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知財高等裁判所 平成21年(行ケ)10153号 判決 2009年11月26日

原告

ダイヤモンド イノベーションズ,インク.

訴訟代理人弁理士

矢口太郎

佐々木義行

関口一哉

被告

特許庁長官

指定代理人

千葉成就

菅澤洋二

黒瀬雅一

酒井福造

主文

1  特許庁が不服2008-5098号事件について平成21年2月4日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文同旨

第2事案の概要

1  本件は,原告が,発明の名称を「切削工具インサートおよびその作成方法」とする後記特許について国際特許出願をしたところ,日本国特許庁から拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたが,同庁から請求不成立の審決を受けたことから,その取消しを求めた事案である。

2  争点は,上記出願が,下記引用文献との関係で進歩性を有するか(特許法29条2項),である。

米国特許第2,944,323号(発明の名称「複合工具」〔COMPOUND TOOL〕,特許日1960年〔昭和35年〕7月12日,発明者A。以下この文献を「引用文献」という。甲4)

第3当事者の主張

1  請求原因

(1)  特許庁における手続の経緯

原告は,2003年(平成15年)5月14日及び2003年(平成15年)10月22日の各優先権(米国)を主張して,2004年(平成16年)5月14日,名称を「切削工具インサートおよびその作成方法」とする発明について国際特許出願(PCT/US2004/015131,日本における出願番号は特願2006-533065号。以下「本願」という。請求項の数25)をし,平成18年1月16日付けで日本国特許庁に翻訳文(甲7)を提出し(国内公表は特表2007-500609号〔甲1〕),平成19年5月10日付けで誤訳訂正書(特許請求の範囲全文変更,請求項の数24,甲2)を提出した。

その後原告は,平成19年5月12日付け(請求項の数23。甲3)及び平成19年10月26日付け(請求項の数26。以下「本件補正」という。甲5)で手続補正をしたが,拒絶査定を受けたので,不服の審判請求をした。

特許庁は,同請求を不服2008-5098号事件として審理した上,平成21年2月4日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(出訴期間として90日を附加)をし,その謄本は平成21年2月17日原告に送達された。

(2)  発明の内容

本件補正(平成19年10月26日付け,甲5)後の請求項は,1ないし26から成るが,そのうち請求項13及び16に係る発明の内容は,以下のとおりである(うち,請求項16に係る発明を「本願発明」という。)。

・ 「【請求項13】

切削工具インサートを形成する方法であって,

それぞれが互いに結合可能な幾何学的特徴を有する砥石チップとインサート本体とを提供する工程と,

それぞれの前記互いに結合可能な幾何学的特徴を介して,それら互いに結合可能な幾何学的特徴の少なくとも1つを不可逆的塑性変形させることで,前記砥石チップを前記インサート本体に接合する工程であって,前記変形は前記砥石チップを前記インサート本体の中に保持するのに十分な機械的応力を提供するものである,前記接合する工程と

を有する方法。」

・ 「【請求項16】

請求項13の方法において,前記砥石チップを前記インサート本体に前記接合する工程は,前記インサート本体を前記砥石チップの周囲に造形,成形,鍛造,鋳造する,若しくはそれらの組み合わせのうち少なくとも1つのものにより生じるものである。」

(3)  審決の内容

ア 審決の内容は,別添審決写しのとおりである。

その理由の要点は,本願発明は,引用文献及び周知の事項に基づき容易に発明をすることができたから特許法29条2項により特許を受けることができない,としたものである。

イ なお審決は,上記判断をするに当たり,引用文献から認められる引用発明の内容を以下のとおり認定し,本願発明(請求項16)と引用発明との一致点及び相違点を次のとおりとした。

[引用発明の内容]

「硬い金属体と真鍮ないし銅含有量の多い真鍮製の基台とからなる切削用複合工具の部品を形成する方法であって,

それぞれが互いに結合可能な幾何学的特徴を有するカッターを構成する硬い金属体と基台とを提供する工程と,

それぞれの前記互いに結合可能な幾何学的特徴を介して,前記硬い金属体を前記基台に接合する工程と

を有する方法において,

前記硬い金属体を前記基台に接合する工程は,前記基台を前記硬い金属体の周囲にダイキャスティング,プレスモールディング,モールディングないしキャスティングすることにより生じるものである。」

[一致点]

いずれも,

「切削工具インサートを形成する方法であって,

それぞれが互いに結合可能な幾何学的特徴を有するチップとインサート本体とを提供する工程と,

それぞれの前記互いに結合可能な幾何学的特徴を介して,前記チップを前記インサート本体に接合する工程とを有する方法において,

前記チップを前記インサート本体に前記接合する工程は,前記インサート本体を前記チップの周囲に鋳造することにより生じるものである。」こと。

[相違点1]

チップが,本願発明では,砥石チップであるのに対して,引用発明では,硬い金属体である点。

[相違点2]

チップをインサート本体に接合する工程が,本願発明では,互いに結合可能な幾何学的特徴の少なくとも1つを不可逆的塑性変形させることで,前記砥石チップを前記インサート本体に接合する工程であって,前記変形は前記砥石チップを前記インサート本体の中に保持するのに十分な機械的応力を提供するものであるのに対して,引用発明では,そのような工程であるかどうか明らかでない点。

(4)  審決の取消事由

しかしながら,審決には以下のとおりの誤りがあるから違法として取消しを免れない。

ア 取消事由1(本願発明及び引用発明認定の誤り)

(ア) 本願発明認定の誤り

a 審決は,本願発明(請求項16)は請求項13に係る発明を引用する発明であることに基づき,特許請求の範囲の記載を書き下すことにより本願発明の内容を以下のとおり認定した(2頁16行~27行)。

「切削工具インサートを形成する方法であって,

それぞれが互いに結合可能な幾何学的特徴を有する砥石チップとインサート本体とを提供する工程と,

それぞれの前記互いに結合可能な幾何学的特徴を介して,それら互いに結合可能な幾何学的特徴の少なくとも1つを不可逆的塑性変形させることで,前記砥石チップを前記インサート本体に接合する工程であって,前記変形は前記砥石チップを前記インサート本体の中に保持するのに十分な機械的応力を提供するものである,前記接合する工程と

を有する方法において,前記砥石チップを前記インサート本体に前記接合する工程は,前記インサート本体を前記砥石チップの周囲に造形,成形,鍛造,鋳造する,若しくはそれらの組み合わせのうち少なくとも1つのものにより生じるものである。」

しかし,本願発明に係る請求項16には,下記補正の過程を経るうち,明らかに特許法36条6項2号に規定する記載不備(特許を受けようとする発明が特許請求の範囲に明確に記載されていない)があることとなったため,本願発明の内容は,請求項16ではなく,請求項13の記載に基づいて認定すべきである。

すなわち,本願発明(請求項16)も,請求項13に記載されているとおりの内容の,

A. 切削工具インサートを形成する方法であって,

B. それぞれが互いに結合可能な幾何学的特徴を有する砥石チップとインサート本体とを提供する工程と,

C. それぞれの前記互いに結合可能な幾何学的特徴を介して,それら互いに結合可能な幾何学的特徴の少なくとも1つを不可逆的塑性変形させることで,前記砥石チップを前記インサート本体に接合する工程であって,前記変形は前記砥石チップを前記インサート本体の中に保持するのに十分な機械的応力を提供するものである,前記接合する工程と

D. を有する方法

と認定すべきである(以下,上記分説に従い「工程A」ないし「工程D」という場合がある。)。

b 本願発明の技術的特徴

審決が,本願発明について誤った認定に至ったのは,本願発明の技術的特徴を誤って解釈したことによるものである。

原告は,本願につき平成19年6月19日付けで拒絶理由通知(甲8)を受けたが,拒絶理由通知において,方法の発明である独立請求項10に従属する請求項11,12,14(本件補正後の請求項14,15,17)は拒絶の対象とされてはいなかった。

これら請求項は,上記工程B及びCを,プレス嵌め(本件補正後の請求項14),焼嵌め(同請求項15)及び締まり嵌め(同請求項17)に限定するものであったため,原告(出願人)は,平成19年10月26日付け手続補正(本件補正,甲5)において,これら拒絶されていない請求項の特徴を,物の発明に関する独立請求項1に従属する新請求項2,3,4とする補正をした。また,これらの特徴の上位概念である補正後の独立請求項1及び13については,具体的にこれらの特徴の上位概念になるように,「不可逆的塑性変形」との限定を特許請求の範囲に加えた。

こうした本件補正の意図について,本件補正と同日の平成19年10月26日付けで原告が提出した意見書(甲9)には,請求項1及び請求項13に記載された各発明の要旨につき以下のとおり説明している。すなわち,切削工具インサートを形成する方法であって(工程A,D),工程Bで,それぞれが互いに結合可能な幾何学的特徴を有する砥石チップとインサート本体とを提供する。すなわち,予め,互いに結合可能な幾何学的特徴を有する砥石チップとインサート本体を用意する。次に,工程Cで,それら予め用意した砥石チップとインサート本体とを組み合わせた後,それぞれの前記互いに結合可能な幾何学的特徴を介して,それら互いに結合可能な幾何学的特徴の少なくとも1つを不可逆的塑性変形させることで,両者を十分な機械的応力で接合する。具体的には,プレス嵌め(請求項14)や焼嵌め(請求項15)等で固定するというものである。

c 請求項16について

一方,請求項16(本願発明)は,本件補正前(平成19年5月12日付け手続補正〔甲3〕時のもの)の請求項13であるところ,原告は,本件補正(甲5)において,本件補正前の請求項13に対応する特徴を物の発明の独立請求項1に従属する請求項として加える補正は行っていない。すなわち,請求項1と請求項13は,カテゴリーが異なるだけで対応する特徴を有する発明であり,それぞれに,上記「不可逆的組成変形」の具体例が従属する構成になっているのに対して,上記請求項16は,方法の発明に係る請求項13にのみ従属しており,物の請求項1に従属した対応する請求項はない。

これは,本件補正後の請求項1と,元からあった請求項16の記載が互いに矛盾するからであると思料される。それにもかかわらず,方法の発明に関しては,請求項16が請求項13に従属するものとしてそのまま残されているため,方法の発明については上記矛盾が存在することとなった。

すなわち,請求項16(本願発明)は,請求項13の上記工程C(接合工程)を限定するものであるところ,工程Cにおいて砥石チップの周囲にインサート本体を直接鋳造する方法は,接合時にインサート本体を形成していることになり,インサート本体を予め用意していることにならず,上記工程Bを要しない。また,このような直接鋳造等の方法は,あらかじめ形成された砥石チップとインサート本体を互いに組み合わせた後,上記の焼嵌め等の接合方法により不可逆的組成変形により固定したもの(工程C)には当たらない。

つまり,請求項13を補正したことにより,請求項16(本願発明)に記載された事項は請求項13に係る発明と矛盾することとなり,請求項13への従属関係をそのまま残した請求項16に記載された事項は,その内容が明らかに不明確なものになってしまったのである。

したがって,審決における本願発明の認定のように,請求項13の全ての工程A~Dを有するものとして請求項16を書き下して本願発明として認定することには誤りがある。

なお,審決において,方法の発明の請求項13に従属する請求項16のみを認定していること自体かなり無理があるものであるが,この際,審判官は,請求項1にこの請求項16に対応する従属項がないことに当然に気付いているはずである。しかしながら,審判官は本願の請求項16のみに着目するあまり,上記のような明らかな矛盾があるにも関わらず,強引に上記のような書き下しをして本願発明を認定してしまったものであると思料される。

なお,仮に請求項16を認定するとしても,上記矛盾を前提にして,請求項16の記載のまま,「請求項13の方法において,前記砥石チップを前記インサート本体に前記接合する工程は,前記インサート本体を前記砥石チップの周囲に造形,成形,鍛造,鋳造する,若しくはそれらの組み合わせのうち少なくとも1つのものにより生じるものである。」として認定するべきであり,審決のように請求項13の記載を無理に書き下して認定すべきではない。

(イ) 引用発明認定の誤り

また,審決の引用発明の認定にも誤りがある。審決が認定した引用発明の内容は上記第3,1(3)イのとおりであるが,これを分説すると以下のとおりである。

a. 硬い金属体と真鍮ないし銅含有量の多い真鍮製の基台とからなる切削用複合工具の部品を形成する方法であって,

b. それぞれが互いに結合可能な幾何学的特徴を有するカッターを構成する硬い金属体と基台とを提供する工程と,

c. それぞれの前記互いに結合可能な幾何学的特徴を介して,前記硬い金属体を前記基台に接合する工程と

d. を有する方法において,

e. 前記硬い金属体を前記基台に接合する工程は,前記基台を前記硬い金属体の周囲にダイキャスティング,プレスモールディング,モールディングないしキャスティングすることにより生じるものである。

引用文献(甲4)に開示された技術は,迅速かつ大量生産に適した,硬い金属と基台の接着方法を提供することや,ハンダ付けの際に生じる熱によって硬い金属(砥石チップに相当)がダメージを受けないような接着方法を提供することをその課題とする(甲4,1欄33行~44行〔該当箇所は原文。訳文の対応箇所は,2頁12行~18行〕)。そして,係る課題達成のため,引用文献には硬い金属と基台を接着する際になるべく硬い金属に熱を与えないようにするのが好ましく,そのため真鍮や銅含有量の多い真鍮を用いることが好ましいとされている(甲4,1欄39行~44行,同65行~69行,2欄59行~65行〔該当箇所は原文。訳文の対応箇所は,それぞれ2頁16行~18行,2頁30行~32行,3頁21行~24行〕)。

審決は,引用文献について,上記構成cとして「それぞれが互いに結合可能な幾何学的特徴を有するカッターを構成する硬い金属体と基台とを提供する工程」を有するものと認定するが,審決の相違点2についての検討(6頁1行~8行)に記載されているように,引用文献では真鍮をチップの周りに直接鋳造して基台を作成しており,予め完成したチップと基台を提供してこれらを不可逆的塑性変形させているわけではないから,上記「それぞれが互いに結合可能な幾何学的特徴を有するカッターを構成する硬い金属体と基台とを提供する工程(工程b)」を有さない。

すなわち,本願発明の認定において,請求項16に記載された事項が請求項13の工程Bを有さないのと同じことであり,審決は,上記引用発明を無理に本願発明の認定と対比させて認定した結果,引用発明の認定を誤ったものである。

すなわち,引用発明は,

a’. 硬い金属体と真鍮ないし銅含有量の多い真鍮製の基台とからなる切削用複合工具の部品を形成する方法であって,

c’. 硬い金属と基台それぞれの互いに結合可能な幾何学的特徴を介して,前記硬い金属体を前記基台に接合する工程

d’. を有する方法において,

e’. 前記硬い金属体を前記基台に接合する工程は,前記基台を前記硬い金属体の周囲にダイキャスティング,プレスモールディング,モールディングないしキャスティングすることにより生じるものである。

として認定されるべきである(b’は欠番。以下「原告主張引用発明」という。)。

上記のとおり,審決の引用発明の認定は誤りであり,この誤りは結論に影響を及ぼすものであるから,違法として取り消されるべきである。

イ 取消事由2(進歩性判断の誤り)

(ア) 上記アの通り,本願発明(請求項16)の記載は従属先である独立請求項13の記載と明らかに矛盾するものであり,本願発明は独立請求項13に記載された発明と同じ内容(前記構成要件〔工程〕A~D)として認定されるべきである。以下,本願発明を請求項13と同内容のものとして認定した上で,原告主張引用発明と比較検討する。

(イ) 本願発明と原告主張引用発明との一致点及び相違点

本願発明(請求項16)は,請求項13に基づいて前記認定したようにA~Dの工程を有し,原告主張引用発明との一致点及び相違点は以下の通りである。

[一致点]

「切削工具インサートを形成する方法であって,(工程A)

それぞれの前記互いに結合可能な幾何学的特徴を介して,前記チップを前記インサート本体に接合する工程と(工程C)

を有する方法(工程D)」

である点。

[相違点1]

チップが,本願発明では,砥石チップであるのに対して,原告主張引用発明では,硬い金属体である点。

[相違点2]

本願発明が「それぞれが互いに結合可能な幾何学的特徴を有する砥石チップとインサート本体とを提供する工程(工程B)」を有するのに対して,原告主張引用発明はそのような工程を有さない点。

[相違点3]

本願発明においては,チップをインサート本体に接合する工程が,予め提供したチップとインサート本体の互いに結合可能な幾何学的特徴の少なくとも1つを不可逆的塑性変形させることで前記砥石チップを前記インサート本体に接合する工程であって,前記変形は前記砥石チップを前記インサート本体の中に保持するのに十分な機械的応力を提供するもの(工程C),具体的には締まり嵌めや焼嵌め又は共同焼結であるのに対して,原告主張引用発明ではそのような「不可逆的塑性変形」を伴っているか及び「十分な機械的応力」を提供しているかが不明な点。

(ウ) 相違点についての検討

本願発明は,予め,互いに結合可能な幾何学的特徴を有する砥石チップとインサート本体を用意する工程(工程B)を有するものであり,そして,それら予め用意した砥石チップとインサート本体とを組み合わせた後,「それぞれの前記互いに結合可能な幾何学的特徴を介して,それら互いに結合可能な幾何学的特徴の少なくとも1つを不可逆的塑性変形させる」ことで,両者を「十分な機械的応力」で接合する(工程C)ものである。具体的には,請求項14,15又は17に記載されているように,主に加熱によるプレス嵌めや焼嵌め,共同焼結等により,不可逆的な組成変形による機械的応力によって固定するものである。

これに対して,原告主張引用発明は,予め互いに結合可能な幾何学的特徴を有する砥石チップとインサート本体を用意するのではなく,インサート本体は鋳造工程において砥石チップの周囲に形成されるものである。

したがって,このような原告主張引用発明により,本願発明の工程Bおよび工程Cと実質的に同じ構成及び作用効果が得られるかが問題となる。

この点に関し審決は,「機械的応力」については,本件補正後の本願明細書の段落【0058】の記載(甲7)から,インサート本体を砥石チップの周囲に鋳造した後のインサート本体の化学収縮ないし熱収縮によって生じるものであるとする。そして,引用文献に開示されている真鍮等,ほとんどの金属がいわゆる凝固収縮ないし熱収縮を起こすことがよく知られているので,引用文献の図8等で示されているものは,鋳造後のインサート本体の凝固収縮ないし熱収縮により,本願発明と同様に,チップないしインサート本体の結合可能な幾何学的特徴を不可逆的塑性変形させ,かつ,当該変形は前記チップを前記インサート本体の中に保持するのに十分な機械的応力を提供するとみるのが相当であるとする。

しかしながら,原告主張引用発明はハンダ付けの際に生じる熱によって硬い金属(砥石チップに相当)がダメージを受けないような接着方法を提供することをその課題とするものであり(甲4,1欄33~44行〔原文,訳文は2頁12行~18行〕),本願発明の工程Cのように予め準備したチップとインサート本体とを組み合わせた後に焼嵌め等による不可逆的塑性変形により固定に必要な機械的応力を生じさせれば硬い金属がダメージを受けることになってしまい,原告主張引用発明の課題と矛盾する。

また,審決は,引用文献記載の発明においても,鋳造後のインサート本体の凝固収縮ないし熱収縮により本願発明と同様な機械的応力が生じるとしているが,一般に,2つの物体を組み合わせて加熱・冷却したからといって,2つの物体間に固定に必要な機械的応力が生じるとは限らない。例えば,2つの物体が共に熱収縮するとすれば,2つの物体の間には却って隙間が生じてしまい,「不可逆的塑性変形」も生じないし,「十分な機械的応力」も生じさせないことは明らかである。

本願の実施形態および請求項13に従属する請求項14,15,17に限定されているような締り嵌めや焼嵌めは,審決が指摘しているような単純な原理によるものではなく,加熱・冷却後に2つの物体間に不可逆的塑性変形による十分な機械応力が生じるように設計された固定の方法であり,この場合,2つの物体間には,相当の機械応力が生じるものである(本件補正後の本願明細書,段落【0054】,甲7)。

これに対して,原告主張引用発明ではこのように砥石チップに熱を加えることが好ましくないのは明らかであるし,また,原告主張引用発明の構成からは,上記のような「不可逆的塑性変形」も「十分な機械応力」も生じないものである。

したがって,少なくも,前記相違点2及び3は,本願発明と原告主張引用発明とを実質的に異ならせる相違点であり,引用文献には示唆もされていないものであるから,引用文献に接した当業者が本願発明を想到することはあり得ないと思料され,本願発明は原告主張引用発明に対して進歩性を有するものである。

(エ) 本願発明(請求項16に係る発明)の進歩性

上記のとおり,本願発明(請求項16)の特許請求の範囲の記載は従属先である請求項13の記載と明らかに矛盾するため,本願発明は請求項13に記載された発明として認定されるべきである。

しかし,仮に本願発明につき審決で認定された内容のとおり認定されたとしても,以下のとおり本願発明は原告主張引用発明に対し進歩性を有する。

審決で認定された本願発明(請求項16に記載された内容)と,原告主張引用発明との一致点及び相違点は以下のとおりである。

[一致点]

「切削工具インサートを形成する方法であって,

それぞれの前記互いに結合可能な幾何学的特徴を介して,前記チップを前記インサート本体に接合する工程と

を有する方法」である点。

[相違点1]

チップが,本願発明では,砥石チップであるのに対して,原告主張引用発明では,硬い金属体である点。

[相違点2]

本願発明については,チップをインサート本体に接合する工程が,インサート本体を砥石チップの周囲に造形,成形,鍛造,鋳造する,若しくはそれらの組み合わせのうち少なくとも1つのものによって十分な機械的応力を提供するものであるのに対し,原告主張引用発明ではそのような工程であるかが不明である点。

(オ) 相違点の検討

前記のように,上記相違点2に関し,審決は,「機械的応力」について本願明細書(甲1)の段落【0058】の記載から,インサート本体を砥石チップの周囲に鋳造した後のインサート本体の化学収縮ないし熱収縮によって生じるものであるとする。そして,引用文献に開示されている真鍮等,ほとんどの金属がいわゆる凝固収縮ないし熱収縮を起こすことがよく知られているので,引用文献の図8等で示されているものは,鋳造後のインサート本体の凝固収縮ないし熱収縮により,本願発明と同様に,チップないしインサート本体の結合可能な幾何学的特徴を不可逆的塑性変形させ,かつ,当該変形は前記チップを前記インサート本体の中に保持するのに十分な機械的応力を提供するとみるのが相当であるとする。

しかしながら,原告主張引用発明はハンダ付けの際に生じる熱によって硬い金属(砥石チップに相当)がダメージを受けないような接着方法を提供することをその課題とするものであり(甲4,1欄33~44行〔該当箇所は原文,訳文は2頁12行~18行〕),本願発明のように不可逆的塑性変形により固定に必要な機械的応力を生じさせることは硬い金属がダメージを受けることになってしまい,原告主張引用発明の課題と矛盾する。

また,審決は,引用文献記載の発明においても,鋳造後のインサート本体の凝固収縮ないし熱収縮により本願発明と同様な機械的応力が生じるとしているが,一般に,2つの物体を組み合わせて加熱・冷却したからといって,2つの物体間に固定に必要な機械的応力が生じるとは限らない。例えば,2つの物体が共に熱収縮するとすれば,2つの物体の間には却って隙間が生じてしまい,「不可逆的塑性変形」も生じないし,「十分な機械的応力」も生じさせないことは明らかである。

本願の実施形態および請求項13に従属する請求項14,15,17に限定されているような締り嵌めや焼嵌めは,審決が指摘しているような単純な原理によるものではなく,加熱・冷却後に2つの物体間に不可逆的塑性変形による十分な機械応力が生じるように設計された固定の方法であり,この場合,2つの物体間には,相当の機械応力が生じるものである(本願明細書段落【0054】)。

これに対して,原告主張引用発明ではこのように砥石チップに熱を加えることが好ましくないのは明らかであるし,また,引用発明の構成からは,上記のような「不可逆的塑性変形」も「十分な機械応力」も生じないものである。

したがって,少なくも,前記相違点2は,本願発明と原告主張引用発明とを実質的に異ならせる相違点であり,引用文献には示唆もされていないものであるから,引用文献に接した当業者が本願発明を想到することはあり得ないと思料される。

審決は,請求項16に記載の発明(本願発明)において,一見,引用文献と類似する構成を有する点に目を奪われ,本願発明の本質についての認識を誤っているものと思われる。特に,上記砥石チップの周囲にインサート本体を形成する工程と,砥石チップとインサート本体とを接合する工程という2つの工程に関する理解においてその認定を誤っている。すなわち,上記砥石チップの周囲にインサート本体を形成するだけでは,請求項16が従属する請求項13に記載されているような不可逆的塑性変形や十分な機械応力は得られないのであって,接合工程を介して請求項13に規定された「不可逆的塑性変形」や「十分な機械応力」が得られるような処理が行われることによって本願発明の工程が完成するものである。原告主張引用発明は,上述したように,硬い金属にダメージを与えないようにこの硬い金属の周りに基台を形成するのみであって,本願発明のような接合処理は開示されていない。したがって,原告主張引用発明の構成によれば,審決が指摘するような形成工程における熱収縮によっては上記のような接合は得られないどころか,お互いに収縮するのであれば,却って硬い金属と基台との間に隙間が生じ保持に必要な応力さえも得られないことになる可能性がある。

そのようであるから,技術的に考えれば,上記のような熱収縮は出来るだけ小さい方が好ましい。例えば,本願発明の実施形態でインサート本体の材料として用いている高温成形用ポリマー(段落【0058】)の熱収縮率は,真鍮(引用文献の基台の材料)など一般的な熱収縮率の小さい金属の熱収縮率に比べて一桁以上小さいものである。

従って,原告主張引用発明と本願発明との前記相違点2は,本願発明と原告主張引用発明とを実質的に異ならせる差異であるといえ,引用文献に本願発明に記載された事項へ想到する示唆や動機付けもないことから,審決通りに本願発明の内容が認定されたとしても,本願発明は原告主張引用発明に対し進歩性を有するものである。

以上の通り,本願発明は引用文献記載の発明により進歩性がないとした審決は違法であり,取り消されるべきである。

なお,審決では,請求項16(本願発明)が請求項13に従属することを理由に,請求項16を請求項13の記載から書き下して本願発明と認定しているが,通常,請求項13に係る発明を単独で認定して進歩性がある場合において,従属項である請求項16に記載された発明が進歩性を有しないことはあり得ない。しかし,両請求項の記載が矛盾し記載不備が存在する場合には,これが起こりうるのであり,この記載不備の有無を検討することなく,当然に請求項16に記載の発明に進歩性がなければ請求項13に記載された発明も進歩性がないと決め付けた審決の判断は安易かつ強引であり違法と判断されるべきである。

ウ 取消事由3(手続の瑕疵)

(ア) 上記のように,本願発明(請求項16)の記載は請求項13の記載と明らかに矛盾し,その技術的意義が不明確であり,特許法36条6項2号に違反する。審決は,方法の発明の独立請求項13と対応する物の発明の独立請求項1に請求項16に対応する請求項が存在しないことを明らかに知りつつ,本願発明(請求項16)の特徴と明らかに矛盾する請求項16の形式的記載のみに頼り,審決に至ったものである。

このように,請求項16に係る発明は不明確なものであって本来認定できないのであるから,特許法29条2項ではなく,特許法36条6項2号に違反するとの拒絶理由通知がなされるべきであった。しかしながら,審判の手続において,かかる拒絶理由通知はなされていないのであるから,審決は特許法159条2項,50条に違背し,手続上の瑕疵を有するものであるから,取り消されるべきである。

仮に,請求項16について特許法36条6項2号に基づく新たな拒絶理由が発せられていた場合,上記矛盾は明らかであるから,原告は請求項16を削除する等の対応をすることで進歩性を有する請求項13に係る発明等について適切に保護を受けることできる可能性が極めて高かったと思料する。

しかしながら,審判の審理においてはかかる拒絶理由の通知はされず,本来保護されるべき発明について適切に保護を受けるための手続補正等をする機会を原告に与えることなく請求不成立とした本件審決がなされた。これは,原告の利益を不当に害するものであり,発明の保護及び利用を図ることにより,発明を奨励するという法目的(特許法1条)にも反するので,かかる観点からも審決は取り消されるべきである。

そもそも,審決は請求項16のみについて審理し,特許性がないとしているが,これは,請求項16の「前記インサート本体を前記砥石チップの周囲に造形,成形,鍛造,鋳造する」という箇所のみに着目し,引用文献から同様の工程が読み取れることから安易に拒絶査定を維持できると判断したものと考えられる。

つまり,審判の審理において請求項16に係る発明の具体的な内容,請求項13との関係及び請求項13に係る発明が特許性を有することなどを検討することなく拒絶査定を維持したものと考えられる。このような審理によって,原告は本来保護されるべき請求項13に係る発明について適切に保護を受けるための手続の機会を不当に奪われたのであり,違法なものとして取り消されるべきである。

審決は手続上の瑕疵(特許法159条2項違反)を有するものであるから,違法なものとして取り消されるべきである。

2  請求原因に対する認否

請求の原因(1)~(3)の各事実はいずれも認めるが,同(4)は争う。

3  被告の反論

審決の判断は正当であり,審決に原告主張の誤りはない。

(1)  取消事由1に対し

ア 本願発明の認定

特許法36条5項は,「特許請求の範囲には,請求項に区分して,各請求項ごとに特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない」と規定し,いかなる特許を受けるかは,出願人たる原告の自由意思に基づくものであることが,法律上,明らかにされている。

このことは,物の発明,方法の発明という発明のカテゴリーの選択についても,同様であるから,物の発明と方法の発明の両者を特許請求の範囲に記載する場合に,両者の特徴部分(発明特定事項)を整合させるか否かは,原告が自身の意志に基づいて行うことであり,整合させる義務が被告にないことは明らかである。

したがって,「物」の発明である請求項1に従属する対応する請求項がないことをもって,「方法」の発明である請求項16(本願発明)に,矛盾が存在するとはいえない。

すなわち,請求項16に係る発明(本願発明)の砥石チップの周囲にインサート本体を成形する工程は,本件補正後の本願明細書の発明の詳細な説明の段落【0058】(甲7)の「本発明の技術の別の実施形体において,…」なる記載,段落【0053】(甲7)の「本発明のさらに第4の実施形態について…」を根拠とするものであり,「砥石チップの周囲にインサート本体を成形する工程」が,「本発明の技術の別の実施形態」,「本発明のさらに第4の実施形体」であることが,明記されている。

原告は,本願発明(請求項16)に記載された事項は請求項13に係る発明と矛盾し,明らかな記載不備があると主張するが,仮に請求項16に「明らか」な記載不備があるなら,原告は,拒絶理由に対する応答時及び審判請求時に,その旨主張し補正を行い得たにもかかわらず,請求項13の「接合する工程」が,請求項16の根拠となる段落【0058】の「砥石チップの周囲にインサート本体を成形する工程」を含むものではないことを明確にしていない。

そして,請求項16が従属する請求項13に係る発明は,「砥石チップとインサート本体とを提供する工程」,「接合する工程」を有するが,両工程の「順序」については,特定されていない。

したがって,請求項13の「接合する工程」が,請求項16の「砥石チップの周囲にインサート本体を成形する工程」であるとしても,これにより,「砥石チップとインサート本体とが提供」されることとなるのであるから,両者は矛盾するものではない。

仮に,原告主張のとおり,「予め」「砥石チップとインサート本体を用意する」,すなわち両工程の「順序」が特定されていると解し,請求項13に係る発明が,「砥石チップとインサート本体とを提供する工程」の後,「接合する工程」を行うものであるとしても,ここでいう「インサート本体」は,「成形後」の「インサート本体」であるとは特定されていないことから,請求項13に係る発明と請求項16に記載された事項とは矛盾するものではない。

また,請求項16に係る発明は,請求項13に係る発明に従属するものであるところ,判断の便宜上,一体化して書き下すことは,記載の形式的な変更にすぎず,発明特定事項を変更するものではないから,何ら問題はない。

以上のとおり,審決の本願発明の認定に誤りはない。

イ 引用発明の認定

上記アのとおり,本願発明は「硬い金属体と基台とを提供する工程」と「接合する工程」の「順序」を特定していないのであるから,引用発明は,「それぞれが互いに結合可能な幾何学的特徴を有するカッターを構成する硬い金属体と基台とを提供する工程」を有するといえる。

また,本願発明が,「砥石チップとインサート本体とを提供する工程」の後,「接合する工程」を行うものであるとしても,本願発明の「インサート本体」は,「成形後」の「インサート本体」であるとは特定されていないことから,引用発明の「基台」が,「成形後」の「基台」である必要はなく,引用発明は,「それぞれが互いに結合可能な幾何学的特徴を有するカッターを構成する硬い金属体と基台とを提供する工程」を有するといえる。審決の引用発明の認定に誤りはない。

(2)  取消事由2に対し

原告は,本願発明,引用発明の認定の誤りを前提に,本願発明を,請求項13に係る発明の内容として認定されるべきと主張しているが,上記(1)のとおり,審決の本願発明,引用発明の認定に誤りはないから,原告の主張は,その前提を欠くものである。

また,原告は,本願発明と引用発明との一致点,相違点について,審決の本願発明及び引用発明の認定の誤りを前提としているところ,上記のとおり,審決の本願発明,引用発明の認定に誤りはないから,この原告の主張も,その前提を欠くものである。

原告は,審決が認定した相違点2について,引用発明は,「硬い金属がダメージを受けないような接着方法を提供」なる記載からみて,接合は得られないと主張するので,これについて検討する。

引用発明の記載された甲4には,審決において摘記したア~クのほか,以下の内容が記載されている(以下の訳は被告による。)。

「この発明の目的は,迅速に作成でき,硬い金属体と固定又は保持部間の完全な機械的固着を保証する大量生産に適する金属材料からなる固定又は保持部と,硬い金属体との間の接続を提供することを目的とする。」(1欄33行~38行〔該当箇所は原文。原告提出の訳文の該当箇所は2頁12行~18行〕)

また,甲4において,基台(以下,「インサート本体」という場合がある。)が硬い金属体(以下,「チップ」という場合がある。)を上下ないし左右方向から包み込むように構成されている図面であるFig.8,Fig.9a~9d,Fig.11b,Fig.12a,Fig.12cないしFig.13に示されているものに関し,チップをインサート本体に保持するための特別な部材が必要である旨の記載はない。

引用発明は「切削用複合工具」に用いられるものであるから,切削機能を発揮する「チップ」は,切削時に,インサート本体に確実に保持されている必要がある。

そして,引用発明においては,「チップをインサート本体に接合する工程は,インサート本体をチップの周囲にダイキャスティング,プレスモールディング,モールディングないしキャスティングすることにより生じるものである」こと,「インサート本体の材料である真鍮ないし銅含有量の多い真鍮も凝固収縮するものである」こと,「チップをインサート本体に保持するための特別な部材が必要である旨の記載はない」ことを踏まえると,引用発明の「接合する工程」が,鋳造後のインサート本体の凝固収縮ないし熱収縮により,チップとインサート本体の結合可能な幾何学的特徴を不可逆的塑性変形させ,かつ,当該変形はチップをインサート本体の中に保持するのに十分な機械的応力を提供していることは明らかである。

原告が根拠とする「硬い金属がダメージを受けないような接着方法を提供」なる記載は,過度な機械的応力によって,チップが損傷しないよう適切な機械的応力を選択するという当然の技術的配慮について記したものであって,「十分な機械的応力を提供」することと,何ら矛盾するものではない。

このことは,原告が根拠とする記載が,「It is also an object…」(…も目的とする。)なる文に含まれ,副次的目的とされていることからも明らかである。

また,原告が主張する,本願発明の「高温成形用ポリマー」と,引用発明の「真鍮」との熱収縮率の差違については,請求項の記載に基づくものでなく,根拠がない。さらに,適切な保持の観点から,適切な熱収縮率のものを選択することは,設計的事項にすぎない。したがって,審決の進歩性の判断に誤りはない。

(3)  取消事由3に対し

本願発明(請求項16)に記載された事項は請求項13に係る発明と矛盾するものではなく,本願発明は不明確なものではないから,請求項16には,「明らか」な記載不備があるとはいえない。

よって,特許法36条6項2号に違反するとの拒絶理由を通知すべきとの原告の主張は根拠がない。

第4当裁判所の判断

1  請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。

2  取消事由1(本願発明及び引用発明認定の誤り)について

(1)  原告は,審決には本願発明及び引用発明の認定に誤りがある旨主張するが,事案に鑑み,引用発明認定の誤りの有無について,検討する。

ア 引用発明の記載された甲4(引用文献)には,以下の記載がある(該当箇所の記載も含め原告提出の訳文による。訳文の内容につき当事者間に争いはない。)。

(ア) 特許請求の範囲

・ 「【請求項1】

ステライトなどの硬い金属合金からなる予備成形および焼結によって得られる切削体であって,切削縁と,相互に噛み合う細長い表面を呈する構造の突起および凹所を有する少なくとも1つの細長い面とを有しており,前記凹所の幅が,当該切削体の中心に向かって大きくなっている切削体,および

高い銅含有量,大きな強度,および比較的高い熱伝導率を有するダイキャスト真鍮合金からなる保持部材であって,隣接する面に沿って前記切削体へとプレス成形されて前記切削体に組み合わせられ,前記切削体を部分的に囲む保持部材

を備えており,

前記保持部が,相互に噛み合う細長い表面を定める突起および凹所を呈しており,該相互に噛み合う細長い表面が,前記硬い金属合金からなる切削体の前記凹所によって提供される相互に噛み合う細長い表面と密に係合して,該凹所を完全に埋めている旋盤用切削工具。」

・ 「【請求項2】

ステライトなどの硬い金属合金からなる予備成形および焼結による切削体であって,切削縁と,相互に噛み合う細長い表面を呈する構造の突起および凹所を有する少なくとも1つの細長い面とを有しており,前記凹所の幅が,当該切削体の中心に向かって大きくなっている切削体,および

高い銅含有量,大きな強度,および比較的高い熱伝導率を有するダイキャスト黄銅合金からなる保持部材であって,隣接する面に沿って前記切削体へとプレス成形されて前記切削体に組み合わせられ,前記切削体を部分的に囲む保持部材

を備えており,

前記保持部が,相互に噛み合う細長い表面を定める突起および凹所を呈しており,該相互に噛み合う細長い表面が,前記硬い金属合金からなる切削体の前記凹所によって提供される相互に噛み合う細長い表面と密に係合して,該凹所を完全に埋めており,

前記突起および凹所が,膨張係数の相違に起因する前記切削体の前記部材に対する変位を許容する様相で,前記カッターの前記切削縁に対して斜めに延びている旋盤用切削工具。」

(イ) 発明の詳細な説明(ただし,原文及び訳文に左記表題はない。また,便宜のため,判決において①以下の番号を付した。)

① 「…一方の硬質金属と他方の保持部または土台との間の接続は,これまでのところ,リベット,ねじ,クランプ,はんだ付け,溶接,または接着によって得られている。これら公知の接続手段の欠点は,費やされる時間または作業が比較的大きい点,あるいは機械的な要件を満足できない点にある。この点に関し,硬質金属が切削,旋削,絞り,かんながけ,フライス削り,またはたたき出しなどといったチップ解放またはチップレス形成作業に使用されるため,負荷がきわめて大きくなりうることを考慮しなければならない。」(2頁4行~11行)

② 「本発明の目的は,硬質金属と金属材料で構成される保持部または土台との間の接続であって,迅速な製造が可能であり,大量生産に適していながら,硬質金属と保持部または土台との間の申し分のない機械的付着を保証する接続を提供することにある。

さらに,本発明の目的は,過熱および過熱の結果としての硬質金属の損傷,ならびに硬質金属の裂けまたは破れを生じうる熱応力の発生など,これまで広く使用されてきたはんだ付け方法の欠点を克服することにある。

この点に関し,本発明は,主として,硬質金属をダイキャスト,プレス成形,成型,または鋳造によって埋め込み体または土台物質に密に固定すると同時に,適切に成形する。成形は,硬質金属ならびに土台に影響を及ぼす場合がある。予想と反対に,本方法は,工具に加えられるきわめて大きな機械的荷重に悪影響なく耐えるような硬質金属と埋め込み材料との間の固定を提供することが,明らかになった。」(2頁12行~23行)

③ 「…硬質金属の成形品または土台における固定は,外部環境やそれぞれの形状に依存して,冷却の際に生じる異なる膨張係数によってさらに向上させることができる。本工具の製造の間における熱応力を避け,最良の固着を得るためには,特に保持部又は土台を金属鋳造,注入成型若しくはプレス成形することが有利である。…」(2頁28行~32行)

④ 「本発明によれば,硬質金属に溝,蟻継ぎ,歯,すき間,または環状の形状の1つ以上の凹所,突起,中断,または空洞が与えられることにより,その形状が得られる。…」(2頁41行~43行)

⑤ 「固着に必要な成形は,硬質金属またはカッターステライトを,円形,正方形,または他のプリズム状の断面,あるいは円錐形または台形の形状とすることで達成することも可能である。本発明はまた,固着を向上させるために硬質金属またはカッターの表面を粗面化することも提供する。

さらに,本発明は,工具の作業時または使用時に生じる力に対抗するように,硬質金属またはカッターが保持部によって囲まれるような方法で,硬質金属または保持部の任意の特別な形状との組み合わせで,保持部を好都合に成形することも想定する。

本体のサイズおよび形状が望ましくなるように選択しながら,保持部または土台に,最初の操作において所望の最終形状を与えることができるということを,さらに述べておかなければならない。…」(2頁末行~3頁10行)

⑥ 「さらに,本発明は,切削縁に対して鋭角で延びる斜めの凹所または空洞または突起または隆起部を備えることができる硬質金属の改良をも想定する。好ましくは,任意の所望の断面を有することができるこれらの凹所を,切削または同種の作業の際に生じる応力の方向を横切るように配置することができる。この点に関し,一方では応力が上手く遮断され,他方では,すでに述べたように,熱応力の好ましい平衡が可能である。また,互いにある角度,特に直角で交差する凹所を硬質金属に設けることも可能であり,これは,硬質金属と保持部との間のきわめて密な固定を可能にする。

例えば,いわゆる切削用キノコに関して,本発明は,円形の保持部が成型または射出などで設けられた硬質金属の環状の本体を提案する。…」(4頁11行~20行)

⑦ 「図2および3は,硬質金属またはカッターを,さらに詳しく示している。図2は,図1の矢印による図を示している。ここで,切断点が6に示されており,凹所8が長手方向の蟻継ぎ接続を構成している。図3は,蟻継ぎ形状の凹所9を横方向に延在させて有している硬質金属3の底面図を示している。図4によれば,硬質金属3’の底面に,直角に延びる凹所10および11を設けてもよい。これらの凹所の断面は,たとえばリブ,溝,蟻継ぎ形状,または円形など,所望のとおりに選択することができる。

図5によれば,硬質金属3’’の底部に,縁6’’において主として生じる切削力を横切る方向に斜めに延びる凹所12が設けられる。

凹所は,硬質金属のプレス,成型,または予備焼結の際に,公知のやり方で製作可能である。

図6は,保持部14が成型または注入などによって埋め込まれている環状の金属体13を示している。この構成を,いわゆる切削用キノコまたは硬質金属で覆われた鋸歯,フライス盤などとして使用することができる。硬質金属13および15に,図6aによる断面にも示されているとおりに説明される凹所を設けることができる。」(4頁36行~5頁3行)

⑧ 「図8においては,保持部18が,上述の様相で硬質金属17(判決注:原文及び訳文の「18」は「17」の誤記)の周囲に配置されている。

図9a~9eが,1つ以上の突起または凹所などが設けられた環状の断面を有している硬質金属のさまざまな実施の形態を示している。このように,1つおよび2つの硬質金属を,保持部に埋め込むことができる。ここでも,保持部は,平行線の斜め模様によって示されている。

図10a,10b,10c,11a,11b,11c,ならびに12a,12b,および12cによる例は,溝,蟻継ぎ(図10a,11a,12b),スロット(図10bおよび12b),または円形(図10c)の形態の1つ以上の突起または凹所が設けられた矩形,プリズム形,台形,円錐形,または六角形の断面の硬質金属を示している。図11cによれば,鋸歯状または溝状の形状を使用することも可能である一方で,図13は,粗く粗面化された表面を有する硬質金属を示している。」(5頁10~21行)

(ウ) 図面

file_2.jpg+ (Bl2) + (3) + (B4) + (5) cad ad Fig Fig, é €é og 6 ry 3 ; en E 2 =e ¢ @ + (8) (Rio Figda 0g9b Figde Fig-bd Fig 9e + (B10) figdoa Fig. 06 4ig/0e LE, Yl VUES Kiya (Kn + (B11) fig.ila Fig. W Fig tls NC + (B12) Figlla Fig. Gh Figl@e REX KEG + (B13)(エ) 上記(ア)ないし(ウ)によれば,硬質金属(審決3頁1行等にいう「硬い金属体」)から成る切削体とその土台ないし保持部(審決3頁1行等にいう「基台」)から成るカッター等の旋盤用切削工具においては,従来,硬質金属と保持部とをクランプ,溶接,接着等で接続していたが,所要時間,作業負担が大きい上,硬質金属と保持部との付着力にも問題があった(上記(イ)①)。そこで,引用文献は,この接続を迅速に行い,十分な機械的付着を得ることを目的とする(上記(イ)②)。

そのため引用文献では,相互に噛み合う細長い表面を呈する構造の突起及び凹所を有する切削体(硬質金属)と,この切削体にプレス成形されて組み合わせられ,切削体を部分的に囲む保持部材(基台)とを備える(請求項1,2)。成形された保持部材は突起及び凹所を呈するところ,これは切削体と相互に噛み合って密に係合する(請求項1,2)。そして,これら切削体と保持部材とは,溝,蟻継ぎ(審決3頁下6行にいう「蟻溝」)等をなす突起及び凹所(すなわち,幾何学的特徴)により互いに結合し,旋盤用切削工具となる。

そして,引用文献における切削体と保持部材との結合は,上記のとおり突起及び凹所が結合して成るところ,これは硬質金属(切削体)に溝,蟻継ぎ,歯,すき間等の形状の凹所,突起等の形状を成すことにより得られる(上記(イ)④)とされ,図3~図5には,硬質金属に形成される凹所の様が図示されるとともに,これら凹所は所望の断面形状を選択できる旨が記載されている(上記(イ)⑦)。

そしてこれら硬質金属は,ダイキャスト,プレス成形,成型,鋳造によって保持部に密に固定されることになる(上記(イ)②)。

以上によれば,旋盤用切削工具を形成する方法に関し,引用文献には,切削体に溝,蟻継ぎ等を成す幾何学的特徴が形成される点,及び硬質金属をダイキャスト,プレス成形,成型,又は鋳造によって保持部材に密に固定する,との点は記載されている。

しかし,硬質金属を鋳造等で保持部に固定するに先立って,保持部に溝,蟻継ぎ等をなす幾何学的特徴が形成されるとまで記載されているということはできないというべきである。

そうすると,引用文献には,幾何学的特徴を有する保持部材を提供し,この提供された保持部材をその幾何学的特徴を介して切削体に接合するとの一連の工程が記載されているということはできない。

イ 一方,審決が認定した引用発明の内容は,上記第3,1(3)イのとおりであり,これを再掲すると,以下のとおりである。

「硬い金属体と真鍮ないし銅含有量の多い真鍮製の基台とからなる切削用複合工具の部品を形成する方法であって,

それぞれが互いに結合可能な幾何学的特徴を有するカッターを構成する硬い金属体と基台とを提供する工程と,

それぞれの前記互いに結合可能な幾何学的特徴を介して,前記硬い金属体を前記基台に接合する工程とを有する方法において,

前記硬い金属体を前記基台に接合する工程は,前記基台を前記硬い金属体の周囲にダイキャスティング,プレスモールディング,モールディングないしキャスティングすることにより生じるものである。」

ウ そして,上記「それぞれの前記互いに結合可能な幾何学的特徴を介して,前記硬い金属体を前記基台に接合する工程」とあるところ,この「前記互いに結合可能な幾何学的特徴を介して」とある部分の「前記」の語は,その前段の「それぞれが互いに結合可能な幾何学的特徴を有する…硬い金属体と基台とを提供する工程」により提供された硬い金属体と基台とが既に有する「それぞれが互いに結合可能な幾何学的特徴」を指すことが明らかである。

これは,審決が,本願発明と引用発明との一致点を上記第3,1(3)イのとおり,「切削工具インサートを形成する方法であって,それぞれが互いに結合可能な幾何学的特徴を有するチップとインサート本体とを提供する工程と,それぞれの前記互いに結合可能な幾何学的特徴を介して,前記チップを前記インサート本体に接合する工程とを有する方法において,前記チップを前記インサート本体に前記接合する工程は,前記インサート本体を前記チップの周囲に鋳造することにより生じるものである」こととして,チップとインサート本体とが,それぞれ互いに結合可能な幾何学的特徴を有する旨認定していることからも明らかである。

そうすると,審決は,引用発明を,それぞれが互いに結合可能な幾何学的特徴を有する硬い金属体と基台とを提供し,これら提供された硬い金属体と基台とを,それらが有する互いに結合可能な幾何学的特徴を介して接合する方法と認定したということができる。

しかし,上記アによれば,引用文献(甲4)には,保持部材(基台)について,切削体(硬い金属体ないし硬質金属)と接合する工程に先立ち,切削体の幾何学的特徴と結合可能な幾何学的特徴を有する保持部材(基台)を提供する工程が記載されているということはできない。

そうすると,審決の引用発明の内容の認定には誤りがあり,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

(2)  被告の主張に対する補足的判断

ア 被告は,引用発明は「それぞれが互いに結合可能な幾何学的特徴を有するカッターを構成する硬い金属体と基台とを提供する工程」を有する旨主張する。

しかし,上記(1)のとおり,審決が認定した引用発明は,引用文献(甲4)に記載された事項に基づくものとはいうことができないのであるから,被告の上記主張は採用することができない。

イ また被告は,本願発明において,「提供する工程」の後に「接合する工程」を行うとしても,本願発明の「インサート本体」は,「成形後」の「インサート本体」であるとは特定されていないから,引用発明の「基台」が,「成形後」の「基台」である必要はなく,引用発明は,「それぞれが互いに結合可能な幾何学的特徴を有するカッターを構成する硬い金属体と基台とを提供する工程」を有する旨主張する。

しかし,引用発明の基台が成形後の基台である必要がないとする被告の主張は,本願発明の内容から引用発明の内容を規定しようとするものであって前提において失当であるとともに,上記(1)のとおり,審決が認定した引用発明の内容は,引用文献(甲4)に記載された事項に基づくものとはいうことができないのであるから,被告の上記主張は採用することができない。

3  結語

以上のとおり,原告主張の取消事由1のうち引用発明の内容の認定の誤りをいう部分は理由がある。そうすると,その余(ただし,取消事由1(ア)の部分を除く。)の点について判断するまでもなく,審決は違法として取消しを免れない。

よって,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 今井弘晃 裁判官 真辺朋子)

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