知財高等裁判所 平成21年(行ケ)10164号 判決 2010年1月28日
原告
エレコム株式会社
訴訟代理人弁理士
藤本昇
同
薬丸誠一
同
北田明
同
多根康行
訴訟代理人弁護士
畑郁夫
同
国谷史朗
同
重冨貴光
同
古庄俊哉
同
廣瀬崇史
同
木村栄嗣
被告
株式会社キャメル
訴訟代理人弁理士
桑原稔
同
中村信彦
訴訟代理人弁護士
山本隆司
同
井奈波朋子
同
永田玲子
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2008-800210号事件について平成21年5月8日にした審決を取り消す。
第2争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
被告は,平成13年1月29日,発明の名称を「携帯型電子計算機のキャリングケース」とする発明について,特許出願し(特願2001-19450号),平成19年3月9日,設定登録を受けた(特許第3927369号。以下「本件特許」といい,設定登録時の明細書を図面とともに「本件明細書」という。設定登録時の請求項の数は4であった。)。
原告は,平成20年10月17日,本件特許の特許請求の範囲の請求項1に係る発明の特許について無効審判を請求し(無効2008-800210号),特許庁は,平成21年5月8日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月20日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲
本件特許の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,この発明を「本件特許発明」という。)。
「重ね合わせ状態において携帯型電子計算機を間に挟み込んで保持する一対の保持体を有しており,
この一対の保持体がそれぞれ,保持すべき携帯型電子計算機を枠内空間に納める大きさの周回状をなす線材よりなる枠材と,この枠材に張り込まれたゴム又はゴム状弾性材よりなるシート状体とを備えていると共に,
一方の保持体の一側縁部と他方の保持体の一側縁部とが,重ね合わせ状態にある両保持体を当該両保持体の他側縁部間の間隔を離れ出させる向きに開き出し操作可能に,止め付け合わされていることを特徴とする携帯型電子計算機のキャリングケース。」
3 審決の理由
(1) 別紙審決書写しのとおりであり,審決の判断の要旨は,次のとおりである。
ア 本件特許発明は,本件特許の出願日前に頒布された刊行物である甲2の1(米国特許第5529184号明細書)に記載された発明(以下「甲2発明」という。)と同一であるとはいえない。
イ 本件特許発明は,甲2発明に,本件特許の出願日前に頒布された刊行物である甲3(実願昭61-184218号(実開昭63-88119号)のマイクロフィルム)に記載された発明(以下「甲3発明」という。)を適用することによって,当業者が容易に発明をすることができない。
ウ 本件特許発明は,甲3発明に,甲2発明又は周知技術を適用することによって,当業者が容易に発明をすることができない。
(2) 審決が,本件特許発明が新規性及び進歩性を欠くことはないとの結論を導く過程において認定した甲2発明の内容,本件特許発明と甲2発明の一致点・相違点,甲3発明の内容,本件特許発明と甲3発明の一致点・相違点は,次のとおりである。
ア 甲2発明を基礎とした容易想到性に係る認定事実
(ア) 甲2発明の内容
「パソコン32は,ストラップ20によりダイヤフラム14の1つで支えられ,それから他のダイヤフラム14で覆われ,二重の枠10及びダイヤフラム14はストラップ28により1つの辺の端縁で相互接続され,適切なコネクタを備えたストラップ30により反対側の端縁で相互に接続され,枠10及びダイヤフラム14は,回復力に富む軽量の材料から作られる実質的に矩形のバネ鋼ロッド,ガラス繊維ロッド,ロッド形をした強化プラスチック材料,ロッド形をした適切な非強化プラスチック材料,小板の形をした重ね板バネ金属又は積層材,及びプラスチック被覆バネ鋼ロッド等からなる枠10と枠10に固定される発泡プラスチック材料等の衝撃吸収材でコーティングすることができる実質的に伸縮自在ではない布材料から形成されるダイヤフラム14からなるパソコン用保護装置」の発明
(イ) 本件特許発明と甲2発明の一致点
「重ね合わせ状態において携帯型電子計算機を間に挟み込んで保持する一対の保持体を有しており,
この一対の保持体がそれぞれ,保持すべき携帯型電子計算機を枠内空間に納める大きさの周回状をなす線材よりなる枠材と,この枠材に張り込まれたシート状体とを備えている携帯型電子計算機のキャリングケース。」
(ウ) 本件特許発明と甲2発明の相違点
a 相違点1
本件特許発明はシート状体がゴム又はゴム状弾性体よりなるのに対し,甲2発明は実質的に伸縮自在でない布材料から形成される点。
b 相違点2
本件特許発明は,一方の保持体の一側縁部と他方の保持体の一側縁部とが,重ね合わせ状態にある両保持体を当該両保持体の他側縁部間の間隔を離れ出させる向きに開き出し操作可能に,止め付け合わされているのに対して,甲2発明は,そのように構成されていない点。
イ 甲3発明を基礎とした容易想到性に係る認定事実
(ア) 甲3発明の内容
「ファスナーを係着せしめて袋形状にして四角形状の物品Aを収容する帯状のカバン本体と,帯状のカバン本体の両端部に芯材を介して形成された把手とを有しており,帯状のカバン本体は,ゴムにより構成される手さげカバン」の発明
(イ) 本件特許発明と甲3発明の一致点
「重ね合わせ状態において携帯型電子計算機を間に挟み込んで保持する一対の保持体を有しており,
この一対の保持体がそれぞれ,ゴム又はゴム状弾性材よりなるシート状体とを備えていると共に,
一方の保持体の一側縁部と他方の保持体の一側縁部とが,重ね合わせ状態にある両保持体を当該両保持体の他側縁部間の間隔を離れ出させる向きに開き出し操作可能に,止め付け合わされている携帯電子計算機のキャリングケース」
(ウ) 本件特許発明と甲3発明の相違点
本件特許発明は,「一対の保持体がそれぞれ,保持すべき携帯型電子計算機を枠内空間に納める大きさの周回状をなす線材よりなる枠材」を有するのに対して,甲3発明は,帯状体の両端部に芯材を介して形成された把手を有するものの,「保持すべき携帯型電子計算機を枠内空間に納める大きさの周回状をなす線材よりなる枠材」は有していない点。
第3取消事由に関する原告の主張
審決は,本件特許発明と甲2発明の相違点1に関する容易想到性判断の誤り(取消事由1),本件特許発明と甲3発明の相違点に関する容易想到性判断の誤り(取消事由2)があるから,違法として取り消されるべきである。
1 本件特許発明と甲2発明の相違点1に関する容易想到性判断の誤り(取消事由1)
審決は,本件特許発明と甲2発明との相違点1に係る構成について,「当業者といえども,甲2発明におけるダイヤフラムの実質的に伸縮自在でない材料に代えて,甲3発明のゴム又はゴム状弾性材よりなるシート状体を採用することは,容易に想到し得ないから,甲2発明に甲3発明を適用して容易に本件特許発明をすることはできない」と判断したが,審決の上記判断は誤りである。その理由は,以下のとおりである。
(1) 審決は,相違点1に関する上記判断の前提として,「甲2発明においてダイヤフラムに,甲3に記載されたゴム又はゴム状弾性材よりなるシート状体を採用すると,甲2発明のダイヤフラムが太鼓の皮のように作用し,衝撃を緩和すること,及び枠の拡大を防止するという目的を果たすことはできなくな」ると認定した。しかし,上記認定は,以下の理由により誤りである。
ア すなわち,甲2発明のダイヤフラムに関し,「ダイヤフラムに実質的に伸縮自在でない布材料を使用することで,太鼓の皮のように働き,かつ枠の拡大を防止するものである」,あるいは「ダイヤフラムが太鼓の皮のように作用し,衝撃を緩和すること,及び枠の拡大を防止するという目的を果たす」との作用効果は,パソコンを収容した状態での作用効果である。
そうすると,甲3発明のカバン本体を構成するシート状体について,これらの作用効果を奏するか否かは,パソコンを収容した状態について判断すべきである。
ところで,甲3には,収容物品を収容した状態について,シート状体が,「収容物品Aの形状に良く馴染み,相当大型の物品をも収容する」結果,第2図に示すように弛みがなく張られた状態となって収容物品を保持することが記載されている。甲3発明のカバン本体を構成するシート状体は,パソコンなどの収容物品を収容していない状態では,弾性変形により伸縮自在であるが,収容物品を収容した場合には,シート状体は,弛みがなく張られた状態,すなわち甲2発明のダイヤフラムと同様,実質的に伸縮自在でない状態となる。
そうすると,甲3発明のシート状体を甲2のダイヤフラムとして採用すれば,太鼓の皮のように作用し,衝撃を緩和するという作用効果,及び枠の拡大を防止するという作用効果を奏することになる。
イ 本件明細書には,「ガタつきなく当該携帯型電子計算機を保持する。」(本件明細書【0007】),「キャリングケースの縁部側から加わる衝撃を保持されている携帯型電子計算機に直接伝えさせることがない。」(本件明細書【0008】)との記載があるから,本件特許発明は,これらの作用効果を奏する。本件特許発明が,携帯型電子計算機をキャリングケース内に収容した状態において,「シート状体が皮のように作用し,衝撃を緩和し,枠の拡大を防止する」という作用効果を奏することは自明である。本件特許発明は,甲3発明のカバン本体を構成するシート状体と同様に,ゴム又はゴム状弾性材よりなるシート状体を採用しているところ,甲2発明のダイヤフラムの代わりに,甲3発明のゴム又はゴム状弾性材よりなるシート状体を適用すれば,「シート状体が皮のように作用し,衝撃を緩和し,枠の拡大を防止する」との作用効果を奏する。
(2) また,甲2発明と甲3発明は,本件特許発明とともに,重ね合わせた状態でパソコンを間に挟み込んで保持するキャリングケースである点で共通し,技術分野の関連性,作用・機能の共通性があり,甲2発明に甲3発明を組み合わせることについては動機付けがあり,阻害要因はない。さらに,伸縮性・非伸縮性を含めた各種の材質のシート素材の中からどれを選択するかということは,適宜選択し得る設計事項にすぎず,本件特許発明のシート状体をゴム状又はゴム状弾性体とすることは容易である。そうすると,当業者であれば,甲2発明における「実質的に伸縮自在でない材料」に代えて,甲3発明の「ゴム又はゴム状弾性材よりなるシート状体」を採用することは容易に想到し得る。
(3) したがって,審決が,本件特許発明と甲2発明の相違点1に関し,「当業者といえども,甲2発明における実質的に伸縮自在でない材料に代えて,甲3発明のゴム又はゴム状弾性材よりなるシート状体を採用することは容易に想到し得ないから,甲2発明に甲3発明を適用して容易に本件特許発明をすることはできない」とした判断は誤りである。
2 本件特許発明と甲3発明の相違点に関する容易想到性判断の誤り(取消事由2)
審決は,本件特許発明と甲3発明との相違点に係る構成について,甲3発明は,収容すべき物品の形状に制約されることなく種々の形状をもった物品を容易に収容することができ,しかも,不要時には小さくコンパクトにまとめることができることを目的,作用効果とするものであり,甲3発明に,甲2発明の「保持すべき携帯型電子計算機を枠内空間に納める大きさの周回状をなす線材よりなる枠材」(以下「周回状枠材」という。)の構成を採用したとすると,枠材があるが故に「収容すべき物品の形状に制約されることなく種々の形状をもった物品を容易に収容することができ,しかも,不要時には小さくコンパクトにまとめることができる」という甲3発明の目的,作用効果を達成することができないものとなり,このことは甲2発明と甲3発明を組み合わせることの阻害要因であるとして,甲3発明に甲2発明の周回状枠材を採用して容易に本件特許発明をすることはできないと判断した。
しかし,審決の上記判断は誤りである。その理由は,以下のとおりである。
(1) 甲3発明の特徴について
ア 甲3発明は,「収容すべき物品の形状に制約されることなく種々の形状をもった物品を容易に収容することができ,しかも,不要時には小さくコンパクトにまとめることができる便利な手さげカバンを提供しようとする」(甲3,2頁8行ないし12行)ことを目的としている。そして,甲3には,用途の例として,①「四角形状,あるいは球状などの物品Aを収容する場合には,第2図に示すようにファスナー4を係着せしめて袋形状にする。」(甲3,3頁20行ないし4頁3行),②「生花Bなど比較的長尺状の物品を収容する場合には,第3図に示すように,ファスナー4を適宜係着せしめてカバン本体1の1側縁を閉塞すると共に,他側縁を半開き状にする」(甲3,4頁6行ないし10行),③「図面など巻回自在な物品を収容する場合には,ファスナー4を係着せしめることなく図面と共にカバン本体1を巻回して収容する」(甲3,4頁10行ないし13行),④「不要時には,第4図に示すように,ファスナー4を係着せしめることなくカバン本体1を巻回して小さくコンパクトにまとめる」(甲3,4頁14行ないし16行)との4つのパターンが記載されている。
イ 上記のとおり,甲3には,複数の用途が例示列挙されているが,それぞれの例は,互いに関係することのない独立した技術であるから,甲3発明を,パターン①だけに着目して特定することは可能である。
すなわち,甲3には,「この考案は,袋様にして種々の物品を収容したり,あるいは図面などを巻回して収容することができる手さげカバンに関する。」(甲3,1頁12行ないし14行)として,手さげカバンを袋様にすることと巻回する例が選択的に記載され,その作用効果も「カバン本体1はフレキシブル状とされているため,収容物品Aの形状に良く馴染み,相当大型の物品をも収容することができる。」(4頁3行ないし6行)と記載されているから,パターン①の構成は,独立している。甲3に記載されたパターン①ないし④に係る複数の用途には,技術的な一体不可分性はない。
したがって,甲3発明に,甲2発明の「周回状枠材」を採用することにより,甲3発明のうちのパターン②ないし④の作用効果が損なわれたとしても,パターン①に係る作用効果は損なわれないから,甲3発明に,甲2発明の周回状枠材を適用することについての阻害要因はないと解すべきである。
(2) 甲2発明と甲3発明は,本件特許発明とともに,重ね合わせた状態でパソコンを間に挟み込んで保持するキャリングケースである点で共通し,技術分野の関連性,作用・機能の共通性があり,甲3発明に甲2発明を組み合わせることについては動機付けがあるから,甲3発明に甲2発明を適用することは,当業者であれば,容易に想到できる。
また,周回状枠材は,本件特許出願前の周知技術(甲2の1,甲6,甲7)であり,これを甲3発明に衝撃防止の観点から採用することは,当業者であれば容易に想到し得る。
さらに,甲7によれば,本件特許の出願前に,可撓性を有するが故に折りたたむことができる周回状の枠体が存在するから,甲3発明に甲2発明の周回状枠材を採用することに阻害要因はない。
(3) 以上のとおり,甲3発明に,甲2発明の周回状枠材の構成を採用したとしても,甲3発明の作用効果を妨げることはないから,それは甲2発明と甲3発明を組み合わせることの阻害要因とならず,甲3発明に甲2発明を適用して容易に本件特許発明をすることができる。
したがって,審決が,甲3発明に,甲2発明の周回状枠材の構成を採用したとすると,甲3発明の目的,作用効果を達成することができないものとなり,このことは甲2発明と甲3発明を組み合わせることの阻害要因というべきであるとし,甲3発明に甲2発明を適用して容易に本件特許発明をすることができないと判断したことは,誤りである。
第4被告の反論
審決の認定,判断に誤りはなく,原告主張の取消事由は,いずれも理由がない。
1 本件特許発明と甲2発明の相違点1に関する容易想到性判断の誤り(取消事由1)に対し
甲2発明のダイヤフラムは,実質的に伸縮自在ではない布材料から形成され,収容物品の収容の有無にかかわらず弛みなく張られ,伸縮自在は想定されていない。甲2発明は,「太鼓の皮のように働くものであり,かつ,枠の辺上で衝撃が発生した場合,その力は枠を拡大するように作用するが,伸縮自在ではないダイヤフラム」によって,「枠の拡大が阻止される」という作用効果を奏する。これに対し,甲3発明のカバン本体を構成するシート状体は,収容すべき物品の形状に制約されることなく種々の形状をもった物品を容易に収容することができ,しかも,不要時には小さくコンパクトにまとめることができる便利な手さげカバンを提供するという目的のもとで,フレキシブルな形状を有し,常に伸縮自在であることを予定するものである。そして,甲2発明における「ダイヤフラム」の代わりに,甲3発明の「ゴム又はゴム状弾性材よりなるシート状体」を採用したとすると,パソコンを収容した状態において,このダイヤフラムに代わるシート状体が,太鼓の皮のように作用し,衝撃を緩和し,枠の拡大を防止するという甲2発明の作用効果を奏することはない。そうすると,ダイヤフラムが,太鼓の皮のように作用し,衝撃を緩和し,枠の拡大を防止するという甲2発明の作用効果を果たすことができなくなることは,甲2発明におけるダイヤフラムに甲3発明のゴム又はゴム状弾性材よりなるシート状体を採用することの阻害要因というべきである。
したがって,当業者といえども,甲2発明におけるダイヤフラムの実質的に伸縮自在でない材料に代えて,甲3発明のゴム又はゴム状弾性材よりなるシート状体を採用することは容易に想到し得ないとした審決の判断に誤りはない。
2 本件特許発明と甲3発明の相違点に関する容易想到性判断の誤り(取消事由2)に対し
甲3発明の目的,作用効果は,収容すべき物品の形状に制約されることなく種々の形状をもった物品を容易に収容することができ,しかも,不要時には小さくコンパクトにまとめることができる便利な手さげカバンを提供することにある。仮に,甲3発明の目的,作用効果から,「不要時に小さくコンパクトにまとめることができる」との作用効果のみを捨象するならば,甲3発明の技術的価値は失われるから,甲3発明を,そのような内容であると理解することはできない。そして,仮に,甲3発明に,甲2発明の周回状枠材の構成を採用すると,「枠材があるため,収容すべき物品の形状に制約されることなく種々の形状をもった物品を容易に収容することができ,しかも,不要時には小さくコンパクトにまとめることができる」との目的,作用効果を達成することができない。したがって,この点は,甲3発明に甲2発明の周回状枠材を採用することについての阻害要因に当たる。
甲2発明の枠材は,甲2発明の趣旨からして,甲7記載の可撓性を有する枠体と同視することはできないから,甲7に可撓性を有する枠体が記載されていることを考慮したとしても,甲3発明に甲2発明の周回状枠体を採用することには阻害要因がある。
以上のとおりであり,当業者といえども,甲3発明に甲2発明の周回状枠材を採用することは容易に想到し得ないとした審決の判断に誤りはない。
第5当裁判所の判断
1 本件特許発明と甲2発明の相違点1に関する容易想到性判断の誤り(取消事由1)について
当裁判所は,審決が,本件特許発明と甲2発明の相違点1に関し,「当業者といえども,甲2発明におけるダイヤフラムの実質的に伸縮自在でない材料に代えて,甲3発明のゴム又はゴム状弾性材よりなるシート状体を採用することは容易に想到し得ないから,甲2発明に甲3発明を適用して容易に本件特許発明をすることはできない」とした点に,誤りはないと判断する。その理由は,以下のとおりである。
(1) 甲2発明のダイヤフラムについて
ア 甲2の記載
甲2発明の内容は,前記第2,3(2)ア(ア)のとおりである(争いがない)。
また,甲2の1には,ダイヤフラムについて,次のとおりの記載がある(ただし,訳は甲2の2による。)。
(ア) 「本発明は,・・・輸送される間にパソコンに与えられる端に沿った衝撃からの保護を提供できる,一般的にはラップトップコンピュータと呼ばれているパソコン用保護装置に関する。」(甲2の2,1欄3行ないし7行)
「実質的に矩形の枠は,好ましくは,モノフィラメント糸から構成される織物,又は全ての方向で最小の引き伸ばし特性を有するシートを提供するために互いに結合されているランダム繊維から形成されるスクリム等の,伸張に対して抵抗がある布材から作られるダイヤフラムを取り囲む。布は,周辺の枠に適切に固定されているとき,枠の平面内での枠の屈曲に太鼓の皮のように抵抗する。代替的に,枠及びダイヤフラムは単一装置として成形できる。」(甲2の2,2欄1行ないし9行)
(イ) 「枠をこのように形成することにより,丸みを帯びた角で受ける衝撃は,実質的には伸縮自在ではないダイヤフラムで伸縮力に変換される。同様に,枠の外向きに曲げられた長手方向端縁にかかる衝撃力は,ダイヤフラムにおける側面方向の伸縮力に変換され,ダイヤフラムは特にこのような側面方向の伸縮力に耐えるように構築される。」(甲2の2,2欄17行ないし22行)
「枠10に固定されているのは,実質的に伸縮自在ではない布材料から形成されるダイヤフラム14であり,ダイヤフラムは16に示されるように,枠10の回りに縫い付けることが可能であり,18に示されるように,モノフィラメント糸の縦糸と横糸ストランドから形成され,このようにして図1に描かれているように垂直方向と水平方向で最小の伸びを提供する。代替的に,やはり技術で周知であるように,互いに結合されているランダム繊維から構成される不織スクリムからダイヤフラム14を形成し,このようにして布の平面のあらゆる方向で最小の伸びを有するダイヤフラムを提供することができる。代替的に,ダイヤフラム14は,ダイヤフラム14の形をした枠10上に成形された,あるいは図5に図示されるように,枠と一体成形されたプラスチック材の成形品によって提供することができる。」(甲2の2,3欄1行ないし14行)
(ウ) 「ストラップによって本発明の装置に固定されるとき,パソコンはダイヤフラム自体の上に吊り下げられるようになる,ダイヤフラムは多少,枠10によって構築される保護枠に取り囲まれた太鼓の皮のように働く。」(甲2の2,3欄28行ないし31行)
「図2は,枠10が,その丸みを帯びた角12を保持しながら,外向きに形成され,角の間で曲げられており,枠10が伸縮自在ではないダイヤフラム14の周縁に固定されている図1の装置の変型を示す。
ここで枠10の辺の上で矢印Aの方向で万一衝撃が発生すると,その力は矢印Bにより示される力に変換され,矢印Bの方向の力は枠10を拡大するように作用する。しかしながら,このような枠10の拡大は,伸縮自在ではないダイヤフラム14によるその限定により阻止される。
同様に,矢印Cの方向での角12に対する衝撃は,枠10を拡大しようとする矢印D方向で反力を生じ,同じ理由から枠10の拡大は実質的に伸縮自在ではないダイヤフラム14によって阻止される。」(甲2の2,3欄39行ないし51行)
「本来伸縮自在ではないダイヤフラムを取り囲み,拡大状態で保持する弾力性のある枠を提供するために,前述の同じ目的を達成するための他の構築方法が当業者には明らかであり,パソコンは,従来のパソコン用携帯用ケースをダイヤフラムに取り付ける方法を含む,任意の便利な方法で枠の内向きに離間した位置でダイヤフラムに取り付けられる。」(甲2の2,4欄20行ないし25行)
(エ) 「1.パソコン等の電子計器用保護装置であって,
伸張に対して高い抵抗を有する材料から形成されるダイヤフラムと,
前記ダイヤフラムの周辺周縁を提供する弾力性があり回復力に富む枠であって,それによって前記ダイヤフラムが太鼓の皮のように支えられる枠と,
前記周辺枠から内向きに離間された位置にある前記ダイヤフラムに前記電子計器を取り付ける手段と,
を含む装置。」(甲2の2,4欄27行ないし35行)
イ 甲2発明のダイヤフラムの特徴等
前記アによれば,甲2発明のダイヤフラムは,伸縮自在ではなく,枠にぴんと張られた状態であり,それ自体は伸縮しないことから,枠に衝撃が加わったときに,枠の拡大を阻止し,枠の屈曲に対して太鼓の皮のように抵抗し,それによって衝撃を緩和し,ダイヤフラムに取り付けられたパソコンを衝撃から保護するという目的を達成するものである。
(2) 容易想到性の有無について
ア 甲3発明のゴム又はゴム状弾性材よりなるシート状体は,その材質に照らし,弾性変形により伸縮自在な材料である。甲2発明のダイヤフラムとして,実質的に伸縮自在でない材料に代えて,甲3発明のゴム又はゴム状弾性材よりなるシート状体を採用すると,枠に衝撃が加わったときに,シート状体自体が伸びるから,枠の拡大を阻止することができず,枠の屈曲に対して太鼓の皮のように抵抗することもできず,そのため,衝撃を緩和することができず,ダイヤフラムに取り付けられたパソコンを衝撃から保護するという甲2発明の目的を達成できない。このように衝撃を緩和することができず,ダイヤフラムに取り付けられたパソコンを衝撃から保護するという甲2発明の目的を達成できないことは,甲2発明のダイヤフラムの実質的に伸縮自在でない材料に代えて甲3発明のゴム又はゴム状弾性材よりなるシート状体を採用することの阻害要因に当たるというべきである。
したがって,甲2発明におけるダイヤフラムの実質的に伸縮自在でない材料に代えて,甲3発明のゴム又はゴム状弾性材よりなるシート状体を採用することは,当業者にとって容易に想到することはできない。
イ 原告は,甲2発明のダイヤフラムの作用効果は,パソコンを収容した状態で達成される作用効果であるから,甲3発明のカバン本体を構成するシート状体についても,同様の作用効果を奏するか否かは,パソコンを収容した状態で判断しなければならないとし,甲3発明のカバン本体を構成するシート状体は,パソコンなどの収容物品を収容した場合には実質的に伸縮自在でない状態となり,したがって,甲3発明のシート状体を甲2のダイヤフラムとして採用すれば,太鼓の皮のように作用し,衝撃を緩和するという作用効果,及び枠の拡大を防止するという作用効果を奏すると主張する。
しかし,原告の上記主張は,以下の理由により,採用することができない。
(ア) 甲3には,次のとおりの記載がある。
「物品を収容する場合,例えば,四角形状,あるいは球状などの物品Aを収容する場合には,第2図に示すようにファスナー4を係着せしめて袋形状にする。このさい,カバン本体1はフレキシブル状とされているため,収容物品Aの形状に良く馴染み,相当大型の物品をも収容することができる。」(甲3,3頁20行ないし4頁6行)
「カバン本体1がフレキシブルな帯状に形成されると共に,該カバン本体1の両側内縁には各々その中央部より両端方向に向けて係着部材4が取付けられているから,係着部材4を適宜係着せしめて所要の袋様に構成し,カバン本体1のフレキシブル性とも相まって物品の形状に制約されることなく種々の形状をもった物品を容易に収容することができる。」(甲3,5頁7行ないし15行)
甲3の第2図には,カバン本体1に直方体状の物品を収納し,係着部材4を係着させて把手2を手で持つことができるようにした状態の図が記載されており,カバン本体1によって物品が保持され,カバン本体1が物品の形状に馴染んだ状態になっていることが示されている。
(イ) 前記(ア)の甲3の記載によれば,甲3のカバン本体1は,フレキシブルであるため,収容物品Aの形状に良く馴染み,物品を収納した場合には,物品の形状に沿った状態になっていることが認められる。そして,カバン本体1がゴム又はゴム状弾性材よりなるシート状体で構成される場合は,物品を収納したときに,カバン本体1が伸びた状態となって物品の形状に馴染み,しわのない状態となることが推認される。しかし,この場合に,ゴム又はゴム状弾性材よりなるシート状体で構成されるカバン本体1がどの程度伸びるかは,カバン本体1の伸縮性の程度,収納される物品の体積・形状・重量等によって左右される。例えば,カバン本体1が伸縮性が低く,また弱い力で容易に伸びる材質であり,物品の体積・重量が大きい場合には,カバン本体1の伸びが大きくなり,場合によっては,伸びの限界に近くなることもあると考えられるが,他方,カバン本体1が伸縮性に富み,また強い力によらないと容易に伸びない材質であり,物品の体積・重量が小さい場合には,カバン本体1の伸びが小さく,物品を収納しても,更に伸びる余地を残した伸縮自在な状態であると考えられる。
甲3の第2図は,カバン本体1が物品の形状に馴染んだ状態になっていることを示してはいるが,カバン本体1がどの程度伸びているかは明らかでなく,カバン本体1が,それ以上伸びる余地がなく伸縮自在でない状態を示しているのか,更に伸びる余地のある伸縮自在な状態を示しているのか確定的に認定することはできず,伸縮自在でない状態のみを示していると解する根拠はない。そして,甲3には,カバン本体1にパソコン等の物品を収納した場合に,常にカバン本体1が伸縮自在でない状態になることを示す記載はない。
(ウ) そうすると,甲3発明のカバン本体を構成するシート状体は,パソコンを収容した状態で常に伸縮自在でないとはいえない。原告の主張は,甲3発明のカバン本体を構成するシート状体が,パソコンを収容した状態において伸縮自在でないことを前提とするが,これまで述べたとおり,その前提は成り立たないから,原告の主張は,採用することができない。
ウ また,原告は,①本件特許発明と甲3発明とは,いずれもゴム又はゴム状弾性体よりなるシート状体を採用している点において共通性があること,②甲2発明と甲3発明とは,重ね合わせた状態でパソコンを間に挟み込んで保持するキャリングケースである点において共通性があること,③伸縮性・非伸縮性を含めた各種の材質のシート素材の中からどれを選択するかということは,適宜選択し得る設計事項にすぎないなどして,容易想到性を肯定すべきであると主張する。
しかし,原告の上記主張は,いずれも,「甲2発明におけるダイヤフラムの実質的に伸縮自在でない材料に代えて,甲3発明のゴム又はゴム状弾性材よりなるシート状体を採用することには,阻害要因があり,甲2発明に甲3発明を組み合わせて本件特許発明を想到することは容易であるとは認められない」との判断を覆す根拠にはなり得ず,原告の上記主張はいずれも採用できない。
2 本件特許発明と甲3発明の相違点に関する容易想到性判断の誤り(取消事由2)について
当裁判所は,審決が,本件特許発明と甲3発明の相違点に関し,「当業者といえども,甲3発明に甲2発明の周回状枠材を採用することは容易に想到し得ないから,甲3発明に甲2発明を適用して容易に本件特許発明をすることはできない」とした点に誤りはないと判断する。その理由は,以下のとおりである。
(1) 甲3発明の目的,作用効果について
ア 甲3の記載
甲3には,次のとおりの記載がある。
(ア) 「この考案は,袋様にして種々の物品を収容したり,あるいは図面などを巻回して収容することができる手さげカバンに関する。」(「産業上の利用分野」の欄,甲3,1頁12行ないし14行)
「したがって,各カバンは特定の物品を収容するために形成されたものであって,極めては汎用性に乏しいのみならず,不要時には小さくまとめることができないものであって,非常に嵩張る欠点がある。
この考案は,従来の問題点を一挙に解決し,収容すべき物品の形状に制約されることなく種々の形状をもった物品を容易に収容することができ,しかも,不要時には小さくコンパクトにまとめることができる便利な手さげカバンを提供しようとするものである。」(「従来の技術,及びその問題点」の欄,甲3,2頁2行ないし12行)
「物品を収容する場合には,第2図及び第3図に示すように,係着部材4を適宜係着せしめて所要の袋様にする。また,図面などの物品を収容するさいには,係着部材4を係着せしめることなく,カバン本体1を巻回して収容する。逆に,不要時には,カバン本体1を巻回して小さくコンパクトにまとめることができる。」(「作用」の欄,甲3,2頁20行ないし3頁6行)
(イ) 「この考案によれば以上の次第で,カバン本体1がフレキシブルな帯状に形成されると共に,該カバン本体1の両側内縁には各々その中央部より両端方向に向けて係着部材4が取付けられているから,係着部材4を適宜係着せしめて所要の袋様に構成し,カバン本体1のフレキシブル性とも相まって物品の形状に制約されることなく種々の形状をもった物品を容易に収容することができる。また,図面など巻回自在なものについては係着部材4を係着せしめることなくカバン本体1自体を図面などと共に巻回して収容することができるものである。さらに,不要時には,係着部材4を係着せしめることなくカバン本体1を巻回して小さくコンパクトにまとめることができるものであって,従来品のように嵩張ることがなく,持ち運びに極めて至便である。」(「考案の効果」の欄,甲3,5頁7行ないし6頁3行)
イ 甲3発明の目的,作用効果について
前記アのとおり,甲3に,従来のカバンにおける欠点を解消するために,「収容すべき物品の形状に制約されることなく種々の形状をもった物品を容易に収容することができ,しかも,不要時には小さくコンパクトにまとめることができる便利な手さげカバンを提供する」と記載されていることに照らすならば,甲3発明の目的,作用効果は,「収容すべき物品の形状に制約されることなく種々の形状の物品を容易に収容することができること」,及び「不要時に小さくコンパクトにまとめることができるということ」の両者であると認められる。
(2) 容易想到性の有無について
ア 前記(1)イのとおり,甲3発明の目的,作用効果は,収容すべき物品の形状に制約されることなく種々の形状をもった物品を容易に収容することができること,及び不要時には小さくコンパクトにまとめることができることの両者である。そうすると,仮に,甲2発明の周回状枠材(保持すべき携帯型電子計算機を枠内空間に納める大きさの周回状をなす線材よりなる枠材)を甲3発明に適用するならば,カバン本体の大きさ,形状が,周回状枠材によって規制されることとなるから,上記の目的,作用効果を達成することができなくなる。
したがって,甲3発明に甲2発明の周回状枠材を採用することには,阻害要因があり,これを当業者が容易に想到することはできないというべきである。
イ(ア) 原告は,甲3発明には,用途に応じて4つのパターンがあるが,これを,パターン①(ファスナー4を係着せしめて袋形状にして物品を収容する用途)のみに着目した発明であると理解するならば,周回状枠材を甲3発明に適用することによって損なう機能は,パターン②ないし④のみにとどまるから,パターン①の作用は維持されているので,阻害要因にはならないと主張する。
しかし,原告の上記主張は,以下の理由により,採用することができない。
すなわち,前記(1)イに認定したとおり,甲3発明は,収容すべき物品の形状に制約されることなく種々の形状の物品を容易に収容できることとともに,不要時に小さくコンパクトにまとめられることをも目的,作用効果としている。それにもかかわらず,原告の主張は,周回状枠材の適用によって,不要時に小さくコンパクトにまとめられるとの目的,作用効果を奏しなくなるとしても,そのことは阻害要因とならないとするものであるから,その主張自体失当であり,採用できない。
(イ) また,原告は,①甲2発明と甲3発明は,本件特許発明とともに,重ね合わせた状態でパソコンを間に挟み込んで保持するキャリングケースである点で共通し,技術分野の関連性,作用・機能の共通性があること,②周回状枠材は,周知技術であること(甲2の1,甲6,甲7),③本件特許の出願前に,可撓性を有するが故に折りたたむことができる周回状の枠体が存在すること(甲7)等を挙げて,容易想到性を肯定すべきであると主張する。
しかし,原告の上記主張も,以下の理由により,採用することができない。
すなわち,①甲2発明と甲3発明が,パソコンを間に挟み込んで保持するキャリングケースである点で共通すること,②周回状枠材が周知技術であること,③可撓性を有するが故に折りたたむことができる周回状の枠体が本件特許発明の出願前に存在することを斟酌したとしても,甲3発明を基礎にして,これに周回状枠材を採用するならば,甲3発明の前記(1)イの特有の目的,作用効果を失うことになるから,甲3発明に甲2発明を適用することが,当業者にとって,容易であったということはできない。
3 結論
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。原告は,その他縷々主張するが,審決にこれを取り消すべきその他の違法もない。
よって,原告の本訴請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 中平健 裁判官 上田洋幸)