知財高等裁判所 平成21年(行ケ)10231号 判決 2010年2月24日
原告
大成建設株式会社
訴訟代理人弁理士
米田昭
被告
清水建設株式会社
訴訟代理人弁護士
近藤惠嗣
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2007-800217号事件について平成21年6月30日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1 本件は,原告を特許権者とし発明の名称を「地下タンクの構造」とする特許第3886275号に対し,被告から特許無効審判請求がなされたところ,特許庁が平成21年6月30日付けでその請求項1を無効とする審決をしたことから,原告がその取消しを求めた事案である。
2 争点は,上記請求項1に係る発明(本件特許発明)が,下記甲1,2に記載された発明との関係で進歩性(特許法29条2項)を有するか,等である。
記
・ 甲1:実願平2-94761号(実開平4-53696号)のマイクロフィルム(考案の名称「地下式貯槽構造物」,出願人株式会社大林組,公開日平成4年5月7日。以下この発明を「甲1発明」という。)
・ 甲2:特開平6-270990号公報(発明の名称「地下タンクの構造」,出願人東京瓦斯株式会社・清水建設株式会社,公開日平成6年9月27日。以下この発明を「甲2発明」という。)
第3当事者の主張
1 請求の原因
(1) 特許庁等における手続の経緯
ア 原告は,平成10年12月9日に本件特許出願(特願平10-350451号。特許願〔甲18〕)をし,平成18年12月1日に,特許第3886275号として設定登録を受けた(請求項1~3。甲5〔特許公報〕。以下「本件特許」という。)。
イ これに対し,被告から平成19年10月5日付けで請求項1~3について特許無効審判請求(甲8)がなされ,同請求は無効2007-800217号事件として係属したところ,特許庁は,平成20年9月8日,「特許第3886275号の請求項1,請求項2及び請求項3に係る発明についての特許を無効とする。」旨の審決(第1次審決,甲27)をした。
ウ そこで原告は,平成20年10月20日に上記第1次審決の取消しを求める訴えを当庁に提起し(平成20年(行ケ)第10379号事件),平成20年12月1日付けで特許庁に訂正審判請求(甲6)をしたところ,当庁は平成21年2月12日,特許法181条2項に基づき上記審決を取り消す旨の決定をした。
エ 上記決定により特許庁において前記特許無効審判請求が再び審理されることになり,また上記訂正審判請求が訂正の請求とみなされた(以下「本件訂正」という。請求項2,3は削除。)ところ,特許庁は,平成21年6月30日,「訂正を認める。特許第3886275号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」旨の審決(第2次審決)をし,その謄本は平成21年7月10日原告に送達された。
(2) 発明の内容
本件訂正後の請求項1に係る発明の内容は,次のとおりである(下線は訂正部分。以下「本件特許発明」という)。
「【請求項1】
側壁と,底板と,屋根と,側壁の外周に設置した地下壁とによって構成した地下タンクにおいて,
地下壁の上端に,外周方向に向けて取付けた棚板と,棚板の上に地下タンク構築後に搭載した荷重盛土とによって構成し,
側壁と,底板と,屋根と,地下壁と,地下壁の上端の外周に取付けた棚板と,棚板の上に地下タンク構築後に搭載した荷重盛土の重量の和が,底板に下から作用する揚圧力と等しいかそれよりも大きい形状に構成した,地下タンクの構造。」
(3) 審決の内容
ア 審決の内容は別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,本件訂正は訂正要件を備えるものであるとした上,訂正後の本件特許発明は,甲2発明・甲1発明及び周知の事項から容易に発明をすることができたから特許法29条2項の規定に違反し無効である,等としたものである。
イ なお,審決が,上記判断に関して認定した甲2発明の内容,及び本件特許発明と甲2発明との一致点及び相違点は,上記審決写し記載のとおりである。
(4) 審決の取消事由
しかしながら,審決には,以下に述べるとおりの誤りがあるから,違法として取り消されるべきである。
ア 取消事由1(甲2発明の内容,本件特許発明との一致点・相違点の認定及び進歩性についての判断の誤り)
(ア) 審決は,甲2の図1(後記のとおり)を根拠に甲2発明は,「ガイドウォール6の上に搭載した土」との構成を備えるものと認定したが,誤りである。
甲2には,地表面とガイドウォールとを関連付ける記載は明細書には見当たらないことから,甲2において図1で説明しようとする内容は,地下タンクであること,外側ガイドウォール6を地下水位より上方に構築したことにあるといえる。甲2の図1は,形状,位置関係,寸法等を正確に描いた設計図ではなく,地下タンクの技術思想を説明するため概念的に表した図面でしかない。甲2の明細書全体の記載から把握される技術思想は,図1においては,タンクが地下に構築されたものであることを示すとともに,ガイドウォール6が地下水位より上にあることを示すことができればよい。図1に地表面を示す線がガイドウォールの上にあるように描かれているからといって,ガイドウォール6の上に搭載した土が認定できるものではない。
図1について【図面の簡単な説明】には,「本発明の地下タンクの構造を示す断面図である。」とあり,地下タンクの構造を示す断面図であることは理解できるものの,この断面図が地下タンクをどの面に沿って切断した図面であるかについても不明であり,ガイドウォールが地表面より下方に構築されるか否かについて明細書に全く記載されていないことからみて,ガイドウォールと上方水平線との間隔が何を意味するか一義的に解することはできない。明細書に説明がない図面の詳細構造は,当業者が技術常識を駆使したとしてもその内容を詳細・正確に特定することはできない。
したがって,図1の記載のみから,「土」が存在すると認定することは根拠がない。
(イ) また,審決は甲2のガイドウオールについての認識を誤っている。甲2は,被告が出願人の1人となっている公開特許公報であるところ,甲2に係る特許出願には,甲1を引用文献の一つとした拒絶の理由が通知されたところ(平成14年6月28日付け拒絶理由通知書,甲16),これに対する被告他1名(甲2の出願人ら)の意見書(甲17)において,「引例2(判決注:本件甲1)には,側壁の上端部近傍の外周縁に張り出しスラブを設けた構造の地下式貯槽構造物が開示され,その張り出しスラブが本願発明(判決注:本件甲2)における外側ガイドウォールに相当するかのような指摘がある。しかし,この引例2における張り出しスラブは本設の側壁の上端部にその一部として(すなわち本来的に本設として)設けられるものであるから,これは本願発明の外側ガイドウォールと同一視できるようなものではない。勿論,本来的に仮設として設ける外側ガイドウォールを最終的にはジベルによって地中連続壁に対して一体化させた状態で残置するという本願発明の特徴については,この引例2には当然に何等の開示がない。」(2頁10行~17行)としている。
上記のように,甲1発明の「張り出しスラブ」は,地下タンク本体である側壁と一体化された本設の構造物である。
これに対し,本件特許発明の棚板は,仮設の地下壁の上端の外周に取付けられた仮設の構造物である。
この点について審決は,「被請求人が挙げる特許出願は,本件特許に係る出願とは関係のない異なる出願であり,同出願手続きにおける請求人の主張は本件審理とは無関係である。」(24頁22行~24行)とした。しかし,甲2に開示された技術内容は,その出願時点と無効審判請求時点とで異なるものではなく,同一のものである。出願時における甲2発明についての出願人の一人である被告の認識・主張を参酌しても,甲2発明は仮設のガイドウォールに関するものであり,甲1発明は荷重盛土を搭載する本設の張り出しスラブであるから,両者は地下タンクの構成要素としては,機能,構造において異質のものである。
(ウ) また,審決が,甲2発明の地下タンクの構造に係る重量は,「前記側壁4と,前記底版3と,前記屋根5と,前記連続地中壁2と,ガイドウォール6の重量の和である」と認定したが,この「地下タンクの構造に係る重量」が,甲2発明のいう「地下タンクの構造体の重量」を意味するのであれば,これは誤りである。
甲2の明細書の記載全体をみても,外側ガイドウォールの重量は,地下タンクの構造体の重量に加算できることは理解できる。ところが,この地下タンクの構造体の重量は,如何なるものの重量成分から構成されるかについては,明細書に記載されておらず不明である。
にもかかわらず審決は,この不明な地下タンクの構造体の重量は,前記側壁4と,前記底版3と,前記屋根5と,前記連続地中壁2と,ガイドウォール6の重量の和であると断定しているが,その根拠は明示されていない。
甲2には,「【0009】 これら連続地中壁2と,底版3と,側壁4と,外側ガイドウォール6とは,鉄筋コンクリートから所定の厚みに形成されている。…」「・【0012】このような地下タンクの構造1によれば,連続地中壁2の頂部は,その外側に設置された外側ガイドウォール6にジベル7で結合したから,外側ガイドウォール6の重量を地下タンクの構造体の重量に加算できる。このため,地下タンクの構造体における地下水の浮力に対する安全性を維持できるとともに,側壁4や底版3を周囲の地盤の圧力に対抗できる必要な強度の厚みに形成できるから,側壁4や底版3を薄くでき,地盤を掘削する量を低減でき,側壁4や底版3に要するコンクリートの量を低減できる。したがって,地下タンクの構造1の施工期間を短縮でき,地下タンクの構造1の施工に要する費用を低減できる。」と記載されている(下線は原告が付記)。
上記段落【0009】の「これら連続地中壁2と,底版3と,側壁4と,外側ガイドウォール6とは,鉄筋コンクリートから所定の厚みに形成されている。」という記載と,段落【0012】の「側壁4や底版3を周囲の地盤の圧力に対抗できる必要な強度の厚みに形成できる」という記載を併せ考えてみても,甲2発明の地下タンクの構造体の重量が,側壁,底版,地下壁の重量に屋根の重量を加えた重量から構成されていると断定することはできない。
したがって,甲2発明の地下タンクの構造に係る重量は,「前記側壁4と,前記底版3と,前記屋根5と,前記連続地中壁2と,ガイドウォール6の重量の和である」とした審決の認定は誤りである。
(エ) 上記のとおり審決は,甲2発明のガイドウォールを本件特許発明の「棚板」に相当するものであると認定したが,これは甲2発明のガイドウォールがその上に土を搭載するものであることを前提になされたものであり,その前提が成り立たないことは上記(ア)のとおりである。甲2発明のガイドウォールは,土が搭載されていようがいまいが,あくまでも連続地中壁を構築するためにのみ使用されたガイドウォールであり,本件特許発明の棚板に相当するものではなく,審決の認定は誤りである。
(オ) さらに審決は,ガイドウォール上に搭載した土について,土の重量を加えたガイドウォール(棚板)の重量を加算することは,当業者において当然の行為であると判断したが,本件特許発明が属する土木工学の分野においては,当該土の質量を地下タンクの荷重として見込むか否かを工学的に検証し,土の質量を地下タンクの荷重として見込むことが工学的に可能であると決定したときに,荷重盛土として利用して地下タンクの重量に加算する。本件特許発明の荷重盛土は,地下タンクの荷重として利用する工学上の荷重盛土であって,工学的な検討がなされていない単なる土の重量とは異なっている。審決の認定は誤りである。
(カ) 審決は,甲2発明においては,「地下タンクの構造」と「地下タンクの構造体」とを明確に区分して使用されていることを看過している。すなわち,甲2においては,重量に関する概念を伴うときに「地下タンクの構造体」といい,重量に関する概念を伴わず単に地下タンクの構成要素を表わすときに「地下タンクの構造」としている。これは,甲2の以下の記載をみれば明らかである(下線は原告が付記)。
「【0007】
【作用】 …外側ガイドウォールを構造体の一部として利用できる。すなわち,ガイドウォールの重量が地下タンクの構造体の重量に加算される。」
「【0010】 …また,地下水位より上方に構築された外側ガイドウォール6には,浮力が作用しないから,外側ガイドウォール6の全ての重量が地下タンクの構造体の重量に加算される。」
「【0012】 …外側ガイドウォール6の重量を地下タンクの構造体の重量に加算できる。…」
「【0013】 そして,外側ガイドウォール6を連続地中壁2に結合して,地下タンクの構造体の重量として利用するために,外側ガイドウォール6の撤去作業を不要にできる。…」
「【0014】 さらに,外側ガイドウォール6を地下水位より上方に構築したため,…外側ガイドウォール6の重量の全てを地下タンクの構造体の重量に加算できる。…」
「【0015】
【発明の効果】 以上説明したように,本発明の地下タンクの構造によれば,内部掘削時の山留壁としての連続地中壁と,地中に内部空間を画成する側壁と,該側壁の下端部に設置される底版とを有する地下タンクの構造であって,前記連続地中壁の頂部は,その外側に設置された外側ガイドウォールにジベルで結合されている構成にしたから,外側ガイドウォールを地下タンクの構造体の一部として利用できる。すなわち,外側ガイドウォールの重量を地下タンクの構造体の重量に加算できる。」
上記のように,甲2に記載された技術思想は,外側ガイドウォールに限って地下タンクの構造体の重量に加算するという,土木工学の分野に属するものであり,物理学上の質量あるもの全てを地下タンクの構造体の重量に加算するというものではない。
これによれば,「タンク構造体に付属する物の重量をもタンク構造体の重量として考慮するという思想に立つものである。」とする審決の認定は,「ガイドウォールの上に搭載した土」の認定の誤りの上に,さらに誤りを重ねるものである。
(キ) 以上のとおり審決の甲2発明の認定は誤りであり,甲2発明は,「側壁と,底版と,側壁の外周に設置した地下壁とによって構成した地下タンクにおいて,前記地下壁の上端は,連続地中壁を施工するときにその外側に設置され,その重量が地下タンクの構造体の重量に加算される,外側ガイドウォールにジベルで取付けられ,前記地下タンクの構造体とガイドウォールは底板に下から作用する揚圧力で浮くのを防止するとともに,底版と側壁は周囲の地盤の圧力に対抗できる必要な強度の厚みに形成された,地下タンクの構造。」と認定すべきであり,これを前提とすると,本件特許発明と甲2発明とは
<ア> 地下壁の上端に取付けられたものが,甲2発明においては,その重量が地下タンクの構造体の重量に加算される外側ガイドウォールであるのに対し,本件特許発明においては,外周方向に向けて取付けた棚板であり,該棚板には地下タンク構築後に荷重盛土が搭載されるものである点
<イ> 地下タンクの形状が,甲2発明においては,地下タンクの構造体とガイドウォールは底板に下から作用する揚圧力で浮くのを防止するとともに,底板と側壁は周囲の地盤の圧力に対抗できる必要な強度の厚みに形成されたものであるのに対し,本件特許発明においては,側壁と,底板と,屋根と,地下壁と,地下壁の上端の外周に取付けた棚板と,棚板の上に地下タンク構築後に搭載した荷重盛土の重量の和が,底板に下から作用する揚圧力と等しいかそれよりも大きい形状に構成されたものである点
で相違する。審決の甲2発明の認定は誤りであり,これに基づき本件特許発明との一致点及び相違点の認定も誤りである。
(ク) また,そもそも審決が認定した甲2発明によれば,甲2発明は,「前記側壁4と,前記底版3と,前記屋根5と,前記連続地中壁2と,ガイドウォール6の重量の和である地下タンクの構造に係る重量が,底版3に下から作用する揚圧力と等しいかそれよりも大きい形状に構成」されていることから,甲1発明の地下タンクの重量に張り出しスラブに搭載した盛土の荷重を加える技術思想を甲2発明に適用すべき必要性が全くない。そうすると,審決自らが,甲2発明に甲1発明を適用すべき動機付けが存在しないことを認定しているに他ならない。
また,仮設物であるガイドウォールの上に荷重盛土を搭載する技術思想が甲2発明にも甲1発明にも存在しない。そうすると,甲2発明と甲1発明に接した当業者は,甲1発明から荷重盛土を搭載する張り出しスラブの構成を除去することはできないから,甲2発明に甲1発明を適用した地下タンクの構造は,甲2発明のガイドウォールと甲1発明の張り出しスラブをともに備えた地下タンクの構造に想到し得るにすぎないものであって,本件特許発明の構成には想到し得ない。
イ 取消事由2(審判手続の法令違反)
(ア) 口頭審理において陳述した審判請求書,口頭陳述要領書において主張した事実は,審決の基礎とし得る。しかし,本件特許発明の具体的無効理由は,甲1発明を主引用例とし甲2発明を従たる引用例とするものにすぎず,審決の甲2発明を主引用例とし甲1発明を従たる引用例とするものではない。書面審理中に提出された上申書においては,甲2発明を主引用例とし甲1発明を従たる引用例とする具体的無効理由が提出されているが,これについて反論する機会が原告に対し与えられていないことからみて,弁論主義の原則に反するものであり,審決の基礎とはなし得ない。次に,書面審理中に提出された弁駁書において訂正審判請求書に対して主張した事実は,審決の基礎とし得るものの,甲2発明を主引用例とし甲1発明を従たる引用例とする審決の具体的無効理由とは異なる。もっとも,審判においては,当事者が申し立てない理由についても,職権で審理することができる(特許法153条1項)が,その際には,審判長はその審理の結果を当事者に通知し,意見を申し立てる機会を与えなければならない(同条2項)。しかし,原告は,審決の具体的な特許無効理由については全く知らされておらず,これに意見を申し立てる機会も与えられていない。かかる審決は,無効審判請求事件の審理手続きに違背し,この手続き違背が審決の結論に重大な影響を与えるものであるから,取消しを免れない。
(イ) 被告は,提出した審判請求書,口頭審理陳述要領書,弁駁書においては,本件特許発明は,甲2発明に,甲1発明の「スラブと盛土層」の構成を組み合わせることにより,容易に推考できたものである,という主張は行っていない。
被告の無効審判請求書(甲8)における主張は,本件特許発明の甲1発明との相違点は,甲2発明の構成の一部を組み合わせた程度のものにすぎないから,請求項1に係る本件特許発明は,その技術分野における通常の知識を有する者が甲1発明及び甲2発明から容易に推考できた発明である,というものである。上記論旨は,甲1発明を主引用例として,本件特許発明と甲1発明との相違点については甲2発明の一部を組み合わせた程度のものにすぎない,というにあるのであって,甲2発明に甲1発明の構成の一部を組み合わせた程度のものとの主張ではない。被告はこのことを,請求項1に係る本件特許発明は,その技術分野における通常の知識を有する者が甲1及び甲2から容易に推考できた発明である,とその記載の順序には明確な意図をもって表記しているのであり,甲2発明及び甲1発明に基づいて容易に推考できた発明であることを意図しているとは認め難い。
さらに被告は,平成20年5月30日付け口頭審理陳述要領書(甲9)において,審判請求書に関し追加主張するとともに,答弁書及び口頭審理陳述要領書における原告の主張に対する反論をしている。しかし,被告のこの追加主張と原告の主張に対する反論は,審判請求書の具体的無効理由の域を出るものではない。
なお,被告が原告提出の口頭審理陳述要領書に反論できたのは,原告が審判合議体の指定した期日を遵守して平成20年5月22日提出する一方,被告は当該期日を遵守することなく,口頭審理期日の前日である平成20年5月29日に口頭審理陳述要領書を提出したためである。これはアンフェアであり許されることではない。
(ウ) ところで,審判合議体は平成20年5月30日午後2時,特許庁審判廷において行われた口頭審理において,平成20年6月16日までに,甲2を主引用例としこれに甲1を組み合わせることについて,両当事者の考えを内容とした上申書の提出を求めた。この内容は第1回口頭審理調書(甲10)に記載されている。
これに対して被告及び原告はともに,平成20年6月16日付けで上申書を提出した(甲11,12)。そして被告は,この上申書の中で初めて,甲2発明に甲1発明を組み合わせたことによっても容易に想到し得た発明にすぎない旨を主張した。
以上の手続きの経緯から明らかなように,被告は,原告と同時に提出した上申書の中で初めて上記主張をしているのであるから,当然のことながら原告は,原告提出の上記上申書において,被告提出の上記上申書の特許無効理由に反論することは物理的に不可能である。
よって原告は,上申書において,甲2発明を主引用例とすることについて原告の考え方を表したにすぎず,被告の主張する具体的無効理由に反論したものではない。そして,被告提出の上申書の写しは,原告に対し審理終結通知書(甲13)と同日である平成20年8月22日に送達されたのである(甲14)。
以上の本件特許無効審判請求事件の経緯からみて,被告の上記上申書における主張である攻撃に対し,合議体より原告の防御である反論をする機会は与えられておらず,いわゆる弁論主義の原則を踏まえていないことが明らかである。したがって,両上申書を,上記審判事件中の審決が基礎とする資料として扱うことは,当事者系審判事件の弁論主義の原則に反し,事件の審理の基礎資料として採用することは許されない。
(エ) そこでさらに,その後になされた平成20年9月8日付け審決(第1次審決)に対する審決取消訴訟(平成20年(行ケ)第10379号)に対し,知的財産高等裁判所による差戻し決定後の特許庁における審理において,被告から平成21年4月10日付け弁駁書(甲15)が提出されているので,この弁駁書における被告の無効理由の詳細について検討する。被告は,この弁駁書において,甲2発明に甲1発明を組み合わせることについて主張しているが,被告の主張は,第1次審決を擁護する意見を開陳しているにすぎないものであり,被告自身が主体的に,訂正後の本件特許発明を認定し,甲2発明を正しく認定し,両者を対比して一致点と相違点を導き,この相違点について,具体的に訂正後の本件発明が進歩性を備えるものではない理由を示すものではない。原告は,かかる抽象的な弁駁書における被告の主張に対しては,具体的に反論することができない。
(オ) 以上のように,本件無効審判請求事件において審決の基礎とする資料とし得る,審判請求書,口頭審理陳述要領書,弁駁書においてなされている被告の主張は,本件訂正後の特許発明は,甲1,甲2に記載された発明から当業者が容易に想到し得た発明であり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,よって,本件特許発明は,特許法123条1項2号により,無効とすべきである,というに尽き,本件特許発明は,甲2発明に甲1発明の一部構成を適用することにより,当業者が容易に発明をすることができた発明であることについて,具体的,詳細に論述するものとは言い難い。
この弁駁書に対し,原告は平成21年5月18日付け審判事件上申書(甲26)において反論しているものの,詳細な無効理由が不明である一方,取り消された審決(第1次審決)の無効理由も,もはや対世的効力のないものとされているから,これらの無効理由に対して詳細に反論したものではない。
原告は,審理が適法に進められていたならば,審決のこの結論には至らなかったと考えるものであり,これは審決の結論に影響を与える重要な手続き違背があり,許されるべきでない。
以上のとおり,審決は特許法153条2項の規定に違反してなされたものであり,取消しを免れない。
2 請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,同(4)は争う。
3 被告の反論
審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
(1) 取消事由1に対し
ア 原告は,取消事由1として,審決が甲2発明の認定を誤り,そのため本件特許発明との一致点及び相違点の認定を誤り,その結果容易想到性の判断を誤ったと主張する。原告の主張する取消事由1は,以下のとおり整理することができる。
① 甲2の図1において地表面を示す線が外側ガイドウォールの上端面より上方にあるか否かを議論すること自体が許容されるべきことではないから,「ガイドウォールの上面には『土』が存在すると理解するのが自然である」との審決の認定は誤りである。
② 甲2発明のガイドウォールを本件特許発明の棚板と同視した審決の認定は誤りである。
③ 甲2発明について「前記側壁4と,前記底版3と,前記屋根5と,前記連続地中壁2と,ガイドウォール6の重量の和である地下タンクの構造に係る重量が,底版3に下から作用する揚圧力と等しいかそれよりも大きい形状に構成した」との審決の認定は誤りである。
④ 審決は,上記①ないし③の認定の誤りの結果,本件特許発明の容易性の判断を誤った。
イ 原告は,甲2の図1で地表面がガイドウォール6より上にあることは明細書からは読み取れず,甲2のガイドウォール6上に土が存在しないと主張する。しかし,甲2の図1を見れば明らかなとおり,ガイドウォール6の上方に水平線が引かれ,その両端にはクロス・ハッチングが付されている。甲2発明のような地下構造物の図面において,通常,クロス・ハッチングが地盤面を表現するために用いられていることは当業者の常識であり,甲2において,当業者の常識と異なる表現方法が採用されていることを疑うべき根拠はない。したがって,ガイドウォール上面には土が存在すると理解するのが自然であるとの審決の認定には誤りはない。
原告は,甲2の図1における水平線の説明が明細書中にないから,水平線には意味がないと主張し,また,水平線をどこに描いても甲2発明を説明することができるなどと主張する。この原告の主張は,本件において甲2が引用されていることの法律上の意味を誤解している。すなわち,甲2は,特許法29条1項3号の刊行物として引用されているにすぎない。したがって,本件における甲2発明とは,当業者が甲2の図1と明細書の記載を総合して読みとることのできる発明であって,甲2の明細書における「本発明」と一致しているとは限らない。仮に,甲2の明細書における「本発明」は水平線をどこに描いても説明できるとしても,審決は甲2の図1に基づいて甲2発明を認定したのであって,甲2の明細書における「本発明」をそのまま甲2発明として認定したわけではないから,原告の主張は的外れである。
審決が甲2発明のガイドウォールの上に土が存在すると認定したことに誤りはない。
ウ また原告は,甲2のガイドウォールは「ガイドウォールの自重のみを連続地中壁に伝達するもの」であるのに対して,「本件特許発明の棚板は,ガイドウォールを転用する形態をとろうがとるまいが,本来的に『棚板』であって,棚板自体の重量とその上に搭載された荷重盛土の重量を支持するものであり,棚板と盛土の重量を荷重として地下壁に伝達するものである」から両者は異なると主張する。しかし,甲2の図1を見れば明らかなとおり,甲2のガイドウォールの上には土が搭載されているのであるから,当然,ガイドウォールも土の荷重を支持するのに必要な強度を有しているものである。原告は,本件明細書においてガイドウォールを棚板として使用する場合について,「地下連壁1の上端の外周に取付ける棚板7は,あらたに構築することも可能であるが,地下連壁1の構築に際して設置したガイドウォール4を転用することができる。その場合には通常の仮設のガイドウォール4とは異なり,後述するような重量を支持できるだけの寸法,強度が必要となる。」(段落【0010】)と記載されていることを根拠に,甲2のガイドウォールは「後述するような重量を支持できるだけの寸法,強度」を有しないと主張するものもと思われる。そこで,念のため甲2のガイドウォール6に盛土が搭載可能かという点について検討すると,甲2の図1に記載された実施例を見ればガイドウォール6上に土(盛土)が存在し,盛土の重量も地下水の浮力に対抗する下向きの力に加算されることは当業者に自明である以上,甲2のガイドウォール6は盛土を搭載することが可能な形状をしており,実際にも盛土を搭載しているから,盛土を搭載することができる寸法,強度を有しているといえる。
原告は,審決の認定は物理学上の法則を振り回すに留まって,本件特許発明が属する土木工学的なアプローチを怠った旨主張するが,土木工学においても,もとより,物理学上の法則を免れないのであって,原告の主張は意味不明である。
また,原告は,甲1の張り出しスラブ20が荷重作用のある本設物,甲2のガイドウォール6が荷重作用のない仮設物,本件特許発明の棚板が荷重作用のある仮設物であるとしたうえで,本件特許発明の棚板の構成は甲1と甲2のいずれにも開示されていないと主張する。これは,本設物と仮設物との違い,荷重作用の有無の違いを主張することで,甲2のガイドウォール6が棚板に該当しないことを主張するものである。
本設物と仮設物の違いについて検討すると,原告も,新たに構築する形態と,地下壁の構築に際して設置したガイドウォールを転用する形態があるが,ガイドウォールを転用する形態をとったとしても,荷重盛土の重量を支持できるだけの寸法,強度を有する「棚板」であることに変わりがない,などとするとおり,仮設か本設かの違いが,棚板に該当するか否かという違いを生じさせる要素ではない。
さらに,原告は,甲2発明のガイドウォール6が本件特許発明の棚板に当たらないことの理由の一つとして,ジベル7が本件特許発明のせん断伝達鋼材72とは異なるとも主張するが,甲2でガイドウォール6が盛土の重量に耐え得る寸法,強度を有するためには,必然,ジベル7も盛土の重量に耐え得る構造とする必要があることは当業者にとって自明のことであるから,甲2発明のジベル7は本件特許発明のせん断伝達鋼材72とは異なるものではない。
以上のとおりであるから,「甲2発明のガイドウォールも『棚板』といえる」とした審決の認定に誤りはない。
エ 原告は,甲2発明は,本件特許発明のように,地下タンクの総重量を「側壁と,底板と,屋根と,地下壁と,地下壁の上端の外周に取付けた棚板と,棚板の上に搭載した盛土の重量の和」と規定する技術思想とは異なる旨主張する。しかし,甲2には,従来技術の問題点に関して,「…側壁や底版は,地下水の浮力に対する安全性から所定の厚みに形成されているために,側壁や底版の周囲の地盤の圧力に対抗できる強度以上の厚みに形成されている。このため,地盤を掘削する量が多大になり,側壁や底版に要するコンクリートの量が多大になる。そして,連続地中壁を施工するときに使用した内側ガイドウォールと外側ガイドウォールとを撤去するために,これらの撤去作業が煩雑であった。」(段落【0004】)との記載があり,その解決手段の作用に関して,「…連続地中壁の頂部は,その外側に設置された外側ガイドウォールにジベルで結合されているから,外側ガイドウォールを構造体の一部として利用できる。すなわち,ガイドウォールの重量が地下タンクの構造体の重量に加算される。」(段落【0007】)との記載があるほか,図1に示されている実施例の説明においては,「さらに,外側ガイドウォール6を地下水位より上方に構築したため,外側ガイドウォール6自身に浮力が作用するのを防止でき,外側ガイドウォール6の重量の全てを地下タンクの構造体の重量に加算できる。このため,地下タンクの構造体における地下水の浮力に対する安全性を向上できる。…」(段落【0014】)と記載されている。さらに,発明全体の効果については,「…地下タンクの構造体における地下水の浮力に対する安全性を維持できるとともに,側壁や底版を周囲の地盤の圧力に対抗できる必要な強度の厚みに形成できるから,側壁や底版を薄くでき,地盤を掘削する量を低減でき,側壁や底版に要するコンクリートの量を低減できる。…」(段落【0016】)とも記載されている。
これらの記載を総合すれば,甲2発明は,「地下タンクの重量のみにて揚圧力に対抗する方式」を採用するものであることが明らかである。甲2発明は,強度上必要な厚みに側壁や底版を形成することによって側壁や底版に要するコンクリート量を減らし,そのことによって軽くなった地下タンクの重量を補うために外側ガイドウォールの重量を利用することを明瞭に開示している。すなわち,甲2発明は,ガイドウォールについての各論発明ではなく,地下タンクの総重量に着目した発明である。
もっとも,甲2においては,地下水の浮力と地下タンクの重量の大小関係について明示的に記載された部分は存在しない。原告の主張はこの点を捉えてのものとも考えられる。しかし,「地下水の浮力に対する安全性を向上できる」あるいは「地下水の浮力に対する安全性を維持できる」という表現が繰返して用いられていることから,甲2発明においても,本件特許発明と同様に,「側壁と,底板と,屋根と,地下壁と,地下壁の上端の外周に取付けた棚板と,棚板の上に搭載した盛土の重量の和が,底板に下から作用する揚圧力と等しいかそれよりも大きい形状に構成」されていることは明らかである。
ところで,甲2においては,ガイドウォールの上に搭載されている盛土の重量については言及されていないことから,原告は,そのことを理由として,甲2発明においては,盛土の重量を除いて地下タンクの重量を計算しても,地下水の浮力に対抗できるが,本件特許発明では,盛土の重量を含めて初めて地下水の浮力に対抗できるということを主張しているようにも見受けられる。しかし,原告の主張は,第1に,本件特許の特許請求の範囲の記載に基づかない主張であるから,甲2発明の解釈にかかわらず,失当であり,第2に,地下水の浮力に対抗する重量の計算に当たって盛土の重量を考慮することは当業者の容易になし得ることであるから失当である。
甲2発明において,「側壁と,底板と,屋根と,地下壁と,地下壁の上端の外周に取付けた棚板の重量の和が,底板に下から作用する揚圧力と等しいかそれよりも大きい形状に構成」されていれば,盛土の重量はマイナスではあり得ないから,盛土が存在する限り,その重量には無関係に,「側壁と,底板と,屋根と,地下壁と,地下壁の上端の外周に取付けた棚板と,棚板の上に地下タンク構築後に搭載した荷重盛土の重量の和が,底板に下から作用する揚圧力と等しいかそれよりも大きい形状に構成した」という本件特許発明の要件は充足される。甲2発明において,盛土の重量に言及していないことが本件において意味を持つとすれば上記要件については,「側壁と,底板と,屋根と,地下壁と,地下壁の上端の外周に取付けた棚板の重量の和が,底板に下から作用する揚圧力よりも小さく,かつ,側壁と,底板と,屋根と,地下壁と,地下壁の上端の外周に取付けた棚板と,棚板の上に地下タンク構築後に搭載した荷重盛土の重量の和が,底板に下から作用する揚圧力と等しいかそれよりも大きい形状に構成した」ことが特許請求の範囲に記載されていなければならない。しかし,特許請求の範囲にはそのような記載はないばかりか,このような内容は,本件特許の明細書にも記載されていない。したがって,原告の主張は,本件特許の特許請求の範囲の記載に基づかない主張であるから,失当である。
次に,甲1には,「上記構成の地下式貯槽構造物によれば,側壁の上端部近傍の外周縁に設けられた環状の張り出しスラブと,この張り出しスラブ上に積載された盛土層とを有しているので,地下式貯槽構造物には,地下式貯槽構造物自体の自重に加え,盛土層の荷重が作用しており,これらの相互作用により地下式貯槽構造物の底版に作用する地下水の揚圧力に対抗できる。」(4頁11行~18行)と明確に記載されている。したがって,甲1に接した当業者は,甲2においては盛土の重量について言及されていないとしても,地下タンクの自重のみではなく,ガイドウォールの上に搭載されている盛土の重量を加えて地下水の浮力に対抗できればよいことを容易に理解できる。したがって,甲2に盛土の重量に関する明示的な記載がなくても,当業者は当然に盛土の重量を考慮に入れるものである。
以上のとおり,甲2に盛土の重量に関する明示的な記載がなくても,甲1に接した当業者は当然に盛土の重量を考慮に入れるものであるところ,この場合に,当業者が事前に土木工学上の考慮を加えてガイドウォールが盛土の荷重を支持できる寸法,強度を備えるように設計することは,これもまた自明のことである。
オ 原告は,審決が甲2の「ガイドウォールと土」という構造と甲1の「スラブと盛土層」という構造は類似するとして,甲2と甲1の組み合わせの容易性を認めた点に対し,両者が類似しないと主張する。その理由として,原告は,本設と仮設の違いや,土の質量と盛土荷重とは物理学と土木工学という観点から異なることを主張するが,それが誤りであることは既に述べたとおりである。
また原告は,甲2発明には盛土荷重が不要であるから甲1発明を適用する動機がないとも主張する。しかし,すでに述べたとおり,甲2発明は,強度上必要な厚みに側壁や底版を形成することによって側壁や底版に要するコンクリート量を減らし,そのことによって軽くなった地下タンクの重量を補うためにガイドウォール6の重量を利用することを明瞭に開示している。他方,甲1発明は,明細書の「…この考案にかかる地下式貯槽構造物によれば,側壁の上端部近傍の外周縁に設けた環状の張り出しスラブ上に盛土層を設けることにより,タンク自体の自重と盛土荷重との相互作用により地下式貯槽構造物の底版に作用する地下水の揚圧力に対抗でき,従来の地下式貯槽構造物のように底版などのタンク構成部分の厚みを過剰にする必要がない。」(8頁)との記載にあるように,底版などの厚みを従来よりも薄くすることで軽くなった地下タンクの重量を補うためにタンク自体の重量に盛土重量を荷重させることを開示しており,甲2発明と甲1発明とは,その目的を共通にする。そうであれば,甲2の「ガイドウォールと土」の構造を甲1における「スラブと盛土」の構成との上記類似性に着目して両者を組み合わせる動機も存在するといえ,審決の判断には誤りはない。
(2) 取消事由2に対し
ア 原告が取消事由2として主張する審理の重大な手続違反とは,審決が当事者の申し立てない理由について判断したにもかかわらず,特許法153条2項に基づいて,その審理の結果を被請求人(原告)に通知し,意見を申し立てる機会を与えなかったというものである。原告の主張する「当事者の申し立てない理由」とは,「甲2発明に,甲1発明の『スラブと盛土層』の構成を組み合わせることにより,容易に推考できたものである」という理由である。
したがって,原告の主張は,次の2点からなるものである。
① 「甲2発明に,甲1発明の『スラブと盛土層』の構成を組み合わせることにより,容易に推考できたものである」という理由は,原審無効審判において当事者が申し立てない理由に該当する。
② 原審は,原告(被請求人)に対して特許法第153条2項に基づく意見を申し立てる機会を与えなかった。
イ 特許法153条2項の趣旨について,まず特許法131条の2第1項は,無効審判請求書における請求の理由を補正することを原則として禁じているところ,これは,審判の審理を迅速にするとともに,被請求人の防御範囲が不当に拡大しないためである。審理を不当に遅延させるおそれがないことが明らかである場合,一定の要件のもとに請求の理由の補正が許されるが(同第2項),その場合には,あらためて被請求人に答弁書を提出する機会が与えられ(特許法134条2項),その結果,被請求人は,明細書,特許請求の範囲又は図面の訂正をする機会を与えられる(特許法134条の2)。以上は,請求人によって新たな請求の理由が追加される場合であるが,被請求人に防御の機会を与える必要があることは,職権によって新たな理由が審理される場合にも同様である。したがって,特許法153条2項は,審判長が当事者及び参加人に審理の結果を通知し,意見を申し立てる機会を与えることを規定している。そして,この場合にも,特許法134条の2の規定により,被請求人には明細書等の訂正の機会が与えられる。
ウ 原告の主張する被告が申し立てていない理由とは,甲2発明を主引用例とし甲1発明を従たる引用例とするという審決理由を指している。しかし,知的財産高等裁判所平成19年10月18日判決(平成18年(行ケ)10378号)は,「特許法153条1項,2項でいう『理由』とは,同法29条1項3号を引用する同条2項に基づく容易想到性の判断に関しては,当該発明が特定の刊行物(引用例)記載の発明に基づいて容易に発明をすることができたという判断又は主張によって特定されるものである。そして,その場合において,引用例が2以上あるときに,いずれの引用例をいわゆる主引例とし,いずれを副引例とするかは,単に判断方法の問題であるに過ぎず,その点に違いがあるからといって,異なる『理由』であるとすることはできない。」と判示している。本件において,被告は,「本件特許の請求項1乃至3に係る発明は,甲第1号証,甲第2号証,甲第3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。」(審判請求書〔甲8〕4頁)と無効理由を主張し,この主張を具体的に述べた部分においては,「…請求項1に係る本件発明は,その技術分野における通常の知識を有する者が,甲第1号証から容易に推考できた発明であり,また,甲第1号証及び甲第2号証から容易に推考できた発明でもある。」(9頁末行~10頁2行)と主張している。よって,被告が申し立てた理由は甲1ないし甲3記載の発明に基づいて容易に発明をすることができたという主張によって特定されており,その中でいずれを主引用例とし,残りのいずれを副引用例とするかで,異なる理由を構成することはない。すなわち,原審判手続において,特許法第153条2項の適用はなく,原告に意見を述べる機会を与えなかったとしても何ら違法ではなかったものである。
さらに原告は,被告が甲2を主引用例とする無効理由についても具体的に主張していること(平成20年6月16日付け上申書〔甲11〕,平成21年4月10日付け弁駁書〔甲15〕)を看過し,さらには,審決で判断された上で採用されなかった原告の主張を,審理の対象外とされたと誤って主張しているものであり,失当である。
エ 以上のとおり,本件においては,当事者の申し立てない理由の審理は行われていない。しかし,仮に,本件の第1次審決が出された時点で原告の主張するような手続的な違法が存在したとしても,原告は,すでに,意見を申し立てる機会及び明細書等を訂正する機会を与えられ,現実にその機会を利用して意見を申し立て,特許請求の範囲の訂正を行ったから,すでに違法は治癒している。
まず,平成20年9月8日付けの第1次審決において,甲2を主引例として,甲1を組み合わせることが審理されたことが述べられている。そして,第1次審決に対して審決取消訴訟が提起されたことにより,原告は特許法第126条2項に基づく訂正審判請求を行った。その後,特許法第181条2項により,第1次審決は決定によって取り消され,本件は特許庁に差し戻された。特許庁は,特許法第134条の3第2項の規定により,被請求人たる原告に対して訂正請求の機会を与えた。訂正請求に伴って意見を申し述べることは当然に許されるから,同時に意見申立ての機会も与えられたことになる。
すなわち,この段階で,原告は,第1次審決において甲2発明に基づいて甲1発明を組み合わせるという無効理由が審理されたことを知り,かつ,訂正請求及び意見申立ての機会を与えられたのである。しかし,被請求人たる原告は,新たな訂正請求を行わなかったので,訂正審判請求書に添付された訂正明細書を援用した訂正の請求がなされたものとみなされた。
その後,請求人たる被告に弁駁書を提出する機会が与えられ,さらに,被請求人たる原告に上申書を提出する機会が与えられた。このような審理を経て,本件審決(第2次審決)がなされたのである。
仮に,原告の主張する手続的違法を理由に本件審決を取り消すとすると,特許庁においてあらためて「甲2発明に基づいて甲1発明を組み合わせることにより本件発明は容易である」という理由を審判長が通知し,原告に意見申立て及び訂正請求の機会を与えることになるが,上述した審理経過に照らして,原告に対して再度の機会を与える合理性は見い出せない。
以上のとおり,取消事由2は,審理された無効理由が新たな無効理由ではないという実体的な理由と,そもそも,原告にはすでに意見申立て及び訂正請求の機会が与えられているという手続的な理由により,成り立たない。
第4当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁等における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
2 取消事由1(甲2発明の内容,本件特許発明との一致点・相違点の認定及び進歩性についての判断の誤り)について
原告は,審決が甲2発明の内容,本件特許発明との一致点・相違点の認定を誤り,進歩性についての判断も誤ったと主張するので,以下順次検討する。
(1) 原告は,審決の甲2発明の認定に誤りがある旨主張する。
ア 甲2(特開平6-270990号公報,発明の名称「地下タンクの構造」,出願人東京瓦斯株式会社・清水建設株式会社,公開日平成6年9月27日)には,以下の記載がある。
(ア) 特許請求の範囲
・ 「【請求項1】 内部掘削時の山留壁としての連続地中壁と,地中に内部空間を画成する側壁と,該側壁の下端部に設置される底版とを有する地下タンクの構造であって,前記連続地中壁の頂部は,その外側に設置された外側ガイドウォールにジベルで結合されていることを特徴とする地下タンクの構造。」
(イ) 発明の詳細な説明
・ 「【産業上の利用分野】 本発明は,例えばLPG地下式貯槽等の地下構造物に用いて好適な地下タンクの構造に関するものである。」(段落【0001】,手続補正前のもの)
・ 「【発明が解決しようとする課題】 ところで,側壁や底版は,地下水の浮力に対する安全性から所定の厚みに形成されているために,側壁や底版の周囲の地盤の圧力に対抗できる強度以上の厚みに形成されている。このため,地盤を掘削する量が多大になり,側壁や底版に要するコンクリートの量が多大になる。そして,連続地中壁を施工するときに使用した内側ガイドウォールと外側ガイドウォールとを撤去するために,これらの撤去作業が煩雑であった。」(段落【0004】)
・ 「【課題を解決するための手段】 本発明の地下タンクの構造は,内部掘削時の山留壁としての連続地中壁と,地中に内部空間を画成する側壁と,該側壁の下端部に設置される底版とを有する地下タンクの構造であって,前記連続地中壁の頂部は,その外側に設置された外側ガイドウォールにジベルで結合されていることを特徴とするものである。」(段落【0006】)
・ 「【作用】 本発明の地下タンクの構造では,連続地中壁の頂部は,その外側に設置された外側ガイドウォールにジベルで結合されているから,外側ガイドウォールを構造体の一部として利用できる。すなわち,ガイドウォールの重量が地下タンクの構造体の重量に加算される。」(段落【0007】)
・ 「【実施例】 以下,本発明の地下タンクの構造の一実施例について,図1を参照しながら説明する。図1に示すように,符号1は地下タンクの構造であり,この地下タンクの構造1は,地中に連続して構築された連続地中壁2と,この連続地中壁2の内側に固定・設定される底版3と側壁4と,側壁4の上端部に開閉自在に屋根5と,連続地中壁2の外側に設置された外側ガイドウォール6とから構成されている。」(段落【0008】)
・ 「これら連続地中壁2と,底版3と,側壁4と,外側ガイドウォール6とは,鉄筋コンクリートから所定の厚みに形成されている。これら底版3,側壁4,屋根5に囲まれて内部空間8が画成されている。この内部空間8には,例えば,液化天然ガス等の液体が充填されている。前記底版3と側壁4とは,地中に構築され,これら底版3と側壁4との周囲の地盤の圧力に対抗できる必要な強度の厚みに形成されている。」(段落【0009】)
・ 「外側ガイドウォール6は,地下水位より上方に構築され,連続地中壁2外側の周囲に配設され,かつ,この連続地中壁2の頂部にジベル7で結合されている。このジベル7は,例えば,スタッドボルト,アンカーボルト等からなり,連続地中壁2と外側ガイドウォール6とにまたがって配設され,鉛直方向および円周方向に沿って複数並設され,外側ガイドウォール6の自重をジベル7を介して連続地中壁2に伝達させることができる。また,地下水位より上方に構築された外側ガイドウォール6には,浮力が作用しないから,外側ガイドウォール6の全ての重量が地下タンクの構造体の重量に加算される。」(段落【0010】)
・ 「このような地下タンクの構造1を施工する方法について説明する。まず,外側ガイドウォール6と内側ガイドウォールとを仮設する。これら外側ガイドウォール6と内側ガイドウォールとの間を掘削し,連続地中壁用鉄筋籠(図示略)を挿入する。その後,コンクリートを打設し,連続地中壁が完成するが,このときに,外側ガイドウォール6に,その内側に突出するジベル7を取り付けておくことにより,連続地中壁2の頂部と外側ガイドウォール6とを結合する。連続地中壁2完成後に,内側ガイドウォールを撤去する。次に,連続地中壁2内部の地盤を床付け位置まで掘削し,掘削された地中の底部に底版用鉄筋(図示略)を組み立て,地中の底部にコンクリートを打設することにより底版3が完成する。連続地中壁2の内側には,側壁用鉄筋(図示略)を組み立て,コンクリートを打設することにより,側壁4が完成する。その後,側壁4の上端部に屋根5を取り付けることにより,地下タンクの構造1が施工される。」(段落【0011】)
・ 「このような地下タンクの構造1によれば,連続地中壁2の頂部は,その外側に設置された外側ガイドウォール6にジベル7で結合したから,外側ガイドウォール6の重量を地下タンクの構造体の重量に加算できる。このため,地下タンクの構造体における地下水の浮力に対する安全性を維持できるとともに,側壁4や底版3を周囲の地盤の圧力に対抗できる必要な強度の厚みに形成できるから,側壁4や底版3を薄くでき,地盤を掘削する量を低減でき,側壁4や底版3に要するコンクリートの量を低減できる。したがって,地下タンクの構造1の施工期間を短縮でき,地下タンクの構造1の施工に要する費用を低減できる。」(段落【0012】)
・ 「そして,外側ガイドウォール6を連続地中壁2に結合して,地下タンクの構造体の重量として利用するために,外側ガイドウォール6の撤去作業を不要にできる。このため,地下タンクの構造1の施工作業性を向上させることができ,外側ガイドウォール6の撤去作業を不要にできるから,地下タンクの構造1の施工期間を短縮できる。」(段落【0013】)
・ 「【発明の効果】 以上説明したように,本発明の地下タンクの構造によれば,内部掘削時の山留壁としての連続地中壁と,地中に内部空間を画成する側壁と,該側壁の下端部に設置される底版とを有する地下タンクの構造であって,前記連続地中壁の頂部は,その外側に設置された外側ガイドウォールにジベルで結合されている構成にしたから,外側ガイドウォールを地下タンクの構造体の一部として利用できる。すなわち,外側ガイドウォールの重量を地下タンクの構造体の重量に加算できる。」(段落【0015】)
・ 「このため,地下タンクの構造体における地下水の浮力に対する安全性を維持できるとともに,側壁や底版を周囲の地盤の圧力に対抗できる必要な強度の厚みに形成できるから,側壁や底版を薄くでき,地盤を掘削する量を低減でき,側壁や底版に要するコンクリートの量を低減できる。したがって,地下タンクの構造の施工期間を短縮でき,地下タンクの構造の施工に要する費用を低減できる。」(段落【0016】)
(ウ) 図面(かっこ内は【図面の簡単な説明】の記載である。)
・ 【図1】 (本発明の地下タンクの構造を示す断面図である。)
file_2.jpgイ 上記ア(ア)~(ウ)によれば,甲2発明は,地下タンクの構造に関するものであるところ(段落【0001】),従来の地下タンクにおいては,側壁や底版が,地下水の浮力に対する安全性の観点からは必要以上の厚みとなっており,地盤掘削量が多大で,側壁・底版に要するコンクリート量も多大となるとともに,内外のガイドウォールの撤去作業が手間となっていた(段落【0004】)。そこで,甲2発明は,側壁・底版に要するコンクリート量及び地盤掘削量を低減させること,外側ガイドウォールの撤去作業を不要とすることをその目的とする(段落【0005】)。このため甲2発明の外側ガイドウォール6は,連続地中壁2とジベルで結合されて外側周囲に配設され,地下水位より上方に構築されている(段落【0010】)。この外側ガイドウォール6は地下タンクの構造体の一部となり,地下水位より上方にあるから,その全ての重量は地下タンクの構造体の重量に加算して利用できることとなる(段落【0007】・【0010】・【0012】・【0013】)。これにより,地下タンクの構造体における地下水の浮力に対する安全性を維持できるとともに(段落【0012】),外側ガイドウォール6の撤去作業が不要になる(段落【0013】)。この外側ガイドウォール6の重量を地下タンクの構造体の重量に加算できるため,側壁・底版を必要以上に厚くする必要がなくなり,地盤切削量,コンクリート量の低減となるものである(段落【0015】・【0016】)。
そして,外側ガイドウォール6の重量が加算される地下タンクの構造体の重量とは,地下タンクの構造は「本発明の地下タンクの構造は,…連続地中壁と,…側壁と,…底版とを有する地下タンクの構造であって,前記連続地中壁の頂部は,その外側に設置された外側ガイドウォールにジベルで結合されていることを特徴とするものである。」(段落【0006】),「…この地下タンクの構造1は,…側壁4の上端部に取り付けられた屋根5と,…から構成されている。」(段落【0008】)とされているところからして,連続地中壁・側壁・底版及び側壁上端部の屋根5からなり,それらの重量の和(当然外側ガイドウォール6はその一部に含まれる)が地下タンクの構造体の重量であると解される。
また,上記ア(ウ)のとおり,図1には甲2発明の地下タンクの構造が示されているところ,土中に埋設される外側ガイドウォール6には,地表面とみられる直線より下に配設されている。そうすると,甲2発明において,(外側)ガイドウォール6の上方には土があるものと理解することができる。さらに,その土の重量についても,当然ガイドウォール6の重量とともに,地下水の浮力に抗するものと解される(この点については後記(4)においても検討する)。
そうすると,審決が,甲2発明の内容につき,「連続地中壁2の内側に固定・設置される側壁4,連続地中壁2の内側に固定・配置される底版3,側壁4の上端部に開閉自在に構成された屋根5,地中に連続して構築された連続地中壁2によって構成された地下タンクにおいて,連続地中壁2の上端に外周方向にジベル7で取り付けられたガイドウオール6と,ガイドウオール6の上に搭載した土とによって構成され,前記側壁4と,前記底版3と,前記屋根5と,前記連続地中壁2と,ガイドウオール6の重量の和である地下タンクの構造に係る重量が,底版3に下から作用する揚圧力と等しいかそれよりも大きい形状に構成した,地下タンクの構造。」(17頁9行~18行)と認定したことに誤りはない。
(2) また,甲1発明は,以下のとおりであることが認められる。
ア 甲1(実願平2-94761号〔実開平4-53696号〕のマイクロフィルム,考案の名称「地下式貯槽構造物」,出願人株式会社大林組,公開日平成4年5月7日)には,以下の記載がある。
(ア) 実用新案登録請求の範囲
・ 「(1)底版と,側壁と,屋根とを備えた地下式貯槽構造物において,前記側壁の上端部近傍の外周縁に設けられた環状の張り出しスラブと,この張り出しスラブ上に積載された盛土層とを有することを特徴とする地下式貯槽構造物。」
(イ) 考案の詳細な説明(便宜のため,判決において①以下の番号を付した)
① 「<産業上の利用分野>
この考案は,液化ガスなどが貯蔵される地下式貯槽構造物の構造に関する。」(1頁15行~17行)
② 「<作用>
上記構成の地下式貯槽構造物によれば,側壁の上端部近傍の外周縁に設けられた環状の張り出しスラブと,この張り出しスラブ上に積載された盛土層とを有しているので,地下式貯槽構造物には,地下式貯槽構造物自体の自重に加え,盛土層の荷重が作用しており,これらの相互作用により地下式貯槽構造物の底版に作用する地下水の揚圧力に対抗できる。」(4頁10行~18行)
③ 「<実施例>
…地下式貯槽構造物は,これを構築する際に地上から地中連続壁工法により地盤E中の支持層に下端が到達するように形成された環状の土留壁10と,土留壁10の内部を根切りして,その底面に砕石層11を敷設した上に形成された円盤状の底版12と,前記土留壁10の内面側にこれと一体に形成された両端が開口した円筒状の側壁14と,側壁14の上端を閉止するようにその上端部と一体的に形成された屋根16とを有していて,底版12,側壁14,屋根16とで四周が画成されている。」(4頁下2行~5頁14行)
④ 「すなわち,この実施例の地下式貯槽構造物では,側壁14の上端部近傍の外周縁に環状の張り出しスラブ20が,側壁14と一体に形成され,この張り出しスラブ20上に盛土層22が設けられている。」(6頁7行~11行)
⑤ 「以上のように構成された地下式貯槽構造物では,側壁14の上端部近傍の外周緑に設けられた環状の張り出しスラブ20と,この張り出しスラブ20上に積載された盛土層22とを有しているので,地下式貯槽構造物には,地下式貯槽構造物自体の自重に加え,盛土層22の荷重が作用しており,これらの相互作用により地下式貯槽構造物の底版に作用する地下水の揚圧力に対抗できる。」(7頁3行~10行)
⑥ 「第2図は,この考案の他の実施例を示しており,以下にその特徴点についてのみ説明する。
同図に示す実施例では,屋根16の高さが第1図のものよりも高いので,盛土層22は,側壁14の上端部近傍の外周縁に形成された張り出しスラブ20上にだけ載置するようにしている。」(7頁11行~16行)
(ウ) 図面(かっこ内は「図面の簡単な説明」の記載である。)
・ 第2図(第二実施例を示す断面図と上面図である。)
file_3.jpgイ 上記ア(ア)~(ウ)によれば,甲1発明は,液化ガスなどが貯蔵される地下式貯槽構造物の構造に関するものであり(①),側壁の上端部近傍の外周縁に設けられた環状の張り出しスラブの上に積載された盛土層を有し,この盛土層の荷重も作用して地下水の揚圧力に対抗する(②)もので,第2図によれば,盛土層22が張り出しスラブ20の上に積載された状態が看て取れる(③~⑥)。
(3) 一方,本件特許発明は,以下のとおりであることが認められる。
ア 本件訂正後の本件明細書(全文訂正明細書,甲7)には,以下の記載がある。
(ア) 特許請求の範囲
上記第3,1(2)記載のとおり。
(イ) 発明の詳細な説明
・ 「【発明の属する技術分野】
本発明は,地下タンクの構造に関するものである。」(段落【0001】)
・ 「【従来の技術】
一般に地下タンクは図7に示すように,側壁aと,底板bと,屋根cと,側壁aの外周に設置した地下連壁dとによって構成してある。
タンクの底板bには地下水の水頭に応じて,大きな揚圧力が下から作用して,タンクに浮き上がり力を与えている。」(段落【0002】)
・ 「【本発明が解決しようとする課題】
上記のような揚圧力に対抗するためには,従来の地下タンクでは壁,床版の厚さを増して大きな重量を確保し,そのコンクリートの重量によって揚圧力に対抗する対策を採用している。
しかしこのような対策を採用するためには,掘削深さ,および掘削幅を大きく拡大しなければならず,またコンクリートの体積が大きくなりきわめて不経済となる。」(段落【0003】)
・ 「本発明は上記したような従来の問題を解決するためになされたもので,簡単な施工と構造によって,揚圧力に対抗することができる,地下タンクの構造を提供することを目的とする。」(段落【0004】)
・ 「【本発明の実施の態様】
以下図面を参照しながら本発明に関わる地下タンクの構造の実施例について説明する。」(段落【0006】)
・ 「<イ>一般的構造。
地下タンクは一般にはまずタンクの周囲に地下連壁1を構築し,地下連壁1によって包囲した内側の地山を最深部まで掘削し,底板2コンクリートを打設し,側壁3を立ちあげて構築してゆく。最上部まで立ちあげたら屋根6を架設して完了する。」(段落【0007】)
・ 「<ロ>地下連壁の構築。
地下連壁1の構築に際してはまず地表部分にガイドウオール4を設ける。
このガイドウオール4はコンクリート製の板体であり,地下連壁1の溝の縁に枠として配置する。このガイドウオール4を設けることによって,地下連壁1構築のための掘削機5が移動しても溝の周囲の地山が崩壊することを防止することができる。
したがって,地下連壁1の施工が完了するとガイドウオール4は地下連壁1の頭部に位置することになる。」(段落【0008】)
・ 「<ハ>棚板の形成。
上記のように,地下タンクは側壁3と,底板2と,屋根6と,側壁3の外周に設置した地下連壁1とによって構成してある。
このような地下タンクにおいて,地下連壁1の上端に,外周方向に向けて棚板7を片持ち梁状に張り出した状態で取付ける。
この棚板7は,地下連壁1の上端とは構造上一体化するように構成する。
そのために例えば地下連壁1の上端と棚板7とをキー71を介して取付けたり(図),上端と棚板7とに連続するせん断伝達鋼材72を水平に配置したり(図),上端と棚板7との間に機械継ぎ手73で連続した鉄筋74を配置したり(図),あるいは連壁1の上端内部で,連壁1の鉄筋11と棚板7の鉄筋74を重ね継ぎ手で構成したり(図),といった各種の構成を採用することができる。
棚板7の構築は地表面に棚板7部分を掘削して構成する。したがって地表面の掘削,地表面での鉄筋組み立て,地表面からのコンクリートの打設といった,通常のスラブ構築の方法とかわりなく,きわめて簡単な作業によって構築することができる。
なお,実際には地下連壁1の上端は解体して新たに別のコンクリートを打設して継ぎ足す場合が多いが,そのように継ぎ足した部分も含めて本明細書では『地下連壁1』と称している。」(段落【0009】)
・ 「<ホ>棚板7上の盛土。
地下タンクの構築が完了したら,盛土を行う。
盛土で重要な点は,特に地下タンクの周囲に配置した棚板7の上に搭載した荷重盛土8の量である。」(段落【0011】)
・ 「<ヘ>棚板7上の荷重盛土8の決定。
棚板7は自由な寸法だけ周囲に張り出すものではなく,その上に搭載する荷重盛土8の量,すなわち荷重盛土8の重量が問題である。
そのために板の寸法の決定は,」(段落【0012】)
・ 「[棚板7の上に搭載した荷重盛土8の重量]と,[側壁3の重量]と,[底板2の重量]と,[屋根6の重量]と,[地下連壁1の重量]と,[棚板7の重量]の和が,底板2に下から作用する[揚圧力]と等しいかそれよりも大きくなるようにその形状を構成する。
そうすれば上向きの力よりも下向きの力が大きくなり,揚圧力によって地下タンクが浮き上がる危険性は解除される。」(段落【0013】)
・ 「【本発明の効果】
本発明の地下タンクの構造は以上説明したようになるから次のような効果を得ることができる。
<イ>コンクリートを厚くして重量を増加するためにはタンクの底板2,あるいは側壁3の掘削量を増加しなければならない。
しかし本発明の構成であれば,地表面に棚板7部分を配置するだけであるから,地表掘削,地表での鉄筋組み立て,地表面からのコンクリートの打設といった,通常のスラブ構築の方法とかわりなく,きわめて簡単な構造によって揚圧力に対抗することができる。…」(段落【0014】)
(ウ) 図面(かっこ内は【図面の簡単な説明】の記載である。甲5〔特許公報〕)
・ 【図1】(本発明の地下タンクの構造の実施例の説明図。)
file_4.jpg(8 RR fee a = 7 3 ams suse 3 — (fa 2 TEP PTE we D ae 6 Faイ 上記ア(ア)~(ウ)によれば,本件特許発明は,地下タンクの構造に関するものであり(段落【0001】),従来の地下タンクでは,タンクの底板には地下水の水頭に応じて,大きな揚圧力が下から作用して,タンクに浮き上がり力を与えているところ(段落【0002】),これに対抗するために,壁,床版の厚さを増して大きな重量を確保し,そのコンクリートの重量によって揚圧力に対抗する対策を採用していたが,これでは,掘削深さ・幅を拡大しなければならず,コンクリートの体積も大きくなって不経済であるとの問題があった(段落【0003】)。そこで,本件特許発明は,簡単な施工と構造によって,揚圧力に対抗することができる地下タンクの構造を提供することを目的とする(段落【0004】)。
そのため,本件特許発明では,地下壁の上端に取付けた棚板と,棚板の上に地下タンク構築後に搭載した荷重盛土とによって構成し,側壁と,底板と,屋根と,地下壁と,地下壁の上端の外周に取付けた棚板と,棚板の上に地下タンク構築後に搭載した荷重盛土の重量の和が,底板に下から作用する揚圧力と等しいかそれよりも大きい形状に構成した,地下タンクの構造とすることにより(特許請求の範囲),地表面に棚板部分を配置するだけであるから,地表掘削,地表での鉄筋組み立て,地表面からのコンクリートの打設といった,通常のスラブ構築の方法とかわりなく簡単な構造によって揚圧力に対抗することができるとするものである(段落【0014】)。
(4) 小括
上記(1)・(3)で認定した内容により甲2発明と本件特許発明とを対比すると,甲2発明の「連続地中壁2の内側に固定・設置される側壁4」は,本件特許発明の「側壁」に,甲2発明の「連続地中壁2の内側に固定・設置される底版3」は本件特許発明の「底板」に,甲2発明の「側壁4の上端部に開閉自在に構成された屋根5」は本件特許発明の「屋根」に甲2発明の「地中壁に連続して構築された連続地中壁2」は,「側壁の外周に設置した地下壁」に相当するものといえる。
そして,本件特許発明の「棚板」は,上記(3)で検討したように,地下壁の上端に取り付けられるものであるところ,外周方向に向けて片持ち梁状に張り出した状態で取り付けられ(段落【0009】),その上に荷重盛土を載せるものであるから,甲2発明における,連続地中壁とジベルで結合され外側周囲に配置されて,その上方には土が載っている「ガイドウォール」に相当するものといえる。
一方,本件特許発明において,土は地下タンクの構築後に棚板の上に搭載され,「荷重盛土」とされている(特許請求の範囲の記載)のに対し,甲2発明における「土」については,揚圧力に抗するための重量の和とされるかの点も含め,甲2発明において明示はされていない。
そうすると,審決が,本件特許発明と甲2発明との一致点につき「側壁と,底板と,屋根と,側壁の外周に設置した地下壁とによって構成した地下タンクにおいて,地下壁の上端に外周方向に向けて取付けた棚板と,棚板の上に搭載した土とによって構成し,地下タンクの構造に係る重量が,底板に下から作用する揚圧力と等しいかそれよりも大きい形状に構成した,地下タンクの構造。」である点を認定し(20頁17行~22行),相違点として,本件特許発明では,「棚板の上に搭載した土」が,「地下タンク構築後に」棚板の上に搭載され,また,「荷重盛土」とし重量に加算し,地下タンクの構造に係る重量が「側壁と,底板と,屋根と,地下壁と,棚板と,棚板の上に搭載した荷重盛土の重量の和」であるのに対し,甲2発明では,「棚板の上に搭載した土」が,「地下タンク構築後に」棚板の上に搭載されるとの明示はなく,また,「棚板の上に搭載した土」を「荷重盛土」とし重量に加算するとの明示はなく,地下タンクの構造に係る重量が「側壁と,底板と,屋根と,地下壁と,棚板の重量の和」である点を認定した(20頁24行~31行)ことについて,いずれも誤りはないというべきである。
そこで,本件特許発明と甲2発明との相違点について検討すると,甲2発明には,上記(1)で検討したとおり,ガイドウォールの上に土が存するところ,上記(2)のとおり,甲1発明には環状の張り出しスラブの上の盛土層の荷重も作用することで揚圧力に抗する地下式貯槽構造物の構成が示されているから,甲2発明のガイドウォールの上の土に甲1発明の盛土層の荷重を作用して揚圧力に抗するとの構成を採用することは当業者(その発明の属する技術の分野において通常の知識を有する者)において容易に想到し得るものと認められる。また,地下タンクの構造に関する本件特許発明において,棚板の上の土を地下タンクの構築後に搭載するとの施工の順序の定めについては,訂正後の明細書の記載を参酌しても格別の意味を持つと解することはできないところ,甲2発明においても,施工段階においてガイドウォールの上に土が存するものとは解されないから,地下タンクの構築後にガイドウォールの上に土を搭載することは,当業者において容易に想到し得ることである。
そうすると,審決が,本件特許発明と甲2発明との相違点の構成につき容易想到であるとした判断についても誤りはないというべきである。
(5) 原告の主張に対する補足的判断
ア 原告は,甲2発明が,「ガイドウォール6の上に搭載した土」を備えるとしたのは誤りである旨主張する。
しかし,上記(1)イで検討したとおり,図1によれば,土中に埋設されるガイドウォール6の上には土があるものと理解できるから,審決がガイドウォール6の上に搭載した土を備えるものと認定したことに誤りはないから,原告の上記主張は採用することができない。
イ また原告は,甲2発明のガイドウォールと本件特許発明の棚板とは異なるものであると主張する。
しかし,甲2発明のガイドウォールは,その自重を連続地中壁に伝達するものであるから,ガイドウォール上の土の荷重も合わせて連続地中壁に伝達するだけの強度及び寸法を備えるものとすることは当業者において当然になしうる事項であり,甲2発明のガイドウォールは本件特許発明の棚板に相当するものである。原告の上記主張は採用することができない。
ウ 次に原告は,審決が甲2発明の地下タンクの構造に係る重量は,「前記側壁4と,前記底版3と,前記屋根5と,前記連続地中壁2と,ガイドウォール6の重量の和である」としたのは誤りであると主張する。
しかし,上記(1)で検討したとおり,甲2発明の地下タンクの構造は「…連続地中壁と,…側壁と,…底版とを有する地下タンクの構造であって,前記連続地中壁の頂部は,その外側に設置された外側ガイドウォールにジベルで結合されていることを特徴とするものである。」(段落【0006】),「…この地下タンクの構造1は,…側壁4の上端部に取り付けられた屋根5と,…から構成されている。」(段落【0008】)とされているところからして,揚圧力に抗する地下タンクの構造に係る重量は連続地中壁・側壁・底版・側壁上端部の屋根5及び連続地中壁と結合された外側ガイドウォール6の重量の和であると解される。原告の上記主張は採用することができない。
エ 次に原告は,本件特許発明が属する土木工学分野においては,土の重量を地下タンクの荷重として見込むことが工学的に可能であるとされたものであり,単なる土の質量とは異なるとも主張するが,甲1発明及び甲2発明に接した当業者は,甲2発明のガイドウォールの上の土の重量を荷重として考慮し得ると解されるから,原告の上記主張は採用することができない。
オ さらに原告は,甲2発明に甲1発明を適用すべき動機付けがない旨を主張するが,本件特許発明・甲2発明・甲1発明はいずれも地下タンクの構造に係る同一の技術分野に属し,地下水の揚圧力に抗するための荷重という共通の技術課題を有するものであるから,適用すべき動機付けが存するというべきであり,原告の上記主張は採用することができない。
3 取消事由2(審判手続の法令違反)について
原告は,本件審判手続には,甲2発明を主引例として,これに甲1発明を組み合わせるとの構成については,原告に意見を述べる機会が与えられず法令違反があると主張するので,以下検討する。
無効審判請求人である被告は,平成19年10月5日付け無効審判請求書(甲8)において,本件特許発明が進歩性を欠如するとの無効理由を主張するにつき,刊行物として甲1~甲3を挙げた。これに対し,平成20年5月30日に行われた第1回口頭審理(甲10〔第1回口頭審理調書〕)において,審判長から,甲2を主引用例としこれに甲1を組み合わせることについて両当事者の考えを内容とした上申書を提出することが求められ,これを受けて原告は,平成20年6月16日付け上申書(甲12)を提出した。同上申書において原告は,「Ⅱ.甲第2号証を主引例にして甲第1号証(の図2)の構成を置換した場合,もしくは組み合わせた(寄せ集めた)場合に対して,本件特許発明1が進歩性を有すること」(6頁下8行~下6行)の項目において,甲2発明に甲1発明を組み合わせた場合につき詳細に反論している。
そして,平成20年9月8日付けで本件訂正前の請求項1~3に係る発明を無効とする内容の第1次審決がされたところ,第1次審決では甲2発明を主引用例としてこれに甲1等を組み合わせるとの論理付けが示されている(甲27)。原告は,この第1次審決に対し平成20年10月20日に審決取消訴訟(平成20年(行ケ)第10379号)を提起し,平成20年12月1日に本件特許につき訂正審判請求(甲6,7)を行ったところ,上記第1次審決については知的財産高等裁判所において特許法181条2項による取消決定(差戻し決定)がされた。そして差戻し後の審判手続きにおいて,原告は,特許庁審判長から指定された訂正を請求するための相当の期間(甲23)内に訂正請求を行わなかったところから,上記平成20年12月1日付け訂正審判請求書に添付された全文訂正明細書を援用した訂正の請求がされたとみなされることとされた。また,上記差戻し決定後の審判手続において原告が出した上申書(平成21年5月18日付け,甲26)においても,「Ⅱの1.甲第2号証に記載された発明との対比」(11頁17行以下)において,甲2発明に甲1発明を適用した場合の無効理由について詳細に反論した上で,「以上詳述したように,甲2発明に甲1発明を適用したとしても,当業者といえども上記相違点…に係る構成を想起し得ないのであるから,訂正特許発明の特許性を否定することはできない。」(15頁14行~16行)として甲2発明を主引用例としてこれに甲1発明を組み合わせることについて詳細に反論しているところである。
以上の検討によれば,甲2発明を主引用例として,これに甲1発明を組み合わせることについては,第1次審決がなされる以前から原告において十分に反論をする機会が与えられて実際に反論もし,第1次審決・訂正(審判)請求等を経て,更に差戻し後の審判手続きにおいても更なる反論を行ってきたものであるから,本件第2次審決が当事者が申立てない無効理由について判断し,これについて原告に意見を申し立てる機会を与えなかったものとは到底いえないことは明らかである。審判の手続に法の定める手続違背はなく,原告の上記主張は採用することができない。
4 結語
以上のとおりであるから,原告主張の取消事由は全て理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 今井弘晃 裁判官 真辺朋子)