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知財高等裁判所 平成21年(行ケ)10192号 判決 2010年3月02日

原告

カーファクトリーロジカル株式会社

同訴訟代理人弁理士

真田有

山本雅久

被告

特許庁長官

同指定代理人

小林義晴

手島聖治

廣瀬文雄

小林和男

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2004-9563号事件について平成21年6月9日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,原告が名称を「売買データ処理装置,売買データ処理方法,売買データ処理プログラムを格納したコンピュータ読取可能な記録媒体及びサーバ」(当初の名称は,「売買データ処理装置,売買データ処理方法,売買データ処理プログラムを格納したコンピュータ読取可能な記録媒体,値引きサービス方法及びサーバ」であった。)とする発明につき特許出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたが,請求不成立の審決を受けたことから,その取消しを求めた事案である。

争点は,上記発明が,特開2000-149147号公報(甲1。以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び周知技術から容易に想到することができるか否かである。

1  特許庁における手続の経緯

原告は,平成12年11月13日,上記発明につき出願し(特願2000-345195号。甲4)(国内優先権主張:平成12年6月15日及び同年9月18日),平成15年10月23日付けで補正をした(甲5)が,特許庁は,平成16年3月29日付けで拒絶査定をした。

原告は,同年5月6日,上記拒絶査定に対する不服審判請求をし,同日付け,平成20年11月27日付け,平成21年1月30日付けで,それぞれ補正をした(甲6ないし8)。

特許庁は,上記審判請求を不服2004-9563号事件として審理し,平成21年6月9日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月23日,原告に送達された。

2  本願発明の内容

本願発明は,平成21年1月30日付けの手続補正により補正された明細書の特許請求の範囲の請求項1ないし18に記載されたものである(以下,請求項4に記載されたものを「本願発明」という。請求項1ないし3,5ないし18は省略する。)。

【請求項4】

「売買データを処理する売買データ処理装置であって,

特定の買い手の売買データを記憶する記憶手段と,

前記記憶手段に記憶されている売買データを読み出し,読み出された売買データが予め設定された複数の特定日のうち少なくとも2日又は予め設定された複数の特定期間のうち少なくとも2つの期間の売買データを含むか否かを判定する判定手段と,

前記判定手段によって少なくとも2日又は少なくとも2つの期間における売買データを含むと判定した場合に,前記各特定日毎又は前記各特定期間毎に売買データを読み出して,前記各特定日毎又は前記各特定期間毎の合計金額を算出する合計金額算出手段と,

前記合計金額算出手段によって算出された前記各合計金額の中から最も額の低い金額を検索し,検索された最低合計金額に相当する金額をそのまま又は増額若しくは減額して,売買された全商品の総合計金額に対しての値引額として設定する値引額設定手段とを備えることを特徴とする,売買データ処理装置。」

3  審決の内容

審決は,次のとおり,引用発明及び周知技術から本願発明を想到することは容易であったとして,本願発明は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

(1)  引用発明の内容

「引用例1(判決注:引用例を指す。)には,『販売促進サービスを提供するためのデータ処理であって,顧客毎の商品の取引日時,販売金額,販売点数等の情報を記録しておき,所定期間における顧客毎の売上総額又は売上点数の累積値を集計し,この集計値が,予め設定されたどのレベルの範囲にあるかにより,優待ランクを設定し,そのランクに基づいて商品の値引額を設定するもの。』(以下「引用発明」という。)が開示されているといえる。」

(2)  引用発明と本願発明の一致点及び相違点

ア 一致点

「売買データを処理する売買データ処理装置であって,

特定の買い手の売買データを記憶する記憶手段と,

前記記憶手段に記憶されている売買データから,所定期間の売買データを読み出して当該所定期間の合計金額を算出する合計金額算出手段と,

前記合計金額算出手段によって算出された合計金額に基づいて,売買された合計金額に対しての値引額を設定する値引額設定手段とを備える,

売買データ処理装置。」

イ(ア) 相違点1

「本願発明では,所定期間の読み出された売買データが予め設定された複数の特定日のうち少なくとも2日又は予め設定された複数の特定期間のうち少なくとも2つの期間の売買データを含むか否かを判定する判定手段を有しているのに対し,引用発明は,このような判定手段を備えていない点。」

(イ) 相違点2

「本願発明の合計金額算出手段は,当該判定手段によって少なくとも2日又は少なくとも2つの期間における売買データを含むと判定された場合に,前記各特定日毎又は前記各特定期間毎に売買データを読み出して,前記各特定日毎又は前記各特定期間毎の合計金額を算出する処理をするものであるのに対し,引用発明の合計金額算出手段は,このような処理をしていない点。」

(ウ) 相違点3

「本願発明の値引額設定手段は,当該合計金額算出手段によって算出された前記各合計金額の中から最も額の低い金額を検索し,検索された最低合計金額に相当する金額をそのまま又は増額若しくは減額して,売買された全商品の総合計金額に対しての値引額として設定する処理をするものであるのに対し,引用発明の値引額算出手段は,このような処理をしていない点。」

(3)  容易想到性について

ア 引用例2(特開平8-202955号公報)(甲2)の記載内容

「引用例2には,来店頻度が少なかったり1回きりの客と来店頻度の多い客とで値引きの内容を異ならせるために,客別来店管理データ記憶手段と,間隔別値引きデータ記憶手段と,来店日読出手段と,来店間隔算出手段と,値引きデータ選択手段と,値引き処理実行手段とで,データ処理装置を構成し,これに客番号を入力すると,来店当日と先の来店日とから来店間隔が算出されるとともに,当該値引きデータを選択し,この選択された値引きデータを用いて値引きの処理を実行するものが開示されている。」

イ 引用例3(特開平11-191183号公報)(甲3)の記載内容

「引用例3には,少来店・高売上の顧客と小売上・多数回来店の顧客とで,ポイントサービスの内容を異ならせて,顧客の購買行動を店舗の望む方向に誘導するために,顧客の購買データ(顧客がいつ買ったか,何回買ったか,いくら買ったか)を用い,所定の評価基準に基づいてポイント点数を設定するようにしたシステムが開示されている。そして,これらの処理は,CPUとデータベースを備えたポイント集計センターで行われる。」

ウ 本願基準時前の技術常識

「引用例2,3の以上の記載から,顧客情報,販売日時,販売額,販売数等の販売データに基づいて販売促進サービスを決定するための販売データ処理装置であって,販売データに基づいて店舗が望む購買行動を示す顧客を特定し,所定の評価基準に基づいて当該顧客に対する値引き額等を算出することによって,サービスの内容を顧客ごとに異ならせ,顧客の購買行動を店舗の望む方向に誘導しようとするものは,本願の優先日前に知られていたこと,そして,サービス内容の具体的な決定手法には,来店間隔を計算してそれに基づいて値引きサービスをすることにより来店頻度が多くなるように顧客を誘導するもの(引用例2),少来店・高売上の顧客と小売上・多数来店の顧客とでポイントサービスの点数を異ならせることにより,店舗が望む方向に顧客を誘導するもの(引用例3)など,多様なものがあったことが分かる。

一方で,サービスの内容は多様であるものの,これらを実現するための処理の内容は,いずれも,顧客情報,取引日時,取引額,取引数量等の販売データの収集,収集した販売データの記録,所定の条件を満たすデータの検索,データの比較・照合,一定範囲のデータの集計等,販売データ処理装置が普通に備える機能の範囲内のものであることが理解できる。

なお,この点,引用発明も同じである。」

エ 相違点1ないし3についての検討

(ア) 「本願発明は,各営業日毎の売上額の変動をできるだけ抑制し,全営業日における売上額が平均化されるようにして,安定的な営業の継続を確保すること等を目的とするものであって,買い手の売買データを読み出し,売り手の営業日である複数の特定日(例えば,ある月の1日から30日とか,ある月の第1,第2,第3,第4日曜日など)又は特定期間のうち,少なくとも2日又は複数の特定期間における売買データを含むか否かを判定し,含むと判定した場合は,各特定日ごと(例えば,ある月の1日から30日のそれぞれの日)又は特定期間ごとに売買データを読み出して,各特定日又は特定期間ごとの合計金額を算出し,算出された各合計金額の中から,最も低い金額を検索し,検索された最低合計金額に相当する金額を,そのまま又は増額若しくは減額して,売買された全商品の総合計額に対しての値引き額として設定するというものである。

上記の一連の処理は,一見,複雑なように見えるが,その内容は,ある買い手が,複数の特定日又は特定期間のうち2以上の日又は期間に売買をした記録があるかどうかを調べ,記録がある場合は,各特定日又は特定期間の売買データを読み出して,各特定日又は特定期間ごとの合計金額を算出し,これらの合計金額の中から最も低い金額に基づいて,売買された全商品の総合計金額に対する値引き額を設定するというものである。」

(イ) 「一方,・・・引用発明は,『売買データを処理する売買データ処理装置であって,特定の買い手の売買データを記憶する記憶手段と,前記記憶手段に記憶されている売買データから,所定期間の売買データを読み出して当該所定期間の合計金額を算出する合計金額算出手段と,前記合計金額算出手段によって算出された合計金額に基づいて,売買された合計金額に対しての値引額を設定する値引額設定手段とを備える,売買データ処理装置。』である点で,本願発明と共通する。

引用発明も,顧客情報,取引日時,取引額,取引数量等の販売データを有し,予め設定されたルールに基づいて,データの検索,所定のデータの比較・照合,一定範囲のデータの集計等,売買データの処理に必要な機能を備えるものである。」

(ウ) 「・・・本願の出願日前において,販売戦略として,来店間隔を計算してそれに基づいて値引きサービスをすることにより来店頻度が多くなるように顧客を誘導するもの(引用例2),少来店・高売上の顧客と小売上・多数来店の顧客とでポイントサービスの点数を異ならせることにより,店舗が望む方向に顧客を誘導するもの(引用例3)など,多様なものが知られており,これらは,いずれも,顧客情報,取引日時,取引額,取引数量等の販売データの収集,収集した販売データの記録,所定の条件を満たすデータの検索,データの比較・照合,一定範囲のデータの集計等の機能を備えた販売データ処理装置で実施できるものであった。」

(エ) 「一定期間(例えばひと月)の間に,一定額以上の取引を複数日において行なう顧客を優遇することにより,日ごとの取引量が一定以上になるように得意客を誘導し,営業の安定を図るということは,商業を営む者が考慮しうる営業上の一手法である。そして,この営業手法を販売データ処理装置による売買データの分析により実施する場合の手順として,顧客情報,取引日時,取引額,取引数量等が記録された販売データを調べ,ある顧客について,一定期間に複数日の取引があるかどうかを調べ,ある場合は,それぞれの取引日における合計取引額を調べ,その結果,取引額の変動が大きかったり,少額の取引が含まれていた顧客に対しては薄く,各取引の取引額が一定以上の者に対してはより厚く値引きサービスを提供するようにすることは,上記の販売データ処理装置の技術水準照らして,当業者が自然に思いつくことである。値引きサービスの基準額として,所定期間の取引の総合計額によらず,もっとも低い取引金額とすることは,顧客の購買行動を望む方向に誘導するための値引きサービスの仕方の問題であり,ここに,解決しなければならない技術的課題や,技術的困難は見いだせない。

なお,上記の内容の処理は,時間はかかるものの,人手で行うこともできる。」

(オ) 「そして,引用発明に係る売買データ処理装置を,上記(4)(判決注:上記(エ))の内容を処理するように設計変更した場合,相違点1~3のすべての構成が充足される。したがって,上記相違点1~3に係る構成は,引用発明に係る売買データ処理装置に,商取引における営業上の考察に基づく設計変更を加えることにより,当業者が容易に到達できたものといえる。」

(カ) 「なお,本願発明において,『記憶手段に記憶されている売買データを読み出し,読み出された売買データが予め設定された複数の特定日のうち少なくとも2日又は予め設定された複数の特定期間のうち少なくとも2つの期間の売買データを含むか否かを判定する判定手段』として規定している内容を見ても,『記憶手段に記憶されている売買データを読み出し,読み出された売買データが予め設定された複数の特定日のうち少なくとも2日又は予め設定された複数の特定期間のうち少なくとも2つの期間の売買データを含むか否か』を調べる処理を行う機能を,『判定手段』と呼称しているだけであり,このような処理を行うために特に適した装置としての『判定手段』が存在するわけではない。」

(判決注:審決において,本願発明の「売買データ処理装置」につき「販売データ処理装置」と記載した部分があるが,実質的に「売買データ処理装置」を指すものと解されるところ,表記の統一のため,「販売データ処理装置」とあるのを「売買データ処理装置」と読み替え,当事者の主張部分についても同様に読み替えることとする。)

第3原告主張の要旨

審決は,以下のとおり,相違点1ないし3についての容易想到性の判断を誤ったものであり,違法として取り消されるべきである。

1  取消事由1(「営業上の一手法」認定の誤り)

(1)  本願発明は,各営業日ごとの売上額の変動をできるだけ抑制し,全営業日における売上額が平均化されるようにして,安定的な営業の継続を確保すること等を目的とするものである。すなわち,本願発明は,一定額以上の取引を複数日において行う顧客を優遇することにより,日ごとの取引量が一定以上になるようにするものではなく,全営業日における売上額が平均化されるようにするものである。

したがって,審決の「一定期間(例えばひと月)の間に,一定額以上の取引を複数日において行う顧客を優遇することにより,日ごとの取引量が一定以上になるように得意客を誘導し,営業の安定を図るということは,商業を営む者が考慮し得る営業上の一手法である」旨の認定は,本願発明と関係のない営業上の一手法を認定したものであって,これを根拠に,相違点1ないし3のすべての構成が充足されると判断したのは誤りである。

(2)  「営業の安定化を図る」ことが課題であることを主張しても,本願発明の課題(各営業日ごとの売上額の変動を抑制し,全営業日における売上額が平均化されるようにして,安定的な営業の継続を確保すること)が公知,周知又は自明であったことの主張立証にはならない。

なお,乙1では,パソコンを貸し出すことの対価を,月額1万円以上の買い物によって支払わせるようにすることで,毎月の売上げが安定化するにすぎず,毎月の売上げが安定化するようにユーザーを優遇することで,ユーザーを誘導しているわけではない。さらに,乙1では,日ごとの売上げについて何ら考慮しておらず,一定額以上の買い物を各日において行うユーザーを優遇することで,日ごとの売上げを安定させることも可能であるとはいえない。

(3)  以上のとおり,乙1は,審決が認定した「営業上の一手法」が周知の確立された営業上の一手法であることを示す証拠として適性がなく,審決は,何ら証拠を挙げずに「営業上の一手法」を認定したことになる。そして,本願発明の課題が営業上の一手法であった点についても,何ら主張立証がなく,これが公知,周知又は自明の課題であったという事実もない。

2  取消事由2(売買データ処理装置の技術水準及び営業手法の処理手順の認定の誤り)

(1)  審決は,売買データ処理装置の技術水準を,引用例2及び3(甲2,3)に基づいて認定している。

しかし,引用例2には,来店頻度の高い固定客に値引きサービス上の差別化待遇を与えることを目的として,来店間隔に応じた値引きサービスを提供することが記載されているにすぎない。また,引用例3には,販売促進を目的として,磁気カード利用の時期,回数及び金額その他を評価分析して目的別に会員名を特定したクーポン券を発行するシステムが記載されているにすぎない。

そして,顧客の来店間隔を短くしたい等の店舗の希望とは,来店間隔を短くすること等によって売上げを伸ばしたいという店舗の希望であり,引用例2及び3に記載されているものは,結局,売上げを伸ばす方向に顧客の購買行動を誘導するための単なる値引きサービスにすぎない(審決が「顧客の購買行動を店舗の望む方向に誘導する」と認定している部分は,「顧客の購買行動を売上げが伸びる方向に誘導する」と認定すべきである。)。

このような,単なる値引きサービスの技術思想と,本願発明の技術思想(各特定日における合計金額の中の最低合計金額に基づいて値引額を設定することで,各営業日ごとの売上額の変動をできるだけ抑制し,全営業日における売上額が平均化されるようにして,安定的な営業の継続を確保する旨)とは全く異なり,引用例2及び3には本願発明の課題及びこれを解決するための構成については,何らの開示も示唆もされていない。

(2)  本願発明は,各特定日における合計金額の中の最低合計金額に基づいて値引額を設定することで,各営業日ごとの売上額の変動をできるだけ抑制し,全営業日における売上額が平均化されるようにして,安定的な営業の継続を確保しようとするものである。すなわち,本願発明は,各取引の取引額が一定以上であるかという基準を設けて値引きサービスを提供するものではなく,各特定日における合計金額の中の最低合計金額に基づいて値引額を設定することで,全営業日における売上額が平均化されるようにするものである。また,本願発明は,前記1の「営業上の一手法」を売買データ処理装置に適用することで実現できるものではない。

したがって,審決が,本願発明と関係のない営業上の一手法を売買データ処理装置に適用した場合の処理手順を認定し,これを根拠に,相違点1ないし3のすべての構成が充足されると判断したのは,誤りである。

また,本願発明の構成が公知又は周知であったという事実はないところ,審決は,上記の「営業上の一手法」を売買データ処理装置に適用した場合の処理手順を認定するに当たり,何ら証拠を挙げておらず,証拠に基づかない認定をしているから,誤りである。

3  取消事由3(相違点1ないし3の容易想到性の判断の誤り)

(1)  本願発明の課題は,各営業日ごとの売上額の変動をできるだけ抑制し,全営業日における売上額が平均化されるようにして,安定的な営業の継続を確保することであり,この課題を達成するための手段として,各特定日における合計金額の中の最低合計金額に基づいて値引額を設定するようにしているのである。つまり,売上げを伸ばす方向に顧客の購買行動を誘導するための単なる値引きサービスとして,各特定日における合計金額の中の最低合計金額に基づいて値引額を設定しているものではない。

したがって,審決が,引用例2及び3に記載されているような売上げを伸ばす方向に顧客の購買行動を誘導するための単なる値引きサービスと同一視して,本願発明のように各特定日における合計金額の中の最低合計金額に基づいて値引額を設定することを,値引きサービスの仕方の問題であると判断したのは誤りである。

また,審決は,「解決しなければならない技術的課題や,技術的困難は見いだせない」と判断しているが,証拠や論理に基づかない判断であり,誤りである。

そして,引用例,引用例2及び3(甲1ないし3)に記載されているように,単なる販売促進の観点から値引き方法を工夫するだけでは,本願発明の課題を認識するのは困難であり,この課題を解決するための具体的な構成(特に相違点1ないし3に係る構成)に到達するのは困難である。

仮に,引用例2及び3に基づいて認定された,売上げを伸ばす方向に顧客の購買行動を誘導するための単なる値引きサービスが「売買データ処理装置の技術水準」であったとしても,本願発明の課題に応じた具体的構成として採用された相違点1ないし3に係る構成は,技術の具体的適用に伴う設計変更などといえるものではなく,当業者の通常の創作能力の発揮の範囲内のものであるとは到底いえない。

(2)  前記1のとおり,「日ごとの取引額のうち,最も額の低い金額に注目し,その最も額の低い金額に応じて顧客を優遇する」との営業上の一手法があったとは認められない以上,引用発明における売買データ処理装置において,この営業上の一手法を実施することはあり得ず,割引金額を所定期間の総合計額によらず,最も低い取引金額に基づくものとすることに格別の困難性が存在しないとはいえない。

また,被告が周知の優遇の与え方として挙げているものは,いずれも本願発明における手法(各特定日における合計金額の中の最低合計金額に基づいて値引額を設定するもの)とは全く異なるものである。したがって,被告は,本願発明における手法が周知であることを主張立証していないことになり,「本願発明の手法が設計的事項にすぎない」との主張は,このような判断に至った過程の論証になっていない。

(3)  審決は,「上記(4)の内容を処理するように設計変更した場合,相違点1ないし3のすべての構成が充足される」と判断しているが,「上記(4)」では,処理の内容として,本願発明の構成を言い換えたものを認定している。

したがって,審決は,引用発明に係る売買データ処理装置を,本願発明の構成のように設計変更した場合,相違点1ないし3のすべての構成が充足されると判断したことになり,論理的に矛盾しており,誤りである。

また,審決は,「相違点1ないし3に係る構成は,引用発明に係る売買データ処理装置に,商取引における営業上の考察に基づく設計変更を加えることにより,当業者が容易に到達できた」と判断しているところ,「商取引における営業上の考察」とは,「上記(4)」の中の「営業上の一手法」を考慮に入れることを意味しており,同手法とは,本願発明の課題を言い換えたものであるから,「引用発明に係る売買データ処理装置に商取引における営業上の考察に基づく設計変更を加えること」とは,「引用発明に係る売買データ処理装置に本願発明の課題を考慮に入れて設計変更を加えること」を意味する。

そうすると,審決は,相違点1ないし3に係る構成は,引用発明に係る売買データ処理装置に,本願発明の課題を考慮に入れて設計変更を加えることにより,当業者が容易に到達できたと判断していることになるが,本願発明の課題が公知,周知又は自明の課題であったという事実はなく,相違点1ないし3に係る構成が公知又は周知の構成であったという事実もない。

以上のとおり,審決は,本願発明の課題を見て,これを言い換えて「営業上の一手法」として認定し,本願発明の構成を見て,これを言い換えて,同営業手法を売買データ処理装置により実施する場合の手順として認定し,これらは当業者が自然に思いつくことであると判断しており,事後分析的な判断をしているから,誤りである。

第4被告の反論

1  取消事由1(「営業上の一手法」認定の誤り)に対して

(1)  商取引を業として営む者にとって,将来にわたり,安定的に営業を継続できるようにし,取引予想を立てやすくするために,「営業の安定化を図る」ことは,当然に考慮しなければならない課題である。

そして,「一定期間(例えばひと月)の間に,一定額以上の取引を複数日において行う顧客を優遇することにより,日ごとの取引量が一定以上になるように得意客を誘導し,営業の安定を図る」ということが周知の確立された営業上の一手法である根拠として,乙1が挙げられる。乙1に「パソコンは無料」「バーテックスリンクが8月のパソコン配布に合わせて開設する電子モールの『e-cap24』で買い物することでも,この条件をクリアできる。」「唯一の”水もの”はe-cap24の売り上げだが,一部のユーザーに月額1万円以上の買い物を義務づけることで,毎月の売り上げを安定させる。」旨の記載があることからすれば,本願の優先日前に,既に,パソコンが貸与されてからの期間に,1万円以上の買い物を各月において行うユーザーを優遇(パソコンを無料で貸し出す旨)することにより,毎月の売上げを安定させるという顧客誘導方法を採用した販売事業が計画され,ユーザーの募集が開始されていたことが理解できる。そして,この顧客誘導方法は,毎月の売上げの安定化に限られたものではなく,一定額以上の買い物を各日において行うユーザーを優遇することで,日ごとの売上げを安定させることも可能なものであることは明らかである。

そうすると,一定期間の間に,一定額以上の取引を複数月や複数日において行う顧客を優遇することにより,月又は日ごとの取引量が一定以上になるように得意客を誘導し,営業の安定を図るという営業手法は,本願の優先日前において,文献を挙げるまでもなく,既に営業上の一手法として確立されていたものであったといえる。

よって,原告の「審決は,上記の営業上の一手法を認定するに当たり,何ら証拠を挙げておらず,証拠に基づかない判断を行っているから誤りである」旨の主張は失当である。

(2)  また,審決が認定した営業上の一手法は,複数日において一定額以上の取引を行う顧客を優遇するという手法であって,日ごとの取引額が一定金額より低い場合には一切優遇しないという手法であるから,日ごとの取引額のうち,最も額の低い金額に注目し,その最も低い金額に応じて顧客を優遇するものである。

したがって,本願発明と審決において認定した営業上の一手法とは,日ごとの取引額のうち,最も額の低い金額に注目し,その最も額の低い金額に応じて顧客を優遇するものである点において,共通している。

そして,審決において認定した営業上の一手法は,日ごとの取引額のうち,最も額の低い金額に注目し,その最も額の低い金額に応じて顧客を優遇するものであるから,日ごとの取引額を一定額以上にするように,すなわち,一度に大量の取引をするよりも毎日の取引額を一定額以上に平均化するように顧客を誘導するという効果が生じ,その結果,日ごとの取引額(すなわち売上額)の差が縮まり,原告の主張する「全営業日における売上額が平均化される」という本願発明と同様の効果も生じるものである。

そうすると,審決において認定した営業上の一手法が「本願発明と関係のない」ものとする原告の主張は失当である。

2  取消事由2(売買データ処理装置の技術水準及び営業手法の処理手順の認定の誤り)に対して

(1)  引用例2(甲2)には,来店間隔を計算してそれに基づいて値引きサービスをすることにより来店頻度が多くなるように顧客を誘導することが,引用例3(甲3)には,少来店・高売上の顧客と小売上・多来店の顧客とでポイントサービスの点数を異ならせることで,顧客を誘導することが,それぞれ記載されている。これらの優遇方法は,単に合計売上金額に基づき優遇を与えることで売上げを伸ばす方向に顧客の購買行動を誘導するための値引きサービスではなく,合計売上金額にかかわらず,店舗が望む購買行動をとる顧客を厚く優遇することにより,顧客の来店間隔を短くしたい等の店舗の希望に合致するように顧客を誘導させるための優遇方法である。

したがって,引用例2及び3に記載された優遇方法を「売上げを伸ばす方向に顧客の購買行動を誘導するための単なる値引きサービス」とした原告の主張は失当である。

そして,引用例2及び3の記載からすれば,店舗が望む方向への顧客の誘導をコンピュータ処理によって売買データ処理装置で実施させることに本願の優先日前の技術水準から見て格別の困難性がなく,これに照らせば,審決において認定した営業上の一手法にみられる顧客誘導方法を,コンピュータ処理によって売買データ処理装置で実施することに,格別の困難性がないことは明らかである。

そうすると,原告の「審決は,上述の営業上の一手法を売買データ処理装置に適用した場合の処理手順を認定するにあたり,何ら証拠を挙げておらず,証拠に基づかない認定を行っているから,誤りである。」との主張は失当である。

(2)  原告も認めるように,認定された営業上の一手法を引用発明の売買データ処理装置においてコンピュータ処理によって実現しようとすれば,審決で述べたように「顧客情報,取引日時,取引額,取引数量等が記録された売買データを調べ,ある顧客について,一定期間に複数日の取引があるかどうか調べ,ある場合には,それぞれの取引日における合計金額を調べ,その結果,取引額の変動が大きかったり,少額の取引が含まれていた顧客に対しては薄く,各取引の取引額が一定以上の者に対してはより厚く値引きサービスを提供するようにする」という処理手順を採用することは,売買データ処理装置の技術水準に照らして,当業者が自然に思いつくことであるから,かかる認定を行った審決に誤りはない。

3  取消事由3(相違点1ないし3の容易想到性の判断の誤り)に対して

(1)  前記2(1)のとおり,引用例2及び3に記載されたサービスは,単に合計売上金額に基づき優遇を与えることで売上げを伸ばす方向に顧客の購買行動を誘導するための値引きサービスではなく,合計売上金額にかかわらず店舗が望む購買行動をとる顧客を厚く優遇することにより顧客の来店間隔を短くしたい等の店舗の希望に合致するように顧客を誘導させるための優遇方法である。

また,前記1のとおり,日ごとの取引額のうち,最も額の低い金額に注目し,その最も額の低い金額に応じて優遇することで,営業の安定を図るように顧客を誘導することは,既に確立された営業上の一手法であったといえるから,本願発明の思想は,販売において,当然考慮すべき営業上の思想であり,引用例2及び3から導かれる技術水準に照らし,係る営業の安定のための顧客誘導方法をコンピュータ処理によって売買データ処理装置で実施することに,格別の困難性はなく,その際,本願発明の構成(特に相違点1ないし3に係る構成)を採用することは,当業者が自然に思いつくことである。

そして,店舗が望む方向に顧客を誘導するように売買データ処理装置においてコンピュータ処理により値引きサービスを実施するに当たり,解決しなければならない技術的課題や,技術的困難性は見いだせず,また,引用発明における売買データ処理装置において,日ごとの取引額のうち,最も額の低い金額に注目し,その最も額の低い金額に応じて優遇することで,売上げを安定させるように顧客を誘導するという営業上の一手法を実施し,割引金額を所定期間の合計金額によらず,最も低い取引金額に基づくものとすることに,格別の困難性は存在しない。

また,商取引における営業上の考察に基づく設計変更を加えると,相違点1ないし3に係る構成に当業者が容易に到達できたとの判断に至った過程については,審決において示しており,その過程について論証がない旨の原告の主張は失当である。

以上のとおり,相違点1ないし3に係る構成は,引用発明に係る売買データ処理装置に,商取引における営業上の考察に基づく設計変更を加えることにより,当業者が容易に到達できたものといえるとした審決に誤りはない。

(2)  審決において認定した営業上の一手法では,日ごとの取引額が一定金額以上の時に顧客を優遇し,一定金額より低い場合には一切優遇しないという仕方をとるのに対し,本願発明における手法では,最低合計金額に相当する金額をそのまま又は増額若しくは減額した額を優遇するという仕方をとっており,両者では,優遇の与え方が異なる。

しかし,一定額を設けて,売上額がそれ以上である場合に優遇するという方法も,一定額を設けず,売上額に比例して優遇するという方法も,共に優遇の与え方として周知のものであり,サービスの仕方の問題にすぎないから,どのようなサービスにより顧客に優遇を与えるかは,設計的事項にすぎない。

したがって,本願発明のように,最低合計金額に相当する金額をそのまま又は増額若しくは減額した額を優遇するように構成することも設計的事項にすぎない。

(3)  審決における「商取引における営業上の考察」とは,前述の「営業上の一手法」を考慮に入れることを意味している。

しかし,前記1のとおり,係る「営業上の一手法」は,本願の優先日前において,文献を挙げるまでもなく,既に営業上の一手法として確立されていたから,審決における「引用発明に係る売買データ処理装置に商取引における営業上の考察に基づく設計変更を加えること」は,既に営業上の一手法として確立されていた係る手法を考慮に入れることを示す記載であり,本願発明の課題を考慮に入れて設計変更を加えることを意味しているわけではなく,審決において論理矛盾は存在しない。

そして,商取引における営業上の考察に基づく設計変更を加えると,相違点1ないし3に係る構成に当業者が容易に到達できたとの判断に至った過程については,審決において論証を行っている。

したがって,「相違点1ないし3に係る構成は,引用発明に係る売買データ処理装置に,商取引における営業上の考察に基づく設計変更を加えることにより,当業者が容易に到達できたものといえる」とした審決に誤りはなく,審決に「事後分析的な判断が入り込んでいるから,誤りである」との原告の主張は失当である。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(「営業上の一手法」認定の誤り)について

原告は,審決が認定した「営業上の一手法」は,一定額以上の取引を複数日において行う顧客を優遇することにより,日ごとの取引量が一定以上になるようにするものであるのに対し,本願発明は,各営業日ごとの売上額の変動をできるだけ抑制し,全営業日における売上額が平均化されるようにして,安定的な営業の継続を確保することを目的とするものであり,審決は本願発明と関係のない営業上の一手法を認定した旨主張するので検討する。

(1)  本願発明の営業上の手法

ア 本願発明の特許請求の範囲は,前記第2の2記載のとおりである。

イ 本願明細書(甲4)には,以下の記載がある(下記部分は,いずれも当初のままで補正等されていない。)。

「【0002】【従来の技術】 近年,あらゆる商品取引分野において顧客獲得競争は激化してきており,顧客(取引相手)を獲得するために売り手側は値引きサービス等の種々のサービスを提供し,売上の拡大を図ろうとしている。

例えば,小売業者と消費者との間の商品取引においては,まとめ売りのように商品の購入個数に応じて値引きするサービスや,組み売りやセット売りのように複数の商品をまとめて購入する場合に値引きするサービスが提供されている。また,消費者が商品を購入する際に購入金額に応じてポイントを付与し,ポイントの累計値に応じて他の商品を購入する際に値引きするポイントサービス(購入金額の所定割合をポイントとして還元するサービス)も行なわれている。」

「【0003】 一方,製造業者と卸売業者との間の取引,製造業者と小売業者との間の取引,卸売業者と小売業者との間の取引においては,例えば大口取引の場合のように取引個数に応じた値引きサービス等が行なわれている。」

「【0006】 このため,上述のような従来の画一的なサービスによってはもはや差別化を図るのは難しく,従来の値引きサービスは新規顧客の獲得や売上の拡大につながる有効なサービスとは言えなくなりつつある。

また,上述の従来の値引きサービスは,顧客等の買い手がどのような取引相手であるか(例えば継続的な取引があり,売り手に対して貢献度が高いかなど)については何ら考慮されずに,あくまでも売買された商品の数量に応じて値引きするものであるため,取引相手によっては値引きサービスによる十分な利益の還元がなされていないのが実情である。」

「【0007】 例えば,従来の値引きサービスでは,通常取引を行なっていない買い手が一度に大量の商品を購入した場合には値引きサービスを受けられるのに対し,継続的に取引を行なっている買い手(いわゆるお得意様)が購入数量は少ないが毎日商品を購入し,一定期間内(例えば1ヶ月以内)の商品購入数量が上述のように一度に大量に購入した場合の数量と同じであったとしても値引きサービスを受けられないことになる。」

「【0008】 一方,売り手側としては,他の同業者との差別化を図ることで全体の売上拡大を図る一方で,各営業日毎の売上額(取引金額)が変動するのをできるだけ抑制し,全営業日における売上額をできるだけ平均化したい。つまり,取引が行なわれない営業日や取引が少ない営業日を減らすべく,これらの営業日にも取引が行なわれるように消費者等の買い手を積極的に誘導できるようにし,営業日によっては大量の取引が行なわれるが,全く取引が行なわれない営業日もあるという状況をできるだけ回避して,望ましくは全営業日において確実に取引が行なわれるようにしたい。これにより,全営業日における売上額が平均化されるようにして安定的に営業を継続できるようにし,各営業日における取引予想も立てやすくしたい。また,商品の配送においても,臨時便などを出すことなく定期便のみで行なえるようにして,配送コストの低減を図れるようにするとともに,配送車の手配等の労力も軽減したい。」

「【0196】 また,このような値引きサービスを提供することで,買い手側が全特定日又は全特定期間において取引を行なうように誘導することができ,各営業日毎の売上額の変動をできるだけ抑制し,全営業日における売上額ができるだけ平均化されるように誘導することができ,これにより,売り手側に対しては,安定的な営業の継続を確保できるようになり,取引予想が立てやすくなるという利点がある。また,商品の配送において,臨時便などを出すことなく定期便のみで行なえるようになり,配送コストの低減が図れるとともに,配送車の手配等の労力も軽減することができるという利点もある。」

「【0197】 特に,本値引きサービスによれば,消費者等の買い手は,売り手によって設定された複数の特定日等の中で,商品をどのように買えば最も値引額を大きくすることができるかを計画し,この計画に沿って商品を買うことで,自らが積極的に値引額を決めることができるようになる。このようにして,従来の値引きサービスのように消費者等の買い手を受け身の立場とするのではなく,消費者等の買い手が積極的に参加できるようにすることで,消費者等の買い手の欲求を十分に満たすことができるようになる。」

ウ 前記ア,イの記載からすれば,本願発明は,売買データ処理装置に係る発明であって,同装置によって実現しようとしている営業上の手法は,①複数の特定日又は複数の特定期間を予め設定し,②上記複数の特定日のうち少なくとも2日又は上記複数の特定期間のうち少なくとも2つの期間に売買を行った場合に,③各特定日ごと又は各特定期間ごとの合計金額の中で,最も額の低い金額をそのまま又は増減額して,売買された全商品の総合計金額に対しての値引額として設定する旨の手法であるといえる。

そして,本願明細書の記載によれば,上記営業上の手法によって,各営業日ごとの売上額の変動が抑制され,全営業日における売上額が平均化されるように誘導することができ,これにより,売り手側にとっては,安定的な営業の継続を確保し,配送コストの低減を図ることができ,買い手側にとっては,最も値引額が大きくなるよう計画し,この計画に沿って商品を買うことで,自らが値引額を決めることができるとの効果が得られるとされている。

(2)  審決が認定した「営業上の一手法」について

ア 引用例(甲1)

(ア) 引用例には以下の記載がある。

「【0004】 そこで本発明は,会員になった顧客毎に店への貢献度から商品部門別に優待レベルを設定し,特定の商品部門に対して優待レベルが高い会員に対してはその商品部門に属する商品をさらに値引して販売するという販売促進サービスを容易に実現できる商品販売登録データ処理装置を提供しようとするものである。」

「【0036】 このように構成された本実施の形態のPOSシステムにおいては,各会員毎に当日より過去30日間分の毎日の商品部門別売上金額情報が会員ファイル6により記憶管理されている。そして,毎閉店後にファイルプロセッサ2にて実施される夜間処理において,この当日より過去30日間分の毎日の商品部門別売上金額情報から商品部門毎の売上総額が算出され,さらに商品部門毎に売上総額とレベル判定テーブル31に部門別に設定されている各優待レベル別の下限金額とがそれぞれ比較されて,商品部門毎に優待レベルが決定される。そして,この商品部門別の優待レベルも前記会員ファイル6にて記憶管理されるようになっている。」

「【0037】 例えば,今,レベル判定テーブル31に図7に示すデータが設定されているとした場合,過去30日間の衣料品部門の売上総額が1万円以上の会員に対しては衣料品部門の優待ランクとしてL2が設定され,1万円に満たない会員に対してはL1が設定される。同様に,過去30日間の家具部門の売上総額が6万円以上の会員に対しては家具部門の優待ランクとしてL3が設定され,2万円以上で6万円未満の会員に対してはL2が設定され,3千円以上で2万円未満の会員に対してはL1が設定される。なお,家具部門の売上総額が3千円に満たない会員対しては,たとえ会員であっても家具部門の優待ランクは設定されない。」

(イ) 上記(ア)記載のとおり,引用例には,所定の期間(過去30日間)に,特定の商品部門(例えば,家具部門)の商品を所定額以上(例えば,総額で3000円以上)購入した顧客に,特定の商品部門に属する商品をさらに値引きして販売する営業上の手法が開示されており,以上からすれば,営業上の手法として,値引きにより顧客を優遇すること,及び顧客を優遇するに当たり期間及び取引額を条件として設定することが知られていたといえる。

イ 引用例2(甲2)

(ア) 引用例2には,以下の記載がある。

「【0005】【発明が解決しようとする課題】 ところで,一層の競業激化に伴い値引きサービスの実効をより確実化したいとの要請がある。すなわち,従来値引きサービスの場合,その特売期間中は繁忙となるので,取扱い上の点からキャッシャーの精神的,肉体的負担が過大となり,かつ固定客へのサービス低下を招く。また,その特売期間が終了すると,他店に変る客も多く流動的であるから,固定客化することが難かしい。さらに,固定客からすると,通りがかりのあるいは年に1回の客と同じ値引きサービスでは,一種の不公平感や不満を持つと指摘されている。最悪的には固定客であった者の来店が遠のく場合もあり得る。」

「【0006】 本発明は,上記事情に鑑みなされたもので,その目的は来店頻度の高い固定客に値引きサービス上の差別化優遇を与えることのできる取扱い簡単な商品販売登録データ処理装置を提供することにある。」

「【0008】【作用】 上記構成による本発明の場合,来店した顧客の客番号および当該来店日が客別来店管理データとして客別来店管理データ記憶手段に自動的または手動的に記憶される。また,来店間隔と値引きデータとを対応させた間隔別値引きデータを間隔別値引き記憶手段に予め設定記憶しておく。」

「【0009】 ここに,顧客Aが来店しかつ商品購入を行なうと,来店日読出手段が,客別来店管理データ記憶手段を検索して先の来店日を読出す。引続き,来店間隔算出手段が,読出された先の来店日と来店当日とを用いて来店間隔を算出する。すると,値引きデータ選択手段が,間隔別値引きデータ記憶手段を検出して算出された来店間隔に対応する値引きデータを選択する。」

「【0010】 かくして,値引き処理実行手段は,選択された値引きデータを用いて当該購入商品についての値引き処理を実行する。よって,来店間隔が短い場合により大きな値引きサービスを自動的に提供することが可能となる。客番号を入力するだけでよいので,取扱いが非常に簡単である。」

(イ) 上記(ア)記載のとおり,引用例2には,先の来店日からの来店間隔が短い,すなわち来店頻度の高い顧客に対し,より大きな値引きサービスを提供する営業上の手法が開示されており,以上からすれば,営業上の手法として,値引きにより顧客を優遇すること,及び顧客を優遇するに当たり,複数日(少なくとも2日)の取引があることを条件として設定することが知られていたといえる。

ウ 引用例3(甲3)

(ア) 引用例3には,以下の記載がある。

「【0034】 クーポン券発行の基礎となった顧客情報のRFM分析は,顧客が何時買ったか(Recency:R),何回買ったか(Frequency:F),いくら買ったか(Monetary:M)の実績を点数(以下,スコアという)で評価し,このスコアを分析して適切に対処しようとする。すなわち,Rの最終来店日が最近ならば高スコア,過去ならば低スコア,Fの来店回数が頻繁ならば高スコア,まれならば低スコア,Mの売上金額が高額ならば高スコア,低額ならば低スコアに評価し,R,FおよびMの評価を総合してスコア分析し,総合スコアが高スコアならば優良顧客として固定化プログラムによりその固定化を図り,中スコアならば見込み客としてランクアッププログラムにより優良顧客に格上げすることを図り,そして低スコアならば流動客として再来店プログラムにより再来店の確度を高めるなど会員のランク分けを明確化する。・・・」

「【0036】 プログラム別のクーポン券の活用例として,RFM共に高スコアの顧客は上得意で小人数,高貢献なので固定化プログラムにより顧客固定化を図るべく,高ポイント例えば100ポイントのクーポン券をボーナスとして送付する。RFM共に中スコアの少来店・高売上の顧客に対しては来店促進プログラムにより複数枚のクーポン券で,総計で高ポイントとなるクーポン券をボーナスとして送付する。中スコアの小売上・多数回来店の顧客に対しては,単価増加プログラムにより高ポイント例えば100ポイントのクーポン券をボーナスとして送付し,売上増を図る。Rの低い顧客に対しては,再来店プログラムにより低ポイント例えば50ポイントのクーポン券をボーナスとして送付し,顧客の再来店を図る。」

(イ) 上記(ア)記載のとおり,引用例3には,最終来店日,来店回数及び売上金額に応じて顧客をスコア化して評価し,評価に応じた種類のクーポン券をボーナスとして送付して,顧客の固定化,来店促進,売上増又は顧客の再来店を図る営業上の手法が開示されており,以上からすれば,営業上の手法として,顧客を優遇するに当たり,来店回数及び取引額を条件として設定することが知られていたといえる。

エ 商業を営む者にとって,売上げを促進することは一般的・普遍的な課題であって,その上で,営業上の具体的な課題を設定し,同課題を解決するための手法を創意工夫することは,営業における一般常識といえることである。

そして,前記アないしウによれば,期間,取引額又は複数日の取引(取引回数)を組み合わせて条件として設定し,所定の条件を満たした顧客を優遇することにより,顧客の購買行動を誘導する,様々な営業上の手法が知られていたものである。

このような一般常識及び営業上の手法を前提とすれば,「一定期間の間に,一定額以上の取引を複数日において行う顧客」を得意客と取り決めて優遇することは,顧客の購買行動を誘導するための営業上の手法の一つということができ,また,条件を満たした顧客を優遇することにより,日ごとの取引量あるいは取引額が一定以上になるように購買行動が誘導され,ひいては営業の安定化が図られることは,商業を営む者にとって,当然に考慮し得ることである。

したがって,審決が,「一定期間(例えばひと月)の間に,一定額以上の取引を複数日において行う顧客を優遇することにより,日ごとの取引量が一定以上になるように得意客を誘導し,営業の安定を図る」ことが,商業を営む者が考慮し得る「営業上の一手法」であると認定したことが誤りとはいえない。

(3)  原告の主張について

ア 原告は,審決が認定した「営業上の一手法」と本願発明とは無関係である旨主張する。

そこで検討するに,審決が認定した「営業上の一手法」は,「一定期間の間に,一定額以上の取引を複数日において行う顧客を優遇する」ものであり,各所定期間の取引額の中で最も低い取引金額を顧客優遇の基準額とするものである。一方,本願発明の売買データ処理装置が実現しようとしている営業上の手法は,前記(1)のとおり,設定した特定日又は特定期間のうち,複数の特定日又は複数の特定期間に売買を行った場合に,売買を行った複数の特定日又は複数の特定期間ごとの合計金額の中で,最も額の低い金額に基づいて値引額を決定するものである。

そうすると,いずれも最も額の低い金額に基づいて顧客を優遇するものであるから,本願発明によって,各営業日ごとの売上額の変動が抑制され,全営業日における売上額が平均化されるように誘導でき,安定的な営業の継続が確保できるのであれば,審決が認定した「営業上の一手法」も,当然,一定期間の取引額の変動が抑制され,取引額,ひいては取引量が平均化するように誘導されることとなり,この結果,安定的な営業の継続が確保されるということができる。

したがって,両者は,目的において実質的に共通し,審決が認定する「営業上の一手法」によっても,本願発明と同様の目的が達成できるといえる。

以上のとおり,審決が認定した「営業上の一手法」と本願発明とは,いずれも営業上の手法であって,同様の目的を達成するものであるから,両者が無関係であるとする原告の主張は理由がない。

イ また,原告は,審決が「営業上の一手法」を認定するに当たり,何ら証拠を示していないと主張するが,前記(2)のとおり,審決が認定した「営業上の一手法」は引用例,引用例2及び3に記載されているといえるから,審決には,「営業上の一手法」を認定した証拠が示されていることになり,原告の上記主張は理由がない。

2  取消事由2(売買データ処理装置の技術水準及び営業手法の処理手順の認定の誤り)について

原告は,審決による売買データ処理装置の技術水準の認定及び営業手法の処理手順の認定には,いずれも誤りがあると主張するので,検討する。

(1)  売買データ処理装置の技術水準

ア 引用例2(甲2)に記載された技術的事項

(ア) 引用例2には,前記1(2)イ(ア)の記載のほか,以下の記載がある。

「【0001】【産業上の利用分野】 本発明は,来店間隔ごとに差別化した優遇的値引きサービスを実行可能な商品販売登録データ処理装置に関する。」

「【0011】【実施例】 以下,本発明の実施例を図面を参照して説明する。本商品販売登録データ処理装置は,図1に示す如く,基本的構成が電子キャッシュレジスタ10とされ,かつ客別来店管理データ記憶手段13Aと,間隔別値引きデータ記憶手段13Bと,来店日読出手段(11,12)と,来店間隔算出手段(11,12)と,値引きデータ選択手段(11,12)と,値引き処理実行手段(11,12)とを設け,来店間隔の小さな顧客に対してより大きな値引きサービスを自動的に実行可能に構成されている。」

「【0013】 図1において,電子キャッシュレジスタ10は,CPU11,ROM12,RAM13,時計回路14,スキャナ19(スキャナ回路15),キーボード20(キーボード回路16),表示器21(表示制御回路17),入出力ポート(I/O)18を介して接続されたプリンタ22(プリンタ駆動回路24)およびドロワ23(ドロワ開放装置25)を含み,商品販売登録データ処理(商品登録処理,会計処理等)を実行することができる。すなわち,従来例(図6のST30~32,ST36~38)の場合と同一の機能(図4のST11~13,ST21~23)を有する。」

「【0014】 ここに,客別来店管理データ記憶手段13Aは,客番号(客No.)と来店日とを対応させて記憶可能な来店管理テーブルとしてRAM13内に形成され,図2に示す如く複数の客別来店管理データ(例えば,“123456”“95.02.01”)を記憶することができる。」

「【0023】 次に,この実施例の作用を説明する。客No.が“123456”の顧客が来店し,商品登録(品名“AAA”,単価“1000円”)が行われたとする(図4のST11~13)。この際キャッシャーは,当該客No.(“123456”)をキーボード20上の客番号キー20Nを用いて入力(ST10のYES)しておく。」

「【0024】 小計キーがON(ST13のYES)されると,客番号が入力済(ST14のYES)であるから,来店日読出手段(11,12)は,図2に示す客別来店管理データ記憶手段13Aを検索(ST15)して,前回(先)の来店日D1(例えば,“95.02.01”)を読出す(ST16)。これは,RAM13のワークエリアに一時記憶される。CPU11が読取った来店当日D2(例えば,“95.02.04”)も一時記憶されている。」

「【0025】 また,来店間隔算出手段(11,12)が読出された来店日D2と来店当日D1とを用いて来店間隔3日(=D2-D1=04-01)を算出する(ST17)。引続き,値引きデータ選択手段(11,12)が,図3に示す間隔別値引きデータ記憶手段13Bを検索しつつ来店間隔(3日)に対応する割引率(10%)を読出し選択する(ST18)。」

「【0026】 かくして,値引き処理実行手段(11,12)は,選択された割引率(10%)を用いて値引き処理を実行する(ST19)。値引き額は100円(=1000×0.1)で,値引き後額は900円(=1000-100)である。」

「【0027】 これが済むと,来店日更新制御手段(11,12)が,図2に示す客別来店管理データ記憶手段13Aの当該客No.(“123456”)に対応する来店日(“95.02.01”)を来店当日(“95.02.04”)に更新書替えする(ST20)。」

(イ) 上記(ア)の記載及び前記1(2)イ(ア)の記載からすれば,引用例2記載の発明は,先の来店日からの来店間隔が短い,すなわち来店頻度の高い顧客に対し,より大きな値引きサービスを提供する営業上の手法を実現するための「商品販売登録データ処理装置」であって,CPUを備えた電子キャッシュレジスタ,すなわちコンピュータが,少なくとも,①客番号と来店日とを対応させて記憶すること,②前回の来店日を用いて来店間隔を算出し,来店間隔に対応する割引率を選択すること,及び③割引率を用いて値引き処理を実行すること,という機能を備えることにより,上記「営業上の手法」を実現しているといえる。

イ 引用例3(甲3)に記載された技術的事項

(ア) 引用例3は,前記1(2)ウ(ア)の記載のほか,以下の記載がある。

「【発明の名称】 ポイント集中管理によるクーポン券等発行システム」

「【発明の詳細な説明】【0001】【発明の属する技術分野】 本発明は,ポイントシステム,更に詳しくは,磁気カード(以下,ポイントカードという),端末,メインフレームおよび封入封緘機とからなるポイントシステムであって,ポイントカードに共用性ある磁気カードを採用してその機能を単純化すると共に,各加盟店に設置される端末の機能も単純化し,顧客がポイントカードを呈示して加盟店で取引をすると,顧客識別コードが読み取られてチェックアウトデータと共にメインフレームに送信され,該メインフレームによりポイントの換算その他の操作が行なわれ,該顧客の取引データを一元的に集中管理して目的別に各種データを出力することにより,販売促進上有効な各種サービスを提供することができるポイントシステム,に関する。」

「【0015】【課題を解決するための手段】 そこで,上記課題を解決するため,請求項1に係る発明は,汎用性のあるJIS2型の磁気カードであって,カード申込加盟店と顧客の夫々のコードを磁気記録したポイントカードと,各加盟店に設置された端末であって,該ポイントカードを呈示して顧客が加盟店で取り引きをする際に,加盟店と顧客のコードを取引のチェックアウトデータと共に中央集計センターのメインフレームに送受信する機能を有する端末と,該端末がモデムを介し電話線で連結され,かつ顧客情報データベースに連結された前記メインフレームと,および該メインフレームが印字出力するクーポン券等を封入封緘する封入封緘機とをもってポイント集中管理システムを構成し,加盟店と顧客の前記識別コードおよび前記チエックアウトデータに基ずいて,(イ)前記メインフレームの顧客のファイルを検索し,取引金額に対応するポイントを換算し,これを該顧客のポイントとして登録し,以後該顧客の取り引きの度に該顧客のポイントとして加算し,交換ポイントを減算し,そしてポイント残高を印字出力することができ,そして(ロ)全顧客の前記磁気カード利用の時期,回数及び金額を分析して,来店促進その他の目的に適合した会員名特定のクーポン券を印字出力することができる構成とした。」

「【0023】【実施例】 次に,上記した本発明の実施例を図面に従って詳述する。図1は,本発明に係るポイントシステムの一構成単位についての説明図である。本発明に係るポイントシステムは,各会員が携行するポイントカード1,各加盟店の端末2,ポイント集計センタのメインフレーム3,および封入封緘機4から構成されるネットワークシステムである。会員と加盟店の数は多数であるが,図1には便宜上一構成単位のみを図示した。一か所のポイント集計センタにメインフレーム3が置かれ,その機能中心は中央演算処理ユニット(以下,CPUという)3aである。従って,このポイント集計センタのメインフレーム3を中心にして,放射状に多数の加盟店が電話線で接続され,CPU3aにより一元管理されるネットワークが構成される。」

(イ) 上記(ア)の記載及び前記1(2)ウ(ア)の記載からすれば,引用例3に記載された発明は,最終来店日,来店回数及び売上金額に応じて顧客をスコア化して評価し,評価に応じた種類のクーポン券をボーナスとして送付して,顧客の固定化,来店促進,売上増又は顧客の再来店を図る営業上の手法を実現するための「ポイント集中管理によるクーポン券等発行システム」であって,中央演算処理ユニット(CPU)を備えたメインフレーム,すなわちコンピュータが,少なくとも,①顧客識別コードと,取引金額に対応するポイント等のデータを記憶すること,②最終来店日,来店回数及び売上金額をスコア化して顧客を評価すること,及び③評価に応じた種類のクーポン券をボーナスとして送付すること,という機能を備えることにより,上記「営業上の手法」を実現しているといえる。

ウ 引用例2に記載された「商品販売登録データ処理装置」及び引用例3に記載された「ポイント集中管理によるクーポン券等発行システム」は,その構成及び機能から,いずれもコンピュータを用いた「売買データ処理装置」ということができ,これらの装置において,営業上の手法を実現するためにコンピュータが実行している機能は,①顧客の取引行動に関するデータ(取引日や取引金額等)を記録すること,②記録されたデータに基づいて,顧客の取引行動が所定の条件を満たしているか判定すること,及び③同取引行動に応じて優遇の内容を決定することである点で共通しているといえる。

したがって,引用例2及び3に記載された技術的事項から,「売買データ処理装置」において,コンピュータが実行する上記①ないし③の機能によって営業上の手法を実現することは,本願の優先日において一般に実施されていたことであり,売買データ処理装置の技術水準ということができる。

(2)  営業手法の処理手順の認定について

前記1のとおり,一定期間の間に,一定額以上の取引を複数日において行う顧客を優遇することにより,日ごとの取引量又は取引額が一定以上になるように顧客を誘導し,営業の安定を図ることは,商業を営む者が考慮し得る「営業上の一手法」ということができる。また,営業上の取引において,顧客の取引行動に関するデータとして,顧客情報,取引日時,取引額,取引数量等を得ることができること,顧客を優遇する営業上の手法として値引きがあることは,いずれも商業を営む者にとって一般常識といえることであり,引用例,引用例2及び3の記載事項からも明らかである。

以上を前提として,前記(1)の売買データ処理装置の技術水準をも考慮すれば,上記「営業上の一手法」をコンピュータを用いた売買データ処理装置によって実現することは,コンピュータの技術分野における通常の知識を有する者(当業者)にとって,通常の創作能力の発揮の範囲内のことであり,上記「営業上の一手法」をコンピュータを用いた売買データ処理装置によって実施した場合,①顧客情報,取引日時,取引額,取引数量等のデータを記録し,②記録されたデータに基づいて,特定の顧客について一定期間の間に一定額以上の取引を複数日において行ったかどうかを判定し,③上記判定に応じて値引額を決定する,という処理手順になるものといえる。

したがって,審決の「この営業手法を売買データ処理装置による売買データの分析により実施する場合の手順として,顧客情報,取引日時,取引額,取引数量等が記録された売買データを調べ,ある顧客について,一定期間に複数日の取引があるかどうかを調べ,ある場合は,それぞれの取引日における合計取引額を調べ,その結果,取引額の変動が大きかったり,少額の取引が含まれていた顧客に対しては薄く,各取引の取引額が一定以上の者に対してはより厚く値引きサービスを提供するようにすることは,上記の売買データ処理装置の技術水準に照らして,当業者が自然に思いつくことである。」との認定判断に誤りはない。

なお,相違点1ないし3の容易想到性の判断にも関わる当事者の主張については,後記3でまとめて判断することとする。

(3)  原告の主張について

ア 原告は,引用例2及び3には,売上げを伸ばす方向に顧客の購買行動を誘導するための単なる値引きサービスが記載されているだけであり,本願発明の課題及びこの課題を解決するための構成については開示も示唆もされていない,また,引用例2及び3に記載された,売上げを伸ばす方向に顧客の購買行動を誘導するための単なる値引きサービスの技術思想と,本願発明に記載された,売上額を平均化する技術思想とは異なるものであると主張する。

しかし,引用例2及び3は,売買データ処理装置の技術水準を示す文献であって,引用例2及び3に本願発明の課題及びこの課題を解決するための構成自体が開示されていないとしても,それによって,後記の容易想到性の判断に影響を及ぼすものではない。

また,前記1(2)のとおり,引用例,引用例2及び3から「営業上の一手法」が認定でき,前記1(3)のとおり,同「営業上の一手法」によって,本願発明と同様に,取引額を平均化するという目的が達成できるのであるから,この営業上の手法を売買データ処理装置によって実現した場合においても,当然,同様の目的を達成することができるものであり,引用例2及び3に記載された技術思想が本願発明の技術思想と異なるということはできない。

イ このほか,原告は,審決における引用例2及び3の記載事項の認定に関し,「顧客の購買行動を店舗の望む方向に誘導するために」(審決13頁35行ないし36行)は「顧客の購買行動を売上げが伸びる方向に誘導するために」と認定すべきである旨主張し,その他,同旨の主張を繰り返しているが,引用例2及び3に記載された事項は前記1(2)イ及びウのとおりであって,この点に関する審決の認定に誤りがあるとはいえず,原告の上記主張は失当である。また,仮に,原告が主張するように審決の認定における表現を変更しても,後記の容易想到性の判断に影響するものではない。

ウ 以上のとおり,原告の上記主張はいずれも理由がない。

3  取消事由3(相違点1ないし3の容易想到性の判断の誤り)について

(1)  前記2(1)の売買データ処理装置の技術水準及び同(2)の処理手順を前提とすると,一定期間の間に一定額以上の取引を複数日において行ったかどうかを判定するに当たり,予め設定された複数の特定日のうち少なくとも2日又は予め設定された複数の特定期間のうち少なくとも2つの期間に売買を行ったことを条件とすること,及び,値引額として,各特定日ごと又は各特定期間ごとの合計金額のうち,最低合計金額に相当する金額をそのまま又は増減額した額を,売買された全商品の総合計金額に対しての値引額として設定することは,営業上の思想であって,商業を営む者が任意に取り決めることができる設計的事項ということができる。

また,前記2(2)で認定した営業手法の処理手順には,相違点1ないし3に係る,本願発明の判定手段,合計金額算出手段及び値引額設定手段が実質的に達成する機能がすべて含まれており,引用発明に同処理手順を適用することにより,相違点1ないし3が充足されるから,審決の「相違点1~3に係る構成は,引用発明に係る売買データ処理装置に,商取引における営業上の考察に基づく設計変更を加えることにより,当業者が容易に到達できたものといえる。」との判断に誤りはない。

この点に関し,原告は,審決が,本願発明と関係のない営業上の一手法を売買データ処理装置に適用した場合の営業手法の処理手順を認定し,相違点1ないし3のすべての構成が充足されると判断したのは誤りであるとも主張するが,上記のとおり,審決の判断に誤りはなく,原告の同主張は採用できない。

(2)  原告は,本願発明の課題は「安定的な営業の継続の確保」であり,この課題を達成するための手段として,各特定日における合計金額の中の最低合計金額に基づいて値引額を設定するようにしているのであって,売上げを伸ばす方向に顧客の購買行動を誘導するための単なる値引きサービスとして値引額を設定しているわけではなく,審決が,引用例2及び3に記載されているような,売上げを伸ばす方向に顧客の購買行動を誘導するための値引きサービスと同一視して,本願発明のように各特定日における合計金額の中の最低合計金額に基づいて値引額を設定することを値引きサービスの仕方の問題であると判断したのは誤りであると主張する。

しかし,原告が主張する本願発明の課題及びこの課題を達成するための手段は,あくまで本願発明が実現しようとしている営業上の手法における課題及び課題を達成するための手段であって,上記営業上の手法を売買データ処理装置によって実現するに当たっての技術的課題やこれを達成するための手段とはいえない。そして,前記2(1)で検討した売買データ処理装置の技術水準を考慮すれば,本願発明において,上記営業上の手法を売買データ処理装置によって実現するに当たり,解決すべき技術的課題や技術的困難性があるとは認められない。

また,同様に,審決が,「値引きサービスの基準額として,所定期間の取引の総合計額によらず,最も低い取引金額とすることは,顧客の購買行動を望む方向に誘導するための値引きサービスの仕方の問題」であると判断したことが誤りであるともいえず,原告の上記主張は理由がない。

(3)  原告は,引用例2及び3に基づいて認定された,売上げを伸ばす方向に顧客の購買行動を誘導するための単なる値引きサービスが「売買データ処理装置の技術水準」であったとしても,本願発明の相違点1ないし3に係る構成は,技術の具体的適用に伴う設計変更や,当業者の通常の創作能力の発揮の範囲内のものとはいえず,また,引用例,引用例2及び3に記載されているような単なる販売促進の観点から値引き方法を工夫するだけでは,本願発明の課題を認識し,この課題を解決するための具体的な構成に到達するのは困難であるとも主張する。

しかし,前記2(2)のとおり,営業手法の処理手順についての審決の認定に誤りはなく,前記(1)のとおり,同処理手順には,相違点1ないし3に係る,本願発明の判定手段,合計金額算出手段及び値引額設定手段が実質的に達成する機能がすべて含まれることから,引用発明に同処理手順を適用することにより,相違点1ないし3が充足されるものであって,相違点1ないし3の容易想到性についての審決の判断にも誤りはない。

(4)ア  原告は,審決は事後分析的な判断をしているため誤りであるとも主張し,具体的には,審決は「上記(4)の内容を処理するように設計変更した場合,相違点1ないし3のすべての構成が充足される。」と判断しているが,「上記(4)」では,処理の内容として,本願発明の構成を言い換えたものを認定していると主張する。

しかし,前記1のとおり,審決が認定した「営業上の一手法」は,引用例,引用例2及び3に記載された事項から導くことができる営業上の手法であり,これを売買データ処理装置によって実現する場合,前記2(2)の処理手順となるものである。したがって,審決の上記判断が,処理の内容として,本願発明の構成を言い換えたものを認定しているということはできない。

イ  また,原告は,審決が「相違点1ないし3に係る構成は,引用発明に係る売買データ処理装置に,商取引における営業上の考察に基づく設計変更を加えることにより,当業者が容易に到達できた」と判断していることについて,商取引における営業上の考察とは,「上記(4)」の中の「営業上の一手法」を考慮に入れることを意味し,同手法は,本願発明の課題を言い換えたものであり,本願発明の課題及び相違点1ないし3に係る構成が公知又は周知であったという事実はないと主張している。

しかし,上記ア同様,「営業上の一手法」が本願発明の課題を言い換えたものということはできず,また,本願発明の課題及び構成そのものが公知又は周知でないとしても,審決の判断に影響するものではない。

ウ  このように,審決の容易性の判断が事後分析的などとする原告の主張は理由がない。

4  以上のとおり,審決の容易想到性の判断に誤りはなく,原告の請求は理由がないため,これを棄却することとする。

(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 東海林保 裁判官 矢口俊哉)

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