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知財高等裁判所 平成21年(行ケ)10301号 判決 2010年4月26日

原告

被告

特許庁長官

指定代理人

渋谷知子

岡本昌直

紀本孝

豊島唯

田村正明

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2009-6235号事件について平成21年8月17日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

1  本件は,原告が名称を「クリーナ用粘着式ローラー」とする発明について特許出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたが,特許庁から請求不成立の審決を受けたことから,その取消しを求めた事案である。

2  争点は,平成20年12月17日付け補正後の請求項1に係る発明(本願発明)が下記引用文献に記載された発明との関係で進歩性を有するか(特許法29条2項),である。

・ 特開2002‐345709号公報(発明の名称「粘着ロールクリーナ」,出願人A,公開日平成14年12月3日。以下この文献を「引用例1」といい,これに記載された発明を「引用発明1」という。甲20)

・ 登録実用新案公報3094057号公報(考案の名称「粘着ロール清掃具」,実用新案権者エルピー技研工業株式会社,登録日平成15年3月5日発行日平成15年5月30日。以下,この文献を「引用例2」といい,これに記載された発明を「引用発明2」という。甲21)

第3当事者の主張

1  請求原因

(1)  特許庁における手続の経緯

原告は,平成18年8月9日,名称を「クリーナ用粘着式ローラー」とする発明について特許出願(特願2006-240823号,甲1)をし,その後何度かの補正を経て,平成20年12月17日付けで特許請求の範囲の変更を内容とする補正(請求項の数1。以下「本件補正」という。甲12,乙6)をしたが,拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判請求をした。

特許庁は,上記請求を不服2009-6235号事件として審理し,その間原告は平成21年5月24日付け(特許庁の受付日は5月25日)で明細書の変更を内容とする補正(甲24,乙7)をしたが,特許庁は,平成21年8月17日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は平成21年9月4日原告に送達された。

(2)  発明の内容

本件補正後の特許請求の範囲は,上記のとおり請求項1から成るが,この請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)の内容は以下のとおりである。

・ 【請求項1】

クリーナ用粘着式ローラーにおいて,クリーナ用粘着式ローラーを引き出す方向即ち下流側からクリーナ用粘着式ローラーを巻き込む方向即ち上流側に向ってかつクリーナ用粘着式ローラーの軸方向の片側から他の側へ向けて切り目をいれ,クリーナ用粘着式ローラーの軸方向の他の側へ行き着く前,即ち粘着テープの粘着力とフローリング等の平滑度に基づく付着力を勘案して,粘着テープの一部がフローリング等へ剥離付着しないように設定した位置で切り目を止めることを特徴とするクリーナ用粘着式ローラー

(3)  審決の内容

ア 審決の内容は,別添審決写しのとおりである。

その理由の要点は,本願発明は引用発明1,引用発明2及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたから特許を受けることができない(特許法29条2項),というものである。

イ なお,審決が認定した引用発明1・2の内容,引用発明1と本願発明との一致点及び相違点a,bは,下記のとおりである。

・ <引用発明1の内容>

「シート面等の粉塵等を粘着除去する粘着ロールクリーナにおいて,巻き剥がし方向に沿って所定のリード角を有する切断部20を,該ロールクリーナの軸方向の片側から他の側へ向けて形成し,その終端部分に切断されていない断続部22を形成し,テープを取り扱い易くした粘着ロールクリーナ。」

・ <一致点>

本願発明と引用発明1は,

「クリーナ用粘着式ローラーにおいて,クリーナ用粘着式ローラーの軸方向の片側から他の側へ向けてかつ傾斜して切り目をいれ,所定位置で切り目を止めるクリーナ用粘着式ローラー。」である点で一致する。

・<相違点a>

切り目の傾斜について,本願発明では,「(クリーナ用粘着式ローラーを)引き出す方向即ち下流側から(クリーナ用粘着式ローラーを)巻き込む方向即ち上流側に向かって」としているのに対し,引用発明1では,「巻き剥がし方向に沿って所定のリード角を有する」としている点。

・<相違点b>

切り目を止める所定位置について,本願発明では,「他の側へ行き着く前,即ち粘着テープの粘着力とフローリング等の平滑度に基づく付着力を勘案して,粘着テープの一部がフローリング等へ剥離付着しないように設定した位置」としているのに対し,引用発明1では,「終端部分」としている点。

(4)  審決の取消事由

しかしながら,審決には,以下に述べるとおり誤りがあるので,違法として取り消されるべきである。

ア 取消事由1(相違点aについての判断の誤り)

(ア) 審決が相違点aについての検討において,クリーナ用粘着式ローラーの軸方向の片側から他方の側へ傾斜して切り目を入れる態様として,傾斜線が該ローラーの片側から他方の側への直線,すなわちローラーの端面に直角に形成した線からみて,交差する方向が該ローラーを引き出す方向の上流側又は下流側とする2つの態様が考えられるとした点について,本願発明は該ローラーを引き出す方向を下流側とすることを明確に定義しており,交差する方向が該ローラーを引き出す方向の上流側とも下流側ともどちらともとれるとする2つの態様を考えることはできない。仮に切り目を右肩から入れていく場合と左肩から入れていく場合とがあるということを考慮するにしても,あくまでもクリーナ用粘着式ローラーを引き出す方向が下流側であり,クリーナ用粘着式ローラーを巻き込む方向が上流側である。

したがって,いずれの場合においても,該ローラーを引き出す方向,すなわち下流側から該ローラーを巻き込む方向,すなわち上流側に向って傾斜していると見ることができ,このような限定を付加することに実質的な意味がなく単に方向の呼び方を特定したものにすぎないとする審決の判断は誤りである。

また,相違点aにつき,本願発明と引用発明1に実質的な差違はみられないとした審決の判断には明確な根拠が見出せない。

(イ) 本願発明は請求項1において切り目の方向性について明確にしているのに対し,切り目の方向性について開示した刊行物はない。

(ウ) 本願明細書の段落【0003】(甲24)に示すとおり,クリーナー用粘着式ローラーはトイレットペーパーと同じ巻きつけ方式が主体であることから,最初は上流側へローラーを回転させないと粘着テープが剥れてフローリング等に張り付いてしまうばかりでなく,最初は上流側へローラーを回転させていても,下流側から上流側に向けて切り目を入れ,粘着テープの粘着力とフローリング等の平滑度に基づく付着力を勘案して粘着テープの一部がフローリング等へ剥離付着しないように設定した位置で切り目を止めて上流側に切り目を入れない部分を残さないと,フローリング等に張り付いてしまう恐れがある。これを逆にして切り目を入れない部分を下流側に残すと,最初は必ず上流側へローラーを回転させるため,上流側の切れ口から剥離してフローリング等へ付着してしまう。

また,使用後に粘着テープを剥がす際に,クリーナ用粘着式ローラーはローラー把手器具のルーラー部に取り付けられているため,ローラー把手器具の柄を片手に持って,もう片方の手で粘着テープを剥がす必要があり,切り目が下流側から上流側に向けて切られていると,クリーナ用粘着ローラーがスムーズに回転しながら片手で粘着テープを剥ぎ取ることができる。逆に上流側から下流側へ切り目を入れ,切り目を入れない部分を下流側に残すと,下流側の前回引きちぎった端部をつまんで下流側から上流側へ粘着テープを剥がしながら,途中から上流側の端部からも粘着テープを剥がし,最後に下流側の端部を引きちぎる動作が必要となる。

(エ) 引用発明1の切り目が「下流側から上流側に向かって傾斜」したものであったとしても,本願発明とはその目的及び構造が異なるため,本願発明同様の効果を奏しない。

イ 取消事由2(相違点bについての判断の誤り)

(ア) 引用例2に記載された発明(引用発明2)の無孔域を形成する目的は,粘着ロール製造時に粘着テープを高速で巻き取るために引っ張り強度を増したもので,本願発明の主眼とする粘着テープの一部がフローリング等へ剥離付着しないようにするためのものではない。

(イ) 特開平8-126602号公報(発明の名称「回転式粘着除塵クリーナー」,出願人日東電工株式会社,公開日平成8年5月21日。以下この文献を「甲25文献」という。甲25)に記載された技術は,粘着力を弱くして対応する方式で,本願発明の主張する通常の粘着力の強いものに対して対応する手段を示すものではない。

また,登録実用新案第3042163号公報(考案の名称「粘着ローラ」,実用新案権者B,登録日平成9年7月23日発行日平成9年10月14日。以下,この文献を「甲26文献」という。甲26)に記載された技術は,平坦な被掃除面への粘着について考慮しているが,スリットを設けて被掃除面との接触面積を減らすことにより被掃除面への粘着力を減少させるとするもので,本願発明の「他の側に行き着く前,即ち粘着テープの粘着力とフローリング等の平滑度に基づく付着力を勘案して,粘着テープの一部がフローリング等へ剥離付着しないように設定する方式」とは根本的に思想が異なっている。

さらに,上記両文献に記載された技術は,斜めのスリットを下流側から上流側へ向けて切る方向性について明確に記述したものではない。

(ウ) 引用発明1や引用発明2がその使用対象として「シート面等」や「フローリング等」に触れているからといって,本願発明の主眼とする「他の側に行き着く前,即ち粘着テープの粘着力とフローリング等の平滑度に基づく付着力を勘案して,粘着テープの一部がフローリング等へ剥離付着しないように設定する方式」について熟慮しているとすることはできない。なぜなら,引用発明1における「切断されていないわずかな断続部22」及び引用発明2における「切欠や孔などが存在しない無孔域M」を設けたとしても,実際にフローリング等に使用してみると,すぐに粘着テープがフローリング等に張り付いてしまうからである。

ウ 取消事由3(当業者であれば容易に想到しうるとする判断の誤り)

審決が引用発明1,引用発明2及び周知技術の断片的な部分部分を捉えて,本願発明が容易に想到しうるとしたのは誤りである。また,各引用文献に記載された発明及び技術の目的は本願発明の目的とは異なる。

本願発明は,クリーナ用粘着式ローラーを引き出す方向(下流側)からクリーナ用粘着式ローラーを巻き込む方向(上流側)に向ってかつクリーナ用粘着式ローラーの軸方向の片側から他の側へ向けて切り目をいれる方向性と,クリーナ用粘着式ローラーの軸方向の他の側へ行き着く前,すなわち粘着テープの粘着力とフローリング等の平滑度に基づく付着力を勘案して,粘着テープの一部がフローリング等へ剥離付着しないように設定した位置で切り目を止めることによる複合的効果,総合的な相乗効果を主眼とするものである。部分部分を捉えると一見類似しているように見えるかもしれないが,本願発明は一体化して初めて格別な効果を発揮するものである。

実際,引用例1及び引用例2と同様の粘着式ローラーを実際に制作してフローリング等に使用してみると,すべての粘着テープがフローリング側に剥離付着してしまうのに対し,本願発明のクリーナー用粘着式ローラーは,剥離付着しない。そのためには細心の配慮が必要であり,切り目の方向性や切り残しの量について総合的に配慮しないと本願発明の目的を達成することはできない。

2  請求原因に対する認否

請求原因(1)~(3)の各事実は認めるが,同(4)は争う。

3  被告の反論

審決の判断は正当であり,原告主張の取消事由は理由がない。

(1)  取消事由1に対し

ア (ア)につき

粘着式ローラーの片側から他方の側に向けて傾斜した切り目を設けるとき,切り目を入れる手順として「下流側から上流側」に向って入れても「上流側から下流側」に向って入れても,できあがった切り目の「傾斜」は「下流側から上流側に向って傾斜」したものと表現することができる。

したがって,審決が「切り目をいれる態様として・・・2つの態様が考えられる」が「いずれの場合においても・・・下流側から・・・上流側に向かって傾斜しているとみることができる」としたことに誤りはない。

なお,本願発明における「下流側から・・・上流側に向ってかつ・・・片側から他の側へ向けて切り目をいれ」との発明特定事項を「他の側へ行き着く前・・・で切り目を止める」との発明特定事項と一体的に解釈して,「上流側に切り目を入れない部分を残す」との意の発明特定事項であるとして捉えた場合においても,引用発明1は,本願発明と同様,「上流側に切り目を入れない部分を残す」ようにしたものであって,両者に実質的な差異はない。すなわち,引用発明1は,審決が認定したとおり,「巻き剥がし方向に沿って所定のリード角を有する切断部20を・・・形成し,その終端部分に切断されていない断続部22を形成」(審決4頁3行~6行)したものであって,ここで「巻き剥がし方向」とは,引用例1の図1,3によれば,本願発明でいう「下流側から上流側に」向かう方向のことである。そうすると,引用発明1における「その終端部分」は「上流側」と,「切断されていない断続部22」は「切り目を入れない部分」とそれぞれ同義であるから,引用発明1は,本願発明と同様,「上流側に切り目を入れない部分を残す」ようにしたものといえる。

よって,相違点aにつき,両者に,実質的な差違は見られないといえるとする審決の判断に誤りはない。

イ (イ)につき

原告のいう「切り目の方向性」が「切り目の傾斜」の方向性を意味するのであっても,あるいは「切り目を入れない部分の位置」(上流側に切り目を入れない部分を残すか,それとも下流側に切り目を入れない部分を残すか)を意味するのであっても,上記アのとおり,引用発明1は,切り目が「下流側から上流側に向って傾斜」したものであり,上流側に切り目を入れない部分を残したものである。

よって,切り目の方向性について開示した刊行物は1つもないとする原告の主張は理由がない。

ウ (ウ)につき

粘着テープを剥がした後,最初は必ず上流側へローラーを回転させるものであるとの前提に立てば,本願発明と同じく上流側に切り目を入れない部分を残した引用発明1も「上流側の切れ口から剥離してフローリング等へ付着してしまう」問題はないはずである。

また,引用発明1は,引用例1(甲20)の図6に示された,下流側に連続部2bを残した従来技術における巻き剥がし時の不都合(段落【0005】参照)を解決し,「粘着面の更新にあたってより円滑に巻き剥がすことができる粘着ロールクリーナを提供する」(段落【0006】)ことを目的としたものであるから,引用発明1においても「円滑に粘着テープを剥がすことができる」効果を意図し,切り目を下流側から上流側に向って入れ,切り目を入れない部分を上流側に残したものであって,本願発明と同様,粘着テープを剥がす際に「クリーナ用粘着ローラーがスムーズに回転しながら片手で粘着テープを剥ぎ取ることができる」ことが認められる。

エ 小括

したがって,審決の相違点aについての判断は正当であり何ら誤りはなく,原告の主張は理由がない。

(2)  取消事由2に対し

ア (ア)につき

原告の「引用発明2の無孔域を形成する目的は,粘着ロール製造時に粘着テープを高速で巻き取るために引っ張り強度を増したもので,本願発明の主眼とする,粘着テープの一部がフローリング等へ剥離付着しないようにするためのものではない。」との主張は争わない。そもそも審決は,引用発明2における「無孔域」を形成する目的が「粘着テープの一部がフローリング等へ剥離付着しないようにするため」との認定はしていない。

審決は,引用発明2が「粘着ロール製造時に粘着テープを高速で巻き取る」という目的のためではあるものの,「粘着ロール清掃具において,軸線に対し傾斜して・・・破断線10を形成し,この破断線10の始端側・・・に,切欠や孔のない無孔域を形成し,引っ張り強度を増し,破断しにくくした」(審決5頁22行~24行)ものであると認定したものであり,審決のかかる認定に誤りはない。

イ (イ)につき

審決において甲25文献及び甲26文献を挙げたのは,フローリング等の平滑面に粘着式ローラーを使用した場合に剥がれてしまうという課題が周知であったことを示すためにすぎない。

ウ (ウ)につき

(ア) 原告は,引用発明1及び引用発明2が,本願発明における「他の側へ行き着く前,即ち粘着テープの粘着力とフローリング等の平滑度に基づく付着力を勘案して,粘着テープの一部がフローリング等へ剥離付着しないように設定する方式」について熟慮したものではない旨主張する。

そして,ここで,本願発明における「他の側へ行き着く前,即ち粘着テープの粘着力とフローリング等の平滑度に基づく付着力を勘案して,粘着テープの一部がフローリング等へ剥離付着しないように設定した位置で切り目を止める」との発明特定事項は,フローリング等へ付着した際に破断したりしないような切り残しの量とする,との意であると解される。

しかし,本願発明の詳細な説明及び図面には,具体的にどのような切り残しの量とすれば切り残し部分が破断せず,粘着テープの一部がフローリング等へ剥離付着しないのかについての記載はない。

したがって,原告のいう「本願発明における『他の側へ行き着く前,即ち粘着テープの粘着力とフローリング等の平滑度に基づく付着力を勘案して,粘着テープの一部がフローリング等へ剥離付着しないように設定する方式』について熟慮する」とは,本願明細書を参酌しても,具体的にどのように「粘着テープの一部がフローリング等へ剥離付着しないように設定」すればよいのか明らかでないことから,結局,当業者が通常行うレベルの試行錯誤を行い,実際に用いられる粘着テープと使用対象面の平滑度に応じて切り残し部分が破断しないと判断される切り残しの量を適宜選択する,という程度の技術的事項にすぎないものと解される。

(イ) 引用発明2は,前記アのとおり「・・・粘着ロール清掃具において,軸線に対し傾斜して・・・破断線10を形成し,この破断線10の始端側・・・に,切欠や孔のない無孔域を形成し,引っ張り強度を増し,破断しにくくした」(審決5頁22行~24行)ものであるところ,さらに引用例2(甲21)には「・・・粘着ロール製造時において,・・・巻き取り方向において先着する側のミシン目(以下,始端側ミシン目と称す)が粘着テープの側端を切り欠くように形成されていると,この粘着テープを高速で巻き取るときに,このミシン目部分が破断のきっかけとなり,この部分から破断する虞がある。」(段落【0007】)と記載され,力が先にかかる上流側の側端部に切り目を設けないようにして粘着テープの破断のきっかけをなくす技術的思想が開示されているとともに,「この無孔域Mの幅mは,粘着テープ4の巻き取り強度からすれば,大きい方が好ましいが,表皮部分を剥離する場合の破断しやすさからすれば,小さい方が好ましい。」(段落【0031】)と記載され,「切り目を入れない部分」の幅について,必要とされる強度と使用後の剥ぎ取り易さを勘案し適切な幅を設定する技術的思想が開示されている。そうすると,引用発明2は,粘着テープの「上流側」に「切り目を入れない部分を残す」ことによって巻き取り時の粘着テープの破断のきっかけをなくすとともに,「切り目を入れない部分」の幅すなわち「切り残しの量」の設定によって,適切な引っ張り強度及び剥ぎ取り時の破断しやすさを実現したものであるといえる。

一方,引用発明1は,前記のとおり「粘着面の更新にあたってより円滑に巻き剥がすことができる粘着ロールクリーナを提供する」ことを目的として,本願発明と同様に下流側に切り目を入れ,上流側に切り目を入れない部分を残したものである。

したがって,上流側に切れ口がない引用発明1において,上流側へローラーを回転させたときは「上流側の切れ口から粘着テープが剥離しフローリング等に張り付く」問題は基本的にないはずのものであるところ,引用発明1は,シート面等の平滑度の高い面へも使用するものであることから,平滑面に用いると粘着テープが張り付きやすいとの周知の課題に鑑み,万が一にも上流側の切り目を入れない部分が破断して粘着テープが剥がれてしまうことがないように,引用発明2の上記技術思想を参照し,上流側の切り目を入れない部分の幅(切り残しの量)を「粘着テープの付着力とフローリング等の平滑度に基づく付着力を勘案して,粘着テープの一部がフローリング等へ剥離付着しないように設定」することは当然になし得る設計的事項であり,よって当業者であれば容易に想到し得たことである。

なお,原告の「引用発明1及び引用発明2のローラーを作製して実際にフローリング等に使用してみると,すぐに粘着テープがフローリング等に張り付いてしまう」旨の主張は,作製した「引用発明1及び引用発明2のローラー」について,切り残しの量はもとより,切り目を入れない部分を上流側と下流側のいずれの側に設けたのかについても何らデータを開示することなく主張しているものであるから,根拠のない主張である。

エ 小括

したがって,審決の相違点bについての判断は正当であり何ら誤りはなく,原告の主張は理由がない。

(3)  取消事由3に対し

ア 原告は,引用発明1,引用発明2及び周知技術の断片的な部分部分を捉えて,本願発明が容易に想到し得るとしたのは誤りである旨主張する。

しかし,審決が指摘したように,フローリング等の平滑面に粘着テープが張り付き,剥がれてしまうという課題は当該技術分野において周知であるから,平滑面に粘着テープが張り付き,切り残し部分が破断して粘着テープが剥がれないよう,引用発明1における上流側の切り目を入れない部分に引用発明2の切り目を入れない部分の幅を適切な強度を有するように設定する構成を組み合わせることの動機付けは,十分に見出すことができる。審決はこのような動機付けも勘案して判断したのであり,原告が主張するような誤りはない。

イ また,原告は,引用発明1及び引用発明2の目的が,本願発明の目的とは異なると主張し,切り目の方向性や切り残しの量について総合的に配慮しないと本願発明の目的を達成することはできないと主張するとともに,本願発明は,切り目を入れる方向性と粘着テープの粘着力とフローリング等の平滑度に基づく付着力を勘案して,粘着テープの一部がフローリング等へ剥離付着しないように設定した位置で切り目を止めることによる複合的効果,相乗効果を奏するものであると主張する。

しかし,引用発明1及び引用発明2が上記の本願発明の目的を主眼としたものでないとしても,上記のとおり,下流側に切り目を入れ上流側に切り目を入れない部分を残すことによって,円滑に粘着テープを剥がせるようにした引用発明1に,平滑面に粘着テープが張り付き剥がれてしまうという周知の課題を解決するという観点から,引用発明2の切り残しの量を適切な強度を有するように設定する構成を組み合わせることは,当業者が容易に想到し得るものであって,この引用発明1と引用発明2との組み合わせによって「円滑に粘着テープを剥がせるとともに,平滑面に粘着テープが張り付き,剥がれてしまうことを防止する」という効果が奏される。

そうするとこの効果は,本願発明の奏する効果(本願明細書〔甲1〕の段落【0006】参照)と同じであるから,結果的に,引用発明1に引用発明2を組み合わせたものは,原告のいう「切り目の方向性や切り残しの量について総合的に配慮したもの」となり,本願発明の目的を達成できる。

したがって,本願発明が当業者であれば容易に想到し得るとした審決の判断に誤りはない。

ウ なお,原告の「引用例1及び引用例2と同様の粘着式ローラーを実際に制作してフローリング等に使用してみると,すべての粘着テープがフローリング側に剥離付着してしまうのに対し,本願発明のクリーナー用粘着式ローラーは,剥離付着しない」との主張は,前記のとおり,「引用例1及び引用例2と同様の粘着式ローラー」について,切り目を入れない部分を上流側と下流側のいずれに設けたのか,切り残しの量をどの程度にしたのか等について何ら開示することなく主張しているものであって,理由がない。

第4当裁判所の判断

1  請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。

2  容易想到性の有無

審決は,本願発明は引用発明1・2及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとし,原告がこれを争うので,以下,その当否について判断する。

(1)  本願発明の意義

ア 本件補正後の特許請求の範囲【請求項1】の記載は,前記第3,1(2)のとおりである。

イ また,本件補正後の明細書(公開特許公報とその後の補正,乙1~7)には,以下の記載がある。

・ 【技術分野】

「この発明はクリーナ用粘着式ローラーにおいて,使用後に粘着テープを簡単に剥離させるための技術に関するものである。」(乙1,段落【0001】)

・ 【背景技術】

「従来この種のクリーナ用粘着式ローラーにおいては,使用後に粘着テープを簡単に剥離させる目的をもって各種の切込みが考案されているが,いずれもローラーの軸方向の片側から他の側へ向けて完全に切り目を入れるか又は点線でつなぎをつけている。

この場合,粘着剤の粘着性の強さにも左右されるが,通常はフローリングなどに使用した場合に,フローリングに粘着面が付着し粘着テープが剥れてしまうため実用化されていないのが現実である。

したがって,あまり多くの切り込みはつけずに,点線等で切り口を示す方式が多いが,それでもゴミや髪の毛等が多くなると,使用後の粘着テープを簡単に剥離させることが困難な状況が多発している。それらの先行技術として,<中略>には,クリーナ用粘着式ローラーを横切って斜めに切り目を入れる各種の実施例又は切り残し部を設ける実施例が開示されているが,本願が主眼とする『切り目の方向性』及び『フローリング等への対応』については全く開示されていないため,通常はフローリングなどに使用した場合に,フローリングに粘着面が付着し粘着テープが剥がれてしまったり,使用後の粘着テープを簡単に剥離させることが困難な状況が多発している。」(乙7,段落【0002】)

・ 【発明が解決しようとする課題】

「今日の技術では,安価に製造する観点から,トイレットペーパーと同じ巻きつけ方式が主体であり,かつ点線等で切り口を示す方式が多いことから使用後の粘着テープを簡単に剥離させることが困難な状況が多発しているため,取り扱いが悪く使用者がいらいらする場合が多い。

この取り扱いを良くするために,使用後には粘着テープを簡単に剥離させるとともに,切り目をつけることによるフローリング等への粘着面の付着もしくは粘着テープの剥れを防止する手段を講じる必要がある。

そのためには,従来の先行技術では開示されていない『切り目の方向性』及び『フローリング等への対応』技術を適用する必要がある。」(乙7,段落【0003】)

・ 【課題を解決するための手段】

「本発明は,上記の課題を解決するために考案したもので,従来の先行技術では開示されていない『切り目の方向性』及び『フローリング等への対応』技術を適用してトイレットペーパーと同じ巻きつけ方式において,ローラーを引き出す方向即ち下流側からローラーを巻き込む方向即ち上流側に向かってかつローラーの軸方向の片側から他の側へ向けて切り目をいれ,ローラーの軸方向の他の側へ行き着く前に切り目を止めるものである。」(乙7,段落【0004】)

・ 【発明の効果】

「本発明により,使用後には粘着テープを簡単に剥離させるとともに,切り目をつけることによるフローリング等への粘着面の付着もしくは粘着テープの剥れを防止する手段を講じることにより,取り扱いをよりよいものにして使用者のいらつきをなくし,粘着式ローラークリーナを使って掃除を楽しいものにすることができる。」(乙1,段落【0006】)

・ 「図1は,従来のトイレットペーパーと同じ巻きつけ方式のクリーナ用粘着式ローラーを引き出して展開した様子を示すもので,1は切り込み,2は接着剤コーティングしない部分を示す。

切り込み1は,接着剤コーティングしない部分の端点を出発点としてローラーを引き出す方向即ち下流側からローラーを巻き込む方向即ち上流側に向ってかつローラーの軸方向の片側から他の側へ向けて切り目をいれ,ローラーの軸方向の他の側へ行き着く手前で切り目を止めるものである。

こうすることにより,切り目をつけることによるフローリング等への粘着面の付着もしくは粘着テープの剥れを防止するとともに,使用後には粘着テープを簡単に剥離させることができる。この場合,ローラーの軸方向の他の側へ行き着く手前で切り目を止めた部分は,切り目の延長上で使用者の手によって引きちぎる状態となる。これは使用上なんら問題とならず,こうすることにより余計な製造コストを下げることができる。・・・」(乙3,段落【0008】)

・ 「図2は,使用後クリーナ用粘着式ローラーから表面の一枚目を剥離させている状況を示すもので,3は前回使用者が切り目の延長上で使用者の手によって引きちぎった部分を示し,4はクリーナ用粘着式ローラーを示す。

さらに,使用者はローラーの回転にあわせて表面の一枚目を切り目1の延長上で引きちぎることにより簡単に粘着テープを剥離させ,新しい粘着面を露出させることができる。」(乙1,段落【0009】)

・ 図面(乙4)

【図1】 クリーナ用粘着式ローラーを引き出して展開した様子を示す

file_2.jpg【図2】 使用後クリーナ用粘着式ローラーから表面の一枚目を剥離させている状況を示す

file_3.jpgウ 上記記載によれば,本願発明はクリーナ用粘着式ローラーに関するものであり,使用後には粘着テープを簡単に剥離させるとともに,切り目を付けることによるフローリング等への粘着面の付着もしくは粘着テープの剥れを防止することを目的とし,そのために請求項1に記載された構成を備えること,すなわち,粘着テープの粘着力とフローリング等の平滑度に基づく付着力を勘案して,粘着テープの一部がフローリング等へ剥離付着しないような大きさに設定した切り目を入れない部分を切り目の上流側の端部に設けたことにより,切り目を入れない部分が回転によって破断することなく巻き込む力を発揮し,フローリング等への粘着面の付着や粘着テープの剥がれを防止するという作用・効果を奏するものであることが認められる。

(2)  引用発明1の意義

ア 引用例1(甲20)には,以下の記載がある。

・ 【特許請求の範囲】

【請求項1】

「円筒状巻心1に粘着面を表面に露出する状態で粘着テープ2を多数回巻き付けたロールクリーナであって,前記粘着テープ2には,ほぼ一回巻き毎に当該粘着テープ2の幅方向の一端を剥がし始端部21として巻き剥がし方向aに沿って所定のリード角を有する切断部20が形成されており,前記切断部20の少なくとも剥がし始端部21は当該粘着テープ2の一回巻き毎に巻き剥がし方向又はその逆方向へ数mm以上ずれていることを特徴とする粘着ロールクリーナ。」

・ 【請求項2】

「前記切断部20には前記剥がし始端部21を除く部分の一ケ所又は数カ所に切断されていない断続部22が形成されていることを特徴とする,請求項1に記載の粘着ロールクリーナ。」

・ 【請求項3】

「前記切断部20の剥がし始端部21はほぼ軸方向に沿って形成されていることを特徴とする,請求項1又は2に記載の粘着ロールクリーナ。」

・ 【発明の属する技術分野】

「本発明は,カーペット面やシート面等の粉塵等を粘着除去する粘着ロールクリーナに関するものである。」(段落【0001】)

・ 【発明が解決しようとする課題】

「本発明の目的は,粘着テープの剥がし始端部が見分け(見つけ)易く,粘着面の更新にあたってより円滑に巻き剥がすことができる粘着ロールクリーナを提供することにある。」(段落【0006】)

・ 【発明の実施の形態】

「図1~図5を参照しながら,本発明に係る粘着ロールクリーナの好適な実施形態を説明する。

第1実施形態

図1は本発明に係る第1実施形態の粘着ロールクリーナの斜視図,図2は図1の粘着ロールクリーナの粘着テープの展開状態の部分平面図である。」(段落【0010】)

・ 「ボール紙を円筒状に巻いた円筒状巻心1には,全幅にわたって表面側を粘着面とする粘着テープ2が多数回巻き付けられている。粘着テープ2には,ほぼ一回巻き毎に,当該粘着テープ2の幅方向の一端を剥がし始端部21として,巻き剥がし方向に沿って所定のリード角θ(20~25°)を有する切断部20が形成されている。ただし,剥がし始端部21はほぼ10mm程度にわたり軸方向に沿って切断されている。切断部20は一回巻き毎に巻き剥がし方向へ3~7mm程度ずれる状態に形成されている。すなわち,粘着テープ2の隣合う各巻き層は互いに3~10mm程度ずれている。図1の粘着ロールクリーナは,一回又は数回にわたり粘着面が更新された状態であるが,ロールの表面に表れている実線の切断部20aと点線で示す次の巻き層の切断部20b,当該切断部20bと二点鎖線で示すその次の巻き層の切断部20c,当該切断部20cと一点鎖線で示すさらに次の巻き層の切断部20dは,それぞれ3~10mm程度ずつずれている。粘着テープ2の各切断部20には,剥がし始端部21から数十ミリ中央寄り部分と終端部分に切断されていない断続部22が形成されている。」(段落【0011】)

・ 「この実施形態の粘着ロールクリーナは,図2のように粘着テープ2のテープ原紙に粘着剤を塗布する前又は塗布した後に切断部20を形成し,その後円筒状巻心1へ粘着テープを巻き付けて製造する。この実施形態では,粘着テープ2が円筒状巻心1へ巻き付けられた状態において,切断部20が一回巻き毎に巻き剥がし方向へ3~10mm程度ずれるようにするため,切断部20相互の間隔Lは,粘着テープ2の巻き始め端部においては巻心1の周長+3~10mmに設定し,その次の間隔Lからは粘着テープ2の厚みを勘案した巻き周長+3~10mmに設定する。粘着テープ2の粘着面には,各切断部20の剥がし始端部21を指示する矢印23や,剥がし方向を指示する矢印24等が印刷されている。」(段落【0012】)

・ 「第2実施形態

図3は第2実施形態の粘着ロールクリーナの斜視図である。この実施形態の粘着ロールクリーナは,粘着テープ2へ一回巻き毎に剥がし始端部21から巻き剥がし方向に沿って所定のリード角θを有するように形成されている切断部20が,一回巻き毎に巻き剥がし方向の逆方向へ3~10mm程度ずつずれている。図示の粘着ロールクリーナは,一回又は数回にわたり粘着面が更新された状態であるが,ロールの表面に表れている実線の切断部20aと次の巻き層のロール表面に表れている実線の切断部20b,当該切断部20bと点線で示すその次の巻き層の切断部20c,当該切断部20cと一点鎖線で示すさらに次の巻き層の切断部20dは,それぞれ3~10mm程度ずつずれている。」(段落【0014】)

・ 「この実施形態の粘着ロールクリーナも,粘着テープ2のテープ原紙に粘着剤を塗布する前又は塗布した後に切断部20を形成し,その後円筒状巻心1へ粘着テープ2を巻き付けて製造する。この実施形態では,粘着テープ2が円筒状巻心1へ巻き付けられた状態において,切断部20が一回巻き毎に巻き剥がし方向の逆方向へ3~10mm程度ずれるようにするため,切断部20相互の間隔は,粘着テープ2の巻き始め端部においては巻心1の周長-3~10mmに設定し,その次からは粘着テープ2の厚みを勘案した巻き周長-3~10mmに設定する。第2実施形態の粘着ロールクリーナは,一回巻き毎に形成されている切断部20が,テープの巻き剥がし方向の逆方向へ数3~10mmずつずれているので,粘着面を更新した際にずれ幅に相当する更新されない汚れた面が露出するが,巻き剥がし方向の逆方向へ3~10mmずつずれている分だけ粘着テープ2が倹約できる。第2実施形態の粘着ロールクリーナの他の構成や作用効果は,第1実施形態のロールクリーナと同様であるのでそれらの説明は省略する。」(段落【0015】)

・ 「第3実施形態

図4は第2実施形態の粘着ロールクリーナにおける粘着テープの部分展開平面図であり,図5は図4の粘着テープを利用した粘着ロールクリーナの部分斜視図である。図4のように,粘着テープ2には,当該粘着テープ2を図5のように円筒状巻心1へ巻き付けた状態において,巻き剥がし方向に沿って所定のリード角θ(20~25°)を有するように一回巻き毎に切断部20が形成されている。各切断部20における剥がし始端部21は,巻き剥がし方向又はその逆方向へL字状(アングル状)になるように形成されている。隣合う切断部20の間隔Lは粘着テープ2の当該部分の巻き周長とほぼ一致しているが,各切断部20の剥がし始端部21相互は,隣合う一組の剥がし始端部21,21の間隔L1=当該部分の巻き周長+3~10mmとなり,その隣の一組の剥がし端部21,21の間隔L=当該部分の巻き周長-3~10mmとなるようにそれぞれ設定する。」(段落【0016】)

・ 「図4の粘着テープ2を,図5で示すように,その粘着面が表面に表れるように円筒状巻心1へ巻き付けて粘着ロールクリーナを構成すると,各巻き層の切断部20はロールの表面から巻心1へ向かってほぼ同じ位置にあるが,隣合う巻き層における切断部20の剥がし端部21相互は,図のように巻き剥がし方向の逆方向へ3~10mmずれる。この実施形態の粘着ロールクリーナは,切断部20相互の間隔が当該部分における巻き周長とほぼ一致しているので,粘着テープ2に無駄がなく,かつ,粘着面を更新したときに第2実施形態のように更新されない汚れた部分が残ることもない。第3実施形態の他の構成や作用効果は,第1実施形態の粘着ロールクリーナと同様であるのでそれらの説明は省略する。」(段落【0017】)

・ 図面

【図1】 本発明に係る第1実施形態の粘着ロールクリーナの斜視図

file_4.jpg【図2】 図1の粘着ロールクリーナの粘着テープの部分展開平面図

file_5.jpgAl yp iy pe z aid 2 23. q 20 | e\et\r \? A \z6【図3】 第2実施形態の粘着ロールクリーナの斜視図

file_6.jpg・ 【図4】 第3実施形態の粘着ロールクリーナにおける粘着テープの部分展開平面図

file_7.jpg【図5】 図4の粘着テープを利用した粘着ロールクリーナの部分斜視図

file_8.jpg・ 【符号の説明】

1  円筒状巻心

2  粘着テープ

20(20a,20b,20c,20d) 切断部

21 剥がし始端部

22 断続部

23,24 矢印

2a  切り込み

2b  連続部

a 巻き剥がし方向

θ リード角

イ 上記記載によれば,粘着テープ2には,ほぼ一回巻き毎に,当該粘着テープ2の幅方向の一端を剥がし始端部21として,巻き剥がし方向に沿って所定のリード角θ(20~25°)を有する切断部20が形成されていることが認められる。図3の粘着ロールクリーナは,一回又は数回にわたり粘着面が更新された状態であり,ロールの表面に表れている切断部20aのぎざぎざ状の部分は粘着テープを更新した際の破断跡と解されることより,切断部20aは現時点での粘着テープ2の端部と推測される。切断部20相互の間隔Lは,粘着テープ2の巻き始め端部においては巻心1の周長-3~-10mmに設定し,その次の間隔Lからは粘着テープ2の厚みを勘案した巻き周長-3~-10mmに設定してあることより,切断部20相互の間隔Lは巻き周長よりも短く,巻き付けに際し,上の層の切断部20が下の層の切断部20の位置まで達しないこと,つまり,上の層の切断部20は下の層の切断部20に対し上流側に位置することが認められる。

そうすると,

① 図3における,ロールの表面に表れている切断部20aと次の巻き層の切断部20b,その次の巻き層の切断部20c,さらに次の巻き層の切断部20dの位置関係からして,矢印aの方向が上流側であること

② 矢印aは「巻き剥がし方向」であることより,同様に「剥がし方向」を指示する図2の矢印24の方向が上流側であること,すなわち図2における右方が上流側,左方が下流側であること

③ 切断部20の端部に設けられた断続部22(図3)は,剥がし始端部21に対し上流側に位置すること

が認められる。

以上より,引用例1(甲20)には,下流側から上流側に向かって,かつ軸方向の片側から他の側へ向けて入れられた切断部20を有し,その切断部20は他の側に行き着くことはなく一定の位置で止められた粘着ロールクリーナが記載されており,これは,本願発明と同様の切り目構造を有するものであることが認められる。

(3) 取消事由1(相違点aについての判断の誤り)について

ア 審決は,切り目を入れない部分の位置を問わず,単に切り目の傾斜の方向性に着目し,傾斜線がローラーの端面に直角に形成した線からみて交差する方向が該ローラーを引き出す方向の上流側又は下流側のいずれの場合においても,該ローラーを引き出す方向(下流側)から該ローラーを巻き込む方向(上流側)に向かって傾斜しているとみることができ,このような限定を付加することに実質的な意味がなく,単に方向の呼び方を特定したものにすぎない旨判断したが(6頁18行~27行),本願発明においては切り目を入れない部分の位置が重要であると認められるから,その点を含めた傾斜構造に関する検討が必要というべきであり,その意味において審決の判断は適切ではない。

しかし,引用発明1は,下流側から上流側に向かって,かつ軸方向の片側から他の側へ向けて入れられた切断部20を有し,その切断部20は他の側に行き着くことはなく一定の位置で止められた粘着ロールクリーナであるところ,これは本願発明と同様の切り目構造を有するものであることは前記のとおりである。そうすると,切り目を入れない部分の位置を含め検討しても,本願発明と引用発明1とに差異はないから,審決の判断は結論において誤りがないと認めるのが相当である。

イ なお,原告は,引用発明1の切り目が「下流側から上流側に向かって傾斜」したものであったとしても,本願発明とはその目的及び構造が異なるため,本願発明同様の効果を奏しない旨主張する。

しかし,引用発明1の切り目の構造の目的が本願発明とは異なるとしても,引用発明1は本願発明同様,上流側に切り目を入れない部分を残した構造であることに違いはなく,切り目を入れない部分の位置に係る切り目の傾斜構造において両者に実質的な差異は認められない。そして,使用後に簡単に剥離させるとの効果は,本願発明と同様の構造を有する引用発明1にも十分期待できるものである。また,フローリング等への付着を防止する効果に関しては,切り目を入れない部分の大きさと相俟った効果といえるが,そのうち上流側に切り目を入れない部分を残したことにより期待できる効果は,同様の構造を有する引用発明1にも十分期待できるものであるといえる。

よって,原告の上記主張は採用することができない。

(4) 取消事由2(相違点bについての判断の誤り)について

ア 引用発明1における断続部22の技術的意味

(ア) 引用例1(甲20)には,以下の記載がある。

・ 「・・・各切断部20には剥がし始端部21を除く部分に切断されていないわずかな断続部22が形成されているので,切断部20を形成した後の粘着テープ2の巻心1への巻き付け完了までのテープ2が取り扱い易い。」(段落【0013】)

・ 「請求項2の発明に係る粘着ロールクリーナは,各切断部20には剥がし始端部21を除く部分の一ケ所又は数カ所に切断されていないわずかな断続部22が形成されているので,切断部20を形成した後の粘着テープ2の巻心1への巻き付け完了までのテープ2が取り扱い易い。」(段落【0020】)

(イ) 上記記載によれば,引用発明1において,切断部20に断続部22を設けることにより,切断部20を形成した後,粘着テープ2の巻心1への巻き付け完了までの間,テープ2が取り扱い易くなることが認められる。

イ 引用例2に記載された発明の意義

(ア) 引用例2(甲21)には,以下の記載がある。

・ 【実用新案登録請求の範囲】

【請求項1】

「粘着剤(N)が塗布された粘着面(2)が表面に,非粘着面(3)が裏面になるように帯状の粘着テープ(4)を巻回した粘着ロール(6)に,ミシン目状の破断線(10)を形成した粘着ロール清掃具において,

前記粘着テープ(4)の少なくとも一側端と前記破断線(10)の端部との間に無孔域(M)を設けるとともに前記破断線(10)をジグザグ状に形成したことを特徴とする粘着ロール清掃具。」

・ 【請求項2】

「前記破断線(10)は,前記粘着ロール(6)の軸線に対し傾斜するように形成したことを特徴とする請求項1に記載の粘着ロール清掃具。」

・ 【請求項3】

「前記無孔域(M)は,始端側ミシン目(10a)と側端との間に設けたことを特徴とする請求項1又は2に記載の粘着ロール清掃具。」

・ 【考案の詳細な説明】

【考案の属する技術分野】

「本考案は,絨毯や衣類等に付着した塵埃,糸くず等のごみを粘着して除去する粘着ロール清掃具に使用される粘着ロールの改良に関する。」(段落【0001】)

・ 【考案が解決しようとする課題】

「また,粘着ロール製造時において,ミシン目,特に,巻き取り方向において先着する側のミシン目(以下,始端側ミシン目と称す)が粘着テープの側端を切り欠くように形成されていると,この粘着テープを高速で巻き取るときに,このミシン目部分が破断のきっかけとなり,この部分から破断する虞がある。」(段落【0007】)

・ 【考案の効果】

「請求項1の考案は,粘着テープの一側端と破断線の始端との間に無孔域を設け,破断線をジグザグ状に形成したので,製造時には,破断線を有するにも拘わらず,粘着テープが破断することなく高速で巻き取ることができ,使用時には,把持部が多数生じ,破断線の位置も明瞭に分かり,表皮部分を簡単に剥離することができる。」(段落【0058】)

・ 「請求項2の考案は,破断線を粘着ロールの軸線に対し傾斜したので,さらに多数の破断部分を形成でき,表皮部分の破断が一層簡単にできる。」(段落【0059】)

・ 「請求項3の考案は,始端側ミシン目と側端との間に無孔域が存在するように破断線を形成したので,粘着テープを巻き取るときに,最も破損しやすい始端側ミシン目部分の破損を確実に防止でき,粘着テープが破断することなく高速で巻き取ることができる。」(段落【0060】)

(イ) 上記記載によれば,引用例2に記載された発明(引用発明2)は,軸線に対し傾斜するように形成した破断線を有する粘着ロールにおいて,始端側(上流側)ミシン目と側端との間に無孔域が存在するように破断線を形成したもので,それにより,粘着テープを巻き取るときに,最も破損しやすい始端側(上流側)ミシン目部分の破損を確実に防止でき,粘着テープが破断することなく高速で巻き取ることができるといった効果を奏するものであることが認められる。

ウ 周知技術の意味

(ア) 甲25文献の段落【0004】には,回転式粘着除塵クリーナーで木やタイル張りの床面等の除塵を行う場合に粘着テープが除塵対象物に取られてしまう(移着されてしまう)こと,除塵対象物の平滑性のため最外層粘着テープと除塵対象物との間の粘着力が,最外層粘着テープ裏面と次層粘着テープ表面の粘着剤層との間の粘着力より大きいことがその原因であると考えられることが記載されている。

(イ) また甲26文献の段落【0005】には,粘着ローラを床やテーブルなどの平坦な被掃除面上で使用する場合,粘着ローラが被掃除面へ粘着する粘着力が大きく,粘着ローラが被掃除面へ粘着し,最上層の粘着紙が繰り出されてしまうことが記載されている。

(ウ) 甲25文献,甲26文献の上記記載によれば,粘着テープを床面等の清掃に利用する場合,床面等に粘着テープが付着してしまうことがあるが,これは,床面等が平滑・平坦であることにより粘着力が大きくなることがその原因であることが認められ,係る事実は本願出願当時(平成18年8月9日),クリーナ用粘着式ローラーの分野において周知の技術的事項であったことが認められる。

エ 相違点bに関する容易想到性の有無

(ア) 上記のとおり,引用発明1は,切断部20に断続部22を設けることにより,切断部20を形成した後,粘着テープ2の巻心1への巻き付け完了までの間,テープ2が取り扱い易くなることを企図したことが認められるから,同様に巻き取り時の破断防止を効果とする引用発明2を適用することの動機付けが認められる。そうすると,引用発明1に引用発明2を適用し,当該断続部22を高速巻き取り時に破断しない程度の大きさに設定することは,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)にとって格別困難ではなく,容易に想到し得たことというべきである。

ところで,次層表面の接着剤による最表層裏面に作用する付着力や,切り目を入れない部分で上流側の粘着テープと連続していることによる巻き込む力といった,粘着テープの最表層を粘着テープ側が保持しようとする力に対し,最表層表面の接着剤による清掃面に付着しようとする力が大きい場合には,粘着テープの最表層が清掃面に付着することは引用発明1の切断部20の構造に照らすと技術的に明らかであり,こうした清掃面への付着に係る機序は当業者であれば容易に理解できるものである。こうした機序を理解した当業者にとって,引用発明1に引用発明2を適用し,当該断続部22を高速巻き取り時に破断しない程度の大きさに設定する場合に,その限度において断続部22が破断しにくくなるため,使用時の巻き込む力がより期待できることも容易に理解できる。そして,引用発明1は,「シート面等の粉塵等を粘着除去する」(甲20,段落【0001】)とあるようにフローリング等への使用を想定しているといえるところ,粘着式ローラーを床面等の清掃に利用する場合に床等に粘着テープが付着してしまうこと,その原因は床等が平滑・平坦であることにより粘着力が大きくなることであることは当該技術分野において周知の技術的事項であることを踏まえれば,さらに進めて,粘着テープの粘着力とフローリング等の平滑度に基づく付着力を勘案して,断続部22を粘着テープの一部がフローリング等へ剥離付着しないように設定した大きさとすることも,上記の機序を理解した当業者にとっては容易に想到できた事項と考えられる。さらに,前記のとおり,引用発明1は,ローラーの軸方向に対し傾斜した切り目を設けた上,切り目を入れない部分をその上流側の端部に有するものであるので,こうした引用発明1に粘着テープの粘着力とフローリング等の平滑度に基づく付着力を勘案して,断続部22を粘着テープの一部がフローリング等へ剥離付着しないように設定した大きさとすることにより,本願発明と同様,フローリング等への付着を防止する効果が期待できることは,当業者が十分に予測できるものと認められる。

よって,本願発明の相違点bに係る構成は,引用発明1,引用発明2及び周知の技術的事項に基づいて当業者が容易に想到し得たものと解するのが相当である。

(イ) なお,原告は,引用発明2の無効域(M)を設けた目的は,本願発明の目的と異なると主張するが,前記のとおり,引用発明1に引用発明2を適用することは当業者にとって格別困難なことではなく,目的が異なることはその判断を左右しない。

また,原告は,甲25文献,甲26文献に記載された技術は,本願発明と技術思想が異なると主張するが,甲25文献,甲26文献の記載からは,粘着式ローラーを床面等の清掃に利用する場合,床面等に粘着テープが付着してしまうこと,その原因は床面等が平滑・平坦であることにより粘着力が大きくなることにある点が当業者であれば読み取ることができるもので,審決も,粘着式ローラーを床面等の清掃に利用する場合,床面等に粘着テープが付着してしまうことが周知の技術的事項であることを示すために甲25文献,甲26文献を示したにすぎない。そして,引用発明1に引用発明2を適用し,甲25文献,甲26文献に開示されているような周知の技術的事項を考慮すると,相違点bに係る本願発明の構成に想到することは容易であるといえることも前記のとおりであって,同趣旨の審決の判断に誤りはない。

(5) 取消事由3(当業者であれば容易に想到しうるとする判断の誤り)について

前記のとおり,本願発明と引用発明1の相違点に係る構成は,引用発明1・2及び周知の技術的事項に基づいて当業者が容易に想到し得たものと解するのが相当である。よって,取消事由3は採用することができない。

3  結語

以上によれば,原告主張の取消事由は全て理由がない。

よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 真辺朋子 裁判官 田邉実)

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