知財高等裁判所 平成21年(行ケ)10304号 判決 2010年7月28日
原告
リスパック株式会社
訴訟代理人弁護士
上山浩
同
小長谷真理
訴訟代理人弁理士
小林徳夫
同
中嶋恭久
被告
株式会社エフピコ
訴訟代理人弁理士
藤本昇
同
中谷寛昭
同
小山雄一
主文
1 特許庁が無効2008-800258号事件について平成21年8月20日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
1 本件は,原告が特許権者で発明の名称を「光沢黒色系の包装用容器」とする特許第3803823号について,被告がその請求項1及び2につき特許無効審判請求をしたところ,特許庁が原告のなした訂正請求を認めずに上記請求項に係る特許を無効とする旨の審決をしたことから,これに不服の原告がその取消しを求めた事案である。
2 争点は,①上記訂正請求における訂正要件の存否,②訂正前の請求項2についての実施可能要件(平成14年法律第24号による改正前の特許法36条4項)の存否,③同じくサポート要件(特許法36条6項1号)の存否である。
<判決注,> 平成14年法律第24号による改正前の特許法36条4項の規定は,次のとおりである。
「前項第3号の発明の詳細な説明は,経済産業省令で定めるところにより,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならない。」
第3当事者の主張
1 請求の原因
(1) 特許庁における手続の経緯
原告は,発明の名称を「光沢黒色系の包装用容器」とする特許第3803823号(平成13年6月26日出願,平成18年5月19日設定登録,請求項の数2,以下「本件特許」という。甲1〔特許公報〕)の特許権者であるところ,被告は,平成20年11月18日付けで本件特許の請求項1及び2について無効審判請求をした。上記請求は無効2008-800258号事件として特許庁に係属したところ,原告はその手続中の平成21年2月5日付けで訂正請求をしたが,特許庁は,平成21年8月20日,上記訂正を拒絶すべきものとした上,「特許第3803823号の請求項1,2に係る発明についての特許を無効とする。」旨の審決をし,その謄本は平成21年9月1日に原告に送達された。
(2) 訂正請求の内容
原告が平成21年2月5日付けでなした訂正請求(以下「本件訂正」という。)の内容は,次のとおりである。
ア 訂正事項(1)
本件特許の【請求項1】(旧)を削除する。
イ 訂正事項(2)
【請求項2】(旧)を【請求項1】(新)に繰り上げ,その内容を後記のとおり改めるが,内容の変更を分説すると次のとおりとなる。
(ア) 含有カーボン量の上限値について,訂正前「10重量%」の記載を,「3重量%」に訂正する。
(イ) 訂正前「外層のシート」の記載を,「外層とからなる多層シート」に訂正する。
(ウ) 訂正前「固有粘度が0.55以上のシートからなり,」の記載を,請求項の後半部に移動させると共に,「多層シート押出機でシート成形して得られる前記多層シートのシート切り出し片の固有粘度が0.55dℓ/g以上であり,」に訂正する。
(エ) 訂正前「前記シートの熱分析器の測定された昇温結晶化温度が128度以上,且つ,結晶化熱量が20mJ/mg以上の」とあった記載部分を,請求項の後半部に移動させると共に,「前記多層シートを容器成形機で成形して得られる容器の容器切り出し片を熱分析器で測定したときの昇温結晶化温度が128度以上,且つ,結晶化熱量が20mJ/mg以上である」に訂正する。
(オ) 上記(ウ)及び(エ)の訂正に伴い,訂正前「多層の光沢黒色系の包装用容器。」と体言止めされていた部分については,「多層の光沢黒色系の包装用容器であって,」と訂正して請求項の後半部へ文章をつなぐと共に,上記(ウ)及び(エ)の事項の後に改めて「多層の光沢黒色系の包装用容器。」と体言止めして請求項を締めくくる訂正をする。
ウ 訂正事項(3)~(7)
明細書の段落【0006】,【0007】,【0010】,【0016】を別添審決写しのとおり改める。
(3) 発明の内容
本件特許の請求項は,上記のとおり,当初はその数が2(【請求項1】(旧)及び【請求項2】(旧))であったが,平成21年2月5日付けの訂正請求(本件訂正)により【請求項1】(旧)が削除されて,【請求項2】(旧)が内容も改められて【請求項1】(新)となったが,その詳細は次のとおりである。
ア 訂正前発明
・ 【請求項1】(旧)
「カーボンを0.3重量%から10重量%含有するポリエチレンテレフタレートを主成分とする固有粘度が0.55以上のシートからなり,前記シートの熱分析器の測定された昇温結晶化温度が128度以上,且つ,結晶化熱量が20mJ/mg以上のシートを用いた光沢黒色系の包装用容器。」(以下「訂正前発明1」という。)
・ 【請求項2】(旧)
「カーボンを0.3重量%から10重量%含有するポリエチレンテレフタレートを主成分とする固有粘度が0.55以上のシートからなり,前記シートの熱分析器の測定された昇温結晶化温度が128度以上,且つ,結晶化熱量が20mJ/mg以上のシート層と,前記シート層の少なくとも一方に層の厚みが5μm以上のポリエチレンテレフタレートを主成分とする外層のシートを用いた多層の光沢黒色系の包装用容器。」(以下「訂正前発明2」という。)
イ 訂正後発明(下線は訂正箇所)
・ 【請求項1】(新)
「カーボンを0.3重量%から3重量%含有するポリエチレンテレフタレートを主成分とするシート層と,前記シート層の少なくとも一方に層の厚みが5μm以上のポリエチレンテレフタレートを主成分とする外層とからなる多層シートを用いた多層の光沢黒色系の包装用容器であって,
多層シート押出機でシート成形して得られる前記多層シートのシート切り出し片の固有粘度が0.55dℓ/g以上であり,前記多層シートを容器成形機で成形して得られる容器の容器切り出し片を熱分析器で測定したときの昇温結晶化温度が128度以上,且つ,結晶化熱量が20mJ/mg以上である多層の光沢黒色系の包装用容器。」(以下「訂正後発明」という。)
(4) 審決の内容
審決の内容は,別添審決写しのとおりである。
その理由の要点は,①訂正事項(1)及び(2)を一体として「訂正事項a」として整理した上,訂正事項aは,特許請求の範囲の減縮,誤記又は誤訳の訂正,明りょうでない記載の釈明のいずれかを目的とするものとは認められないし,また,明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものとはいえないから,本件訂正は拒絶すべきである,②訂正前発明1及び2は,本件詳細説明において実施可能なように記載されていない(平成14年改正前特許法36条4項),また,③訂正前発明1及び2については,発明の詳細な説明に記載されているということはできない(特許法36条6項1号),としたものである。
(5) 審決の取消事由
しかしながら,審決には,以下に述べるとおりの誤りがあるから,違法として取り消されるべきである。
ア 【請求項1】(旧)の訂正(削除)を認めなかった判断の誤り(取消事由1)
審決は,【請求項1】(旧)の削除を内容とする訂正事項(1)と【請求項2】(旧)の変更を内容とする訂正事項(2)を一体として訂正の可否を検討し,訂正要件を充足しないとして本件訂正を全体として認めなかった。
しかし,無効審判における訂正請求は,各請求項ごとに判断すべきであるから(最高裁平成20年7月10日第一小法廷判決・民集62巻7号1905頁),訂正事項(1)と(2)は別個に判断すべきである。そして,【請求項1】(旧)を削除する訂正事項(1)は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるから,訂正要件を充足する。したがって,訂正事項(1)の訂正を認めなかった審決には誤りがある。
イ 【請求項2】(旧)の変更を内容とする訂正を認めなかった判断の誤り-その1(取消事由2)
訂正事項(2)について,審決は,訂正後発明は訂正前発明2に由来するものとはいえず,そうである以上,訂正事項(2)は,特許請求の範囲の減縮を目的としているものとはいえないし,また,訂正前発明2に明りょうでない記載のあることを前提にした釈明を目的にしているものともいえない旨判断している(審決9頁26行~29行,14頁4行~8行)。
しかし,次のとおり,訂正事項(2)は,特許法134条の2第1項に規定する「特許請求の範囲の減縮」(同項1号)及び「明りょうでない記載の釈明」(同項3号)に該当するものであるから,審決の上記判断は誤りである。
(ア) 訂正事項(2)(イ)について
訂正前発明2では「・・・シートからなり,前記シートの・・・のシート層と,前記シート層の・・・外層のシートを用いた・・・」のように,「シート」「シート層」「外層」という3種の用語が用いられているが,訂正前発明2には「前記シート層の少なくとも一方に層の厚みが5μm以上のポリエチレンテレフタレートを主成分とする外層のシートを用いた」と記載されており,この表現から「シート層」に対して「外層」が積層されることは明らかである。したがって,「シート層」と「外層」とは共に積層される関係にあり,かつ「シートからなり,」の記載から「シート」はそれらを含むもの,つまり「シート層」と「外層」とが積層されたものが「(多層)シート」となる。
これは,訂正前発明2の記載から導かれる解釈である。すなわち,請求項に係る発明の認定において,請求項中で同一の名称を付している用語は同じ意味であると解釈するのが通常かつ自然であるから,訂正前発明2の前段の「シート」と後段の「シート」とは同義として解釈されるべきである。なお,被告は,後段の「シート」には「前記」が付されていないので,前段と後段の「シート」は異なると主張する。しかし,「前記」が付してあれば先行する同一の用語を受けているものと解釈されるであろうが,「前記」がないという理由によって直ちに異なる意味として解釈するのは相当ではない。したがって,後段の「シート」に「前記」と記載されていないからといって,前段と後段の「シート」で意味が異なるものではない。
また,訂正前発明2の解釈においても,当然に発明の詳細な説明等を参酌し,権利化の際に通常選択する合理的な経済行為に合致するように請求項に記載された発明の本質を解釈すべきである。そして,本件明細書の【表1】に実施例,比較例として中間層の両側に外層が積層された多層のシートが記載されていること,また段落【0022】及び【0023】において,【表1】の外層と中間層とからなる多層のシートを「シート」と表現していることからしても,「シート」は「多層シート」と解釈される。
以上のとおり,訂正事項(2)(イ)は,訂正前発明2の中の「シート」が多層のシートであり,かつ本件明細書における実施の形態の記載と整合していることを明確にすべく,「シート」を「多層シート」とし,その多層シートが「シート層」と「外層」とからなる「外層とからなる多層シート」としたものである。このように,訂正事項(2)(イ)は,特許法134条の2第1項3号に規定する「明りょうでない記載の釈明」を目的とするものである。
(イ) 訂正事項(2)(ウ)について
上記(ア)において述べたとおり,訂正前発明2の「シート」,「シート層」,「外層」の記載のうち,「シート」とは,「シート層」と「外層」とを積層した「多層のシート」である。
したがって,訂正前発明2の「固有粘度が0.55以上のシートからなり」の記載における固有粘度の対象は「シート」であるから,多層のシート(シート層と外層とを積層したもの)であることは明らかであり,上記(ア)において訂正前「シート」を「多層シート」に訂正したことに伴い,固有粘度の測定対象である「シート」を「多層シート」としたものである。
また,本件明細書の実施例では,所定の多層シート押出機にて成形した(多層)シートの切り出し片を測定していることから,測定対象を本件明細書に記載の実施例に準じたものにすべく,「多層シート押出機でシート成形して得られる前記多層シートのシート切り出し片の固有粘度が0.55dℓ/g以上であり,」と訂正したものである。
以上のことから,訂正事項(2)(ウ)は,特許法134条の2第1項3号に規定する「明りょうでない記載の釈明」を目的とするものである。また,多層シートを,多層シート押出機でシート成形して得られるものに限定したという点で,特許法134条の2第1項1号の「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものでもある。
(ウ) 訂正事項(2)(エ)について
訂正前発明2における「前記シートの」の解釈について,この後に続く「昇温結晶化温度128度以上且つ結晶化熱量20mJ/mg以上のシート層」の文脈からは,所定値以上の昇温結晶化温度及び結晶化熱量を有するものが「(シート層及び外層からなる多層シートに由来する)前記シート」であるのか「シート層」であるのかは明確ではない。
そこで,訂正前発明2の「昇温結晶化温度128度以上且つ結晶化熱量20mJ/mg以上」が,「シート」又は「シート層」の双方を対象として解釈される余地がある以上,その解釈は請求項の記載のみに基づくのではなく,本件詳細説明の記載を参酌して解釈する必要がある(最高裁平成3年3月8日第二小法廷判決・民集45巻3号123頁参照)。
そして,本件詳細説明の「(2)昇温結晶化温度 容器切り出し片をDSC-220(セイコー電子(株)製)で昇温速度20度/minで測定した。」(段落【0017】),及び「(3)結晶化熱量 容器切り出し片をDSC-220(セイコー電子(株)製)で昇温速度20度/minで測定した。」(段落【0018】)の記載によれば,「昇温結晶化温度」及び「結晶化熱量」の測定対象は,多層シートに由来する容器切り出し片である。
このことから,訂正前発明2の「熱分析器の測定された昇温結晶化温度が128度以上,且つ,結晶化熱量が20mJ/mg以上」の語は,「シート層」ではなく,多層シートである「前記シートの」に係ることは明らかである。
したがって,訂正事項(2)(エ)は,特許法134条の2第1項3号に規定する「明りょうでない記載の釈明」を目的とするものである。また,測定対象を容器成形機で成形して得られる容器切り出し片に限定したという点で,特許法134条の2第1項1号の「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものでもある。
(エ) 訂正事項(2)(オ)について
訂正事項(2)(オ)は,上記(イ)及び(ウ)に付随して請求項の文形を整える上で必要となった形式的な訂正事項にすぎない。したがって,この訂正は,特許法134条の2第1項3号に規定する「明りょうでない記載の釈明」及び特許法134条の2第1項1号の「特許請求の範囲の減縮」に該当する。
ウ 【請求項2】(旧)の変更を内容とする訂正を認めなかった判断の誤り-その2(取消事由3)
訂正事項(2)について,審決は,訂正後発明は本件明細書に記載されておらず,訂正事項(2)は本件明細書に記載した事項の範囲内においてしたものとはいえない旨判断しているが(審決16頁10行~11行),この判断は誤りである。
(ア) 訂正後発明は,「前記多層シートを容器成形機で成形して得られる容器の容器切り出し片を熱分析器で測定したときの昇温結晶化温度が128度以上,且つ,結晶化熱量が20mJ/mg以上である」との発明特定事項を有する。
これに対応して,本件明細書には,昇温結晶化温度及び結晶化熱量の測定に関して,段落【0022】で成形機の機種及び成形する容器形状を具体的に特定し,また段落【0023】で容器側面部切り出し片のDSC測定結果であることが記載されている。
しかし,これら成形機,容器形状及び切り出し部位の特定は,あくまでも発明を再現可能とする実施可能要件を満たすための記載事項であり,発明という技術的思想を形成する上での記載事項ではない。
特許法126条3項にいう「明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内」の解釈は,当初の明細書に記載されている事項のみならず自明な事項も含むものであり,明細書に記載されている全ての事項を請求項に記載させることではない。
かかる法解釈に基づけば,訂正事項(2)による上記発明特定事項は,本件明細書に記載した事項から自明な事項であることは明らかである。
(イ) 訂正前発明2は「シートを用いた多層の光沢黒色系の包装用容器」に係る発明であり,そのシートは特定の性状を有するポリエチレンテレフタレートからなるのであるから,シートを用いた包装用容器という時点において既にその対象がシートを何らかの方法で加工して容器としたもの,すなわち「容器成形機で成形した」ことは訂正前発明2の記載から明らかである。
また,訂正前発明2の対象は「容器」に係るものであることから,測定対象となるものは当然に容器の一部分である「容器切り出し片」である。
つまり,訂正前発明2の「シートを用いた多層の光沢黒色系の包装用容器」の中に,既に,シートを容器成形機で成形して容器とし,その容器切り出し片の特定の性状を問題とするという発明特定事項が内在しているのである。
そうであれば,訂正後発明にて一見新たに追加されたようにも見える「容器成形機」や「切り出し片」の用語は,訂正前発明2にも実質的に記載されていたものであり,訂正によるこれらの用語の追加はいわば確認的に請求項に記載したものであって,発明の詳細な説明に記載されている成形機の種類や成形した容器の形状,測定片の切り出し部位等を限定していなくても何ら新規事項ではない。
(ウ) したがって,訂正事項(2)は,特許法134条の2第5項で準用する特許法126条3項に規定する,本件明細書に記載した事項の範囲内においてしたものである。
エ 実施可能要件(平成14年改正前特許法36条4項)についての判断の誤り(取消事由4)
(ア) 訂正前発明2について,審決は,固有粘度の測定条件として,測定試料を溶解する混合溶媒のフェノールとテトラクロロエタンとの混合割合が記載されていないから,本件詳細説明は,「固有粘度が0.55以上のシート」を発明特定事項として有する訂正前発明2が実施できる程度に記載されているということはできない旨判断した(審決18頁8行~15行)。
(イ) しかし,混合溶媒の溶媒比につき,本件発明の発明者であるAが,本件特許と同じく原告を出願人とする同分野の先行出願(特開2001-171706号公報,発明の名称「包装用容器」,出願日 平成11年12月14日,公開日 平成13年6月26日,甲31)において,包装用容器のシートの固有粘度を「P-クロールフェノール/テトラクロルエタン(テトラクロロエタン)=3/1」の比率の混合溶媒にて測定した実績がある。
化学実験の測定条件が発明者及びその実験環境(使用者)に大きく依存することを考慮すれば,本件発明の測定条件も過去の同一発明者かつ同一出願人を参酌すれば足り,先行出願にフェノール/テトラクロロエタンを3/1の混合溶媒を使用する記載があることから,同様の溶媒を使用する本件発明でもその混合比を3/1にて使用していることは容易に推測することができる。
(ウ) 本件特許の出願前,ポリエチレンテレフタレートの固有粘度は,測定試料を溶解する溶媒として,フェノール/1,2-ジクロロベンゼン(50/50),フェノール/1,1,2,2-テトラクロロエタン(50/50,又は,60/40),ο-クロロフェノール,又は,ジクロロ酢酸の5種のいずれかを使用することが,技術常識であった。そして,溶媒の混合比が固有粘度値に与える影響の程度は非常に小さく,原告が確認したところによれば,フェノール/テトラクロロエタン=3/1(重量比)の場合と,フェノール/テトラクロロエタン=3/3(重量比)の場合とでは,固有粘度の測定値には最大でも0.02程度の差しか生じず,原告が行った追加試験の結果(甲32)によれば,その値は同一であった。
このように,本件詳細説明において,両溶媒の混合比が記載されていないことは実質的な瑕疵とはいえず,当業者であれば実施可能な程度に明らかであった。
(エ) 以上のとおりであるから,固有粘度の測定条件について,混合溶媒の混合割合が記載されていないとしても,訂正前発明2は,その出願時に当業者において実施可能であったのであり,平成14年改正前特許法36条4項(実施可能要件)の要件を満たしている。
オ サポート要件(特許法36条6項1号)についての判断の誤り(取消事由5)
(ア) 審決は,訂正前発明2において固有粘度,昇温結晶化温度及び結晶化熱量の各数値が規定する対象は,シート層であると判断し,訂正前発明2の所定の数値を有するシート層は本件詳細説明に記載されていないなどと判断している。
しかし,これまで主張したとおり,本件詳細説明の段落【0014】~【0024】の実施例,【表1】及び【表2】には,シート層と外層を積層した多層シートの切り出し片について固有粘度を測定し,また,多層シートを成形した容器切り出し片について昇温結晶化温度及び結晶化熱量を測定していることが明確に記載されている。これらの記載を参酌すれば,訂正前発明2において,固有粘度,昇温結晶化温度及び結晶化熱量の各数値が規定する対象が多層シートであることは明らかである。
したがって,固有粘度,昇温結晶化温度及び結晶化熱量の各数値が規定する対象をシート層とする判断を前提とした審決の判断は誤りである。
(イ) また,本件詳細説明の【表1】及び【表2】を見れば,多層シートの切り出し片の固有粘度が0.54dℓ/g以下であり,かつ,この多層シートを用いた容器切り出し片の昇温結晶化温度が127度以下及び結晶化熱量が19mJ/mg以下のもの(比較例1,2)は少なくとも部分的に光沢のないことが記載されている。
一方で,固有粘度が0.63dℓ/g以上,昇温結晶化温度が130度以上及び結晶化熱量が25mJ/mg以上のもの(実施例1,2,3)は全体に光沢を有することが記載されている。
これらの実施例及び比較例を併せて考えると,比較例の範囲を排除した固有粘度が0.55以上,昇温結晶化温度が128度以上及び結晶化熱量が20mJ/mg以上という数値を有するものが優れた光沢の外観を有する黒色系の包装容器を得ることは本件詳細説明に記載されているといえる。
したがって,優れた光沢の外観を有する黒色系の包装容器を得るという訂正前発明2の課題解決は裏付けられていると共に本件詳細説明に記載されているものである。
(ウ) 以上のとおりであるから,訂正前発明2は,本件詳細説明に記載されており,特許法36条6項1号の要件(サポート要件)を満たしている。
2 請求原因に対する認否
請求の原因(1)ないし(4)の各事実はいずれも認めるが,同(5)は争う。
3 被告の反論
(1) 取消事由1に対し
争う。
(2) 取消事由2に対し
ア 訂正事項(2)全体につき
訂正事項(2)は,訂正前発明2において「シート」の特定事項であることが明らかな「カーボンを0.3重量%から10重量%含有し,」及び「固有粘度が0.55以上」を,訂正後において「カーボンを0.3重量%から10重量%含有し,」についてのみ「シート層」の特定事項とし,一方,「固有粘度が0.55以上」については「多層シート」の特定事項とするものである。また,「シート層」の特定事項であることが明らかな「昇温結晶化温度が128度以上,且つ,結晶化熱量が20mJ/mg以上」を「多層シート」の特定事項とするものである。
このような訂正について,原告は「明りょうでない記載の釈明」等を目的とするものである旨主張するが,これらの特定事項が全て「シート層」に係ることは明白である。
したがって,審決の判断は妥当である。
イ 訂正事項(2)(イ)につき
原告の主張は,以下の点において合理性を欠くものであり,失当である。
(ア) 原告の主張は,「シートからなり,」の記載から「シート」は積層される関係にある「シート層」と「外層」とを含むものであるとするものであるが,「シートからなり,」の記載からなぜそのように認定できるのか全く根拠が示されておらず,決して理解できるものではない。
訂正前発明2の「シートからなり,前記シートの・・・が・・・のシート層と,」との記載から明らかなように,「シート層」が「シート」から成ることは明確に把握できるのであり,原告の主張は失当である。
(イ) また,原告の主張は,訂正前発明2の前段の「シートからなり」の「シート」と後段の「外層のシート」の「シート」とが同じものであることを前提とするものである。
しかし,もし仮に同じものを意味するのであれば,中段の「前記シートの・・・シート層と,」のように「前記シート」と表現するはずであり,あえて「前記」を外して「外層のシート」と表現しているのであるから,明らかに前段の「シート」と後段の「シート」は別のものと把握できる。即ち,原告の主張は,その前提において誤っているのであり,前段の「シート」は「シート層となる」ものと把握でき,後段の「シート」は「外層となる」ものと明確に把握できるのである。
したがって,この点においても原告の主張は失当である。
(ウ) さらに,原告は,「シート」を多層シートと解釈することが,実施例において多層のシートを「シート」と表現していることに整合する旨主張する。
しかし,発明の詳細な説明の段落【0010】には,「カーボンを混入したシートの表面は,・・・シートの肉厚や表面の凹凸が安定難いものである。よって,このシートの一方に,5μm以上のPETを主成分とする層を形成するのが好ましい。」と記載されており,ここでは「シート」がカーボン含有層(即ち,シート層)を意味するものとして使用されている。そして,この記載が訂正前発明2についての記載であることは明らかであるから,訂正前発明2の前段の「シート」は,「多層シート」でなく「シート層」であるとする方がむしろ発明の詳細な説明とも整合するものである。
したがって,この点においても原告の主張は失当である。
ウ 訂正事項(2)(ウ)につき
原告は,訂正前発明2の「シート」が「シート層」と「外層」とを積層した「多層シート」であると解されることを根拠として,固有粘度の測定対象を「多層シート」とした訂正事項(2)(ウ)の訂正が「明りょうでない記載の釈明」に該当すると主張する。
しかし,「シートからなり,」の「シート」は「シート層」となるものであるから,「シート」が「多層シート」であることを前提とする原告の主張は根拠がない。
また,訂正前発明2は「カーボンを0.3重量%から10重量%含有するポリエチレンテレフタレートを主成分とする固有粘度が0.55以上のシートからなり,」との記載から明らかなように,「シート」の特定事項としてカーボン含有量と固有粘度に関する事項を有している。しかるに,原告は,これらのうちカーボン含有量に関しては「多層シート」ではなく,「シート層」の特定事項となるように訂正しており,原告の上記主張と矛盾している。
さらに,原告は,訂正拒絶理由に対する意見書(甲26)において,「訂正前には「シート層」という言葉よりも前に位置して「シート層」を直接修飾していた,S1『固有粘度0.55以上のシートからなり』との発明特定事項・・・」(甲26,2頁18行~20行)については,「訂正事項(2)に係る請求項の後半部の記載中に・・・欠落することなく受け継がれています。」(甲26,3頁16行~18行)と記載している。すなわち,原告は,審判段階において,固有粘度についての発明特定事項が「シート層」についてのものであると主張しているのである。このように,原告の上記主張は,審判段階に於ける自らの主張と全く異なるものである。
エ 訂正事項(2)(エ)につき
原告の主張は,「前記シート」が「多層シート」であることを前提として,昇温結晶化温度等を特定する対象が「シート層」か「多層シート」か不明確であるとするものであるが,上記のとおり,「前記シート」は請求項の文脈から「シート層」となるものとしか把握できず,また,そのように把握すれば昇温結晶化温度等を特定する対象は「前記シート」たる「シート層」であると明確に理解できる。
したがって,原告の主張は失当である。
(3) 取消事由3に対し
原告は,昇温結晶化温度及び結晶化熱量の測定に関して,本件詳細説明の段落【0022】~【0023】には,成形機の機種,成形する容器形状及び測定結果が記載されているが,これらの記載は実施可能要件を満たすためのものであって,技術的思想を形成する上での記載事項ではない旨主張し,さらに,特許法126条3項の「明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内」は自明な事項も含むものであるところ,訂正事項(2)の発明特定事項は明細書の記載から自明であることから,訂正事項(2)が本件明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであると主張している。
しかし,明細書に何が記載されているかの認定においては,記載された理由(即ち,実施可能要件違反を満たすためのものか否か)は全く関係のないことであり,成形機等についての記載に関して,実施可能要件を満たすためのものであって技術的思想を形成する上での記載事項ではないとの原告の主張は,意味不明であるとしかいいようがない。
また,上記のとおり,原告は,訂正事項(2)が自明な事項である旨主張しているが,その根拠が全く示されていない。
そもそも樹脂シートの成形後に於ける結晶化熱量等は,成形時に於ける熱履歴,延伸の程度,成形時間等によって大きく変動するものである。したがって,同じ樹脂シートを用いたものであっても,成形条件及び部位によって全く異なる値になる。このような結晶化熱量等に関して,本件発明の詳細な説明には,ある特定の成形機を用いてある特定の形状に成形した場合における特定部位の値が示されているのである。
したがって,このような成形機等の特定のない訂正事項(2)を新規事項と判断した審決には,誤りはない。
(4) 取消事由4に対し
本件明細書において,訂正前発明2の発明特定事項である「固有粘度0.55以上」の数値に対して,比較例1では固有粘度0.54であることが示されていることからも明らかなように,「0.01」の差は有意な差であり,訂正前発明2では固有粘度の測定値として小数点第2位までを有意なものとしている。そうとすると,訂正前発明2において「0.02」は,極めて大きな差であるといえる。
したがって,取消事由4に関する原告の主張は失当であり,審決に誤りはない。
(5) 取消事由5に対し
以下のとおり,実施例及び比較例によって訂正前発明2がサポートされているとする原告の主張は明らかに失当であり,審決に誤りはない。
ア 原告は,固有粘度等の各数値が規定する対象をシート層と判断した審決には誤りがあり,この判断を前提とするサポート要件に関する判断は誤りである旨主張する。しかし,上記のとおり訂正前発明2において,固有粘度等の各数値が規定する対象がシート層であることは明らかであるから,審決の判断に誤りはなく,原告の主張は失当である。
イ また,訂正前発明2について,実施例にはシート層について如何なる固有粘度,昇温結晶化温度及び結晶化熱量であるかが一切示されていないことから,発明の詳細な説明においては,訂正前発明2の課題解決は到底裏付けられない。
第4当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(訂正請求の内容),(3)(発明の内容),(4)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
2 【請求項1】(旧)の訂正(削除)を認めなかった判断の適否(取消事由1)について
上記第3,1(2)記載のとおり,訂正事項(1)は【請求項1】(旧)を削除するものであるのに対し,訂正事項(2)は,【請求項2】(旧)を【請求項1】(新)に繰り上げて,その内容を変更するものである。
これにつき,審決は,訂正事項(1)及び(2)を一体として訂正事項aと整理し,訂正事項aについて,特許請求の範囲の減縮や明りょうでない記載の釈明を目的とするものではなく,また,明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものでもないので,そのような訂正事項aを含む本件訂正を全体として認めない旨の判断をした(審決6頁16行~7頁6行,8頁5行~17頁22行)。
しかしながら,特許無効審判事件の係属中に複数の請求項に係る訂正請求がなされている場合,その許否は訂正の対象となっている請求項ごとに個別に判断すべきであり,一部の請求項に係る訂正事項が訂正の要件に合致しないことのみを理由として,他の請求項に係る訂正事項を含む訂正の全部を認めないとすることは許されないと解するのが相当である(特許異議に関する最高裁平成20年7月10日第一小法廷判決・民集62巻7号1905頁参照)。
そうすると,【請求項1】(旧)に関する訂正事項(1)と【請求項2】(旧)に関する訂正事項(2)とは各別に判断されるべきであるところ,訂正事項(1)は上記のとおり【請求項1】(旧)を削除するだけのものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とした訂正に該当し,明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものであるといえる。
したがって,上記のような理由付けで訂正事項(1)の訂正を認めなかった審決には誤りがあることになり,取消事由1は理由がある。
3 【請求項2】(旧)の変更を内容とする訂正を認めなかった判断の適否(取消事由2及び3)について
(1) 本件明細書の記載
本件訂正前の本件明細書(甲1〔特許公報〕)には,以下の記載がある。
ア 特許請求の範囲
上記第3,1(3)ア記載のとおり。
なお,訂正前発明2で用いられている各「シート」については,以下のとおり,シート①~③として区別することとする。
・ 「カーボンを0.3重量%から10重量%含有するポリエチレンテレフタレートを主成分とする固有粘度が0.55以上のシート(シート①)からなり,前記シート(シート②)の熱分析器の測定された昇温結晶化温度が128度以上,且つ,結晶化熱量が20mJ/mg以上のシート層と,前記シート層の少なくとも一方に層の厚みが5μm以上のポリエチレンテレフタレートを主成分とする外層のシート(シート③)を用いた多層の光沢黒色系の包装用容器。」
イ 発明の詳細な説明
・ 「即ち本発明は,カーボンを0.3重量%から10重量%含有するポリエチレンテレフタレートを主成分とする固有粘度が0.55以上のシートからなり,前記シートの熱分析器の測定された昇温結晶化温度が128度以上,且つ,結晶化熱量が20mJ/mg以上のシートを用いた光沢黒色系の包装用容器である。
又,本発明は,カーボンを0.3重量%から10重量%含有するポリエチレンテレフタレートを主成分とする固有粘度が0.55以上のシートからなり,前記シートの熱分析器の測定された昇温結晶化温度が128度以上,且つ,結晶化熱量が20mJ/mg以上のシート層と,前記シート層に層の厚みが5μm以上のポリエチレンテレフタレートを主成分とする外層を少なくとも一方のシート側に用いた多層の光沢黒色系の包装用容器である。」(段落【0006】)
・ 「【発明の実施の形態】
本発明におけるポリエステル樹脂は,PETを主成分とする樹脂でホモPETが好ましいが,酸成分としてイソフタール酸等,グリコール成分としてシクロヘキ酸ジメタノール等が共重合さていしてもかまわない。更に,PETの固有粘度(以下IVと略することがある)が0.55以上,好ましくは0.60以上にする。PETのIVが0.55より小さい場合は,分子量が小さいため衝撃強度が著しく低下し,包装用容器の成形の際のシート加熱時に容器に皺が入る等や不透明になることや薄肉になる欠点を生じてしまう。尚,結晶のホリエチレンテレフタレート(以下C-PETと略することがある)のときには,0.85以上にし,A-PETのときには,0.8以上にすることで,より容易に成形し光沢を出すことが可能になる。」(段落【0007】)
・ 「黒色に着色するカーボンは,繊維用として工業的に使用されているRCFグレートが使用可能であるが,チャンネルブラック,ファーネスブラック,サーマルブラックのどの種類でもよいが,好ましくは,結晶化の遅いチャンネルカーボンの使用が望ましい。更にカーボンの添加量が0.3重量%以上から10重量%以下,好ましくは0.5重量%以上から3重量%以下にする。又,カーボンの添加量を0.3重量%以上から2.5重量%以下にすることによって,より成形性が安定するものである。カーボンの添加量を0.3重量%以下の場合は,均一で安定的な着色が困難になり,色むらの原因になるものである。又,カーボンの添加量が10重量%より多い場合は,黒色がより黒くなるものではなく,材料の無駄や次のシートを生産するときの,色抜きの効率低下に繋がるものである。カーボンを,PETに混入することによって,安定したシート,包装用容器ができるものである。」(段落【0008】)
・ 「更に,上記シートを用いた包装用容器の成形による包装用容器における熱分析器(以下DSCと略することがある)での測定で,昇温結晶化温度は128度以上,好ましくは130度以上,且つ,結晶化熱量は20mJ/mg以上,好ましくは25mJ/mg以上である。昇温結晶化温度は,PETの結晶する温度であり,光沢を出す為には非常に重要な温度であり,低い温度では,包装用容器における光沢がなくなってしまう。」(段落【0009】)
・ 「カーボンを混入したシートの表面は,微細な凹凸が生じるものである。特に,PETボトル等の再生材は,一度結晶していることや多種多様の色(インク)やグレードが混ぜ合わさっているので,シートの肉厚や表面の凹凸が安定難いものである。よって,このシートの一方に,5μm以上のPETを主成分とする層を形成するのが好ましい。この層を形成することによって,印刷を行なう表面が,境面になり,美しい印刷が行なえるものである。又,シートの物性が安定し,安定して包装用容器を成形することができる。尚,シートの両面にこの層を形成することによって,印刷の向きを制限する必要がなくなるとともに,よりシートの物性が安定し,容易に包装用容器を成形することができる。この層の肉厚を,5μm以上,好ましくは10μm以上にする。この層の肉厚を5μm以下の場合は,外層の均一化が困難であり実用上の不具合をきたす。」(段落【0010】)
・ 「実施例1,2,3及び比較例1,2
上記の各樹脂を用いて自家製多層シート押出機(タツチロール方式)でシート成形を行い厚み0.4mmシートを得た。次に,三和興業(株)製PLAVAC型式FE-36FC容器成形機を用いて,底部直径=10cm,深さ=4cmの円筒形容器を成形した。”表1”に得られたシートのIV値を示す。」(段落【0022】)
・ 「実施例1,2,3及び比較例1,2
”表1”の実施例1,2,3及び比較例1,2のシートを用いた容器側面部切り出し片でのDSC測定結果及び容器の光沢(容器外観観察)の評価結果を”表2”に示す。」(段落【0023】)
・ 【表1】
外層樹脂組成
(wt%)
中間層樹脂組成
(wt%)
層構成
(μm)
IV
(dl/g)
実施例1
RE565=100
RE565+EPM-8E831=97+3
1:8:1
0.66
実施例2
RE565=100
RE565+PETボトルフレーク+EPM-8E831=86+10+4
1:8:1
0.65
実施例3
RE565+PET-G=90+10
RE565+EPM-8E831=95+5
1:8:1
0.63
比較例1
RE530=100
RE530+EPM-8E831=97+3
1:8:1
0.54
比較例2
RE565+PET-G=90+10
RE530+EPM-8E831=95+5
1:8:1
0.53
(段落【0026】)
(2) 検討
ア 原告は,訂正事項(2)は,特許法134条の2第1項に規定する「特許請求の範囲の減縮」(同項1号)及び「明りょうでない記載の釈明」(同項3号)に該当するものであるにもかかわらず,訂正事項(2)の訂正を認めなかった審決の判断は誤りである旨主張する(取消事由2)。
ところで,訂正事項(2)は,上記第3,1(2)イ記載のとおりであるところ,これによれば,訂正事項(2)(イ)~(オ)は,全体として,固有粘度,昇温結晶化温度及び結晶化熱量の各数値により規定される対象を「多層シート」とすることを主たる内容とするものであると解される。そこで,そのような訂正の可否について検討する。
イ 訂正前発明2について,文言や文脈の観点から検討するに,訂正前発明1及び2の内容は,上記第3,1(3)ア記載のとおりである。
まず,訂正前発明1の文言によれば,カーボン含有量,固有粘度,昇温結晶化温度及び結晶化熱量の各数値は,いずれも「シート」に係るものであるから,訂正前発明1は,カーボンを含有し,かつ,固有粘度,昇温結晶化温度及び結晶化熱量の各数値により規定された単層のシートを内容とするものと解される。次に,訂正前発明1と2の文言を比較すると,「カーボンを0.3重量%から10重量%含有するポリエチレンテレフタレートを主成分とする固有粘度が0.55以上のシートからなり,」の部分が同一であるから,訂正前発明2においても,この部分の「シート」(シート①)は,カーボンを含有し,かつ,固有粘度の数値により規定された単層のシートを指すものと解される。また,続く「前記シートの・・・20mJ/mg以上のシート(層)」までの部分も,このうちの最後の部分が訂正前発明1では「シート」であるのに対し,訂正前発明2では「シート層」であるという違いがあるのみであるから(訂正前発明2では,「外層」と積層する関係で「シート層」としているにすぎないものと解される。),そのような文言の同一性からすると,訂正前発明2の「シート層」も,カーボンを含有し,固有粘度,昇温結晶化温度及び結晶化熱量の各数値により規定されたシートを内容とするものと解される。その上で,訂正前発明2については,「前記シート層の少なくとも一方に層の厚みが5μm以上のポリエチレンテレフタレートを主成分とする外層のシートを用いた多層の光沢黒色系の包装用容器」という文言が続いているのであって,その文言や文脈からして,「外層の」は直後の「シート」(シート③)に係ることは明らかであり,訂正前発明2は,カーボンを含有し,固有粘度,昇温結晶化温度及び結晶化熱量の各数値により規定された「シート層」に「外層のシート」を重ねた「多層の容器」を内容とするものといえる。
以上によれば,訂正前発明2においては,カーボン含有量,固有粘度,昇温結晶化温度及び結晶化熱量の各数値は,いずれもシート層に係るものであって,シート層に積層させる「外層のシート」やシート層と外層のシートとを積層させた「多層のシート」に係るものではないと解するのが自然である。
ウ 次に,本件詳細説明の記載から検討するに,上記(1)イの記載によれば,本件明細書の段落【0007】でPETの固有粘度について記載し,段落【0008】でカーボン含有量について記載し,これらを受けて段落【0009】では「上記シートを用いた・・・包装用容器」の昇温結晶化温度や結晶化熱量について記載しており,昇温結晶化温度等が規定する対象もカーボンを含有したシート(層)であると解される。さらに,その後の段落【0010】において初めて外層シートに言及している上,そこでも,「カーボンを混入したシート・・・このシートの一方に5μm以上のPETを主成分とする層を形成するのが好ましい。」と記載しており,外層シートあるいは外層シートを積層した多層シートを昇温結晶化温度及び結晶化熱量の各数値による規定の対象とするような説明の記載にはなっていないことからしても,昇温結晶化温度等が規定する対象はカーボンを含有したシート(層)であると解される。
エ 小括
以上のとおり,訂正前発明2では,固有粘度,昇温結晶化温度及び結晶化熱量の各数値はシート層(外層シートは含まない)を規定することが明らかであるのに対し,訂正事項(2)(イ)ないし(オ)は,これらの各数値の規定する対象を外層シートを含む多層シートへと変更するものである。したがって,訂正事項(2)は「特許請求の範囲の減縮」又は「明りょうでない記載の釈明」に該当せず,訂正要件を充足しないから,取消事由2は理由がない。
よって,取消事由3について判断するまでもなく,訂正事項(2)の訂正を認めないとした審決に誤りはないことになる。
(3) 原告の主張に対する補足的判断
ア 訂正事項(2)(イ)について
原告は,訂正事項(2)(イ)について,訂正前発明2の「シート」は「シート層」と「外層」とが積層された多層シートを指していたのであって,そのことを明確にするための訂正であるから,訂正は認められると主張する。
しかし,上記(2)で検討したとおり,訂正前発明2のシート③は直前の「外層の」を受けているものと解されるのであって,多層シートを指すものと解することはできない。また,原告は,訂正前発明2のシート①も多層シートを指す旨の主張をしているが,上記(2)で検討したとおり,シート①は,カーボン含有の単層シートを指すものと解されるのであって,多層シートを指すものと解することはできない。さらに,原告は,本件明細書の実施の形態や実施例の記載から,「シート」は多層シートを指すものと解されると主張する。しかし,上記(2)ウで検討したとおり,本件明細書においても,「シート」に外層を積層する旨の記載部分がある,すなわち,「シート」をカーボンを含有したシートの意味で記載している部分があるのであって,実施例に「シート」を多層シートとして記載している部分があるからといって,当然に「シート」が多層シートを指すと解することはできない。
以上のとおり,原告の上記主張は採用することができない。
イ 訂正事項(2)(ウ)について
原告は,訂正事項(2)(ウ)のうち,固有粘度の数値が規定する対象を多層シートとする訂正部分についても,上記アと同様に,訂正前発明2の「シート」(シート①)は「シート層」と「外層」とが積層された多層シートを指していたのであって,そのことを明確にするための訂正であるから,訂正は認められると主張する。しかし,上記アと同様に,訂正前発明2の「シート」(シート①)はカーボンを含有した単層シートを指すものと認められるのであって,原告の上記主張は採用することができない。
ウ 訂正事項(2)(エ)について
原告は,訂正事項(2)(エ)について,訂正前発明2の「シート」(シート①)や,これを受けた「前記シート」(シート②)が,「シート層」と「外層」とが積層された多層シートを指していることを前提として,昇温結晶化温度及び結晶化熱量の各数値が規定する対象が「前記シート」(多層シート)であるのか「シート層」であるのか明確ではないので,その点を明らかにするために,昇温結晶化温度等の対象が「前記シート」(多層シート)であることを明らかにするための訂正であると主張する。しかし,上記アのとおり,そもそも訂正前発明2の「シート」(シート①)は,多層シートを指すものではなく,単層シートを指すものと解され,これを受けた「前記シート」(シート②)も同様に解される。
また,原告は,本件明細書の実施例において,昇温結晶化温度等の数値が規定する対象が多層シートであることから,訂正前発明2においても同様に解すべきであると主張する。しかし,上記(2)ウで検討したとおり,本件明細書の記載との関係についてみても,昇温結晶化温度等の数値が規定する対象はカーボンを含有したシートであると解される部分が存在するのであって(特に段落【0009】),実施例に昇温結晶化温度等の数値の対象を多層シートとしている部分が存在するからといって,これにより昇温結晶化温度等の数値の対象が常に多層シートであると解することはできない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
4 実施可能要件(平成14年改正前特許法36条4項)についての判断の誤りの有無(取消事由4)について
審決は,本件訂正前の請求項2(訂正前発明2)について,本件明細書の発明の詳細な説明には,当業者がその実施をすることができる程度の記載がなされていないと判断し,原告はそれを争うので,以下検討する。
(1) 審決の記載
ア 審決は,訂正前発明2におけるシート層の固有粘度を測定する際の測定条件について,本件詳細説明の段落【0016】には「フェノールとテトラクロロエタンとの混合溶媒に測定試料を溶解して測定することが記載されているものの,少なくとも,フェノールとテトラクロロエタンとが如何なる混合割合で構成された溶媒であるかについては記載されておらず,固有粘度の測定条件が記載されていないから,本件詳細説明は,固有粘度が0.55以上と規定されているシートを発明特定事項として有する訂正前発明1や,同じく0.55以上と規定されているシート層を発明特定事項として有する訂正前発明2が実施できる程度に記載されていると言うことはできない。」(審決18頁8行~15行)とした。
イ 次に,PETの固有粘度を測定する際の測定条件については,日本工業規格に,一例として,フェノールとテトラクロロエタンとを50対50又は60対40の割合で混合する方法が示されており(甲16),また,原告は,審判において,フェノールとテトラクロロエタンとを3対1(75対25)の割合で混合して使用した旨主張しているところ,これらについて,審決は,フェノールとテトラクロロエタンと混合割合が,50対50又は60対40のいずれであるか分からず,ましてや原告の主張する3対1であることは分からない旨を述べ(審決19頁1行~5行),さらに「50対50,又は60対40,或いは,更に3対1のいずれであっても,測定結果である固有粘度に差がないとする理由は見当たらない。」としている(審決19頁6行~8行)。
(2) 本件詳細説明の記載等
ア 本件詳細説明(甲1〔特許公報〕の〔発明の詳細な説明〕)には,次の記載がある。
・ 「【発明が解決しようとする課題】
本発明の目的は,A-PETの有する優れた機械的強度,耐油性等を要求される包装用容器に適し,且つ,優れた光沢を有する黒色系の包装用容器を提供することにある。」(段落【0004】)
・ 「【発明の実施の形態】
・・・PETの固有粘度(以下IVと略することがある)が0.55以上,好ましくは0.60以上にする。PETのIVが0.55より小さい場合は,分子量が小さいため衝撃強度が著しく低下し,包装用容器の成形の際のシート加熱時に容器に皺が入る等や不透明になることや薄肉になる欠点を生じてしまう。・・・」(段落【0007】)
・ 「・・・昇温結晶化温度は,PETの結晶する温度であり,光沢を出す為には非常に重要な温度であり,低い温度では,包装用容器における光沢がなくなってしまう。」(段落【0009】)
・ 【表1】
外層樹脂組成
(wt%)
中間層樹脂組成
(wt%)
層構成
(μm)
IV
(dl/g)
実施例1
RE565=100
RE565+EPM-8E831=97+3
1:8:1
0.66
実施例2
RE565=100
RE565+PETボトルフレーク+EPM-8E831=86+10+4
1:8:1
0.65
実施例3
RE565+PET-G=90+10
RE565+EPM-8E831=95+5
1:8:1
0.63
比較例1
RE530=100
RE530+EPM-8E831=97+3
1:8:1
0.54
比較例2
RE565+PET-G=90+10
RE530+EPM-8E831=95+5
1:8:1
0.53
(段落【0026】)
・ 【表2】
昇温結晶化温度(度)
結晶化熱量
(mJ/mg)
外観観察結果
実施例1
130
25
容器全体に光沢あり
実施例2
132
31
容器全体に光沢あり
実施例3
136
33
容器全体に光沢あり
比較例1
126
18
容器側面及び底面の一部に光沢なし
比較例2
127
19
容器側面に光沢なし
(段落【0027】)
イ ところで,原告は,フェノールとテトラクロロエタンとの混合割合が50対50の場合と3対1の場合とで,固有粘度の測定値には最大でも0.02程度の差しか生じないと主張しているところ,甲32(実験成績証明書)には,原告が上記の混合割合を60対40とするの場合と3対1とする場合とを比較した実験においては,固有粘度に差が生じなかった旨の記載がある。この記載に特に不自然な点はなく,上記内容は信用できる。そうすると,フェノールとテトラクロロエタンとの混合割合が50対50,60対40,75対25(3対1)のいずれであっても,固有粘度の数値には差が生じないか,最大でも0.02程度の差が生じるにとどまるものと認められる。
(3) 検討
ア 上記(2)アの本件詳細説明の記載によれば,本件発明の課題は優れた光沢を出すことにあり,光沢を出すためには昇温結晶化温度が非常に重要とされる一方で,固有粘度は,容器の強度,形状,成形のしやすさの観点から設けられた条件であると認められる。そして,【表2】における実施例と比較例との比較においても,光沢の有無は検討されているが,容器の強度等については触れられていないのであって,固有粘度の差による影響は必ずしも明らかではない。
そうすると,フェノールとテトラクロロエタンとの混合割合が50対50,60対40,75対25(3対1)のいずれであっても,固有粘度に最大で0.02程度の差しか生じないとすれば,そのような差が生じるからといって,直ちに当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が光沢を有する容器の製造を目的とする訂正前発明2を実施することができないとまではいえないというべきである。
ところで,実施可能要件に関しては,当業者が,発明の詳細な説明の記載から,成形時の熱履歴等の諸条件を考慮して,昇温結晶化温度128度以上,結晶化熱量20mJ/mg以上のシート層を含む本件発明を実施することが可能かどうかに関する議論は尽くされていないが,少なくとも,上記の点に関する審決の判断は誤りであり,取消事由4は理由がある。
イ なお,被告は,本件発明の発明特定事項である固有粘度0.55以上の数値に対して,比較例1では固有粘度0.54であって,0.01の差により発明の目的を達成できなくなるのであるから,0.02は大きな差であると主張する。しかし,上記アのとおり,実施例と比較例とは光沢の有無により比較されているのに対し,固有粘度は容器の強度等に関する数値であるから,固有粘度が0.54である比較例1で発明の目的を達成していないとしても,その原因が固有粘度にあるとは断定しがたく,被告の上記主張は採用することができない。
5 サポート要件(特許法36条6項1号)に関する判断の誤りの有無(取消事由5)について
審決は,本件訂正前の請求項2(訂正前発明2)について,その発明が発明の詳細な説明に記載されたものとはいえない(サポート要件違反)と判断し,原告はそれを争うので,以下検討する。
(1) 本件詳細説明(甲1〔特許公報〕の〔発明の詳細な説明〕)には,次の記載がある。
・ 「【発明が解決しようとする課題】
本発明の目的は,A-PETの有する優れた機械的強度,耐油性等を要求される包装用容器に適し,且つ,優れた光沢を有する黒色系の包装用容器を提供することにある。」(段落【0004】)
・ 【発明の実施の形態】
「カーボンを混入したシートの表面は,微細な凹凸が生じるものである。特に,PETボトル等の再生材は,一度結晶していることや多種多様の色(インク)やグレードが混ぜ合わさっているので,シートの肉厚や表面の凹凸が安定難いものである。よって,このシートの一方に,5μm以上のPETを主成分とする層を形成するのが好ましい。この層を形成することによって,印刷を行なう表面が,境面になり,美しい印刷が行なえるものである。又,シートの物性が安定し,安定して包装用容器を成形することができる。尚,シートの両面にこの層を形成することによって,印刷の向きを制限する必要がなくなるとともに,よりシートの物性が安定し,容易に包装用容器を成形することができる。この層の肉厚を,5μm以上,好ましくは10μm以上にする。この層の肉厚を5μm以下の場合は,外層の均一化が困難であり実用上の不具合をきたす。」(段落【0010】)
・ 「【実施例】
以下,実施例及び比較例によって本発明を更に詳述するが,本発明はこれに限定されるものではない。」(段落【0014】)
・ 「まず,主な物性値の測定法は次の通りである。」(段落【0015】)
・ 「(1) 固有粘度(IV)
シート切り出し片をフェノール/テトラクルロエタンの混合溶媒で温度30゜Cにて測定した。」(段落【0016】)
・ 「(2) 昇温結晶化温度
容器切り出し片をDSC-220(セイコー電子(株)製)で昇温速度20度/minで測定した。」(段落【0017】)
・ 「(3) 結晶化熱量
容器切り出し片をDSC-220(セイコー電子(株)製)で昇温速度20度/minで測定した。」(段落【0018】)
・ 「また,使用したPET樹脂とPETボトルフレーク及びカーボンは次の通りである。」(段落【0019】)
・ 「(イ) PET
東洋紡績(株)製RE565(IV=0.75のホモPET)
東洋紡績(株)製RE530(IV=0.62のホモPET)
IV=0.70のPETボトルフレーク
イーストマン社製PET-G(シクロヘキ酸ジメタノール=32mol%共重合PET)」(段落【0020】)
・ 「(ロ) カーボン
住化カラー(株)製EPM-8E831(RCFグレードカーボン濃度30%のマスターバッチ)」(段落【0021】)
・ 「実施例1,2,3及び比較例1,2
上記の各樹脂を用いて自家製多層シート押出機(タツチロール方式)でシート成形を行い厚み0.4mmシートを得た。次に,三和興業(株)製PLAVAC型式FE-36FC容器成形機を用いて,底部直径=10cm,深さ=4cmの円筒形容器を成形した。”表1”に得られたシートのIV値を示す。」(段落【0022】)
・ 「実施例1,2,3及び比較例1,2
”表1”の実施例1,2,3及び比較例1,2のシートを用いた容器側面部切り出し片でのDSC測定結果及び容器の光沢(容器外観観察)の評価結果を”表2”に示す。」(段落【0023】)
・ 「”表2”より明かなごとく,本発明の包装用容器は,容器全体に優れた光沢のある外観を示している。」(段落【0024】)
・ 【表1】
外層樹脂組成
(wt%)
中間層樹脂組成
(wt%)
層構成
(μm)
IV
(dl/g)
実施例1
RE565=100
RE565+EPM-8E831=97+3
1:8:1
0.66
実施例2
RE565=100
RE565+PETボトルフレーク+EPM-8E831=86+10+4
1:8:1
0.65
実施例3
RE565+PET-G=90+10
RE565+EPM-8E831=95+5
1:8:1
0.63
比較例1
RE530=100
RE530+EPM-8E831=97+3
1:8:1
0.54
比較例2
RE565+PET-G=90+10
RE530+EPM-8E831=95+5
1:8:1
0.53
(段落【0026】)
・ 【表2】
昇温結晶化温度(度)
結晶化熱量
(mJ/mg)
外観観察結果
実施例1
130
25
容器全体に光沢あり
実施例2
132
31
容器全体に光沢あり
実施例3
136
33
容器全体に光沢あり
比較例1
126
18
容器側面及び底面の一部に光沢なし
比較例2
127
19
容器側面に光沢なし
(段落【0027】)
(2) 検討
ア まず,原告は,審決が,訂正前発明2において固有粘度,昇温結晶化温度及び結晶化熱量の各数値により規定される対象がシート層であると判断し,これを前提として特許法36条6項1号の要件(サポート要件)について判断したことは誤りである旨主張する。
しかし,上記3(2)で説示したとおり,訂正前発明2については,本件詳細説明を考慮してもなお,固有粘度,昇温結晶化温度及び結晶化熱量の各数値が規定する対象はシート層であると解されるから,その点に関する審決の判断に誤りはなく,原告の上記主張は理由がない。
イ 次に,原告は,本件詳細説明の実施例からすれば,訂正前発明2は本件詳細説明に記載されている旨主張する。
(ア) ところで,上記(1)で認定した本件詳細説明の実施例では,固有粘度を多層シートの切り出し片で測定し(段落【0016】),昇温結晶化温度及び結晶化熱量を多層シートから成形された容器切り出し片で測定している(段落【0017】,【0018】)。他方,上記3(2)で説示したとおり,訂正前発明2では,固有粘度,昇温結晶化温度及び結晶化熱量の各数値が規定する対象はシート層であると解されるから,実施例の測定値はシート層そのものに関する数値であるとはいえない。
(イ) しかし,上記(1)のとおり,実施例におけるシート層と外層シートとの厚さの割合は,シート層(中間層)が8μmであるのに対し,その両面に積層された外層シートは各1μmであって(【表1】の「層構成」欄),外層シートの厚さはシート層の厚さに比べて薄い。
したがって,実施例における固有粘度等の数値が多層シートについて測定されたとしても,これらの数値は,厚いシート層の影響を大きく受けるものと解される。
(ウ) また,上記(1)のとおり,実施例においては,シート層の97(実施例1),86(同2),95(同3)重量パーセントがポリエチレンテレフタレート(「RE565」)により構成され,外層シートも100重量パーセントがポリエチレンテレフタレート(「RE565」)により構成されていることから,シート層と外層シートとは,その材料の大部分が共通することになる。
加えて,実施例では,シート層と外層シートとを一つの押出機でシート成形し,また,一つの成形機で成形している(段落【0022】)。
このように,シート層と外層シートとで材料の大部分が共通し,かつ,同一の機械で成形等が行われていることからすると,シート押出の際の熱履歴や,成形加工時の加熱温度,延伸の程度,冷却条件等については,シート層も外層シートもほぼ同じになるものと解される。
(エ) そうすると,実施例における固有粘度,昇温結晶化温度及び結晶化熱量の各数値が多層シートについて測定されたものであっても,それらの数値は,シート層単独で測定された場合と近似した数値になる蓋然性が高いといえる。
(オ) 以上のとおりであるから,実施例における固有粘度,昇温結晶化温度及び結晶化熱量の各数値が多層シートについて測定されているからといって,訂正前発明2が本件詳細説明に記載されていないとまではいえず,この点に関する審決の判断には誤りがあり,取消事由5は理由がある。
6 結語
以上をまとめると,取消事由1・4・5は理由があり,同2・3は理由がないことになる。
そうすると,審決には以上の限度で誤りがあり,その誤りは結論に影響を及ぼすから,違法として取り消されるべきである。よって,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 清水節 裁判官 古谷健二郎)