知財高等裁判所 平成21年(行ケ)10166号 判決 2010年2月23日
原告
ヴュルツ エレクトロニク ゲーエムベーハー ウント コー カーゲー
同訴訟代理人弁理士
田辺徹
被告
特許庁長官
同指定代理人
真木健彦
同
小曳満昭
同
廣瀬文雄
同
小林和男
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2007-12781号事件について平成21年3月2日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が名称を「電気ノイズ吸引装置」(公表特許公報上は「電気ノイズ吸収装置」とされている。)とする発明につき特許出願をしたところ,拒絶査定を受け,これを不服として審判請求をしたが,請求不成立の審決を受けたことから,その取消しを求めた事案である。
争点は,上記発明が,実願平2-7777号(実開平3-99489号)のマイクロフィルム(甲2。以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び周知技術に基づいて容易に想到することができるか否かである。
1 特許庁における手続の経緯
原告は,平成8年9月24日(優先権主張 1995年9月29日 独国),本願発明につき出願し(平成9年特許願第513936号。甲5),平成18年2月27日付けで手続補正をした(甲7)が,特許庁は,同年12月27日付けで拒絶査定をした。
原告は,平成19年4月5日,上記拒絶査定に対する不服審判請求をした。
特許庁は,上記審判請求を不服2007-12781号事件として審理し,平成21年3月2日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月25日,原告に送達された。
2 本願発明の内容
本願に係る発明は,平成18年2月27日付けの手続補正により補正された明細書の特許請求の範囲の請求項1ないし10に記載された次のとおりのものである。以下,請求項1に記載されたものを「本願発明」という。なお,請求項2ないし10は省略する。
【請求項1】
「1. 電気ノイズ吸収装置であって,
1.1. ケーシング(1)を有し,
1.1.1. このケーシングは,ノイズ吸収材料製の部材(5)を受け入れる二つのケーシング半殻(2,3)を有し,
1.1.2. 組み立てた状態で,その二つの端面内に電線用の通路開口部(4)を有し,
1.2. 前記ノイズ吸収材料製の部材(5)を2つ設け,
1.2.1. これらノイズ吸収材料製の部材(5)が前記二つのケーシング半殻(2,3)内に配置され,
1.2.2. 各ノイズ吸収材料製の部材(5)が,半円筒形の溝(6)を有し,
1.2.3 ケーシング(1)を組み立てた状態で,それらの溝(6)が閉状態の電線用の円筒通路を形成し,
1.3. 前記ケーシング半殻(2,3)内に前記ノイズ吸収材料製の部材(5)を固定するための固定装置を設け,
ケーシングを閉じた状態で締め付けるために,複数の歯を有する歯機構を設けたタング(16)を一方のケーシング半殻(3)に設けて,そのタング(16)の歯機構の複数の歯と,他方のケーシング半殻(2)の歯機構(17)の複数の歯とを協動させることを特長とする装置。」
3 審決の内容
審決は,次のとおり,引用発明及び周知技術に基づいて本願発明を想到することは容易であったとして,本願発明は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
(1) 引用発明の内容
「1 ケーブルの放射雑音防止器であって,
2 器体を有し,
3 この器体は,一対の器体1A及び1Bからなり,2つの放射雑音吸収部材3A,3Bをそれぞれ収容できる半殻構造を備え,両器体には組み立てられた状態で両端面に電線用の通路となる半円形の開口部がそれぞれ設けられており,
4 2つの放射雑音吸収部材3A,3Bはフェライトコアなどからなり,半円筒形の挟持溝4A,4Bを有し,
5 両器体1A,1Bに放射雑音吸収部材3A,3Bを収容して組み立てた状態で,前記両開口部及び両溝が電線用の円筒通路を形成し,
6 両器体を閉じた状態で締め付けるために,複数の歯を有する係止歯23を設けた係止帯材21を一方の器体に設けて,その係止帯材21の係止歯23の複数の歯と,他方の器体のロック機構11の係止爪14とを協動させた装置」
(2) 引用発明と本願発明の一致点及び相違点
ア 一致点
「1. 電気ノイズ吸収装置であって,
1.1. ケーシング(1)を有し,
1.1.1. このケーシングは,ノイズ吸収材料製の部材(5)を受け入れる二つのケーシング半殻(2,3)を有し,
1.1.2. 組み立てた状態で,その二つの端面内に電線用の通路開口部(4)を有し,
1.2. 前記ノイズ吸収材料製の部材(5)を二つ設け,
1.2.1. これらノイズ吸収材料製の部材(5)が前記二つのケーシング半殻(2,3)内に配置され,
1.2.2. 各ノイズ吸収材料製の部材(5)が,半円筒形の溝(6)を有し,
1.2.3. ケーシング(1)を組み立てた状態で,それらの溝(6)が閉状態の電線用の円筒通路を形成し,
1.3. ケーシングを閉じた状態で締め付けるために,複数の歯を有する歯機構を設けたタング(16)を一方のケーシング半殻(3)に設けて,そのタング(16)の歯機構の複数の歯と,他方のケーシング半殻(2)の係止機構とを協動させることを特長とする装置。」
イ 相違点1
「本願発明は,『ケーシング半殻(2,3)内に前記ノイズ吸収材料製の部材(5)を固定するための固定装置』が設けられているのに対し,引用例2(判決注:甲2(引用例)を指す。)には,上記の構成について記載されていない点。」
ウ 相違点2
「本願発明は,一方のケーシング半殻に設けたタングの複数の歯と協働させる他方の半殻の係止機構が,『複数の歯を有する歯機構』であるのに対し,引用発明は,上記係止機構に対応するものが『1つの歯を備えた係止爪』である点。」
(3) 容易想到性について
ア 相違点1について
「引用例2には,従来例(器体の係止手段以外,従来例と引用発明に差異がないことは明らかである。)の説明として,『両器体1A,1Bのそれぞれの対向面には,・・・フェライトコアなどからなる放射雑音吸収部材3A,3Bが一体的に張付けられている。』という記載がある。
すなわち,引用例2には,放射雑音吸収部材を器体内に張付けて固定するということが示唆されている。
また,放射雑音吸収部材を器体に収容した後,放射雑音吸収部材が器体から抜け出ないようにすべきことは至極当然のことといえる。
しかして,拒絶理由通知書において刊行物1として引用された,実願平5-1998号(実開平6-60116号)のCD-ROM(以下,引用例1という。)には,本願発明のケーシング半殻に相当する『ケース分割体(11,12)』の中に,本願発明のノイズ吸収材料製の部材に相当する『コア片(50)』を固定するために,弾性環状部材(20)を固定手段として用いたものが記載されているので,引用例2において,器体内に放射雑音吸収部材を固定するための固定装置を設けることは,引用例1に記載されたものから当業者が容易に想到し得たと認められる。」
イ 相違点2について
「帯状,棒状,舌状(タング)の部材に設けられた複数の歯を有する歯機構と,他方に設けられた『複数の歯を有する歯機構』とを協働させて(つまりは噛み合わせて),両者を係止する係止機構は,拒絶査定で示した実開平3-105702号公報,実開平2-132103号公報等に記載されているだけでなく,周知の係止手段にすぎない。
そして,引用発明における『1つの歯を備えた係止爪』を『複数の歯を有する歯機構』に換える程度のことは,周知技術に基づいて当業者が容易に想到し得たと認められる。」
「なお,請求人は,平成19年6月25日付手続補正書(方式)において,本発明は,一方の歯機構を設けたタングにユーザが把持するための自由端を設ける必要がない,旨の主張をしているが,請求項1には当該主張の根拠となる構成要件を認めることができず,請求人の主張は採用できない。」
(4) 作用効果について
「本願発明の作用効果等を勘案しても,本願発明に格別の点を認めることはできない。」
第3原告主張の要旨
審決は,次のとおり,引用発明の認定を誤り,本願発明と引用発明の一致点・相違点の認定を誤り,本願発明の容易想到性についての判断を誤ったものである。
1 取消事由1(引用発明の認定の誤り)
引用発明においては,係止爪14は1つの歯を有するもので,係止帯材21の係止歯23の複数の歯のうち選択された「一つの歯」と,他方の器体側に設けられたロック機構11の係止爪14とを協働させており,係止爪14と協働させているのは,複数の歯ではなく一つの歯のみである。
本願発明のように,複数の歯と複数の歯を協働させる場合は,「複数の歯が同時に噛み合う」ことが意味を持つが,引用発明では,1つの歯と1つの歯を協働させるにすぎず,「複数の歯」と「1つの歯」とを協働させるものではない。
また,係止爪14は,「他方の器体のロック機構11の係止爪14」ではなく,他方の器体に設けられたロック機構11の係止爪14であり,係止爪14は,器体1Aそのものに設けられたものではない。
被告の主張は,用語の意味の不当な拡大解釈であって,失当である。
2 取消事由2(一致点の認定の誤り)
引用発明と本願発明とは,タング(16)の歯機構と,他方のケーシング半殻(2)側に設けられた係止機構とを協働させる点で一致するにすぎず,両者につき,「タング(16)の歯機構の複数の歯と,他方のケーシング半殻(2)の係止機構とを協動させる」点で一致するとした審決の認定は誤りである。
引用発明における「係止爪14」は「係止機構」に相当するものではなく,単に「係止機構」に対応しているだけである。被告は,本願発明と引用発明の比較において,本願発明を上位概念化して,無理に引用発明との一致点を見出しており,重要な相違点を見えにくくしている。
また,本願請求項1における「他方のケーシング半殻(2)の歯機構(17)」との記載からすれば,当業者にとって,歯機構17が他方のケーシング半殻2そのものに直接設けられていることは明らかである。
3 取消事由3(相違点の認定の誤り)
(1) 本願発明と引用発明には,審決が認定した以外にも,以下の相違点3,4が存在する。
ア 相違点3
本願発明は,タングの歯機構と協働させるのが,他方のケーシング半殻の歯機構(つまりケーシング半殻そのものに設けられた歯機構)であるのに対し,引用発明は,係止帯材21の係止歯23と協働させるのが,他方の器体の歯機構ではなく,器体側に設けられたロック機構の係止爪である点。
イ 相違点4
本願発明は,タングの歯機構の「複数の歯」と,他方のケーシング半殻の歯機構の「複数の歯」とを協働させるのに対し,引用発明は,係止帯材の係止歯のうち選択された「1つの歯」と,他方の器体側に設けられたロック機構の係止爪とを協働させる点。
(2) 本願発明の図1ないし4の実施例では,タング16の歯機構の複数の歯と協働させるのが,ケーシング半殻2の側壁に形成された歯機構17の複数の歯であり,同様に,本願発明の図5ないし7の実施例においても,タング31の歯機構33の複数の歯と協働させるのが,ケーシング半殻22の側壁に形成された歯機構32の複数の歯であり(発明の詳細な説明欄参照),以上からすれば,相違点3及び4の存在は明らかである。
また,「複数の歯」と「複数の歯」とを協働させる構成と,係止帯材の係止歯のうち選択された「1つの歯」と1つの歯を持つ「係止爪」とを協働させる構成は,実質的に相違しており,相違点4は,審決で取り上げられた相違点2と実質的に相違している。
4 取消事由4(容易想到性の判断の誤り)
以下のとおり,本願発明は,引用発明,甲1(実開平6-60116号公報)に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものではなく,特許法29条2項に該当せず,特許を受けることができる。
(1) 審決で引用された実開平3-105702号公報(甲3)及び実開平2-132103号公報(甲4)には,バンドを輪の形に巻いて締結する係止手段が記載されているだけであり,いずれにも,複数の歯からなる歯機構をケーシングや器体そのものに設けることは記載も示唆もされていない。
仮に,甲3,4に記載されている係止手段を引用発明に適用したとしたら,1対の器体1A,1Bの外周にバンドを輪の形に巻いて締結することになるはずである。
当業者といえども,本願発明を知ることなく,引用発明に周知のバンド締付け式の係止手段を適用して,本願発明の構成を想到することは容易ではない。
(2) 引用発明の係止爪14は,弾性変形を利用して係脱を行っているため,両器体を閉じる方向において係止爪14の先端部を所望の位置に精密に維持することが容易でない。そのため,係止位置が経時的に両器体を閉じる方向において少しずつ変位して,接触圧力が低下する欠点がある。
また,仮に,前述の周知の係止手段を参考にして,係止爪の係止部分を「複数の歯を有する歯機構」に換えることを想到し得たとしても,引用発明にとっては,係脱動作の容易さが阻害されることになる。
しかも,そのように置き換えても,器体に設けられたロック機構11の係止爪14の係止部分に「複数の歯を有する歯機構」が設けられるだけで,器体の歯機構(器体そのものに設けられた複数の歯を有する歯機構)を想到し得たことにはならない。
なお,係脱動作の容易さが阻害されるような改変は,引用発明にとって重大な改変であるため,本願発明の構成を知った後に,引用発明を本願発明の構成のように意図的に改変しようとするのでなければ,当業者といえども,容易に想到できるものではない。
(3) フェライト製部材は高精度に製造することができないが,所望の機能を発揮させるためには,2つのフェライト製部材を互いに十分に接触させなければならない。そして,ケーシングを使用して2つのフェライト製部材を互いに押しつけて接触させることは公知であった。
本願発明は,2つのケーシング半殻を用いて2つの歯機構によって2つのノイズ吸収材料製部材を接触させようとするものであり,その特徴は,装置の構造が簡単であることである。
本願発明では,単にケーシング半殻そのもの(側壁)に複数の歯を設ければよく,構造が簡単であり,良好な係止状態の安定性が確保しやすい。例えば,2つの歯機構の「複数の歯」同士を協働させるので,確実な係止となる。逆にいえば,タングの歯機構が他のケーシング半殻の歯機構から不意に外れることを回避でき,2つのケーシング半殻を開放することは容易ではない。
これとは対照的に,引用発明においては,係止爪14の弾性変形を利用することにより,係脱を容易にできるようにして,両器体を開放しやすくしている。
また,本願発明においては,ケーシング半殻の歯機構とタングの歯機構とを協働させるので,タングの長手方向(ケーシング半殻の壁面方向)において,2つの歯機構の係止位置は,経時的に変化しない。
これに対し,引用発明においては,係止爪14の弾性変形を利用しているため,材料の弾性特性が経時的に変化することを避けられず,係止爪14による押圧力が時の経過とともに劣化し,その結果,2つの部材の接触状態が悪化する。
また,本願発明では,2つの歯機構の「複数の歯」同士を協働させるので,2つのフェライト製部材の製作精度が悪くても,例えば,2つのフェライト製部材の寸法が所定のものより大きすぎて2つのケーシング半殻が完全な状態に閉じられなくても,2つの歯機構の係止位置を調整することにより2つのフェライト製部材を互いに密に接触させることができる。
これに対し,引用発明は,「ケーブルの外径寸法のバラツキ」があっても,十分な接触圧力が得られるようにするものであり,引用発明において寸法のバラツキが問題視されているのは,ケーブルであって,放射雑音吸収部材3A,3Bではない。
なお,原告が主張する本願発明の効果は,特許請求の範囲(請求項1)に記載された構成上の特徴,特に「ケーシングを閉じた状態で締め付けるために,複数の歯を有する歯機構を設けたタング(16)を一方のケーシング半殻(3)に設けて,そのタング(16)の歯機構の複数の歯と,他方のケーシング半殻(2)の歯機構(17)の複数の歯とを協働させる」との特徴により得られるものである。
(4) 本願発明においては,ユーザが把持するための自由端をタングに設ける必要がない。すなわち,タングの歯機構と協働するのが,「他方のケーシング半殻(2)の歯機構(17)」であるため,一方のケーシング半殻3,24の上に他方のケーシング半殻2,22を折り曲げて押しつければよく,ユーザはわざわざタングの自由端を把持する必要はない。
これに対し,引用発明においては,係止爪14の弾性変形を利用しているため,係止帯材21を把持して引っ張るとともに,所望の位置で手を離す動作が必要である。
第4被告の反論
1 取消事由1(引用発明の認定の誤り)に対して
(1) 「協働」の語には,「協力して働く」といった程度の意味しかなく,これを「複数の歯が同時に噛み合う」といったような狭い意味に解すべき理由はない。
引用例においては,係止帯材21の複数の係止歯23が順次係止爪14を乗り越えながら,両器体1A,1Bがクランプされていくものであり,係止帯材21の複数の係止歯23のうちの1つを選択的に係止爪14に係止させるものであって,複数の係止歯23と係止爪14とがクランプのために協力して働いていることが明らかであるから,審決が引用発明につき「係止帯材21の係止歯23の複数の歯と,係止爪14とを協動させた」と認定したことに誤りはない。
(2) 係止爪14が,他方の器体に設けられたロック機構11の係止爪14であり,これが,器体1Aそのものに設けられていないことは事実である。
しかし,審決の「他方の器体のロック機構11の係止爪14」との認定は,係止爪14が器体そのものに設けられていることまでは意味せず,係止爪14が他方の器体そのものに直接設けられておらず,何か別の部材として,又は別の部材を介して設けられていることをも含む表現である。
原告の主張は,審決が引用発明の認定に用いた用語の意味を不当に限定的に解釈することを前提とするものであり,その前提において失当である。
2 取消事由2(一致点の認定の誤り)に対して
(1) 以下の事情に照らせば,引用発明も,タングの歯機構の「複数の歯」を係止機構と協働させるものということができ,これに反する原告の主張は,前提において失当である。
ア 前述のとおり,引用発明は,「係止帯材21の係止歯23の複数の歯」と係止爪14とを協働させるものということができる。
イ 「係止帯材21の係止歯23の複数の歯」は,「タングの歯機構の複数の歯」に相当し,「係止爪14」は「係止機構」に相当するものということができる。
(2) 以下の事情に照らせば,引用発明も,「他方のケーシング半殻の係止機構」を有するものということができ,これに反する原告の主張は,前提において失当である。
ア 前述のとおり,引用発明は,「他方の器体のロック機構11の係止爪14」を有するものということができる。
イ 「他方の器体」は,「他方のケーシング半殻」に相当するものということができ,「ロック機構11の係止爪14」は「係止機構」に相当するものということができる。
ウ 以下のとおり,本願請求項1の「他方のケーシング半殻(2)の歯機構(17)」との記載につき,「『歯機構(17)』が『他方のケーシング半殻(2)』そのものに設けられている」との意味に解することはできない。
(ア) 本願請求項1には,「他方のケーシング半殻(2)」と「歯機構(17)」との関係につき,「ケーシングを閉じた状態で締め付けるために,複数の歯を有する歯機構を設けたタング(16)を一方のケーシング半殻(3)に設けて,そのタング(16)の歯機構の複数の歯と,他方のケーシング半殻(2)の歯機構(17)の複数の歯とを協働させる」と記載されているのみである。
そして,「他方のケーシング半殻(2)の歯機構(17)」との部分の「の」という日本語の助詞の存在をもってしても,歯機構17は,他方のケーシング半殻2そのものに直接設けられているかもしれず,別の部品として設けられているかもしれず,上記の表現からは,そのどちらであるかは一意に定まらない。
(イ) 本願発明の実施例を示す図1ないし7に示されている各部材の図面上での形状と位置関係,発明の詳細な説明の欄の実施例についての記載は,いずれも特許請求の範囲の記載ではなく,その用語の意味を定義する記載でもない。
本願明細書の記載全体を精査しても,上記請求項1の「他方のケーシング半殻(2)の歯機構(17)」なる記載を「歯機構(17)がケーシング半殻(2)そのものに設けられている」との意味に解すべき記載はない。
なお,原告には,特許請求の範囲を,上記のように限定する旨の補正の機会が十分にあったにもかかわらず,あえてそのような補正をしなかったものである。
3 取消事由3(相違点の認定の誤り)に対して
(1) 相違点3について
ア 前述のとおり,本願請求項1でいう「他方のケーシング半殻(2)の歯機構(17)」なる記載は,「歯機構(17)がケーシング半殻(2)そのものに設けられている」との意味には解されず,原告の主張は,「本願発明は,タングの歯機構と協働させるのが,他方のケーシング半殻そのものに設けられた機構である」との前提部分において誤りである。
イ 「本願発明は,タングの歯機構と協働させるのが,歯機構であるのに対し,引用発明は,係止帯材21の係止歯23(タングの歯機構に相当)と協働させるのが,歯機構ではなく,ロック機構の係止爪である」ことは事実であるが,この点は,審決も相違点2として取り上げている。
なお,審決の相違点2では,「1つの歯を備えた係止爪」と表現しているが,これは,引用例の第2図に示される係止爪14の先端部の形状が,「係止歯」と呼称されている部材23の各々の形状と同じであることに基づき,そのように表現したにすぎず,「ロック機構の係止爪」と異なるものを引用発明の係止爪としているものではない。
ウ 以上のとおり,審決が相違点3を看過している旨の原告の主張は失当である。
(2) 相違点4について
原告がいう相違点4とは,以下のとおり,審決が取り上げた相違点2と実質的に相違するものではない。
すなわち,原告がいう相違点4に係る本願発明の構成は,「タングの歯機構の『複数の歯』と他方のケーシング半殻の歯機構の『複数の歯』とを協働させる」というものであるのに対し,審決の相違点2に係る本願発明の構成は,「一方のケーシング半殻に設けたタングの複数の歯と協働させる他方の半殻の係止機構が,『複数の歯機構』である」というものである。
両者を比較すると,両相違点に係る本願発明の構成が,表現は相違しても実質的に同じものを意味することは明らかである。
また,上記相違点4に係る引用発明の構成は,「係止帯材の係止歯のうち選択された『1つの歯』と,他方の器体側に設けられたロック機構の係止爪とを協働させる」というものであるのに対し,審決の相違点2に係る引用発明の構成は,「上記係止機構に対応するものが『1つの歯を備えた係止爪』」というものである。
審決が認定した引用発明の記載からみて,審決が,引用発明の「係止爪」を協働させる相手は「係止帯材の係止歯」であると認定しているのは明らかであり,「係止爪」を「1つの歯を備えた係止爪」と認定していること等からみて,同「係止爪」の噛み合う相手が「係止帯材の係止歯のうち選択された『1つの歯』」であると認定したことも明らかである。また,そのように噛み合うことが「協働」の1態様であることも当然であり,審決における相違点2に係る引用発明の構成は,原告主張の相違点4に係る引用発明の構成と実質的に相違するものではない。
以上によれば,上記相違点4と審決の相違点2が,実質的に同一の相違点を認定していることは明らかであり,審決が相違点4を看過している旨の原告の主張も失当である。
4 取消事由4(容易想到性の判断の誤り)に対して
(1) 「帯状,棒状,舌状(タング)の部材に設けられた複数の歯を有する歯機構と,他方に設けられた『複数の歯を有する歯機構』とを協働させて(噛み合わせて),両者を係止する係止機構」は周知の係止手段である。そして,同係止手段を,同じく係止手段であるという意味において同一の技術分野に属するということができる,引用発明における「係止帯材21」と「ロック機構11」により構成される部分に適用することは,その技術分野の共通性や阻害要因の不存在等にかんがみれば,当業者が容易になし得たことといえる。
そして,引用発明の「係止帯材21」と「ロック機構11」により構成される部分に,上記周知の係止手段を適用する方法としては,種々のものが考えられるが,上記引用発明の「係止帯材21」と「ロック機構11」により構成される部分が,「器体1A」と「器体1B」を係止するための構成であることと,引用発明の「器体1B」には,上記周知の係止手段が有する「帯状の部材に設けられた複数の歯を有する歯機構」に相当する「係止帯材21に設けられた係止歯23」が既に設けられていることからすると,当業者は,引用発明に上記周知の係止手段を適用する際には,「器体1A」の側に,その「帯状の部材に設けられた複数の歯を有する歯機構」と協働する「複数の歯を有する歯機構」に相当するものを設けることをまず最初に想起すると考えられる。
そうすると,引用発明における「係止帯材21」と「ロック機構11」により構成される部分に上記周知の係止手段を適用することで,上記「引用発明における『1つの歯を備えた係止爪』を『複数の歯を有する歯機構』に換える」ことは,当業者が容易に想到し得たものといえる。
なお,当業者は,「1対の器体1A,1Bの外周にバンドを輪の形に巻いて締結すること」を想起するかもしれないが,そうであっても,当業者が,「器体1A」の側に,「器体1B」側に設けられた「帯状の部材に設けられた複数の歯機構」と協働する「複数の歯を有する歯機構」に相当するものを設けることを容易に想起しないことを意味しない。
(2) ある技術に別の技術を適用しようとする際に,当該適用に伴って生じる問題を解決すべく,元々の構成に適宜の改変を施すことは,当業者が当然に行うことであるから,上記周知技術の適用に当たっても,当業者は,係脱動作の容易さが阻害されないような改変(例えば,「器体1B」の側に設けられた「係止帯材21」と,「器体1A」の側に設けられた「係止爪14」に換えて設けられる「複数の歯を有する歯機構」との水平方向の位置関係を逆にしたり,「係止爪14」に換えて設けられる「複数の歯を有する歯機構」を支持する部材に弾性を設けたりする改変。)を当然に考慮し,「係脱動作の容易さが阻害される」旨の問題は容易に回避され得ると考えられる。
したがって,「係脱動作の容易さが阻害される」旨の問題が考えられても,そのことは,引用発明における「1つの歯を備えた係止爪」を「複数の歯を有する歯機構」に換えることが困難であったことを意味しない。
(3) 前述のとおり,本願発明は,「歯機構(17)が他方のケーシング半殻(2)そのものに設けられている」ことを要件としないから,引用発明から「器体そのものに複数の歯を有する歯機構を設けること」を想到し得ないことは,審決の判断が誤りであることを意味しない。
また,仮に,本願発明が「歯機構(17)が他方のケーシング半殻(2)そのものに設けられている」ことを要件とするものであったとしても,上記(2)で述べた適宜の改変により,「器体そのものに複数の歯を有する歯機構」にも当業者は容易に想到する。
(4) 審決の「5.判断」の「なお,」以下の記載は傍論であり,審決の理由を構成しないから,仮にその記載が誤っていても,審決の結論には影響しない。
(5) 原告のその他の主張は,いずれも,審決の認定判断が誤りである理由を具体的に主張するものではなく,単に,本願発明の作用効果や引用発明の問題点等を主張するものにすぎず,反論の必要はない。
仮に,それらの主張を,「本願発明には顕著な効果があり,進歩性が肯定されるべき」旨の主張と善解しても,原告が主張する本願発明の効果は,いずれも,特許請求の範囲の記載に基づかないか,又は引用発明に周知技術を適用することで容易に構成されるものが当然に有すると予測されるものにすぎず,本願発明の進歩性を肯定する根拠とはなり得ない。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1(引用発明の認定の誤り)について
(1) 引用例の記載
ア 引用例(甲2)には,以下の記載がある。
(ア) 「本実施例では,第1図および第2図に示す如く,前記両器体1A,1Bのいずれか一方,ここでは器体1A側に前記係止枠7に代えてロック機構11が設けられているとともに,いずれか他方の器体1B側に係止部材9に代えて可撓性を有する材料からななる係止帯材21が設けられている。
前記ロック機構11は,前記一方の器体1Aの前記支点とは反対側でかつ支点方向の両端部側に一体的に設けられた係止枠12と,この係止枠12の内面壁に支持片13を介して斜め下方へ向かって一体的に設けられた係止爪14とを含む。係止枠12の底壁には,前記係止帯材21を挿通させる貫通孔15が形成されている。係止爪14は先端部が鋭角状に形成されているとともに,基端部を第2図中反時計方向へ押すと,先端部が第2図中上方へ弾性変形される。
前記係止帯材21は,前記他方の器体1Bの前記支点とは反対側でかつ支点方向の両端部側にそれぞれ一体的に取付けられている。係止帯材21には,その先端部に係止枠12への挿入を容易にするための傾斜面22が形成されているとともに,長手方向に沿ってつまり両器体1A,1Bが閉じられる方向に沿って前記各係止爪14に対して係止される係止歯23が所定ピッチで複数形成されている。各係止歯23は,係止帯材21が第2図中下方へ挿入されるとき係止爪14を越えられるようになった傾斜面と,係止爪14に係止された状態では係止帯材21の第2図中上方への引抜きを防止する係止面とを有する鋸歯状に形成されている。
このような構成であるから,器体1Aの挟持溝4Aにケーブルの端部を位置させた後,器体1Bを閉じながら,両側の係止帯材21をロック機構11の係止枠12内に挿入し,貫通孔15から引出す。
ここで,貫通孔15から引出された係止帯材21を更に引張ると,係止帯材21の係止歯23が順次係止爪14を乗越えながら両器体1A,1Bがクランプされていく。
このとき,両器体1A,1Bの隙間から接触面5A,5B同士の接触状態を見ながら,接触面5A,5B同士が所定の接触圧力に達したと思われる位置で係止帯材21から手を離す。すると,係止爪14の位置に対応する係止歯23が係止爪14に係止されるので,その状態でロックされる。」(8頁6行~10頁10行)
(イ) 「従って,本実施例によれば,一方の器体1Aに係止爪14を設けるとともに,他方の器体1Bに複数の係止歯23を有する係止帯材21を設けたので,係止帯材21の係止歯23を選択的に係止爪14に係止させることによって,クランプ力を調節することができる。つまり,接触面5A,5Bの接触圧力を調節することができる。このため,ケーブルの外径寸法にバラツキなどがあっても,常に高い接触圧力を得ることができる。」(10頁16行~11頁4行)
file_2.jpgイ 上記記載に基づいて,引用発明における係止の構造についてみると,引用発明においては,器体1A側にロック機構11が,他方の器体1B側に係止帯材21が,それぞれ設けられており,ロック機構11は係止爪14を含み,係止帯材21には,両器体1A,1Bが閉じられる方向に沿って係止爪14に対して係止される係止歯23が所定ピッチで複数鋸歯状に形成されている。
そして,器体1Bを閉じながら,係止帯材21を貫通孔15に通し,貫通孔15から引き出された係止帯材21を更に引っ張ると,係止帯材21の係止歯23が順次係止爪14を乗り越えながら両器体1A,1Bがクランプされていき,接触面5A,5B同士が所定の接触圧力に達したと思われる位置で係止帯材21から手を離すと,係止爪14の位置に対応する係止歯23が係止爪14に係止され,その状態でロックされることになる。
(2) 複数の歯について
ア 審決は,引用発明につき,「両器体を閉じた状態で締め付けるために,複数の歯を有する係止歯23を設けた係止帯材21を一方の器体に設けて,その係止帯材21の係止歯23の複数の歯と,他方の器体のロック機構11の係止爪14とを協動させた」装置であると認定した。
これに対して,原告は,係止爪14と協働させているのは,複数の歯ではなく,1つの歯のみであると主張している。
なお,本願明細書において「協動」という文言が用いられ,審決にもこれを引用する部分があるところ,広辞苑(株式会社岩波書店 1991年11月15日第4版第1刷発行)には,「協働」との文言は掲載されている(「協力して働くこと」とある。)が,「協動」との文言は掲載されていない。しかし,本願発明がドイツの発明であり,明細書も事後的に日本語に翻訳されたにすぎないことを考慮すれば,明細書の「協動」との文言につき「協働」と読み替えるのが相当である。
イ 引用発明における係止歯23と係止爪14との関係について検討すると,ロックされた時点で係止爪14に係止されるのは,係止爪14の位置に対応する一つの係止歯23であるが,ロックされる位置,すなわち,接触面5A,5B同士が所定の接触圧力に達したと思われる位置に至るまでは,係止帯材21の係止歯23が順次係止爪14を乗り越えながら両器体1A,1Bがクランプされていき(前記(1)ア(ア)参照),かつ,係止帯材21の係止歯23を選択的に係止爪14に係止させることによって,クランプ力を調節するものであり(同(イ)参照),クランプ力の調節は複数の係止歯23の存在を前提として,係止爪と各係止歯との組合せにおけるクランプ力を順次確認しつつ,係止爪14に係止させるべき適切な係止歯を選択するものである。
このように,締付けにはクランプ力の調節が伴うから,複数の係止歯23を必要とするものであって,ロックされる位置の探索(すなわち,係止爪14に係止させるべき適切な係止歯の選択)には,複数の係止歯23が全体として寄与しているものといえる。
以上からすれば,引用発明においては,両器体を閉じた状態で締め付けるために,係止歯23の「複数の歯」と「係止爪14」とを協働させているということができる。
ウ 本願明細書(甲7に添付されたもの)には,「特に,ケーシングを一つの半殻ケーシングに装着するため,歯機構を備え,この歯機構を別のケーシング半殻と協動させるタング(舌部)を設ける。この微妙な歯機構により,ケーシングは細かく目盛られた位置に締め付け出来,強磁性材料製の部材の製作に当たっての許容差を補正することが出来る。」(2頁14行~18行),「フェライト部材をケーシング半殻44に挿入後,図11に示すウェブ9を半円開口部50に差し込み,突起52,53および漏出口54,ノッチ56それぞれを協動させてその場に誘導,固定する。」(11頁8行~10行)との記載がある。
以上のとおり,本願明細書においても,「協動」との文言につき,単に固定時に2つの歯機構が噛み合うことのみを意味するものではなく,「締付け」や「誘導」等の目的で2つの部材が協力して働く意味でも用いられているほか,広辞苑においても,「協働」の意味につき,上記のように「協力して働くこと」と記載されていることからすれば,本願発明における「協動」の技術的意義が,「固定時に2つの歯機構が噛み合うこと」のみに限定されるものではないと解するのが相当である。
エ 原告は,係止歯23と係止爪14とが係止されロックされた状態において,係止爪14の先端部(原告が主張する「一つの歯」に相当)と係止歯23の「一つの歯」が係止する旨主張するものと解されるが,審決が引用発明につき認定した「両器体を閉じた状態で締め付けるために,・・・協動させた」との表現には,ロックされた状態における係止爪と係止歯との関係のみならず,「両器体を閉じた状態で締め付ける」過程における両者の関係も含まれるものであり,締付けの過程においては,前記イのとおり係止歯23の複数の歯が全体として機能し,係止爪14と協働するといえるから,原告の主張は採用することができない。
よって,審決が,引用発明につき「・・・『係止帯材21の係止歯23の複数の歯』と・・・係止爪14とを協動させた装置。」と認定した点に誤りはない。
(3) 器体と係止爪の関係
ア 前記(1)ア(ア)のとおり,引用発明においては,器体1A側にロック機構11が設けられ,ロック機構11は,器体1Aの支点方向の両端部側に一体的に設けられた係止枠12と,この係止枠12の内面壁に支持片13を介して斜め下方へ向かって一体的に設けられた係止爪14とを含むものである。
このように,係止爪14は器体1Aに直接接してはいないが,器体1A,係止枠12,支持片13及び係止爪14が全体として一体的に設けられ,機能しているものとみるべきである。
イ 以上のとおり,器体1A(すなわち,「他方の器体」)そのものにロック機構11が設けられているから,ロック機構11につき「他方の器体のロック機構11」と表現することは当然であり,また,係止爪14はロック機構11に含まれ,ロック機構11の一つの構成部材となるものであるから,「ロック機構11の係止爪14」と表現することに誤りはなく,更に,器体1A,係止枠12,支持片13及び係止爪14が全体として一体的に設けられ,機能しているものであるから,審決が,係止爪14につき,「他方の器体のロック機構11の係止爪14」と認定したことに誤りはない。
なお,原告は,同認定や,これと同旨の被告の主張につき,不当な拡大解釈である旨主張するが,上記のとおり,審決は,用語を通常の意味で使用し,引用発明を認定しているものといえ,原告の主張は採用できない。
(4) 以上のとおり,審決が,引用発明につき「係止帯材21の係止歯23の複数の歯と,他方の器体のロック機構11の係止爪14とを協動させた」と認定したことに誤りはなく,取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(一致点の認定の誤り)について
(1) 原告は,本願発明と引用発明とが,「タング(16)の歯機構の複数の歯と,他方のケーシング半殻(2)の係止機構とを協動させる」点で一致するとした審決の認定は誤りであり,両者は,「タング(16)の歯機構と,他方のケーシング半殻(2)側に設けられた係止機構とを協働させる」点で一致するにすぎないと主張する。
要するに,原告は,審決が一致点として「複数の歯」及び「他方のケーシング半殻(2)の係止機構」を認定した点について争うものと解されるので,それぞれについて検討する。
(2) 歯機構の複数の歯について
ア 前記1(2)において検討したとおり,審決が,引用発明につき「係止帯材21の係止歯23の複数の歯と,他方の器体のロック機構11の係止爪14とを協動させた」と認定した点に誤りはない。
イ また,本願発明と引用発明の対比において,引用発明の「係止帯材21」が本願発明の「タング(16)」に相当し,引用発明の「係止帯材21の係止歯23の複数の歯」は,本願発明の「タング(16)の歯機構の複数の歯」に相当するといえる。
ウ したがって,審決が,協働する一方の構成要素として,「タング(16)の歯機構の複数の歯」につき,本願発明と引用発明の一致点と認定したことに誤りはない。
(3) 係止機構について
ア 本願発明においては,「ケーシングを閉じた状態で締め付けるために,・・・タング(16)の歯機構の複数の歯と,他方のケーシング半殻(2)の歯機構(17)の複数の歯とを協動させる」のであるから,他方のケーシング半殻(2)の「歯機構(17)の複数の歯」は,タング(16)の歯機構の複数の歯と協働して,ケーシングを閉じた状態で締め付けるとともに固定(ロック)をするものであり,タング(16)の歯機構の複数の歯と「係止」の関係をつくる「係止機構」ということができる。
イ 他方で,前記1(3)で検討したとおり,審決が,引用発明の係止爪14につき「他方の器体のロック機構11の係止爪14」と認定したことに誤りはない。
そして,引用発明の「ロック機構11の係止爪14」は,係止帯材21に設けられた係止歯23の複数の歯と協働して,一対の器体1A,1Bを閉じた状態で締め付けるとともにロックをするものであるから,係止帯材21の係止歯23の複数の歯と「係止」の関係をつくる「係止機構」ということができる。
ウ ここで,引用発明の「他方の器体」は,本願発明の「他方のケーシング半殻(2)」に相当するものということができ,引用発明の「ロック機構11の係止爪14」と本願発明の「歯機構(17)の複数の歯」は,ともに,係止帯材又はタングの歯機構の複数の歯と「係止」の関係をつくる「係止機構」という点で一致するといえる。
したがって,審決が,協働する他方の構成要素として,「他方のケーシング半殻(2)の係止機構」につき,本願発明と引用発明の一致点と認定したことに誤りはない。
エ 原告は,「係止爪14」は「係止機構」に相当するものではなく,単に「係止機構」に対応するのみであると主張するが,「係止機構」とは,「係止」のための「機構」(構造・しくみ)であって,本願発明の「歯機構(17)の複数の歯」のようなものに限定されないから,引用発明の「係止爪14」を「係止機構」と表現することに誤りはない。
また,原告は,審決(被告)が,本願発明と引用発明の比較において,本願発明を上位概念化して無理に引用発明との一致点を見出しており,重要な相違点を見えにくくしているとも主張する。
しかし,審決は,「係止機構」を一致点として認定した上で,「本願発明は,一方のケーシング半殻に設けたタングの複数の歯と協働させる他方の半殻の係止機構が,『複数の歯を有する歯機構』であるのに対し,引用発明は,上記係止機構に対応するものが『1つの歯を備えた係止爪』である点。」を相違点2として認定し,下位概念についても検討しているから,原告の上記主張は失当である。
(4) 以上のとおり,審決が本願発明と引用発明との一致点について,「タング(16)の歯機構の複数の歯と,他方のケーシング半殻(2)の係止機構とを協動させる」点で一致すると認定したことに誤りはなく,取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(相違点の認定の誤り)について
(1) 相違点3について
ア 原告は,本願発明と引用発明につき,「本願発明は,タングの歯機構と協働させるのが,他方のケーシング半殻の歯機構(つまりケーシング半殻そのものに設けられた歯機構)であるのに対し,引用発明は,係止帯材21の係止歯23と協働させるのが,他方の器体の歯機構ではなく,器体側に設けられたロック機構の係止爪である点。」で相違する旨主張する。
原告の上記主張は,本願発明の「他方のケーシング半殻の歯機構」が,「ケーシング半殻そのものに設けられた歯機構」を意味することを前提としているので,この点につき検討することとする。
イ 本願の請求項1には,歯機構に関して,「ケーシングを閉じた状態で締め付けるために,複数の歯を有する歯機構を設けたタング(16)を一方のケーシング半殻(3)に設けて,そのタング(16)の歯機構の複数の歯と,他方のケーシング半殻(2)の歯機構(17)の複数の歯とを協動させる」と記載されている。
このように,「タング(16)の歯機構の複数の歯」と「他方のケーシング半殻(2)の歯機構(17)の複数の歯」とが,互いに協働して,ケーシングを閉じた状態で締め付けるために機能するのであるから,「タング(16)の歯機構の複数の歯」と「他方のケーシング半殻(2)の歯機構(17)の複数の歯」とは,互いに噛み合うよう向かい合って配置されることは明らかであるが,「タング(16)の歯機構」及び「歯機構(17)」が,それぞれケーシング半殻にどのように取りつけられているかは特定されていない。
また,「他方のケーシング半殻(2)の歯機構(17)」における「の」は,後続する名詞の所属を示す助詞であると解されるが,上記記載は,「歯機構(17)」が「他方のケーシング半殻(2)」に所属するよう設けられていることを表すとしても,上記記載からは「歯機構(17)」が「他方のケーシング半殻(2)」と一体か別の部材かは明らかではなく,「歯機構(17)」が「他方のケーシング半殻(2)」自体に設けられているものと限定的に解することはできない。
ウ 原告は,本願発明の実施例を示す図面上の記載等に基づき,本願発明においては,タングの歯機構の複数の歯と協働させるのが,ケーシング半殻の側壁に形成された歯機構の複数の歯である旨主張する。しかし,本願発明に係る明細書には,特許請求の範囲の用語の意味を上記のように定義する旨の記載はなく,原告は,実施例として記載されているものによって,本願発明を限定的に解釈しているにすぎない。
以上のとおり,本願発明の「他方のケーシング半殻(2)の歯機構(17)」につき,「歯機構(17)がケーシング半殻(2)そのものに設けられている」との意味に解することはできず,また,本願発明と引用発明において,協働させる他方の側が,「複数の歯を有する歯機構」と「1つの歯を備えた係止爪」で相違することは,審決において相違点2として取り上げられているので,原告主張の相違点3は存在せず,この点に関する原告の主張は採用できない。
(2) 相違点4について
ア 原告は,「本願発明は,タングの歯機構の『複数の歯』と,他方のケーシング半殻の歯機構の『複数の歯』とを協働させるのに対し,引用発明は,係止帯材の係止歯のうち選択された『1つの歯』と,他方の器体側に設けられたロック機構の係止爪とを協働させる点。」でも本願発明と相違しており,この点は,審決で取り上げられた相違点2と実質的に相違する旨主張する。
イ しかし,原告の上記主張は,引用発明の係止帯材21とロック機構11とが係合する際に,ロック機構11の係止爪14の先端部と,係止帯材21の係止歯23のうち選択された(係止爪14の先端部に対応する位置の)「1つの歯」とが組み合わされた状態となることを指摘するものにすぎず,前記1(2)のとおり,両器体を閉じた状態で締め付けるために,係止歯23の「複数の歯」と係止爪14とが協働しているといえるので,原告の主張は前提において誤りである。
したがって,審決が,ケーシングを閉じた状態で締め付けるために協働させる一方の側として,引用発明の「係止帯材21の係止歯23の複数の歯」を,本願発明の「タング(16)の歯機構の複数の歯」に相当するものと認定したことに誤りはなく,この部分(協働させる一方の側)については両発明は一致している。
ウ このように,原告が主張する「相違点4」のうち,協働させる一方の側(タング又は係止帯材の側)は一致点であり,協働させる他方の側の構造は,審決において相違点2として挙げられ,検討されているから,相違点の看過はない。
(3) 以上のとおり,原告が主張する「相違点3」は実際には相違点ではなく,「相違点4」は,審決において実質的に相違点2として挙げられ,検討されているので,取消事由3は理由がない。
4 取消事由4(容易想到性の判断の誤り)について
(1) 周知の係止手段の適用について
ア 原告は,甲3,甲4には,バンドを輪の形に巻いて締結する係止手段が記載されているだけで,複数の歯からなる歯機構をケーシングや器体そのものに設けることは記載も示唆もされておらず,当業者といえども,引用発明に周知のバンド締付け式の係止手段を適用して,本願発明の構成を想到することは容易ではないと主張する。
イ 審決が,相違点2の検討に当たり,周知技術の例示として指摘した甲3及び甲4には,以下のような記載がある。
(ア) 実開平3-105702号公報(甲3)
「実用新案登録請求の範囲
(1) バツクル部とバンド部および保護部材とで構成され,バンド部のバンド体の基部をバツクル部のバツクル体に連接し,バンド体の爪をバツクル体の係止歯に係合させて所望の締結輪を形成するよう形成すると共に,前記バンド体に形成した爪部分の所定巾にわたって,前記爪を被覆するような保護部材を添装したことを特徴とする保護部材付バインダー。」
「図面の簡単な説明」には,「第1図はこの考案の基本構成の説明図で,aは要部断面図,bは平面図,cは保護部材の説明図,第2図,第3図および第4図はこの考案のそれぞれの実施例の要部断面説明図,第5図はこの考案に包含される他の実施例の説明図で,aは要部断面図,bは側面図。」との記載と共に,「1……バツクル部,2……バンド部,・・・,11……バツクル体,・・・,14……底壁,16……歯体,17……係止歯,・・・,21……バンド体,22……爪,・・・」との符号の説明がある。
そして,図面(特に,第2図,第3図,第4図)には,バツクル体11の歯体16に設けられた複数の係止歯17と,バンド体21に設けられた複数の爪22とが係合する様子が記載されている。
(イ) 実開平2-132103号公報(甲4)
「実用新案登録請求の範囲
表裏両面にそれぞれ係合突起を設けた帯状体とこの帯状体の端部に内側面を曲面に形成した頭部を設けてなる締結バンドにおいて,頭部に挿通孔を形成し,この挿通孔で区画される上顎部の上顎先部に前記した帯状体の係合突起の1つに係合する係合歯を,また下顎部には前記係止突片の他の1つと係合する突片をそれぞれ形成したことを特徴とする締結バンド。」
「図面の簡単な説明」には,「第1図はこの考案の説明図でaは平面図bは要部断面図,第2図第3図はこの考案の実施例の説明図で,第2図は使用図,第3図は前例の要部断面説明図,第4図は従来例の説明図で,aは締結バンドの要部断面図,bは使用説明図。」との記載と共に,「1:帯状体,2:頭部,・・・,5:上顎部,6:下顎部,・・・,11,12:係止突起,50:上顎先部,51:係合歯,・・・,61:突片,B:締結バンド。をそれぞれ表す。」との符号の説明がある。
そして,図面の第3図には,帯状体1の一方の面に設けられた複数の係止突起11と,頭部2の上顎部5に設けられた複数の係合歯51とが係合するとともに,帯状体1の他方の面に設けられた複数の係止突起12と,頭部2の下顎部6に設けられた複数の突片61とが係合する様子が記載され,第4図には,突起2’を有する帯状体1’と係合歯5’を有する頭部3’とを利用して,バンドを締結する様子が記載されている。
ウ 甲3の「複数の係止歯17を有する歯体16」及び「複数の爪22」,甲4の「複数の係止突起11,12」「複数の係合歯51」及び「複数の突片61」は,それぞれ名称は異なるものの,それぞれの図面上,いずれも複数の三角形状の突起が鋸歯状に形成されている様子を読み取ることができ,これらは「複数の歯を有する歯機構」ということができる。また,甲3の「バンド部2」及び甲4の「帯状体1」は,いずれも帯状の部材であり,それぞれ甲3の「バツクル部1」,甲4の「頭部2」とともに,「バインダー」又は「締結バンド」を構成しており,帯状部材に設けられた歯機構である爪や係止突起と,他方(バツクル部等)の側に設けられた歯機構である係止歯や係合歯,突片とを係合させて両者を係止させ,締結させているから,審決が,甲3及び甲4の記載を参照して,「帯状,棒状,舌状(タング)の部材に設けられた複数の歯を有する歯機構と,他方に設けられた『複数の歯を有する歯機構』とを協働させて(つまりは噛み合わせて),両者を係止する係止機構は,・・・周知の係止手段にすぎない。」と認定したことに誤りはない。
エ 次に,周知の係止手段の引用発明への適用について検討する。
引用発明の「係止帯材21」と「ロック機構11」は,両器体1A,1Bをクランプし,所定の位置で係止歯23が係止爪14に係止され,その状態でロックされることにより,両器体1A,1Bを係止するものであるから,「係止手段」ということができる。そこで,前記ウの周知の係止手段を,同じく係止手段である引用発明の「係止帯材21」と「ロック機構11」により構成される部分に適用しようとすることは,当業者が当然に検討し得ることである。
そして,その適用方法としては,種々のものが考えられるが,引用発明の「係止帯材21」と「ロック機構11」により構成される部分が,「器体1A」と「器体1B」を係止するための構成であることと,引用発明の「器体1B」には,上記周知の係止手段が有する「帯状の部材に設けられた複数の歯を有する歯機構」に相当する「係止帯材21の係止歯23」が既に設けられていることとを併せ考えると,当業者は,引用発明に上記周知の係止手段を適用する際には,初めに,「器体1A」の側に,上記「帯状の部材に設けられた複数の歯を有する歯機構」と協働する「複数の歯を有する歯機構」に相当するものを設けることを想起するのが通常と解される。
以上からすれば,引用発明における「係止帯材21」と「ロック機構11」により構成される部分に上記周知の係止手段を適用することで,「引用発明における『1つの歯を備えた係止爪』を『複数の歯を有する歯機構』に換える」ことに当業者が容易に想到し得た,すなわち,相違点2に関する本願発明の構成である「一方のケーシング半殻に設けたタングの複数の歯と協働させる他方の半殻の係止機構を『複数の歯を有する歯機構』とすること」を当業者が容易に想到し得たことを意味する。
オ なお,原告は,甲3及び甲4の係止手段を引用発明に適用すると,1対の器体1A,1Bの外周にバンドを輪の形に巻いて締結することになる旨主張するが,審決は,バンドを輪の形に巻いて締結する構造全体を周知技術として認定したものではなく,あくまで帯状の部材に設けられた複数の歯を有する歯機構と,他方に設けられた「複数の歯を有する歯機構」とを協働させて,両者を係止することを周知技術として認定したにすぎない上,本願発明と引用発明の対比において,一方の器体に設けたタングの歯機構と他方の器体に設けた係止機構とを協働させることは,一致点として認定されているところ,一致点と認定された部分の構成まで変更して,器体1A,1Bの外周にバンドを輪の形に巻く構成とすることは,通常想起し得ないから,原告の上記主張は採用できない。
カ 以上のとおり,審決が,相違点2につき,「引用発明における『1つの歯を備えた係止爪』を『複数の歯を有する歯機構』に換える程度のことは,周知技術に基づいて当業者が容易に想到し得たと認められる。」と判断した点に誤りはない。
(2) 本願発明において,歯機構(17)が他方のケーシング半殻(2)そのものに設けられていると解した場合について
ア 原告は,本願発明において,歯機構(17)が他方のケーシング半殻(2)そのものに設けられている点を,引用発明との相違点であると主張しているところ,前記3(1)のとおり,本願発明において,「歯機構(17)が他方のケーシング半殻(2)そのものに設けられている」と限定的に解釈することはできない。
しかし,仮に,本願発明が「歯機構(17)が他方のケーシング半殻(2)そのものに設けられている」ものであった場合に,当該構成が容易想到であったか否かについても,念のために,検討する。
イ 審決において,「帯状,棒状,舌状(タング)の部材に設けられた複数の歯を有する歯機構と,他方に設けられた『複数の歯を有する歯機構』とを協働させて,両者を係止する係止機構」の周知例として提示された甲3及び甲4の記載を参照すると,例えば,甲3の第2図には,バンド部2のバンド体21に形成された爪22が内側(被締物の表面の側)を向くようにバンド部を巻くと共に,他方のバツクル部1を,その係止歯17が外側(被締物とは反対側)を向くように配置して,締結を行っている様子が読み取れる。また,甲4の締結バンドを参照すると,帯状体1の表側にも裏側にも係止突起11,12を形成し,それぞれを対応する係合歯51又は突片61と噛み合わせることが開示されていると共に,従来例の説明図(第4図)を参照すると,締結バンドB’が帯状体1’の内側に多数の係止突起が向くように被締物に対して巻きつけられ,締結する際に外側にはバンドの平坦な側が表れるよう配置されていることが読み取れる。
このように,従来から,帯状体を被締物の周囲に巻いて係止し,締結する際には,係止歯が内側に向き,係止歯が形成されていない側が外側となるように帯状体を配置することが行われてきたことからすれば,引用発明における器体1Bの「係止帯材21」につき,係止歯が内側(器体側)に向くように配置することも格別のことではなく,その際,器体1Aには,係止帯材21の係止歯と噛み合う向き(外向き)に,係止爪等の係止機構を配置することとなるのは当然である。
ウ そして,前記(1)で検討したとおり,引用発明の「係止帯材21」と「ロック機構11」により構成される部分に,周知の係止手段を適用する際には,初めに,器体1Aの側に,「帯状の部材に設けられた複数の歯を有する歯機構」と協働する「複数の歯を有する歯機構」に相当するものを設けることを想起するのが通常と解され,また,上記イのとおり,「係止帯材21」につき係止歯が内側(器体側)に向くように配置することをも併せ考慮すると,「係止爪」に代わる「複数の歯を有する歯機構」につき,複数の歯が外側を向くように器体1Aに配置すべきことは自明であって,その最も簡単な構造の一つは,器体1Aの壁面そのものに歯機構を設けることである。
なお,引用例(甲2)には,従来の技術として,「従来の放射雑音防止器は,第3図に示す構成である。同図において,1A,1Bは一側部に一体的に設けられた連結帯2を支点として他側部が開閉自在に設けられた樹脂製の一対の器体である。」(中略)「また,一方の器体1Aには,前記支点とは反対側の壁面でかつ支点方向の両端部側に内部に突起6を有する係止枠7がそれぞれ一体的に設けられている。他方の器体1Bには,前記支点とは反対側の壁面でかつ支点方向の両端部側に,前記係止枠7の突起6に係止される係止孔8を有する係止部材9がそれぞれ一体的に設けられている。」「従って,一方の器体1Aの挟持溝4Aにケーブルの端部を置き,他方の器体1Bを閉じていくと,他方の器体1Bの係止部材9が係止枠7に入込む。更に閉じると,係止部材9の係止孔8が係止枠7の突起6に嵌合し一定のクランプ力でロックされた状態となるので,・・・」との記載があり(2頁下から1行~4頁8行),このように,従来技術において,係止部材9の係止孔8と係止される突起6を内部に有する係止枠7が,器体1Aの壁面に一体的に設けられていることからしても,器体の壁面そのものに係止のための部材を設けることは,通常採用される手段であるといえる。
したがって,引用発明に周知の係止手段を適用する際に,「歯機構(17)が他方のケーシング半殻(2)そのものに設けられている」ようにすることも,当業者は容易に想到し得るものである。
エ よって,仮に,本願発明の「他方のケーシング半殻(2)の歯機構(17)」との記載を「歯機構(17)がケーシング半殻(2)そのものに設けられている」との意味に限定的に解するとしても,当該構成についても,当業者は容易に想到し得るものである。
(3) 引用発明の係止爪について
ア 原告は,引用発明においては係止爪14の弾性変形を利用して係脱を行っているため,両器体を閉じる方向において係止爪14の先端部を所望の位置に精密に維持することが容易でなく,そのため,係止位置が経時的に両器体を閉じる方向において少しずつ変位して,接触圧力が低下する欠点がある旨主張する。
しかし,係止位置が経時的に変位することは,係止爪14が弾性変形することとは別の事象であって,原告が指摘する引用発明の欠点がすべて係止爪の弾性変形から直接的に導かれるものではない。また,係止爪の弾性変形は,係止爪の構成部位の材質,弾性等に依存するものであり,本願発明と引用発明の構造上の相違のみに基づくものではないから,原告が指摘する欠点は,本願発明との構成の対比において生じる引用発明の欠点とはいえない。
イ また,原告は,仮に,周知の係止手段を参考にして,係止爪の係止部分を「複数の歯を有する歯機構」に換えることを想到し得たとしても,引用発明にとっては,係脱動作の容易さが阻害される旨主張している。
確かに,本願発明に係る明細書に,「歯は鋸歯構造を持つため,工具を用いないでタング16を引き離すことは出来ない。」(甲7の7頁1~2行)との記載がある一方で,引用例(甲2)には「一方,ケーブルから器体1A,1Bを外すには,係止爪14の基端部を第2図中反時計方向へ押す。すると,係止爪14の先端部が第2図中上方へ弾性変形し係止帯材21の係止歯23から外れるので,係止帯材21を係止枠12から引抜けばよい。」(10頁11~15行)との記載があり,引用発明においては,係脱動作の容易性が意図されているといえる。
しかし,実際の係脱動作の容易性は,係止手段の構造の細部や材質等,様々な要素に基づいて定まるのであって,単に「複数の歯を有する歯機構」の構成を採用することにより,直ちに係脱動作の容易性が失われるとはいえない。
さらに,係止手段に関し,係止状態において意図しない解除が生じないように確実に係止することと,係脱動作を容易にすることは,両者共に必要とされる要件であって,必ずしも相反する要請ではなく,周知の係止手段を適用する際に,用途に応じて要請される性能を満たすべく,当初の構成に適宜の改変や調整をすることは,当業者が必要に応じて行うことである。
そうすると,引用発明に周知の係止手段を適用する際においても,係脱動作の容易性と確実な係止に関して,適宜の調整を行い得るものであるから,引用例において係脱動作の容易性につき開示があるとしても,そのことが直ちに,引用発明に周知の係止手段を適用することの阻害要因になるとはいえない。
(4) 作用効果について
ア 原告は,本願発明は,①単にケーシング半殻そのもの(側壁)に複数の歯を設ければよく,構造が簡単であり,良好な係止状態の安定性が確保しやすいこと,②タングの長手方向(ケーシング半殻の壁面方向)において,2つの歯機構の係止位置は,経時的に変化しないこと,③フェライト製部材の製作精度が悪くても,2つの歯機構の係止位置を調整することにより2つのフェライト製部材を互いに密に接触させることができること等の顕著な効果を有すると主張している。
イ しかし,前記3(1)のとおり,ケーシング半殻そのもの(側壁)に歯機構を設けたものは,本願発明の一実施例にすぎず,当該構造に基づく作用効果は,本願発明の構成に基づくものとは認められない。また,「複数の歯」同士を協働させることにより必然的にもたらされる作用効果は,周知の係止手段の採用に伴って当業者が当然に予測し得るものにすぎない。
そして,「2つの歯機構の係止位置が経時的に変化しない」点は,本願発明の歯機構の構成部材の材質(経時的変化に対する安定性)にも依存するものであって,本願発明の構成のみに基づく作用効果と解することはできない。
また,引用発明が「ケーブルの外形寸法のバラツキ」を問題視するものであるとしても,同発明は,接触面5A,5Bが所定の圧力で接するように,器体の閉じ方を歯機構の係止位置により調整するものであり,この点において本願発明と本質的に異なるものではなく,「2つのフェライト製部材を互いに密に接触させることができる」点については,引用例の記載に基づいて当業者が容易に予測し得る作用効果といえる。
ウ 以上のとおり,原告が主張する作用効果は,本願発明の構成に基づくものとはいえないか,又は,引用発明及び周知技術に基づいて,当業者が予測し得る程度のものにすぎず,本願発明が,予測し難い顕著な効果を奏するものとは認められない。
(5) その他
ア 原告は,本願発明においては,ユーザが把持するための自由端をタングに設ける必要がないのに対して,引用発明においては,係止爪14の弾性変形を利用しているため,係止帯材21を把持して引っ張るとともに所望の位置で手を離す動作が必要であると主張する。
イ しかし,同主張は,特許請求の範囲の記載に基づくものとは認められず,本願発明と引用発明の相違点として認定すべき事項でもないから,審決の取消事由とはなり得ない。
(6) 以上のとおり,容易想到性の判断に関する原告の主張はいずれも採用することができず,取消事由4は理由がない。
5 以上のとおり,審決に誤りはなく,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとする。
(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 東海林保 裁判官 矢口俊哉)