知財高等裁判所 平成21年(行ケ)10186号 判決 2010年2月24日
原告
北川工業株式会社
同訴訟代理人弁護士
水野健司
上谷清
永井紀昭
仁田陸郎
萩尾保繁
笹本摂
山口健司
薄葉健司
石神恒太郎
同弁理士
足立勉
田崎豪治
被告
竹内工業株式会社
同訴訟代理人弁護士
鷹見雅和
同弁理士
鈴木章夫
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2008-800206号事件について平成21年5月29日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,被告の下記2の本件発明に係る特許に対する原告の特許無効審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4のとおりの取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 本件特許(甲13)
発明の名称:「スナップ構造」
分割出願日:平成16年4月30日(特願2004-135318号)
原出願日:平成14年3月22日(特願2002-80527号)
設定登録日:平成19年1月19日
特許番号:第3905527号
(2) 審判手続及び本件審決
審判請求日:平成20年10月15日(無効2008-800206号)
審決日:平成21年5月29日
審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」
原告に対する審決謄本送達日:平成21年6月10日
2 本件発明の要旨
本件発明の要旨は,本件特許出願に係る明細書(以下「本件明細書」という。)における特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された次のとおりのものである。以下,請求項1記載の発明を「本件発明1」,請求項2記載の発明を「本件発明2」という。
【請求項1】 実装用部品を保持するための部品保持部の下部に設けられて当該部品保持部を基板に固定するためのスナップ部を備えており,前記スナップ部は前記基板に設けられた透孔内に挿入されるポストと,前記ポストの両側に沿って設けられ径方向に弾性変形可能で前記透孔に嵌合される矢尻型をした一対のスナップ片と,前記部品保持部の前記両側位置において前記基板の表面に弾接して前記スナップ片とで当該基板を狭持する一対の脚片と,前記スナップ片にそれぞれ下端部が連結され内側方向に手操作されたときに前記スナップ片を内側方向に変形して前記透孔との嵌合を解除する一対の解除片とを備えるスナップ構造であって,前記解除片は前記下端部から上端部に沿って若干外側に膨らんだ形状とされ,当該上端部は前記部品保持部の前記両側の側面一部に連結されていることを特徴とするスナップ構造。
【請求項2】 実装用部品を保持するための部品保持部の下部に設けられて当該部品保持部を基板に固定するためのスナップ部を備えており,前記スナップ部は前記基板に設けられた透孔内に挿入されるポストと,前記ポストの両側に沿って設けられ径方向に弾性変形可能で前記透孔に嵌合される矢尻型をした一対のスナップ片と,前記部品保持部の前記両側位置において前記基板の表面に弾接して前記スナップ片とで当該基板を狭持する一対の脚片と,前記スナップ片にそれぞれ下端部が連結され内側方向に手操作されたときに前記スナップ片を内側方向に変形して前記透孔との嵌合を解除する一対の解除片とを備えるスナップ構造であって,前記解除片は前記下端部から上端部に沿って若干外側に膨らんだ形状とされ,当該上端部は前記部品保持部の前記両側の側面一部に近接配置されるとともに,前記スナップ片が前記透孔に嵌合されたときに当該両側の側面一部に当接される構成であることを特徴とするスナップ構造。
3 本件審決の理由の要旨
(1) 本件審決の理由は,要するに,①本件発明1は,下記の引用例1記載の発明(以下「引用発明1」という。)に引用例2ないし5に記載された技術を組み合わせることにより当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない,②本件発明2は,引用発明1に引用例2及び3並びに6及び7に記載された技術を組み合わせることにより当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない,③本件発明2は発明の詳細な説明に記載したものであり,本件特許出願がサポート要件を欠くものとはいえないとして,本件特許を無効とすることはできないとしたものである。
ア 引用例1:特開2001-278329号公報(甲2)
イ 引用例2:実願昭63-59316号(実開平1-163275号)のマイクロフィルム(甲1)
ウ 引用例3:実願昭55-170637号(実開昭57-93604号)のマイクロフィルム(甲5)
エ 引用例4:特開平9-280227号公報(甲6)
オ 引用例5:実願昭57-76225号(実開昭58-178624号)のマイクロフィルム(甲7)
カ 引用例6:米国特許第4143577号明細書(甲3)
キ 引用例7:意匠登録第1065824号公報(甲4)
(2) なお,本件審決が認定した引用発明1並びに本件発明1と引用発明1との相違点1及び本件発明2と引用発明1との相違点2は,以下のとおりである。
引用発明1:ケーブル等を結束して保持するためのバンド部及びバックル部の下部に設けられて当該バンド部及びバックル部を取付パネルに固定するための係止部を備えており,前記係止部は,前記取付パネルに設けられた取付孔内に挿入される支柱と,前記支柱の両側に折り返し状に設けられ,弾性変形可能で前記取付孔に嵌合される矢形状の一対の可動係止片と,前記バックル部の両側位置において前記取付パネルの表面に弾設して前記一対の可動係止片とで当該取付パネルを挟持する一対の安定脚片と,前記一対の可動係止片にそれぞれ下端部が連結され内側に手操作されたときに前記一対の可動係止片を内側方向に変形して前記取付孔との嵌合を解除する一対の押圧操作片とを備える係止構造であって,前記一対の押圧操作片は,下端部から上端部に沿って若干外側に膨らんだ形状とされている係止構造
相違点1:本件発明1は,解除片が,「上端部は前記部品保持部の前記両側の側面一部に連結されている」のに対して,引用発明1は,解除片の上端部が部品保持部の両側の側面一部に連結されていない点
相違点2:本件発明2は,解除片が,「当該上端部は前記部品保持部の前記両側の側面一部に近接配置されるとともに,前記スナップ片が前記透孔に嵌合されたときに当該両側の側面一部に当接される構成である」のに対して,引用発明1は,解除片の上端部が部品保持部の両側の側面一部に近接配置されておらず,スナップ片が透孔に嵌合されたときに当該両側の側面一部に当接されない点
4 取消事由
(1) 相違点1についての判断の誤り(取消事由1)
(2) 相違点2についての判断の誤り(取消事由2)
(3) サポート要件についての判断の誤り(取消事由3)
第3当事者の主張
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について
〔原告の主張〕
本件審決は,引用発明1の一対の押圧操作片について,「上端部は前記部品保持部の前記両側の側面一部に連結されている」構成とすることについて,動機付けが存在しないから,本件発明1と引用発明1の相違点1について,引用発明1に引用例2ないし5に記載された技術を組み合わせることにより容易に想到し得ないと判断した。
しかしながら,引用例1の【0004】には,バックル部は左右方向に繰り返して揺さぶられることがよくあり,しかも,引用発明1における可動係止片は拡縮自在で撓みやすいという問題点が指摘されており,バックル部の左右方向の動きを安定化する構成の必要性が示唆されているのであるから,本件発明1におけるように「上端部は前記部品保持部の前記両側の側面一部に連結されている」とする構成を採用する動機付けが存在する。また,引用発明1において,一対の押圧操作片の上端部がバックル部2の両側の側面の一部に連結されれば,バックル部自体の左右方向の動きが安定するのだから,連結部がなかった場合に比べて左右に揺さぶられる幅が小さくなる分,押圧操作片を伝達して係合段部が外れる可能性は高くないから,上記のように連結することに阻害要因があるともいえない。
そして,引用例4及び5には解除片が記載されているのであるから,本件特許出願時における当業者が,引用発明1にこれらの解除片を組み合わせることにより,本件発明1の相違点1に係る構成を採用することは容易である。
したがって,本件発明1は,引用発明1に引用例2ないし5に記載された技術を組み合わせることにより,当業者が容易に発明をすることができたものというべきであり,本件審決の判断は誤りであるから,同審決は取り消されるべきである。
〔被告の主張〕
原告は,引用例1の【0004】の記載から,引用発明1においてバックル部の左右方向の動きを安定化する構成の必要性が示唆されていると主張する。
しかしながら,引用発明1は,バックル部2が揺さぶられても係合段部が外れることはなく,バックル部の揺動を一対の拡縮変形自在な可動係止片で吸収することによって係合状態を堅持し,抜け出ることはないという作用効果を有するのであって,いわば柔構造を有することがその特徴であるといえるから,引用発明1においてあえてバックル部が揺さぶられることを防止するための構成を採用する動機付けはない。
また,引用例4の「係合解除腕」は,「脚片」の機能をも備えているものであるから,本件審決が引用発明1に引用例4の「係合解除腕」を適用すると「脚片」を有しない発明が導出されるとした点に誤りはなく,引用例5において原告が「解除片」と主張する部分は側壁によって覆われて直接アクセスできないようになっているのであるから,引用例5が「解除片」を備えたものであるということはできない。
以上のとおり,原告の主張はいずれも誤りであり,本件審決の判断に誤りはないから,取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について
〔原告の主張〕
本件審決は,引用例2,3,6及び7には,部品保持部と独立した「解除片」を有する構造について,その記載も示唆もないとし,引用発明1とこれらの引用例に記載された技術を組み合わせても本件発明2の相違点2に係る構成とすることはできないと判断した。
しかしながら,引用発明1において,バックル部の左右方向の動きを安定化する構成の必要性が示唆されていることは上記1の〔原告の主張〕のとおりである上,引用例3,6及び7の記載から,「係合脚部がパネル等の基板の透孔に嵌合されたときに,部品保持部近傍に当接する部材を有する構造」自体は周知の技術であり,本件発明2に周知の技術を適用して相違点2に係る構成とすることは,単なる設計変更にすぎない。また,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明2の「解除片」について,庇部によって上端部が抑えられることにより「つっかい棒」の機能を果たすと記載されているものの,その特許請求の範囲には,「当該上端部は前記部品保持部の前記両側の側面一部に近接配置されるとともに,前記スナップ片が前記透孔に嵌合されたときに当該両側の側面一部に当接される構成」とされているのみであり,庇部に相当する構成を備えるものではないから,「つっかい棒」の機能を果たすものではなく,本件発明2の「解除片」の構成が顕著な効果を奏するものでもない。
したがって,相違点2に係る構成は,周知の技術を適用することによる単なる設計変更にすぎず,本件審決の判断は誤りであるから,同審決は取り消されるべきである。
〔被告の主張〕
引用発明1においてバックル部の左右方向の動きを安定化する構成の必要性が示唆されているということができない点については,上記1の〔被告の主張〕のとおりである。
そして,引用例3,6及び7に記載されている当接するとされる各部材が「解除片」ではないことについては,原告も認めるところであるから,これらの部材の構成を引用発明1に適用しても相違点2に係る構成をすることはできない。
また,原告は,本件発明2が本件明細書に記載されている庇部のような構成を備えるものではないことから,「解除片」が「つっかい棒」の機能を果たすものではないとも主張するが,「つっかい棒」の効果とは,ロック部が傾斜する際にロック部の傾倒力が解除片に伝えられて解除片を「長さ方向に縮む方向の変形」を生じさせる力となるが,この力の反作用として解除片とロック部との当接部分に当該当接面に垂直に力が作用することによって,解除片はロック部が傾斜しないように支える方向の力をロック部に加えることをいうのであって,解除片とロック部の当接部分には,必ず零より大きな静止摩擦係数が存在するので,この摩擦力によって解除片の上端部がロック部の側面との間の滑りを抑制するのであるから,「庇」が必須部材ではないことは自明である。
以上のとおり,原告の主張はいずれも誤りであり,本件審決の判断に誤りはないから,取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(サポート要件についての判断の誤り)について
〔原告の主張〕
本件審決は,本件発明2の解除片の上端部はロック部の傾斜を抑制する「つっかい棒」としての機能を有すると認められるから,庇部が存在しない本件発明2が,発明の詳細な説明に記載された課題を解決し得ないものであるとはいえないと判断した。
しかしながら,本件発明2の解除片がこのような「つっかい棒」の機能を果たすものでないことは上記2の〔原告の主張〕のとおりであり,本件審決の判断は誤りであるから,同審決は取り消されるべきである。
〔被告の主張〕
本件発明2の解除片が「つっかい棒」の機能を果たすものであることについては,上記2の〔被告の主張〕のとおりである。
したがって,原告の主張は誤りであり,本件審決によるサポート要件についての判断に誤りはないから,取消事由3は理由がない。
第4当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について
原告は,本件審決が,引用発明1の押圧操作片について,「上端部は前記部品保持部の前記両側の側面一部に連結されている」構成とすることについて,動機付けが存在しないとし,相違点1について,引用発明1に引用例2ないし5に記載された技術を組み合わせることにより容易に想到し得ないと判断したことは誤りであると主張するので,以下,この点について検討する。
(1) 引用発明1
引用発明1が第2の3(2)のとおりのものであることは,当事者間に争いはない。
(2) 引用例1の記載
引用例1(甲2)には,発明の詳細な説明として,次の各記載がある。
【0001】【発明の属する技術分野】 本発明は,車両のボディーパネル等の取付パネル上に這わす電線やケーブル等を結束し保持するのに用いられる合成樹脂製結束具に関する。
【0002】【従来の技術】 この種の合成樹脂製結束具としては,例えば,図4及び図5に示されるようなものがある。図4にその正面図が示されるように,その合成樹脂製結束具はバンド部20と,このバンド部20の基端に連設され,該バンド部20の先端が挿通されるバンド挿通孔21を有するバックル部22と,このバックル部22の前記バンド部20とは反対側に一体に突設され矢形状の係止脚部23とから構成される。係止脚部23は前記バックル部22から垂設された固定係止片24と,この固定係止片24の先端からバックル部22に向けて折り返し状に形成された拡縮変形自在な可動係止片25とから構成される。固定係止片24及び可動係止片25のそれぞれの中途部には係合段部26,27を設けている。可動係止片25の自由端側には押圧操作片28が形成され,バックル部22には安定脚片29が固定係止片24の係合段部26と対向するよう延出状に形成されている。
【0003】 この結束具は,図5に示すように,係止脚部23を取付パネル12の取付孔14に挿入することにより可動係止片25が取付孔14によって縮小変形され,安定脚片29と押圧操作片28の端部が取付パネル12の表面側に当接したところで可動係止片25が弾性復元力で拡開変形し,可動係止片25の係合段部27及び固定係止片24の係合段部26が取付孔14のエッジ部14aに係合することで抜け止め状に固定される。そして,取付パネル12上の電線等の被結束物13にバンド部20を巻き付け,このバンド部20の先端部をバックル部22の正面側からバンド挿通孔21に挿通して背面側へ突出させる。すると,バンド部20がバンド挿通孔21内の係合爪30に抜け止め状態に係合し,これにより被結束物13が結束状態に保持される。この取付け状態から結束具を取り外すには,押圧操作片28のみを押圧操作して可動係止片25を固定係止片24に近接するよう縮小変形させることで係止脚部23を取付孔14から抜き出すことができる。
【0004】【発明が解決しようとする課題】 しかるに,係止脚部23の片側の可動係止片25のみを拡縮変形自在とする上記結束具では,結束時あるいは結束後に被結束物13等の外力によりバックル部22がバンド部20ごと左右方向(図5中の矢印a)に繰り返して揺さ振られることがよくあるが,こうした場合,拡縮変形自在な可動係止片25は撓むことで前記揺さ振りを吸収し易いが,バックル部22に対し剛体状に形成された固定係止片24は前記揺さ振りを受けることにより該固定係止片24の係合段部26が鋼板製の取付パネル12の取付孔14のエッジ部14aで削られてしまい(図5中の部分拡大図において破線Sで削られた部分を示す。),取付孔14から抜け出たり,引抜き強度を弱くするといったデメリットがあった。
【0005】 本発明の目的は,このような問題を解決するためになされたもので,取付パネルの取付孔に対する抜止めロック状態の安定化,引抜き強度の向上を図れる電線等の合成樹脂製結束具を提供することにある。
【0006】【課題を解決するための手段】 本発明の合成樹脂製結束具は,バンド部と,このバンド部の基端に連設され,該バンド部の先端部が挿通されるバンド挿通孔及びこの挿通孔内に突設され該バンド部に抜止め状に係合する係合爪を有するバックル部と,このバックル部の前記バンド部とは反対側に一体に突設され,取付パネルの一側面から取付孔に挿入される矢形状の係止脚部とを備えており,前記係止脚部は,前記バックル部から垂設された支柱と,この支柱の先端からバックル部に向けて折り返し状に形成された一対の拡縮変形自在な可動係止片とから構成され,各可動係止片の中途部には前記取付パネルの取付孔と抜止め状に係合する係合段部を設けており,各可動係止片の自由端側には押圧操作片を形成するとともに,前記取付パネルの一側面上に対し当接する弾性変形自在な安定脚片を各可動係止片8の側方へ向けて延出するよう延出形成してあることに特徴を有するものである。
【0007】【作用】 係止脚部は,取付パネルの一側面から取付孔に挿入することにより両方の可動係止片が取付孔によって互いに近接するよう縮小変形され,安定脚片が取付パネルの一側面に当接したところで両方の可動係止片が弾性復元力で互いに離間するよう拡開変形し,両方の可動係止片の係合段部が取付孔のエッジ部に係合することで抜け止め状に固定されることになる。
【0008】 結束時あるいは結束後に強引にバックル部が左右に揺さ振られるようなことがあっても,一対の可動係止片は双方共に支柱に対し拡縮変形自在に連接されているので,バックル部は支柱の可動係止片との連接部を支点にして左右に傾くだけで,両方の可動係止片を揺り動かすことは殆どない。したがって,両方の可動係止片は係合段部を取付孔のエッジ部に係合した状態をそのまま堅持し得るため,取付孔から抜け出ることはなく,係止脚部の安定した抜止めロック状態が得られ,また引抜き強度を向上することができる。
(3) 引用発明1における技術思想
上記(1)の引用発明1の構成及び同(2)の引用例1の発明の詳細な説明の記載によると,引用発明1においては,従来技術のような係止脚部の片側の可動係止片のみを拡縮自在とする結束具では,外力によりバックル部がバンド部ごと左右方向に繰り返して揺さぶられ,可動係止片と反対側の固定係止片は揺さぶりを吸収しにくいため,固定係止片の係合段部が取り付けられたパネルのエッジで削られ,引き抜き強度を弱くするというデメリットがあるという課題を解決するために,引用発明1の構成を採用したというのであり,「係止脚部は,前記バックル部から垂設された支柱と,この支柱の先端からバックル部に向けて折り返し状に形成された一対の拡縮変形自在な可動係止片とから構成され」との構成を採用することにより,バックル部が左右に揺さぶられるような外力が加わった場合に,バックル部が支柱の可動係止片との連接部を支点にして左右に傾くことによってその外力を吸収する構造とし,上記課題を解決するものであるというのである。
そうすると,引用発明1における技術思想の中核は,バックル部に加わる外力を支柱と可動係止片の連接部を支点とする動きによってできる限り吸収し,バックル部の動きを可動係止片に伝達しにくくする構成を採用することにより,結束具の引き抜き強度を向上させることにあるということができる。
(4) 相違点1に係る構成を採用することの可否
引用発明1の構成を前提として,本件発明1の解除片についての相違点1に係る構成である「上端部は前記部品保持部の前記両側の側面一部に連結されている」との構成を採用すると,引用発明1のバックル部と可動係止片の上端部が連結されることになるから,バックル部に加わる外力を支柱と可動係止片の連接部において吸収しにくくなることは自ずと明らかである。
そうすると,引用発明1において,本件発明1の相違点1に係る構成を採用することは,引用発明1の技術思想の中核部分と相反するものであり,引用発明1に接した当業者が上記相違点1に係る構成を採用することは,その動機付けを欠くものであるということができるばかりでなく,阻害要因があるとさえいうことができる。
原告は,引用例1の記載において,バックル部2の左右方向の動きを安定化する構成の必要性が示唆されていると主張するが,引用発明1の技術思想については上記(3)のとおりであるから,原告の主張を採用することはできない。
(5) 小括
以上によると,本件審決が,引用発明1の解除片について,「上端部は前記部品保持部の前記両側の側面一部に連結されている」構成とすると,当該発明について記載された作用効果に反することによるから,そのような構成を当業者があえて採用する動機付けは存在しないと判断したことに誤りはなく,他の引用例において相違点1に係る構成が記載されているとしても,そのような構成を採用することによって,本件発明の相違点1に係る構成とすることが容易であると判断する余地はないというべきである。
したがって,取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について
原告は,要するに,相違点2に係る構成は周知の技術を適用することによる単なる設計変更にすぎないとして,本件審決の判断は誤りであるというので,この点について検討する。
(1) 左右方向の動きを安定化する構成の必要性
原告は,まず,引用例1において,引用発明1のバックル部の左右方向の動きを安定化する構成の必要性が示唆されているとの主張を前提として,本件発明2と引用発明1の相違点である上記第2の3(2)の相違点2についての本件審決の判断が誤りであると主張する。
しかしながら,原告の主張の上記前提部分を採用することができないことは,上記1(4)のとおりである。
したがって,取消事由2に係る原告の主張も採用することはできい。
(2) 周知の技術の適用の前提
原告は,次に,引用例3,6及び7の記載から,「係合脚部がパネル等の基板の透孔に嵌合されたときに,部品保持部近傍に当接する部材を有する構造」自体は周知の技術であり,本件発明2に周知の技術を適用して相違点2に係る構成とすることは,単なる設計変更にすぎないと主張する。
しかしながら,仮に引用例3,6及び7に原告が主張するような周知の技術について記載があるとしても,当該周知の技術であるという「係合脚部がパネル等の基板の透孔に嵌合されたときに,部品保持部近傍に当接する部材を有する構造」を引用発明1に採用すると,バックル部に加わる外力を支柱と可動係止片の連接部において吸収するという引用発明1における中核的な効果を低減させる結果となることは,引用発明1に係る係止構造の構成に照らし明らかであるから,原告の主張を採用することはできない。
なお,原告は,本件発明2の「解除片」について,本件明細書の特許請求の範囲には,「当該上端部は前記部品保持部の前記両側の側面一部に近接配置されるとともに,前記スナップ片が前記透孔に嵌合されたときに当該両側の側面一部に当接される構成」と記載されているのみであり,必ずしも発明の詳細な説明に記載されているような「つっかい棒」の機能を果たすものではないとも主張するが,この主張は,上記のような構成を採用しても「つっかい棒」の機能を果たすものではなく,上記記載に係る構成は,発明の具体的な効果と関連しない設計的事項であるとの趣旨に解するほかなく,そうであれば,上記において検討した主張と同旨のものということができるところ,このような構成の採用が引用発明1における中核的な効果を低減させることについては上記のとおりであるから,原告の主張を採用することはできない。
(3) 小括
以上によると,取消事由2に係る原告の主張はいずれも採用することができないから,取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(サポート要件についての判断の誤り)について
原告は,上記2(2)のとおり,本件発明2の「解除片」について,特許請求の範囲には「当該上端部は前記部品保持部の前記両側の側面一部に近接配置されるとともに,前記スナップ片が前記透孔に嵌合されたときに当該両側の側面一部に当接される構成」とされているのみであり,必ずしも本件明細書にあるような「つっかい棒」の機能を果たすものではないとし,本件発明2は発明の詳細な説明に記載されたものではなく,本件特許出願はサポート要件を欠くものであると主張するので,以下,この点について検討する。
(1) 本件明細書の記載
本件明細書には,本件発明2の効果,解除片の「つっかい棒」のような機能及び本件発明2の実施例である実施例6について,以下の各記載がある。
【0007】 本発明のスナップ構造によれば,スナップ片による透孔の嵌合状態を基板の表面側から解除するための一対の解除片を,スナップ片にそれぞれ下端部が連結され,当該下端部から上端部に沿って若干外側に膨らんだ形状とし,当該上端部が部品保持部の側面一部に連結する構成としているので,あるいはスナップ片を基板の透孔に嵌合したときに当該解除片の上端部が部品保持部の側面一部に当接する構成としているので,スナップ構造をシャーシ等の透孔に嵌合したときに,実装用部品が傾斜されようとしても解除片が変形され難いために実装用部品の傾斜を抑制し,スナップ片の縮径が防止されてスナップ部の離脱を防止することができる。これにより,解除片の弾性力を弱くして基板の透孔に実装用部品を取着する作業及び当該実装用部品の離脱作業を容易に行うことができ,環境問題の解決策として電気製品のプリント基板や配線をシャーシやパネル等から解体する際の作業を容易にする一方で,取着した実装用部品が基板から簡単に離脱することがなく,部品実装の信頼性を向上した各種電子機器を得ることが可能になる。
【実施例1】【0016】 また,このケーブルタイ1では,図7に示すように,シャーシ2に取着した状態において,例えば,ケーブルが移動される等の外力がケーブルタイ1に加わるとケーブルタイ全体がシャーシ2に対して傾斜されようとする。そして,ロック部20の傾斜に伴ってスナップ部30のポスト31が一対のスナップ片32,32が存在する立面方向に沿って傾斜されると,図18(b)の従来例の場合と同様に一方のスナップ片32がポスト31側に大きく変形され,他方のスナップ片32が透孔3から外れて離脱されてしまうおそれが生じる。しかしながら,この実施形態のケーブルタイでは,スナップ部30が傾斜され始めると,図8(a),(b)に正面図とシャーシ面に沿ったCC線断面図を示すように,僅かな角度だけ傾斜された時点でポスト31の両側のストッパ部36の衝接部38の外側面が必ず透孔3の内縁部に衝接する状態となり,同時にその直上の当接部37が透孔3の開口縁部においてシャーシ2の上面に当接する状態となる。そのため,このストッパ部36が透孔3やシャーシ2と当接することによってポスト31がそれ以上傾斜することが阻止され,スナップ片32,32が内側に変形されることが防止されるため,スナップ部30が透孔3から離脱されることはない。
【0017】 また,これと同時にケーブルタイ1の傾斜に伴って特に傾斜方向の下側に位置する解除片35は外側に撓む方向に変形されようとするが,当該解除片35の上端部はロック部20に連結されているので,解除片35の変形は長さ方向に縮む方向の変形となり,解除片35はいわゆる「つっかい棒」のように機能するため,ロック部20ないしケーブルタイ1が傾斜され難くなる。
【実施例6】【0028】 図13は実施例6であり,ここでは解除片35,35の上端部351,351をロック部20から切り離した構造としたことが特徴とされている。すなわち,解除片35,35の上端部351,351を幾分内側に曲げた構造とし,この上端部351,351をロック部20の筒状部21の上面に設けた庇部211,211の下側に配設したものである。その他の構成は実施例1と全く同じである。
【0029】 この実施例6では,解除片35,35の上端部351,351がロック部20に連結されていないため,解除片35,35をより内側に向けて変形し易くされている。しかしながら,図示は省略するが,スナップ部30を透孔に挿入した状態では,解除片35,35の上端部351,351はロック部20の各側面に当接される構成となっているため,挿入した状態は図4及び図6に示したと同様な状態となる。したがって,スナップ部30を透孔3から取り外すときには,解除片35,35を両側から指で掴むことで,離脱することが可能である。また,スナップ部30がシャーシの透孔内に内装された状態で傾斜されようとしたときには,ストッパ部36の作用によって傾斜が抑制され,スナップ部30の離脱が防止されることは実施例1と同じである。また,挿入した状態のときには解除片35,35の各上端部351,351がロック部20に当接されており,ロック部20が傾斜する際に解除片35,35が変形され難いため,ロック部20の傾斜を抑制することも同様である。
(2) サポート要件についての検討
原告が指摘する本件発明における「つっかい棒」のような機能は,解除片の上端部がロック部に連結されている実施例1の機能として説明されているところ,特許請求の範囲の記載から,実施例1が本件発明1の実施例であることは明らかである。
また,上記(1)の記載によると,本件発明2は,上記構成を採用することによって,「解除片の弾性力を弱くして基板の透孔に実装用部品を取着する作業及び当該実装用部品の離脱作業を容易に行うことができ,環境問題の解決策として電気製品のプリント基板や配線をシャーシやパネル等から解体する際の作業を容易にする一方で,取着した実装用部品が基板から簡単に離脱することがなく,部品実装の信頼性を向上した各種電子機器を得ることが可能になる」との効果を奏するものであるというのであるから,本件発明2は本件発明1の奏する基本的な効果を奏しつつ,上記構成を採用することによって,解除片の弾性力を弱くすることによる中間的な効果をねらった発明であるということができる。
もっとも,特許請求の範囲の記載から本件発明2の実施例であることが明らかな実施例6についての記載においては,本件発明1の実施例である実施例1についての「つっかい棒」のような機能についての直接的な説明は存在しない。
しかしながら,上記(1)によると,実施例6においては,「当該上端部は前記部品保持部の前記両側の側面一部に近接配置されるとともに,前記スナップ片が前記透孔に嵌合されたときに当該両側の側面一部に当接される構成」を採用することによる効果としては,「スナップ部30を透孔3から取り外すときには,解除片35,35を両側から指で掴むことで,離脱することが可能である。」及び「挿入した状態のときには解除片35,35の各上端部351,351がロック部20に当接されており,ロック部20が傾斜する際に解除片35,35が変形され難いため,ロック部20の傾斜を抑制する」等が挙げられており,これらのいずれについても本件発明1の実施例である実施例1と同様であるとされている。
そして,本件発明2において,スナップ部を透孔に挿入した状態では,解除片の上端部はロック部の各側面に当接され,その当接部分には,必ず一定の静止摩擦係数が存在するのであるから,特許請求の範囲の【請求項2】の記載を前提とすると,脚片の存在と相まって,本件発明2の構成が上記の各機能を発揮することは明らかである。
原告は,本件発明2は実施例6における庇部に相当する構成を備えるものではないから「つっかい棒」のような機能を果たすものではないとも主張するが,庇部が存在しない場合であっても,本件発明2の構成によれば,解除片の上端部とロック部の各側面の各当接点において一定の静止摩擦係数が存在するのであり,実施例6に記載された上記各機能を発揮するというべきであるから,原告の主張を採用することはできない。
したがって,本件発明2は本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明であるということができる。
(3) 小括
以上によると,本件特許出願がサポート要件を欠くものということはできず,本件審決の判断に誤りはないから,取消事由3は理由がない。
4 結論
以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。
(裁判長裁判官 滝澤孝臣 裁判官 高部眞規子 裁判官 杜下弘記)