知財高等裁判所 平成21年(行ケ)10215号 判決 2010年3月30日
原告
株式会社フジキン
同訴訟代理人弁護士
久田原昭夫
同
久世勝之
同訴訟代理人弁理士
杉本丈夫
同
谷田龍一
被告
日立金属株式会社
同訴訟代理人弁護士
増井和夫
同
橋口尚幸
同
斉藤誠二郎
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2009-800010号事件について平成21年6月26日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が,被告が有するところの,名称を「ノーマルクローズ型流量制御バルブ」とする発明に係る特許(本件特許)につき無効審判を請求したが,「本件審判の請求は成り立たない」との審決を受けたので,その取消しを求めた事案である。
主たる争点は,上記発明が,米国特許第4669660号明細書(甲4)に記載された発明(以下,審決を引用する場合を含め「引用発明」又は「甲4発明」という。)及び周知技術から容易に想到することができるか否かである。
1 特許庁における手続の経緯
被告は,昭和62年8月26日,上記発明につき実用新案出願し(実願昭62-129403号),同年10月14日に特許出願に変更し,平成7年9月18日に設定登録を受け(特許第1966883号),さらに,平成19年6月4日,訂正審判を請求し(訂正2007-390070号),同年7月11日,同訂正を認める旨の審決を受けた(同月24日確定)(甲12)。
原告は,平成21年1月19日,特許庁において,本件特許につき,無効審判請求をした(甲17)。
特許庁は,上記審判請求を無効2009-800010号事件として審理し,平成21年6月26日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年7月8日,原告に送達された。
2 本件特許発明の内容
本件特許発明は,平成19年7月11日付け訂正審決により訂正された明細書の特許請求の範囲の請求項1,2に記載された次のとおりのものである。
【請求項1】
「流入口と流出口をつなぐ流路を有するバルブ本体と,該バルブ本体の流路の一部に設けられた弁座と,該弁座に対向して配置し,自己弾性復元力を有し,前記弁座に対し当接と離間をするダイヤフラムと,貫通穴空間を有するとともに,該ダイヤフラムに関して弁座とは反対側で上下動自在に設けた弁棒と,該弁棒を弁座方向に変位させ,前記ダイヤフラムを弁座に当接させる押圧力を生じる付勢手段と,電圧を印加することにより長さが伸長し,前記貫通穴空間に収容され,一端がブリッジを介して前記バルブ本体で支持されると共に,他端が前記弁棒に当接した積層型圧電素子とを有し,該積層型圧電素子の長さが伸長したとき,前記付勢手段の押圧力に抗して前記弁棒を押上げダイヤフラム自身が弁座から離間することを特徴とするノーマルクローズ型流量制御バルブ。」(以下「本件特許発明1」という。)
【請求項2】
「特許請求の範囲第1項記載において,前記弁棒の上部に調整ねじ部材を設け,該ねじ部材の端部を前記積層型圧電素子の上部に係止させたことを特徴とするノーマルクローズ型流量制御バルブ。」(以下「本件特許発明2」という。)
3 審決の内容
審決は,以下のとおり,引用発明や周知技術から本件特許発明を想到することは容易ではなく,本件特許発明は無効とはならないとした。
(1) 引用発明等の内容
ア 引用発明の内容
「流入口と流出口をつなぐ流路を有する弁本体1と,該弁本体1の保存空間4に収容された弁座5と,該弁座5に対向して配置し,前記弁座5に対し当接と離間をする薄膜9と閉止片7とからなるものと,該薄膜9と閉止片7とからなるものの薄膜9に関して弁座5とは反対側で上下動自在に設けた弁棒6と,該弁棒6を弁座5方向に変位させ,前記薄膜9と閉止片7とからなるものの閉止片7を弁座5に当接させる押圧力を生じる弾性素子14と,電圧を印加することにより長さが伸長し,一端が第2の熱的・電気的絶縁体13を介して前記弁本体1で支持されると共に,他端が前記弁棒6に接続した積層体からなる圧電駆動体20とを有し,該圧電駆動体20の長さが伸長したとき,前記弾性素子14の押圧力に抗して前記弁棒6を押上げ薄膜9と閉止片7とからなるものの閉止片7自身が弁座5から離間するパルス弁。」
イ 甲6(特開昭59-80582号公報)記載の発明(以下,審決を引用する場合を含めて「甲6発明」という。)の内容
「中空部19を有する可動筒18の内部に案内具32を配置し,案内具32に形成された鍔部32aは,中空部19から突出されて本体の調整室2に固定され,中空部19内へ収納した熱応動素子33の一端が前記案内具32を介して本体の調整室2で支持され,他端が可動筒18の底部で支持されており,そして,流体は,給水路を構成する給水入口3,調整室2,貫通孔10,バネ受座11,接続筒14等からなる給水路を流れ,調整室2を流れる流体の温度の変化により,調整室2の内部に配置された熱応動素子33が伸縮して可動筒18が移動し,流体の流量を制御する熱応答式流量制御装置。」
ウ 甲7(特開昭60-78179号公報)記載の発明(以下「甲7発明」という。)の内容
「弁本体と,該弁本体を貫通する孔に装着された第1の圧電素子群及び第2の圧電素子群とを有する流体制御弁。」
(2) 引用発明と本件特許発明1の一致点及び相違点
ア 一致点
「流入口と流出口をつなぐ流路を有するバルブ本体と,該バルブ本体の流路の一部に設けられた弁座と,該弁座に対向して配置し,前記弁座に対し当接と離間をする仕切り機能を有する弁体と,該仕切り機能を有する弁体に関して弁座とは反対側で上下動自在に設けた弁棒と,該弁棒を弁座方向に変位させ,前記仕切り機能を有する弁体を弁座に当接させる押圧力を生じる付勢手段と,電圧を印加することにより長さが伸長し,一端が前記バルブ本体で支持されると共に,他端が前記弁棒に当接した積層型圧電素子とを有し,該積層型圧電素子の長さが伸長したとき,前記付勢手段の押圧力に抗して前記弁棒を押上げ仕切り機能を有する弁体自身が弁座から離間するノーマルクローズ型流量制御バルブ。」
イ 相違点
(ア) 相違点1
「仕切り機能を有する弁体に関して,本件特許発明1は,『自己弾性復元力を有』する『ダイヤフラム』であるのに対し,甲4発明では,『薄膜9と閉止片7とからなるもの』である点。」
(イ) 相違点2
「弁棒に関して,本件特許発明1は,『貫通穴空間を有する』のに対し,甲4発明では,そのような特定がされていない点。」
(ウ) 相違点3
「弁棒の弁座に対する配置関係の基準となる部材に関して,本件特許発明1は,『ダイヤフラム』であるのに対し,甲4発明では,『薄膜9と閉止片7とからなるものの薄膜9』である点。」
(エ) 相違点4
「仕切り機能を有する弁体に関して,本件特許発明1は,『ダイヤフラム』を弁座に当接させるのに対し,甲4発明では,『閉止片7』を弁座5に当接させる点。」
(オ) 相違点5
「積層型圧電素子に関して,本件特許発明1は,弁棒の『貫通穴空間に収容され,』一端が『ブリッジを介して』支持されるのに対し,甲4発明では,一端が『第2の熱的・電気的絶縁体13を介して』支持される点。」
(カ) 相違点6
「仕切り機能を有する弁体に関して,本件特許発明1は,『ダイヤフラム』自身が弁座から離間するのに対し,甲4発明では,『薄膜9と閉止片7とからなるものの閉止片7』自身が弁座5から離間する点。」
(3) 容易想到性について
ア 相違点1,3,4及び6について
「バルブにおいて,自己弾性復元力を有する膜状シールで,2つの室を仕切るダイヤフラムを弁座に対向して配置し,弁座に対し当接と離間をさせる流量制御バルブは,周知の技術事項(例えば,甲第1号証(米国特許第1656214号明細書)の翻訳文2頁2ないし7行及びFig.1を参照,甲第3号証(特開昭61-244976号公報)の2頁右下欄3ないし6行及び図1ないし3参照。)である。
したがって,甲4発明において,流量制御バルブの仕切り機能を有する弁体として弁棒に接続されている薄膜9と閉止片7とからなるものに代えて同様の機能を有する上記周知の技術事項を適用することにより,相違点1に係る本件特許発明1,3,4,及び6の構成とすることは,当業者が容易に想到し得るものである。」
イ 相違点2及び5について
「上記(3-6)のとおり,甲第6号証には,給湯側の熱応動素子によって蛇口の開度に関係なく給水量(=出湯量)を給湯器の最大能力曲線以下に規制すると共に,水温変化時に給水側の熱応動素子によって給水量を補正して常に所望の出湯量を維持できるようにすることが課題として記載されている。
また,甲6発明は,熱応動素子33が配置された可動筒18を納めた調整室2つまり給水路内に流体を流して,そこに配置された熱応動素子33が流体の温度を感知して伸縮することにより可動筒18が移動して,流量を制御するものである。
つまり,甲6発明は,制御しようとする流体内に弁の駆動手段(熱応動素子33)を配置して,流体を制御しようとする技術思想を有するものと認められる。
一方,上記(3-4)のとおり,甲第4号証には,パルス幅が可変であり,150パルス/秒までのパルス列,ノズルの加熱と冷却の両方がされること,及び作動圧力を最高50barまで設定できるようにすることが課題として記載されている。
また,甲4発明は,駆動部11と弁本体1との間にシールを形成する駆動空間10内を真空に保持するための薄膜9によって弁本体1,すなわち流体が供給される保存空間4から弁棒6や圧電駆動体20等を分離して,これらの部材が配置されている駆動空間10を真空に保持すると共に,弁棒6に接続された閉止片7が開閉することにより流体を制御するものである。
つまり,甲4発明は,制御しようとする流体と弁の駆動手段(圧電駆動体20)を分離して,流体を制御しようとする技術的思想を有するものと認められる。
そうすると,両者の課題,及び技術思想は,異なるものである。
また,甲4発明に甲6発明を適用したとすると,甲6発明の駆動手段(熱応動素子33)を甲4発明の駆動空間10に配置することになるが,そのままでは,真空空間に配置された駆動手段(熱応動素子33)は,流体の温度を計測することはできず,駆動手段(熱応動素子33)を作動させるためには,制御しようとする流体を駆動空間10に流し込んで流体の温度を計測しなければならないが,そうすると,甲4発明は,制御しようとする流体と駆動手段を分離することができなくなる。逆に,甲4発明において,制御しようとする流体と駆動手段(熱応動素子33)を分離しようとすると,制御しようとする流体を駆動空間10に流し込むことはできないため,甲6発明の駆動手段(熱応動素子33)を作動することはできない。
したがって,甲4発明において,甲第6号証を適用することにより,相違点2,及び5に係る本件特許発明1の構成とすることは,当業者が容易に想到し得るものとはいえない。
そして,甲1発明ないし甲3発明,甲5発明,及び甲7発明を検討しても,弁棒に『貫通穴空間』を形成し,積層型圧電素子を,該『貫通穴空間に収容』し,その一端を『ブリッジを介して』バルブ本体に支持させる構成は記載も示唆もされていないから,甲4発明において,甲1発明ないし甲3発明,甲5発明,及び甲7発明を適用することにより,相違点2,及び5に係る本件特許発明1の構成とすることは,当業者が容易に想到し得るものとはいえない。
しかも,相違点2,及び5に係る本件特許発明1の構成とすることにより,『流体室特に入口ポート側に押圧ばねや調整ねじ等の可動部材を設けなくとも済むので金属間接触による金属粉の発生がなく流体内への金属粉の混入がない。又流体と接触する金属面積を最小にできるのでバルブ本体は常に清浄に保たれ,又本体内から流体が漏れる問題が解消される。』という明細書に記載の効果を奏するものである。」
「本件特許発明2について検討すると,本件特許発明2は,本件特許発明1を引用するものであって,本件特許発明1が,甲1発明ないし甲7発明に基づいて,当業者が容易に発明することができたものとはいえないのであるから,同様に本件特許発明2は,甲1発明ないし甲7発明に基づいて,当業者が容易に発明することができたものとはいえない。」
(4) 請求人(原告)の主張について
「請求人は,『甲第4号証に記載の薄膜9は自己弾性復元力を有している』旨主張(審判請求書10頁7行,口頭審理陳述要領書10頁2ないし18行,第1回口頭審理調書2頁36行ないし3頁1行)するが,甲第4号証には,薄膜9が自己弾性復元力を有しているとは記載されておらず,また,『閉鎖片を有している弁棒』(翻訳文4頁8行),『弁棒と係合している薄膜とでシールされており』(翻訳文4頁15ないし16行),及び図面の記載からみると,薄膜9は,閉止片7と弁棒6(閉止片7を除いた部位)とで挟持して取り付けられているものであって,単に弁棒6の動きに追従して移動するものであるから,薄膜9自身に自己弾性復元力を有するものとまで解することはできない。したがって,請求人の上記主張に理由はない。
また,請求人は,『甲第4号証に記載の第2の熱的・電気的絶縁体13は,本件特許発明1のブリッジに相当する』旨主張(口頭審理陳述要領書12頁9ないし15行,第1回口頭審理調書3頁8ないし9行)主張するが,甲第4号証には,『(圧電駆動体20は?)弁本体1に対して,第2の熱的・電気的絶縁体13によって支持されている。』(翻訳文2頁26ないし27行),『熱的及び電気的に絶縁された支持構造により支持され,・・・(中略)・・・た圧電性結晶の積層体』(翻訳文4頁10ないし12行),及び図面の記載からみると,弁本体1に形成された保存空間4に薄膜9を介して第2の熱的・電気的絶縁体13が張り出すように載置されているものであって,弁本体1の対向する部位を架け渡すようなものではないから,ブリッジに相当するものではない。したがって,請求人の上記主張に理由はない。
さらに,請求人は,『甲4発明と甲6発明とは,同一の技術分野,構成,及び機能を奏するものであり,また小型化が,一般的課題であり,筒状の弁棒の中に圧電素子を入れることは,甲第5号証,及び甲第7号証に記載されているから,甲4発明に甲6発明を適用することは,当業者にとって容易に想到できるものである』旨主張(口頭審理陳述要領書14頁30行ないし15頁7行,21頁21ないし23行,第1回口頭審理調書3頁29ないし30行)が,上記『5.判断』の『・相違点2,及び3について』の説示のとおりである。したがって,請求人の上記主張に理由はない。
加えて,請求人は,『甲第6号証に記載の熱応動型駆動素子33を用いた駆動部を周知の積層型圧電素子を用いた駆動部に替えることは,当業者が必要に応じて容易に選択することができる設計的事項である』旨主張(口頭審理陳述要領書14頁26ないし28行,第1回口頭審理調書4頁3ないし5行)するが,甲第6号証に記載の熱応動素子33は,給水側に配置され,給水路を流れる流体の水温変化により,伸縮して給水量を制御するものであるから,熱応動素子33を,周知の積層型圧電素子に置換すると,周知の積層型圧電素子は,給水路を流れる流体の水温変化により,伸縮して給水量を制御するという作用を奏することはできないから,当業者が容易に選択できる設計事項ではない。」
第3原告主張の要旨
審決は,次のとおり,引用発明等の認定を誤り,容易想到性の判断を誤ったものである。
1 取消事由1(引用発明等の認定の誤り)
(1) 引用発明において,圧電素子駆動体20の他端は弁棒6を挿通させた第1熱的・電気的絶縁体12の下面側に,また,第1熱的・電気的絶縁体12の上面側は弁棒6にねじ込み固定した固定用部材(参照番号なし)の下面側にそれぞれ当接しており,圧電素子駆動体20の他端は弁棒6に接続されていない。
したがって,審決の,引用発明についての「一端が第2の熱的・電気的絶縁体13を介して前記弁本体1で支持されると共に,他端が前記弁棒6に接続した積層体からなる圧電駆動体20とを有し」との認定は誤りである。
(2) 甲6発明においては,熱応動素子33は,可動筒18の内部に配置されており,可動筒18の内部を流れる流体の温度変化により熱応動素子33が伸長し,これによって可動筒18が移動するものである。すなわち,可動筒18の片側部分(左側部分)を収納する本体1の調整室2と,熱応動素子33を収納する可動筒18とは,それぞれ機能を異にするものであり,熱応動素子33は本体9内に位置する可動筒18の他側部分(右側部分)の内部に配置されていて,調整室2の内部に配置されていないので,審決の,甲6発明についての「調整室2を流れる流体の温度変化により,調整室2の内部に配置された熱応動素子33が伸長して可動筒18が移動し」との認定は誤りである。
2 取消事由2(容易想到性の判断の誤り)
(1) 上記1(2)のとおり,審決の甲6発明の技術思想についての「・・・調整室2つまり給水路内に流体を流して,そこに配置された熱応動素子33が流体の温度を感知して・・・」との認定は,熱応動素子33の収納場所(収納位置)を正確に特定せずに行われたものであり,誤りである。
(2)ア 引用発明に甲6発明を適用できるか否かの判断に際して,両発明の課題や技術思想,技術分野の関連性,作用・機能の共通性等の検討は必要不可欠である。また,両発明が属する技術分野における両発明の「課題及び技術思想」の斬新さや,具体的な適用の内容(具体的な組合せ又は置換の内容)を全く検討せずに,これらを完全に無視し,単なる「課題及び技術思想」の違いのみから,引用発明に甲6発明を適用できないとすることは不当である。
イ 甲6発明の課題である「給湯器からの湯温を設定値に保持したり,給湯器の加温能力を超える流量の水が流れて,低温水が大量に流出することがないようにする」ことは,給湯器の技術分野の当業者にとっては共通の解決すべき課題であり,甲6出願時にはありふれたものであった。
また,甲6発明の「流体内に熱応動素子33を配置して,流量を制御する」との技術思想は,甲15や甲16,甲20ないし22等,バルブを含む流体の流量制御装置の技術分野においては,甲6発明の特許出願時に周知の技術思想であった。
そして,引用発明のパルス弁やパルス弁型流量制御装置の技術分野において,パルス幅を可変にしたり,パルス数を増加したり,流体の作動圧力(制御圧力)を高めたり,制御する流体の温度範囲を広くすることは,引用発明出願時の当業者にとって一般的な課題であった。
同様に,引用発明の「制御しようとする流体と弁の駆動手段(圧電駆動体20)を分離して流体を制御しようとする技術的思想」は,例えば甲2の第1図や甲3の第1図及び第2図,甲8中の特開昭62-177384号の第1図,特開昭62-35184号の第2図,甲14の図面等記載のとおり,引用発明出願時前に,弁や流体の流量制御装置の技術分野の当業者には周知の技術的思想である。
このほか,弁棒に相当する部材の内方を流体の通路とする技術も,甲21や甲23に記載されており,本件特許発明の出願時において周知技術であった。
さらに,圧電素子駆動体20及び熱応動素子33は,いずれも甲2の第1図,甲4の図面,甲7のFig.1,甲5の第1図,甲10の18頁の図2.8,甲16の第1図等に示されるように,周知技術である。
以上のとおり,引用発明と甲6発明の課題は,いずれもその属する技術分野においてありふれた課題であり,斬新さの全くないものである。同様に,引用発明と甲6発明の技術思想は,その属する技術分野においては,それぞれ公知の技術思想であり,斬新さはない。
ウ 甲6には,本件特許発明1に容易に想到することを妨げる記載や,これを引用発明に適用することを妨げることを示唆するような記載は全くない。
むしろ,引用発明と甲6発明は,弁の調整によって流体流量を制御するという点において同一の技術分野に属するものであり,技術的関連性を有するものである。
甲4のパルス弁と甲6の流量制御装置とは,弁棒6及び可動筒18への駆動力の伝達機構が,弾性体の弾性力により弁開度を減少させる方向に付勢する一方で,素子の伸長力によって弾性体の弾性力に抗して弁開度を増大させる方向に移動させるという機構においてそれぞれ共通性を有し,弁体への駆動力の伝達という点では技術思想を共通にするものである。
また,引用発明と甲6発明では,弁体である閉鎖部材7(又はケーシング26やOリング29)に上方への押圧力を伝達する弁棒6(又は可動筒18),駆動力発生源である圧電素子駆動体20(又は熱応動素子33)の発生する伸長力,駆動力の発生源の下端面を支持して,発生した伸長力を上向きの押圧力に変換する第2熱的・電気的絶縁体13(又は案内具32)及び弁棒6(又は可動筒18)を常時下向き(弁閉鎖方向)に押圧する弾性部材14(又はスプリング35)等からなる弁駆動部の構成や機能の点でも,極めて近似するものである。
さらに,相違点2及び5に係る本件特許発明1の創作において,引用発明に甲6発明から転用する技術的事項は,弁棒に相当する可動筒18と駆動源である熱応動素子33の一端部を支持する案内具32という機構的には極めて基礎的な技術手段に属するものである。
以上からすれば,当業者に対応する技術知識を有する発明の創作者が,「積層型圧電素子駆動体20の伸長力を上向きの押圧力に変換して,弾性部材14によりメンブレン及び閉鎖部材7にかかっている押し付け力を打ち消すように反転機構を有する引用発明の弁駆動部」の小型化やその製造及び組立ての容易化を図るために,周知の柱状の圧電素子駆動体を用いて引用発明の弁駆動部と同一の反転機構を有する弁駆動部を創作する場合に,引用発明の弁駆動部にこれと同一の反転機構の弁駆動部を有する甲6発明の弁駆動部の構成部材の一部である可動筒18及び案内具32の転用を想起することは,当業者が通常に発揮する創作力の範囲内である。
エ なお,引用発明の記載や特許出願当時の技術常識に基づいて合理的に本件特許発明の再構築ができること,すなわち引用発明に開示の技術事項の寄せ集め又は置換により,当業者が本件特許発明を容易に想到できたことを,原告が進歩性の判断に関連して主張することは当然である。
審決のような認定では,異なる技術思想が存在すれば,同じ技術分野であっても,発明を構成する技術的事項の一部の置換や転用がすべて認められ,発明の進歩性が過度に広く認められる結果を招き,不合理である。
(3)ア そもそも,引用発明の構成と本件特許発明1の構成の主たる相違点は,「弁棒の貫通穴空間」及び「積層型圧電素子の一端の支持機構」に関する点のみであり,これらは,「制御しようとする流体と弁の駆動手段(圧電駆動体)を分離して流体を制御するようにした構成」(引用発明の技術思想)及び「制御しようとする流体内に弁の駆動手段(熱応動素子33)を配置して流体を制御するようにした構成」(甲6発明の技術思想)とは,直接に関連を有しない。
したがって,相違点2及び5に関する本件特許発明1の構成とすることの容易想到性の判断に際しては,上記各相違点に関する各技術事項が公知であったか否か,仮に公知であったならば,これらを引用発明に組み合わせることが可能であったか否かを検討することが必要不可欠である。
しかるに,審決は,これらの検討を一切行うことなく,引用発明と甲6発明の構成間の相違を理由に,引用発明に甲6発明を適用することはできないとしており,同判断は誤りである。
イ ①甲6の弁駆動部は,流体により熱応動素子33が加熱されて伸張することにより作動すること,②甲4の弁駆動部は,圧電素子駆動体20への電力の入力により作動すること,③甲4の圧電素子駆動体20を甲6の熱応動素子33に取り換えても,熱応動素子33が流体により加熱されないものであるから,弁駆動部を作動させることができず,弁駆動部を駆動するためには,別途,加熱用電気入力が必要であること,④甲6発明の熱応動素子33を引用発明の圧電素子駆動体20に取り換えても,圧電素子駆動体20は水による加熱によっては作動しないので,弁駆動部を駆動するためには,別途,圧電素子駆動用の電気入力を必要とすること等は,いずれも,引用発明や甲6発明の当業者にとって,本件特許発明の出願時に自明のことであった。
このように,甲6発明やここで使用されている熱応動素子33の構造,特性,使用形態等は,本件特許発明の出願時に周知の事項であって,審決がいうように,引用発明の真空状態にある駆動空間10内へ甲6発明の熱応動素子33を配置した場合には,そのままでは真空の断熱作用によって甲6発明の熱応動素子33に流体の有する熱エネルギーが供給されないため,熱応動素子33が作動しないのは当然であり,当業者が,甲6発明の駆動手段(熱応動素子33)をそのまま引用発明のような真空の駆動空間内に配置して弁の駆動手段とするようなことは,技術常識からあり得ない。
引用発明に甲6発明を適用するということは,引用発明の駆動手段(圧電素子駆動体20)をそのまま甲6の駆動手段(熱応動素子33)に入れ替えするということだけに限定されるものではなく,引用発明の圧電素子駆動体20,第2熱的・電気的絶縁体13,弁棒6,弾性部材14等からなる弁駆動部に,甲6発明の弁駆動部を構成する可動筒18及び案内具32等の技術的事項を転用するということも含まれている。
審決は,単に,引用発明の駆動手段(圧電素子駆動体20)に代えて,甲6発明の駆動手段(熱応動素子33を引用発明の駆動空間10に配置すること)とし,熱応動素子33を真空の駆動空間10内に配置しただけでは熱応動素子33が作動せず,引用発明の技術思想の下での流体の制御を行うことができないため,引用発明において甲6を適用することにより相違点2,5に係る本件特許発明1の構成とすることは容易想到ではないと判断しているのみで,機械的なあてはめをしたにすぎず,甲6の構成を甲4に組み合わせることにつき検討したことにはならない。
ウ 本件特許発明,引用発明及び甲6発明の弁駆動部は,いずれも,駆動源(積層型圧電素子8,圧電素子駆動体20,熱応動素子33)の上方向への伸長力を下向きの押圧力に反転し,当該押圧力を用いて弁部(弁座3とダイヤフラム7,バルブシート5とメンブレン及び閉鎖部材7,コア部28・Oリング29等の弁部材)を作動させるという点で共通の技術思想を有するものである。
また,本件特許発明1と引用発明に設けられた両弁駆動部の反転機構は,弁棒12(又は弁棒6)と積層型圧電素子8(又は圧電素子駆動体20)との組合せ上の相対位置が異なるだけであり,いずれも弁駆動部の反転機構に係る技術思想としては新規性がなく,当業者が,同技術思想を基にして,その弁棒6と圧電素子駆動体20との組合せ上の相対位置を入れ換えることにより,本件特許発明1の弁駆動部を構成する場合に,共通の技術分野でしかも共通する技術思想の反転機構を備えた甲6の弁駆動部に着目してこれを甲4の弁駆動部に適用しようとすることは,バルブ等の設計業務においては当業者が通常一般的に行うことである。
そして,「可動筒18の内部に駆動源である熱応動素子33とこれを支持する案内具32を配置するようにした技術事項」を甲4の弁駆動部に適用するに際しても,これを阻害する特別の要因は全く見当たらない。
以上からすれば,甲6発明の弁駆動部を形成する可動筒18,案内具32及びスプリング35等の部材と公知の積層型圧電素子とを,引用発明の弁駆動部へ適用することにより,相違点2及び5に係る本件特許発明1の構成を容易に想到し得るものである。
(4)ア 甲7のFig.1からも明らかなように,甲7の弁棒に相当する弁本体28の中央部には,軸芯方向に貫通穴42が形成されており,この貫通穴42の中に第1圧電素子群60,62及び第2圧電素子群76,78が挿着されている。
審決は,「甲7発明には,弁本体と,該弁本体を貫通する孔に挿着された第1の圧電素子群及び第2の圧電素子群とを有する流体制御弁が記載されている」旨認定しているところ,甲7発明における弁本体28は,流体制御弁の弁体34を駆動させるための部材であるから,本件特許発明1の弁棒12や引用発明の弁棒8に相当するものである。
そうすると,審決は,甲7に「弁棒に貫通穴空間を形成し,積層型圧電素子を,該貫通穴空間に収容し,」との構成が開示されていることを実質的に認定したといえ,審決における「甲7発明を検討しても,弁棒に貫通穴空間を形成し,積層型圧電素子を,該貫通穴空間に収容し,」の構成が記載されていない旨の認定は誤りである。
また,審決においては,引用発明における積層型圧電素子の一端の支持構造に係る技術事項の記載又は示唆に対する考察が脱落している。
イ 相違点2及び5は,弁駆動部を形成する弁棒と積層型圧電素子と積層型圧電素子下端部の支持機構に関するものである。
そして,引用発明の第2熱的・電気的絶縁体13は,鍔状の円盤体に形成されているところ,ブリッジなるものは,必ずしも一本の柱状体(又は一枚の板状体)の形態のものに限定されず,本件特許発明1のブリッジ13と引用発明の第2熱的・電気的絶縁体13は,駆動源(積層型圧電素子8及び圧電素子駆動体20)の下端部を支持してその伸長力を上方への押圧力に変換するという点では,駆動源の支持体として実質的に同一のものである。
また,本件特許発明1の柱状の積層型圧電素子8と引用発明の円筒状の圧電素子駆動体20は,甲10の図2,8に積層素子及び管状素子(単管)として記載されているように,本件特許発明1の出願前に公知であり,甲5や甲7には,角柱状や円柱状の積層型圧電素子も開示されており,当業者は,圧電素子を適用する対象物の種類や必要とする駆動力及び変位量(移動量)等に応じて,円筒状や円柱状の形態のものを適宜選択していたものである。
さらに,引用発明の円筒状圧電素子駆動体20は,本件特許発明1の柱状積層型圧電素子8に比較して圧電素子駆動体20の外形寸法が大型になり,構造が複雑なので,製造に困難性が伴うなどの難点があるのに対し,本件特許発明1の柱状積層型圧電素子の場合には,小型化が容易な上に組立ても容易になるなどの利点があることは,本件特許発明の出願前に当業者に明らかであった。
以上のとおり,引用発明のように,円筒状の圧電素子駆動体20を利用して,その内部に弁棒6を配置する構成とするか,本件特許発明1のように,円筒状の弁棒12を使用してその内部に柱状の積層型圧電素子8を配置する構成とするかは「柱状の駆動素子を弁棒の内部に収容することが,甲7に記載されているように公知であること」を勘案すれば,当業者にとっては設計上の選択,すなわち単なる設計的事項にすぎないものである。
ウ 審決は,引用発明において,甲1ないし甲3発明,甲5発明及び甲7発明を適用することについての検討をしているが,その際,甲6発明を除いて検討しているところ,これは,先に「引用発明に甲6発明を適用できない」との誤った認定判断を行ったことによる結果であり,ここで甲6発明を含めて検討しなかったのは審理不尽というべきである。
そして,本件特許発明と各公知文献は,いずれも流量制御という深い関連を有する技術に関するもの(同一の技術分野に属するもの)であるところ,発明の創作に際して,発明の構成に必要な技術事項として関連する技術分野の公知文献に記載の技術的事項の適用を試みようとすることは,通常一般に広く行われているであるから,甲4の弁駆動部に,甲6の弁駆動部を構成する中空の可動筒18や案内具32等の技術的事項と甲7の弁棒の貫通穴内に柱状の積層型圧電素子を挿入するようにした技術的事項等とを組み合わせ,相違点2及び5に係る本件特許発明1の構成に至る動機付けは十分に存在するといえ,これを妨げる要因は存在しない。
(5) 「流体室特に入口ポート側に押圧ばねや調整ねじ等の可動部材を設けなくとも済むので金属間接触による金属粉の発生がなく流体内への金属粉の混入がない。又,流体と接触する金属面積を最小にできるのでバルブ本体は常に清浄に保たれ,又,本体内から流体が漏れる問題が解消されるという明細書に記載の効果を奏するものである。」との効果は,甲2,甲3,甲8に開示されているもので,本件特許発明1の出願前から周知の事項である。
また,上記の効果は,「弁棒に貫通穴空間を有し,この貫通穴空間内にブリッジを介して積層型圧電素子を支持する」との相違点2及び5に係る本件特許発明1の構成とすることにより奏されるものではなく,ダイヤフラム7によって流体室10と弁棒駆動部の収容空間とを気密に分離したことにより奏される効果であって,甲4や甲14でも同様の効果が奏されるものである。
このほか,①圧電素子及び装置全体の製造容易性,②装置の信頼性向上の点で優れた特性を有する旨の被告主張の特性については,いずれも本件特許発明に係る明細書に記載されていない上,上記①については,流量制御用バルブの技術分野における当業者であれば,本件特許出願時において容易に想到し得る一般的効用にすぎない。また,上記②については,圧電素子を円柱状とすることが必ずしも装置の信頼性向上につながるものではない。
なお,引用発明において,圧電素子駆動体20の上面側は,第1熱的・電気的絶縁体12の下面側に当接しているだけで,接続や固着されてはおらず,これが接続・固着されていることを前提とする被告の主張は誤りである。
したがって,審決による「相違点2及び5に係る本件特許発明1の構成とすることにより,本件特許発明1の明細書記載の効果が奏される」との判断は誤りである。
第4被告の反論
1 取消事由1(引用発明等の認定の誤り)に対して
(1) 原告作成の甲4の訳文には「第1の熱的・電気的絶縁体12は,弁棒6を圧電結晶の積層体からなる圧電駆動体20に接続しており」と明記されており(2頁25ないし26行),審決はこの記載に基づいて「一端が第2の熱的・電気的絶縁体13を介して前記弁本体1で支持されると共に,他端が前記弁棒6に接続した積層体から成る圧電駆動体20とを有し」と認定したものであって,誤りはない。
また,2つの部材が中間に別の部材を介して繋がっている場合,その中間の部材を省略して,2つの部材が「接続されている」と表現しても誤りではない(この点は,「接続」を「当接」と書き換えても同様である。)。そして,審決が固定用部材の存在を省略した表現をしたことは,進歩性の認定判断に何ら影響を及ぼさない。
(2) 甲6発明において,調整室2に流入した流体は,そのまま可動筒18の内部を流れて熱応動素子33の周囲を抜けていく。「調整室2」と呼ぶべき領域が,どの限度まで繋がっているかは不明確であるが,調整室2と可動筒18の内部が,連続した一つながりの流路であることは確かであり,可動筒18の内部もまた「調整室2」に含まれるとみても誤りとはいえない。
そして,審決は,このことを,「調整室2を流れる流体の温度変化により,調整室2の内部に配置された熱応動素子33が伸長して可動筒18が移動し」と表現したにすぎず,可動筒18と調整室2の機能が異なることは,「調整室2と可動筒18の内部が連続した流路となっている」ことに影響しない。
甲4と甲6の組合せの容易性を検討する上で重要な点は,甲6において「調整室2に流入した流体は,そのまま可動筒18の内部を流れて熱応動素子33の周囲を抜けていく」構造なので,「調整室2を流れる流体の温度変化により,(調整室2の内部に配置された)熱応動素子33が伸長して可動筒18が移動する」ことであり,この構造上の特徴については,審決のように可動筒18の内部も「調整室2」に含まれると表現するか,原告のように可動筒18の内部は「調整室2」とは別個の空間であると表現するかによって変わることはない。
2 取消事由2(容易想到性の判断の誤り)に対して
(1) 上記1(2)のとおり,甲6発明についての審決の認定は誤りではなく,仮に,可動筒18の内部を「調整室2」と呼ぶことが誤りであったとしても,「調整室2に流入した流体は,そのまま可動筒18の内部を流れて熱応動素子33の周囲を抜けていく」構造なので,「調整室2を流れる流体の温度変化により,(調整室2の内部に配置された)熱応動素子33が伸長して可動筒18が移動する」という点に誤りはない。
(2)ア 審決が,甲6の構成を甲4に組み合わせることは当業者にとって容易でないと判断した最も本質的な理由は,「引用発明は,制御しようとする流体と弁の駆動手段(圧電駆動体20)を分離して,流体を制御しようとする技術的思想を有するのに対して,甲6発明は,制御しようとする流体内に弁の駆動手段(熱応動素子33)を配置して,流体を制御しようとする技術思想を有する」という相違があるためである。
審決は,甲4及び甲6につき公知技術であることを認めているものであるが,甲4,甲6の課題や技術思想のそれぞれが,当業者にとって斬新さを有するものでなかったとしても,それによって,審決の判断が誤りになる理由はない。
また,甲4においては,バルブシート5に対して閉鎖部材7が当接したり離間したりすることで,流体の流れを閉じたり開いたりする,正に「弁」としての構造を有する流量制御機構を有している。これに対し,甲6の流量制御機構は,第4ないし6図からも明らかなように,コア部のリブの調節を行うことにより流量を変化させることはできても,流れを止めることはできず,流体の流れを止めることができないという点で,「弁」と呼べるか否か疑問である。
確かに,甲4と甲6の装置は「流体流量を制御するという点」においては共通するが,両者の流量制御機構は全く異なる構造を有しており,「弁の調節によって流体流量を制御するという点においては同一の技術分野に属する」との原告の主張は誤りである。
また,甲4と甲6とが,弁体への駆動力の伝達の方法において共通するとしても,その他の点で多くの相違があり,審決は,流量の制御機構が流体の内部にあるか外部にあるかの相違により,両者の組合せは困難であると判断したものである。
原告は,このほか,本件特許発明1と甲4,甲6の各部について対比し,「甲4と甲6の発明は,駆動力の伝達方法の点のみならず,弁駆動部の構成や機能の点でも極めて近似する」旨主張する。しかし,この対比には誤りが多く,上記原告の主張も誤りである。そもそも,審決が甲6を甲4に組み合わせることは困難であると判断した理由につき,誤りがあったことにはならない。
イ 本件特許発明1を知らない当業者が,甲6の中で,熱応動素子33を排除して弁駆動部を構成する可動筒18及び案内具32の部分のみを抽出し,甲4に組み合わせようとすることが容易であったか否かが,進歩性の判断に際して検討されるべきであるところ,原告は,完成した本件特許発明1を前提として,事後分析的な立場から,各公知技術から必要な箇所のみを抽出して組み合わせれば発明を構成することが可能だという主張を展開しているにすぎない。なお,原告の主張が「事後分析的」であるとは,組合せ容易性の判断手法についての問題であって,公知技術を組み合わせて本願発明に想到することが容易か否かは,当業者が本願発明を知らなかったことを前提に行わなければならない。
本件特許発明1を知らない当業者であれば,相容れない技術思想に基づく甲4の装置と甲6の装置から,適宜必要な要素を抽出して組み合わせることなど発想し得なかったはずである。
なお,原告の「当業者が,甲4の弁駆動部の反転機構に係る技術思想を基にしてその弁棒6と圧電素子駆動体20との組合せの上の相対位置を入れ替えすることにより,本件特許発明1の弁駆動部を構成することは,バルブ等の設計業務においては当業者が通常一般的に行うことである」との主張についても,同様に失当である。
また,「引用発明の圧電素子駆動体20を甲6発明の熱応動素子33に取り替えると,熱応動素子33が流体により加熱されないから弁駆動部を作動させることができない」という審決の認定は,甲4と甲6を比較した場合,ごく自然に導かれる相違であり,「機械的なあてはめ」との原告の批判は趣旨不明である。
なお,甲10は,積層型圧電素子についての一般的な解説書であり,ここにおいて,積層型圧電素子の形状として円筒状や筒状,角柱状のものが開示されているとしても,これらの開示と,本件での進歩性の判断との関連は不明である。
本件特許発明は,単に積層型圧電素子を柱状としたにすぎないものではなく,積層型圧電素子をアクチュエータとして使用する流体制御装置において,弁棒を弁座に当接・離間させることで開閉を行う構造の弁を使用し,その弁棒を駆動する構造として,中空の弁棒の内部に柱状の積層型圧電素子を使用した構造を選択したものであるところ,このような構造については,甲10には記載も示唆も存在しない。
(3) 原告は,甲7のFig.1において,弁棒に相当するのが弁本体28,貫通穴空間に相当するのは貫通穴42,積層型圧電素子は第1圧電素子群60又は62であると主張するものと解される。
しかし,本件特許発明1と甲7では,弁の構造が完全に異なっているため,この対比は成立しない。すなわち,甲7においては,弁本体は開口部の上を左右にスライドするだけで,本件特許発明1の弁のように,弁棒が弁座3から当接・離間しない。また,弁本体を左右に動かす仕組みは,第1圧電素子と第2圧電素子の片方に電圧をかけ,もう片方には電圧をかけるという方法によっており,本件特許発明1のような付勢手段の弾性力は使用されていない。さらに,甲7の装置では,弁の開口部にダイヤフラムも存在しない。
このように,本件特許発明1と甲7は,弁の構造が根本的に異なっており,甲7に本件特許発明1の「弁棒に貫通穴空間を形成し,積層型圧電素子を,該貫通穴空間に収容し」た構成が開示されているとはいえない。また,甲7以外の甲1ないし3,甲5においても,そのような記載や示唆はない。
なお,審決は,「甲7には,弁本体を貫通する孔に装着された圧電素子を有する流体制御弁が記載されている」と認定しただけであって,これが本件特許発明の「弁棒内部の貫通穴空間に収容されたブリッジで支持された圧電素子」という構成に対応するとか,類似するとは全く認定しておらず,審決の認定に誤りはない。
(4) 原告は,審決が,甲号各証の甲4への適用を検討する際に甲6を除いて検討しており,不完全な審理であると主張する。
しかし,甲3ないし7を具体的にどのように組み合わせれば本件特許発明に想到し得るのか理解不能である。
そもそも,仮に原告の主張どおり,これらの公知文献から必要な要素のみを抽出し組み合わせれば本件特許発明が構成できるとしても,これだけ多数の公知技術から必要な要素のみを抽出して組み合わせるなどということは,本件特許発明を知らない当業者にとっては,到底想到し得るものではなかったというべきである。
(5)ア 本件特許発明1と引用発明の最も重要な相違は,前者においては,中空の弁棒の内部に中実柱状の積層型圧電素子が収納される構成になっているのに対し,引用発明では,中空の積層型圧電素子の内部に,中実柱状の弁棒が収納される構成になっている点であり,弁棒と積層型圧電素子の内外が完全に逆になっている。
この構造の相違により,本件特許発明は,引用発明と比較して,以下の優れた特性を有する(なお,一般に,機械装置の部品は,形状が単純な方が製造も容易で,その分,信頼性も向上するのは当業者の常識であり,下記の特性は,引用発明と本件特許発明とを比較すれば,当業者には自明である。もっとも,これは「効用」についての容易想到性の問題であって,その「効用」を実現するための「構成」についての容易想到性の問題ではない。)。
① 圧電素子及び装置全体の製造容易性
甲4の圧電素子20は,ドーナツ状の形状をしており,その内部の中空部分に弁棒6が収容されている。このため,加工の難しい圧電素子が大型化する上,複雑な形状に加工する必要がある。
他方で,本件特許発明では,弁棒内側の貫通穴空間に積層型圧電素子を収容するので,積層型圧電素子の形状は最も小さくかつ簡単にすることができる。
② 装置の信頼性向上
甲4の原文には,第1熱的・電気的絶縁体は圧電素子駆動体20により弁棒6と「connects」していると記載されており,「connect」とは「結ぶ,つなぐ,連結する,接続する」と訳されるのが一般的である。以上からすれば,甲4では,弁棒と圧電素子が,絶縁体12を介して接続されているので,この接続面には強い「ずれ」の力が弁の開閉の度に発生するから,損傷の危険が高い。
また,甲4の構成では,機械的強度が金属よりも劣るセラミックスである圧電素子の円筒が,弁棒及び絶縁体12等の弁棒に接続する部材を含む駆動機構全体を支持する枠として機能する必要がある。このため,圧電素子の円筒には,圧縮力だけでなく,引張力や横方向の力が働く可能性がある。
これに対し,本件特許発明の構造であれば,積層体圧電素子は,上端部が弁棒に直接当接して,単純に押し上げるだけである。積層体圧電素子は,圧縮力には強く,破損の危険がある弁棒との接続部などは存在しない。弁棒の上下動は,積層型圧電素子とは切り離された円筒状部材で保持されガイドされるので,非常に信頼性の高い装置を得ることができる。
以上のとおり,内外逆構造の相違は,見かけの相違だけではなく,作用効果における大きな相違をもたらすものである。
イ なお,審決は,「相違点2,及び5について」部分において,7つの公知文献から容易に想到し得ない本件特許発明1の構成が有する作用効果を説明したものであって,相違点2及び5のみから得られる作用効果について説明した趣旨ではない。審決の上記部分全体を読めば,審決の判断に誤りがないことは明らかである。
第5当裁判所の判断
1 本件特許発明について
(1) 本件特許発明に係る明細書(甲12。平成19年7月11日付けの訂正審決によって認められたもの。なお,下線部は同訂正に係る部分である。)には,以下の記載がある(別紙1各図参照)。
「【請求項1】 流入口と流出口をつなぐ流路を有するバルブ本体と,該バルブ本体の流路の一部に設けられた弁座と,該弁座に対向して配置し,自己弾性復元力を有し,前記弁座に対し当接と離間をするダイヤフラムと,貫通穴空間を有するとともに,該ダイヤフラムに関して弁座とは反対側で上下動自在に設けた弁棒と,該弁棒を弁座方向に変位させ,前記ダイヤフラムを弁座に当接させる押圧力を生じる付勢手段と,電圧を印加することにより長さが伸長し,前記貫通穴空間に収容され,一端がブリッジを介して前記バルブ本体で支持されると共に,他端が前記弁棒に当接した積層型圧電素子とを有し,該積層型圧電素子の長さが伸長したとき,前記付勢手段の押圧力に抗して前記弁棒を押上げダイヤフラム自身が弁座から離間することを特徴とするノーマルクローズ型流量制御バルブ。
【請求項2】 特許請求の範囲第1項記載において,前記弁棒の上部に調整ねじ部材を設け,該ねじ部材の端部を前記積層型圧電素子の上部に係止させたことを特徴とするノーマルクローズ型流量制御バルブ。」
「[産業上の利用分野]
本発明は,流体の流量制御をするバルブに関し,特に積層型圧電素子を用いたノーマルクローズタイプの流体の流量制御バルブに関する。
[従来の技術]
従来の積層型圧電素子を用いたノーマルクローズタイプの流体を制御バルブは特開昭61-127983号公報に開示されており,これを第4図に示す。
バルブ本体1はその左側に入口ポート4をその右側に出口ポート5を,さらに中央に流体室を有し,この流体室は入口ポート4および出口ポート5と連通している。弁座3はバルブ本体1の流体室内に設置し,弁座3により流体室は入口ポート側と出口ポート側に2分されている。弁座3の中央に貫通孔をあけ弁口3aとなり,この弁口3aには下部から押圧ばね14の押圧力を受けたテーパ部を有する弁体15が弁口3aの下面に嵌合している。この押圧ばね14の押圧力により弁体15が弁口3aの下面に押付けられ常時閉の状態となっているノーマルクローズタイプの流量制御バルブである。
押圧ばね14の押圧力の調節はバルブ本体1の底部に設けた調節ねじ17によって行う。一方,バルブ本体1の上端面に筒状部材2を立設し,この筒状部材2の押え部材11およびボルトによって筒状部材2はバルブ本体1と固定されている。
筒状部材2の内部には積層型圧電素子8(ピエゾスタック)を設けてあり,この下端部が加圧部で積層型圧電素子8の歪力によって,下端部の下にあるダイヤフラム7を加圧し変位させる。ダイヤフラム7は金属製の円形状薄板で,この外周部がバルブ本体1に固定されている。この固定はダイヤフラム7をバルブ本体1の上面と筒状部材2の下面との間に挾着されている。ダイヤフラム7の下で積層型圧電素子8の加圧部に対向した位置に弁体15の開閉部材16があり,この開閉部材16は弁体15の上に固定されている。
ここで積層型圧電素子8のリード線8eと8fとの間にDC電圧をかけると積層型圧電素子8の歪変位が生じ歪力によってダイヤフラム7を下側へ変位させ,開閉部材16を加圧して,弁体15を下方へ押圧し,弁口3aが開かれる構造となっている。そして通常は押圧ばね14によって弁体15が弁座3の分口3aに押付けられており,閉の状態となっている。
[発明が解決しようとする問題点]
以上説明した積層型圧電素子を用いたノーマルクローズタイプの流量制御バルブは,弁座3の下方側,すなわち流体室の入口ポート4側に弁体15,押圧ばね14および調整ねじ17を設けている。このため,半導体製造装置等の超清浄度が要求される腐食性のガス等を流量制御するのに用いる場合では,上記の弁体15,押圧ばね14および調整ねじ17の可動部分が直接接触するので可動に供なう金属摩耗によって生じる金属微粉や微粉粒子が流体中に混入し,更に流体と接触する面積が大きくなるので腐食性のガスによってそれだけ流体室内が余分に汚染される。又洗浄するのも上記部品が流体室内にあるので洗浄が困難である。
又調整ねじ17を流体室内に設けてあるので調整ねじとバルブ本体とのシール構造が不安定となり,流体室内の流体が外部に洩出する恐れがある。
本発明の目的は,上記の問題を解消した積層型圧電素子を用いたノーマルクローズタイプの流量制御弁を提供することである。」(甲12 3頁35行~4頁33行)
「[実施例](中略)図において,バルブ本体1は,左側に流入口ポート4を中央に流入口ポート4に連通する垂直流路6を,この垂直流路6の上方にダイヤフラム7を収容する上部開放の流体室10を,右側に流体室10と連通する流出口ポート5を有し,垂直流路6の上部は弁口3aとなって弁口3aの上面は弁座3となっている。流体室10内の弁座3の上面には薄板で円板状のダイヤフラム7を流体室10の側壁に形成した段差部に載せてこのダイヤフラム7の上面外周をリング状のダイヤフラム押え9により押え,流体室10側壁段差部との間で挾着する。さらにダイヤフラム押え9の上面外周部は円筒状部材2によって押え,この円筒状部材2はリング状の円筒状部材押え11によって押え,この円筒状部材押え11はバルブ本体1の上面にボルト締結によって締結固定してある。このボルト締結によって円筒状部材2,ダイヤフラム押え9およびダイヤフラム7も本体上面に固定されている。ここで弁座3にダイヤフラム7が接触したりあるいは離れたりして,弁の開閉が行われる。
次に弁の開閉を行なう駆動部について説明する。上記本体1と固定した円筒状部材2内に弁棒12を設け,弁棒12の下端面をダイヤフラム7の中央部上面に接触させる。弁棒12は中間部に第1図で示すごとくこの軸直角方向に下部の端部および中間部の上端部を残して溝状の貫通穴空間21を形成し,上部外面を中間部の外径より小径の円筒状にしてこの段差部と円筒部材2の上部内面との間に付勢手段である押圧ばね14を設け弁棒12を下方に押圧している。そして弁棒上部の小径円筒部内面にめねじを設け,該めねじに調節用ボルト18を螺合し止めナット19を設けて調節用ボルト18の下端面を貫通孔空間21内に突出させてある。
この弁棒12の貫通穴空間21の下部において,貫通穴空間21を貫通し弁棒12の両側に突出した四角柱状のブリッジ13をダイヤフラム押え9の上面に渡る様に載せる。ブリッジ13の底面は弁棒12の貫通穴空間21の底部と弁棒が上昇する分以上の隙間をあけておく。そしてブリッジ13の中央部で貫通孔空間21内に柱状の積層型圧電素子8を裁置して設ける。従って積層型圧電素子8の下端はブリッジ13を介してバルブ本体1で支持され,且つ上端は弁棒12に当接している。積層型圧電素子8は,従来技術の積層型圧電素子と同様であり,板状の圧電素子と金属薄板を交互に重ね合せ積層したものである。この積層型圧電素子8にリード線8a,8bを通じて圧電をかけると,積層方向に歪を生じ変位し,例えば数10μ伸びる。この積層型圧電素子8の上端面は,弁棒12の上部に螺合する調節用ボルト18の下端面とねじり防止部品20を介在させて当接する様装着してある。
円筒状部材2は,下部外周面が拡径の段差部を有しこの段差部を円筒状部材押え11で押えることによってブリッジ13もダイヤフラム押え9上に固定される。円筒状部材2の中間部にはこの下部内径と同径の内周面を有しリード線8aおよびリード線8bが貫通する貫通孔があいている。円筒状部材2の上部内面は弁棒12の上部外周面とゆるく嵌合する内周面を有し弁棒は摺動できる様になっている。
次にこの第1実施例の積層型圧電素子を用いたノーマルクローズタイプの流体制御弁の開閉機構について説明する。まず,リード線8aおよびリード線8bを通じてDC圧電をかけると積層型圧電素子8が歪み変位し僅かに伸長する。この積層型圧電素子8の伸長により,この下端面はブリッジ13上に載置し,固定されているので弁棒12の上部に螺合した調節用ボルト18の下端面を弁棒12とともに,押圧ばね14に打ち勝って押上げる。
このとき,弁棒12の上昇によりダイヤフラム7も追随して上昇し弁座3とダイヤフラム7の下面が開き,流体は弁口3aから流体室10へ流れて弁が開となる。」(甲12 5頁3~40行)
「[発明の効果]
本発明による積層型圧電素子を用いたノーマルクローズタイプの流体制御バルブは,流体室特に入口ポート側に押圧ばねや調整ねじ等の可動部材を設けなくとも済むので金属間接触による金属粉の発生がなく流体内への金属粉の混入がない。又流体と接触する金属面積を最少にできるのでバルブ本体は常に清浄に保たれ,又本体内から流体が漏れる問題が解消される。」(甲12 6頁1~5行)
(2) 以上のとおり,従来の積層型圧電素子を用いたノーマルクローズタイプの流体制御バルブは,弁座の下方側の流路中に弁体や押圧ばね,押圧力を調節する調節ねじを設けており,流体と,弁体や押圧ばね等の可動部分が直接接触するので,可動に伴う金属摩耗によって生じる金属微粉や微粉粒子が流体中に混入するという問題を生じるとともに,調整ねじとバルブ本体とのシール構造が不安定となり,流体が外部に漏出するおそれがあった。
本件特許発明はこのような問題を解決するもので,バルブ本体の流路と,弁棒,付勢手段,積層型圧電素子等の弁を開閉するための機構との間にダイヤフラムを介在させ,弁を開閉するための機構を流体とは隔離した状態とし,また,弁棒が貫通穴空間を有し,一端がブリッジを介してバルブ本体で支持され,他端が弁棒に当接した積層型圧電素子を,前記貫通穴空間に収容した構成とし,積層型圧電素子に電圧をかけることにより,弁を開閉する構成としている。
このような構成とすることにより,特にダイヤフラムにより弁を開閉するための機構が流体とは隔離した状態であるため,流体内への金属粉の混入,弁本体からの流体漏出を防ぐことができるようにされている。
2 取消事由1(引用発明等の認定の誤り)について
(1) 原告は,引用発明において,圧電素子駆動体20の他端は弁棒6を挿通させた第1熱的・電気的絶縁体12の下面側に当接し,第1熱的・電気的絶縁体12の上面側は弁棒6にねじ込み固定した固定用部材の下面側に当接しており,審決の,「一端が第2の熱的・電気的絶縁体13を介して前記弁本体1で支持されると共に,他端が前記弁棒6に接続した積層体からなる圧電駆動体20とを有し」との認定は誤りである旨主張する。
また,原告は,甲6発明において,熱応動素子33は本体9内に位置する可動筒18の右側部分の内部に配置されていて,調整室2の内部に配置されていないので,審決の「調整室2を流れる流体の温度変化により,調整室2の内部に配置された熱応動素子33が伸長して可動筒18が移動し」との認定は誤りである旨主張する。
(2) 引用発明について
ア 引用発明の明細書(甲4の翻訳文)には次の記載がある(別紙2の図参照)。
「・本発明はパルス弁に関するものである。
・パルス状の気体又は液体ジェットを発生させるために,様々の種類の電磁的又は圧電的に駆動されるパルス弁が使用されている。」(甲4翻訳文1頁26~28行)
「・本発明の目的は,パルス幅が可変であること,150パルス/秒までのパルス列,ノズルの加熱と冷却の両方がされること,及び最高50barまで設定できる作動圧力を特徴とする,原子ビームスペクトロメータ用のパルス弁のノズルを提供することにある。
・この設計原理の特別な利点は,圧電駆動体が保存空間で優勢な作動圧力に対抗して機能する必要がないという事実によっている。
・従って従前のパルス弁より,かなり高い作動圧力を加えることができる。
・図は発明に係るパルス弁の縦断面である。
・パルス弁は,外すことのできるノズル本体2を有する弁本体1と,交換可能な,直径の異なるノズル開口を有するノズル部材3を備えることのできるポートとからなっている。
・弁本体1は,弁座5を収容できる保存空間4と,弁棒6と接続された閉止片7とを有し,接続管部8を通して気体,液体,或いは気体と液体の混合物の圧力媒体が供給される。
・弁棒6は,弁本体1に強固に取付けられた駆動体11の駆動空間10に差し込まれており,この駆動空間10は保存空間4に対して真空が保持されるように薄膜9により分離されており,排気が可能である。
・第1の熱的・電気的絶縁体12は,弁棒6を圧電結晶の積層体からなる圧電駆動体20に接続しており,また(圧電駆動体20は?)弁本体1に対して,第2の熱的・電気的絶縁体13によって支持されている。
・更に弁棒6は,駆動体11に弾性素子14と調整装置15により接続されている。
・駆動体11は真空ケーシング16中に設置されており,真空の筐体16は下端部で弁本体1と接続され,また上端部にフランジ接続部17を備えている。
・筐体16と駆動体11の双方は,ポンプノズル18と,孔19,19aを通して排気されている。
・熱的,電気的に絶縁する真空と,絶縁体12,13とは,圧電駆動部20を弁本体1の極端な温度から保護し,また,保存空間4内の圧力媒体は,ノズル本体2と同様に加熱又は冷却され得る。
・保存空間4内の圧力は,薄膜9及びそれに接続されている弁棒6を介して,円板ばねよりなる弾性素子14のばね力に対抗して作用する。
・調整装置15により圧力を,保存空間4中の最大の作動圧力と,弁棒6を閉じるために必要な最小の圧力との和に対応するように設定できるようにするために,円板ばねは抵抗力のあるものでなければならない。」(甲4翻訳文2頁8行~3頁9行)
「クレーム
1.流体を受入れる保存空間を規定し,前記保存空間から弁本体を通って伸ばされた弁ポートを有し,弁座を形成している弁本体と,
一端が前記弁ポートに隣接して可動的に配置され,(同じ)一端に前記弁座に着座させられ,また弁座に対して付勢されて前記弁ポートを閉じるように構成された閉止片を有している弁棒を備えた弁駆動部と,
前記弁棒の周囲に同心円状に配置され,前記弁棒とその他端で係合する圧電性結晶の積層体であって,熱的及び電気的に絶縁された支持構造により支持され,前記結晶に電圧を供給して前記弁を作動させる手段と結合された圧電性結晶の積層体と,
前記結晶の積層体を覆うと共に,前記弁本体と,前記弁本体の保存空間近傍の筺体を横断して広がり,前記筺体を前記保存空間から分離して前記駆動機構を前記弁本体に対して密封するように前記弁棒と係合している薄膜とでシールされており,その排気を可能にする手段を有している筺体と,
前記弁本体に取付けられ,前記弁ポート内に突き出しているノズル部を有し,ノズル部材を,前記ノズル部材の交換を容易にするために,前記ノズル部材が前記弁ポート内に配置されるように支持するノズル本体
とを備えた加圧極温(extreme temperature)流体用のパルス弁。
2.バネ素子が前記支持構造と前記弁棒との間に配置され,前記弁棒とそれに結合された薄膜に,前記保存空間内の流体によって加えられた圧力を補償するクレーム1記載のパルス弁。」(甲4翻訳文4頁3~24行)
イ 以上からすれば,引用発明は,パルス状の気体又は液体ジェットを発生させるためのパルス弁に関するものであり,弁座を収容し流体を受け入れる保存空間4と閉止片とを有する弁本体1と,弁棒6,圧電駆動体20等の駆動に関係する部材を配置するための駆動空間10を有する駆動体11が設けられている。
駆動空間10は,保存空間4に対して真空が保持されるように薄膜9により分離され,排気可能とされており,このため,圧電駆動体20は流体と分離されて接触しない構成とされている。そして,圧電駆動体20は,両端がそれぞれ熱的・電気的絶縁体12,13によって,弁棒6と弁本体1に接続・支持され,流体と接触することもないため,熱的にも電気的にも絶縁された状態を維持できるものと認められる。
したがって,引用発明における圧電駆動体20は,閉止弁を開閉させるために駆動力を発生する役割を果たし,熱的,電気的に絶縁するために流体とは隔離された状態に配置されるものである。
ウ 原告は,圧電駆動体20の他端は第1熱的・電気的絶縁体12に接続されており,弁棒6に接続されていないから,審決による引用発明についての「他端が前記弁棒6に接続した積層体からなる圧電駆動体20とを有し」との認定は誤りである旨主張する。
しかし,甲4の訳文には,「第1の熱的・電気的絶縁体12は,弁棒6を圧電結晶の積層体からなる圧電駆動体20に接続しており」と記載されているところ,弁棒6と圧電駆動体20の2つの部材が,第1の熱的・電気的絶縁体12を介してつながっている状態につき,中間の部材である「第1の熱的・電気的絶縁体12」を省略して「弁棒6」と「圧電駆動体20」とが接続していると表現しても,これが直ちに誤りであるとはいえない。
なお,本件特許発明の実施例では,「積層型圧電素子8の上端面は,弁棒12の上部に螺合する調節用ボルト18の下端面とねじり防止部品20を介在させて当接する」(甲12,5頁28~29行)構成とされているから,本件特許発明の請求項における「他端が前記弁棒に当接した積層型圧電素子」との記載は,積層型圧電素子が弁棒に直接当接することまで意味するわけではなく,両部材間で駆動力が伝達される関係にあることを表したものにすぎない。一方,引用発明においても,圧電駆動体20と弁棒6の間に熱的・電気的絶縁体12が介在しているが,圧電駆動体20の伸縮により弁棒6が上下動されるから,本件特許発明と同様に,両部材間で駆動力が伝達される関係にある。
以上からすれば,審決は,本件特許発明と同様,引用発明においても,両部材間で駆動力が伝達される関係にあることを,「圧電駆動体20の他端が弁棒6に接続する」旨表現したものとみることもでき,いずれにしても,同認定が誤りであるとはいえない。
(3) 甲6発明について
ア 甲6には,以下の記載がある(別紙3-1及び3-2の各図参照)。
「本発明は,比例制御式ガス給湯器の流量制御装置の改良に関するものであり,より詳細に述べれば,給湯器の能力外の出湯量域を自動的に自己規制すると共に,給水温の変化時においても設定温度を確実に維持させることができる流量制御装置に関するものである。」(甲6,1頁左下欄19行~右下欄4行)
「本発明は,上記問題を解決するために,給湯側の熱応動素子によつて蛇口の開度に関係なく給水量(=出湯量)を給湯器の最大能力曲線以下に規制すると共に,水温変化時に給水側の熱応動素子によつて給水量を補正して常に所望の出湯量を維持できるようにした比例制御式ガス給湯器用の流量制御装置を提供するものである。」(2頁左上欄17行~右上欄3行)
「第3図および第4図において,1は本体Aで,一端内部に中空な調整室2およびその底部に連通する給水入口3と,他端内部に中空な感熱室4およびそれに連通する給湯入口5および給湯出口6と,さらに前記調整室2と感熱室4とを貫通する中空段状の熱応動素子7の作用室8を備えている。9は前記調整室2と同径な貫通孔10をもつ本体Bで,一端部で前記本体Aと水密的に結合され,他端にバネ受座11を螺着している。12は流水感知室で,給水出口13を備え,接続筒14を介して前記バネ受座11に水密に固着されている。前記給水入口3,調整室2,貫通孔10,バネ受座11,接続筒14,流水感知室12および給水出口13からなる給水路が構成され,給水出口13は水管15によつて給湯器の受熱部16に接続され,前記受熱部16は出湯管17を介して前記給湯入口5に接続され,かくして給水入口3より給湯出口6に至る流水系路が形成されている。18は有底の中空部19をもち,外径が前記調整室2の孔径よりも小さい可動筒で,螺刻された頭部20を除いた部位が両側を切除されている。21は前記調整室2に嵌合し,前記可動筒18の頭部20に螺着される摺動筒で,螺着によつて後述の流量調整器25のハウジング26を可動筒18内に挟持している。22は摺動筒21に装着されるOリングである。23は流水スイツチの動作子であつて,給水路の流量が設定値以上になると第3図において右方に移動し,その頭部に固着されている磁性体によりリードスイツチ24がONされる。
第3図乃至第5図において,25は流量調整器で,硬質合成樹脂製のケーシング26,カバー・プレート27,波様外形のコア部28と,弾性質のOリング29とから成る公知のもののコア部28に調節杆30をナツト31をもつて固定したものである。32は案内具であつて,前記中空部19内に納められ,その鍔部32aが調整室2の段部2aに嵌められて固定されている。この案内具32と調節杆30とによりコア部28はケーシング26およびOリング29に同心状に遊嵌されている。熱応動素子7は例えばワツクス型のもので,その駆動子7aが前記調節杆30に当接している。33は給水量を補正させるための熱応動素子であつて,前記可動筒18の底部と前記案内具32との間に支持されている。スプリング34は前記ナツト31と案内具32との間に圧縮状に介装され,調節杆30を熱応動素子7の駆動子7aに当接するように付勢する。スプリング35は前記バネ受座11と可動筒18との間に圧縮状に介装され,可動筒18を左方に押すように付勢する。このスプリング35の付勢と前記熱応動素子33の駆動子の突出量によつて可動筒18すなわちケーシング26が静止する。」(2頁右上欄14行~3頁左上欄2行)
「次に,このように構成された流量制御装置の動作について説明するが,先ず,本発明に利用した公知の流量調整器25の調整原理について述べる。Oリング29は弾性変形材料からなり,水の流動がないときは,コア部28と離間距離を保つて環状を呈し,かつ静止位置にある。(第5図参照)。流量調整器25を通つて水が流れると,Oリング29はケーシング26の底面に押付けられ,コア部28の形状に影響されて生ずるOリング29前後差圧P1-P2によつてケーシング26の底面を収縮するように内方に滑る。差圧が増すとOリング29はコア部28の主リブfと支持リブgの山に圧着し,差圧が更に増すとリブ間の谷部に当接して通水路断面積が縮小されて,その大きさと関係づけられた流量に通水が絞られる。Oリング29の弾性(硬度,圧縮性)と共に,リブの高さと巾を通水圧に対応させて調節することによつて,どんな差圧(P1-P2)に対しても通水路断面積が,残部を通る流量が通水圧の全範囲に亘つて一定になるように自身で調節するのである。」(3頁左上欄6行~右上欄5行)
「以下,本発明による流量制御装置の作用を説明する。第3図において,給湯端末の蛇口を開けば給湯器の流水系路内に流れが生じ,給水圧力が給湯器の最低作動圧(=最低流量)以上になれば流水スイツチがONして,図示しない比例制御式ガス弁を動作状態にし,ガス弁が出湯温度の設定値に支配されてガス量を自動的に調節してガスをガスバーナに送出し,その燃焼熱によつて給水が加熱されて蛇口に給送される。
感熱室4内の熱応動素子7は設定温度の出湯の熱を感知して駆動子7aを一定量だけ突出させ,これにより流量調整器25の距離Lが変化して一定値に保たれる。この状態で流量調整器が既に説明した作用をするから,給水圧が変化しても最大出湯量は一定になる。したがつて給湯端末の蛇口の開度をより大きくしても出湯量は上記最大値より増えない。反対に蛇口の開度を絞つてゆくと給湯器の最低出湯量まで比例制御機構によつて出湯量に拘らず設定温度の給湯が得られる。或る設定温度で最大出湯量で(すなわち,最大能力で)給湯器を使用していて,設定温度をより高くすると出湯の温度が高くなり,熱応動素子7の作用で距離Lが少なくなり,新たな設定温度の最大出湯量まで自動的に絞られる。」(3頁左下欄3行~右下欄6行)
「次に,給水温度が変化すると給湯能力が変化し,例えば給水温が下がれば最大能力曲線が第1図に鎖線で示すように給湯能力が下がる。本装置においては,給水温が低下すると,熱応動素子33が感知して駆動子の突出量が減り,それによつて可動筒18がスプリング35の付勢を受けて左方に移動する。それに伴なつて流量調整器25のOリング29も左方に移動して給水量を絞る。したがつて給湯器の最大能力曲線が鎖線のように移動したとき自動的に給水量を補正して,上記出湯量の規制が変化した最大能力曲線に基づいて確実に行なわれる。」(3頁右下欄17行~4頁左上欄7行)
「上述のように,本発明による流量制御装置は,これを装備した比例制御式ガス給湯器において,出湯の熱に応答して最大能力で作動するときの設定温度に対応する最大出湯量を自動的に規制し,かつ水温の変化で給水量を補正して常に能力の自己規制を確実にしているから,使用者による過度の給湯蛇口の開成に拘らず,出湯が設定温度に保たれ,また給水温の低下時にも所望温度の出湯が得られないという不都合が解消されて,使用者が極めて平易かつ満足して給湯器を使用することができる。」(4頁左上欄15行~右上欄5行)
イ 以上のとおり,甲6は,比例制御式ガス給湯器に関し,給湯器の能力外の出湯量域を自動的に自己規制するとともに,給水温度が変化しても,設定温度を確実に維持させるように構成したものである。
このために,通水圧力(差圧)が高まると通水路断面積が縮小して流量を一定に保つ公知の流量調整器25に,給湯温度に応じてこの通水路断面積を変化させる熱応動素子7を組み合わせることにより,給水圧が変化しても,設定温度に応じた最大出湯量は一定になるようにされている。これに加え,調整室2,貫通孔10等からなる給水路内に配置された,頭部を除いて両側が切除された可動筒18内に,熱応動素子33を設け,給水温が低下すると,熱応動素子33が感知して駆動子の突出量が減り,これに応じて可動筒18が移動して流量調整器25の給水量を絞るように構成されている。これによって,給水温度が下がって給湯能力が低下しても,自動的に給水量を補正して,変化した最大能力に応じて出湯量の規制が確実に行われるようになっている。
このような構成により,甲6は,出湯の熱に応答して最大能力で作動するときの設定温度に対応する最大出湯量を自動的に規制し,かつ水温の変化で給水量を補正して,常に能力の自己規制を確実に行っており,使用者による過度の給湯蛇口の開閉にもかかわらず,出湯が設定温度に保たれ,また,給水温の低下時にも所望温度の出湯が得られないという不都合が解消されるものである。
すなわち,熱応動素子33は,給水路を流れる水に接し,水温に応じて駆動子の突出量を変化させ,これにより流量調整器25の距離Lを変化させることにより通水路断面積を変えるものであって,いわば水温を感知するセンサの機能を果たすものであり,流体と接触することに意味がある部材である。
ウ 原告は,甲6では,熱応動素子33は可動筒18の内部に配置され,可動筒18の内部を流れる流体の温度変化に応じて伸縮するものであり,可動筒18とは機能を異にする調整室2の内部に配置されていないので,審決による甲6発明についての「調整室2を流れる流体の温度の変化により,調整室2の内部に配置された熱応動素子33が伸縮して可動筒18が移動し」との認定は誤りである旨主張する。
甲6では,本体1(その一端内部に中空な調整室2を備える。)と本体9(調整室2と同径の貫通孔10を持つ。)とは,その一端部で水密的に結合され,第3図に示されるように,調整室2と貫通孔10とは,給水路を構成する一つながりの空間を形成し,その中に可動筒18が移動可能に配置されている。
熱応動素子33は,この可動筒18内に配置されているものであるが,調整室2と貫通孔10のいずれの側にあるかについては,必ずしも一義的に明らかではない。
しかし,熱応動素子33は,受熱部16で加熱される前の水温を測定するために,調整室2と貫通孔10により形成される一つながりの空間内に配置されて,調整室2と貫通孔10を通過する水に接触するように構成された部材である。すなわち,甲6においては,熱応動素子33がこの一つながりの空間に配置されて,調整室2及び貫通孔10を流れる水温を感知することに意味があるのであって,その具体的な位置が,調整室2側であっても貫通孔10側であっても,機能上,特段の差異はないものである。
このように,熱応動素子33が調整室2及び貫通孔10の内部の水温を感知する機能を有していることからして,審決の「調整室2の内部に配置された熱応動素子33」との認定が誤りであるとはいえず,仮に誤りであるとしても,熱応動素子33が,調整室2及び貫通孔10を含む一つながりの空間に配置されていることに変わりはなく,審決の結論には影響しない。
なお,原告は,調整室2と可動筒18の機能が異なると主張するが,この点についても,上記結論に何ら影響を及ぼすものではない。
(4) 以上のとおり,審決による引用発明及び甲6発明の認定に誤りはなく,仮に誤りがあるとしても,結論に影響を与えるものではなく,原告が主張する取消事由1は理由がない。
3 取消事由2(容易想到性の判断の誤り)について
(1) 審決が,本件特許発明1における,弁棒が貫通穴空間を有し(相違点2),当該貫通穴空間内に積層型圧電素子を収容する(相違点5)構成に関し,甲4発明の弁棒6や圧電駆動体20等からなる駆動手段に,甲6発明の熱応動素子33や可動筒18等からなる駆動手段を適用することは容易でないと判断した点について,原告は,この適用は当業者にとって容易であり,審決の上記判断は誤りである旨主張する。
そこで,引用発明の圧電駆動体20に係る構成に,甲6発明の熱応動素子33に係る構成を適用することの容易想到性について検討する。
前記2(2)のとおり,引用発明の圧電駆動体20は,電圧の供給により伸縮するものであって,閉止弁を上下動させるために駆動力を発生する役割を果たし,熱的,電気的に絶縁するために,流体とは薄膜により隔離された状態に配置されるものである。
他方で,前記2(3)のとおり,甲6発明の熱応動素子33は,熱によって伸縮するものであって,水温を感知して流量調整器25の距離Lを変化させて通水路断面積を変えるもので,いわば水温を感知するセンサの機能を果たすものであり,流体が自由に通過可能な可動筒18内部に配置されて流体と接触することに意味がある部材である。
そうすると,引用発明の圧電駆動体20と甲6発明の熱応動素子33とは,伸縮する原理も果たす役割も異なる上,前者は流体とは隔離された状態に配置される必要があるのに対し,後者は流体と接触することに意味があるから,両者は相反する要求のある部材であるといえる。
したがって,引用発明の圧電駆動体20に関する構成に,甲6発明の熱応動素子33に関する構成を適用することには阻害事由があるといえ,当業者がこれを容易に想到し得るものとはいえない。
以上のとおり,引用発明に甲6発明を適用して本件特許発明の相違点2及び5に係る構成とすることは容易でないとした審決の判断に誤りはない。
(2) 原告の主張について
ア 甲6発明における熱応動素子33の収納場所について
原告は,容易想到性の判断においても,審決が甲6の熱応動素子33の収納場所の認定を誤った旨主張するが,前記2(3)ウのとおり,審決の「調整室2の内部に配置された熱応動素子33」との認定が誤りとはいえず,仮にこれが誤りであったとしても審決の結論に影響を及ぼすものでもなく,原告の上記主張は理由がない。
イ 引用発明や甲6発明の課題等の周知性,共通性等について
(ア) 原告は,引用発明に甲6発明を適用できるか否かは,両発明の技術分野の関連性,作用や機能の関連性,各技術分野における両発明の課題及び技術思想の斬新さ,具体的な適用の内容などを考慮した上で判断されるべきところ,両発明の課題や技術思想はありふれており,両者は弁の調整によって流体流量を制御するという点において同一の技術分野に属し,機構,弁体への駆動力の伝達の点で技術思想を共通にし,弁駆動部の構成や機能の点でも極めて近似し,圧電素子駆動体20及び熱応動素子33は,いずれも周知の技術であって,引用発明に甲6発明から転用する技術的事項は,機構的には極めて基礎的な技術手段に属するものであるから,引用発明と甲6発明の目的及び課題が異なることが,上記適用を否定する根拠にはなり得ない旨主張する。
(イ)a 証拠(甲2,5,7,10,16)によれば,以下の事実が認められる。
甲2の第1図には,圧電素子8aを積層したピエゾスタック8が示され,甲7のFig1には,第1圧電素子群60,62,第2圧電素子群76,78が示され,甲5(特開昭58-152986号公報)の第1図には,ピエゾ体7(ピエゾ素子がその電極とともに積層されたもの)が示され,甲16の第1図には,熱応動弁6が示されている。
このほか,甲10(株式会社日本工業技術センター発行 内野研二著「圧電アクチュエータ開発・応用の要点」と題する書籍)の18頁の図2.8の「変位素子デザインの基本型」には,圧電材料による素子が示されている。
b証拠(甲2,3,8,14ないし16,20ないし22)によれば,以下の事実が認められる。
甲2(特開昭61-127983号公報)には,流路とピエゾスタック8をダイヤフラム7で隔離した流体制御用バルブが記載されている。
甲3(特開昭61-244976号公報)には,流路とスピンドル18をNi-Ti合金製ダイヤフラム17で隔離した流体遮断開放器が記載されている。
甲8(特公平6-12146号に係る特許異議申立書)中の特開昭62-177384号公報には,流路と圧電積層体13がダイヤフラム板12で隔離された圧電駆動式弁が記載されている。
甲8中の特開昭62-35184号公報には,流路と形状記憶合金製スプリング18がダイヤフラム15で隔離された自動制御機器が記載されている。
甲14(フランス国特許公開第2425599号明細書)には,流路と圧電積層体19が弁部品1で離隔された流量調節バルブが記載されている。
甲15(特開昭51-31927号公報)には,熱応動伸縮装置1のケース2が周囲の液温により伸縮部材6を伸縮し,温度変化により自動的に流路を開閉する熱応動式分岐流路開閉弁が記載されている。
甲16(特開昭54-84636号公報)に記載された「ガス器具の燃焼制御装置」においては,湯温検出器14を設け,その検出温度に応じて熱応動弁6の開閉を制御することとされている。
甲20(特開昭55-119266号公報)には,流路に感温作動体11を設けた感温式流量制御装置が記載されている。
甲21(特公昭59-28794号公報)には,流路に熱膨張可能部材8(24)を設けた制御弁が記載されている。
甲22(特開昭58-102878号公報)には,流体の温度上昇により膨張する熱膨張部材8を用いた温度検出型切替弁が記載されている。
(ウ) 上記(イ)aのとおり,甲2,5,7,10には引用発明の圧電駆動体に対応する部材が,甲16には甲6発明の熱応動素子に対応する部材が,それぞれ記載されている。
しかし,機械装置は各種の構成要素が組み合わされることにより全体として作動するものであり,個々の構成要素が周知ないし基礎的な部材であることによって直ちに,これらの部材が協働して実現される機械装置全体が容易想到となるものではない。
また,上記(イ)bのとおり,甲2,3,8,14には,引用発明の課題や技術思想に類似した記載があり,甲15,16,20ないし22には,甲6発明の課題や技術思想に類似した記載がある。
このように,引用発明や甲6発明が有する課題や技術思想が周知であるとしても,前記(1)のとおり,引用発明の圧電駆動体20と甲6発明の熱応動素子33とは,伸縮する原理も果たす役割も異なる部材である上,前者は流体と隔離された状態に,後者は流体と接触する状態に置く必要があるなど,その環境も相反する。以上からすれば,引用発明の圧電駆動体20に関する構成に,甲6発明の熱応動素子33に関する構成を適用することは阻害事由があるというべきであって,課題,技術思想がありふれていることが上記阻害事由を解消するものではない。
(エ) 仮に,引用発明と甲6発明とが,弁の調整によって流体流量を制御するという点において同一の技術分野に属し,構成,機構,技術思想等において共通又は類似しているとしても,引用発明は,電圧の供給により伸縮する圧電駆動体20により,これを熱的,電気的に絶縁しつつ,150パルス/秒で閉止弁を上下動させることを実現した技術思想を開示するものであり,甲6発明は,熱によって伸縮する熱応動素子33を,流体に接触させることにより水温を感知させ,流量調整器25の通水路断面積を変える技術思想を開示するものである。
以上からすれば,引用発明と甲6発明は,技術思想において共通するとはいえず,圧電駆動体20と熱応動素子33は,全く異なる部材であるから,相互に転用することはできないというべきである。
(オ) 以上のとおり,引用発明や甲6発明の課題等の周知性,共通性等を根拠として容易想到性があるとの原告の主張は理由がない。
ウ 引用発明と甲6発明における駆動手段の相違を考慮した上での容易想到性について
(ア) 原告は,①相違点2及び5と,駆動手段を流体の内外いずれに配置するかということとは,直接関係がなく,②本件特許発明1と引用発明に設けられた両弁駆動部の反転機構は,弁棒と圧電素子との組合せ上の相対位置が異なるだけであり,③引用発明と甲6は,共通の技術分野で,共通する技術思想の反転機構を備えており,甲6の技術事項を引用発明に適用することを阻害する特別な要因は全く見当たらず,④引用発明の駆動手段(圧電素子駆動体20)をそのまま甲6の駆動手段(熱応動素子33)に入れ替えることができないのは自明であって(甲25参照),甲6発明の弁駆動部を形成する可動筒18,案内具32及びスプリング35等の部材と,公知の積層型圧電素子とを引用発明の弁駆動部へ適用することにより,相違点2及び5に係る本件特許発明1の構成を容易に想到し得る旨主張する。
(イ) 原告が主張するとおり,本件特許発明1と引用発明との相違点2及び5と,駆動手段を流体の内外いずれに配置するかという点は,直接の関係はない。
しかし,前記イのとおり,引用発明と甲6発明とは,その開示内容からみて,技術思想が共通するとはいえない。また,前記(1)のとおり,引用発明の圧電駆動体20に関する構成に,甲6の熱応動素子33に関する構成を適用することには阻害事由があり,容易ではない。
なお,原告は,甲6発明において,熱応動素子33を除き,可動筒18,案内具32,スプリング35等の部材のみを引用発明の弁駆動部に適用することが容易である旨主張するが,このように,発明の構成の一部のみを抽出して,技術思想の異なる別の発明に適用することは,創作を要するものであって,もはや容易想到であるとはいえず,原告の上記主張は採用できない。
(ウ) 以上のとおり,原告の主張は理由がない。
エ 甲7発明に基づく原告の主張について
(ア) 原告は,①審決による,甲7に「弁棒に貫通穴空間を形成し,積層型圧電素子を,該貫通穴空間に収容し」との構成が記載されていないとする認定は誤りであり,②審決は,引用発明への甲各号証の適用を検討する際に,甲6発明を除いているから,審理不尽であり,③引用発明の弁駆動部に,甲6の弁駆動部を構成する中空の可動筒18や案内具32等の技術的事項と甲7の弁棒の貫通穴内に柱状の積層型圧電素子を挿入するようにした技術的事項等とを組み合わせ,相違点2及び5に係る本件特許発明1の構成に至る動機付けは十分に存在するといえ,これを妨げる要因は存在しない旨主張する。
(イ) 甲7の記載事項について
a 甲7には,以下の記載がある(別紙4各図参照)。
「本発明は,流体制御弁に関し」(2頁左上欄3行)
「室14には弁本体26が配置される。この場合,弁本体26には第1乃至第6の突出する弁体30,32,34,36,38および40が形成され,弁本体28の両端部は前記室16の内部において摺動自在に配置しておく。
次に,前記弁本体28の中央部を水平方向に貫通する孔42を設け,この孔42に前記弁本体28を水平方向に移動する一対の弁体駆動機構44,46を嵌合する。すなわち,第1図から諒解されるように,ハウジング12に鍔受部を有する孔48,50を前記孔42に対応するように画成し,これらの孔48,50に夫々鍔部52,54を有するロッド56,58を嵌着する。ロッド56,58の先端部には各々第1の圧電素子群60,62を装着し,また前記圧電素子群60,62の先端にやや短めのロッド64,66を固着する。そして,ロッド64,66にはさらに一組の保持板68,70並びに保持板72,74により挟持された第2の圧電素子群76,78を夫々装着しておく。」(2頁右下欄3行~3頁左上欄1行)
「そこで,以上のように構成される流体制御弁10の作用について説明する。
先ず,リード線96,98を介して第2圧電素子群76に所定の電圧を印加する。この結果,第2圧電素子群76は,図において矢印A方向に変位するために弁本体28に設けられた孔42の壁部に圧接し,結局,前記弁本体28をクランプするに至る。次いで,リード線84,86を介して所定の電圧を前記第1圧電素子群60に印加すれば,これを構成する圧電素子80は,全体として矢印B方向に伸長する。この場合,ロッド56は,ハウジング12に固定されているために圧電素子80の伸長はクランプされた弁本体28に伝達されてこれを矢印B方向に移動させる。すなわち,この時点では他方の第1圧電素子群62,第2圧電素子群78は滅勢状態にあるために前記作用は容易に達成される。この結果,弁体30乃至40が移動するために,圧電素子80に印加される電圧によって第1ポート用孔18,第2ポート用孔20,第1排出孔22,第2排出孔24および流体供給用孔26がその開孔面積を少なくされるか,あるいは全く閉塞され流体制御が好適に達成されることになる。
これと反対に,弁本体28を原位置に復帰させようとする場合には,第1圧電素子群60,第2圧電素子群76を滅勢し,これに代えて第1圧電素子群62,第2圧電素子群76を付勢すればよいことは明らかであろう。」(3頁右上欄8行~左下欄15行)
b 以上のとおり,甲7では,本件特許発明の弁棒に相当する弁本体28に貫通孔42が形成され,この貫通孔42の中に第1圧電素子群60,62及び第2圧電素子群76,78が挿着されており,弁本体28をFig.1の矢印B方向へ移動させる場合には,第2圧電素子群76に所定の電圧を印加して,第2圧電素子群76を貫通孔42の壁部に圧接し,その後,第1圧電素子群60を作動させ,これを伸長させることにより弁本体28が矢印B方向に移動される構成となっている。
このように,甲7においては,弁の構成が,「ダイヤフラムに関して弁座とは反対側で上下動自在に設けた弁棒と,ダイヤフラムを弁座に当接させる押圧力を生じる付勢手段と,積層型圧電素子とを有し,同積層型圧電素子への電圧印加により,付勢手段の押圧力に抗して弁棒を押し上げてダイヤフラム自身が弁座から離間する」という形式の本件特許発明とは全く異なる上,各圧電素子の伸縮方向に配置され,駆動部材の一部を構成するといえるロッド56,58が,(本件特許発明の弁本体に相当する)ハウジング12に固定されており,一端がブリッジを介してバルブ本体に支持させる構成になっていない。
したがって,審決における甲7の認定に誤りはない。
なお,審決は,「弁棒に『貫通穴空間』を形成し,積層型圧電素子を該『貫通穴空間に収容』し,その一端を『ブリッジを介して』バルブ本体に支持させる構成」は甲7に記載も示唆もされていないと認定したところ,原告は,「ブリッジを介してバルブ本体に支持させる」との点を除いて主張しており,この点においても失当である。
(ウ) 審理不尽であるとの原告の主張について
審決は,「弁棒に『貫通穴空間』を形成し,積層型圧電素子を,該『貫通穴空間に収容』し,その一端を『ブリッジを介して』バルブ本体に支持させる」相違点2及び5に係る構成は,引用発明に甲6発明を適用することにより,想到することはできないとした上で,甲1ないし甲3,甲5,甲7を検討しても,同構成が記載も示唆もされていないから,同構成とすることは容易に想到できないと判断している。
以上のとおり,審決は,引用発明に甲6発明を適用する(組み合わせる)ことについて検討した後,甲1ないし3,甲5,甲7の構成をすべて考慮しても,相違点2及び5に係る構成とすることは容易ではないと判断しているので,審理不尽をいう原告の主張は当たらない。
(エ) 甲7を考慮した上での容易想到性について
前記(1)のとおり,引用発明に甲6発明を適用することには阻害事由があり,甲7において,弁本体28の貫通孔内に圧電素子が挿着された構成が記載されていても,上記阻害事由が解消されるものではない。
そもそも,甲7においては,本件特許発明,引用発明及び甲6発明のものとは弁の構成が異なっており,その一端を「ブリッジを介してバルブ本体に支持された構成」ともいえない。
したがって,甲7を考慮したとしても,引用発明に甲6発明,甲7発明を適用して相違点2及び5に係る構成とすることは,当業者にとって容易ではない。
(オ) 以上のとおり,甲7に関する原告の主張は理由がない。
オ 本件特許発明1の効果について
(ア) 原告は,流体内への金属粉の混入がないなどの本件特許発明の効果は周知である上,相違点2及び5に係る構成とすることにより奏されるものではなく,「相違点2及び5に係る本件特許発明1の構成とすることにより,本件特許発明1の明細書に記載の効果が奏される」との審決の認定判断は誤りである旨主張する。
(イ) 流体内への金属粉混入の防止が,相違点2及び5の構成のみから得られるものでないことは,原告主張のとおりであるが,前記1(2)のとおり,本件特許発明は,全体として,弁を開閉させるための機構がダイヤフラムにより流体と隔離されているため,金属粉が流体内に混入するのを防ぐ効果を有するものである。そして,相違点2及び5に係る構成は,本件特許発明がこのような効果を実現する上での一つの構成要素であり,この構成要素を含んだ発明全体として,上記効果があることに誤りはない。
もっとも,前記(1)のとおり,そもそも引用発明において,相違点2及び5に係る構成を採用すること自体が容易ではないものである。
(ウ) 以上のとおり,本件特許発明の効果に関する原告の主張は理由がないため,被告が主張する①圧電素子及び装置全体の製造容易性,②装置の信頼性向上等の効果の有無については,検討するまでもない。
(3) このように,原告主張の取消事由2は理由がない。
4 以上のとおり,審決の認定判断に原告主張のような誤りはなく,原告の請求は棄却を免れない。
(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 東海林保 裁判官 矢口俊哉)