知財高等裁判所 平成21年(行ケ)10252号 判決 2010年7月28日
原告
IDEC株式会社
訴訟代理人弁理士
梁瀬右司
同
振角正一
同
大西一正
訴訟代理人弁護士
金井美智子
同
重冨貴光
被告
ゲオルグ シュレーゲル ジーエムビー エイチ アンド カンパニー
(Georg Schlegel GmbH &Co.KG)
訴訟代理人弁理士
岩田誠
訴訟代理人弁護士
水野健司
訴訟代理人弁理士
足立勉
同
石原啓策
同
竹中謙史
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2008-800219号事件について平成21年7月13日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1 本件は,被告が特許権を有し発明の名称を「押し棒を有する電気スイッチ」とする特許第2597526号(請求項の数1,本件特許)につき,原告がその請求項1につき特許無効審判請求をしたところ,特許庁が請求不成立の審決をしたことから,これに不服の原告がその取消しを求めた事案である。
2 争点は,本件特許に係る発明が平成6年法律第116号による改正前の特許法36条4項(実施可能要件)又は上記改正前の同法36条5項1号(サポート要件)の要件を満たすか,である。
<判決注> 平成6年法律第116号による改正前の特許法36条4項(以下「旧36条4項」という。)は,次のとおりである。
「前項第3号の発明の詳細な説明は,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならない。」
<判決注> 上記改正前の特許法36条5項1号(以下「旧36条5項1号」という。)は,次のとおりである。
「36条5項 第3項第4号の特許請求の範囲の記載は,次の各号に適合するものでなければならない。
一 特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」
第3当事者の主張
1 請求原因
(1) 特許庁における手続の経緯
ア 被告は,平成4年1月18日出願に係り平成9年1月9日登録に係る特許2597526号(発明の名称「押し棒を有する電気スイッチ」,請求項の数1,以下「本件特許」という。)の特許権者であるところ,原告は,平成20年10月27日,本件特許の請求項1につき下記無効理由1及び2を理由として特許無効審判請求をした。
記
・ 無効理由1:本件特許明細書の「発明の詳細な説明」には,本件特許発明の発明特定事項に想到する事項に関して,当業者が実施できる程度にその構成が記載されていないから,旧36条4項に違反する。
・ 無効理由2:本件特許発明の発明特定事項の「作動部と接点保持部を分離した時に接点具がバネの作用によって電気回路を開き電気回路を遮断できるように構成されている」という点が発明の詳細な説明に記載されていないから,旧36条5項1号に違反する。
イ 特許庁は上記請求を無効2008-800219号事件として審理した上,平成21年7月13日,「本件審判の請求は,成り立たない。」旨の審決をし,その謄本は平成21年7月23日原告に送達された。
(2) 発明の内容
本件特許の請求項1に係る発明(以下「本件発明」という。)の内容は,以下のとおりである。
・ 【請求項1】
電気回路の接点を開閉する接点具と,その接点具を開閉する為に操作する作動部と,作動部の動きを接点具に伝える押し棒とを有し,接点具が電気回路を閉じて電気回路を接続した状態と,接点具が電気回路を開いて電気回路を遮断し得る状態の2つを有する押し棒を有する電気スイッチに於いて,上記接点具は作動部と接点具を有する接点保持部が一体結合された状態で押し棒が停止状態の時に閉じていて電気回路を接続と成し,作動部の操作によって押し棒が押下された時に開いて,電気回路を遮断となす以外に,作動部と接点保持部を分離した時に接点具がバネの作用によって電気回路を開き電気回路を遮断できるように構成されていることを特徴とする押し棒を有する電気スイッチ。
(3) 審決の内容
審決の内容は,別添審決写しのとおりである。
その理由の要点は,本件特許には上記無効理由1及び2は認められない,というものである。
(4) 審決の取消事由
しかしながら,審決には,以下に述べるとおり誤りがあるので,違法として取り消されるべきである。
ア 取消事由1(実施可能要件及びサポート要件に関する判断の誤り-その1)
(ア) 本件発明は,分説すると次の構成からなる。
a. 電気回路の接点を開閉する接点具と,
b. その接点具を開閉する為に操作する作動部と,
c. 作動部の動きを接点具に伝える押し棒とを有し,
d. 接点具が電気回路を閉じて電気回路を接続した状態と,接点具が電気回路を開いて電気回路を遮断し得る状態の2つを有する押し棒を有する電気スイッチに於いて,
e. 上記接点具は
e-1. 作動部と接点具を有する接点保持部が一体結合された状態で押し棒が停止状態の時に閉じていて電気回路を接続と成し,
e-2. 作動部の操作によって押し棒が押下された時に開いて,電気回路を遮断となす以外に,
e-3. 作動部と接点保持部を分離した時に接点具がバネの作用によって電気回路を開き電気回路を遮断できるように構成されている
f. ことを特徴とする押し棒を有する電気スイッチ。
(イ) 本件発明は,上記構成e,e-1,e-2,e-3を要旨とするものであり,構成e-3のみが要旨ではない。
(ウ) バネの作用により本来の常開(あるいは常閉)の状態に戻るスイッチは本件特許の出願時に既に公知であり,手動操作スイッチには通常,a接点構造とb接点構造の2種類がある。
a接点構造の場合,押し棒を停止状態では接点具が開いていて電気回路が遮断され,押し棒が押下されると接点具が閉じて電気回路が接続され,一方b接点構造の電気スイッチの場合,a接点構造の動作とは逆に,押し棒を停止状態では接点具が閉じていて電気回路が接続され,押し棒が押下されると接点具が開いて電気回路が遮断される。特にバネの作用を利用して元の状態に復帰するタイプが,周知の自動復帰形スイッチと呼ばれ,構成e-1及び構成e-2のような動作を行うのはb接点構造の自動復帰形スイッチということである。
(エ) 本件発明に係る「電気スイッチ」は,構成e-1,e-2に加え,構成e-3のような動作をバネの作用を利用して行うというものであるが,a接点構造の自動復帰形スイッチでは,押し棒が停止状態の時に通常開いていて電気回路を遮断となすため,構成e-1を実現できない。
一方,b接点構造の自動復帰形スイッチでは,仮に作動部と接点保持部とを分離しても接点具が開くようにバネが作用することはなく,電気回路は遮断されないため,構成e-3を実現できない。
すなわち,周知の自動復帰形スイッチでは,作動部と接点保持部とを分離したとしても,内蔵のバネの作用より接点具が開くことはなく,バネの作用より接点具が開くためには,接点具とバネに関する技術的な工夫が必要となる。
(オ)a ところで審決は,本件明細書(特許公報,甲7)の段落【0005】の【課題を解決する為の手段】の記載,及び段落【0011】の「而してホルダー12をケース4から分離した場合に,スイッチ14の押し棒20は図3の様な元の状態に戻る。」との記載をもって,本件発明の発明特定事項としての「バネ」に関する記載があるとし,周知の自動復帰形スイッチに内蔵されているバネと同等のものがスイッチ14には内蔵されていると読み取れるのであるから,作動部と接点保持部を分離したときに作用し接点具が電気回路を開き電気回路を遮断できるような「バネ」は当業者が容易に想到可能であり,本件特許はいわゆる実施可能要件及びサポート要件を満たしていると判断した。
b しかし,本件発明における構成e-1,e-2は,バネの作用を要件としていない。すなわち,本件発明は,下記参考図に示すように,作動部と接点具を有する接点保持部が一体結合された状態で電気回路を接続し(構成e-1),このe-1の状態から,作動部を実線矢印方向に操作して押し棒を押下すると接点具が開いて電気回路を遮断し(構成e-2),逆にe-2の状態から作動部を破線矢印方向に操作すると接点具が閉じて電気回路を接続したe-1の状態に戻すことが可能な構成も含んでいる。
(参考図)
file_2.jpg=— pile 7) Ae i ELA RAD Pas)しかるに,上記参考図に示された構成では,作動部と接点保持部を分離したときにおいて,バネが何処に存在し,バネがどのように作用して電気回路を開くことになるのかが全く分からない。本件明細書の【課題を解決する為の手段】をみても,本件発明の発明特定事項としての「バネ」に関する「作動部と接点保持部を分離した時に接点具がバネの作用によって電気回路を開き電気回路を遮断できる」(段落【0005】)との記載や,「而してホルダー12をケース4から分離した場合に,スイッチ14の押し棒20は図3の様な元の状態に戻る。」(段落【0011】)との記載があるだけであって,上記参考図において作動部と接点保持部を分離した時にバネの作用により接点具が開いて構成e-3の機能・動作を実現するための具体例はおろか,このような「バネ」の具体的構成に関して,発明の詳細な説明には一切開示されていない。本件明細書でかろうじて開示されているのは第1,第2の実施例であるところ,これらの実施例はいずれもバネを利用して自動復帰する周知構成の自動復帰形スイッチを使用したものにすぎない。すなわち,第1,第2の実施例は,自動復帰形スイッチにおけるバネの働きにより構成e-1,e-2の機能・動作を実現し,かつ,作動部と接点保持部を分離した時にバネの作用により接点具が開いて構成e-3の機能・動作を実現する例にすぎないのであり,上記参考図に示すように,バネが関与することなく構成e-1,e-2の機能・動作を実現し,かつ,作動部と接点保持部を分離した時にバネの作用により接点具が開いて構成e-3の機能・動作を実現するための具体例,「バネ」の具体的構成は,発明の詳細な説明に全く記載がない。
してみると,「バネ」に関して,本件特許の請求項1には明らかに上位概念が記載されているにもかかわらず,発明の詳細な説明には上位概念に含まれる一部の実施例,すなわちバネを利用して自動復帰する自動復帰形スイッチにおけるバネの働きにより構成e-1,e-2の機能・動作を実現し,かつ,作動部と接点保持部を分離した時にバネの作用により接点具が開いて構成e-3の機能・動作を実現する第1,第2の実施例が記載されているだけであって,当該上位概念に含まれる他の部分,すなわちバネが関与することなく構成e-1,e-2の機能・動作を実現し,かつ,作動部と接点保持部を分離した時にバネの作用により接点具が開いて構成e-3の機能・動作を実現する具体例,具体的構成が一切記載されていない。
また,第3,第4の実施例について,本件発明の「電気スイッチ」の例を開示したものではないと審決が判断していることからしても,結局,バネが関与することなく構成e-1,e-2の機能・動作を実現し,かつ,作動部と接点保持部を分離した時にバネの作用により接点具が開いて構成e-3の機能・動作を実現する具体的な構成は,発明の詳細な説明のどこにも記載がない。
したがって,バネが関与することなく構成e-1,e-2の機能・動作を実現し,かつ,作動部と接点保持部を分離した時にバネの作用により接点具が開いて構成e-3の機能・動作を実現する場合の「バネ」の具体的構成は,本件明細書の発明の詳細な説明には何等記載されていないのであり,このような「バネ」について発明の詳細な説明には当業者が容易に実施できる程度に記載されておらず,本件特許は特許法旧36条4項に規定する実施可能要件を満たしていない。
また,バネが関与することなく構成e-1,e-2の機能・動作を実現し,かつ,作動部と接点保持部を分離した時にバネの作用により接点具が開いて構成e-3の機能・動作を実現するためのバネの例について,発明の詳細な説明には一切開示されておらず,本件特許は特許法旧36条5項1号に規定するサポート要件を満たしていない。
イ 取消事由2(サポート要件に関する判断の誤り)
(ア) 本件発明の発明特定事項における「接点具」に関して,「接点具」の数について請求項1では何等特定されておらず,本件発明の発明特定事項における「接点具」は単数,複数のいずれの場合も含むものと解される。さらに,本件発明の発明特定事項における「接点具」を複数とした場合には,複数の接点具がそれぞれ同一の機能・動作を有する場合のほか,複数の接点具がそれぞれ異なる機能・動作を有する場合をも含むと解することができる。してみると,本件発明の発明特定事項における「接点具」は,その文言だけをとりあげてみると,①単数の接点具からなる場合,②各々が同一の機能・動作をする複数の接点具からなる場合,③各々が異なる機能・動作をする複数の接点具からなる場合,の3つの概念を含むものと解される。したがって,発明の詳細な説明にこれら①~③の3つの例が記載されていなければ,サポート要件を満たしていないということになる。
(イ) 発明の詳細な説明において,本件発明の発明特定事項における「接点具」について上記①の単数の接点具からなる場合の例が示されているかを見ると,審決は,第3,第4の実施例は本件発明の「電気スイッチ」の実施例ではないとしている。よって,図5に示す1個の接点具を備えた第3の実施例は,上記した①の単数の接点具の例を示したものではない。また,図6に示す第4の実施例では,本件明細書の段落【0015】において,接点具32は可動接点ブリッヂ33と可動接点ブリッヂ34とからなる旨が記載されており,「接点具」としては単数であるものの,第4の実施例そのものが本件発明の「電気スイッチ」の実施例ではないという審決の判断に則せば,結局,第4の実施例も上記した①の単数の接点具の例を示したものではない。したがって,第3,第4の実施例は,単数,複数のいずれの例でもない。
次に,第1,第2の実施例について検討すると,発明の詳細な説明の第1,第2の実施例に関する説明では,スイッチ13,14(14a)それぞれが接点具と押し棒を持つと記載されており(段落【0009】,【0013】),第4の実施例のように「接点具」が可動接点ブリッヂ13と可動接点ブリッヂ14からなるとの明示もない。そうすると,第1,第2の実施例は,複数の接点具の例であって単数の接点具の例ではない。
(ウ)a 本件発明の発明特定事項における「接点具」が,第1実施例におけるスイッチ13の接点具及びスイッチ14(第2実施例ではスイッチ14a)の接点具の組,つまり複数の接点具から構成されるとした場合について検討すると,第1,第2の実施例は,上記した③の各々が異なる機能・動作をする複数の接点具からなる場合の例であって,②の各々が同一の機能・動作を有する複数の接点具の例ではない。
すなわち,本件発明の第1,第2の実施例は,押し棒を操作しない状態において,通常,接点具が閉(ON)となるb接点構造(常閉)のスイッチ13と接点具が開(OFF)となるa接点構造(常開)のスイッチ14(14a)を直列に接続し,作動部と接点保持部とを一体に結合した状態で押し棒を操作しなくてもa接点構造(常開)のスイッチ14(14a)のみ接点具が閉(ON)となるように構成したものである。
b 係る構成により,
① 作動部と接点保持部とを一体に結合した状態で押し棒を操作しない状態(以下この状態を「①状態」という。)では,スイッチ13及びスイッチ14(14a)がともにONとなり,非常用キースイッチはON状態となって電気回路を接続と成し,構成e-1を実現する。
② 作動部と接点保持部とを一体に結合した状態で押し棒を押下した状態(以下この状態を「②状態」という。)では,スイッチ13がOFFに切り換わり,スイッチ14(14a)がONのままとなり,非常用キースイッチはOFF状態となって電気回路を遮断と成し,構成e-2を実現する。
③ 作動部と接点保持部とを分離した状態(以下この状態を「③状態」という。)では,スイッチ13がON,スイッチ14(14a)がOFFとなり,非常用キースイッチはOFF状態となって電気回路を遮断と成し,構成e-3を実現する。
c つまり,第1,第2の実施例における非常用キースイッチは,構成e-1(電気回路を接続),e-2(電気回路を遮断),e-3(電気回路を遮断)の動作を実現するために,押し棒を操作しない状態において,接点具が閉(ON)となるb接点構造(常閉)のスイッチ13と接点具が開(OFF)となるa接点構造(常開)のスイッチ14(14a)を直列に接続し,作動部と接点保持部とを一体に結合した状態で押し棒を操作しなくてもa接点構造(常開)のスイッチ14(第2の実施例ではスイッチ14a)のみ接点具が閉(ON)となるように構成し,異なる動作を行うスイッチ13,14(14a)の協働を前提としている。
してみると,第1,第2の実施例は,異なる機能・動作を有するb接点構造のスイッチ13の「接点具」とa接点構造のスイッチ14(14a)の「接点具」を直列に接続するという構成と,スイッチ14(14a)については作動部と接点保持部を一体結合した状態ではオン状態になる構成という2つの技術的手段を加えることで,本件発明の発明特定事項における「接点具」と同等の機能・動作を果たし得るようにしたものである。換言すれば,同一の機能・動作を有する複数の接点具は,下表のように,構成e-1,e-2,e-3の動作では全て同じ開閉状態になってそれぞれ電気回路を接続・遮断・遮断するのに対し,スイッチ13,14(14a)の接点具は,構成e-2,e-3の動作でそれぞれ異なる開閉状態になっている。しかも,異なる機能・動作を有するb接点構造のスイッチ13及びa接点構造のスイッチ14(14a)の接点具を互いに直列に接続構成し,かつ,作動部と接点保持部を一体結合した状態ではオン状態になる構成という2つの特別な技術的手段を施すことによって,同一の機能・動作を有する複数の接点具と同様,構成e-1,e-2,e-3の動作でそれぞれ電気回路を接続・遮断・遮断し得る構成になっている。
構成
同一の「複数の接点具」
スイッチ13,14
e-1
全て「閉」
13は「閉」,14は「閉」
e-2
全て「開」
13は「開」,14は「閉」
e-3
全て「開」
13は「閉」,14は「開」
d このように,第1,第2の実施例は,b接点構造のスイッチ13及びa接点構造のスイッチ14(14a)という異なる機能・動作を有する複数の接点具(上記③)の例であって,同一の機能・動作を有する複数の接点具の例を開示したものではない。
よって,本件発明の発明特定事項における「接点具」が上記した②の同一の機能・動作をする複数の接点具からなる場合の例は,発明の詳細な説明において一切記載がなく,特許発明の発明特定事項における「接点具」が同一の機能・動作を有する複数の場合の例は,単数の場合と同様に,発明の詳細な説明に記載されておらず,本件特許はサポート要件を満たしていない。
ウ 取消事由3(実施可能要件及びサポート要件に関する判断の誤り-その2)
(ア) 審決は,第3の実地例は制御キーに関するものであり,電気スイッチの実施例を開示しているものではないとした。
しかし,本件明細書(甲7)の段落【0014】には「この制御スイッチ」との記載があり,第3の実施例を本件発明の「電気スイッチ」の一部の構成であると把握すべき(審決9頁29行~31行)とする技術的根拠はない。
(イ) 本件明細書(甲7)の段落【0014】には「バネ29は接点摺動部27を上方に押し上げ,そして接点具26の作動延長部28を押し棒25の前端面に押し当てている。」,「ケースが損傷して,その為に押し棒25が落ち込んだりした場合には,バネ29が接点摺動部27を作動状態に上方に押し上げる。押し棒25を押すと,接点摺動部27はバネ29に対して押され,それで電気回路も同じく遮断される。」との記載がある。
そして,審決は,「当該制御キーにおいて,段落【0014】に記載のとおり,『バネ29は接点摺動部27を上方に押し上げ,』という構成を備えており,すなわち当該制御キーは,押し棒25を取り去った場合に電気回路を遮断することができる可能性のある構成であることは当業者であれば把握し得るものである」(9頁31行~10頁1行)とし,段落【0014】の係る記載をもって,作動部と接点保持部との分離構成が記載されていると判断している。すなわち,段落【0014】の「ケースが損傷して,その為に押し棒25が落ち込んだりした場合には,バネ29が接点摺動部27を作動状態に上方に押し上げる」との記載は,ケースの損傷によって押し棒25を取り去った状態になることも含んだ説明であるというのが,審決の判断である。
そうすると,ケースが損傷して押し棒25が落ち込んだ場合には,バネ29は単に接点摺動部27を作動状態つまり図5に示す状態に上方に押し上げる作用しかないのであるから,押し棒25を取り去った場合も,バネ29は単に接点摺動部27を図5に示す状態(作動状態)に上方に押し上げるようにバネの蓄勢エネルギーの設定がなされている,と解さざるを得ないのであり,段落【0014】の記載を根拠に,第3の実施例に係るスイッチが,押し棒25を取り去った場合に,バネ29が接点摺動部27を図5に示す状態よりも上方に押し上げる構成であるとまで解することはできない。
そして,押し棒25を取り去った場合にバネ29が接点摺動部27を図5に示す状態よりも上方に押し上げるのに必要な技術的手段は,本来,本件発明の発明特定事項として特許請求の範囲に記載されるべきものであるところ,このような記載のない本件特許において,第3の実施例として記載のものは発明として未完成である。
そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明の第3の実施例には,「接点具」が,作動部と接点具を有する接点保持部が一体結合された状態で押し棒が停止状態の時に閉じていて電気回路を接続と成し,作動部の操作によって押し棒が押下された時に開いて電気回路を遮断となすような構成を前提とし,これ以外に,作動部と接点保持部を分離した時に「バネ」の作用によって「接点具」が電気回路を開き電気回路を遮断できるような構成に関して,当業者が容易にその実施をすることができる程度に記載されていないのであり,特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明の第3の実施例には記載されていない。
(ウ) 審決は,第4の実地例は制御キーに関するものであり,電気スイッチの実施例を開示しているものではないとした。
しかし,本件明細書(甲7)の段落【0015】には「図6の例は交互作動方式として図5による制御キーの場合のようなものに使用可能な接点具32の他例を図示している。」との記載があり,第4の実施例を本件発明の「電気スイッチ」の一部の構成であると把握すべきとする技術的根拠はない。
(エ) しかし,上記(イ)で述べたように,第4の実施例においても,押し棒を取り去った場合に,バネ38が摺動部35を図6に示す状態よりも上方に押し上げる構成であると解すべき合理的な理由がなく,押し棒を取り去った場合にバネ38が摺動部35を図6に示す状態よりも上方に押し上げるのに必要な技術的手段が記載されておらず,第3の実施例と同様,第4の実施例には本件発明の発明特定事項である「作動部と接点保持部を分離した時に接点具がバネの作用によって電気回路を開き電気回路を遮断できる」ような構成について,当業者が容易に実施できる程度に記載されているとはいえない。
したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の第4の実施例においても,「接点具」が,作動部と接点具を有する接点保持部が一体結合された状態で押し棒が停止状態の時に閉じていて電気回路を接続と成し,作動部の操作によって押し棒が押下された時に開いて電気回路を遮断となすような構成を前提とし,これ以外に,作動部と接点保持部を分離した時に「バネ」の作用によって「接点具」が電気回路を開き電気回路を遮断できるような構成に関して,当業者が容易にその実施をすることができる程度に記載されておらず,特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明の第4の実施例には記載されていない。
2 請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。
3 被告の反論
審決の認定判断に誤りはなく,原告ら主張の取消事由は理由がない。
(1) 取消事由1に対し
ア (ア)の本件発明の構成(分節)は認めるが,(イ)は否認する。発明の要旨認定は,特段の事情のない限り,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてなされるべきであり,構成要件e,e-1,e-2,e-3のみを取り出して要旨とするのは適切ではない。
(ウ)のうち「特にバネの作用を利用して元の状態に復帰するタイプが,周知の自動復帰形スイッチと呼ばれ,構成e-1及び構成e-2のような動作を行うのはb接点構造の自動復帰形スイッチということである。」の部分は否認ないし争う。構成要件e-1及びe-2は,バネの作用を要件としていないから「バネの作用を利用して元の状態に戻るタイプの自動復帰形スイッチ」であるとはいえない。したがって,構成要件e-1及びe-2のような動作をするものがb接点構造の自動復帰形スイッチということにはならない。
(エ)は否認ないし争う。構成要件e-1及びe-2はバネの作用を要件としておらず,原告の主張は前提に誤りがある。
イ 構成要件e-1につき
構成要件e-1「作動部と接点具を有する接点保持部が一体結合された状態で押し棒が停止状態の時に閉じていて電気回路を接続と成し」については,本件明細書(甲7)の段落【0010】,【0011】及び【図2】に記載がある。すなわち,作動部と接点具(スイッチ13及びスイッチ14の接点具)を有する接点保持部が一体結合された状態で押し棒が停止状態の時に閉じていて(スイッチ13及びスイッチ14の接点具はいずれも閉となる)電気回路を接続と成す構成要件e-1が明確に記載されている。
ウ 構成要件e-2につき
構成要件e-2「作動部の操作によって押し棒が押下された時に開いて,電気回路を遮断となす以外に」については,本件明細書の段落【0012】に記載があり,作動部の操作によって押し棒が押下された時に開いて(スイッチ13の接点具が開となる),電気回路を遮断となす構成要件e-2が明確に記載されている。
エ 構成要件e-3につき
構成要件e-3「作動部と接点保持部を分離した時に接点具がバネの作用によって電気回路を開き電気回路を遮断できるように構成されている」については,本件明細書の段落【0010】,【0011】及び【図3】に記載がある。そして段落【0011】の「元の状態に戻る」作用は,段落【0005】に「作動部と接点保持部を分離した時に接点具がバネの作用によって電気回路を開き電気回路を遮断できる」との記載があるように,「バネの作用」によることが明記されている。
また,スイッチ14のような「バネの作用」により「元の状態に戻る」形のスイッチは,本件特許の出願当時において周知の技術であったから(乙5,6参照),それ以上具体的にバネの位置や態様について明らかにする必要はない。
したがって,作動部3と接点保持部11を分離した時に接点具(スイッチ14の接点具)がバネの作用によって電気回路を開き電気回路を遮断できる構成が開示されている。
オ 実施可能要件につき
原告は,バネが関与することなく構成要件e-1及びe-2の機能・動作を実現し,かつ,作動部と接点保持部を分離した時にバネの作用により接点具が開いて構成要件e-3の機能・動作を実現する具体的な構成が発明の詳細な説明に記載されていないことをもって,実施可能要件に違反すると主張する。
しかしながら,バネの関与のない形で構成要件e-1及びe-2の機能・動作を実現する実施例の記載がないことが,実施可能要件を充たさないことの根拠となるものではない。すなわち,本件発明の技術的課題(目的)は「分離時には接点具が必ず開かれ,電気回路が遮断されるようになし,安全管理上有利とする」ことにあり,構成要件e-1及びe-2について,バネの関与なしに実現する具体的な態様の記載がなかったとしても,当業者にとって実施が困難となるわけではない。本件明細書には,少なくとも当業者が容易にその実施ができる程度に,その目的,構成及び効果が記載されており,構成要件e-1及びe-2についていえば,バネの作用による実施例が記載されていることから,実施可能要件をに充たしている。この点で,バネが関与することなく構成要件e-1及びe-2の機能・動作を実現し,かつ,作動部と接点保持部を分離した時にバネの作用により接点具が開いて構成要件e-3の機能・動作を実現する具体的な構成が記載されていなければ実施可能要件違反になるとする原告の前提自体に誤りがある。
また,本件発明の出願当時の当業者であれば,バネの関与するスイッチのみならず,バネの関与しないスイッチについても周知技術である。例えば「押ボタンスイッチ」は「操作ボタンをプレート垂直方向に押してスイッチング機能を行うスイッチで非常に多くの種類形状がある」と紹介されており(株式会社電気書院「テクノシステム第5巻電子デバイス」105頁,1983年〔昭和58年〕12月発行,乙3),「スイッチ素子としては,メカニカルなばね機構材を用いた接点,ホール集積回路,リードスイッチなどがあるが,最近では,メカニカルスイッチが主流をなしている」(株式会社オーム社「電子情報通信ハンドブック第1分冊557頁,昭和63年3月30日発行,乙4)とされていることから,当然に自動復帰形以外のスイッチも存在しており,バネの関与しないスイッチは周知技術である。
さらに,例えば,「スライドスイッチ」は「操作ボタンをプレート水平方向に移動することにより,回路の開閉切換を行うスイッチ」(株式会社電気書院「テクノシステム第5巻電子デバイス」105頁,乙3)である。操作方法は「つまみの直進」であり,接点系は「しゅう動接点」であるから,特にバネの関与があるわけではない。
スイッチ13については,バネの関与する復帰型スイッチが実施例として開示されているが,例えば,当業者であれば周知技術であるスライドスイッチを採用することもできる。この場合,いったん「開」とするとバネの力では「閉」の状態に復帰しないことになるが,非常用スイッチとしてであれば十分に機能することから問題とならない。
これらはあくまで一例であるが,要するに,スイッチの技術として多種類のものが既に存在しており,これらの周知技術を前提とすれば,本件明細書に接した当業者であれば,バネの作用によらない構成要件e-1及びe-2の実施例の記載がないことが,本件発明を実施する上で,当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤を要求することにはならない。したがって,本件発明の構成要件e-1~構成要件e-3について,発明の詳細な説明には当業者が容易にその実施ができる程度に,その目的,構成及び効果が記載されているといえる。
カ サポート要件について
原告は,バネが関与することなく構成要件e-1及びe-2の機能・動作を実現し,かつ,作動部と接点保持部を分離した時にバネの作用により接点具が開いて構成要件e-3の機能・動作を実現する具体的な構成が発明の詳細な説明に記載されていないことをもって,サポート要件に違反すると主張する。
特許請求の範囲の記載は,特許法旧36条5項1号が規定する「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」という要件(サポート要件)に適合するものでなければならないところ,特許請求の範囲の記載が同要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである(知的財産高等裁判所平成17年(行ケ)第10042号事件・平成17年11月11日特別部判決)。
そうであれば,前記のとおり,本件発明の課題は,「分離時には接点具が必ず開かれ,電気回路が遮断されるようになし,安全管理上有利とする」ことにあり,発明の詳細な説明にはバネの作用により構成要件e-1~構成要件e-3を実現する実施例が明確に記載されているから,当業者であれば,本件発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえる。すなわち,バネが関与することなく構成要件e-1及びe-2の機能・動作を実現し,かつ,作動部と接点保持部を分離した時にバネの作用により接点具が開いて構成要件e-3の機能・動作を実現する具体的な構成が発明の詳細な説明に記載されていなければサポート要件違反となるとする原告の前提に誤りがある。
また,前記のとおり,バネの関与しないスイッチについては当業者にとって周知技術であったから,バネの関与しない構成要件e-1及びe-2の実施例が具体的に記載されていなかったとしても,その程度の技術は当業者にとってみれば記載があるに等しい。
したがって,本件発明の構成要件e-1~構成要件e-3について,特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載されているというべきである。
(2) 取消事由2に対し
ア 原告は,本件発明にいう「接点具」について,①単数の接点具からなる場合,②同一の機能・動作をする複数の接点具からなる場合,③異なる機能・動作をする複数の接点具からなる場合の3つの例が記載されていなければ,サポート要件を充たさないことを前提として,本件明細書に記載の第1~第4の実施例のいずれにも,原告のいう①及び②の場合が記載されておらず,サポート要件違反であると主張する。
イ しかし,本件発明の課題は,「分離時には接点具が必ず開かれ,電気回路が遮断されるようになし,安全管理上有利とする」ことにあり,発明の詳細な説明には複数の接点具により課題を解決するための具体的な実施例が明確に記載されているのであるから,当業者であれば,本件発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである。この点で原告は,①単数の接点具が記載されていなければサポート要件違反があるというが,そもそもそのような前提が誤っており,本件明細書の発明の詳細な説明には課題を解決するための具体的な実施例が明確に記載されている。
また,上記②の同一の機能・動作をする複数の接点具は,同一の機能・動作をするのであれば,「複数」である必要はなく,上記①の単数の接点具からなる場合と実質的に同じであり,このような実施例の記載を求めること自体誤りである。
さらに,上記①の単数の接点具についていえば,被告としては第3の実施例に記載があると考える。仮に審決のように,第3の実施例が本件発明にいう「電気スイッチ」自体の実施例とはいえないとしても,このような単数の接点具を有するスイッチ自体が存在していたことは当業者にとって周知技術であったことは,当時のスイッチに関する技術水準から考えても明らかである。すなわち本件明細書に接した当業者であれば,単数の接点具を有する実施例についても記載があるに等しいとみることができるものであり,サポート要件違反となるものではない。
したがって,本件発明にいう「接点具」について,発明の詳細な説明との対応関係は明瞭であり,特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載されているというべきである。
(3) 取消事由3に対し
ア 審決は「第3の実施例では本件特許発明の『電気スイッチ』の実施例を開示しているものではなく,本願特許発明の『電気スイッチ』に適用し得る『制御キー』を例示するものであると解するべきものである。」(9頁25行~27行)と認定した。つまり,審決は,第3の実施例が本件発明の「電気スイッチ」の実施例を開示したものでない以上,第3の実施例の記載内容は特許法第36条4項違反か否かの判断に影響しないとした。
したがって,第3の実施例に本件発明の発明特定事項が記載されているか否かの認定が変動したとしても,審決の結論に影響はない。
イ なお,被告としては第3の実施例も本件発明の「電気スイッチ」を開示したものであると考える。
すなわち,第3の実施例の制御キーは,「接点ブリッヂ31」を備え,「押し棒25を押すと,接点摺動部27はバネ29に対して押され,それで電気回路も同じく遮断される」構成を備えている(本件明細書の段落【0014】)。
また,「バネ29は接点摺動部27を上方に押し上げ」る構成を備えており(段落【0014】),審決のとおり,押し棒25を取り去った場合に電気回路を遮断することができる可能性のある構成であることは当業者であれば把握し得る(9頁32行~10頁1行)。
したがって,第3の実施例の制御キーは,本件発明の「電気スイッチ」に相当する。
ウ 小括
以上,第3の実施例に関し,審決には誤りはあるものの,審決の結論に影響を及ぼすものではない。
エ 第4の実施例に関する被告の主張は上記ア~ウと同旨である。
第4当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯)・(2)(発明の内容)・(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
2 取消事由1(実施可能要件及びサポート要件に関する判断の誤り)について
審決は,作動部と接点保持部を分離したときに作用し接点具が電気回路を開き電気回路を遮断できるような「バネ」につき,本願明細書の発明の詳細な説明に当業者が容易にその実施をすることができる程度に記載されていないとはいえず,かつ,上記「バネ」は発明の詳細な説明に記載されているとし,一方,原告はこれを争うので,以下,これにつき判断する。
(1) 本願発明の意義
ア 本願における【請求項1】の記載は,前記第3,1(2)のとおりである。
イ 本願明細書(甲7)における発明の詳細な説明には,以下の記載がある。
・ 【産業上の利用分野】
「本発明は押し棒を有する電気スイッチの改良に関する。」(段落【0001】)
・ 【従来の技術】
「周知の通り各種電気機械を駆動制御する電気系統に非常用スイッチ等のスイッチが用いられている。この非常用スイッチは通常電気回路の接点を開閉する接点具の他に,それを作動させる為の人が操作する作動ボタンを有する。所で接点具に作動ボタンの作用を伝える為に作動ボタンと接点具との間に押し棒が在る。そして従来のこの種の押し棒が在る電気スイッチは通常接点具を閉じて電気回路を接続した状態と,接点具を開いた電気回路を遮断した状態の2つがとられるようになっているのみである。」(段落【0002】)
・ 【発明が解決しようとする課題】
「上記作動部と接点具の間に作用を伝える為の押し棒がある上記の従来技術の場合,作動部や押し棒を分離して保守の用に供すことが必要である。所が従来技術は上述したように接点具が閉じた状態か,開いた状態かの2つの状態しか採れないので,作動部を押し棒から分離した場合,作動部が取外されているにもかかわらず,接点具が閉じた状態になったままの事も生じかねず,安全管理上問題があった。」(段落【0003】)
・ 「従って本発明の目的とする所は,電気スイッチの接点具を開閉する為に作動部を操作し,その操作を押し棒を介して接点具に伝えるように電気スイッチに於いて;押し棒を有する事からスイッチ盤への取付や保守の為に作動部と押し棒を分離できるようにした上で,上記分離時には接点具が必ず開かれ,電気回路が遮断されるようになし,安全管理上有利とするにある。」(段落【0004】)
・ 【課題を解決する為の手段】
「上記目的を達成する為に本発明は次の技術的手段を有する。即ち本発明は電気回路の接点を開閉する接点具と,その接点具を開閉する為に操作する作動部と,作動部の動きを接点具に伝える押し棒とを有し,接点具が電気回路を閉じて電気回路を接続した状態と,接点具が電気回路を開いて電気回路を遮断し得る状態を有する押し棒を有する電気スイッチに於いて,上記接点具は作動部と接点具を有する接点保持部が一体結合された状態で押し棒が停止状態の時に閉じて,電気回路を接続と成し,作動部の操作によって押し棒が押下された時に開いて,電気回路を遮断となす以外に,作動部と接点保持部を分離した時に接点具がバネの作用によって電気回路を開き電気回路を遮断できるように構成されていることを特徴とするものである。」(段落【0005】)
・ 【作用】
「上記構成によると作動部が接点保持部から分離された時には,接点具はバネの作用によって電気回路を開くので,保守時等も安全である。」(段落【0006】)
・ 【効果】
「以上詳述した如くこの発明によれば,電気回路の接点を開閉する接点具を押し棒を介して作動部によって操作する電気スイッチに於いて,作動部と接点具を有する接点保持部を分離した時には,接点保持部内の接点具が必ず開かれ電気回路が遮断され安全である。」(段落【0016】)
ウ 上記ア,イの記載によれば,本件発明は,非常スイッチなど押し棒を有する電気スイッチに関する発明であり,従来技術では,保守時などに作動部を押し棒から分離した際,作動部が取り外されているにもかかわらず接点具が閉じた状態になったままのことが生じかねず,安全管理上問題があった点に鑑み,スイッチ盤への取付けや保守のために作動部と押し棒を分離できるようにした上で,上記分離時には接点具が必ず開かれ電気回路が遮断されるようにして安全管理上有利とすることを課題とし,その解決手段として請求項1に記載された技術的構成を採用することにより,作動部が接点保持部から分離されたときには接点具がバネの作用によって開かれ電気回路を遮断するようにし,それによって電気スイッチの保守時の安全が図れるという効果を奏するものであることが認められる。
そして,上記のような本件発明の課題,作用・効果からすると,本件発明において,構成要件e-1~e-3が特に重要な事項であるといえる。このうち,構成要件e-1及びe-2は,電気スイッチの通常機能を規定しており,押し棒の押下により接点具が電気回路を開き電気回路を遮断するといった電気スイッチの一般的な機能を規定しているにすぎず,当該機能を発揮するものであれば構成要件e-3の機能を阻害しない限り具体的構造については問われないといえ,この点に特別の技術的意義はないと考えられる。これに対し,構成要件e-3は,作動部と接点保持部とを分離した時に電気回路を開くための機能を規定し,それがバネの作用によって達成される機能であることを規定したものであって,作動部と押し棒の分離時には接点具が必ず開かれ電気回路が遮断されるようにして安全管理上有利とするという課題との関係からすると,本件発明の技術的特徴を有する部分であるということができる。
(2) 実施例の記載の意義
ア 本件明細書(甲7)の発明の詳細な説明において,本件発明の実施例として以下の記載がある。
・ 【実施例】
「次に添付図面に従い本発明の実施例を詳細に説明する。先ず図1~図3に従い第一の実施例を説明する。この例は非常用キースイッチの例である。即ちこの非常用キースイッチは全体としてスイッチ盤1に組込まれている。符号3は作動部を示し,ケース4中に於いて出入できるように押し棒5が配設され,この押し棒5の上部に一体にキャップ6が取付けられている。そして上記ケース4はスイッチ盤1に対しカラー7とねじリング8によって取付けられている。且つケース4の下部10にはいわゆるバヨネット式装着部分が形成されている。」(段落【0007】)
・ 「次いで接点保持部11は,U字形のホルダー12と,これに下部から差し込まれた2個のスイッチ13,14とから成り立っている。これらスイッチ13,14の各々には接点具が含まれる。上記ホルダー12の下部には一体として3個の止め部17が形成され,その内の2個だけにスイッチ13,14が取付けられている。即ち各スイッチ13,14は一体板15によって連結され,その一体板15の下部の突起16が上記の止め部17に係合していることによってホルダー12の下部にこれらスイッチ13,14が納められている。そして符号18は上記スイッチ13,14各々に電線を接続する際の開口部を示している。」(段落【0008】)
・ 「上記スイッチ13は非作動の時ONとして,又スイッチ14は非作動の時OFFとして機能する。両方とも互いに直列に接続されている。各スイッチ13,14は,可動の接点具と押し棒とを持ち,スイッチ13の押し棒の頭部19は,スイッチ14の押し棒の頭部20より狭い。そして両方のスイッチの押し棒頭部19,20は,ホルダー12の受入れ開口部21を通して外に臨んでいる。」(段落【0009】)
・ 「そして,上記作動部3と接点保持部11が図3の様に外された状態になっている時,スイッチ14の接点具は開かれ,電気回路は開かれている。図2のような作動部3と接点保持部11との結合はケース4の下部10をホルダー12の受入れ開口部21に通して,回転してバヨネット式装着部を係合することによって行われる。図2はこのことを図示している。この作動部3と接点保持部11の結合状態で,スイッチ13の押し棒頭部19はケース4の下部10に入り込んでいる一方,スイッチ14の押し棒頭部20はケース4の前面側に合わせられて,この結合の際押し込まれる。」(段落【0010】)
・ 「この結合状態で各スイッチの接点具は接続状態となり,スイッチ13と14とは両方とも接続されている。且つ電気回路は全体として接続されて,給電される機械を稼動し始めることができる。この時押し棒5は押下されず停止状態になっている。而してホルダー12をケース4から分離した場合に,スイッチ14の押し棒20は図3の様な元の状態に戻る。それは,スイッチ14がオフして,その結果制御された機械は稼動することができない。それによって,接点保持部11が作動部3から分離しているという信号を与える。」(段落【0011】)
・ 「上記構成により非常用キースイッチを通常操作する為に,キャップ6を押すと,それによって作動押し棒5がその前端面でスイッチ13の押し棒頭部19を押し込み,その為にスイッチ13が開く,これはスイッチ13の接点具が押し込まれた状態となり,開き電気回路が遮断される。押し棒5は押し込まれた状態に止められて,回転することによって再び外すことができるものである。」(段落【0012】)
・ 「図4による2番目の実施例の場合にも,二つのスイッチがホルダー12に挿入されている。一方のスイッチ14aを第一実施例のスイッチ14の代わりに用いている。その押し棒頭部22は一番目の例の押し棒頭部20と比べて狭く,且つ第一例の押し棒頭部19と20より数ミリメートル長い。又,この押し棒頭部22は作動部3を接点保持部11と結合する場合の押し棒頭部19の様に,ケース4の下方の開口部に食い込んで,その際作動押し棒5の前端面9で接触し結合を終えると,スイッチ14aは閉じられる。即ち電気回路も全て接続される。ここで,押し棒5が下方へ作動されるとスイッチ13がオフし電気回路は遮断される。」(段落【0013】)
・ 「次いで,図5に図示された制御キーの例を示す。この例ではスイッチ盤1の開口部に上から差し込み,後から座金24を用いて固定されるケース23を一個だけ持っている。このケース23は,一方では押し棒25の為の案内を形成し,他方では接点具26を持っている。この接点具26は上方に作動延長部28を形成する接点摺動部27から成り立っている。バネ29は接点摺動部27を上方に押し上げ,そして接点具26の作動延長部28を押し棒25の前端面に押し当てている。接続している2個の接点バネ30は接点ブリッヂ31として作用し,そのブリッヂは絶縁材で構成された上記接点摺動部27の外周面で接触している。この制御スイッチの場合に,ケースが損傷して,その為に押し棒25が落ち込んだりした場合には,バネ29が接点摺動部27を作動状態に上方に押し上げる。押し棒25を押すと,接点摺動部27はバネ29に対して押され,それで電気回路も同じく遮断される。」(段落【0014】)
・ 「図6の例は交互作動方式として図5による制御キーの場合のようなものに使用可能な接点具32の他例を図示している。これは2個の可動接点ブリッヂ33,34を持ち,この2つの接点ブリッヂ33,34は摺動部35によって上下に作動される。そしてこの摺動部35は接点ブリッヂ33,34を上下動させる為の2個の溝を持ち,これら各溝の中のバネ36,37によって各可動接点33,34を付勢している。且つ両方の接点ブリッヂは直列に接続されている。更にケース下方のバネ38は摺動部35を上方に押し上げている。押し棒によって摺動部35を下げると接点具は開かれ,電気回路が遮断される。」(段落【0015】)
・ 図面
【図1】 第一の実施例を示す非常用キースイッチの正面図
file_3.jpg【図2】 図1の例の部分断面を含む側面図
file_4.jpg【図3】 図1の例の作動部に対し接点具を有する接点保持部を分離した所を示す図
file_5.jpg【図4】 第2の例を示し,作動部に対し接点具を有する接点保持部を分離した所を示す図
file_6.jpg【図5】 第3の例を示し,制御用スイッチに適用した例を示す図
file_7.jpg【図6】 第4の例を示す接点具部分を示す図
file_8.jpgイ(ア) 一方,文献(甲4,6,乙5,6)には,以下の記載がある。
・ 「押しボタン式は,人が押しボタンを押しているときだけ回路(接点)が開または閉となり,押しボタンから手を離すと,スイッチの内部にあるばねの力でもとに戻る。」(現代制御技術体系「New ControlEngineering 第7巻 シーケンス制御技術(1)」,株式会社電気書院,1987年〔昭和62年〕12月発行,甲4及び乙6,85頁13行~86頁1行)
・ 「復帰形スイッチ(Self-returning switch, spring return switch)
接触子の開閉動作の原因となる人力操作または,物理現象が消滅すると接触子の開閉状態が動作以前の所定の状態に復帰するスイッチ。物理量の変化が元に戻ると同時に接点の開閉状態も元に戻るスイッチ。復帰スイッチともいう。
どのような他の定められた位置の一つから解放されても定まった位置へ戻る多極スイッチ。
バネの働きで,自動的に戻る働きをするように作られた多極スイッチ。」(「テクノシステム 第7巻 シーケンス制御」,株式会社電気書院,1983年〔昭和58年〕1月発行,甲6及び乙5,191頁左欄1行~11行)
(イ) 上記記載によれば,本件発明の出願当時(平成4年1月18日当時),バネの作用により本来の状態(常閉又は常開の状態)に復帰させるスイッチが周知慣用の技術であったことが認められる。
ウ 図1~図3に係る例(以下「第1の実施例」という。)につき
上記アの記載,特に本件明細書の段落【0007】~段落【0012】の記載によれば,「作動部3」は「ケース4」や「キャップ6」を含むものであって本件発明の「作動部」に相当し,「押し棒5」は本件発明の「押し棒」に相当し,「接点保持部11」は「ホルダー12」と「スイッチ13,14」とから構成され,本件発明の「接点保持部」に相当することが認められる。また,本件発明において,複数の接点具を結合し接点機能を発揮するものも排除されておらず,このようなものも「接点具」と解することができる。そのことに照らすと,第1の実施例において,スイッチ13及びスイッチ14の各接点具の組合せが本件発明の「接点具」に相当すると認めることができる。
そして,各接点具が閉じた状態におかれることにより構成要件e-1の機能を発揮し,押し棒5がスイッチ13の押し棒頭部19を押し込み,スイッチ13の接点具が開かれることにより構成要件e-2の機能を発揮すると理解することができる。また構成要件e-3については,スイッチ14の機能によって達成されているということができる。すなわち,本件明細書(甲7)の発明の詳細な説明には,上記のとおり,「・・・スイッチ13は非作動の時ONとして,又スイッチ14は非作動の時OFFとして機能する。両方とも互いに直列に接続されている。各スイッチ・・・14は,可動の接点具と押し棒とを持ち,・・・」(段落【0009】),「そして,上記作動部3と接点保持部11が図3の様に外された状態になっている時,スイッチ14の接点具は開かれ,電気回路は開かれている。・・・この作動部3と接点保持部11の結合状態で,スイッチ13の押し棒頭部19はケース4の下部10に入り込んでいる一方,スイッチ14の押し棒頭部20はケース4の前面側に合わせられて,この結合の際押し込まれる。」(段落【0010】),「・・・ホルダー12をケース4から分離した場合に,スイッチ14の押し棒20は図3の様な元の状態に戻る。・・・」(段落【0011】)との記載があるところ,本件発明が「バネの作用」によって電気回路を開くものであることに照らすと(請求項1),段落【0011】の「元の状態に戻る」作用がバネの作用によることは,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)にとって容易に理解できるというべきである。この点は,前記のとおり,バネの作用により本来の状態(常閉又は常開の状態)に復帰させるスイッチが周知慣用の技術であり,技術常識であることからしても,本件明細書に記載されているに等しい事項ということができる。
そうすると,第1の実施例は,スイッチ13及びスイッチ14の組合せによって,構成要件e-1~e-3の機能を発揮し,構成要件e-1~e-3を備えたものといえることより,本件発明の実施例に相当するということができる。
エ 図4に係る例(以下「第2の実施例」という。)につき
本件明細書(甲7)の段落【0013】の記載からすると,第2の実施例は,第1の実施例のスイッチ14をスイッチ14aに代えたもので,作動部3を接点結合部11と結合する場合に,スイッチ14aの押し棒頭部22が押し棒5の前端面9に接触し押し込まれるほかは,第1の実施例と同様の構造を有するものといえる。
そうすると,第2の実施例は,第1の実施例と同様に,本件発明の構成要件e-1~e-3を備えたものといえることより,本件発明の実施例に相当するということができる。
オ 図5に係る例(以下「第3の実施例」という。)につき
(ア) 本件明細書(甲7)の段落【0014】の記載によれば,「接点具26」は上方に「作動延長部28」が形成された「接点摺動部27」から成り,本件発明の「接点具」に相当し,「押し棒25」は本件発明の「押し棒」に相当し,「ケース23」は本件発明の「接点保持部」に相当することが認められる。
そして,「バネ29は接点摺動部27を上方に押し上げ,そして接点具26の作動延長部28を押し棒25の前端面に押し当てている。」(段落【0014】)ものであること,図5における押し棒25の下端部分とケース23内部との位置関係から判断して,バネ29が押し棒25を上方に押圧することによって,押し棒25の下端部分がケース23の内部に当接し,図5の状態にて位置決めされていると解するのが自然である。このように解する場合,仮に押し棒25の下端部の当接構造が解消されたときや,押し棒25を取り去ったときに,バネ29は接点摺動部27をさらに上方に押し上げることになり,結果,電気回路を開く動作が期待できることが技術的に認められ,本件発明の作用・効果に照らしても,このように理解できる。
なお,段落【0014】及び図5において,「作動部」に相当する構造について明示的な記載はないが,例えば,第1の実施例と同様の分離可能な作動部を有すると解することができるというべきである。なぜなら,図5において,ケース23は一体物のように記載されているが,何らかの工夫を凝らさなければ,ケース23の内部に押し棒25や接点具26を配置することが困難で,ケース23が分離可能な構造をもち得ることは当業者が容易に理解でき,ケース23と分離可能な作動部をその上端に設けることは,そうした意味においても合理的であるからである。例えば,押し棒25の下端部分が当接するような作動部をケース23の上端に設けることにより,作動部とケース23を分離したときにバネ29の作用によって接点摺動部27がさらに上方に押し上げられ電気回路が開かれるようにするといった構造は,第1の実施例の構造を参考にすることによって,当業者が十分に推測できるものであり,こうした構造を採用することにつき技術的に不都合な点は特段ない。本来,明細書は所定の記載要件に適合したものでなければならないが,仮にその記載に不足する点があったとしても,当業者は技術常識や明細書中のその他の記載を参考にして補完しながら読み取ることができるもので,上記の構造に想到することは,本件明細書の記載に照らし,合理的に期待し得る程度を超えた試行錯誤を要するものではないというべきである。
(イ) なお,審決は,第3の実施例は「制御キー」であるから,本件発明の「電気スイッチ」とは別異のもので,当該「電気スイッチ」の一部の構成であると把握すべきであるとしている(9頁25行~31行参照)。
しかし,本件明細書において,第3の実施例は「制御キー」の例であるとされるともに,「制御スイッチ」とも称されているし(段落【0014】),【図面の簡単な説明】【図5】には,「第3の例を示し,制御用スイッチに適用した例である。」と記載されており,「制御スイッチ」や「制御用スイッチ」の呼称からして,制御用のスイッチであることが理解できる。そして,第1の実施例が「非常用のキースイッチ」の例であることから(段落【0007】),「制御キー」が制御用のキースイッチであると類推できるもので,こうした複数の個所の記載を統一的に解釈するならば,第3の実施例は制御用の「電気スイッチ」であると解するのが妥当であり,この点において,第3に実施例を本件発明の実施例ではないとした審決は妥当でない。
(ウ) 以上のとおり,第1の実施例の構造を参考にすることによって,段落【0014】の記載から第3の実施例についても請求項1に記載された技術的事項を読み取ることができるもので,その構造及び呼称を総合的に考慮すると,第3の実施例も本件発明の実施例に相当する「電気スイッチ」であるというべきである。
カ 図6に係る例(以下「第4の実施例」という。)につき
第4の実施例は,第3の実施例における接点具の具体的構造について代替技術を示したものと解されるから,第3の実施例と同様に本件発明の実施例に相当する「電気スイッチ」であるということができる。
(3) 実施可能要件についての判断
上記のとおり,第1の実施例及び第2の実施例はスイッチ13及びスイッチ14を直列に接続したものであって,ホルダー12をケース4から分離した場合にスイッチ14の押し棒20をバネの作用により元の状態に戻すことにより電気回路を開くものであることは,当業者であれば容易に理解できる。
また,第3の実施例及び第4の実施例は,第1の実施例と同様の作動部を有することが認められ,当該作動部をケース23から分離した場合に,バネ29又はバネ38の作用により電気回路を開くものであることは,当業者であれば容易に理解できるものである。
このように,第1の実施例~第4の実施例に係る記載により,本件発明の「バネの作用」について理解し再現することは可能といえるから,本件明細書の発明の詳細な説明は,「バネの作用」について当業者が本件発明の実施をすることができる程度に記載されているということができる。
(4) サポート要件についての判断
上記のとおり,第1の実施例~第4の実施例は本件発明の実施例に相当するといえるところ,本件明細書の発明の詳細な説明には,構成要件e-1~e-3,特にバネの作用に係る構成要件e-3を実現する実施例が記載されているといえる。そして,当該記載により,当業者が本件発明の課題を解決できると認識できると認められるから,特許を受けようとする発明は発明の詳細な説明に記載したものであるということができる。
(5) 原告の主張に対する補足的判断
原告は,構成要件e-1及びe-2はバネの作用を要件としていないから,本件発明には,バネの関与なしに構成要件e-1及びe-2を実現し,バネの作用により構成要件e-3を実現するものも包含されるところ,発明の詳細な説明にはその具体的構成の開示がなく,実施可能要件及びサポート要件違反である旨主張する。
しかし,構成要件e-1及びe-2は電気スイッチの一般的な機能を規定するもので,本件発明の技術的特徴ではないと考えられるところ,特許法はそうした部分についてまで,実施可能要件及びサポート要件として網羅的に実施例を開示することを要求しているとは解されない,すなわち,構成要件e-1及びe-2の機能におけるバネの関与の有無は発明を特定するための事項ではないところ,かかる発明を特定するための事項ではない技術的事項に着目し,実施可能要件及びサポート要件を問うことは適切ではないと解される。加えて,電気スイッチに関し,構成要件e-1及びe-2の機能にバネが関与するか否かに着目して分類することが一般的であるとは認められず,原告独自の分類であると解されることに照らすと,バネの関与なしに構成要件e-1及びe-2を実現し,バネの作用により構成要件e-3を実現する構成が発明の詳細な説明に具体的に記載されていないとしても,実施可能要件及びサポート要件違反であるということはできないから,原告の上記主張は採用することができない。
3 取消理由2(サポート要件に関する判断の誤り)について
原告は,請求項1において「接点具」の数が特定されていないところ,本件発明の「接点具」には,①単数の接点具からなる場合,②各々が同一の機能・動作をする複数の接点具からなる場合,③各々が異なる機能・動作をする複数の接点具からなる場合,の三つの概念が包含されるが,本件明細書には①及び②の場合が記載されていないから,サポート要件に適合しない旨主張する。
しかし,前記のとおり,本件発明において,複数の接点具を結合し接点機能を発揮するものも「接点具」といえるから,第1の実施例及び第2の実施例におけるスイッチ13及びスイッチ14の各接点具の組合せは本件発明の「接点具」に相当するということができる。また,第3の実施例の接点具26及び第4の実施例の接点具32は,それぞれ本件発明の「接点具」に相当する。
そして,第3の実施例及び第4の実施例が本件発明の実施例に相当することは前記のとおりであり,第3の実施例及び第4の実施例が上記①の単数の接点具からなる場合に相当するということができる。
また,上記のとおり,第1の実施例及び第2の実施例は,スイッチ13及びスイッチ14の各接点具の組合せが本件発明の「接点具」に相当するところ,その動作に鑑みれば,③の各々が異なる機能・動作をする複数の接点具からなる場合に相当すると認められる。
②の各々が同一の機能・動作をする複数の接点具からなる場合については,複数の接点具のそれぞれが同一の機能・動作をすると解されるから,全体としての機能は実質的に単数の接点具と同じといえるところ,このような接点具が通常想定されるものとは認められないから,②の例についてまで開示されていなければ発明の詳細な説明の記載に特許請求の範囲に記載された発明の全体が記載されていないということにはならないというべきである。
よって,原告の上記主張は採用することができず,取消事由2は理由がない。
4 取消理由3について(実施可能要件及びサポート要件に関する判断の誤り-その2)
(1) 第3の実施例につき
ア 第3の実施例は,前記のとおり本件発明の実施例に相当し,第3の実施例に係る記載により,「バネの作用」及び「接点具」について本件発明を理解して再現することは可能であるから,本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本件発明の実施をすることができる程度に記載されているといえる。
また,第3の実施例に係る記載により,本件明細書の発明の詳細な説明には,構成要件e-1~e-3を実現する実施例が記載されているといえるから,特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載されたものであるということができる。
イ 原告は,第3の実施例に関し,押し棒25を取り去った場合に接点摺動部27を上方に押し上げるための技術的手段について明確な記載がなく自明な事項でもないから,構成要件e-3について,当業者が容易に実施できる程度に記載されているとはいえない,本件発明が第3の実施例には記載されていない旨主張し,審決における第3の実施例に係る実施可能要件及びサポート要件についての判断の誤りを主張している。
しかし,前記のとおり,第3の実施例は,バネ29が押し棒25を上方に押圧することによって押し棒25の下端部分がケース23の内部に当接し図5の状態にて位置決めし,明示はないものの「作動部」を有すると解されるところ,例えば,第1の実施例と同様の分離可能な作動部を,押し棒25の下端部分が当接するようにケース23の上端に設けることは,当業者であれば十分に推測できるものである。このような構成において,当該作動部とケース23を分離し,押し棒25を取り去った場合に,バネ29の作用によって,接点摺動部27がさらに上方に押し上げられ,電気回路が開かれることは,技術的に容易に認めることができる。
また,この点に関し,被告は,本件明細書(甲7)の段落【0014】「・・・ケースが損傷して,その為に押し棒25が落ち込んだりした場合には,バネ29が接点摺動部27を作動状態に押し上げる。」との記載より,分離にかかる記載が読み取れる旨主張している。当該記載における「作動状態」がいかなる状態かは必ずしも明確ではないが,続く「押し棒25を押すと,接点摺動部27はバネ29に対して押され,それで電気回路も同じく遮断する。」との記載から,電気回路が遮断される状態を示していることが窺える。第1の実施例における「停止状態」の定義の反対解釈からも,このように解釈するのが自然といえる。そして,このような記載からも,ケース23の損傷により押し棒25と接点具26とが分離し得ることが理解できる(そもそも,両者は別部材で,作動延長部28が押し棒25に押し当たるものであるから,分離し得ることは容易に理解できる。)。なお,上記記載は,作動部と接点保持部との分離にかかる記載ではなく,直接的に構成要件e-3を説明するものではないが,両部材が分離した際,電気回路が遮断される状態に接点摺動部27を押し上げる程度にバネ29が蓄勢されていることを理解することができ,上記の押し棒25を取り去った場合の動作を裏付けるものであるということができる。
よって,原告の上記主張は採用することができない。
(2) 第4の実施例につき
ア 第4の実施例は,前記のとおり,本件発明の実施例に相当し,第4の実施例に係る記載により,「バネの作用」及び「接点具」について本件発明を理解して再現することは可能といえるから,本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本件発明の実施をすることができる程度に記載されているといえる。
また,第4の実施例に係る記載により,本件明細書の発明の詳細な説明には,構成要件e-1~e-3を実現する実施例が記載されているといえるから,特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載されたものであるということができる。
イ 原告は,第4の実施例に関し,第3の実施例と同様の理由により,構成要件e-3について,当業者が容易に実施できる程度に記載されているとはいえない,本件発明が第4の実施例には記載されていない旨主張し,第4の実施例に係る実施可能要件及びサポート要件についての判断の誤りを主張しているが,上記第3の実施例に関して述べたのと同様の理由により,原告の主張は採用することができない。
5 結語
以上によれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 真辺朋子 裁判官 田邉実)