知財高等裁判所 平成21年(行ケ)10173号 判決 2010年7月15日
原告
株式会社イー・エス・エス
同訴訟代理人弁護士
畝本卓弥
同訴訟代理人弁理士
畝本継立
同
畝本正一
被告
株式会社シャローネ
同訴訟代理人弁護士
伊藤尚
同
服部誠
同
小川智也
同訴訟代理人弁理士
鈴木康仁
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2008-890050号事件について平成21年5月14日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が,被告が保有する,名称を「パパウオッシュ」とする商標(以下「本件商標」という。別紙商標目録1参照。)につき無効審判請求をしたところ,不成立審決を受けたので,その取消しを求めた事案である。
主たる争点は,本件商標が,商標法4条1項7号,10号に該当するか,及び被告やその前代表取締役であったAに同法47条1項所定の「不正競争の目的」があったか否かである。
1 特許庁における手続の経緯
Aは,平成3年6月25日,本件商標につき出願し,第4類「化粧品,香料類,せっけん類」を指定商品として,平成5年11月30日に設定登録を受け(登録番号 第2597283号),その後,平成15年7月22日に,商標権の存続期間の更新登録がされ,同年10月29日に,指定商品を第3類「化粧品,香料類,せっけん類」とする書換登録がされている。
Aは,その後,本件商標を被告に譲渡し,平成19年11月12日,その旨の登録がされた。
原告は,平成20年6月9日,本件商標につき無効審判請求をし,特許庁は同請求を無効2008-890050号事件として審理した上で,平成21年5月14日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月26日,原告に送達された。
2 本件商標の内容
本件商標は,別紙商標目録1記載のとおりの商標である。
3 審決の内容
審決は,以下のとおり,本件商標は,商標法4条1項7号に違反して登録されたものではなく,また,同項10号を理由とする無効審判請求は認められないので,同法46条1項の規定により同登録を無効とすることはできないとした。
なお,審決において,甲128ないし139(本訴における証拠番号と共通)につき,「売上及び経常利益推移表等と認められるところ,該表等に記載されている売上高等はいずれも何等の裏付けが示されていない。」との判断が示されている。
(1) 商標法4条1項10号該当性について
「・・・使用商標を付した使用商品について,昭和60年9月の販売開始から発売元が請求人であり,製造元が被請求人であったことが認められ,その関係は,少なくも,被請求人が平成19年10月26日付で株式会社ファンケルの子会社となるまで,20年以上続けられていたといえるものである。
そうすると,請求人と被請求人との間には,本件商標の登録出願時はもとより登録査定時において,使用商標を付した使用商品の製造,販売に拘わっていたという取引関係が存在しており,両者の関係は,少なくとも20年以上続けられていたといえるものであるから,被請求人が,平成19年10月26日付で株式会社ファンケルの子会社となったとしても,本件商標の登録査定から14年以上も経過していることであって,請求人が商標権者であったAに本件商標権を譲渡するよう求めたことに対して取り合おうとしなかったことや,株式会社ファンケルに本件商標権が渡ってしまうことについて何ら相談もなかったこと等をもって,商標法第47条第1項で規定する『不正競争の目的』で本件商標の登録を受けたものとはいえない。
してみれば,Aは,本件商標の登録出願に関して,他人の信用を利用して不当の利益を得る目的を有していなかったとみるのが相当であって,商標法第47条第1項で規定する『不正競争の目的』で本件商標の登録を受けたものとはいえないから,本件商標の設定登録から5年を経過した現時点において,同法第4条第1項第10号を理由とする本件無効審判の請求は成り立たない。」
(2) 同項7号該当性について
「・・・請求人と被請求人との間には,使用商品の製造,販売に拘わっていたという取引関係があり,その関係は20年以上続けられていたといえるものであることからすれば,被請求人の前代表取締役であったAが,本件商標の登録を受けたことが直ちに商取引の秩序を乱すものであるとはいい難いものである。
そして,本件商標は,その構成前記第1のとおりであって,その構成自体が矯激,卑猥,差別的若しくは他人に不快な印象を与えるようなものではなく,その指定商品に使用することが,社会公共の利益又は一般的な道徳観念に反するようなものともいえない。また,法律によって使用が禁止されているものでもない。
また,請求人は,『Aは,Bが会社を設立する以前から,使用商品の製造・納入を行う等永年の取引関係があったこと,Bは,登録出願した使用商標について,拒絶理由通知を受けた際にAに相談していたこと,その後,請求人は,Aに対して本件商標権を譲渡するよう再三求めたが,Aはこの求めに応じなかったこと等商標登録及びその後の経過が請求人の正常な営業活動を阻害する』旨主張している。
しかしながら,前記3のとおり,請求人及びBと被請求人及びAとの関係は,少なくも,被請求人が平成19年10月26日付で株式会社ファンケルの子会社となるまで,20年以上続けられてきたものであるから,請求人の主張する如く,『請求人は,Aに対して本件商標権を譲渡するよう再三求めたが,Aはこの求めに応じなかったこと等』であったとしても,被請求人及びAは,決して請求人の営業活動を阻害してきたものとは認められない。
してみれば,本件商標は,商標法第4条第1項第7号に該当するものではない。」
(3) その他
「請求人が援用する判決例及び審決例(甲第151ないし第154号証)は,本件と事案を異にするものであって,本件については前記認定のとおりであるから,この点に関する請求人の主張は採用することができない。」
「なお,請求人及び被請求人により,それぞれ証人尋問の申請があったが,本件については前記認定のとおりであるから,その必要性を認めない。」
第3原告主張の要旨
1 取消事由1(審理不尽・理由不備)
審決は,以下の(1)ないし(10)記載の原告の主張を「請求人の主張」から排除しており,審理を尽くさなかった違法がある。これらの主張は,「不正競争の目的」,商標法4条1項10号及び7号該当性の判断に不可欠な事実に関するものであり,結論に影響を与えることは明らかであるから,これらの事実を全く考慮することなく,当事者の主張の一部分のみを恣意的に抜き出して結論を出している点で,審決には審理不尽,理由不備の違法がある。
なお,上告理由としての理由不備と,本件での理由不備とは,場面が異なる。また,本件での審決が,論理的に完結しているとは到底いえない。
(1) 原告と被告及びAとの関係-被告の売上げに占める原告販売分の割合やパパイン酵素入りの洗顔料「パパウォッシュ」(以下「本件商品」という。)の販売に関する被告の関与の程度
(2) トライアル商品,サンプル品を原告が購入していたこと
原告は,本件商品のトライアル商品やサンプル品についても,被告からの請求により代金を支払っていた。
(3) 商標「パパウォッシュ」を付した本件商品に対する需要者の認識
商標「パパウオッシュ」,「Papawash」,「PAPAWASH」(以下,併せて「引用商標」という。別紙商標目録2参照。)を付した本件商品の宣伝態様には,原告の表示しかなく,包装の記載も原告が目立つように記載されており,消費者からの反響等はすべて原告の下に来ていたことから,需要者は,本件商品を原告の業務に係る商品であると認識していた。
(4) 製造委託商品の中で「パパウォッシュ」のみが商標登録されたこと
Aは,原告からの他の製造委託商品の名称は商標登録せずに,売上げの最も大きかった本件商品の名称である「パパウォッシュ」のみを商標登録した。
(5) 商標「イー・エス・エス」を原告に無断で商標登録したこと
Aは,本件商標の登録後である平成5年に,原告の商号である「イー・エス・エス」までも無断で商標登録出願して登録した上,当初は譲渡することを拒んでいた。
(6) Aには商標登録出願をする理由がなかったこと
Aは,被告の代表取締役として原告に本件商品を製造,納入していればよい立場であり,販売開始から約6年も経過している商品名「パパウォッシュ」を出願しなければならない理由はなかった。
(7) 被告及びAには本件商標を保有する理由がなかったこと
本件商標(引用商標)には,B及び原告の営業努力の結果,原告に対する業務上の信用が化体したものであり,独自に使用をせず業務上の信用が蓄積されていない被告には,本件商標を保有する正当な理由が全くない。
また,被告は,製造業者として本件商品を製造,納入しさえすれば,後は,原告が販売することで事業の安定を受けられる立場にあり,本件商標登録とは全く無関係であったところ,製造業者でない個人であるAには,なおさら本件商標を保有する理由はなかった。
(8) 本件商標が使用された場合,出所の混同を生じるおそれがあること
本件商標登録出願及び登録時には,引用商標の付された本件商品(以下,「パパウォッシュ」,「デラ」及び「ホワイト」を併せて「パパウォッシュ洗顔料」ということもある。)は,原告の業務に係る商品であると需要者に明確に認識されていたから,引用商標と同一又は類似の本件商標が,他人であるAにより「化粧品,せっけん類」に使用されれば,出所の混同を生じるおそれがあった。
(9) 被告は高額な仕入原価で本件商品を納入していること
被告が原告に対し,本件商品を非常に高い仕入原価で納入しており,その価格を維持し続けていたため,被告は原告への販売により多大な利益を得ていた。
(10) 株式会社ファンケルへの売却に至るまでのAの一連の行動
Aは,看板商品に付された引用商標と同一又は類似の本件商標を無断登録したことに始まり,原告商号までも無断で商標登録し,本件商標譲渡の求めを拒絶したあげく,被告の株式を原告提示額の約半額で競合する株式会社ファンケルに売却し,被告が株式会社ファンケルのグループ会社になるや否や本件商標を被告に譲渡した。
2 取消事由2(証拠採否等の判断における手続上の違法)
審決は,「甲128ないし139は,売上及び経常利益推移表と認められるところ,該表等に記載されている売上高等はいずれも何らの裏付けが示されていない」と述べて,これらの証拠を判断の基礎としなかった。
しかし,これらの証拠に記載された事項の正確性については,作成者たるBを尋問することで十分確保でき,認定の基礎とすることができたものである。
また,審判時の各証拠によっても裏付けは可能であった。例えば,甲190(平成3年当時における被告の出荷記録)の記載から,平成3年当時の被告の原告へのパパウォッシュ洗顔料の出荷数やサンプル用の洗顔料の個数が把握され,被告の原告への売掛金が判明し,甲181(「ESSクレーム処理済」と記載されたファイル)からは,平成8年度の原告への売上げが把握され,これらの記載内容は,甲128の1,2における6~9期の仕入れ金額と同様の増加傾向を示しており,甲128の1,2,甲135における数字を裏付けている。
このほか,甲190から把握されるサンプル用のパパウォッシュ洗顔料の個数や,甲128の3,甲137の4から把握されるサンプル数からしても,平成3年にはサンプル請求者が月平均1万5000通を超えるとの審決時の原告の主張は裏付けられる。
このように,他の証拠により裏付けることが可能であったが,審決は,各証拠の記載内容を一切考慮せずに,証拠に対する判断をしている。
そうすると,特許庁が,証拠価値の判断を誤った上,証人尋問をも「必要性を認めない」として実施しなかったことは,本来証拠判断を適切にするためにすべきであった手続をしなかったものであり,当事者に対する手続保障を尽くしたとはいえず,審判手続に違法があったことは明らかである。
なお,証人尋問については,審判請求と同時に証拠の申出を行っており,まだ心証形成の前の段階であったから,「すでに合議体が心証を形成している主要事実につき,さらにこれを基礎付けるための間接事実を証明するための証拠の申出がなされた場合」や,「同一争点につき,根源・出所が同一で,かつより有力と思われる他の証拠方法についてすでに取調べが行われている場合」に当たらないことは明らかである。
3 取消事由3(「不正競争の目的」の有無に関する判断及び商標法4条1項10号該当性の判断の誤り)
(1) 商標法47条1項の解釈について
商標法47条1項は,商標登録が同法4条1項10号の規定に違反してされたときは,「不正競争の目的で商標登録を受けた場合」を除いて,5年間の除斥期間が適用される旨規定する。
そして,特許法と異なり,商標法において,同法4条1項10号という,私益保護的な無効事由についても除斥期間が存置された趣旨は,「商標の場合は,瑕疵ある商標権に基づく権利の行使による弊害より,永年の使用により蓄積されたGoodwill が無効審判により覆されることの弊害の方が大きいものと判断され,権利の安定化が重視された結果によるもの」とされている。
このように,商標法は,使用により蓄積されたグッドウィルの保護を最も重視しており,これを受けて除斥期間も使用により蓄積されたグッドウィルの保護のための手段と位置付けられるものと解される。
そうすると,当該商標に権利者のグッドウィルが蓄積せず,専ら使用者に対するグッドウィルが蓄積されるに至った場合には,「永年の使用により蓄積されたGoodwill」に着目した除斥期間存置の趣旨及び商標法の目的にかんがみ,除斥期間を不適用とするための要件である「不正競争の目的」を狭く解釈すべきではない。
なお,被告は,原告の手足となって引用商標を使用してきたにすぎず,引用商標は原告の業務に係る商品のみを指すものとして需要者に認識されていることからすれば,本件商標に被告への業務上の信用など蓄積しておらず,除斥期間により本件商標の保護を図る必要はない。
(2) 「不正競争の目的」について
ア 「不正競争の目的」とは,他人の信用を利用して不当に利益を得ようとする目的をいい,本件についてみれば,出願人であるAが,商標登録出願時において,原告がそれまで築いてきた「パパウォッシュ」ブランドとしての信用を利用して不当な利益を得る目的がこれに当たる。
なお,商標法4条1項10号において,同一・類似の商品(役務)という基準を超えて,「取引上の競争関係」まで要求するのは明らかに行きすぎであり,妥当ではない。本件では,原告が引用商標の使用をしてきた商品と,本件商標の指定商品とは,同一・類似であるから,競争関係は十分肯定される。
そうすると,「不正競争の目的」の有無を判断するには,原告がそれまで築いてきた「パパウォッシュ」ブランドとしての信用を利用して不当な利益を得る目的があったか否かを各事実から認定することが不可欠である。
そして,審決は,原被告間で,20年以上も取引関係が続いてきたことのみを理由にしているが,以下の(ア)ないし(ウ)記載の各事実からすれば,Aが,原告がそれまで築いてきた「パパウォッシュ」ブランドとしての信用を利用して不当な利益を得る目的で商標登録を受けたものであることは明らかである。
また,原告と被告は,強固なビジネスパートナーといえる関係ではなかった上,パパウォッシュ洗顔料は,品質を含めて評判が高かったので,原告の取引先の代表取締役であるAが,このパパウォッシュ洗顔料の商品名を同一又は類似の商品を指定商品として商標登録出願する行為は,それ自体不正競争の目的を推認させる行為である。
(ア) 原告と被告,Aとの関係
原告は,化粧品等の委託製造及び通信販売を業務とする化粧品販売会社である。被告は,自社でも商品の販売を行うとともに,他者からの製造委託を受けて化粧品を生産する化粧品の製造販売会社である。Aは,被告の創業者であり,平成19年までの間代表取締役を務めていた。
原告の設立者であり,代表取締役であるBは,昭和60年に「パパウォッシュ」の語を案出すると,原告会社を設立し,それまでの被告製品の仕入れ,販売をやめて,被告に対し,オリジナル商品であるパパウォッシュ洗顔料の製造を委託するようになった。同製造委託の内容は,商標,容器・包装のデザイン,商品の容量といった仕様を原告が決定し,その決定された仕様に従って被告がバルクの製造,容器への充填,包装を行うというものであり,現在でも化粧品業界においてよく行われているOEM(Original Equipment Manufacturing)契約であった。
なお,パパウォッシュ洗顔料は,「シャローネ」とは全く異なる原告のオリジナル商品である。被告は,パパウォッシュ洗顔料につき,仕様に関する決定権を持たない上,原告から注文された分量を製造,納入するのみであって,他社への納入や自己の商品として市販をすることもなかった。このように,パパウォッシュ洗顔料は原告のプライベートブランドであって,被告は,委託製造業者として,原告からの仕様に従った商品を原告の注文どおりに製造,納入していたにすぎない。
また,パパウォッシュ洗顔料の仕様は,デザイナーに依頼して決めており,被告の関与は,決定されたデザイン等の仕様が送付されたものを見ていた程度である。
なお,原告は,あくまで「パパウォッシュ」を自社ブランドと考えていたもので,甲143の記載は,譲歩した結果,本件商標の全部譲渡は無理でもせめて共有にすることを提案したにすぎない。
(イ) 商標登録出願前の事実
a 引用商標の周知性と原告に対するグッドウィルの蓄積
原告の宣伝活動により,本件商標の登録時である平成5年当時はもちろん,商標登録出願時においても,引用商標は,原告の業務に係る商品を示すものとして需要者の間に広く認識されるに至り,引用商標には原告に対する多大なグッドウィルが蓄積されるに至っていた。
被告は,甲189を論拠に,グッドウィルは蓄積されていないとするが,実績を持つ引用商標に対して,平成3年度という一年度のレポートのみから議論すること自体無理がある。
また,引用商標には,長年にわたって直接需要者に商品を宣伝,販売していたことで,原告へのグッドウィルが蓄積してきた一方で,被告は,原告の手足としてパパウォッシュ洗顔料を製造していたにすぎず,かかる被告に対するグッドウィルが引用商標(本件商標)に蓄積されることはなかった。このような状況下で,引用商標(本件商標)で問題となるのは,原告のグッドウィルのみである。
b 引用商標は,原告の業務に係る商品を示すものとして周知性を有するに至ったこと
宣伝広告や商品の外箱,包装がパパウォッシュ洗顔料の出所が原告であると分かるような態様であったこと等から,需要者は,パパウォッシュ洗顔料が原告の出所に係るものであると認識しており,引用商標も原告の業務に係る商品を示すものとして広く知られていた。
なお,品質の良さを謳う商品広告は一般的であって,製造業者を宣伝することにはならず,本件での宣伝や注文方法からすれば,需要者はパパウォッシュ洗顔料を原告の商品としてしか認識することはなく,被告の存在を認識することはない。
c 引用商標(本件商標)の重要性
本件商標の登録出願日である平成3年6月25日当時,パパウォッシュ洗顔料は,原告商品の中で最大の売上げを占めており,代えのきかない看板商品であった。
そして,引用商標に化体した需要者の信用の大きさから,当時,引用商標(本件商標)は原告の象徴ともいうべき存在であった。
d Aがパパウォッシュ洗顔料の売上げの増加について熟知していたこと
Aは,本件商標の出願時である平成3年6月25日当時,原告が販売するパパウォッシュ洗顔料の売上げが年々増大していたことを把握しており,今後も増加することは十分認識していた。
e Aが,原告の商標登録の意図を認識するとともに,原告の商標出願に協力していたこと
原告が,商標出願時,平成2年12月の手続補正書作成時,及び平成3年2月に出願が不受理となった時,Aに対し,商標に関する相談をしていたため,Aは,本件商標出願前に,B及び原告が自己の業務に関する事柄につき商標登録を受けようとの意思を有していたことを認識していた。
なお,原告は多数の商品も扱っているから,当然,Aへの相談時には,会社商号のみならず,商品名称についても商標登録をすることも話題とされたことは明らかである。
f 引用商標の価値に着目した出願であったこと
Aが,わざわざ商標の使用開始から約6年経過した平成3年になって商標登録出願をしたことは,何ら必要性がなく,唐突なものであり,原告が大々的に使用したことで引用商標が大きな価値を有していたことに着目したからにほかならない。
化粧品製造許可と商標とは無関係であり,商標権を理由に製造許可が取り消されることは考えにくい。そして,パパウォッシュ洗顔料の製造委託において,被告が原告に対して負っていた責任は,原告の注文に従って十分な品質の本件商品を製造して納期までに納入することだけであり,第三者の登録を防止する点についても,原告が商標登録を受ければ足りる。
g 被告及びAは,引用商標の周知性獲得に何ら関与していなかったこと
被告及びAは,宣伝広告活動に何ら関与せずに,パパウォッシュ洗顔料の製造,納入をするだけで,原告が長年にわたり多額の資金と労力をかけて得たパパウォッシュ洗顔料の売上拡大という成果を手に入れることができたものである。
なお,前述のとおり,需要者は,パパウォッシュ洗顔料を原告の商品としか認識していないから,かかるパパウォッシュ洗顔料の品質も,原告商品の品質として評価していたものである。また,その品質向上も,商品への異物混入や変色等が起きる度に,原告が被告に行った指導監督の結果である。
h 「パパウォッシュ」以外の他の製造委託商品の商標登録をしていないこと
原告から製造委託を受けた商品の中で,A又は被告が商標登録出願をしたのは,後にも先にも本件商標のみである。同事実は,最も利益を計算でき,原告に対して影響の大きい商品の名称のみを選んで商標登録したことを示している。
i 製造業者ではないAが出願していること
本件商標の登録出願は,製造業者である被告ではなく,製造とは無関係である個人のAによって行われた。同事実は,Aが,まさに自己の財産として本件商標を保有し,自由に処分できるようにすることを企図したためにほかならない。
j 原告への販売が被告の売上げの大半を占めていたこと
被告の売掛金に占める原告分の割合は,平成3年度には86%にも達しており,Aによる出願当時,被告の経営は,もはや原告の存在なしには成り立たない状況になっていた。これに反する被告の主張は,甲180の記載からすれば信用できない。
k 事前に商標登録出願について何ら連絡をしなかったこと
Aは,商品の名称を「シャローネ」から「パパウォッシュ」に変えた昭和60年9月から約6年が経過した平成3年6月25日になって,原告及びBに何ら連絡することなく,突然,本件商標(原告にとって最も重要な引用商標と同一又は限りなく同一に近い商標)を出願した。同事実は,製造委託という取引関係において信義に反するだけでなく,Aに,原告に先回りして看板商品の名称を商標登録しようとの意図があったことを示すものである。
なお,Aは,原告が平成2年5月に出願した商標「イー・エス・エス」に関する手続に協力したため,Bが商標に関心を有していたことは十分認識していた。
l 被告に製造委託した商品の仕入原価がいずれも高額であること
原告が被告に製造委託していた商品の仕入原価は,いずれも,他の業者への製造委託商品に比して非常に高額であり,原告は被告にとって有利な条件で商品を仕入れていた。製造コストは,発注の量や回数の増加とともに低減するのが通常であるが,パパウォッシュ洗顔料の仕入原価は,原告にとって不利といえる高額なままで20年以上も続いていた。
なお,市場価格は仕入価格に左右されるものであり,本件では,被告からの仕入価格が変わらないために,市場価格を下げることができなかったのである。
また,甲234,235に記載された各商品とパパウォッシュ洗顔料とは,需要者からの品質への信頼等の点で何ら変わりはないが,パパウォッシュ洗顔料は,他の業者に委託する商品と比して明らかに高額であった。
m 原告は,サンプル品やトライアル商品についても仕入代金を支払ってきたこと
サンプル品やトライアル商品は,通常商品のバルク製造の際に余りとなる部分を用いており,特に原価が発生するものではないが,被告は,これらにかかる代金をすべて原告に請求し,原告はこれらの代金をすべて支払って仕入れていた。
仮に,被告が無償でサンプル品を提供してきたとしても,パパウォッシュ洗顔料の販売個数に対して,サンプル請求者数が数倍となっており,無料部分だけでまかなえる状況ではなかった。
(ウ) 商標登録出願後の事実
a パパウォッシュ洗顔料の売上げが伸び続けていること
本件商標の登録出願以後も,パパウォッシュ洗顔料の売上げは増大し,被告の売上げも増加した。それに伴い,Aも多くの利益を得ていた。
b 高額の仕入原価を維持したこと
前記(イ)lのとおり,被告は,原告に対し,非常に高い仕入原価でパパウォッシュ洗顔料を納入してきた。被告は,製造コストが低減されても仕入原価を維持しており,しかも,その価格は,他の洗顔料に比して高額であった。
c 出願後15年もの間,被告が有利な立場で取引を継続したこと
パパウォッシュ洗顔料は,原告にとって看板商品であるために,市場への供給に支障が生じることは絶対に避けなければならなかった。また,パパウォッシュ洗顔料については,本件商標をAに保有された上,製造にAのノウハウが必要であり,このように,商標と商品製造という販売業者にとって重要な2点を握られていたため,原告は,他の会社に製造を委託することもできず,15年もの間,非常に高額の仕入原価を維持したまま,製造委託を継続することになった。
なお,原告は,Aによる商標権保有の事実を知ってから15年間近くも取引を継続したと主張するものではなく,結果的に,登録後15年近くの間,被告との取引を継続することとなった旨主張するものである。
d 被告に対する対向措置を採ることができない状況にあったこと
上記c同様の理由で,原告は,他社に製造を委託したり,本件商標の無効を求めるなどの対抗策に出ることができなかった。
なお,Aが本件商標の登録を受けた平成5年11月30日以降,状況は大きく変化している。平成8年初めころ,原告がAによる本件商標登録の事実を認識して以降,本件商標をめぐって原被告間で争いが起きているほか,被告が化粧品販売大手の株式会社ファンケルの子会社となる等の変化も起きている。しかも,同社の子会社となった被告は,原告のこれまでの主張をすべて封じることを企図し,実態と反する「原告が被告(A)から本件商標の使用許諾を受けてきた」ことを認めるよう迫っており,商標を巡る争いが本格化している。原告は,こうした状況の変化があるため,原告の主張を公に判断してもらう必要があると考えて,無効審判の請求に至ったものである。
e 商標登録出願後も何ら連絡をしなかったこと
Aは,本件商標を登録出願した平成3年6月25日はもちろん,登録査定を受けた平成5年6月4日にも,登録日である同年11月30日以後も,原告に対し,本件商標登録を受けたことについて何ら連絡をしなかった。この点は,原告商号である「イー・エス・エス」についても同様である。
これらの事実は,Aが,本件商標や商標「イー・エス・エス」も自分のものと考え,原告の営業活動により築いてきた信用等の財産までもすべて自己のものにしようとの意図を有していたことを窺わせる。
Aとすれば,そもそも商品販売のノウハウを持つ原告との取引を継続している限り,多額の売上げを見込めることから,本件商標を保有してさえいれば,有利な立場での取引の継続という目的を達せられる状況であった。そのため,非常に重大な事柄である商標登録の事実を伝えなかったとしても,原告との間の取引を有利に進める意図でなかったことにはならない。
このほか,「権利侵害を防止する意図」は,Aが本件商標の登録を正当化しようとした後知恵的な創作にすぎない。
f 原告商号までも無断で商標登録したこと
Aは,本件商標だけでなく,何ら必要性がないにもかかわらず,原告の商号である「イー・エス・エス」までも,平成5年3月12日に個人名義で出願し,平成7年11月30日に商標登録を受けた。
原告が,Aに抗議するとともに,同商標の譲渡を要求したところ,Aは,平成8年6月7日に同商標については譲渡したものの,本件商標については手放すことがなかった。
なお,原告は,Aに対し,商標「イー・エス・エス」の登録出願など依頼していない。
g 本件商標権の譲渡をかたくなに拒んだこと
Aは,何ら必要がないにもかかわらず,本件商標を出願して登録を受け,その後も保有し続けた。自ら使用するつもりもなく,商標権を保持することが不可欠でもないAが,様々な理由を述べて,本件商標を最も必要とする原告からの譲渡要請を拒絶し,商標権を保有し続けたのは,原告との取引において優位に立ち,自己の利益を図ることを企図したためにほかならない。
また,Aは,原告のブランドと認識しながら,本件商標を保有してきたものである。
h 被告株式の売却に際し,原告に実際の売値の2倍近くの金額を持ちかけてきたこと
Aは,自らが経営に行き詰まると,本件商標を被告に譲渡した上で,被告の株式を売却した。その際,かかる商標権を含めた株式譲渡について,原告が正式に話を受けることはなく,売却先を探す過程で,被告の従業員がAの許可を得て,被告の株式購入の話を持ってきただけであった。しかも,譲渡対象とされたのは,株式のみで本件商標は含まれておらず,Aが提示した金額は最終的な売却額の2倍近くの30億円であった。
なお,原告に株式譲渡の話が来たときは,既にAは株式の譲渡を投資ファンドに依頼しており,正式な交渉に進展することはあり得なかった。また,平成8年から原告(B)が継続的に譲渡を求めるなど問題となっていたにもかかわらず,本件商標につきAから何ら提案も相談もされなかったのであるから,原告と被告とが「ビジネスパートナー」とか「共存共栄を図っていた」などとは到底いえない。
イ 以上のとおり,原告と被告とは,OEM契約に基づく委託者と受託者という関係であったが,被告の代表取締役であったAは,被告の経営が原告に依存していること,原告によりパパウォッシュ洗顔料の売上げが大きく伸びていることから,引用商標の持つ価値に着目し,高額な仕入原価を維持してパパウォッシュ洗顔料の製造委託を継続させることで,被告の売上げと自らの利益を確保することを企図し,財産的価値の高い本件商標の登録を個人的に受けた。
その結果,Aは,被告の株式を売却するまでの間,原告に対して優位な立場に立ち,高い仕入原価を維持して,通常のOEM生産では得られないような多額の利益を手に入れてきた。また,最終的には,本件商標の譲渡によっても利益を得た。
このようなAの行動は,原告がそれまで築いてきた「パパウォッシュ」ブランドとしての信用を利用して不当な利益を得る目的,すなわち不正競争の目的で商標登録を受けたものであることが明らかである。
(3) 商標法4条1項10号の他の要件について
原告が,多大な労力をかけて宣伝広告活動に努めたことで,パパウォッシュ洗顔料は売上げを増加させ,引用商標の認識を高めた。その結果,本件商標の登録出願時には,引用商標は原告の販売する本件商品を示すものとして需要者の間に広く認識されていた。
また,引用商標と本件商標との類似性については,被告も争っていない。
よって,本件商標は,原告の業務に係る「せっけん類,化粧品」を表示するものとして需要者の間に広く知られていた引用商標と同一又は限りなく同一に近い類似商標であって,指定商品「せっけん類,化粧品」も原告が引用商標を使用する商品と同一であるから,商標法4条1項10号の規定に違反して登録されたものである。
なお,20年以上の間の取引関係という事実は,被告とAが原告の犠牲の下に多大な利益を得ていた一方で,原告が商標権の存在を理由に対抗手段に出られずに,その状況に耐えていた結果であって,両者の関係の良好さを示したり,「不正競争の目的」を否定する要素となるものではない。むしろ,Aが商標を保有していたからこそ,被告及びAは20年間高額の仕入原価を維持し,利益を得たものである。そして,商標登録を通じて原告から多大な利益を得て,本件商標の譲渡によっても利益を得たのであるから,20年間の取引関係という事実は,出願時に有していた意図どおりに,Aが原告の築いてきた信用を利用して不当な利益を得てきたことを示すものである。
なお,審決は,35頁に,「3 商標法第4条第1項第10号該当について」と記載しており,同条項該当性についての審理を行っているものである。
4 取消事由4(商標法4条1項7号該当性の判断の誤り)
(1) 「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」の解釈について
判例上,「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」には,「当該商標の登録出願の経緯,目的に社会的相当性を欠くものがあり,登録を認めることが商標法の予定する秩序に反する場合」,「健全な法感情に照らして他人が優先的な使用権限を有するものと認められる商標を先回りして登録出願した商標」も含まれると解されている。
また,本件商標の登録出願時(平成3年6月25日),平成3年法律第65号による改正前の商標法に従って審査がされていたから,本件における無効理由の有無も出願時の法律により判断される。そして,上記改正前の商標法には,現在の4条1項19号に相当する規定は存在せず,現在であれば同号で判断される事項についても,「七号又は一五号に該当するとの解釈・運用」が行われてきた。このうち,「その他日本国内又は外国で周知な商標について信義則に反する不正の目的で出願した場合」については,4条1項7号に該当するものとして解釈,運用されており,「不正の目的」とは図利・加害目的をはじめとして取引上の信義則に反するような目的をいうから,かかる取引上の信義則に反するような目的を有して商標出願をした場合には,平成3年法律第65号による改正前の商標法4条1項7号にいう「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当するものと解される。
(2) 商標法4条1項7号該当性について
本件商標に関しては,以下のアないしカ記載の事実があることからすれば,Aが取引上の信義則に反するような目的で出願したこと,ないし,本件商標の登録出願当時に,登録出願の経緯,目的に社会的相当性を欠くものがあり,登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するもの,健全な法感情に照らして他人が優先的な使用権限を有するものと認められる商標を先回りして登録出願したものであることは明らかである。
また,本件での事実関係からすれば,Aに「自己だけが利益を受ける意図または加害の意図などの不正な意図」があったことも明白であり,被告の解釈によっても,本件商標は同号に該当する。
被告は,OEM契約により,原告からの注文に従ってパパウォッシュ洗顔料を製造し,原告に納入すれば供給責任を果たせたのであるから,本件商標は,製造者としての供給責任とは全く関係がない。また,被告は,高額な仕入原価を維持し続けてきたことで,十分利益を受けたといえる。
なお,第三者からの権利侵害を防止する旨の主張については,後知恵的な創作にすぎず,信用性がない。
ア A及び被告に関する事実
前記3(2)の諸事実からすれば,Aが,取引上の信義則に反するような目的で出願したものであり,Aによる本件商標の登録出願当時に,登録出願の経緯,目的に社会的相当性を欠くものがあり,登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものであることは明らかである。
また,上記事実からすれば,引用商標につき,原告が優先的な使用権限を有していたのであるから,Aは,かかる原告が優先的な使用権限を有する商標を先回りして登録出願したものである。
イ 引用商標の独自性とその使用の経緯
本件商品の名称である「パパウォッシュ」(PAPAWASH,Papawash)は,もともと昭和60年初めころに,商品名称を変えたいと考えていたBが,パパイヤを彷彿させる「パパ(papa)」と,洗うことを意味する「ウォッシュ(wash)」とを組み合わせて案出した独創性のある造語であって,この造語を商品名として採用したものである。
そして,最初に案出,採択した者が長年使用し続けているにもかかわらず,原告の引用商標の使用経緯を熟知している取引関係者が,自らは使用するつもりもないのに先回りをして商標登録をしてしまうことは,取引上の信義に反する行為である。
ウ 引用商標に対する被告の認識
「パパウォッシュ」とは,あくまで原告が販売する商品に使用するもので,被告の出所に係る商品を指すとは考えられていなかった。
エ 化粧品業界における商標の位置付け,及びOEM契約上の付随的義務
OEMによる製造委託が盛んな化粧品業界では,商品自体の品質が重要なのはもちろんであるが,商標に対するイメージの形成が決定的に重要となる。
そして,受託者による商標登録を,先願主義の名の下に認めると,委託者は,商標を使用し,多大な信用を蓄積させたとしても,何の保護も受けられず,「商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図る」という商標法の目的とは反対の結果を生じることになる。
それ故,OEM契約において,商品の製造を受託して委託者に供給する製造業者(受託者)は,OEM契約から生じる信義則上の付随義務として,委託者に無断で委託者の使用する商標を出願し,商標登録を受けてはならないとの義務を負うと解すべきであるところ,被告は,同義務に違反したものである。
オ フリーライド,顧客吸引力の毀損のおそれ
Aが,被告を通じて,引用商標と同一又は限りなく同一に近い本件商標を付した本件商品を市場で販売した場合,Aは,それまで原告が築いてきた引用商標の信用に容易にフリーライドし,顧客吸引力を毀損することが可能であった。
カ Aが自己の発言と矛盾した行動をとっていること
製造許可と商標登録とは全く別個の制度であり,商標登録していなければ製造許可が得られないものではない。また,商品製造に必須等の発言とは裏腹に,Aは,原告から製造委託された商品の中で,「パパウォッシュ」のみ商標登録を受け,その他の製造委託商品については,商標登録出願を一切していない上,製造業者ではないAの名義で商標登録を受けていた。
こうした,自己の発言と矛盾した行動から,Aが,自己や被告の利益を得ることを企図し,製造委託関係を永続させるとともに,高額な仕入原価を維持するための方策として,原告の看板商品の商品名と商号という最も重要かつ財産的価値の高い商標を先取りしたものであることが明らかである。
第4被告の反論
1 取消事由1(審理不尽・理由不備)に対して
審決は,2頁「第2 原告の主張」3行目において,本審決に記載された原告の主張はその要旨であると述べているから,審決に原告の主張の内容が逐一挙げられなくても,直ちに審決において審理されなかったことになるわけではない。
むしろ,審決において,原告の主張がかなり詳細に記載されていること,原告が審理不尽等に該当すると主張する内容は,後述のとおり,いずれも事実に反するか審決の結論を左右しない事実であることからすれば,それらについても審理した上で,審決にその詳細を記載しなかっただけとも考えられる。
したがって,審決において,原告が主張するような審理不尽や理由不備は存在しない。
また,仮に審判官が審理を行わなかった事項があるとしても,そもそも審理不尽・理由不備とは,主文を導き出すための理由の全部又は一部が欠けていることをいい,判断遺脱が当然に審理不尽・理由不備を意味するものではない。
本件の場合,審決の理由は論理的に完結しているから,仮に審決に判断の遺脱があったとしても,審理不尽・理由不備には該当しない。
2 取消事由2(証拠採否等の判断における手続上の違法)に対して
商標登録無効審判は職権主義を採用しており(商標法56条1項,特許法153条),証拠の採否は,審判官の裁量にゆだねられている。
そして,本件では,証人を採用しなくても,既に多数の証拠が提出されており,審判官は,これらの証拠に基づいて判断を行っているのであるから,「既に合議体が心証を形成している主要事実につき,さらにこれを基礎付けるための間接事実を証明するために証拠の申出がなされた場合」,「同一争点につき,根源・出所が同一で,かつより有力と思われる他の証拠方法についてすでに取り調べが行われている場合」といった,無効審判等の運用指針において,証拠の申出を認めなくても差し支えないとされている場合に該当する。
よって,審決での証拠価値判断に誤りはなく,また,証人尋問を実施しなかったことにも裁量の逸脱はない。
3 取消事由3(「不正競争の目的」の有無に関する判断及び商標法4条1項10号該当性の判断の誤り)に対して
(1) 審決は,商標法47条1項の「不正競争の目的」が認められないことを理由に本件無効審判の請求を退けており,同法4条1項10号該当性については審理していない。
したがって,本件訴訟においては,同法47条1項の「不正競争の目的」の有無のみが争点となり,同法4条1項10号該当性については争点とはならない。
(2) 商標法47条1項の解釈について
原告は,「当該商標に権利者のグッドウィルが蓄積せず,専ら使用者に対するグッドウィルが蓄積されるに至った場合には,『不正競争の目的』を狭く解釈すべきではない」と主張する。
しかし,法律の文言上,「不正競争の目的」について原告が主張するような段階的な意義付けは示されておらず,解釈論としてそこまで読み込むのは無理がある。また,事案に応じて「不正競争の目的」の意義の広狭を変えようとする方法論は,法的安定性を害するため,妥当な解釈論とは解されない。
仮に原告の上記解釈論を前提としても,本件において「不正競争の目的」の意義を狭く解釈すべきことにはならない。
すなわち,被告も,原告との間の契約に基づき,自己の業務として,「(本件)商品に標章を付する行為」及び「(本件)商品に標章を付したものを譲渡し,引き渡す行為」を行っており,被告自身が,本件商標を「使用」している。そして,本件商品には,製造者として,被告(及び平成7年以降はAが代表取締役を務める被告の関連会社であるESC)の名称が記されていることから,本件商標が保護されることは,被告及び関連会社ESCの業務上の信用の維持を図ることにつながる。
したがって,「使用者のグッドウィルこそ保護されるべき」との原告の解釈論を前提としても,被告のグッドウィル,すなわち被告が本件商標の使用を継続することによって得た信用も,商標法47条1項の除斥制度を通じて保護されるべきであるから,本件において「不正競争の目的」の意義を狭く解釈すべきことにはならない。
このように,原告の上記解釈論を前提としても,本件における被告ないし原告に蓄積したグッドウィルを保護すべき必要性があるため,「不正競争の目的」をことさら狭く解すべき理由はないことになる。
(3) 「不正競争の目的」の認定について
ア 商標法47条1項は「不正競争の目的」と規定するから,その文言からして,競争関係の存在を前提としていることは明らかである。したがって,「不正競争の目的」の判断に当たっては,商標権者と当該商標登録により不利益を被る者との間に「取引上の競争関係」があるかどうかが特に重要な考慮要素となるというべきである。
しかるところ,被告と原告は,ともに本件商品に係る事業を成長させようという共通の目的の下,被告が製造業者として独占的に本件商品を製造し,それを原告が販売業者として独占的に販売するという関係にあり,さらに,パッケージ作成,クレーム対応等にも協力して取り組んできたのであるから,両社は,強固なビジネスパートナーとして商品の製造・販売を行っていたといえる。
よって,両社が「取引上の競争関係」にあったということはできない。
イ また,①上記のとおり,被告と原告は,強固なビジネスパートナーとして,本件商品の発展に取り組んできた関係にあったこと,②消費者にとっては,何よりも本件商品の品質が重要であり,製造業者である被告に対する注目度は大きく,本件商品と被告との関連性は極めて強いものであったこと,③本件商品の製造には,Aが開発した特殊な製造ノウハウが必要不可欠であり,製造技術上,本件商品の製造をなし得るのは被告のみであったことから,本件商標の出願・登録時において,被告の競業他社が本件商品ないしその類似商品の製造を行う可能性は事実上なかったのであり,被告にとって本件商品に関する競争関係は存在しなかったといえる。
このように,特殊な製造ノウハウを必要とする本件商品を製造し得るのは,被告のみであり,その被告が本件商標を取得し保有することは,商標の有する品質保証機能にかんがみ,需要者の利益を保護するという商標法の目的に合致するということができる。
ウ 上記事情に加え,前述及び後述する事実関係からすれば,登録出願時ないし登録査定時において,Aが,「競争関係にある他者を不当に害する目的」はもちろん,原告がいう「他人の信用を利用して不当の利益を得ようとする目的」も有していなかったことは明らかである。
(ア) 「原告と被告,Aとの関係」について
本件商品の仕様は,原告と被告の協議の上決定されたものであり,原告がすべて最終的に決定していたわけではない。また,被告及びAは「パパウォッシュ」を被告(A)自身のブランドとして考えていたものである。
(イ) 「商標登録出願前の事実」について
a 引用商標の周知性と原告に対するグッドウィルの蓄積について
そもそも,本件において,商標への原告ないし被告に対するグッドウィルの蓄積の有無は,「不正競争の目的」の判断に影響を及ぼすものではない。
この点を措くとしても,本件商標出願時における本件商品の市場占有率及び認知度は極めて低かったため,引用商標に,原告に対する多大なグッドウィルが蓄積されるに至っていたとはいえない。
すなわち,平成3年の原告における本件商品の販売本数は,せいぜい約16万本にすぎず,同販売本数に本件商品の希望小売価格を乗じて推計した同年の本件商品の売上高は,約6億円である。
したがって,上記推計によれば,本件商標出願時である平成3年当時における,本件商品の当時の市場占有率は,「パパウォッシュ」及び「パパウォッシュ・デラ」の合計値を採っても,売上高ベースで1.02%,販売数量ベースで0.24%にすぎなかった。
このほか,甲189における,当時のブランドシェア一覧及び化粧品業界主要商品リストには,本件商品は挙がっていない。
したがって,本件商品の当時の消費者の認知度は決して高かったとはいえない。
b 「引用商標は原告の業務に係る商品を示すものとして周知性を有するに至ったこと」について
本件商品の特徴は,洗顔効果を高めるために天然パパイン酵素を使用した洗顔料としての品質の高さにあり,広告によってもその点が強調されていたから,需要者がその品質に対して大きな関心を抱いていたことが明らかである。そして,本件商品の外箱及びボトルには,本件商品の製造業者として被告の名前が記載されていたのであるから,需要者が本件商品の製造業者を被告だと認識していたことに疑問の余地はない。
c 「引用商標(本件商標)の重要性」について
前記aのとおり,本件商標出願当時は,本件商品の市場占有率及び認知度はいずれも低く,引用商標に対する信用が大きかったとはいえないし,需要者は被告を本件商品の製造者であると認識していたのであるから,引用商標(本件商標)が原告の象徴ともいうべき存在であったとはいえない。
d 「Aがパパウォッシュ洗顔料の売上げの増加について熟知していたこと」について
本件商標出願当時,本件商品は需要者に対して周知されておらず,将来売上げが増加することの明確な見通しなどなかったのであるから,Aは,本件商品の売上増加を認識などしていなかった。
e 「Aが,原告の商標登録の意図を認識するとともに,原告の商標出願に協力していたこと」について
Aは,Bから商標「イー・エス・エス」の出願について相談を受けてはいたが,原告が過去に商標「パパウォッシュ」の出願をしていた事実は知らなかったから,Aの当時の認識としては,あくまでB(原告)が自社名である商標「イー・エス・エス」の登録をしたいと考えているというものであった。
このように,Aが,Bや原告が自己の業務に関する事柄について商標登録を受けようとの意思を有していたことを認識していたわけでないことは明白である。
f 「引用商標の価値に着目した出願であったこと」について
Aが本件商標の登録出願をした理由は,第三者に本件商標を登録されることを防止し,自己の業務である本件商品にかかる事業の安定性を確保するとともに,本件商品の単独の製造業者として,その販売業者である原告や消費者に対する供給責任を果たそうとする点にあった。
g 「被告及びAが,引用商標の周知性獲得に何ら関与していなかったこと」について
本件商品の特徴は,パパイン酵素を使用することによる洗顔効果の高さという品質そのものにあり,そうであるからこそ,原告も,本件商品の販促手段としてサンプル提供に力を入れていたのである。したがって,本件商品の品質が,引用商標をして需要者に識別され得るようにするために大きな貢献をしたことは疑う余地がない。
h 「『パパウォッシュ』以外の他の製造委託商品の商標登録をしていないこと」について
商標の登録出願には時間も費用もかかるから,Aが被告の事業継続にとって最低限必要不可欠な範囲に絞って商標登録をすることは,合理的な経営判断として当然のことである。そして,経営上重要な分野に絞って費用を支出するという,経営上当たり前の行為が,「不正競争の目的」を推認させる事情にならないことは明白である。
i 「製造業者ではないAが出願していること」について
Aは,被告とAのどちらが商標登録を行うかについて,特に区別していなかった。本件商標出願当時,Aは,被告の株式の多くを保有し,また,代表者でもあったため,Aと被告との差異をそれほど意識していなかった。
したがって,本件商標の登録をA個人名で行ったことが,Aが自己の利益を図る目的を有していたことの裏付けになるわけではない。
j 「原告への販売が被告の売上げの大半を占めていたこと」について
確かに,平成3年時点では,被告の売上げの大半を原告に対する売上げが占めていたが,このように原告に対する売上げの割合が増大したのは,わずか2~3年間のことであり,原告以外に対する取引が一定程度継続していたから,原告との取引がたとえ終了しても,被告の事業は十分に存続できた。
k 「事前に商標登録出願について何ら連絡しなかったこと」について
本件商標の登録出願当時,Aは,商標権取得の事実は,原被告間の取引に何ら影響がないと考えていたことに加え,Bが商標に無関心であるため,あえて伝える必要がないと考えたため,原告に対し,本件商標の登録出願について事前に連絡しなかった。
また,そもそも本件商標の登録出願の目的が,第三者による商標登録や権利侵害から保護する点にあり,原告に対して本件商品の供給義務を負う被告が,事前連絡しなかったことが,法的に責められるべきとは考えられない。
l 「被告に製造委託した商品の仕入原価がいずれも高額であること」について
原告が比較として挙げている他の業者の商品の内容等についての説明が一切ないため,これらの証拠は,原価率の比較の根拠として全く信頼性がない。被告は,本件商品の完成品を原告に販売しており,また,本件商品の製造には独自の精製パパイン酵素を使用するために通常よりも製造コストがかかる。被告は,このような事情に基づいて,原告への販売価格を決定しているのであり,当該販売価格は,本件商品の価格として適切なものである。
このほか,本件商品は,発売時から現在まで市場価格が変わっておらず,原告が顧客に販売する市場価格が同一であるならば,被告から原告に対する販売価格(原告の仕入価格)が変わらなかったとしても,何ら不自然ではない。
m 「原告は,サンプル品やトライアル品についても仕入代金を支払ってきたこと」について
被告が製造するサンプル品は,分包タイプであるところ,当該サンプル品の製造には,通常の商品同様,洗顔料を小袋に充填するため,充填機を使用する作業工程が必要である。そのため,サンプル品の製造においても,通常の製造と同様の製造コストがかかっている。
さらに,被告は,原告に対し,サンプル品の一部無償提供を継続的に行っている。
(ウ) 「商標登録出願後の事実」について
a 「パパウォッシュ洗顔料の売上げが伸び続けていること」について
会社の売上げと代表者個人の収入は直接には結び付かず,Aが多くの利益を得ていたということはない。
b 「高額の仕入原価を維持したこと」について
前述のとおり,被告がことさら「高額の仕入原価」を維持したという事実はなく,また,本件商品の仕入原価と被告による本件商標取得の事実とは無関係である。
c 「出願後15年もの間,被告が有利な立場で取引を継続したこと」について
原告は,被告が,本件商標登録後も原告にそのことを連絡しなかった旨主張するところ,同主張からすれば,本件商標登録時である平成5年以降,原告は,本件商標がAの保有になっていることを知らなかったことになる。そうすると,本件商標が保有されていたために,15年間原告が不利な立場で取引をしていたとの原告の主張は,原告自身の主張と矛盾する。
また,もともと本件商品が販売されるに至った経緯は,被告が自社のノウハウの下に製造し,販売していた商品について,その商品の品質を気に入ったBが,Aに頼み込んで本件商品として販売するようになったものである。したがって,Bとしては,自身が製造することは困難な商品であり,被告から仕入れるしかないものの,だからといって,被告が原告に不利な取引条件を押しつけたことは毛頭ない。
d 「被告に対する対抗措置を取れない状況であったこと」について
本件商品の製造に,Aのノウハウが必要であること,本件商標を交渉の相手方(被告)が保有しているという状況は,現時点においても当時と一切変わっていない。さらに,現在も原被告間の本件商品に関する取引は,従前の条件のまま続けられているにもかかわらず,原告は,平成20年6月に,本件商標の無効審判を請求している。
以上からすれば,原告が,当時,本件商標の無効を求めるなどの対抗策に出ることができなかったとの主張が事実に反することは明らかである。
原告と被告は,実際にはビジネスパートナーとして極めて良好な関係にあったのであり,だからこそ,商標の無効審判が請求されることもなかったのである。
e 「商標登録出願後も何ら連絡しなかったこと」について
Aは,商標「イー・エス・エス」につき,原告(B)からの依頼を受けて登録申請し,当該商標登録後に原告に対して連絡をした。その後,Aは,原告との当初の約束どおり,当該商標を平成8年6月7日に譲渡し,しかも,その譲渡に対して,一切対価を受け取っていないのであるから,Aが商標「イー・エス・エス」を自ら保有することで,何らかの利益を得る意図を有していなかったことは明らかである。
また,仮にAが原告との取引において不当な利益を得るために本件商標を登録したのであれば,本件商標登録の事実を原告に連絡するはずである。Aが,原告に対し,本件商標登録の事実を特に伝えなかったことは,Aの本件商標登録の意図が,原告との間の取引を有利に進めるためではなかったことを裏付けている。
f 「原告商号までも無断で商標登録したこと」について
Aが商標「イー・エス・エス」を登録したのは,原告からの依頼に基づくものである。
g 「本件商標権の譲渡をかたくなに拒んだこと」について
Aが本件商標の譲渡を拒絶したのは,本件商品の商品名で製造許可を得ている製造業者たる被告が本件商標を保有し,同品質の商品を安定して製造供給することが,需要者にとって最大の利益になると考えていたからである。
いずれにしても,出願時である平成3年から10年以上経過した時点の交渉経緯が,出願当時のAの意図と関係しないことは明らかである。
h 「被告株式の売却に際し,原告に実際の売値の2倍近くの金額を持ちかけてきたこと」について
原告に対する被告の株式の売却価格の打診の際,正式な条件提示まで交渉が進む前に話が終わったものである。Aは,これまで原被告がビジネスパートナーとして共存共栄を図ってきた経緯にかんがみ,原告に対してまず株式譲渡の話を持ちかけたが,原告が話に乗ってこなかったため,交渉が進展しなかっただけである。
(エ) まとめ
そもそも,商標法47条1項の「不正競争の目的」の有無は,商標登録出願時及び登録時において判断されるのであるから(同法4条3項参照),原告がるる主張する本件商標登録後の事情は,「不正競争の目的」ありとの結論には直ちに帰結しない。
加えて,Aが本件商標の登録出願をした意図は,あくまでも第三者による商標取得や第三者の権利侵害を防止し,製造業者としての責任を全うする点にあったものであり,他人の信用を利用して不当な利益を得る目的からなどではない。
したがって,本件商標の登録出願当時,Aに「不正競争の目的」は認められない。
(4) 商標法4条1項10号の他の要件について
前述のとおり,これらの要件については,審決で認定していないため,取消事由とは無関係である。
4 取消事由4(商標法4条1項7号該当性の判断の誤り)に対して
(1) 「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」の解釈について
裁判例において,商標法4条1項7号にいう「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」には,「①その構成自体が非道徳的,卑わい,差別的,矯激若しくは他人に不快な印象を与えるような文字又は図形である場合,②当該商標の構成自体がそのようなものでなくとも,指定商品又は指定役務について使用することが社会公共の利益に反し,社会の一般的道徳観念に反する場合,③他の法律によって,当該商標の使用等が禁止されている場合,④特定の国若しくはその国民を侮辱し,又は一般に国際信義に反する場合,⑤当該商標の登録出願の経緯に社会的相当性を欠くものがあり,登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合」などが含まれるとされている。
「健全な法感情に照らして他人が優先的な使用権限を有するものと認められる商標を先回りして登録出願した商標」も商標法4条1項7号の商標に含まれるとする解釈は,基準として不明確であることに加え,「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある」との法文の文理を離れた解釈であり,採り得ない。
そこで,本件商標の出願経緯が問題となっている本件では,本件商標登録出願が,「⑤当該商標の登録出願の経緯に社会的相当性を欠くものがあり,登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合」に当たるといえるかどうかが問題となる。
そして,上記の場合に当たるといえるためには,自己だけが利益を受ける意図又は加害の意図などの不正な意図が必要であるとするのが裁判例である。
したがって,同号の解釈に関する原告の主張は誤りである。
(2) 商標法4条1項7号該当性について
ア Aが本件商標を登録出願した目的は,自己の業務である本件商品に係る事業の安定性を確保するとともに,本件商品の単独の製造業者として,その販売業者である原告や消費者に対する供給責任を果たそうとする点にあった。また,A(被告)は,原告から本件商標の使用料等を一切収受していないし,しようとした事実もないから,現実に何の利益も得ていないし,原告を害してもいない。
よって,A(被告)だけの利益を得る意図や原告への加害の意図がなかったことは明らかである。
さらに,被告が本件商標を保有して,本件商品の商品名が他者によってフリーライドされないようにし,製造業者としての責任を果たすことは,本件商品の品質を信頼している需要者にとっても利益になるのであり,被告による本件商標の保有は,まさに商標法の目的(同法1条)にも合致する。
したがって,本件商標が「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当しないことは明白である。
イ 原被告間の契約内容は,いわゆるOEM契約ではないから,これを前提とする原告の主張はその前提を欠く。また,本件における原被告間の本件商品に関する売買契約がOEM契約に該当するか否かは措くとしても,前述の事実関係にかんがみ,被告が,原告に対し,OEM契約に付随して,「委託者に無断で委託者の使用する商標を出願し,登録を受けてはならない」との義務を負うものではない。
ウ 以上のとおり,本件商標は「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」には該当しないため,取消事由4は理由がない。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1(審理不尽・理由不備)について
原告は,審決が,原告の主張の多くの部分につき「請求人の主張」欄に記載していないとして,審理不尽,理由不備の違法がある旨主張する。
しかし,「請求人の主張」欄に,請求人(原告)の主張のすべてではなく,要約された内容が記載されているとしても,これは事実摘示の範囲の問題であって,審理不尽の有無とは直接関係がない上,本件において,特許庁の審判官が,原告が記載漏れを指摘した事項につき,検討していなかったと認めるに足りる証拠はない。
また,上告理由としての理由不備とは,主文を導き出すための理由の全部又は一部が欠けていることをいうものである。確かに,これは民事訴訟法上の議論であるが,特許庁の審判手続も,基本的に民事訴訟手続に準拠しているので,本件においても,同様に解するのが相当であるところ,前記第2の3のとおり,審決の論理は,それ自体で完結しており,結論を導き出すための理由の全部又は一部が欠けているものとはいえない。
このように,審理不尽・理由不備に関する原告の主張は,いずれも理由がない。
2 取消事由2(証拠採否等の判断における手続上の違法)について
(1) 審判に関しては,当事者若しくは参加人の申立てにより又は職権で,証拠調べをすることができるとされており(商標法56条1項,特許法150条1項),特定の証拠を採用するか否かについては,あくまで審判官の裁量にゆだねられており,当事者が申し出たからといって,同申出に係る証拠を必ず採用しなければならないものではない。
そして,審判官が,特定の事項につき,既に心証を形成している場合に,同事項に関し当事者が証拠の申出をしても,既に形成した心証に影響がないと考え得るとして,これを採用しなかったとしても,それ自体として違法になるものではない。
(2) 当裁判所は原告の申出を尊重してBの尋問を行ったものであるが,本件で結論を導く上で,Bの尋問が必要不可欠であるとまではいえず,特許庁審判官が,Bの尋問申出を採用しなかったことは,裁量の範囲内というべきであり,違法とは認められない。この点に関し,原告は,審判請求時からBの本人尋問を申し出ており,その段階ではまだ心証が形成されていなかったはずである旨主張するが,証拠申出の時点ではなく証拠採否の決定時点での心証形成の有無が問題となるものであって,原告の上記主張は理由がない。
(3) また,原告は,審決が甲128ないし139(「売上げ及び経常利益推移表」等)に記載された売上高等につき何らの裏付けがないと判断したことにつき違法であると主張する。
しかし,証拠の採否だけでなく,証拠価値の評価についても,基本的には審判官の裁量の範囲内であって,仮に判断内容が誤っていたとしても,直ちに手続が違法となるものではなく,いずれにしても,甲128ないし139は,主として原告の経営状態等に関する証拠であるところ,後記3,4からすれば,甲128ないし139に記載された売上高等の証拠価値に関する審決の判断は,何ら結論に影響を及ぼすものではない。
(4) このように,証拠採否等の判断に関する原告の主張は,いずれも理由がない。
3 取消事由3(「不正競争の目的」の有無に関する判断及び商標法4条1項10号該当性の判断の誤り)について
(1) 商標法4条1項10号は,「他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であって,その商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの」につき,商標登録を受けることはできない旨定めているが,他方で,同法47条1項は,商標登録が同法4条1項10号の規定に違反してされたとき(不正競争の目的で商標登録を受けた場合を除く。),その商標登録についての無効審判は,商標権の設定の登録の日から5年を経過した後は,請求することができない旨規定している。
そして,本件において,本件商標は平成5年11月30日に設定登録されたものであり,原告が無効審判請求をした平成20年6月9日には,既に設定登録から5年以上が経過しているため,商標法47条1項の「不正競争の目的」がない限り,原告の無効審判請求は,除斥期間経過後にされたことになる。
そこで,この「不正競争の目的」の有無が問題となるところ,商標法において除斥期間が設けられたのは,商標登録について瑕疵があっても,一定の期間無効審判の請求がなく平穏に経過したときは,その現存の法律状態を尊重し維持するために無効理由である瑕疵が消滅したものとして,その理由によっては無効審判の請求を認めない趣旨である。
そして,商標法47条1項が,「不正競争の目的」と「不正の目的」とを使い分けていることをも併せ考慮すれば,「不正競争の目的」とは,基本的に取引上の競争関係の存在を前提とした上で,「不正の利益を得る目的」や「他人に損害を加える目的」を指すと解すべきであり,取引上の競争関係がない場合には,より悪質な目的が必要というべきである。
(2) 証拠(甲1ないし4,7ないし15,17ないし88,90ないし127,142ないし144,147の1及び2,171ないし174,177,178,180,182,187の1ないし3,191の1ないし5,210,211,223,230,236,240の1,乙8ないし10,証人A,原告代表者B)及び弁論の全趣旨から,以下の事実が認められる。
ア Aは,昭和55年2月14日に被告会社を設立し,被告は,同年4月25日に化粧品製造業許可を得て(甲178),洗顔料「シャローネ」(以下,単に「シャローネ」と記載した場合,被告会社ではなく洗顔料を意味する。)を製造・販売していた。
なお,「シャローネ」は,パパイン酵素入りの洗顔料で,Aが,昭和50年ころ以降に開発したものであり,たんぱく質を分解する能力及び洗浄力を高めつつ,硫化水素様のにおいを抑えている点に特徴があり,また,石けん成分とパパイン酵素の洗浄力により洗顔後の肌が乾燥することを防ぐための特殊な成分を混入しているが,被告が,上記特殊な成分等の製造のノウハウを公開していないため,第三者が「シャローネ」を製造するのは困難であるとされる。
Aは,昭和51年2月2日,「シャローネ」につき,商標登録出願をし,昭和55年5月2日に登録査定を受け,その後も,更新を繰り返してきた(甲210,211)。
イ 通信販売と宣伝広告のノウハウを持っていたBは,昭和56年ころ,被告が製造する「シャローネ」を気に入り,個人事業として,その販売を行うようになり,「SAY」,「婦人生活」,「週刊女性」,「週刊平凡」等の雑誌において宣伝をしてきた(甲90ないし99)が,昭和60年9月7日に,化粧品等の製造,販売等を主たる業務とする原告会社を設立した(甲3,4)。
Bは,原告会社を設立するに際して,「シャローネ」の名称につき,B自身が考え出した「パパウォッシュ」(「パパイヤ」と「ウォッシュ」を組み合わせたもの)に変更することを希望した。
被告は,Bの希望に従い,同年5月13日付けで,洗顔料「パパウォッシュ」及び「パパウォッシュ・デラ」につき,化粧品製造品目追加許可を申請し,同年8月22日,同許可を受けた(甲15)。
以上のような経緯のため,「シャローネ」と「パパウォッシュ」(本件商品)とでは,箱やロゴのデザイン等は異なるものの,内容・成分に変わりはなく(甲17),いずれも被告が商品開発した洗顔料である。
そして,本件商品には,製造業者である被告により,「パパウォッシュ」,「PAPAWASH」(甲20,187の1参照)といった商標(引用商標)が付されている。
また,「パパウォッシュ」,「パパウォッシュ・デラ」の外箱及び容器(甲187の1ないし3)には,「パパウォッシュ」,「パパウォッシュ・デラ」等の商品名のほか,総発売元が原告,製造元が被告であることが記載されており,特に,容器には,両者がほぼ同じ大きさで記載されている。
ウ 原告は,商標「パパウォッシュ」を付した洗顔料(本件商品)につき,昭和60年9月ころ,販売を開始するとともに(甲4,17),それ以降,雑誌(「女性自身」,「女性セブン」,「週刊女性」,「クロワッサン」,「SAY」等)や,自社で発行するダイレクトメール,「パパイヤ通信」等で,本件商品を広告宣伝し(甲4,17ないし20,22ないし88,100ないし127(枝番を含む。)),無料サンプルを配布した。このような原告の宣伝活動により,本件商品の売上げは年々伸びていった。
そして,被告の売掛金のうち,原告に対するものは,平成3年度は86%,平成4年度は91%,平成5年度は87%強を占めていた(甲180)。
エ Bは,昭和60年4月26日,商標「パパウォッシュ」,「パパウォッシュ・デラ」につき,第4類「せっけん類,歯みがき,化粧品,香料類」を指定商品として,商標登録出願をした(甲7ないし10)。
しかし,両商標ともに,ライオン株式会社の登録商標「パパ」等を理由として,商標法4条1項11号に該当するとして,昭和62年2月17日付けで拒絶理由通知を受け(甲11,12),同年6月19日付けで拒絶査定を受けた(甲13,14)。
なお,Bは,Aに対し,上記商標登録出願及び拒絶査定を受けたことにつき知らせていなかった。
オ Aは,第三者がパパイン酵素を配合しただけの商品を製造し,「パパウォッシュ」と同様の名称を付けて販売すると,本件商品の評判を損ねるおそれがあると考えて,そのような第三者の参入を防止すること等のため,平成3年6月25日,本件商標につき登録出願したところ,前述の商標「パパ」の登録が更新されていなかったため,平成5年6月4日,登録査定を受け,同年11月30日,同商標につき登録した(甲1,2)。
もっとも,Aは,本件商標の登録出願をしたことや,登録査定を受けたことにつき,原告に何ら告げていなかった。
また,Aや被告が,原告に対し,Aが本件商標を保有していることを理由として,実施料の支払や商品の値上げ,その他原告に不利な条件を要求したことはなかった。
カ 原告は,平成2年5月12日,商標「イー・エス・エス」につき登録出願し(平成2年商標登録願第53250号),その際,不備を指摘されたため,Aにアドバイスを求めた結果,平成4年3月19日,登録査定を得た(甲191の1,2,甲223)。しかし,原告が,指定期間内に登録料を納付しなかったため,平成5年1月8日,出願無効の処分を受けた(甲191の3)。
キ 原告は,平成5年3月10日,商標「イー・エス・エス」の出願に係る経過を示す書類一式につき,被告ないしAに送付した(甲191の5)。
その際,原告で勤務していたCは,Aに対し,「この度は私共の不手際から再度お手数をかけることとなりましたことを深くお詫びさせていただきます。わからないことばかりですので取り会えず今までの書類をすべてお送りさせていただきますのでよろしくお願いいたします。」と書かれた手紙も送付した(甲191の4)。
なお,Cは,原告会社設立前からBに協力してきた者であり,また,上記手紙の便せんや封筒には,株式会社「イー・エス・エス」の商号や「Papawash」との記載があった。
ク Aは,原告から正式に商標登録出願の依頼を受けたものと考えるとともに,原告名義で登録出願した場合,原告が特許庁から送られる書類に期限内に回答できない可能性等をも考慮して,平成5年3月12日付けで,自己名義で,商標「イー・エス・エス」につき登録出願し,平成7年6月15日に登録査定を得た(商標登録第3100008号)上で,平成8年6月7日付けで,同商標につき原告に譲渡した(甲147の1,2,171,172,240の1,乙8)。
その際,A及び被告は,原告に対し,費用等の請求をしていない。
ケ 原告は,平成7年ころ,弁理士に,商標「イーエスエス/ESS」の出願を依頼し,同年9月30日に,商標登録出願をして,平成9年4月17日付けで,登録査定を受けた(甲173,174)。
コ Aは,平成7年3月7日,株式会社イーエスコスメチックスを設立し,平成20年8月時点で,その代表取締役である(甲182,乙8)。
なお,同社の設立は,製造から販売までを,一貫して原告(株式会社イー・エス・エス)の関連会社が行っているように見せたいという原告の希望によるものであった(乙8)。
このほか,被告は,原告が「パパウォッシュ」(本件商品)を販売するようになった後も,「シャローネ」を製造・販売していたが,原告の希望により,原告以外の者への「シャローネ」の販売委託を徐々に縮小していった。
サ 畝本特許事務所作成の平成8年4月25日付け「『イー・エス・エス』,『パパウオッシュ』及び『BEAU』に関する商標調査のご報告」と題する原告あての書面(甲230)には,以下の内容の記載がある。
(ア) 「イー・エス・エス」について
「先行調査の結果,同一商標が発見された。
出願人及び権利者はAであることが判明した。」
(イ) 「パパウォッシュ」について
「先行調査の結果,同一商標が発見された。
出願人及び権利者はAであることが判明した。」
(ウ) その他の報告
「貴社が使用している商標は,Aが貴社と特別な利害関係があるにせよ,貴社に何の相談もなく,また,許可を受けることなく,貴社が使用していることを承知で商標出願を行い,商標登録を受けることは道義上許されることではない。
ついては,貴社が使用している上記商標について,Aが所有する商標権を氏から譲り受けて登録をした上で,類似関係商標等の出願をすべきである。」
シ 原告にとって,平成8年当時は,本件商品が一番売れている時期であり,忙しかったことや,本件商品を継続的に供給することを優先するため,Bは,本件商標につき,特段の措置を講じなかった。
原告は,平成15年1月22日に,被告との交渉の場を設け,被告に対し,本件商標を原告に譲渡するよう求めたところ,Aは,「化粧品の場合には製造許可と商標を同時に保有する必要がある」などと回答し,持ち帰って検討することとなった(甲143)。
原告は,同年8月ころ,被告に対し,同月19日付け「共有契約証書」と題する書面を送付し,本件商標につき原告・被告の共有とし,持分を各2分の1とすることを提案した(乙9及び同添付資料1)。なお,原告が被告に対して,本件商標に関し,書面で何らかの要請をしたのは,これが初めてであった。
被告は,同年10月16日付けで,原告に対し,「パパウオッシュの商標権につきましては,本来パパウオッシュは第三者の使用を排除する目的で登録したものです。これは,商品製造上の必須要件として普通に行っておりますことでした。洗顔料の供給につきましてもパパウオッシュの発売の成功を願ってこれを優先しシャローネ洗顔料の他社への供給を極力断って現在に至っております。このことは一面当社の能力からして営業の一本化は誠に有り難いことでした。
そこで,貴社からの要望事項商標権1/2の共同所有となりますと将来に問題を残すことになりかねませんので共同所有でなく(株)イーエスエス様において独占的通常使用権契約を登録されるのが安心できるのではないかと思います。これなれば第三者への使用は許諾できないこととなります。契約内容の具体的条項につきましては別紙の通り当方の希望を箇条書きしました。ご検討をよろしくお願いします。」と記載した書面(甲142)を送付した。
ス Aは,高齢になったため,被告の株式の売却を検討するようになり,売却先の選定において,原告に対して本件商品等を継続的に供給することを条件として,株式会社ファンケルを選んだ。
株式会社ファンケルは,平成19年10月26日に,被告の発行済み株式の約90%を取得し,被告は同社の子会社となった(甲144,乙10)が,その後も,原被告間の取引上,大きな変化はない。
セ Aは,平成19年10月30日ころ,本件商標を被告に譲渡し,同年11月12日,その旨の登録がされた(甲1)。
ソ 被告は,平成20年4月ころ,原告に対し,「取引基本契約書」の案(甲177)を提示した。しかし,同契約書案には,原告が,株式会社イーエスコスメチックスを介して,被告から本件商標につき使用許諾を受ける旨,及び本件商標の使用料に関する記載があった(ただし,商品の価格に商標使用料が含まれるものともされていた。)ため,原告はこれを受け入れず,逆に,本件商標の一部を原告に譲渡するよう求めた(乙10の添付資料2)。
このように,原被告間で本件商標につき交渉が行われていた最中の同年6月9日,原告は,本件商標につき無効審判請求をした。
(3)ア 以上のとおり,Aは,原告やBに何ら連絡をすることなく,本件商標を出願,登録したものであるが,「パパウォッシュ」という文言を考え出したのがBであり,原告が本件商品の販売者であったとしても,Aが代表取締役を務めていた被告も,本件商品の製造者という立場にあったものであって,本件商品を製造する際に,本件商標と類似する引用商標(なお,両商標が類似することにつき,当事者間に特段争いはない。)を本件商品に付して,これを原告に引き渡すことにより,自己が本件商標ないし引用商標を使用していたといえるものである。そして,原告が,本件商品のデザイン等を被告に相談せずに独自に決定していたとしても,被告が本件商品の製造者であるという事実に変わりはなく,現に,本件商品の容器や外箱には,「パパウォッシュ」や「PAPAWASH」との記載のほか,製造元として被告の会社名が記載されているものである。
このように,本件は,同一ないし類似商標を正当に使用する二者間の問題であって,両者間に取引上の競争関係はなく,「全くの第三者が,商標の正当な使用者を妨害する目的で,同使用者が使用する商標と同一・類似商標を出願,登録した」ような事案とは大きく異なるものである。
また,本件商標登録後,Aは,原告に対し,同商標登録の事実を伝えてすらおらず,原告は,平成8年4月ころに,畝本特許事務所から商標調査報告を受けるまで,Aによる本件商標登録の事実を知らなかったものであり,以上からすれば,Aは,同商標登録により,原告との取引を有利に進めようといった意図を全く有していなかったものと認められる。
また,原告が提出した証拠(甲115,132(枝番を含む。),175,176)を検討してもなお,本件商品等の被告が製造する商品と他社の商品との質の違いが不明であって,単に原価率の比較のみにより,原告の被告からの本件商品の仕入れ価格が非常に高額であったとの事実を認めるには足りず,仮に,仕入れ価格が高額であったとしても,同事実と,Aによる本件商標取得との間に相当因果関係があるものとは認められない。原告は,本件商品等の被告が製造する商品と,甲234,235の商品とで違いはないとも主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。
なお,Aは,本件商標出願の動機につき,第三者がパパイン酵素を配合しただけの商品を製造し,「パパウォッシュ」と同様の名称を付けて販売すると,本件商品の評判を損ねるおそれがあると考えて,そのような第三者の参入を防止することにあった旨述べており,これは首肯できるものである。もっとも,本件での事実関係やAの供述を総合すると,Aは,商標を取得することについて極めて関心が高いといえ,実際に多くの商標を出願,取得しており,本件商標の出願,登録もその一貫にすぎないものとも推測されるところである。
イ 原告は,Aが,①本件商標,及び②本件商品の製造のノウハウを保有していたために,不利な条件で20年間も取引を継続させられた旨主張する。
しかし,前述のとおり,Aは,本件商標取得の事実を原告に知らせてすらおらず,原告が同事実を知った後も,本件商標を取引の材料としていなかったものであって,A(被告)が本件商標を利用して,原告との取引を有利にしたとの原告の主張は,その前提を欠くものである。
また,被告は,本件商品ないし「シャローネ」の製造業者であり,原告は,同事実を前提として被告との取引を開始したものであって,被告が本件商品の製造のノウハウを有していたことは「不正競争の目的」の根拠事実とはならない上,本件商品の特殊性からすれば,原告が,被告以外の製造業者を選択する余地があったものとも認められない。
そして,本件では,原告が宣伝広告により本件商品の売上げを大きく伸ばしたことは事実である(これを否認するような被告の主張事実は証拠上認められない。)が,いかに宣伝したとしても,売上げが伸びるためには,当該商品が一定の品質を備えていることが前提であり,この意味において,被告が一定の品質を備えた本件商品を安定的に供給してきたことが,その売上げ拡大に原告の宣伝広告活動と同様大きく寄与したことは明らかである。
ウ Aは,自己(個人)名義で商標「イー・エス・エス」を出願,登録しているが,この点につき,原告は,Aが勝手に行ったことであると主張する。
しかし,前記(2)キからすれば,原告で勤務していたCが,A名義で出願するかどうかはともかくとして,Aに,同商標出願を依頼したものと認められ,Cには,その依頼についての権限があったものと推認される上,仮に同人に同権限がなかったとしても,Aが,Cには同依頼の権限があると信じたことに無理からぬ状況があったといえる。
そして,原告が,商標「イー・エス・エス」につき登録査定を受けたにもかかわらず,登録料を納付せずに出願無効の処分を受けるなど,極めて初歩的な誤りを犯していることからすれば,Aが,Bは商標に無関心であり,任せておけないと考えて,原告名義でなく自己の個人名義で商標登録出願を行ったことにも,相応の合理性があるといえる。
さらに,Aが,平成8年6月に,同商標を原告に無償で譲渡していることからしても,Aによる同商標出願,登録の事実は,Aに「不正競争の目的」があった旨推認させるものではない。
なお,同商標の登録出願が,Aと被告のいずれの名義で行われたかが,「不正競争の目的」の有無に影響を及ぼすものではない。
エ 原告が,平成8年4月ころに,畝本特許事務所から商標調査報告を受けた後,平成15年1月22日に,被告に対し,本件商標を譲渡するよう申し出るまでの間,本件商標につき被告に対して何らかの要請をした事実を認めるに足る証拠はなく,ひいては,被告が,上記期間中,原告の本件商標に関する要請を拒絶し続けてきたとも認められず,原被告間で,この点が平成8年以降の懸案であったとも認められない。
原告は,その尋問で,上記調査報告受領後,直ちに,被告に対し,本件商標を譲渡するように抗議したと主張し,Bもこれに沿う供述をするが,被告はこれを否認し,Aもこれを否認する旨の供述をしており,何ら書面も存在しないことからすれば,Bの上記供述を直ちに信用することはできない。
そして,前述のとおり,本件では原告,被告ともに本件商標を使用できる正当な立場にあり,実際に,同商標に類似する引用商標を使用してきたといえるのであるから,原告が本件商標を譲渡するよう求めたのに対し,Aがこれを拒絶したからといって,Aに「不正競争の目的」があることにはならない。
また,被告が,自社の株式を株式会社ファンケルに売却した点は,本件商標とは全く別個の問題というべきである。
オ 原告は,当該商標に権利者のグッドウィルが蓄積せず,専ら使用者に対するグッドウィルが蓄積された場合には,除斥期間を不適用とするための要件である「不正競争の目的」を狭く解すべきではない旨主張するが,このように解すべき根拠がない上,いずれにしても,本件において,権利者である被告自身が本件商品を製造し,本件商標ないしこれと類似する引用商標を使用してきたといえるから,被告に対するグッドウィルも蓄積したものといえ,原告の上記主張は理由がない。
カ 以上のとおり,そもそも原告及び被告は,本件商品の販売者,製造者という関係にあり,両者間に取引上の競争関係はない上,A(被告)に,「引用商標を付した本件商品の人気が高いにもかかわらず,同商標が登録されていないことに乗じて,先回りして同商標と類似する本件商標につき出願,登録を受けた上で,引用商標の使用者である原告との間で,交渉を有利にさせる意図」といった,原告に損害を加え,被告自身が不正の利益を得る意図があったものとは認められず,「不正競争の目的」は認められない。
なお,原告は,その他るる主張するが,いずれも上記認定,判断を覆すに足りるものではない。
(4) 以上のとおり,本件において,A(被告)に,商標法47条1項所定の「不正競争の目的」があったとは認められないため,その余について検討するまでもなく,除斥期間経過により,原告は商標法4条1項10号に基づく主張をすることができないものである。
4 取消事由4(商標法4条1項7号該当性の判断の誤り)について
(1) 商標法4条1項7号は,「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」につき,商標登録を受けることができない旨定めている。ここでいう「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」には,①その構成自体が非道徳的,卑わい,差別的,矯激若しくは他人に不快な印象を与えるような文字又は図形である場合,②当該商標の構成自体がそのようなものでなくとも,指定商品又は指定役務について使用することが社会公共の利益に反し,社会の一般的道徳観念に反する場合,③他の法律によって,当該商標の使用等が禁止されている場合,④特定の国若しくはその国民を侮辱し,又は一般に国際信義に反する場合,⑤当該商標の登録出願の経緯に社会的相当性を欠くものがあり,登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合等が含まれるというべきである。
本件では,①ないし④は問題とならず,専ら⑤の場合が問題となる。
(2)ア 前記3(2)で認定したとおり,本件商品は,製造に特殊なノウハウを要する製品であるところ,Aは,第三者がパパイン酵素を配合しただけの商品を製造し,「パパウォッシュ」と同様の名称を付けて販売すると,本件商品の評判を損ねるおそれがあると考えて,そのような第三者の参入を防止することを主たる目的として,本件商標を出願し,登録したものと認められ,本件商標を利用して原告との取引を有利にしようとしたものではなく,「Aによる本件商標の登録出願の経緯に社会的相当性を欠くものがあり,登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ない」ものとはいえない。
また,原告が主張するように,現行商標法4条1項19号所定の「他人の業務に係る商品又は役務を表示するものとして日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されている商標と同一又は類似の商標であって,不正の目的(不正の利益を得る目的,他人に損害を加える目的その他の不正の目的をいう。)をもって使用をするもの」につき,同項7号において判断すべきであるとしても,前記3(3)同様,被告やAにそのような「不正の目的」があったとは認められない。
このほか,原告は,「健全な法感情に照らして他人が優先的な使用権限を有するものと認められる商標を先回りして登録出願した商標」についても,商標法4条1項7号に該当すると主張するが,同主張の当否は措くとしても,本件での事実経過からすれば,被告は本件商標ないしこれと類似する引用商標の正当な使用者の1人であって,原告が,被告との関係で,本件商標につき優先的な使用権限を有するものとはいえないから,本件商標は,「健全な法感情に照らして他人が優先的な使用権限を有するものと認められる商標を先回りして登録出願した商標」には該当しない。
イ 原告は,「原被告間の契約はいわゆるOEM契約であるところ,被告は,原告に対し,OEM契約から生じる信義則上の付随義務として,委託者(原告)に無断で委託者(原告)の使用する商標を出願し,商標登録を受けてはならないとの義務を負うところ,被告は同義務に違反した」旨主張する。
しかし,本件では,もともと被告が製造,販売していた洗顔料「シャローネ」を,Bが販売するようになり,その後,原告の希望で「シャローネ」が「パパウォッシュ」に名称変更されたものであって,以上のような事実経過からすれば,原告が被告に対し,本件商品の製造を委託しているにすぎないと評価することはできず,原告がいかに本件商品のデザイン等を独自に決定しており,宣伝により大いに売上げを伸ばしたとしても,この点に変わりはない。
もっとも,原被告間の契約がいわゆるOEM契約であるか否か,また,一般論として,OEM契約において,上記のような付随義務が生じるか否かにかかわらず,前述のとおり,本件での事実関係の下,Aが本件商標を出願,登録したことが,信義則に反する等とはいえないため,原告の上記主張は理由がない。
ウ 原告は,その他るる主張するが,いずれも上記認定,判断を覆すに足りるものではない。
(3) 以上のとおり,商標法4条1項7号に関する原告の主張についても,理由がない。
5 このように,被告に,商標法47条1項所定の「不正競争の目的」があったとは認められず,また,本件商標は,同法4条1項7号に該当せず,その他,原告の主張はいずれも理由がなく,審決に誤りはないから,原告の請求は棄却を免れない。
(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 東海林保 裁判官 矢口俊哉)
file_2.jpg別紙