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知財高等裁判所 平成21年(行ケ)10063号 判決 2009年11月10日

原告

株式会社日立製作所

訴訟代理人弁護士

飯田秀郷

隈部泰正

訴訟代理人弁理士

沼形義彰

西川正俊

被告

株式会社安川電機

訴訟代理人弁護士

松尾和子

訴訟代理人弁理士

大塚文昭

竹内英人

近藤直樹

訴訟代理人弁護士

高石秀樹

奥村直樹

訴訟代理人弁理士

那須威夫

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2005-80360号事件について平成21年2月6日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

1  原告は,後記特許(特許第2580101号,発明の名称「誘導電動機制御システムの制御演算定数設定方法」,出願日昭和59年3月2日,登録日平成8年11月21日,発明の数1)の特許権者であるところ,被告から平成17年12月20日付けで上記発明につき特許無効審判請求がなされた。

本件は,下記経緯を辿った上記請求に関し,特許庁が平成21年2月6日付けでなした第3次審決(訂正を認め,特許を無効とすることを内容とするもの)につき,原告がその取消しを求めた事案である。

・ 平成18年6月8日  第1次審決(無効成立)

・ 同18年11月17日  特許法181条2項による審決取消決定(知財高裁平成18年(行ケ)第10326号)

・ 同18年12月18日  訂正請求(第1次訂正)

・ 同19年6月12日  第2次審決(無効不成立)

・ 同20年4月28日  審決取消し判決(知財高裁平成19年(行ケ)第10261号,第1次判決〔確定〕)

・ 同20年6月18日  訂正請求(本件訂正)

・ 同21年2月6日  第3次審決(無効成立)

2  争点は,本件訂正後の本件特許発明が下記文献との関係で,進歩性を有するか(特許法29条2項),である。

文献:特開昭57-79469号公報(発明の名称「非同期機の固定子抵抗,主インダクタンス漏れインダクタンスに対するパラメータ値検出装置」,出願人シーメンス・アクチエンゲゼルシャフト,公開日昭和57年5月18日,甲3。以下,そこに記載された発明を「甲3発明」という。)

第3当事者の主張

1  請求原因

(1)  特許庁等における手続の経緯

ア 原告は,昭和59年3月2日の特許出願(特願昭59-38582号)に基づき,平成8年11月21日,特許第2580101号として設定登録を受けた(発明の名称「誘導電動機制御システムの制御演算定数設定方法」,発明の数1〔ただし,請求項1ないし6に分説されている〕,特許公報は甲1。以下「本件特許」という。)。

イ その後平成17年12月20日に至り,被告から上記発明につき特許無効審判請求がされたので,特許庁は,同請求を無効2005-80360号事件として審理した上,平成18年6月8日,「特許第2580101号発明についての特許を無効とする。」旨の審決(第1次審決)をした。

これに不服の原告は,その取消しを求める訴訟を提起した(当庁平成18年(行ケ)第10326号)ところ,知的財産高等裁判所は,平成18年11月17日,特許法181条2項に基づき第1次審決を取り消す旨の決定をした。

ウ 上記決定により,特許庁において再び無効2005-80360号事件が審理されるところとなり,その中で原告は平成18年12月18日付けで訂正請求(以下「第1次訂正」という)をしたところ,特許庁は,平成19年6月12日,「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」旨の審決(第2次審決,甲11)をした。

これに不服の被告は,その取消しを求める訴訟を提起した(当庁平成19年(行ケ)第10261号)ところ,知的財産高等裁判所は,平成20年4月28日,「特許庁が無効2005-80360号事件について平成19年6月12日にした審決を取り消す。」旨の判決をし(第1次判決),この判決は確定した。

エ 上記判決により,再び特許庁において無効2005-80360号事件が審理されるところとなり,その中で原告は平成20年6月18日付けで訂正請求(以下「本件訂正」という。乙9)をしたところ,特許庁は,平成21年2月6日,「訂正を認める。特許第2580101号の特許請求の範囲に記載された発明についての特許を無効とする。」旨の審決(第3次審決)をし,同審決は平成21年2月18日に原告に送達された。

(2)  発明の内容

本件特許の登録時の発明の数は1であり,これが請求項1ないし6に分説されているが,そのうち請求項1として記載されている内容は,次のとおりである。

ア 設定登録時(平成8年11月21日)のもの

「誘導電動機に可変電圧可変周波数の交流を出力する変換器と,該変換器の出力量を制御して前記電動機を駆動する制御装置を備えた誘導電動機制御システムにおいて,

前記制御装置に前記電動機の電動機定数を測定演算する電動機定数演算手段を含み,

実運転前に,前記演算手段から前記制御装置に前記電動機の一つの定数の測定条件に応じた指令信号を出力し,該指令信号に従い前記制御装置により前記変換器の出力量を制御し,前記電動機に交流あるいは直流を供給し,その際における前記変換器の出力量を前記演算手段に入力し,該入力した出力量に基づいて前記演算手段により前記電動機の電動機定数を測定演算し,

この演算された電動機定数に基づいて前記制御装置の制御演算定数を設定することを特徴とする誘導電動機制御システムの制御演算定数設定方法。」

イ 第1次訂正時(平成18年12月18日)のもの(下線は訂正部分)

「誘導電動機に可変電圧可変周波数の交流を出力する変換器と,該変換器の出力量を制御して前記電動機をベクトル制御する制御装置を備えた誘導電動機制御システムにおいて,

前記制御装置に前記電動機の電動機定数を測定演算する電動機定数演算手段を含み,

前記電動機をベクトル制御する前に,前記演算手段から前記制御装置に前記電動機の一つの定数の測定条件に応じた回転停止となる指令信号を出力し,該指令信号に従い前記制御装置により前記変換器の出力量を制御し,前記電動機に交流あるいは直流を供給し,その際における前記変換器の前記測定条件下における出力量を前記演算手段に入力し,該入力した前記出力量に基づいて前記演算手段により前記電動機の電動機定数を測定演算し,

この演算された電動機定数に基づいて前記制御装置の制御演算定数を設定することを特徴とする誘導電動機制御システムの制御演算定数設定方法。」

ウ 本件訂正(下線部は設定登録時からの訂正部分。以下「本件特許発明」という。)。

「誘導電動機に可変電圧可変周波数の交流を出力する変換器と,該変換器の出力量を制御して前記電動機をベクトル制御する制御装置を備えた誘導電動機制御システムにおいて,

前記制御装置に,前記電動機をベクトル制御する前にベクトル制御の指令信号に代えて複数の電動機定数の測定条件にそれぞれ制御するために予め定めた指令信号を出力して,前記電動機の電動機定数を測定演算する電動機定数演算手段を含み,

前記電動機をベクトル制御する前に,前記演算手段から前記制御装置に前記電動機の前記複数の電動機定数の一つの定数の測定条件に応じた回転停止となる前記予め定めた指令信号を前記測定条件毎に出力し,該指令信号に従い前記制御装置により前記変換器の出力量を制御し,前記電動機に交流あるいは直流を供給し,その際における前記変換器の前記測定条件下における出力量を前記演算手段に入力し,該入力した前記出力量に基づいて前記演算手段により前記電動機の電動機定数をそれぞれ測定演算し,

この演算された電動機定数に基づいて前記制御装置の制御演算定数を設定することを特徴とする誘導電動機制御システムの制御演算定数設定方法。」

(3)  審決の内容

ア 審決の内容は別添審決写し記載のとおりである。その理由の要点は,本件訂正は適法であるとした上,本件特許発明は,甲3発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたから特許法29条2項により特許を受けることができない,とするものである。

イ なお審決は,上記判断をするに当たり,甲3発明の内容,同発明と本件特許発明との一致点及び相違点を,次のとおり認定した。

<甲3発明の内容>

「非同期機に給電するインバータと,該インバータを制御して前記非同期機を磁界オリエンテーション制御するインバータの制御装置を備えた装置において,

前記非同期機の通常運転を開始する前に固定子抵抗,主インダクタンス,漏れインダクタンスのうち決定すべきパラメータ値に対応してそれぞれ運転すると共に,前記非同期機のパラメータ値を測定演算する測定演算手段を備え,

前記非同期機の通常運転を開始する前に,固定子抵抗,漏れインダクタンスのうち決定すべきパラメータ値を検出するために固定子周波数が静止,もしくは回転子が拘束されるように決定すべきパラメータ値に対応して制御し,前記測定演算手段の出力端に出力される指令信号により前記インバータを制御し,前記非同期機の固定子周波数が静止,もしくは回転子が拘束されているときで固定子周波数が高いときに,その際における前記インバータの前記決定すべきパラメータ値に対応する固定子電圧及び固定子電流を前記測定演算手段に入力し,該入力した前記固定子電圧及び固定子電流に基づいて前記測定演算手段により前記非同期機のパラメータをそれぞれ測定演算する,

非同期機のパラメータ測定方法。」

<一致点>

本件特許発明と甲3発明は,いずれも

「誘導電動機に可変電圧可変周波数の交流を出力する変換器と,該変換器の出力量を制御して前記電動機をベクトル制御する制御装置を備えた誘導電動機制御システムにおいて,

前記電動機をベクトル制御する前に複数の電動機定数の測定条件にそれぞれ制御するために指令信号を出力して,前記電動機の電動機定数を測定演算する電動機定数演算手段を有し,

前記電動機をベクトル制御する前に,前記電動機の前記複数の電動機定数の一つの定数の測定条件に応じた回転停止となる指令信号を前記測定条件毎に出力し,該指令信号に従い前記変換器の出力量を制御し,前記電動機に交流あるいは直流を供給し,その際における前記変換器の前記測定条件下における出力量を前記測定演算手段に入力し,該入力した前記出力量に基づいて前記演算手段により前記電動機の電動機定数をそれぞれ測定演算する,

電動機定数測定方法。」である点で一致する。

<相違点1>

本件特許発明ではベクトル制御する「制御装置に」,電動機をベクトル制御する前に「ベクトル制御の指令信号に代えて」複数の電動機定数の測定条件にそれぞれ制御するために「予め定めた」指令信号を出力して,前記電動機の電動機定数を測定演算する電動機定数演算手段を「含み」と特定されているのに対し,甲3発明ではかかる特定はなされていない点。

<相違点2>

回転停止となるように測定条件毎に行う制御に関し,本件特許発明では「(電動機定数)演算手段から(ベクトル制御する)制御装置に」指令信号を出力し,該指令信号に従い「前記制御装置により」変換器の出力量を制御しているのに対し,甲3発明ではかかる特定はなされていない点。

<相違点3>

本件特許発明では「この演算された電動機定数に基づいて制御装置の制御演算定数を設定する誘導電動機制御システムの制御演算定数設定」方法であるのに対し,甲3発明ではかかる特定はなされていない点。

(4)  審決の取消事由

しかしながら,審決には以下に述べるような誤りがあるから,審決は違法として取り消されるべきである。

ア 取消事由1(甲3発明認定の誤り)

(ア) 甲3の第6図の出力端の出力は,指令信号に何らの影響を与えないものであること

a 甲3発明のオフラインチューニングにおいて,回転子が回転停止の状態で固定子抵抗を測定演算する際に,回転停止となる条件設定は想定されるものの,少なくともこの条件設定のための指令信号は,(ベクトル制御する)制御装置から出力されて誘導電動機に直流を供給するようにすることができるのであって,甲3の第6図(FIG6)の出力端26及び27の信号i’φ1及びi’φ2は,たとえ正確に磁束の方向(γ軸)とd軸が一致して正確な電流検出値であるとしても,それはあくまでも電流値(大きさ)であって,周波数指令(直流電流出力指令)ではない。つまり,電流検出値(大きさの信号)であるi’φ1及びi’φ2をもって回転停止の指令信号とすることはできない。

このときの甲3の第6図の出力端26及び27の信号i’φ1及びi’φ2が回転停止の指令信号の一部になるかを検討すると,甲3の第6図の出力端26及び27の信号i’φ1及びi’φ2が磁界オリエンテーションのための電流フィードバック信号としてフィードバックされると,指令信号(周波数指令信号ωr*と周波数フィードバック信号file_2.jpgとから発生されるトルク電流指令iT*及び磁化電流指令iM*)と,この電流フィードバック信号との差分がなくなるように電圧指令(VT,VM)が出力されることになる。

甲3の第6図の出力端26及び27の信号i’φ1及びi’φ2は,設定されたパラメータ値(rs’)が順次”真の”回転子パラメータrsに補正されていくため,この補正に応じて順次”真の”信号iφ1及びiφ2に修正されるが,このことは,当初の設定されたパラメータ値(rs’)に基づく信号i’φ1及びi’φ2が不正確であることを意味する。このため,不正確な電流フィードバック信号をフィードバックしてしまうと,誘導電動機に流れる電流・電圧・周波数・位相は,この不正確な電流フィードバック信号に基づいて制御されてしまい,甲3発明の動作の前提が崩壊し,その意図した正確な固定子抵抗を測定演算できなくなってしまう。

さらに,甲3の第6図において,ベクトルe’=0となった場合,このベクトルe’を入力とするベクトルアナライザ13の出力は不定となり(両軸ベクトル成分がそれぞれ0であるとき,そのベクトルの角度は定義できない),変換回路14の出力i’φ1,i’φ2も不定となる。そして,この不定となった変換回路14の出力i’φ1,i’φ2をフィードバック信号として生成されるベクトルu,iも不定となる。したがって,不定であるベクトルu,iによって調整される固定子抵抗は不正確なものとなってしまい,正確な固定子抵抗の測定演算はできなくなってしまう。

つまり,甲3発明において,磁界オリエンテーション制御(ベクトル制御)をする前に,固定子抵抗を測定する場合,その出力端26及び27の信号i’φ1及びi’φ2を電流フィードバック信号として制御装置に対して出力して指令信号の一部とすることはできない。

b 甲3発明のオフラインチューニングにおいて,漏れインダクタンスを測定演算する際については,平成20年4月28日になされた第1次判決は何も審理判断していないから,行訴法33条の規定により同判決が特許庁(審判合議体)を何ら拘束するものではない。

オフラインチューニングにより漏れインダクタンスを測定演算するときの甲3の第6図の出力端26及び27の出力は,回転子が拘束装置により物理的に拘束されている結果としての出力にすぎない。また,その出力は電流の大きさに関する出力であって,周波数の情報を含まないものである。甲3発明のオフラインチューニングによる漏れインダクタンスの測定条件は,高速で回転子が回転するような指令信号(変換器の出力電流の大きさ,周波数及び位相等を制御するための情報からなる)が発生し,かつ,回転子を物理的に回転しないように拘束することであるから,甲3の第6図の出力端26及び27の出力によって,このような条件を設定することは不可能である。

では,甲3発明のオフラインチューニングによる漏れインダクタンスの測定の際,甲3の第6図の出力端26及び27の出力をもって,指令信号の一部になるか検討する。

前記オフラインチューニングによる固定子抵抗の測定演算の場合と同様に,設定したパラメータ値xσ’は,”真の”パラメータ値xσとは異なり,甲3発明の動作により順次補正されて”真の”パラメータ値xσに近づき,これに伴い甲3の第6図の出力端26及び27の出力も順次”真の”信号iφ1及びiφ2に修正される。しかし,この出力端26及び27の出力は当初不正確であるから,この不正確な電流フィードバック信号が制御装置に入力されると,制御装置はこの不正確な電流フィードバック信号に基づいて制御をしようとするから,甲3発明の動作の前提が崩壊し,その意図した正確な漏れインダクタンスを測定演算できなくなってしまう。

つまり,甲3発明において磁界オリエンテーション制御(ベクトル制御)をする前に漏れインダクタンスを測定する場合,その出力端26及び27の信号i’φ1及びi’φ2を電流フィードバック信号として制御装置に対して出力して指令信号の一部とすることはできない。

c そうすると,甲3発明は,審決が認定した「前記非同期機の通常運転を開始する前に,…前記測定演算手段の出力端に出力される指令信号により前記インバータを制御」する(上記(3)イの甲3発明の内容)ものではない。

(イ) 甲3における短絡試験とは,回転子を物理的に拘束する拘束試験であること

誘導電動機に固定子電流として高い周波数の三相交流が供給されると,回転子は回転状態となるため,短絡試験をするためには,上記のように,別途用意する拘束装置によって,回転子を物理的に拘束する必要がある。この場合に,仮に制御装置からインバータへ何らかの指令信号を発するとしても,誘導電動機が回転する指令信号としての高周波数の交流指令信号である。拘束装置による拘束をしなければ回転子は回転する。

このため,甲3発明について,回転子が拘束されるように指令信号により前記インバータを制御するものであるとした審決の認定,具体的には,「…回転子が拘束されるように決定すべきパラメータ値に対応して制御し,…もしくは回転子が拘束されているときで固定子周波数が高いときに,その際における前記インバータの前記決定すべきパラメータ値」に対応する固定子電圧及び固定子電流を前記測定演算手段に入力し…(20頁32行~末行)とした認定は,拘束装置による拘束である旨が記載されておらず,誤りである。

(ウ) 認定されるべき甲3発明

上記(ア),(イ)によれば,甲3発明の内容は,次のように認定されるべきである。

「非同期機に給電するインバータと,該インバータを制御して前記非同期機を磁界オリエンテーション制御するインバータの制御装置を備えた装置において,

前記非同期機の通常運転を開始する前に固定子抵抗,漏れインダクタンスのうち決定すべきパラメータ値に対応してそれぞれ運転すると共に,前記非同期機のパラメータ値を測定演算する測定演算手段を備え,

前記非同期機の通常運転を開始する前に,固定子抵抗,漏れインダクタンスのうち決定すべきパラメータ値を検出するために当該パラメータ値に対応して前記非同期機の固定子周波数が静止したとき,もしくは回転子が拘束装置により拘束されているときで固定子周波数が高いときに,その際における前記インバータの前記決定すべきパラメータ値に対応する固定子電圧及び固定子電流を前記測定演算手段に入力し,該入力した前記固定子電圧及び固定子電流に基づいて前記測定演算手段により前記非同期機のパラメータをそれぞれ測定演算する,

非同期機のパラメータ測定方法。」

(エ) 認定されるべき本件特許発明と甲3発明との一致点と相違点

以上を踏まえると,本件特許発明と甲3発明との一致点と相違点は,次のように認定されるべきである。

<一致点>

「誘導電動機に可変電圧可変周波数の交流を出力する変換器と,該変換器の出力量を制御して前記電動機をベクトル制御する制御装置を備えた誘導電動機制御システムにおいて,

前記電動機をベクトル制御する前に複数の電動機定数である固定子抵抗及び漏れインダクタンスの測定条件を設定する装置と,前記電動機の電動機定数を測定演算する電動機定数演算手段を有し,

前記電動機をベクトル制御する前に,前記電動機の前記複数の電動機定数の一つの定数の測定条件に応じた回転停止となるようにし,

前記電動機に交流あるいは直流を供給し,その際における前記変換器の前記測定条件下における出力量を前記測定演算手段に入力し,該入力した前記出力量に基づいて前記演算手段により前記電動機の電動機定数をそれぞれ測定演算する,

電動機定数測定方法。」

<相違点1>

制御装置と電動機定数演算手段との関係について,本件特許発明ではベクトル制御する「制御装置に」,電動機をベクトル制御する前に「ベクトル制御の指令信号に代えて」複数の電動機定数の測定条件にそれぞれ制御するために「予め定めた」指令信号を出力して,前記電動機の電動機定数を測定演算する電動機定数演算手段を「含み」と特定されているのに対し,甲3発明ではかかる特定はなされていない点。

<相違点2>

測定条件の設定に関し,本件特許発明では「(電動機定数)演算手段から(ベクトル制御する)制御装置に」複数の電動機定数の一つの定数の測定条件に応じた回転停止となる予め定めた「指令信号を測定条件毎に出力し,該指令信号に従い制御装置により変換器の出力量を制御」するのに対し,甲3発明では,固定子抵抗の測定条件の設定に関しては回転停止となる条件設定は想定されるものの,少なくともこの条件設定のための指令信号は(ベクトル制御する)制御装置から変換器に出力していて「(電動機定数)演算手段」から出力されておらず,漏れインダクタンスの測定条件の設定に関しては,回転子を高速回転させる適宜の指令信号が制御装置から変換器に出力されるとともに,回転子の回転を物理的に拘束する拘束手段によって回転子の回転を停止させている点。

<相違点3>

本件特許発明では「この演算された電動機定数に基づいて制御装置の制御演算定数を設定する誘導電動機制御システムの制御演算定数設定」方法であるのに対し,甲3発明ではかかる特定はなされていない点。

(オ) 甲3発明認定の誤り(一致点と相違点の認定の誤り)が進歩性判断に影響すること

上記のとおり相違点2を認定すべきことを前提とすると,甲3発明から本件特許発明に至るためには,甲3発明のオフラインチューニングにおける拘束装置を用いた漏れインダクタンスの測定演算に代えて,ベクトル制御装置(磁界オリエンテーションシステム)から,回転停止となる指令信号を出力して誘導電動機を回転停止するように制御し,その際における変換器(インバータ)の出力量を演算装置に入力して演算するようにしなければならない。

しかし,かかる構成とすることは,当業者の単なる設計事項として自明であるとすることは到底できず,このような内容を記載したり示唆したりする証拠はないから,上記のとおり認定すべき相違点2の存在にもかかわらず,甲3発明から当業者が容易に想到できたとすることはできない。

したがって,審決が甲3発明の認定を誤り,ひいては本件特許発明との一致点及び相違点の認定を誤ったことが,本件特許発明についての進歩性判断に影響することは明らかであり,審決は取り消されるべきである。

イ 取消事由2(相違点1・2に関する判断の誤り)

(ア) 審決が認定した相違点1は,ベクトル制御する制御装置に電動機定数演算手段を含ませるか否かというものであるが,ベクトル制御する制御装置に電動機定数演算手段を含ませるということは,電動機定数演算手段からの出力信号(甲3の第6図の出力端子26,27からの出力信号)が,ベクトル制御する制御装置の指令信号の一部になる,ということと同義である。また,相違点2は,指令信号が演算手段から制御装置に対して出力されているか否かというものであるから,結局,両者とも同じ相違点を別の観点からいっていることになる。

(イ) オフラインチューニング(回転停止)による固定子抵抗又は漏れインダクタンスの測定演算時の,甲3の第6図の出力端子26,27からの出力信号は,電流フィードバック信号として制御装置にフィードバックされる。磁界オリエンテーションのシステムに電流フィードバック信号がフィードバックされると,指令信号(周波数指令信号ωr*と周波数フィードバック信号とから発生されるトルク電流指令iT*及び磁化電流指令iM*)と,こfile_3.jpgの電流フィードバック信号との差分がなくなるように電圧指令(VT,VM)が出力される。

不正確な電流フィードバック信号をフィードバックしてしまうと,誘導電動機に流れる電流・電圧・周波数・位相は,この不正確な電流フィードバック信号に基づいて制御されてしまい,甲3発明の動作の前提が崩壊し,その意図した正確な固定子抵抗・漏れインダクタンスを測定演算できなくなってしまう。

当業者は,オフラインチューニングにおいて固定子抵抗・漏れインダクタンスの測定演算の際には,甲3の第6図の出力端26及び27の信号i’φ1及びi’φ2を指令信号の一部とすることは避けざるを得ないのであり,適用の阻害要因がある。

(ウ) 審決は,「…実運転前とは電動機をベクトル制御する前であり,かつ,その指令信号はベクトル制御の指令信号に代えて複数の電動機定数の測定条件にそれぞれ制御するために予め定めた指令信号となることは『2.(2)』で述べたとおり自明の事項にすぎない。」(24頁13行~16行)としたが,甲3発明においてこれを自明とする論拠はない。

また第1次判決では,甲3の第6図に記載された端子26,27からのi’φ1及びi’φ2という信号が,ベクトル制御においてはインバータの指令信号の一部となることが認定されているところ,ベクトル制御においてはインバータの指令信号の一部となるとしても,ベクトル制御中の第6図の端子26,27からのi’φ1及びi’φ2という信号は,誘導電動機の磁化電流iMおよびトルク電流iTに相当するから,この信号自体をインバータの指令信号そのものにすることはできない。

(エ) 以上のとおり審決が認定した相違点1及び相違点2は,甲3発明において,甲3の第6図の出力端26,27の出力信号(演算装置からの出力信号)を,固定子抵抗および漏れインダクタンスの測定条件である回転停止の指令信号とするため,制御装置にフィードバックするように構成することができるか否かに関するものであるところ,甲3発明においてこのようにフィードバックする構成とすると,オフラインチューニングにおいて固定子抵抗,漏れインダクタンスの測定演算ができなくなる不都合があり,このような構成とすることには技術的な阻害要因がある。

審決は,このような阻害要因を考慮せず,甲3のオンラインチューニング時における磁界オリエンテーション制御においてフィードバック信号とすることができる旨の記載に基づき,当業者の設計事項であるとして容易想到であるとした判断は違法であり,審決の結論に影響を及ぼすものである。

ウ 被告の主張に対する反論

被告は,審決が被告の主張に係る無効理由1(要旨変更補正に基づく無効理由)を否定したのは誤りであり,この点は第1次判決の拘束力に触れるものではなく,無効理由1は理由があるから,結局原告の請求は棄却されるべきものである旨主張する。

しかし,審決は無効理由2である甲3発明との対比により本件特許発明は進歩性欠如であると判断したものであるから,無効理由1の適否は,無効理由2の判断の違法にも,また,無効理由2に基づく「無効」という結論についても何らの影響がないことは明らかである。

すなわち被告は,平成5年8月10日付け手続補正(甲2の2)により出力電圧を直接的に制御して測定する態様を含むことになり,それが要旨変更に当たると主張したものであるところ,先の第1次判決は,被告が要旨変更の理由である「出力電圧を直接的に制御して測定する態様を含むことになる」との認識が誤りである,つまり,被告主張の理由によっては要旨変更にならないことを明確に判断しているものであるから,要旨変更の有無について第1次判決が判断していないとすることはできない。

被告の主張は,第1次判決が採用することができないとした「補正後の『変換器の出力量』を制御装置が直接に制御する対象とすることを前提とする」主張にほかならず,失当であるとともに,内容的にも誤りである。

2  請求原因に対する認否

請求の原因(1)ないし(3)の各事実はいずれも認めるが,(4)は争う。

3  被告の反論・主張

(1)  本件特許発明には独立特許要件がないこと。

ア 本件訂正において新たに追加された構成要件は,前記第3,1(2)イのとおり,誘導電動機制御システムにおいて,「前記制御装置に,…ベクトル制御の指令信号に代えて複数の電動機定数の測定条件にそれぞれ制御するために予め定めた指令信号を出力し…回転停止となる前記予め定めた指令信号を前記測定条件毎に出力し,…電動機定数をそれぞれ測定演算し…を特徴とする…制御演算定数設定方法」ということである。しかし,上記の構成において,「複数の」及び「それぞれ」を除く記載によって規定される方法は,第1次判決において甲3の記載に基づき容易に発明できたものであると認定された方法に他ならない(第1次判決〔乙1〕67頁下6行,80頁5行~81頁2行)。

すなわち,本件訂正後の本件特許発明は,平成20年4月28日になされた第1次判決において甲3に基づき容易想到であると認定した訂正発明に対し,測定する電動機定数が「複数」であるという要件を追加したにすぎない。すなわち,本件特許発明は,上記訂正発明に対して,演算測定される電動機定数が複数であると規定しただけであり,測定される電動機定数は具体的に特定されておらず,回転停止且つ測定可能な指令信号の特徴も何ら特定されていない。つまり本件特許発明は,上記訂正発明において演算測定される「電動機定数」に関し,単に「複数」という用語を付加して「複数の電動機定数」としたにすぎない。

しかし,甲3には,1次抵抗の測定の他に漏れインダクタンスの測定も記載されており,かつ,漏れインダクタンスの測定が回転停止条件のもとで行われることも記載されている。さらに,ベクトル制御インバータ装置においては複数の電動機定数を制御定数として設定する必要のあることは当業者には技術常識であり(甲2の1,当初明細書〔公開特許公報〕1頁左欄末行~右欄8行),そのためには複数の電動機定数を測定する必要のあることも自明である(甲3,15頁右下欄4行~16頁右下欄5行,甲5)から,これらを考慮すると,これだけの限定事項の付加で,発明の容易推考性が否定されることになるとは考えられない。すなわち,本件訂正において追加された要件は,当業者がその技術常識から容易に想到できる当たり前の事項にすぎない。

以上の通り,本件訂正における追加訂正事項は,甲3に基づき当業者が容易に想到し得た事項である。

イ これを詳細に説明すると,まず「1次抵抗r1」の測定条件に,それぞれ制御するために予め定めた…回転停止となる前記予め定めた指令信号を前記測定条件毎に出力することに関し,この要件が当業者にとって容易に想到できた事項であることは,第1次判決が認定・判断したとおりである(乙1,80頁5行~16行)。すなわち,甲3には,固定子抵抗rSの測定条件として固定子周波数が静止している条件を予め設定すること,つまり,予め定めた「固定子周波数が静止」(本件特許発明におけるω1=0)という「回転停止」となる条件設定を行うことが記載されている(甲3,16頁右上欄16行~左下欄5行)とともに,ω1=0の条件に近接する予め定めた下部周波数領域において「固定子抵抗を予め設定するためには,e’j1=0となるまで,パラメータ値rs’が変わらねばならない。」ことも記載されている(甲3,15頁右下欄11行~19行)から,「回転停止となる予め定めた指令信号を出力」する手段が開示されている。

また,甲3には,1次抵抗の測定の他に漏れインダクタンスの測定に関する記載もある。そして,漏れインダクタンスの測定を停止条件のもとで行うことも記載されている。この測定条件にそれぞれ制御するために予め定めた…回転停止となる前記予め定めた指令信号を前記測定条件毎に出力することは,甲3に記載された範囲であり,仮にそうでないとしても,当業者が容易に想到し得る事項である。以下その理由を説明する。

甲3の16頁左上欄には,「漏れインダクタンス」の演算測定を,「非同期機の通常運転を開始する前に短絡試験により検出する」ことが記載されており(8,9行),固定子電流が予め定めた「高い周波数(特に定格周波数の50%以上)」で運転している間,回転子は拘束されると記載されている(10行~12行)。

ここで,甲3記載の漏れインダクタンスの測定が回転停止の状態で行われていることに疑問の余地はない。そして,甲3では,この回転停止状態に関し,「回転子は,固定子電流が高い周波数(特に定格周波数の50%以上)で運転している間拘束される。」と記載されている。この記載において,「高い周波数(特に定格周波数の50%以上)」は,回転停止の条件を作り出す指令信号の一種と理解することができ,「拘束」は,少なくとも固定子電流の周波数に追随した回転ができない条件になっていることを示唆するものであると理解できる。甲3に記載されているように,「磁化電流成分i’φが殆ど零である間」(16頁左上欄12行~13行)という条件のもとでは,磁束も殆ど零であり誘導電動機のトルクが殆ど零となることは当業者には自明であるため,この指令信号のみによって回転停止が実現されると解釈できる。また,仮に,上記の記載において,「拘束」が外部からの機械的な拘束(拘束試験)を意味するものであるとしても,1次抵抗の測定に関して回転停止となる指令信号を出力する記載を参考に,漏れインダクタンスの演算測定においても,その測定に応じた回転停止となる指令信号を出力することは,当業者にとって容易に想到できる技術的事項に過ぎない。

また,甲3に記載された漏れインダクタンスの測定が拘束試験によるものであると解釈されるとしても,それを回転停止となる信号として与えるように構成することは,当業者に容易であった。それは,具体的には,印加電圧を低く(固定子電流を小さく)すれば良いだけのことであり,拘束試験においては等価回路で二次側が短絡されたものとなるため,電流を定格値以下に制限するために低い電圧を印加することが技術常識であった。

ここで,回転停止となるようにさせるためには,印加電圧をより低くし,電流を小さくして電動機のトルクをより小さくすれば良いことは,当業者には技術常識であった(乙6〔坪島茂彦著「図解誘導電動機-基礎から制御まで-」昭和58年8月20日第1版第5刷発行,東京電機大学出版局〕,乙7〔中村元和著「基礎電気機器学」昭和53年5月15日初版発行,株式会社コロナ社〕,乙8〔高田勇次郎著「電験二種受験講座電気機器Ⅱ」昭和46年5月31日第1版第1刷発行,株式会社オーム社書店〕)。また甲3に記載された漏れインダクタンスの測定方法(16頁左上欄)においては,測定の際の固定子電流の大きさに制約はなく,電流が小さい場合でも測定可能である。審決も,特許明細書の記載の解釈に当たり,「してみると,すべりωsが0以外で存在しているときには,トルク分電流は零ではあり得ず,回転トルクは存在するが,設定値としてω1=ωsとすることとは,すなわち,回転磁界は回転させていながら,回転子を停止させたままとするべく,電流指令値を小さな値にすることであると認めることができる」(31頁25行~29行)として,同様な判断を示しており,回転トルクを0とするような指令についての開示が特許明細書になくとも,電流指令値を小さな値にすることによって回転停止させることができると認めている。したがって,甲3記載の漏れインダクタンスの測定が機械的拘束によるものであったとした場合でも,機械的拘束によらないで測定を行うために(この試みを行うこと自体は,通常用いられる設計選択事項にすぎない),予め定めた高い周波数で印加する際の印加電圧を小さくし,回転停止となる指令信号にすることによって測定演算を行うことは,当業者にとってきわめて容易であった。

甲3に記載された前記固定子抵抗及び漏れインダクタンスについての予めの測定は,どちらもベクトル制御(磁界オリエンテーション制御)による通常運転をする前(甲3,15頁右下欄17行,16頁左上欄8行,16頁右上欄16行)に行われている。そして,この2つの電動機定数はどちらも,ベクトル制御(磁界オリエンテーション制御)において使用されるものであり,どちらも,ベクトル制御による通常運転をする前に予めその値を測定するものとして記載されているから,ベクトル制御する前に,2つの電動機定数のどちらもがその値を測定されることになることは,当業者において自明である。

したがって「前記測定条件毎に出力し,…電動機定数をそれぞれ測定演算」することも,当業者において甲3の記載から自明な事項にすぎないのであり,本件訂正後の本件特許発明も,甲3に基づいて,当業者が容易に想到し得たものである。

(2)  取消事由1に対し

ア 原告は,審決の甲3発明の認定には誤りがあるとし,その理由の一つとして,甲3記載の漏れインダクタンスの測定方法(16頁左上欄4行~右上欄2行)は,別途備えられた拘束装置が回転子を物理的に拘束するものであると主張する。

しかし,甲3には,原告が主張する「別途備えられた拘束装置」についての記載はなく,「物理的に」拘束するという記載もない。上記のように,甲3記載の回転停止の状態で行われる漏れインダクタンスの測定方法においては,回転停止状態が,指令信号である「高い周波数(特に定格周波数の50%以上)」によって実現され,拘束は,外部からの機械的拘束を意味するものではない,と解釈できる。すなわち,「磁化電流成分i’φが殆ど零である間」(甲3,16頁左上欄12~13行)は磁束も殆ど零であり,誘導電動機のトルクが殆ど零となることは当業者には自明であるため,指令信号のみによって実現されると解し得る。また,回転停止を確実にするためには,印加電圧をより低くし,電流を小さくして電動機のトルクをより小さくすればいいことは,当業者には技術常識であった(乙6~8)。このような事情を考えると,漏れインダクタンスの測定方法に関する甲3の記載を,「別途備えられた拘束装置」による「物理的」な拘束と理解することはできない。

イ また原告は,審決の認定した「前記測定演算手段の出力端に出力される指令信号により前記インバータを制御し,」(20頁33行~34行)との点は誤りであり,これを削除すべきであると主張する。

この点について審決は,演算手段から制御装置に指令信号を出力するとの認定をしているが,のちに相違点1及び2として「甲3発明ではかかる特定はなされていない」(22頁下3行~23頁2行,23頁4行~7行)と指摘し,結果として該認定は修正されている。このため,審決の甲3発明の該認定の当否を争う意味はない。

以上のとおりであるから,審決の甲3発明に関する認定(20頁23行~21頁2行)に誤りはない。

ウ 原告は,本件特許発明と甲3発明との一致点につき,原告主張(1(4)ア(エ))のように認定されるべきであると主張するが,上記のとおり審決の認定に誤りはない。

また原告は,本件特許発明と甲3発明との相違点2につき,原告主張のように認定されるべきであると主張し,甲3(16頁左上欄4行~右上欄2行)の漏れインダクタンスの測定条件の設定に関しては,「回転子を高速回転させる適宜の指令信号が制御装置から変換器に出力されるとともに,回転子の回転を物理的に拘束する拘束手段によって回転子の回転を停止させている」点で相違するとして,これを相違点として追加すべきであると主張する。

しかし,甲3記載の漏れインダクタンスの測定条件の設定に関して,かかる相違のないことは上記のとおりである。また原告は「指令信号が制御装置から変換器に出力される」とも述べているが,甲3を精査しても,そのように解する根拠は存在しない。

以上のとおりであるから,相違点2に関する審決の認定に誤りはない。

(3)  取消事由2に対し

ア 原告は,仮に,ベクトル制御のオフラインチューニングにおいて,甲3記載の出力端子26,27からの出力信号を電流フィードバック信号としてフィードバックして指令信号の一部とすると仮定すると,甲3記載の演算装置が正常に動作する保証がなくなってしまうという適用阻害要因がある旨主張し,相違点1・2に関する審決の判断は誤りである旨主張する。

しかし,この主張は,原告がベクトル制御する制御装置に電動機定数演算手段を含ませるということは,電動機定数演算手段からの出力信号(出力端子26,27からの出力)が,制御装置の指令信号の一部になる,ということと同義であるとすることから明らかなように,「ベクトル制御する制御装置に電動機定数演算手段を含ませる」ことには適用阻害要因があると主張しているに等しく,これは第1次判決の認定(乙1,80頁17行~末行)を直接否定するものであるから,取消判決(第1次判決)の拘束力により認められないというべきである。

なお,第1次判決(乙1,80頁10行~16行)においては,固定子周波数が静止している条件(すなわちω1=0とすること,乙1,79頁5行~6行)が「インバータを駆動する制御装置に対しては回転停止の指令信号として与えられるものであること」は自明な技術事項として推認できると認定し,その指令信号を「測定演算手段から出力させるようにすることについても格別の創意工夫を必要とする技術事項とは認められず,当業者が適宜に採用し得る設定的事項である」と認定したのであるから,出力端子26,27からの出力信号を「回転停止の指令信号」と解していないことは明らかである。

なお,第1次判決における「…上記⑧のとおりベクトル制御に相当する磁界オリエンテーション制御において,…」(乙1,80頁5行~6行)とは,請求項の記載「該変換器の出力量を制御して前記電動機をべクトル制御する制御装置を備えた誘導電動機制御システムにおいて」(構成要件1-A-2)との対比として述べたものであり,固定子周波数が静止している条件(すなわちω1=0とすること)による測定が磁界オリエンテーション制御によって行われると認定したものではない。

したがって,原告の主張は,当該判決の認定そのものを否定するものであって,到底許されるべきではない。

以上のことは,甲3記載の漏れインダクタンスの測定方法においても同様である。

イ 第1次判決においては,漏れインダクタンスの測定に関して,「固定子電流が高い周波数(特に定格周波数の50%以上)」にすることが「回転停止となる指令信号」に当たるかについての審理判断はしていない。

しかしながら,漏れインダクタンスの測定においても,固定子抵抗について上記で述べたことがそのまま妥当する。すなわち,オフラインチューニングにより漏れインダクタンスを測定する際にも,当業者において自明な技術事項として,固定子電流が高い周波数(特に定格周波数の50%以上)で運転している条件がインバータを駆動する制御装置に対しては指令信号として与えられることを推認でき,その指令信号を測定演算手段から出力させるようにすることは当業者が適宜に採用し得る設計的事項であることが認められる。また,測定演算手段をインバータの制御装置に含ませる点に関しては,当業者が適宜に採用し得る設計的事項といえるものである。

したがって,高い周波数(特に定格周波数の50%以上)で運転している条件においては,インバータを駆動する制御装置に対しては高い周波数(特に定格周波数の50%以上)となる指令信号として与えられるものである点,その指令信号を測定演算手段から出力させるようにすることについても格別の創意工夫を必要とする技術事項とは認められず当業者が適宜に採用し得る設計的事項であると認められる点,及び測定演算手段をインバータの制御装置に含ませることは当業者が適宜に採用し得る設計的事項といえる点については,固定子抵抗の測定の場合(乙1,80頁5行~末行)とまったく同様であるから,これらの点に関しては実質的には第1次判決において審理判断されたものと解される。

(4)  被告の主張

仮に上記(1)~(3)の被告の反論を措くとしても,審決が無効審判請求人である被告の主張した無効理由1(要旨変更に基づく出願日の繰り下がりによる無効理由〔新規性なし〕)を否定した点は誤りであり,審決が本件特許発明を無効とした結論に誤りはないから,原告の請求は棄却されるべきである。

ア 第1次判決では,無効理由1に関する取消事由2については理由がないとされ,審決(本件審決)も,無効理由1には理由がないとした。

しかし,第1次判決は被告主張の無効理由1に関する取消事由1について,被告主張に現れる「変換器の出力量」との用語は無効理由1に無関係であると判示したのみであって,無効理由1につき実質的な判断を行なっていない。したがって,審決(本件審決)で示された無効理由1に関する判断は取消判決(第1次判決)の拘束力を受けたものではないから,その当否をここで問うことは,第1次判決の拘束力によって制限されるものではない。

イ 第1次判決は,被告(請求人)が「出願当初の『出力電流』が…『変換器の出力量』へと補正された旨を主張し」たことに対して,「補正後の『変換器の出力量』は制御装置が直接制御する対象ではなく,交流電動機の駆動に供されるものであるから,原告の上記主張は採用することができない」として(乙1,65頁3~14行),結局のところ,「原告の上記主張は,『変換器の出力量』につき誤った認識に基づくものであるから採用の限りでない」として,「変換器の出力電圧」を直接的に制御する態様を含む点が要旨変更に当たるか否かについては何も判断しないまま「原告主張の取消事由2は理由がない」と結論付けたものである(乙1,67頁20行)。

これを言い換えると,要旨変更であることを否定せずに,この点は「変換器の出力量」にかかる問題ではないと認定したにすぎないものである。したがって,第1次判決では要旨変更の有無に関する判断はなされていない。

よって,手続補正(平成5年8月10日付けの手続補正〔甲2の2〕)をしたことで出力電圧を直接的に制御して測定する態様を含むことになり,それが要旨変更に当たるとの被告の主張については,第1次判決が何ら判断していない事項であるため,行訴法33条の拘束力は及ばない。

ウ 第1次判決の認定及び判断から分かるように,本件特許の願書に最初に添付された明細書又は図面(甲2の1〔公開公報〕,以下,「当初明細書」という場合がある。)においては制御装置が直接に制御する対象は「出力電流」であったところ,同判決は,平成5年8月10日付け手続補正(甲2の2)後は制御装置が直接に制御する対象は「出力量」ではなく「電動機定数の測定条件に応じた指令信号にかかる物理量」であるとして,被告(請求人)とは異なるように用語の認定を行なった上で,被告の主張を退けたものである。要するに,第1次判決では,要旨変更に関する実質的な判断を避けている。

しかしながら,直接に制御する対象を「電動機定数の測定条件に応じた指令信号にかかる物理量」であると解しても,文言上「指令信号」には電圧指令信号も含まれるから,電圧指令信号にかかる物理量すなわち出力電圧を直接的に制御する態様も含まれるように拡張したことに変わりはない。

そして,被告(請求人)の「出願当初の『出力電流』が,…変換器の出力電圧のみ…の3つの態様を包含する『変換器の出力量』へと補正された(乙1,65頁3~5行)という従前の主張は,「制御装置が直接に制御する対象」を「変換器の出力量」としてとらえ,それが出願当初に開示のない「変換器の出力電圧」を直接的に制御する態様を含むものになったというものであって,まさに同じことを指摘していたものである。

したがって,被告(請求人)は,本件訴訟において,第1次判決で示された用語の認定に合わせて要旨変更の主張の表現を変えることとし,「電動機定数の測定条件に応じた指令信号にかかる物理量」が,当初明細書に開示された電流指令信号にかかる「変換器の出力電流」に限られず,開示のない電圧指令信号にかかる「変換器の出力電圧」を含むように拡張されたことをもって,平成5年8月10日付け手続補正によって要旨変更が行われたことを引き続き主張する。具体的には,出願当初の「変換器の出力電流」が「変換器の出力量」へと補正された点を要旨変更とする従前の主張に代えて,「測定条件に応じた指令信号を出力し,該指令信号に従い前記制御装置により…制御し」へと補正された点において,文言上「指令信号」には電圧指令信号が含まれ,出願当初に開示のない電圧指令信号にかかる「変換器の出力電圧」という物理量を直接的に制御する態様を含むものになったことを理由として,発明の要旨が変更されたことを主張する。これは,「出力量」に関する主張を,第1次判決で「制御装置が直接に制御する対象」に関して行われた認定に従い,実質的主張を何ら変更することなく,表現のみを変えるものである。

なお,「指令信号」については本件訂正において,「複数の電動機定数の測定条件にそれぞれ制御するために予め定めた指令信号」に変更されている。すなわち,出力電圧を直接的に制御し且つ2以上の電動機定数を測定する態様を含むものへと変更されており,さらには,出力電圧を直接的に制御し且つ直流を供給して2以上の電動機定数を測定する態様,あるいは,出力電圧を直接的に制御し且つ交流を供給して2以上の電動機定数を測定する態様を含むものに変更されたのであるから,この点においても,本件とは異なる請求項の記載を前提とした第1次判決の影響を受けるものではない。

なお,当該訂正によって,当初の発明の要旨が変更されたことは一層明らかになった。すなわち,「複数の電動機定数」は文言的に1次抵抗以外の電動機定数を必ず含むものであるところ,1次抵抗以外の電動機定数について「出力電圧」を直接的に制御して電動機定数を測定する態様は,当初明細書に記載も示唆もされていないからである。

エ そうすると,本件特許発明は,平成5年8月10日付け手続補正(甲2の2)によりなされた補正において,当初明細書には開示のない「出力電圧」を直接的に制御して電動機定数を測定する態様を含むものとなったので,これは,当初明細書の要旨を変更するものであり,特に1次抵抗以外も含まれる「電動機定数」を測定する態様のもとで拡大補正をしており,その要旨変更は明らかであるから(乙2),平成5年法律第26号改正附則第2条第2項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法40条の規定により,出願日が当該手続補正書を提出した時である平成5年8月10日とみなされ,その結果,本件特許の公開公報(甲2の1)に記載された発明と同一であるといえるから,特許法29条1項3号の規定により,特許を受けることができないものであり,特許法123条1項2号に該当し,無効とされるべきである。

オ 被告は,本件審決の手続において,出願当初の「変換器の出力電流」が「変換器の出力量」へと補正された点を要旨変更とする従前の主張に代えて,「測定条件に応じた指令信号を出力し,該指令信号に従い前記制御装置により…制御し」へと補正された点において,文言上「指令信号」には電圧指令信号も含まれるので,該電圧指令信号に従い,出願当初に開示のない「変換器の出力電圧」という物理量を直接的に制御して測定する態様を含むものになったことを理由として,発明の要旨が変更されたことを主張した(乙3)。

被告の上記主張に対し,本件審決は,「…当初明細書等には,誘導電動機のベクトル制御に用いられる一般式を変形した,定常時に成立する演算式…を用い,式(5)と式(6)から,変換器の出力から得ることのできない2次電流を消去し,ω1=0且つωs=0,あるいはω1=ωsである回転停止条件を設定することにより,式(8)等の,v1d,i1d,すなわち測定演算可能な値のみで電動機定数を演算できる式を求めることが記載されていたと解される。ここで,v1d,及びi1dは,変換器の出力量であるので,当初明細書等には,少なくとも,回転停止状態における変換器の出力量(電流,電圧,周波数,位相)から電動機定数を測定演算しようとする技術思想が記載されていたことが明らかである…」(14頁17行~26行)とし,「…『変換器の出力量』と補正することが,要旨変更であるとはいえない。」と認定した(14頁29行~30行)。

審決が,このように判断したのは,行き過ぎた上位概念化を行い,発明の実施に必須となる要件のうちその一部のみを取り上げたものでありながら,それを技術思想であると認定する過ちを犯したことによるものである。

審決は,その結果,回転停止でありさえすれば何を制御するかは要件ではないと判断して,当初特許明細書等に開示された技術思想の範囲を不当に拡大解釈し,要旨変更の判断を誤ったものである。

本件特許発明は電動機定数の測定方法に関するものであるが,当初明細書等に記載された電動機定数の測定方法は,1次抵抗以外の電動機定数についてはいずれも「ω1=0且つωs=0,あるいはω1=ωsである回転停止条件を設定すること」だけでは足りず,出力電流を所定の値(あるいは所定の形状)に制御することが必須の条件設定になっている。したがって,「回転停止状態における変換器の出力量(電流,電圧,周波数,位相)から電動機定数を測定演算しようとする技術思想が記載されていた」とする認定は,行き過ぎた上位概念化であり,当初明細書等に開示された本件技術思想の認定を誤っている。

そうすると,審決に無効理由1についての第1次判決の拘束力は及ばないところ,審決の無効理由1についての判断は誤りであり,本件特許発明には要旨変更補正に基づく上記無効理由があり,本件特許発明は無効とされるべきであるとした審決は結論として維持されるべきであるから,原告の請求は棄却されるべきである。

第4当裁判所の判断

1  請求原因(1)(特許庁等における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。

上記によれば,平成17年12月20日付けで被告からなされた本件特許の特許無効審判請求に関し,原告からなされた第1次訂正請求(平成18年12月18日付け)を前提として「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」とした第2次審決(平成19年6月12日付け)を取り消す旨の第1次判決(平成20年4月28日付け)が確定し,その後再び審理された特許庁の審判手続において更に原告が平成20年6月18日付けで第2次訂正請求(本件訂正)をしたところ,平成21年2月6日付けでなされた本件審決において「訂正を認める。特許第2580101号の特許請求の範囲に記載された発明についての特許を無効とする。」等の判断が示されたことが認められる。

ところで,行訴法33条1項は「処分又は裁決を取り消す判決は,その事件について,処分又は裁決をした行政庁その他の関係行政庁を拘束する」と定めているので,審決取消しを内容として平成20年4月28日になされた第1次判決の内容は,その判決主文が導き出されるに必要な事実認定及び法律判断につき,更に審理・審決をすることになる特許庁を拘束することになる(最高裁平成4年4月28日第三小法廷判決・民集46巻4号245頁参照)。もっとも,行訴法33条1項にいう拘束力の生ずる第1次判決は,第1次訂正後の本件特許の有効性についての判示であって,その後原告はいわば第2次訂正としての本件訂正を行っているから,再度の審理・審決をする特許庁としては,本件訂正を前提として本件特許の有効性を判断する場合,第1次判決と事実関係が同一である部分については上記拘束力が生じ,一方,事実関係が異なる部分については拘束力が生じない,と解するのが相当である。

そこで,以上の見解に立って,原告主張の取消事由について検討する。

2  取消事由1(甲3発明の認定の誤り)について

(1)  原告は,①甲3の第6図の出力端の出力は指令信号に何ら影響を与えないから,甲3発明は出力端に出力される指令信号によりインバータを制御せず,審決が,甲3発明の内容(前記第3,1(3)イ)として,「…非同期機の通常運転を開始する前に…出力端に出力される指令信号により前記インバータを制御」(20頁30行~34行)するとしたのは誤りである,②甲3発明では拘束装置により拘束しなければ回転子は回転するから,審決が回転子が拘束されるように指令信号によりインバータを制御するとしたのは誤りであり,「…回転子が拘束されるように決定すべきパラメータ値に対応して制御し,…もしくは回転子が拘束されているときで固定子周波数が高いときに,その際における前記インバータの前記決定すべきパラメータ値に対応する固定子電圧及び固定子電流を前記測定演算手段に入力し…」(20頁32行~末行)とした審決の認定には,拘束装置による拘束である旨が記載されていないから誤りである,として審決の甲3発明の内容の認定の誤りを主張する。

ア(ア) 甲3には,磁界オリエンテーション制御運転に関し,以下の記載がある。

・ 「第6図は3つすべてのパラメータ値を検出するための完全な装置を概略的に示している。本装置は,起電力形成器1,演算装置2,演算モデル回路3および調節器回路4から成っている。三相非同期機5の入力端子においては,固定子電圧および固定子電流が取出されるが,それらはそれぞれの固定子巻線の方向に向けられたベクトル値として相当する座標変換器6,7においてベクトルfile_4.jpgαまたはiαに合成される。…

非同期機の磁界オリエンテーション制御に対しては同様の装置が非同期機の磁界の方向を検出するための磁束検出器として必要である。」(11頁左上欄11行~左下欄2行。第1次判決(乙1)の第4,4(2)における摘記⑦)

・ 「磁界オリエンテーション制御の本質は,磁束とモーメントとが固定子電流の磁界に平行な成分と,磁界に直角な成分とに対する関係しない目標値により制御されることにある。従って固定子電流の相当する実際値は,パラメータ値xσ’およびrs’が回転機パラメータの真の値に等しい調整された状態においては,出力端26および27において,演算装置2から導き出されて,磁束ベクトルの方向に関する必要な情報を得るようにして得られる。…これにより制御のための固有の起電力検出器は節約される。」(12頁左上欄11行~右上欄4行。第1次判決(乙1)の第4,4(2)における摘記⑧)

上記記載によれば,甲3においては,磁界オリエンテーション制御(ベクトル制御)運転時において,甲3の第6図の出力端26,27から出力される信号が,インバータのベクトル制御に当たって,磁束ベクトルの方向に関する情報として利用可能であることを示唆しているに過ぎない。

(イ) また,甲3には,非同期機の通常運転を開始する前に行う短絡試験,及び固定子周波数が静止しているときのパラメータ値rs(固定子抵抗)の調節に関し,以下の記載がある。

・ 「さらに,第10図による回路において漏れインダクタンスxσの補償は電流に直角なベクトルe’およびe”の成分の補償により使用されると有利である。このことは,パラメータ値xσをrsに対する値に関係なく非同期機の通常運転を開始する前に短絡試験により検出することを可能にする。

このためには回転子は,固定子電流が高い周波数(特に定格周波数の50%以上)で運転している間拘束される。これにより,磁化電流成分i’φが殆んど零である間は,負荷角度は殆んど90゚となる。従つて起電力ベクトルeは実際には,固定子電流ベクトルiに平行し,パラメータ値xσ’は,第10図において出力端29aから取出されている評価された起電力ベクトルe’の電流に直角な成分e’j2が零となるように調節されるだけでよい。パラメータ値rs’は,電流に平行な固定子抵抗を介して成分e’j1の中だけへ入り,従つてxσのこの決定には影響しない。

物理的にこれと同じ意味で,第6図による装置においても,パラメータ値xσ’は,出力端29a,29bにおいて取出された起電力形成器1により固定子基準系において検出された起電力ベクトルe’の2つの成分e’α1,e’α2が両方最小となるまで変えられる。何故ならばxα’の調整が正確でないときに生じるe’の無効成分は常に,有効成分だけを持つ起電力ベクトルに比してベクトルe’の増幅を意味するからである。同様に,短絡試験においては磁化電流成分が最小であるという事実も,xσ’検出に使用することができる。何故ならばxσ’は,出力端27においてiφ1の最小値が生じるまで,変えられるからである。」(16頁左上欄4行~右上欄15行。第1次判決(乙1)の第4,4(2)における摘記⑪)

・ 「一般の場合には,固定子抵抗rsの予めの設定は,測定器により回転機端子におけるオーム抵抗が測定され,基本設定として起電力形成器と,対応する調節器(例えば,第6図における20,または第10図における50)とに付与されることにより行われる。しかしながら,固定子周波数が静止しているときにも,固定子電流を記憶させ,e’=0となるようにパラメータrsを調節してもよい。同様に低い固定子周波数においてxσとxhとに対する任意の評価値から装置の固定子抵抗を検出させ,調節器に記憶させることができ,この場合にはxσおよびxhの誤設定は殆んど影響がない。

上述の短絡試験によつて漏れインダクタンスパラメータ値xσに対する出発値が検出されなければ,このパラメータの検出に対する出発値として評価された値を記憶し,パラメータ値rsおよびxhに対する予めの調整が行われている限り,通常運転の回転における真のパラメータを装置により検出する。xhの予めの調整は高い回転数および無負荷運転において行うと有利である。

場合によつては予めの調整を何回も繰返した後に,非同期機の通常運転においてそれぞれ第5図に与えられた動作領域において個々のパラメータが検出され,最後に検出された値が記憶されると,記憶装置にはそれぞれ1組のパラメータ値が利用され,これにより非同期機のパラメータは良い精度を以て与えられる。」(16頁右上欄16行~右下欄5行。第1次判決(乙1)の第4,4(2)における摘記⑫)

上記摘記のとおり,甲3には,非同期機の通常運転を開始する前に行う短絡試験の際,又は,固定子周波数が静止しているときのパラメータ値rsの調節をする際に,出力端26及び27から出力される信号をインバータを制御する指令信号とすることは記載されていない。

(ウ) 一方,第1次判決(乙1)の判示内容をみると,第1次判決は,甲3発明の内容につき,以下のとおり判示している。

・ 「…上記出力端26及び27の信号i’φ1及びi’φ2が,上記磁界オリエンテーション制御のために,インバータの制御装置に対して指令信号の一部となるものであることは,当業者であれば容易に認識し得る技術事項であると認められる。」(78頁17行~20行)

・ 「…甲3には,測定演算手段(前記⑤の(a)~(d)から構成)から取り出される出力端26及び27の信号i’φ1及びi’φ2がインバータの制御装置に対して指令信号の一部となるものであるから,測定演算手段とインバータの制御装置との関係は示唆されているとみるのが相当である。…」(80頁17行~21行)

上記記載によれば,第1次判決は,磁界オリエンテーション制御,すなわち,ベクトル制御運転時において,出力端26及び27から出力される信号がインバータの制御装置にフィードバックされ,インバータを制御する指令信号の一部となることを指摘しているに過ぎず,審決が認定した「前記非同期機の通常運転を開始する前に,…前記測定演算手段の出力端に出力される指令信号により前記インバータを制御」することを認定するものではない。

(エ) そうすると,審決の甲3発明の認定には,上記のとおり「…非同期機の通常運転を開始する前に…出力端に出力される指令信号により前記インバータを制御」とする部分があるが,そのうち「前記測定演算手段の出力端」につき,これが第6図に記載された「出力端26及び27」であるとの特定はされていない。また,上記(イ)の甲3摘記⑪(第1次判決の第4,4(2))には「出力端29a,29b」と記載されているとおり,甲3発明においては,信号を伝送する信号線の端部は,いずれも「出力端」と認識されている。そうすると,甲3発明の「前記測定演算手段の出力端」を原告の主張する「出力端26及び27」であると限定的に解することはできない。

加えて,甲3発明のパラメータ値の測定方法では,測定演算装置の制御(パラメータ値の調整等)は,インバータ制御装置に与えられる予め定めた指令信号による運転条件に対応して行われるものであるから,指令信号の制御と測定演算手段の制御は一体不可分である。そして,第1次判決の判示するところである,「…回転停止の条件としての固定子周波数が静止している条件がインバータを駆動する制御装置に対しては回転停止となる指令信号として与えられるものであることは,当業者においては自明な技術事項にすぎない。また,その指令信号を測定演算手段から出力させるようにすることについても格別の創意工夫を必要とする技術事項とは認められず,当業者が適宜に採用し得る設定的事項であると認められる。」(審決〔23頁22行~28行〕の「判示事項A」)との内容によれば,審決は,具体的回路構成が明示されていなくとも,インバータを制御するための指令信号を,測定演算手段の図示されていない出力端から出力させることが,甲3発明に実質的に開示されているとしたものと解される。

以上によれば,審決が,甲3発明の内容として「前記非同期機の通常運転を開始する前に,…前記測定演算手段の出力端に出力される指令信号により前記インバータを制御」するとしたことを誤りということはできない。

(オ) 以上の検討によれば,審決が,甲3発明として「前記非同期機の通常運転を開始する前に,…前記測定演算手段の出力端に出力される指令信号により前記インバータを制御」するとの構成を認定したことに誤りはない。

イ 次に,原告が,甲3発明では拘束装置により拘束しなければ回転子は回転するから,審決が回転子が拘束されるように指令信号によりインバータを制御するとしたのは誤りであるとする点(上記原告の主張②)につき検討する。

(ア) 甲3には,上記ア(イ)で摘記したとおり,「…漏れインダクタンスxσの補償は電流に直角なベクトルe’およびe”の成分の補償により使用されると有利である。このことは,パラメータ値xσをrsに対する値に関係なく非同期機の通常運転を開始する前に短絡試験により検出することを可能にする。このためには回転子は,固定子電流が高い周波数(特に定格周波数の50%以上)で運転している間拘束される。これにより,磁化電流成分i’φが殆んど零である間は,負荷角度は殆んど90゚となる。…」(16頁左上欄4行~14行。下線は判決で付記)と記載されている。

この記載によれば,上記「拘束」は,少なくとも固定子電流の周波数に追随した回転ができない条件のもとで,回転子が回転停止状態になっていることを意味するものと理解できる。また,甲3には,原告が回転子を拘束するために必要であるとする,別途備えられるべき拘束装置に関する明示的な記載は一切なく,これを用いた場合の電動機への印加電圧やトルク電流成分の大きさについての言及もない。

そうすると,甲3の上記「磁化電流成分i’φが殆んど零である間」(16頁左上欄12行~13行)は磁束もほとんど零であり,起電力ベクトルeと固定子電流ベクトルiはほぼ平行となっており(16頁左上欄14行~15行),回転停止であるから,このとき誘導電動機には,すべりs=1であるときの回転力が生じているものと認められる(なお,これは下記(イ)摘記の乙7記載の「起動回転力Tst」に相当する。)。そして,回転停止状態が維持されることは,このときの誘導電動機が発生する回転力が,回転に対する抗力(誘導電動機に付随する回転を妨げようとする力)よりも小さい状態となっていることが明らかである。

(イ) また,文献(乙6~8)には以下の記載がある。

・ 乙6(坪島茂彦著「図解誘導電動機-基礎から制御まで-」昭和58年8月20日第1版第5刷発行,東京電機大学出版局)

「7.3 電圧とトルクおよび電流との関係

式(6.18)をみると,トルクは電圧V1の2乗に比例することがわかる。…電圧が低下すると始動しなくなったり,運転が続けられず停止してしまうことがおこる。…」(124頁)

・ 乙7(中村元和著「基礎電気機器学」昭和53年5月15日初版発行,株式会社コロナ社)

「(a) 起動回転力 Tst〔Nm〕 電動機が起動時に,どのくらいの回転力を出すかを計算する。…

同一電動機については,Tst∝V12,電圧の2乗に比例して起動時の回転力が低下することがわかる。…Tstはs=1の回転力である。」(72頁)

・ 乙8(高田勇次郎著「電験二種受験講座電気機器Ⅱ」昭和46年5月31日第1版第1刷発行,株式会社オーム社書店)

「例題10.多層誘導電動機の始動トルクは,供給電圧および周波数によりいかに変化するかを述べ,その理由を説明せよ.

〔解〕 始動トルクは供給電圧の2乗に比例し,周波数に反比例して変化する.…」(144頁)

(ウ) 上記(イ)の文献の記載内容によれば,誘導電動機のトルク(回転力)が,電圧の2乗に比例することは技術常識といえるから,印加電圧をより低くして誘導電動機が発生するトルクをより小さくすれば,上記乙6に「電圧が低下すると始動しなくなったり,運転が続けられず停止してしまうことがおこる。」(124頁)との記載があるように,格別の拘束装置を用いなくとも,電動機の静止摩擦等の回転に対する抗力が,電動機の回転力よりも大きくなる状態が生じ,電動機が回転停止,すなわち始動しない状態となることは,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)には自明であるということができる。

(エ) 以上の検討によれば,甲3記載の非同期機の通常運転を開始する前に行う短絡試験は,拘束装置を用いることなく,印加電圧を低くして,電動機に付随する回転に対する抗力よりも電動機が発生するトルクが小さい状態を生じさせ,電動機の静止摩擦等により回転停止状態として試験を行うものも含むということができる。

(オ) そして,前記ア(イ)で摘記のとおり,甲3には,「従つて起電力ベクトルeは実際には,固定子電流ベクトルiに平行し,パラメータ値xσ’は,第10図において出力端29aから取出されている評価された起電力ベクトルe’の電流に直角な成分e’j2が零となるように調節されるだけでよい。…」(16頁左上欄14~19行。第1次判決〔乙1〕の第4,4(2)における摘記⑪)とあるように,甲3の短絡試験は,電動機の回転停止状態において,演算された起電力ベクトルe’の電流に直角な成分e’j2が零となるようにパラメータ値xσ’を調節することを漏れインダクタンスxσの測定原理とするものであって,電動機に供給される高い周波数の固定子電流及び固定子電圧を測定演算手段に入力して演算するものであるから,回転子が拘束されるように指令信号によりインバータを制御し,これにより「…電動機に交流…を供給し,その際における変換器の測定条件下における出力量を前記測定演算手段に入力し,該入力した前記出力量に基づいて前記演算手段により前記電動機の電動機定数をそれぞれ測定演算する…」(審決22頁26行~29行,本件特許発明と甲3発明との一致点)ものであることも明らかである。

(カ) 以上の検討によれば,審決が,甲3発明につき,回転子が拘束されるように指令信号によりインバータを制御するとし,甲3発明の内容として「…回転子が拘束されるように決定すべきパラメータ値に対応して制御し,…もしくは回転子が拘束されているときで固定子周波数が高いときに,その際における前記インバータの前記決定すべきパラメータ値」に対応する固定子電圧及び固定子電流を前記測定演算手段に入力し…(20頁32行~末行)とした審決の認定(原告の主張②)に誤りはない。

ウ そうすると,審決の甲3発明の認定に誤りはない。

(2)  原告の主張に対する補足的判断

原告は,審決の甲3発明の認定には原告主張の誤り(原告の主張①,②)があることを前提として,本件特許発明と甲3発明との一致点及び相違点は,原告の主張のとおり認定されるべきであると主張する。

審決が認定した相違点1~3と原告が認定すべきと主張する各相違点(相違点1~3)とを比較すると,審決が認定した相違点1・3と,原告が認定すべきとする相違点1・3とは内容的に同一である。

そして原告は,原告が認定すべきとする「相違点2」の内容として,甲3発明では,「固定子抵抗の測定条件の設定に関しては回転停止となる条件設定は想定されるものの,少なくともこの条件設定のための指令信号は(ベクトル制御する)制御装置から変換器に出力していて『(電動機定数)演算手段』から出力されておらず,漏れインダクタンスの測定条件の設定に関しては,回転子を高速回転させる適宜の指令信号が制御装置から変換器に出力されるとともに,回転子の回転を物理的に拘束する拘束手段によって回転子の回転を停止させている」とし,この点を本件特許発明との相違点(原告主張の相違点2)とすべきと主張するものである。

上記のうち,甲3発明における漏れインダクタンスの測定条件の設定(上記後段)に関しては,上記(1)で検討したとおり,拘束手段によって回転子を拘束するとの点は甲3発明の内容となってはいないから,この点を本件特許発明と甲3発明との相違点とすることはできないというべきである。

また,固定子抵抗の測定条件の設定(上記前段)に関しては,審決も甲3発明と本件特許発明との相違点(相違点2)として,「回転停止となるように測定条件毎に行う制御に関し,本件特許発明では『(電動機定数)演算手段から(ベクトル制御する)制御装置に』指令信号を出力し,該指令信号に従い『前記制御装置により』変換器の出力量を制御しているのに対し,甲3発明ではかかる特定はなされていない点」として認定され,検討されているものである(相違点2に関する審決の判断に誤りがないことは下記3で検討するとおりである。)。原告の上記主張は採用することができない。

3  取消事由2(相違点1・2に関する判断の誤り)について

(1)  原告は,審決が認定した相違点1・2は,いずれも甲3の第6図の出力端26,27からの出力信号がベクトル制御する制御装置の指令信号の一部になるとの同じ内容を別の観点からいうものであるとして,甲3の第6図の出力端26,27の出力信号を制御装置にフィードバックする構成とすると,オフラインチューニングにおいて固定子抵抗,漏れインダクタンスの測定演算ができなくなる不都合があり,阻害要因があるから,この相違点1・2の構成は当業者の設計事項であり容易想到であるとした審決の判断は誤りである旨主張するので,以下検討する。

(2)  審決の認定した相違点1・2の内容は,上記第3,1(3)イ記載のとおりであるところ,上記2(1)ア(ウ)で検討したとおり,甲3の第6図の出力端26,27からの出力信号について,第1次判決は,測定演算手段から取り出される出力端26及び27の信号i’φ1及びi’φ2がインバータの制御装置に対して指令信号の一部となることを挙げているにすぎないものである。

そして,甲3発明において,測定演算手段の出力端26及び27の信号がインバータの制御装置に対して指令信号の一部となるのは,磁界オリエンテーション制御,すなわち,ベクトル制御運転を行っているときを前提とするものであるのに対し,相違点2の指令信号が演算手段から制御装置に対して出力されていることは,ベクトル制御運転前のいわゆるオフラインチューニング,すなわち回転停止状態を前提とするものであるから,相違点1と相違点2では,まず前提となる場面を異にするものである。

さらに,第1次判決(80頁10行~16行,乙1)において,固定子周波数が静止している条件が「インバータを駆動する制御装置に対しては回転停止の指令信号として与えられるものであること」は自明な技術事項であるとし,その指令信号を「測定演算手段から出力させるようにすることについても格別の創意工夫を必要とする技術事項とは認められず,当業者が適宜に採用し得る設定的事項である」としたのは,磁界オリエンテーション制御(ベクトル制御)を行う前の制御であるから,測定演算手段から出力される上記回転停止の指令信号は,出力端26,27からの出力を指したものではない。

このことは,甲3発明における「固定子抵抗rsの予めの設定」(16頁右上欄16行,甲3)においては,駆動装置を静止周波数において運転し,e’=0となるようにパラメータrsを調節して測定する方法(16頁左下欄2行~5行),「漏れインダクタンスxσの補償」(漏れインダクタンスの予めの測定,16頁左上欄4行~5行)においては,駆動装置を高い周波数(特に定格周波数の50%以上)かつ回転停止において運転し,e’j2が零となるように漏れインダクタンスのパラメータ値xσ’を調節して測定する方法(16頁左上欄4行~右上欄2行)が示されているところ,いずれの設定ないし補償(測定)においても,出力端26及び27の信号i’φ1及びi’φ2(磁界ベクトルの方向に関する必要な情報)を使用することは一切記載されていないことからも明らかである。

よって,相違点2の,指令信号が演算手段から制御装置に対して出力されているか否かということと,相違点1の出力端26,27からの出力信号が,ベクトル制御する制御装置の指令信号の一部になる,ということとは,同義であると解することは到底できない。

そうすると,相違点1・2が,両者とも同じ相違点を別の観点からいうものであるとする原告の主張は,その前提に誤りがあることになる。

(3)  相違点1につき

ア 原告は,相違点1について,審決が,「甲3発明においてベクトル制御する制御装置に電動機定数演算装置を含ませること自体は,当業者が適宜に採用し得る設計的事項といわざるをえない。」(24頁10行~12行)として,相違点1について容易想到と判断したのは誤りである旨主張するので,以下検討する。

イ 第1次判決(乙1)は,甲3発明からの容易想到性の判断に関し,第2次審決(甲11)が「…甲第3号証に,『変換器の出力量を制御して電動機をベクトル制御する制御装置を備えた誘導電動機制御システムにおいて,前記制御装置に前記電動機の電動機定数を測定演算する電動機定数演算手段を含』む構成を備えた本件特許発明が記載され,あるいは示唆されているものと認めることができない。」(16頁30行~34行,甲11)としたのに対し,「…甲3には,測定演算手段(前記⑤の(a)~(d)から構成)から取り出される出力端26及び27の信号i’φ1及びi’φ2がインバータの制御装置に対して指令信号の一部となるものであるから,測定演算手段とインバータの制御装置との関係は示唆されているとみるのが相当である。また,測定演算手段をインバータの制御装置に含ませる点に関しては,インバータの制御装置は,測定演算手段により得られた電動機定数を使用するものであることから,電動機定数を測定演算手段から受け取れる形態であるならば,測定演算手段をインバータの制御装置に含ませるか否かは格別の問題とならず,当業者が適宜に採用し得る設計的事項といえるものである。」(80頁17行~末行,乙1)として,第2次審決の甲3発明の認定及び甲3発明からの容易想到性の判断に誤りがあるとして,審決を取り消したものである。

そして,本件審決(第3次審決)は,第1次判決(乙1)の上記箇所(80頁17行~末行)を判示事項Bとし,「上記判示事項Bには,『測定演算手段をインバータの制御装置に含ませるか否かは格別の問題とならず,当業者が適宜に採用し得る設計的事項といえるものである。』と判示されており,当審の判断は上記判示内容に拘束されるものである…」(24頁5行~8行)として,「甲3発明においてベクトル制御する制御装置に電動機定数演算手段を含ませること自体は,当業者が適宜に採用し得る設計的事項といわざるをえない。」(24頁10行~12行)との判断をしたものである。

そうすると,原告が争うと主張する上記相違点1に関する事項は,第1次判決の上記認定判断そのものであるから,第1次判決(取消判決)の拘束力により,これを本件訴訟において争うことが許されないものである。

ウ 原告は,審決が,相違点1についての検討において,「…実運転前とは電動機をベクトル制御する前であり,かつ,その指令信号はベクトル制御の指令信号に代えて複数の電動機定数の測定条件にそれぞれ制御するために予め定めた指令信号となることは『2.(2)』で述べたとおり自明の事項にすぎない。」(24頁13行~16行)としたが,甲3にはその根拠を欠くとも主張する。

審決の上記「2.(2)」の該当箇所は,「訂正の可否に対する当審の判断」において,本件訂正前の特許明細書(甲1〔特許公報〕)の8頁左欄16行~右欄3行に,「本発明による電動機定数の測定は,電動機の実運転前に,電動機定数演算手段から出力する電動機定数の測定条件に応じた指令信号を用いることによって,電動機の実運転時に使用する制御システム(変換器,制御装置)を共用して行なうので」とある記載に基づき,「…実運転前とは電動機をベクトル制御する前であり,かつ,その指令信号はベクトル制御の指令信号に代えて複数の電動機定数の測定条件にそれぞれ制御するために予め定めた指令信号となることは自明の事項である。」(7頁2行~4行)としたものである。

この点は,甲3発明においても同様に,非同期機の通常運転を開始する前であって,固定子抵抗,漏れインダクタンス等のパラメータ値を検出しているときは「電動機をベクトル制御する前」であり,また,そのとき,各パラメータ値を検出するための条件に適した指令信号に基づいて制御が行われることは明らかである。審決の認定に誤りはなく,原告の上記主張は採用することができない。

(4)  相違点2につき

ア 原告は,審決が認定した相違点2について,甲3の第6図の出力端26,27の出力信号(演算装置からの出力信号)を,固定子抵抗及び漏れインダクタンスの測定条件である回転停止の指令信号とするため,制御装置にフィードバックするように構成すると,オフラインチューニングにおいて固定子抵抗,漏れインダクタンスの測定演算ができなくなる不都合があるから,相違点2に係る構成とすることには技術的な阻害要因があり,審決はこれを看過し相違点2についての判断を誤った旨主張する。

イ 第1次判決(乙1)は,第2次審決(甲11)の「…『“ベクトル制御する制御装置に含まれて,電動機定数を測定演算する”演算手段から“ベクトル制御する”制御装置に一つの定数の測定条件に応じた回転停止となる指令信号を出力』する構成について記載も示唆もない。」との記載(16頁18行~21行)を「<ア>」として(乙1,79頁16行~21行),これにつき,「そこで検討すると,まず上記<ア>については,上記⑧のとおりベクトル制御に相当する磁界オリエンテーション制御において,甲3では回転停止の条件として,固定子周波数が静止している条件を設定(上記⑫に示されている)して,非同期機に直流を供給し,その状態下の固定子電圧及び固定子電流(上記のとおり,訂正発明における変換器の出力量に相当する)を測定演算手段により測定演算することが示されているところ,回転停止の条件としての固定子周波数が静止している条件がインバータを駆動する制御装置に対しては回転停止となる指令信号として与えられるものであることは,当業者においては自明な技術事項にすぎない。また,その指令信号を測定演算手段から出力させるようにすることについても格別の創意工夫を必要とする技術事項とは認められず,当業者が適宜に採用し得る設定的事項であると認められる。」(80頁5行~16行)として,第2次審決の認定判断を誤りとしたものである。

そして,上記第1次判決の認定判断は,制御装置に対して回転停止となる指令信号(なお,この指令信号を本件訂正に係る「予め定めた指令信号」としても同様である。)を,測定演算手段から出力させるようにすることについて,当業者が適宜に採用し得る設定的事項であると認定判断したものと認められる。

本件審決は,相違点2に関し,第1次判決の上記判示事項を判示事項Aとし,これに拘束されるものとして,「…甲3発明において電動機定数演算手段からベクトル制御する制御装置に指令信号を出力させること自体は,当業者が適宜に採用し得る設計的事項であるといわざるをえない。」(24頁25行~27行)と判断したものである。

ウ 上記によれば,審決の上記判断は,第1次判決の拘束力に従ってしたものであり,この点は,相違点2に関する構成につき,当業者が適宜採用し得る設計的事項であり,阻害要因が存しないとの点にも及ぶものであるから,本件訴訟においてこれを誤りであると主張することは許されない。

エ 原告は,第1次判決(乙1)が「…上記⑧のとおりベクトル制御に相当する磁界オリエンテーション制御において,甲3では回転停止の条件として,固定子周波数が静止している条件を設定(上記⑫に示されている)して,非同期機に直流を供給し,その状態下の固定子電圧及び固定子電流(上記のとおり,訂正発明における変換器の出力量に相当する)を測定演算手段により測定演算することが示されている…」(80頁5行~10行)としたのは,甲3における固定子抵抗rsの測定は,ベクトル制御に相当する磁界オリエンテーション制御において行われることを認定したものであると主張する。

しかし,第1次判決における「ベクトル制御に相当する磁界オリエンテーション制御において」とは,第1次訂正に係る発明(前記第3,1(2)イのとおり)の「該変換器の出力量を制御して前記電動機をベクトル制御する制御装置を備えた誘導電動機制御システムにおいて」の構成(この点は本件訂正後でも同じ)との対比として記載したものと認められるところ,固定子周波数が静止している条件による固定子抵抗の測定が,磁界オリエンテーション制御によって行われると認定したものでないことは明らかである。

以上の検討によれば,審決の相違点1及び2に関する判断に誤りはなく,原告の主張する取消事由2は理由がない。

4  結語

以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告主張の取消事由は全て理由がない。

よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 森義之 裁判官 今井弘晃)

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