知財高等裁判所 平成21年(行ケ)10024号 判決 2010年7月20日
原告
株式会社陽紀
同訴訟代理人弁護士
松本司
同
田上洋平
同訴訟代理人弁理士
森義明
同
三枝英二
同
眞下晋一
同
松本尚子
同
森脇正志
被告
株式会社豊栄商会
同訴訟代理人弁護士
竹田稔
同
川田篤
同訴訟代理人弁理士
大森純一
同
折居章
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2007-800095号事件について平成20年12月16日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,名称を「溶融金属供給用容器及び安全装置」とする被告が有する発明に係る特許(第3492677号。以下「本件特許」という。)について,原告が無効審判請求をしたが,請求不成立の審決を受けたことから,その取消しを求めた事案である。
主たる争点は,上記発明が,特開2002-254158号公報(甲1)に記載された発明(以下「甲1発明」という。)及び周知技術等から容易に想到することができるか否かである。
1 特許庁における手続の経緯
被告は,平成14年12月28日,本件特許にかかる発明につき出願し(優先日平成14年2月14日及び同年9月18日),平成15年11月14日,設定登録を受けた。
原告は,平成19年5月15日,本件特許につき無効審判請求をした。
特許庁は,上記審判請求を無効2007-800095号事件として審理し,平成20年3月6日,本件特許の一部につき無効とする旨の審決をした。
原告は同年4月9日に,被告は同月2日に,それぞれ上記審決を不服として,当庁にその取消訴訟を提起した。また,被告は,同月3日,訂正審判を請求した。
同年5月9日,上記訂正を認容する旨の審決がされ,同年6月26日,前記無効審決を取り消す旨の判決がされた。
特許庁は,その後,さらに審理した上で,同年12月16日,「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決をし,その謄本は,平成21年1月6日,原告に送達された。
2 本件特許発明の内容
本件特許発明は,平成20年4月3日付けの訂正審判請求により訂正(下線部がその訂正部分である。)された後の明細書の特許請求の範囲の請求項1ないし15に記載された次のとおりのものである(乙2の1,2。以下,引用する場合を含め,上記訂正後の請求項1の発明を「本件特許発明1」,請求項2の発明を「本件特許発明2」などといい,これらを「本件特許発明」と総称する。)(請求項5,11は省略。)。
「【請求項1】 内外を連通し,容器内の加圧を行うための貫通孔を有し,溶融金属を収容することができ,加圧により圧力差を利用して内外で溶融金属を流通させることができる容器と,前記容器の内外を連通し,前記溶融金属を流通することが可能な第1の流路と,
前記貫通孔に通じる第2の流路に介在され,気体を通過させ,かつ,溶融金属の通過を規制する規制部材と,
前記貫通孔に取り付けられ,前記容器の上面部から上方に向けて突出し,所定の高さの位置で水平方向にて折り曲げられ,接続部が水平方向に導出された配管と,
前記配管の先端に取り付けられ,カプラを構成するプラグと,
前記カプラを構成するソケットからなり,前記規制部材が介在され,前記容器に溶融金属を貯留して搬送する場合には当該規制部材の介在により前記配管の接続部を塞ぐ着脱可能な栓と
を具備することを特徴とする溶融金属供給用容器。」
「【請求項2】 請求項1に記載の溶融金属供給用容器であって
前記容器は,上部に第1の開口部を有する容器本体と,
前記容器の第1の開口部を覆うように配置され,前記第1の開口部よりも小径の第2の開口部を有する大蓋と,
前記第2の開口部に対して開閉可能に設けられ,前記貫通孔が設けられたハッチと
を具備することを特徴とする溶融金属供給用容器。」
「【請求項3】 内外を連通し,容器内の加圧を行うための貫通孔を有し,溶融金属を収容することができ,加圧により圧力差を利用して内外で溶融金属を流通させることができ,上部に第1の開口部を有する容器本体と,前記容器の第1の開口部を覆うように配置され,前記第1の開口部よりも小径の第2の開口部を有する大蓋と,前記第2の開口部に対して開閉可能に設けられ,前記貫通孔が設けられたハッチとを具備する容器と,
前記容器の内外を連通し,前記溶融金属を流通することが可能な第1の流路と,
前記貫通孔に通じる第2の流路に介在され,気体を通過させ,かつ,溶融金属の通過を規制する規制部材と,
前記貫通孔に対して着脱自在で,前記容器に溶融金属を貯留して搬送する場合には前記規制部材の介在により前記貫通孔を塞ぐ栓と
を具備することを特徴とする溶融金属供給用容器。」
「【請求項4】 内外を連通し,容器内の加圧を行うための貫通孔を有し,溶融金属を収容することができ,加圧により圧力差を利用して内外で溶融金属を流通させることができ,上部に第1の開口部を有する容器本体と,前記容器の第1の開口部を覆うように配置され,前記第1の開口部よりも小径の第2の開口部を有する大蓋と,前記第2の開口部に対して開閉可能に設けられ,前記貫通孔が設けられたハッチとを具備する容器と,
前記容器の内外を連通し,前記溶融金属を流通することが可能な第1の流路と,
前記貫通孔に通じる第2の流路に介在され,気体を通過させ,かつ,溶融金属の通過を規制する規制部材と,
前記貫通孔に取り付けられ,カプラを構成するプラグと,
前記カプラを構成するソケットからなり,前記規制部材が介在され,前記容器に溶融金属を貯留して搬送する場合には当該規制部材の介在により前記貫通孔に通じる第2の流路を塞ぐ着脱可能な栓と
を具備することを特徴とする溶融金属供給用容器。」
「【請求項6】 溶融金属を収容することができる容器と,
前記容器の内外を連通し,前記溶融金属を流通することが可能な第1の流路と,
前記容器の上部に設けられ,前記容器の内圧を逃がすことができ,容器内の加圧を行うための貫通孔と,
前記貫通孔に,前記容器に溶融金属を貯留して搬送する場合には前記貫通孔を塞ぎ,気体を通過させ,かつ,前記溶融金属の流通を規制するように設けられた着脱可能な規制部材と,
を具備したことを特徴とする溶融金属供給容器。」
「【請求項7】 溶融金属を収容することができる容器と,
前記容器の内外を連通し,前記溶融金属を流通することが可能な第1の流路と,
前記容器の上部に設けられ,前記容器の内圧を逃がすことができ,容器内の加圧を行うための圧力開放管と,
前記圧力開放管に,前記容器に溶融金属を貯留して搬送する場合には前記圧力開放管を塞ぎ,気体を通過させ,かつ,前記溶融金属の流通を規制するように設けられた着脱可能な規制部材と,
を具備したことを特徴とする溶融金属供給容器。」
「【請求項8】 溶融金属を収容することができる容器の安全装置であって,
前記容器の上部に設けられ,前記容器の内圧を逃がすことができ,容器内の加圧を行うための貫通孔と,
前記貫通孔に,前記容器に溶融金属を貯留して搬送する場合には前記貫通孔を塞ぎ,気体を通過させ,かつ,前記溶融金属の流通を規制するように設けられた着脱可能な規制部材と
を具備したことを特徴とする安全装置。」
「【請求項9】 請求項8に記載の安全装置であって,
前記貫通孔に対して着脱自在で,前記規制部材の介在により前記貫通孔を塞ぐ栓
を更に具備することを特徴とする安全装置。」
「【請求項10】 請求項9に記載の安全装置であって,
前記貫通孔に取り付けられ,カプラを構成するプラグと,前記カプラを構成するソケットからなり,前記規制部材が介在され,当該規制部材の介在により前記貫通孔に通じる第2の流路を塞ぐ栓
とを更に具備することを特徴とする安全装置。」
「【請求項12】 内圧を逃がすことができ,容器内の加圧を行うための貫通孔が上部に設けられ,溶融金属を収容して第1の工場から第2の工場へ搬送するための容器における前記貫通孔に取り付けられる安全保持用栓であって,
前記貫通孔に通じる配管と,
前記配管内に充填され,気体を通過させ,かつ,溶融金属の通過を規制する規制部材とを具備し,
前記容器に溶融金属を貯留して搬送する場合には前記貫通孔に着脱可能に取り付けられることを特徴とする安全保持用栓。」
「【請求項13】 請求項12に記載の安全保持用栓であって,
前記配管の一端部に設けられ,プラグとソケットとから構成されるカプラのうち一方であるプラグ又はソケット
を更に具備することを特徴とする安全保持用栓。」
「【請求項14】 請求項12又は請求項13に記載の安全保持用栓であって,
前記規制部材は,空気は通過させるが,溶融したアルミニウムを通過させない部材
であることを特徴とする安全保持用栓。」
「【請求項15】 請求項12,請求項13又は請求項14に記載の安全保持用栓であって,
前記規制部材は,セラミックファイバーを成形した部材,焼結金属の成型品,スヤキ又はメタルに細い貫通孔若しくはオリフィスを設けた部材
であることを特徴とする安全保持用栓。」
3 審決の内容
審決は,後記(1)から(3)のとおり,甲1発明及び周知技術等(請求人である原告の主張する理由及び証拠)から本件特許発明を想到することは容易ではなく,本件特許発明は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものではないとした。なお,特許庁は,後記(4)のとおり,平成20年11月20日付けで,原告の同年8月28日付け弁駁書による請求の理由の補正を許可しないとの決定をした。
(1) 甲1発明の内容
「容器内の減圧及び加圧を行うための内圧調整用の内外を連通する貫通孔を有し,溶融金属を収容することができ,加圧により圧力差を利用して容器外へ溶融金属の導出が可能である容器と,
前記容器の内外を連通し,前記溶融金属を流通することが可能な流路と,
前記貫通孔は気体が流通可能であり,
前記貫通孔には配管が接続され,該配管は,前記貫通孔から上方に伸びて所定の高さで曲がりそこから水平方向に延在し,
該配管には,加圧用又は減圧用の配管が接続可能であり,
前記容器は,上部に第1の開口部を有し,
前記容器の第1の開口部を覆うように配置され,前記第1の開口部よりも小径の第2の開口部を有する蓋と,
前記蓋の上面部の第2の開口部に開閉可能に設けられ,前記容器の内外を連通する内圧調整用の貫通孔が設けられたハッチと,
を具備する溶融金属を貯留して搬送する溶融金属供給用容器。」
(2) 甲1発明と本件特許発明1の一致点及び相違点
ア 一致点
「内外を連通し,容器内の加圧を行うための貫通孔を有し,溶融金属を収容することができ,加圧により圧力差を利用して内外で溶融金属を流通させることができる容器と,
前記容器の内外を連通し,前記溶融金属を流通することが可能な第1の流路と,
前記貫通孔に通じる第2の流路は,加圧気体が流通可能であり,
前記貫通孔に取り付けられ,前記容器の上面部から上方に向けて突出し,所定の高さの位置で水平方向に折り曲げられ,接続部が水平方向に導出された配管と,
を具備する,溶融金属を貯留して搬送する溶融金属供給用容器」
イ 相違点1
「本件特許発明1では,『貫通孔に通じる第2の流路に介在され,気体を通過させ,かつ,溶融金属の通過を規制する規制部材』を具備し,『前記規制部材が介在され,前記容器に溶融金属を貯留して搬送する場合には当該規制部材の介在により前記配管の接続部を塞ぐ着脱可能な』栓を具備するのに対し,甲1発明では,それらを具備していない点。」
ウ 相違点2
「本件特許発明1では,相違点1における『栓』は『カプラを構成するソケットからなり』,配管の先端に『カプラを構成するプラグ』を取り付けることにより,栓を着脱可能にするのに対し,甲1発明では,そうでない点。」
(3) 容易想到性について
ア 本件特許発明1について
「本件特許発明1は,加圧式の溶融金属供給用容器に溶融金属を貯留して搬送する場合に,溶融金属が貫通孔から漏れ出ないように塞ぐと同時に,溶融金属が吐出用配管から不意に吐出しないようにすることを課題とするものであって,容器内の気体の膨張により溶融金属が吐出することは,密閉した加圧式の溶融金属供給用容器に特有の課題であることが理解できる。
そして,『気体を通過させ,かつ,溶融金属の通過を規制する規制部材』を設けることにより,『【0177】【発明の効果】・・・本発明によれば,溶融金属が漏れ出ないように貫通孔を塞ぐことができ,しかも配管から不意に溶融金属が吐出する事態を防止することができる。』という本件特許明細書記載の効果を達成するものである。」
「(2) 他方,甲号各証において,加圧式容器に溶融金属を貯留して搬送する場合に溶融金属が貫通孔から漏れ出ないようにすると同時に,該容器の内圧上昇により溶融金属が吐出用配管から不意に吐出しないようにすることを課題として認識していたことを伺わせる記載はない。
即ち,甲第1号証には,『【0058】・・・圧力開放用の貫通孔68が設けられ,圧力開放用の貫通孔68には,リリーフバルブ(図示を省略)が取り付けられるようになっている。これにより,例えば容器100内が所定の圧力以上となったときには安全性の観点から容器100が大気圧に開放されるようになっている。』と記載されているが,同記載の『容器100内が所定の圧力以上となったとき』について,甲第1号証には,『加圧用の配管には加圧気体に蓄積されたタンクや加圧用のポンプが接続されており,・・・加圧により圧力差を利用して流路57及び配管56を介して容器100外への溶融アルミニウムの導出が可能』な場合のことが述べられているだけであり・・・,それ以外の容器内の圧力上昇が生じるときのことは記載されていない。また,溶融金属供給用容器の搬送時に,該容器内部に圧力上昇が生じることが本件基準日前に知られていたとする証拠は示されていない。しかも,溶融金属を容器外へ導出する際の通常の圧力でリリーフバルブにより容器が開放すれば,容器内外の圧力差はなくなり,加圧による圧力差を利用した溶融金属の容器外への導出が不可能となることは明らかであるから,上記リリーフバルブは,溶融金属を容器外へ導出する際の通常の圧力を超える異常な圧力のとき(例えば,溶融金属の吐出用配管が詰まっているにも拘わらず,溶融金属を容器外への導出しようとして容器に許される圧力を超えて加圧圧力を高めたとき)に容器を開放するように設定されているものといえる。
してみると,上記リリーフバルブにより容器を開放するときとは,溶融金属を容器外へ導出する場合において,溶融金属を容器外へ導出する際の通常の圧力を超える異常な圧力となるときであると解されるので,上記の甲第1号証の記載をもって,溶融金属を貯留して搬送する場合の容器の内圧上昇による溶融金属の不意の吐出を防ぐことが課題として認識されていたとすることはできない。」
「(3) 請求人は,平成20年8月28日付け弁駁書において,上記リリーフバルブは,本件特許明細書の段落【0132】に記載されているリリーフバルブと同様,容器に設けられているので,同明細書の段落【0105】~【0107】に記載されている,容器を加圧して溶融金属を吐出させる際に,該容器内が所定の圧力以上となった場合に圧力を開放するためにフォークリフト側に装備されるリーク弁やリリーフ弁とは異なり,搬送時の容器内の圧力を開放するためのものであり,甲第1号証には,容器内部の圧力が所定以上に上昇することについての課題が示されている旨主張している。
しかしながら,本件特許明細書の段落【0112】には,『本実施形態では,接続機構73とレシーバタンク71との間に,すなわち,フォークリフト40側にリリーフ弁82やリーク弁86等の制御弁を設ける構成としたので,圧力調整のためにこれらの弁を当該容器100ごとに設ける必要がなく,高温の溶融金属を収容する容器100の熱等による弁の損壊及び老朽化を防止でき,溶融金属を取り扱う際の安全性を向上させることができる。』と記載されており,同記載によれば,フォークリフト側に設けられる『リリーフ弁82・・・等の制御弁』と,容器ごとに設けられる弁とは,熱の影響による損壊,老朽化,安全性等の差はあるものの,圧力調整の制御弁として同様の目的で,フォークリフト側と容器ごとのどちらかに設けられるものと解される。そして,同明細書の段落【0132】及び甲第1号証の段落【0058】にはそれぞれ,『圧力開放用の貫通孔168』(甲第1号証では『貫通孔68』)には,リリーフバルブ(図示を省略)が取り付けられるようになっている。』と記載されており,同記載によれば,両『リリーフバルブ』は共に,圧力調整のために容器ごとに設けられる制御弁といえるから,どちらの『リリーフバルブ』も,フォークリフト側に設けられるリリーフ弁等の制御弁と同様,溶融金属を吐出又は導入するための容器内の加圧時に,該容器内の圧力を開放するためのものと理解できる。また,そのことは,本件特許発明において,搬送時の容器内の圧力開放が,該『リリーフバルブ』とは別個に,気体を通過させ,かつ,溶融金属の通過を規制する規制部材を設けて行われることからも明らかである。
そうすると,本件特許明細書の段落【0132】に記載されているリリーフバルブと同様のリリーフバルブが甲第1号証に記載されていることをもって,甲第1号証に,搬送時の容器内部の圧力が所定以上に上昇するのを防ぐという課題が示されているとはいえない。」
「(4) また,請求人は,同弁駁書において,甲第1号証の段落【0009】,及び参考資料13-1には,溶融金属の容器に溶融金属を入れる前に該容器内をバーナー等で予熱することが記載されており,その過剰な予熱が容器の内圧上昇の原因となるので,搬送時の容器内の圧力上昇による溶融金属の吐出を防止するという課題は,本件基準日前に認識されていた旨主張している。
しかしながら,甲第1号証及び参考資料13-1には,上記予熱を必要とする旨の記載はあるものの,その過剰な予熱が容器の内圧上昇の原因となり,搬送時の該内圧上昇により溶融金属の吐出が生じる旨の記載はないので,同記載をもって,溶融金属を密閉容器内に貯留して搬送する場合の該容器内の圧力上昇による溶融金属の吐出を防止するという課題が本件基準日前に認識されていたとすることはできない。また,他の甲号各証及び参考資料にも,密閉容器の内圧上昇による溶融金属の突然の吐出を課題として認識していたことを伺わせる記載はないので,甲1発明の容器において,溶融金属を密閉容器内に貯留して搬送する場合の該容器の内圧上昇により溶融金属が吐出用配管から不意に吐出しないようにすることが課題として認識されていたとはいえないし,ましてや,該容器の貫通孔から溶融金属が漏れ出ないように塞ぐと同時に,該容器の内圧上昇により溶融金属が吐出用配管から不意に吐出しないようにすることが課題として認識されていたとはいえない。
また,たとえ,溶融金属供給用容器の転倒や該容器を運搬する際の揺れ等による貫通孔からの溶融金属の漏れ出しを防止することが課題として認識されるとしても,当該課題を解決するためには,該容器の貫通孔の流路を完全に塞ぐように気密に栓をすることを当業者はまず想起するものであって,甲1発明の容器において,『気体を通過させ,かつ,溶融金属の通過を規制する規制部材』をその流路に設けることまでを想起できるものではない。
即ち,上記(2)(3)で述べたように,甲第1号証には,リリーフバルブを容器に取り付けることが記載されているものの,該リリーフバルブは,該容器の搬送時に気体のみを選択的に通過させるためのものではなく,加圧用の貫通孔から溶融金属が漏れ出ないように該貫通孔の流路を塞ぐと同時に,溶融金属の吐出用配管からの不意の吐出を防ぐためのものでもなく,該貫通孔に接続する配管に上記規制部材を着脱可能に介在させ,該配管の流路を通して搬送時の容器内で生じる内圧を低減して溶融金属の不意の吐出を防止することは,甲第1号証には記載も示唆もされていない。また,上記規制部材を溶融金属供給用容器の配管に着脱可能に介在させ,搬送中に該容器内で生じた内圧を外気に開放することは,それが本件基準日前に知られていたことを示す証拠が提示されておらず,本件基準日前に公知の技術であったとは認められないことに加えて,上述したように,甲1発明の容器において,溶融金属を貯留して搬送する場合の該容器の貫通孔から溶融金属が漏れ出ないように塞ぐと同時に,該容器の内圧上昇により溶融金属が吐出用配管から不意に吐出しないようにすることが課題として認識されていないのであるから,甲1発明の容器において,溶融金属を貯留して搬送する場合の該容器の加圧用の貫通孔に接続する配管に上記規制部材を着脱可能に介在させることを動機付けることはできず,該規制部材の介在により該容器の内圧を開放して溶融金属の不意の吐出を防止することは,甲第1号証の記載からは導き出せない。」
「(5) 甲第2号証には,溶融金属をサイフォン効果を利用して移送する装置において,移送装置に設けられた減圧用パイプや大気開放用パイプの上端に焼結ベントを設けることにより,移湯初期の減圧時及び移湯終了の大気開放時に溶融金属が流路を通じて外部へ流出することを防止する技術が開示されているが,上記減圧用パイプや大気開放用パイプは,溶融金属を貯留して搬送する場合の容器に接続されるものではなく,上記焼結ベントは,該容器内で生じた内圧を開放するためのものではない。また,上記焼結ベントによる溶融金属の外部への流出を防止する時間は,移湯初期の減圧時又は移湯終了の大気開放時の僅かな時間に限られる。
これに対し,本件特許発明1では,上記規制部材を,容器の加圧用の貫通孔に通じる流路の配管に着脱可能に介在させることで,該容器の搬送中を通して,溶融金属と接触しても,溶融金属を通過させず,溶融金属が気体の通路を塞ぐことなく,該容器内を外気と連通する状態に保持でき,該容器の内圧を溶融金属の不意の吐出がないように低減し得るものであるから,該規制部材と上記焼結ベントの使用目的,機能は異なるものといえる。」
「請求人は,『加圧式取鍋においては,『・・・圧力開放用の貫通孔68が設けられ,圧力開放用の貫通孔68には,リリーフバルブ(図示を省略)が取り付けられるようになっている。これにより,例えば容器100内が所定の圧力以上となったときには安全性の観点から容器100が大気圧に開放されるようになっている。』(甲第1号証の段落【0058】)として,容器内が所定の圧力以上となり,溶融金属が外部に流出する可能性のあることは知られていた(加圧式取鍋であるから,内部の圧力が高まると,当然,溶融金属が第1の流路等から外部に流出される。)
言い換えれば,甲2考案の焼結ベントを適用する動機付けがある。』(審判請求書21頁17~25行)と主張する。
しかしながら,甲第1号証における当該記載が,単に溶融金属を吐出させるために容器内を加圧した際に,容器内の圧力が通常の圧力を超える異常な圧力となる可能性について記載されているものと解されることは,上記(2)(3)で述べたとおりである。
また,たとえ,容器内を加圧していない場合における容器内の不測の圧力上昇により,該容器の吐出用配管から外部へ溶融金属が不意に吐出することが示唆されるとしても,当該示唆に基づけば,容器内が所定の圧力以上とならないように加圧用の流路を弁の開閉により制御することや,溶融金属の流出を防ぐために吐出用配管を塞ぐことを,当業者はまず想起するものである。
そして,上記(4)で述べたように,甲1発明の容器において,溶融金属を貯留して搬送する場合の該容器の内圧上昇により溶融金属が吐出用配管から不意に吐出しないようにすることが課題として認識されていたとはいえないし,また,該容器の加圧用の貫通孔に接続する配管に,気体のみを通過させる規制部材を着脱可能に介在させ,該配管の流路を通して搬送時の容器内で生じる内圧を低減することは,甲第1号証の記載からは示唆されない。
さらに,上記焼結ベントは,上述したように,溶融金属をサイフォン効果を利用して移送する移送装置の減圧用パイプや大気開放用パイプの上端に設けられ,移湯初期の減圧時又は移湯終了の大気開放時の僅かな時間,溶融金属が外部へ流出することを防止するものであって,溶融金属を貯留して搬送する容器の配管に設けられるものではないので,該焼結ベントを,甲1発明の容器の加圧用の貫通孔に接続する配管に着脱可能に介在させることで,該容器の搬送中を通して,溶融金属と接触しても,溶融金属を通過させず,溶融金属が気体の通路を塞ぐことなく,該容器内を外気と連通する状態に保持でき,該容器の内圧を溶融金属の不意の吐出がないように低減でき,しかも,溶融金属の貯留,搬送に支障が生じないことは,当業者が普通に予測可能なことではない。
そうすると,甲1発明における溶融金属を貯留して搬送する場合の容器に,甲第2号証開示の上記技術を適用することを動機付けることはできず,該容器の加圧用の貫通孔に接続する配管に上記焼結ベントを介在させることは,甲第1号証及び甲第2号証の記載からは導き出せない。」
「(6) 甲第3-1~3-4号証には,鋳造において,鋳型にガス抜き用の部材として焼結ベント等を設けることが記載されており,同記載によれば,当該焼結ベント等の部材は,鋳型に溶融金属を流入させる際に,鋳型内のガスを速やかに排出することにより,鋳造時の巣の発生を防止しようとするものであって,鋳型内のガスを透過させて速やかに排出した後,鋳型に流入してくる溶融金属を透過させず,鋳型内で全て固化させるものである。
これに対し,本件特許発明1における規制部材は,溶融金属を貯留して搬送する場合の容器の配管に着脱可能に設けられ,該容器の搬送中を通して,溶融金属と接触しても,溶融金属を通過させず,気体のみ通過し得る状態を保持し,該容器内で生じる内圧を開放するものであるから,両者は,使用目的,機能において異なるものといえる。
また,上記(4)で述べたように,甲1発明の容器において,溶融金属を貯留して搬送する場合の該容器の内圧上昇により溶融金属が吐出用配管から不意に吐出しないようにすることは課題として認識されておらず,また,該容器の加圧用の貫通孔に接続する配管に,気体のみを通過させる規制部材を着脱可能に介在させ,該配管の流路を通して搬送時の容器内で生じる内圧を開放することは,甲第1号証の記載からは示唆されない。
さらに,上記焼結ベント等の部材を,気体のみを通過させる規制部材として,甲1発明の容器の加圧用の貫通孔に接続する配管に介在させることで,該容器の搬送中を通して,溶融金属と接触しても,溶融金属を通過させず,溶融金属が気体の通路を塞ぐことなく,該容器内を外気と連通する状態に保持でき,該容器の内圧を溶融金属の不意の吐出がないように低減でき,しかも,溶融金属の貯留,搬送に支障を生じないことは,当業者が普通に予測可能なことではない。
してみれば,甲1発明における溶融金属を貯留して搬送する場合の容器に,甲第3-1~3-4号証開示の上記技術を適用することは動機付けられず,該容器の加圧用の貫通孔に接続する配管に上記焼結ベント等の部材を介在させることは,甲第1号証及び甲第3-1~3-4号証の記載からは導き出せない。」
「(7) つぎに,参考資料6,参考資料7-1~7-2,参考資料10,参考資料11-1~11-6には,種々の液体を収容する容器において,収容された液体が横転等で漏れないようにするとともに,容器内の圧力等が変動する場合は,外部との気体の流通を可能にし,容器内部を液密状態にするため,多孔質フイルムや多孔質材を用いることが記載されている。
しかしながら,参考資料6,参考資料7-1~7-2,参考資料10,参考資料11-1~11-6に記載の技術は,液体を収容する容器ではあるものの,各収容する液体は,液化天然ガス等(参考資料6),燃料(参考資料7-1),ガソリン(参考資料7-2),過酸化水素水(参考資料10),ガスを発生する活性酒(参考資料11-1),気化性の液体(参考資料11-2),石油,塗料,飲料等(参考資料11-3),揮発性の液体(参考資料11-4),気化性液体(参考資料11-5),燃料(参考資料11-6)と,いずれも常温以下の液体であり,溶融金属のような高温液体の容器における高温液体の漏れ出しを防ぎ,高温を保持しつつ内圧の開放を意図したものではなく,外部との気体の流通を可能にし,容器内部を液密状態にするための機構について,溶融金属を貯留して搬送する容器に適用する示唆もない。
他方,甲1発明は,高温の溶融金属を貯留し,熱の放散や該溶融金属の固化,固着を防ぎつつ搬送する容器であるから,該参考資料6,参考資料7-1~7-2,参考資料10,参考資料11-1~11-6に記載の容器とは構造,使用目的,使用条件等が全く異なる上,上記(4)で述べたように,甲1発明の容器において,溶融金属を貯留して搬送する場合の該容器の内圧上昇により溶融金属が吐出用配管から不意に吐出しないようにすることは課題として認識されておらず,また,該容器の加圧用の貫通孔に接続する配管に,気体のみを通過させる規制部材を着脱可能に介在させ,該配管の流路を通して搬送時の容器内で生じる内圧を低減することは,甲第1号証の記載からは示唆されない。
また,上記(5)(6)で述べたように,甲第2号証に記載される減圧用パイプや大気開放用パイプに設けられる焼結ベント,甲第3-1~3-4号証に記載される鋳型の焼結ベント等の部材を,溶融金属を貯留して搬送する場合の容器の加圧用の貫通孔に接続する配管に,気体のみを通過させる規制部材として介在させることは,上記甲号各証の記載により動機付けられず,また,上記各参考資料に記載された周知技術は,上述したように,常温以下の液体の容器についてのものであり,溶融金属を貯留して搬送する場合の容器に適用する示唆はないので,該周知技術を参酌しても,上記焼結ベント,焼結ベント等の部材を該容器の加圧用の貫通孔に接続する配管に上記規制部材として介在させることは,上記甲号各証の記載からは導き出せない。
さらに,上記の規制部材の介在により,該容器の搬送中を通して,溶融金属と接触しても,溶融金属を通過させず,溶融金属が気体の通路を塞ぐことなく,該容器内を外気と連通する状態に保持でき,該容器の内圧を溶融金属の不意の吐出がないように低減でき,しかも,溶融金属の貯留,搬送に支障が生じないことは,当業者が普通に予測可能なことではない。」
「甲1発明における,溶融金属を貯留して搬送する場合の容器の加圧用の貫通孔に接続する配管に,気体のみを通過させ,かつ,溶融金属の通過を規制する規制手段を着脱可能に介在させることを動機付けるものはなく,上記甲号各証に記載された発明及び上記各参考資料記載の周知技術を寄せ集めても,上記の配管に当該規制部材を着脱可能に介在させることを当業者が容易に想到し得たものとは認められない。」
「そして,本件特許発明1は,上記相違点1に係る構成を具備することにより,搬送中の溶融金属が漏れ出ないように貫通孔を塞ぐことができ,しかも配管から不意に溶融金属が吐出する事態を防止することができるという,本件明細書記載の効果を奏するものである。
以上の通りであるから,本件特許発明1は,上記相違点2について検討するまでもなく,甲第1号証~甲第4-2号証に記載された発明,及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができた発明とすることはできない。」
イ 本件特許発明2について
「本件特許発明2は,本件特許発明1の発明特定事項を全て含むものであるから,本件特許発明2は,本件特許発明1と同様の理由により,当業者が容易に発明をすることができた発明とすることはできない。」
ウ 本件特許発明3について
「本件特許発明3と甲1発明とを対比すると,以下の点で相違する。
相違点3:本件特許発明3では,『貫通孔に通じる第2の流路に介在され,気体を通過させ,かつ,溶融金属の通過を規制する規制部材と,前記貫通孔に対して着脱自在で,前記容器に溶融金属を貯留して搬送する場合には前記規制部材の介在により前記貫通孔を塞ぐ栓』を具備するのに対し,甲1発明では,当該構成を有さない点
そこで,上記相違点について検討するに,甲第2号証には,溶融金属をサイフォン効果を利用して移送する装置において,移送装置に設けられた減圧用パイプや大気開放用パイプに焼結ベントを設けることが記載され,また,甲第3-1~3-4号証には,鋳造において,鋳型にガス抜き用の部材として焼結ベント等を設けることが記載され,さらに,上記各参考資料に記載されるように,常温以下の温度で運搬される種々の液体を収容する容器において,多孔質フイルムや多孔質材を用いて外部との気体の流通を可能にし,容器内部を液密状態にすることが知られているものの,甲1発明の容器の搬送時に,該容器の加圧用の貫通孔に接続される配管に上記焼結ベント等の規制部材を介在させることを当業者が容易に想到できないことは,上記2.で述べたとおりである。そして,上記の規制部材を,上記貫通孔に接続される配管に介在させることと該貫通孔を塞ぐ栓に介在させることとに格別な差異はない。
そうすると,甲1発明の容器の搬送時に,該容器の加圧用の貫通孔に接続される配管に上記規制部材を介在させることと同様,該貫通孔を塞ぐ栓に同規制部材を介在させることも,当業者が容易に想到し得たものとはいえない。
そして,本件特許発明3は,搬送時の上記容器の貫通孔に上記規制部材を介在させて該貫通孔を塞ぐ栓を設けること,即ち,『気体を通過させ,かつ,溶融金属の通過を規制する規制部材と,前記貫通孔に対して着脱自在で,前記容器に溶融金属を貯留して搬送する場合には前記規制部材の介在により前記貫通孔を塞ぐ栓』を具備することにより,溶融金属が漏れ出ないように貫通孔を塞ぐことができ,しかも配管から不意に溶融金属が吐出する事態を防止するという,本件特許明細書記載の効果を奏するものといえる。
したがって,本件特許発明3は,本件特許発明1と同じく,甲第1号証~甲第4-2号証に記載された発明,及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができた発明とすることはできない。」
エ 本件特許発明4について
「本件特許発明4と甲1発明とを対比すると,以下の点で相違する。
相違点4:本件特許発明4では,『貫通孔に通じる第2の流路に介在され,気体を通過させ,かつ,溶融金属の通過を規制する規制部材と』,『前記規制部材が介在され,前記容器に溶融金属を貯留して搬送する場合には前記規制部材の介在により前記貫通孔に通じる第2の流路を塞ぐ着脱可能な栓』を具備するのに対し,甲1発明においては,当該構成を有さない点
相違点5:本件特許発明4では,栓を着脱可能にするために,『前記貫通孔に取り付けられ,カプラを構成するプラグと,前記カプラを構成するソケット』を有するのに対し,甲1発明では,当該構成を有さない点
そこで,上記相違点について検討するに,相違点4は,相違点1と表現ぶりは異なるものの,実質的に同じものであるから,上記2.で検討したとおり,本件特許発明1と同様の理由により,本件特許発明4は,当業者が容易に発明をすることができた発明とすることはできない。」
オ 本件特許発明6について
「本件特許発明6と甲1発明とを対比すると,以下の点で相違する。
相違点6:本件特許発明6では,『貫通孔に,前記容器に溶融金属を貯留して搬送する場合には前記貫通孔を塞ぎ,気体を通過させ,かつ,前記溶融金属の流通を規制するように設けられた着脱可能な規制部材』を具備するのに対し,甲1発明では,当該構成について記載がない点。
そこで,上記相違点について検討するに,甲第2号証には,溶融金属をサイフォン効果を利用して移送する装置において,移送装置に設けられた減圧用パイプや大気開放用パイプに焼結ベントを設けることが記載され,また,甲第3-1~3-4号証には,鋳造において,鋳型にガス抜き用の部材として焼結ベント等を設けることが記載され,さらに,上記各参考資料に記載されるように,常温以下の温度で運搬される種々の液体を収容する容器において,多孔質フイルムや多孔質材を用いて外部との気体の流通を可能にし,容器内部を液密状態にすることが知られているものの,甲1発明の容器の搬送時に,該容器の加圧用の貫通孔に接続される配管に上記焼結ベント等の規制部材を介在させることを当業者が容易に想到できないことは,上記2.で述べたとおりである。そして,上記の規制部材を,上記貫通孔に接続される配管に介在させることと該貫通孔に設けることとに格別な差異はない。
そうすると,甲1発明の容器の搬送時に,該容器の加圧用の貫通孔に接続される配管に上記規制部材を介在させることと同様,該貫通孔に同規制部材を設けることも,当業者が容易に想到し得たものとはいえない。
そして,本件特許発明6は,上記容器の貫通孔に上記規制部材を設けること,即ち,『貫通孔に,前記容器に溶融金属を貯留して搬送する場合には前記貫通孔を塞ぎ,気体を通過させ,かつ,前記溶融金属の流通を規制するように設けられた着脱可能な規制部材』を具備することで,溶融金属が漏れ出ないように貫通孔を塞ぐことができ,しかも配管から不意に溶融金属が吐出する事態を防止するという,本件特許明細書記載の効果を奏するものといえる。
したがって,本件特許発明6は,本件特許発明1と同じく,甲第1号証~甲第4-2号証に記載された発明,及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができた発明とすることはできない。」
カ 本件特許発明7について
「本件特許発明7と甲1発明とを対比すると,以下の点で相違する。
相違点7:本件特許発明7では,『圧力開放管に,前記容器に溶融金属を貯留して搬送する場合には前記圧力開放管を塞ぎ,気体を通過させ,かつ,前記溶融金属の流通を規制するように設けられた着脱可能な規制部材』を具備するのに対し,甲 1 発明では,当該構成について記載がない点。
そこで,上記相違点について検討するに,本件特許発明7における『圧力開放管』は,本件特許発明1における『貫通孔に通じる第2の流路』に該当し,また,本件特許発明7における『圧力開放管を塞ぎ,・・・溶融金属の流通を規制するように設けられた着脱可能な規制部材』は,溶融金属の容器の栓を構成するといえるので,相違点7は,相違点1と表現ぶりは異なるものの,実質的に同じものであるから,上記2.で検討したとおり,本件特許発明1と同様の理由により,本件特許発明7は,当業者が容易に発明をすることができた発明とすることはできない。」
キ 本件特許発明8について
「本件特許発明8は,本件特許発明6における容器の規制部材を具備した部分に着目し,当該部分の構成を『安全装置』の発明として特定したものであるから,甲1発明に対し,先の相違点6と同様の相違点を有する。
したがって,本件特許発明8は,上記6.で検討したとおり,本件特許発明6と同様の理由により,当業者が容易に発明をすることができた発明とすることはできない。」
ク 本件特許発明9,10について
「本件特許発明9,10は,本件特許発明8の発明特定事項を全て含むものであるから,本件特許発明9,10は,本件特許発明8と同様の理由により,当業者が容易に発明をすることができた発明とすることはできない。」
ケ 本件特許発明12について
「本件特許発明12と甲1発明とを対比する。
甲第1号証の『溶融金属を貯留して搬送する』ことの態様には,溶融金属を収容して第1の工場から第2の工場へ搬送することが含まれるから,本件特許発明12と甲1発明とは,『容器内の加圧を行うための貫通孔が上部に設けられ,溶融金属を収容して第1の工場から第2の工場へ搬送するための容器』で一致し,以下の点で相違する。
相違点8:本件特許発明12は,上記容器の貫通孔に取り付けられる,『内圧を逃がすことができ・・・る前記貫通孔に取り付けられる安全保持用栓であって,前記貫通孔に通じる配管と,前記配管内に充填され,気体を通過させ,かつ,溶融金属の通過を規制する規制部材とを具備し,前記容器に溶融金属を貯留して搬送する場合には前記貫通孔に着脱可能に取り付けられる・・・安全保持用栓』であるのに対し,甲1発明では,当該栓についての構成が記載されていない点
そこで,上記相違点について検討する。
相違点8は,先の相違点3における『栓』を『安全保持用栓』と表現したものであって,表現ぶりは異なるものの,当該相違点3と実質上同じものであるから,本件特許発明12は,上記4.で検討したとおり,本件特許発明3と同様の理由により,当業者が容易に発明をすることができた発明とすることはできない。」
コ 本件特許発明13ないし15について
「本件特許発明13~15は,本件特許発明12の発明特定事項を全て含むものであるから,本件特許発明13~15は,本件特許発明12と同様の理由により,当業者が容易に発明をすることができた発明とすることはできない」
(4) 「請求人が平成20年8月28日付けで提出した弁駁書における,参考資料13-2~13-4の追加,及び同参考資料13-2~13-4により立証しようとする事実に基づく,同弁駁書の『第4 進歩性についての判断の誤り』の『1 課題の認識』の(5)(第14頁26行~第15頁17行)に記載された請求の理由の補正については許可しないとの決定が,平成20年11月20日付けでなされた。その理由は次のとおりである。」
「請求人は,上記弁駁書において,参考資料13-2(アジア耐火株式会社のパンフレット),参考資料13-3(「購入溶湯取鍋湯漏れ火災事故状況」と題する文書),参考資料13-4(株式会社陽紀 代表取締役 Aの陳述書)を提示し,同参考資料13-2の「4.乾燥」の項に説明されているように,当業者には容器内部を十分に乾燥させる必要があることが本件基準日前に認識されており,また,同参考資料13-3及び参考資料13-4により,搬送時の容器の溶融金属吐出用の配管から不意に溶融金属が吐出する事故が本件基準日前に発生しており,当該事故及びその原因については本件基準日前に公知となっているので,甲第1号証に,『加圧時』でない場合に容器内部の圧力が所定以上に上昇するという課題が示されている旨主張している。
しかしながら,搬送時の容器の溶融金属吐出用の配管から不意に溶融金属が吐出する事故が本件基準日前に発生しており,その事故原因が本件基準日前に公知となっていることは,本件無効審判請求書の請求の理由として具体的に主張されていなかった事項である。
そして,上記参考資料13-3及び参考資料13-4は,上記事故及びその原因の公知性をそれぞれ立証しようとするための個別の証拠であり,また,上記参考資料13-2は,キャスタブル耐火物を用いた容器内に水分が存在する可能性もあり,該水分が上記事故原因にもなり得ることを立証しようとする個別の証拠であるから,これらの証拠によって当該事故及びその原因の公知性をそれぞれ立証しようとし,それをもって当該事故の原因を排除して当該事故を防止する課題の公知性を立証しようとするとともに,本件特許発明の容易想到性を主張することは,これらの個別の証拠に基づいて新たな無効理由の根拠となる事実を主張することに実質的に等しく,単に周知技術,慣用技術,技術常識等についての証拠を例示的に提示して,周知の事実が存在することを追加的に主張,立証するものとは解されない。
そうすると,上記証拠の追加,及び同証拠に基づく主張は,請求の理由の要旨を変更するものというべきである。
また,上記参考資料13-2~13-4に基づく主張は,本件特許発明の訂正前の発明にも共通し,当該訂正に伴って新たに必要となったものとはいえない。そして,同参考資料13-2は,いつ頒布されたのか不明であり,また,同参考資料13-3は,頒布された刊行物であるか否か不明であり,また,同参考資料13-4は,請求人株式会社陽紀の代表者の陳述書であり,その信憑性が直ちにあるとすることはできないので,それらを確認し,さらに被請求人側の反論も必要とするものである。
そうすると,上記証拠の追加,及び同証拠に基づく主張は,審理を不当に遅延させる請求の理由の補正といわざるをえない。」
第3原告主張の要旨
審決は,次のとおり,無効審判請求の理由について補正を拒否した誤りがあり,さらに,進歩性についての判断も誤ったものである。
1 取消事由1(補正不許の誤り)
(1) 特許庁は,原告の平成20年8月28日付け弁駁書(以下「第2弁駁書」という。)における甲13の2~4の追加及び同書証に基づく主張(以下「本件補正」という。)を,本件無効審判請求書の請求の理由として具体的に主張されていなかった事項であり,新たな無効理由の根拠となる事実を主張することに実質的に等しく,請求の理由の要旨変更に該当すると判断して,補正を許可しない決定をした。
しかし,本件において,原告が甲13の2~4に基づいて主張した事実,すなわち,①容器内部の乾燥の必要性,及び②本件特許の進歩性の基準日である平成14年12月28日の前である同月9日,トヨタ自動車衣浦工場において,原告が使用していた容器内部の乾燥が不十分であって,水分が残っていたことから,溶融金属吐出用の配管から不意に溶融金属が吐出するという事故の公知性は,新たな無効理由の根拠となる事実には当たらない。
すなわち,原告が審判請求書において既に指摘していた甲1の段落【0058】において,「容器の搬送中の圧力上昇の問題」が説明されており,甲13の2~4の追加及びこれに基づく主張は,間接事実及び間接証拠の追加にほかならず,「特許を無効にする根拠となる事実(主要事実)」を実質的に変更するものでないことは明らかである。
したがって,審判長による,補正を許可しないとの決定は違法であり,同決定に基づく審決は取り消されなければならない。
(2) 仮に,上記書証の追加及びこれに基づく主張が,請求の理由の要旨変更に該当するとしても,補正を許可しない決定は,次のとおり違法であり,当該違法が審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,審決は取り消されなければならない。
まず,特許法131条の2第4項によれば,同条2項に基づく決定については不服申立てができないとされているが,これは,無効審判の審理の遅延を防止するために,単に独立の不服申立てができないことを定めたものにすぎず,審決取消訴訟において不服申立てを行うことまでもが否定されるものではない。
また,同条2項の規定に基づく補正許可の決定は,審判長の裁量の側面があるが,裁量権を逸脱した場合,違法となることも明らかである。
そして,同条2項1号及び同項柱書の規定によれば,訂正請求により請求の理由を補正する必要が生じた場合は,審理を不当に遅延させるおそれがなければ,補正を許可することができるとされているところ,原告の第2弁駁書における甲13の2~4の追加及び同書証に基づく主張は,被告が平成20年4月3日に請求した訂正審判請求(訂正2008-390038号)の認容審決が確定したことにより,補正を行ったものである。
本件では訂正審判であるが,特許法131条の2第2項1号の訂正請求と異なった取扱いをする理由は存在しないところ,審決の判断は,明らかに同号の規定の存在を看過したものである。
なお,審判長は審理を不当に遅延させると認定しているが,訂正直後の弁駁における請求の理由の補正が「審理を不当に遅延させる」との要件に該当するのであれば,特許法131条の2第2項1号の規定が死文化してしまうことは明らかであり,補正を許可しない決定を行った審判長の決定は違法である。
そして,当該違法が審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,審決は取り消さなければならない。
2 取消事由2(進歩性についての判断の誤り)
(1)ア 審決は,「容器の内圧の上昇による溶湯噴出の防止」の課題を当業者が認識していなかったことを挙げて,判断の理由としている。
しかし,課題の認識,すなわち課題の共通性は,当業者の容易想到性を論理付ける「動機付け」の一要素にすぎないから,これを重要視しすぎる審決の判断は当を得ないものである。
しかも,加圧式容器を密閉した場合に,内圧の上昇により溶湯が突然噴出する問題は,既に認識されていたものである。
イ 甲1の段落【0058】には,「・・・圧力開放用の貫通孔68が設けられ,圧力開放用の貫通孔68には,リリーフバルブ(図示を省略)が取り付けられるようになっている。これにより,例えば容器100内が所定の圧力以上となったときには安全性の観点から容器100内が大気圧に開放されるようになっている。」と説明され,容器内が所定の圧力以上となって溶融金属が外部に流出する可能性のあることが示されている。
そして,審決は,甲1の上記記載につき,「容器100内が所定の圧力以上となるとき」とは,溶湯を吐出させるために容器内を加圧した際の問題を指摘したものと理解している。
しかし,段落【0058】には,単に「容器100内が所定の圧力以上となったときには」と説明されているだけで,溶融金属を吐出する際に圧力が上昇するとは記載されていない。
ウ 逆に,本件特許発明の明細書の記載からみて,甲1の段落【0058】の説明は,容器の搬送中の圧力上昇の問題を説明したものと理解できる。
すなわち,本件特許発明の明細書の段落【0105】ないし【0108】の記載は,フォークリフト40に積載された圧力調整機構に関する説明であり,溶融金属(溶湯)を容器から吐出する際,換言すれば,容器内を加圧する際に,容器内の圧力が所定以上になった場合には,「リーク弁86」により外部へ圧力を開放する構成が開示されている。
他方で,同明細書の段落【0132】には,甲1の段落【0058】と同じ内容の記載があり,容器内が所定の圧力以上になった場合は,図示を省略された「リリーフバルブ」により,容器が大気圧に開放されるようになっている。
以上からすれば,本件特許発明の明細書の段落【0105】ないし【0108】では,加圧時の圧力上昇に対応する構成はフォークリフト40側に設けられた「リーク弁86」であるが,容器搬送時にはフォークリフト40に積載された「リーク弁86」を含む圧力調整機構は容器から取り外されるため,容器内の圧力を所定の圧力に保つために,同明細書の段落【0132】のハッチ162に設けられた「リリーフバルブ」が必要になるのである。
また,甲1には,容器転倒時の溶湯流出を防止するために,容器本体外に配設された配管,つまり溶融金属の加圧による流出口を開閉自在とする機構が開示されている(段落【0084】参照)。そして,当該開閉自在とする機構が設けられていれば,溶融金属導出時の圧力程度であれば流出口を閉とすることにより溶融金属の容器外への流出を妨げることができるが,当該開閉機構では耐えられないような異常な圧力上昇が起こった場合に,当該圧力を開放するため圧力開放用の貫通孔68にリリーフバルブを設ける構成が開示されていると認められるのである。
このように,本件特許発明の明細書の段落【0132】の「容器100内の圧力が所定以上になったとき」とは,加圧時(溶湯の吐出時)ではない,例えば容器の搬送時における圧力上昇を説明したものである。
そして,甲1の段落【0058】は,本件特許発明の明細書の段落【0132】と同一内容の説明であるから,甲1にも「加圧時」でない場合に容器内部の圧力が所定以上に上昇するという課題が示されているのである。
よって,審決の「甲1における当該記載は,・・・容器内を加圧していない場合における,一般的な容器内の不測の内部圧力の上昇を示唆しているとはいえず」との認定は明らかに誤りである。
エ なお,特開2001-340957号公報(甲14)には,運搬中の容器内の圧力上昇による燃焼や爆発を防止するために(段落【0021】),容器内の圧力が所定以上になったときに,本体内を大気開放する弁(【請求項4】),すなわち,リリーフ弁や圧力安全装置弁(段落【0018】)を設ける技術が開示され,当該構成が,傾動式取鍋のみならず,加圧式取鍋にも適用可能であることも開示されている(【請求項5】,段落【0030】ないし【0033】)。
すなわち,本件特許発明の基準日前に溶融金属搬送容器の搬送中の圧力上昇という課題は,傾動式取鍋,加圧式取鍋双方に共通のものであることが公知だったのである。
加えて,本件特許発明のような溶融金属の容器(取鍋)においては,溶融金属を容器内に入れる前に容器内をバーナー等で加熱するが,この加熱が過剰になったときが内圧上昇の原因となる場合がある。
そして,甲13の2の「4.乾燥」との項に説明されているように,当業者には,容器内部を十分に乾燥させる必要のあることが認識されていた。
さらに,本件特許の基準日である平成14年12月28日の前である同月9日,トヨタ自動車衣浦工場において,原告の使用していた容器内部の乾燥が不十分であって,水分が残っていたことから,溶融金属吐出用の配管から不意に溶融金属が吐出するという事故が発生した。この事故及びその原因については,守秘義務を負担していないトヨタ自動車,豊田通商株式会社及び被告,更には容器の運搬業者等やタイ王国においても知るところ,すなわち公知の事実となっている(甲13の3,13の4参照)。
オ 審決は,容器内部の圧力上昇による溶融金属の吐出という課題が認識されていなかったという誤った認識に基づいて判断している。
容器の転倒や,運搬する際の揺れ等による内容物たる液体の流出の防止とともに,容器内部の圧力上昇による内容物の吐出をも防止するためには,容器を開放したり,密閉しておくだけでは対処することができない。
このような場合は,外部との気体の流通を可能にし,容器内部を液密状態にするため,多孔質フイルムや多孔質材を用いる技術が,種々の技術分野(液化天然ガス等,燃料,ガソリン,過酸化水素水,ガスを発生する活性酒,気化性の液体,石油,塗料,飲料等,揮発性の液体)で採用されている。
そして,本件特許発明の技術分野,少なくとも極めて密接した技術分野である鋳造の技術分野では,外部との気体の流通を可能にし,容器内部を液密状態にする,多孔質材の「焼結ベント」が採用されていた。
カ 以上のとおり,審決は,本件特許発明の課題が当業者には認識されていなかったと誤って認定し,その結果,進歩性の判断を誤ったものである。
(2) 甲2(実開昭62-159963号公報)記載の考案(以下「甲2考案」という。)の甲1への適用
審決は,甲2の焼結ベントと本件特許発明1の規制部材の使用目的,機能が異なるとするが,誤りである。すなわち,甲2は確かに容器の搬送時に焼結ベントを用いることを開示するものではないが,大気開放用パイプは,容器内に生じた内圧を開放するパイプにほかならず,外気と連通する状態を保持するためのものである。
そして,甲2には「焼結ベント(20)は減圧時及び移湯初期に溶湯が外部に流出することを防止する」と記載されており,溶湯の不意の吐出を防ぐことを目的としていることも明らかである。
したがって,本件特許発明1の規制部材と甲2の焼結ベントは,ともに内圧を開放するために空気を流通させるとともに,溶湯の容器外への不意の吐出を防ぐために設けられるものであり,使用場面が異なるだけで,使用目的,機能は完全に共通している。
また,審決は,甲1発明の容器において,溶融金属を貯留して搬送する場合に容器の内圧上昇により溶融金属が吐出用配管から不意に吐出しないようにすることが課題として認識されていたとはいえないことも理由とするが,前述のとおり,そのような認定は誤りである。
さらに,審決は,甲2の焼結ベントは「わずかな時間」溶融金属を流出することを防ぐものであるから,甲1に適用して「搬送中を通して」溶融金属の吐出防止,外気との連通を保持することは,当業者にとって予測可能でないと認定する。
しかし,甲2における移湯時間も,甲 1における搬送時間も特定されていない。加えて,甲3の1~4から,長時間にわたって溶融金属にさらされる鋳造の場面においても,焼結ベントは溶融金属の流出防止及び大気との連通という機能を維持し続けるものであることは,当業者にとって周知であった。
したがって,規制部材や焼結ベントが機能する時間の違いをもって,甲1発明に甲2の考案を適用することについて,当業者が普通に予測することは可能でないとする審決の認定は誤りである。
(3) 甲3の1~4の甲1への適用
確かに,甲3の2~4の鋳造装置に焼結ベントを設ける目的は,鋳型に溶湯が流入してきた際に,鋳型内のガスを速やかに排出することにより,鋳造時の巣の発生を防止しようとするものである。
しかし,焼結ベントを使用するのは,焼結ベントが気体を通過させ,かつ,溶融金属の通過を規制する機能を有するからである。すなわち,本件特許発明の技術分野と極めて密接した鋳造技術において,本件特許発明と同じ機能を有する焼結ベントが使用されているのである。
審決のこの点に関する判断は,機能の共通性が進歩性判断の一要素であることを忘れた判断である。
また,前述のとおり,甲1発明の容器において,溶融金属を貯留して搬送する場合の該容器の内圧上昇により溶融金属が吐出用配管から不意に吐出しないようにすることは課題として認識されていないとの認定は誤りである。
さらに,甲2に,焼結ベントの機能として「空気は流通するが,溶湯は通過させない」と記載されており,この記載に基づけば,本件特許発明の効果も当業者が当然に予測可能なものである。むしろ,なぜ当業者が予測可能でないのか,審決は論理付けが欠如している。
したがって,甲3の1~4の技術を甲1に適用することが動機付けられないとの審決の判断は誤りである。
(4) 参考資料について
審決は,種々の液体を収容する容器,すなわち多くの技術分野において,収容された液体が横転等で漏れないようにするとともに,容器内の圧力等が変動する場合は,外部との気体の流通を可能にし,容器内部を液密状態にするため,多孔質フイルムや多孔質材を用いられていることを正しく認定しながら,これらは「常温以下の液体」であるから,溶融金属のような高温液体の容器における高温を保持しつつ内圧の開放を意図したものでないし,溶融金属に適用できるような示唆もないとする。
しかし,これらの参考資料で重要なのは,容器内の圧力等が変動する場合に,外部と気体の流通を可能にし,かつ,内部の液体の流通を規制して容器内部を液密にする技術思想が開示されているという点である。
内部の液体の温度に合わせて適宜対応する多孔質フイルムや多孔質材を選択して用いればよいため,内部の液体の温度の高低は問題とならない。しかも,搬送時の内圧上昇による溶湯噴出の防止という課題は認識され,溶融金属に対しては,気体を通過させ,かつ,溶融金属の通過を規制する機能を有する周知技術である焼結ベントが存在していたのである。
(5) 以上のとおり,本件特許発明における,搬送時の内圧上昇による溶湯噴出の防止という課題は,既に認識された課題であり,甲1発明に適用可能な本件特許発明と同一技術分野の甲2の考案,及び本件特許発明と近接する技術分野の甲3の2~4の各発明には,本件特許発明の規制部材に相当するところの,気体を通過させ,かつ溶融金属の通過を規制する「焼結ベント」(甲3の1)が使用されている。
しかも,種々の液体を収容する容器,すなわち多くの技術分野において,収容された液体が横転等で漏れることを防止するとともに,容器内の圧力等が変動する場合は,外部との気体の流通を可能にし,容器内部を液密状態にするため,多孔質フイルムや多孔質材を用いることは周知技術である。
したがって,本件特許発明1は進歩性を欠如する発明であり,また,本件特許発明1の特定事項を含む本件特許発明2も進歩性を欠如する発明である。
(6) 請求項3,4,6ないし10,12ないし15について
審決の上記いずれの請求項についての判断も,本件特許発明1についての判断を引用するか,当該判断を引用した発明の特定事項を含む発明であり,いずれも進歩性を欠如する発明である。
第4被告の反論
1 取消事由1(補正不許の誤り)に対して
(1) 本件補正が要旨を変更するものであること
甲1の段落【0058】に記載された技術的事項は,加圧による溶融金属の供給の際に,溶融金属が流路において何らかの理由により流れにくくなり,それにもかかわらず,加圧が継続され,容器の内部の圧力が異常に高くなることによる危険を防ぐために,リリーフバルブから容器内の圧力を開放するというものである。
このように,当該段落【0058】には,原告が主張する本件補正に係る加圧用の配管を塞ぐことにより搬送中の容器内の圧力が上昇して溶融金属が吐出するという技術的課題は記載されていない。
したがって,「加圧用配管を塞ぐことによる搬送中の容器内の圧力の上昇により溶融金属が吐出するという課題が公然知られていた」ことの主張及び立証を追加する旨の本件補正は,新たな主張及び証拠を追加するものであり,本件無効審判請求の理由の要旨を変更するものである。
なお,被告は,加圧用配管を塞ぐことによる搬送中の容器内の圧力上昇による溶融金属吐出という技術的課題につき,平成12年12月14日の試作中の加圧式取鍋の試験において認識していた。しかし,原告がそのような課題を認識したのは,平成14年12月9日,原告が初めて加圧式取鍋を使用した溶融アルミニウムの供給を開始した際に,加圧用の配管を塞いだまま搬送したために搬送先の工場において溶融アルミニウムが噴出し,火災事故を起こした際である。
このような火災事故の原因については,信義則上守秘義務を負う関係者しか知らず,本件特許出願時(同月28日)において公然知られたものではない。
(2) 本件補正を許可しないことも正当であること
本件補正に係る事項は,新たな公知の事実の主張及び立証であり,審理を不当に遅延させるものである。
また,加圧用配管を塞ぐことによる搬送中の容器内の圧力上昇による溶融金属の吐出という技術的課題は,平成20年4月3日の訂正審判請求に係る訂正により追加されたものではないから,訂正の請求により請求の理由を補正する必要が生じたものとはいえない。
さらに,新たに追加された証拠(甲13の2~4)は,いずれも本件無効審判請求時に提出することが可能なものであり,当該請求時に当該証拠に係る主張を記載しなかったことについて正当な理由があるともいえない。
そして,原告が主張する新たな公知の事実の主張及び立証は,当該事実(加圧用配管を塞ぐことによる搬送中の容器内の圧力上昇による溶融金属の吐出という技術的課題)が公然知られていたことを何ら立証するものでもない。
このように,本件補正は,特許庁審判官において補正を許可することができるための要件を満たさないだけでなく,そのような補正の許可をすべき義務を基礎付けるような事情もない。
したがって,特許庁審判官が本件補正を許可しなくとも何らの違法性もない。
2 取消事由2(進歩性についての判断の誤り)に対して
(1) 課題の認識について
ア 本件における課題,すなわち,加圧用配管を塞ぐことによる搬送中の容器内の圧力上昇による溶融金属の吐出という技術的課題は,新規な課題である。
イ 甲1の段落【0058】に記載された技術的事項は,加圧による溶融金属の供給の際に,溶融金属が,流路において何らかの理由により流れにくくなり,それにもかかわらず加圧が継続され,容器の内部の圧力が異常に高くなることによる危険を防止するために,リリーフバルブにより圧力を開放するというものである。
この段落に記載された課題は,加圧用の配管から加圧気体により容器内を加圧し,溶融金属を供給する際の課題であって,加圧用配管を塞ぐことによる搬送中の容器内の圧力上昇による溶融金属の吐出という技術的課題は開示されておらず,この点は,審決が正しく認定しているところである。
ウ 本件訂正明細書に記載された「リーク弁86」は,加圧機構における安全装置であり,これは,甲1の段落【0058】の安全装置とは別の観点に基づく安全装置であるにすぎず,上記段落【0058】のリリーフバルブの理解とは直接の関係はない。
被告は,加圧式取鍋を実施するに当たり,加圧式取鍋の安全を確保するための機構を多数発明し,提案している。
まず,本件特許発明により,加圧用配管を搬送中塞ぐことによる危険を防止する構成を発明した。そのほか,甲1の段落【0058】には,加圧式取鍋の大蓋にリリーフ弁を設けることも着想しているし,本件訂正明細書にあるような加圧機構側の「リーク弁86」を設けることも提案している。
このように,被告は,二重にも三重にも安全装置を設けることを考えたもので,それは,加圧式取鍋が摂氏700度もの高温になる溶融アルミニウムを取り扱うものだからである。
原告の主張は,被告が溶融金属を取り扱う際の安全性を向上させるための複数の安全装置が提案されていることを曲解し,甲1の段落【0058】に記載されたリリーフバルブの技術的意義を誤解するものである。
エ 甲14の公開特許公報の記載のみで「周知技術」ということはできず,審決取消訴訟において,このような無効審判請求手続において提出されていない証拠に基づく新規な主張は許されない。
また,甲14に開示された技術事項は,容器を密閉することを前提としつつ,溶融金属の容器内の酸素による酸化を原因とする燃焼や爆発を防止するというものであり,そのために,不活性ガスである窒素ガスを密封して酸素を排除し,溶融金属の酸化を防止するとともに,それでも溶融金属の酸化を防止することができず,万一相当の圧力まで上昇した際には,圧力調整弁において圧力を開放するというものである。しかも,反応性の高いマグネシウムであれば,このような課題が生じる可能性があるかもしれないが,反応性の低いアルミニウムでは考えられない。
これに対し,本件特許発明における課題は,加圧用配管を密閉したのでは,加圧式取鍋のライニングの乾燥が不十分であるために水蒸気が容器内に充満することにより生じるものである。
甲14の技術的課題は,密閉しないと溶融金属が酸化してしまい,密閉すると酸化による圧力が高まる可能性があるというものであって,本件特許発明の技術的課題とは課題が相違する。
また,甲14の課題を解決する手段は,容器内の酸素量を最小限に抑えるために運搬容器を「密閉」することを前提としている。この点において,加圧用配管において容器内を常時開放しておく本件特許発明とは,技術的思想が異なる。本件特許発明は,加圧用配管は規制部材があるのみで開放状態にあるから,絶えず酸素が容器内に流入し得るものであり,酸化が進み得る構成である。このような構成は,甲14が課題としている容器内の酸素量を抑えて溶融金属の燃焼及び爆発を防止するという課題と相反する。
(2) 甲1発明及び甲2考案の組合せについて
甲2記載のサイフォン管に取り付けられた「減圧用パイプ(13)」の構成は,サイフォン作用を開始させるためのものである。そして,甲2には,その減圧の際に,溶湯まで減圧装置に吸い込むことを防止するために「焼結ベント(20)」を設けた構成が開示されている。
しかし,甲2の溶融金属をサイフォン作用を開始するために減圧の際に吸い込まないようにするために焼結ベントを設ける技術と,本件特許発明において,溶融金属の搬送中に容器内の圧力の上昇を常時防止するために,加圧用の配管に焼結ベントなどの規制部材を取り付けることとは,技術的課題として関連性がない。
なお,「加圧用配管を搬送中塞ぐことによる危険を防止する」という本件特許発明の課題が公然知られたものでないことは,審決が認定するとおりであるから,原告の主張は,その前提において誤りがある。
また,甲2の構成の技術的課題は,甲1に適用するだけの動機付けとして関連性が薄いといわざるを得ない。
したがって,甲1及び2から,本件特許発明1を,ひいては本件特許発明を,容易に発明することができないとした審決の判断には誤りがない。
(3) 甲3の1~4の甲1発明への組合せについて
甲3の1~4の焼結ベントの機能は,鋳型内のガスを速やかに排出し,巣の発生を防止しようとするためのものであることは,審決が認定している。
原告は,甲3の1~4の焼結ベントの機能と,本件特許発明における加圧式取鍋において搬送中に容器内の圧力が上昇することを常時防止する機能とが共通すると主張する。
しかし,動機付けの考慮要素としての機能又は作用の共通性は,甲1発明と甲3の1~4の発明との組合せの容易性という観点から問題となるため,甲1発明と甲3の1~4に記載された発明との間に認められる必要がある(甲3の1~4の発明の作用と本件特許発明の作用との共通性を論じる原告の論理には誤りがある。)。
そして,甲1には,加圧式取鍋において搬送中に容器内の圧力が上昇することを防止するという課題も作用も開示されていないから,これに甲3の1~4を適用するという動機付けとなる契機は存在しないといわざるを得ない。
したがって,甲1及び甲3の1~4から,本件特許発明1を,ひいては本件特許発明を,容易に発明することができないとした審決の判断に誤りはない。
(4) 参考資料について
原告が提出した参考資料のうち,常温の液体に関するもの(甲6,7の1,7の2,10,11の1ないし6)は,本件特許発明の溶融金属固有の技術的課題(安全性の観点からのもの)を具体的に解決する具体的な構成を「動機付け」るだけのものとはいい難く,関連性がない。
(5) 総括
以上のとおり,①審決における本件特許発明の課題の認定も,②審決が,甲1,2記載の発明からも,甲1及び3の1~4記載の発明からも,本件特許発明1を,ひいては本件特許発明を,容易に発明することができたものではないとした認定判断も,いずれも誤りはない。
したがって,審決取消事由2は理由がない。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1(補正不許の誤り)について
(1) 前記第2の1「特許庁における手続の経緯」並びに証拠(甲13の2~4,乙2の1)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 原告は,平成19年5月15日,本件特許につき無効審判請求をしたものであるが,同無効審判では,当初から,規制部材の果たす役割や,同部材を設けることの進歩性が問題となっていた。
イ 被告は,平成20年4月3日付け訂正審判請求(乙2の1)において,本件特許発明につき,「貫通孔が,容器内の加圧を行うためのものであること」,「容器が加圧式であること」,「配管,プラグ,ソケット,栓の具体的構成」等を特定することを主旨とする訂正を請求し,これは後に認められた。
ウ 甲13の2(アジア耐火株式会社作成の「不定形耐火物」と題するパンフレット)には,高強度キャスタブル耐火物を施工する際に,乾燥が必要であることが記載されている。
エ 甲13の3(トヨタ自動車衣浦鋳鍛造部作成の「購入溶湯取鍋湯洩れ火災事故状況」と題する議事録)には,平成14年12月9日午前9時40分ころ,溶解トラックヤード内で,原告が溶湯を取鍋で衣浦工場に運搬する際に,火災事故が発生したこと,同日午後に,衣浦第1ハウス1F大会議室で,会議が行われたこと,事故発生原因につき,「耐火物に含まれた水が,アルミ溶湯の熱により気化」「※結果としては乾燥が不足であったと考えられる」と推定されたことが,それぞれ記載されている。
オ 甲13の4(原告の代表取締役であったA作成の陳述書)には,平成14年12月10日,タイ国内で工場長をしていたAが,同人を訪れた豊田通商株式会社のBから,同月9日に,原告がトヨタ自動車の衣浦工場へ溶湯を納入する際に事故があったことを知らされた旨記載されている。
(2) 原告は,当初から提出,指摘していた甲1の段落【0058】において「容器の搬送中の圧力上昇の問題」が記載されており,甲13の2~4も,これと同じ事実に対する間接事実や間接証拠の追加にすぎないとも主張する。
しかし,後記2(1)イのとおり,甲1の段落【0058】には,単に「容器内が所定の圧力以上となったときには安全性の観点から容器内が大気圧に開放されるようになっている」ことが記載されるのみで,これは極めて一般的な容器内の安全性に関する記載にすぎない。
これに対し,甲13の2には,高強度キャスタブル耐火物を施工する際に,乾燥が必要であることが,甲13の3及び13の4には,平成14年12月9日に発生した事故の概要等が,それぞれ記載されているところ,甲13の2の記載事項は,規制部材の問題とは全く別の技術思想を開示するもので,甲13の3及び13の4の記載事項は,具体的な事故の発生という,新規な事項を開示するものである。
以上のとおり,甲13の2~4の記載事項は,いずれも甲1の段落【0058】の記載事項とは大きく異なるもので,同主張や証拠の追加は,無効審判請求における要旨の変更に該当するというべきである。
そして,被告が,平成20年4月3日付け訂正審判請求をする以前から,規制部材の果たす役割や,同部材を設けることの進歩性が問題となっていたものであり,被告による訂正も,貫通孔の果たす役割や容器の性質,配管,プラグ,ソケットといった具体的構成を特定するものにすぎず,本件は,上記訂正審判請求により,原告に無効審判の請求の理由を補正する必要が生じた場合には当たらないから,特許法131条の2第2項1号の準用ないし類推適用をすべき前提に欠ける。
(3) 以上のとおり,特許庁審判官が,本件補正を不許可にしたことに誤りはなく,違法はない。
2 取消事由2(進歩性についての判断の誤り)について
(1)ア 本件特許発明に係る明細書(平成20年4月3日付け訂正審判請求が認められた後のもの。乙2の2)には,以下の記載がある。
「【0005】 そこで,本発明者等は,容器内に圧力を加えることで保持炉に溶融金属を供給したり,容器内を減圧することで容器に溶融金属を吸引することが可能な差圧式の溶融金属供給システムを提唱している。このような差圧式の容器を採用することで,安全性や作業性が向上するばかりか,より細やかな供給サービスが可能となる(例えば,特許文献1参照)。」
「【0007】【発明が解決しようとする課題】 例えば上記特許文献1に記載された容器を運搬するような場合,加給器が接続される孔から溶融金属が漏れ出ないようにこの孔を塞ぐ必要がある。」
「【0008】 しかしながら,このよう孔を塞いで容器を密閉した場合には,容器内の気体が温度上昇により膨張し,溶融金属吐出用の配管から不意に溶融金属が吐出する,という問題が生じた。容器のライニングの乾燥が不十分な場合にはこのような問題はさらに顕著なものとなる。」
「【0009】 本発明は,かかる事情に基づきなされてもので,溶融金属が漏れ出ないように貫通孔を塞ぐことができ,しかも配管から不意に溶融金属が吐出する事態を防止することができる溶融金属供給用容器を提供することを目的としている。」
「【0013】 本発明では,貫通孔に通じる第2の流路に介在され,気体を通過させ,かつ,溶融金属の通過を規制する規制部材を設けた安全装置を具備したので,溶融金属が漏れ出ないように貫通孔を塞ぐことができ,しかも配管から不意に溶融金属が吐出する事態を防止することができる。つまり気体の膨張や,水分の蒸発等によって容器の内圧が上昇してしまった場合でも,溶融金属の流路配管,圧力開放管,規制部材,乃至は規制部材を備えた栓により,この圧力は外部へ逃がすことができる。したがって溶融金属が不用意に外部へ漏れでるのを防止することができる。一方,この規制部材を備えた開口部それ自体からも溶融金属が漏れ出るのを防止することはない。これは焼結金属やセラミクスファイバーの成型品等の規制部材が,気体に対しては通過するものの,溶融アルミニウム合金などの溶融金属に対しては十分大きな抵抗になるからである。また細孔やオリフィスの場合には,溶融金属がこの孔を通過しようとするときに熱を奪われて固化し,固化した金属自体が溶融金属のさらなる流通を規制する。このような規制部材乃至は安全装置は熱容量及び表面積が大きい方が好ましい。これはこの安全装置を溶融金属が流通しようとした場合に,熱容量が大きいほど溶融金属が冷えて固まりやすく,表面積が大きいほど規制部材が受熱した熱量を外部へ放散しやすいからである。」
「【0014】 ここで,規制部材としては,例えば空気は通過させるが,溶融したアルミニウムを通過させない部材であり,例えばセラミックファイバーを成形したもの,焼結金属の成型品,スヤキ,メタルに細い貫通孔やオリフィスを設けた部材を挙げることができるが,本発明の目的を達成できるものであれば,これらに限定されるものではない。いずれにせよ本発明における規制部材は,空気や水蒸気などの気体については十分に抵抗が小さく,溶融したアルミニウム合金等の溶融金属に対しては十分に抵抗が大きくなるようなものである。」
「【0105】 図5は,容器100内の圧力を調整するための圧力調整機構の構成図を示している。レシーバタンク71は加圧気体用配管49aに接続され,この加圧気体用配管49aは切替弁80に接続されている。また,真空ポンプ72も同様に真空用配管49bに接続され,この真空用配管49b切替弁80に接続されている。切替弁80には,フィルタ81を介してエアーホース57の一端に接続されており,エアーホース57の他端は,接続機構73により容器100側の配管66に接続されている。エアーホース57の容器100への着脱は,接続機構73を容器100に対して着脱することにより行われるようになっている。このエアーホース57をフレキシブルとすることにより,例えば容器100の加圧孔に設けられた配管66がどのような方向に向いていてもエアーホース57を配管66に容易に着脱することができるようになる。フレキシブルとするためのエアーホース57の材料としては,例えばゴム等の合成樹脂製のものを用いることができ,更に,高温である容器100に近いので耐熱性のものを用いることが好ましい。」
「【0106】 加圧気体用配管49aには,レシーバタンク71側(上流側)から圧力コントローラ58,圧力計84,リリーフ弁82及びリーク弁86が接続されている。真空用配管49bには,真空ポンプ72側(下流側)から電子圧力コントローラ58,圧力計84,リリーフ弁等93が接続されている。各電子圧力コントローラ58は,上述したように,加圧気体用配管49a内及び真空用配管49b内の圧力をそれぞれ調整し,また,それぞれの配管49a及び49bの連通及び遮断(オン/オフ)をも行うようになっている。リリーフ弁82は,加圧気体用配管49a内の圧力を上記圧力コントローラ58により定められた所定の圧力に保持するようになっている。リーク弁86は,加圧気体用配管49a内の圧力が最高値に達したときに外部へ圧力を開放するようになっている。切替弁80は,エアーホース57と加圧気体用配管49aとの接続及びエアーホース57と真空用配管49bとの接続の切替を行うようになっている。フィルタ81は,加圧気体用配管49a内,真空用配管49b内及びエアーホース57内の不純物を除去するようになっている。」
「【0107】 これらの圧力コントローラ58,リリーフ弁82及び93,切替弁80は電子的に上記した電気制御盤61で制御されるようになっており,上記した手元操作盤60の操作により容器100内の圧力差を調整できるようになっている。また,リーク弁86は例えば自動リーク弁を使用している。」
「【0108】 図5において,40はフォークリフト側の装備を示している。また,77は加圧系,78は減圧系を示している。そして,加圧系77と減圧系78との切り替えは手元操作盤60に設けられたスイッチ(図示を省略)の操作によって行われるようになっている。」
「【0112】 また,本実施形態では,接続機構73とレシーバタンク71との間に,すなわち,フォークリフト40側にリリーフ弁82やリーク弁86等の制御弁を設ける構成としたので,圧力調整のためのこれらの弁を当該容器100ごとに設ける必要がなく,高温の溶融金属を収容する容器100の熱等による弁の損壊及び老朽化を防止でき,溶融金属を取り扱う際の安全性を向上させることができる。」
「【0132】 ハッチ162の中央から少しずれた位置で前記の加減圧用の貫通孔165とは対向する位置には,圧力開放用の貫通孔168が設けられ,圧力開放用の貫通孔168には,リリーフバルブ(図示を省略)が取り付けられるようになっている。これにより,例えば容器100内が所定の圧力以上となったときには安全性の観点から容器100内が大気圧に開放されるようになっている。」
「【0177】【発明の効果】 ・・・本発明によれば,溶融金属が漏れ出ないように貫通孔を塞ぐことができ,しかも配管から不意に溶融金属が吐出する事態を防止することができる。」
イ 甲1(特開2002-254158号公報)には,以下の記載がある。
「【0001】【発明の属する技術分野】 本発明は,例えば溶融したアルミニウムの運搬に用いられる溶融金属供給用容器に関する。」
「【0009】 通常,かかる容器内に溶融金属を供給するに先立ちガスバーナ等の加熱器により容器を予熱している。この予熱は,ハッチを開けて加熱器の一部を容器内に挿入することで行われる。(以下略)」
「【0056】 この配管66の一方には,加圧用又は減圧用の配管67が接続可能になっており,加圧用の配管には加圧気体に蓄積されたタンクや加圧用のポンプが接続されており,減圧用の配管には減圧用のポンプが接続されている。そして,減圧により圧力差を利用して配管56及び流路57を介して容器100内に溶融アルミニウムを導入することが可能であり,加圧により圧力差を利用して流路57及び配管56を介して容器100外への溶融アルミニウムの導出が可能である。なお,加圧気体として不活性気体,例えば窒素ガスを用いることで加圧時の溶融アルミニウムの酸化をより効果的に防止することができる。」
「【0058】 ハッチ62の中央から少しずれた位置で前記の加減圧用の貫通孔65とは対向する位置には,圧力開放用の貫通孔68が設けられ,圧力開放用の貫通孔68には,リリーフバルブ(図示を省略)が取り付けられるようになっている。これにより,例えば容器100内が所定の圧力以上となったときには安全性の観点から容器100内が大気圧に開放されるようになっている。」
「【0084】 更に,蓋2114には,容器本体2110の中心2111からずれた位置2112から容器本体2110外に配設された配管2130が取り付けられている。配管2130の下端2131は容器本体2110内の底部付近まで位置している。この下端2131を開閉自在とする機構を設けても構わない。これにより,容器が倒れたときに湯が流出することを防止することが可能となる。配管2130は,容器本体2110外において,例えば上方に向けて5°~10°程度傾斜する傾斜部2132と,下方に向けて開口する吐出部2133とを有する。」
ウ 甲2(実開昭62-159963号公報)には,以下の記載がある。
「3 考案の詳細な説明
(産業上の利用分野)
本考案は,アルミニウムまたはその合金の精錬を終えた熔湯をるつぼごと搬送用取鍋に移しクレーンにより搬送し低圧鋳造機の保持炉に移送する等の場合に有利に使用される溶融金属の移送装置に関する。その他,溶解炉から精錬用保持炉へ移湯する等の場合にも広般に使用可能である。」(2頁7行~15行)
「移湯を開始させるための減圧用パイプ(13)は頂上部(9a)の受湯側寄りに,第2図に示すように,頂上部(9a)の内径の下面(A)より低い取付位置に接続されて立上り,その上端にストップバルブ(14),真空ポンプ接続用パイプ(15),真空ゲージ(16)を取付けて構成される。この取付位置で充分に溶湯のサイフォン作用を発起させることができる。
移湯を停止させるための大気開放用パイプ(17)は頂上部(9a)に接続されて立上り,その上端にストップバルブ(18)を取付けて構成される。大気開放用パイプ(17)のこの取付位置は移湯停止の際の湯切れを迅速にする。」(7頁9行~8頁1行)
「またこれらパイプ(13)(17)の上端には空気は流通するが,溶湯は通過させない焼結ベント(20)を接続し上部装備との間に介在させるのがよい。この焼結ベント(20)は減圧時および移湯初期に溶湯が外部に流出することを確実に防止する。」(8頁10行~14行)
「上記構成の本考案装置は次のように操作して使用される。
先づストップバルブ(14)(18)とも閉として置く。真空ポンプ接続パイプ(15)に真空ポンプを接続して運転を開始する。ストップバルブ(14)を徐々に開くとサイフォン管内の減圧が始まり,その圧力が80~100mmHgに達するとサイフォン作用による移湯が開始される。移湯側容器(2)内の湯面が低下し始め移湯開始が確認されると減圧用パイプのストップバルブ(14)を閉とする。この状態で移湯は継続される。
移湯を停止するには大気開放用パイプのストップバルブ(18)を開く。」(8頁15行~9頁7行)
エ 株式会社ファインシンター作成の「焼結ベント P型」と題するパンフレット(甲3の1)には,以下の記載がある。
「◆焼結ベントとは・・・
P型焼結ベントとは,下の写真に見られるように,きわめて多数の平行な直線状の孔をもった焼結品で,粉末冶金独特の溶浸法により製作したユニークな製品です。」
「◆焼結ベントの用途
1. Al合金の重力・低圧鋳造のガス抜き
・ 焼結ベントは,スリットベントや溝付ベントに比べて空孔率が4~30倍と大きいため,外径が小さくても充分にガス抜きができます。
・ Al合金の大型鋳物では,孔径0.5mmで有効径の大きいものが,また小物で鋳込圧の高い場合は,孔径0.3mmが適当です。
・ ガス抜き効率がよいので,隅肉の欠落,凸部先端の鋳込み不良等を防止し,細部まで正確な型抜きができます。
・ すでに,日本だけでなく世界各国の自動車会社でも,Alの金型鋳造に焼結ベントをご使用いただいております。
2. 射出成形のガス抜き(略)
3. 樹脂のブロー成形のガス抜き(略)」
オ 甲3の2(特開昭61-38767号公報)には,以下の記載がある。
「[産業上の利用分野]
本発明は溶融金属を高速で金型内に射出し,製品に仕上げるダイカスト鋳造方法に関し,特に円形鋳物を鋳造するにあたっての最適ガス抜き取付け位置に関する。」
「[発明が解決しようとしている問題点及び目的]
しかし,上述の方法ではしばしばガスが残存し,鋳巣を発生させている。
本発明は投影した形状が略円形状のダイカスト鋳型のガス抜孔の最適位置を明確にし,ガス巻込のない鋳造欠陥のない鋳物を得る鋳型を提供することを目的とする。」
「[作用](中略)
8はガス抜で,気体は通過出来るが溶湯は通過出来ない程度の寸法に刻設されている。(中略)
ガス抜孔部材としては焼結ベント,押出ピン(2重シェルタイプ及び/又は,外周に溝又は細隙を有するもの)等が有効に使用できる。」
カ 甲3の3(特開平6-47519号公報)には,以下の記載がある。
「【0001】【産業上の利用分野】 本発明は,ゲートピストンの先端面を鋳型の下型表面に当接させて,前記先端面に形成された凹部を前記下型に形成された溶湯通路の一端に被せることにより,その溶湯通路を閉塞する構造を備える差圧鋳造装置に関する。」
「【0003】【発明が解決しようとする課題】 (中略)本発明の技術的課題は,ゲートピストンの内部に所定の厚みで製作された断熱部材を装着し,この断熱部材をゲートピストンの上部でのみ固定することにより,断熱部材とゲートピストンとの熱膨張率の差に起因する力がその断熱部材に加わらないようにすること。また,断熱部材が鋳型の下型上面に当接しないようにすることにより,ゲートピストンが下型の上面に当接する際の衝撃が直接,断熱層に加わらないようにするものである。」
「【実施例】 (中略)
【0007】 (中略)さらに上板72uの中心には貫通孔72kが形成されており,この貫通孔72kの部分に溶湯62を通過させることなく気体のみを通過させることができる焼結ベント76が取り付けられている。前記ピン74の内部には軸心方向に排気通路74cが形成されており,この排気通路74cの一端が通気性の前記焼結ベント76を介して前記ゲートピストン72の内部空間に連通している。また前記排気通路74cの他端が図示されていない減圧装置に接続されている。この構造によって,前記減圧装置が作動するとゲートピストン72の内部空間が排気通路74c,焼結ベント76を介して減圧される。」
キ 甲3の4(特開平9-103865号公報)には,以下の記載がある。
「【0001】【産業上の利用分野】 本発明は,天井部を備える筒状のゲート部材を鋳型に形成された溶湯通路の開口部に被せ,その溶湯通路を塞ぐとともに,そのゲート部材の内側に溶湯を蓄える構造の鋳造装置に関する。」
「【0003】【発明が解決しようとする課題】 (中略)請求項1に記載の発明は,ゲートピストンに対する断熱部材(断熱層)の取付け方法を改良することにより,両者の熱膨張率の差に起因した断熱部材の剥離を防止して,ゲートピストンの耐久性を向上させようとするものである。ここまで」
「【0007】 (中略)さらに上板72uの中心には貫通孔72kが形成されており,この貫通孔72kの部分に溶湯62を通過させることなく気体のみを通過させることができる焼結ベント76が取り付けられている。」
「【0008】 前記ピン74の内部には軸心方向に排気通路74cが形成されており,この排気通路74cの一端が通気性の前記焼結ベント76を介して前記ゲートピストン72の内部空間に連通している。また,前記排気通路74cの他端が図示されていない減圧装置に接続されている。この構造によって,前記減圧装置が作動するとゲートピストン72の内部空間が排気通路74c,焼結ベント76を介して減圧される。」
ク 甲14(特開2001-340957号公報)には,以下の記載がある。
「【請求項4】 請求項1に記載の溶融金属運搬容器であって,前記本体内の圧力が所定以上となったときに本体内を大気開放する弁を更に具備することを特徴とする溶融金属運搬容器。
【請求項5】 請求項1に記載の溶融金属運搬容器であって,前記本体に対して脱着可能で,前記本体内を加圧する手段を更に具備することを特徴とする溶融金属運搬容器。」
「【発明の詳細な説明】【0001】【発明の属する技術分野】 本発明は,アルミニウムやマグネシウム,亜鉛等の金属又はこれらの合金の溶融金属を保持及び搬送するための溶融金属の運搬容器,運搬方法及び固持装置に関する。」
「【0005】 本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり,溶湯の運搬の際,溶湯の温度の低下を抑制し,省エネルギ化に寄与する溶融金属運搬容器を提供することを目的とする。」
「【0006】 また本発明の別の目的は,このような溶融金属運搬容器の運搬に安全かつ好適な溶融金属の運搬方法及び固持装置を提供することにある。」
「【0018】 更に本体2には,図3に示すように容器内部の圧力を測定する圧力計P1,容器内部を大気開放する圧力制御弁V1及び溶湯13の温度を測定する温度計T1が設置され,また容器内を加圧するための脱着可能な窒素ガスボンベ16が設置されている。圧力制御弁V1としてはリリーフ弁や圧力安全装置弁等を使用する。更に本体2には空間8のガス(空気)の圧力及び温度をそれぞれ測定する圧力計P2及び温度計T2,また空間8を減圧するための圧力制御弁V2,容器内を減圧するための脱着可能な真空ポンプ42がそれぞれ設置されている。圧力制御弁V2は圧力制御弁V1と同様にリリーフ弁や圧力安全装置弁等を使用している。なお,空間8のガスを減圧するために真空ポンプ42を併用する。」
「【0021】 ところで本発明に係る溶融金属は,生成自由エネルギが小さいアルミニウムやマグネシウム等の軽金属を使用するため,酸化しやすく,燃焼や爆発の危険性が高い。従って運搬中の容器内の圧力及び酸素量を所定量に制限しなければならない。そこで本実施形態では,容器内の圧力が上限設定値,本実施形態では0.5気圧~2気圧を超えると圧力制御弁V1により自動的に容器外部へガスを放出することで,運搬容器1の爆発を防止して安全性を確保することができる。また真空ポンプ42により容器内を所定値まで減圧して酸素量を減少させ,その後,容器内を不活性ガスである窒素ガスを投入して加圧することにより,溶湯の酸化を防止して燃焼又は爆発を防止することができる。従って容器内の溶湯の品質を最適に維持して,かつ運搬中の安全性を確保することができる。なお,容器内の窒素ガスによる加圧を大気圧よりも大,例えば1.2気圧としておくことにより外部からの酸素の流入を防止することができる。この場合,圧力制御弁V1の設定値を例えば1.5気圧としておく。」
「【0030】 図7に示す運搬容器50において,本体62の下方には溶湯13を外部から抽入あるいは外部へ抽出するための抽出入口69,及びこの抽出入口69の開閉を行うバルブV3が設けられている。本体62の壁は上壁62a,側壁62b,底壁62cが全て内壁64及び外壁65を有し,その内壁64と外壁65との間には断熱部となる減圧可能な空間8が形成されている。また本体62の内部においては,上壁62a,側壁62b,底壁62cの全てにおいて内壁64の内側に断熱材としての耐火レンガ7が設けられている。」
「【0031】 また本体62には,図1~図4に示す運搬容器1と同様に,圧力計P1及びP2,温度計T1及びT2,圧力制御弁V1及びV2,窒素ガスボンベ16,真空ポンプ42,取っ手9,フォーク挿入部5がそれぞれ設けられている。」
「【0032】 以上のように構成される溶融金属運搬容器50に,溶解炉等により溶解された溶湯を抽入する場合は,バルブV3を開とした後,真空ポンプ42を作動させて外部から抽出入口69を介して抽入し,抽入終了後バルブV3を閉とする。」
「【0033】 また,溶湯を抽出する場合には,V3を開として真空ポンプ42により容器内を加圧して抽出入口69から外部へ抽出する。」
(2) 前記(1)アのとおり,本件特許発明は,「孔を塞いで容器を密閉した場合に,容器内の気体が温度上昇により膨張し,溶融金属吐出用の配管から不意に溶融金属が吐出するという問題が生じ,この問題は,容器のライニングの乾燥が不十分な場合にはさらに顕著になるため,溶融金属が漏れ出ないように貫通孔を塞ぐことができ,しかも配管から不意に溶融金属が吐出する事態を防止することができる溶融金属供給用容器を提供すること」を目的とした発明であって,このような新規の技術的課題を解決するために,貫通孔に通じる流路に規制部材を装着するという手段を採ったものである。
これに対し,前記(1)イのとおり,甲1の段落【0058】には,圧力開放用の貫通孔にリリーフバルブを取り付けること,これにより,容器内が所定の圧力以上となったときに安全性の観点から容器内が大気圧に開放されるようになることが記載されている。
しかし,上記記載は,「容器内が所定の圧力以上となったとき」,「安全性の観点」との文言から明らかなように,一般論を述べたものにすぎず,このほか,甲1には,圧力上昇に関し,「加圧により圧力差を利用して流路57及び配管56を介して容器100外への溶融アルミニウムの導出が可能」との記載しかなく(段落【0056】),本件特許発明のように「孔を塞いで容器を密閉した場合に,容器内の気体が温度上昇により膨張し,配管から不意に溶融金属が吐出する」という,容器内の圧力が上昇する具体的な理由やメカニズムについての記載はない。
また,甲1における「リリーフバルブの設置」(これは,本件特許発明においても記載されている。)と,本件特許発明における「貫通孔に接続した配管に規制部材を設けること」では,その課題解決方法も全く異なる。そもそも,本件特許発明において,「リリーフバルブ」とは別に「規制部材」が設けられていることからしても,両者の役割が異なることは明らかであって,このように,具体的課題(一般的な安全性確保)もその解決手段(リリーフバルブの設置)も異なる甲1発明から,本件特許発明における「貫通孔に接続した配管に規制部材を設けること」を想到するのが容易であるということはできない。
(3) 前記(1)ウのとおり,甲2考案は,溶融金属の移送装置に関する考案であって,取鍋をクレーンにより保持炉に移送すること,サイフォン作用を利用して移湯を行うこと,減圧時及び移湯初期に溶湯が外部に流出することを確実に防止するため,減圧用パイプと大気開放用パイプの上端に,空気は流通させ溶湯を通過させない焼結ベントを接続することが,それぞれ記載されている。
このように,甲2考案と本件特許発明とは,焼結ベントないし規制部材の設置という,課題解決手段において類似する。
しかし,甲2考案における焼結ベントは,あくまで,減圧時や移湯初期において溶湯が外部に流出しないようにすることを目的として設置されており,本件特許発明のように,「孔を塞いで容器を密閉した場合に,容器内の気体が温度上昇により膨張し,溶融金属吐出用の配管から不意に溶融金属が吐出するという問題」を意図していない。
このように,本件特許発明とは全く課題の異なる甲2考案における「焼結ベント」を,甲1発明に組み合わせる動機付けはないというべきである。
(4) 前記(1)エないしキのとおり,甲3の1~4には,焼結ベントがガス抜き用部材として使用できることが記載されており,原告は,これを甲1発明に適用する動機付けがある旨主張する。
しかし,甲3の1は,焼結ベントのパンフレットであって,ここに,本件特許発明が問題とするよう課題は一切示唆されていない。また,甲3の2~4は,いずれも,鋳造の分野で焼結ベントを用いることを開示するにすぎず,「ガス巻込のない鋳造欠陥のない鋳物を得る鋳型を提供すること」(甲3の2),「断熱部材とゲートピストンとの熱膨張率の差に起因する力がその断熱部材に加わらないようにすること」,「断熱部材が鋳型の下型上面に当接しないようにすることにより,ゲートピストンが下型の上面に当接する際の衝撃が直接,断熱層に加わらないようにする」こと(甲3の3),「熱膨張率の差に起因した断熱部材の剥離を防止して,ゲートピストンの耐久性を向上させ」ること(甲3の4)を,それぞれ目的とするものであって,これらの発明を,甲1発明に適用すべき動機付けは全くないといわざるを得ない。
(5) 前記(1)クのとおり,甲14は,アルミニウムやマグネシウム等の軽金属が酸化しやすく,燃焼や爆発の危険性が高いことに着目し,容器の爆発を防止して安全性を確保することを課題とするものであって,同課題は,抽象的に安全性の確保という観点では本件特許発明の課題と類似するといえなくもないが,具体的なレベルでは異なる。
また,甲14では,上記課題を解決するために,容器内を所定値まで減圧して酸素量を減少させ,その後,不活性ガスである窒素ガスを投入するという手段を採っており,規制部材を設けて圧力上昇を防ぐという本件特許発明の解決手段とは大きく異なる。
以上からすれば,甲14を参酌しても,甲1発明から本件特許発明が容易想到であるとはいえない。
(6) このほか,原告は,参考資料(甲6,7の1及び7の2,10,11の1~6)には,容器内の圧力等が変動する場合に,外部との気体の流通を可能にし,かつ,内部の液体の流通を規制して容器内部を液密にする技術思想が開示されており,内部の液体の温度の高低は問題にならないと主張する。
しかし,証拠(甲6,7の1及び7の2,10,11の1~6)からすれば,上記各参考資料においては,いずれも常温以下の液体(液化天然ガス等(甲6),燃料(甲7の1),ガソリン(甲7の2),過酸化水素水(甲10),ガスを発生する活性酒(甲11の1),気化性の液体(甲11の2),石油,塗料,飲料等(甲11の3),揮発性の液体(甲11の4),気化性液体(甲11の5),燃料(甲11の6))の運搬が前提とされていることが認められるところ,本件特許発明で問題となる,高温の溶融金属の洩れ等を課題としたり,そのような課題を示唆するものではない。そして,高温の液体と常温の液体とでは,加圧されたときや容器外に洩れたときの危険性において,大きな差があるというべきである。
以上からすれば,これらの参考資料を参酌しても,甲1発明から本件特許発明を容易に想到し得るものとはいえない。
(7) このように,甲1発明を主引例として,甲2考案,甲3の1ないし3の4,甲14,その他「参考資料」をすべて参酌しても,なお,解決すべき具体的課題やその解決手段において異なる本件特許発明が容易想到であるとはいえない。
3 以上のとおり,特許庁審判官が本件補正を不許可としたことに違法はなく,また,本件特許発明につき特許法29条2項を適用することはできず,審決に誤りはないから,原告の請求は理由がなく,棄却を免れない。
(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 東海林保 裁判官 矢口俊哉)