知財高等裁判所 平成21年(行ケ)10042号 判決 2010年3月29日
原告
X
被告
特許庁長官
指定代理人
早野公惠
同
中川隆司
同
金澤俊郎
同
黒瀬雅一
同
田村正明
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2006-23649号事件について平成21年1月20日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1 本件は,原告が名称を「高効率熱サイクル装置」とする後記発明につき国際出願の方法により日本国特許庁に特許出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたが,同庁が請求不成立の審決をしたことから,その取消しを求めた事案である。
2 争点は,上記特許出願に係る明細書の発明の詳細な説明の記載が,「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである」(実施可能要件,特許法36条4項1号)か,である。
第3当事者の主張
1 請求の原因
(1) 特許庁における手続の経緯
原告は,平成16年(2004年)6月1日,名称を「高効率熱サイクル装置」とする発明について日本国特許庁に国際特許出願(PCT/JP2004/007516,日本国における出願番号は特願2006-514030号。再公表特許公報〔WO2005/119016号〕は甲1。以下「本願」という。)をし,その後,平成17年2月25日付け,平成18年6月23日付け及び平成18年7月4日付けで各補正をしたが,平成18年9月14日付けで拒絶査定を受けたので,平成18年10月19日これに対する不服の審判請求をした。
特許庁は,同請求を不服2006-23649号事件として審理し,その中で原告は平成20年11月4日付けで特許請求の範囲の記載を変更する補正(旧請求項5を削除し,以後の請求項番号を繰り上げたもの。以下「本件補正」という。)をしたが,特許庁は平成21年1月20日,上記補正を認めた上,「本件審判の請求は,成り立たない」との審決をし,その謄本は平成21年1月30日原告に送達された。
(2) 発明の内容
本件補正後の特許請求の範囲は,請求項10から成るが,その請求項1に記載された発明(以下「本願発明」という。)は,次のとおりである。
・ 【請求項1】
圧縮機,タービン,熱交換器及びポンプを含む熱サイクル装置であって,圧縮機(C)で圧縮された作動ガスが,タービン(S)を駆動し仕事(W1)を出力した後,第1の熱交換器(7)の放熱側を通り冷却され,その後にポンプ(P)により昇圧されて高圧作動液とされ,該高圧作動液が反動水車(K)を駆動し仕事(W2)を出力すると共に膨張され蒸発し作動ガスとされ,該作動ガスが,第1の熱交換器(7)及び第2の熱交換器(8)を通り加熱された後,圧縮機(C)へ導入される熱サイクル装置。
(3) 審決の内容
審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,本願明細書の発明の詳細な説明及び図面の記載は,当業者が本願発明を実施することができる程度に明確に記載されているものであるとは認められない,というものである。
(4) 審決の取消事由
ア 取消事由1(特許法36条4項1号適用上の違法)
(ア) 特許法1条が定める特許の目的には発明の利用があるが,ここでの利用には実施上の利用のほかに,文献的利用がある。そして,特許法36条4項1号は,文献的利用に関しては,当業者が上記のような文献的利用を図ることができる程度に明確な記載を求めるものであると解すべきである。利用度の大きい文献的利用について特許法36条4項1号該当性を判断することなく,利用度の小さい実施上の利用についてのみ特許法36条4項1号を適用して特許不成立とすることは,特許法1条の定める発明の利用という法の目的を減殺ないし無効ならしめるものであり,同条に反するというべきである。
この点,本願発明は熱をすべて動力に変換することの提案である。現在の技術では,理論上,カルノーサイクルの変換効率を上限とした変換効率でしか動力変換できず,熱を100%の効率で動力変換するものは永久機関といわれ,現実にはない。そこで,熱がすべて動力に変換できる方策を実施できれば,熱を動力変換を介して電力に変換している現在,熱利用が飛躍的に良くなり,地球温暖化対策の決め手になる。本願発明は,カルノーサイクルの変換効率を満足した上でこれを実現するものであり,その技術的構成要素は,タービンと冷凍機を結合したものである。
このような本願発明は,特許法1条が定める2つの「利用」のうち文献的利用の方が利用面での価値が大であり,利用度が大きいものである。すなわち,本願発明の実現可能性を示し,設計上の指針となるものが,タービンの効率,冷凍機の成績係数を用いた数値化・数式化である。前者の数値化が本願明細書(再公表特許公報,ただし,平成17年2月25日付け補正後のもの,甲1)の図5,図6における「W1=1.7」等の数値であり,後者の数式化が,この数値の導出過程である本願明細書の式34~39である。
このように,本願発明における上記数式化・数値化は文献的利用が可能であるところ,このような本願明細書における数式化・数値化についての説明は当業者が理解できないものではないから,これにより改良発明の創作が促進され,技術の累積的進歩による産業の発展を図ることが可能となる。
それにもかかわらず,本願発明が特許法36条4項1号の要件を充たさないとして特許不成立とした審決の判断は,特許法1条に違反する。
(イ) また,特許法2条も同法1条と同様に特許法の通則的性格を有するものであるが,同法2条1項の「高度」とは,同法29条1項,2項のいわゆる新規性・進歩性を合わせたものであり,発明としての利用度の小さいものはこの高度性が小さく,利用度が大きいものは高度性が大きいという関係にある。
この点,本願発明は,熱を100%の変換効率で動力に変換することを骨子とするものであり,これ自体は画期的なことである。また,本願発明のもう1つの骨子として,冷凍機の成績係数とタービンの効率を一体化して,数式化・数値化した点がある。これは,後の発明にとって大いに利用できる技術的思想の創作である。
特許法2条1項でいう技術的思想の創作の中で部分的に瑕疵があっても,高度性が高ければ,技術的思想の骨組みには影響がないものといえる。この場合も同項に該当するものである。このような発明について,新規性・進歩性の要件のごとく特許法36条4項1号の文言を厳格に解してこれを適用して特許不成立とすることは,同法2条1項に違反する。
イ 取消事由2(適用違憲)
特許審判,特許審決のいずれも行政処分といえ,これを不服として現在係争中の本訴訟がある。この行政処分について,適用違憲の主張をする。
日本国憲法76条2項後段で,司法裁判所における裁判を受ける権利が保障されている。また,日本国憲法14条1項の法の下の平等を実現するため具体化したものが日本国憲法32条であり,ここでも裁判を受ける権利が制度上保障されている。
原告は,この裁判を受ける権利が保障されない具体例があると本願発明で主張し,本訴訟で違憲を主張する。
上記ア(取消事由1)のとおり,本願に係る特許審判,特許審決とも,特許法1条の「利用」という文言に含まれる発明の文献的利用という面で審査・審判がなされていないし,発明の文献的利用と発明の実施上の利用の両者の衡平という観点から審査・審判がされていない。
本願発明では原告の創作が発明の文献的利用と発明の実施上の利用の両者を含むものである。それゆえ,発明の文献的利用と発明の実施上の利用についての衡平の問題は生じない。しかし,この衡平を論じ係争できるようにすることこそが,日本国憲法32条の裁判を受ける権利の保障といえる。
この衡平の問題について具体化して論ずると,本発明では,発明の文献的利用と発明の実施上の利用とも同一人の創作であるが,これが別人の創作ならば,発明の文献的利用と発明の実施上の利用の衡平の問題が生じる。ここでは,発明の実施上の利用より発明の文献的利用の方が高度性(ないし利用度)の価値があっても,裁判上争う道はない。発明の実施上の利用が発明の文献的利用に基づいたものであればなお更,不衡平感が増せど,どうしようもない。
原告は,発明の文献的利用の面から本発明の再審査を求め,衡平問題の面から条件付与を要求する。将来の発明の実施上の利用に対して本発明の文献的利用の方が高度性(特許法でいう新規性と進歩性を合わせたもの)があるとはいえないと断定できる程度のものでなければ,特許として認めるという条件の付与を求める。
この条件付与で特許が認められれば,将来の発明の実施上の利用との衡平問題での裁判上の争いの機会は保障される。
2 請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。
3 被告の反論
(1) 実施可能要件につき
ア 特許法36条4項1号の定める要件の趣旨は,特許制度は発明を公開した者にその代償として一定期間一定の条件で独占権を付与するものであるが,発明の詳細な説明の記載が明確になされていないときには,発明の公開の意義も失われ,ひいては特許制度の目的も失われることによるものである。そのため同項には,発明の詳細な説明には,その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者(当業者)が,その発明について「実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならない」と規定されている。
すなわち,同項は,明細書に記載された内容及びその発明の属する技術分野における出願時点の技術常識に基づいて,当業者が,特許を受けようとする発明について,実施(例えば,実際に再現すること)ができなくてはならないと規定するものであり,明細書をそのように記載してこそ発明を公開したこととなり,特許制度の趣旨に合致した明細書といえるのである。
イ この点,審決は,本願の明細書又は図面の記載が特許法36条4項を満たさない理由として,次の4点を指摘した。
(ア) 熱クロス(Q3/Q1)を大きくすることについて
本願明細書(甲1,ただし平成17年2月25日付け補正後のもの。以下同じ。)には,「熱クロスQ3/Q1」を大きくすると,熱効率ηが向上する旨記載されている(段落【0011】~【0015】,【0021】等)。
この点,明細書の図3に記載された実施例について検討すると,熱量Q3を大きくすることは,タービンSの下流にある熱交換器7の放熱側を通過する作動流体が保有する熱量Q2を大きくすることとなると考えられる。
また,熱サイクル装置において,投入されるエネルギー(投入される熱量及びコンプレッサCの仕事等)には上限が存在し,上限がある以上,ガスタービンSの出力W1は,上限熱量(Q1)の範囲内で熱量Q2と相反する量とならざるを得ない。そうすると,熱量Q3を大きくすることはQ3≦Q2の関係にあるQ2を大きくすることとなり,その結果タービン出力W1を小さくせざるを得なくなる。
ここで,タービン出力W1は熱サイクル装置に関する熱効率の式において分子となるものであり(η=W1/Q1),上記のとおりタービンSの出力W1が小さくなると,熱サイクル装置の熱効率は低くなるものと考えられる。
したがって,本願明細書における熱クロスを大きくすると熱効率が向上する旨の上記記載は,以上のような,従前の熱力学的分析とは異なるものであり,それにもかかわらず熱効率が向上する理由が本願明細書又は図面の記載からは明らかでなく,また,熱力学の常識を参酌しても依然として不明である。
(イ) 成績係数の使用について
熱効率ηは,熱サイクルにおいて投入された熱量と放出された熱量とから熱機関が出力可能な(最大)値を比として表したものであり,カルノーサイクルの場合には,本願明細書の段落【0003】に(式4)として記載されているとおり,
η=(Th-Tb)/Th
(ただし,Th;高温(吸熱)側の温度であり,Tb;低温側の温度)と表される。
これに対し,成績係数ε(φ,COPともいわれる)は,冷凍機において,ポンプのなした仕事に対し冷凍機において吸収された熱量を比で表したものであり,逆カルノーサイクルの場合には,本願明細書の段落【0005】に(式9)として記載されているとおり,
ε=Tb/(Th-Tb)
(式中,Tbは低温(吸熱)側の温度で,Thは高温(放熱)側の温度)と表される。
熱効率ηおよび成績係数εは,熱サイクルの効率に関する指標である点では類似するが,上の式から分かるとおり,熱効率ηは1以上とはなり得ないのに対し,成績係数εは1以上の値となり得る(ヒートポンプサイクルでは,基本的に1以上の値である)こと,また,熱効率ηは,高温側の温度と低温側の温度との差が大きいほど高い値となるものであるのに対し,成績係数εは高温側の温度と低温側の温度との差が小さいほど高い値を示すものである点,相反する性質を有することからもわかるように,その値の性質を異にするものである。
一方,本願明細書は,成績係数εを熱効率ηと同等のものとして扱い,これらの積を求めることによりタービン出力W1を算出する(式36)。
しかし,上記のとおり,同等の内容を有するものとはいえない熱効率ηと成績係数εに基づいて,なぜ明細書に記載されたような算出方法によりタービン出力を算出できるのか熱力学的にみて明らかでなく,このような計算方法及び計算値について,熱力学の技術常識に適合した適切なものであると解されるに足るだけの説明が本願明細書に記載されているとはいえない。
(ウ) 熱効率の算出について
タービン出力を算出する場合,通常は,タービンSの出力W1について投入される熱量(Q1)を基礎に算出される(η=W1/Q1)。
一方,本願明細書(甲1)の段落【0029】には「…熱交換器7は,タービンSの排気を冷却することによりタービンSの入口と出口の作動流体の温度差を大きくし,タービン出力を大きくする。…」と記載されているが,熱交換器7での作動流体の温度差を大きくすることにより,直接タービンSの出力を大きくすることができるものとは考え難い。例えば,前記(ア)で指摘したように,熱交換器7での作動流体の温度差を大きくすることはQ2を大きくすることであるから,タービン出力W1はむしろ小さくなるものと解されるにもかかわらず,熱交換器7で作動流体の温度差を大きくすることによりタービンSの出力を大きくすることができるとする理由が,本願の明細書又は図面の記載からは明らかではない。
この点,段落【0032】に記載された実施例において,「…タービンSの排気が凝縮器(熱交換器)7において-10°C(T2)の冷媒蒸気により,0°C(T4)に冷却され…」と記載されていることからすれば,タービン効率ηの算出に使用されている温度「T4」は熱交換器7の下流側の温度であると解されるが,このように熱交換器7の下流側の温度を使用するということは,ここで算出される熱効率は出力されるエネルギーとして熱交換器7における放熱量をも合わせて算出する,すなわち,η=(W1+Q2)/Q1を算出しているものであり,タービンSの出力について熱効率を算出したものとはいえない。
また,段落【0039】に記載された実施例においても,式46では,復水温度として10°Cなる値を使用して熱効率ηsを算出しているが,当該「10°C」なる値は,図9において熱交換器7の下流側の温度であり,上記段落【0032】に記載された実施例と同様の算出方法により熱効率を算出するものである。これについても上記の実施例と同様,なぜこのような算出方法により熱効率ηsを算出できるものか明らかではない。
(エ) 成績係数に基づく熱効率の算出について
まず,本願明細書(甲1)の段落【0033】の記載によれば,図5に示される実施例(以下「図5実施例」という。)において,冷凍成績係数は「εh=5.4+1=6.4…(式35)」とされている。図5実施例について当該「εh」を使用することについて特に説明はない。しかし,同様の値は段落【0006】に(式11)として記載されており,図5実施例について図1に記載された冷凍機(以下「図1冷凍機」という。)について算出した値を使用しているものと推測される。
しかし,図5実施例において図1冷凍機が組み込まれているものとは考えにくく,なぜ,図1冷凍機について算出した成績係数の値を図5実施例について適用できるのか明らかでない。
すなわち,図5実施例も熱交換器を2つ(熱交換器7及び8)備えるものである点では図1冷凍機と類似するが,図1冷凍機は膨張弁Vの上流側と下流側にそれぞれ動作温度の異なる2つの熱交換器(高温側で熱を放出する熱交換器7及び低温側で熱を吸収する熱交換器8)を備えるものであるのに対し,図5実施例においては,膨張弁Vを代替すると解される「水車K」の上流側と下流側とを,各々一つの動作温度におかれていると考えられる熱交換器7の放熱側と吸熱側とに接続され,さらに熱交換器7を出た作動流体は,その後熱交換器8に導かれ外部から熱を吸収するものとされている。
図5実施例において,「水車K」の上流側と下流側とが熱交換器7の放熱側と吸熱側に接続されているものであるから,これを通過する作動流体は,右側の流体通路では「放熱」し,左側の流体通路では「吸熱」するものとされている。これに対し,図1冷凍機の備える熱交換器7は,高温の作動流体が外部に対し熱量を「放熱」のみ行うものであり,図5実施例の備える熱交換器7とは熱移動の状態が異なるものである。
このような図5実施例における作動流体の流通経路及び流通経路における動作温度や熱移動の状態の相違を考慮すると,熱交換器7の役割が図1冷凍機と図5実施例とにおいて同列に論ずることができるものとは考え難く,図1冷凍機について算出した成績係数の値をそのまま図5実施例の出力等の算出に適用できる理由が明らかでない。
また,段落【0033】では「W1=εh×ηs=6.4×0.28≒1.7…(式36)」としてタービン出力を算出しているが,この点については,前記(イ)のとおり,このような計算によりタービンSの出力を算出することができるとする根拠が明らかでない。
以上のようにタービンSの出力の根拠が明らかでないので,当該タービンSの出力に基づいて算出されている熱クロス量Q3及び外部よりの熱吸収量Q4についても,その算出根拠が明らかとはいえない。
したがって,図5実施例における出力,熱効率等の算出方法及び算出値については,熱力学的にみて合理的な根拠を有するものとはいえない。
ウ 以上のとおり,本願明細書及び図面の記載からは,本願各請求項に係る発明が,いかにして効率100%というような高効率の熱サイクル装置となるものか,明細書に記載された数式・数値等を含め理解ができないものであり,本願明細書及び図面は,当業者が本願各請求項に係る発明を実施ができる程度に記載されているものとはいえないから,本件出願は特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない。
(2) 本願明細書の文献的利用につき
原告は,本願の発明の詳細な説明に記載された数式化・数値化については,画期的な理念を提案するものであり,文献的な利用価値が高いので特許されるべきであると主張しているようであるが,特許法36条4項1号の趣旨は前記のとおりであり,原告の主張するようなことを規定するものではないので,原告の主張は理由がない。
第4当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
2 本件特許出願は特許法36条4項1号の要件(実施可能要件)を具備しているか
(1) 本件補正後の特許請求の範囲【請求項1】(本願発明)は,前記第3,1(2)のとおりである。
(2) また,上記補正後の【発明の詳細な説明】には,次の記載がある(引用は甲1〔平成17年2月25日付け補正〕による。)。
ア 技術分野
・ 「本発明は,タービンにより動力を取出す熱機関並びに熱機関と冷凍機を組合せた熱サイクル装置に関する。特に本発明は,熱機関及び冷凍機を組合せタービン出口蒸気の廃熱をタービン入口側の作動流体へ移動(熱クロス)させ熱サイクル装置の熱効率を向上させる技術に関する。」(段落【0001】)
イ 背景技術
・ 「蒸気タービンを含む熱サイクル装置の効率を向上させるため、従来、廃熱を利用する多数の発明がなされてきた。例えば、特許文献1は、高温排気ガスの熱エネルギーを回収する発電設備を開示する。この発電設備は、高温排ガス流路の上流側に廃熱ボイラ、下流側に流体予熱器をそれぞれ配置する。廃熱ボイラで発生された蒸気で蒸気タービンを駆動する。流体予熱器により予熱された低沸点特殊流体が蒸気タービンの排気を利用する流体蒸発器により加熱蒸発され特殊流体タービンを駆動する。蒸気タービンの出力及び特殊流体タービンの出力が合成され、発電機を駆動し電力を発生する。低沸点特殊流体は、特殊流体タービンから排出された後、熱交換器で凝縮液体とされポンプにより加圧され、熱交換器で予熱され、その後、流体予熱器へ循環される。
【特許文献1】 特開昭54-27640号公報」(段落【0002】)
・ 「図1は,従来の冷凍機Jの構成要素を示す配置図であり,圧縮機Cで昇圧された冷媒ガスFgが熱交換器(凝縮器)7で流体Z1に熱Qhを与えて凝縮された後,膨張弁Vで膨張され,温度低下すると共に熱交換器8で流体Z2から熱Qbを吸収して流体Z2を冷却し,その後,圧縮機Cへ戻され,循環される。図1の冷凍機において,熱計算の検討を,冷媒がアンモニアである冷凍機について行う。簡略化のため機械的損失がないとする。冷媒の温度は,圧縮機C出口で110°C(T3),凝縮器7の出口で,38°C(T2),蒸発器V出口で,-10°C(T1)である。それ故,逆カルノーサイクルでの冷凍機の成績係数(理論的に最大の成績係数)εを求めると,εは,
ε=T1/(T2-T1)
=[273.15+(-10)]/[38-(-10)]≒5.4…(式10)である。
図1の冷凍機において,圧縮機Cの入力L(仕事)を1とした場合,ヒートポンプの成績係数εhは,冷凍機成績係数+1であるから,
εh=5.4+1=6.4…(式11)である。」(段落【0006】)
・ 【図1】 (従来の冷凍機の構成要素を示す配置図)
file_2.jpgウ 発明が解決しようとする課題
・ 「本発明は,熱サイクル装置において,蒸気タービン出口蒸気の廃熱を蒸気タービン入口の作動流体へ移動(熱クロス)させることによりタービン自体の熱効率が小さい場合にも,熱サイクル装置の熱効率を高い値とすることを目的とする。本発明は,また蒸気タービン並びに蒸気タービンと冷凍機を組合せた熱サイクル装置の熱効率を向上させることを目的とする。より詳しくは,本発明は,蒸気タービン出口蒸気の廃熱を蒸気タービン入口の作動流体へ移動(熱クロス)させ熱サイクル装置の熱効率を向上させることを目的とする。本発明の他の目的は,熱ポンプを用いて廃熱又は自然界の熱を作動流体へ移動させ熱サイクル装置の熱効率を向上させることを目的とする。本発明の他の目的は,冷凍機の凝縮器における外部放熱量を抑制し,熱クロスを行わずに抑制された熱量を動力として取り出すことにある。」(段落【0010】)
・ 「本発明の別の目的は,ランキンサイクルの低温廃熱を冷凍機により高温熱出力に変換することにある。本発明の更に別の目的は,ランキンサイクルにおけるタービン出口に設置した凝縮器(冷却器)の冷熱源として冷凍機の冷凍出力を用いると共に,冷凍機をヒートポンプとして作用させ,凝縮器の放出熱を昇温し外部へ熱出力として供給可能な熱サイクル装置を提供することである。本発明は,冷凍サイクルを用いて熱クロスQ3/Q1を大きくし,
η=ηs/(1-Q3/Q1)…(式32)において,η=1…(式27)を実現するか,又はηをできるだけ1に近づけることである。本発明において,冷凍サイクルは,冷媒を圧縮機で圧縮する従来の冷凍サイクルにおいて凝縮器の前にタービンを配置したものであり,凝縮器は,蒸気タービンサイクルの復水器に相当する。本発明のその他の目的は,以下の説明において明らかにされる。」(段落【0011】)
エ 課題を解決するための手段
・ 「図2の熱サイクル装置において,復水器Y1の廃熱Q2の一部又は全部Q3を給水予熱器Y2によりボイラ入口の復水へ移動させると共に,ボイラの入熱量を復水器Y1から移動される熱量Q3と同じだけ減少させる,即ち(Q1-Q3)とする場合,図2の熱サイクル装置の熱効率η,即ち熱サイクル装置の入熱量に対するタービンSで発生される仕事Wの割合は,仕事Wが
W=Q1-Q2…(式22)であり,熱サイクル装置の入熱量が(Q1-Q3)であるから,
η=W/(Q1-Q3)=(Q1-Q2)/(Q1-Q3)…(式23)である。」(段落【0012】)
・ 【図2】 (従来のタービンを含む熱機関,すなわちランキンサイクルを行う熱サイクル装置の基礎的な構成要素を示す配置図)
file_3.jpgYe B FQ, Fa Ne &・ 「図2の熱サイクル装置において,復水器Y1の廃熱Q2を全く利用しない,即ち,Q3=0の場合は,上述式23は,
η=(Q1-Q2)/Q1…(式24)となる。
0≦Q3≦Q2…(式18)の場合は,
η=(Q1-Q2)/(Q1-Q3)…(式25)である。式25の場合,分母が-Q3だけ小さい分だけηの値は,大きくなる。また,復水器の廃熱の全部Q2をポンプPの前又は後の復水へ移動させる場合は,Q2=Q3…(式26)であるから,η=1…(式27)となる。」(段落【0013】)
・ 「図2の熱サイクル装置において,0≦Q3≦Q2…(式18)の場合の熱サイクル装置の熱効率ηは,上記の通り,
η=(Q1-Q2)/(Q1-Q3)…(式28)であり,分母及び分子をQ1で割ると,
η=[(Q1-Q2)/Q1]/[(Q1-Q3)/Q1]…(式29)となる。これを変形すると,
η=[(Q1-Q2)/Q1]/[1-(Q3/Q1)]…(式30)であり,これに
ηs=(Q1-Q2)/Q1…(式21)を挿入すると,
η=ηs/(1-Q3/Q1)…(式32)となる。本発明は,廃熱等の利用価値の低い熱をも熱ポンプを用いて熱サイクル装置内に取り入れ,熱サイクル装置内のタービンにより動力出力を取り出す。本発明の熱サイクル装置は,タービンにより高効率で動力を取り出すため,熱クロスを用いる。復水器Y1の廃熱Q2を全部利用する場合,式27によりη=1である。」(段落【0014】)
・ 「上記式32からわかるように,タービンSの熱効率ηs,及びポンプPの前又は後の復水へ復水器Y1の廃熱から移動させる熱量Q3が決まれば,熱サイクル装置の熱効率ηが決まる。Q3が大きくなりQ1に近づくに伴い,式30の分母の(1-Q3/Q1)は小さくなるから,ηは,大きくなる。冷凍サイクル以外の熱サイクルでは,熱クロス率Q3/Q1を大きくすることは困難である。熱移動(熱クロス)させる為の高熱源と低熱源の温度差を大きくとれないからである。また冷凍サイクル以外の熱サイクルでは式27を実現できない。」(段落【0015】)
・ 「本発明の第1の特徴の熱サイクル装置は,圧縮機,タービン,熱交換器及びポンプを含む。この熱サイクル装置において,圧縮機(C)で圧縮された作動ガス(冷媒ガス)が,タービン(S)を駆動し仕事(W1)を出力した後,第1の熱交換器(7)の放熱側を通り冷却され,その後にポンプ(P)により昇圧されて高圧作動液とされ,この高圧作動液が反動水車(K)を駆動し仕事(W2)を出力すると共に膨張され,一部が蒸発する。残余の液は,第1の熱交換器(7)の吸熱側及び第2の熱交換器(8)を通り加熱され蒸発した後,少々過熱気味で圧縮機Cへ導入される(図3)。」(段落【0016】)
・ 「好適には,反動水車(K)の仕事(W2)とポンプ(P)の消費動力(L2)がほぼ相殺する大きさであり,圧縮機の駆動モータ(M1),タービン発電機(G1),ポンプ駆動モータ(M2),水車駆動発電機(G2)が電気的に結合される(図3,図5)。また第2の熱交換器(8)は,ランキンサイクルのタービン排出蒸気の廃熱を作動ガスへ移動させる復水器とすることができる(図6)。また第2の熱交換器(8)は,燃料電池の廃熱を前記作動ガスへ移動させる熱交換器とすることができる(図14)。」(段落【0017】)
・ 「本発明の第1の特徴の熱サイクル装置において,反動水車(K)を単に膨張弁(V)とすることができる(図4)。この場合,ポンプ(P)により昇圧された高圧作動液は膨張弁(V)を通り膨張され,一部が蒸発し作動ガスとされる。残余の液は,第1の熱交換器(7)及び第2の熱交換器(8)を通り加熱され蒸発した後,少々過熱気味で圧縮機Cへ導入される(図4)。図3及び図4の装置の熱サイクルが本発明の基本サイクルであり,図4の熱サイクルは図3の熱サイクルを簡略化したものである。」(段落【0018】)
・ 「本発明の第1の特徴の熱サイクル装置において,ηsをタービンの熱効率,Q1をタービン入口側の作動流体へ伝達される入熱量,Q2をタービン出口側の作動流体よりの出熱量,Q3をタービン出口側の作動流体からタービン入口側の作動流体へ移動(熱クロス)される熱量であるとすると,
熱サイクル装置の熱効率ηが,
η=(Q1-Q2)/(Q1-Q3)…(式28)
=ηs/(1-Q3/Q1)…(式32)であり,
Q3=(1~0.5)Q2である。Q3が大きくなればなるほど式28又は式32において分母が小さくなり,熱サイクル装置の熱効率ηが大きい。」(段落【0019】)
・ 「図3は,本発明の第1実施例の熱サイクル装置の配置図であり,この熱サイクル装置は,圧縮機C,凝縮器を含む冷凍機にタービンSその他を挿入した構成を有する。圧縮機Cで圧縮された作動流体(冷媒ガス)は,タービンSを駆動し仕事W1を出力した後,熱交換器7(放熱側)において冷却液化される。熱交換器7の出口に接続されるポンプPは,作動液を吸引し,タービンSの背圧を下げ,タービン出力W1を増大させると共に作動液の圧力を上昇させる。」(段落【0027】)
・ 【図3】 (本発明の第1実施例の熱サイクル装置の配置図)
file_4.jpg・ 「昇圧された作動液は,反動水車Kを駆動し仕事W2を出力すると共に,膨張弁の作用を行う反動水車Kのノズルにより膨張され蒸発し作動ガス(冷媒ガス)となる。作動ガスは,熱交換器7(吸熱側)において加熱され,更に熱交換器8で加熱された後,圧縮機Cへ導入される。」(段落【0028】)
・ 「図3の熱サイクル装置において,熱交換器7は,タービンSの排気の熱を放出させ,水車K出口の作動ガスを加熱する作用を行う。熱交換器7において,タービンSの排気は冷却され凝縮液化する。図3の熱交換器7は,タービンSの排気を冷却することによりタービンSの入口と出口の作動流体の温度差を大きくし,タービン出力を大きくする。タービンの排気からの廃熱Q1は,反動水車Kの下流の作動流体に移動(熱クロス)される。」(段落【0029】)
・ 「図3の熱サイクル装置において,熱交換器7における移動熱量をQ3,熱交換器8における外部からの吸熱量をQ4とすると,熱サイクル装置の出力(タービンSの出力)は,(L1+Q4)…(式33)となる。熱量Q3は,タービンS出口側の作動流体から圧縮機C入口側の作動流体へ移動され,熱クロスされる熱量である。」(段落【0031】)
・ 「図5は,本発明の第1実施例の熱サイクル装置における熱量の例を示す説明図であり,圧縮機Cの入力L1を1単位投入した(L1=1)場合のタービン出力W1,熱交換器7出口における熱クロスQ3,熱交換器8における外部からの取入れ熱量Q4を表示する。ヒートポンプの成績係数εhは,冷凍機成績係数+1であるから,
εh=5.4+1=6.4…(式35)である。タービンSの出力W1は,
W1=εh×ηs=6.4×0.28≒1.7…(式36)である。熱交換器7出口における熱クロス量Q3は,
Q3=6.4-1.7=4.7…(式37)である。熱交換器8における外部よりの熱吸収量Q4は,
Q4=冷凍機の成績係数-Q3…(式38)であるから,
Q4=5.4-4.7=0.7…(式39)である。」(段落【0033】)
・ 【図5】 (本発明の第1実施例の熱サイクル装置の熱量の例を示す説明図)
file_5.jpg(3) 以上によれば,本願発明は,①蒸気タービン及び蒸気タービンと冷凍機を組合せた熱サイクル装置において,蒸気タービン出口蒸気の廃熱を蒸気タービン入口の作動流体へ移動(熱クロス)させることによりタービン自体の熱効率が小さい場合にも,熱サイクル装置の熱効率を高い値とすること,②熱ポンプを用いて廃熱又は自然界の熱を作動流体へ移動させ熱サイクル装置の熱効率を向上させること,③ランキンサイクルの低温廃熱を冷凍機により高温熱出力に変換すること,④冷凍サイクルを用いて熱クロスQ3/Q1を大きくし,η=ηs/(1-Q3/Q1)…(式32)において,η=1…(式27)を実現するか,又はηをできるだけ1に近づけること,を目的とするものである。
このうち上記④の目的についてみると,ηは熱サイクル装置の熱効率,ηsはタービンの熱効率をそれぞれ表すものであり,段落【0019】の式28によれば,ηは外部から熱サイクル装置に入力される熱(Q1-Q3)に対するタービンの仕事(Q1-Q2)の割合を示すものであると理解することができるから,上記熱サイクル装置の熱効率η=1とは,
・ 熱サイクル装置に入力される熱(Q1-Q3)をすべてタービンの仕事に変換すること
・ Q2=Q3,すなわち,Q2のすべてをタービン入口側の作動流体へ移動(熱クロス)すること
を意味することになり,熱サイクル装置の外部に熱を排出することなく,外部から入力される熱(Q1-Q3)をすべて仕事に変換することを意味するものである。
そうすると,本願発明における上記④における「η=1…(式27)を実現するか,又はηをできるだけ1に近づけること」との目的とは,熱サイクル装置の外部に熱を排出することなく,入力される熱をすべて又はこれに準じる程度の高効率で仕事に変換することを意図するものであると解される。
そして,本願の請求項1に記載された熱サイクル装置の構成は,「圧縮機(C)で圧縮された作動ガスが,タービン(S)を駆動し仕事(W1)を出力した後,第1の熱交換器(7)の放熱側を通り冷却され,その後にポンプ(P)により昇圧されて高圧作動液とされ,該高圧作動液が反動水車(K)を駆動し仕事(W2)を出力すると共に膨張され蒸発し作動ガスとされ,該作動ガスが,第1の熱交換器(7)及び第2の熱交換器(8)を通り加熱された後,圧縮機(C)へ導入される熱サイクル装置」というものであるから,本願発明は,要するに,上記構成により特定される熱サイクル装置により,熱効率を高い値にすること,より具体的には,タービン出口側の作動流体からの出熱量Q2のすべてをタービン入口側の作動流体へ移動(熱クロス)し,熱サイクル装置の外部に熱を排出することなく,外部からの入力される熱(Q1-Q3)をすべて,又はこれに準じる程度の高効率で仕事に変換する,というものである。
(4) 原告の主張に対する判断
ア 取消事由1(特許法36条4項1号適用上の違法)の有無
(ア) 本願発明の目的は,前記のとおり,一定の構成を有する熱サイクル装置をもって外部から入力される熱をすべて又はこれに準じる程度の高効率で仕事に変換しようというものである。
ところで,熱をすべて動力に変換することは不可能であり(これを実現する機関はいわゆる第2種の永久機関である),技術常識である(いわゆる熱力学の第2法則)。なお,原告が,本願発明はカルノーサイクルの変換効率を満足した上でこれを実現するものである旨主張するのも,この技術常識を論理的前提とするものである。
したがって,このような技術常識に照らせば,一般的な熱サイクル装置をもってしては,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)において熱をすべて動力に変換することが不可能であることは明らかである。
(イ) そこで,本願発明における熱サイクル装置がいかなる特殊な方法により熱をすべて又はこれに準じる程度の高効率で動力に変換することを可能としているのか,本願明細書の記載を基に検討する。
a 前記に摘示した本願明細書の段落【0016】,【0019】,【0027】~【0029】,【0031】の記載によれば,本願発明は,圧縮機,タービン,熱交換器及びポンプを含む熱サイクル装置であって,圧縮機(C)で圧縮された作動ガス(冷媒ガス)が,タービン(S)を駆動し仕事(W1)を出力した後,第1の熱交換器(7)の放熱側を通り冷却され,その後にポンプ(P)により昇圧されて高圧作動液とされ,この高圧作動液が反動水車(K)を駆動し仕事(W2)を出力すると共に膨張され,一部が蒸発し,残余の液は,第1の熱交換器(7)の吸熱側及び第2の熱交換器(8)を通り加熱され蒸発した後,少々過熱気味で圧縮機Cへ導入されるもので,第1の熱交換器(7)において,タービンS出口側の作動流体の熱量Q2を圧縮機C入口側の作動流体へ熱移動(熱クロス)することで,入力される熱を仕事に変換するものである,と説明されている。
ここで,上記装置において熱をすべて又はこれに準じる程度の高効率で動力に変換することの可否についてみると,現実には,熱力学の第2法則により,入力される熱をすべて仕事に変換することはできないから,何らかの特殊な手段を講じなければ,タービンS出口側の作動流体の熱量を圧縮機C入口側の作動流体へすべて熱移動(熱クロス)した上で(熱サイクル装置の外部に熱を排出しないで)動作させることはできない。それにもかかわらず,本願明細書には,単に作動流体の熱量Q2を圧縮機C入口側の作動流体へ熱移動(熱クロス)するものとして,熱サイクル装置外への排熱を予定しておらず,また上記のような特殊な手段に関する記載も認められないから,上記装置は,熱をすべて又は一定の効率で動力に変換する以前に,そもそも作動しないといわざるを得ない。
そうすると,本願発明の構成によりいかにして熱サイクル装置の外部に熱を排出することなく,外部からの入力される熱(Q1-Q3)をすべて又はこれに準じる程度の高効率で仕事に変換するのかについて,具体的な説明がなされていないということになる。
また,本願明細書の段落【0033】の記載及び図5によれば,第1の熱交換器7において,タービンS出口側の作動流体の熱量を圧縮機C入口側の作動流体へすべて熱移動(熱クロス・Q2=Q3)しており,これにより熱サイクル装置に外部から入力される熱(Q4)をすべて仕事W1に変換しようとするものであると理解することができる。
しかし,これらの記載は,タービンS出口側の作動流体の熱量を圧縮機C入口側の作動流体へすべて熱移動(熱クロス)するとの仮定の下,入力される熱量,出力される熱量,移動する熱量について当てはめたものにすぎない。上記のとおり,現実には,熱力学の第2法則により,何らかの特殊な手段を講じなければ,タービンS出口側の作動流体の熱量を圧縮機C入口側の作動流体へすべて熱移動(熱クロス)した上で動作させることはできないと考えられるにもかかわらず,図5に開示された熱サイクル装置にそれを実現し得るような特殊な手段は認められない。
なお,段落【0033】の式36は,タービン効率ηsとヒートポンプの成績係数εhの積を用いることにより,タービン出力W1を導き出しているものと解されるところ,およそ性質の異なる指標であるヒートポンプの成績係数εhを,タービン効率ηsに単に乗ずることにより,なぜタービン出力を導出できるのか熱力学的に明らかでないから,本願明細書の発明の詳細な説明の記載上,このような計算方法が熱力学の技術常識に適合した適切なものであると当業者が理解できる程度の説明がなされているとはいえない。
以上によれば,本願明細書の発明の詳細な説明において,入力される熱をすべて又はこれに準じる程度の高効率で仕事に変換する原理について当業者が理解できる程度に理論的に説明されているとは認められない。
b また,実験的観点から本願発明の原理が説明されているかについてみると,本願明細書の段落【0033】では,式36に基づき,圧縮機Cに入力L1を1単位投入した場合(L1=1)のタービン出力W1,第1の熱交換器7出口における熱クロスQ3,第2の熱交換器8における外部からの取入れ熱量Q4を導出する。
この点,本願明細書の段落【0006】における,「…ヒートポンプの成績係数εhは,冷凍機成績係数+1であるから,εh=5.4+1=6.4…(式11)である。」との記載に鑑みれば,式36に導入したヒートポンプの成績係数の具体的数値は,図5に係る装置を実際に作動させたときの具体的数値ではなく,図1に係る冷凍サイクル装置における具体的数値と理解することができる。
しかし,図5に係る実施例も熱交換器を2つ(熱交換器7及び8)備えるものである点で図1に係る冷凍サイクル装置と類似するが,図1に係る冷凍サイクル装置は膨張弁Vの上流側と下流側にそれぞれ動作温度の異なる2つの熱交換器(高温側で熱を放出する熱交換器7及び低温側で熱を吸収する熱交換器8)を備えるものであるのに対し,図5に係る実施例においては,膨張弁Vを代替すると解される「水車K」の上流側と下流側とを熱交換器7の放熱側と吸熱側とに接続され,さらに熱交換器7を出た作動流体は,その後熱交換器8に導かれ外部から熱を吸収するものである。図5に係る実施例において,「水車K」の上流側と下流側とが熱交換器7の放熱側と吸熱側に接続されているものであるから,これを通過する作動流体は,右側の流体通路では「放熱」し,左側の流体通路では「吸熱」するものである。これに対し,図1に係る冷凍サイクル装置の備える熱交換器7は,高温の作動流体が外部に対し熱量を「放熱」のみ行うものであり,図5に係る実施例の備える熱交換器7とは熱移動の状態が異なるものであり,両者を同列に論じることはできない。
そうすると,上記式36は,前提の異なる装置における具体的数値をそのまま利用する点において妥当ではなく,実験的にみても本願発明の原理が説明されているということはできない。
c 以上によれば,本願明細書の発明の詳細な説明は,外部から入力される熱をすべて又はこれに準じる程度の高効率で仕事に変換する原理に関し,理論的にも実験的にも,当業者が実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものであるとはいえない。
(ウ)a 以上に対し原告は,本願発明は,熱を100%の変換効率で動力に変換すること,タービン効率と冷凍機の成績係数により熱効率を数式化・数値化したこと等に技術的特徴があり,これらの点において文献的な利用価値が高く,高度な技術的思想であるから,これにより改良発明の創作が促進され,技術の累積的進歩による産業の発展を図ることが可能となるにもかかわらず,審決が,相対的に利用価値が低い本願発明の実施上の利用に関する記載にのみ36条4項を適用して特許性を否定したことは,「…技術的思想のうち高度のもの」(特許法2条)である発明の「…保護及び利用を図ることにより,発明を奨励し,もって産業の発達に寄与する」(同1条)ことを目的とする特許法1条,2条に違反する旨主張する。
しかし,特許法等の定める日本の特許制度は,発明をした者にその実施につき独占的権利を付与する代わりにその内容を社会に公開するというものであるから,その制度の趣旨に照らして考えると,その技術内容は,当該の技術分野における通常の知識を有する者(当業者)が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていなければならないものと解されるところ(最高裁昭和52年10月13日第一小法廷判決・民集31巻6号805頁参照),前記のとおり,本願発明は技術常識に照らして実現不可能とされる事項を内容とするにもかかわらず,本願明細書の発明の詳細な説明は,理論的・実験的に,当業者がこれを実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものであるといえないのであるから,当業者が本願発明を理論的又は実験的基礎として新たな発明をすることもまた,不可能というべきである。
したがって,これを前提とする原告の上記主張は採用することができない。
b また原告は,本願発明を基礎に他者によって発明がなされた場合,当該発明は本願発明の技術思想を実用化した点で本願発明を実施上利用したものに当たるところ,文献的に利用価値が高く高度な本願発明が特許を受けることができないのに本願発明の実施上の利用に当たる後の発明が特許を受けることは衡平を欠くとも主張する。
しかし,いかなる技術思想に特許権を付与するかは特許法等による立法政策の問題であるところ,日本特許法の解釈として上記のとおり原告の技術思想を特許権として保護することはできないのであるから,仮に上記技術思想の範囲内で形式的には本願発明に類する発明が将来なされたとしても,その理由をもって本願発明につき特許権を付与しなければならない理由となるものではない。したがって,原告の上記主張も採用することができない。
イ 取消事由2(適用違憲)の有無
原告の主張は,要するに,本願発明の文献的な利用度の大きさないし高度性に鑑みれば,将来本願発明を基礎に第三者が発明をした場合,これを原告が争えないことは原告の裁判を受ける権利を害することになるから,このような争訟を可能とするため,将来あり得る発明との関係で本願発明に高度性が認められる限度で特許査定をする旨の条件を付すべきであって,そのような条件を付さないことは憲法に違反する,というものである。
しかし,上記のとおり原告が主張する文献的な利用価値ないし高度性自体,これを肯定することができないのであるから,原告主張の憲法問題が生ずる余地はなく,原告の上記主張は前提を欠くというべきである。
その他,本件記録を精査しても,審決に原告の裁判を受ける権利の侵害その他の憲法違反があったことを認めるべき事情は存しない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
3 結論
以上によれば,原告主張の取消事由はすべて理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 森義之 裁判官 澁谷勝海)