大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

知財高等裁判所 平成21年(行ケ)10403号 判決 2010年8月31日

原告

三菱電機株式会社

訴訟代理人弁理士

高橋省吾

稲葉忠彦

湯山崇之

井上みさと

萩原亨

被告

株式会社東芝

被告

東芝コンシューマエレクトロニクス・

ホールディングス株式会社

被告

東芝ホームアプライアンス株式会社

被告ら訴訟代理人弁護士

高橋雄一郎

被告ら訴訟代理人弁理士

堀口浩

小川泰典

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2009-800040号事件について平成21年11月5日にした審決を取り消す。

第2争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告らは,特許第3290336号(発明の名称「洗濯機の脱水槽」。以下「本件特許」という。)の特許権者である。

本件特許は,平成7年7月20日,出願され(特願平7-184351号。以下,出願当初の明細書を「当初明細書」という。甲6),平成13年11月22日付け手続補正書(甲1)によって,明細書の特許請求の範囲の請求項1,発明の詳細な説明の【0008】,【0013】,【0029】を変更する補正がされ(以下,同補正後の明細書を図面とともに「本件明細書」という。),平成14年3月22日,設定登録された(請求項の数7)。

原告は,平成21年2月20日,本件特許の特許請求の範囲の請求項1ないし7記載の発明についての特許を無効とすることを求めて無効審判を請求した(無効2009-800040号)。特許庁は,平成21年11月5日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月17日,原告に送達された。

2  特許請求の範囲

本件明細書の特許請求の範囲の請求項の記載は次のとおりである。

(1)  請求項1

金属板を円筒状に曲成しその両端部を接合することにより形成した胴部と,この胴部の下縁部に結合した底板,及び胴部の上縁部に装着したバランスリングとを具備するものにおいて,フィルタ部材を具え,このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い,その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余すことを特徴とする洗濯機の脱水槽。(以下「本件発明1」という。)

(2)  請求項2

胴部の接合部がかしめによるもので,そのかしめ接合部の内側凸形状に合わせ,フィルタ部材に凹部を形成したことを特徴とする請求項1記載の洗濯機の脱水槽。(以下「本件発明2」という。)

(3)  請求項3

胴部の接合部がかしめによるもので,フィルタ部材の凸状部に対し,胴部のかしめ接合部に凹陥部を形成して,これらを遊嵌したことを特徴とする請求項1記載の洗濯機の脱水槽。(以下「本件発明3」という。)

(4)  請求項4

胴部の接合部がかしめによるもので,そのかしめ接合部一帯の部分に凹陥部を形成し,この凹陥部にフィルタ部材の全体を遊嵌したことを特徴とする請求項1記載の洗濯機の脱水槽。(以下「本件発明4」という。)

(5)  請求項5

胴部の接合部がかしめによるもので,そのかしめ接合部の内側部分を平坦にしたことを特徴とする請求項1記載の洗濯機の脱水槽。(以下「本件発明5」という。)

(6)  請求項6

胴部の接合部を突合わせ溶接としたことを特徴とする請求項1記載の洗濯機の脱水槽。(以下「本件発明6」という。)

(7)  請求項7

フィルタ部材が胴部の接合部をまたいでその両側部でねじ固定されていることを特徴とする請求項1記載の洗濯機の脱水槽。(以下「本件発明7」という。)

3  審決の理由

(1)  別紙審決書写しのとおりである。要するに,請求項1に「このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い」という発明特定事項,及び「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」という発明特定事項を追加する平成13年11月22日付け補正は,本件特許の当初明細書に記載した事項の範囲内においてされたものであるから,本件発明1ないし7は,特許法17条の2第3項の規定を満たしていない特許出願に対して特許されたものであるとはいえず,また,本件発明1は,甲3,4記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから,本件発明1ないし7に係る特許を無効とすることはできないとするものである。

(2)  審決が,本件発明1は,甲3記載の発明(以下「甲3」発明という。),甲4記載の発明(以下「甲4」発明という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないとの結論を導く過程において認定した甲3発明,甲4発明の内容,本件発明1と甲3発明の一致点,相違点は,次のとおりである。

ア 甲3発明

ステンレス鋼板を円筒状に曲げるとともに,継ぎ目をカシメ結合することにより形成した胴体部と,この胴体部の下端部に結合した底板,及び胴体部の上端部に結合したバランスリングとを具備するものにおいて,上下に延びて継ぎ目を覆うように設けられ,上端はバランスリングまで延び,下端は次の目の下端を越えて下方に延びる,糸くずフィルタが装着された循環路体を具え,この循環路体が,上下の全長領域の一部で胴体部の継ぎ目を内側より覆った洗濯機の洗濯兼脱水槽。

イ 甲4発明

脱水槽を兼用する洗濯槽と,洗濯槽の上部周囲に取付けたバランスリングとを具備するものにおいて,付着体と付着体を覆う多数の通水孔を有するカバーを具え,この付着体と付着体を覆う多数の通水孔を有するカバーが,洗濯槽の側壁に取付けられ,付着体と付着体を覆う多数の通水孔を有するカバーの上下の全長領域よりも極めて小さな寸法の間隔を,舌片13の両側に位置するカバーの上端とバランスリングとの間に余す洗濯槽。

ウ 本件発明1と甲3発明の対比

(ア) 一致点

「金属板を円筒状に曲成しその両端部を接合することにより形成した胴部と,この胴部の下縁部に結合した底板,及び胴部の上縁部に装着したバランスリングとを具備するものにおいて,フィルタ体を具え,フィルタ体が前記胴部の接合部を内側より覆う洗濯機の脱水槽」である点。

(イ) 相違点1

本件発明1では,「(フィルタ部材の)上下の全長より充分小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」のに対して,甲3発明では,「隙間」の存在及び構成が明らかでない点。

(ウ) 相違点2

フィルタ体が,胴部の接合部を内側から覆った際の状態が,本件発明1では,「上下の全長で」覆うものであるのに対して,甲3発明では,「上下の全長領域の一部で」覆うものである点。

第3取消事由に関する原告の主張

審決は,新規事項追加に関する判断の誤り(取消事由1),進歩性に関する判断の誤り(取消事由2)があるから,違法として取り消されるべきである。

1  新規事項追加に関する判断の誤り(取消事由1)

請求項1に「このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い」という発明特定事項,及び「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」という発明特定事項を追加する補正(以下「本件補正」という場合がある。)は,本件特許の当初明細書に記載した事項の範囲内においてされたものであるから,本件発明1ないし7は,特許法17条の2第3項の規定を満たしていない特許出願に対して特許されたものであるとはいえないとした審決の判断は誤りである。その理由は,以下のとおりである。

(1)  「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」という発明特定事項を追加する補正について

「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」という文言は当初明細書に存在しないから,この発明特定事項を追加する補正が当初明細書に記載した事項の範囲内においてされたものといえるためには,この発明特定事項が当初明細書から自明でなければならない。しかし,以下のとおり,この発明特定事項は,当初明細書から自明であるとはいえない。

ア 隙間に関する当初明細書の記載について

(ア) 当初明細書には,次のとおりの記載がある。

a 「そのバランスリング又は底板に対し非接触状態で前記胴部の接合部を内側より覆うフィルタ部材を具えたことを」(請求項1)

b 「このため,特に冷えたときの揚水路形成部材の熱収縮量が脱水槽の胴部のそれより大きく,上部のバランスリングとの間,及び下部の底板との間にそれぞれ隙間が生じてしまって,これらの隙間に洗濯物が挟まれてしまい,傷められる。」(【0006】)

c 「フィルタ台19を,バランスリング17から寸法L1離し,底板14から寸法L2離した非接触状態で,上部脱水槽1の胴部13に,接合部(かしめ接合部)12を内側より覆うように取付けている」(【0013】)

d 「バランスリング17からフィルタ台19までの間では,脱水槽1内を覗く使用者の視点E(図1参照)に対し,ここの接合部12がバランスリング17の陰(死角D1)となって見えず,フィルタ部材17から底板14までの間では,ここの接合部12がフィルタ部材17の陰(死角D2)となって見えなくなる。」(【0016】)

e 「そして,フィルタ台19が熱収縮しても,これとバランスリング17との間,又は底板14との間にはもともと寸法L1,L2の隙間があり,それらが広くなるだけで,そこには従来の揚水路形成部材とバランスリング及び底板との間に生じたわずかな隙間のように洗濯物が挟まれるということはない。」(【0018】)

f 「フィルタ台19は必ずしもバランスリング17及び底板14の双方に対して非接触状態である必要はなく,そのうちの一方に対してのみ非接触状態であっても良い。」(【0020】)

g 「フィルタ部材をバランスリング又は底板に対し非接触状態で胴部に取付けたことにより,それらの間に洗濯物が挟まれるようになることなく」(【0029】)

h 第1図には,発明の第1実施例を示す主要部分の縦断面図が示されている。

(イ) 前記(ア)の当初明細書の記載によれば,当初明細書には,フィルタ部材とバランスリング又は底板との間の隙間に関し,次の事項が記載されている。

① フィルタ台と上部のバランスリングとの間,及びフィルタ台と下部の底板との間の隙間は,洗濯物が挟まれない程のものである。わずかな隙間ではない。(前記(ア)b,e,g)

② フィルタ台は必ずしもバランスリング及び底板の双方に対して非接触状態である必要はなく,そのうちの一方に対してのみ非接触状態であっても良い。すなわち,他方はバランスリング及び底板と接触状態であってもよい。(前記(ア)a,c,f)

③ バランスリング17からフィルタ台19までの隙間の接合部は,バランスリング17の陰(死角D1)となって見えず,フィルタ部材から底板14までの隙間の接合部は,フィルタ部材の陰(死角D2)となって見えない。(前記(ア)d)

④ 図1では,フィルタ台19をバランスリング17から寸法L1離し,フィルタ台19を底板14から寸法L2離した非接触状態にある。なお,図1では,L1:フィルタ台19の上下長さ:L2の比は,公開公報(特開平9-28977,甲6)の図1を定規で測定した結果によれば,1:50:5である。(前記(ア)c,h)

イ フィルタ部材の全長との比較について

補正により追加された「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間」という発明特定事項では,「フィルタ部材の上下の全長」と「隙間の寸法」を比較した上で,「隙間の寸法」が「フィルタ部材の上下の全長」よりも充分に小さいとしている。

しかし,当初明細書において,隙間は,「洗濯物が挟まれない程のものである。わずかな隙間ではない。」(前記ア(イ)①),「バランスリング17の陰(死角D1)となって見えず,フィルタ材の陰(死角D2)となって見えない。」(前記ア(イ)③)という要件を備えるものとして記載されているにとどまり,フィルタ部材の全長と比較して記載されていない。本件発明の課題(【0006】)や目的(【0007】)も,隙間単体の大きさを問題としており,フィルタ部材の全長と比較した大きさを問題としているものではない。

このように,当初明細書には,フィルタ部材の全長と比較して隙間の大きさを特定するという考えはないから,「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間」という発明特定事項は,出願当初明細書から自明であるとはいえない。

ウ 「充分」であることについて

補正により追加された「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間」という発明特定事項のうち,フィルタ部材の上下の全長より充分に小さいかどうかの判断基準は,当初明細書には示されていない。前記ア(イ)④のとおり,図1では,L1:フィルタ台19の上下長さ:L2の比は,出願公開公報の図1を定規で測定した結果によれば,1:50:5であるが,L1,L2が充分に小さいと判断するための基準が何かは示されていない。

また,補正により追加された「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間」という発明特定事項によれば,隙間の寸法は,フィルタ部材の全長より充分に小さければどんなに小さくてもよいということになる。しかし,当初明細書では,隙間が小さすぎる場合には洗濯物が挟まれるとの課題があるとして,隙間は,洗濯物が挟まれない程のものとされている(前記ア(イ)①)。そうすると,隙間の寸法がフィルタ部材の全長より充分に小さければよいということは,当初明細書から自明であるとはいえない。

エ 隙間の一方が大きいものについて

補正により追加された「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」という発明特定事項によれば,充分に小さな寸法の隙間は,バランスリングとの間又は底板との間のいずれかにあればよく,両方にある必要はないということになり,例えば,バランスリングとの間の隙間は充分に小さいが,底板との間の隙間がかなり大きいものも含まれることになる。しかし,当初明細書では,請求項1,【0020】も含め,バランスリングとの間に小さい隙間を設け,底板との間は隙間を設けずに接触状態にしてもよいということが示されているにすぎず,バランスリング又は底板との間に大きな寸法の隙間を空けるものは,当初明細書に記載されておらず,当初明細書から自明でもない。

(2)  「このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い」という発明特定事項を追加する補正について

「このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い」という文言は当初明細書に存在しないから,この発明特定事項を追加する補正が当初明細書に記載した事項の範囲内においてされたものといえるためには,この発明特定事項が当初明細書から自明でなければならない。しかし,以下のとおり,この発明特定事項は,当初明細書から自明であるとはいえない。

ア フィルタ材に関する当初明細書の記載について

(ア) 当初明細書の【0013】ないし【0015】,図3には,フィルタ材に関して,次のとおりの記載がある。

a 「フィルタ部材8も,詳細には,プラスチック製のフィルタ台19と,これに揺動可能に取付けたフレーム20がプラスチック製のフィルタ21とから成っており」(【0013】)

b 「フィルタ台19の上部に形成した係合部22を,脱水槽1の胴部13の接合部12両側の部分に形成した係合孔23にそれぞれ係合させ」(【0014】)

c 「フィルタ台19には,図2に示すように,かしめ接合部12の内側凸12a形状に合わせて,凹部25を形成しており,これをそのかしめ接合部12の内側凸12a部に嵌合させている。」(【0015】)

d 図3には,フィルタ部材を取付けた脱水槽胴部単体の斜視図が示されている。

(イ) 前記(ア)の当初明細書の記載によれば,当初明細書には,「フィルタ部材8は,プラスチック製のフィルタ台19,フィルタ台19に揺動可能に取付けたフレーム20,プラスチック製のフィルタ21とから成っており,フィルタ台19の上部に形成した係合部22を胴部の係合孔23に係合させ,フィルタ台19により接合部12を覆っている。」ということが記載されている。

イ フィルタ部材の全長で覆うことについて

「全長」とは,文字通り「全長の長さ」(広辞苑)という意味であるから,フィルタ部材8の上下の全長とは,係合部22を含めた全体の長さということになる。しかし,前記ア(イ)のとおり,当初明細書によれば,係合部22は係合孔23に係合されており,接続部を覆っていないから,当初明細書には,「このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い」ということは記載されておらず,かつ,当初明細書から自明ともいえない。

2  進歩性に関する判断の誤り(取消事由2)

審決が,進歩性に関する判断の前提として,本件発明1における「隙間」の意義を,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌して認定したことは誤りである。その理由は,以下のとおりである。

発明の進歩性について審理するに当たって,発明の認定は,特段の事情がない限り,明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきであり,特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,あるいは,一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない。

請求項1における「隙間」という文言は,「物と物との間のすいた所。」(広辞苑第四版)と一義的に明確に理解することができ,これは一見して誤記であるとも認められないから,その解釈に当たって,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌する余地はない。

したがって,審決が,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌して,請求項1の「隙間」という文言を「隙間における接合部が,バランスリング又はフィルタ部材の陰となって見えなくなるとともに,洗濯物が挟まれることのない大きさに形成されているもの」と認定したことは誤りであり,その認定を前提として行った進歩性の判断も誤りである。

第4被告の反論

審決は,その判断に誤りはなく,取り消されるべき違法はない。

1  新規事項追加に関する判断の誤り(取消事由1)に対し

請求項1に「このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い」という発明特定事項,及び「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」という発明特定事項を追加する補正は,本件特許の当初明細書に記載した事項の範囲内においてされたものであるから,本件発明1ないし7は,特許法17条の2第3項の規定を満たしていない特許出願に対して特許されたものであるとはいえないとした審決の判断に誤りはない。その理由は,以下のとおりである。

(1)  「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」という発明特定事項を追加する補正について

ア フィルタ部材の全長との比較について

当初明細書の記載によれば,本件発明1は,脱水槽の接合部をフィルタ部材で覆い,接合部が見えず,洗濯物が接合部に触れないようにするという要請と,バランスリングとフィルタ部材の間及びフィルタ部材と底板の間に金属とプラスチックの熱膨張率の違いによって生ずる僅かな隙間ができることを防止するという要請をいずれも充足するため,バランスリングとフィルタ部材の間又はフィルタ部材と底板の間に,バランスリング又はフィルタ台によって見えなくなる程度の小さな隙間を設けるものである。そして,バランスリング及びフィルタ台によって見えなくなる程度の隙間とは,バランスリング及びフィルタ台の寸法からして,かなり小さく,図1においても,フィルタ部材の上下の全長との関係で,隙間の寸法L1,L2が充分に小さいことが示されている。したがって,隙間の寸法がフィルタ部材の上下の全長より充分に小さいことは,当初明細書から自明な事項である。

イ 「充分」であることについて

本件発明1の「隙間」は,当初明細書の記載によれば,「隙間における接合部がバランスリング又はフィルタ部材の陰となって見えなくなるとともに,洗濯物が挟まれることのない大きさに形成されているもの」であり,その程度の寸法であれば,フィルタ部材の上下の全長よりも充分に小さいといえる。

補正により追加された「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間」という発明特定事項は,フィルタ部材の全長より充分に小さければどんなに小さくてもよいということまでを意味するものではない。隙間が「洗濯物が挟まれることのない大きさに形成されているもの」であることは,当初明細書の記載から明らかである。

ウ 隙間の一方が大きいものについて

請求項1の「隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」とは,フィルタ部材の上下両方に隙間を設けなくても,すなわち,いずれか一方に隙間を設け,他方に隙間を設けなくても,作用効果を期待できることを述べたものであり,フィルタ部材の上下いすれかの隙間が大きいものは本件発明1に該当しない。

(2)  「このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い」という発明特定事項を追加する補正について

当初明細書の【0013】には,フィルタ部材8はフィルタ台19とフィルタ21の2部材から構成されることが明記されている。そして,フィルタ部材は,脱水槽の胴部の接合部を内側より覆うための部材であるのに対し,係合部22は,脱水槽の胴部13の外面に係止し,フィルタ部材を脱水槽に取り付けるために必要な構成であって,接合部を内側から隠すものではない。そうすると,フィルタ部材8の上下の全長には,係合部22は含まれない。したがって,当初明細書には,フィルタ部材が上下の全長で胴部の接合部を内側から覆うことが記載されていた。

2  進歩性に関する判断の誤り(取消事由2)に対し

審決が,進歩性に関する判断の前提として,本件発明における「隙間」の意義を,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌して認定したことに誤りはない。

すなわち,審決は,「隙間」ということば自体の意味が不明確であるとしたものではなく,本件発明の「フィルタ部材の上下の全長より充分に小さな寸法の隙間」の技術的意義について,特許請求の範囲の請求項1の記載からは一義的に明確に理解できないとして,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌して認定したものであるから,審決の認定に誤りはない。

第5当裁判所の判断

1  新規事項追加に関する判断の誤り(取消事由1)について

当裁判所は,請求項1に「このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い」という発明特定事項,及び「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」という発明特定事項を追加する補正は,本件特許の当初明細書に記載した事項の範囲内においてされたものであるから,本件発明1ないし7は,特許法17条の2第3項の規定を満たしていない特許出願に対して特許されたものであるとはいえないとした審決の判断に誤りはないと判断する。その理由は,以下のとおりである。

特許法17条の2第3項は,補正について,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面(以下「出願当初明細書等」という場合がある。)に記載した事項の範囲内においてしなければならない旨を定める。同規定は,出願当初から発明の開示を十分ならしめるようにさせ,迅速な権利付与を担保し,発明の開示が不十分にしかされていない出願と出願当初から発明の開示が十分にされている出願との間の取扱いの公平性を確保するとともに,出願時に開示された発明の範囲を前提として行動した第三者が不測の不利益を被ることのないようにするなどの趣旨から設けられたものである。

そして,発明とは,自然法則を利用した技術的思想であり,課題を解決するための技術的事項,又はその組み合わせによって成り立つものであることからすれば,同条3項所定の「出願当初明細書等に記載した事項」とは,出願当初明細書等によって開示された発明に関する技術的事項であることが前提になる。当該補正が,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入したものと解されない場合には,当該補正は,明細書,特許請求の範囲の記載又は図面に記載した事項の範囲内においてされたものというべきであって,同条3項に違反しないと解すべきである。

上記の観点から,本件補正について検討する。

(1)  「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」という発明特定事項を追加する補正について

ア 当初明細書に記載した事項の範囲内かについて

(ア) フィルタ部材と隙間に関し,当初明細書の記載は,次のとおりである。

a 請求項1には,「金属板を円筒状に曲成しその両端部を接合することにより形成した胴部と,この胴部の下縁部に結合した底板,及び胴部の上縁部に装着したバランスリングとを具備するものにおいて,そのバランスリング又は底板に対し非接触状態で前記胴部の接合部を内側より覆うフィルタ部材を具えたことを特徴とする洗濯機の脱水槽。」と記載されている。

b 【0002】ないし【0007】によれば,従来の技術,発明が解決しようとする課題について,次の趣旨が記載されている。

すなわち,胴部が金属板から成る脱水槽は,円筒状に曲成した金属板の両端部をかしめ又は溶接によって接合して作製されるが,このような脱水槽においては,槽内を覗く使用者に胴部の接合部が見え,外観が良くなく,かしめによるものは,かしめの内側への出張りのために洗濯物が引掛かりやすく,溶接によるものは,接合部が変色して目立ち,接合部では錆が発生しやすく,錆が洗濯物に付着するという問題がある。そこで,胴部の接合部を揚水路形成部材で内側から覆うようにしたものが供されているが,揚水路形成部材は,一般にプラスチック製であり,金属板から成る脱水槽の胴部と熱膨張率が相違することから,上部のバランスリングとの間及び下部の底板との間にぞれぞれ隙間を生じ,これらの隙間に洗濯物が挟まれてしまい,傷められ,また,揚水路形成部材の上部をバランスリングに嵌合し,下部を底板に嵌合する必要から,組立性が悪いという問題点を有している。

本発明は,上述の事情に鑑みてなされたものであり,その目的は,胴部の接合部を見えなくし,その接合部に洗濯物が挟まれたり触れたりすることなく,かつ組立性を悪くすることもない脱水槽を提供することにある。

c 課題を解決するための手段として,【0008】には,請求項1と同旨が記載され,更に【0009】,【0010】には,次のとおりの記載がある。

「このものの場合,フィルタ部材で直接胴部の接合部を見えなくでき,且つ,洗濯物からも遮絶できることに併せ,バランスリングからフィルタ部材までの間では,ここの接合部がバランスリングの陰となって見えず,フィルタ部材から底板までの間では,ここの接合部がフィルタ部材の陰となって見えなくなる。又,それら各間の接合部には,洗濯物がバランスリングとフィルタ部材,及びフィルタ部材と底板にそれぞれ止められて触れることがなくなる。」(【0009】)

「そして,フィルタ部材が熱収縮しても,これとバランスリングとの間,又は底板との間にはもともと隙間があり,それらが広くなるだけで,そこには洗濯物が挟まれるようなことはない。更に,フィルタ部材はバランスリングと底板とに関係なく組付けることができる。」(【0010】)

d 発明の実施の形態として,次のとおりの記載がある。

「フィルタ部材8も,詳細には,プラスチック製のフィルタ台19と,これに揺動可能に取付けたフレーム20がプラスチック製のフィルタ21とから成っており,そのフィルタ台19を,バランスリング17から寸法L1離し,底板14から寸法L2離した非接触状態で,上記脱水槽1の胴部13に,接合部(かしめ接合部)12を内側より覆うように取付けている(図2参照)。」(【0013】)

「上述のごとく構成したものの場合,脱水槽1の胴部13の接合部12は,直接的には,これを覆ったフィルタ台19(フィルタ部材8)によって見えなくされ,且つ,洗濯物からも遮絶される。これに併せて,バランスリング17からフィルタ台19までの間では,脱水槽1内を覗く使用者の視点E(図1参照)に対し,ここの接合部12がバランスリング17の陰(死角D1)となって見えず,フィルタ部材17から底板14までの間では,ここの接合部12がフィルタ部材17の陰(死角D2)となって見えなくなる。又,それら各間の接合部12には,洗濯物がバランスリング17とフィルタ台19,及びフィルタ台19と底板14にそれぞれ止められて距離を置き,触れることがなくなる。」(【0016】)

「かくして,外観を良くでき,かしめ接合部12の内側凸12a部に洗濯物が引掛かることもなくなる。又,接合部12がその接合をかしめでなく溶接で行なっていたとして,接合部12が変色しても,それが目立つことはなく,更に,その接合部12に錆が発生しても,洗濯物に錆が付着することがなくなる。」(【0017】)

「そして,フィルタ台19が熱収縮しても,これとバランスリング17との間,又は底板14との間にはもともと寸法L1,L2の隙間があり,それらが広くなるだけで,そこには従来の揚水路形成部材とバランスリング及び底板との間に生じたわずかな隙間のように洗濯物が挟まれるということはない。」(【0018】)

e 図1には,脱水槽内側の接合部が,バランスリング17下端より下方に寸法L1を隔てた位置から,底板上端より上方に寸法L2を隔てた位置まで,フィルタ台19(フィルタ部材8)によって覆われていること,脱水槽内を覗く使用者の視点Eから,バランスリング17とフィルタ台19(フィルタ部材8)の間の寸法L1の接合部12が,バランスリング17の陰(死角D1)となって見えず,フィルタ台19(フィルタ部材8)と底板14の間の寸法L2の接合部12が,フィルタ台19(フィルタ部材8)の陰(死角D2)となって見えなくなることが示されている。

(イ)a 前記(ア)の当初明細書におけるフィルタ部材と隙間に関する記載によれば,脱水槽内側の接合部(バランスリング下端から底板上端までの間)は,バランスリングとフィルタ部材の隙間及びフィルタ部材と底板の隙間を残して,その余はフィルタ部材によって覆われるから,隙間の大きさは,脱水槽内側の接合部の長さからフィルタ部材の上下の全長を差し引いた値に等しく,隙間の大きさは,フィルタ部材の上下の全長との関係で定まるといえる。

b そして,バランスリングとフィルタ部材の間の隙間は,脱水槽内を覗く使用者の視点から,バランスリングの陰(死角)となって見えない程度の大きさでなければならないところ,バランスリングは,脱水槽の上部開口部の周囲に存在するから,その幅及び上下の長さは,脱水槽の上下方向の長さ(深さ)に比べてそれ程大きくすることはできないと推認され,そうすると,バランスリングの陰(死角)となって見えない程度の大きさというのは,脱水槽の上下方向の長さ(深さ)に比べてかなり小さいものと推認される。

また,フィルタ部材と底板の間の隙間は,脱水槽内を覗く使用者の視点から,フィルタ部材の陰(死角D2)となって見えない程度の大きさでなければならないところ,フィルタ部材は,脱水槽内側に設けられることから,その厚さは,それほど厚くできないと推認され,そうすると,フィルタ部材の陰(死角D2)となって見えない程度の大きさというのは,脱水槽の上下方向の長さ(深さ)に比べてかなり小さいものと推認される。

さらに,バランスリングとフィルタ部材の間の隙間及びフィルタ部材と底板の間の隙間は,洗濯物が,バランスリングとフィルタ部材及びフィルタ部材と底板にそれぞれ止められて,隙間に現れている接合部に触れることがない程度の大きさにとどまるものでなければならず,その点からも,隙間は小さいものでなければならない。

c 他方,フィルタ部材は,脱水槽内部の接合部を見えないようにし,かつ接合部に洗濯物が接触しないように,接合部を覆うものでなければならないから,上下に相当程度の長さを有するものでなければならない。しかも,前記bのとおり,隙間の大きさが脱水槽の上下方向の長さ(深さ)に比べてかなり小さいものであることからすると,フィルタ部材は,その上端はバランスリングに近接した高い位置に達しなければならず,その下端は,底板に近接した低い位置に達しなければならないから,そうすると,フィルタ部材は,上下に相当程度の長さを有するものでなければならず,脱水槽の上下方向の長さの内において相当程度の割合を占めることとなる。

d このように,脱水槽の上下方向の長さの内において,バランスリングとフィルタ部材の間の隙間及びフィルタ部材と底板の間の隙間がかなり小さいものでなければならず,他方,フィルタ部材は,上下に相当程度の長さを有するものでなければならないことからすると,隙間は,フィルタ部材の上下の全長より充分に小さい寸法であると認められる。

(ウ) 図1には,バランスリング17とフィルタ部材8(フィルタ部材に付された「18」との番号は,「8」の誤りであると認められる。)の隙間L1,フィルタ部材と底板の隙間L2が,フィルタ部材8の上下の全長より充分に小さい寸法のものとして示されている。

(エ) 以上によれば,「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」という発明特定事項は,当初明細書の記載から導かれる技術的事項であり,このような発明特定事項を追加する補正は,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入したものとはいえないから,明細書,特許請求の範囲の記載又は図面に記載した事項の範囲内においてされたものということができる。

イ 原告の主張に対し

(ア) 原告は,補正により追加された「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間」という発明特定事項によれば,隙間の寸法は,フィルタ部材の全長より充分に小さければどんなに小さくてもよいということになるとした上で,当初明細書では,隙間が小さすぎる場合には洗濯物が挟まれるとの課題があるとして,隙間は,洗濯物が挟まれない程のものとされているから,隙間の寸法がフィルタ部材の全長より充分に小さければよいということは,当初明細書から自明であるとはいえないと主張する。

しかし,「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間」という発明特定事項は,隙間の寸法が,フィルタ部材の全長より充分に小さいことを意味するとしても,それがどんなに小さくてもよいということまで意味するとは解されない。

また,当初明細書の【0005】,【0006】では,胴部の接合部を揚水路形成部材で内側から覆うようにしたものについて,揚水路形成部材は,底板からバランスリングにかけて上下に隙間なく取り付けられているとしながら,揚水路形成部材がプラスチック製であり,脱水槽の胴部が金属製であることから,熱膨張率の違いにより,特に冷えたときにバランスリングと揚水路形成部材の間及び揚水路形成部材と底板の間にそれぞれ隙間を生じてしまい,これらの隙間に洗濯物が挟まれて傷められることが記載されている。つまり,ここでは,隙間なく取り付けられているにもかかわらず,揚水路形成部材と脱水槽の胴部の熱膨張率の違いにより特に冷えたときに生じてしまう僅かな隙間に起因する問題点を述べているものである。これに対し,補正により追加された発明特定事項は,「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」として,予め人為的にある程度の大きさの隙間を設けることであるから,このような発明特定事項について,上記の問題点が生じるとは解されない。

したがって,原告の主張は,採用することができない。

(イ) 原告は,「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」という発明特定事項によれば,バランスリングとの間の隙間は充分に小さいが,底板との間の隙間がなかり大きいものも含まれることになるとし,そのようなものは当初明細書に記載されておらず,当初明細書から自明でもないと主張する。

しかし,補正後の請求項1では,「このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い,その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」とされており,隙間を余すということが,フィルタ部材が接合部を内側より覆うこととの対比で書かれており,しかも,「小さな寸法の隙間」として,隙間を,寸法が小さいものに殊更限定していることからすると,補正により追加された発明特定事項である「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」とは,バランスリング又は底板との間の一方はフィルタ部材により接合部を覆って隙間を設けず,他方に隙間を設けることを述べているものと解釈するのが,文言の解釈として合理的であり,一方の隙間がかなり大きい場合も含むとの原告の主張は,採用することができない。

(2)  「このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い」という発明特定事項を追加する補正について

原告は,フィルタ部材8の上下の全長とは,係合部22を含めた全体の長さであるが,当初明細書によれば,係合部22は係合孔23に係合されており,接合部を覆っていないから,当初明細書には,「このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い」ということは記載されておらず,かつ当初明細書から自明ともいえないと主張する。しかし,原告の上記主張は,以下の理由により,採用することができない。

ア 当初明細書の【0013】には,「フィルタ部材8も,詳細には,プラスチック製のフィルタ台19と,これに揺動可能に取付けたフレーム20がプラスチック製のフィルタ21とから成っており」と記載されており,【0014】には,「このフィルタ台19の取付けには,図3及び図4に示すように,フィルタ台19の上部に形成した係合部22を,脱水槽1の胴部13の接合部12両側の部分に形成した係合孔23にそれぞれ係合させ,その上で,フィルタ台19の下部をねじ24によって脱水槽1の胴部13の接合部12両側の部分に固定する構成を採用しており」と記載されており,これらの記載のみを併せると,フィルタ部材8は,上部に係合部22を形成したフィルタ台19とその他の部材からなり,したがって,フィルタ部材8の上下の全長とは,係合部22を含めた上下の全長であると解する余地はある。

イ(ア) しかし,【0013】には,上記のとおり,「フィルタ部材8も,詳細には,プラスチック製のフィルタ台19と,これに揺動可能に取付けたフレーム20がプラスチック製のフィルタ21とから成っており」と記載されているにとどまり,係合部22は,フィルタ部材8の構成部材としては挙げられていない。さらに,【0013】には,これに続けて,「そのフィルタ台19を,バランスリング17から寸法L1離し,底板14から寸法L2離した非接触状態で,上記脱水槽1の胴部13に,接合部(かしめ接合部)12を内側より覆うように取付けている(図2参照)。」と記載されており,図1には,寸法L1は,バランスリングの下端から,脱水槽内側のフィルタ台19(フィルタ部材8)の上までの距離であることが示されており,係合部22は,フィルタ台19(フィルタ部材8)の構成部分としては扱われていない。そして,図3,図4では,係合部22は,フィルタ台19と同一部材から成るものの,フィルタ台19とは別異の部位として示されている。

また,当初明細書の【0016】には,「上述のごとく構成したものの場合,脱水槽1の胴部13の接合部12は,直接的には,これを覆ったフィルタ台19(フィルタ部材8)によって見えなくされ,且つ,洗濯物からも遮絶される。これに併せて,バランスリング17からフィルタ台19までの間では,脱水槽1内を覗く使用者の視点E(図1参照)に対し,ここの接合部12がバランスリング17の陰(死角D1)となって見えず,フィルタ部材17から底板14までの間では,ここの接合部12がフィルタ部材17の陰(死角D2)となって見えなくなる。又,それら各間の接合部12には,洗濯物がバランスリング17とフィルタ台19,及びフィルタ台19と底板14にそれぞれ止められて距離を置き,触れることがなくなる。」と記載され,【0018】には,「フィルタ台19が熱収縮しても,これとバランスリング17との間,又は底板14との間にはもともと寸法L1,L2の隙間があり,それらが広くなるだけで,そこには従来の揚水路形成部材とバランスリング及び底板との間に生じたわずかな隙間のように洗濯物が挟まれるということはない。」と記載されており,これに加えて図1も参照すると,フィルタ台19(フィルタ部材8)は,脱水槽内部の接合部を覆うものとの観点から主に言及されており,脱水槽内部に存在する部分を指し示すものとして用いられているものと認められる。

そうすると,当初明細書の記載に照らし,フィルタ台19(フィルタ部材8)は,係合部22を含まず,脱水槽内部に存在する部分を指し示すものと解するのが相当である。

(イ) 技術的にみても,係合部22は,ねじ24と同様にフィルタ台19(フィルタ部材8)を胴部13に固定するための手段にとどまり,フィルタ台19(フィルタ部材8)の付属的部分ともいい得るから,フィルタ台19(フィルタ部材8)と別異の部位と捉えることができる。

ウ したがって,フィルタ台19(フィルタ部材8)は,係合部22を含まず,脱水槽内部に存在する部分を指し示すから,当初明細書の記載に照らし,「このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い」との発明特定事項は,当初明細書に記載されていたものと認められ,新たな技術的事項を導入したものではないから,原告の前記主張は,採用することができない。

2  進歩性に関する判断の誤り(取消事由2)について

原告は,請求項1における「隙間」という文言は,「物と物との間のすいた所。」(広辞苑第四版)と一義的に明確に理解することができ,これは一見して誤記であるとも認められないから,その解釈に当たって,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌する余地はなく,審決が,進歩性に関する判断の前提として,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌し,請求項1の「隙間」という文言を「隙間における接合部が,バランスリング又はフィルタ部材の陰となって見えなくなるとともに,洗濯物が挟まれることのない大きさに形成されているもの」と認定したことは誤りであると主張する。しかし,原告の上記主張は,以下の理由により,採用することができない。

すなわち,確かに,「隙間」ということば自体の一般的な意味は,辞書に記載されているとおり明確であるといえる。しかし,本件発明1を記載した請求項1においては,「フィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い,その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」として,「隙間」について,フィルタ部材との関係で相対的に大きさを示し,バランスリング,底板及びフィルタ部材との関係で位置を示しているから,本件発明1における「隙間」の技術的意義は,特許請求の範囲の記載のみでは一義的に理解することはできず,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌しなければ,その技術的意義を明確に理解することはできない。そして,明細書の発明の詳細な説明の記載に基づき,本件発明1の課題・課題の解決手段・作用効果との関係で「隙間」の技術的意義を考慮するならば,「隙間」は,「隙間における接合部が,バランスリング又はフィルタ部材の陰となって見えなくなるとともに,洗濯物が挟まれることのない大きさに形成されているもの」と認められる。したがって,審決が,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌して,請求項1の「隙間」という文言を「隙間における接合部が,バランスリング又はフィルタ部材の陰となって見えなくなるとともに,洗濯物が挟まれることのない大きさに形成されているもの」と認定したことに誤りはない。特許請求の範囲の文言が,特許請求の範囲から一義的に明確でないとしても,明細書の発明の詳細な説明を参酌することにより,その技術的意義を明確に理解することができる場合には,第三者に不測の不利益を被らせることはない。

3  結論

以上によれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,審決に,これを取り消すべき違法はない。

よって,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 中平健 裁判官 知野明)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例