大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

知財高等裁判所 平成21年(行ケ)10112号 判決 2010年1月28日

原告

ダイキン工業株式会社

訴訟代理人弁理士

安富康男

秋山文男

坂本波

被告

旭硝子株式会社

被告

宇部興産株式会社

被告両名訴訟代理人弁理士

志賀正武

高橋詔男

柳井則子

勝俣智夫

主文

1  特許庁が無効2008-800078号事件について平成21年3月18日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は,被告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文同旨

第2争いのない事実

1  手続の概要

原告は,平成13年2月13日,名称を「樹脂積層体」とする発明について特許出願(国際出願番号 PCT/JP2001/000985,特願2001-558259。パリ条約による優先権主張:優先権主張日 2000年(平成12年)2月10日,優先権主張国 日本国。)をし,平成19年1月5日,設定登録(特許第3896850号,請求項の数22,以下「本件特許」という。)を受けた。

被告らは,平成20年4月30日,本件特許の無効審判請求(無効2008-800078号事件)をし,原告は,平成20年7月28日付けの訂正請求書により訂正の請求をした。

特許庁は,平成21年3月18日,「訂正を認める。特許第3896850号の請求項1ないし22に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,その謄本は,平成21年3月30日,原告に送達された。

本件特許の訂正後の明細書(以下,図面と併せ「訂正明細書」という。甲13)の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,請求項1の発明を「特許発明1」のようにいい,本件特許に係る発明を総称して「本件特許発明」という。)。

「【請求項1】

ポリアミド系樹脂からなる層(A)と,前記層(A)と積層されている含フッ素エチレン性重合体からなる層(B)とを有する樹脂積層体であって,

前記ポリアミド系樹脂は,ナイロン6,ナイロン66,ナイロン11,ナイロン12,ナイロン610,ナイロン612,ナイロン6/66,ナイロン66/12,ナイロン6/ポリエステル共重合体,ナイロン6/ポリエーテル共重合体,ナイロン12/ポリエステル共重合体及びナイロン12/ポリエーテル共重合体,並びに,これらのブレンド物からなる群から選択された少なくとも1種であり,アミン価が23~60当量/106g,酸価が40当量/106g以下のものであり,

前記含フッ素エチレン性重合体は,カルボニル基を有する含フッ素エチレン性重合体であることを特徴とする樹脂積層体。

【請求項2】

ポリアミド系樹脂の主成分は,ナイロン11,ナイロン12,ナイロン610,ナイロン612,ナイロン6/ポリエーテル共重合体,又は,ナイロン12/ポリエーテル共重合体のいずれかである請求項1記載の樹脂積層体。

【請求項3】

含フッ素エチレン性重合体のカルボニル基の含有量が,主鎖炭素数1×106個に対して合計3~1000個である請求項1又は2項に記載の樹脂積層体。

【請求項4】

含フッ素エチレン性重合体のカルボニル基は,パーオキサイドに由来するものである請求項1~3のいずれか1項に記載の樹脂積層体。

【請求項5】

含フッ素エチレン性重合体からなる層(B)は,カーボネート基及び/又はカルボン酸ハライド基を有する含フッ素エチレン性重合体を溶融押出ししてなるものである請求項1~4のいずれか1項に記載の樹脂積層体。

【請求項6】

含フッ素エチレン性重合体からなる層(B)は,カーボネート基,カルボン酸ハライド基及びカルボン酸基からなる群から選択される少なくとも1種を,主鎖炭素数1×106個に対して合計3~1000個有する含フッ素エチレン性重合体からなるものである請求項1~4のいずれか1項に記載の樹脂積層体。

【請求項7】

含フッ素エチレン性重合体は,少なくとも,テトラフルオロエチレン及びエチレンを重合してなるものである請求項1~6のいずれか1項に記載の樹脂積層体。

【請求項8】

含フッ素エチレン性重合体は,少なくとも,テトラフルオロエチレン及び一般式

CF2=CF-Rf1

〔式中,Rf1は,CF3又はORf2(Rf2は炭素数1~5のパーフルオロアルキル基を表す)を表す〕で表される化合物

を重合してなるものである請求項1~6のいずれか1項に記載の樹脂積層体。

【請求項9】

含フッ素エチレン性重合体は,少なくとも,下記a,b及びcを重合してなる共重合体である請求項1~6のいずれか1項に記載の樹脂積層体。

a.テトラフルオロエチレン20~90モル%

b.エチレン10~80モル%

c.一般式CF2=CF-Rf1

〔式中,Rf1は,CF3又はORf2(Rf2は炭素数1~5のパーフルオロアルキル基を表す)を表す〕で表される化合物1~70モル%

【請求項10】

含フッ素エチレン性重合体は,少なくとも,下記d,e及びfを重合してなる共重合体である請求項1~6のいずれか1項に記載の樹脂積層体。

d.フッ化ビニリデン15~60モル%

e.テトラフルオロエチレン35~80モル%

f.ヘキサフルオロプロピレン5~30モル%

【請求項11】

含フッ素エチレン性重合体は,融点が160~270℃のものである請求項1~10のいずれか1項に記載の樹脂積層体。

【請求項12】

含フッ素エチレン性重合体からなる層(B)は,導電性である請求項1~11のいずれか1項に記載の樹脂積層体。

【請求項13】

ポリアミド系樹脂からなる層(A)と含フッ素エチレン性重合体からなる層(B)との層間初期接着力は,20N/cm以上である請求項1~12のいずれか1項に記載の樹脂積層体。

【請求項14】

含フッ素エチレン性重合体からなる層(B)は,厚さ0.5mm未満のものである請求項1~13のいずれか1項に記載の樹脂積層体。

【請求項15】

含フッ素エチレン性重合体からなる層(B)は更に,導電性材料を含んでいてもよい,フッ素樹脂からなる層(C)と積層されている請求項1~14のいずれか1項に記載の樹脂積層体。

【請求項16】

導電性材料を含まない,フッ素樹脂からなる層(C)は更に,導電性材料を含有する,フッ素樹脂からなる層(D)と積層されている請求項15記載の樹脂積層体。

【請求項17】

前記層(B)の厚みが,前記層(C)の厚み,又は,前記層(D)が更に積層されている場合には前記層(C)と層(D)との合計厚み,の1.5倍未満である請求項15又は16の樹脂積層体。

【請求項18】

請求項1~17のいずれか1項に記載された樹脂積層体から形成されていることを特徴とする多層成形品。

【請求項19】

多層成形品は,フィルム,ホース又はチューブである請求項18記載の多層成形品。

【請求項20】

ポリアミド系樹脂を溶融押出ししてなる層(A)と,含フッ素エチレン性重合体を溶融押出ししてなり前記層(A)と積層されている層(B)とを有する少なくとも2層構造の樹脂積層体であって,

前記層(A)は,ナイロン6,ナイロン66,ナイロン11,ナイロン12,ナイロン610,ナイロン612,ナイロン6/66,ナイロン66/12,ナイロン6/ポリエステル共重合体,ナイロン6/ポリエーテル共重合体,ナイロン12/ポリエステル共重合体及びナイロン12/ポリエーテル共重合体,並びに,これらのブレンド物からなる群から選択された少なくとも1種であり,アミン価が23~60当量/106gであり,酸価が40当量/106g以下であるポリアミド系樹脂を溶融押出ししてなるものであり,

前記層(B)は,カーボネート基及び/又はカルボン酸ハライド基を,主鎖炭素数1×106個に対して合計3~1000個有し,かつ,融点が160~270℃の含フッ素エチレン性重合体を溶融押出ししてなるものである

ことを特徴とする樹脂積層体。

【請求項21】

前記層(A)と前記層(B)との層間初期接着力は,20N/cm以上である請求項20記載の樹脂積層体。

【請求項22】

ナイロン6,ナイロン66,ナイロン11,ナイロン12,ナイロン610,ナイロン612,ナイロン6/66,ナイロン66/12,ナイロン6/ポリエステル共重合体,ナイロン6/ポリエーテル共重合体,ナイロン12/ポリエステル共重合体及びナイロン12/ポリエーテル共重合体,並びに,これらのブレンド物からなる群から選択された少なくとも1種であり,アミン価が23~60当量/106gであり,酸価が40当量/106g以下であるポリアミド系樹脂を溶融押出ししてなる層(A)と,カルボニル基を主鎖炭素数1×106個に対して合計3~1000個有する含フッ素エチレン性重合体を溶融押出ししてなり前記層(A)と積層されている層(B)とを有する少なくとも2層構造の多層成形品の製造方法であって,前記層(A)及び前記層(B)を有する樹脂積層体を溶融押出しし,多層成形体を形成した後,形成された前記多層成形体を,該成形体を構成する樹脂の融点のうち最も低い融点未満の温度で0.01~10時間熱処理して多層成形品を得る

ことを特徴とする多層成形品の製造方法。」

2  審決の理由

(1)  別紙審決書写しのとおりである。要するに,本件特許発明は,下記のアないしエに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと判断したものである。

ア 特許発明1ないし15,17,20及び21は,パリ条約による優先権主張の日である平成12年2月10日前に頒布された刊行物である国際公開WO99/45044号パンフレット(以下「引用例」という。甲1)に記載された発明(以下「甲1発明」という。)のうちの積層体に係る発明(以下「甲1発明A」という。)及び同じく同日前に頒布された刊行物である特開平11-245358号公報(甲6の3)に記載された発明(以下「甲6の3発明」という。)に基づいて,当業者が容易に想到することができたものである。

イ 特許発明16は,甲1発明A,甲6の3発明及び米国特許第5383087号記載の発明(甲8)に基づいて,当業者が容易に想到することができたものである。

ウ 特許発明18,19は,甲1発明のうちの積層体を成形して成る,多層フィルム,多層チューブ又は多層ホースに係る発明(以下「甲1発明B」という。)及び甲6の3発明に基づいて,当業者が容易に想到することができたものである。

エ 特許発明22は,甲1発明のうちの積層体を成形して成る,多層フィルム,多層チューブ又は多層ホースの製造方法に係る発明(以下「甲1発明C」といい,甲1発明Aないし甲1発明Cを総称して「引用発明」という場合がある。),甲6の3発明及び特開平6-31877号公報(甲9の1)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に想到することができたものである。

(2)  審決が,本件特許発明は引用発明等から容易に想到できるとの結論を導く過程において認定した引用発明,本件特許発明と引用発明との一致点及び相違点の一部は,以下のとおりである。

ア 引用発明の内容

(ア) 甲1発明A

「(A) ポリマー鎖末端又は側鎖にカルボニル基を有し,該カルボニル基の数が主鎖炭素数1×106個に対し,150個以上である含フッ素エチレン性重合体からなる含フッ素接着性材料からなる層と

(B) 層(A)と親和性または反応性を示す部位を有する,

ナイロン6,ナイロン6,6,ナイロン10,ナイロン6,12,ナイロン4,6,ナイロン3,4,ナイロン6,9,ナイロン12,ナイロン11,ナイロン4,また,ナイロン6/6,10,ナイロン6/6,12,ナイロン6/4,6,ナイロン6/12,ナイロン6/6,6,ナイロン6/6,6/6,10,ナイロン6/4,6/6,6,ナイロン6/6,6/6,12,ナイロン6/4,6/6,10,ナイロン6/4,6/12などの共重合ポリアミド類,

ポリアミド成分を結晶性のハードセグメントとし,ポリエーテルをソフトセグメントとするAB型ブロックタイプのポリエーテルエステルアミド及びポリエーテルアミドエラストマーであるポリアミドエラストマー,

又は,ポリアミド系アロイから選ばれる

ポリアミドからなる層と

からなる積層体。」

(イ) 甲1発明B

「(A) ポリマー鎖末端又は側鎖にカルボニル基を有し,該カルボニル基の数が主鎖炭素数1×106個に対し,150個以上である含フッ素エチレン性重合体からなる含フッ素接着性材料からなる層と

(B) 層(A)と親和性または反応性を示す部位を有する,

ナイロン6,ナイロン6,6,ナイロン10,ナイロン6,12,ナイロン4,6,ナイロン3,4,ナイロン6,9,ナイロン12,ナイロン11,ナイロン4,また,ナイロン6/6,10,ナイロン6/6,12,ナイロン6/4,6,ナイロン6/12,ナイロン6/6,6,ナイロン6/6,6/6,10,ナイロン6/4,6/6,6,ナイロン6/6,6/6,12,ナイロン6/4,6/6,10,ナイロン6/4,6/12などの共重合ポリアミド類,

ポリアミド成分を結晶性のハードセグメントとし,ポリエーテルをソフトセグメントとするAB型ブロックタイプのポリエーテルエステルアミド及びポリエーテルアミドエラストマーであるポリアミドエラストマー,

又は,ポリアミド系アロイから選ばれる

ポリアミドからなる層と

からなる積層体を成形して成る,多層フィルム,多層チューブ又は多層ホース」

なお,甲1発明Bは,「甲1発明Aの積層体を成形して成る,多層フィルム,多層チューブ又は多層ホース」の発明に相当するものということができる。

(ウ) 甲1発明C

「(A) ポリマー鎖末端又は側鎖にカルボニル基を有し,該カルボニル基の数が主鎖炭素数1×106個に対し,150個以上である含フッ素エチレン性重合体からなる含フッ素接着性材料を溶融押出しして成る層と

(B) 層(A)と親和性または反応性を示す部位を有する,

ナイロン6,ナイロン6,6,ナイロン10,ナイロン6,12,ナイロン4,6,ナイロン3,4,ナイロン6,9,ナイロン12,ナイロン11,ナイロン4,また,ナイロン6/6,10,ナイロン6/6,12,ナイロン6/4,6,ナイロン6/12,ナイロン6/6,6,ナイロン6/6,6/6,10,ナイロン6/4,6/6,6,ナイロン6/6,6/6,12,ナイロン6/4,6/6,10,ナイロン6/4,6/12などの共重合ポリアミド類,

ポリアミド成分を結晶性のハードセグメントとし,ポリエーテルをソフトセグメントとするAB型ブロックタイプのポリエーテルエステルアミド及びポリエーテルアミドエラストマーであるポリアミドエラストマー,

又は,ポリアミド系アロイから選ばれる

ポリアミドを溶融押出しして成る層と

からなる積層体を成形して成る,多層フィルム,多層チューブ又は多層ホースの製造方法。」

イ 一致点

(ア) 特許発明1ないし17,20,21と甲1発明Aとの一致点

「ポリアミド系樹脂からなる層(A)と,前記層(A)と積層されている含フッ素エチレン性重合体からなる層(B)とを有する樹脂積層体であって,前記ポリアミド系樹脂は,ナイロン6,ナイロン66,ナイロン11,ナイロン12,ナイロン612,ナイロン6/66,及び,これらのブレンド物からなる群から選択された少なくとも1種であり,前記含フッ素エチレン性重合体は,カルボニル基を有する含フッ素エチレン性重合体である,樹脂積層体」である点。

(イ) 特許発明18,19と甲1発明Bとの一致点

前記(ア)記載の一致点のほか,特許発明19については,「多層成型品は,フィルム,ホース又はチューブである」点においても一致する。

(ウ) 特許発明22と甲1発明Cとの一致点

「ナイロン6,ナイロン66,ナイロン11,ナイロン12,ナイロン612,ナイロン6/66,及び,これらのブレンド物からなる群から選択された少なくとも1種であるポリアミド系樹脂を溶融押出ししてなる層(A)と,

カルボニル基を主鎖炭素数1×106個に対して合計3~1000個有する含フッ素エチレン性重合体を溶融押出ししてなり前記層(A)と積層されている層(B)とを有する少なくとも2層構造の多層成形品の製造方法であって,前記層(A)及び前記層(B)を有する樹脂積層体を溶融押出しし,多層成形体を形成する多層成形品の製造方法」である点。

ウ 相違点

(ア) 特許発明1ないし17,20,21と甲1発明Aとの相違点(判決注:特許発明1ないし3については相違点1のみが相違点であると認定されているが,特許発明4ないし17,20,21については,相違点1に加えて,それ以外の相違点も認定されており,以下の相違点1は,審決が認定した相違点の一部である。)

特許発明1は,樹脂積層体における「ポリアミド系樹脂」が「アミン価が23~60当量/106g,酸価が40当量/106g以下のもの」であるのに対して,甲1発明における「ポリアミド」は,「層(A)と親和性または反応性を示す部位を有する」ことが規定されているが,その「アミン価」及び「酸価」が特定されていない点(以下「相違点1」という。)

(イ) 特許発明18と甲1発明Bとの相違点

特許発明18は,多層成形品の具体的な物品が特定されていないことから,特許発明19の上位概念に相当する発明であり,相違点も特許発明19と同様である。

(ウ) 特許発明19と甲1発明Bとの相違点

前記(ア)(相違点1)と同じである。

(エ) 特許発明22と甲1発明Cとの相違点

a 特許発明22は,「ポリアミド系樹脂」が「アミン価が23~60当量/106g,酸価が40当量/106g以下のもの」であることを発明特定事項に備えるのに対して,甲1発明Cにおける「ポリアミド」は,「アミン価」及び「酸価」が特定されていない点(以下「相違点22(1)」という。)

b 特許発明22は,「成形体を構成する樹脂の融点のうち最も低い融点未満の温度で0.01~10時間熱処理」することを発明特定事項に備えるのに対して,甲1発明Cにおいては,かかる熱処理の有無が特定されていない点

(3)  相違点1に係る容易想到性についての審決の判断(審決書26頁3行目~28頁16行目)の要旨は次のとおりである。

相違点1において,甲1発明Aの「ポリアミド」が「層(A)と親和性または反応性を示す部位を有する」との趣旨は,請求項16ないし18の記載や,発明の詳細な説明中の「(A-2)中のカルボニル基含有官能基と反応性又は親和性を有する官能基を有する有機材料が(A-2)との接着力において好ましい。」との記載,「分子中にカルボニル基含有官能基と反応性又は親和性を有する官能基または極性基を有するポリマー材料が本発明の含フッ素接着性材料との接着性において好ましく」との記載からみれば,「カルボニル基を有する含フッ素エチレン性重合体におけるカルボニル基を親和性または反応性を示す官能基または極性基を有する」,ことを意味するものと認められる。

しかしながら,甲1発明Aにおけるポリアミドにあっては,「層(A)と親和性または反応性を示す部位」がいかなる「カルボニル基と親和性または反応性を示す官能基または極性基」であるのかは特定されていない。

そこで,甲6の3をみると,甲6の3の請求項1ないし3及び6の記載,発明の詳細な説明における「本発明の特定のポリアミド(これは,1を超えるカルボニル末端基に対するアミノ基の比を有する)は,初めてそれらの間の結合剤なしに,ポリアミド層をポリケトン層へ接着できるようにした。」との記載,「脂肪族モノー及びコーポリマー類は,層(a)のポリアミドのために用いることができる。例はPA6,PA66,PA612,PA8,PA88,PA9,PA11,PA12,PA1212,PA1012,PA1112などである。」との記載,「化学反応が,過剰なアミノ末端基を有する本発明のポリアミドと境界領域のポリケトンポリマーとの間で明らかに起こる。過剰なアミノ末端基がないポリアミドが,ポリケトンに対して配置していたならば,次いで押出しの後で,例えば結合は十分ではない。」との記載があることから,PA6,PA66,PA12等のポリアミドが有するアミノ末端基が,ポリケトンポリマーと反応することが開示されている。

そして,ポリケトンポリマーが,カルボニル基を有するポリマーであることは,当業者に周知の事項であるから,結局のところ,PA6,PA66,PA12等のポリアミドが有するアミノ末端基が,カルボニル基と反応性であることは,当業者が直ちに認識できる程度のことと認められる。

してみれば,甲1に記載された甲1発明Aに接した当業者であれば,「ポリアミド」が有する「層(A)と親和性または反応性を示す部位」たる,「カルボニル基と親和性または反応性を示す官能基または極性基」として,アミノ基を想到することは,極めて自然なことと認められるから,該アミノ基の量の最適範囲を選定することは,当業者が通常実施する程度のことである。

第3当事者の主張

1  取消事由に係る原告の主張

審決には,以下のとおり,(1)甲1発明Aの認定の誤り(取消事由1の1),(2)相違点1についての容易想到性の判断の誤り(取消事由1の2),(3)顕著な作用効果を看過した誤り(取消事由2)があり,特許発明18,19,22に関しても同様の誤りがある。

(1)  甲1発明Aの認定の誤り(取消事由1の1)

甲1には,「本発明の含フッ素接着性材料は,ポリマー鎖末端または側鎖にカーボネート基および/またはカルボン酸ハライド基を有し,」(明細書3頁24行,25行)との記載があるにとどまることからすれば,審決が認定した甲1発明Aにいう「カルボニル基」は,「ポリマー鎖末端または側鎖にカーボネート基および/またはカルボン酸ハライド基」と認定されるべきであり,審決の甲1発明Aの認定には誤りがある。

(2)  相違点1についての容易想到性の判断の誤り(取消事由1の2)

ア 甲1発明Aに甲6の3発明を適用した誤り

(ア) 審決は,前記のとおり,甲1発明Aの層(B)の「ポリアミド」が「カルボニル基を有する含フッ素エチレン性重合体におけるカルボニル基と親和性または反応性を示す官能基または極性基を有する」と誤って認定し,その結果,甲1発明Aにおける含フッ素エチレン性材料と甲6の3発明の線状交互ポリケトンポリマーとが,いずれも「カルボニル基を有するポリマー」であるとし,甲1発明Aに甲6の3発明を適用した。

しかし,甲6の3発明は,線状交互ポリケトンポリマーとポリアミドの積層に関する技術であって,カーボネート基あるいはカルボン酸ハライド基に関する技術である甲1発明Aには適用不可能である。

審決は,甲1発明Aの認定を誤った結果,誤って甲6の3発明を適用し,ひいては相違点1についての容易想到性の判断を誤ったものである。

(イ) 甲1発明Aと甲6の3発明は解決課題を異にしており,これを組み合わせることはできない。

甲1には,「含フッ素接着性材料」と「ポリアミド」の接着性の課題が開示されており,その解決手段として,含フッ素接着性材料の側を,「ポリマー鎖末端または側鎖にカーボネート基および/またはカルボン酸ハライド基を有する含フッ素接着性材料」とすることが開示されているが,ポリアミドを改良することは記載されておらず,アミノ基に着目すべき示唆もない。

これに対し,甲6の3には,「線状交互ポリケトンポリマー」と「ポリアミド」との接着性の課題が開示されており,その解決手段として,アミノ末端基が3μ当量/gであって,カルボキシル末端基が1μ当量/gをも含むような「ポリアミド」として,アミノ末端基とカルボニル基の比が1を超えるポリアミドが開示されているにすぎない。

したがって,甲1発明Aと甲6の3発明は解決課題に共通性はなく,それらを組み合わせる合理的理由はない。

(ウ) 技術的見地からみても,甲1発明Aに甲6の3発明を適用することはできない。

そもそも,甲6の3においては,ポリケトンポリマーの何が反応するのかは示されていないし,反応機構も記載されていないから,甲6の3において,カルボニル基の一種であるポリケトンのケト基が反応したとは認められない。

甲17ないし19によれば,ポリケトンポリマーは溶融安定性に劣り,ポリケトンポリマーが分解すると,エチレン,CO,低分子量ケトンが生成したり,マクロラジカルが生成したりする(甲20の2596頁)。甲21によれば,エノールや不飽和結合が生成する。マクロラジカルやエノール,不飽和結合は,いずれも反応性が高く,ポリケトンポリマーの分解によってこのような反応性の高い物質が生成するのであれば,ポリケトンポリマーのカルボニル基を考慮に入れたとしても,いずれの反応部位が接着のための反応に関与するのかは特定できない。

このように,甲6の3発明の官能基又は極性基が特定されない以上,甲1発明Aに甲6の3発明を適用することはできない。

(エ) 被告らの主張に対し

a 被告らは,乙19を根拠として,甲6の3発明においてはポリケトン主鎖(ケト基)が反応しているとする。しかし,被告らが指摘する乙19の7頁15,16行には,「アミンとポリケトン主鎖の反応」との文言はあるが,ポリケトンの何が反応するかは示されていないし,反応機構も示されていない。

たとえ,乙19からアミンとポリケトンの反応機構を読み取れるとしても,乙19を参酌しなければ甲6の3の段落【0026】に記載された内容が理解できないとすれば,「結局のところ,PA6,PA66,PA12等のポリアミドが有するアミノ末端基が,カルボニル基と反応性であることは,当業者が直ちに認識できる程度のことと認められる」と認定した審決は,この点からも誤りである。

b 仮に,甲6の3において,ポリケトンポリマーのケト基が反応したものとしても,ケト基がアミノ基と反応してイミンを形成する反応は,甲1発明のポリマー鎖末端又は側鎖のカーボネート基及び/又はカルボン酸ハライド基がアミノ基と反応する反応とは性質を異にし,技術的にみて反応の共通性がない。

ⅰ すなわち,ポリマーの構成の点からみると,甲6の3発明の線状交互ポリケトンポリマーには,カルボニル基が主鎖の炭素数の4分の1以上,すなわち主鎖炭素数1×106個に対して少なくとも25万個以上のカルボニル基が含まれており,主鎖のいたるところにカルボニル基が大量に含まれている。これに対し甲1発明Aの含フッ素エチレン性重合体は,「ポリマー鎖末端または側鎖にカーボネート基および/またはカルボン酸ハライド基」を有するものである。このように,両発明の層を構成するポリマーは明らかに相違しており,接着強度が実現される様子や程度も明らかに相違する。

また,反応に必要な温度の影響も考慮すべきであり,前記のとおり,融点付近で容易に分解が引き起こされるポリケトンと,融点や官能基同士の反応に必要な温度を超えるような,かなり高温まで安定に存在できるフッ素樹脂とでは,自ずから反応の様式が異なると考えてしかるべきである。

したがって,甲1発明Aの組成を有する含フッ素エチレン性重合体に甲6の3のポリケトンポリマーの反応と同様の反応が起こるものとして甲1発明Aに甲6の3発明を適用することはできない。

ⅱ これを,ポリマーの親和性の点からみても,親和性に関する代表的な指標として,溶解度パラメーター(Solubility Parameter,以下「SP値」という。)があり,SP値が近似する樹脂同士は親和性が高く相溶しやすいことが知られている。フッ素樹脂のSP値は6ないし8,ポリアミドのSP値は10ないし13,m-クレゾールのSP値は13.3である。ポリケトンは,m-クレゾールに溶解することが知られており(甲16の実施例Ⅳ参照),ポリケトンのSP値はm-クレゾール,ポリアミドのSP値に近いものと推測される。したがって,SP値が近いポリアミドとポリケトンとは親和性が高いが,SP値が大きく異なるポリアミドとフッ素樹脂は親和性が乏しく,まったく相溶性を有しない。したがって,ポリアミドとポリケトンの反応とポリアミドとフッ素樹脂の反応を共通とみて,甲1発明Aに甲6の3発明を適用することはできない。

c 被告らは「何れのカルボニル基であっても,求核剤と反応性であることに変わりはない」から,審決の甲1発明Aの認定に誤りはないとし,その前提の上で,甲1発明Aに甲6の3発明を適用することは容易であると主張し,その証拠として乙15ないし乙17の有機化学の教科書を挙げる。

しかし,乙15ないし乙17の有機化学の教科書に記載されている反応は,低分子化合物同士の反応である。低分子と異なり高分子が有する官能基は主鎖に束縛されており,かつ,溶融加工の場合には溶媒も存在しないため,官能基の動きの自由度が制限されており,官能基同士が反応できる程度に接近できる確率(いわゆる衝突確率)が小さくなる。また,ポリマーの構造によっては,他の官能基が近傍に存在している場合もあり,教科書に記載された低分子化合物の反応のように,反応環境が均一であることを仮定できない。

d 以上のように,甲1発明Aと甲6の3発明とはポリアミドと反応する部位は異なるのであるから,両発明を組み合わせることはできない。

イ 相違点1のアミン価,酸価の数値についての容易想到性判断の誤り

審決は,相違点1のアミン価について,「該アミノ基の量の最適範囲を選定することは,当業者が通常実施する程度のことである。」(審決書28頁14行~16行)と認定した。

しかし,相違点1に係るアミン価の限定は,単純に甲1発明Aにおける最適な数値範囲を求めたものではなく,従来知られていなかった知見,すなわち,ポリアミド系樹脂自体が有するアミノ基が飛躍的かつ安定的な接着力の向上に寄与する点に注目し,その観点からアミン価の数値範囲を限定したものであって,これを「当業者が通常実施する程度のこと」とした審決の判断には誤りがある。

また,酸価を40当量/106g以下とすることによる効果は,訂正明細書に「80当量/106gを超えても,アミン価が上記範囲にあるかぎり充分な接着力が発現されるが,しかし,該樹脂の分子量が必ずしも充分でない場合があり,・・・特に強力な接着力が要求される場合には40当量/106g以下であることがより好ましい。」(5頁38行~44行)と記載したとおりである。

ウ 以上によれば,当業者が,甲1発明Aに甲6の3発明を適用して,特許発明1を容易に想到することできるとはいえず,審決の判断は取り消されるべきである。

(2)  顕著な作用効果を看過した誤り(取消事由2)

審決は,「特許発明1が,相違点1に係る事項を発明特定事項に備えることによって,すなわち,ポリアミド系樹脂のアミン価及び酸価の範囲を特定することによって,その他のアミン価及び酸価の範囲のものと比較して,格別顕著な効果が奏されたものとも認められない。」(審決書29頁13行~16行)と判断した。

しかし,審決の判断には,次のとおり誤りがある。

ア 特許発明1は,特定量のアミン価を有するポリアミド系樹脂を1つの構成層として用い,かつ,特定の含フッ素エチレン性重合体と積層することにより,ポリアミド系樹脂層と含フッ素エチレン性重合体層とが直接接着しており,しかも,その層間の接着力が飛躍的かつ安定的に向上した積層体である。

訂正明細書の実施例1ないし18は,甲1の実施例8と同じくチューブ押出し装置を用いて得られたチューブの接着強度を示す。この結果が示すように,特許発明1によれば,少なくとも28.3N/cm以上の接着強度が得られることが分かる。また,実施例22,23は,多層ブロー装置を用いて成形品を得た実施例であるが,この場合でも,少なくとも25.1N/cm以上の接着強度が得られる。一方,甲1の実施例8に記載された接着強度は,16.4N/cmにすぎない。

特許発明1が甲1発明Aよりも接着強度が格段に優れていることは明らかである。

イ 本件特許出願時には,本件特許発明1と同等の接着強度を示す積層体は知られていたが,それは,接着剤により層間を接着させたり,グラフト重合したフッ素樹脂を接着層として層間に積層させたりする方法によって得られた3層の積層体や,含フッ素エチレン性重合体層にコロナ放電等の特殊な表面処理を施してその表面上にポリアミドを積層して得られる積層体などであった。しかし,これらの積層体では積層体の主要ユーザーである自動車メーカーからの①共押出し成形のような単純な製法で連続的に高速に生産できること(生産性),②20N/cm以上の接着強度を示す積層体を安定的に生産できること(歩留まり),③燃料と一定時間接触し続けけても接着強度が大きく低下しないこと(耐久性)といった要求に応えることができなかった。

本件特許発明1は,こうした自動車メーカーの要求特性をすべて満たすものであり,商業的な成功を収めたものである。

ウ 被告らの主張に対し

(ア) 被告らは,乙10と比較しても,接着性向上の効果は見いだせないと主張する。

しかし,甲24の実験結果によれば,含フッ素エチレン性重合体F-Aとポリアミド(商品名UBE3035MJ1)とのチューブの接着強度は17.3N/cmである。これに対し,訂正明細書の実施例1,6,17の接着強度はそれぞれ35.6,32.4,28.3N/cmであり,訂正明細書の実施例のチューブは,甲24のチューブよりも接着強度が高い。

訂正明細書の実施例6のチューブと甲24のチューブとを対比した場合,唯一の相違点は,ポリアミド系樹脂のアミン価が前者では24当量/106gであるのに対し,後者では17当量/106gである点であるから,接着強度に対するアミン価の下限値23当量/106gの意義は明確である。

(イ) 被告らは,アミン価が上限値である60当量/106gに近い実施例も存在しないと主張する。

しかし,「ポリアミド系樹脂中のアミド基やアミノ基等の官能基と基本的に反応し得る-C(=O)-を有する官能基」(訂正明細書6頁39行~41行)を利用して十分な接着強度を発揮するという特許発明1の作用から考えて,アミン価が高いほど接着強度が低下する傾向を予測することは,当業者の一般的知見に反するものであり,むしろ,アミン価が23当量/106g以上であれば,接着強度は少なくとも同等とみなすことが妥当である。

実際に,甲24における実験では,アミン価が46当量/106gのポリアミド(サンプル-E)を使用したチューブで,45.3N/cmの接着強度が得られており,アミン価が32当量/106gを超える範囲においても,同等以上の接着強度が得られることが分かる。

エ 以上によれば,顕著な効果は認められないとした審決の判断は,誤りである。

2  被告らの反論

(1)  甲1発明Aの認定の誤り(取消事由1の1)に対し

相違点1の判断において問題となるのは,甲1のカルボニル基と「親和性または反応性を示す部位」がポリアミドのアミノ基であると当業者が理解できるか否かであって,「甲第1号証の含フッ素エチレン性重合体の何が」ポリアミドと反応するかではない。

ポリアミドが有する官能基は,カルボキシル基とアミド基とアミノ基である。このうちカルボキシル基は,当業者の技術常識によれば,本件特許発明のような成形条件下では,カルボニル基との反応予想さえ困難である。また,アミド基もアミノ基に比べれば,カルボニル基との反応性が低く,そもそもポリアミドの骨格を形成しているため,数の調節ができない。ポリアミドにおいて,カルボニル基との反応性が高いアミノ基が「親和性または反応性を示す部位」であることは,その化学構造自体から明らかである。甲1を見ても,甲1のポリアミド12(ナイロン12)は,乙7の2(314頁)に記載されている化学構造をみれば,求核剤として作用し得るのが末端のアミノ基のみであることは自明である。

そうすると,甲1発明Aの「層(A)と親和性または反応性を有する部位」を「カルボニル基と親和性または反応性を有する官能基または極性基」と審決が認定したことが誤っているとはいえないし,甲6の3を参照した上で,甲1のカルボニル基と親和性又は反応性を示す部位をアミノ基であると認定した審決の判断にも誤りはない。

(2)  相違点1における容易想到性の判断の誤り(取消事由1の2)に対し

ア 甲1発明Aに甲6の3発明を適用した誤りの主張に対し

(ア) 前記(1)のとおり,審決の甲1発明Aの認定に誤りはないから,「カルボニル基」の共通性に基づいて甲1発明Aに甲6の3発明を適用した審決の判断に誤りはない。

(イ) 前記のとおり,甲1発明Aの層(A)と「親和性または反応性を示す部位」がポリアミドのアミノ末端基であることは,当業者にとって自明である。

そして,甲6の3には,カルボニル基を有する化合物とポリアミドのアミノ末端基が反応することにより,接着性が向上することが開示されている。

したがって,甲1発明Aと甲6の3発明は,いずれも同じくアミノ末端基が反応していることは当業者にとっては自明であるから,甲1発明Aに甲6の3発明を適用して,甲1発明Aの層(A)と「親和性または反応性を示す部位」の量を一定以上として,接着性を向上させようとする動機付けが存在する。

(ウ) 甲1発明Aと甲6の3発明には,以下のとおり,甲1発明Aに甲6の3発明を適用できるだけの技術的共通性がある。

a 原告は,甲6の3には,ポリケトンポリマーの何が反応するか記載されていないし,反応機構も示されていないと主張する。しかし,ポリケトンポリマーの何が反応するか,またその反応機構について,甲6の3に記載がないとしても,乙19には,「第2段階では,アミノ化ポリオレフィンをポリケトンと反応させる。アミンとポリケトン主鎖の反応は典型的にはポリオレフィンの融点(例えばポリエチレン約140℃及びポリプロピレン約160℃)よりも高温で行われる。」との記載があり,ポリケトン主鎖がアミノ基と反応することは,本件特許の優先権主張日前に,既に当業者に認識されていたことである。

b ケトンのカルボニル基と末端カルボン酸ハライド基等のカルボニル基とには,技術的な共通性がある。

以下のⅰないしⅳに示すとおり,ケトンのカルボニル基と末端カルボン酸ハライド基等のカルボニル基の技術的な共通性は,当業者の技術常識である。

ⅰ 「官能基の化学」(乙15)や「フォックス・ホワイトセル有機化学Ⅲ」(乙16)の記載にみられるように,カルボニル基を有する化合物が,求核剤(親核剤),とりわけアミノ基と反応性を有することは技術常識である。

ⅱ 乙16(728頁図12.2,749頁の図12.7)によれば,カルボン酸ハライド基を有する化合物とケトンは,いずれもチオエーテルエステルよりも求核剤に対する反応性が高く,さらに乙17(814頁)によれば,カルボン酸ハライド基を有する化合物(ハロゲン化アシル)は,ケトン以上に求核剤に対する反応性が高いことが明らかである。

末端カルボン酸ハライド基等のカルボニル基とアミノ基との反応は,ケトンのカルボニル基とアミノ基との反応と同じではなく,前者では求核置換反応が起こり,後者では求核付加反応,次いで脱離反応が起こる。しかし,求核置換反応は有機化学の常識であるから,甲1において,末端カルボン酸ハライド基等のカルボニル基の炭素とポリアミドのアミノ末端基のNとの結合が生じ,それが甲1における接着性向上に寄与している。他方,求核付加-脱離反応も有機化学の常識であり,甲6の3発明において,ケトンのカルボニル基の炭素とポリアミドのアミノ末端基のNとの間の結合が接着性向上に寄与している。これらはいずれも自明のことである。

したがって,反応の種類が異なることは,甲1の層(A)と「親和性または反応性を示す部位」が,ポリアミドのアミノ基であるとの認識を妨げるものではない。

ⅲ 原告は,乙15ないし乙17に記載されているのは,低分子化合物同士の反応であると主張するが,高分子層の界面でカルボニル基とアミノ基が反応することも技術常識である(乙21~乙24)。

乙21の15,16頁には,ポリプロピレンに無水マレイン酸によって官能基を導入すれば,接着性を付与できることが記載されている。しかも,乙23の260頁の「MAHの反応量は1.15%であった。」との記載から明らかなように,無水マレイン酸により変性されたポリプロピレンにおいて,導入されたカルボニル基の数は少ない。また,乙21の70頁には,乙24の市販の「ボンダイン」とナイロンの反応式を示すと共に,無水マレイン酸がポリエチレンに接着性を付与することが記載されている。

すなわち,ナイロンとの接着性を向上させるために,相手の高分子にアミノ基と反応性のあるカルボニル基を少数導入することは,本件特許の優先権主張日当時,既に慣用技術であった。

ⅳ また,高分子化学の分野でも,カルボン酸ハライド基の高い反応性は技術常識であった。乙25の129頁には,「ジカルボン酸とジアミンからのポリアミドの生成は遅い反応で加熱を必要とするが,カルボキシル基を酸塩化物,酸無水物のように活性化した形にすると,アミンとの反応は常温でもきわめてすみやかに進む」と記載されている。この酸塩化物(カルボン酸ハライド)の高い反応性が,アラミド(全芳香族ナイロン)の工業的生産や,古くは,ナイロン-6,6の合成にも利用されていることは,当業者の技術常識である。甲1のカルボニル基は,この反応性の高い酸ハライド基を含むから,これがポリアミドのアミノ基と反応していることは,当業者が容易に理解できることである。

c 原告のその他の主張に対し

ⅰ 官能基の数及び熱安定性の主張に対し

原告が主張するアミノ基との反応性を有するカルボニル基の数の多寡は,接着力向上効果の大小には関係するかもしれないが,アミノ基とカルボニル基が反応性か否かの議論とは無関係の事項である。

また,ポリケトンが熱安定性に劣る裏付けとして提出された甲号証を参照すると,甲6の3におけるポリケトンは,むしろ実質的に熱分解しておらず,ポリケトン主鎖が維持されているといえる。

甲17は,成形サイクルを中断した際の劣化の可能性を指摘するものであり,通常の成形時には劣化の問題が生じないことを示している。甲19には,ポリケトンが,溶融加工時に架橋反応を受けやすいと記載されているが,ポリケトン主鎖が分解するとは記載されていない。甲20では,ポリケトンを種々の温度で加熱した際の生成物について記載されているが,230~250℃では,何らの生成物も生じず,350~400℃で脱水反応に基づく水が生成するとされている。したがって,230℃で溶融成形している甲6の3では,実質的に熱分解物が生成しないこと及びポリケトン主鎖が維持されていることが明らかである。

ⅱ ポリマーの親和性の主張に対し

原告が主張するように,甲1で積層されているフッ素樹脂とポリアミドの親和性は元々低い。しかし,乙19で積層されているポリケトン(原告の主張によれば,m-クレゾールの溶解度パラメータ13.3)とポリプロピレン(乙20によれば,溶解度パラメータ8.1)も,元々親和性は低い。

このように,元々親和性が低い樹脂同士であっても,互いに反応する官能基を導入すれば,両者間の化学反応により結合し,この結合によって両者が接着することが知られている。

同様に,たとえ親和性のない高分子同士であっても,互いの高分子上の官能基が互いに反応し得る密着状態(距離範囲内)とされれば,両高分子層の界面でカルボニル基とアミノ基が反応することは,乙21~乙24に示されているとおり,技術常識である。

イ アミン価,酸価についての容易想到性判断の誤りの主張に対し

当業者は,甲6の3の記載から,甲1の層(A)と「親和性または反応性を示す部位」がポリアミドの末端基であると認識できるから,甲6の3に記載されたアミン価が30~45当量/106g程度の範囲に属するポリアミドを選択することは容易である。

アミン価,酸価の容易想到性に関する審決の判断に誤りはない。

(3)  顕著な作用効果を看過した誤り(取消事由2)に対し

ア 甲1の実施例8で用いられているUBE3035MJ1(ポリアミド12の市販品)について,その6サンプルのアミン価を分析すると,15ないし24(平均18)当量/106gであった(乙2の1~3)。さらに,アミン価が23当量/106g以上のポリアミドは周知であり,市販もされていた(甲6の3,乙6の1,2)。

このような技術水準下において,アミン価を23当量/106g以上にしたことに基づく効果を主張するのであれば,アミン価が23当量/106gに近い比較例が必要である。ところが,訂正明細書には,10当量/106g未満という極端に低いアミン価の比較例しか存在しない(乙12の2頁12行~3頁)。また,アミン価が上限値である60当量/106gに近い実施例も存在しない。

したがって,従来の技術水準に対する特許発明1の優位性は,訂正明細書において何ら裏付けされていない。

イ 乙10(原告の国際出願)の実施例7,8は,UBE3035MJ1と「末端カルボン酸ハライド基のカルボニル基」を有する含フッ素エチレン性重合体とを「共押出し成形」したものである(乙10の34頁26行~35頁10行,37頁の表5)。

仮に,訂正明細書の実施例で得られた接着強度と,甲1の実施例8で得られた接着強度との差が,アミン価を特定したことに基づくとすれば,乙10の実施例7,8の接着強度も,訂正明細書の実施例より格段に劣るはずである。しかし,これらの実施例7,8の剥離強度(乙10の37頁の表5)は,訂正明細書の実施例7,実施例17の接着強度を上回っていた。

同じ押出し成形法による従来技術(乙10)と比較しても,アミン価を23当量/106g以上としたことに基づく接着性向上効果は見いだせない。

ウ(ア) 原告は,甲23,24により顕著な作用効果が立証できたとするが,かかる後出しの実験結果により明細書の不備を補うことは許されない。

原告は,甲24のサンプルBと訂正明細書の実施例6を対比して評価すべきであると主張するが,約10年前に取得した本件特許の接着強度と,今回新たに取得した甲24の接着強度の対比結果をもって,アミン価の違いによる効果の裏付けの主張とするのは妥当でない。

実際,甲23と甲24の実験結果をみると,①乙10の実施例8と甲23のサンプル-Dは,いずれも外層材料のアミン価が同じ17当量/106gであるのに,接着強度が異なっている点において疑問であり,②甲24のサンプルbと甲23のサンプル-Dは,いずれも外層材料のアミン価が同じ17当量/106gであるのに,接着強度に大きな差がある点において疑問である。

(イ) 被告らは,ナイロン12のアミン価を変更した際のカルボニル基含有含フッ素エチレン性重合体とナイロン12の積層チューブ間における層間接着強度を同一条件で測定した(乙27)。

その結果,アミン価が23当量/106gのサンプルS-2の接着強度は,アミン価が18当量/106gのサンプルS-1の接着強度と同等であり(むしろ小さく),ナイロン12のアミン価を23当量/106g以上とすることによる接着性向上効果は見いだせなかった。

エ 以上によれば,原告の主張するアミン価を特定したことによる「飛躍的な接着性向上効果」は,明細書に裏付けがない。

特許発明1に顕著な効果を認めなかった審決の判断に誤りはない。

第4当裁判所の判断

当裁判所は,審決は,甲1発明Aの認定を誤り,その結果,相違点1についての容易想到性の判断を誤ったものと判断する。その理由は以下のとおりである。

1  引用例(甲1)の記載

引用例(甲1)には,以下の記載がある。

「請求の範囲

1.ポリマー鎖末端または側鎖にカーボネート基を有し,カーボネート基の数が主鎖炭素数1×106個に対し,150個以上である含フッ素エチレン性重合体からなる含フッ素接着性材料。

2.ポリマー鎖末端または側鎖にカルボン酸ハライド基を有し,カルボン酸ハライド基の数が主鎖炭素数1×106個に対し,150個以上である含フッ素エチレン性重合体からなる含フッ素接着性材料。

3.ポリマー鎖末端または側鎖にカーボネート基およびカルボン酸ハライド基を有し,カーボネート基とカルボン酸ハライド基の合計数が主鎖炭素数1×106個に対し,150個以上である含フッ素エチレン性重合体からなる含フッ素接着性材料」(明細書42頁1行~12行)

「26.(A)請求項1~15のいずれかに記載の含フッ素接着性材料からなる層と

(B) 層(A)と親和性または反応性を示す部位を有する有機材料であるポリアミド類からなる層とからなる積層体を成形してなる燃料配管用多層チューブまたは燃料配管用多層ホース。」(明細書44頁21行~26行)

「発明の分野

本発明は,種々の合成樹脂などの有機材料や金属,ガラスなどの無機材料からなる基材に対して強固に接着しうる含フッ素接着性材料に関する。またさらにそれを用いた積層体,成形品およびその成形品を得るための製法に関する。

関連技術

従来,含フッ素ポリマーは,耐熱性,耐薬品性,耐候性,表面持性(低摩擦性など),電気絶縁性に優れているため種々の用途に用いられている。

一方,含フッ素ポリマーは,一般的に機械的強度や寸法安定性が不充分であったり,価格的に高価であったりする。

そこで含フッ素ポリマーの長所を最大限に生かし,欠点を最小とするため,含フッ素ポリマーと他の有機材料との接着,積層化,無機材料との接着,積層化などの検討が種々行なわれている。

しかし,含フッ素ポリマーは本来接着力が低く,含フッ素ポリマーと他の材料(基材)とを直接接着させることは困難で,熱融着などで接着を試みても,接着強度が不充分であったり,ある程度の接着力があったとしても基材の種類により接着力がばらつきやすく,接着性の信頼性が不充分であることが多かった。」(明細書1頁4行ないし19行)

「発明の要旨

本発明の目的は,前記従来の問題点を解決し,フッ素ポリマーの有する優れた耐薬品性,耐溶剤性,耐候性,防汚性,非粘着性などの特性を維持したまま,さらに金属やガラス,樹脂などの基材に対して直接強固な接着力を与えうる含フッ素接着性材料,それを用いた積層体および成形品を提供することにある。さらに,本発明の目的は,特に加熱溶融接着工程によって前記基材と強固に接着しうる含フッ素接着性材料およびそれらからなる積層体を提供することにある。

本発明の含フッ素接着性材料は,ポリマー鎖末端または側鎖に特定数以上のカーボネート基および/またはカルボン酸ハライド基を有する含フッ素エチレン性重合体からなる。本発明者らは,含フッ素エチレン性重合体のカーボネート基とカルボン酸ハライド基の数を特定数以上とすることによって,フッ素樹脂を用いるときに通常行われる表面処理や接着性樹脂(プライマーなど)の被覆など行わなくとも,含フッ素接着性材料が合成樹脂や金属,ガラス,その他の材料に対し,驚くべき強力な接着力を示すことを見出した。」(明細書3頁7行~20行)

「なお,以下の説明においては,カーボネート基および/またはカルボン酸ハライド基を総称して,単に『カルボニル基含有官能基』という。」(明細書4頁2行~4行)

「発明の詳細な説明

本発明の含フッ素接着性ポリマー中のカーボネート基とは,一般に-OC(=O)O-の結合を有する基であり,具体的には,-OC(=O)O-R基[Rは水素原子,有機基(例えば,C1~C20アルキル基,エーテル結合を有するC2~C20アルキル基など)又はI,II,VII族元素である。]の構造のものである。カーボネート基の例は,-OC(=O)OCH3,-OC(=O)OC3H7,-OC(=O)OC8H17,-OC(=O)OCH2CH2OCH2CH3などが好ましく挙げられる。

本発明の含フッ素接着性ポリマー中のカルボン酸ハライド基とは,具体的には-COY[Yはハロゲン元素]の構造のもので,-COF,-COClなどが例示される。

なお,本発明の接着性材料中のカルボニル基含有官能基の含有量は,赤外吸収スペクトル分析により測定したものである。これらのカルボニル基含有官能基を有する含フッ素エチレン性重合体からなる含フッ素接着性材料はそれ自体,含フッ素材料がもつ耐薬品性,耐溶剤性,耐候性,防汚性,非粘着性などの優れた特性を維持することができ,接着後の積層体に含フッ素ポリマーが有するこのような優れた特徴を低下させずに与えうる。

本発明の含フッ素接着性材料において,カルボニル基含有官能基は,ポリマー鎖末端又は側鎖に結合している。

より具体的には,

(1)  カーボネート基のみをポリマー鎖末端又は側鎖に有し,主鎖炭素数1×106個に対し,150個以上である含フッ素エチレン性重合体からなるもの,

(2)  カルボン酸ハライド基のみをポリマー鎖末端又は側鎖に有し,主鎖炭素数1×106個に対し,150個以上である含フッ素エチレン性重合体からなるもの,

(3)  カーボネート基とカルボン酸ハライド基の両方を有し,これら官能基の合計が主鎖炭素数1×106個に対し,150個以上である含フッ素エチレン性重合体からなるもの

があり,(1)~(3)のいずれのものであってもよい。

ポリマー鎖末端にカルボニル基含有官能基を有する含フッ素接着性材料とは,ポリマー鎖の片末端又は両末端にカルボニル基含有官能基を有するものである。一方,側鎖にカルボニル基含有官能基を有する含フッ素接着性材料とは,カーボネート基(又はカーボネート結合)および/またはカルボン酸ハライド基を有するエチレン性単量体を,それ以外の含フッ素エチレン性単量体と共重合して得られる含フッ素エチレン性重合体の構造を有するものである。1つのポリマー鎖の末端と側鎖の両方にカルボニル基含有官能基(又は結合)を有するものであってもよい。

そのなかでも,ポリマー鎖末端にカルボニル基含有官能基を有する接着性材料が,耐熱性,機械特性,耐薬品性を著しく低下させない理由で又は生産性,コスト面で有利である理由で好ましいものである。」(明細書4頁24行~6頁5行)

「本発明のカルボニル基含有官能基を有する含フッ素エチレン性重合体(A)は,基材に表面処理などを行なわずとも直接種々の無機材料や有機材料などの基材と良好な接着性を有し,種々の積層体を形成することができる。」(明細書18頁12行~14行)

「本発明の含フッ素接着性材料(A-2)は含まれるカルボニル基含有官能基の効果により含フッ素ポリマー以外の有機材料においても,良好な接着性を与え,なかでも(A-2)中のカルボニル基含有官能基と反応性又は親和性を有する官能基を有する有機材料が(A-2)との接着力において好ましい。

本発明の積層体1における有機材料とは,合成樹脂,合成ゴム,合成繊維,合成皮革などの合成高分子材料,天然ゴム,天然繊維,木材,紙類,皮革類などの天然の有機物,または,それらの複合物である。そのなかでも,非フッ素系ポリマー材料が含フッ素ポリマーと積層することにより,互いの欠点となる性能を補い合い,種々の用途に用いられる点で好ましい。

非フッ素系ポリマーは,たとえばポリエステル,ポリアミド,ポリフェニレンスルフィド,アクリル系,酢酸ビニル系,ポリオレフィン,塩化ビニル系,ポリカーボネート,スチレン系,ポリウレタン,アクリロニトリルブタジエンスチレン共重合体(ABS),ポリイミド,ポリアミドイミド,ポリエーテルポリエーテルケトン(PEEK),ポリエーテルサルホン(PES),ポリスルホン,ポリエーテルフェニルオキサイド(PPO),ポリアラミド,ポリアセタール,ポリエーテルイミド,シリコーン樹脂,エポキシ樹脂,フェノール樹脂,アミノ樹脂,不飽和ポリエステル,セロハンなどがあげられる。

それらのなかでも①分子中にカルボニル基含有官能基と反応性又は親和性を有する官能基または極性基を有するポリマー材料が本発明の含フッ素接着性材料との接着性において好ましく,具体的にはヒドロキシル基,カルボキシル基,カルボン酸塩類,エステル基,カーボネート基,アミノ基,アミド基,イミド基,メルカプト基,チオレート基,スルホン酸基,スルホン酸塩類,エポキシ基などの官能基を有するものが好ましい。②耐熱性の高いポリマー材料が,フッ素系以外のポリマーに比べて,フッ素樹脂の高い成形温度にも耐え,積層体全体の耐熱性を維持し,含フッ素ポリマーの優れた特性とその他のポリマー材料の特徴を合わせもった積層体をうることができる点で好ましい。③熱可塑性樹脂であることが本発明の含フッ素接着性材料との接着と成形が同時に行なうことができる点,多層での溶融成形が可能である点で好ましく,なかでも結晶融点が270℃以下さらには230℃以下の熱可塑性樹脂が溶融接着加工時に特に優れた接着性を示す点で好ましい。

具体的にはポリアミド,ポリエステル,ポリフェニレンスルフィド,ポリカーボネート,ポリアミドイミド,PEEK,PES,ポリスルホン,PPO,ポリエーテルイミド,ポリアセタール,ポリビニルアルコール,エチレンビニルアルコール共重合体,エポキシ変性ポリエチレンなどが好ましく,その中でも溶融成形性がよく,ポリマー自体が機械的特性に優れており,さらにフッ素樹脂と積層化することによって,これらに優れた耐薬品性,耐溶剤性,溶剤不透過性,耐候性,防汚性,光学特性(低屈折率性)を付与することが求められている点でポリアミド,ポリエステル,ポリカーボネートなどがとくに好ましい例示である。

そのなかでも,ポリアミドが好ましく,ポリアミドの具体例として(1)ポリアミド系樹脂,(2)ポリアミド系エラストマー,(3)ポリアミド系樹脂アロイなどが例示できる。

具体例は以下の通りである。

(1)  環状脂肪族ラクタムの開環重合;脂肪族ジアミンと脂肪族ジカルボン酸または芳香族ジカルボン酸との縮合;アミノ酸の縮重合;不飽和脂肪酸の二量化により得られる炭素数36のジカルボン酸を主成分とするいわゆるダイマー酸と短鎖二塩基酸との共重合等で合成されるポリアミド系樹脂。

例えば,ナイロン6,ナイロン6,6,ナイロン10,ナイロン6,12,ナイロン4,6,ナイロン3,4,ナイロン6,9,ナイロン12,ナイロン11,ナイロン4,またナイロン6/6,10,ナイロン6/6,12,ナイロン6/4,6,ナイロン6/12,ナイロン6/6,6,ナイロン6/6,6/6,10,ナイロン6/4,6/6,6,ナイロン6/6,6/6,12,ナイロン6/4,6/6,10,ナイロン6/4,6/12などの共重合ポリアミド類。

ポリアミド樹脂の平均分子量は,通常5,000~500,000である。これらのポリアミド樹脂の中でも本発明の積層チューブに好ましく使用されるのは,ポリアミド11,12,6,10である。

(2)  ポリアミド成分を結晶性のハードセグメントとし,ポリエーテルをソフトセグメントとするAB型ブロックタイプのポリエーテルエステルアミドおよびポリエーテルアミドエラストマーであるポリアミドエラストマー。これは,例えば,ラウリルラクタムとジカルボン酸およびテトラメチレングリコールとの縮合反応から得られる。ハードセグメント部のポリアミドの炭素数およびソフトセグメント部の炭素数の種類並びにそれらの割合,あるいはそれぞれのブロックの分子量は,柔軟性と弾性回復性面から自由に設計できる。

(3)  ポリアミド系アロイ

(3.1)ポリアミド/ポリオレフィン系アロイ

例えば,デュポン社製ザイテルST,旭化成株式会社製レオナ4300,三菱化学株式会社製ノパミッドST220,株式会社ユニチカ製ナイロンEX1020等。

(3.2)ポリアミド/ポリプロピレン系アロイ

例えば,昭和電工製システマーS。

(3.3)ポリアミド/ABS系アロイ

例えば,東レ株式会社製トヨラックSX。

(3.4)ポリアミド/ポリフェニレンエーテル系アロイ

例えば,日本GEプラスチックス製ノリルGTX600,三菱化学株式会社製レマロイB40等。

(3.5)ポリアミド/ポリアリレート系アロイ

例えば,株式会社ユニチカ製X9などが挙げられる。」(明細書18頁23行~21頁11行)

2  甲1発明Aの認定の誤り(取消事由1の1)について

甲1の前記記載によれば,甲1発明Aは,本来接着力が低い含フッ素ポリマーの接着力を改善するために,含フッ素エチレン性重合体の官能基に着目し,含フッ素エチレン性重合体がポリマー鎖末端又は側鎖に特定数以上のカーボネート基及び/又はカルボン酸ハライド基を有するようにすることによって接着力の向上を図ったものであるといえる。

含フッ素エチレン性重合体のカルボニル基含有官能基については,「カーボネート基および/またはカルボン酸ハライド基を総称して,単に『カルボニル基含有官能基』という。」(明細書4頁2行~4行)とされて,カルボニル基含有官能基がカーボネート基及び/又はカルボン酸ハライド基を意味するものとされ,カーボネート基及びカルボン酸ハライド基以外のカルボニル基についての記載はない。他方,カーボネート基及びカルボン酸ハライド基については,具体的な化学式を示して,その例が示されている(4頁25行~5頁5行)。

そうすると,引用例(甲1)において,「カルボニル基含有官能基」との文言が用いられているとしても,これを甲1の記載に即して検討すれば,甲1には,含フッ素エチレン性重合体の官能基として,カーボネート基及びカルボン酸ハライド基のみが開示されているにすぎず,それ以外のカルボニル基含有官能基についての開示はない。

したがって,甲1発明Aのカーボネート基及びカルボン酸ハライド基について,その上位概念である「カルボニル基」と認定した審決の認定に誤りがある。

3  相違点1についての容易想到性判断の誤り(取消事由1の2)について

前記2のとおり,審決には,甲1発明Aを認定するに当たり,上位概念である「カルボニル基」を用いて認定した点において誤りがあり,審決は,その結果,甲1発明Aに甲6の3発明を誤って適用し,相違点1の容易想到性について判断を誤ったものであると判断する。

以下,理由を述べる。

(1)  甲6の3の記載

甲6の3には,次の記載がある。

「【請求項1】 (a)ポリアミドに基づく成形材料から形成された層(該ポリアミドは1を超えるカルボニル末端基に対するアミノ末端基の比を有する);(b)一酸化炭素と,エチレン性不飽和炭化水素化合物からの線状交互ポリケトンポリマーに基づく成形材料から形成された第2の層(これは,少なくとも部分的に層(a)に隣接している)を,少なくとも含む熱可塑性多層複合材料であって,二つの層は,接着して一緒に結合している複合材料。」(2頁左欄2行ないし10行)

「【発明の詳細な説明】

【0001】 本発明は,多層-熱可塑性複合材料類に関する。

【0002】 ポリアミド類(以後,PAと省略する)は,一般的に良好な機械的特性,特に高い強度を有するが,また劣悪な障壁効果も示す;したがって,極性物質は,ポリアミドを通って容易に移動する。これは,燃料ライン,例えばアルコール含有燃料が移送されるときには大きな問題となる。

【0003】 ケトン樹脂類は,ケトン類(シクロヘキサノン,メチルシクロヘキサノン)とホルムアルデヒドのアルカリ-触媒での自己縮合又はケトン類(アセトン,ブタノン,アセトフェノン,シクロヘキサン,メチルシクロヘキサノン)とホルムアルデヒドとの混合縮合から得られ,鮮やかな色及び約80~130℃の軟化範囲を有する,非加水分解性であり,中性の反応樹脂類(合成樹脂)である。ケトン類(例えば,シクロヘキサノン)と長鎖アルデヒドとの縮合物類は,工業的重要性はない。原料ケトンにより,ケトン類は,アセトン,アセトフェノン樹脂類などに分類される。異なるケトンの混合物からのケトン類もまた,知られている。」(2頁右欄28行~48行)

「【0007】 US-A-5,232,786は,脂肪族ポリケトン類及びポリアミド類を含む多層-構造を記載している。それぞれの層は,しかしながら,機械的に結合し,かつそれぞれの層は手により容易に分離することができる。実際には,特に,ホース類及びパイプ類が常に燃料と接触している自動車の生産で用いられる場合,外部の影響で分離させることができない永久結合が必要となる。US-A-5,232,786は,ポリケトンに非分離的に結合している,PA6,PA66及びPA12に基づく三元ポリマーを記載している。コポリマー類は,しかしながら,低融点,低結晶性及び低結晶安定性を有する欠点を有し,ガソリンに対する耐性を低くし,加工を遅くさせる。」(3頁左欄12行~24行)

「【0009】 接着的に結合した層を有するポリアミドとポリケトンポリマー類からの複合材料類は,知られていない。先行技術は,接着的結合を生成させるポリアミドとポリケトンの間の層の結合剤又は相溶化層の使用のみを示している。接着的に結合した熱可塑性多層複合材料は,技術用途,例えば自動車ホースでは不可欠である。

【0010】 したがって,本発明の目的は,ポリアミド層が,初めてポリケトン層に接着的に結合している熱可塑性多層複合材料を提供することである。

【0011】 本発明は,少なくともポリアミドに基づく成形材料から形成された層a),及び一酸化炭素,及びエチレン性不飽和炭化水素化合物からの線状交互ポリケトンポリマーに基づく成形材料から形成された,少なくとも部分的に層(a)に隣接している第2の層b)を含む,請求項1の熱可塑性多層複合材料を提供する。本発明の特定のポリアミド(これは,1を超えるカルボニル末端基に対するアミノ末端基の比を有する)は,初めてそれらの間の結合剤なしに,ポリアミド層をポリケトン層へ接着できるようにした。」(3頁左欄34行~右欄2行)

「【0023】 本発明のポリケトンは,エチレン及び一酸化炭素を含む交互コポリマーであり,そこで例えばプロピレン,又はブテンのような更なるオレフィンを,共重合させることができる。」(4頁左欄2行~5行)

「【0026】 本発明の層a)及び層b)に加えて,熱可塑性多層-複合材料は,更なる層c)を含むことができる。この層は,層a)に隣接し,層b)の反対側に配置されている。層c)は,また層a)に接着的に結合している。化学反応が,過剰なアミノ末端基を有する本発明のポリアミドと境界領域のポリケトンポリマーの間で明らかに起こる。過剰なアミノ末端基がないポリアミドが,ポリケトンに対して配置していたならば,次いで押出しの後で,例えば結合は十分ではない。」(4頁左欄15行~23行)

(2)  訂正明細書の記載

訂正明細書(甲13)には,以下の記載がある。

「本発明における含フッ素エチレン性重合体は,カルボニル基を有する含フッ素エチレン性重合体(以下,「本発明における含フッ素エチレン性重合体」ともいう)である。なお,本発明において,「カルボニル基」というときは,上記層(A)を構成するポリアミド系樹脂中のアミド基やアミノ基等の官能基と基本的に反応し得る-C(=O)-を有する官能基をいう。具体的には,カーボネート,カルボン酸ハライド,アルデヒド,ケトン,カルボン酸,エステル,酸無水物,イソシアネート基等を挙げることができる。これに対して,アミド,イミド,ウレタン,ウレア基等はーC(=O)-を有する基であるが,これらは,カーボネート基を始めとする先に例示の基と異なり反応性に乏しく,ポリアミド系樹脂からなる層(A)と充分な接着強度を発揮し得ず,それゆえ上記層(A)を構成するポリアミド系樹脂中の官能基と基本的に反応し得えないものであるということができる。従って,本発明において,カルボニル基というときは,少なくともアミド,イミド,ウレタン,ウレア基を含まない。本発明において上記カルボニル基としては,導入が容易であり,ポリアミド系樹脂との反応性の高いカーボネート基,カルボン酸ハライド基,カルボン酸基,エステル基および酸無水物基が好ましい。更にはカーボネート基およびカルボン酸ハライド基が好ましい。」(6頁37行~7頁1行)

(3)  甲1発明Aと甲6の3発明との対比検討

ア 前記1で認定した引用例(甲1)の記載によれば,甲1発明Aは,含フッ素エチレン性重合体について,ポリマー鎖末端又は側鎖にカーボネート基及び/又はカルボン酸ハライド基を有するようにすることで,ポリアミド系樹脂と含フッ素エチレン性重合体との層間接着力を向上させたものであり,ポリマー鎖末端又は側鎖に有するのは,カーボネート基及び/又はカルボン酸ハライド基であり,これをカルボニル基と認定することはできないことは前記2で判断したとおりである。また,引用例(甲1)には,ポリアミドについて,発明の対象となった含フッ素エチレン性重合体と接着性のよい既存のポリアミド材料を選択するという視点からの記載がされているだけであり,ポリアミドの側の特定の官能基又は極性基に注目し,アミン価,酸価を調整して,含フッ素接着性材料との接着力を増加させることについての記載はない。

したがって,当業者が甲1の記載を見たとしても,フッ素性接着材料との接着性のよい材料としてポリアミドを認識し,そのポリアミドの中からより接着力の強い材料を選択することについての示唆を与えられることはあるとしても,そこから,ポリアミドの官能基又は極性基に着目し,アミン価,酸価を調整することにより接着性を向上させるということについてまで示唆を与えられるということはできない。

イ 他方,甲6の3の前記記載によれば,甲6の3発明は,ポリアミドに基づく成形材料から形成された層と線状交互ポリケトンポリマーに基づく成形材料から形成された層を少なくとも含む熱可塑性多層複合材料であって,2つの層が接着して一緒に結合している複合材料に関する発明であるといえる。

甲6の3発明では,ポリアミドの側を1を超えるカルボニル末端基に対するアミノ末端基を有する特定のポリアミドとする技術が開示され,他方,線状交互ケトンポリマーの側については,一酸化炭素と,エチレン性不飽和炭化水素化合物からの線状交互ケトンポリマーという組成が示されている。そして,甲6の3の【0026】には,化学反応が,過剰なアミノ末端基を有するポリアミドと境界領域のポリケトンポリマーとの間で起こることが示されている。しかし,甲6の3には,上記化学反応が起こる具体的な機序についての記載はなく,ポリアミドの側及び線状交互ポリケトンポリマーの側の官能基又は極性基がいかなるものであるのかは明らかでない。

そうすると,甲6の3発明に過剰なアミノ末端基を有するポリアミドについての記載があるとしても,そこから,直ちに反応している官能基をアミノ基として特定できるわけではないし,また,これをポリアミドの官能基又は極性基に着目することのない甲1発明Aのポリアミドに適用することは困難である。

甲6の3の線状交互ポリケトンポリマーの側からみても,同ポリマーのいかなる官能基又は極性基が反応しているかは,甲6の3の記載からは必ずしも明らかでなく,その官能基又は極性基が甲1発明Aのカーボネート基あるいはカルボン酸ハライド基と技術的な共通性をもつものであると認めることはできない(前記訂正明細書の記載によれば,カーボネート基及びカルボン酸ハライド基とケトン基は,いずれも本件特許発明にいう「カルボニル基」とされるが,甲1発明Aにおいてポリマー鎖末端又は側鎖に有するものをカルボニル基と認定することができないのは,前記2のとおりであるから,両者の技術的な共通性を認めることはできない。)。

したがって,甲1発明Aに甲6の3発明を容易に適用することはできず,当業者が,甲1発明Aに甲6の3発明を適用して,特許発明1を容易に想到できるとした審決の判断は誤りである。

ウ 被告らの主張に対し

被告らは,乙19の公表特許公報の記載によれば,甲6の3の線状交互ポリケトンポリマーのポリケトン主鎖(ケトン基)がアミノ基と反応することは明らかであると主張する。しかし,被告らの上記主張は失当である。

すなわち,乙19はポリオレフィンとポリケトンポリマーの反応に関する技術であって,直ちに甲6の3に適用できるものではない。仮に,乙19から甲6の3のポリケトン主鎖(ケトン基)を線状交互ポリケトンポリマーの官能基とみることができたとしても,そこから,カーボネート基あるいはカルボン酸ハライド基を官能基とする甲1発明Aに適用することまでが容易になるとはいえない。

その他,被告らがその根拠として挙げる乙15ないし17,19,21ないし25をみても,いずれも甲1発明Aや甲6の3発明の内容とは異なる一般的な官能基の反応等を示しているにすぎず,カルボニル基としての技術としての共通点から甲1発明Aに甲6の3発明の技術を容易に適用し得ることの根拠となるものとはいえない。

被告らはその他縷々主張するが,いずれも理由がない。

(4)  特許発明2ないし21については,いずれも特許発明1と同様に,相違点1を相違点としており,審決はそれらの各発明の相違点1についても,甲1発明A(特許発明2ないし17,20,21)又は甲1発明B(特許発明18,19)に甲6の3の技術を適用して当業者が容易に想到できるとしたものであるから,特許発明1についての判断と同様,審決の判断は誤りであって,取り消されるべきである。

4  特許発明22の容易想到性について

特許発明22は,引用発明を前記甲1発明Cとし,前記相違点22(1)を相違点としているが,相違点22(1)は実質的に相違点1と異なるものではなく,かつ,審決は,相違点22(1)について,「『1-5.相違点1についての検討』(判決注:特許発明1の相違点1についての検討)で述べた理由と同じ理由により,甲6の3の記載をみれば,当業者が容易に想到することができた」としているから,上記相違点1についての判断と同一の理由により,これを容易想到とした審決の判断は誤りというべきである。

5  結論

以上によれば,取消事由1の1及び1の2についての原告の主張には理由があるから,取消事由2について判断するまでもなく,審決には取り消すべき違法が存することとなる。よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大須賀滋 裁判官 齊木教朗 裁判官 上田洋幸)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例