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知財高等裁判所 平成21年(行ケ)10037号 判決 2009年9月30日

原告

コマンド オーディオ コーポレイション

訴訟代理人弁理士

伊東忠彦

大貫進介

山口昭則

伊東忠重

被告

特許庁長官

指定代理人

篠塚隆

大野克人

岩崎伸二

小林和男

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2005-2145号事件について平成20年10月7日にした審決を取り消す。

第2争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

米国法人であるマクロヴィジョン コーポレイションは,平成7年(1995年)4月5日,発明の名称を「データ圧縮,暗号化,及びスピーチ合成よりなるディジタルオーディオ情報放送のための方法及び装置」とする発明につき国際出願をした(PCT/US1995/004254)(パリ条約による優先権主張 1994年(平成6年)4月6日 米国)。

上記国際出願については,平成7年10月19日,国際公開が行われ(WO1995/028044),平成8年10月4日,国内段階への移行手続が行われ(甲8),特願平7-526443号として特許庁に係属した(以下「本願」という。)

本願の特許を受ける権利は,平成9年(1997年)10月13日付けでマクロヴィジョン コーポレイションから原告に譲渡され,同年12月18日,特許庁長官にその旨の届け出がされた。

本願については,平成10年3月3日,国内公表(特表平10-502499号)がされた。

原告は,本願につき,平成16年11月2日付けで拒絶査定を受け(発送日は同月9日。甲11),平成17年2月7日,拒絶査定不服審判(不服2005-2145号)を請求した(甲12)。

原告は,平成20年5月22日付け手続補正書(甲9,17)による補正を行ったが(以下,同補正後の明細書を図面とともに「本願明細書」という。),特許庁は,同年10月7日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月21日,原告に送達された。なお,審決取消訴訟の出訴期間につき90日の付加期間が定められた。

2  特許請求の範囲

本願明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載(以下,請求項1記載の発明を「本願発明」という。)は,次のとおりである。

テレビジョン放送伝送信号中の圧縮されたオーディオデータを受信するよう設定された受信器であって,

テレビ局から放送された該伝送信号から該圧縮されたオーディオデータを抽出するテレビジョンチューナー(12)と,

該チューナーに結合され該抽出されたオーディオデータを格納するメモリ(28)と,

該オーディオデータに関連する複数のメニューの組みをユーザーに提供するユーザー出力インターフェース(38)と,該複数のメニューの組みから選択した選択内容をユーザーから受け取るためのユーザー入力インターフェース(40)と,

該メモリ及び該ユーザー入力インターフェース(40)に結合され,該選択内容に応じて該メモリから該格納されたオーディオデータを選択するコントローラ(20)と,

該メモリに結合され該選択されたオーディオデータを逆圧縮する逆圧縮回路(39)とを含み,前記メモリは,常に稼働され続け,連続的に更新される放送内容を受け取り,最新のオーディオデータを格納することを特徴とする受信器。

3  審決の理由

審決の理由は,別紙審決書写しのとおりであり,要するに,本願発明は,特開平4-310631号公報記載の発明(以下,特開平4-310631号公報を「刊行物1」といい,そこに記載された発明を「刊行物1記載発明」という。)及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないというものである。

審決がその結論を導く過程で認定した刊行物1記載発明,本願発明と刊行物1記載発明の一致点・相違点は,次のとおりである。

(1)  刊行物1記載発明

テレビ放送電波に重ねられた音声情報を受信するTV放送受信機と,光ディスク再生装置とからなる情報伝達システムであって,

前記TV放送受信機は,

放送局から放送されたテレビ放送電波から音声情報を受信する受信機と,

受信機により受信された該音声情報を書き換え型光ディスクに収納する光ディスク記録装置とを含み,

前記光ディスク再生装置は,

受信者が必要な項目を選択する機能を有するメニューを表示する画像モニタと,メニュー上の項目選択に関する,(現項目選択)(次項目へ進む)(前項目へ戻る)(上位メニューに戻る)の操作ボタンと,を含み,

利用者が選択した項目の音声情報を,前記書き換え型光ディスクから音声として再生する,

情報伝達システム。

(2)  本願発明と刊行物1記載発明の一致点

「テレビジョン放送伝送信号中のオーディオデータを受信するよう設定された受信器であって,

テレビ局から放送された該伝送信号からオーディオデータを抽出するテレビジョンチューナーと,

該チューナーに結合され該抽出されたオーディオデータを格納するメモリと,

を含む受信器。」である点。

(3)  本願発明と刊行物1記載発明の相違点

ア 相違点1

オーディオデータが,本願発明では,「圧縮されたオーディオデータ」であり,「該メモリに結合され該選択されたオーディオデータを逆圧縮する逆圧縮回路」を備えるのに対して,刊行物1記載発明では,圧縮されたオーディオデータではなく,そのような逆圧縮回路を備えない点。

イ 相違点2

「オーディオデータに関連する複数のメニューの組みをユーザーに提供するユーザー出力インターフェースと,該複数のメニューの組みから選択した選択内容をユーザーから受け取るためのユーザー入力インターフェースと,

メモリ及び該ユーザー入力インターフェースに結合され,該選択内容に応じて該メモリから格納されたオーディオデータを選択するコントローラ」を,

本願発明では,受信器が備えるのに対して,

刊行物1記載発明では,光ディスク再生装置が備える点。

ウ 相違点3

本願発明は,「前記メモリは,常に稼働され続け,連続的に更新される放送内容を受け取り,最新のオーディオデータを格納する」のに対して,

刊行物1記載発明は,そのようなものか明らかではない点。

第3取消事由に関する原告の主張

審決は,本願発明と刊行物1記載発明の相違点の認定の誤り(取消事由1),容易想到性の判断の誤り(取消事由2)があるから,違法として取り消されるべきである。

1  本願発明と刊行物1記載発明の相違点の認定の誤り(取消事由1)

本願発明と刊行物1記載発明は,本願発明は,「該抽出された該圧縮されたオーディオデータを格納するメモリ」を有するという特徴を備えるのに対し,刊行物1記載発明はこの特徴を備えていないという点で異なる。審決は,この点を相違点として認定しなかった誤りがある。以下,詳述する。

すなわち,本願発明のメモリは,圧縮したオーディオデータを格納するものであり,本願明細書に記載されているように(甲8,9頁12ないし21行),典型的にはランダムアクセスメモリ(RAM)等であるのに対し,刊行物1記載発明の書き換え型光ディスクは,いわゆるメモリではなく,したがって,圧縮されたオーディオデータを格納するものではない。本願明細書の請求項1のメモリの意味は,平成20年5月22日付け手続補正書(甲9,17)による補正により,RAM等に限られるものであって書き換え型光ディスクを含まないものに変更された。しかるに,本願明細書の請求項8,9は,それに合わせた補正がされないまま残されたものであり,請求項8,9を根拠として,本願発明のメモリが書き換え型光ディスクを含むものであるということはできない。

また,本願発明の受信器は,受信,記録,再生だけの機能を有するものではなく,受信,データの格納,逆圧縮の機能を備えており,このような構成を有することにより,連続的に更新される放送内容を受け取ってその最新のデータをメモリに常時格納していきながら,適宜その最新のデータを再生することで,即時に情報を取得することができる。それにより,ユーザは,即時性の高い情報を直ちに取得することが可能であるとともに,即時性の低い情報は後に取得することが可能であり,任意の場所及び時間において所望の情報を容易に選択して聴くことができるとの格別の効果を得ることができ,このような効果は,刊行物1記載発明のように受信器と別体の携帯型再生装置を用いる場合には得られない。これに対し,刊行物1記載発明は,受信器と再生装置が別体であり,再生装置により再生される情報は,書き換え型光ディスクに記録された過去の放送内容だけであり,ユーザは,その中から所望のものを選択して再生できるにすぎず,最新の放送内容を聴くことはできない。

2  容易想到性の判断の誤り(取消事由2)

(1)  相違点1に関する容易想到性の判断の誤り

刊行物1記載発明に周知技術を適用して相違点1に係る構成とすることが容易であるとの審決の判断は誤りである。その理由は,以下のとおりである。

審決は,相違点1に関する容易想到性について,次のとおり判断した(審決にいう「刊行物2」は特開平4-70289号公報(甲2)であり,「刊行物3」は特表平6-501601号公報(甲3)である。以下,同様の略語を用いる。)。

「刊行物2,刊行物3などに記載されているように,オーディオデータを圧縮して伝送することは周知技術である。そして,刊行物1記載発明に前記周知技術を適用して,『テレビジョン放送伝送信号中の圧縮されたオーディオデータを受信するよう設定された受信器であって,テレビ局から放送された該伝送信号から該圧縮されたオーディオデータを抽出するテレビジョンチューナーと,該チューナーに結合され該抽出されたオーディオデータを格納するメモリ』とし,『メモリに結合され選択されたオーディオデータを逆圧縮する逆圧縮回路』を設け,本願発明のようにすることは当業者が容易に為し得たことである。」(審決10頁)

しかし,オーディオデータを圧縮して伝送することが周知技術であったとしても,本願発明に係る受信器の技術分野において,圧縮されたオーディオデータを受信器内のメモリに格納し,再生する際に受信器内で逆圧縮する技術は周知ではないから,審決の上記判断は誤りである。すなわち,刊行物2には逆圧縮回路は開示されておらず,また,刊行物3の記憶装置203は,図6に示されているようにハードディスクであり,RAMなどのいわゆるメモリではないから,刊行物2,3のいずれにも,メモリに格納されるオーディオデータを圧縮されたものとし,そこから選択されたオーディオデータを逆圧縮する逆圧縮回路を設けることは,記載されていない。

また,刊行物1記載発明の再生装置は,再生専用の光磁気ディスク再生装置として小型化できるため,携帯型の装置とすることにより,所望の時間に所望の場所で再生するという効果が得られる。ところが,再生機能を受信・格納装置と組み合わせたのでは,小型化を実現できず,刊行物1記載発明が意図する上記の効果を得られない。そのため,仮に,刊行物2及び3に基づき,メモリに格納するオーディオデータを圧縮されたオーディオデータとし,その中から選択されたオーディオデータを逆圧縮する回路を設けるとの圧縮・逆圧縮の構成が本願の優先権主張日に周知であったとしても,同構成を採るには,再生機能を受信・格納装置と組み合わせなければならず,刊行物1記載発明の意図する上記の効果を得ることができなくなる。したがって,刊行物1記載発明の意図する上記の効果を得ることができなくなることは,圧縮・逆圧縮の構成を採ることについて,阻害要因となる。

(2)  相違点3に関する容易想到性の判断の誤り

刊行物1記載発明に周知技術を適用して相違点3に係る構成とすることが容易であるとの審決の判断は誤りである。その理由は,以下のとおりである。

審決は,相違点3に関する容易想到性について,次のとおり判断した。

「・・・特開平4-354284号公報・・・特開平6-60089号公報・・・特開平5-298373号公報・・・などに記載されているように,メモリは,常に稼働され続け,連続的に更新される放送内容を受け取り,最新のデータを格納することは,周知技術である。

そして,刊行物1記載発明に前記周知技術を適用して,『メモリは,常に稼働され続け,連続的に更新される放送内容を受け取り,最新のオーディオデータを格納する』ようにすることは,当業者が容易に為し得たことである。」(審決10ないし11頁)

しかし,本願発明は,圧縮されたままのオーディオデータをメモリに格納すること(圧縮格納)により大量のデータの格納を可能とし,メモリが常に稼働され続け連続的に更新されるようにした(連続的更新)点に特徴があり,圧縮格納及び連続的更新の双方を行うとの特徴は周知ではない。すなわち,メモリが常に稼働され続け,連続的に更新される放送内容を受け取り,最新のオーディオデータを格納して連続的更新を行うためには,大量のデータをメモリに格納する必要があり,それは,圧縮されたままのオーディオデータを格納することにより達成される。このような,本願発明の圧縮格納及び連続的更新を単一受信器内で行う技術は,周知ではない。また,本願発明に係る受信器は,単一の装置で,受信,格納,逆圧縮,再生のすべての機能を備えることにより,連続的に更新される放送内容を受け取って最新のデータをメモリに常時格納し,適宜,その最新のデータを再生することによって即時の情報取得というニーズに応える効果を有しており,このような効果は周知技術からは得られない。

圧縮格納と連続的更新が切り離すことのできない密接な関係のある特徴であることは,本願明細書の記載によっても裏付けられる。すなわち,本願明細書の「メモリ28は,通常は常に・・・稼働され続ける構成要素であり,連続的に更新される放送内容を受信し,メモリ28に最新のデータを格納する。」(甲8,9頁19ないし21行)という記載から,連続的更新の場合に受信器のメモリスペースとして大きなスペースが必要であることは,当業者にとって明らかである。また,本願明細書の「適切な時間枠内で必要な量のオーディオデータを提供し,バンド幅を効率的に使用し,受信器のメモリスペースを無駄遣いしないために,オーディオデータには,送信端でデータ圧縮アルゴリズムが適用される。」(甲8,14頁15ないし18行)との記載から,圧縮格納が,受信器のメモリスペースを無駄使いしないものであるということは,当業者にとって明らかである。そうすると,本願発明において,メモリスペースを無駄使いしないための圧縮格納と,大きなメモリスペースを要する連続的更新が,切り離すことができない密接な関連があることは,当業者にとって明らかである。圧縮格納及び連続的更新の両構成を具備し,両構成の相乗効果を有することは,いずれの引用文献にも記載がなく,容易に想到し得たことではない。

刊行物1記載発明は,情報受信者が,自らの欲する情報を都合のよい時間に得られるようにするため,送信された音声情報を受信器内の光ディスク記録装置により書き換え型光ディスクに収納し,再生専用の別体の携帯型光ディスク再生装置を用いて光ディスクに収納された音声情報を再生する構成を採った。そのため,刊行物1記載発明においては,音声情報再生中,光ディスクは受信器ではなく光ディスク再生装置内に収納されており,受信器を用いて連続的に記録されるデータを更新することは不可能である。そうすると,刊行物1記載発明が受信器と別体の携帯型光ディスク再生装置を必要としている点は,刊行物1記載発明に連続的更新を適用することの阻害要因である。本願発明は,圧縮格納及び連続的更新の相乗効果により,受信し記録した情報を即時に取得することが可能であるとともに,記録した情報を任意の場所,時間において取得できるという格別の効果が得られるところ,審決は,本願発明のこのような相乗効果を考慮せず,本願発明の進歩性を誤って否定した。

第4被告の反論

審決の認定,判断に誤りはなく,原告主張の取消事由は,いずれも理由がない。

1  本願発明と刊行物1記載発明の相違点の認定の誤り(取消事由1)に対し

審決は,メモリについて,本願発明と刊行物1記載発明が,「該チューナーに結合され該抽出されたオーディオデータを格納するメモリ」を含む点において一致するものと認定した上で,その「該抽出されたオーディオデータ」が,本願発明では「圧縮されたオーディオデータ」であるのに対して,刊行物1記載発明では「圧縮されたオーディオデータ」でない点を相違点1として認定したから,審決には,原告が主張するような相違点の看過はない。

本願明細書の請求項1,8,9の記載(甲9,17)及び発明の詳細な説明の記載(甲8,6頁27行ないし7頁1行)によれば,本願発明のメモリは書き換え型光ディスクを含む。

刊行物1記載発明は,再生装置が書込装置(受信器)と別体のものに限られない。刊行物1記載発明の目的は,刊行物1(甲1)の【0004】に記載されており,その目的達成のためには,再生装置が受信器と別体であることは要しない。書き換え型光ディスクについて,書込装置(受信器)と再生装置を一体化した装置は周知であった。

2  容易想到性の判断の誤り(取消事由2)に対し

(1)  相違点1に関する容易想到性の判断の誤りに対し

刊行物2(甲2,7頁右下欄17行ないし8頁左上欄11行),刊行物3(甲3,10頁左上欄20行ないし右上欄15行)の記載によれば,オーディオデータを圧縮して伝送し,圧縮されたオーディオデータを受信器で受信すること,及び圧縮されたオーディオデータを利用するためにオーディオデータの圧縮を解く逆圧縮回路を受信器に設けることは,共に周知技術である。

刊行物1記載発明は,伝送されたオーディオデータを受信してメモリに格納し,選択内容に応じて該メモリから格納されたオーディオデータを選択するとの構成を具備するから,これに,刊行物2,刊行物3の記載により認められる周知技術を適用し,メモリに格納するオーディオデータを圧縮されたオーディオデータとし,該メモリに結合され選択されたオーディオデータを逆圧縮する逆圧縮回路を設けることは,当業者が格別の技術的困難性なく容易に想到し得たことである。

受信器の分野において,圧縮されたオーディオデータを受信器内のメモリに格納し,再生する際に受信器内で逆圧縮する技術は,刊行物3の他,特開平5-298373号公報(甲7,【0037】,【0040】)の記載によっても,周知であったことが認められる。

(2)  相違点3に関する容易想到性の判断の誤りに対し

メモリに格納するデータを圧縮したデータとした場合に,圧縮されていないデータを格納する場合より多くのデータをメモリに格納できること(圧縮的格納)は自明な効果である。

特開平4-354284号公報(甲4,【0015】,【0033】),特開平6-60089号公報(甲6,【0019】),特開平5-298373号公報(甲7,【0013】,【0020】)の記載によれば,メモリが常に稼働され続け,連続的に更新される放送内容を受け取り,最新のデータを格納すること(連続的更新)は,周知技術である。

本願明細書には,圧縮的格納及び連続的更新に関する記載はあるが,両者の関係又は両者を結びつける作用効果については,記載も示唆もなく,当該技術分野において両者が不可分であることは自明の技術事項でもないから,本願発明において圧縮的格納及び連続的更新が切り離すことができない特徴であるということはできない。

したがって,刊行物1記載発明に連続的更新に関する周知技術を適用して相違点3に係る構成とすることは容易であった。

第5当裁判所の判断

1  本願発明と刊行物1記載発明の相違点の認定の誤り(取消事由1)について

(1)  原告は,本願発明は,「該抽出された該圧縮されたオーディオデータを格納するメモリ」を有するという特徴を備えるのに対し,刊行物1記載発明はこの特徴を備えていないという点で異なるとし,審決は,この点を相違点として認定しなかった誤りがあると主張する。

しかし,原告の主張は,以下の理由により,採用することができない。

すなわち,審決は,「該チューナーに結合され該抽出されたオーディオデータを格納するメモリと,を含む受信器。」である点を本願発明と刊行物1記載発明の一致点として認定した上で(前記第2,3(2)),オーディオデータが,本願発明では「圧縮されたオーディオデータ」であるのに対し,刊行物1記載発明では圧縮されたオーディオデータでない点を相違点1として認定している(前記第2,3(3)ア)。そして,これらの一致点,相違点の認定を合わせ考えれば,本願発明と刊行物1記載発明とが,本願発明は「抽出された圧縮されたオーディオデータを格納するメモリ」を有するとの特徴を備えるのに対し,刊行物1記載発明はこの特徴を備えていないという点で異なることは,容易に理解することができる。このように,一致点と相違点の単純な組合せによって容易に認識し得る事項を,改めて明示的に相違点として認定する必要はなく,それを相違点として認定しないことをもって誤りということはできない。

以上のとおり,本願発明は「抽出された圧縮されたオーディオデータを格納するメモリ」を有するとの特徴を備えるのに対し,刊行物1記載発明はこの特徴を備えていないという点を相違点として認定しなかったとしても,審決の相違点の認定が誤りであるということはできない。

(2)  原告は,①本願発明のメモリは,本願明細書に記載されているように(甲8,9頁12ないし21行),典型的にはランダムアクセスメモリ(RAM)等であるのに対し,刊行物1記載発明の書き換え型光ディスクは,いわゆるメモリではないこと,②本願明細書の請求項1のメモリの意味は,平成20年5月22日付け手続補正書(甲9,17)による補正により,RAM等に限られるものであって書き換え型光ディスクを含まないものに変更されたが,本願明細書の請求項8,9は,それに合わせた補正がされないまま残されたものであり,請求項8,9を根拠として,本願発明のメモリが書き換え型光ディスクを含むものであるということはできないことを主張する。

しかし,原告の主張は,以下の理由により,採用することができない。

ア 本願明細書の発明の詳細な説明には,次のとおりの記載がある。

「最も効果的であるためには,受信装置10は,少なくとも部分的には,一日中稼働されてよい。電力を効率的に使用するために,受信データは,メモリ28の一部であり小量の電力しか消費しないランダムアクセスメモリ(RAM)にまず格納され,RAMがいっぱいになったら,ディジタルオーディオテープ,光磁気ミニディスク,磁気ディスク或いは光ディスク等の記憶媒体に転送される。チューナー12,マイクロコントローラ20,条件付きアクセス回路16及びメモリ28は,通常は常に(必要ならバッテリー電源によって)稼働され続ける構成要素であり,連続的に更新される放送内容を受信し,メモリ28に最新のデータを格納する。」(甲8,9頁12ないし21行)

上記の記載によれば,メモリは,受信データがまず格納されるランダムアクセスメモリ(RAM)と,RAMがいっぱいになったときに受信データが転送されるディジタルオーディオテープ,光磁気ミニディスク,磁気ディスク又は光ディスク等によって構成されていることが認められ,上記の記載は,書き換え型光ディスクをメモリとすることを否定するものとは解されない。また,上記の記載は,実施例の記載であり,それによって本願発明が直ちに限定されるものではない。

イ また,本願明細書の発明の詳細な説明には,次のとおりの記載がある。

「メモリ28は,揮発性或いは不揮発性集積回路(ランダムアクセスメモリ)であってもよい。メモリ28は,ディジタルオーディオテープ,光磁気ミニディスク,磁気ディスク或いは光ディスク等,オーディオ出力データ数時間分の情報を格納可能な充分な容量の不揮発性記憶媒体を含む。」(甲8,6頁26行ないし7頁1行)

上記の記載によれば,メモリは,ランダムアクセスメモリであってもよいが,光ディスクでもよいことが認められ,書き換え型光ディスクは,本願発明のメモリとすることができるものと認められる。

ウ さらに,本願明細書の特許請求の範囲(甲9)の請求項8は,「前記メモリは,揮発性集積回路メモリ及び不揮発性格納部を含む請求項1記載の受信器。」,請求項9は,「前記不揮発性格納部は,磁気テープ,光磁気ディスク,磁気ディスク,光ディスク,及び不揮発性集積回路メモリのグループから選択される請求項8記載の受信器。」であり,また,請求項23は,「前記コントローラは,該抽出されたオーディオデータを該メモリのランダムアクセスメモリ部に格納し,前記ランダムアクセスメモリ部がいっぱいになったら,前記抽出されたオーディオデータを前記メモリの不揮発性格納部に転送し,該不揮発性格納部はディスク媒体,テープ媒体,及び不揮発性集積回路メモリのグループから選択される請求項1記載の受信器。」,請求項27は,「前記ディスク媒体は光ディスクである請求項23記載の受信器。」であり,これらの記載から,本願発明のメモリには光ディスクが含まれることが認められ,書き換え型光ディスクも,当然,メモリに含まれると認められる。

また,原告は,平成20年5月22日付け手続補正書(甲9,17)による補正において請求項8,9について請求項1にあわせた補正をし忘れた旨釈明するが,請求項8,9及び請求項23,27は,前記ア,イの本願明細書の発明の詳細な説明の趣旨に合致する上,同手続補正書により,請求項1とともに補正された請求項23に,メモリにディスク媒体が含まれることが記載されていることからも,平成20年5月22日付け手続補正書(甲9,17)による補正において,メモリの意味を書き換え型光ディスクを含まないものに変更しようとする意図があったとは,とうてい認められない。

エ そうすると,本願明細書の特許請求の範囲の請求項8,9,23,27及び発明の詳細な説明の記載によれば,本願発明のメモリは,書き換え型光ディスクを含むものであると認められる。

(3)  また,原告は,①本願発明の受信器は,その中にメモリを備えることにより,連続的に更新される放送内容を受け取ってその最新のデータをメモリに常時格納していきながら,適宜その最新のデータを再生することで,即時に情報取得することができ,それによる効果は,刊行物1記載発明のように受信器と別体の携帯型再生装置を用いる場合には得られないこと,②刊行物1記載発明は,受信器と再生装置が別体であり,再生装置により再生される情報は,書き換え型光ディスクに記録された過去の放送内容だけであり,ユーザは,その中から所望のものを選択して再生できるにすぎず,最新の放送内容を聴くことはできないことを主張する。

しかし,原告の主張は,以下の理由により,採用することができない。

原告の上記主張は,「本願発明は,『該抽出された該圧縮されたオーディオデータを格納するメモリ』を有するという特徴を備えるのに対し,刊行物1記載発明はこの特徴を備えていないという点を相違点として認定しなかった誤り」という相違点の認定の誤りに関する原告の主張(取消事由1)との関連性が明らかではなく,その点において失当である。

また,その点を措くとしても,原告の上記主張は,要するに,本願発明は,受信器がメモリに格納されたデータを再生する構成を備えるのに対し,刊行物1記載発明は,受信器と再生装置が別体である点で相違するとの主張と解されるが,審決は,この点を相違点2として実質的に認定し,刊行物1記載発明に周知技術を適用して相違点2に係る構成とすることは容易になし得たことであると判断しており,被告は,これに対して具体的な反論をするものではなく,このような審決の認定,判断は,証拠等に照らして相当と認められる。

すなわち,審決は,相違点2として,「『オーディオデータに関連する複数のメニューの組みをユーザーに提供するユーザー出力インターフェースと,該複数のメニューの組みから選択した選択内容をユーザーから受け取るためのユーザー入力インターフェースと,メモリ及び該ユーザー入力インターフェースに結合され,該選択内容に応じて該メモリから格納されたオーディオデータを選択するコントローラ』を,本願発明では,受信器が備えるのに対して,刊行物1記載発明では,光ディスク再生装置が備える点。」を認定しており,これは,「本願発明は,受信器がメモリに格納されたデータを再生する構成を備えるのに対し,刊行物1記載発明は,光ディスク再生装置がメモリに格納されたデータを再生する構成を備えること」,換言すれば,本願発明は受信器と再生装置が一体であるのに対し,刊行物1発明は受信器と再生装置が別体である点を相違点として認定していることに他ならない。そして,審決は,特開平4-354284号公報(甲4),特開昭62-90061号公報(甲5)の記載から,一つの装置に,受信手段,格納手段,再生手段を設けることは,周知技術であるとした上で,刊行物1記載発明にこの周知技術を適用し,オーディオデータに関連する複数のメニューの組みをユーザーに提供するユーザー出力インターフェースと,該複数のメニューの組みから選択した選択内容をユーザーから受け取るためのユーザー入力インターフェースと,メモリ及び該ユーザー入力インターフェースに結合され,該選択内容に応じて該メモリから格納されたオーディオデータを選択するコントローラを,受信器に設けることは,当業者が容易に為し得たことであると判断しており,証拠等に照らし,このような周知技術の認定及び容易想到性の判断は相当なものと認められる。

また,原告が主張する「連続的に更新される放送内容を受け取ってその最新データをメモリに常時格納していきながら,適宜その最新のデータを再生することで,即時に情報取得することができる」との効果は,刊行物1記載発明に周知技術を適用し,受信手段と,格納手段と,再生手段とを一体とすれば,受信した音声情報はメモリ(書き換え型光ディスク)に格納され,一体化された再生手段により適宜再生できる状態となることから,当然に予想される効果にとどまり,とうてい顕著な作用効果といい得るようなものではない。

2  容易想到性の判断の誤り(取消事由2)について

(1)  相違点1に関する容易想到性の判断の誤りについて

刊行物1記載発明に周知技術を適用して相違点1に係る構成とすることが容易であるとの審決の判断に誤りはないというべきである。その理由は,以下のとおりである。

ア 容易想到性の有無

(ア) 刊行物2,3の記載

a 刊行物2には,次のとおりの記載がある

「第4フィールドに割り当てるのは第2の型の静止画番組とし,いわゆる『一括伝送形』の番組で,受信側で必ずいったん受信記録し,蓄積装置から選択的にかつ,インタラクティブに再生して多種多様な番組視聴形態を可能にさせる番組形式である。」(甲2,5頁左下欄5ないし10行)

「本発明による信号多重伝送方式が目的とする情報のタイプⅡの形式,すなわち,いったん受信記録し蓄積し再構成して再生視聴する方法の情報としては,1フィールドパック(fp)当り音声のみとした場合に実時間長でどれ程の長さの音声が再生できるかという方が重要になる。すなわち,42.416Kビットであるから,32kbpsADPCM音声とすれば約1.32秒間の音声となり,5fpでは約6.6秒間の音声,50fpでは約66秒間の音声を詰め込んで伝送できる。後述のように,タイプⅡの形式の情報番組(静止画・音声データで構成された番組)で仮りに,1モジユール50fpの中で,5fpを静止画像45fpを音声に割りつけるとすれば,約1分間の音声で5枚の画像を伴った1つの静止画音声番組のモジュールを構成することができる。」(甲2,7頁右下欄17行ないし8頁左上欄11行)

「第5図(b)に示す本発明によるフレーム構成とビットインタリーブの割当てについての図解例(1)は,マルチチャンネル音声20チャンネルのそれぞれのチャンネルの音声が,56kbpsの高能率符号化方式のSB-ADPCM(帯域分割適応差分PCM)によるチャンネルでピッタリ埋まるような関係となっている例を示す。すなわち,フレーム構成において再配置すべき音声3,音声4,および独立データの領域の収容ビット数の合計は1120ビットでありこれを行と列とで合計20分割している。56kbps高能率符号化方式(SB-ADPCM方式)による原音声は,7KHz帯域の音声を16KHzサンプリング,14ビット直線PCM符号化したもので比較的高品質の音声である。これを64kbpsに帯域圧縮し,かつ,低域側6ビットのうちLSB1ビットを落として,64kbpsよりもさらにビットを少なくして56kbpsとしたものである。」(甲2,8頁右下欄2ないし18行)

上記の刊行物2の記載によれば,圧縮して伝送される,音声データを含む静止画番組を,いったん受信記録し,蓄積装置から再生して視聴することが刊行物2に記載されていたことが認められる。ここで,蓄積された静止画番組に含まれる音声データは圧縮されているのであるから,蓄積装置から再生して視聴する際,逆圧縮することは自明である。

b 刊行物3には,次のとおりの記載がある。

「受信システム200には,送信システム100の送信機122によって送信されたオーディオおよび/またはビデオ情報を受信する送受信機201が含まれる。送受信機201は,送信機122からの情報を,圧縮定様式データブロックとして自動受信する。

送受信機201は,好ましくは,受信機様式変換器202に接続する。受信機様式変換器202は,圧縮定様式データブロックを,ユーザーがリアルタイムでプレイバックするのに適した様式に変換する。

本発明の受信システム200では,ユーザーは,当初の依頼時間よりも後の時間で原データライブラリ111からの依頼項目をプレイバックしたいかもしれない。そのような場合,受信機様式変換器202からの圧縮定様式データブロックは,記憶装置203に記憶される。記憶装置203は,プレイバックが要求されるまで,依頼項目を一時記憶できる。

プレイバックが要求されると,圧縮定様式データブロックはデータフォーマッタ204に送られる。データフォーマッタ204は,圧縮定様式データブロックを処理して,オーディオ情報とビデオ情報を区別する。

分離されたオーディオおよびビデオ情報は,それぞれ,オーディオ圧縮解除器209とビデオ圧縮解除器208によって圧縮解除される。その後,圧縮解除されたビデオデータは,圧縮デジタルビデオ出力変換器211とアナログビデオ出力変換器213に,同時に送出される。圧縮解除されたオーディオデータは,デジタルオーディオ出力変換器212とアナログオーディオ出力変換器214に,同時に送出される。

テレビまたはオーディオ増幅器のようなプレイバックシステムに,リアルタイム出力信号が出力される。」(甲3,10頁左上欄22行ないし右上欄15行)

上記の刊行物3の記載によれば,受信システム200において,圧縮して送信されたオーディオ情報を受信して記憶装置203に記憶し,プレイバックが要求されると記憶装置203から読み出されたオーディオ情報を圧縮解除器209によって圧縮解除して出力することが,刊行物3に記載されていたことが認められる。

(イ) 判断

前記(ア)の刊行物2,3の記載によれば,オーディオデータを圧縮して伝送し,圧縮されたオーディオデータを受信器で受信し,記憶手段に格納すること,及び圧縮されたオーディオデータを利用するためにオーディオデータの圧縮を解く逆圧縮回路を受信器に設けることは,本願の優先権主張日における周知技術であったことが認められる。

ところで,刊行物1記載発明は,前記第2,3(1)のとおりであり,刊行物1記載発明は,オーディオデータ(音声情報)をメモリ(書き換え型光ディスク)に格納し,選択内容に応じてそのメモリから格納されたオーディオデータを選択するものである。そうすると,刊行物1記載発明に,刊行物2,3に記載された上記の周知技術を適用し,メモリに格納するオーディオデータを圧縮されたオーディオデータとし,メモリから選択されたオーディオデータを利用するために逆圧縮回路を設けることは,当業者が容易に想到することができたものというべきである。したがって,本願発明の相違点1に係る構成,即ち,オーディオデータが圧縮されたオーディオデータであり,圧縮されたオーディオデータを逆圧縮する逆圧縮回路を備えるとの構成は,当業者が容易に想到することができたものというべきであり,刊行物1記載発明に周知技術を適用して相違点1に係る構成とすることは容易であるとの審決の判断に誤りはない。

イ 原告の主張に対し

(ア) 原告は,本願発明に係る受信器の技術分野において,圧縮されたオーディオデータを受信器内のメモリに格納し,再生する際に受信器内で逆圧縮する技術は周知ではないと主張する。

しかし,原告の主張は,以下の理由により,採用することができない。

すなわち,圧縮されたオーディオデータを受信器内のメモリに格納し,再生する際に受信器内で逆圧縮する技術は,前記アのとおり,刊行物2,3に記載されている上,次のとおり,特開平5-298373号公報(甲7)にも記載された周知技術である。

甲7には,次のとおりの記載がある。

「アンテナ22と送受信回路23により受信された1送出単位の無線電波は,データ取込部24にてA/D変換され,1パケット毎のディジタル信号に変換され,該ディジタル信号はバイト単位で受信バッファ・メモリ25に格納される。該受信バッファ・メモリ25にて格納された前記データは誤り訂正部26にてビット誤りが訂正され,該訂正後のディジタル信号が情報記録部28に格納される。該情報記録部28への,前記データの格納が終了した時には送信バッファ・メモリ50とワークRAM31上の該当する見出し語が消去,あるいは次の見出し語(あるいはキーワード等)によって上書きされる。」【(0037】)

「また,情報記録部28に格納されたディジタル信号が圧縮された(ADPCMされた)音声信号であるならば,該ディジタル信号はADPCMデコーダ38に転送後,音声アナログ信号に変換され,オーディオ信号処理ユニット37にてオーディオ信号を出力する。」【(0040】)

上記の甲7の記載によれば,圧縮された(ADPCMされた)音声信号として受信されたディジタル信号は,情報記録部28に格納され,出力(再生)時には,該ディジタル信号は情報記録部28からADPCMデコーダ38に転送後,音声アナログ信号に変換されることが,甲7に記載されていたことが認められる。

以上のとおり,原告の上記主張は,理由がない。

なお,原告は,刊行物3における記憶装置は,ハードディスクであり,RAMなどのいわゆるメモリではないと主張するが,前記1(2)のとおり,本願発明のメモリは,RAMなどのいわゆるメモリに限定されるものではなく,磁気ディスクであるハードディスクも当然にメモリということができるから,刊行物3に,圧縮されたオーディオデータを受信器内のメモリに格納し,再生する際に受信器内で逆圧縮する周知技術が記載されているとした認定に誤りはなく,原告の前記主張も失当である。

(イ) また,原告は,刊行物1記載発明の再生装置は,再生専用の光磁気ディスク再生装置として小型化できるため,携帯型の装置とすることにより,所望の時間に所望の場所で再生するという効果が得られるとし,仮に,刊行物2及び3に基づき,メモリに格納するオーディオデータを圧縮されたオーディオデータとし,その中から選択されたオーディオデータを逆圧縮する回路を設けるとの圧縮・逆圧縮の構成が本願の優先権主張日当時に周知であったとしても,同構成を採るには,再生機能を受信・格納装置と組み合わせなければならず,刊行物1記載発明の意図する上記の効果を得られなくなるとし,そのため,刊行物1記載発明の意図する上記の効果を得られなくなることは,圧縮・逆圧縮の構成を採ることについて,阻害要因となると主張する。

しかし,原告の主張は,以下の理由により,採用することができない。前記1(3)のとおり,審決が認定,判断するように,本願発明と刊行物1記載発明は,本願発明が,受信器がメモリに格納されたデータを再生する構成を備えるのに対し,刊行物1記載発明は,受信器と再生装置が別体である点で相違し(相違点2),一つの装置に,受信に係る手段と,格納に係る手段と,再生に係る手段とを設けることは周知技術であるから,刊行物1記載発明に前記周知技術を適用し,相違点2に係る構成とすること,すなわち,受信手段と,格納手段と,再生手段とを一体とすることは,当業者が容易になし得たことであると認められる。

したがって,刊行物1に,再生装置が,再生専用の光磁気ディスク再生装置として小型化できるため,携帯型の装置とすることにより,所望の時間に所望の場所で再生するという効果が得られるとの記載があるとしても,刊行物1記載発明について,圧縮・逆圧縮の構成を採用することの阻害要因となるとはいえない。

以上のとおり,阻害要因があるとする原告の主張は,理由がない。

(2)  相違点3に関する容易想到性の判断の誤りについて

刊行物1記載発明に周知技術を適用して相違点3に係る構成とすることが容易であるとの審決の判断に誤りはないというべきである。その理由は,以下のとおりである。

ア 容易想到性の有無

(ア) 甲4,6,7の記載

甲4(特開平4-354284号公報)には,次のとおりの記載がある。

「このようなテレビ装置は,数十から数千ページ分のメモリ機能が備えられており,予約番組の内容が更新された場合,最新の内容のものだけ記憶するようになっている。」【(0015】)

「バッファメモリ17は,・・・受信した文字放送データを記憶するものであり,これにより本装置が番組再生,記憶番組の一覧表示中などの動作中であっても,その間に受信した文字放送番組を記憶することができる。・・・内容更新された番組を全て記憶したとしても数日分の文字放送番組を記憶することができる。」【(0033】)

甲6(特開平6-60089号公報)には,次のとおりの記載がある。「ホームユース端末3は,・・・文字放送の番組を常時受信しており,文字放送の受信内容のサービス情報に変更が生じたとき,データ記憶部10の格納データも更新し,表示画面に反映させる。」【(0019】)

甲7(特開平5-298373号公報)には,次のとおりの記載がある。

「一実施例の携帯型情報端末装置は・・・大容量情報記録媒体1と・・・検索手段2と・・・表示手段3と・・・要求内容登録手段4と・・・通信手段5と・・・受信内容格納バッファ6とを具備する。」(【0013】)

「通信手段5と受信内容格納バッファ6,あるいは大容量情報媒体1のみを常時作動させ,・・・常時,通信手段5を通じて最新情報を取り込み,受信内容格納バッファ6や大容量情報記録媒体の該当する項目を更新する。」【(0020】)

(イ) 判断

前記(ア)の甲4,6,7の記載によれば,メモリが常に稼働され続け,連続的に更新される放送内容を受け取り,最新のデータを格納することは,本願の優先権主張日前に頒布された刊行物に記載された周知技術であったことが認められる。

したがって,本願発明の相違点3に係る構成,即ち,メモリが常に稼働され続け,連続的に更新される放送内容を受け取り,最新のデータを格納するとの構成は,当業者が容易に想到することができたものと認められ,刊行物1記載発明に周知技術を適用して相違点3に係る構成とすることは容易であるとの審決の判断に誤りはないものと認められる。

イ 原告の主張に対し

(ア) 原告は,本願発明は,メモリに格納するオーディオデータを圧縮すること(圧縮格納)により大量のデータの格納を可能とし,メモリが常に稼働され続け連続的に更新されるようにした(連続的更新)点に特徴があり,圧縮格納と連続的更新が切り離すことのできない密接な関係のある特徴であることは,本願明細書の記載(甲8,9頁19ないし21行,14頁15ないし18行)によっても裏付けられ,圧縮格納及び連続的更新の両構成を具備し,両構成の相乗効果を有することは,いずれの引用文献にも記載がなく,容易に想到し得たことではないと主張する。

しかし,原告の主張は,以下の理由により,採用することができない。

本願明細書には,圧縮格納について,次のとおり記載されている。

「最小の時間枠内で必要な量のオーディオデータを供給し,必要バンド幅を最小化し,必要メモリ量を最小化するために,ある実施例に於ては元のオーディオデータを送信側でデータ圧縮アルゴリズムにかけて,充分にデータを圧縮する(図2に示されるこのデータ圧縮回路は後述される)。受信装置10は,対応する逆圧縮アルゴリズムを逆圧縮回路39に含み,これはライン43によってメモリ28の出力に結合され,ディジタルアナログ変換器30に逆圧縮されたデータを供給してディジタルデータをアナログオーディオ信号へ変換する。」(甲8,7頁2ないし10行)

「有利なことに,(暗号化されていても)圧縮形式でオーディオデータを伝送して格納することによって,伝送チャンネルに必要なバンド幅は大幅に削減され,メモリ28の必要量もまた削減されるので,メモリ28の部品コストを大幅に削減することが出来る。」(甲8,10頁23ないし26行)

また,本願明細書には,圧縮格納の利用に関連して,「適切な時間枠内で必要な量のオーディオデータを提供し,バンド幅を効率的に使用し,受信器のメモリスペースを無駄遣いしないために,オーディオデータには,送信端でデータ圧縮アルゴリズムが適用される。このデータ圧縮は,図2のブロック57に含まれる。」(甲8,14頁15ないし18行)と記載されている。

さらに,本願明細書には,連続的更新について,次のとおり記載されている。

「最も効果的であるためには,受信装置10は,少なくとも部分的には,一日中稼働されてよい。電力を効率的に使用するために,受信データは,メモリ28の一部であり小量の電力しか消費しないランダムアクセスメモリ(RAM)にまず格納され,RAMがいっぱいになったら,ディジタルオーディオテープ,光磁気ミニディスク,磁気ディスク或いは光ディスク等の記憶媒体に転送される。チューナー12,マイクロコントローラ20,条件付きアクセス回路16及びメモリ28は,通常は常に(必要ならバッテリー電源によって)稼働され続ける構成要素であり,連続的に更新される放送内容を受信し,メモリ28に最新のデータを格納する。」(甲8,9頁12ないし21行)

上記のとおり,本願明細書には,圧縮格納及び連続的更新のそれぞれについて言及されているが,原告が指摘する本願明細書の記載(甲8,9頁19ないし21行,14頁15ないし18行)を考慮しても,圧縮格納及び連続的更新が切り離すことのできない密接な関係のある特徴であること,本願発明が圧縮格納及び連続的更新の両構成の相乗効果を有することは,本願明細書に記載されておらず,また,その示唆があるとも認められない。圧縮格納によれば,圧縮されていないデータをメモリに格納する場合よりも多くのデータをメモリに格納することができるが(前記の甲8,14頁15ないし18行は,そのことに言及している。),それはいわば自明のことであって,圧縮格納は,連続的更新に限らず,多くのデータをメモリに格納する場合に一般的に用いられるものと認められ,圧縮格納は,技術的な見地から,その意味や効果に照らして,特に連続的更新と密接又は不可分な関係があるとは認められない。

以上のとおり,原告の上記主張は,理由がない。

(イ) また,原告は,刊行物1記載発明が受信器と別体の携帯型光ディスク再生装置を必要としている点は,刊行物1記載発明に連続的更新を適用することの阻害要因であると主張する。

しかし,前記1(3)のとおり,刊行物1記載発明に,一つの装置に,受信に係る手段と,格納に係る手段と,再生に係る手段とを設ける周知技術を適用し,相違点2に係る構成とすることは,当業者が容易になし得たことであり,その結果,受信手段と,格納手段と,再生手段とは一体となるのであるから,刊行物1に,受信器と別体の携帯型光ディスク再生装置を備えた構成が記載されているとしても,刊行物1記載発明に連続的更新を適用することの阻害要因となるとはいえない。

したがって,原告の上記主張は,採用することができない。

3  結論

以上のとおり,原告主張の取消事由は,いずれも理由がない。原告は,その他縷々主張するが,審決にこれを取り消すべきその他の違法もない。

よって,原告の本訴請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 中平健 裁判官 齊木教朗)

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