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知財高等裁判所 平成21年(行ケ)10245号 判決 2010年7月20日

原告

株式会社陽紀

同訴訟代理人弁護士

松本司

田上洋平

同訴訟代理人弁理士

森義明

三枝英二

眞下晋一

松本尚子

森脇正志

被告

株式会社豊栄商会

同訴訟代理人弁護士

竹田稔

川田篤

同訴訟代理人弁理士

大森純一

折居章

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2005-80325号事件について平成21年7月7日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,被告が有する「溶融金属供給用容器」との名称の発明に係る特許(第3323489号。以下「本件特許」という。)について,原告が無効審判請求をしたが,請求不成立の審決を受けたことから,その取消しを求めた事案である。

争点は,上記発明が,特開平6-320255号公報(甲1)に記載された発明(以下「甲1発明」という。),特公平4-6464号公報(甲2)に記載された発明(以下「甲2発明」という。)及び周知技術等から容易に想到することができるか否かである。

1  特許庁における手続の経緯

被告は,平成13年6月22日,本件特許に係る発明につき出願し(優先日 平成12年12月27日),平成14年6月28日,設定登録を受けた。

原告は,平成17年11月9日,本件特許につき無効審判請求をした。特許庁は,これを無効2005-80325号事件として審理し,平成18年7月19日,「訂正を認める。請求項1ないし3に係る特許を無効とする。」との審決をした。

被告は,同年8月28日に,上記審決を不服として,当庁にその取消訴訟を提起した。また,被告は,同年10月19日,訂正審判を請求した。

当庁は,同年11月15日,特許法181条2項に基づいて,上記審決を取り消す旨の決定をした。

特許庁は,その後,さらに審理した上で,平成19年6月5日,「訂正を認める。

請求項1ないし3に係る特許を無効とする。」との審決をした。

被告は,同年7月13日,上記審決を不服として,当庁にその取消訴訟を提起した。

当庁は,平成21年1月28日,上記審決を取り消す旨の判決を言い渡した。

特許庁は,その後,さらに審理した上で,同年7月7日,「訂正を認める。本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決をし,その謄本は,同月17日,原告に送達された。

2  本件特許発明の内容

本件特許発明は,平成18年10月19日付けの訂正審判請求により訂正(下線部がその訂正部分である。)された後の明細書の特許請求の範囲の請求項1ないし3に記載された次のとおりのものである(甲21の1,2。以下,引用する場合を含めて,上記訂正後の請求項1の発明を「本件特許発明1」,請求項2の発明を「本件特許発明2」などといい,これらを「本件特許発明」と総称する。)。

「【請求項1】 溶融金属を収容することができ,上部に第1の開口部を有する容器と,

前記容器の内外を連通し,前記溶融金属を加圧により流通することが可能な流路と,

前記容器の第1の開口部を覆うように配置され,ほぼ中央に前記第1の開口部よりも小径の第2の開口部を有する蓋と,

前記蓋の上面部に開閉可能に設けられ,前記容器の内外を連通し,容器内の前記加圧を行うための内圧調整用の貫通孔が設けられ,前記容器内部の気密を確保するハッチと

を具備し,

公道を介してユースポイントまで搬送されることを特徴とする溶融金属供給用容器。」

「【請求項2】 請求項1に記載の溶融金属供給用容器において,

前記貫通孔に取り付けられ,前記容器の上面部から上方に向けて突出し,所定の高さの位置で水平方向に折り曲げられ,接続部が水平方向に導出された配管を更に具備することを特徴とする溶融金属供給用容器。」

「【請求項3】 請求項2に記載の溶融金属供給用容器において,

前記配管は,前記貫通孔に着脱可能に螺着されていることを特徴とする溶融金属供給用容器。」

3  審決の内容

審決は,以下のとおり,甲1発明,甲2発明及び周知技術から本件特許発明を想到することは容易ではなく,本件特許発明は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものではないとした。

(1)  甲1を主引例とする場合

ア 甲1発明の内容

「密閉した溶湯室の底部から立上がる出湯路の上端の出湯室と,この出湯室の底面の注湯口と,前記底部から立上がる受湯路の上端の受湯室と,前記底部に連通する溝形インダクタと,溶湯室の上部の開口部に設けられた蓋にガス導入管が設けられ,該ガス導入管を介して前記溶湯室の溶湯にガスを加圧する加圧ガス制御装置とからなる加圧式注湯炉において,

前記注湯口にこれを開閉する棒状のストッパを設け,前記溝形インダクタの軸心を水平より下に45°ないし90°に向けて取付け,前記ガスを不活性ガスとし,前記溶湯室の溶湯の全量を排出するように前記加圧式注湯炉を傾動させる動力傾動装置を設けた球状黒鉛鋳鉄品用の加圧式注湯炉。」

イ 甲1発明と本件特許発明1の一致点及び相違点

(ア) 一致点

「溶融金属を収容することができ,上部に第1の開口部を有する容器と,前記容器の内外を連通し,前記溶融金属を加圧により流通することが可能な流路と,前記容器の第1の開口部を覆うように配置された蓋と,を具備する溶融金属供給用容器。」

(イ) 相違点1

「容器の第1の開口部を覆うように配置された蓋が,本件特許発明1においては,ほぼ中央に第1の開口部よりも小径の第2の開口部を有するのに対して,甲1発明は,この点が記載されていない点。」

(ウ) 相違点2

「本件特許発明1が,蓋の上面部に開閉可能に設けられ,容器の内外を連通し,容器内の前記加圧を行うための内圧調整用の貫通孔が設けられ,前記容器内の気密を確保するハッチを具備しているのに対して,甲1発明は,蓋に注湯炉内の加圧を行うための内圧調整用の貫通孔が設けられているとしている点。」

(エ) 相違点3

「本件特許発明1は,容器が公道を介してユースポイントまで搬送されるとしているのに対して,甲1発明は,この点が記載されていない点。」

ウ 相違点3の容易想到性について

「甲1発明は,・・・産業上の利用分野として,鋳放しで黒鉛を球状化するために,Mgを含有させた鋳鉄の溶湯を鋳型に注湯する球状黒鉛鋳鉄(ダクタイル鋳鉄)品用の加圧式自動注湯炉に関するとしており,加圧式自動注湯炉の構成として,ガス導入管9,フィルタ17を介装して加圧ガス制御装置11を設け・・・,溶湯室2の溶湯10の全量を速やかに排出するよう,枠体13に取付けた加圧式注湯炉1を傾動させる油圧シリンダ又は電動歯車減速機などの動力傾動装置14を設けていること・・・が記載されている。

しかし,甲第1号証には,当該球状黒鉛鋳鉄品用の加圧式自動注湯炉を,公道を介してユースポイントまで搬送することに関する記載はもとよりのこと,工場内で移動すること,工場間で搬送することに関する記載はなく,更にこれらを意図することの示唆もない。

そして,上記したとおり,加圧ガス制御装置,動力傾動装置など付帯する装置を必須の構成として備え,移動に適さない構造である点からしても甲第1号証記載発明は,球状黒鉛鋳鉄品用の加圧式自動注湯炉として,工場内での定置された状態で使用することを前提としていると考えるのが最も合理的である。

他の甲2,4,6~13号証の中で唯一甲第2号証には,アルミニウム等の溶融金属を公道など一般道路を通って遠隔地運搬,長時間運搬,坂道などの傾斜面運搬ができ,溶湯のまま使用者側に配送ができるようにしたトラック等,道路上を運行する運搬用車輌による溶融金属の運搬方法に関する取鍋・・・が記載され,又使用先の工場に着後は取鍋を傾動して保持炉,或は直接鋳型等に直ちに注湯することができること・・・が記載されており,従来から,取鍋を公道を介してユースポイントまで搬送すること,その際の問題点が認識されていたことは理解できる。

しかし,甲1発明は,上述したように,球状黒鉛鋳鉄品用の加圧式自動注湯炉として,工場内での定置された状態で使用することを前提としている以上,この加圧式自動注湯炉を,公道を介してユースポイントまで搬送する必要性が存在せず,支障なく搬送できることも不明であるから,上記相違点3なる構成は,当業者が容易には想到し得ないものである。

そして,本件特許発明1は,上記相違点3なる構成と他の構成とが相まって,本件特許明細書記載の効果を奏しているものである。

したがって,本件特許発明1は,他の相違点1,2について検討するまでもなく,甲1発明を主にして他の甲2,4,6~13号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。」

エ 本件特許発明2,3について

「本件特許発明2は,本件特許発明1の『溶融金属供給用容器』の構成をすべて含み,『前記貫通孔に取り付けられ,前記容器の上面部から上方に向けて突出し,所定の高さの位置で水平方向に折り曲げられ,接続部が水平方向に導出された配管を更に具備すること』を更に限定した発明であり,本件特許発明3は,本件特許発明2の『溶融金属供給用容器』の構成をすべて含み,『前記配管は,前記貫通孔に着脱可能に螺着されていること』を更に限定した発明であるから,上記『1-1.本件特許発明1について』の欄に記載したと同じ理由により,本件特許発明2,3は,甲1発明を主にして他の甲2,4,6~13号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。」

(2)  甲2を主引例とする場合

ア 甲2発明の内容

「溶融金属を収容することができ,上部に開口部を有する取鍋と,前記取鍋の内外を運通し,前記溶融金属を傾動により流通することが可能な流路と,前記取鍋の上部に開口部を覆うように配置され,ほぼ中央に前記開口部よりも小径の受湯口を有する蓋と,前記蓋の上面部に開閉可能に設けられた受湯口小蓋とを具備し,公道を介してユースポイントまで搬送される傾動注湯式密閉型溶融金属運搬用取鍋。」

イ 甲2発明と本件特許発明1の一致点及び相違点

(ア) 一致点

「溶融金属を収容することができ,上部に第1の開口部を有する容器と,前記容器の内外を連通し,前記溶融金属を流通することが可能な流路と,前記容器の第1の開口部を覆うように配置され,ほぼ中央に前記第1の開口部よりも小径の第2の開口部を有する蓋と,前記蓋の上面部に開閉可能に設けられたハッチとを具備し,公道を介してユースポイントまで搬送される溶融金属供給用容器。」

(イ) 相違点A

「本件特許発明1は,溶融金属を加圧により流通することが可能な流路を具備しているのに対して,甲2発明は,この点が記載されていない点。」

(ウ) 相違点B

「本件特許発明1におけるハッチは,容器の内外を連通し,容器内の前記加圧を行うための内圧調整用の貫通孔が設けられ,前記容器内の気密を確保するとしているのに対して,甲2発明における受湯口小蓋は密閉型であるものの,これらの点が記載されていない点。」

ウ 容易想到性について

「上記相違点について検討すると,上記相違点A,Bは,本件特許発明1が,溶融金属を加圧により注湯する方式を備えるがための構成に基づく相違点と,該加圧を行うための内圧調整用の貫通孔がハッチの如何なる箇所に設けられているかに基づく相違点とに,即ち次のとおりに組み替えることができる。

相違点A’:本件特許発明1では,流路が溶融金属を加圧により流通することが可能なとし,ハッチを,前記容器内の気密を確保するハッチとしているのに対して,甲2発明における受湯口小蓋(ハッチ)は密閉型であるものの,これらの点が記載されていない点。

相違点B’:本件特許発明1では,ハッチに容器の内外を連通し,容器内の加圧を行うための内圧調整用の貫通孔が設けられとしているのに対して,甲2発明における受湯口小蓋(ハッチ)は,この点が記載されていない点。」

「上記平成19年(行ケ)10258号判決において,知的財産高等裁判所は,上記相違点B’についての審決の判断に関して,以下のとおり判示している。

『(3)相違点B’の判断の誤りに関する検討

…甲2発明の容器は,…溶湯は受湯口から取鍋内に収納され,使用先の工場では,注湯口を開きフォークリフトにより取鍋を傾動して保持炉や鋳型等に注湯する方式の,いわゆる傾動式の取鍋であると認められるところ,この傾動式の取鍋から,これを密閉された容器に溶融金属用の配管が設けられ加減圧用の配管が接続されるという構成(いわゆる加圧式)とすること自体は,甲10(特開平8-20826号公報),甲11(特開昭62-289363号公報)…において,加圧式の場合,注湯精度,溶湯品質等の点で傾動式よりも優れていることが記載されているから,当業者がこれを適用することは容易に想起できるものと認められる。

しかし,このことは,当業者が甲2発明から出発してこれにいわゆる加圧式の容器を採用しようと考えた後は,加圧式の容器であれば性質上当然具備するはずの構成のほかそのすべての個々の具体的構成は当然に適用できることを意味するものではない。そして,甲2発明の傾動式の容器であれば,その傾動式の容器であるという性質自体から,溶湯を出し入れするために注湯口及び受湯口が必要であることが導かれるが,本件特許発明1の加圧式の容器の場合は,一つの流路を通して溶湯の導入と導出とを行う注湯方式であり加減圧用の配管が容器に接続されていればよいのであるから,傾動式の容器で必要な受湯口及び受湯口小蓋は必須なものではない。したがって,甲2発明の傾動式の容器に接した当業者がこれを加圧式の取鍋にすることを考える際,あえて,必須なものではない受湯口及び受湯口小蓋を具備したままの構造とするのであれば,そうした構造を採用する十分な具体的理由が存する必要がある。

しかるに…本件特許発明1における技術的課題は,密閉された容器に溶融金属用の配管が設けられ加減圧用の配管が接続されるという構成をとったとき,液滴が容器内で飛び散って内圧調整用の配管に付着し,これが度重なることで配管詰まりが発生する点にあるところ,このような課題を解決するために,容器の上面部に開閉可能に設けられ,容器の内外を連通する内圧調整用の貫通孔が設けられたハッチを具備するという構成を採用し,この構成により,ハッチを開けて加熱器を容器内に挿入して予熱をする際に,内圧調整用の貫通孔に対する金属の付着を確認することができ,内圧調整に用いるための配管や孔の詰まりを未然に防止できるという作用効果を奏するようにしたものである。そうすると,本件特許発明1と上記(2)に記載したような甲2発明とを対比すると,甲2発明は取鍋を運搬車輌に搭載し公道を介して工場間で搬送するという技術的課題を有し,その課題解決手段としては,上記(2)ア(ウ)~(キ)記載のような運搬用車輌に搭載し公道上を搬送されるに適した構成を採用しており,技術分野は同じくするものの,その技術的課題は,傾動式取鍋の安全な工場間運搬(甲2発明)と加圧式取鍋特有の内圧調整用配管の詰まりの防止(本件特許発明1)というように基本的に異なっており,...その機能や作用についても異なるものであるから,そのような甲2発明に接した当業者が,本件特許発明1の相違点B’の構成を容易に想起することができたと認めることはできない。』

当審の審理は,行政事件訴訟法第33条第1項の規定により,上記平成19年(行ケ)10258号判決の判断である上記判示事項に拘束されるものである。

したがって,相違点B’を容易想到とすることはできないから,本件特許発明1は,甲2発明を主として,他の甲第1号証,甲第4号証,甲第6~13号証に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,当該発明についての特許は,特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであって,特許法第123条第 1 項第2号の規定により無効とされるべきであるとの請求人の主張は採用できない。」

エ 本件特許発明2,3について

「本件特許発明2及び3に関して,上記平成19年(行ケ)10258号判決は,以下のとり判示している。

『本件特許発明2は,本件特許発明1の構成をすべて含み,本件特許発明3は本件特許発明2の構成をすべて含んでいるのであるから,本件特許発明2,3についての審決の判断も,同様に誤りであることとなる。』

当審の審理は,行政事件訴訟法第33条第1項の規定により,上記平成19年(行ケ)10258号判決の判断である上記判示事項に拘束されるものである。

したがって,本件特許発明2及び3についても,甲2発明を主として,他の甲第1号証,甲第4号証,甲第6~13号証記載の発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,当該発明についての特許は,特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであって,特許法第123条第1項第2号の規定により無効とされるべきであるとの請求人の主張は採用できない。」

第3原告主張の要旨

審決は,次のとおり,進歩性についての判断を誤ったものである。

1  総括

審決は,要するに,甲1記載の加圧式注湯炉は工場内での定置された状態で使用していることを前提としていることから,公道を介して搬送する必要性が存在しないと判断している。

しかし,審決の上記判断は進歩性の判断を誤ったものである。なぜなら,進歩性の判断は公知の技術的思想についての適用の可否を考察するものであって,具体的な装置の構成に基づき,当該具体的な装置そのものにそのまま相違点にかかる構成を採用することが可能か否かを判断するものではないからである。

審決の上記判断は,甲1に記載されている具体的な加圧式注湯炉そのものを前提として,他の公知引例についての具体的記載を一切参酌せずに,甲2に開示された公道を介して搬送可能とする構成の適用可能性を否定したものであり,失当である。

2  動機付けの存在

甲2発明は,溶融金属を収容し,搬送し,供給するために使用される容器についての発明であり,当該技術分野においては,アルミニウム等を専門に溶解する外部の企業から溶湯の配給を受けて使用する形態を可能とするような,溶湯の放冷を防ぎ安全に運搬する方法やそのための取鍋が望まれていたことが理解でき,取鍋を運搬車輌に搭載し公道を介して工場間で運搬することが課題として開示され,かかる課題を解決するため,上記記載のような運搬用車輌に搭載し公道上を搬送されるに適した構造を有する取鍋(容器)を採用することにより,搬送中の荷台の傾斜等により湯こぼれ等を生ずるおそれもなく安全に一般道路上を運搬し得るという作用,機能があると認められる。

したがって,甲2には,溶融金属供給容器を公道を介して搬送可能とすることへの積極的な動機付けが記載されている。

3  甲1への適用

(1)  上記のとおり,甲2には,溶融金属供給容器を公道を介して搬送可能とすることへの積極的な動機付けが記載されている。

したがって,甲2における公道を介して搬送可能とする技術的思想を甲1に適用することは,当業者であれば容易に想到できることである。すなわち,甲1と甲2は共に溶融金属を供給する容器であり,技術分野を共通とするからである。

なお,甲12のように,加圧式取鍋においてもフォーク穴7aを備え,運搬可能なものが公知となっていたことからすれば,甲1と甲2には,加圧式,傾動式の違いは存在するものの,当該事由も動機付けを妨げる事由とはなり得ない。

(2)  これに対し,審決は,甲1が「加圧ガス制御装置,動力傾動装置など付帯する装置を必須の構成として備え,移動に適さない構造である」として,甲2に開示されている公道を介して搬送可能とする構成についての阻害事由を指摘するが,当該認定もまた失当である。

前述のとおり,進歩性の判断は,公知の技術的思想についての適用の可否を考察するものであり,具体的な装置を前提としないからである。

また,加圧ガス制御装置,動力傾動装置は,搬送可能性を否定する根拠とはなり得ない。甲22には,運搬車輌に積載され移動可能な加圧ガス制御手段が開示されており,甲2には,移動可能な動力傾動装置が開示されている。

したがって,加圧ガス制御装置,動力傾動装置を搬送可能なものとすることは,本件特許発明の出願時に周知であったものであり,当該構成を根拠に甲1に記載の構成が「移動に適さない構成である」とした審決の認定は誤りである。

(3)  よって,甲1に甲2記載の公道を介して搬送可能とする構成,すなわち相違点3の構成を当業者が容易に想到し得ることは明らかであり,審決は,当該相違点3についての判断を誤ったものである。

第4被告の反論

1  甲1記載の「球状黒鉛鋳鉄品用の加圧式注湯炉」の発明は,固定して使用することを前提とした装置であり,公道を介して搬送するという本件特許発明1の課題はおよそ示唆されていない。

それ以外の引用発明においても,公道を介して搬送するものは甲2記載の取鍋のみであり,その取鍋も,いわゆる傾動式取鍋であり,当業者が,甲1の加圧式注湯炉に基づいて,公道を介して搬送するという本件特許発明1の構成を想到するに足りるだけの示唆はない。

したがって,審決の無効理由1における相違点3についての判断に誤りはない。

2  いずれにしても,原告主張の審決取消事由が審決の結論に影響を及ぼさないことは明らかである。

審決は,無効理由1との関係では,相違点3についてのみ判断を示し,相違点1及び2については判断を示していない。

この無効理由1の相違点1及び2は,本件特許発明1において,小径の第2の開口部に気密を確保するに足りるハッチが設けられ,かつ,ハッチに内圧調整用の貫通孔が設けられているという構成に関するものである。

このような本件特許発明1の構成は,無効理由3との関係における相違点A’及びB’にも係る構成である。

そして,相違点A’及びB’に係る構成については,知財高裁平成21年1月28日判決(平成19年(行ケ)第10258号)により容易に発明をすることができたとはいえないとの判断が示されている。

また,相違点1及び2に係る無効理由1と,相違点A’及びB’に係る無効理由3とにおいて基礎とされた引用例はほとんど同一である。

これらを踏まえると,相違点1及び2についても,容易に発明をすることができたとはいえないとの結論になることは明白である。なぜなら,仮に,当業者において,甲1発明を,工場内に固定して使用するのではなく,公道を介して搬送することを想起した場合においても,その際,小径の第2の開口部に気密を確保するに足りるハッチが設けられ,かつ,ハッチに内圧調整用の貫通孔が設けられているという構成を容易に発明することができたかという点が問題となるからである。

この点を審決が積極的に判断すれば,相違点A’及びB’に関する審決取消判決の拘束力(行政事件訴訟法33条1項)を尊重し,同様の結論になる可能性が極めて高い。

したがって,原告の審決取消事由は,審決の結論に影響を及ぼすものではない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由(進歩性判断の誤り)について

(1)  本件特許発明に係る明細書(平成18年10月19日付け訂正審判請求が認められた後のもの。甲21の2)には,以下の記載がある。

「【0001】【発明の属する技術分野】

本発明は,例えば溶融したアルミニウムの運搬に用いられる溶融金属供給用容器に関する。

【0002】【従来の技術】

多数のダイキャストマシーンを使ってアルミニウムの成型が行われる工場では,工場内ばかりでなく,工場外からアルミニウム材料の供給を受けることが多い。この場合,溶融した状態のアルミニウムを収容した取鍋を材料供給側の工場から成型側の工場へと搬送し,溶融した状態のままの材料を各ダイキャストマシーンへ供給することが行われている。

【0003】

従来から用いられている取鍋は,溶融金属が貯留される容器本体の側壁に供給用の配管を取り付けたいわば急須のような構造で,かかる取鍋を傾けることにより配管から成型側の保持炉に溶融金属を供給することが行われている。

【0004】【発明が解決しようとする課題】

しかしながら,このような取鍋では,例えば取鍋の傾斜をフォークリフトを用いて行っており,そのような作業は必ずしも安全なものとはいえなかった。また,取鍋を傾斜させるためにフォークリフトに回動機構を設ける必要があるため,構成が特殊となり,更にそのような操作のためにフォークリフトの操作に熟練した作業者が必要とされる,という課題があった。

【0005】

そのため,本発明者等は,圧力差を利用した溶融金属の供給システムを提唱している。このシステムは,密閉された容器に外部に溶融金属を導出するための配管を設け,さらにこの容器に加圧気体を供給するための配管を接続し,容器内を加圧することで金属導出用の配管から外部の例えば成型側の保持炉に溶融金属を導出している。

【0006】

しかしながら,上記構成の容器では,加圧気体供給用の配管が詰り易い,という問題がある。特に,上記のシステムでは,例えば容器はトラックに搭載され公道を介して工場から他の工場に運搬されるために揺れことが多く,このため容器内の溶融金属の液面が傾いたり,液滴が容器内で飛び散り,これらが加圧気体供給用の配管に付着する。そして,例えばこのような付着が度重なることで配管詰りが発生している。

【0007】

以上の事情に鑑み,本発明の主たる目的は,内圧調整に用いるための配管や孔の詰りを防止することができる溶融金属供給用容器を提供することにある。

【0008】【課題を解決するための手段】

かかる課題を解決するため,本発明の主たる観点に係る溶融金属供給システムは,溶融金属を収容することができる容器と,前記容器の内外を連通し,前記溶融金属を流通することが可能な流路と,前記容器の上面部に開閉可能に設けられ,前記容器の内外を連通する内圧調整用の貫通孔が設けられたハッチとを具備するものである。

【0009】

通常,かかる容器内に溶融金属を供給するに先立ちガスバーナ等の加熱器により容器を予熱している。この予熱は,ハッチを開けて加熱器の一部を容器内に挿入することで行われる。従って,ハッチは容器内に溶融金属を供給する度に開けられるものである。本発明では,このようなハッチに内圧調整用の貫通孔を設けているので,容器内に溶融金属を供給する度に内圧調整用の貫通孔に対する金属の付着を確認することができる。そして,例えば貫通孔に金属が付着しているときにはその都度それを剥がせばよい。従って,本発明では,内圧調整に用いるための配管や孔の詰りを未然に防止することができる。また本発明においては,このハッチは容器内部を気密を確保するためのパッキン等の封止部材を備えている。パッキンは例えばシリコン製のものなど耐熱性を有するものが好ましい。

【0010】

本発明の溶融金属供給用容器は,前記ハッチが,前記容器の上面部のほぼ中央に設けられていることを特徴とするものである。

【0011】

容器が揺れて液面が傾いたり,液滴が飛び散る場合,容器内の外周付近よりも中央部に近い方がより液面の変化や液滴が飛び散る度合いが小さい。本発明では,ハッチに内圧調整用の貫通孔が設けられ,しかもそのハッチが上記のように液面の変化や液滴が飛び散る度合いが小さい位置に対応する容器の上面部のほぼ中央に設けられているので,金属が内圧調整に用いるための配管や孔に付着することが少なくなる。従って,本発明では,内圧調整に用いるための配管や孔の詰りを防止することができる。

【0012】

本発明の溶融金属供給用容器は,前記貫通孔に取り付けられ,前記容器の上面部から上方に向けて突出し,所定の高さの位置で水平方向に折り曲げられ,水平方向に導出された配管を更に具備するものである。」

(2)  甲1発明に係る明細書(甲1)には,以下の記載がある。

「【0001】【産業上の利用分野】

この発明は,JIS G 5502(1986)球状黒鉛鋳鉄品に規定するように,鋳放しで黒鉛を球状化するために,Mg(マグネシウム)を含有させた鋳鉄の溶湯を鋳型に注湯する球状黒鉛鋳鉄(ダクタイル鋳鉄)品用の加圧式自動注湯炉に関し,特に,溝形誘導炉を形成するものに係わる。なお,鋳造後の熱処理で黒鉛を球状化する黒心可鍛鋳鉄品(JIS G 5702)はこの発明に関係しない。

【0003】【発明が解決しようとする課題】

Mgは一般に,鋳鉄の溶湯に合金量50%以下の母合金の形で添加される。添加されたMgは時間経過とともに急速に消失(フェイディング)し,MgOのスラグとなる。Mgが消失すると鋳放しで黒鉛の球状化はされない。前記のるつぼ形誘導炉による球状黒鉛鋳鉄品の鋳造においては,大気に開放する処理とりべの溶湯のMgの消失限は約15分であり,加熱源がない注湯とりべの溶湯は約10分で流動性を失い注湯不能となる。Mgが消失したり注湯不能な溶湯は,廃棄される。このため,溶湯の頻繁な交換や残湯の捨場に困難を生じ,注湯の自動化に限界があるが,仕方のないこととされていた。

【0005】

この発明の目的は,溝形誘導炉を使用して更に溶湯のMgの消失限を長くし,MgOスラグの発生を抑制して自動注湯精度を維持し,止むを得ずMgが消失した溶湯の交換が可能であり,発生したスラグの除去が簡単な球状黒鉛鋳鉄品用の加圧式注湯炉を提供することにある。

【0011】【実施例】

図1は実施例の断面図である。図において,この加圧式注湯炉1は,密閉した溶湯室2の底部2aから立上がる出湯路3の上端の出湯室4と,この出湯室4の底面の注湯口5と,底部2aから立上がる受湯路6の上端の受湯室7と,底部2aに連通する溝形インダクタ8と,ガス導入管9を介して溶湯室2の溶湯10にガスを加圧する加圧ガス制御装置11とからなる。

【0012】

以上は従来例とおよそ同一である。実施例の特徴として,注湯口5にこれを開閉する棒状のストッパ12を設ける。そして,溝形インダクタ8の軸心を水平より下のθの角度が45°ないし90°になるように向けて取付け,前記ガスを不活性ガスとする。更に,溶湯室2の溶湯10の全量を速やかに排出するよう,枠体13に取付けた加圧式注湯炉1を傾動させる油圧シリンダ又は電動歯車減速機などの動力傾動装置14を設ける。加圧式注湯炉1は,ピン15aの周りに傾動可能であり,枠体13にピン15bで取付けた動力傾動装置14のピン15cで傾動力を受ける。

【0013】

前記溝形インダクタ8の出力を,溶湯室2の最大容量の溶湯10の温度を定常状態で保温する以上に充分大きく昇温可能な出力とするとよい。出湯室4及び受湯室7をそれぞれ出湯路3及び受湯路6にフランジ16a,16bで着脱自在にするとよい。また,ガス導入管9の内径を50mm以上とし,加圧ガス制御装置11の溶湯室2側にフィルタ17を介装するとよい。なお,接種材容器21のシュート22から接種材としてフェロシリコンの粒材23を,注湯時の溶湯の流れの中に接種すると,黒鉛の球状化率は,Mg添加後30分で50%から90%に,Mg添加後90分で20%から75%に向上する。」

(3)  甲2発明に係る明細書(甲2)には以下の記載がある。

「〔産業上の利用分野〕

本発明はアルミニウム等の溶融金属を公道など一般道路を通って遠隔地運搬,長時間運搬,坂道などの傾斜面運搬ができ,溶湯のまま使用者側に配送ができるようにしたトラック等,道路上を運行する運搬用車輌による溶融金属の運搬方法に関するものである(1頁2欄9行~15行)。

〔解決すべき問題点〕

集中溶解炉で溶解して各保持炉に分配する場合には,問題がある。即ち一種多量生産の場合は集中溶解方式が経済的であるが,多種類少量の生産には集中溶解方式は不経済であり,他の小型溶解炉,例えばるつぼ炉,小型の溶解兼保持炉等に頼らざるを得ない。集中溶解炉とこれらの小型溶解炉を併設することは設備費の負担が大きく,問題がある。また炉の保守,環境衛生等の面から考えても保持炉の方が小型であり,溶湯の酸化損失も少なく,工場内の熱気も少ないので優れている。従って集中溶解炉を設備しなくても鋳造ができれば工場の合理化が図られる。この目的で,アルミニウム等を専門に溶解する工場から使用現場まで溶湯のまま配湯する方法が研究されており,一部にはパイプラインによる給湯設備がある。しかし,この場合でも運搬距離はせいぜい数百メートルに過ぎず,同一工場内での運搬に限られており前記混銑車と同様,適時希望の場所に配送することができず,機動性に乏しい。運搬距離がさらに長距離になれば,工場の合理化がさらに推進されるであろうことは以前から予想されていた。従って,例えば溶湯を外部の企業から配給を受けて使用することは以前から構想されてきたが,未だ実現されないまま,今日に至っている。その原因は溶湯の放冷を防ぎ安全に運搬することが困難であったことによる。

即ち従来の方法で溶湯を一般道路上を運搬する場合は,公道など一般道路が工場内と異なり,坂道があったり,車の振動が激しくなる舗装状態の悪い道路面があったりすることから,溶湯がこぼれたり,積込んだ取鍋が横転したり,また放冷により溶湯が凝固する等の困難が予想され,実現ができなかった(2頁3欄13行~4欄2行)。

〔問題点の解決手段〕

本発明は上記の事情に鑑みなされたもので,溶融金属を密閉型の取鍋に収納し,開口部を密閉した取鍋をトラック等道路上を運行する運搬用車輌の荷台上に載置固定して運搬することを特徴としている(2頁4欄3行~8行)。

また,取鍋な受湯口および注湯口に密閉装置を有する密閉型の取鍋で,運搬中の湯こぼれ等を完全に防止することができ,長時間運搬等の場合は保温用加熱装置を設けて溶湯の放冷凝固を防止するようにし,受湯口,注湯口の開閉もクランプハンドルにより極めて迅速に行い得るようにしたものである(2頁4欄29行~35行)。」

「第6図~第8図は取鍋の断面図を示し,13は外殻鉄皮,14は断熱材,15は内張り耐火材,16は蓋,17は受湯口,18は注湯口,19は受湯口小蓋,蓋16と取鍋本体20の各鉄皮はフランジ部21を締着22して接続してある。また小蓋19は第7図に示すように蝶番23により蓋16に開閉自在に取付けられ,その反対側には把手24および二叉状掛止具25が突設され,これに対し蓋16にはねじ軸26が外側方に回転自在に取付けられ,図においてねじ軸26は掛止具25の二叉部に掛止められ,ねじ軸26に螺合せしめたクランプハンドル27により小蓋19が蓋16に締着されており,ハンドル27をゆるめてねじ軸26を外側方に回動することにより小蓋19を開くことができる(3頁5欄35行~6欄5行)。」

「第9図~第11図は注湯口18の開閉装置を示し,図中,30は鋳鉄製の注湯口ノズル,31はノズル30に嵌合する鋳鉄製のストッパーで,ストッパー31は蓋16もしくは取鍋本体20に固定された基軸32の端部に回動自在に嵌装したリング(図示せず)に上下回動自在に取付けたアーム33の先端部に取付けられ,アーム33は取鍋本体20もしくは蓋16に固定された支持板34の上縁に摺動自在に支持されて回動可能となっており,支持板34の端部に設けたスリット34’に落込み嵌合することによりストッパー31が注湯口ノズル30に嵌合して同注湯口ノズル30を閉塞するようになっている。34’’は支持板34上縁の他端部に設けた注湯口18開口時のアーム33の保持部(アームレスト)である。上記アーム33の基部を基軸32に玉接手等により上下および左右方向に回動自在に接続してもよい。

35はストッパー31を緊締するトグルクランプ装置で,上記ストッパー31の注湯口ノズル30を閉塞する位置において,アーム33がクランプ35上端部のコ字状の保持部35’に嵌合するので,クランプ35のハンドル35’’を上下方向に回動することによりストッパー31をノズル30に嵌合圧着することができ,また上記と反対の操作でノズル30を開くことができる。上記ノズル30およびストッパー31を鋳鉄製とすることにより,機械的強度にすぐれ,耐久性を改善することができる上,注湯後の湯切れが良く,密閉性が改善されることが分った(3頁6欄13行~41行)。」

「溶融金属の輸送に当っては,一例として供給者側の工場において溶解炉からポンプにより送給されて来た溶湯を取鍋2の受湯口17から送給パイプを通して取鍋2内に収納した後,小蓋19を閉じ,クランプハンドル27により緊締し,また注湯口18にはストッパー31を施し,トグルクランプ35のハンドル35’’により緊締すれば取鍋2は迅速かつ完全に開口部が密閉されるので,この取鍋2を差し込み用部材9,9を介しフォークリフトによりトラックの荷台1に積込み,上記固定装置3と緊締具8により固定して使用先の工場まで運搬することができる。

使用先の工場に着後は取鍋2の緊締6,7,8を解除し,左右方向に傾動可能なフォークリフトを使用して,取鍋2を降ろし,ストッパー31を取除いて注湯口18を開き,フォークリフトにより取鍋2を傾動して保持炉,或は直接鋳型等に直ちに注湯することができる。従って供給者側は使用先工場の需要に応じ適時に溶融金属を配送することができる(4頁7欄3行~22行)。」

(4)  甲12(特開平8-20826号公報)には以下の記載がある。

「【請求項4】

取鍋本体に蓋を密閉開放自在に被せ,下端部が前記取鍋本体内に開口し上端部に吸湯管と配湯管が択一的に接続される吸配湯接続口をそなえたストークを,前記蓋に取付けるとともに,一端部が前記取鍋本体の上部空間内に開口し他端部に真空排気装置に接続される排気接続口をそなえた排気管と,一端部が前記取鍋本体の上部空間内に開口し他端部に加圧ガス供給装置に接続される給気接続口をそなえた給気管とを,前記蓋または前記取鍋本体に取付けたことを特徴とする取鍋式真空脱ガス装置。

【発明の詳細な説明】【0001】【産業上の利用分野】

この発明は金属の溶湯を真空脱ガスする方法,および真空脱ガスをおこなう取鍋式真空脱ガス装置に関する。

【0002】【従来の技術】

たとえばアルミニウム,銅,亜鉛などの非鉄金属あるいはその合金などを鋳造する際に,鋳造製品の欠陥を除去し高品質化をはかるために,溶湯を収容した減圧槽内を真空にし溶湯中の有害ガスを吸引除去する真空脱ガス法が,採用されるようになった。ところが従来の真空脱ガス法においては,一般に先ず溶解炉から開放状態の取鍋内に大気中で溶湯を注湯し,この溶湯を入れた取鍋を運搬して減圧槽内に収容し,真空脱ガス後,取鍋を取出して鋳造装置等の溶湯使用装置まで運搬し,鋳造装置の保持炉へ取鍋を傾動させて配湯したり,大型鋳物の場合等は直接鋳型への注湯を取鍋を傾動させておこなっている。

【0004】【発明が解決しようとする課題】

この発明は上記従来の問題点を解決するもので,溶湯の取鍋内への注湯から真空脱ガス後の溶湯の溶湯使用装置への配湯までの間における,溶湯の大気との接触や大気の巻込みを減らして,溶湯の品質向上および真空脱ガスの生産性向上をはかることができ,真空排気装置も小容量のもので済む真空脱ガス方法および取鍋式真空脱ガス装置を提供しようとするものである。

【0013】

また第1の発明においては,真空脱ガス後の溶湯を収容した取鍋の運搬中には,・・・

【0014】

また第2の発明においては,真空脱ガス後の溶湯を収容した取鍋の運搬中には,・・・

【0015】

また第3の発明においては,真空脱ガス後の溶湯を収容した取鍋の運搬中には,・・・」

(5)  甲22(実開平3-31063号公報)には,以下の記載がある。

「考案の名称 溶湯の移湯装置

〔産業上の利用分野〕

この考案は,溶解炉から保持炉へ溶湯移湯するようにした溶湯の移湯装置に関するものである。

〔考案が解決しようとする課題〕

しかし,前述の移湯取鍋の傾注容器移湯方式は,移湯取鍋の傾注時の溶湯飛散による不安全作業であるとか,溶湯の激流でガスの巻き込みにより,比重値がバラツキを起こして,品質不良が発生する。

ついで,ポンプ方式はポンプ内で溶湯を渦流で汲み揚げるため,ガスの巻き込みは避けられない。また,動力源としてエアー及び電力を溶湯移送エネルギーに変換する効率が極めて低く,その上,イニシャル(設備費)ランニングとも高価であるという問題点がある。

そこで,この考案は上記問題点を解決するために,溶解炉から保持炉への溶湯の移湯装置を簡素化してコスト低減を図るとともに,移湯作業時の安全性を向上させることにある。

〔課題を解決するための手段〕

そのため,この考案は上述の課題を,取鍋運搬車両に積載の移湯取鍋を密閉して移湯密閉取鍋を形成し,溶解炉から保持炉への溶湯の移湯は,前記移湯密閉取鍋内の溶湯を,車載の加圧装置である過給器の加圧力によって押し上げ,保持炉に加圧静流移湯することにより解決しようとするものである。」

(6)ア  前記(1)からすれば,取鍋には,傾けることにより配管から溶融金属を供給する構造になっているもの(いわゆる「傾動式取鍋」)と,容器内を加圧することで金属導出用の配管から外部に溶融金属を導出する構造となっているもの(いわゆる「加圧式取鍋」)があることが認められる。

そして,本件特許に係る取鍋は,いわゆる加圧式取鍋であって,公道を介してユースポイントまで搬送されることが予定され,大小2枚の蓋とともに,小さい方の開閉可能な蓋に内圧調整用の貫通孔が設けられていることを特徴とするものである。

また,本件特許においては,「密閉された容器に,外部に溶融金属を導出するための配管を設け,さらにこの容器に加圧気体を供給するための配管を接続する構成をとったとき,運搬の際の揺れのため,溶融金属の液滴が容器内で飛び散り,これらが加圧気体供給用の配管に付着し,これが度重なることで配管詰まりが発生すること」が課題とされ,同課題解決のために,容器の上面部に開閉可能に設けられ,容器の内外を連通する内圧調整用の貫通孔が設けられたハッチ(小蓋)を具備するという構成を採用し,この構成により,ハッチ(小蓋)を開けて加熱器の一部を容器内に挿入して予熱をする際に,内圧調整用の貫通孔に対する金属の付着を確認することができ,内圧調整に用いるための配管や孔の詰まりを未然に防止できるという作用効果を奏するようにしたものである。

イ  これに対し,前記(2)からすれば,甲1発明は,「溝形誘導炉を使用して更に溶湯のMgの消失限を長くし,MgOスラグの発生を抑制して自動注湯精度を維持し,止むを得ずMgが消失した溶湯の交換が可能であり,発生したスラグの除去が簡単な球状黒鉛鋳鉄品用の加圧式注湯炉を提供すること」を目的とする発明で,ガス導入管9,フィルタ17を介装して加圧ガス制御装置11を設け,溶湯室2の溶湯10の全量を速やかに排出するよう,枠体13に取り付けた加圧式注湯炉1を傾動させる油圧シリンダ又は電動歯車減速機などの動力傾動装置14を設けている。

また,甲1発明には,加圧式自動注湯炉を,公道を介してユースポイントまで搬送したり,工場内や工場間で搬送することに関する記載はない。

このように,本件特許発明とは目的も機能も全く異なる甲1発明から,本件特許発明を想到するのは容易ではないといわざるを得ない。

ウ  また,前記(3)からすれば,甲2発明は,アルミニウム等の溶融金属を公道など一般道路を通って遠隔地運搬,長時間運搬,坂道などの傾斜面運搬ができ,溶湯のまま使用者側に配送ができるようにしたトラック等,道路上を運行する運搬用車輌による溶融金属の運搬方法に関するもので,使用先の工場に到着後は,取鍋を傾動して保持炉,あるいは直接鋳型等に直ちに注湯することができるものである。

そして,甲2発明は,溶湯の放冷を防ぎ,安全に運搬するとの課題を解決するために,溶融金属を収納した傾動式取鍋を運搬用車輌に搭載し,公道上を搬送するに適した構成を採用するなど,取鍋の種類は異なるものの,本件特許発明と技術分野は同じといえる。

しかし,本件特許発明の課題は,加圧式取鍋における内圧調整用配管の詰まりの防止であるのに対し,甲2発明の課題は,傾動式取鍋につき安全に運搬し,運搬中の湯こぼれ等を完全に防止し,溶湯の放冷凝固を防止し,受湯口,注湯口の開閉を迅速に行えるようにすることであって,両発明の課題は大きく異なっており,取鍋の種類も異なるものであるから,いかに傾動式取鍋から加圧式取鍋とすること自体が容易であったとしても,このような甲2発明自体から,又は同発明を甲1発明に適用することにより,「大小2枚の蓋とともに,小さい方の開閉可能な蓋に内圧調整用の貫通孔が設けられていること」を特徴とし,これにより「加圧式取鍋における内圧調整用配管の詰まりを防止すること」を目的とする本件特許発明を想到することが容易とはいえない。

エ  このほか,前記(4)のとおり,甲12では,運搬可能な取鍋が開示されているが,甲12の課題(溶湯の取鍋内への注湯から真空脱ガス後の溶湯の溶湯使用装置への配湯までの間における,溶湯の大気との接触や大気の巻込みを減らして,溶湯の品質向上及び真空脱ガスの生産性向上を図ること)は,前述の本件特許発明における課題とは大きく異なる上,甲12は,金属の溶湯を真空脱ガスする方法及び真空脱ガスを行う取鍋式真空脱ガス装置に関する発明であって,このような甲12を参酌しても,甲1発明や甲2発明から,「溶融アルミニウムの運搬に用いられる容器(取鍋)であって,大小2枚の蓋と,小さい方の開閉可能な蓋に内圧調整用の貫通孔が設けられている」という特徴を有する本件特許発明を想到することが容易とはいえない。

オ  同様に,前記(5)のとおり,甲22には,運搬車輌に積載され移動可能な溶湯の移湯装置が記載されているが,甲22の課題は,「傾注容器移湯方式では,溶湯が飛散したり,品質不良が発生し,また,ガスの巻込みがあり,エネルギー変換効率が悪いという問題点を解決し,溶湯の移湯装置を簡素化してコスト低減を図り,移湯作業時の安全性を向上させること」にあり,これは,前述の本件特許発明における課題とは大きく異なり,このような甲22を参酌しても,甲1発明や甲2発明から,「大小2枚の蓋と,小さい方の開閉可能な蓋に内圧調整用の貫通孔が設けられている」という特徴を有する本件特許発明を想到することが容易とはいえない。

カ  以上のとおり,甲1発明,甲2発明のほか,原告が指摘する甲12,甲22等を考慮してもなお,本件特許発明を想到することが容易であったとはいえない。

2  このように,本件特許発明につき特許法29条2項を適用することはできず,審決に誤りはないから,原告の請求は理由がなく,棄却を免れない。

(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 東海林保 裁判官 矢口俊哉)

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