知財高等裁判所 平成21年(行ケ)10267号 判決 2010年3月30日
原告
X
訴訟代理人弁護士
中村誠一
同
千川原公一
訴訟復代理人弁護士
近藤誠一
被告
有限会社ハーベイ・ボール・スマイル・リミテッド
訴訟代理人弁護士
仲村晋一
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が別紙「一覧表」の「審判請求事件番号」欄記載の各取消審判請求事件合計18件について平成21年5月8日にした審決を取り消す。
第2当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,別紙「一覧表」の①ないし⑱記載の各登録商標(以下「本件各商標」という。)の商標権者である(甲11の1~18)。別紙「一覧表」①及び②の各商標の構成については別紙「商標の構成図」(1)のとおりであり,同表③ないし⑪の各商標の構成は同図(2)のとおりであり,同表⑫~⑱の各商標の構成は同図(3)のとおりである。
被告は,平成19年11月28日,本件各商標について,商標法50条1項に基づく不使用を理由とする商標登録取消審判(別紙「一覧表」の「登録番号」欄の各審判)を請求し(以下,これらの請求を「本件各取消審判請求」という。),別紙「一覧表」の「予告登録日」記載のとおり,同年12月14日又は同月18日に,商標権取消審判の予告登録(以下「本件各予告登録」という。)がされた。
特許庁は,平成21年5月8日,本件各商標の登録を取り消す旨の審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,平成21年5月20日,原告に送達された。
2 審決の理由
審決の理由を要約すると,以下のとおりである(別紙審決書写し参照)。
(1) 本件各商標の不使用について正当な理由があるとはいえない。すなわち,被請求人(原告)は,①株式会社Z(以下「Z社」という。)が,被請求人の代理人スマイリー・ライセンシング・コーポレーション(以下「SLC社」という。)との間で本件各商標に係る専用使用権設定契約(以下「本件専用使用権設定契約」という。)を締結しておきながら,本件各商標を使用せず,本件専用使用権設定契約が平成16年10月30日に終了した後にも,その登録抹消に直ちに応じなかった,②そして,実際にその専用使用権の登録抹消がされた平成19年5月9日から本件各予告登録日(同年12月14日又は18日)までのわずかな期間内に,外国在住の被請求人が日本国内において新たにサブライセンス契約を締結して本件各商標を使用することは,不可能であった,③よって,本件各商標の不使用については正当な理由がある,旨主張する。しかし,商標法50条2項所定の正当な理由があることとは,地震,水害等の不可抗力によって生じた事由,放火,破壊等の第三者の故意又は過失によって生じた事由,法令による禁止等の公権力の発動に係る事由等,商標権者等の責めに帰すことができない真にやむを得ないと認められる特別の事情が発生したために,商標権者等において,登録商標をその指定商品又は指定役務について使用することができなかった場合をいうものと解される。そうすると,被請求人が主張する前記理由は,被請求人が自らの自由な意思に基づく選択によって締結した契約に起因していることであるから,このような当事者間における契約を原因とする事情は,商標権者等の責めに帰すことができない真にやむを得ない特別の事情に当たると認めることはできず,正当な理由があるとはいえない。
(2) 請求人(被告)による本件各取消審判請求は,信義則違反・権利濫用には当たらない。この点について,被請求人(原告)は,本件各商標の不使用状態はZ社により意図的に作り出されたものであり,そのZ社と請求人とは役員構成からみても実質的に同一であるから,請求人による本件各取消審判請求は,信義則に反し,権利の濫用である旨主張する。しかし,商標法50条1項が何人も登録商標の不使用取消審判を請求することができる旨を規定していることからすると,請求人による本件各取消審判請求が専ら被請求人を害することを目的としていると認められる特段の事情がない限り,当該審判請求を違法なものとすることはできない。本件各取消審判請求は,請求人が,米国で発足したハーベイ・ボール・ワールド・スマイル財団の日本支部として,「スマイル・マーク」に係る事業を行う上でその障害となる本件各商標を排除するためにしたものであると推認されるが,そのような動機による請求は,不使用取消審判請求として想定される主要なものの1つであるから,被請求人を害することを目的とする違法なものであるとは認められない。また,被請求人及びその当時の独占的総合代理店であった株式会社イングラムによる「SMILEY FACE(スマイリー・フェイス)」事業については,東京高等裁判所平成11年(ネ)第5027号平成12年1月19日判決において,「本件放送(FM東京のラジオ番組)の核心的部分である『被控訴人(株式会社イングラム)のビジネスが国際的詐欺ビジネスの様相を見せ始めた』との摘示事実は,・・・その主要部分が真実であるから,本件放送は・・・違法性を阻却される」などと判示され,そのことが新聞報道されていたから,Z社において被請求人の本件各商標を前面に打ち出して事業を行うことには困難が伴ったものと推測される。それにもかかわらずZ社が被請求人との間で本件専用使用権設定契約を締結したのは,本件各商標を使用するためではなく,被請求人からの苦情を防ぐためであり,それにはやむを得ない側面があったといえる。そうとすれば,Z社が被請求人との間で専用使用権の設定を受けておきながら本件各商標を使用しなかったことが被請求人を害する目的に基づくものであったとは認め難い。また,Z社に契約違反があったのならば,被請求人(代理人SLC社)がより早い段階で所要の措置を講ずることが可能であった。以上によれば,仮にZ社と請求人が実質的に同一であるとしても,請求人による本件各取消審判請求が信義則違反・権利濫用に当たるものとはいえない。
第3当事者の主張
1 審決の取消事由に係る原告の主張
審決には,(1)不使用に係る正当な理由を認めなかった判断の誤り(取消事由1),(2)本件各取消審判請求が信義則違反,権利濫用に当たらないとした判断の誤り(取消事由2)がある。
(1) 取消事由1(不使用に係る正当な理由を認めなかった判断の誤り)本件各商標の不使用について正当な理由があるとはいえないとした審決の判断は,次のとおり誤りである。
ア 原告は,平成12年10月30日,本件各商標の管理権を与えていたSLC社を代理人として,Z社との間で,契約期間を4年とし,許諾地域を日本とする独占的使用権(再許諾権を含む。以下「本件専用使用権」という。)を設定する旨の本件専用使用権設定契約を締結した。しかし,Z社は,その契約期間4年を超える10年を存続期間とする専用使用権設定登録の同意書をSLC社に対して送付し,契約期間を4年とする登録の同意書であるとSLC社を誤信させてその同意書に署名をさせ,別紙「一覧表」の「専用使用権登録満了日(平成)」欄記載のとおり,契約期間を10年とする専用使用権の登録を行い,もって公正証書原本不実記載の罪に当たる違法な行為をした。
イ そして,本件専用使用権設定契約は,原告の要望にもかかわらず,平成16年10月の契約期間満了時に更新契約がされなかった上,再三にわたる原告からの専用使用権登録抹消要求にもかかわらず,Z社は平成19年1月19日(甲15)までその登録抹消に同意せず,実際に抹消登録がされたのは,平成19年5月9日であった。
ウ 原告は,本件専用使用権の登録が残っていたため,営業活動をした相手方から本件各商標の通常使用権許諾契約の締結を拒絶された。また,本件専用使用権の登録抹消がされた平成19年5月以降においても,本件各取消審判請求がされた同年11月まではわずかな期間しかなかったことから,外国在住の原告が新たに日本における代理人を選定してサブライセンス契約を締結する段階にまで至ることは,不可能であった。
エ 以上のとおり,原告が本件各予告登録前3年以内に日本国内において本件各商標を使用することができなかったのは,Z社が,公正証書原本等不実記載の違法行為及び専用使用権登録抹消の拒否による使用妨害行為をしたことに原因があるから,その不使用については商標法50条2項にいう正当な理由があるというべきである。その正当理由を認めなかった審決の判断は誤りである。
(2) 取消事由2(本件各取消審判請求が信義則違反,権利濫用に当たらないとした判断の誤り)
本件各取消審判請求が信義則違反,権利濫用に当たらないとした審決の判断は,次のとおり誤りである。
ア 被告とZ社は,取締役W1が共通しているほか,被告取締役のW2の父がZ社の取締役W3であり(甲4~6),実質的に同一である。
イ 被告(甲4)とハーベイ・ボール・ワールド・スマイル財団の日本支部の住所は,同一であるが,その住所とされているマンションには,被告らの表示がなく,被告らあての郵便物は926号室の「山下会計事務所」に届くようになっており,いずれもその活動の実体がうかがわれない(甲10の1及び2)。
ウ 他方,被告が平成15年に会社の目的をスマイル関連事業に変更する前から(甲14),Z社は,ハーベイ・ボール・ワールド・スマイル財団の代理人として活動していたが,平成15年以降は,被告名義で,同財団日本支部の「ワールド・スマイル・デイ」活動を実質的に行い(甲8,9),被告名義を利用して原告の営業活動を妨害する形態を取っている。
エ そして,そのZ社は,前記のとおり,公正証書原本等不実記載の違法行為及び専用使用権登録抹消の拒否による使用妨害行為をした上で,本件専用使用権設定契約の契約更新の希望が原告に受け入れてもらえなかったことから,原告の利益を害することを目的として(甲21,22),被告名義を利用して本件各取消審判請求をした。したがって,被告による本件各取消審判請求は,信義則に違反し,権利濫用に当たる。
オ 被告の背景事情に関する主張は否認する。原告が詐欺的ビジネスをしたという事実はない。本件各商標は原告が1971年に創作したものであり(乙7の1及び2),米国人ハーベイ・ボールがスマイル・マークの著作者であると認めるに足りる証拠はない。仮に,米国人ハーベイ・ボールがスマイル・マークの著作者であったとしても,原告が本件各商標の商標権者であることに何らの影響を及ぼすものではない。
2 被告の反論
(1) 取消事由1(不使用に係る正当な理由を認めなかった判断の誤り)に対し
ア 前提となる背景事情
(ア) 原告は,スマイル・マークの著作者ではないこと
原告は,1971年にスマイル・マークを自ら創作,著作したと主張するが,否認する。原告は,仏国の「フランス・ソワール」紙が1970年当時に「スマイル・キャンペーン」を行った際の「スマイル・マーク」を盗用して,その商標登録をした者にすぎない(乙5,6)。なお,K作成のレポートには,1968年ころ原告を含む3人のフランス人が,アメリカ旅行をした際にスマイル・マークを見て,帰国後に3人の名前でフランスでの商標登録の出願をしようと約束したのに,原告が単独でスマイル・マークの商標登録出願をした旨が記載されている(乙12)。
また,原告は「スマイル」関連商標のすべてについて,米国特許商標庁により「拒絶」されている。
さらに,原告は,米国「People」誌及び仏国「Capital」誌において,「自分はスマイルを創作・著作したことはない。商標登録しただけだ。」と告白している(乙15,38)。
(イ) 米国人ハーベイ・ボールがスマイル・マークの著作者であること
スマイル・マークは,以下のとおりの経緯で,1963年に米国人ハーベイ・ボールが創作,著作した。すなわち,ハーベイ・ボールの故郷である米国マサチューセッツ州ウスター市の2つの保険会社「ステート生命保険」と「ウスター火災保険」が合併する時,両社の社員の融合を図るために「ステート生命保険」の副会長が,当時ウスター州でグラフィック・デザイナーをしていたハーベイ・ボールにバッジやカード,ポスター等に使える小さなシンボルマークの制作を依頼した。その依頼によりハーベイ・ボールが描いたのがスマイリー・フェイスであった(乙19)。当初,「バッジ」を保険会社の顧客に配布していたが,「バッジ」の希望は,全米に広まり,その当時の米国の大不況と重なり,最終的には米国民1億人の胸に「スマイル・バッジ」が着けられたと言われている(乙20)。そして,2001年4月12日,ハーベイ・ボールが死去したときには,全世界の新聞で「スマイルの生みの親」の死去として紹介された(乙30~32)。
ハーベイ・ボールは,スマイル・マークの基本マーク(「DESIGNED BY HARVEY R. BALL USA 1963」と一体となったもの)を米国で商標登録し(乙34),日本の文化庁にも「著作権登録」している(乙35~37)。
(ウ) 日本でのスマイリー・フェイスの登場
日本においては,1970年(昭和45年),「サンスター文具」や「リリック」等の文具メーカーによって,「ニコニコ・マーク」,「ラブ・ピース」が使用され,これが契機となり大流行した。文具等のメーカー26社は「ラブ・ピース・アソシエーション」を作って共同宣伝を行い,歌手の「ヒデとロザンナ」を「メイン・キャラクター」として大宣伝を行い,「スマイル・マーク」は,著名となった(乙33)。日本における「ニコニコ・マーク」等の流行は,文具メーカーの担当者が米国の流行を真似した結果であって,ハーベイ・ボールの功績によるものと評価できる。
(エ) 原告の日本での権利主張
原告は,平成9年ころ,来日し,当時の代理人であった株式会社イングラム(以下「イングラム社」という。)と共同で記者会見を実施し,「スマイルは自分が『著作権』と商標権を有している。」,「無断使用者には断固たる処置を行う。」旨宣言し,同時に平成9年2月11日付け及び同年4月10日付けの日本経済新聞において,「私を勝手に使わないで!」などとする全面広告による警告を行った(乙8の1及び2)。日本メーカー(約30社)は,原告に対して1億円以上の支払を余儀なくされた(乙3)。
ところで,イングラム社は,原告及びイングラム社について「詐欺ビジネスを行っている。」旨放送した株式会社エフエム東京(以下「エフエム東京という。)に対し,同放送が営業妨害又は信用棄損に当たると主張して東京地方裁判所に提訴した。東京地方裁判所(1審)は,イングラム社の一部勝訴判決を言い渡したが,東京高等裁判所(2審・平成11年(ネ)第5027号事件)は,平成12年1月19日,原告はスマイル・マークの創作者でも著作権者でもなく,スマイル・マークの商標権を有していないとし,「『国際的詐欺ビジネスの様相を見せ始めている』と形容することも,あながち不当ではない」などと述べて,イングラム社の請求を棄却する判決を言い渡し(乙4の1及び2),同判決の内容は,広く新聞報道された(乙10)。
イングラム社と原告との間で紛争が生じ,両者間の代理契約は,平成11年12月31日に終了した。
(オ) Z社と原告との本件専用使用権設定契約の締結
Z社は,平成9年,ハーベイ・ボール・ワールド・スマイル財団とのライセンス契約に基づいて,文具等の商品に係るサブライセンス事業(スマイル商品化事業)を実施していた(乙48の1)。
ところで,Z社は,平成12年10月30日,イングラム社と原告との前記代理人契約が終了したことにより困惑したメーカーの混乱を収拾し,また,ハーベイ・ボール・ワールド・スマイル財団をライセンス元とする前記「スマイル商品化事業」に対する原告からの妨害を回避する必要上,被告との間で,契約期間を4年間とする独占的使用権(再許諾を含む。)を設定する契約(本件専用使用権設定契約)を締結した。
なお,Z社は,前記のとおりハーベイ・ボール・ワールド・スマイル財団との間でスマイリー・フェイス商標の使用義務を負担するライセンス契約を締結していたことから,原告との間で締結した本件専用使用権設定契約は,本件各商標の使用義務を負担する契約ではなく,本件各商標の使用を許容される限りの許諾契約であった。
イ 公正証書原本等不実記載の違法行為及び専用使用権登録抹消の拒否による使用妨害行為が存在しないこと
(ア) Z社と原告との専用使用権設定契約は,困惑した数多くのメーカーとの関係や事務手続上の理由から,「専用使用権設定」登録を行い,その存続期間も「10年」としたが,このことは原告にも説明し,その同意を得ていた。したがって,公正証書原本等不実記載の違法行為はない。
(イ) 本件専用使用権設定契約は,Z社からの懇願にもかかわらず原告から一方的にその更新を拒絶され,平成16年10月30日の期間満了により終了した。専用使用権の登録抹消が遅れたのは,原告から要請されなかったために失念していたものにすぎず,Z社に他意はない。
(ウ) なお,原告が,専用使用権設定登録がされたままでも,通常使用権許諾契約を締結することは可能であり,実際にも,原告は,本件専用使用権設定契約が平成16年10月30日の期間満了により終了した後,「LICENSING ASIA 2006・2007」に出展して,本件各商標を使用するメーカーを探索していたのであり,専用使用権の登録の残存と,本件各商標の不使用との間に因果関係はない。
(2) 取消事由2(本件各取消審判請求が信義則違反,権利濫用に当たらないとした判断の誤り)に対し
ア 被告とZ社は実質的にも同一ではないこと
被告の代表者は,Cであり,Z社と実質的に同一ではない(乙2の1~3)。すなわち,Z社は,被告の親会社である「ハーベイ・ボール・ワールド・スマイル財団」の日本における「商品化事業」の代理人であり,日本の事情を良く知っていることから,被告が依頼をしたにすぎない。事務所も経費削減の観点から会計事務所の一室を借用しているのであって,不自然なことではない。
イ 信義則違反・権利濫用に当たらないこと
前記背景事情で述べたとおり,原告は,スマイル・マークの創作者ではなく,著作権者でもなく,スマイル・マークの商標権を有しておらず,「『国際的詐欺ビジネスの様相を見せ始めている』と形容することも,あながち不当ではない」などとする東京高裁判決の言渡しを受けるような態様の事業を実施してきたものであり,そのような事情が,原告のスマイル・マークのライセンス事業が拡大できない原因である。商標登録不使用取消の制度は,何人も請求することができるとされており,被告による本件各取消審判請求は,信義則違反や権利濫用に当たらない。また,Z社は,原告に対し,4年間の契約期間内に合計約2億円のライセンス料を支払っていたのであり,Z社にも,信義則違反や権利濫用に該当する事実はない。
第4当裁判所の判断
1 取消事由1(不使用に係る正当な理由を認めなかった判断の誤り)について
原告は,本件各予告登録前3年以内に日本国内において本件各商標を使用することができなかったのは,Z社が公正証書原本等不実記載の違法行為及び専用使用権登録抹消の拒否による使用妨害行為をしたことに原因があったからであり,本件各商標の不使用については商標法50条2項にいう正当な理由がある旨主張する。
しかし,原告の主張を採用することはできない。その理由は,以下のとおりである。
(1) 事実認定
ア 日本においては,昭和45年ころから,既に米国で流行していたスマイル・マークに似た「ニコニコ・マーク」,「ラブ・ピース」が流行した(乙33)。
その後,同マークの流行は収束したが,Z社は,米国では米国人ハーベイ・ボールが「スマイリー・フェイス」の創作者であるとされていたことから,平成10年以降,米国のハーベイ・ボール・ワールド・スマイル財団をライセンス元とする「スマイリー・フェイス」のライセンス契約を締結し,スマイリー・フェイスに関するライセンスを基礎にして,日本企業とサブ・ライセンス契約を締結し,現在に至るまで,日本における同マークの商品化事業を展開してきた(乙48の1及び2,甲8,9)。なお,被告は,米国のハーベイ・ボール・ワールド・スマイル財団の日本支部として,「スマイル・マーク」に係る事業を行っているが,Z社の支援を受けている(乙39の1~乙42,乙62)。
イ 他方,平成9年,フランス人である原告が,来日して,我が国における「スマイルマーク」に関連する事業の代理店であったイングラム社と共同で記者会見を実施し,スマイルマークの使用には自己の許諾が必要である旨の見解を述べた。また,イングラム社は,平成9年2月11日付け及び同年4月10日付けの日本経済新聞において,「スマイルマークは登録商標です。」「私を勝手に使わないで!」「日本においてスマイルマークを使用される場合は,F氏及び弊社の事前承認が必要となります。」などとする全面広告による警告を行った(乙8の1及び2)。
次いで,イングラム社は,「詐欺ビジネスを行っている。」旨放送したエフエム東京に対し,営業妨害又は信用棄損に当たるとして提訴した。東京地方裁判所(1審)は,イングラム社一部勝訴の判決を言い渡した。これに対し,東京高等裁判所(2審,平成11年(ネ)第5027号事件)は,平成12年1月19日,①原告は日本においてスマイル・マークの出願をしている者にすぎず,第三者に対して差止請求をし得る商標権者ではなく,スマイル・マークの創作者でも著作権者でもない,②原告がスマイル・マークの創作者,著作権者であり,スマイル・マークが登録商標であるなどとする広告内容は虚偽であり,イングラム社の許諾なしにスマイル・マークを使用することができないことを前提として,イングラム社が,同人との間でライセンス契約を締結するよう宣伝することは,原告の詐欺的商法に加担したと言われてもやむを得ないものである,③原告又はイングラム社の商法は,「国際的詐欺ビジネスの様相を見せ始めている」と形容することも,あながち不当ではない,などと述べて,イングラム社の請求を棄却する判決を言い渡した(乙4の1及び2)。イングラム社の敗訴判決が日本国内において広く新聞報道されたことが契機となり(乙10),イングラム社と原告との間の代理契約は終了した(弁論の全趣旨)。
ウ 日本のメーカーは,スマイル・マークの商標権の使用について,イングラム社を経由して原告から許諾を得て使用していたため,イングラム社と原告との代理契約の解消により,困惑するに至った。Z社は,平成12年10月30日,ハーベイ・ボール・ワールド・スマイル財団をライセンス元とする前記「スマイル商品化事業」を円滑に進め,同事業に対して原告から妨害を受けることを回避するため(甲19),本件各商標を含む原告名義の本件各商標権の管理を委託されていたSLC社(代表者原告)との間で,契約書添付の一覧に示す原告名義のスマイル・マーク商標について,「添付の一覧に記載のない現存の商標,およびSLCが本契約の調印後に登録する商標は,いずれも自動的に同一覧に含まれる。」との特約の下で,契約の有効期間を契約執行の日付けから4年間とし,許諾地域を日本とし,対象商品を商標権の全指定商品として,Z社に対して独占的権利(再許諾権を含む。)を設定する旨の本件専用使用権設定契約を締結した(甲1,弁論の全趣旨)。
エ 本件専用使用権については,本件各商標について,別紙「一覧表」の「登録日(平成)」欄記載のとおり平成10年1月23日から平成14年11月29日にかけて,別紙「専用使用権登録満了日(平成)」欄記載のとおり平成20年1月23日から平成24年11月29日を満了日とする設定登録がされた。
本件専用使用権設定契約は,Z社が契約更新を希望したにもかかわらず,原告が拒否したため,4年の契約における存続期間の満了により平成16年10月30日に終了した。本件専用使用権設定契約の終了から約2年半後である平成19年5月9日に,本件専用使用権の設定登録は抹消された(甲11の1~18)。
オ 原告は,平成18年と平成19年に,日本国内外の企業が著作物や商標権を展示して商談を行う「LICENSING ASIA 2006」及び「LICENSING ASIA 2007」に,それぞれ権利者として出展し,本件各商標の「商品化事業」を行う相手先の日本企業を探索していた(乙55)。
(2) 判断
ア 公正証書原本等不実記載の違法行為について
以上の認定事実によれば,Z社が公正証書原本等不実記載の違法行為をしたと認めることはできない。
すなわち,①専用使用権の登録満了日が最初の契約期間満了日を超えていることについては当然に原告(代理人SLC社)が知り得る事項であったにもかかわらず,格別異議を留めずに原告が各登録手続に協力して登録を完了させていること,②本件専用使用権の設定登録の抹消を合意したZ社と被告との間の平成19年1月9日付け和解契約書(乙54)及びそれに先立つ「専用使用権抹消登録申請のご協力のお願い」と題するZ社あての書面(乙64)においても,Z社が原告に無断で存続期間10年の長い設定登録をしたことをうかがわせるに足りる記載がないこと等の事実を総合すれば,原告も,契約更新等を想定して,当初契約で定める存続期間4年よりも長期の存続期間の登録をすることを認めていたと推認できる。したがって,登録満了日が実際の契約期間満了日より先の日とされたことのみをもって,Z社が原告を欺罔して公正証書原本等不実記載の違法行為をしたと認めることはできず,他に前記原告主張事実を認めるに足りる証拠はない。
イ 本件専用使用権設定登録抹消の拒否による使用妨害行為について
前記認定事実によれば,Z社が本件専用使用権設定登録抹消を拒否することにより,本件各商標の使用妨害行為をしたことを認めることはできない。すなわち,本件専用使用権の設定登録の抹消を合意した前記和解契約書(乙54)及びそれに先立つ「専用使用権抹消登録申請のご協力のお願い」と題するZ社あての前記書面(乙64)においても,専用使用権の登録抹消が平成16年10月30日の契約終了時から約2年半遅れたことについて,Z社に原因のあることをうかがわせるに足りる記載はないから,単に登録抹消が遅れた事実をもって,Z社が本件専用使用権設定登録抹消を拒否して本件各商標の使用妨害行為をしたと認めることはできない。その他前記原告主張事実を認めるに足りる証拠はない。
ウ 不使用に係る正当な理由の存否について
以上のとおりであるから,Z社が公正証書原本等不実記載の違法行為及び専用使用権登録抹消の拒否による使用妨害行為をしたとして,原告が本件各商標を使用しなかったことについて正当な理由があったとする原告の主張は,理由がない。かえって,前記認定のとおり,原告は,平成18年と平成19年に,日本国内外の企業が著作物や商標権を展示して商談を行う「LICENSING ASIA 2006」及び「LICENSING ASIA 2007」に,それぞれ権利者として参加し,本件各商標の「商品化事業」を行う相手先の日本企業を探索していたと認められるから,平成19年12月14日又は同月18日の本件各予告登録前3年以内に本件各商標を使用しないことについて「正当な理由」が存在したと認めることはできない。
2 取消事由2(本件各取消審判請求が信義則違反,権利濫用に当たらないとした判断の誤り)について
原告は,Z社が公正証書原本等不実記載の違法行為及び専用使用権登録抹消の拒否による使用妨害行為をし,意図的に本件各商標の不使用状態を作り出したものであり,そのZ社と被告とは役員構成からみても実質的に同一であるから,被告による本件各取消審判請求は,信義則に反し,権利の濫用である旨主張する。
しかし,原告の主張は理由がない。すなわち,Z社が公正証書原本等不実記載の違法行為及び専用使用権登録抹消の拒否による使用妨害行為をしたことを認めることができないことは前記説示のとおりであるから,それらの事実の存在を前提とする原告の前記主張は,被告とZ社が実質的に同一であるか否かについて判断するまでもなく,採用の限りでない。
そして,被告は,米国で発足したハーベイ・ボール・ワールド・スマイル財団の日本支部として,「スマイル・マーク」に係る事業を行う上でその障害となる本件各商標を排除すること等を目的として本件各取消審判請求をしたものであるが(甲19),そのような目的でされた不使用取消審判請求が,同審判請求制度が設けられた趣旨に照らして,格別違法なものということはできない。また,前記認定のとおり,①原告がイングラム社との代理契約を解消せざるを得なくなったのは,前記控訴審判決において,「国際的詐欺ビジネスの様相を見せ始めている」と形容することも,あながち不当ではないなどと認定判断されたこと等に起因するものであること,②Z社が,本件各商標を含む原告名義の本件各商標権に係る専用使用権の設定を受けたのは,ハーベイ・ボール・ワールド・スマイル財団をライセンス元とする前記「スマイル商品化事業」を円滑に進め,原告から妨害を受けることを回避する目的によるものであること等に照らすならば,Z社が,本件各商標の使用に熱心でなかったとしても,やむを得ないというべきである。また,Z社が,本件各商標の不使用状態を故意に作り出したものであると認めるに足りる証拠もない。そうすると,Z社が本件各商標の不使用状態を意図的に作り出したから,同社と実質的に同一である被告が本件各取消審判請求をすることが信義則に反し,権利を濫用するものであるとする原告の主張も,採用の限りでない。その他,本件各取消審判請求が信義則に反し,権利濫用に当たることを認めるに足りる証拠はない。
3 結論
以上によれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。その他,原告は縷々主張するが,いずれも理由がない。よって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 大須賀滋 裁判官 齊木教朗)
file_2.jpg別紙