知財高等裁判所 平成21年(行ケ)10246号 判決 2010年7月20日
原告
株式会社陽紀
同訴訟代理人弁護士
松本司
同
田上洋平
同訴訟代理人弁理士
森義明
同
三枝英二
同
眞下晋一
同
松本尚子
同
森脇正志
被告
株式会社豊栄商会
同訴訟代理人弁護士
竹田稔
同
川田篤
同訴訟代理人弁理士
大森純一
同
折居章
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2005-80327号事件及び無効2006-80167号事件について平成21年7月17日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,名称を「容器」とする被告が有する発明に係る特許(第3489678号。以下「本件特許」という。)について,原告が無効審判請求をしたが,請求不成立の審決を受けたことから,その取消しを求めた事案である。
争点は,本件特許が特許法36条4項(平成14年法律第24号による改正前のもの),6項1号所定の各要件を充足しているかである。
1 特許庁における手続の経緯
被告は,平成13年12月26日,本件特許に係る発明につき出願し(優先日平成12年12月27日),平成15年11月7日,設定登録を受けた。
原告は,平成17年11月14日,本件特許につき無効審判請求をした。
特許庁は,上記審判請求を無効2005-80327号事件として審理し,平成18年7月19日,本件特許の一部を無効とする旨の審決をした。
原告は同年8月24日に,被告は同月28日に,それぞれ上記審決を不服として,当庁にその取消訴訟を提起した。また,原告は,同月31日に,本件特許につき,再度,無効審判請求(無効2006-80167号事件)をし,被告は,同年10月19日,訂正審判を請求した。
当庁は,同年11月15日,特許法181条2項に基づいて,上記審決を取り消す旨の決定をした。
特許庁は,その後,両事件につき審理を併合した上で,さらに審理し,平成19年6月13日,本件特許を無効とする旨の審決をした。
被告は,同年7月23日,上記審決を不服として,当庁にその取消訴訟を提起し,さらに,同年10月22日,訂正審判請求をした。
当庁は,同年11月9日,特許法181条2項に基づいて,上記審決を取り消す旨の決定をした。
特許庁は,その後,さらに審理した上で,平成20年3月18日,本件特許の一部を無効とする旨の審決をした。
被告は,同年4月25日,上記審決を不服として,当庁にその取消訴訟を提起した。
当庁は,平成21年2月4日,上記審決を取り消す旨の判決を言い渡した。
特許庁は,その後,さらに審理した上で,同年7月17日,「訂正を認める。無効2005-80327号に係る審判の請求のうち,『特許第3489678号の請求項1,2,4~6に係る発明の特許を無効とする。』との請求は,成り立たない。審判費用は,請求人の負担とする。無効2006-80167号に係る審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」旨の審決をし,その謄本は,同月29日,原告に送達された。
2 本件特許発明の内容
本件特許発明は,平成19年10月22日付けの訂正審判請求により訂正(下線部がその訂正部分である。)された後の明細書の特許請求の範囲の請求項1ないし6に記載された次のとおりのものである(甲12。以下,引用する場合を含めて,上記訂正後の請求項1の発明を「本件特許発明1」,請求項2の発明を「本件特許発明2」などといい,これらを「本件特許発明」と総称する。)。
「【請求項1】 溶融金属を収容することができ,内外の圧力差を調節することにより,内部へ溶融金属を導入し,または外部へ溶融金属を供給することが可能で,運搬車輌により搭載されて公道を介してユースポイントまで搬送される容器であって,
フレームと,
前記フレームの内側に設けられる第1の熱伝導率を有する第1のライニングと,
前記フレームと前記第1のライニングとの間に介挿され,前記第1の熱伝導率よりも低い第2の熱伝導率を有する第2のライニングと,
配管とを有し,
前記第1のライニングは,容器内底部に近い位置から容器上面側の露出部まで溶融金属の流路を内在し,当該流路と前記容器内の溶融金属が貯留される空間とを分離するゾーンでかつ容器上面側の露出部まで充填され,
前記第2のライニングは,前記流路からみて前記容器内の溶融金属が貯留される空間とは反対側で,かつ前記流路を内在する第1のライニングの外側に配され,
前記配管は,前記露出部の流路に接続され,先端の出入口が下向きであり,
前記容器の上面部に開閉可能に設けられ,前記容器の内外を連通し,前記溶融金属を供給する際に前記容器内を加圧するための貫通孔が設けられ,閉じられたときに前記容器内部の気密を確保し,当該容器内に溶融金属を供給するに先立ち,開けられてガスバーナが容器内に挿入されて容器の予熱を行うためのハッチを有し,
前記ハッチは,前記容器の上面部の中央に設けられ,かつ,前記貫通孔は,前記ハッチの中央,または中央から少しずれた位置に設けられていることを特徴とする容器。」
「【請求項2】 請求項1に記載の容器であって,
前記第1のライニングは,前記容器内の溶融金属が貯留される空間から前記流路への熱伝導が促進されるように充填されていることを特徴とする容器。」
「【請求項3】 請求項1又は請求項2に記載の容器であって,
前記流路の有効内径は,65mmより大きく,85mmより小さいことを特徴とする容器。」
「【請求項4】 溶融金属を収容することができ,内外の圧力差を調節することにより,内部へ溶融金属を導入し,または外部へ溶融金属を供給することが可能で,運搬車輌により搭載されて公道を介してユースポイントまで搬送される容器であって,
フレームと,
前記フレームの内側に設けられる第1の熱伝導率を有する第1のライニングと,
前記フレームと前記第1のライニングとの間に介挿され,前記第1の熱伝導率よりも低い第2の熱伝導率を有する第2のライニングと、
前記容器の上面部に開閉可能に設けられ,前記容器の内外を連通し,前記溶融金属を供給する際に前記容器内を加圧するための貫通孔が設けられ,閉じられたときに前記容器内部の気密を確保し,当該容器内に溶融金属を供給するに先立ち,開けられてガスバーナが容器内に挿入されて容器の予熱を行うためのハッチとを有し,
前記第1のライニング内に溶融金属の流路が容器内底部に近い位置から容器上面側の露出部まで内在され,
前記容器外周の前記流路に対応する位置が,当該流路に応じて,溶融金属が貯留された空間から当該流路が設けられた分だけ突き出ていて,
前記流路と前記容器内の溶融金属が貯留される空間とを分離するゾーンでかつ容器上面側の露出部まで前記第1のライニングが充填され,
前記第2のライニングは,前記流路からみて前記容器内の溶融金属が貯留される空間とは反対側で,かつ前記流路を内在する第1のライニングの外側に配され,
前記ハッチは,前記容器の上面部の中央に設けられ,かつ,前記貫通孔は,前記ハッチの中央,または中央から少しずれた位置に設けられていることを特徴とする容器。」
「【請求項5】 溶融金属を収容することができ,内外の圧力差を調節することにより,内部へ溶融金属を導入し,または外部へ溶融金属を供給することが可能で,運搬車輌により搭載されて公道を介してユースポイントまで搬送される容器であって,
溶融金属を貯留する貯留室と,
前記貯留室と外部との間の溶融金属の流路となるインターフェース部と,
前記貯留室下部と前記インターフェース部下部との間の連結口を有し,これらの間を仕切る壁と,
前記インターフェース部上部に接続された配管と
を具備し,
前記容器の外周は金属製のフレームにより覆われており,
前記貯留室及び前記インターフェース部と,前記フレームとの間には,第1の熱伝導率を有する第1のライニングと,前記第1の熱伝導率よりも低い第2の熱伝導率を有する第2のライニングとが前記第1のライニングを内側にして積層され,
前記壁は,前記連結口から前記インターフェース部の上部に向けて前記第1のライニングが充填されたゾーンを有し,
前記インターフェース部が当該インターフェース部と前記フレームとの間に介挿された前記第2のライニングにより保温されるとともに,前記ゾーンを介して前記貯留室内に貯留された前記溶融金属から前記インターフェース部側への熱伝導が促進されるように構成されており,
前記容器の上面部に開閉可能に設けられ,前記容器の内外を連通し,前記溶融金属を供給する際に前記容器内を加圧するための貫通孔が設けられ,閉じられたときに前記容器内部の気密を確保し,当該容器内に溶融金属を供給するに先立ち,開けられてガスバーナが容器内に挿入されて容器の予熱を行うためのハッチを有し,
前記ハッチは,前記容器の上面部の中央に設けられ,かつ,前記貫通孔は,前記ハッチの中央,または中央から少しずれた位置に設けられていることを特徴とする容器。」
「【請求項6】 請求項5に記載の容器において,
前記壁は,耐火材からなることを特徴とする容器。」
3 審決の内容
審決は,以下のとおり,(1)特公平4-6464号公報(甲1)に記載された発明(以下「甲1発明」という。)及び周知技術から本件特許発明を想到することは容易ではなく,本件特許発明は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものではない,(2)本件特許は,特許法36条4項及び同条6項1号に規定する要件を満たしていないとはいえないとした。
(1) 進歩性について
ア 甲1発明の内容
「溶融金属を収納し,道路上を運行する運搬用車輌の荷台上に載置固定して公道などの一般道路を通って使用先の工場まで搬送し,該工場に着後はフォークリフトにより該工場の保持炉,或は鋳型等まで配送する密閉型の溶融金属運搬用取鍋であって,
上記取鍋の側壁及び底面に外殻鉄皮を設け,
該外殻鉄皮の内側には内張耐火材を内張りし,
該外殻鉄皮と該内張耐火材の間には断熱材を介挿し,
上記側壁の内張耐火材を貫通して,取鍋内の空間に収納された溶融金属に浸漬する側壁内面側の中段部から取鍋上面側の露出部の注湯口まで溶融金属の流路が延び,該流路と該取鍋内の空間との間には,該取鍋上面側の露出部まで該内張耐火材の内張りが設けられ,上記断熱材は介挿されておらず,
上記流路が設けられた上記側壁の部分が,該流路が設けられた分だけ溶融金属を収納する空間から突き出ており,
上記取鍋の上面部を覆うように配置され,ほぼ中央に小径の受湯口を有する蓋と,該蓋の受湯口に開閉可能に設けられた受湯口小蓋を具備する溶融金属運搬用取鍋。」
イ 甲1発明と本件特許発明1の一致点及び相違点
(ア) 一致点
「溶融金属を収容することができ,運搬車輌により搭載されて公道を介してユースポイントまで搬送される容器であって,
フレームと,
前記フレームの内側に設けられる第1の熱伝導率を有する第1のライニングと,
前記フレームと前記第1のライニングとの間に介挿され,前記第1の熱伝導率よりも低い第2の熱伝導率を有する第2のライニングと,を有し,
前記第1のライニングは、容器上面側の露出部まで溶融金属の流路を内在し,当該流路と前記容器内の溶融金属が貯留される空間とを分離するゾーンでかつ容器上面側の露出部まで充填され,
前記容器の上面部に開閉可能に設けられるハッチを有し,
前記ハッチは,前記容器の上面部の中央に設けられている容器。」
(イ) 相違点A
「本件特許発明1では,容器が,内外の圧力差を調節することにより,内部へ溶融金属を導入し,または外部へ溶融金属を供給することが可能であるのに対し,甲1発明では,そのように記載されていない点。」
(ウ) 相違点B
「本件特許発明1では,第1のライニングが,容器内底部に近い位置から溶融金属の流路を内在しているのに対し,甲1発明では,取鍋内の溶融金属に浸漬する側壁内面側の中段部から溶融金属の流路が延びている点。」
(エ) 相違点C
「本件特許発明1では,配管を有し,該配管は,容器上面側の露出部の流路に接続され,先端の出入口が下向きであるのに対し,甲1発明では,該配管に相当するものが見当たらない点。」
(オ) 相違点D
「本件特許発明1では,第2のライニングは,流路からみて容器内の溶融金属が貯留される空間とは反対側で,かつ流路を内在する第1のライニングの外側に配されているのに対し,甲1発明では,そのように記載されていない点。」
(カ) 相違点E
「本件特許発明1では,ハッチは,容器の内外を連通し,溶融金属を供給する際に容器内を加圧するための貫通孔が,該ハッチの中央,または中央から少しずれた位置に設けられ,閉じられたときに前記容器内部の気密を確保し,当該容器内に溶融金属を供給するに先立ち,開けられてガスバーナが容器内に挿入されて容器の予熱を行うためのものであるのに対し,甲1発明では,そのように記載されていない点。」
ウ 容易想到性について
「上記平成20年(行ケ)10154号判決において,知的財産高等裁判所は,本件特許発明1と甲1発明との相違点Eに関し,以下のとおり判示している。
『…取消事由1(相違点Eの判断の誤り)の採否について検討するに,甲1発明の容器は,前記(2)イに説示したとおり,溶湯は受湯口から取鍋内に収納され,使用先の工場では,注湯口を開きフォークリフトにより取鍋を傾動して保持炉や鋳型等に注湯する方式の,いわゆる傾動式の取鍋であると認められるところ,この傾動式の取鍋から,これを,密閉された容器に溶融金属用の配管が設けられ加減圧用の配管が接続されるという構成(いわゆる加圧式)とすること自体は,甲10(特開平8-20826号公報,甲2(特開昭62-289363号公報,甲11(実願昭63-130228号(実開平2-53847号)のマイクロフィルム),甲12(実願平1-89474号(実開平3-31063号)のマイクロフィルム)において,加圧式の場合,注湯精度,溶湯品質等の点で傾動式よりも優れていることが記載されているから,当業者がこれを適用することは容易に想起できるものと認められる。
しかし,このことは,当業者が甲1発明から出発してこれにいわゆる加圧式の容器を採用しようと考えた後は,加圧式の容器であれば性質上当然具備するはずの構成のほかそのすべての個々の具体的構成は当然に適用できることを意味するものではない。そして,甲1発明の傾動式の容器であれば,その傾動式の容器であるという性質自体から,溶湯を出し入れするために注湯口及び受湯口が必要であることが導かれるが,加圧式の容器の場合は,一つの流路を通して溶湯の導入と導出とを行う注湯方式であり加減圧用の配管が容器に接続されていればよいのであるから,傾動式の容器で必要な受湯口及び受湯口小蓋は必須なものではない。したがって,甲1発明の傾動式の容器に接した当業者がこれを加圧式の取鍋にすることを考える際,あえて,必須なものではない受湯口及び受湯口小蓋を具備したままの構造とするのであれば,そうした構造を採用する十分な具体的理由が存する必要があるというべきである。
しかるに,上記(1)に記載したように,本件特許発明1は,容器内を加圧して容器内に導入された配管を介して容器内の溶融材料を外部に導出するという構成において,容器本体の上部には,開閉可能なハッチが設けられ,このハッチは容器内に溶融金属を供給する度に開けられるが,このハッチに内圧調整用の貫通孔を設けるという構成をとることにより,ハッチを開けて加熱器を容器内に挿入して予熱をする際に,内圧調整用の貫通孔に対する金属の付着を確認することができ,内圧調整に用いるための配管や孔の詰まりを未然に防止できるという作用効果を有するものである。そうすると,本件特許発明1と上記(2)に記載したような甲1発明とを対比すると,甲1発明は取鍋を運搬車輌に搭載し公道を介して工場間で運搬するという技術的課題を有し,その課題解決手段としては,上記(2)ア(ウ)~(キ)記載のような運搬用車輌に搭載し公道上を搬送されるに適した構成を採用しており,技術分野は同じくするものの,その技術的課題は,傾動式取鍋の安全な工場間運搬(甲1発明)と加圧式取鍋特有の内圧調整用配管の詰まりの防止(本件特許発明1)というように基本的に異なっており,その課題解決手段も,注湯口,受湯口の密閉手段や運搬用車両への係止手段が設けられた構成(甲1発明)と「前記貫通孔は,前記ハッチ…に設けられ」た構成(本件特許発明1の相違点E)というように異なっており,その機能や作用についても異なるものであるから,そのような甲1発明に接した当業者が,本件特許発明1の相違点Eの構成を容易に想起することができたと認めることはできない。
審決の相違点Eについて容易想到であるとした判断には誤りがあり,原告の取消事由1は理由がある。』
当審の審理は,行政事件訴訟法第33条第1項の規定により,上記平成20年(行ケ)10154号判決の判断である上記判示事項に拘束されるものである。
よって,本件特許発明1は,甲第1号証ないし甲第9号証記載の発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,当該発明についての特許は,特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであって,特許法第123条第1項第2号の規定により無効とされるべきであるとの請求人の主張は採用できない。」
エ 本件特許発明2,4ないし6に対する理由1及び本件特許発明3に対する理由3について
「上記平成20年(行ケ)10154号判決において,知的財産高等裁判所は,本件特許発明2~6に関し,以下のとおり判示している。
『また,本件特許発明2~6も,本件特許発明1の構成をすべて含んでいるのであるから,本件特許発明2~6についての審決の判断も,同様に誤りであることとなり,原告の取消事由2~6の主張も理由がある。』
当審の審理は,行政事件訴訟法第33条第1項の規定により,上記平成20年(行ケ)10154号判決の判断である上記判示事項に拘束されるものである。
よって,本件特許発明2~6は,甲第1号証ないし甲第9号証記載の発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,当該発明についての特許は,特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであって,特許法第123条第1項第2号の規定により無効とされるべきであるとの請求人の主張は採用できない。」
(2) 実施可能要件及びサポート要件について(本件特許発明3に対するもの)
ア 特許法36条4項違反の有無
「流路の粘性抵抗が,溶融金属の性状,ライニングの材質,表面粗さ等,種々の要因により変動し,他方,溶融金属自体の重量やその影響が,金属の種類,流路の長さ(高さ),流速等によって変わることが明らかであるから,流路の溶融金属の流れが上記の各パラメータの影響を受けないとはいえず,該各パラメータにより,上記流路の有効内径の好ましい範囲における溶融金属の流れ易さが変わらないとはいえないにしても,該各パラメータにより,上記流路の有効内径の好ましい範囲が大幅に変わり,該有効内径の好ましい範囲が,該各パラメータの特定の狭い範囲としか対応しないとする根拠はない。
そして,本件明細書,段落【0046】の記載(判決注:省略)により,流路の有効内径として,『65mm~85mm程度』において,溶融金属自体の重量と内壁の粘性抵抗の両方の影響が比較的小さいため,溶融金属自体を導出する圧力を小さくできることが見出された旨述べられている。
そうすると,上記段落の記載によれば,流路の有効内径の上記数値範囲程度において,溶融金属を導出する圧力を比較的小さくできることが見出されたのであるから,上記数値範囲では,上記の各パラメータの通常用いられる範囲において,溶融金属を導出する圧力を大体において小さくできることが,実験等により確認できたものと解し得る。すなわち,流路の有効内径の上記数値範囲は,上記の各パラメータの通常用いられる範囲において,流路の有効内径と溶融金属を導出する圧力の関係において同圧力を比較的小さくするように働くことが確認された,好ましい流路の有効内径の範囲を意味するものと理解できる。また,上記の各パラメータは,溶融金属を供給する容器において通常用いられる範囲において,当業者が適宜に設定し得るものと解し得る。
そうであれば,上記のパラメータについての記載が発明の詳細な説明にないからといって,発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他の当業者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項が発明の詳細な説明に記載されていないとはいえず,その実施をすることができる程度に明確かつ十分に発明の詳細な説明に記載されていないとはいえない。
したがって,本件特許発明3の特許は,特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものとすることはできない。」
イ 特許法36条6項1号違反の有無
「本件明細書の発明の詳細な説明には,溶融金属の圧送に必要な圧力,溶融金属自体の重量,粘性抵抗の大きさ等について具体的に記載されておらず,それらのパラメータの特定が,本件特許発明3に係る容器とするための必要不可欠な事項として記載されていない。そして,それらのパラメータが厳密に特定されなければ,本件特許発明3に係る容器の上記数値範囲において,本件特許発明3の容器の性能,効果が得られず,本件特許発明3を実施できないとする根拠はなく,上記[7-1](1)でも述べたように,本件特許発明3に係る容器の流路の有効内径以外の各パラメータは,溶融金属を供給する容器において通常用いられる範囲において,当業者が適宜に設定し得ること等を考慮すれば,上記のパラメータが請求項3に特定されていないからといって,本件特許発明3の発明特定事項が発明の詳細な説明に記載された範囲を超えるものであるとはいえない。
したがって,本件請求項3の記載が本件明細書のサポート要件に適合していないとして,本件特許発明3の特許は,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものとすることはできない。」
第3原告主張の要旨
1 取消事由1(実施可能要件についての判断の誤り)
(1) 特許法36条4項(平成14年法律第24号による改正前のもの)は,「前項第三号の発明の詳細な説明は,経済産業省令で定めるところにより,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載しなければならない。」とされており,これは,特許制度は,発明を公開した者にその代償として一定期間の独占権を付与するものであるが,発明の詳細な説明の記載が明確にされていない場合には当業者が実施できず,発明の公開がされたとはいえなくなり,特許制度の目的自体を失わせることになるからである。
そして,審決は,「流路の粘性抵抗が,溶融金属の性状,ライニングの材質,表面粗さ等,種々の要因により変動し,他方,溶融金属自体の重量やその影響が,金属の種類,流路の長さ(高さ),流速等によって変わることが明らかである」と正しく認定しているのであるから,当該認定からすれば,本件特許発明3における発明特定事項の記載のみでは,明細書に記載された目的とする効果(溶融金属を容器内から導出する際に容器内を非常に小さな圧力で加圧すればよくなること)を奏さず,その他発明の詳細な説明の記載を参酌しても本件特許発明を当業者が実施することが不可能であることは明らかである。
それにもかかわらず,審決は,「該各パラメータにより,上記流路の有効内径の好ましい範囲が大幅に変わり,該有効内径の好ましい範囲が,該各パラメータの特定の狭い範囲としか対応しないとする根拠はない。」とするが,明細書に記載の目的とする効果を奏さない構成が含まれている以上,周知技術や当業者の技術常識で当該構成を容易に排除できない限り,やはり当該発明は当業者にとって実施不能であり,特許法36条4項(平成14年法律第24号による改正前のもの)の要件を満たさないことは明らかである。
そもそも,特許法36条の要件適合性は,明細書の記載要件にかかわるものである以上,その作成者である出願人ないしは権利者が証明責任を負担するものであり,「該有効内径の好ましい範囲が,該各パラメータの特定の狭い範囲としか対応しないとする根拠はない」とする審決の認定は,当該証明責任を審判請求人たる原告に負担させるものであり,この点においても失当である。
なお,別紙「取鍋からアルミニウム溶湯を出すために必要な圧送圧力の計算」記載のとおり,出湯時間(流速)によってどの流路内径を採用した場合が最も低い圧力で出湯できるのか全く異なるものであり,審決の「該各パラメータにより,上記流路の有効内径の好ましい範囲が大幅に変わり,該有効内径の好ましい範囲が,該各パラメータの特定の狭い範囲としか対応しないとする根拠はない。」との認定判断は,事実にも反する完全な誤りである。
なお,「公道搬送可能な取鍋に収納される溶融アルミニウムも1トン程度までであり,それが当業者において容易に認識し得る」との被告の主張は,真実に反するものであり,現に,被告は,この点に関する証拠を提出していない。
そもそも,被告の主張は,溶融アルミニウムの収納容量に関するもので,取鍋内平均内径に関するものでない以上,主張自体失当である。
実際に,公道搬送可能な取鍋については,4.5トンという大きなものや,0.7トンという小さなものも存在し(甲15,16参照),これらは日本国内において走行可能である。そして,4.5トンのアルミニウムが収納可能な取鍋の本体平均内径は,1トン程度のものとは大きく異なる。このように,公道搬送可能な取鍋のサイズには様々なものがあり,取鍋本体平均内径を特定していない以上,本件特許発明は当業者にとって実施不能である。
また,出湯時間についても,被告は当業者において容易に認識し得ると主張するが,立証がなく,具体的主張すらされていない。また,原告は,1トンの溶融アルミニウムを500秒かけて供給する場合のみを主張しているわけではなく,500秒の場合も計算に挙げて,出湯時間の特定が必要であると主張するものである。
このように,被告は,抽象的に「当業者が認識し得る」と主張するのみであり,当該主張に理由がないことは明らかである。
本件特許発明3の構成のみからでは,同発明を目的とする効果を奏するように実施することは当業者にとって不可能であり,同発明は特許法36条4項(平成14年法律第24号による改正前のもの)に違反して登録されたものである。
(2) また,審決は,「通常用いられる範囲」とのワードを連呼して,本件特許発明3は特許法36条4項(平成14年法律第24号による改正前のもの)に該当しないとも判断する。
しかし,審決がいう「通常用いられる範囲」なるものは,明細書にも一切記載も示唆もされておらず,これを裏付ける周知技術や当業者の技術常識も存在しない。
審決は何の根拠もなく,「通常用いられる範囲」という中身のないマジックワードを掲げて,原告の主張を否定したものであり、理由がない。
2 取消事由2(サポート要件についての判断の誤り)
(1) 本件特許発明の明細書の段落【0013】及び【0046】の各記載からすれば,本件特許発明3の解決課題(作用効果)は,容器内の溶融金属を容器外へ排出する際に,小さな圧送圧力で足りるというものである。
しかし,本件特許発明3に開示された範囲からのみでは,当業者が本件特許発明3の上記課題を解決できると認識することはない。
なぜなら,別紙「取鍋からアルミニウム溶湯を出すために必要な圧送圧力の計算」に記載のとおり,本件明細書に記載の作用効果を奏する状態,すなわち「極値を持つ状態」を決定するためには,流路の内径のみならず,①出湯管内部流速又は出湯時間,②取鍋本体の平均内径の2点を特定することが必要だからである。
これらの点を特定していない本件特許発明3の構成からは,当業者が本件特許発明3の課題を解決できるものと認識することはない。
(2) さらに,本件明細書において言及された「溶融金属自体の重量と粘性抵抗」という2つのパラメータについても,一切記載がなく,かつ,記載されているに等しいとする根拠も見出し得ない。
すなわち,本件特許発明3を実施するために必要な具体的条件(圧送に必要な圧力と溶融金属自体の重量と粘性抵抗等)が請求項3において,「流路の有効内径」とともに規定されて初めて「流路の内径を所定の範囲に数値限定した技術的理由,及びその数値範囲としたことによって得られる効果」を開示し,サポート要件を満たしたといえるのである。
そもそも,「溶融金属自体の重量」が抵抗に大きな影響を及ぼしているとしながら,当該溶融金属の比重すら本件特許発明3は特定しておらず,サポート要件を満たしていないことは明らかである。
そして,別紙「取鍋からアルミニウム溶湯を出すために必要な圧送圧力の計算」からすれば,流路の有効内径のみならず,溶融金属の圧送に必要な圧力,溶融金属自体の重量,粘性抵抗の大きさ等について具体的に特定しなければ,本件特許発明3の目的とする効果を得ることはできないのであり,この点に関する審決の認定は明らかに誤りである。
さらに,上記サポート要件の存在については,特許権者である被告が立証責任を負担するものであるが,被告は,当該立証を現在に至るまで一切行っていない。
したがって,本件特許発明3は,特許法36条6項1号の規定に違反して特許されたものであるから,同法123条1項4号に規定する無効理由を有しているといわざるを得ず,これを看過した審決には,同法の適用を誤った違法な瑕疵がある。
第4被告の反論
1 取消事由1(実施可能要件についての判断の誤り)に対して
公道を介して搬送する取鍋の内径は,取鍋を搬送するトラックの車幅(その車幅は公道の幅により制約される。)により,自ずから一定の範囲に定まる。このような取鍋に搭載される溶融アルミニウムの量も1トン程度までである。このように,公道を介して搬送される取鍋の大きさは自ずから定まる。このような事情は,当業者において容易に認識し得るものである。
また,公道を介して搬送される加圧式取鍋の溶融アルミニウムの供給時間も一定の範囲となる。このことも,当業者において容易に認識し得ることである。
すなわち,供給圧力が強すぎて危険にはならない程度で,なるべく効率的に供給する観点から,自ずから一定の範囲に定まる。
なお,原告は,圧送時間が「500秒」の例を挙げるが,1トンの溶融アルミニウムを8分以上もかけてゆっくり供給することはあり得ない。このことは,当業者である原告も認識していないはずがない。そのような速度で供給したのでは,固化するおそれさえあり,危険でもある。
したがって,審決が,本件訂正明細書(甲12添付のもの)の発明の詳細な説明において,当業者が本件特許発明3の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていない点を看過したとする原告の主張は理由がない。
2 取消事由2(サポート要件についての判断の誤り)に対して
原告は,本件特許発明3において,流路の内径のみならず,①出湯管内部流速又は出湯時間,及び②取鍋本体平均内径の記載が必要であるとする。
このような原告の主張に理由がないことは,上記1と同様である。すなわち,出湯管内部流速又は出湯時間及び取鍋本体平均内径などは,当業者であれば,本件訂正明細書(甲12添付のもの)の記載及び技術常識から認識又は予測することができる。
したがって,本件特許発明3は,明細書の発明の詳細な説明に記載されていないとはいえない。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1(実施可能要件についての判断の誤り)について
(1) 本件特許発明に係る明細書(平成19年10月22日付け訂正審判請求が認められた後のもの。甲12)には,以下の記載がある。
「【0001】【発明の属する技術分野】
本発明は,例えば溶融したアルミニウムの搬送に用いられる容器に関する。
【0006】
本発明は,このような問題を解決するためになされたもので,ストーク等の部品交換を行う必要のない容器を提供することを目的としている。
【0007】
本発明の別の目的は,予熱を効率的に行うことができる容器を提供することにある。
【0008】
本発明の更なる目的は,溶融金属の受湯時や給湯時における溶融金属の温度低下を極力抑えることができる容器を提供することを目的としている。
【0013】
また,前記流路の有効内径は,約50mmより大きく,約100mmより小さいことが好ましく,より好ましくは65mm~85mm程度,更に好ましくは70mm~80mm程度,最も好ましくは70mmである。これは発明者らが流路の径と圧送に必要な圧力との関係を調べた結果得られた知見である。
【0046】
流路57及びこれに続く配管56の内径はほぼ等しく,65mm~85mm程度が好ましい。従来からこの種の配管の内径は50mm程度であった。これはそれ以上であると容器内を加圧して配管から溶融金属を導出する際に大きな圧力が必要であると考えられていたからである。これに対して本発明者等は,流路57及びこれに続く配管56の内径としてはこの50mmを大きく超える65mm~85mm程度が好ましく,より好ましくは70mm~80mm程度,更には好ましくは70mmであることを見出した。すなわち,溶融金属が流路や配管を上方に向けて流れる際に,流路や配管に存在する溶融金属自体の重量及び流路や配管の内壁の粘性抵抗の2つパラメータが溶融金属の流れを阻害する抵抗に大きな影響を及ぼしているものと考えられる。ここで,内径が65mmより小さいときには流路を流れる溶融金属はどの位置においても溶融金属自体の重量と内壁の粘性抵抗の両方の影響を受けているが,内径が65mm以上となると流れのほぼ中心付近から内壁の粘性抵抗の影響を殆ど受けない領域が生じ始め,その領域が次第に大きくなる。この領域の影響は非常に大きく,溶融金属の流れを阻害する抵抗が下がり始める。溶融金属を容器内から導出する際に容器内を非常に小さな圧力で加圧すればよくなる。つまり,従来はこのような領域の影響は全く考慮に入れず,溶融金属自体の重量だけが溶融金属の流れを阻害する抵抗の変動要因として考えられており,作業性や保守性等の理由から内径を50mm程度としていた。一方,内径が85mmを超えると,溶融金属自体の重量が溶融金属の流れを阻害する抵抗として非常に支配的となり,溶融金属の流れを阻害する抵抗が大きくなってしまう。本発明者等の試作による結果によれば,70mm~80mm程度の内径が容器内の圧力を非常に小さな圧力で加圧すればよく,特に70mmが標準化及び作業性の観点から最も好ましい。すなわち,配管径は50mm,60mm70mm,,,と10mm単位で標準化されており,配管径がより小さい方が取り扱いが容易で作業性が良好だからである。」
(2) 本件特許発明は,いずれも平成19年10月22日付け訂正審判請求が認められたことにより,ハッチや貫通孔といった構成が加えられ,それによって,進歩性が認められたものである。上記各構成が加えられる前の請求項3に係る発明は,原告が本訴で問題としている,流路の有効内径の数値限定部分等を発明の本質的事項の一部としていたといえるが,上記訂正により,同部分は,それによって進歩性が認められる事項ではなく,単に望ましい構成を開示しているにすぎないといえる。
(3) 以上を前提として,本件特許発明3につき実施可能要件違反の有無を検討するに,本件特許発明3の目的の1つと解される「溶融金属を容器内から導出するために必要な圧力を小さくすること」を達成するためには,溶融金属の重量,流路の粘性抵抗等の条件を設定する必要があり,そのうち粘性抵抗については,溶融金属の性状,ライニングの性質,表面粗さ等のパラメータによって決定され,溶融金属の重量やそれによる影響は,金属の種類や流路の長さ,流速等のパラメータによって決定されるものである。
そうすると,単に「溶融金属を導出するために必要な圧力を小さくする」との目的のみを達成するためであれば,流路の有効内径以外のパラメータも設定する必要があることは自明であり,その限りにおいて,原告の主張は誤りではない。
しかしながら,「導出圧力の最小化」は,本件特許発明においては付随的な目的にすぎない。この点を措くとしても,被告が主張するように,公道を介して搬送する取鍋の内径は,取鍋を搬送するトラックの車幅との関係で,一定の限度内に収まらざるを得ないのであり,また,そのトラックの車幅も,公道の幅員等により,自ずから相当の限度内になるものということができる。この点につき,原告は,公道搬送可能な取鍋の大きさは千差万別である旨主張するが,取鍋の標準的な大きさは一定の範囲で自ずから存在するものであり,逆に,単に「望ましい」事項を記載しているにすぎない部分においても,あらゆる大きさや種類のトラックに対して有効なすべてのパラメータを提供しなければならないとするのでは,特許権者や出願人に過大な要求をするものであって,相当ではない。
また,作業に慣れた当業者(本件においては,溶融金属を取鍋等を用いて運搬する者)が出湯を行う場合であれば,その出湯時間や速度に,大きな差があるとは考えられない。
そして,溶融アルミニウムを流路や配管を通じて排出する場合に粘性抵抗があること自体は,当業者にとって自明であり,望ましいとされる流路の有効内径が提供されれば,それを最大限に生かすべく,他の条件を設定するよう努めるのは当然であって,ここで必要とされる試行錯誤が過度なものであるとは認められない。また,導出圧力の最小化のみを目的とする場合の数値限定と,これが単に付随的な目的にすぎない場合の数値限定では,必然的に相違が生じ,後者の場合には,他の条件との兼ね合いにより,当該目的達成の程度が変化することは明らかである。
(4) 以上からすれば,本件特許発明3における,流路の有効内径に関する数値限定部分において,他のパラメータにつき記載がないことをもって,実施可能要件に違反するということはできず,原告の主張は理由がない。
2 取消事由2(サポート要件の判断の誤り)について
本件特許発明に係る明細書(甲12参照)の発明の詳細な説明には,段落【0046】において,流路の有効内径を65ないし85mmと特定した根拠について,一応の理論的説明とともに,「試作」によってその数値を見い出した旨が記載されている。そして,発明の詳細な説明には,「溶融金属の圧送に必要な圧力,溶融金属自体の重量,粘性抵抗の大きさ」等についての具体的な記載は全くなく,これらのパラメータの特定は,本件特許発明3において必要的な事項とはされていない。
以上からすれば,本件での「流路の有効内径」の数値限定は,他の条件については技術常識を参酌しつつ,溶融金属の導出圧力を適宜低下させることが可能であるという程度のものとみるべきであり,本件特許発明3の特許請求の範囲において,流路の有効内径以外のパラメータの記載がないとしても,特許請求の範囲において,発明の詳細な説明に記載されていない部分が生じてはいないから,特許請求の範囲において過大な記載をしていることにはならず,サポート要件には違反しないというべきである。
3 以上のように,本件特許発明3につき,原告が主張するような実施可能要件違反やサポート違反はなく,審決に誤りはないから,原告の請求は理由がなく,棄却を免れない。
(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 東海林保 裁判官 矢口俊哉)