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知財高等裁判所 平成21年(行ケ)10266号 判決 2010年6月23日

原告

訴訟代理人弁理士

丹羽宏之

西尾美良

被告

オキツモ株式会社

訴訟代理人弁理士

赤岡迪夫

赤岡和夫

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2008-800076号事件について平成21年4月21日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

1  本件は,原告が特許権者で発明の名称を「ワンコーティングまたはスリーコーティング層にインク顔料を塗布してコーティング層を形成した器具およびその形成方法」とする特許第4094016号(請求項の数10)の全請求項について,被告が無効審判請求をしたところ,特許庁が訂正後の請求項1ないし6及び8ないし10について認容し,請求項7について請求不成立の審決をしたことから,原告が無効とされた部分の取消しを求めた事案である。

2  争点は,①訂正後の請求項1及び8が下記引用例との関係で新規性を有するか(特許法29条1項3号),②訂正後の請求項1ないし6及び8ないし10が同引用例との関係で進歩性を有するか(特許法29条2項),である。

・ 特公平6-77544号公報(発明の名称「高温調理機器用皮膜の構造及びその形成方法」,出願人 シャープ株式会社,出願日 平成1年6月30日,公開日平成3年2月13日,公告日 平成6年10月5日,甲1。以下「引用例」といい,そこに記載された発明を「引用発明」という。)

第3当事者の主張

1  請求の原因

(1)  特許庁における手続の経緯

ア 原告は,発明の名称を「ワンコーティングまたはスリーコーティング層にインク顔料を塗布してコーティング層を形成した器具およびその形成方法」とする特許第4094016号(平成17年7月8日出願,平成20年3月14日設定登録,以下「本件特許」という。)の特許権者である。

イ 被告は,平成20年4月28日,本件特許の全請求項について無効審判請求をし,原告は,平成20年9月3日に各請求項等につき(ただし,請求項2,3及び6を除く。)訂正請求を行った(以下「本件訂正」という。)ところ,被告は,平成21年1月13日に下記のとおり各請求項について無効理由の補正を行い,平成21年3月31日付けで当該補正を許可する旨の決定がされた(なお,請求項7に対する無効理由1は,平成21年1月13日の第1回口頭審理期日において撤回された。)。

請求項1

無効理由1,2,3

2,3

2,3

2,3

2,3

2,3

1,2,3

1,2,3

2,3

10

2,3

・ 無効理由1:上記引用発明と同一で新規性なし(特許法29条1項3号)

・ 無効理由2:上記引用発明から容易想到で進歩性なし(同法29条2項)

・ 無効理由3:発明の記載が不明確(同法36条6項2号)

ウ 特許庁は,上記請求を無効2008-800076号事件として審理をした上,平成21年4月21日,請求項7を除く各請求項につき請求に係る上記無効理由1及び2を各認容して,「訂正を認める。特許第4094016号の請求項1ないし6,8ないし10に係る発明についての特許を無効とする。特許第4094016号の請求項7に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年5月7日原告に送達された(出訴期間として90日附加)。

(2)  発明の内容

本件訂正後の請求項1~10(請求項7は省略。)の内容は,以下のとおりである(以下,全請求項に係る発明を「本件訂正発明」といい,各請求項に係る発明を「本件訂正発明1」等という。下線は訂正部分)。

・ 【請求項1】

耐熱塗料が塗付されて形成されたワンコーティング層(100)が形成された器具において,前記ワンコーティング(100)層上にインク顔料を含むコーティング液を噴霧器で一回以上噴射して前記インク顔料を斑点状に塗布し,前記ワンコーティング層(100)と前記インク顔料の不連続コーティング層(6)が表面に不規則な凹凸状に形成されたことを特徴とする表面層にインク顔料が塗布されてなる器具。

・ 【請求項2】

前記耐熱塗料は,シリコン複合樹脂,複合有機溶剤,カーボンまたは無機顔料分散液,および複合充填材の組成でなることを特徴とする請求項1に記載の表面層にインク顔料が塗布されてなる器具。

・ 【請求項3】

前記耐熱塗料を構成している各組成の比率は,シリコン複合樹脂35重量%,複合有機溶剤40重量%,カーボンまたは無機顔料分散液5重量%,および複合充填材20重量%であることを特徴とする請求項2に記載の表面層にインク顔料が塗布されてなる器具。

・ 【請求項4】

前記インク顔料を含むコーティング液は,PTFE分散液,水,芳香族炭化水素,トリエチルアミン,オレイン酸,界面活性剤,および無機分散液の組成でなることを特徴とする請求項1に記載の表面層にインク顔料が塗布されてなる器具。

・ 【請求項5】

前記インク顔料を含むコーティング液を構成している各組成の比率は,PTFE分散液86.8重量%,水3.38重量%,芳香族炭化水素0.56重量%,トリエチルアミン0.17重量%,オレイン酸0.17重量%,界面活性剤0.12重量%,および無機分散液8.8重量%であることを特徴とする請求項4に記載の表面層にインク顔料が塗布されてなる器具。

・ 【請求項6】

前記ワンコーティング層(100)上に一回以上塗布される前記インク顔料は相異なる色相のインク顔料であることを特徴とする請求項1に記載の表面層にインク顔料が塗布されてなる器具。

・ 【請求項8】

プライマーコート(201),ミッドコート(202)及びトップコート(203)の順に表面に積層されてスリーコーティング層(200)が形成された器具において,前記トップコート(203)上にインク顔料を含むコーティング液を一回以上噴射して前記インク顔料を斑点状に塗布し,前記トップコート(203)と前記インク顔料の不連続コーティング層(6)が表面に不規則な凹凸状に形成されたことを特徴とする表面層にインク顔料が塗布されてなる器具。

・ 【請求項9】

前記インク顔料を含むコーティング液は,PTFE分散液,水,芳香族炭化水素,トリエチルアミン,オレイン酸,界面活性剤及び無機分散液の組成でなることを特徴とする請求項8に記載の表面層にインク顔料が塗布されてなる器具。

・ 【請求項10】

前記インク顔料を含むコーティング液は,PTFE分散液86.8重量%,水3.38重量%,芳香族炭化水素0.56重量%,トリエチルアミン0.17重量%,オレイン酸0.17重量%,界面活性剤0.12重量%及び無機分散液8.8重量%の組成でなることを特徴とする請求項9に記載の表面層にインクが塗布されてなる器具。

(3)  審決の内容

ア 審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,本件訂正は誤記の訂正等を目的としたもので適法であるとした上,①本件訂正発明1及び8が引用発明と同一であるから特許法29条1項3号に該当する,②本件訂正発明1ないし6及び8ないし10は引用発明及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから同法29条2項により特許を受けることができない,というものである。

イ なお,審決は,引用例(甲1)には以下の発明が記載されているとする(「引用発明」とは,以下の引用発明1~3を併せたものである。)。

・ 引用発明1

「主成分であるポリチタノカルボシランワニス,耐熱顔料に,フッ素樹脂粉末を添加して有機溶剤で液状にした塗料で下塗装膜層を,高温調理機器の調理表面上に塗布形成した後に,この下塗装膜層の上に,無機顔料を含有するディスパージョン系のフッ素樹脂の液状塗料を,霜降り状に塗布形成して焼結する皮膜を有する高温調理機器」

・ 引用発明2

「加熱調理器具の調理面の表面積をショットブラストして増大させる段階,得られた粗面を清掃,清浄する段階,ポリチタノカルボシランを結合剤にしたアルミニウム粉を混合したシルバー色の耐熱プライマ塗料を3~5ミクロン仕上げになるように塗布した後室温で乾燥する段階,フッ素樹脂を含まない塗料を10~15ミクロン仕上げになるように塗布した後,室温で乾燥し,フッ素樹脂を8~15重量%含む塗料を10~30ミクロン仕上げになるように塗布し,150℃で20分の強制乾燥する段階,無機顔料を含有する四フッ化エチレン樹脂のディスパージョン型液体塗料を薄く,霜降り状に塗布し,150℃で20分の予備乾燥を経て,380~420℃の温度で20~30分間焼付硬化を行う段階を含む,加熱調理面の基材の上の皮膜形成方法」

・ 引用発明3

「ポリチタノカルボシランを結合剤にしたアルミニウム粉を混合したシルバー色の耐熱プライマ塗料,フッ素樹脂を含まない塗料,フッ素樹脂を8~15重量%含む塗料の順に積層されたスリーコーティング層が形成された高温調理機器において,フッ素樹脂を8~15重量%含む塗料の上に顔料を含有する四フッ化エチレン樹脂のディスパージョン型液体塗料を薄く,霜降り状に塗布されてなる高温調理機器」

ウ また,審決の認定した本件訂正発明1と引用発明1との一致点及び相違点は,以下のとおりである。

<一致点>

両者は,「耐熱塗料が塗布されて形成されたワンコーティング層が形成された器具において,前記ワンコーティング層上に顔料を含むコーティング液を塗布し,表面層に顔料が塗布されてなる器具」である点で一致する。

<相違点>

(Ⅰ) 顔料が,本件訂正発明1においては,「インク顔料」であるのに対して,引用発明1においては,「無機顔料」である点

(Ⅱ) ワンコーティング層上に顔料を含むコーティング液を塗布する方法が,本件訂正発明1においては,「噴霧器で一回以上噴射して前記インク顔料を斑点状に塗布」するのに対して,引用発明1においては,「霜降り状に連続して塗布」する点

(Ⅲ) 表面が,本件訂正発明1においては,「ワンコーティング層(100)とインク顔料の不連続コーティング層(6)が表面に不規則な凹凸状に形成された」ものであるのに対して,引用発明1においては,表面について明らかでない点

(4)  審決の取消事由

しかしながら,審決には以下のとおりの誤りがあるから,違法として取り消されるべきである。

ア 取消事由1(相違点(Ⅲ)についての判断の誤り)

審決には,以下に述べるように相違点(Ⅲ)についての判断に誤りがあるから,本件訂正発明1が引用発明1と実質的に同一である(特許法29条1項3号)及び容易想到である(同法29条2項)とした判断も誤りである。

(ア) 審決における本件訂正発明1と引用発明1との一致点及び相違点の認定(32頁18行~33行)並びに相違点(Ⅰ)及び(Ⅱ)に関する判断(32頁下4行~33頁21行)は争わないが,相違点(Ⅲ)の検討において,引用発明1における「霜降り状に塗布して得られる無機顔料を含有するディスパージョン系のフッ素樹脂の液状塗料からなる表面は,下塗装膜層と顔料の不連続コーティング層が表面に不規則な凹凸状に形成されたものであるから,実質的な相違点とならない。」(33頁下9行~下6行)と認定・判断したことは誤りである。

すなわち,引用発明1では,無機顔料を含有するディスパージョン系のフッ素樹脂の液状塗料を霜降り状に塗布,すなわち不連続に塗布するものであるが,その後焼結するという工程を経て最終塗膜を得ている(甲1,引用例3頁6欄17行~27行参照)。したがって,引用発明1では,焼結前に上記液状塗料を霜降り状(不連続状)に塗布しているものの,焼結後は引用例6頁第1図Cの状態になるのであって,この状態は凹凸状ではあるものの不連続な層であるとは到底いえないものである。

一方,本件訂正発明1は,「不連続コーティング層(6)」を有するものであり,本件特許に係る特許公報(甲19,以下「本件公報」という。)の図1にも明確に不連続状態のコーティング層が示され,また,本件訂正後の本件特許に係る明細書(甲20,以下「本件訂正明細書」という。)の段落【0027】には,発明の効果として,「スリーコーティング層のトップコート上に噴射されて斑点状に塗布されたインク顔料の不連続コーティング層が上向きに充分に突出しているので,例えば調理器具に適用する場合,スクラッチ(scratch)現象に耐える耐傷性および耐磨耗性が向上し,これにより疵が発生しなくなり,よって使用後の器具の掃除も容易になる。」と記載されており,本件訂正発明1のインク顔料の不連続コーティング層が,インク顔料の粒子が上向きに突出して不連続層を形成していることは明らかである。

被告は,本件訂正発明1において,ワンコーティング層と不連続コーティング層とから形成される表面コーティング層の表面状態は,“不規則な凹凸状”であれば足り,“不連続”であることは要件ではないと主張するが,本件訂正明細書(甲20)の段落[0006],段落[0027]及び段落[0050]の記載並びに本件公報の図1からみて,ワンコーティング層と不連続コーティング層とから形成される表面コーティング層の表面状態は,“不規則な凹凸状”であり,かつ“不連続”であることが必須の要件であるといえる。なお,本件訂正明細書の段落【0033】及び離散的に突出した不連続コーティング層6が描かれている本件公報の図1を参照すれば,本件訂正発明1における「不連続」とは,インク顔料が,つながった状態ではなくトップコートの表面が見える状態でトップコート上に離散的に分布している状態を指していると考えるが自然である。また,本件訂正明細書の段落【0034】を参照すれば,図2も図1と同様に,インク顔料がつながった状態ではなくトップコートの表面が見える状態でトップコート上に離散的に分布している状態を示していると考えられる。

さらに,被告が主張するように,引用発明が,塗布時(焼結前)のみならず焼成後においても“霜降り状”であるとすれば,この霜降り状の具体的な塗布状態は引用例の図1Cに示されている状態であることは明らかである。そうであれば,引用例でいう「霜降り状」とは,到底「霜の降りたように,白い斑点が散らばっている模様」(甲11)を意味するものではないことになる。

(イ) また,審決が「本件訂正発明1と引用発明1とは,同一の製造方法により得られていることから,当然に,得られたものも同一といえる。」(33頁下3行~下1行)と判断したことも誤りである。

なぜなら,仮に,斑点状に塗布(本件訂正発明1)する工程と,霜降り状に塗布(引用発明1)する工程までが同一であるとしても,その後の加熱工程等が同一か否かは不明である。結果的に,本件訂正発明1では最終生成物として上向きに突出した不連続な凹凸の層が形成され,引用発明1では表面は凹凸であるが連続した薄い膜が形成されている。したがって,この審決の判断は誤りである。

(ウ) さらに,審決が,本件訂正発明1の効果として,「(ア)スクラッチ(scratch)現象に耐える耐傷性および耐摩耗性が向上し,これにより疵が発生しなくなり,よって使用後の器具の掃除も容易になる。」(34頁5行~7行)と認定しながら,「しかしながら,刊行物1には「本発明の場合,10μ以下の霜降り状或いは連続膜にしているので,…(略)…耐摩耗性,金属ヘラの使える皮膜となっているので,電子レンジオーブン調理が高温でも,トレイの出し入れで,皮膜がハクリしない。又,ホットプレートで調理を行い,金属ヘラを用いても,ハクリを起こさないことが判明した。」及び「本発明の皮膜構造は,それを上回わる完全なものとなり,焦げ付き付着物が完全にとれて,付着物のあとシミ,汚れが目立たなくなった。」と記載されていることから(摘記1-h),上記(ア)の効果は予測できる範囲のものであるといえる。」(34頁16行~23行)と判断したことは誤りである。

すなわち,確かに引用例(刊行物1)には上記の記載があるが,そこに記載された効果は,審決の摘記1-hに記載されているように,上塗のディスパージョン型フッ素樹脂塗料のフッ素樹脂と下塗のフッ素樹脂粉末入セラミック層との相乗効果により,強固な膜が形成されることにより奏される効果である。

一方,本件訂正発明1の効果は,インク顔料の突出により耐傷性,耐磨耗性を向上させているものであり,引用発明1とは明らかに相違しているから,上記(ア)の効果は予測できる範囲のものとはいえない。

イ 取消事由2(本件訂正発明2~6についての判断の誤り)

本件訂正発明1については,上記したように特許の登録要件を満たすものであるから,本件訂正発明1に従属する本件訂正発明2~6についても,同様に特許の登録要件を満たすものである。

したがって,審決が,本件訂正発明2~6について,引用発明及び周知慣用技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項により特許を受けることができないと判断した(35頁2行~37頁15行)ことは,いずれも誤りである。

ウ 取消事由3(本件訂正発明8~10についての判断の誤り)

(ア) 審決が,【本件訂正発明8について】の「ウ 相違点(iii’)について」において,「…引用発明3の表面の状態について,刊行物1の第8図を参酌すると(摘記1-k),表面が不規則な凹凸であることは明らかである。してみると,霜降り状に塗布して得られる無機顔料を含有するディスパージョン系のフッ素樹脂の液状塗料からなる表面は,下塗装膜と顔料の不連続コーティング層が表面に不規則な凹凸状に形成されたものであるから,実質的な相違点とはならない。また,上記「イ 相違点(ii’)について」で述べたように,引用発明3における「霜降り状に塗布」する方法に,噴霧器で一回以上噴射して斑点状に塗布する方法が包含されていると解すれば,本件訂正発明8と引用発明3とは,同一の方法により得られていることから,当然に,得られたものも同一となるといえる。」(41頁10行~20行)と判断したことは誤りである。

その理由は,取消事由1の本件訂正発明1の相違点(Ⅲ)についての認定・判断の誤りにおいて述べたところと同一である。なお,「引用発明3の表面の状態について,刊行物1の第8図を参酌すると(摘記1-k),表面が不規則な凹凸であることは明らかである」とあるが,刊行物1(引用例)の第8図においても,刊行物1の第1図Cと同様に,表面が不規則な凹凸であることは認めるが,上向きの突起の不連続な層でないことは明らかである。

したがって,審決が,「本件訂正発明8は,刊行物1に記載された発明及び慣用技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第1項第3号に該当し,又は同法同条第2項の規定により特許を受けることができない。」(41頁23行~26行)と判断したことは誤りであり,本件訂正発明8は特許の登録要件を満たす発明である。

(イ) 本件訂正発明8については,上記したように特許の登録要件を満たすものであるから,本件訂正発明8に従属する本件訂正発明9,10についても,同様に特許の登録要件を満たすものである。

したがって,審決が,本件訂正発明9,10について,引用発明及び周知慣用技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項により特許を受けることができないと判断した(41頁下10行~42頁22行)ことは,いずれも誤りである。

エ 取消事由4(請求人の主張に対する判断の誤り)

審決が,【被請求人の主張について】において「しかしながら,上記【効果について】で述べたように,刊行物1には,「本発明の場合,…(略)…耐摩耗性,金属ヘラの使える皮膜となっている」というように,引用発明においても,耐摩耗性及び耐傷性があるといえる。そして,本件訂正発明も引用発明もメカニズムはともかく,ともに傷がつきにくいという効果を奏する点で異なるものではなく,かつ,本件訂正発明において耐傷性の程度が格別であると認めるに足るものもない。そうすると,本件訂正発明の上記効果は,予測できない格別顕著な効果であるとはいえない。」(43頁12行~19行)と認定・判断したことは誤りである。

その理由は,取消事由1の本件訂正発明1の相違点(Ⅲ)(ウ)についての認定・判断の誤りにおいて述べたところと同一である。すなわち,本件訂正発明と引用発明では,耐傷性,耐傷性を発揮するための構成が全く異なるものであり,本件訂正発明の「インク顔料の突出により耐傷性を向上させる」との構成,効果は,引用発明には一切開示されていない。したがって,本件訂正発明の上記効果は,予測できない格別顕著な効果であるといえる。

2  請求原因に対する認否

請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。

3  被告の反論

(1)  取消事由1に対し

ア 本件特許の請求項1には「“ワンコーティング層(100)”と“インク顔料の不連続コーティング層(6)”が,表面に不規則な凹凸状に形成させた」と記載されているのみであり,ワンコーティング層と不連続コーティング層から形成される表面が不連続であることについては何ら記載がない。また,原告は,本件訂正発明1の表面コーティング層が“不連続”でなければならない理由として,本件特許の明細書の段落[0027]に「インク顔料の不連続コーティング層が上向きに充分に突出している」と記載されている点を指摘するが,これは,単に不連続コーティング層が不連続であることを意味しているにすぎず,最終的に得られる表面コーティング層の表面状態までもが“不連続”でなければならないことを意味するものではない。本件訂正発明1において,最終的に得られる表面コーティング層の表面状態は,不連続コーティング層のみから形成されるのではなく,ワンコーティング層と不連続コーティング層の2層から形成される。このことは,本件訂正明細書の段落[0033]において「図1に示すように,…前記インク顔料によって不規則な模様の凹凸状の不連続コーティング層6をセラミックコーティング層のワンコーティング層とともに形成する」と記載されていることから明らかである。

したがって,本件訂正発明1において,ワンコーティング層と不連続コーティング層とから形成される表面コーティング層の表面状態は,“不規則な凹凸状”であれば足り,“不連続”であることは要件ではない。

また,引用発明1では,液状塗料を“霜降り状に塗布”した表面コーティング層は,塗布時のみならず焼成後においても「霜降り状」であるので(引用例5頁10欄28行~33行),その表面状態が「霜の降りたように白い斑点が“不連続”に散らばっている模様」,すなわち,本件訂正発明1と同じ「不規則な凹凸状」を形成していることは自明である。

さらに,仮に,本件訂正発明1の表面コーティング層が“不連続”でなければならないとしても,本件訂正発明1のコーティング液の塗布条件には引用発明1と同じ粘度の液状塗料を用いた同じ塗布密度による塗布条件が含まれているので,最終的に得られる引用発明1の表面コーティング層は,当然に本件訂正発明1と同じ,斑点状に塗布した塗膜が下塗装膜層の所々を露出するように分布している上向きに突出した“不連続な”凹凸層を含んでいる。

原告は,引用発明1では焼結後は引用例第1図Cの状態になるのであって,凹凸状ではあるものの不連続な層であるとはいえない旨主張するが,第1図Cのような表面コーティング層の断面図を観察するのみでは,原告が主張するような斑点状に塗布した塗膜が下塗装膜層の所々を露出するように分布している“不連続な状態”であるのか,又は斑点状に塗布した塗膜が下塗装膜層を露出しないように分布している“連続な状態(不連続でない状態)”であるのかを識別することはできない。また,仮に断面図のみから表面コーティング層の表面状態を識別判断するのであれば,明らかに連続な層とはいえない引用例の第1図Dも参照すべきである。

また,原告は,本件訂正発明1のインク顔料の不連続コーティング層は,インク顔料の“粒子”が上向きに突出して不連続層を形成していることは明らかである旨を主張するが,一般に顔料の粒子径は,0.01~1μm又は0.05~1μm程度であるので,全コーティング層の厚みが20~40μm以上(甲20,段落[0028]参照)であるとされる本件訂正発明1において,インク顔料の粒子のみが表面コーティング層から突出して不連続に並び凹凸層を形成しているとは考えられない(乙1,2)。

イ 本件特許の請求項1には,耐熱塗料が塗布されたワンコーティング層に対し,インク顔料を含むコーティング液を噴霧器で一回以上噴射して前記インク顔料を斑点状に塗布することにより,不規則な凹凸状の表面を有する,ワンコーティング層と不連続コーティング層からなるコーティング層を形成することのみが記載されているのであって,加熱工程等の他の製造条件については何ら記載されていない。そうすると,本件訂正発明1の加熱工程等の条件には,当然に引用発明1と同じ加熱工程等の条件が含まれている。

仮に,本件訂正発明1と引用発明1の具体的な加熱工程等の条件を考慮するとしても,下塗装膜層がワンコーティング層ではなくスリーコーティング層である違いがあるものの,本件訂正発明1と同じ不連続コーティング層の加熱工程等の条件は405~415℃×20分(甲20,段落[0044])であり,引用発明1の液状塗料の加熱工程等の条件は380~420℃×20~30分(甲1,3頁6欄17行~23行)であるので,両発明の加熱工程等の条件は405~415℃×20分の範囲で共通する。

ウ 本件訂正発明1では,本件訂正明細書の段落[0048]の記載からみて,下塗装膜層が湿った状態でその上に液状塗料を噴霧して不連続コーティング層を形成することが許容されている。したがって,本件訂正発明1の不規則な凹凸状の表面コーティング層は,不連続コーティング層単独で得られるのではなく,混合溶融状態にある下塗装膜層と不連続コーティング層が凝固又は焼結等により相互に強固に結合することにより得られる。すなわち,本件訂正発明1の耐傷性,耐摩耗性を向上させるという(ア)の効果は,不連続コーティング層の突出のみならず,下塗装膜層と不連続コーティング層が相互に強力に結合して強固な膜を形成するという相乗効果によっても発揮されている。

また,引用発明1の表面コーティング層が上向きに突出した“不連続な”凹凸層を含んでいることは,前述したとおりであり,本件訂正発明1と引用発明1の表面コーティング層は,上向きに突出した“不連続な”凹凸層を有することによっても耐傷性,耐摩耗性を発揮している点で共通する。

したがって,本件訂正発明1の耐傷性,耐摩耗性を向上させるという(ア)の効果は,予測できる範囲のものであるといえる。

(2)  取消事由2に対し

原告の主張によれば,本件訂正発明2~6について独自の構成要件等についての争いはないから,本件訂正発明2~6についての取消事由2は,実質的に本件訂正発明1についての取消事由1と同じである。そして,原告主張の取消事由1に理由がないことは,前述したとおりである。

(3)  取消事由3に対し

本件訂正発明8は,下塗装膜層がワンコーティング層ではなくスリーコーティング層である違いがあるものの,本件訂正発明1と同じ表面コーティング層を有するものである。そして,本件訂正発明8の表面コーティング層は,本件訂正発明1の取消事由1で述べたのと同じ理由により,引用発明3の表面コーティング層と実質的に相違する点がない。

また,本件訂正発明8の耐傷性,耐摩耗性効果は,本件訂正発明1の取消事由1で述べたのと同じ理由により,引用発明3と同じ態様によって発揮されているから,本件訂正発明8の耐傷性,耐摩耗性を向上させるという(ア)の効果は,予測できる範囲のものである。

したがって,本件訂正発明1の取消事由1で述べたのと同じ理由により,本件訂正発明8は,引用発明3であるか,引用発明3及び慣用技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

さらに,原告の主張によれば,本件訂正発明9,10について独自の構成要件等についての争いはないから,本件訂正発明9,10についての取消事由は,実質的に本件訂正発明8についての取消事由と同じである。そして,原告主張の本件訂正発明8についての取消事由に理由がないことは,前述したとおりである。

(4)  取消事由4に対し

本件訂正発明1についての取消事由1と同様に,本件訂正発明の耐傷性,耐摩耗性効果は,上向きに突出した凹凸層を形成することのみならず,引用発明と同じ,焼結など下塗装膜層と不連続コーティング層が相互に強力に結合して強固な膜を形成するという相乗効果によっても発揮されており,そのため本件訂正発明の耐傷性,耐摩耗性効果は,引用発明と同じ態様によって発揮されている。

第4当裁判所の判断

1  請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。

なお,上記(3)(審決の内容)において認定した本件訂正発明1と引用発明1との一致点及び相違点(Ⅰ)~(Ⅲ)並びに審決における相違点(Ⅰ)及び(Ⅱ)についての判断も,当事者間に争いがない。

2  本件訂正発明の意義

(1)  本件訂正後の特許請求の範囲請求項1~10(請求項7は除く。)の記載は,前記第3,1(2)のとおりである。また,本件訂正明細書(甲20)の【発明の詳細な説明】及び本件公報(甲19)の図面には,以下の記載がある。

・ 【技術分野】

「本発明はワンコーティング層またはスリーコーティング層の表面にインク顔料を噴射して斑点状のコーティング層を形成した器具,および前記器具に塗布されるコーティング層の形成方法に係り,より詳しくは,セラミック塗料または耐熱塗料またはフッ素樹脂塗料のいずれ一つを器具の表面に塗布して形成されるワンコーティング層上に,インク顔料を斑点状に塗布して不規則な凹凸状の不連続コーティング層を形成した器具…に関するものである。」(甲20,段落【0001】)

・ 【背景技術】

「表面をコートする必要がある一般的な器具の殆どはアルミニウムのような金属材からなる。以前は金属材のみからなった器具を使用していたが,このような金属材のみの器具は,厨房用器具の場合,飲食物のようなものを調理するとき,またはその以外の場合に,前記器具の表面が掻かれるなどの問題が発生する。これを防止するため,コーティング液を表面に塗布してコーティング層を前記表面に形成した器具が開発されて以来,多様な種類のコーティング液を塗布してなった多様な形態のコーティング層が表面に形成された器具が登場することになった。」(甲20,段落【0002】)

・ 「そのなかでも,器具の表面にプライマーコート(primer coat),ミッドコート(mid coat)およびトップコート(top coat)が順に積層されてコーティング層を形成している,いわゆるスリーコーティング(three coating)が普遍的に器具に適用されている。図3に示すように,最近では,一歩進んで,器具10に形成されたプライマーコート20またはミッドコート30が部分的に乾燥しているかまたは湿った状態で,相違したスパッターインクを塗布して,連続的な小さな球形体からなる不連続コート60を形成し,その上にトップコート40を塗布することにより,前記不連続コートがスリーコーティング層50を多色で多様に表現するとともに,その自体が少し突出して,器具の表面が掻かれることも防止するコーティング層が開発された。このような器具は厨房器具に代表的に適用されている。」(甲20,段落【0003】)

・ 「しかし,このような形態のコーティングにおいて,スリーコーティング層に不連続コートを適用する主目的は,反射性顔料によっては容易には得られない色表現が可能な器具を提供することにあるので,前記のように,不連続コートがプライマーコートとミッドコートとの間に,またはミッドコードとトップコーとの間に塗布される形態においては,前記トップコートが不連続コートを完全に覆ってしまうから,表面のコーティング層がほぼ平坦な面をなすため,耐傷性をはっきりと発揮することができない問題があった。」(甲20,段落【0004】)

・ 「また,前記のような方式でスリーコーティング層に不連続コートを形成すると,図3に示すように,例えば厨房器具の場合,あまり広くない表面積(飲食物が触れる部位)を形成することになるので,飲食物を調理する時,熱伝逹が均一でなくなり,飲食物が正常に調理されない問題もあった。」(甲20,段落【0005】)

・ 【発明が解決しようとする課題】

「本発明は前記のようなコーティング層が形成された器具の問題点を改善するためになされたもので,器具表面の耐傷性および耐磨耗性をより確実に発揮し,熱伝逹が均一になるようにし,乱反射による光沢效果をより確実に発揮するように,セラミック塗料または耐熱塗料またはフッ素樹脂塗料のいずれか一つを塗布し,すなわち器具の表面に形成されるワンコーティング層上にインク顔料を斑点状に塗布して不連続コーティング層を形成するか,あるいはスリーコーティング層のトップコート上に,またはトップコートがない場合は,ミッドコート上にインク顔料を斑点状に塗布して不規則的な凹凸状の不連続コーティング層を前記トップコートまたはミッドコートとともに表面のコーティング層として形成した器具…を提供することが目的である。」(甲20,段落【0006】)

・ 【発明の効果】

「以上のような目的および構成を有する本発明によるワンコーティング層またはスリーコーティング層にインク顔料を塗布した器具,および器具のコーティング層形成方法によれば,スリーコーティング層のトップコート上に噴射されて斑点状に塗布されたインク顔料の不連続コーティング層が上向きに充分に突出しているので,例えば調理器具に適用する場合,スクラッチ(scratch)現象に耐える耐傷性および耐磨耗性が向上し,これにより疵が発生しなくなり,よって使用後の器具の掃除も容易になる。」(甲20,段落【0027】)

・ 「特に,調理器具の場合,飲食物が触れる表面積が,他の器具に比べて相対的に増加して熱伝逹が均一になるので,飲食物を均等に煮ておいしく調理することができる效果もある。」(甲20,段落【0029】)

・ 「さらに,セラミックコーティング層または耐熱コーティング層またはフッ素樹脂コーティング層のワンコーティング層,またはトップコート上で直接反射する不連続コーティング層による光沢效果によって,デザインが高級で美麗な器具を提供することができる利点もある。」(甲20,段落【0030】)

・ 【発明を実施するための最良の形態】

「図1に示すように,セラミック塗料を器具1の表面に塗布してセラミックコーティング層のワンコーティング層100を形成し,前記セラミックコーティング層のワンコーティング層100上に,セラミック塗料などの,前記ワンコーティング層と同種または異種のインク顔料を含むコーティング液を噴射器で斑点状に塗布して,前記インク顔料によって不規則な模様の凹凸状の不連続コーティング層6をセラミックコーティング層のワンコーティング層とともに形成する。」(甲20,段落【0033】)

・ 「一方,図2に示すように,器具1の表面にプライマーコート201,ミットコート202およびトップコート203が順に塗布され積層されてスリーコーティング200層が形成され,前記スリーコーティング層の最上部であるトップコート203上に噴射器でインク顔料を斑点状に塗布して,前記インク顔料でトップコートと共に不規則な模様の凹凸状の不連続コーティング層を形成する。」(甲20,段落【0034】)

・ 「前記セラミックコーティング層のワンコーティング層100上に,またはスリーコーティング層200のトップコート203上に斑点状に形成されたインク顔料の不連続コーティング層が上向きに突出している。図面の拡大断面図は,セラミックコーティング層のワンコーティング層,またはスリーコーティング層を含んだインク顔料の不連続コーティング層を拡大して示したものであるが,実際には前記セラミックコーティング層のコート厚さと突出するインク顔料の不連続コーティング層厚さの和は10μm前後となる。」(甲20,段落【0035】)

・ 「また,前記セラミックコーティング層または耐熱コーティング層またはフッ素樹脂コーティング層の一つであるワンコーティング層上に分散されて斑点状に塗布されるインク顔料としては,前記ワンコーティング層を形成するために塗布されるセラミック塗料または耐熱塗料またはフッ素樹脂塗料と同一種類ないし類似の色相を有する顔料を使用するが,必ずしもこれに限定されるものではなく,セラミック塗料または耐熱塗料またはフッ素樹脂塗料と違う種類または色相の顔料を使うこともでき,必要によって,多数回インク顔料を塗布する場合,塗布されるインク顔料ごとに違う色相を持たせることにより,斑点状の模様が単色でない多様な色相を有するようにすることもできる。」(甲20,段落【0040】)

・ 「まず,第1段階で,コーティング対象器具の表面に,微細なエンボスを無数に形成するサンドブラスティング(sand blasting)処理を行うことでその表面積を増大させ,第2段階で,前記サンドブラスティング処理された器具の表面をきれいに洗浄し,第3段階で,サンドブラスティング処理されて洗浄された器具の表面にワンコーティング層,またはスリーコーティング層を形成する。すなわち,セラミック塗料または耐熱塗料またはフッ素樹脂塗料の内から選択した一つの塗料を15~25μm厚さに塗布してセラミックコーティング層または耐熱コーティング層またはフッ素樹脂コーティング層の一つであるワンコーティング層を形成した後,100~150℃で10~15分間熱処理するか,あるいはプライマーコーティング液を10~12μm厚さに塗布してプライマーコートを形成した後,200℃で15分間乾燥し,第4段階で,器具の表面に塗布されたプライマーコート上にミッドコーティング液を10~12μm厚さに塗布してミッドコートを形成し,第5段階で,前記ミッドコートが全く乾燥する前にトップコーティング液を8~12μm厚さに塗布してトップコートを形成した後,300~350℃で15分間乾燥することにより,スリーコーティング層を完成することになる。その次の段階で,ワンコーティング層またはスリーコーティング層の乾燥したトップコート上にインク顔料を含むコーティング液を噴射して斑点状の不規則模様の凹凸状不連続コーティング層を形成した後,405~415℃で20分間熱処理することになる。」(甲20,段落【0044】)

・ 「また,前記コーティング層の形成方法においては,ミッドコートまたはトップコートが乾燥した状態で不連続コーティング層を形成しているが,必ずしもこれに限定されるものではなく,場合によっては,前記ミッドコートまたは前記トップコートが湿った状態で不連続コーティング層を形成することもできる。このような方法を適用すると,不連続コーティング層の大きさ,すなわち斑点状の突起大きさが,乾燥した状態で塗布したものより小さくなるので,前記不連続コーティング層の大きさ調節のために適用することができる。」(甲20,段落【0046】)

・ 「また,前記コーティング層の形成方法においては,セラミックコーティング層または耐熱コーティング層またはフッ素樹脂コーティング層のワンコーティング層が乾燥した状態で不連続コーティング層を形成することにより,器具の表面をもっと突出させるが,必ずしもこれに限定されるものではなく,場合によっては,前記セラミックコーティング層または耐熱コーティング層またはフッ素樹脂コーティング層のワンコーティング層が湿った状態で不連続コーティング層を形成することもできる。このような方法を適用すると,不連続コーティング層の大きさ,すなわち斑点状の突起の大きさが,乾燥した状態で塗布してなるものより低くなるので,前記不連続コーティング層の大きさを調節するために適用され,このように湿った状態,つまり湿った状態で斑点状に塗布した場合には,結果として斑点状突起の突出程度が低くなる。」(甲20,段落【0048】)

・ 「また,前記のような方法でコーティング層を形成すると,厨房器具の場合,図1および図2に示すように,飲食物の触れる表面積が他の場合に比べて一層増加して,飲食物への熱伝逹が均一で活発になされるので,飲食物が均等に調理できる。一方,トップコートが不連続コーティング層を覆っている従来の場合には,前記トップコートで遮られた状態で不連続コーティング層の反射がなされて光沢效果の発揮が不十分であるが,本発明においては…耐熱コーティング層…であるワンコーティング層,またはトップコート上で不連続コーティング層の反射がなされるので,光沢效果をより確実に発揮することができるものである。」(甲20,段落【0050】)

・ 【図1】(甲19)

・ 【図2】(甲19)

file_2.jpgfile_3.jpg(2)  上記(1)の記載によれば,従来,コーティング液を表面に塗布してコーティング層を前記表面に形成した厨房用の器具などは,飲食物の調理などに際して器具の表面が掻かれるなどの問題が生じるため,連続的な小さな球形体からなる不連続コートの上にトップコートが塗布されていたが,不連続コートがプライマーコートとミッドコートとの間に又はミッドコードとトップコートとの間に塗布される形態であると,トップコートが不連続コートを完全に覆ってしまって表面のコーティング層がほぼ平坦な面をなすために,耐傷性を発揮することができず,また,飲食物に触れる表面積が相対的に小さくなるので飲食物への熱伝逹が均一でなく,さらに,乱反射による光沢効果を確実に発揮できないという問題点を有していた。

そこで,本件訂正発明は,上記問題点を解決するべく,ワンコーティング層上にインク顔料を斑点状に塗布して前記ワンコーティング層と前記インク顔料の不連続コーティング層が表面に不規則な凹凸状に形成されるようにする(本件訂正発明1)か,あるいは,スリーコーティング層のトップコート上にインク顔料を斑点状に塗布して前記トップコートと前記インク顔料の不連続コーティング層が表面に不規則な凹凸状に形成させるようにする(本件訂正発明8)ことを課題解決手段とすること,つまり,インク顔料を斑点状に塗布して形成された不連続コーティング層が上向きに充分に突出した構成とすることで,器具表面の耐傷性及び耐磨耗性をより確実に発揮し,熱伝逹が均一になるようにし,さらに,乱反射による光沢效果をより確実に発揮させる器具を提供したものである。

3  引用発明の意義

(1)  一方,引用例(甲1)には,以下の記載がある。

・ 【請求項2】

「高温調理機器の調理面あるいは加熱室壁面等の基材上に形成される皮膜であって,主成分であるポリチタノカルボシランワニス,耐熱顔料に,フッ素樹脂粉末を添加して有機溶剤で液状にした塗料で下塗装膜層を,基材上に塗布形成した後に,この下塗装膜層を,室温乾燥あるいは強制乾燥によって,有機溶剤を揮発させ或いは半焼成状態にし,この下塗装膜層の上に,ディスパージョン系のフッ素樹脂の液状塗料を,霜降り状或いは薄く連続して塗布形成して焼結する高温調理機器用皮膜の形成方法」。

<技術分野>

・ 「この発明は,電子レンジやオーブントースターなどの加熱室の壁面,ホットプレートや調理鍋等の加熱調理面の基材の上に形成される皮膜の構造及びこの皮膜の形成方法に関する。」(1頁2欄7~10行)

<作用>

・ 「上記皮膜は,下塗装膜層にフッ素樹脂粉末が含有されてセラミック層となり,この下塗装膜層が室温乾燥或いは半焼成状態で形成された上に上記ディスパージョン系のフッ素樹脂の液状塗料を塗布するので,セラミック層とフッ素樹脂皮膜との結合が強くなる。又,フッ素樹脂皮膜は下地のセラミック皮膜層にフッ素樹脂が含有されていることにより,なじみが良く,非粘着性を確実なものとする。」(3頁5欄30行~37行)

<実施例>

・ 「第1図Aは焼成前,第1図B乃至第1図Dは焼結後の断面を示している。まず,第1図Aを参照して,基板32の上に塗料42が10~40ミクロン仕上げになるようにスプレー塗布される。塗料42としては,ポリチタノカルボシラン(たとえば宇部興産株式会社製のチラノコート)を結合剤とした有機溶剤ワニス中に,高温に耐えるFe,Co,Mn,Cr等の金属酸化物または複合酸化物の耐熱顔料,フッ素樹脂粉末(ヘキストジャパン株式会社のフォスタフロン♯9205),増粘剤,シリコンオイルおよび有機溶剤を混合してなるものを使用した。…次に,150℃20分の予備乾燥後,或は,室温乾燥後,ディスパージョン型四フッ化エタノン樹脂のフッ素樹脂の液状塗料(例えば,ダイキン工業株式会社の商標“シルクウエア”黒色系)を薄く,霜降り状或は薄く連続して塗布し,室温乾燥或は150℃20分の予備乾燥を経て,380~420℃の温度で20~30分焼結すると,第1図B或いは第1図Cに示す塗膜が形成される。第1図Bは,連続したディスパージョン型四フッ化エタノン樹脂塗料を薄く塗布したとき,第1図Cは,霜降り状に薄く塗布して仕上げた場合の成膜断面構成図である。」(3頁5欄43行~6欄27行)

・ 「実施例1

前述の一般的配合割合において,フッ素樹脂粉末(ヘキストジャパン社製ホスタフロン♯9205)を3,6,8,15,20重量%と変化させて,塗料50を形成した。…フッ素樹脂粉末を含む塗料50を,…10~40ミクロン仕上げになるように塗布した。塗布方法は第2図に示すとおりである。すなわち,基材32の上に塗料50を吹付けて,常乾又は150℃20分の予備乾燥で,溶剤分を揮発させたのち,四フツ化エチレン樹脂のディスパージョン型液体塗料43を薄く霜降り状,或は,薄く連続して塗布する方法である。…次に,150℃で20分間予備乾燥を行なった後,焼付け硬化を380~420℃で20分間行なった。」(4頁7欄43行~8欄9行)

・ 「実施例7

第8図を参照して,基材32の調理面を400℃でオイル焼きした後,ショットブラストして凹凸をつけた。得られた粗面54を清掃,清浄した後,粗面54上にセラミック質のアルミナ-チタニア56を溶射した。その後,ポリチタノカルボシランを結合剤にしたアルミニウム粉を混合したシルバー色の耐熱プライマ塗料58を3~5ミクロン仕上げになるように塗布した。その後室温で乾燥し,溶剤揮発させた後,フッ素樹脂を含まない塗料52を10~15ミクロン仕上げになるように塗布した。その後,室温で乾燥し,フッ素樹脂を8~15重量%含む塗料50を10~30ミクロン仕上げになるように塗布し,室温で乾燥又は,150℃20分の強制乾燥で,有機溶剤分を揮発させた後,四フッ化エチレン樹脂のディスパージョン型液体塗料43を薄く,霜降り状或は,薄く連続して塗布し,150℃20分の予備乾燥を経て,380~420℃の温度で,20~30分間焼付硬化を行なった。」(5頁9欄33行~49行)

<発明の効果>

・ 「以上説明したとおり,本発明の皮膜構造によれば,最上層部に非粘着性を呈する樹脂からなる非粘着性脂(フッ素樹脂)層が,従来法(時として,セラミック層内部にフッ素粉末が多く埋没する)に比べ,確実に表層に霜降り状或いは連続して形成されるので,非粘着性において,バラツキを生じない。又,塗装する設備の違いによる大差も生じない。」(5頁10欄28行~34行)

・ 「金属,ホーロー仕上げ,セラミック,陶器,磁器などの硬質で,鋭角な傷付きを起こし易い調理器具,食器などが,たびたび接触しても,ハクリの起こさない皮膜構造は,前記したフッ素樹脂粉末を添加したセラミック塗装膜が下にしたことが必須の条件であり,さらに,上塗のディスパージョン型フッ素樹脂塗料の吹付膜が厚くなると,フッ素樹脂本来の柔軟な性質がでて,鋭利な金属ヘラや,ホーロートレイの接触で高温~室温条件でハクリ,傷付きを起こしてしまう。本発明の場合,10μ以下の霜降り状或は連続膜にしているので,下塗のフッ素樹脂粉末入セラミック層との相乗効果で,フッ素樹脂本来の欠点がカバーでき,耐摩耗性,金属ヘラの使える皮膜となっているので,電子レンジオーブン調理が高温でも,トレイの出し入れで,皮膜がハクリしない。又,ホットプレートで調理を行い,金属ヘラを用いても,ハクリを起こさないことが判明した。」(6頁11欄4~19行)

・ 【第1図C】

・ 【第8図】

file_4.jpgfile_5.jpg(2)  上記(1)の記載によれば,審決にいう引用発明1は前記第3,1(3)イ記載のとおりであると認められる(当事者間に争いもない。)が,上記引用例(甲1)の「…本発明の皮膜構造によれば,最上層部に非粘着性を呈する樹脂からなる非粘着性脂(フッ素樹脂)層が,…確実に表層に霜降り状或いは連続して形成されるので,非粘着性において,バラツキを生じない。」(5頁10欄28行~33行)との記載及び,「…本発明の場合,10μ以下の霜降り状或は連続膜にしているので,下塗のフッ素樹脂粉末入セラミック層との相乗効果で,フッ素樹脂本来の欠点がカバーでき,耐摩耗性,金属ヘラの使える皮膜となっているので,電子レンジオーブン調理が高温でも,トレイの出し入れで,皮膜がハクリしない。」(6頁11欄12行~17行)との記載によれば,引用発明1の高温調理機器(器具)の表面形状には,焼結後においても霜降り状に皮膜が形成されているので非粘着性や皮膜の剥離防止等において確実な効果を有することが開示されていると認められるから,引用発明1は,より技術的に正確には,下記のとおりのものであると認められる。

「主成分であるポリチタノカルボシランワニス,耐熱顔料に,フッ素樹脂粉末を添加して有機溶剤で液状にした塗料で下塗装膜層を,高温調理機器の調理表面上に塗布形成した後に,この下塗装膜層の上に,無機顔料を含有するディスパージョン系のフッ素樹脂の液状塗料を,霜降り状に塗布形成して焼結することで得られる霜降り状に形成された皮膜を有する高温調理機器」(下線部は付加部分)

4  取消事由の主張に対する判断

(1)  取消事由1(相違点(Ⅲ)についての判断の誤り)について

ア 原告は,本件訂正発明1は,「不連続コーティング層(6)」を有するものであり,本件公報の図1にも明確に不連続状態のコーティング層が示され,また,本件訂正明細書の段落[0006],段落[0027]及び段落[0050]の記載からみても,本件訂正発明1のインク顔料の不連続コーティング層が,インク顔料の粒子が上向きに突出して不連続層を形成していることは明らかである旨主張する。

しかしながら,本件訂正発明1のインク顔料の不連続コーティング層は,原告主張のようにインク顔料の粒子が上向きに突出して不連続層を形成しているのではなく,インク顔料を斑点状にワンコーティング層上に塗布することにより,表面に形成されたインク顔料の集合体からなる塗布膜が,島状に散らばって形成された不連続なコーティング層となり,表面に不規則な凹凸状を形成したものであることが認められる。

なぜなら,まず,本件訂正発明1の特許請求の範囲の記載は,「インク顔料を含むコーティング液を噴霧器で一回以上噴射して前記インク顔料を斑点状に塗布し,前記ワンコーティング層(100)と前記インク顔料の不連続コーティング層(6)が表面に不規則な凹凸状に形成され」るものであり,インク顔料を含むコーティング液を噴霧器で噴射して塗布して形成されるコーティング層が,インク顔料の個々の粒子として不連続となるものでないことは技術上明らかであるし,文言上も,コーティング層が不連続とされるのであってインク顔料の粒子が不連続とされるものでもない。また,本件訂正明細書(甲20)においても,前記2(1)記載のとおり,インク顔料を斑点状に塗布することにより不連続なコーティング層(個々のインク顔料の粒子ではない。)が形成されることが開示され,その実施例の形成方法でも,「ワンコーティング層…にインク顔料を含むコーティング液を噴射して斑点状の不規則模様の凹凸状不連続コーティング層を形成した後,405~415℃で20分間熱処理することになる。」(段落【0044】)とされるから,その熱処理後のコーティング層は,インク顔料の集合体からなる塗布膜が島状に散らばって不連続な層を形成することが明らかである。原告は,本件公報の図1を参照してインク顔料の粒子が離散的に分布している旨主張するところ,同図の表面拡大図のワンコーティング層(100)上において不連続コーティング層(6)とされる複数の円状の個体が何を意味するのが技術的には必ずしも明らかではないが,上記の特許請求の範囲の記載及び本件訂正明細書の記載からみて,インク顔料の粒子が不連続層を形成しているものでないことは,前述したとおりであり,原告の主張を採用することはできない。

イ 次に,原告は,引用発明1では,無機顔料を含有するディスパージョン系のフッ素樹脂の液状塗料を霜降り状に塗布,すなわち不連続に塗布するものであるが,その後焼結するという工程を経て最終塗膜を得ているから,焼結前に上記液状塗料を霜降り状(不連続状)に塗布しているものの,焼結後は引用例(甲1)6頁第1図Cの状態になるのであって,この状態は不連続な層であるとはいえないと主張する。

しかしながら,引用発明1においては,熱処理(焼結)の前において液状塗料が「霜降り状に塗布形成」されるだけでなく,前記3(2)記載のとおり,引用発明の効果として,焼結後においてもその表面形状に霜降り状に皮膜が形成されているので,非粘着性や皮膜の剥離防止等において確実な効果を有することが明細書中に明示されている。引用例6頁第1図Cは,焼結後の皮膜構造の断面図であり,皮膜が形成されている部分の断面図の一例と解することができるから,同図に皮膜の霜降り状態(不連続状態)が開示されていないからといって,前記のとおり,明細書中に開示された焼結後の表面に霜降り状に皮膜が形成されているという技術事項が否定されるものではない。したがって,原告の主張を採用することはできない。

そして,「霜降り」とは「霜の降りたように,白い斑点が散らばっている模様」(広辞苑第4版。甲11)を意味するから,引用発明1において,下塗装膜層の上に顔料を含有する液状塗料を「霜降り状に塗布形成」した状態とは,下塗装膜層の上に液状塗料の斑点が散らばったように塗布形成されてなる状態と解され,下塗装膜層と顔料の不連続コーティング層が表面に形成されてなる状態であるということができる。さらに,下塗装膜層(表面)上に不連続コーティング層が形成されている状態は,断面方向からみれば,下塗装膜層と不連続コーティング層が表面に不規則な凹凸状に形成された状態であるということもできる。

そうすると,引用発明1は,下塗装膜層と顔料の不連続コーティング層が表面に不規則な凹凸状に形成された構成を有していると認められ,本件訂正発明1との間に実質的な相違はないことになる。したがって,審決が相違点(iii)について実質的な相違点でないとした判断に誤りはない。

ウ また,原告は,審決が「本件訂正発明1と引用発明1とは,同一の製造方法により得られていることから,当然に,得られたものは同一といえる。」(33頁下3行~下1行)と判断したことについて,仮に,斑点状に塗布(本件訂正発明1)する工程と,霜降り状に塗布(引用発明1)する工程までが同一であるとしても,その後の加熱工程等が同一か否かは不明であり,本件訂正発明1では最終生成物として上向きに突出した不連続な凹凸の層が形成され,引用発明1では表面は凹凸であるが連続した薄い膜が形成されているから,上記審決の判断は誤りであると主張する。

しかしながら,本件訂正発明1は,塗布工程後の加熱工程等を特定するものではないから,この点をもって引用発明1との相違点とすることはできない。また,引用発明1の表面に形成されるコーティング層が霜降り状の不連続なものであることは,前記イで述べたとおりである。したがって,原告の主張は前提において誤りがあり,これを採用することはできない。

エ さらに,原告は,本件訂正発明1の効果として,審決が,「しかしながら,刊行物1には「本発明の場合,10μ以下の霜降り状或いは連続膜にしているので,…(略)…耐摩耗性,金属ヘラの使える皮膜となっているので,電子レンジオーブン調理が高温でも,トレイの出し入れで,皮膜がハクリしない。又,ホットプレートで調理を行い,金属ヘラを用いても,ハクリを起こさないことが判明した。」及び「本発明の皮膜構造は,それを上回わる完全なものとなり,焦げ付き付着物が完全にとれて,付着物のあとシミ,汚れが目立たなくなった。」と記載されていることから(摘記1-h),上記(ア)の効果は予測できる範囲のものであるといえる。」(34頁16行~23行)と判断したことについて,引用例(刊行物1)に記載された効果は,上塗のディスパージョン型フッ素樹脂塗料のフッ素樹脂と下塗のフッ素樹脂粉末入セラミック層との相乗効果により強固な膜が形成されることにより奏されるものであるのに対し,本件訂正発明1の効果は,インク顔料の突出により耐傷性,耐磨耗性を向上させているものであり,引用発明1とは明らかに相違しており,「上記(ア)の効果」は予測できる範囲のものとはいえないから,審決の判断は誤りであると主張する。

しかしながら,原告は,審決における本件訂正発明1と引用発明1との相違点(i)及び(ii)についての判断を争っておらず,上記ア~ウで説示したように,相違点(iii)についての審決の判断に誤りはない。そうすると,本件訂正発明1は,引用発明1と同一ということになるから(新規性の欠如),引用発明1は当然,本件訂正発明1と同等の効果を奏すると解され,したがって,原告主張のように本件訂正発明1の効果が予測できる範囲のものといえるかどうかは新規性(特許法29条1項3号)を否定する根拠とはならない。しかも,本件訂正発明1の効果は,インク顔料の不連続コーティング層が表面に不規則な凹凸状を形成することによって奏するものであり,インク顔料の粒子が突出して不連続層を形成していることによるものでないことは,前記アのとおりであるから,この点においても原告の主張は失当であり,いずれにしても原告の上記主張を採用する余地はない。

(2)  取消事由2(本件訂正発明2~6についての判断の誤り)について

原告は,本件訂正発明1について上記の取消事由1を主張し,特許の登録要件を満たすものであるから,本件訂正発明1に従属する本件訂正発明2~6についても同様に特許の登録要件を満たすと主張するのみであり,本件訂正発明2~6について独自の取消事由を主張するものではない。

そして,取消事由1に理由がないことは,前記(1)のとおりであるから,原告主張の取消事由2も理由がないことに帰する。

(3)  取消事由3(本件訂正発明8~10についての判断の誤り)について

ア 原告は,審決の【本件訂正発明8について】の「ウ 相違点(iii’)について」における判断 (41頁7行~26行)を争うが,その理由は,取消事由1の本件訂正発明1の相違点(Ⅲ)についての認定・判断の誤りにおいて述べたところと同一であると主張する。

そして,取消事由1に理由がないことは,前記(1)のとおりであるから,本件訂正発明8についての原告主張の取消事由3も理由がない(なお,引用例7頁第8図が,焼結後の皮膜構造の断面図であり,皮膜が形成されている部分の断面図の一例と解することができるから,同図に皮膜の霜降り状態(不連続状態)が開示されていないからといって,明細書中に開示された焼結後の表面形状に霜降り状に皮膜が形成されているという技術事項が否定されるものでないことは,引用例6頁第1図Cに関する前記説示と同様である。)。

イ 原告は,本件訂正発明8について,本件訂正発明1についての上記の取消事由1を主張し,本件訂正発明8に従属する本件訂正発明9,10についても特許の登録要件を満たすと主張するのみであり,本件訂正発明9,10について独自の取消事由を主張するものではない。

そして,取消事由1に理由がないことは,前記(1)のとおりであり,本件訂正発明8についての取消事由3は理由がないから,本件訂正発明9,10についての取消事由3も理由がない。

(4)  取消事由4(請求人の主張に対する判断の誤り)について

原告は,審決の【被請求人の主張について】における判断 (43頁12行~19行)を争うが,その理由は,取消事由1の本件訂正発明1の相違点(Ⅲ)についての認定・判断の誤りにおいて述べたところと同一であると主張する。

そして,取消事由1に理由がないことは,前記(1)のとおりであるから,原告主張の取消事由4も理由がない。

5  結論

以上によれば,原告の主張する取消事由は,いずれも理由がなく,本件訂正発明1及び8が引用発明と同一であるから特許法29条1項3号に該当し,本件訂正発明1ないし6及び8ないし10が引用発明及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから同法29条2項により特許を受けることができないとした審決の判断に誤りはない。

よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 清水節 裁判官 古谷健二郎)

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