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知財高等裁判所 平成21年(行ケ)10103号 判決 2010年2月09日

原告

アスラブ・エス アー

同訴訟代理人弁理士

山川政樹

黒川弘朗

紺野正幸

西山修

山川茂樹

東森秀朋

小池勇三

被告

特許庁長官

同指定代理人

小松徹三

小林和男

廣瀬文雄

今関雅子

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2008-10370号事件について平成20年12月1日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,原告が,名称を「特に色画像表示スクリーン形成用の液晶表示装置」とする発明につき特許出願(平成10年特許願第107391号)したところ,特許庁から拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたが,同発明は引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとして,請求不成立の審決を受けたため,その審決の取消しを求める事案である。

1  特許庁における手続の経緯

原告は,平成10年4月17日,上記発明につき特許出願(パリ条約による優先権主張1997年4月17日,スイス国)したが,平成19年5月17日付け拒絶理由通知(甲7)を受けたため,同年9月20日に手続補正書(甲5,9)を提出した。しかし,同年10月12日付けで拒絶理由通知(甲10)を受け,さらに,平成20年1月24日付けの拒絶査定(甲6)を受けたので,これを不服として,同年4月24日,審判請求をした。

特許庁は,審理の結果,同年12月1日,本件審判請求は成り立たないとの審決をし,同月16日,その謄本を原告に送達した。

2  本願の特許請求の範囲

平成19年9月20日付け手続補正書(甲5)により補正された明細書及び図面の記載によれば,本願の請求項1に係る発明は,次のとおりである(以下「本願発明」という。なお,請求項は1ないし11まで存在するが,請求項2ないし11に関する部分は,以下,省略する。)。

「特に色画像表示スクリーンを形成する液晶表示装置において,

観測者側にある前側の透明な第一基板と,

第一基板に面する後側にあって,第一基板と平行に延びる第二基板とを備え,

第一基板が第二基板と接続されて,それらの間に,少なくとも1つの液晶フィルムが配置される空洞が定められ,

前記液晶が,赤色の波長範囲の光を反射する少なくとも第一状態と,透明な少なくとも第二状態とを有する装置であって,

他の基板に面する各基板の表面が電極を形成する手段を含み,前記基板に対する制御電圧の選択印加によって,液晶を少なくとも第一状態から第二状態へ又はその逆へ変化させることができ,

前記赤色の波長範囲に近い可視光波長で,前記赤色の波長を除く波長555nmに近い側の波長を吸収するフィルタを含み,そのフィルタが前記液晶フィルムに対して観測者側に配置されることを特徴とする表示装置。」

3  審決の理由

審決は,本願発明は,特開平9-68702号公報(甲1。以下「引用例1」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)並びに特開平1-239794号公報(甲2。以下「引用例2」という。)及び特開平5-34847号公報(甲3。以下「引用例3」という。)に記載された各発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないと判断した。

審決が認定した引用発明等の内容,一致点及び相違点並びに容易想到性の判断内容は,次のとおりである(なお,以下において引用した審決中の当事者及び公知文献等の表記は,本判決の表記に統一した。)。

(1)  引用発明の内容

「観察者側にある透明基板2と,

透明基板2に面する後側にあって,透明基板2と平行に延びる透明基板3とを備え,

透明基板2と3の間に狭持された液晶層5を有し,

液晶層5が液晶領域5aおよび5bを有し,

前記液晶領域5bが,光の赤色成分を反射する状態と,全ての光を透過する状態とを有し,

透明基板2上に形成された透明電極9と,透明基板3上に形成された透明電極10a,10b,及び10cを有し,

前記液晶領域5bが,透明電極10cと透明電極9との間に電圧が印加されたON状態にあるときに全ての光を透過し,OFF状態にあるときに光の赤色成分を反射する,反射型カラー液晶表示素子」

(2)  引用発明と本願発明の一致点

「色画像表示スクリーンを形成する液晶表示装置において,

観測者側にある前側の透明な第一基板と,

第一基板に面する後側にあって,第一基板と平行に延びる第二基板とを備え,

第一基板が第二基板と接続されて,それらの間に,少なくとも1つの液晶フィルムが配置される空洞が定められ,

前記液晶が,赤色の波長範囲の光を反射する少なくとも第一状態と,透明な少なくとも第二状態とを有する装置であって,

他の基板に面する各基板の表面が電極を形成する手段を含み,前記基板に対する制御電圧の選択印加によって,液晶を少なくとも第一状態から第二状態へ又はその逆へ変化させることができる表示装置。」

(3)  引用発明と本願発明の相違点

「本願発明では,表示装置が,赤色の波長範囲に近い可視光波長で,前記赤色の波長を除く波長555nmに近い側の波長を吸収するフィルタを含み,そのフィルタが液晶フィルムに対して観測者側に配置されるのに対して,引用発明では,表示装置が前記の特性を有するフィルタを具備しない点。」

(4)  相違点に関する容易想到性の判断

「カラー表示装置において,赤色光の色純度を低下させる,赤色の波長範囲に近い可視光波長で,赤色成分よりも短波長の光をカットするフィルタを設けることは,例えば引用例2に記載されるように周知であって,引用例1においても,赤色の波長範囲に近い可視光波長で,赤色成分よりも短波長の光をカットするフィルタ,すなわち,赤色の波長範囲に近い可視光波長で,赤色の波長を除く波長555nmに近い側の波長を吸収するフィルタを設けることは,当業者が容易に想到しうることである。なお,表示装置において,色調を悪くするリップル光を除くためにフィルタを用いることは,例えば引用例3(甲3)に記載されるように周知慣用技術である(段落【0022】~段落【0027】,図14,図17~20を参照)。

そして,本願発明の作用効果は引用発明および引用例2に記載された発明から当業者が予期できたものである。

したがって,本願発明は,引用発明および引用例2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。」

(5)  むすび

「以上のとおり,本願発明は,引用発明および引用例2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるので,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。」

第3原告主張の取消事由

審決は,次に述べるとおり,認定及び判断に誤りがあるから,取り消されるべきである。

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)

審決は,「本願発明と引用発明は『‥‥表示装置。』の点で一致する」と認定している。ところが,上記「‥‥表示装置。」の「表示装置」には「液晶表示装置」だけでなく,「CRT表示装置」,「EL表示装置」あるいは「プラズマ表示装置」等の技術分野の相違する表示装置が含まれる。そして,本願発明と引用発明は「‥‥反射型液晶表示装置。」の点でのみ一致し,「‥‥CRT表示装置」,「‥‥EL表示装置。」あるいは「‥‥プラズマ表示装置。」の点で一致しないことは明らかである。

したがって,審決の引用発明と本願発明の一致点の認定が誤っていることは明らかである。

2  取消事由2(相違点の認定の誤り)

審決の一致点の認定が誤っているから,審決の相違点の認定が誤っていることは明らかである。

3  取消事由3(相違点の判断の誤り1(周知技術における技術分野の認定の誤り))

「カラー表示装置」には「CRTカラー表示装置」,「液晶カラー表示装置」,「ELカラー表示装置」あるいは「プラズマ・カラー表示装置」等の技術分野が互いに相違するカラー表示装置が含まれる。そして,引用例2に記載の「赤色発光エレクトロルミネッセンス素子の表示側に570nm以下の波長の光を遮光するフィルタを設ける」という技術的事項は,赤色発光エレクトロルミネッセンス素子の「ELカラー表示装置」の技術分野において公知であるといえるとしても,引用例2とは技術分野の異なる引用発明の「反射型液晶カラー表示装置」の技術分野において公知であるとはいえない。そのため,引用例2に記載の「赤色発光エレクトロルミネッセンス素子の表示側に570nm以下の波長の光を遮光するフィルタを設ける」という技術的事項が「カラー表示装置」において周知でないことは明らかである。したがって,「カラー表示装置において,‥‥例えば,引用例2に記載されるように周知であって」との審決の認定が誤っていることは明らかである。

4  取消事由4(相違点の判断の誤り2(「波長を吸収するフィルタ」に関する認定の誤り))

(1)  審決は,引用例2のフィルタと本願発明のフィルタは同じものであると認定している。しかしながら,引用例2のフィルタは「570nm以下の波長の光をすべて遮光する」のに対して,本願発明のフィルタは「波長555nm以下の波長の光を透過する」ので,引用例2のフィルタと本願発明のフィルタの光学特性は互いに明らかに異なっている。したがって,引用例2のフィルタと本願発明のフィルタは同じものではないから,審決の上記認定が誤っていることは明らかである。

(2)  被告の反論(後記第4の4)に対する再反論

被告は,後記第4の4のとおり,本願発明のフィルタは「波長555nm以下の波長の光を透過する」ものに限られず,「570nm以下の波長の光をすべて遮光する」ものを含むので,異なるものとはいえない旨主張するが,本願発明の「前記赤色の波長範囲に近い可視光波長で,前記赤色の波長を除く波長555nmに近い側の波長」が「赤色の波長範囲」と「波長555nm」との間の波長を意味することは明らかである。そうすると,本願発明のフィルタは,「赤色の波長範囲」と「波長555nm」との間の波長の光のみを吸収するのであり,波長555nm以下の光を反射しないで透過することは明らかであるから,上記被告の主張は誤りである。

5  取消事由5(相違点の判断の誤り3(容易想到性の判断の誤り))

引用例1には赤色光の色純度を高めるためにフィルタを設けることは記載も示唆もされていない。そして,引用例2には,その「赤色発光エレクトロルミネッセンス素子に使用する600nm以下の波長の光を遮光するフィルタ」を引用例1の「反射型液晶カラー表示装置」に適用することは記載も示唆もされていない。それゆえ,引用例1の「反射型液晶カラー表示装置」に引用例2の「600nm以下の波長の光を遮光するフィルタ」を適用することは当業者といえども容易に想到できないことは明らかである。

6  取消事由6(相違点の判断の誤り4(引用例3に関する認定の誤り))

(1)  引用例3記載の技術を表示装置において周知慣用技術であるとした認定の誤り

引用例3に記載の「赤色透過カラーフィルタ」を用いることは,引用例1の「反射型液晶表示装置」,「CRT表示装置」,「EL表示装置」又は「プラズマ表示装置」のいずれの技術分野においても,公知でも周知でもない。

したがって,引用例3に記載の「赤色透過カラーフィルタ」を用いることが「表示装置において周知慣用技術である」との審決の認定が誤っていることは明らかである。

(2)  引用例3の引用発明への適用が容易であるとした判断の誤り

引用例3に記載の「赤色透過カラーフィルタ」を引用発明の「反射型液晶表示装置」に適用することは引用例3には記載も示唆もされていないので,その「赤色透過カラーフィルタ」を引用発明の「反射型液晶カラー表示装置」に適用することは,当業者といえども容易に想到できないことは明らかである。

また,引用例3の「赤色より短波長側の光を含まない分光特性を有する赤色透過カラーフィルタ」は,本願発明の「赤色の波長範囲に近い可視光波長で,赤色の波長を除く波長555nmに近い側の波長を吸収するフィルタ」とは異なるために,仮に引用例1の「反射型液晶カラー表示装置」に適用したとしても,本願発明にならないことは明らかである。

(3)  被告の反論に対する再反論

被告は,後記第4の6のとおり,引用例3は当業者の技術水準を示す参考文献にすぎず,引用例3を引用発明に適用することを前提とする原告の主張は,審決を正解しないものである旨主張する。

しかしながら,前記第2の3(4)の審決の記載によれば,審決が,「カラー表示装置において,‥‥フィルタを設けることは,例えば引用例2に記載されるように周知である」を補強するために,「フィルタを用いることは,例えば特開平5-34847号公報(甲3)に記載されるように周知慣用技術である」と記載していることは明らかであって,被告の上記主張は妥当でない。

7  取消事由7(特許法159条2項で準用する同法50条違反)

審決は「カラー表示装置において,赤色光の色純度‥‥フィルタを設ける」という技術的事項が引用例2並びに乙1及び乙2に例示されるように周知であるとの認定に基づいてされている。ところが,平成20年1月24日付け拒絶査定(甲6)の理由は,その備考に記載されているように,「引用刊行物1(引用例1)に記載された発明において,赤色波長Δλに対して,色フィルタ(引用例2記載)を適用することで純度を上げることは容易に着想し得ることである」というもので,上記技術的事項が周知であるとの認定に基づいていないことは明らかである。そうすると,上記認定に基づく審決の拒絶の理由は,上記拒絶査定の理由と異なるから,特許法159条2項で準用する同法50条の規定により,審決をする前に通知され,意見書を提出する機会が与えられなければならない。

しかしながら,上記認定に基づく審決の拒絶の理由は通知されておらず,意見書を提出する機会は与えられていない。したがって,審決は,特許法159条2項で準用する同法50条の規定に違反してされたものであるから,取り消されるべきである。

第4被告の主張

次のとおり,審決の認定判断には誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)に対して

審決は,「よって,本願発明と引用発明とは,『‥‥表示装置。』の点で一致し,次の点で相違する。」(審決8頁最終行ないし9頁12行)としており,本願発明の記載に対応させて順次引用発明との対比を行えば,一致する点の末尾が本願発明の末尾に記載される「‥‥表示装置。」となることは明らかである。

また,原告が一致するとする「反射型液晶表示装置」という用語は,明細書に記載されておらず,当該用語を用いて一致点を認定することはできない。

したがって,本願発明と引用発明は「‥‥表示装置。」の点で一致するとした審決に誤りはない。

2  取消事由2(相違点の認定の誤り)に対して

上記1において述べたとおり,審決の一致点の認定に誤りはないから,審決の相違点の認定にも誤りはない。

3  取消事由3(相違点の判断の誤り1(周知技術における技術分野の認定の誤り))に対して

審決では,前記第2の3(4)のとおり,「カラー表示装置において,赤色光の色純度を低下させる,赤色の波長範囲に近い可視光波長で,赤色成分よりも短波長の光をカットするフィルタを設ける」という技術的事項が周知であると認定している。(以下,この技術的事項を「周知の技術的事項1」という。)

「カラー表示装置」には,原告が述べるとおり,「CRTカラー表示装置」,「液晶カラー表示装置」,「ELカラー表示装置」あるいは「プラズマ・カラー表示装置」等が含まれ,審決は,CRT,液晶,ELあるいはプラズマといった個別の技術分野によらず,「カラー表示装置」であれば一般的に用いることができる技術的事項として,周知の技術的事項1を認定したものである。

また,その認定の証拠として,審決では,「例えば」の記載に続けて,「ELカラー表示装置」が「カラー表示装置」に含まれることを前提として引用例2を例示しているのであるから,引用例2が「カラー表示装置」における周知の証拠となることに誤りはない。

さらに,周知とは当業者が当然に知っている事項であるので,必ずしもすべての個別の技術分野について具体的な証拠を示す文献を挙げる必要はない。たとえ証拠を提示する場合であっても,審決で認定した周知の技術的事項1の証拠としては,前述の個別の技術分野によらずに「カラー表示装置」で一般的に用いられることが把握できれば十分である。

以上のとおり,周知の技術的事項1が周知であることを示すために,原告が主張する引用発明の「反射型液晶カラー表示装置」の技術分野においても公知であることまで示す必要はない。念のため述べると,審決では周知の技術的事項1の証拠として「カラー表示装置」のうち「ELカラー表示装置」の例のみを示し,他の個別の技術分野については当業者が当然に知っている事項であるので,証拠を例示しなかったが,他の技術分野についても,例えば「液晶カラー表示装置」については特開平4-52625号の公報(乙1。以下「周知例1」という。)に,「プラズマ・カラー表示装置」については特開平8-138559号の公報(乙2。以下「周知例2」という。)に,それぞれ例示されるように周知の技術的事項であるから,当業者であれば「カラー表示装置」一般について「‥‥色純度を低下させる,‥‥光をカットするフィルタを設ける」という周知の技術的事項1を把握できることは明らかである。

したがって,「カラー表示装置において,‥‥色純度を低下させる,‥‥光をカットするフィルタを設けることは,例えば引用例2に記載されるように周知であって」とした審決の認定に誤りはない。

4  取消事由4(相違点の判断の誤り2(「波長を吸収するフィルタ」に関する認定の誤り))に対して

本願発明のフィルタは「波長555nm以下の波長の光を透過する」ものに限られず「570nm以下の波長の光をすべて遮光する」ものを含むので,引用例2のフィルタと異なるものとはいえない。以下,詳述する。

(1)  認定された本願発明に基づく検討

本願発明は,審決で認定したとおりのものであって,フィルタに関しては,(ア)「前記赤色の波長範囲に近い可視光波長で,前記赤色の波長を除く波長555nmに近い側の波長を吸収する」こと,及び(イ)「フィルタが前記液晶フィルムに対して観測者側に配置されること」のみが特定されている。

そして上記(ア)及び(イ)は,「波長555nm以下の波長の光を透過する」ことを,直接意味するものではない。

また,上記(ア)は,フィルタについて「前記赤色の波長範囲に近い可視光波長で,前記赤色の波長を除く波長555nmに近い側の波長」を吸収することを示すものである。ここで,赤色の波長範囲とはおおよそ640nm(0.64μm)ないし770nm(0.77μm)(乙3)であるので,本願発明の「前記赤色の波長範囲に近い可視光波長で,前記赤色の波長を除く波長555nmに近い側の波長」とは,赤色の波長範囲(640nmないし770nm)に近い可視光波長,すなわち,640nm以下で640nmに近い波長,及び770nm以上で770nmに近い波長,のうち赤色の波長(640nmないし770nm)を除く波長555nmに近い側の波長である,おおよそ640nm以下で640nmに近い波長,を意味するものである。よって,上記(ア)は,おおよそ640nm以下で640nmに近い波長の光は吸収されることを定めるものの,おおよそ640nm以下で640nmから遠い波長である,例えば555nm以下の波長の光に対してどのような吸収や透過などの光学特性を示すかについて何ら定めるものではない。また,555nm以下の波長が,おおよそ640nm以下で640nmに近い波長に含まれるのであれば,555nm以下の波長の光も吸収されることは明らかである。よって,上記(ア)から,本願発明のフィルタを「波長555nm以下の波長の光を透過する」もののみに限定することはできない。

上記(イ)から,観測者から見てフィルタの後方にある液晶(の第一状態又は第二状態)を識別できるのであるから,何らかの波長の光がフィルタを「透過」することは読み取ることができるが,液晶(の第一状態又は第二状態)について,本願発明は「赤色の波長範囲の光を反射する少なくとも第一状態と,透明な少なくとも第二状態」とのみ特定され,また他に「多色表示」や「カラー表示」とすることも特定されていないことから,本願発明のフィルタが「透過」する何らかの波長の光として,「赤色」光が透過することは明らかであるとしても,「赤色」光に含まれない波長555nm以下の波長の光について透過するか否かは具体的に定まるものではない。よって,上記(イ)から,本願発明のフィルタを「波長555nm以下の波長の光を透過する」もののみに限定することはできない。

したがって,本願発明に基づけば,本願発明のフィルタは「波長555nm以下の波長の光を透過する」ものと限定して解釈しなければならない特段の事情はない。

(2)  発明の詳細な説明の記載を参酌しての検討

そもそも上記(1)で述べたとおり,本願発明のフィルタは「波長555nm以下の波長の光」において,透過するか,吸収するかは特定されないものと解釈され,また,そのように解釈しても,本願発明は何ら矛盾を生じない。

したがって,本願発明においてフィルタに関する記載は明りょうであって,発明の詳細な説明の記載を参酌して本願発明を認定する必要はない。

また,仮に,発明の詳細な説明の記載を参酌したとしても,そもそも発明の詳細な説明には「波長555nm以下の波長の光を透過する」ことは,明記されていない。加えて,発明の詳細な説明の記載を技術的にみたとしても,本願発明のフィルタは「波長555nm以下の波長の光を透過する」ものに限られない。

したがって,発明の詳細な説明の記載を参酌したとしても,本願発明のフィルタは「波長555nm以下の波長の光を透過する」ものに特定されるものではなく,「570nm以下の波長の光をすべて遮光する」ものは含まないとする原告の主張は根拠がなく,失当である。

5  取消事由5(相違点の判断の誤り3(容易想到性の判断の誤り))に対して

引用例2は審決において認定した周知の技術的事項1を示すための一例であるので,引用発明に適用されるのは,引用例2に記載された発明そのものではなく,審決で認定した周知の技術的事項1である。

ここで,前記3で述べたように,審決で認定した周知の技術的事項1は「カラー表示装置」に関するものであって,引用発明の「反射型液晶カラー表示装置」も含む一般的なカラー表示装置を対象とするものである。

してみれば,引用発明も周知の技術的事項1も「カラー表示装置」に関する技術であって技術分野が共通し,また,色純度を高めることは,カラー表示装置における自明な課題である(このことは,引用例1においても,段落【0054】に記載されている。)ので,引用発明において前記自明な課題を解決するために,引用発明と技術分野が共通する周知の技術的事項1を適用しようと試みることは,引用例1や引用例2に具体的な適用についての記載や示唆がなくとも,当業者の通常の創作能力の発揮の範ちゅうである。

したがって,引用発明の「反射型液晶カラー表示装置」に引用例2に例示される周知の技術的事項1を適用することは,当業者が容易に想到できるものであり,審決に誤りはない。

6  取消事由6(相違点の判断の誤り4(引用例3に関する認定の誤り))に対して

前記第2の3(4)記載のとおり,審決における引用例3に関する記述は,なお書きに記載されている。

審決は,引用発明と引用例2に記載された発明に例示される周知の技術的事項1から,本願発明が容易に想到することができたとしている。

審決において,「なお」以降の文の目的とするところは,あくまで,参考文献として引用例3を挙げ,当業者の技術水準をあらかじめ示すことにより,審決において,「本願発明の作用効果は引用発明および引用例2に記載された発明から当業者が予期できたものである。」ことを,補うためのものであり,引用例3を引用発明に適用することを意味するものではない。

以上のとおり,引用例3は当業者の技術水準を示す参考文献にすぎず,審決は引用発明及び引用例2に例示される周知の技術的事項1に基づいて本願発明の進歩性を否定したものであるから,引用例3を引用例1に適用することを前提とする原告の主張は,審決を正解しないものであり,失当である。

7  取消事由7(特許法159条2項で準用する同法50条違反)に対して

拒絶査定(甲6)及び拒絶査定の理由である平成19年10月12日付け拒絶理由通知書(甲10)で通知した理由は,審決で記載したとおり,引用例1に記載された発明に引用例2に例示される周知の技術的事項1を適用することを意味するものであることは,以下のとおり,明らかである。

すなわち,第1に,拒絶査定(甲6)及び拒絶査定の理由である平成19年10月12日付け拒絶理由通知書(甲10)で通知した理由では,引用例1に記載された発明に適用される技術的事項が引用例2に記載された技術的事項であるとは,明記されていない。第2に,引用例2を用いて認定している技術的事項として,平成19年5月17日付けの拒絶理由通知書(甲7)では「カラーフィルターを利用して色純度を上げること」と,平成19年10月12日付け拒絶理由通知書(甲10)では「色純度を上げるために,フィルターを利用して不要な波長をカットすること」と,さらに,拒絶査定(甲6)では「色フィルターを適用することで純度を上げること」と,一貫して同様の認定をしている。このような審査経過を追っていけば,原審の審査官が,引用例2を,一貫して周知の技術的事項を示す参考文献として用いていることは明らかである。

したがって,審決の拒絶の理由は,拒絶査定(甲6)の理由と異なるものではないことは明らかであり,原告の主張は,拒絶査定(甲6)及び拒絶査定の理由である平成19年10月12日付け拒絶理由通知書(甲10)で通知した理由を正解しないものであって,失当である。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)について

(1)  本願発明の内容

証拠(甲4,5)によれば,本願明細書には次の記載がある。

「【発明の属する技術分野】 本発明は,特に色付き画像の表示用として意図された液晶表示装置に関し,より詳細には,各種色を,特に赤色を,高純度で表示できるようにしたコレステリック形の液晶表示装置に関する。」(段落【0001】)

「【従来の技術】 ある種のコレステリック液晶の特有の性質は,調節可能なピッチを有する周期的螺旋構造である。“プレーナ”として知られているこの螺旋構造によってブラッグ反射が生じるが,その反射バンド,即ち,反射可能な波長範囲は螺旋のピッチ及び/又は液晶の複屈折性を変えることにより容易に変えることができるものである。」(段落【0002】)

「それぞれ決められた色に対応する波長を反射するように調節されたピッチを有する幾つかのコレステリック液晶を2枚の板又は基板間の表示装置中に導入すると,各ピクセルが,例えば,それぞれ,赤,緑及び青の三原色のサブピクセル色成る三色ピクセルの配列を作ることができる。制御電極を板の内表面上に設けて,例えばマトリックスを形成させ,且つ三原色の追加混合によって色画面要素を選択的に作り出すべく液晶を局所的に励起させることができる。サブピクセル全てがプレーナ螺旋状態,即ち反射状態にある場合,生ずる三色ピクセルの色は白色である。」(段落【0004】)

「【発明が解決しようとする課題】 原色の緑と青の生成は何ら格別の問題を提起しないが,この方式の表示装置で得られる赤色は常にほの暗く,光沢がないか又は色あせた様相を呈する。これは,図1に示すコレステリック方式の液晶による赤色反射スペクトルの解析によって説明がつく。液晶による赤色に相当する波長の反射は完全でなく,反射スペクトルは主バンドの何れかの側で顕著なフリンジを含んでいて,これが色純度を落すということが注目されよう。前記のフリンジ効果は,人の目の応答で逓倍された図1の反射スペクトルを示す図2に見られるように,人の目で増幅されるという別の欠点があり,これが色を劣化させ且つ光沢のない外観を生ずるのである。」(段落【0005】)

「このように,フィルタは,セルに入射するスペクトル光から,それが液晶フィルムに入射する前に,液晶が反射すべき色に対応する色と異なり,且つ予め定められた色を劣化させる可能性のある可視波長を排除するものである。上文に引用されたフリンジ効果も,従って,液晶による反射スペクトルから取り除かれ,その結果,液晶で反射される色はより純粋になり結果的に明るくなる。」(段落【0011】)

「液晶フィルムCLは,少なくとも二つの状態,即ち,予め定めた色,例えば,赤色に対応する波長範囲の光を反射する第一状態と,光を通す第二状態とを有することができる。」(段落【0016】)

「従って,本実施形態に記述したセルによって,赤色ピクセルを黒色バックグラウンド上に表示させることができる。‥‥。」(段落【0017】)

「本発明のこの第二の実施形態では,赤色に対応する波長範囲を反射する液晶の列群(R)を,赤色の波長範囲を除く可視波長を吸収できるフィルタ30と結合する。‥‥。」(段落【0031】)

「フィルタ30は,好ましくは,列群(R)と結合される制御電極群28の上に配置させる。‥‥。」(段落【0032】)

(2)  引用発明の記載内容

証拠(甲1)によれば,引用例1には次の記載がある。

「【請求項1】 第1液晶層と第2液晶層とが対向するように配置され,該第1及び該第2液晶層の選択された領域に電圧を印加する電圧印加手段を備えた反射型カラー液晶表示素子であって,

該第1液晶層は,印加電圧に応じて第1波長帯域の光の反射率が変化する第1液晶領域と,印加電圧に応じて第2波長帯域の光の反射率が変化する第2液晶領域とを含み,該第2液晶層は,印加電圧に応じて該第2波長帯域の光の反射率が変化する第3液晶領域と,印加電圧に応じて第3波長帯域の光の反射率が変化する第4液晶領域と,を含み,

該第1液晶層の該第1液晶領域は,該第2液晶層の該第4液晶領域の一部と該第3液晶領域とに対向し,該第2液晶層の該第4液晶領域は,該第1液晶層の該第1液晶領域の一部と該第2液晶領域とに対向しており,該電圧印加手段が該第1及び第2液晶層の各液晶領域に対して電圧を選択的に印加し,それによってカラー表示を行う反射型カラー液晶表示素子。」(【特許請求の範囲】)

「【発明の属する技術分野】 本発明は,液晶表示装置及びその製造方法に関し,特に,明るい反射型カラー液晶表示素子及びその製造方法に関する。」(段落【0001】)

「【従来の技術】 液晶表示素子は,低消費電力で薄型軽量であるという優れた特徴を有している。この特徴を利用して,フラットパネルディスプレイの開発がすすめられており,時計,電卓,コンピュータ端末,ノート型コンピュータやワードプロセッサ,更にはテレビジョン受像機などに液晶表示素子は利用されている。」(段落【0002】)

「図1に本発明の反射型カラー液晶表示素子100の一画素分の断面構造を模式的に示す。液晶表示素子100の一画素は,3つのドット11,12及び13から構成される。液晶表示素子100は,3枚の透明基板1,2,及び3と,こられの透明基板の間に狭持された液晶層4及び5を有している。さらに,基板3の外側の表面には,光吸収層6が配置されている。」(段落【0029】)

「液晶層4は,透明基板1上に形成された透明電極7a,7b及び7cと,透明基板2上に形成された透明電極8との間に狭持されている。透明電極7a,7b及び7cは,それぞれドット11,12及び13に対応するように設けられており,液晶層4にドット毎に異なる電圧を印加することができる。また,液晶層5は,透明基板2上に形成された透明電極9と,透明基板3上に形成された透明電極10a,10b,及び10cとの間に狭持されている。透明電極10a,10b及び10cは,それぞれドット11,12及び13に対応するように設けられており,液晶層5にドット毎に異なる電圧を印加することができる。」(段落【0030】)

「液晶層4及び5は,それぞれ,特定の波長帯域の光に対する反射率が印加される電圧によって変化する性質を有している。また,液晶層4及び5は,互いに異なる波長帯域の光に対して反射率が変化する領域4aと4b及び5aと5bを有している。また,液晶層4と液晶層5の同じドットを構成する領域は,互いに異なる波長帯域の光に対する反射率を変化するように構成される。」(段落【0031】)

「液晶層4及び5は,液晶材料の薄層と高分子材料の薄層とを交互に積層した層状複合体によって形成されている。層状複合体に電圧が印加されない時(電圧無印加時)には,高分子薄層の屈折率と液晶薄層の屈折率が異なり,高分子薄層-液晶薄層が干渉フィルターとなり特定の波長帯域の光を反射する。電圧を印加した場合には,液晶薄層の屈折率が高分子薄層の屈折率に近づくように設定されており,特定波長帯域における光の反射率は大幅に低下する。」(段落【0032】)

「図1の例では,液晶層4は,青色光の反射率を変化する液晶領域4aと,緑色光の反射率を変化させる液晶領域4bとを有する。液晶領域4aはドット11と12に対応し,液晶領域4bはドット13に対応する。液晶領域4aのドット11に対応する部分は,透明電極7aと8との間に印加される電圧によって,反射率が変化し,液晶領域4aのドット12に対応する部分は,透明電極7bと8との間に印加される電圧によって,反射率が変化する。液晶領域4bは,ドット13に対応し,透明電極7cと8との間に印加される電圧によって,反射率が変化する。」(段落【0033】)

「一方,液晶層5は,緑色光の反射率を変化する液晶領域5aと,赤色光の反射率を変化させる液晶領域5bとを有する。液晶領域5aはドット11に対応し,液晶領域5bはドット12と13とに対応する。液晶領域5aは,透明電極10aと9との間に印加される電圧によって,反射率が変化する。液晶領域5bのドット12に対応する部分は,透明電極10bと9との間に印加される電圧によって,反射率が変化し,液晶領域4bのドット13に対応する部分は,透明電極10cと9との間に印加される電圧によって,反射率が変化する。すなわち,ドット11は青色光反射層と緑色光反射層,ドット12は青色光反射層と赤色光反射層,ドット13は緑色光反射層と赤色光反射層とから構成されている。なお,各液晶領域色が反射する光の色の組み合わせは,上記の例に限定されない。図1の構成において,液晶層4と5との積層順序は反対でもよく,各ドット11,12及び13を構成する液晶領域が反射する光の色の組み合わせが互いに異なるように選択すれば良い。また,図1においては,液晶領域4a及び5bは2つのドットに対応するように形成し,液晶層の構成を単純化してあるが,液晶領域4a及び5bをそれぞれ2つに分割し,ドット毎に液晶領域を形成してもよい。」(段落【0034】)

「また,光吸収層6は黒色または灰色を呈する層であり,液晶層4及び5を透過した光を吸収するためにる設けられている。」(段落【0035】)

(3)  一致点の認定の誤りについて

ア 前記第2の2記載の本願の特許請求の範囲及び前記(1)の記載からすれば,本願発明は,色画像表示スクリーンを形成する液晶表示装置であることが明らかである。一方,上記(2)によれば,引用発明は,前記第2の3(1)で認定した内容の発明であると認められ,そこにいう「反射型カラー液晶表示素子」は,それぞれ液晶を用いて赤,緑,青の反射率を変化させることができる3つのドットからなる画素を有する液晶表示素子であり,画素を制御することにより様々なカラー画像表示が可能な表示装置の一種である。

とすれば,本願発明と引用発明は,いずれも「表示装置」であることは明らかであるから,「表示装置」の発明で一致するとした審決の認定に誤りはない。

イ この点について,原告は,前記第3の1のとおり,本願発明と引用発明は,「‥‥反射型液晶表示装置」の点で一致しているのであって,「表示装置」の点で一致しているのではない旨主張する。

確かに,前記第2の2記載の本願の特許請求の範囲及び前記(1)の記載からすれば,本願発明は,色画像表示スクリーンを形成する液晶表示装置のうち,特に,赤色の波長範囲に近い可視光波長で,赤色の波長を除く波長555nmに近い側の波長を吸収するフィルタを,液晶フィルムに対して観測者側に配置した構成を有するものであるから,それは,結局,液晶により光を選択的に反射して色画像を表示するものであるといえ,「反射型カラー液晶表示装置」であるということができるし,一方,引用発明も,上記アのとおり,「反射型カラー液晶表示素子」という液晶表示装置であるから,両者は,原告が主張するように「反射型液晶表示装置」という点で一致するともいえる。しかしながら,反射型液晶表示装置は何らかの画像を表示するものであるから,「表示装置」の一種であることは明らかであり,当然ながら両者は「反射型液晶表示装置」の上位概念に当たる「表示装置」という概念に含まれる装置であることでも一致しているのであるから,上位概念を一致点とすることに何ら問題はない。また,審決は,一致点について,「色画像表示スクリーンを形成する液晶表示装置において,‥‥液晶が,赤色の波長範囲の光を反射する少なくとも第一状態と,透明な少なくとも第二状態とを有する装置であって,‥‥」と,反射型液晶表示に関わる構成を有している点で一致していることを認定しており,「CRT装置表示装置」,「EL液晶表示装置」あるいは「プラズマ表示装置」の点で一致していると認定しているわけではないのは明らかであり,本件請求項の末尾の記載に合わせて「表示装置」としたものである。したがって,この点に関する原告の主張は失当である。

2  取消事由2(相違点の認定の誤り)について

上記1(3)で認定したとおり,審決の一致点の認定に誤りはない。したがって,一致点の認定に誤りがあることを理由として,相違点の認定にも誤りがあるとする原告の主張は失当である。

3  取消事由3(相違点の判断の誤り1(周知技術における技術分野の認定の誤り))について

(1)  引用例2並びに周知例1及び2の各記載内容

ア 引用例2について

証拠(甲2)によれば,引用例2には次の記載がある。

「2.特許請求の範囲

(1)  透光性の表示側電極と背面側電極との間にZnS:Mnからなる発光層と絶縁層が配設され,かつ表示側に570nm以下の波長の光を遮光するフイルターが設けられてなる赤色発光エレクトロルミネツセンス素子。

(2)  フイルターが580nm以下の波長の光をカツトしてかつ600nm以上の波長の光を90%以上透過させるものである請求項(1)に記載の赤色発光エレクトロルミネツセンス素子。」(1頁左欄4ないし13行)

「〔産業上の利用分野〕

この発明はデイスプレィ装置などに使用される発光色が赤色であるエレクトロルミネッセンス素子(以下,ELという)素子に関する。」(1頁左欄15ないし18行)

「〔発明の構成・作用〕

この発明においてEL素子の発光層に使用するZnS:Mnは,本来はオレンジ色の発光を示す発光体材料として従来よりも知られるものであるが,これを発光層に用いたEL素子では5KHz駆動で6,000cd/m2以上という非常に高い輝度と3lm/W以上という高い発光効率が得られる。そして,その発光は,第2図で示すように,波長500~700nmにわたる広い発光スペクトルを有しており,波長600~700nmにかけてかなりの赤色成分を含んでいる。

したがつて,フィルターによつて上記発光の短波長側をカツトすれば,発光色をオレンジ色から赤色に転換でき,しかも得られる赤色発光はフイルターによる減衰を経ても5KHz駆動で2,000cd/m2以上の高輝度と1lm/W以上の高い発光効率を示すものとなる。」(2頁右上欄19行ないし左下欄15行)

「この発明で使用する上記フィルターは,前記の如く570nm以下の波長の光をカットするものであるが,その中でも590nm以上の波長の光を90%以上透過させるものが望ましい。このカットする光の波長の上限が570nmよりも下になると,発光の色純度が低下して色調がオレンジ色かかるので好ましくない。また,発光色を赤の原色つまりカラーCRTの赤色にほぼ一致させるためには,580以下の波長の光をカットしてかつ600nm以上の波長の光を90%以上透過させるものが推奨される。」(2頁右下欄1ないし11行)

「第1図はこの発明を適用した二重絶縁形の赤色発光EL素子の一例を示すものである。

図において,1はガラス製の基板であり,その一方の表面にインジウム-スズ複合酸化物(以下,ITOという)やフッ素を含む酸化スズなどの透明性導電材料の薄膜からなる表示側電極2が形成され,また他方の表面つまり表示側表面に前記の選択的光透過性を有するガラス製もしくは合成樹脂製のフィルター3が貼着されている。そして表示側電極2上には順次,第1の絶縁層4,ZnS:Mnからなる発光層5,第2の絶縁層6,Al薄膜または上記透明性導電材料の薄膜からなる背面側電極7が積層形成されている。」(3頁左上欄14行ないし右上欄6行)

イ 周知例1について

証拠(乙1)によれば,周知例1には次の記載がある。

「2.特許請求の範囲

(1)  電極を有する一対の基板間に挾持された液晶層と,これらを外側から挾むように配置された一対の偏光子とから構成され,該電極に電圧を印加することにより液晶層の複屈折の大きさを変化させ,この複屈折の変化に伴う複屈折色を制御して多色表示を行うカラー液晶表示素子において,カラーフィルターを設けたことを特徴とするカラー液晶表示素子。」(1頁左下欄4ないし12行)

「〔産業上の利用分野〕

本発明は液晶層の複屈折色を利用して多色カラー表示を行うECB型やDAP型などの液晶表示素子に関する。」(1頁右欄1ないし4行)

「〔従来の技術及び発明が解決しようとする課題〕

液晶素子(LCD)を用いた一般のカラー表示素子では,画素に赤,緑,青色のカラーフィルターを設け,各色のオン-オフによって色再現を行うため,各カラーフィルターの光透過特性と,バックライトや液晶層の光学特性などとのマッチングをとることにより,広範囲な色再現が可能である。」(1頁右下欄5ないし11行)

「しかしながら,複屈折色を利用してカラー表示を行う方法を採用した従来のLCDには,赤色表示を行おうとした場合400~450nm程度の色(青紫~青)が混ざるので色純度の高い赤色を再現することが困難である,複屈折色のみを利用しているため色再現範囲が狭い(電子通信学会論文誌,J66-C,169(’83)),時分割駆動時に黒色を表示することが困難である等の問題があった。」(2頁左上欄10ないし17行)

「そこで,本発明では,複屈折色を利用してカラー表示を行うタイプのLCDにカラーフィルターを設けることにより,上述の不都合を解消している。具体的には,例えば,青色表示を行わない画素に赤色系または黄色系のカラーフィルターを用いる。赤色系のカラーフィルターを用いると500~600nmより短波長側の可視光がカットされ,複屈折色のみで赤色表示を行おうとした場合に混ざる400~450nm程度の色(青紫~青)を取除くことができ色純度の高い赤色が得られ,色再現範囲を広くすることが可能となる。」(3頁左上欄10ないし20行)

「第4図のaに示した特性を持つカラーフィルターを用いたときの色度を第2図に矢印の点で記入した。同図から上記のようなカラーフィルターを用いることでNTSCの赤色点Rに表示に近い色まで再現可能になることがわかる。」(3頁左下欄2ないし7行)

ウ 周知例2について

証拠(乙2)によれば,周知例2には次の記載がある。

「【産業上の利用分野】 本発明は,各種薄型表示パネルとして用いられる,蛍光体を紫外線のエネルギーで励起して可視光を得るプラズマディスプレイ装置に関するものである。」(段落【0001】)

「一方,PDPの色純度とコントラストとを改善するために,発光色に対応してセルの開口部に無機材料を用いた光学フィルターを付けるようにした技術が,特開昭59-36280号公報,特開昭61-6151号公報等に開示されている。これらの先願公報に示された従来技術(第2の従来技術)は,発光セルの内側に光学フィルターを設けるもので,前面ガラス板の厚みによる誤差(斜め方向からパネルを見たときに,一部の光がフィルターを通らなかったり別な色のフィルターを通過するような現象)はなく,前面ガラス板の厚みは自由に設定できる。」(段落【0003】)

「本発明は上記の点に鑑みなされたもので,その目的とするところは,輝度の増加を図りつつ,色純度,コントラストの向上を図り得る,プラズマディスプレイ装置(プラズマディスプレイパネル;PDP)を提供することにある。」(段落【0007】)

「【課題を解決するための手段】 輝度を増加させるには,蛍光体からの発光光は極力吸収されないように,外に取り出す必要があることは言うまでもない。一方,表示に必要な波長以外の光については,蛍光体からの発光光であろうと,外光であろうと,吸収する必要がある。しかしながら,PDPの場合は蛍光体の励起に紫外線を用いるために,紫外線の吸収は極力少なくする必要がある。本発明では,これらの制約を同時に満足させるために,蛍光体(蛍光膜)を塗布する隔壁などの面と蛍光体との間に,表示に必要な波長の光を効率良く反射する材料などを塗布した膜や,あるいは,屈折率の異なる層を交互に多重に重ねた干渉膜等を設けるように,構成される。」(段落【0008】)

「図1において,1は背面ガラス板(以下,背面板1と称す),2はセルを空間的に分離する隔壁,3は薄い平板ガラス板よりなる第1の前面ガラス板(以下,第1の前面板3と称す),4は有機材料より形成された出力光の波長選択を行う色フィルター(有機フィルター),5は光を吸収するブラックマトリックス,6はマイクロプリズムやマイクロレンズなどの光学素子機能を付与した第2の前面ガラス板(以下,第2の前面板6と称す),7は蛍光体(蛍光膜),8は特定の波長のみを反射し,それ以外の波長の光は吸収する波長選択性反射膜,Sは発光色毎に空間的に分離された発光領域たるセルである。」(段落【0014】)

「ところで,PDPの場合は放電を発生させる電極が必要であるが,本発明には直接関係が無いので図示を省略している。放電はセルS毎に選択的に行われ,放電により発生した紫外線は,蛍光体7を励起する。このとき,蛍光体特有のスペクトルの可視光が,第1の前面板3,色フィルター4,第2の前面板6を通して出力される。‥‥。」(段落【0018】)

「図3は,本実施例の色フィルター4の光透過特性の1例を示している。透過波長の中心を,表示に必要な波長(蛍光体の発光波長に一致すれば理想的であるが)にあわせるように,必要な材料を選定する。透過率が高ければ高い程,出力光の損失は小さく,明るくできる。また,透過幅が狭いほど不要光を減衰でき,色純度が向上する。」(段落【0023】)

なお,図3には,600nm程度以下の波長域をほとんど透過させない,赤用の色フィルタが示されている。

(2)  上記(1)のとおり,引用例2並びに周知例1及び2は,それぞれ自発光,バックライトなど,装置内における発光の形態こそ異なるものの,装置から外部に発する可視光の波長範囲をセルごとに制限することにより,各種の色画像を表示可能なカラー表示装置である点では共通している。

そして,このような表示装置では,表示したい色の波長に合わせて制限する波長の範囲を狭くした方が色の純度が高まること,色の純度が高いほど色の再現範囲を広くできることが知られていることから,外部に発する可視光の色純度を高めるために,透過する波長の選択を行い,赤色の色純度を高めることができるフィルタを用いることが,周知であることが認められる。

そして,引用例2は,赤色光の色純度を高めるものであり,赤色の波長範囲に近い可視光波長で,赤色成分よりも短波長の光をカットするフィルタを設けるものであるが,上述のように,表示装置の発光形態にかかわらず,色純度を高めることがカラー表示装置において普遍的な課題であって,その解決手段として引用例2に開示された技術的事項も周知といえるものである。

したがって,引用例2に記載された技術的事項は,ELカラー表示装置だけに当てはまるものではなく,カラー表示装置全般に当てはまる周知の技術的事項といえるから,「カラー表示装置において,‥‥例えば,引用例2に記載されるように周知であって」との審決の認定に誤りはなく,原告の主張は理由がない。

4  取消事由4(相違点の判断の誤り2(「波長を吸収するフィルタ」に関する認定の誤り))について

本願請求項1では,フィルタについて,「赤色の波長範囲に近い可視光波長で,前記赤色の波長を除く波長555nmに近い側の波長を吸収するフィルタ」とされており,赤色の波長範囲に近い可視光波長のうち,赤色の波長を除いて,555nmに近い側の可視光波長を除くことの特定はあるが,555nm以下の波長範囲の可視光波長をどのようにするかの直接的な特定はない。

また,前記1の(1)の段落【0031】【0032】の記載によると,本願発明の第二の実施形態では,フィルタは赤色の波長範囲を除く可視光波長を吸収するもので,赤色の光を反射する液晶群と結合して配置されるから,このフィルタは555nm以下の可視光波長を吸収できるものであると解される。

さらに,前記1の(1)の段落【0016】【0017】の記載によると,本願発明の液晶表示装置は,液晶フィルムが赤色の光を反射する状態のときはピクセルが赤色に,透過する状態のときは,透過した赤色の光は黒いバックグラウンドに吸収されるため,ピクセルは黒色になる。このような液晶表示装置では,用いられるフィルタが555nm以下の波長を透過するものであっても,吸収するものであっても,その表示内容に特段の差は生じないから,本願発明ではフィルタが555nm以下の波長を透過しなければ機能しないというものでもない。

そうすると,本願発明のフィルタは,555nm以下の波長域を透過する性質のものに限定されているということはできず,555nm以下の波長域を吸収するものも対象としているというべきであるから,原告の主張は理由がない。

5  取消事由5(相違点の判断の誤り3(容易想到性の判断の誤り))について

引用例1は反射型カラー液晶表示装置に関するものであるが,この種のカラー表示装置において,色純度を高めることが普遍的な課題であること,引用例2のフィルタに関する技術的事項はその解決手段であって,周知といえることは,前記3(2)で述べたとおりである。

そうすると,引用例1の反射型カラー液晶表示装置においても色純度を高める必要があることは,引用例1に接した当業者であれば直ちに知得できる課題といえるものであり,また,その解決手段として引用例2に開示された周知の技術的事項1を引用例1に適用して当該課題を解決しようとすることは,当業者に期待される通常の創作活動の範囲内のものというべきである。

したがって,引用例2の技術的事項を引用発明に適用して本願発明とすることは当業者にとって容易に想到し得ることと認められるから,この点に関する原告の主張は理由がない。

6  取消事由6(相違点の判断の誤り4(引用例3に関する認定の誤り))について

(1)  引用例3の記載内容

証拠(甲3)によれば,引用例3には次の記載がある。

「【技術分野】 本発明は,光透過型の画像パネル,例えば,液晶パネルを用いた画像合成投影装置に関する。」(段落【0001】)

「【従来技術およびその問題点】 例えば三板式液晶カラープロジェクタは,光源からの白色光束を分光手段によって赤,緑,青の三色の光束に分光し,この三色の光束を,それぞれ赤,緑,青の画像情報を表示する三枚の液晶パネルに入射させ,この光束を光束合成手段および投影レンズを介して,スクリーン上に投影し,カラー画像を得る。」(段落【0002】)

「分光手段としては従来,ダイクロイックミラーやダイクロイックプリズムが用いられてきた。ところが,これらのミラーやプリズムは,特定の波長領域の光のみを反射するという厳しい特性が要求され,その製造に当たっては,透明基板または透明プリズム上に,特定の屈折率,厚さの複数層の薄膜(ダイクロイックコート)を形成する必要がある。このため,コート設計,製作が難しく,コスト高の原因となっていた。またこれらのダイクロイックコートは,光線の入射角度の変化による波長シフトや,変更による特性変化が避けられない。」(段落【0003】)

「【発明の目的】 本発明は,従来の画像合成投影装置の分光手段についての以上の問題意識に基づき,ダイクロイックコートの負担を軽減し,安価で安定した性能の画像合成投影装置を得ることを目的とする。」(段落【0004】)

「【発明の概要】 本発明は,分光手段の一部に,着色された透光材料,例えばカラーフィルタを用いることにより,分光手段におけるダイクロイックコートの負担を軽減するという着想に基づいて完成されたものである。」(段落【0005】)

「すなわち本発明は,光源の光を分光する分光手段と,この分光手段によって分光された光束がそれぞれ入射する,該分光光束に対応する分光画像情報を有する光透過型の複数の画像パネルと,この複数の画像パネルを透過した光束を合成する光束合成手段とを備えた画像合成投影装置において,分光手段中に,着色された透光材料を含むことを特徴としている。」(段落【0006】)

「この液晶パネルにおいては,光線の入射方向の前方に位置する透明基板31または透明基板33に,その液晶パネルが分担する画像情報の色に応じた色のカラーフィルタを用いれば,上記実施例と同様の作用を得ることができる。本実施例では,B液晶ユニット14F中の透明基板31または透明基板33として,赤透過カラーフィルタ18を用い,G液晶パネル19F中の透過基板31または透明基板33として緑(赤)透過カラーフィルタ26を用いている。」(段落【0024】)

「この実施例の各分光要素の分光作用は,図16ないし図20に示した。コールドミラー11’は,赤光の長波長側をカットする。Rダイクロイックミラー27は,図17に示すように,特性カーブe’によって,赤光より長波長側を反射し,これより短波長側を透過させる。カーブe’にリップルや漏れ光e”が存在しても,Rダイクロイックミラー27での反射光は,次にR液晶パネル22Fの赤透過カラーフィルタ18を通過するから,この赤透過カラーフィルタ18において,図20に示すようにこのリップルe”が除かれ,赤光より短波長側の光を含まない光分光特性カーブeが得られる。」(段落【0025】)

(2)  上記(1)のとおり,引用例3は,液晶プロジェクタに関するものであって,色調を悪くするリップル光を取り除き,三板式液晶プロジェクタに用いられるダイクロイックミラーの反射光の分光特性を調整するための赤色透過フィルタが記載されているところ,表示装置全般において,色純度を高めるために不要な波長範囲の光を除くためにフィルタを用いることが周知といえるのは,前記3(2)で判断したとおりであるから,液晶プロジェクタという表示装置の一種に関する引用例3と引用発明が異なる技術分野に関するものであるとの原告の主張は理由がない。

また,そもそも,審決は,前記第2の3(4)のとおり,引用発明へ引用例2に開示された技術的事項の適用について,容易に想到し得るとの判断を示した後,「なお,表示装置において,色調を悪くするリップル光を除くためにフィルタを用いることは,例えば特開平5-34847号公報に記載されるように周知慣用技術である。」とし,「5.むすび」として,「本願発明は,引用発明および引用例2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるので,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。」と結論付けているものである。そうすると,審決は,引用例3を参考文献的な意味合いにおいて挙示しているにすぎず,本願発明が容易想到であることの根拠として用いているのではないことは明らかである。

したがって,審決が,引用例3の存在に言及したことは,引用発明と引用例2から本願発明が容易想到であると判断したことに直接影響を与えるものではないから,仮に引用例3の挙示が不適切であったとしても,審決の判断が違法であるとはいえず,この点に関する原告の主張は理由がない。

7  取消事由7(特許法159条2項で準用する同法50条違反)について

(1)  審査段階における拒絶理由通知及び拒絶査定の記載内容

ア 平成19年10月12日付け拒絶理由通知について

証拠(甲10)によれば,上記拒絶理由通知には次の記載がある。

「この出願の下記の請求項に係る発明は,その出願前に日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明に基いて,その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

記(引用文献等については引用文献等一覧参照)

1. 請求項1-11に対して,刊行物1,2

刊行物1の図3を参照。

刊行物2には以下の事項が記載されている。

(略)

つまり,刊行物2には,赤色の色純度を上げるために,不要な波長域の光をカットする方法が開示されていることになる。

してみれば,刊行物1に記載された発明において,図3に示されたB波長の色純度を上げるために,フィルターを利用して不要な波長をカットすることは,容易に着想し得ることである。

引用文献等一覧

1. 特開平09-068702号公報

2. 特開平01-239794号公報」

イ 平成20年1月24日付け拒絶査定

証拠(甲6)によれば,上記拒絶査定には次の記載がある。

「この出願については,平成19年10月12日付け拒絶理由通知書に記載した理由によって,拒絶をすべきものです。

なお,意見書の内容を検討しましたが,拒絶理由を覆すに足りる根拠が見いだせません。

備考

引用刊行物1(特開平09-068702号公報)に記載の発明は「コレステリック液晶フイルムを利用した反射型液晶表示装置」に関するものであり,表1の組合せで「赤色」,表2の組合せで「緑色」,表3の組合せで「青色」を表示可能なこと,右回りのコレステリック液晶は「△λ=2△n・P」で表される△λの範囲にある人射光の右回りの円偏光成分のみを選択的に反射すること等が記載されている。

また,引用刊行物2(特開平01-239794号公報)には,フィルターを利用することで赤色の純度を上げること,580nm以下の波長をカットして600nm,以上の波長の透過率を90%以上とすること等が記載されいる。

してみれば,引用刊行物1に記載された発明において,赤色の波長△λに対して,色フィルターを適用することで純度を上げることは容易に着想し得ることである。」

(2)  上記(1)の記載によれば,審査段階における拒絶の理由は,赤色の色純度を上げるためにフィルタを使用して,不必要な波長域の光をカットするという技術的事項が引用例2に開示されており,この手段を引用発明に適用して本願発明を想到することは容易であるというものであると解される。

一方,審決では,前記第2の3(4)のとおり,その前段で,「カラー表示装置において,赤色光の色純度を低下させる,赤色の波長範囲に近い可視光波長で,赤色成分よりも短波長の光をカットするフィルタを設けることは,例えば引用例2(甲2)に記載されるように周知であって」とした上で,続けて,「引用例1(甲1)においても,赤色の波長範囲に近い可視光波長で,赤色成分よりも短波長の光をカットするフィルタ,すなわち,赤色の波長範囲に近い可視光波長で,赤色の波長を除く波長555nmに近い側の波長を吸収するフィルタを設けることは,当業者が容易に想到しうることである。」とし,最後に以下のように結論づけている。

「そして,本願発明の作用効果は引用発明および引用例2に記載された発明から当業者が予期できたものである。

したがって,本願発明は,引用発明および引用例2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

5. むすび

以上のとおり,本願発明は,引用発明および引用例2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるので,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。」

以上からすれば,審決では上記前段部分で,引用例2が周知の一例として挙げられているようにも見えるが,結論として,引用例2に記載された技術的事項を引用発明に適用することが容易想到であるとしていることは明らかである。

したがって,審決の上記前段部分は,色純度を高めることがカラー表示装置において普遍的な課題であって,その解決手段として,引用例2の,赤色の波長範囲に近い可視波長で,赤色成分よりも短波長の光をカットするフィルタを設けるという技術的事項が周知といえることを指摘したものと解するのが相当である。

そうすると,審査段階における拒絶の理由も,審決における拒絶の理由も,赤色の色純度を上げるためにフィルタを使用して,不必要な波長域の光をカットするという技術的事項が引用例2に開示されており,この技術的事項を引用発明に適用して本願発明を想到することは容易であると判断した点で一致するものである。

したがって,審決は,拒絶査定と異なる理由で本願発明を拒絶したものとはいえないから,この点に関する原告の主張は理由がない。

8  結論

以上のとおり,原告の主張する審決取消事由はいずれも理由がないので,原告の請求は棄却を免れない。

(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 東海林保 裁判官 矢口俊哉)

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