知財高等裁判所 平成21年(行ケ)10303号 判決 2010年6月22日
原告
株式会社日立国際電気
同訴訟代理人弁理士
平木祐輔
同
関谷三男
同
渡辺敏章
同
松丸秀和
被告
特許庁長官
同指定代理人
高野洋
同
石井研一
同
廣瀬文雄
同
小林和男
主文
1 特許庁が不服2007-18278号事件について平成21年8月20日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
本件は,原告が,名称を「携帯電話端末」とする発明につき特許出願(特願平10-107243)したところ,拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたが,本願発明は,本件出願前に出願され本件出願後に公開された先願発明(特願平10-39681。甲5)と実質的に同一であるから,特許法29条の2違反であるとして,請求不成立の審決を受けたことから,その審決の取消しを求める事案である。
1 特許庁における手続の経緯
原告は,平成15年6月26日,平成10年4月17日に出願した特願平10-107243号の一部を新たに特許出願し,その後,平成19年1月22日に特許請求の範囲の減縮を内容とする手続補正(甲4)をしたが,同年5月25日付けで拒絶査定を受けたので,同年7月2日付けで審判請求するとともに,同年8月1日付けで手続補正書(甲3)を提出し,特許請求の範囲の減縮を内容とする手続補正を求めた(以下「本件補正」という。)。
特許庁は,審理の結果,平成21年8月20日,本件補正を却下するとともに,「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし,同年9月1日,その謄本を原告に送達した。
2 本願の特許請求の範囲
本件補正前の本願の特許請求の範囲請求項1は,平成19年1月22日付けの手続補正書(甲4)の記載によれば,次のとおりである(以下「本願発明」という。なお,願書に最初に添付した明細書及び図面を「当初明細書等」という。)。
「通信機能と,当該通信機能以外の複数の機能とを有し,通信機能と通信機能以外の複数の機能に係る表示を行う一つの表示手段と,電源キー,数字キー等を備える入力手段とを有する携帯電話端末であって,
前記入力手段の電源キーを押下すると,前記表示手段を含む各構成部分に電力が供給され,携帯電話端末の動作が開始されて,前記通信機能と前記通信機能以外の複数の機能とが使用可能状態となり,前記入力手段の電源キーとは異なるキー操作により通信機能を停止させる指示が入力されると,当該通信機能を停止させて通信接続情報の交信を行わないようになり,前記通信機能以外の複数の機能は動作可能としたことを特徴とする携帯電話端末。」
3 本件補正の内容
本件補正後の発明は,平成19年8月1日付け手続補正書(甲3)の特許請求の範囲によれば,次のとおりである(以下「本件補正発明」という。下線部分が補正された部分である。なお,本件補正発明には請求項2も存在するが,その部分は,以下,省略する。)。
「通信機能と,当該通信機能以外の時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能とを有し,通信機能と通信機能以外の複数の機能に係る表示を行う一つの表示手段と,電源キー,数字キー等を備える入力手段とを有する携帯電話端末であって,
前記入力手段の電源キーを押下すると,前記表示手段を含む各構成部分に電力が供給され,携帯電話端末の動作が開始されて,前記通信機能と前記通信機能以外の時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能とが使用可能状態となり,前記入力手段の電源キーとは異なるキー操作により通信機能を停止させる指示が入力されると,当該通信機能を停止させて通信接続情報の交信を行わないようになり,前記通信機能以外の時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能はそのまま動作可能としたことを特徴とする携帯電話端末。」
4 審決の理由
審決は,次のとおり,本件補正について,特許法17条の2第3項の規定に違反するとし,特許法159条1項において読み替えて準用する特許法53条1項の規定により却下すべきものとし,本願発明については,先願発明と同一であり,先願発明をした者が本願発明の発明者であるとも,また,本願の出願の時に,その出願人が先願明細書の出願人と同一であるとも認められないので,本願発明は,特許法29条の2の規定により特許を受けることができないと判断した(なお,以下において引用した審決中の当事者及び公知文献等の表記は,本判決の表記に統一した。)。
(1) 補正の適否について
ア 補正事項
「イ) 補正前の請求項1の『複数の機能とを有し』を,『時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能とを有し』とし,
ロ) 補正前の請求項1の『複数の機能とが使用可能状態となり』を,『時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能とが使用可能状態となり』とし,
ハ) 補正前の請求項1の『複数の機能は動作可能とした』を,『時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能はそのまま動作可能とした』とする補正事項を含むものである。」
イ 補正の適否についての判断
「これらの記載(判決注:後記第5の1記載の段落【0002】【0012】【0015】【0016】【0021】【0022】【0029】【0033】【0040】)からは,使用可能な複数の機能としては『通信機能』『電子手帳機能』『電話帳機能』『時計機能』のみが示され,そのまま動作可能な複数の機能としては『電子手帳機能』『電話帳機能』『時計機能』のみが示されていると解され,使用可能又はそのまま動作可能な複数の機能としての『マイクによる音声を電気信号に変換する機能』,『スピーカによる電気信号を音声に変換する機能』は読み取ることができない。
したがって,上記補正事項ロ)の『マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能とが使用可能状態』となる点,および上記補正事項ハ)の『マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能はそのまま動作可能とした』ことも当初明細書等に示されていない。」
「よって,上記補正事項は,当初明細書等に記載されたものでなく,当初明細書等の記載から自明な事項であるともいえないから,本件補正は,当初明細書等の記載事項の範囲内においてしたものでない。」
(2) 本願発明について
ア 先願発明の内容
「無線電話機能と,電話帳機能とを有し,無線電話機能と電話帳機能に係る表示を行う一つの表示部42と,電源のメインスイッチ2,入力操作キー41等を備える入力手段とを有する無線電話装置であって,
前記入力手段の電源のメインスイッチ2をオンすると,前記表示部42を含む基本機能部4,無線部5等に電力が供給され,無線電話装置の動作が開始されて,前記無線電話機能と電話帳機能が動作させられ,前記入力手段の電源のメインスイッチ2とは異なるキー操作により無線電話機能を停止させる指示が入力されると,当該無線電話機能を停止させて無線動作を行わないようになり,前記電話帳機能は動作可能とした無線電話装置。」
イ 先願発明と本願発明の一致点
「通信機能と,当該通信機能以外の複数の機能とを有し,通信機能と通信機能以外の複数の機能に係る表示を行う一つの表示手段と,電源キー,数字キー等を備える入力手段とを有する携帯電話端末であって,
前記入力手段の電源キーを押下すると,前記表示手段を含む各構成部分に電力が供給され,携帯電話端末の動作が開始されて,前記通信機能と前記通信機能以外の複数の機能とが使用可能状態となり,前記入力手段の電源キーとは異なるキー操作により通信機能を停止させる指示が入力されると,当該通信機能を停止させて通信接続情報の交信を行わないようになり,前記通信機能以外の複数の機能は動作可能としたことを特徴とする携帯電話端末。」
ウ 先願発明と本願発明の相違点
「『通信機能以外の機能』に関し,本願発明は『通信機能以外の複数の機能』であるのに対し,先願発明は『電話帳機能』としか記載がない点。」
エ 同一性の判断
「上記相違点に関する先願発明の『電話帳機能』につき検討するに,先願明細書の上記ハ)【0032】には,『電話番号メモリ44に氏名及び電話番号を登録する際』の動作につき記載があり,まだ同箇所の後段には『所定のキーを押すことにより登録ナンバ順に呼び出される。また,所望の登録ナンバを入力することにより氏名及び電話番号を直接呼び出すこともできる。』ともあって,これらは氏名及び電話番号の登録機能,呼出機能という別個の複数の機能と見ることが可能なものであるから,先願発明の『電話帳機能』は複数の機能からなるものであると言うことができ,『通信機能以外の機能』が複数の機能であることは実質的な相違点ではない。
さらに言うならば,先願明細書の上記イ)【0002】には,従来より無線電話装置(携帯電話)は,『その操作性の向上を目指して本来の電話機能以外の各種機能が付加される傾向にある。中でも,記憶可能な電話番号の数は,‥‥』ともあって,先願発明の『電話帳機能』は各種の付加機能の一例にすぎないことが示唆されており,『通信機能以外の複数の機能』を設けることは,単なる設計事項ないし周知慣用手段の付加に過ぎないことであるから,実質的な相違はないということもできる。」
オ むすび
「したがって,本願発明は先願発明と同一であり,しかも,先願発明をした者が本願発明の発明者であるとも,又,本願の出願の時に,その出願人が先願明細書の出願人と同一であるとも認められないので,本願発明は,特許法29条の2の規定により特許を受けることができない。」
第3原告主張の取消事由
審決は,次に述べるとおり,認定及び判断に誤りがあるから,取り消されるべきである。
1 取消事由1(手続補正の適否について判断を誤った違法)
(1) 審決が,「マイクによる音声を電気信号に変換する機能」,「スピーカによる電気信号を音声に変換する機能」の記載は(当初明細書等の発明の詳細な説明に)見当たらないとした認定は,誤りである。
すなわち,当初明細書の発明の詳細な説明には,「マイク」及び「スピーカ」に関して,「音響信号(音声)を音声電気信号に変換するマイク8と,音声電気信号を音響信号に変換するスピーカ9」という記載がある(段落【0002】参照)。この記載からは,「マイク」は音響信号(音声)を音声電気信号に変換する動作を実行し,「スピーカ」は音声電気信号を音響信号に変換する動作を実行することが分かる。また,「マイク」から入力された音声が通話に関する音声である場合には,「マイク」によって変換された音声電気信号はベースバンド処理部3に提供される。さらに,ベースバンド処理部3で処理された通話に係る音声電気信号は「スピーカ」に提供され,そこで音響信号(音声)に変換されて出力される(段落【0002】参照)。また,本願発明及び従来の携帯電話端末の「マイク」及び「スピーカ」には同一の符号(マイク8,スピーカ9)が付されている(段落【0002】及び【0016】参照)。
よって,「マイク」及び「スピーカ」について,「マイク」及び「スピーカ」の動作及び機能は本願発明及び従来の携帯電話端末間で同一である(段落【0016】参照)。したがって,「音響信号(音声)を音声電気信号に変換するマイク8と,音声電気信号を音響信号に変換するスピーカ9」という記載は,従来の携帯電話端末のマイク及びスピーカに関する記述ではあるが,本願発明の携帯電話端末の「マイク」及び「スピーカ」にも当てはまるものと考えるのが相当である。
このように,当該記載からすれば,「マイク8」は音響信号を音声電気信号に変換する動作を実行するものであって,また,「スピーカ9」は音声電気信号を音響信号に変換する動作を実行するものである。
確かに,電話帳や時計の機能とは異なり,当初明細書の発明の詳細な説明には,「マイク」及び「スピーカ」の動作については上述したもの以外は明示されていない。しかしながら,本願発明の「マイク」及び「スピーカ」は,従来どおり,音声を入力及び出力する動作を行うものであって,本願発明の「無線信号の発着信を行う通信機能を停止した場合であっても,電話帳機能,時計機能,マイク及びスピーカを使った動作(音声入力動作及び音声出力動作),入力部,制御部,中央処理装置,記憶部,及び表示部等を使った動作を実行可能にする」という趣旨に照らして考えると,本願においては,これらが動作可能であればよいのであって,「マイク」及び「スピーカ」による動作(作用)と他の動作(作用)とは上述のように対等なのであって,並列するものとして取り扱うか否かは技術的意味として大きなものではない。そして,この「動作すること」そのものが物の作用として「機能」と捉えることができると考えられる。
したがって,「マイクによる音声を電気信号に変換する機能」及び「スピーカによる電気信号を音声に変換する機能」は当初明細書等に記載されているというべきである。
(2) そして,甲16から明らかなように,「マイク」及び「スピーカ」は,それらに対して電源が供給されなくても,それらが接続されている本体部に電源が供給され動作可能となっていれば,それぞれの固有の動作を実行することができ,使用可能な状態となるものである。すなわち,本体部に電源が供給される限り,「マイク」は,外部から音声が入力されれば「音響信号(音声)を音声電気信号に変換する」動作を実行して本体部へその音声電気信号を供給し,一方,「スピーカ」は本体部から音響電気信号が供給されてコイルに流れれば「音声電気信号を音響信号に変換する」動作を実行するものであり,それらは使用可能な状態に維持されるものである。
したがって,通信機能停止処理中であっても,制御部10は,電源が供給されている中央処理装置4,記憶部5,入力部6,表示部7及び停止認識部13と協働して適宜必要な動作を実行するとともに,電源が供給されていなくても接続先の本体部に電源が供給されていれば使用可能状態となる「マイク8」及び「スピーカ9」と協働して音声入力及び出力動作を実行するのである。
よって,通信機能部が停止した状態において,制御部10に電源が供給されている場合には,「マイク8」及び「スピーカ9」は動作可能な状態に維持されるものといえる。
以上のように,「マイク」及び「スピーカ」の動作原理に基づけば,それらが接続されている制御部が動作可能状態に維持されていれば,「マイク」及び「スピーカ」も動作可能状態に維持されるのは当業者であれば当然に理解することであり,さらには,本願発明の課題及びその本質に照らし合わせても,そのような理解を許容するものであるから,本願発明の携帯電話端末において通信機能を停止した場合にそのまま使える機能としては,少なくとも「電話帳機能」,「時計機能」,「マイクによる音声入力機能(マイクによる音声を電気信号に変換する機能)」及び「スピーカによる音声出力機能(スピーカによる電気信号を音声に変換する機能)」が挙げられるというべきである。
したがって,審決中の,「使用可能な複数の機能としては『通信機能』『電子手帳機能』『電話帳機能』『時計機能』のみが示され,そのまま動作可能な複数の機能としては『電子手帳機能』『電話帳機能』『時計機能』のみが示されていると解され,使用可能‥‥な複数の機能としての『マイクによる音声を電気信号に変換する機能』,『スピーカによる電気信号を音声に変換する機能』は読み取ることができない。」とした認定も誤りである。
(3) 被告の反論に対する再反論
確かに,音声を電気信号に変換する「機能」及び電気信号を音声に変換する「機能」という直接的な記載は当初明細書等にはない。
この点,当初明細書等では,「音響信号(音声)を音声電気信号に変換するマイク8と,音声電気信号を音響信号に変換するスピーカ9と,‥‥」(段落【0002】)と記載され,「マイク8」及び「スピーカ9」の動作が説明されている。
しかるに,物の「機能」というものは,物が動作することによって得られる物のはたらきである。つまり,物が動作し,その物の作用が生み出され,その結果「機能」が提供される。したがって,物の動作と物の機能は一体不可分であって,動作する物があればその機能が提供されるという関係にあり,当初明細書等中において「機能」に関する明確な技術概念の定義が存在しないという理由で「音声を電気信号に変換する機能」及び「電気信号を音声に変換する機能」の根拠を否定するのは不合理である。
また,「マイク8」や「スピーカ9」は,携帯電話端末として成立するための重要な部位であることはいうまでもない。そして,これら「マイク8」及び「スピーカ9」は,制御部10が動作可能な状態において,音響信号(音声)を音声電気信号に変換する動作と,音声電気信号を音響信号に変換する動作を実行する。したがって,「マイク8」及び「スピーカ9」は,制御部10と協働して動作し,その動作の結果「音声を電気信号に変換する機能」及び「電気信号を音声に変換する機能」を提供するものである。
また,被告は,携帯電話端末の「機能」とは,使用者が認識して使用するものであり,携帯電話端末の「アプリケーション」のみを意味すると主張している。
しかしながら,「機能」は「アプリケーション」のみから生み出されるものではない。機械的な物や個々の電気部品(ハードウエア)からもそれが動作することによって使用者にそれ固有の機能が提供される。アプリケーションの機能は,これらハードウエアの個々の機能が複合的に作用して得られるものである。実際,当初明細書等でも,無線部2やベースバンド処理部3というハードウエア構成がそれらの動作によって通信機能を提供している旨説明されている。
そして,「マイク8」及び「スピーカ9」が携帯電話端末として成立するための重要な物(部位)であることを考えれば,「マイク8」及び「スピーカ9」が提供する機能は携帯電話端末の重要な機能の1つというべきである。
2 取消事由2(先願発明の認定の誤り)
先願明細書に記載された発明は,携帯電話が使用できないエリアにおいて公衆電話から電話する場合に,携帯電話の電話帳を見ながら電話できるようにするために,当該エリアで「通話機能」は切るが電話帳機能のみ動作させることができるようにした携帯電話に関するものである。ここで,先願発明が「通話機能」の停止に関するものであるとするのは,当該先願明細書及びその添付図面1及び4において,「マイク」及び「スピーカ」が構成上及び機能上無線部と一体となっていて無線部5への電源供給を停止すると同時に「マイク」及び「スピーカ」が動作しなくなるため,無線部5への電源供給を停止した際には「マイク」及び「スピーカ」を使用することが念頭にないと考えられるからである。
したがって,審決の認定は,先願明細書に記載された発明についての誤った解釈に基づいたものである。
より適切には,先願発明は「無線通話機能と,無線通話機能以外に電話帳機能のみを有し,無線通話機能と電話帳機能に係る表示を行う一つの表示部42と,電源のメインスイッチ2,入力操作キー41等を備える入力手段とを有する無線電話装置であって,前記入力手段の電源のメインスイッチ2をオンすると,前記表示部42を含む基本機能部4,マイク55及びスピーカ57を含む無線部5等に電力が供給され,無線電話装置の動作が開始されて,前記無線通話機能と電話帳機能が動作させられ,前記入力手段の電源のメインスイッチ2とは異なるキー操作により無線通話機能のみを停止させる指示が入力されると,当該無線通話機能を停止させて通話動作を行わないようになり,前記電話帳機能のみを動作可能とした無線電話装置」と解するべきである。
3 取消事由3(本願発明と先願発明の一致点及び相違点の認定の誤り)
先願発明の「メインスイッチ」は本願発明の「電源キー」に相当するといえるが,先願発明の「無線通話機能」は本願発明の「通信機能」に完全に一致するものではない。先願発明の「無線通話機能」はあくまで無線「通話」を実現するための機能であり,「マイク」及び「スピーカ」による音声入力及び出力機能が「無線通話機能」に含まれている。
すると,両者の一致点は,「通話機能と,電話帳機能とを有し,通話機能と通話機能以外の電話帳機能に係る表示を行う一つの表示手段と,電源キー,数字キー等を備える入力手段とを有する携帯電話端末であって,
前記入力手段の電源キーを押下すると,前記表示手段を含む各構成部分に電力が供給され,携帯電話端末の動作が開始されて,前記通話機能と前記通話機能以外の電話帳機能とが使用可能状態となり,前記入力手段の電源キーとは異なるキー操作により通話機能を停止させる指示が入力されると,当該通話機能を停止させて通信接続情報の交信を行わないようになり,前記通話機能以外の電話帳機能を動作可能としたことを特徴とする携帯電話端末。」となる。
そして,両者の相違点は,
通話機能以外の機能に関し,本願発明が「通信機能以外の複数の機能」を備えているのに対し,先願発明が「通話機能以外に電話帳機能」しか備えていないこと,
表示手段に関し,本願発明が「通信機能と通信機能以外の複数の機能に係る表示を行う」のに対し,先願発明が「通話機能と電話帳機能とにのみ係る表示を行う」こと,
電源キー押下時の制御に関し,補正却下後の本願発明が「通信機能と通信機能以外の複数の機能が使用可能状態になる」のに対し,先願発明が「通話機能と電話帳機能が使用可能状態」になること,
通話機能の停止時の制御に関し,本願発明が「通信機能以外の複数の機能は動作可能にした」のに対し,先願発明が「通話機能以外の電話帳機能のみを動作可能にした」ことである。先願発明では無線部に「マイク」及び「スピーカ」が含まれており,通話機能を停止すると同時に「マイク」及び「スピーカ」も動作を停止するが,本願発明では,通信機能と「マイク」及び「スピーカ」は独立動作するので,通話機能を停止しても「マイク」及び「スピーカ」は動作可能である。
4 取消事由4(本願発明と先願発明の同一性の判断の誤り)
(1) 審決では,「電話帳機能」に関し,先願明細書の「‥‥所定のキーを押すことにより登録ナンバ順に呼び出される。また,所望の登録ナンバを入力することにより氏名及び電話番号を直接呼び出すこともできる。」(段落【0032】参照)との記載を根拠に,「電話帳機能」は氏名及び電話番号の「登録機能」及び「呼出機能」という別個の複数の機能を備え,これらが本願発明における「通信機能以外の複数の機能」に相当すると判断されている。
しかしながら,当該「登録機能」及び「呼出機能」はあくまで上位の「電話帳機能」に包含される下位の機能であり,「電話帳機能」が有効に機能した後にその中のメニューから氏名及び電話番号の登録又は呼出しが選択されて動作するものである。したがって,これらは「電話帳機能」に従属し,細分化された,「電話帳機能」を成立させるための機能という意味で同質であり,これらを別個な機能として考えるのは妥当ではない。
よって,先願明細書に,携帯電話が通信機能以外の機能を複数備えているとの判断は誤りである。
(2) 審決では,先願明細書の「‥‥その操作性の向上を目指して本来の電話機能以外の各種機能が付加される傾向にある。中でも,記憶可能な電話番号の数は,‥‥」(段落【0002】参照)なる記述を引用し,先願発明の「電話帳機能」は各種付加機能の一例にすぎず,「電話帳機能」に加えて,通信機能以外の機能を設けることは,単なる設計事項ないし周知慣用手段の付加にすぎないことであるから,本願発明と先願発明には実質的な相違はないと判断されている。
しかしながら,この判断は,先願明細書を断片的に捉えたものであり,先願発明の趣旨を全く理解していないといわざるを得ない。先願発明は,「携帯電話での通信が禁止されているエリアで公衆電話によって電話をする際に,電源が切られた携帯電話では電話帳を用いることができなくなる」という不都合を解決すべく,「携帯電話による通信が禁止されているエリア内でも,電話帳機能のみを使用できる携帯電話を提供する」ものである。とすると,先願発明は,携帯電話による通信禁止エリアにおいて,あくまで電話帳機能に限定して使用を可能にする趣旨であり,その他様々な付加機能まで使用可能にする趣旨ではない。先願明細書の段落【0002】の記載は,単に電話帳機能以外にもその他の付加機能が存在するという事実のみを述べているにすぎず,先願発明に電話帳機能以外の付加機能も通信禁止エリアで使用可能にすることを述べているものではない。
したがって,先願明細書が,通信禁止エリアで使用できるようにした機能として,電話帳機能以外の各種付加機能まで含まれると示唆しているとまではいえず,「電話帳機能」に加えて,通信機能以外の機能を設けることは,単なる設計事項ないし周知慣用手段の付加にすぎず,本願発明と先願発明とは実質的な相違がないとした審決の判断は誤りである。
(3) 以上述べたとおり,本願発明と先願発明は同一ではないので,本願発明は,特許法29条の2の規定によって拒絶されるべきものではない。
第4被告の主張
次のとおり,審決の認定判断には誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(手続補正の適否について判断を誤った違法)に対して
(1) 審決では,補正事項イ)について,文言上,他の機能に並列する「機能」として,「マイクによる音声を電気信号に変換する機能」,「スピーカによる電気信号を音声に変換する機能」の記載はみあたらないとしているだけであり,本願明細書に「マイクによる音声を電気信号に変換する機能」,「スピーカによる電気信号を音声に変換する機能」という直接の記載はないのであるから,そもそも審決の認定に誤りはない。
本願明細書では,「マイク」及び「スピーカ」の動作について「機能」という表現はなく,「はたらき」,「役割」,「作用」という表現もされていないから,「マイク」や「スピーカ」の動作を「機能」と表現すること自体に必然性がなく,仮に「動作すること」を「機能」と表現できるとしたところで,「マイクの機能」,「スピーカの機能」にとどまるものである。
そして,本願発明における「通信機能以外の機能」とは,平成19年1月22日提出の手続補正書(甲4)における特許請求の範囲請求項1において,「通信機能と,当該通信機能以外の複数の機能とを有し,‥‥入力手段とを有する携帯電話端末」と記載されているように,「携帯電話端末の有する機能」として定義されており,「マイクの機能」,「スピーカの機能」とは明らかに異なっている。
また,本願発明における「機能」として本願明細書に明確な技術概念の定義はなく,本願明細書の段落【0012】【0015】【0022】【0029】に記載されているように,電子手帳,電話帳,時計等の使用者に認識され,使用者の要求・意志によって使用状態を制御できる携帯電話端末の機能,つまり,携帯電話端末におけるいわゆる「アプリケーションとしての機能」が例示されるのみである。そして,「マイク」及び「スピーカ」に至っては,従来技術において回路部品単体としての動作が示されるだけであり,「マイク」及び「スピーカ」に上述のような携帯電話端末のアプリケーションとしての機能は本願明細書から何ら読み取ることはできない。
具体的にいえば,「マイク」が音声を電気信号に変換しても,この電気信号を使用するか否かは,携帯電話端末の有する機能(アプリケーション)に応じて決定される。そして,使用者が認識して使用するのは携帯電話端末の有する機能(アプリケーション)であって,「マイク」が音声を電気信号に変換すること自体ではない。
このように,「マイク」及び「スピーカ」の動作と携帯電話の有する機能とは異なる技術概念であるから,「マイク」及び「スピーカ」の動作は,携帯電話の有する「通信機能以外の機能」に含まれない。
(2) 補正事項ロ)についての認定の誤りのうち,本願発明の携帯電話端末において,通信機能が動作中に使用できる機能について
原告は,「本願発明の携帯電話端末は,通信機能動作中に使用できる機能として,『マイクによる音声を電気信号に変換する機能』と『スピーカによる電気信号を音声に変換する機能』を含むと言える。」と主張する。
しかしながら,携帯電話端末が起動される場合の動作として,「マイク」及び「スピーカ」が使用可能であったとしても,前述のように,そもそもそれらは機能とはいえないから,通信機能動作中に使用できる機能として「マイクによる音声を電気信号に変換する機能」,「スピーカによる電気信号を音声に変換する機能」を含むということはできない。
(3) 補正事項ハ)についての認定の誤りのうち,本願発明の携帯電話端末において,通信機能を停止した場合に使用できる機能について
本願明細書では,発明の詳細な説明において,「マイク」及び「スピーカ」の動作が記載されていないから,通信機能が停止した場合に「マイク」及び「スピーカ」に電源が供給されて動作可能となっていることを読み取ることはできない。
また,それらの記載を考慮しても,通信機能停止時に「マイク」及び「スピーカ」が動作可能であることは自明ではない。
さらに,携帯電話端末における通話は,無線通信を用いて行うのであるから「通信機能」を必須としており,通話にマイク及びスピーカの動作は必須であるから,「通信機能」と「通話機能」という表現を用いて両者が技術的に全く異なるものとして扱い,通信機能停止時に「マイク」及び「スピーカ」を動作可能となると結論づける原告の主張には根拠がない。
一方,通信機能以外の機能として例示される「電話帳機能」や「時計機能」は,マイク及びスピーカを必須とする根拠がないから,「電話帳機能」や「時計機能」と「マイク」及び「スピーカ」の動作とを区別して考える方が妥当である。
以上のように,本願明細書等において,通信機能が停止した状態で「マイク」及び「スピーカ」への電源供給がされて動作可能であるか否かは記載されていないから,「マイク及びスピーカへ電源が供給され続け,使用可能と理解する」という原告の主張は誤りである。
(4) したがって,審決における補正の適否についての判断に誤りはない。
2 取消事由2(先願発明の認定の誤り)に対して
原告は,先願発明の認定について「無線電話機能」ではなく「無線通話機能」の方が適切である旨主張するが,「無線電話機能」は先願明細書で用いられた用語であるから,先願明細書に記載されていない「無線通話機能」という用語に置き換える必要はない。
また,原告は,先願明細書の記載を列挙し,当該記載において,「のみ」,「だけ」,「しか」という表現が用いられることを根拠に,「以外に」,「のみ」という表現が必要である旨を主張している。
しかしながら,先願発明において,無線電話機能と電話帳機能とを有すること,無線電話機能を停止させること,電話帳機能を動作可能とすることを認定する際に,わざわざ「以外に」,「のみ」という表現を用いる必然性はない。
加えていえば,先願明細書の段落【0002】には「その操作性の向上を目指して本来の電話機能以外の各種機能が付加される傾向にある。中でも,記憶可能な電話番号の数は,‥‥ものもある。このような電話番号を記憶する機能は電話帳機能と呼ばれ,」と記載されているように,先願明細書では,電話機能以外に各種機能が付加されることを前提として技術が開示されており,「中でも...電話帳機能と呼ばれる」という記載から,電話帳機能を各種機能の例示としていることは明らかである。この意味においても,「以外に」,「のみ」という表現を用いる必要はない。
さらに,先願明細書の発明の詳細な説明では,電話帳機能を例示した上で無線電話機能と対比した技術開示をしている。そして,「のみ」,「だけ」,「しか」と表現されているのは,「無線電話機能」と「電話帳機能」の二つを比較して,「電話帳機能」のほうが動作することを強調する意味で用いられているだけであり,電話機能以外の各種機能がないことを表現しているのではない。
したがって,先願発明の認定において「無線通話機能以外に電話帳機能のみ」,「無線通話機能のみ」というように,「以外に」,「のみ」という表現を必須とする根拠はなく,原告の主張は審決を正解しないものである。
以上のとおり,審決において先願明細書に記載された発明の認定に誤りはなく,原告主張は理由がない。
3 取消事由3(本願発明と先願発明の一致点及び相違点の認定の誤り)に対して
原告は,先願発明の「無線通話機能」は本願発明の「通信機能」に完全に一致するものではなく,あくまで,先願発明の「無線通話機能」は無線「通話」を実現するための機能であり,「マイク」及び「スピーカ」による音声入力及び出力機能が「無線通話機能」に含まれる旨主張する。
しかしながら,前述したように,「無線電話機能」を「無線通話機能」という用語を用いて表現し直す必然性はないので,「無線通話機能」に基づいた主張には何ら根拠がない。また,審決で引用した第1の実施形態では,「マイク」及び「スピーカ」が含まれる無線部5への電源供給は停止されないから,「マイク」及び「スピーカ」の動作は停止していない。
さらに,原告は,先願発明では無線部に「マイク」及び「スピーカ」が含まれており,通話機能を停止すると動作を停止するが,本願発明では,通信機能を停止しても動作可能である旨主張する。
しかしながら,原告の主張において「先願発明では,無線部に『マイク』及び『スピーカ』が含まれており」と主張していることからすれば,原告の主張は,「無線電話機能の停止」と「無線部の停止」という二つの異なった技術を同一視する主張となっており,先願発明を誤って理解していることが明らかである。
なお,原告の主張において,本願発明は「マイク」及び「スピーカ」が独立動作する旨が主張されているが,本願発明では「マイク」及び「スピーカ」の構成要件は含まれないから当該主張は採用できないし,前述したように,独立動作するといえる根拠もない。
したがって,審決の認定は,正当である。
4 取消事由4(本願発明と先願発明の同一性の判断の誤り)に対して
原告は,この点に関する審決の判断について,「先願明細書を断片的に捉えたものであり,先願発明の趣旨を全く理解していないといわざるを得ない。先願発明は,『携帯電話での通信が禁止されているエリアで公衆電話によって電話をする際に,電源が切られた携帯電話では電話帳を用いることができなくなる』という不都合を解決すべく,『携帯電話による通信が禁止されているエリア内でも,電話帳機能のみを使用できる携帯電話を提供する』ものである。とすると,先願発明は,携帯電話による通信禁止エリアにおいて,あくまで電話帳機能に限定して使用を可能にする趣旨であり,その他様々な付加機能まで使用可能にする趣旨ではない。先願明細書の段落【0002】の記載は,単に電話帳機能以外にもその他の付加機能が存在するという事実のみを述べているにすぎず,先願発明に電話帳機能以外の付加機能も通信禁止エリアで使用可能にすることを述べているものではない。」と主張する。
しかしながら,先願明細書の段落【0002】には「その操作性の向上を目指して本来の電話機能以外の各種機能が付加される傾向にある。中でも,記憶可能な電話番号の数は,‥‥ものもある。このような電話番号を記憶する機能は電話帳機能と呼ばれ,」と記載されるように,先願明細書では,電話帳機能以外の各種機能が付加されることを前提に技術の開示があり,「中でも...電話帳機能と呼ばれる」という記載から,電話帳機能を各種機能の例示として示していることは明らかであるから,例えば甲13ないし15に記載されているような電話帳機能以外の各種機能が付加されることも,単なる設計事項ないし周知慣用手段の付加にすぎないことは明らかである。
そして,先願明細書の段落【0003】において「無線電波を用いるシステムであるが故に,電波によって他の機器に影響を与える恐れのある環境・地域での使用が制限される場合がある。」と記載されているから,先願発明は,無線電波の問題を認識した上で,無線電波によって他の機器に影響を与える恐れを回避するために,無線電波を発生する無線動作タスクを停止している。
しかも,先願明細書の第1の実施の形態では,図1の回路構成から明らかなように,無線電話機能(無線動作タスク)を停止する場合に,携帯電話端末全体に対して電源が供給されたままであるから,無線動作タスク以外の機能があれば当然にすべて使用可能である。
したがって,無線電波の影響を回避する際に無線動作タスク以外の機能を停止する必然性はなく,無線動作タスク以外の機能の例示である電話帳機能を停止しないで使用できる状態にしていることにかんがみれば,先願明細書の段落【0002】に記載された各種機能が付加される場合にはそれらを使用できる状態にできると考えるのが妥当であって,電話帳機能と同様に停止しないことは,単なる設計事項ないし周知慣用手段の付加にすぎないことは明らかである。
以上により,審決の認定は,先願発明を断片的に捉えたものではなく,先願発明の趣旨を理解した上での認定であるから,原告の主張は誤りである。
第5当裁判所の判断
1 当初明細書等の記載
証拠(甲1)によれば,本願の当初明細書等には,次の記載があることが認められる。
「【発明の属する技術分野】
本発明は,携帯電話端末に係り,特に病院や飛行機等の携帯電話での通信ができない場所においても電子手帳や時計の機能を使えるようにして利便性を向上させることができる携帯電話端末に関する。」(段落【0001】)
「【従来の技術】
まず,従来の携帯電話端末について図7を使って説明する。図7は,従来の携帯電話端末の構成ブロック図である。図7に示すように,従来の携帯電話端末は,無線信号の送受信を行うアンテナ1と,送信データを無線信号に変換し,受信した無線信号をデータに変換する無線部2と,送信音声データを特定のデータ列に変換して無線部2に出力し,無線部2からの受信データ列を音声データに変換するベースバンド処理部3と,装置全体の制御をプログラムコードに基づいて行う中央処理装置(CPU)4と,プログラムコードや電話帳データを記憶する記憶部5と,使用者がデータを入力する入力部6と,電話番号等のデータを表示する表示部7と,音響信号(音声)を音声電気信号に変換するマイク8と,音声電気信号を音響信号に変換するスピーカ9と,中央処理装置4からの指示に従って電気回路全体を制御する制御部10と,電力源としてのバッテリ11と,バッテリ11から各構成部分への電力供給を制御する電源制御部12とから構成されている。」(段落【0002】)
「また,入力部6には,数字等を入力する基本機能キー(ダイヤルに相当)や,オフフック,オンフック等の特定機能の入力用として複数の特定機能キーが設けられている。尚,図7において,実線は電気信号線を示しており,破線は電源制御部12から電気回路の各構成部分に電源を供給する電源線を示している。電源線は,無線部電源20,ベースバンド部電源21,制御部電源22,中央処理装置電源23,記憶部電源24,入力部電源25,表示部電源26である。」(段落【0003】)
「次に,上記従来の携帯電話端末における動作について図7を用いて説明する。まず,携帯電話端末がスタンバイしている状態で,入力部6の電源投入キー(図示せず)の押下等により起動の指示が入力されると,制御部10が電源制御部12に電力供給の指示を出力し,バッテリ11の電力が電源制御部12により,電源線20~26を介して各構成部分に供給される。そして,中央処理装置(CPU)4は,記憶部(メモリ)5からプログラムコードを読み出し,そのコードに従って,携帯電話端末全体の制御を行うよう動作を開始する。」(段落【0004】)
「ここで,中央処理装置4は,制御部10と無線部2及びアンテナ1を介して,エリアをカバーする基地局と通信用接続情報のやり取りを定期的に行っており,着信や発信等の要求に応えられるようにしている。通信用接続情報としては,無線チャネルの設定,維持,切り替え等を行う無線管理機能,位置登録,認証を行う移動管理機能,発呼切断等の呼制御機能があり,携帯電話端末と基地局との間で制御信号シーケンスを用いて定期的に交信しているものである。」(段落【0005】)
「そして,従来の携帯電話端末と基地局との間で行われる通信用接続情報の交信は,使用者の要求で停止することはできなかった。」(段落【0006】)
「そのため,従来は,無線信号の発着信を禁止されている場所,例えば病院や飛行機等において携帯電話端末を所持している場合は,使用者は,入力部6の電源切キーの押下等により携帯電話端末全体を停止させる必要があった。」(段落【0007】)
「従来の携帯電話端末では,入力部6の電源切キーが押下されると,制御部10を介して中央処理装置4にそのデータが入力され,中央処理装置4が制御部10に対して電源停止命令を出力し,それを受けた制御部10が電源制御部12に全電源線20~26の停止指示を出力し,電源制御部12が全電源線20~26への電力供給を停止することにより,装置全体の機能が停止するようになっている。」(段落【0008】)
「上記従来の携帯電話端末では,基地局のあるエリアから相当離れた場所においても基地局との通信用接続情報の交信を試みるため,無線部2及びベースバンド処理部3を定期的に動作せなければならず,無駄な電力を消費してしまうという問題があった。」(段落【0010】)
「本発明は上記実情に鑑みて為されたもので,携帯電話端末での通信が禁止されている場所でも通信以外の機能を使用可能として利便性を向上させ,また,エリア外における無駄な電力消費を防ぐことができる携帯電話端末を提供することを目的とする。」(段落【0011】)
「【課題を解決するための手段】
‥‥。例えば,病院等の無線通信禁止区域において,通信機能のみを停止させて電子手帳機能や電話帳機能等はそのまま用いることができるため,利便性を向上させることができ,また,通信機能を停止させて消費電力を低減することができる。」(段落【0012】)
「【発明の実施の形態】
本発明の実施の形態について図面を参照しながら説明する。本発明の実施の形態に係る携帯電話端末は,使用者の要求により,無線部及びベースバンド処理部を停止できるようにしており,無線信号の発着信が禁止されている場所においては通信機能のみを停止させ,電話番号帳,電子手帳,時計等の通信とは無関係の機能を使用できるようにして利便性を向上させ,また,エリア外における消費電力を低減することができるものである。」(段落「【0015】)
「まず,本発明の実施の形態に係る携帯電話端末の構成について図1を用いて説明する。図1は,本発明の実施の形態に係る携帯電話端末(本装置)の構成ブロック図である。図1に示すように,本装置の基本的な構成は,図7に示した従来の携帯電話端末とほぼ同様であり,従来と同様の部分としてアンテナ1と,無線部2と,ベースバンド処理部3と,表示部7と,マイク8と,スピーカ9と,バッテリ11と,電源制御部12とを備え,本装置の特徴部分として停止認識部13が新たに設けられている。また,入力部6と,中央処理装置4と,記憶部5と,制御部10は従来とは一部構成又は処理が異なっている。」(段落【0016】)
「本装置の特徴部分について図1を用いて説明する。まず,停止認識部13は,入力部6の特定キーが押下された場合に,入力信号を受けて通信機能の停止を要求する停止要求信号を制御部10に出力するものである。」(段落【0017】)
「そして,制御部10は,停止認識部13からの停止要求信号を受けて,中央処理装置4に通信機能の停止処理に移行するよう,中央処理装置4が認識できる形の停止要求フラグ又は割り込み信号を出力するものである。更に,制御部10は,中央処理装置4からの指示に従って,電源制御部12に対して無線部2及びベースバンド処理部3への電力供給を停止する制御を行うものである。」(段落【0018】)
「そして,中央処理装置4は,制御部10からの停止要求フラグを受けて,通信機能の停止処理を行うものである。具体的には,中央処理装置4は,制御部10に対して,無線部2及びベースバンド処理部3への電力供給を停止する指示を出力するものである。」(段落【0019】)
「また,記憶部5は,従来と同様のプログラムコードや電話帳データ及び電子手帳データの他に,通信機能の停止処理を行うためのプログラムコードを記憶しているものである。」(段落【0020】)
「次に,本装置の外観について図2を用いて説明する。図2は,本装置の外観説明図である。図2に示すように,本装置の上部にはアンテナ1が設けられ,前面部分には,従来と同様のスピーカ9と,マイク8と,入力部6として従来と同様の基本機能キー6aと,特定機能キーとしてオフフックキー6b及びオンフックキー6c及び本装置の特徴部分である通信停止キー6dと,手帳/時計切り替えキー6eとが設けられている。」(段落【0021】)
「本装置の特徴部分である通信停止キー6dは,特定機能キーの一種で,使用者が通信機能の停止指示を入力するキーであり,このキーが押下されると携帯電話端末の通信機能が停止するようになっている。具体的には,通信停止キー6dが押下されると,無線部2及びベースバンド処理部3への電力供給が停止して,通信機能が停止する。通信停止キー6dには,使用者が機能を認識しやすいようなイラストが描かれている。」(段落【0022】)
「また,手帳/時計切り替えキー6eは,通信機能が停止している状態において電子手帳機能(電話帳機能を含む)と,時計機能とを切り替えるものである。」(段落【0023】)
「次に,本装置の動作について図3を用いて説明する。図3は,本装置の通信機能停止制御シーケンスを示す説明図である。図3に示すように,まず,使用者が入力部6の通信停止キー6dを押下すると(100),入力部6の通信停止キー6dから停止認識部13に対して予め定められた信号が出力され(101),停止認識部13が該信号を受信すると通信機能の停止指示を認識して制御部10に対して停止要求信号を出力する。」(段落【0024】)
「そして,制御部10が,中央処理装置4に対して停止要求フラグを出力し(103),中央処理装置4は,これを受けて,割り込み処理として通信機能の停止処理を開始し,制御部10に対して無線部2及びベースバンド処理部3への電力供給を停止するよう,電源停止命令を発行する(104)。」(段落【0025】)
「そして,制御部10は,中央処理装置4からの電源停止命令を受けて電源制御部12に対して無線部2及びベースバンド処理部3への電力供給を停止するよう,つまり無線部電源20及びベースバンド部電源21を停止するよう電源停止制御を行う(105)。」(段落【0026】)
「そして,電源制御部12が,制御部10からの電源停止制御を受けて無線部電源20及びベースバンド部電源21を停止することにより,無線部2及びベースバンド処理部3への電力供給を停止する(106,107)。尚,ここで106と107の動作は順序が逆でも構わない。」(段落【0027】)
「更に,中央処理装置4が,通信機能の停止処理として,制御部10に対して電源停止表示命令を発行し(108),制御部10が,表示部7に対して電源停止表示制御を行う(109)。具体的には,制御部10は,記憶部5から通信機能停止中を示すアイコンの表示データを読み出して表示部7に出力する。そして,表示部7が,電源停止表示として,通信機能停止中を示すアイコンを表示し(110),使用者は停止表示を見て通信機能が停止したことを認識するものである。」(段落【0028】)
「これにより本装置では,使用者の意志によって随時通信機能を停止させることができるようになり,携帯電話による通信禁止の場所においても通信機能のみを停止すれば電話帳や時計等の通信とは無関係の機能は使うことができ,利便性を向上させることができるものである。」(段落【0029】)
「本発明の実施の形態に係る携帯電話端末(本装置)によれば,使用者が通信機能の停止指示を入力する通信停止キー6bと,通信停止キー6bからの信号を通信停止要求に変換して制御部10に出力する停止認識部13とを備え,制御部10が,停止認識部13からの通信停止要求をフラグに変換して中央処理装置に出力し,中央処理装置4が,制御部10に対して無線部2及びベースバンド処理部3への電力供給を停止するよう指示を出力し,制御部10が,中央処理装置からの指示に従って,電源制御部12を介して無線部2及びベースバンド処理部3への電源供給を停止させるようにしているので,装置全体の電源を切らずに通信機能のみを停止させることができ,携帯電話端末による通信が禁止されている場所等においても,通信とは無関係の電話帳や時計等の機能はそのまま用いることができ,利便性を向上させることができる効果がある。」(段落【0033】)
「また,本装置によれば,使用者の要求によって随時通信機能を停止させることができるので,基地局から遠く離れたエリア外にいる場合には通信機能を停止させて,不要な通信用接続情報の送信及び受信動作を行わないようにすることができ,消費電力を低減することができる効果がある。」(段落【0034】)
「【発明の効果】
本発明によれば,電源がオンになっている状態で特定の指示が入力された場合に,通信機能を電力供給を停止することにより当該通信機能を停止して,受信レベルの表示を通信機能停止を示す情報をに変えて表示し,通信機能以外の機能には電力供給を継続することにより動作可能とする携帯電話端末としているので,使用者に,通信機能が停止していることを容易に認識させることができ,病院等の無線通信禁止区域において,通信機能のみを停止させて電子手帳機能や電話帳機能等はそのまま用いることができるため,利便性を向上させることができ,また,通信機能を停止させて消費電力を低減することができる。」(段落【0040】)
「また,本発明によれば,特定の指示を入力するための特定キーを設け,前記特定キーが操作されると,通信機能を停止させる携帯電話端末としているので,使用者が,特定キーを操作すると,通信機能が停止されるため,病院等の無線通信禁止区域において,通信機能のみを停止させて電子手帳機能や電話帳機能等はそのまま用いることができ,利便性を向上させることができる効果がある。」(段落【0042】)
「【図面の簡単な説明】
【図1】 本発明の実施の形態に係る携帯電話端末(本装置)の構成ブロック図である。
‥‥
【図7】 従来の携帯電話端末の構成ブロック図である。
【符号の説明】
1…無線部,2…アンテナ,3…ベースバンド処理部,4…中央処理装置,5…記憶部,6…入力部,7…表示部,8…マイク,9…スピーカ,10…制御部,11…バッテリ,12…電源制御部,13…停止認識部,20…無線部電源,21…ベースバンド部電源,22…制御部電源,23…中央処理装置電源,24…記憶部電源,25…入力部電源,26…表示部電源」
【図1】
file_2.jpgLe Bl spsanmtant | [renee eas of RF a【図7】
file_3.jpg2 取消事由1(手続補正の適否について判断を誤った違法)について
(1) 本件補正の内容は前記第2の3のとおりであり,その補正事項は前記第2の4(1)アのとおりである。
ところで,審決は,本件補正が特許法17条の2第3項の規定に違反するというものであるところ,同条の「明細書又は図面に記載した事項」とは,技術的思想の高度の創作である発明について,特許権による独占を得る前提として,第三者に対して開示されるものであるから,ここでいう「事項」とは明細書又は図面によって開示された発明に関する技術的事項であることが前提となるところ,「明細書又は図面に記載した事項」とは,当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,補正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができると解すべきである。
そこで,以下,本件補正が,上記の新たな技術的事項を導入しないものであるか否かを各補正事項ごとに検討する。
(2) 補正事項イ)について
ここでは,本願発明の「複数の機能」について,「マイクによる音声を電気信号に変換する機能」及び「スピーカによる電気信号を音声に変換する機能」を加えることの適否が問題となる。
ア 前記1の段落【0002】及び図7を参照すると,従来の携帯電話端末は,「音響信号(音声)を音声電気信号に変換するマイク8」と,「音声電気信号を音響信号に変換するスピーカ9」を備えており,また,本願発明の携帯電話端末に関して,「本装置の基本的な構成は,図7に示した従来の携帯電話端末とほぼ同様であり,従来と同様の部分としてアンテナ1と,無線部2と,ベースバンド処理部3と,表示部7と,マイク8と,スピーカ9と,バッテリ11と,電源制御部12とを備え,」(段落【0016】参照)と記載されているとともに,発明の実施の形態を示す図1には,マイク8及びスピーカ9が制御部10と矢印線により結ばれている様子が示されている。
すると,当初明細書等に記載された本願発明の実施例としての携帯電話端末は,「マイク8」と「スピーカ9」とを備え,従来の携帯電話端末と同様に,「マイク8」は「音響信号(音声)を音声電気信号に変換する」ものであり,「スピーカ9」は「音声電気信号を音響信号に変換する」ものであると認められる。
ところで,「広辞苑第6版」(甲6)によれば,「機能」とは,「物のはたらき。相互に関連し合って全体を構成している各要素や部分が有する固有な役割。また,その役割を果たすこと。作用。」を意味するものと認められるから,物が動作することによって,作用が生じ,その結果「機能」が提供されると解されるから,当初明細書等に「マイク」及び「スピーカ」に関して「機能」との明示的な記載がないとしても,「音響信号(音声)を音声電気信号に変換する」ことが「マイク8」の機能であり,「音声電気信号を音響信号に変換する」ことが「スピーカ9」の機能であるということができ,また,「マイク8」及び「スピーカ9」を備えた携帯電話端末が,「音響信号(音声)を音声電気信号に変換する機能」と「音声電気信号を音響信号に変換する機能」を有していると認定することができる。
さらに,「マイク」及び「スピーカ」は携帯電話端末として成立するための必須の構成部品であって,例えば,「スピーカ」は通話をするときのみならず,一般的な信号音の発生にも利用されることは技術常識であるから,これらの構成部品は,携帯電話端末の特定の機能やアプリケーションに従属するものではなく,独立して音声入力及び出力手段として機能し得るものであることは明らかである。
そして,「通信機能」とは「無線信号の送受信を行う」機能であって(当初明細書【請求項2】参照),「通話機能」と異なり,音響信号(音声)に直接関わるものではないから,「マイク」や「スピーカ」の機能は「通信機能」に含まれないと解される。
したがって,「マイク8」及び「スピーカ9」が提供する「音響信号(音声)を音声電気信号に変換する機能」と「音声電気信号を音響信号に変換する機能」は,他の機能と両立する独立した機能であって,「通信機能以外の機能」と認められる。
イ この点について,被告は,本願発明における携帯電話端末の「機能」とは,使用者に認識され,使用者の要求・意志によって使用状態を制御できる携帯電話端末の機能,つまり,携帯電話端末におけるいわゆる「アプリケーションとしての機能」である旨主張しているが,機械的な部品や電気回路等のハードウエア構成も,それらの動作によって使用者に固有の機能を提供すると解されるから,「アプリケーションとしての機能」に限られる理由はなく,また,前記1の段落【0005】においては,通信用接続情報に関して,「無線チャネルの設定,維持,切り替え等を行う無線管理機能」,「位置登録,認証を行う移動管理機能」,「発呼切断等の呼制御機能」等,携帯電話端末内で行われる様々な働きを「機能」と称しているから,本願発明にいう「機能」が「アプリケーションとしての機能」に限られると解することはできないというべきである。
(3) 補正事項ロ)について
ここでは,「電源キーを押下する」場合に,本願発明の「複数の機能とが使用可能状態となり」を,「時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能とが使用可能状態となり」と補正することの適否が問題となる。
前記1の段落【0016】によれば,本願発明の通常の動作状態(通信機能の停止をしない状態)は従来の携帯電話端末とほぼ同様である。したがって,前記1の従来の携帯電話端末に関する記載(段落【0004】【0005】)を参照しつつ,図1とその説明によれば,本願発明の通常の動作状態は次のとおりとなる。すなわち,入力部6の電源投入キーの押下等により起動の指示が入力されると,制御部10が電源制御部12に電力供給の指示を出力し,バッテリ11の電力が電源制御部12により,電源線20ないし26を介して各構成部分,すなわち,無線部2,ベースバンド処理部3,制御部10,中央処理装置4,記憶部5,入力部6及び停止認識部13,表示部7のすべての構成部分に供給される。そして,中央処理装置4は,制御部10と無線部2及びアンテナ1を介して,エリアをカバーする基地局と通信用接続情報のやり取りを定期的に行って,着信や発信等の要求に応えられるようになるから,制御部10及び無線部2を始めとした着信や発信等に関わる構成部分が,使用可能状態となることも明らかである。
そして,本願発明の実施例としての携帯電話端末において,電源キーの押下に基づいて,各構成部分に電力が供給され,制御部10,中央処理装置4,記憶部5等が動作を開始し,また,携帯電話端末が通信機能以外の機能として時計機能及び電話帳機能を有しており(前記1の段落【0023】),電力供給と共にこれらの機能が使用可能となることは,一般の携帯電話端末の動作手順からも自明のことである。
ところで,「マイク8」及び「スピーカ9」の電力供給について,当初明細書には明示的な記載はないが,その図1において,「マイク8」及び「スピーカ9」が制御部10と矢印線で結ばれていることから判断して,「マイク8」及び「スピーカ9」は制御部10に接続されて,制御部10との間で電気信号の授受をするものと解され,また,物理学辞典改訂版(甲16)によれば,「マイク」及び「スピーカ」には様々な構造があるものの,一般にそれらが接続されている本体部(制御部10)が電力供給されて動作可能となっていれば,本体部との電気信号の授受に基づいて,それぞれ音声の入出力に関する固有の動作を実行することができ,使用可能な状態となるものと解されるから,本願発明の実施例において,「マイク8」及び「スピーカ9」は制御部10とともに,使用可能な状態となると認められる。したがって,制御部10への電力供給とともに,「マイク8」及び「スピーカ9」も動作可能な状態となり,制御部10で処理された音響(音声)電気信号が「スピーカ9」に入力され,そこで音響信号に変換されて出力可能となり,「マイク8」から入力された音響信号(音声)が音声電気信号に変換され,音声電気信号が制御部10で処理可能となるといえる。
以上のとおり,「マイク8」及び「スピーカ9」も制御部10とともに,使用可能な状態となるといえるから,本願発明は,電源キーの押下に基づく電力供給により,「時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能」が使用可能状態となるものと認められる。
(4) 補正事項ハ)について
ここでは,「電源キーとは異なるキー操作により通信機能を停止させる指示が入力される」場合に,本願発明の「複数の機能は動作可能とした」を,「時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能はそのまま動作可能とした」と補正することの適否が問題となる。
前記1の段落【0006】ないし【0011】及び【0015】によれば,本願発明は,従来の携帯電話端末では,基地局との間で行われる通信用接続情報の交信は使用者の要求で停止することができないことから,無線信号の発着信を禁止されている場所,例えば,病院や飛行機等において携帯電話端末を所持している場合には,使用者は,携帯電話端末全体の電源を切らなければならず,通信機能とは無関係の電話帳や電子手帳機能等も使えなくなってしまい,不便であるという問題点,及び基地局のあるエリアから相当離れた場所においても基地局との通信用接続情報の交信を試みるため,無線部2及びベースバンド処理部3を定期的に動作させなければならず,無駄な電力を消費してしまうという問題点の存在を前提にして,携帯電話端末での通信が禁止されている場所でも通信以外の機能を使用可能として利便性を向上させ,また,エリア外における無駄な電力消費を防ぐことができる携帯電話端末を提供することを目的とするものである。
そして,本願発明は,上記目的を達成するため,使用者の要求により,通信機能のみを停止できるようにし,無線信号の発着信が禁止されている場所においては,通信とは無関係の機能を使用できるようにして利便性を向上させ,また,エリア外における消費電力を低減することができるようにするものであると認められる。
そして,前記第1の段落【0024】ないし【0027】によれば,本願発明の実施の形態で詳述されている携帯電話端末は,入力部6の通信停止キー6dを押下すると,停止認識部13が制御部10に対して停止要求信号を出力し,次いで,制御部10が,中央処理装置4に対して停止要求フラグを出力し,中央処理装置4は,これを受けて,制御部10に対して無線部2及びベースバンド処理部3への電力供給を停止するよう,電源停止命令を発行し,制御部10は,電源制御部12に対して電源停止制御を行い,電源制御部12が,無線部電源20及びベースバンド部電源21を停止することにより,無線部2及びベースバンド処理部3への電力供給を停止するというものであることが認められる。
すなわち,本願発明の携帯電話端末は,通信機能を停止するように指示された場合には,電源制御部12が電源線20及び21の電力供給を停止し,通信機能をつかさどる構成部分(無線部2及びベースバンド部3)への電力供給を停止させるものであり,このとき,携帯電話端末の装置全体の電源を切らない状態にするべく,携帯電話端末の他の構成部分である中央処理装置4,記憶部5,入力部6及び停止認識部13,表示部7,制御部10,電源制御部12には,バッテリ11から直接又は電源制御部12と電源線(22ないし26)とを介して電力が供給されるものである。
そして,上記の通信機能が停止中の動作及び作用・効果に関して,「通信機能のみを停止させ,電話番号帳,電子手帳,時計等の通信とは無関係の機能を使用できるように」する(前記1の段落【0015】),「病院等の無線通信禁止区域において,通信機能のみを停止させて電子手帳機能や電話帳機能等はそのまま用いることができるため,利便性を向上させることができ,また,通信機能を停止させて消費電力を低減することができる。」(前記1の段落【0040】)と記載されているから,上記「等」の記載に基づくと,「時計機能」及び「電話帳機能」は,通信とは無関係の機能の例示であって,この両者の機能のみが使用可能となることを意味するものではなく,むしろ,「通信機能のみ」を停止させるとの記載によれば,無線信号の発着信を行わないすべての機能は使用可能になっていると解するのが自然である。
そうすると,無線部を含めて携帯電話端末のすべての構成部分に電力が供給された通常の動作状態においては,携帯電話端末の有する機能のすべてが使用可能状態にあり,その状態から,電源線20及び21の電力供給のみを停止し,無線部2及びベースバンド処理部3の動作のみを停止させるのであるから,継続して電力供給がされている制御部10は,引き続き,使用可能な状態が維持されるものと認められる。このように,通信機能を停止させた際にも,制御部10は電源線22から電力供給されて動作可能な状態となっているから,通信機能停止処理中であっても,制御部10は,電源が供給されている中央処理装置4,記憶部5,入力部6,表示部7及び停止認識部13と協働して適宜必要な動作を実行するものと認められるところ,前記1の図1を参照すると,「マイク8」及び「スピーカ9」は制御部10に接続されているから,前記(3)で検討したとおり,接続先の本体部(制御部10)に電源が供給されていれば,「マイク8」及び「スピーカ9」も使用可能となり,協働して音声入力及び出力動作を実行し得るものと解される。
また,当初明細書等には,「通信機能のみを停止」させるとの記載があること,通信機能を停止した場合に,「マイク8」及び「スピーカ9」が使用できない状態(動作しない状態)になるとの記載がないことからも,制御部10に電源が供給され,通信機能部への電力供給が停止された状態であっても,「マイク8」及び「スピーカ9」は使用可能な状態に維持されるものと認めることができるというべきである。
以上のように,当初明細書等に記載された本願発明の課題とその解決手段及び周知技術を総合して考慮すると,本願発明の携帯電話端末において通信機能を停止した場合にそのまま使える機能としては,少なくとも時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,及びスピーカによる電気信号を音声に変換する機能が含まれるものと解される。
(5) 以上のとおり,補正事項イ)ないしハ)は,当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであると認められるから,本件補正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができると解される。
したがって,審決が,平成19年8月1日付けの手続補正について補正却下の決定をしたことは誤りであり,この誤りは,審決の結論に影響を与えることは明らかである。
3 結論
よって,原告の主張する取消事由1は理由があるから,審決を取り消すこととし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 東海林保 裁判官 矢口俊哉)