い出したものといえるので,周状リブについて,本数,深さ,周状リブの間隔,肉厚等を適宜選択してなし得る程度のこととはいえない。

イ 被告は,引用例からリブの間隔が小さいほど,剛性や強度が増加することは当然であり,技術常識といえると主張するが,失当である。

引用例(甲4)の段落【0034】の表1によると,リブが多いほど,すなわちリブの間隔が小さいほど減圧変形については剛性や強度が増加するとはいえない結果が示されている。被告の上記主張は理由がない。

(2)  周状リブの間隔を「0.2D~0.6D」と,Dの関数で表すことについて

審決は,「周状リブの間隔,すなわち隣接する周状リブ間の距離を本願発明のように「0.2D~0.6D」と,D(省略)の関数で表すことは,当業者が必要に応じて適宜選択し得る程度のことであり,胴部の略中央部に括れ部を設けるか否かは,当業者が適宜選択し得る設計的事項である」と判断したが,誤りである。

すなわち,本願発明において,周状リブの間隔を「0.2D~0.6D」の範囲とすることは,所望する面剛性を得るための目安となるものである。そして,本願に係る明細書(甲1,8。以下「本願明細書」という。)の段落【0019】,【0026】の記載からわかるとおり,減圧強度とH/Dの関係は略反比例の関係にあり,これにより周状リブの間隔を,「0.2D~0.6D」と,Dのパラメータで表すことができ,ボトルの胴部の径寸法が変化しても,このDのパラメータを利用して,すみやかにかつ正確に周状リブの間隔を設定することができる。これは,新規な技術的手段である。これに対し,引用発明においては,少なくとも350mmHgの内部の減圧度を満たすようにするための周状リブの本数の設定は,種々の容積1リットルの二軸延伸ポリエチレンテレフタレート製ボトルに対して行った試験の結果に基づいて行われているが,この試験の結果は試験されたサイズのボトルにだけ適用され,異なるサイズのボトルに対しては別個に試験を行う必要があり,周状リブの本数決定に過大な手間と経費を必要とする。したがって,周状リブの間隔を「0.2D~0.6D」と,Dの関数で表すことは,当業者が必要に応じて適宜採用し得る程度のことではない。

5  取消事由5(顕著な作用効果の判断の誤り)

本願発明は,変形パネル壁のない意匠性の高い壜体が得られ,熱充填工程に起因する減圧状態における変形を抑制することができるという顕著な作用効果を有するにもかかわらず,審決はかかる作用効果を看過しており,誤りである。

被告は,上記作用効果は技術的な作用効果とはいえないと主張する。しかし,変形パネル壁のない壜体が得られることにより,バーコード表示の読み取り誤認が減少し,自動販売機内部における壜体の転回が円滑になるという技術的な作用効果があるから,被告の上記主張は理由がない。

第4被告の反論

審決の認定判断には誤りがなく,原告の主張には理由がない。

1  取消事由1(引用発明の認定の誤り)に対し

原告は,審決が「肩部との境界付近に設置された段部」を「上半部の凹条部の最上位の凹条部」と認定したと解すべきであると主張する。

しかし,原告の主張は誤りである。すなわち,審決の理由によれば,審決は,引用例の図1では符号5,図2では符号12,図3では符号24で示されている上半部の凹条部のうち,その最上位の凹状部が,肩部との境界近傍に形成されていることを認定したと理解するのが合理的である。そして,「近傍」とは,「近所,近辺」(広辞苑第5版)という意味であり,引用例では符号5,12又は24で示されている上半部の凹条部のうち,その最上位のものは肩部との境界の近所ないし近辺に位置しているから,引用例記載の上半部の凹条部のうち,その「最上位の凹条部」を「肩部との境界近傍に形成している」とした審決の認定内容に誤りはない。

2  取消事由2(一致点に関する認定の誤り)に対し

(1)  本願当時,比較的大きい合成樹脂製壜体において,壜体胴部の略中央部に括れ部を設置すること,及び比較的小さい合成樹脂壜体において,胴部の略中央部に括れ部を設置することなく胴部全体にほぼ同一形状の複数の周状リブを設けて補強することがいずれも周知であるから(甲5,6,12,乙1),合成樹脂製壜体の胴部の略中央部に括れ部を設置するか否かは設計事項である。そうすると,本願当時,当業者が引用例に接した際には,胴部の略中央部に括れ部を設置していない構成をもただちに看取できるものであるから,審決が,胴部の上半部と下半部の全周に複数の凹条部を設ける点で本願発明と引用発明の解決手段が一致していると認定した点に誤りはない。

(2)  原告は,胴部の略中央部に括れ部を設置する点をもって本願発明と引用発明の解決手段が異なると主張するが,以下のとおり誤りである。

すなわち,「リブ」は,機械技術やプラスチック成形技術の分野では,一般的に板状部材の肉厚を厚くせずに剛性や強度を補強するために突出状にした部分を意味する。本願発明では,周状リブの形状について「胴部に周設」,「溝状」と特定しているものの,「断面形状」,「幅」,「深さ」や「複数の周状リブの形状が等しい」等の特定はない。他方,引用例記載の括れ部は,ボトル胴部に溝形状を周設したものであり,ボトルを補強するためのものであることは乙1から明らかであるから,この括れ部も本願発明の「溝状の周状リブ」に該当する。したがって,原告の主張は理由がない。

(3)  原告は,引用例には全周に複数の凹条部を設けて面剛性を高めているとの記載がないと主張するが,失当である。引用例の段落【0006】には,「PETボトル20は,前記胴部22の全周に各凹部24,26を設け・・内圧の低下に伴って変形する所謂減圧変形を小とすること・・を図っている。」と記載されている。これは,全周に複数の凹条部(リブ)を設けて面剛性を高めていることを意味する。原告の上記主張は理由がない。

3  取消事由3(相違点の認定の誤り)に対し

原告は,審決の相違点の認定は,本願発明において引用発明にはない前記構成を有することを看過している点で誤りであると主張するが,失当である。

すなわち,原告主張の本願発明の構成のうち「最下位の周状リブを胴部の下端部に位置するように形成すること」については,引用例の図1~3において,最下位の凹条部がボトルの底面から本願明細書の図1~5などに底部7として示された範囲程度に離れた位置に図示されている。しかも,最下位の凹条部の位置で円筒形状が終わり,それより下方では下方に向かって縮径する略円錐台筒形状であることが図示されている。そうすると,円筒形状をした胴部は最下位の凹条部の位置で終了しているといえるので,引用発明は「最下位の周状リブを胴部の下端部に位置するように形成」している。そして,引用発明が本願発明の構成のうち「最上位の周状リブを胴部の上端部の,略円錐台筒状の形状をした肩部との境界近傍に」との構成を有することは,前記1のとおりである。審決の相違点の認定に誤りはない。

4  取消事由4(相違点に対する容易想到性の判断の誤り)に対し

(1)  周状リブの本数,深さ,間隔,肉厚等について

ア 要求する減圧度を少なくとも350mmHgの内部の減圧度とする点について

本願明細書の段落【0012】の記載等から,少なくとも350mmHgの内部の減圧度を満たすことは,「熱充填,あるいはレトルト処理後に発生する減圧状態によっても胴部の一部に陥没変形等の不正変形が発生しない」条件を特定したものである。そして,本願当時,合成樹脂製壜体について,85~95℃程度の熱充填又はレトルト処理を行うことは周知であるところ(乙2),熱充填した場合に,どの程度の内部の減圧度となるかは,壜体の容量,充填する液体の量,充填後に壜体内に残る空隙の量などによって相違するものであるが,壜体の容量その他の事項は,壜詰飲料等を製造する者と壜体を製造する者とが,商品計画等に基づいて適宜決定すべき事項といえるので,壜体に飲料等を熱充填する用途の場合に,壜体に対してどの程度の減圧度を要求するかは,当業者が適宜決定する事項である。

また,レトルト処理においては,処理対象とする食品や処理目的に応じて加熱・加圧条件が設定されるが,一般的には,80~135℃,0.5~3.5kg重/cm2(49.0~343.2kPa)であるとされている。そして,一般的に,容器内温度がレトルト処理の目標温度になったときに,容器内圧力と容器外圧力(レトルト釜内圧力)とがバランスがとれるように設定するが,容器内食品の昇温時及び冷却時には,圧力バランスが崩れ,容器内圧と外圧との間に圧力差が生じる(乙3参照)。その際,どの程度の内外圧力差になるかは,容器内食品の昇温及び冷却をどのようにするか,その際レトルト釜内の圧力をどのように制御するかによって決まるから,レトルト処理に用いる壜体等の容器に対してどの程度の減圧度を要求するかは,レトルト処理時に温度や圧力をどのように制御するかによって決まる事項である。そして,レトルト処理の方法は,処理対象とする食品や処理目的に応じて,当業者が適宜決定すべき事項である。そうすると,壜体にレトルト処理を行う用途の場合に,壜体に対してどの程度の減圧度を要求するかは,当業者が適宜決定すべき事項である。

以上のとおりであるから,「少なくとも350mmHg(46.7kPa)の内部の減圧度を満たすようにする」のは,当業者が適宜決定すべき事項であるから,審決の判断に誤りはない。

イ 要求された減圧度を満たすように,胴部の下半部及び上半部に設けられた周状リブについて,本数,深さ,周状リブの間隔,肉厚等を適宜選択する点について

リブは,剛性や強度を補強するための構造であるから,リブが多いほど剛性や強度が増加すること及びリブの形状が異なれば補強の程度も異なり,リブを設けた面の剛性や強度が異なることは技術常識である(甲4)。そして,板状部材の強度は一般的に厚さに正比例し,剛性(曲げ剛性)は厚さの3乗に正比例することが,機械工学分野において周知であるから(乙4),壜体の肉厚が厚いほど剛性や強度が高いことも技術常識である。

したがって,要求された減圧度を満たすように,胴部の下半部及び上半部に設けられた周状リブについて,本数,深さ,周状リブの間隔,肉厚等を適宜選択することは,力学に基づく強度計算や実験による確認をすることにより当業者が容易になし得ることである。

(2)  周状リブの間隔を「0.2D~0.6D」と,Dの関数で表すことについて

「周状リブの間隔を0.2D~0.6Dと,Dの関数で表すこと」は,周状リブの形状や壜体の肉厚等について特定しない以上,胴部の形状を工夫することにより胴部の減圧強度を上げるという本願発明の目的との関係で,技術的な意味を有しない。したがって,「周状リブの間隔を0.2D~0.6Dと,Dの関数で表すこと」との限定は,当業者が必要に応じて適宜選択し得る程度のことであり,審決の判断に誤りはない。

5  取消事由5(顕著な作用効果の判断の誤り)について

原告の主張する作用効果は,意匠性に関する作用効果であり,技術的な作用効果であるから,顕著な作用効果ということはできない。原告の主張は失当である。

第5当裁判所の判断

1  引用例の記載

引用例(甲4)には,次の記載がある。

(1)  「口部,胴部,底部から成り,該胴部の略中央部の全周に括れ部を備えると共に該括れ部を介して前記胴部の上半部と下半部との夫々の全周に水平且つ互いに平行に形成された環状溝状の複数の凹条部を備えて,内部に液体内容物を収納する容積1リットルの二軸延伸ポリエチレンテレフタレート製ボトルにおいて,前記胴部の下半部には7又は8本の前記凹条部が形成されており,該下半部の凹条部のうちの最上位置と最下位置との両凹条部を除く各凹条部は,互いに等間隔且つ夫々の断面形状が同一に形成されていることを特徴とする二軸延伸ポリエチレンテレフタレート製ボトル。」(【実用新案登録請求の範囲】【請求項1】)

「また,前記胴部22の上半部22aには,その全周に水平に4本の凹条部24が間隔を存して形成されており,該胴部22の中央部22cには前記凹条部24よりも深溝形状の括れ部25が形成されている。更に,前記胴部22の下半部22bには,その全周に水平に5本の凹条部26が間隔を存して形成されている。」(段落【0004】)

(2)  「また,前記PETボトル20は,前記胴部22の全周に各凹条部24,26を設け,特に,該胴部22の下半部22bに前記の凹条部26を設けることによって,充填時の内容物の温度が冷却等によって低下したときの内圧の低下に伴って変形する所謂減圧変形を小とすること,及び,内容物を充填して密封した時に垂直方向からの荷重に対する強度である所謂充填座屈強度を高くすることの両立を図っている。」(段落【0006】)

(3)  「本考案は,かかる不都合を解消して,外観形状を大幅に変更することなく,肉厚を比較的薄く形成しても減圧変形を小とし且つ座屈強度の高い構造でありしかも成形容易な二軸延伸ポリエチレンテレフタレート製ボトルを提供することを目的とする。」(段落【0011】【考案が解決しようとする課題】)

(4)  「かかる目的を達成するために,本考案は,口部,胴部,底部から成り,該胴部の略中央部の全周に括れ部を備えると共に該括れ部を介して前記胴部の上半部と下半部との夫々の全周に水平且つ互いに平行に形成された環状溝状の複数の凹条部を備えて,内部に液体内容物を収納する容積1リットルの二軸延伸ポリエチレンテレフタレート製ボトルにおいて,前記胴部の下半部には7又は8本の前記凹条部が形成されており,該下半部の凹条部のうちの最上位置と最下位置との両凹条部を除く各凹条部は,互いに等間隔且つ夫々の断面形状が同一に形成されていることを特徴とする。」(段落【0012】【課題を解決するための手段】)

(5)  「・・・即ち,前記下半部の凹条部を7本未満としたときには,減圧変形は比較的小である反面充填座屈強度が極めて低くなる。前記下半部の凹条部を8本を超えるときには,減圧変形は比較的小であると共に充填座屈強度が高くなるが,各凹条部の間隔が狭くなるので各凹条部を高精度に成形することが難しくなり,また,内容物を充填する際に各凹条部に接触した内容物の泡立ちが激しくなる。従って,前記下半部の凹条部の本数を7又は8本とすることにより,肉厚が比較的薄くても,減圧変形を小としてしかも充填座屈強度を向上させる。」(段落【0016】【作用】)。

(6)  「図1に示すように,第1の実施例のPETボトル1は,ポリエチレンテレフタレート材料の延伸ブロー成形により二軸配向して形成されたものであり,口部2,胴部3,底部4によって構成されている。該PETボトル1の容積は,液体内容物を1リットル収納できるものとし,その高さ寸法を256mm,最大外径を80.5mmに形成されている。更に,該PETボトル1の重量は従来の33gに比して約15%削減された28gであり,これにより胴部3の肉厚寸法は比較的薄い0.21mmに形成されている。」(段落【0021】)

「また,前記胴部3の上半部3aには,その全周に水平に4本の第1凹条部5が上下方向に17mmの間隔で形成されている。該第1凹条部5は深さ1.45mm,巾8.26mmに夫々形成されている。」(段落【0022】)

「また,前記胴部3の下半部3bには,その全周に水平に8本の第2凹条部6が形成されている。該胴部3の下半部3bの高さ寸法は115.5mmに形成されており,各第2凹条部6のうち,最上位置の第2凹条部6aは,深さ1.5mm,巾8.275mmであり,最下位置の第2凹条部6cは,深さ1.7mm,巾8.328mmとされている。そして残る6本の第2凹条部6bは,深さ3mm,巾11.048mmに断面は滑らかに湾曲する円弧形状として夫々形成されており,その間隔を12.8mmとされている。」(段落【0023】)

「更に,前記胴部3の中央部3cには巾25mmにわたる括れ部7が形成されている。」(段落【0024】)

(7)  「図2に示すように,第2の実施例のPETボトル8は,前記第1の実施例のPETボトル1と同様にして形成されたものであり,口部9,胴部10,底部11によって構成されている。該PETボトル8の容積,高さ寸法及び最大外径は前記第1の実施例のPETボトル1と同様である。更に,該PETボトル8の重量は従来に比して約15%削減された28gであり,これにより胴部10の肉厚寸法は比較的薄い0.23mmに形成されている。」(段落【0027】)

「また,前記胴部10の上半部10aには,その全周に水平に4本の第1凹条部12が上下方向に17mmの間隔で形成されている。該第1凹条部12は深さ1.45mm,巾8.26mmに夫々形成されている。」(段落【0028】)

「また,前記胴部10の下半部10bには,その全周に水平に7本の第2凹条部13が形成されている。該胴部10の下半部10bの高さ寸法は115.5mmに形成されており,各第2凹条部13のうち,最上位置の第2凹条部13aは,深さ1.5mm,巾8.275mmであり,最下位置の第2凹条部13cは,深さ1.7mm,巾8.328mmとされている。そして残る5本の第2凹条部13bは,深さ3mm,巾11.048mmに夫々形成されており,各第2凹条部13bの間隔は16mmとされている。」(段落【0029】)

「更に,前記第1の実施例のPETボトル1と同様であるが,前記胴部10の中央部10cには巾25mmの括れ部14が形成されており,前記口部9には,該PETボトル8の内部に液体内容物を充填したときに図示しないキャップが冠着可能となっている。」(段落【0030】)

(8)  「以上のことから明らかなように,本考案は,前記胴部の下半部の凹条部の本数を7又は8本とすることにより,肉厚を比較的薄く形成しても,減圧変形を小としてしかも充填座屈強度を向上させることができ,下半部の各凹条部のうちの最上位置と最下位置との両凹条部を除く各凹条部を,互いに等間隔且つ夫々の断面形状を同一に形成すればよいので,各凹条部を備えるボトルを容易に成形することができる。」(段落【0038】【考案の効果】)

(9)  図1ないし図3には,口部2,9,21と胴部の上半部3a,10a,22aとの間に略円錐台筒状の肩部が形成されており,上半部に形成された凹条部のうちの最上位の凹条部は,ボトル1,8,20の全体の大きさからみると,上半部と肩部との境界に近い位置に形成されており,また,下半部に形成された凹条部のうちの最下位の凹条部は胴部の下端部に形成されている。

2  取消事由1(引用発明の認定の誤り)について

前記1で認定した引用例の図1ないし図3によれば,上半部の凹条部は肩部との境界に近い位置に形成されているといえるのであり,「近傍」が「近所。近辺。」の意味を有すること(広辞苑第6版775頁)を併せ考慮すれば,審決が引用発明を「上半部の凹条部の最上位の凹条部を肩部との近傍に・・形成し」と認定したことに誤りはない。

原告は,引用例の図1ないし3に記載されている肩部との境界付近に設置された段部が引用例の「上半部の凹状部」に当たると認定した点で誤りであると主張する。しかし,前記のとおり,審決は上半部の凹条部の最上位の凹条部についてその形成位置を肩部との境界付近と認定していることは明らかであり,原告の主張は失当である。

3  取消事由2(一致点に関する認定の誤り)について

下記のとおり,原告の主張はいずれも理由がなく,原告が主張する取消事由は失当である。

(1)  原告は,引用発明について,括れ部を設置することがその本質的構成要素であるから,「胴部の上半部と下半部の全周に複数の凹条部を設けることを解決手段としており」との審決の認定は誤りであると主張する。

しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。すなわち,前記1で認定した引用例の実用新案登録請求の範囲及び段落【0006】,【0012】によれば,引用発明は括れ部を設けるだけでなく,上半部と下半部の全周に複数の凹条部を設ける構成を含めて解決手段としているといえる。原告の主張は理由がない。

(2)  原告は,引用例には「全周に複数の凹条部を設けることにより,胴部の壁の面剛性を高くしていること」との記載は存在しないから,引用発明について「全周に複数の凹条部を設けることにより,胴部の壁の面剛性を高くしていることは明らかである」との審決の認定は誤りであると主張する。

しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。前記1で認定したとおり,引用例には,「・・・,前記PETボトル20は,前記胴部22の全周に各凹条部24,26を設け,特に,該胴部22の下半部22bに前記の凹条部26を設けることによって,充填時の内容物の温度が冷却等によって低下したときの内圧の低下に伴って変形する所謂減圧変形を小とすること,・・・を図っている。」(段落【0006】)とされ,「複数の凹条部を設ける」との構成及び「内圧の低下に伴って変形する所謂減圧変形を小とする」との目的が記載されている。そして,ボトルの減圧変形が小さくすることとボトル胴部の面剛性を高くすることは同義であるから,審決の上記認定に何ら誤りはない。

4  取消事由3(相違点の認定の誤り)について

(1)  原告は,引用発明は胴部の略中央部に括れ部を設置しているのに対し,本願発明はかかる括れ部を設置するものであるか否かが明らかでないとの相違点について,審決は看過していると主張する。

しかし,原告の主張は失当である。すなわち,審決は,上記相違点が存在することを前提として,容易想到性の判断をしているから,審決が上記相違点を相違点として認定しなかったことが,結論に影響を与える瑕疵に該当することはない。

(2)  原告は,本願発明が,胴部に溝状の周状リブを周設すると共に,隣接する周状リブの間に距離Hを胴部の径Dに従って一定範囲にすることであるのに対し,引用発明は,胴部の下半部に7又は8本の凹条部が形成されており,該下半部の凹条部のうちの最上位置と最下位置との両凹条部を除く各凹条部は,互いに等間隔かつそれぞれの断面形状が同一に形成されているとの相違点について,審決は看過していると主張する。

しかし,原告の主張は失当である。すなわち,「胴部に溝状の周状リブを周設する」点については,前記のとおり本願発明と引用発明とで一致していると認められるから,相違点を看過しているとはいえない。また,「隣接する周状リブの間に距離Hを,胴部の径Dに従って一定範囲にすること」については,審決は,「・・隣接する周状リブ間の距離を0.2D~0.6Dの範囲とし,内部の減圧度を少なくとも350mmHgとすることについて言及がない点」を相違点として認定しているから,審決に相違点の看過があるとはいえない。

(3)  原告は,引用発明が「周状リブのうち,最上位の周状リブを胴部の上端部の,略円錐台筒状の形状をした肩部との境界近傍に,最下位の周状リブを胴部の下端部に位置するように形成すること」との本願発明の構成を有しないとの相違点について,審決は看過していると主張する。

しかし,前記1,2で認定判断したとおり,引用発明は,本願発明の上記構成を有していると認められるから,原告の上記主張は理由がない。

5  取消事由4(相違点に対する容易想到性の判断の誤り)について

(1)  周状リブの本数,深さ,間隔,肉厚等について

ア 要求する減圧度を少なくとも350mmHgの内部の減圧度とする点について

本願発明は,「少なくとも350mmHg(46.7kPa)の内部の減圧」を満たすものとされているところ,これは,本願明細書(甲1)の段落【0012】の「・・本発明は,・・・変形パネル壁を形成することなく,熱充填,あるいはレトルト処理後に発生する減圧状態によっても胴部の一部に陥没変形等の不正変形が発生しないように胴部の形状を見出すことを技術的課題とし,減圧による変形が抑制され,座屈強度が高いと共に,外観体裁の良い壜体を得ることを目的とする。」との記載に照らせば,熱充填又はレトルト処理後に発生する減圧状態によっても胴部の一部に陥没変形等の不正変形が発生しない条件を特定したものと解される。

しかし,合成樹脂製壜体を熱充填又はレトルト処理した場合に,壜体内部に一定の減圧は,必然的に生じるから,減圧に耐え得るように周状リブについて本数,深さ,周状リブの間隔,肉厚等を決定することは当業者が技術常識に照らして適宜選択してなし得るというべきである。

イ 胴部の下半部及び上半部に設けられた周状リブについて,本数,深さ,周状リブの間隔,肉厚等を適宜選択する点について

証拠(乙7ないし9)及び弁論の全趣旨によれば,(周状)リブは合成樹脂製壜体の剛性や強度を補強するために設けられたものであるところ,その本数,深さ,間隔,肉厚等は,それが設けられた合成樹脂製壜体の胴部の面剛性に影響することは明らかである。このことは,前記1で認定した引用例の記載において,減圧による変形に耐え得るように周状リブの本数,深さ,間隔,肉厚等を検討していることからも推認されるところである。したがって,合成樹脂製壜体の設計に際して,当業者が,胴部の下半部及び上半部に設けられる周状リブについて,本数,深さ,周状リブの間隔,肉厚等を適宜選択して,合成樹脂壜体を所定の減圧度を満たすようにすることは,当業者において適宜選択してなし得るというべきである。

原告は,引用例の段落【0034】の表1について,実施例1と実施例2とを比較すると,周状リブの間隔が小さいほど減圧変形について剛性や強度が増加するとはいえない結果が示されているから,周状リブを多くしてその間隔を小さくするほど剛性や強度が増加するとはいえないと主張する。

しかし,原告の上記主張は失当である。すなわち,前記1で認定した段落【0021】及び【0027】の記載によれば,実施例1は周状リブが設けられる胴部の肉厚を0.21mmとしたのに対し,実施例2の周状リブが設けられる胴部の肉厚は,実施例1よりも厚い0.23mmとしたものであり,両者の肉厚が異なるから,周状リブの数のみでただちに減圧変形を評価することができない。そして,本願明細書の段落【0024】には,「減圧により発生する横方向の押圧に対抗するために必要な周状リブ間の間隔は胴部の肉厚にも依存するが,0.6D以下の間隔とすることにより,従来の変形パネルを有した熱充填ボトルと同等の肉厚で,面剛性の増強を達成することができ」との記載があり,リブの間隔が小さいほど面剛性が増加することが窺える。原告の主張は理由がない。

(2)  周状リブの間隔を「0.2D~0.6D」と,Dの関数で表すことについて

ア 本願明細書において,周状リブの間隔Hを「0.2D~0.6D」(Dは径寸法)とすることについて,格別な技術的意義を有することについての記載ないし示唆はない。また,前記のとおり,胴部の面剛性による壜体の減圧強度は,周状リブの深さや肉厚など他の要素の影響を受けるものであることに照らすならば,周状リブの間隔を「0.2D~0.6D」と表すことに技術的な意義を見出すことはできない。したがって,同構成は,合成樹脂壜体の設計において適宜採用し得る程度のことであり,審決の判断に誤りはない。

イ 原告は,本願明細書の段落【0019】,【0026】の記載から減圧強度とH/Dは略反比例の関係にあり,これにより周状リブの間隔を0.2D~0.6Dと表すことができると主張する。

周状リブの間隔Hは減圧強度と反比例の関係にあるとはいえるが,上記本願明細書の記載を参酌しても,H/Dが減圧強度と略反比例の関係にあるということはできない。原告の主張は理由がない。

6  取消事由5(顕著な作用効果の判断の誤り)について

原告は,本願発明は,変形パネル壁のない意匠性の高い壜体が得られ,熱充填工程に起因する減圧状態における変形を抑制することができるという顕著な作用効果を有すると主張する。しかし,意匠性の高い壜体が得られることは,何ら技術的効果ではなく,原告主張の技術的効果については本願明細書に記載はない。また,熱充填工程に対応した壜体が得られる点も胴部の面剛性を高めることによるものであるところ,かかる構成は前記5で認定判断したとおり,引用発明から容易に想到し得るといえるから,本願発明の上記作用効果も引用発明から容易に予測できるものである。原告の主張は理由がない。

7  結論

以上のとおり,原告の主張する取消事由には理由がない。原告は,その他縷々主張するが,審決を取り消すべき違法は認められない。

したがって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 中平健 裁判官 上田洋幸)

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