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知財高等裁判所 平成21年(行ケ)10287号 判決 2010年5月27日

原告

三菱電機株式会社

訴訟代理人弁理士

高橋省吾

稲葉忠彦

湯山崇之

井上みさと

萩原亨

被告

株式会社東芝

被告

東芝コンシューマエレクトロニクス・ホールディングス株式会社

被告

東芝ホームアプライアンス株式会社

被告ら訴訟代理人弁理士

堀口浩

小川泰典

佐藤強

堀江真一

南島昇

被告ら訴訟代理人弁護士

高橋雄一郎

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2009-800041号事件について平成21年8月18日にした審決を取り消す。

第2争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告らは,発明の名称を「洗濯機」とする特許第3317613号(平成7年8月28日出願,平成14年6月14日設定登録,請求項の数5,以下「本件特許」という。)の特許権者である。

原告は,平成21年2月20日,本件特許の請求項1に係る発明の特許を無効とすることについて無効審判を請求した(無効2009-800041号)。

特許庁は,平成21年8月18日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審判をし,その謄本は,同月27日,原告に送達された。

2  特許請求の範囲

本件特許の明細書(以下,図面とともに「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1の記載は次のとおりである。

洗濯に供した槽を洗浄する槽洗浄コースを有するものにおいて,その槽洗浄コースの給水時に,該給水時の最終到達水位より低い複数段階の水位でそれぞれ給水を中断し槽内に溜まった水の撹拌を所定時間ずつ行なうようにしたことを特徴とする洗濯機。(以下,この発明を「本件発明」という。)

3  審決の理由

(1)  別紙審決書写しのとおりである。要するに,本件発明は,甲1に記載された発明又は甲2に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできないとするものである。

(2)  審決が上記の結論を導く過程において認定した甲1記載の発明の内容,本件発明と甲1記載の発明の対比は,次のとおりである。

ア 甲1記載の発明の内容

(ア) 甲1号証発明ア(甲1の第1実施例について)

「槽洗浄コース」において,「高」水位まで給水した後,攪拌体5(審決は「攪拌」との文字を用いるが,以下では「撹拌」との文字に統一する。)の強力回転を行い,2回目に「高」水位まで給水した後,撹拌体5の強力回転を行う,洗濯機。(以下「甲1号証発明ア」という。)

(イ) 甲1号証発明イ(甲1の第2実施例について)

「槽洗浄コース」において,給水弁を開いたまま低水位までの給水を続ける途中で,洗濯用モータの正転と逆転を1回ずつ行う,二槽式洗濯機。(以下「甲1号証発明イ」という。)

イ 本件発明と甲1記載の発明の対比

(ア) 本件発明と甲1号証発明アとの対比

甲1号証発明アにおける「『高』水位」は,本件発明における「最終到達水位」に相当するから,甲1号証発明アを本件発明と同じ用語で記載すると次のようになる。

「洗濯に供した槽を洗浄する槽洗浄コースを有するものにおいて,その槽洗浄コースの給水時に,該給水時の最終到達水位まで給水した後,槽内に溜まった水の撹拌を所定時間行ない,2回目に最終到達水位まで給水した後,槽内に溜まった水の撹拌を所定時間行なう,洗濯機。」

そうすると,甲1号証発明アは,本件発明における「給水時の最終到達水位より低い複数段階の水位でそれぞれ給水を中断し(槽内に溜まった水の撹拌を行なう)」との発明特定事項を備えていないから,本件発明は甲1号証発明アと同一であるとはいえない。

(イ) 本件発明と甲1号証発明イとの対比

甲1号証発明イにおける「低水位」は,本件発明における「最終到達水位」に相当する。また,甲1号証発明イは二槽式洗濯機に関するものであるところ,二槽式洗濯機の「洗濯用モータ」は,洗濯槽内の水を撹拌する撹拌機を回転させるものであることは当該技術分野において周知であるから(実願昭59-16916号(実開昭60-129284号)のマイクロフィルムの第1図あるいは特開昭59-111793号公報の第1図等参照),甲1号証発明イにおける「洗濯用モータの正転と逆転を1回ずつ行う」は,本件発明における「槽内に溜まった水の撹拌を所定時間ずつ行なう」に相当する。したがって,甲1号証発明イを本件発明の用語を用いて記載すると次のようになる。

「洗濯に供した槽を洗浄する槽洗浄コースを有するものにおいて,その槽洗浄コースの給水時に,該給水時の最終到達水位より低い複数段階の水位で,給水を続けながら,槽内に溜まった水の撹拌を所定時間ずつ行なう洗濯機。」

そうすると,甲1号証発明イは,本件発明における「(給水時の最終到達水位より低い複数段階の水位で)それぞれ給水を中断し(槽内に溜まった水の撹拌を行なう)」との発明特定事項を備えていないから,本件発明が甲1号証発明イと同一であるとはいえない。

第3取消事由に関する原告の主張

審決は,甲1に記載された発明の認定の誤り(取消事由1),甲1に記載された発明に基づく容易想到性の判断の誤り(取消事由2)があるから,違法として取り消されるべきである。

1  甲1に記載された発明の認定の誤り(取消事由1)

審決が,甲1の第2実施例として甲1号証発明イを「『槽洗浄コース』において,給水弁を開いたまま低水位までの給水を続ける途中で,洗濯用モータの正転と逆転を1回ずつ行う,二槽式洗濯機。」とした認定は誤りである。

その理由は,以下のとおりである。

甲1には,第2実施例に関し,「この場合の『槽洗浄コース』は,詳細には例えば図8に示すように,適当な(特には低水位までの)給水と排水を交互に繰返しながら,洗濯用モータも適宜正逆回転させて行なうものである。」(【0025】)との記載があることから,第2実施例において,給水がされる水位は,適当な水位であり,低水位に限定されない。そうすると,甲1号証発明イは,給水の水位について「適当な(特には低水位までの)給水」と認定すべきである。

また,甲1の図8には,給水に当たって,給水弁を開いた後所定時間後に洗いモータを所定時間正転させ,その後しばらくしてから逆転させ,その後に給水弁を閉じることが示されているだけであるから,甲1号証発明イは,正転と逆転について「正転と逆転を所定時間1回ずつ行う」と認定すべきである。

したがって,甲1号証発明イは,「『槽洗浄コース』において,給水弁を開いたまま適当な(特には低水位までの)給水を続ける途中で,洗濯用モータの正転と逆転を所定時間1回ずつ行う,二槽式洗濯機。」と認定すべきであり,審決が,甲1号証発明イについて,「低水位までの給水」,「正転と逆転を1回ずつ行う」との認定に基づいて,「『槽洗浄コース』において,給水弁を開いたまま低水位までの給水を続ける途中で,洗濯用モータの正転と逆転を1回ずつ行う,二槽式洗濯機。」とした認定は誤りである。

2  甲1に記載された発明に基づく容易想到性の判断の誤り(取消事由2)

(1)  甲1の第2実施例に記載された発明に基づく容易想到性について

審決が,甲1の第2実施例に記載された発明に基づく容易想到性について,「甲1号証発明イにおける槽洗浄コースが洗濯槽底部を主な洗浄対象としており,そのため給水時の最終到達水位が低水位とされている」との推測を前提として,「甲1号証発明イにおいて,『低水位(給水時の最終到達水位)より低い複数段階の水位でそれぞれ給水を中断』して,本件発明のように『内側部の各部分に波の機械力を及ぼし,槽内側部に対する十分な洗浄効果を得る』ようにすることの動機付けを見いだすことはできない」とした判断は誤りである。

その理由は,以下のとおりである。

前記1のとおり,甲1の第2実施例において,給水がされる水位は,適当な水位であり,低水位に限定されない。また,甲1には,第2実施例について,「このように本第2実施例においては,・・・その発光ダイオードが作動したところで,槽(この場合,洗濯槽の内面)の洗浄を行なう時機に至ったとの判断が的確にできる」(【0027】)と記載されており,洗浄対象が洗濯槽の内面であることが明確にされている。甲1には,上記記載に先立ち,「適当な(特には低水位までの)給水」(【0025】)との記載があるが,「低水位」に限っているわけではないから,上記記載の「洗濯槽の内面」(【0027】)は洗濯槽底部の内面に限るとは解されない。そうすると,審決の「甲1号証発明イにおける槽洗浄コースが洗濯槽底部を主な洗浄対象としており,そのため給水時の最終到達水位が低水位とされている」との推測は誤りである。

また,甲1号証発明イは,二槽式洗濯機に係る発明であるが,本件発明は,「・・・を特徴とする洗濯機」の発明であり,二槽式洗濯機を排除するものではない。したがって,審決が,上記推測を前提として,「甲1号証発明イにおいて,『低水位(給水時の最終到達水位)より低い複数段階の水位でそれぞれ給水を中断』して,本件発明のように『内側部の各部分に波の機械力を及ぼし,槽内側部に対する十分な洗浄効果を得る』ようにすることの動機付けを見いだすことはできない」とした判断も誤りである。

(2)  甲1の第1実施例に記載された発明と第2実施例に記載された発明の組み合わせによる容易想到性について

甲1の第2実施例に記載された発明(「『槽洗浄コース』において,給水弁を開いたまま適当な(特には低水位までの)給水を続ける途中で,洗濯用モータの正転と逆転を所定時間1回ずつ行う,二槽式洗濯機。」,前記1)に,甲1の第1実施例に記載された「給水を停止して,最終到達水位以下の水位で水を撹拌して槽洗浄をし,その後に最終到達点まで給水するもの」という発明を組み合わせることにより,当業者は本件発明を容易にすることができたから,審決が「本件発明は,甲1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない」とした判断は誤りである。以下,詳述する。

甲1の第1実施例には,「洗濯に供した槽を洗浄する槽洗浄コースを有するものにおいて,その槽洗浄コースの給水時に,該給水時の最終到達水位まで給水した後,槽内に溜まった水の撹拌を所定時間行ない,2回目に最終到達水位まで給水した後,槽内に溜まった水の撹拌を所定時間行なう,洗濯機。」(甲1号証発明ア,審決6頁17行ないし20行)が記載されているところ,1回目に最終到達水位まで給水した後,排水をすることなく2回目に再び最終到達水位まで給水していることから,第1実施例は,1回目の水の撹拌をしている間に,溢水等により槽内の水が徐々に減少し,水位が,最終到達水位に至るまで再度の給水を要する程度に低下しており,これを2回目の給水によって最終到達水位まで回復するものである。そのため,甲1の第1実施例には,「給水を停止して,最終到達水位以下の水位で水を撹拌して槽洗浄をし,その後に最終到達点まで給水するもの」という発明が記載されている。

さらに,甲1には,「そのほか,本発明は上記し且つ図面に示した実施例にのみ限定されるものではなく,要旨を逸脱しない範囲内で適宜変更して実施し得る。」(【0029】)と記載されており,ここにいう要旨には洗浄運転の内容は含まれないから,甲1は,第2実施例に記載された発明と上記発明を組み合わせることを妨げず,むしろ,これらを適宜組み合わせることを積極的に許容している。

本件明細書には,「・・・水を撹拌することによる洗浄効果は,・・・波による作用であるから,水面部分ほどその効果が大きい・・・」(本件明細書【0007】)と記載されているが,最終到達水位よりも低い水位で水を撹拌して槽内を洗浄することは本件発明の出願前に公知であり,本件明細書の上記記載は,公知の発明が有する効果を示したものにすぎないから,このような効果が甲1に記載されていないとしても,その故に,当業者が本件発明を容易にすることができなかったとはいえない。

また,甲1の第1実施例において,給水を止めて撹拌していることから,甲1の第2実施例に記載された発明においても,洗濯用モータを正転及び逆転する間給水を止めることは,容易に想到し得る。

したがって,甲1の第2実施例に記載された発明に,甲1の第1実施例に記載された「給水を停止して,最終到達水位以下の水位で水を撹拌して槽洗浄をし,その後に最終到達点まで給水するもの」という発明を組み合わせることにより,当業者は本件発明を容易にすることができた。

第4被告の反論

審決の認定,判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。

1  甲1に記載された発明の認定の誤り(取消事由1)に対し

審決が,甲1の第2実施例として甲1号証発明イを「『槽洗浄コース』において,給水弁を開いたまま低水位までの給水を続ける途中で,洗濯用モータの正転と逆転を1回ずつ行う,二槽式洗濯機。」とした認定に誤りはない。

その理由は,以下のとおりである。

甲1には,第2実施例に関し,「適当な(特には低水位までの)給水」(【0025】)と記載されているが,このうち「適当な」という部分は技術的内容を示しておらず,「特には低水位までの」という部分だけが,技術的な意味を有している。したがって,審決が,「低水位までの給水」とした認定に誤りはない。

また,甲1には,「所定時間」との文言はないから,審決が「正転と逆転を1回ずつ行う」とした認定に誤りはない。

2  甲1に記載された発明に基づく容易想到性の判断の誤り(取消事由2)に対し

(1)  甲1の第2実施例に記載された発明に基づく容易想到性について

審決が,「甲1号証発明イにおける槽洗浄コースが洗濯槽底部を主な洗浄対象としており,そのため給水時の最終到達水位が低水位とされている」との推測を前提として,「甲1号証発明イにおいて,『低水位(給水時の最終到達水位)より低い複数段階の水位でそれぞれ給水を中断』して,本件発明のように『内側部の各部分に波の機械力を及ぼし,槽内側部に対する十分な洗浄効果を得る』ようにすることの動機付けを見いだすことはできない」とした判断に誤りはない。

その理由は,以下のとおりである。

甲1には,第2実施例について,「このように本第2実施例においては,・・・その発光ダイオードが作動したところで,槽(この場合,洗濯槽の内面)の洗浄を行なう時機に至ったとの判断が的確にできる」(【0027】)と記載されているが,この「洗濯槽の内面」との記載は,その直近の「(特には低水位までの)給水」(【0025】)との記載と関連して理解されるから,当業者であれば,「洗濯槽の内面」とは,洗濯槽底部の内面と容易に理解し得る。二槽式洗濯機の場合には,槽内面の洗浄を手で容易に行うことができるから,槽洗浄コースによる主な洗浄対象は撹拌体が設置された洗濯槽底部であり,そのため,給水時の最終到達水位は低水位とされており,その点に技術的意義があると,当業者は理解する。そうすると,審決の「甲1号証発明イにおける槽洗浄コースが洗濯槽底部を主な洗浄対象としており,そのため給水時の最終到達水位が低水位とされている」との推測に誤りはない。

また,甲1の第2実施例の二槽式洗濯機の槽洗浄は,洗濯槽底部を主な洗浄対象としており,そのために最終到達水位を低水位としているから,その低水位よりも更に低い複数段階の低水位を設ける必要性がない。したがって,審決が,「甲1号証発明イにおいて,『低水位(給水時の最終到達水位)より低い複数段階の水位でそれぞれ給水を中断』して,本件発明のように『内側部の各部分に波の機械力を及ぼし,槽内側部に対する十分な洗浄効果を得る』ようにすることの動機付けを見いだすことはできない」とした判断に誤りはない。

(2)  甲1の第2実施例に記載された発明に,甲1の第1実施例に記載された「給水を停止して,最終到達水位以下の水位で水を撹拌して槽洗浄をし,その後に最終到達点まで給水するもの」という発明を組み合わせることにより,当業者は本件発明を容易にすることができたとの原告の主張は理由がなく,審決が「本件発明は,甲1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない」とした判断に誤りはない。

その理由は,以下のとおりである。

甲1の第1実施例は,本件発明のように,給水の途中で,最終到達水位に至らない水位で給水を停止することはない。また,第1実施例は,最終到達水位でしか撹拌していないから,最終到達水位より低い水位で撹拌することはなく,複数段階の水位で撹拌することもない。撹拌体の回転又は内槽の回転に伴う溢水により槽内の水量が減少しても,水面自体はほぼ同水位を維持するので,最終到達水位と槽洗浄中の槽表面での水位は同じ高さであり,最終到達水位より低い水位で撹拌することはない。したがって,甲1の第1実施例には,原告が主張するような「給水を停止して,最終到達水位以下の水位で水を撹拌して槽洗浄をし,その後に最終到達点まで給水するもの」という発明は記載されていない。

また,甲1には,「そのほか,本発明は上記し且つ図面に示した実施例にのみ限定されるものではなく,要旨を逸脱しない範囲内で適宜変更して実施し得る。」(【0029】)と記載されているが,この記載は,甲1の第2実施例に記載された発明と,原告が甲1の第1実施例に記載されていると主張する発明の組合わせを積極的に許容しているとは解されない。

仮に,甲1の第2実施例に記載された発明と,第1実施例に記載された発明の組合わせを考えるとしても,第2実施例に記載された発明の低水位を高水位に置き換える動機付けがないこと,最終到達水位より低い複数段階の水位における撹拌の示唆がないこと,複数段階の水位でそれぞれ給水を中断して水を撹拌する構成は,本件発明の「波の機械力による洗浄作用」の知見が動機付けとして存在しなければ採用し難いことから,甲1の第2実施例に記載された発明と,第1実施例に記載された発明の組み合わせによって本件発明を想到することは容易であるとはいえない。

第5当裁判所の判断

1  甲1に記載された発明の認定の誤り(取消事由1)について

審決が,甲1号証発明イを「『槽洗浄コース』において,給水弁を開いたまま低水位までの給水を続ける途中で,洗濯用モータの正転と逆転を1回ずつ行う,二槽式洗濯機。」とした認定に誤りはない。その理由は,以下のとおりである。

(1)  甲1の記載に基づく認定

ア 甲1の記載

甲1には,水位に関して,「・・・外槽2内の水位を検出する水位センサ15より水位検出信号が入力されるようになっており・・・」(【0013】)との記載があり,甲1記載の発明を全自動式洗濯機に適用した第1実施例につき,「『槽洗浄コース』は,詳細には例えば図5に示すように,『高』水位までの給水(ステップa1)と,内槽3内の撹拌体5の強力回転(ステップa2),及び内槽3の高速回転(ステップa3)を,その後の判断ステップ(ステップa4)で2巡目に達したと判断されるまで行なうものである。」(【0018】)との記載があり,甲1記載の発明を二槽式洗濯機に適用した第2実施例につき,「この場合の『槽洗浄コース』は,詳細には例えば図8に示すように,適当な(特には低水位までの)給水と排水を交互に繰返しながら,洗濯用モータも適宜正逆回転させて行なうものである。」(【0025】)との記載がある。

イ 認定の誤りの有無

前記アの甲1の記載によれば,甲1にいう高水位,低水位とは,外槽2内において水位が高いか低いかに応じて,高い水位,低い水位をいうものと解される。そして,第2実施例の槽洗浄コースにおいて,給水をする水位は,適宜なものであれば足り,高水位に限定されるものではなく,高水位の他,高水位に至らない水位でもよく,低水位まで給水して槽洗浄をする場合も第2実施例に含まれているものと認められる。第1実施例の槽洗浄コースにおいて,給水は高水位までに限られているのに対し,第2実施例の槽洗浄コースにおいては,低水位までの給水も含まれるとの違いがあることなどから,甲1の【0025】には,「適当な(特には低水位までの)給水」と記載されたものと認められる。

さらに,甲1の図8の左端の正転,逆転,給水弁の作動の部分においては,給水弁の作動と,正転及び逆転の各1回の作動が重なっていることから,給水弁を開いたまま給水を続けつつ洗濯用モータの正転,逆転を1回ずつ行うことが示されている。

そうすると,甲1の第2実施例には,「『槽洗浄コース』において,給水弁を開いたまま低水位までの給水を続ける途中で,洗濯用モータの正転と逆転を1回ずつ行う,二槽式洗濯機。」が含まれているものと認められる。したがって,審決が,甲1の第2実施例に記載された甲1号証発明イとして,上記のとおり認定したことに誤りはない。

(2)  原告の主張に対し

原告は,甲1号証発明イは,「『槽洗浄コース』において,給水弁を開いたまま適当な(特には低水までの)給水を続ける途中で,洗濯用モータの正転と逆転を所定時間1回ずつ行う,二槽式洗濯機。」と認定すべきであり,審決の認定は誤りであると主張する。

しかし,原告の上記主張は,以下の理由により,採用することができない。

ア 審決が「低水位までの給水」と認定した点について

この点につき,原告は,「適当な(特には低水までの)給水」と認定すべきであると主張する。

ところで,前記(1)イのとおり,甲1にいう高水位,低水位とは,外槽2内において水位が高いか低いかに応じて,高い水位,低い水位をいうものと解され,他方,後記2(1)のとおり,本件発明の最終到達水位とは,槽洗浄コース時の給水によって最も水位が高くなった時点の水位を指すものと解される。そのため,仮に,槽洗浄コース時における給水量が少なく,最も水位が高くなった時点の水位が低水位であれば,最終到達水位は低水位となるのに対し,給水量が多く,最も水位が高くなった時点の水位が高水位であれば,最終到達水位は高水位となる。このような解釈を前提に,以下,検討する。

確かに,甲1の第2実施例は,給水によって最も水位が高くなった時点の水位(本件発明の最終到達水位に相当する水位)が低水位のもののみに限られず,高水位も含め,適宜な水位まで給水がされるものを含む。しかし,進歩性判断の前提として公知文献に記載された発明を認定する場合,本件発明との対比に必要な範囲内で発明を認定すれば足りる。そして,本件発明は,「その槽洗浄コースの給水時に,該給水時の最終到達水位より低い複数段階の水位でそれぞれ給水を中断し槽内に溜まった水の撹拌」を行うものであり,最終到達水位が高水位であるか低水位であるかは特定されておらず,最終到達水位が高水位又は低水位のいずれであろうとも,最終到達水位より低い複数段階の水位で撹拌を行うのであれば,この点においては本件発明と同一と認定される。そのため,給水が高水位までか低水位までか(すなわち最終到達水位が高水位か低水位か)によって,本件発明との対比に差異を生ずることはない。

したがって,審決が,甲1の第2実施例に含まれる「低水位までの給水」を行う場合を甲1記載の甲1号証発明イと認定したことに,誤りはない。

イ 審決が「正転と逆転を1回ずつ行う」と認定した点について

この点につき,原告は,「正転と逆転を所定時間1回ずつ行う」と認定すべきであると主張する。

しかし,甲1には,正転又は逆転を行う時間として「所定時間」との文言は記載されていない。そして,正転と逆転のいずれも一定の時間を要することは技術的に明らかであり,審決の認定に係る甲1号証発明イの「『槽洗浄コース』において,給水弁を開いたまま低水位までの給水を続ける途中で,洗濯用モータの正転と逆転を1回ずつ行う,二槽式洗濯機。」との文言から,ここでいう「正転と逆転を1回ずつ行う」とは,「所定時間」との文言が記載されていなくとも,正転を定められた時間1回行い,逆転を定められた時間1回行うこと,すなわち「正転と逆転を所定時間1回ずつ行う」ことを意味するのは明らかである。したがって,審決が,「正転と逆転を1回ずつ行う」ものとして甲1記載の甲1号証発明イを認定したことに,誤りはない。

なお,審決は,「正転と逆転を1回ずつ行う」との認定を前提として,甲1号証発明イにおける「洗濯用モータの正転と逆転を1回ずつ行う」は,本件発明における「槽内に溜まった水の撹拌を所定時間ずつ行なう」に相当すると判断しているから(審決7頁8行ないし11行),仮に,原告主張のとおり甲1号証発明イを「正転と逆転を所定時間1回ずつ行う」と認定すべきであり,「正転と逆転を1回ずつ行う」との審決の認定が誤りであるとしても,それによって,本件発明と甲1号証発明イの対比において,一致点と認定すべきところが誤って相違点として認定されているということはない。したがって,原告が主張する上記の審決の認定の誤り(甲1号証発明イを「正転と逆転を1回ずつ行う」とした認定の誤り)は,審決の結論に影響を及ぼすことはなく,この点からしても,原告の上記主張は,失当である。

(3)  小括

以上によれば,取消事由1は理由がない。

2  甲1に記載された発明に基づく容易想到性の判断の誤り(取消事由2)について

(1)  甲1の第2実施例に記載された発明に基づく容易想到性について

原告は,審決が,「甲1号証発明イにおける槽洗浄コースが洗濯槽底部を主な洗浄対象としており,そのため給水時の最終到達水位が低水位とされている」との推測を前提として,「甲1号証発明イにおいて,『低水位(給水時の最終到達水位)より低い複数段階の水位でそれぞれ給水を中断』して,本件発明のように『内側部の各部分に波の機械力を及ぼし,槽内側部に対する十分な洗浄効果を得る』ようにすることの動機付けを見いだすことはできない」とした判断は誤りであると主張する。

しかし,原告の上記主張は,以下の理由により,採用することができない。

ア 本件明細書の特許請求の範囲の請求項1(本件発明)には,「槽洗浄コースの給水時に,該給水時の最終到達水位より低い複数段階の水位でそれぞれ給水を中断し槽内に溜まった水の撹拌を所定時間ずつ行なう」と記載されており,本件発明は,給水時に,最終到達水位より低い水位で給水を中断して水を撹拌するものである。そして,本件発明にいう「給水時」とは,請求項1の「槽洗浄コースの給水時」との文言からすると,槽洗浄コースの給水工程の時を意味するものと解され,また,請求項1に「複数段階の水位でそれぞれ給水を中断し・・・水の撹拌を・・・行なう」と記載されており,給水と同時に排水を行うなどの記載が特にないことからすると,本件発明は,「給水」のみを行う給水工程の途中で給水を中断し,その水位で水を撹拌するものであると認められる。本件明細書の発明の詳細な説明においても,給水と排水は別の工程として記載され,給水時には排水を行わず給水のみを行い(給水工程),排水時には給水を行わず排水のみを行う(排水工程)ことを前提とした記載がされている。そうすると,本件発明は,給水工程の途中で給水を停止し,給水も排水もしていない状態で水の撹拌を行うものであると認められる。

他方,甲1には,第2実施例について,「この場合の『槽洗浄コース』は,詳細には例えば図8に示すように,適当な(特には低水位までの)給水と排水を交互に繰返しながら,洗濯用モータも適宜正逆回転させて行なうものである。」(【0025】)との記載があり,図8には,洗いモータの正転と逆転が,給水又は排水の途中で行われることが示されているから,甲1の第2実施例においては,正転又は逆転が行われているときの水位は,給水によって最も水位が高くなった時点の水位(最終到達水位)より低い場合があるが,正転又は逆転が行われているときに,給水工程の途中で給水が停止され,給水も排水もしていない状態となることはない。そして,甲1の第2実施例に関する記載(甲1【0021】ないし【0028】)を参照しても,給水によって最も水位が高くなった時点の水位(最終到達水位)より低い水位で,給水工程の途中で給水を停止し,給水も排水もしていない状態で水を撹拌することを示唆する記載を見出すことはできない。

そうすると,審決が,「甲1号証発明イにおいて,『低水位(給水時の最終到達水位)より低い複数段階の水位でそれぞれ給水を中断』して,本件発明のように『内側部の各部分に波の機械力を及ぼし,槽内側部に対する十分な洗浄効果を得る』ようにすることの動機付けを見いだすことはできない」とした判断は,その結論において相当というべきである。

イ 原告は,審決が,「甲1号証発明イにおける槽洗浄コースが洗濯槽底部を主な洗浄対象としており,そのため給水時の最終到達水位が低水位とされている」との推測を前提として前記判断をしたことに誤りがあると主張するが,仮に,上記推測に誤りがあるとしても,前記アのとおり,審決が,「甲1号証発明イにおいて,『低水位(給水時の最終到達水位)より低い複数段階の水位でそれぞれ給水を中断』して,本件発明のように『内側部の各部分に波の機械力を及ぼし,槽内側部に対する十分な洗浄効果を得る』ようにすることの動機付けを見いだすことはできない」とした判断は,その結論において相当であるから,上記推測の誤りは,審決の結論に影響を及ぼすことはない。

(2)  甲1の第1実施例に記載された発明と第2実施例に記載された発明の組み合わせによる容易想到性について

原告は,甲1には,第1実施例について,「給水を停止して,最終到達水位以下の水位で水を撹拌して槽洗浄をし,その後に最終到達点まで給水するもの」という発明が記載されていることを前提として,甲1の第2実施例に記載された発明に上記発明を組み合わせることにより,当業者は本件発明を容易にすることができたと主張する。

しかし,原告の上記主張は,以下の理由により,その前提において採用することができない。

ア 本件発明における水位の意義

(ア) 特許請求の範囲の記載に基づく解釈

a 本件明細書の特許請求の範囲の請求項1(本件発明)には,「その槽洗浄コースの給水時に,該給水時の最終到達水位より低い複数段階の水位でそれぞれ給水を中断し槽内に溜まった水の撹拌を所定時間ずつ行なう」と記載されている。

b 前記aの請求項1の記載によれば,本件発明において,最終到達水位とは,槽洗浄コース時の給水によって最も水位が高くなった時点の水位を指すものと認められ,水の撹拌を行う際の水位(「複数段階の水位で」にいう「水位」)は,給水を停止し撹拌を始める時の水位を指すものと認められる。

(イ) 発明の詳細な説明の記載に基づく解釈

a 本件明細書の発明の詳細な説明には,次のとおりの記載がある。

(a) 「【0004】

【課題を解決するための手段】 上記目的を達成するために,本発明の洗濯機においては,第1に,槽洗浄コースの給水時に,該給水時の最終到達水位より低い複数段階の水位でそれぞれ給水を中断し槽内に溜まった水の撹拌を所定時間ずつ行なうようにしたことを特徴とする。」

(b) 「【0007】 従来のものの槽の洗浄効果を見たところ,全般にその効果が小さいものの,水面部分ではその効果が大きいことが判明した。この原因を探ったところ,下記のことが明らかとなった。すなわち,槽洗浄時に槽内に溜まった水を撹拌することによる洗浄効果は,撹拌された水による機械力が槽に及ぶことで槽の汚れを落とすことであるが,この槽の汚れを落とす機械力は,槽内の水が撹拌されて波立つことにより槽に与えられるものであり,要するに波による作用であるから,水面部分ほどその効果が大きいのである。」

(c) 「【0008】 そこで,上記第1の手段のように,槽洗浄コースの給水時に,該給水時の最終到達水位より低い複数段階の水位でそれぞれ給水を中断し槽内に溜まった水の撹拌を所定時間ずつ行なうことにより,その複数の各段階でそれぞれ槽内の水を撹拌することによる波の機械力が槽に及び,最終到達水位の水面部分のみならず,それより下位の各部分でもそれぞれ充分な洗浄効果が得られるようになる。」

(d) 「【0018】 図1はそのうちの水道水を供給する『槽洗浄コース』の実行内容を示している。この水道水を給水する『槽洗浄コース』では,『給水』,『つけ置き』,『本洗い』,『残水脱水』,『排水』,『脱水』,『給水』,『すすぎ』,『残水脱水』,『排水』,『脱水』の順に有する行程の中で,その『給水』時に,給水弁29を開放させて槽4内に水道水を供給し,この供給した水道水が槽4内で図2に示すAの水位に達したことが水位センサ26により検知されたときに,給水弁29を閉塞させて給水を中断し,この状態で,槽4内に溜まった水の撹拌を2[分]間行なう。この槽4内に溜まった水の撹拌は,モータ16を起動させて駆動機構17により撹拌体15を間欠回転駆動させることにより行なうもので,その駆動モードは,この場合,0.7[秒]駆動し,その後0.8[秒]休止するパターンを繰返すものである。

【0019】 この後,給水弁29を開放させて槽4内への水道水の供給を再開し,これにより槽4内の水位が上述の水位Aより高いBの水位に達したことが水位センサ26により検知されたときには,同様に給水弁29を閉塞させて給水を中断し,この状態で,槽4内に溜まった水の撹拌を3[分]間行なう。この場合の撹拌体15の駆動モードは,1.0[秒]駆動し,その後0.9[秒]休止するパターンを繰返すものである。

【0020】 更にその後,給水弁29を開放させて槽4内への水道水の供給を再開し,これにより槽4内の水位が上述の水位Bよりも高いCの水位に達したことが水位センサ26により検知されたときには,同様に給水弁29を閉塞させて給水を中断し,この状態で,槽4内に溜まった水の撹拌を2[分]間行なう。この場合の撹拌体15の駆動モードは,1.3[秒]駆動し,その後1.0[秒]休止するパターンを繰返すものである。

【0021】 そして,給水弁29を開放させて槽4内への水道水の供給を再開し,これにより槽4内の水位が上述の水位Cよりも高いDの最終到達水位に達したことが水位センサ26により検知されたときには,給水弁29を閉塞させて給水を終了する。

【0022】 この後の『つけ置き』行程は,20[分]間の中で,1[分]間の撹拌をし,その後4[分]間の休止をするというモードで間欠的に撹拌をするもので,その撹拌時の撹拌体15の駆動モードは,1.6[秒]駆動し,その後0.9[秒]休止するパターンを繰返すものである。

【0023】 その後の『本洗い』行程は,3[分]間の連続撹拌をするもので,このときの撹拌体15の駆動モードは,上述同様,1.6[秒]駆動し,その後0.9[秒]休止するパターンを繰返すものである。」

(e) 「【0028】 このように本構成のものでは,水道水を供給する『槽洗浄コース』の給水時に,該給水時の最終到達水位Dより低いA,B,Cの3段階の水位でそれぞれ給水を中断し槽4内に溜まった水の撹拌を所定時間ずつ行なうもので,これにより,そのA,B,Cの各段階でそれぞれ槽4内の水を撹拌することによる波の機械力が槽4に及び,かくして,最終到達水位Dの水面部分のみならず,それより下位の各部分でもそれぞれ充分な洗浄効果を得ることができる。」

(f) 「【0038】

【発明の効果】 本発明は以上説明したとおりのもので,下記の効果を奏する。請求項1の洗濯機によれば,槽洗浄コースの給水時の最終到達水位の水面部分のみならず,それより下位の各部分でもそれぞれ槽の洗浄効果を充分に得ることができる。」

b 前記aの本件明細書の記載によれば,発明の詳細な説明においても,特許請求の範囲の請求項1記載の発明(本件発明)との関連において,最終到達水位とは,槽洗浄コース時の給水によって最も水位が高くなった時点の水位を指すものと認められ,水の撹拌を行う際の水位は,給水を停止し撹拌を始める時の水位を指すものと認められ,特許請求の範囲の請求項1の記載に基づく解釈が裏付けられる。

イ 甲1の第1実施例に記載された発明

(ア) 甲1には,次のとおりの記載がある。

「【0018】 『槽洗浄コース』は,詳細には例えば図5に示すように,『高』水位までの給水(ステップa1)と,内槽3内の撹拌体5の強力回転(ステップa2),及び内槽3の高速回転(ステップa3)を,その後の判断ステップ(ステップa4)で2巡目に達したと判断されるまで行なうものである。」

図5には,槽洗浄コーススタート→給水(a1)→撹拌体回転(a2)→内槽回転(a3)→2巡目か?(a4)との順をたどり,NOの場合は給水(a1)へ戻り,YESの場合はリターンへ至るフローチャートが示されている。

(イ) 前記(ア)の甲1の記載によれば,甲1の第1実施例の槽洗浄コースにおいては,外槽2及び内槽3(甲1の発明の詳細な説明及び図2によれば,内槽3は,小孔を多数有し,水を張った外槽2の中で回転するものと認められる。)に高水位まで給水し(ステップa1),内槽3内の撹拌体5の強力回転(ステップa2)及び内槽3の高速回転(ステップa3)を経て1巡目の洗浄を行い,再び高水位までの給水をして(ステップa1),2巡目の洗浄を行うことが認められる。そうすると,甲1の第1実施例の槽洗浄コースにおいて,槽洗浄コース時の給水によって最も水位が高くなった時点の水位は高水位であるから,本件発明の最終到達水位に該当するのは,甲1の第1実施例記載の発明では高水位であるものと認められる。また,甲1の第1実施例において,給水を停止し撹拌を始める時の水位は,1巡目及び2巡目のいずれの洗浄においても高水位であるから,本件特許発明の,水の撹拌を行う際の水位に該当するのは,甲1の第1実施例記載の発明では高水位であるものと認められる。

したがって,甲1記載の第1実施例において,本件発明の最終到達水位,及び水の撹拌を行う際の水位に該当するのは,いずれも高水位であり,給水を停止し撹拌を始める時の水位は,最終到達水位に等しく,そうすると,甲1の第1実施例には,給水を中断し撹拌を始める時の水位が最終到達水位である発明が記載されており,最終到達水位より低い水位において給水を停止して撹拌を始める発明は記載されていない。

(ウ) もっとも,甲1の第1実施例の槽洗浄コースにおいては,高水位まで給水(ステップa1)して1巡目の洗浄を行った後,再び高水位までの給水(ステップa1)をするから,1巡目の洗浄において水が撹拌される間に外槽2から水が溢れ出て,1巡目の洗浄の後には,外槽2及び内槽3内の水位が高水位よりも低下していることが推認される。

しかし,前記アのとおり,本件発明において,水を撹拌する際の水位は,給水を停止し撹拌を始める時の水位を指すものと認められるから,水の撹拌中及び撹拌後に水位が低下したとしても,そのことから直ちに,本件発明にいう,水を撹拌する際の水位(すなわち,水の撹拌を始める時の水位)も低下するとの帰結が導かれるわけではない。そして,甲1の第1実施例の1巡目及び2巡目の洗浄は,いずれも給水(ステップa1)によって高水位まで給水されて撹拌が開始されるから,本件発明にいう,水を撹拌する際の水位(すなわち,水の撹拌を始める時の水位)はいずれも高水位であり,1巡目の洗浄による撹拌中又は撹拌後の水位が低下していたとしても,そのことによって,本件発明にいう,水を撹拌する際の水位(すなわち,水の撹拌を始める時の水位)が低下するとはいえない。

(エ) さらに,本件発明に示された,最終到達水位よりも低い水位で給水を停止して水を撹拌するという技術思想は,撹拌された水の波の機械力による洗浄作用を利用するとの技術的知見に基づくものであるが,甲1には,このような技術的知見について,何らの記載も示唆もない。

すなわち,本件明細書には,次のとおりの記載がある。

「【0007】 従来のものの槽の洗浄効果を見たところ,・・・水面部分ではその効果が大きいことが判明した。この原因を探ったところ,下記のことが明らかとなった。すなわち,槽洗浄時に槽内に溜まった水を撹拌することによる洗浄効果は,撹拌された水による機械力が槽に及ぶことで槽の汚れを落とすことであるが,この槽の汚れを落とす機械力は,槽内の水が撹拌されて波立つことにより槽に与えられるものであり,要するに波による作用であるから,水面部分ほどその効果が大きいのである。」

「【0008】 そこで,上記第1の手段のように,槽洗浄コースの給水時に,該給水時の最終到達水位より低い複数段階の水位でそれぞれ給水を中断し槽内に溜まった水の撹拌を所定時間ずつ行なうことにより,その複数の各段階でそれぞれ槽内の水を撹拌することによる波の機械力が槽に及び,最終到達水位の水面部分のみならず,それより下位の各部分でもそれぞれ充分な洗浄効果が得られるようになる。」

「【0028】 このように本構成のものでは,水道水を供給する「槽洗浄コース」の給水時に,該給水時の最終到達水位Dより低いA,B,Cの3段階の水位でそれぞれ給水を中断し槽4内に溜まった水の撹拌を所定時間ずつ行なうもので,これにより,そのA,B,Cの各段階でそれぞれ槽4内の水を撹拌することによる波の機械力が槽4に及び,かくして,最終到達水位Dの水面部分のみならず,それより下位の各部分でもそれぞれ充分な洗浄効果を得ることができる。」

「【0038】

【発明の効果】 本発明は以上説明したとおりのもので,下記の効果を奏する。請求項1の洗濯機によれば,槽洗浄コースの給水時の最終到達水位の水面部分のみならず,それより下位の各部分でもそれぞれ槽の洗浄効果を充分に得ることができる。」

上記の本件明細書の記載によれば,本件発明は,撹拌された水の波の機械力による洗浄作用を利用するとの技術的知見に基づき,最終到達水位よりも低い水位で給水を停止して水を撹拌することにより,最終到達水位より低い位置でも洗濯槽に対する洗浄効果が得られるようにしたものであることが認められる。しかし,甲1には,波の機械力による洗浄作用を利用するとの技術的知見について,何らの記載も示唆もない。

(オ) 以上によれば,甲1の第1実施例には,「給水を停止して,最終到達水位で水を撹拌して槽洗浄をし,その後に最終到達点まで給水するもの」との発明は記載されているものの,最終到達水位より低い水位で給水を停止して水を撹拌するという発明は記載されていない。

そして,甲1には,撹拌された水の波の機械力による洗浄作用を利用するとの技術的知見について記載も示唆もなく,その第1実施例には,最終到達水位よりも低い水位で給水を停止して水を撹拌するという技術思想は示唆されていないから,甲1の第2実施例に記載された発明に上記発明を適用しても,本件発明の甲1号証発明イとの相違点に係る構成(「(給水時の最終到達水位より低い複数段階の水位で)それぞれ給水を中断し(槽内に溜まった水の撹拌を行なう)」)に容易に想到し得るとは認められない。

原告は,前記のとおり,甲1の第1実施例には,「給水を停止して,最終到達水位以下の水位で水を撹拌して槽洗浄をし,その後に最終到達点まで給水するもの」という発明が記載されていると主張するが,これは,最終到達水位より低い水位で給水を停止して水を撹拌するという発明も第1実施例に記載されているとの主張であり,採用することができない。したがって,その主張を前提とする原告のその余の主張も,採用することができない。

(3)  小括

以上によれば,審決による甲1に記載された発明に基づく容易想到性の判断に誤りがあるとの原告の主張は,採用することができず,取消事由2は理由がない。

3  結論

以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,審決にこれを取り消すべきその他の違法もない。

よって,原告の本訴請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 中平健)

裁判官上田洋幸は,転補のため,署名押印することができない。裁判長裁判官 飯村敏明

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