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知財高等裁判所 平成21年(行ケ)10131号 判決 2009年12月25日

原告

光陽産業株式会社

同訴訟代理人弁理士

渡辺昇

原田三十義

被告

主文

1  特許庁が無効2008-800212号事件について平成21年4月8日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文同旨

第2事案の概要

本件は,名称を「蛇腹管用接続装置」とする原告の特許権(特許第3361861号。甲2。以下「本件特許権」といい,同特許に係る発明を「本件発明」という。)について,被告が,本件特許権の特許請求の範囲請求項3(以下「本件発明3」という。)は,補正により追加された発明であるところ,同補正は要旨変更に当たるから,本件特許の出願日は手続補正書を提出した時点とみなされ,その結果,本件発明3は本件特許の願書に最初に添付された明細書及び図面に記載された発明と同一であるか,あるいは同発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとなり,特許法29条1項3号又は29条2項の規定に反し,同法123条1項2号の規定により無効とされるべきであるとして無効審判請求をしたところ,特許庁が本件発明3についての特許を無効とする審決をしたことから,原告がその審決の取消しを求める事案である。

1  本件特許権の設定登録

本件特許権は,原告及び東京瓦斯株式会社によって平成5年10月29日に出願され,平成14年8月28日付け手続補正書による補正(以下「本件補正」という。)を経て,同年10月18日に設定登録された。

2  特許請求の範囲

本件特許権の特許公報(甲2)によれば,本件発明3についての特許請求の範囲の記載は,次のとおりである。

「接続孔を有する装置本体と,先端部が上記接続孔に移動可能に挿入された筒状をなす押圧部材と,上記押圧部材より前方の上記接続孔の内部に配置され,押圧部材を通して接続孔に挿入された蛇腹管の先端部外周に移動不能に係合する係合部材とを備え,上記押圧部材が所定の位置から前方へ移動させられて上記係合部材に突き当たることにより,上記蛇腹管が上記接続孔から抜け出るのを阻止する蛇腹管用接続装置において,上記装置本体と上記押圧部材との間に,上記装置本体と上記押圧部材とのうちの一方の内周面とこれに対向する他方の外周面とにそれぞれ形成された一対の環状溝,及び外周部が上記一方の内周面に形成された環状溝に嵌まり込むとともに,内周部が上記他方の外周面に形成された環状溝に嵌まり込む係止部材を有する係止機構が設けられ,上記係止機構は,上記押圧部材に作用する先端側への押圧力が所定の大きさ以下であるときには上記係止部材が上記一対の環状溝に嵌まりこんだ状態を維持することによって上記押圧部材の先端側への移動を阻止し,上記押圧部材に作用する先端側への押圧力が所定の大きさを越えると,上記係止部材が拡径または縮径して上記係止部材の全体が上記一対の環状溝の一方に嵌まり込むことによって上記押圧部材の先端側への移動を許容することを特徴とする蛇腹管用接続装置。」

3  無効審判手続における当事者の主張

(1)  被告(請求人)の主張

被告は,平成20年10月20日,本件発明3の特許につき,次の理由により,無効審判請求をした。

本件発明3は,本件補正で追加されたものであるが,同発明は,単に「押圧部材が移動させられて係合部材に突き当たる」と記載しているにすぎないことから,押圧部材が螺合なしで又は螺合以外の方法で移動するものも包含している。しかし,本件特許の願書に最初に添付された明細書及び図面(甲1。以下「当初明細書等」という。)には,押圧部材が装置本体と螺合されている態様は記載されているものの,押圧部材が螺合なしで又は螺合以外の方法で移動してもよいという記載はない。また,当初明細書等の記載から,本件発明3は,装置本体の接続孔と押圧部材の先端部との螺合を前提とした改良発明としか理解することができない。したがって,本件補正は,要旨変更に当たる。

よって,平成5年法律第26号附則2条2項によりなお従前の例とされる同法による改正前の特許法40条の規定により,本件特許の出願日は手続補正書を提出した時である平成14年8月28日とみなされる。

その結果,本件発明3は当初明細書等に記載された発明(以下「甲1発明」という。)と同一であるか,あるいはこの発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条1項3号又は29条2項の規定により特許を受けることができないものである。したがって,本件発明3の特許は特許法123条1項2号の規定により無効とされるべきである。

(2)  原告(被請求人)の反論

次の理由により,本件補正は要旨変更には当たらない。

ア 本件発明3につき,押圧部材が螺合なしで又は螺合以外の方法で移動するものも包含することは認めるが,押圧部材が螺合を伴わずに移動することは特開平3-48094号公報(甲3。以下「周知例1」という。)に記載されているように,本件特許の出願前に公知であったので,押圧部材の移動に際して螺合を伴うか伴わないかは任意に選択できる事項である。したがって,本件発明3において,螺合を伴うか伴わないかに言及せずに単に「押圧部材が移動させられて係合部材に突き当たる」と限定したことは,当初明細書等に記載された事項の範囲内である。

イ 本件発明の目的・効果は,「蛇腹管挿入前の押圧部材の所定位置からの不用意な移動を阻止し,蛇腹管挿入後に所定以上の力で押圧部材の移動を可能にすること」であるので,当業者にとっては,装置本体と押圧部材との螺合関係の有無にかかわらず,本件発明が成立し得ることは自明である。

4  審決の理由

特許庁は,審理の結果,平成21年4月8日,次のとおり,本件発明3についての特許を無効とする旨の審決をし,同年4月20日,その謄本を原告に送達した。

なお,以下において引用した審決中の当事者及び公知文献等の表記は,本判決の表記に合わせて統一した。

(1)  要旨変更について

ア 「当初明細書等には,押圧部材を螺合により移動させる態様が記載されていたことが認められるものの,押圧部材を螺合なしで又は螺合以外の方法により移動させる態様については記載も示唆もされていない。」

イ 「当初明細書等には,従来の位置決め部材は着脱可能であったために,該位置決め部材が装置本体から外れてしまうという課題を解決するために,装置本体と押圧部材の互いに対向する内周面と外周面の間に係止機構(位置決め部材)を設けたことが記載されている。そして,押圧部材が装置本体に螺合されている態様では,装置本体と押圧部材の互いに対向する内周面と外周面との間には,螺合に必要なねじ部がある‥‥ので,係止機構をどのように設ければよいかが問題となるところ,この場合の係止機構の具体的構成については,当初明細書等の段落【0029】に記載されている‥‥。しかし,押圧部材が装置本体に螺合されていない態様での係止機構の具体的構成については,当初明細書等には記載も示唆もされていない。」

ウ 「そこで,以下,押圧部材と装置本体とが螺合されていない態様のときに,本件発明の係止機構を設けることが当業者にとって自明であるか否かについて検討する。」

「周知例1の実施例に本件発明の係止機構を適用すれば,内筒10と継手主筒部5の互いに対向する内周面と外周面との間に,環状溝を形成し,該環状溝に仮止めリングを嵌め込む構造となる。ところで,周知例1の実施例では継手主筒部5に傾斜溝12が設けられているので,継手主筒部5に環状溝を設けるとすれば,傾斜溝12と環状溝とが交差して配置されることがあり得る。ここで,周知例1の実施例では傾斜溝12にピン13がガイドされるのであるから,傾斜溝12と環状溝とが交差して配置された場合には,ピン13が傾斜溝12にガイドされている途中で環状溝に嵌まり込んでしまい,傾斜溝12によるガイドが妨げられることが考えられる。

してみれば,周知例1の実施例に対して本件発明の係止機構を設ける場合には,単に,内筒10と継手主筒部5の互いに対向する内周面と外周面との間に環状溝を形成して該環状溝に仮止めリングを嵌め込む構造とするだけでは足りず,さらなる構造の改変(例えば,傾斜溝12の幅,環状溝の幅及びピン13の径の相互関係の設定,傾斜溝12の深さと環状溝の深さの相互関係の設定等。)が必要となることが想定される。そうすると,周知例1の実施例に本件発明の係止機構を適用することが当業者にとって自明であるとはいえない。」

エ 「当初明細書等には,押圧部材と装置本体とが螺合されていない態様が公知であったことはもとより,押圧部材と装置本体とが螺合されていない態様についての記載は一切なく,また押圧部材と装置本体とが螺合されていない態様を前提とする記載もない。また,当初明細書等の実施例にも,押圧部材が螺合により移動することが示されているに過ぎず,押圧部材と装置本体とが螺合されていない態様が考慮されている形跡はない。そうすると,押圧部材と装置本体とが螺合されていない態様が,本件特許の出願前に公知であったとしても,当初明細書等に,押圧部材を移動させる際に,螺合なしで又は螺合以外の方法を適用した発明が開示ないし示唆されていたとはいえない。」

オ 「原告は,‥‥,当業者にとっては『装置本体と押圧部材との螺合関係』の有無に拘らずに本件発明が成立し得ることは自明である旨,主張している。

しかし,本件発明の目的は,単に蛇腹管挿入前の押圧部材の不用意な移動を阻止すること等にあるのではなく,蛇腹管挿入前の押圧部材の不用意な移動を阻止するための係止機構が装置本体から外れることを防止する点にあること,及び該目的を達成するために本件発明では係止機構の配置を,装置本体と押圧部材の互いに対向する内周面と外周面の間に特定していることはいずれも,上記イで検討したとおりである。そして,その特定のもとでは『装置本体と押圧部材の螺合関係』が無い場合に,本件発明が成立し得ることが当業者にとって自明であるとはいえないことは,上記ウで検討したとおりである。

したがって,原告の上記主張は,採用できない。」

カ 「原告は,平成21年2月23日に実施した口頭審理において,本件発明の課題は,蛇腹管接続前に押圧部材が移動することを阻止することであり,押圧部材が螺合によって移動することは本件発明の本質的部分ではないから,本件補正は本件発明の本質的部分を変更するものではない上,効果の記載から『螺合』という構成を有しない本件発明を理解することができるので,本件補正は要旨変更に該当しない旨,主張している(口頭審理調書参照。)。

しかし,ある補正が要旨変更に該当するか否かは,該補正後の特許請求の範囲に記載された技術的事項が『願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項』の範囲内でなされたか否かによって決せられることである。そして,『願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項』とは,当業者によって出願当初の明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,このように導かれる技術的事項との関係において,該補正が,該補正前の特許請求の範囲の記載に新たな技術的事項を導入するものであるときは,該補正は『願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項』の範囲内でなされたといえないので,要旨変更に該当することになる。

したがって,本件補正が要旨変更に該当するか否かは,本質的部分を変更するか否かによって左右されるものではないから,被請求人の上記主張は採用できない。」

キ 「当初明細書等の記載から,本件発明3の『先端部が接続孔に移動可能に挿入された筒状をなす押圧部材』との構成要件に含まれる『押圧部材が装置本体に螺合されていない態様,すなわち,押圧部材が螺合なしで又は螺合以外の方法により移動する態様』を把握することは当業者といえども困難であり,本件発明3を追加する補正を含む本件補正は当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で,当初明細書等に開示された発明の構成に関する技術的事項に新たな技術的事項を導入するものというべきである。したがって,本件補正は当初明細書の要旨を変更するものである‥‥」

(2)  むすび

「以上のとおりであって,本件発明3の特許は,特許法29条1項3号の規定に違反してなされたものであり,特許法123条1項2号に該当し,無効とすべきものである。」

第3原告主張の取消事由

審決は,次のとおり,判断に誤りがあるから,取り消されるべきである。

1  取消事由の概要

本件発明3は,「装置本体と押圧部材の螺合」に限定されず,その結果,押圧部材が装置本体に螺合されていない態様,すなわち,「押圧部材が螺合なしで又は螺合以外の方法により移動する態様」も含んでいる。確かに,当該態様は,当初明細書等に直接記載されていないが,次の理由により,当業者にとって自明であり,当初明細書等に記載した事項の範囲内である。

①  「螺合されていない態様」は当初明細書等に示唆されている。

②  「螺合されていない態様」は本件特許出願前に周知の技術である。

③  螺合されているか否かが発明の本質的部分(特徴部分)でない場合において,「螺合されている態様」と「螺合されていない態様」が相互に置換可能であることも周知である。

④  本件発明の特徴部である係止機構を「螺合されていない態様」に適用する際に特別な工夫を必要としない。

以上により,本件発明3を追加した本件補正は,平成5年法律第26号改正附則2条2項によりなお従前の例とされる同法による改正前の特許法41条の適用により,要旨を変更しないものとみなされるべきである。したがって,審決には,要旨変更についての判断を誤った違法がある。以下,詳論する。

2  前記第2の4(1)アの判断の誤り

審決は,当初明細書等には,押圧部材を螺合なしで又は螺合以外の方法により移動させる態様については記載も示唆もされていない旨判断しているが,誤りである。

(1)  まず,当初明細書等の段落【0005】の【発明が解決しようとする課題】及び段落【0032】の【発明の効果】の記述には,「押圧部材の移動」の表現があるだけで「螺合」の記載はなく,当業者は,これら記述から,本件発明の目的,効果である「係止機構が不慮の事故によって装置本体と押圧部材との間から外れないようにし,ひいては押圧部材が不用意に移動するのを阻止すること」を達成する上で,「押圧部材と装置本体の螺合」が不可欠な要素でないことを認識できたはずである。

(2)  また,本件発明の係止機構は,装置本体及び押圧部材にそれぞれ形成された環状溝と,これら環状溝に嵌り込む係止部材からなる。この係止機構は,装置本体と押圧部材の相対回転に対しては係止機能を発揮せず,軸方向の相対移動に対してのみ係止機能を発揮する。したがって,当業者は,係止機構の機能を発揮する上で,「押圧部材と装置本体の螺合」が不可欠な要素でないことを認識できたはずである。

(3)  さらに,甲1発明の第2実施例では,段落【0026】に記述されているように,押圧部材6が互いに別体であるねじ部6Aと押圧部6Bとから構成されている。ねじ部6Aが装置本体に螺合しており,螺合に伴い前進して押圧部6Bを押すようになっている。押圧部6Bは装置本体2と螺合関係になく,ねじ部6Aに押されることにより,螺合を伴わずに前方へ軸方向に移動して係合部材4に突き当たり,蛇腹管の抜け止めを行っている。係止機構は,装置本体2と押圧部6Bとの間に設けられており,押圧部6Bの移動を制限するようになっている。

押圧部6Bは独立した部材からなるため,当業者が客観的に見れば,当該押圧部6Bを本件発明の押圧部材と認識することもできる。

(4)  上述したように,当初明細書等における【発明が解決しようとする課題】及び【発明の効果】の記述並びに係止機構の機能及び第2実施例における押圧部6Bと装置本体との関係等の観点から,「押圧部材が螺合を伴わずに移動する」ことが当初明細書等で示唆されているといえる。

3  前記第2の4(1)イの判断の誤り

審決は,押圧部材が装置本体に螺合されていない態様での係止機構の具体的構成については,当初明細書等には記載も示唆もされていないと判断するが,誤りである。

すなわち.当該判断において,螺合されている態様では,ねじ部があるので係止機構をどのように設ければよいかどうかが問題になるとのことであるが,この論理を裏返せば,螺合されていない態様ではねじ部がないので,係止機構をどのように設ければよいかの問題は生じない。

また,当初明細書等の第2実施例では,押圧部6Bの外周はねじ部を有さず円筒面をなしている。そして,この押圧部6Bの円筒面をなす外周に環状溝が形成され,この環状溝に係止部材が嵌め込まれている。また,当該押圧部6Bは単に軸方向に移動するだけであるから,係止部材の移動範囲において,装置本体の内周にねじ部を形成しなくても済むことは,当業者にとって自明の事項である。したがって,押圧部材が装置本体に螺合されていない態様での係止機構の具体的構成については,当初明細書等に示唆されているといえる。

4  前記第2の4(1)ウの判断の誤り

審決は,周知例1に本件発明の係止機構を適用することが当業者にとって自明であるとはいえないと判断しているが,誤りである。

すなわち,周知例1の第1実施例の配管端末接続構造に本件発明の係止機構を組み込んだ態様についてみるに,別紙参考図1(A)に示すように,継手主筒部5の内周と内筒10の外周に環状溝を形成し,内筒10が準備位置にあるとき,これら一対の環状溝に係止部材を嵌め込むことにより,内筒10の前進を抑止する。また,別紙参考図3及び4に示すように,ピン13をガイドする傾斜溝12の一対の内側面(ガイド面)は,環状溝を形成することにより一部切り欠かれても,連続性を保持できる。そのため,審決が指摘するようにピン13が傾斜溝12にガイドされている途中で環状溝に嵌り込んでしまうことはなく,傾斜溝12によるガイド機能が妨げられることはない。

したがって,周知例1の第1実施例に対して本件発明の係止機構を設ける場合には,単に,内筒10と継手主筒部5の互いに対向する内周面と外周面との間に環状溝を形成して該環状溝に仮止めリング(係止部材)を嵌め込む構造とするだけで足り,更なる構造の改変は必要ない。よって,周知例1の第1実施例に本件発明の係止機構を適用することは当業者にとって自明である。

また,別紙参考図5(A)及び(B)は周知例1の第1実施例に本件発明の係止機構を設ける他の適用例を示すものである。この適用例では,別紙参考図5(A)に示すように,内筒10の準備位置において環状溝が傾斜溝12と交差しないように配置されている。このような適用例も,当業者にとってなんら特別な工夫を必要とせず,自明な事項である。

5  前記第2の4(1)エの判断の誤り

(1)  審決は,押圧部材と装置本体とが螺合されていない態様が,本件特許の出願前に公知であったとしても,当初明細書等に,押圧部材を移動させる際に,螺合なしで又は螺合以外の方法を適用した発明が開示ないし示唆されていたとはいえないと判断しているが,誤りである。

すなわち,当初明細書等に「押圧部材と装置本体とが螺合されていない態様」が公知であったことが記載されていなくても,「押圧部材と装置本体とが螺合されていない態様」が公知であった事実は否定されるわけではない。すなわち,当初明細書等に記載があるか否かにかかわらず,当業者にとって「押圧部材と装置本体とが螺合されていない態様」が周知であった事実に変わりはない。

(2)  上記4のとおり,周知例1には,内筒10(本件発明の「押圧部材」に相当する。)が螺合を伴わずに移動する第1実施例が開示されるとともに,図5,図6等に示す第2実施例のように,内筒10が継手本体1(本件発明の「装置本体」に相当する。)と螺合関係にあり,螺合を伴って移動する構成も開示されている。したがって,当業者は,周知例1の第1実施例と第2実施例から,本件特許出願前において,「押圧部材の移動に際して螺合を伴うか伴わないかが発明の本質的部分でない場合に,螺合を伴う態様と螺合を伴わない態様が相互に置換可能であること」を認識できたはずである。

また,押圧部材を移動させる際に,螺合なしで又は螺合以外の方法で押圧部材を移動することが当初明細書等に示唆されていることは,前記3のとおりである。

(3)  また,「押圧部材が螺合を伴わずに移動する」態様が周知であることは,次の各周知例からも明らかである。

ア 実公平3-039673号公報(甲4。以下「周知例2」という。)

(ア) 周知例2において,筒状本体1が本件発明の装置本体に相当し,筒状押動体10が本件発明の押圧部材に相当し,リング状の係合体6が本件発明の係合部材に相当し,フレキシブルパイプ4が本件発明の蛇腹管に相当する。

周知例2では,筒状押動体10は筒状本体1と螺合関係を有さず,軸方向に前進し,係合体6を押してフレキシブルパイプ4に係合させるようになっている。

周知例2では,筒状押動体10は鍔部12を有し,この鍔部12がスリーブ8の後端に形成された鍔部11に押されて前進するようになっている。このスリーブ8は筒状本体1の外周に配置されている。スリーブ8の前端には係合ピン20が形成されており,この係合ピン20が筒状本体1の外周に形成された傾斜したガイド溝19に係合している。スリーブ8はこの係合を介して筒状本体1と連携され,回りながら前進するようになっている。

上記スリーブ8の係合ピン20と筒状本体1のガイド溝19との係合は,周知例1に似ている。ただし,第2図に示す筒状押動体10の押し込み位置では,スリーブ8の前端に形成された係合部21に筒状本体1に支持された係合片22が係合して,スリーブ8の逆方向の回動が阻止され,これにより筒状押動体10の押し込み位置が維持されるようになっている。

(イ) 周知例2への本件発明の適用

周知例2への本件発明の適用は,格別の工夫を要せずに当業者にとって自明である。以下,第1,第2の適用例についてそれぞれ別紙参考図6及び7を参照しながら説明する。これら別紙参考図6及び7において,周知例2に対応する構成部には同符号を付してその詳細な説明を省略する。

a 第1適用例

別紙参考図6に示すように,第1適用例では,周知例2の筒状本体1(本件発明の「装置本体」に相当する。)の端部内周と,筒状押動体10(本件発明の「押圧部材」に相当する。)の外周にそれぞれ環状溝を形成し,これら環状溝に係止部材を嵌め込むことにより,本件発明の係止機構が組み込まれる。本件発明の適用に際して,周知例2の筒状本体1の端部を延長し,押動体10の鍔部12を厚くし,スリーブ8を長くしたが,この程度の寸法変更は当業者にとって自明の範囲内である。

b 第2適用例

周知例2の筒状押動体10とスリーブ8が,本件発明の押圧部材を構成するものと解釈した場合には,別紙参考図7に示すように本件発明の係止機構を組み込むこともできる。筒状本体1の外周とスリーブ8の内周に環状溝が形成され,これら環状溝に係止部材が嵌め込まれる。スリーブ8の前進に伴い,係止部材は筒状本体1の環状溝に残される。この第2適用例では,周知例2の構成要素の寸法を全く変えずに,特別な工夫をすることなく本件発明の係止機構を組み込むことができる。

イ 実公平3-56711号公報(甲5。以下「周知例3」という。)

(ア) 周知例3においては,筒状体11が本件発明の装置本体に相当し,スリーブ12が本件発明の押圧部材に相当し,コイルスプリング21が本件発明の係合部材に相当し,波形成形パイプ13が本件発明の蛇腹管に相当する。

筒状体11とスリーブ12との間には偏心カム機構が設けられ,この偏心カム機構により,スリーブ12を筒状体11に向かって軸方向に前進させるようになっている。

上記偏心カム機構は,筒状体11にねじ込まれたピン26と,このピン26に対して回動可能に支持されたレバー25と,このレバー25に固定され上記ピン26に対して偏心して回動可能に支持された円形の偏心カム27と,上記スリーブ12に形成され上記偏心カム27を収容する窓24とを有している。窓27は前後の端面28,29を有し,これら端面28,29に偏心カム27の外周面が係合している。

周知例3の第1図及び第3図に示す筒状体11の位置(以下,この位置を「準備位置」という。)において,コイルスプリング21の内径は波形成形パイプ13の外径より大きく,パイプ13の筒状体11への挿入を妨げない。レバー25は,筒状体11,スリーブ12の軸線とほぼ直交している。

パイプ13の挿入後に,第2図に示すように上記偏心カム機構のレバー25を倒すと,偏心カム27と窓24のカム作用により,スリーブ12が軸方向に前進し,図4に示すようにスリーブ12の鍔部12aがコイルスプリング21を押してパイプ13に係合させる。

周知例3では,スリーブ12が筒状体11に対して螺合ではなく偏心カム機構を介して連携されており,螺合を伴わずに前進する。

(イ) 周知例3への本件発明の適用

周知例3への本件発明の適用例を,別紙参考図8を参照しながら説明する。別紙参考図8において,周知例3に対応する構成部には同符号を付してその詳細な説明を省略する。

この適用例では,単に,筒状体11の外周とスリーブ12の内周に環状溝を形成し,これら環状溝に係止部材を嵌め込むことにより,特別な工夫をすることなく本件発明の係止機構を組み込むことができる。

ウ 実願平2-10059号のマイクロフィルム(甲6。以下「周知例4」という。)

(ア) 周知例4の第10図ないし第12図及び15頁13行ないし17頁8行に示す第3実施例は,「押圧部材が螺合を伴なわずに移動する」態様を示している。以下,詳述する。

周知例4の第3実施例において,継手主体22が本件発明の装置本体に相当し,進退筒60が本件発明の押圧部材に相当し,リテーナ6が本件発明の係合部材に相当する。初期状態では,図10に示すように進退筒60は継手本体22の奥に位置し,進退筒60の前端部としてのテーパー筒62が,リテーナ6の外周と継手本体22の内周との間に配置されている。この初期状態はバネ65が進退筒60を前方へ付勢することにより維持されている。リテーナ6は,一対の構成要素からなり環状バネ47の力で径方向の外方向に付勢されるが,上記初期状態ではテーパー筒62により縮径された状態にある。

蛇腹管2を接続する場合には,周知例4の第11図に示すように,上記進退筒60をバネ65に抗して後退させる。この進退筒60の後退状態では,リテーナ6は環状バネ47の力で拡径されている。この状態で,蛇腹管2を進退筒60に通し継手本体22に挿入し,その先端部をリテーナ6内に挿入する。

次に,進退筒60を押し込むと,第12図に示すように,進退筒60の先端部(すなわちテーパー筒62の先端部)のテーパーにより,リテーナ6が径方向の内方向に押され,蛇腹管2に係合される。この進退筒60の押し込み位置は,バネ65の付勢力により維持される。

上述したように,進退筒60は継手本体22に対して螺合を伴わずに前進し,リテーナ6を蛇腹管2に係合させることができる。

(イ) 周知例4の第3実施例への本件発明の適用

周知例4の第3実施例への本件発明の適用例について別紙参考図9(A)及び(B)を参照しながら説明する。参考図9(A)及び(B)において,周知例4の第3実施例に対応する構成部には同符号を付してその詳細な説明を省略する。別紙参考図9(A)は,上記進退筒60をバネ65に抗して後退させた位置を示す。この位置(すなわち準備位置)で,本件発明の係止機構により,蛇腹管2の挿入前に進退筒60が不用意に前進するのが阻止される。

この適用例では,単に,進退筒60のテーパー部材62の外周と継手本体22の内周にそれぞれ環状溝を形成し,これら環状溝に係止部材を嵌め込むことにより,特別の工夫を要せずに本件発明の係止機構を組み込むことができる。

(ウ) 周知例4の第1実施例と第3実施例について

周知例4には,図1ないし図4及び9頁16行ないし13頁5行に第1実施例が示されている。この実施例の継手本体22に螺入された操作筒23が本件発明の押圧部材に相当する。

したがって,周知例4には,押圧部材が螺合を伴わずに移動する第3実施例と,螺合を伴って移動する第1実施例が開示されている。当業者は,周知例4の第1実施例と第3実施例から,本件特許出願前において,「押圧部材の移動に際して螺合を伴うか伴わないかが発明の本質的部分でない場合に,螺合を伴う態様と螺合を伴わない態様が相互に置換可能であること」を認識できたはずである。

6  前記第2の4(1)オの判断の誤り

審決の当該判断は,前記2の4(1)イ及びウの判断と重複している。したがって,これに対する反論は,前記3及び4のとおりである。

7  前記第2の4(1)カの判断の誤り

審決は,本件補正が要旨変更に該当するか否かは,本質的部分を変更するか否かによって左右されるものではないと判断しているが,誤りである。

すなわち,発明の目的,効果が,「押圧部材の移動を抑止し所定位置に仮止めするための係止機構が不慮の事故等で外れないようにすること」であり,しかも本件発明の係止機構が一対の環状溝と係止部材により構成されていて押圧部材の移動を抑止するだけの機能しか持たないのであるから,当業者であれば,「螺合」が本質的部分から外れていることを認識でき,周知技術に倣い,「押圧部材が螺合を伴わずに移動する」態様にも適用できることは自明であったはずである。

第4被告の主張

次のとおり,審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。

1  前記第2の4(1)アの判断の誤りとの主張に対して

(1)  まず,当初明細書等の段落【0005】の【発明が解決しようとする課題】に関して説明する。原告も主張するとおり,当初明細書等の【発明が解決しようとする課題】の冒頭部分には「上記公報に記載の接続装置においては」と記載されている。そして,当初明細書等の段落【0004】には「このような不具合を未然に防止することができる蛇腹管用接続装置が実開平5ー38487号公報に提案されている。」と記載されている。このことから,【発明が解決しようとする課題】の冒頭部分にいう「上記公報」が段落【0004】の「実開平5ー38487号公報」であってこの公報に開示された「蛇腹管用接続装置」が段落【0004】にいう「このような不具合」を未然に防止できることは明らかである。ところで,段落【0003】には「ところで,押圧部材が何らかの理由によって回転して所定の位置から移動すると,蛇腹管を挿入したときに係合部材が蛇腹管に係合することができなくなることがある。」と記載されている。このことから,段落【0004】にいう「このような不具合」が「押圧部材が何らかの理由によって回転して所定の位置から移動すると,蛇腹管を挿入したときに係合部材が蛇腹管に係合することができなくなることがある。」を意味することは明らかである。そうすると,【発明が解決しようとする課題】にいう「位置決め部材が外れると,押圧部材が移動し,この結果蛇腹管の接続時に係合部材が蛇腹管に係合することができなくなってしまうという問題があった。」が,「位置決め部材が外れると,押圧部材が回転して所定の位置から移動し,この結果蛇腹管の接続時に係合部材が蛇腹管に係合することができなくなってしまうという問題があった。」との意味であることは明らかである。つまり【発明が解決しようとする課題】の「移動」が「螺合を利用した移動」の意味であって他の意味に解釈できる余地がないことは明らかである。

次に,当初明細書等の段落【0032】の【発明の効果】に関して説明する。当初明細書等の段落【0032】の冒頭部分には「以上説明したように,この発明の蛇腹管用接続装置によれば」と記載されている。そうすると,ここで述べた冒頭部分以降の説明は段落【0032】以前の段落において説明された発明に関するものである。そうすると,段落【0032】における用語の意味は,段落【0032】以前の段落の記載に基づいて解釈されるべきである。そう解釈しなければ,段落【0032】の冒頭部分の「以上説明したように」という記載と矛盾することになるからである。そして,段落【0032】以前の段落において,押圧部材と装置本体の螺合が不可欠な要素でないことを示す記載はない。このことは,後述するとおり,当初明細書等の段落【0026】においても同様である。したがって,段落【0032】における「移動」は「螺合を利用した移動」の意味であって他の意味に解釈する余地はない。したがって,この点に関する原告の主張は理由がない。

(2)  また,原告は,本件発明の係止機構が装置本体と押圧部材の相対回転に対しては係止機能を発揮しないから,係止機構の機能を発揮する上で「押圧部材と装置本体の螺合」が不可欠な要素でないことを当業者が認識できたはずである旨主張する。しかしながら,本件発明の係止機構が装置本体と押圧部材の相対回転に対しては係止機能を発揮しないことと,係止機構の機能を発揮する上で「押圧部材と装置本体の螺合」が不可欠な要素でないといえることとの間には因果関係がない。したがって,この点に関する原告の主張も理由がない。

(3)  さらに,原告は,当初明細書等の段落【0026】において押圧部材がねじ部と押圧部とから構成されている実施例の開示があるので,段落【0026】における押圧部材の定義に拘束されずに当業者が客観的にみれば,押圧部を本件発明の押圧部材と認識することもできるとし,この点を根拠として,「押圧部材が螺合を伴わずに移動する」ことが当初明細書等で示唆されていると主張する。しかし,原告も認めるように段落【0026】においては押圧部材が明確に定義されているのであって,当業者があえて明細書に開示された定義と異なる解釈をすると考えることは不自然である。したがって,この点に関する原告の主張も理由がない。

2  前記第2の4(1)イの判断の誤りとの主張に対して

(1)  原告は,螺合されていない態様ではねじ部がないので,係止機構をどのように設ければよいかの問題は生じないと主張するが,螺合されていない態様の一種として当初明細書等のねじ部に相当する他の機構が存在する態様が考えられる。したがって,螺合されていない態様でも係止機構をどのように設ければよいかの問題が生じる。そもそも,このことは,つまり螺合されていない態様の一種として当初明細書等のねじ部に相当する他の機構が存在する態様があり得ることは,「押圧部材が螺合なしで又は螺合以外の方法により移動する態様が本件発明3の技術的範囲に含まれる」として,原告自身が認めていることである。

(2)  当初明細書等の段落【0026】の「図5に示す接続装置Bは,押圧部材6を,互いに別体であるねじ部6Aと押圧部6Bとから構成したものである。」という記載から明らかなとおり,ねじ部を有していないのは押圧部であって押圧部材ではない。また,前記1(3)で述べたように,段落【0026】での押圧部材の定義に拘束されずに押圧部を本件発明の押圧部材と認識することは妥当でない。

3  前記第2の4(1)ウの判断の誤りとの主張に対して

この点について,わざわざ原告が「螺合されている態様」と「螺合されていない態様」が相互に置換可能であると別紙各参考図に基づいてまず主張した上で,押圧部材が螺合なしで又は螺合以外の方法により移動する態様が当業者にとって自明であるとさらに主張していること自体,押圧部材が螺合なしで又は螺合以外の方法により移動する態様が当業者にとって自明でないことを示している。

また,原告が提示した別紙参考図1ないし4にかかる具体例は,内筒10と継手主筒部5の互いに対向する内周面と外周面との間に環状溝を形成して該環状溝に仮止めリングを嵌め込む構造とするだけでなく,「傾斜溝12の幅,環状溝の幅及びピン13の径の相互関係の設定,傾斜溝12の深さと環状溝の深さの相互関係の設定等」を行うことにより,周知例1の実施例に対して本件発明の係止機構を設けたものである。つまり,審決が,構造の改変なくして周知例1の実施例に対して本件発明の係止機構を設けることができないため,周知例1の実施例に本件発明の係止機構を適用することが当業者にとって自明であるとはいえないと認定されているにもかかわらず,原告は,その構造の改変を加えた実施例のみを根拠として周知例1の実施例に本件発明の係止機構を適用することが当業者にとって自明であると主張するにすぎない。したがって,原告のそのような主張に基づいて上述した引用箇所に係る審決の判断に誤りがあると解釈することは妥当でない。

4  前記第2の4(1)エの判断の誤りとの主張に対して

(1)  原告は,周知例1には螺合を伴わずに移動する態様と螺合を伴って移動する態様とが開示されているから,本件特許出願前において「押圧部材の移動に際して螺合を伴うか伴わないかが発明の本質的部分でない場合に,螺合を伴う態様と螺合を伴わない態様が相互に置換可能であること」を認識できたはずであると主張するが,当業者は,発明の本質的部分が何なのかを理解できない限り螺合を伴う態様と螺合を伴わない態様が相互に置換可能か否かを判断することができないはずである。また,螺合を伴わずに移動する態様と螺合を伴って移動する態様とが周知例1に開示されていることと,本件発明において螺合を伴う態様と螺合を伴わない態様が相互に置換可能であることを当業者が認識できるか否かということとの間には,何らの関係もない。

(2)  原告が追加主張する各周知例について

そもそも,補正が認められるか否かの判断において問題とされる「願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項」とは,願書に最初に添付した明細書又は図面に現実に記載されているか,記載されていなくとも,現実に記載されているものから自明であるかいずれかの事項に限られるというべきである。そして,そこで現実に記載されたものから自明な事項であるというためには,現実には記載されていなくとも,現実に記載されたものに接した当業者であれば,だれもが,その事項がそこに記載されているのと同然であると理解するような事項であるといえなければならず,その事項について説明を受ければ簡単に分かるという程度のものでは,自明ということはできないというべきであるところ,原告は,周知例1ないし4について別紙参考図1ないし9まで示しつつ,長文を費やして,「押圧部材が螺合なしで又は螺合以外の方法により移動する態様が当事者にとって自明」であると主張しているものであって,そのような多大な説明を要するということは「その事項について説明を受ければ簡単に分かる」事項といえないことは明らかであるばかりか,原告による周知例1ないし4の説明自体,次のとおり,様々な点において失当であるから,結局,押圧部材が螺合なしで又は螺合以外の方法により移動する態様が当業者にとって自明な事項といえないことは明らかである。

ア 周知例2について

(ア) 原告が主張する別紙参考図6の第1適用例について

この点について,原告は,前記第3の5(3)ア(イ)aのとおり,別紙参考図6に示すように,第1適用例では,周知例2の筒状本体1の端部内周と,筒状押動体10の外周にそれぞれ環状溝を形成し,これら環状溝に係止部材を嵌め込むことにより,本件発明の係止機構を組み込むに際して,周知例2の筒状本体1の端部を延長し,押動体10の鍔部12を厚くし,スリーブ8を長くしたが,この程度の寸法変更は当業者の自明の範囲であると主張している。

しかしながら,「この程度の寸法変更は当業者の自明の範囲である」との原告の主張は,次の理由により,失当である。

周知例2に「スリーブ8と筒状押動体10とは別体に構成され,スリーブ8の先端内周に形成した鍔部11の内面に筒状押動体10の外周に形成した鍔部12が係合するようになっている。」(3頁左欄16行ないし19行)と記載されていることから明らかなとおり,周知例2の鍔部12は,鍔部11の内面に係合するものにすぎない。そのため,周知例2に開示された発明において本件発明の係止機構を適用するためには,鍔部12がその本来の役割とは異なる役割を担い得ることを着想しなければならないが,そのような着想を得ることが当業者にとって自明であるといえる根拠は何もない。

(イ) 原告の主張する別紙参考図7の第2適用例について

この点について,原告は,前記第3の5(3)ア(イ)bのとおり,周知例2の筒状構造体10とスリーブ8が,本件発明の押圧部材を構成するものと解釈した場合には,別紙参考図7に示すように本件発明の係止機構を組み込むこともできると主張する。

しかしながら,「筒状構造体10とスリーブ8が,本件発明の押圧部材を構成する」との解釈が可能であるとの主張は失当である。なぜなら,本件発明3の記載が「先端部が上記接続孔に移動可能に挿入された筒状をなす押圧部材」となっているのに対し,別紙参考図7に示す継手において押圧部材の先端は筒状本体1の外周面を覆っていることから,周知例2の筒状構造体10とスリーブ8が本件発明の押圧部材を構成するものと解釈した場合には,別紙参考図7に示す継手が本件発明3の技術的範囲に属しないからである。

イ 周知例3について

この点について,原告は,前記第3の5(3)イ(イ)のとおり,別紙参考図8の適用例では,単に,筒状体11の外周とスリーブ12の内周に環状溝を形成し,これら環状溝に係止部材を嵌め込むことにより,特別な工夫をすることなく本件発明の係止機構を組み込むことができると主張する。

しかしながら,別紙参考図8に図示された継手が周知例3への本件発明の適用例であるとする原告の主張は,次のとおり,失当である。

すなわち,原告は,その前提として,前記第3の5(3)イ(ア)のとおり,「スリーブ12が本件発明の押圧部材に相当し」と主張するが,原告の主張するとおりにスリーブ12が本件発明の押圧部材に相当すると解釈した場合には,周知例2の第2適用例と同様に,本件発明3にかかる請求項の記載が「先端部が上記接続孔に移動可能に挿入された筒状をなす押圧部材」となっているのに対し,別紙参考図8に示す継手において押圧部材(スリーブ12)の先端は筒状体11の外周面を覆っているのであるから,そのままでは,別紙参考図8に示す継手は本件発明3の技術的範囲に属しないことになるからである。

ウ 周知例4について

この点について,原告は,前記第3の5(3)ウ(ウ)のとおり,周知例4には,押圧部材が螺合を伴わずに移動する第3実施例と,螺合を伴って移動する第1実施例が開示されており,当業者は,その第1実施例と第3実施例から,本件特許出願前において,「押圧部材の移動に際して螺合を伴うか伴わないかが発明の本質的部分でない場合に,螺合を伴う態様と螺合を伴わない態様が相互に置換可能であることを認識できたはずであると主張する。

しかしながら,「押圧部材の移動に際して螺合を伴うか伴わないかが発明の本質的部分でない場合に,螺合を伴う態様と螺合を伴わない態様が相互に置換可能であること」を認識できたとする原告の主張は失当である。なぜなら,発明の本質的部分が何なのかを理解できない限り螺合を伴う態様と螺合を伴わない態様が相互に置換可能か否かを当業者は判断できないからである。

そこで,以下においては,周知例4に基づいて,原告の主張が失当である理由を説明する。

まず,原告は,前記第3の5(3)ウ(ア)のとおり,初期状態では,進退筒60は継手本体22の奥に位置し,進退筒60の先端部としてのテーパー筒62が,リテーナ6の外周と継手本体22の内周との間に配置されている。この初期状態はバネ65が進退筒60を前方へ付勢することにより維持されていると主張する。

しかしながら,バネ65が進退筒60を前方へ付勢することによりこの初期状態が維持されているとすれば,進退筒60のテーパー部材62の外周と継手本体22の内周にそれぞれ環状溝を形成し,これら環状溝に係止部材を嵌め込むと,バネ65はその存在意義を失うこととなる。バネ65がなくても,環状溝と係止部材とが奏する機能によって,リテーナ6の外周と継手本体22の内周との間にテーパー筒62が配置されるためである。通常,当業者は,ある部材が存在意義を失うような組み合わせ方で発明を組み合わせることはないと考えられる。つまり,周知例4の第3実施例へ本件発明の押圧部材を適用することは,特別な工夫を要しない組み合わせどころか,当業者が通常行わない組み合わせである。当業者が通常行わない組み合わせが必要となれば,当業者は,押圧部材の移動に際して螺合を伴うか伴わないかが発明の本質的部分でない場合に,螺合を伴う態様と螺合を伴わない態様が相互に置換可能と認識しないはずである。

5  前記第2の4(1)オの判断の誤りとの主張に対して

前記2及び3の反論と同様である。

6  前記第2の4(1)カの判断の誤りとの主張に対して

補正が要旨変更に該当するか否かは本質的部分を変更するか否かによって左右されるものではないとする審決の判断に対して,原告が「本質的部分から外れていることを認識できる」という主張をすること自体,審決の判断に対する反論として失当である。

第5当裁判所の判断

1  当初明細書等の記載

証拠(甲1)によれば,当初明細書等には次の記載があることが認められる。

「【従来の技術】 一般にこの種の接続装置は,接続孔を有する装置本体と,接続孔の開口側端部に螺合された押圧部材と,接続孔の内部に配置された係合部材とを備えており,蛇腹管を接続孔の内部に押圧部材を通して挿入すると,係合部材が蛇腹管の先端部の所定箇所に係合する。そして,この係合部材を押圧部材によって押圧すると,蛇腹管の先端が接続孔の内部に形成された当接部に突き当たる。その後,当接部と係合部材との間の蛇腹管の先端部が押し潰されるまで蛇腹管をさらに押圧することにより,蛇腹管を接続するようになっている。」(段落【0002】)

「ところで,押圧部材が何らかの理由によって回転して所定位置から移動すると,蛇腹管を挿入したときに係合部材が蛇腹管に係合することができなくなることがある。」(段落【0003】)

「このような不具合を未然に防止することができる蛇腹管用接続装置が実開平5-38487号公報に提案されている。この接続装置は,装置本体の外周に位置決め部材を設け,この位置決め部材によって押圧部材の移動を阻止するようにしたものであり,位置決め部材は,蛇腹管の接続時には押圧部材の移動を許容するよう,装置本体に着脱可能に設けられている。」(段落【0004】)

「【発明が解決しようとする課題】 上記公報に記載の接続装置においては,位置決め部材が装置本体の外周に設けられ,しかも着脱可能になっているため,不慮の事故によって位置決め部材が装置本体から外れてしまうことがある。位置決め部材が外れると,押圧部材が移動し,この結果蛇腹管の接続時に係合部材が蛇腹管に係合することができなくなってしまうという問題があった。」(段落【0005】)

「【課題を解決するための手段】 この発明は,上記問題を解決するためになされたもので,接続孔を有する装置本体と,先端部が接続孔に移動可能に挿入された状態で装置本体に螺合された筒状をなす押圧部材と,接続孔の内部に配置され,押圧部材を通して接続孔に挿入された蛇腹管の先端部外周に移動不能に係合する係合部材とを備え,上記蛇腹管を上記押圧部材により上記係合部材を介して上記接続孔の内部側へ押圧するようにした蛇腹管用接続装置において,上記装置本体と上記押圧部材との互いに対向する内周面と外周面との間に,所定の大きさ以下の力では押圧部材の移動を阻止し,かつ所定の大きさを越える力では押圧部材の移動を許容する係止機構を設けたことを特徴としている。」(段落【0006】)

「【作用】 押圧部材に作用する力が所定の大きさ以下である場合には,係止機構が押圧部材の移動を阻止する。したがって,蛇腹管を接続孔に挿入したときに係合部材が蛇腹管の外周に係合することができなくなるのを未然に防止することができる。勿論,蛇腹管の挿入後には,押圧部材に所定の大きさを越える力が作用するように回転させることにより,押圧部材を移動させて蛇腹管を装置本体に接続することができる。しかも,係止機構は,装置本体と押圧部材との互いに対向する内周面と外周面との間に設けられているので,不慮の事故によって両者の間から外れることがない。」(段落【0007】)

「まず,図1~図4を参照してこの発明の一実施例たる蛇腹管用接続装置Aについて説明すると,符号2は装置本体である。この装置本体2には,その一端面(右端面)から他端面(左端面)まで貫通する接続孔2aが形成されている。この接続孔2aの内周面には,右端開口部に雌ねじ部2bが形成され,中央部に摺動孔2cが形成されている。この摺動孔2cに右側と左側とにおいて隣接する部分には,それぞれ接続孔2aの軸線と直交する係止面2d,当接面2eが形成されている。また,装置本体2の左端部外周面には,装置本体2をガス栓,ガス器具等のガス機器に接続するためのテーパねじ部2fが形成されている。」(段落【0009】)

「上記雌ねじ部2bには,押圧部材6が螺合されている。この押圧部材6は筒状をなすもので,蛇腹管4Aを挿通し得るよう内周面のいずれの箇所も蛇腹管4Aの外径より大径になっている。押圧部材6の左端部内周面には,左端から右側へ向かって順次,テーパ部6a,ストレート部6bおよび接続孔1aの軸線と直交する押圧面6cが形成されている。テーパ部6aの小径側端部の直径とストレート部6bの内径とは同一になっており,しかも谷部1aに嵌まり込んだ係合部材4の外径より若干小径になっている。したがって,図4に示すように,押圧部材6を左方へ移動させてテーパ部6aを係合部材4に突き当てると,テーパ部6aによって係合部材4が縮径させられる。これに伴って谷部1aが係合部材4に沿うように変形する。そして,係合部材4がストレート部6bに入り込むとストレート孔部6bによってその状態が維持されるようになっている。」(段落【0014】)

「上記装置本体2の内周面と押圧部材6の外周面との間には,押圧部材6の不用意な移動を阻止するための係止機構10が設けられている。すなわち,図2に示すように,装置本体2の内周面と押圧部材6の外周面とには,環状溝10a,10bがそれぞれ形成されている。これらの環状溝10a,10bには,仮止めリング(係止部材)10cが嵌め込まれている。」(段落【0017】)

「係合部材6が谷部1aに嵌まり込んだら押圧部材6を回して左方へ移動させる。このとき,仮止めリング10cが環状溝10aから出るまでは大きな力を要するが,一旦環状溝10aから抜けでると,比較的小さな力で回転移動させることができる。」(段落【0023】)

「その後,押圧部材6をさらに左方へ移動させると,係合部材4がストレート部6b内に入り込み,拡径不能になる。これによって,係合部材4が谷部分1aから外れるのを確実に阻止される。押圧部材6をさらに移動させると,座金7が係合部材4に突き当たり,係合部材4を介して蛇腹管1Aを押圧し,シール部材5を介して当接面2eに押し付ける。その後,係合部材4とシール部材5との間に位置する蛇腹管1Aの1山分が押し潰されるまで押圧部材6を左方へさらに移動させることにより,蛇腹管1Aの接続が完了する。なお,蛇腹管1Aを押し潰す際には,座金7が押圧部材6に対して相対回転するので,蛇腹管1Aが押圧部材6の回転に追随して回転することはない。」(段落【0025】)

「次に,この発明の他の実施例を説明する。図5に示す接続装置Bは,押圧部材6を,互いに別体であるねじ部6Aと押圧部6Bとから構成したものである。ねじ部6Aは,雌ねじ部1bに螺合されている。一方,押圧部6Bは接続孔1aに移動可能に挿入されており,その外周面と接続孔1aの内周面との間に係止機構10が設けられている。したがって,押圧部6Bが不用意に移動することがない。よって,蛇腹管1Aを挿入したとき,係合部材6は確実に蛇腹管1Aの所定の谷部1aに嵌まり込むことができる。勿論,ねじ部6Aは,右方へは容易に移動可能であるが,左方へは押圧部6Bに突き当たることによって不用意な移動が阻止される。」(段落【0026】)

「また,環状溝10aが雌ねじ部1bに形成されているので,仮止めリング10cの一部が雌ねじ部1bの谷部に断続的に嵌まり込む。このため,押圧部材6を移動させるのに要する力(回転させるための力)が大小に変化する。力の変化をできる限り小さくするには,仮止めリング10cの線径をできる限り大きくするのがよい。特に,仮止めリング10cを断面矩形状にする場合には,その幅(接続孔1aの軸線方向における幅)を雌ねじ部2bのピッチより大きくするのがよい。」(段落【0029】)

「【発明の効果】 以上説明したように,この発明の蛇腹管用接続装置によれば,装置本体と押圧部材との互いに対向する内周面と外周面との間に,所定の大きさ以下の力では押圧部材の移動を阻止し,かつ所定の大きさを越える力では押圧部材の移動を許容する係止機構を設けたものであるから,係止機構が不慮の事故によって装置本体と押圧部材との間から外れることがない。したがって,押圧部材が不用意に移動するのを阻止することができる。よって,蛇腹管を接続孔に挿入したときに係合部材が蛇腹管の所定の位置に係合することができなくなるような事態を未然に防止することができるという効果が得られる。」(段落【0032】)

2  各周知例の内容

(1)  周知例1の記載内容

証拠(甲3)によれば,周知例1には次の記載があることが認められる。

「第1図乃至第4図は第1実施例を示したもので,1は継手本体であり,この継手本体1は内部に小径貫通孔2を備えた筒部3と内部に大径貫通孔4を備えた継手主筒部5とがそれぞれの孔2,4を連通させて形成されている。この筒部3と継手主筒部5は実施例では別体に形成されているが一体に形成してもよい。前記小径貫通孔2と大径貫通孔4との連接部に形成した段部円周溝6には,挿入したコルゲート管7の外周面をシールするシーリング8が嵌合されている。また,前記段部円周溝6の近傍には,挿入したコルゲート管7の先端部位を当接させるストッパ9が設けられている。また,前記大径貫通孔4の内周面は平滑面に形成されている。

10は前記大径貫通孔4内に軸方向に摺動自在に,かつ,円周方向に回転自在に嵌合した内筒であり,この内筒10の外周面は平滑面に形成され,かつ内周面に前記コルゲート管7の外径に見合う貫通孔11を備えている。

また,前記大径貫通孔4を備えた継手主筒部5には,軸心に対し傾斜する傾斜溝12が形成されている。また前記内筒10の外周面には前記傾斜溝12に係合するピン13が傾斜溝12にガイドされて回転を伴いながら軸方向に摺動するようになっている。」(2頁右下欄3行ないし3頁左上欄8行)

(2)  周知例2の記載内容

証拠(甲4)によれば,周知例2には次の記載があることが認められる。

「8は筒状本体1の外周に回転を伴つて軸方向に移動するように嵌合したスリーブである。

10はスリーブ8の内部に設けた筒状押動体である。筒状押動体10は,前記筒状本体1の小径部3の内径と概ね同径で小径部3に挿入可能で,且つ,孔は前記フレキシブルパイプ4の挿入可能な大きさとなつており,筒状本体1と同軸上に保持されている。この筒状押動体10はスリーブ8の後端側への移動により同方向へ移動し,その開口端面9が前記筒状本体1の大径部2に保持されている係合体6を小径部3に押して移動させ,筒状押動体10の先端部が小径部3に挿入して係合体6を小径部3の奥部へ移動させるようになつている。」(2頁右欄43行ないし3頁左欄12行)

「18はフレキシブルパイプ4を接続して固定し且つシールさせるために筒状本体1の奥部側即ち後端側へ移動させたスリーブ8を同位置に固定する固定機構である。この固定機構18は次のようになつている。筒状本体1の外周に螺旋状のガイド溝19が形成され,他方スリーブ8には前記ガイド溝19に係合する係合ピン20が設けてあり,スリーブ8は筒状本体1上を回転を伴いながら軸方向に移動するようになつている。」(3頁右欄28行ないし36行)

(3)  周知例3の記載内容

証拠(甲5)によれば,周知例3には次の記載があることが認められる。

「次にレバー25の把手25aに指を掛け,第1図の状態から第2図の状態になるようにコ字形レバー25を回動させると,偏心カム27の長径部が窓24の前側端面28に係合する状態となるため,筒状体11は波形成形パイプ13の方向に移動する。この筒状体11の移動により,第3図の如くコイルスプリング21に先端が当接していたテーパ面17も同方向に移動するため,このテーパ面17に押されることにより,第4図の如くコイルスプリング21は押し下げられて径が縮小すると共に,波形成形パイプ13の谷13bに押し込まれると同時に,スリーブ12の鍔12aの壁面20にも押付けられる。従つて波形成形パイプ13はこのコイルスプリング21により押圧されて抜け出さないように固定される。また筒状体11が波形成形パイプ13に向けて移動したことにより,Oリング16は該パイプ13の山13aの斜面に当接し,シール性が保持される。」(2頁右欄42行ないし3頁左欄15行)

(4)  周知例4の記載内容

証拠(甲6)によれば,周知例4には次の記載があることが認められる。

「第10図~第12図に本考案の第3実施例を示す。

このものでは,継手主体(22)に具備させた筒部(25)には,円筒状の本体(61)とその両端に螺合されたテーパー筒(62)及び外鍔(63)から構成される進退筒(60)が内装されており,該進退筒(60)は,バネ(65)によって筒部(25)の内方に向けて付勢されている。

他方,継手本体(22)の筒部(25)内には,環状バネ(47)で互いに離反する方向に付勢されたリテーナ(6),(6)とその奥のゴムパッキン(P)が装填されている。

このものでは,蛇腹管(2)を接続しない状態においては,第10図に示すように,バネ(65)の付勢力によって,進退筒(60)が筒部(25)内に深く押し込まれた状態になっており,リテーナ(6),(6)はその外周がテーパー筒(62)の内面で押されて互いに接近した状態になっている。

次にバネ(65)の付勢力に抗して進退筒(60)を筒部(25)から引出す方向に移動させると,第11図に示すように,進退筒(60)のテーパー筒(62)がリテーナ(6),(6)の外周部に位置しないこととなり,これにより,該リテーナ(6),(6)は環状バネ(47)の付勢力によって離反状態になる。

この状態で,進退筒(60)を介して蛇腹管(2)の先端を筒部(25)内に挿入して上記進退筒(60)を筒部(25)の基端部方向に押し込むと,第12図に示すように,進退筒(60)の先端部に配設したテーパー筒(62)によってリテーナ(6),(6)が直径収縮せしめられて蛇腹管(2)の外周に外嵌結合し,これにより,蛇腹管(2)の接続作業が完了する。」(15頁13行ないし17頁8行)

3  本件補正が要旨変更に当たるとの判断の誤りについて

(1)  要旨変更に関する判断基準

明細書の要旨の変更については,平成5年法律第26号による改正前の特許法41条に「出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前に,願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において特許請求の範囲を増加し減少し又は変更する補正は,明細書の要旨を変更しないものとみなす。」と規定されていた。

上記規定中,「願書に最初に添附した明細書又は図面に記載した事項の範囲内」とは,当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,補正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内」においてするものということができるというべきところ,上記明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項は,必ずしも明細書又は図面に直接表現されていなくとも,明細書又は図面の記載から自明である技術的事項であれば,特段の事情がない限り,「新たな技術的事項を導入しないものである」と認めるのが相当である。そして,そのような「自明である技術的事項」には,その技術的事項自体が,その発明の属する技術分野において周知の技術的事項であって,かつ,当業者であれば,その発明の目的からみて当然にその発明において用いることができるものと容易に判断することができ,その技術的事項が明細書に記載されているのと同視できるものである場合も含むと解するのが相当である。

したがって,本件において,仮に,当初明細書等には,「押圧部材と装置本体との螺合されていない態様」あるいは「螺合以外の手段によって移動可能」とすることが直接表現されていなかったとしても,それが,出願時に当業者にとって自明である技術的事項であったならば,より具体的には,その技術的事項自体が,その発明の属する技術分野において周知の技術的事項であって,かつ,当業者であれば,その発明の目的からみて当然にその発明において用いることができるものと容易に判断することができるものであったならば,本件発明3を追加した本件補正は,要旨変更には該当しないというべきである。そこで,以下,本件補正が上記要件に該当するか否かを検討する。

(2)  「螺合以外の手段によって移動可能」とすることが周知の技術的事項であるか否かについて

ア 周知例1について

前記2(1)の記載によれば,周知例1には,軸心に対し傾斜する傾斜溝12が形成された継手主筒部5(本件発明3の「装置本体」に相当する。)と,外周面に前記傾斜溝12に係合するピン13が固植された内筒10(本件発明3の「押圧部材」に相当する。)とを有し,前記内筒10を回転させると前記ピン13が前記傾斜溝12にガイドされて回転を伴いながら軸方向に摺動するように構成されたコルゲート管接続用継手の実施例が示されている。上記実施例では,内筒10は継手主筒部5に螺合されていないことが明らかである。

イ 周知例2について

前記2(2)の記載によれば,周知例2では,筒状押動体10(本件発明3の「押圧部材」に相当する。)がガイド溝19に係合する係合ピン20によって回転を伴いながら軸方向に移動することが認められる。

したがって,周知例2は,螺合以外の手段であるガイド溝19と係合ピン20による回転を伴う移動という手段によって,筒状押動体10が移動するものであることが明らかである。

ウ 周知例3について

前記2(3)の記載によれば,周知例3では,スリーブ12(本件発明3の「押圧材」に相当する。)が偏心カム27によって軸方向に移動することが認められる。

したがって,周知例3は,螺合以外の手段である偏心カムを利用した手段によって,スリーブ12が移動するものであることが明らかである。

エ 周知例4について

前記2(4)の記載によれば,周知例4では,進退筒(60)(本件発明3の「押圧部材」に相当する。)が,螺合以外の手段である基端部方向への押し込みによって軸方向に移動することが明らかである。

オ 以上のとおり,周知例1ないし4を考慮すれば,本件出願当時,「螺合以外の手段によって移動可能」とすることが周知の技術的事項であったと認められる。

(3)  周知の技術的事項が,当業者であれば,その発明の目的からみて当然にその発明において用いることができるものと容易に判断することができるものか否かについて

ア 前記1の段落【0004】,【0005】,【0006】,【0007】及び【0032】の各記載によれば,当初明細書等から把握される本件発明の目的は,従来技術では位置決め部材が装置本体から外れてしまうことがあり,押圧部材が不用意に移動することがあったことを踏まえ,その課題を解決するために,所定の大きさ以下の力では押圧部材の移動を阻止する係止機構を設け,押圧部材が不用意に移動するのを阻止するものであることが認められる。

これに対して,周知例1ないし4に示される,「押圧部材を螺合以外の手段によって移動可能」とする周知の技術的事項を,本件発明3の「押圧部材」に用いた場合には,押圧部材の移動手段について「螺合」以外の手段を含むものであるものの,上記の本件発明の目的を変更するものではなく,まして,その目的に反するものとも解されない。したがって,上記周知の技術的事項を本件発明3において用いることに障害はないというべきである。

イ そこで,次に,本件発明3の蛇腹管用接続装置に,周知例1ないし4で示されるところの,「螺合」以外の押圧部材の移動手段を用いることが特別な工夫を要することなく当然にできるかどうかを検討する(なお,当事者は,本件補正が要旨変更に該当するか否かを判断するために,専ら本件発明3の発明特定事項である「係止機構」を周知例1ないし4に適用し得るか否かを問題としているが,前記(1)に示した要旨変更に関する判断基準からすれば,誤りである。)。

(ア) 周知例1について

前記(2)アのとおり,周知例1は,軸心に対し傾斜する傾斜溝12が形成された継手主筒部5と,外周面に前記傾斜溝12に係合するピン13が固植された内筒10とを有し,前記内筒10を回転させると前記ピン13が前記傾斜溝12にガイドされて回転を伴いながら軸方向に摺動することによって,本件発明3の押圧部材に相当する内筒10を移動するものである。

そして,本件発明3について,内周に環状溝が形成されている装置本体2に周知例1の「傾斜溝12」を形成し,外周に環状溝が形成されている押圧部材6に周知例1の「ピン13」を固植したとしても,押圧部材6が準備位置にある時,これら一対の環状溝に係止部材を嵌め込むことにより,所定の大きさ以下の力では押圧部材の前進を抑止する構成とし,ピン13をガイドする傾斜溝12の一対の内側面(ガイド面)は,環状溝を形成することにより一部切り欠かれても,連続性を保持できる構成とすることは可能であると解される。

この点,審決は,前記第2の4(1)ウのとおり,構造の改変なくして周知例1の実施例に対して本件発明3の係止機構を設けることはできず,当業者にとって自明でもない旨判断している。しかしながら,審決がいうように,傾斜溝12の幅,環状溝の幅及びピン13の径の相互関係の設定,傾斜溝12の深さと環状溝の深さの相互関係の設定等の構造の改変が必要であるとしても,これらは,単なる設計的な事項であって,特別な工夫を要するものではないから,本件発明3において周知例1の螺合を伴わない移動構造を用いることについて,何ら妨げとなるものではない。

(イ) 周知例2について

前記(2)イのとおり,周知例2では,ガイド溝20と係合する係合ピン19により,スリープ8を筒状本体1上を軸方向に移動するという手段によって,本件発明3の押圧部材に相当する筒状押動体10を移動するものである。

そして,本件発明3において,周知例2のガイド溝と係合ピンの手段によって押圧部材を移動することは,例えば,当初明細書等の図1において,装置本体2が押圧部材6と螺合している部分に,螺合に代えて装置本体2の右端部に係合ピンを設け,押圧部材6には前記係合ピンが係合するガイド溝を設けることで,特別な工夫を要することなく達成することができると認められる。

(ウ) 周知例3について

前記(2)ウのとおり,周知例3では,レバー25の把手25aを回動させることによって回動する偏心カム27の長径部がスリープ12の窓24を押すことによって,本件発明の押圧部材に相当するスリーブ12が移動するものである。

そして,本件発明3において,上記偏心カムを利用した手段によって押圧部材を移動することは,例えば,当初明細書等の図1において,装置本体2が押圧部材6と螺合している部分に,螺合に代えて本件装置2に窓を設け,押圧部材には偏心カムとレバーをピンで回動自在に枢支することで,特別な工夫を要することなく達成することができると認められる。

(エ) 周知例4について

前記(2)エのとおり,周知例4では,本件発明の押圧部材に相当する進退筒(60)が,螺合以外の手段である「基端部方向への押し込み」によって軸方向に移動することが認められる。

そして,本件発明3において,上記「基端部方向への押し込み」という手段によって押圧部材を移動することは,例えば,当初明細書等の図1において,装置本体2が押圧部材6と螺合している部分の螺合をなくすることで,特別な工夫を要することなく達成することができると認められる。

(オ) このように,周知例1ないし4の螺合に代わる各手段によって,本件発明3の押圧部材を移動させることは,特別な工夫を要することなく当然にできるものであり,また,それら各手段は,本件発明の目的を変更するものでもないことが認められる。

ウ 前記ア及びイのとおり,本件発明3について,「螺合以外の手段によって移動可能」とすることが,明細書又は図面の記載からみて出願時に当業者にとって「自明である技術的事項」に当たるといえるから,本件補正は,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,「新たな技術的事項を導入しないもの」であると認められる。したがって,本件補正は,「願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内」の補正と認めるのが相当である。

(4)  以上のとおりであるから,本件補正が当初明細書等の要旨を変更するものであって,本件特許出願の出願日を本件補正時である平成14年8月28日とみなすべきであるとした審決の判断は誤りである。

4  結論

よって,原告の主張する審決取消事由は理由があるから,審決を取り消すこととする。

(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 東海林保 裁判官 矢口俊哉)

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