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知財高等裁判所 平成21年(行ケ)10440号 判決 2010年8月09日

原告

YKK AP株式会社

同訴訟代理人弁理士

根本恵司

杉山猛

加治信貴

被告

株式会社トクヤマ

同訴訟代理人弁理士

前田均

鈴木亨

橋村一誠

堀江一基

船本康伸

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2009-800023号事件について平成21年11月24日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は, 原告が,下記1のとおりの手続において,被告が有する本件特許に対する原告の特許無効審判の請求について,特許庁が,本件訂正を認め,発明の要旨を下記2のとおり認定した上,同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は,下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。

1  特許庁における手続の経緯

(1)  本件特許(甲13)

発明の名称:「合成樹脂製窓材」

出願日:平成11年4月21日(特願平11-113686号)

登録日:平成15年4月18日

特許番号:第3420527号

(2)  審判手続及び本件審決

審判請求日:平成21年2月9日

訂正請求日:平成21年4月23日(甲14。本件訂正。なお,本件訂正後の明細書(甲15)を「本件明細書」という。)

審決日:平成21年11月24日

審決の結論:「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」

原告に対する審決謄本送達日:平成21年12月4日

2  発明の要旨

本件審決が判断の対象とした発明は,本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(以下「本件発明」という。)であって,その要旨は,次のとおりである。以下の「/」は,原文における改行を示す。

各窓枠の長さ方向に対して斜めに切断された断面を加熱し,両側から押し付けることにより溶着される合成樹脂製の中空窓材であって,/塩化ビニル系樹脂とオレフィン系樹脂又はアクリル系樹脂とを含んでなる廃材由来のリサイクル樹脂を主成分とする組成物Aからなる内層と,未使用の塩化ビニル系樹脂又は未使用のアクリル系樹脂を主成分とする組成物Bからなる外層とにより構成されてなり,/前記廃材が,オレフィン系樹脂フィルムが貼付,またはアクリル系樹脂で被覆された塩化ビニル樹脂の廃材であり,且つ/該中空窓材を用いて窓枠に構成したときに,各窓材の上記内層および外層からなる構成層のうち,枠内側に位置する構成層甲,枠外側に位置する構成層乙,および枠の内外の側面に位置する構成層丙の少なくとも1つが,下記条件を充足することを特徴とする合成樹脂製窓材。

甲:層の全厚さ(Wt)対する前記組成物Bで形成された外層部分の厚さ(Wb)の比(Wb/Wt)が0.30~0.45である。

乙:層の全厚さ(Wt)対する前記組成物Bで形成された外層部分の厚さ(Wb)の比(Wb/Wt)が0.80~0.95である。

丙:層の全厚さ(Wt)対する前記組成物Bで形成された外層部分の厚さ(Wb)の比(Wb/Wt)が0.40~0.65である。

3  本件審決の理由の要旨

(1)  本件審決の理由は,要するに,本件発明は,特許請求の範囲の記載が明確で,本件明細書の発明の詳細な説明の記載が不備であるとはいえず,また,下記アの引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び下記イないしシの周知例1ないし11に記載の周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものということはできないとして,本件特許を無効にすることができない,というものである。

ア 引用例:特開昭58-138885号公報(甲1)

イ 周知例1:ドイツ公開特許第3616444号(甲2。公開日:昭和62年(1987年)11月19日)

ウ 周知例2:特開平6-344413号公報(甲3)

エ 周知例3:特開昭49-64671号公報(甲4)

オ 周知例4:特開平10-246067号公報(甲5)

カ 周知例5:特開平9-216269号公報(甲6)

キ 周知例6:特開平8-47985号公報(甲7)

ク 周知例7:特開平7-195580号公報(甲8)

ケ 周知例8:特公平3-8887号公報(甲9)

コ 周知例9:特許第2943092号(甲10。公開日:平成7年5月23日)

サ 周知例10:特許第3108897号公報(甲11。公開日:平成7年5月23日)

シ 周知例11:特開平3-176584号公報(甲12)

(2)  なお,本件審決が認定した引用発明並びに本件発明と引用発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。以下の「/」は,原文における改行を示す。

ア 引用発明:溶接により枠組された合成樹脂製の中空窓材であって,/未使用の塩化ビニル系樹脂とガラス繊維を含むガラス繊維強化PVC組成物からなる異形心材と,/未使用の塩化ビニル系樹脂を主成分とする組成物とからなる外被とにより構成され,且つ/該中空窓材を用いて窓枠に構成したときに,各窓材の上記異形心材および外被からなる構成層のうち,異形心材の壁厚は1.0~10mm,有利には2.0~4mmであり,外被は,0.2~4mm,特に0.3~1.5mmの壁厚を有する窓枠

イ 一致点:合成樹脂製の中空窓材であって,塩化ビニル系樹脂を含む組成物からなる内層と,未使用の塩化ビニル系樹脂を主成分とする組成物からなる外層とにより構成されてなる,合成樹脂製窓材

ウ 相違点1:合成樹脂製の中空窓材が,本件発明では,「各窓枠の長さ方向に対して斜めに切断された断面を加熱し,両側から押し付けることにより溶着され」たものであるのに対し,引用発明は,溶接により枠組されたものであるものの,具体的な溶接(溶着)手段が不明な点

エ 相違点2:塩化ビニル系樹脂を含む組成物からなる内層が,本件発明は,「オレフィン系樹脂フィルムが貼付,またはアクリル系樹脂で被覆された塩化ビニル樹脂の廃材由来のリサイクル樹脂を主成分とする組成物」からなるのに対して,引用発明は,廃材由来のリサイクル樹脂ではない点

オ 相違点3:本件発明は,各窓材の前記内層及び外層からなる構成層のうち,枠内側に位置する構成層甲,枠外側に位置する構成層乙及び枠の内外の側面に位置する構成層丙の少なくとも1つが,下記条件を充足するものであるのに対し,引用発明は,このような条件が付されていない点

甲:層の全厚さ(Wt)対する前記組成物Bで形成された外層部分の厚さ(Wb)の比(Wb/Wt)が0.30~0.45である。

乙:層の全厚さ(Wt)対する前記組成物Bで形成された外層部分の厚さ(Wb)の比(Wb/Wt)が0.80~0.95である。

丙:層の全厚さ(Wt)対する前記組成物Bで形成された外層部分の厚さ(Wb)の比(Wb/Wt)が0.40~0.65である。

4  取消事由

(1)  本件明細書の記載についての判断の誤り(取消事由1)

(2)  相違点2及び3についての判断の誤り(取消事由2)

第3当事者の主張

1  取消事由1(本件明細書の記載についての判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 本件審決は,本件発明のように膜厚比の上限及び下限を定めたことに技術的意義を認め,本件発明の構成が明確でないとすることはできない旨のほか,構成層甲,乙又は丙のうちのいずれか1つが条件を満たしていればバリ取りの際に内層が露出しない効果が生じることを示しているから,本件明細書の記載が明確であり,不備であるとすることはできない旨を説示する。

(2) しかしながら,本件発明は,バリ取りの際に内層が見えるのを回避するという課題が,単に内層及び外層の樹脂層の厚みの比のみを規定するだけで達成できるとしているところ,これは,不合理であり,技術常識的に見ても不可解である。すなわち,内層と外層との2層からなる合成樹脂製の中空窓材をそれぞれ斜めに切断した断面を,加熱し両側から押し付けることにより溶着する場合において,バリ取りにより内層が露出しない条件は,単に内層と外層との相対厚を規定しただけでは決まらず,中空窓材の溶着時にバリとして流れ出る量としてあらかじめ設定する溶着代(溶着のための「しろ」部分)と窓材の厚みとの比の採り方によって大きく変化し,この比の採り方いかんによっては,内層が露出しない条件としてどのような相対厚(比率)もとることができる(甲17,18)。すなわち,膜厚比の下限は,いくらでも小さく設定できる一方,上限は,バリ取りの際に内層が露出しない範囲でリサイクル樹脂をどの程度使うかということに過ぎず,その数値自体に格別根拠があるわけではない。

このように,溶着代等を一切考慮せずに,単に内層及び外層の樹脂層の厚みの比のみを規定した本件発明の構成層甲,乙及び丙の内外層の相対厚の範囲は,内層の露出の有無を論ずるに当たっては,無意味である。

(3) しかも,本件発明は,バリ取り時に内層が露出するか否かの条件を決める内外層の相対厚以外の条件について一切規定していないから,本件明細書にいう効果を得ることはできず,本件明細書には記載不備がある。また,本件発明にいう構成層甲,乙又は丙は,「屋外に対面せずにしかも屋内から見えない外面」に限定されていないのに,本件審決は,このような限定を勝手に加えており,判断に誤りがある。

(4) なお,甲17の作成者は,当該技術の専門家であり(甲18),甲17は,合成樹脂材料同士をつきあわせて溶着した際のバリの流れの状態を説明するもので,本件発明の上記不合理性を明らかにするためのものであるから,そこで掲げられている数値について被告が主張するような厳密さは不要である。また,本件発明には,溶着代と形材厚さの比が0.2以上であるとの限定は付されておらず,被告の「これを0.2未満とすることは通常考えられない」との主張も,「通常」という曖昧なものであって発明の要旨の認定に馴染まないばかりか,「0.2未満」であっても窓枠を構成できることは明らかであるから,この値も,格別なものではない。

〔被告の主張〕

(1) 原告が論拠とする甲17は,作成者の経歴が不明であり,その内容も,2層構造を有する樹脂製の中空窓材の溶着に適用できるか否かが実験的に検証されておらず,推定や推測が多いばかりか,根拠となるデータの記載がないなど,信頼性に欠ける。

仮に,甲17に基づいたとしても,甲17の図11,図17及び図18によれば,溶着代と形材厚さとの比がある値(0.2)を超えた場合には,必要な外層の厚みと形材厚みとは,一定の値となることが示されている。したがって,溶着代と形材厚さとの比がある値(0.2)を超えた場合には,原告主張のように,「溶着代と窓材の厚みとの比の採り方によって大きく変化し,この比の採り方いかんによっては,内層が露出しない条件としてどのような相対厚(比率)もとることができる」とはいえなくなる。しかも,本件発明のように,長さ方向に対して斜めに切断された窓材の断面を加熱して 両側から押し付けることにより溶着して窓枠を製造する場合には,溶着面積が小さくなると溶着後の連結(接合)強度が不足するため,溶着代と形材厚さの比を0.2未満とすることは通常考えられない(甲17,乙1,3,4参照)。しかも,甲17は,本件発明同様,必要な外層の厚みと形材厚みの比について,構成層乙,丙,甲の順番になる旨を記載しており,結論において,本件特許の正当性を裏付けるものである。

以上のとおり,甲17は,信頼性に欠けるばかりか,むしろ,本件発明の正当性を裏付けるものであるから,甲17に基づく原告の前記主張は,失当である。

(2) また,本件発明は,構成層甲,乙及び丙の少なくとも1つが相違点3記載の条件を満たしていれば内層が露出しない効果が生じることを示しており,本件明細書の発明の詳細な説明欄も,その旨を記載しているから,本件審決は,限定を勝手に加えたものではない。

2  取消事由2(相違点2及び3についての判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 本件審決は,相違点2について,特開平10-192735号公報(甲16)には,塩化ビニル系樹脂とアクリル系樹脂とを含んでなる樹脂においては両者を分離してリサイクル樹脂とすることが記載されているから,塩化ビニル系樹脂とアクリル系樹脂あるいはオレフィン系樹脂を含んでなる窓材のリサイクル樹脂が,窓材に求められる強度等の特性を有していることが明らかではなく,本件発明がこれを窓材に使用したことについて進歩性を認めた。

(2) しかしながら,本件発明で使用する塩化ビニル系樹脂とオレフィン系樹脂又はアクリル系樹脂とを含んでなる廃材由来のリサイクル樹脂や,オレフィン系樹脂フィルムが貼付された塩化ビニル系樹脂及びアクリル系樹脂で被覆された塩化ビニル系樹脂は,いずれも,窓材として普通に用いられているありふれた樹脂であって,何ら特別の樹脂ではない。したがって,これらの樹脂の選択は,周知材料の単なる選択に過ぎず,本件発明の進歩性を基礎づけるものではない。また,廃材をそのままリサイクルするという発想は,ごく自然な発想であり,オレフィン系樹脂やアクリル系樹脂を塩化ビニル系樹脂から分離するという発想に勝るものである。

さらに,リサイクル樹脂材と未使用の樹脂材とを共押し出して複合樹脂材を形成すること(甲2~4)や,強度が劣るとされる合成樹脂の廃材を内層に用いて内外2層からなる窓材を構成すること(甲2,3)は,いずれも,周知技術である。

廃材に含まれる安定材や可塑材によって強度等が劣ることが事実であるとしても,本件発明は,各窓枠の長さ方向に対して斜めに切断された中空窓材の断面を加熱し,両側から押し付けること(それ自体,一般的な技術である。)以外に,その強度を補うために格別の工夫を行ったものではないし,本件明細書を見ても,本件発明に係る窓材が,窓材に求められる強度等を特性を有しているといえる理由は,示されていない。

(3) また,本件審決は,相違点3について,本件発明の示す数値が,リサイクル樹脂の樹脂全体に対する割合をできるだけ多くするために設定されており,溶着時に樹脂の流れ出す状況に応じて,構成層の位置により膜厚比を異なるものとしたものであって,これらについては引用例に記載も示唆もないばかりか,本件発明が,全体として,オレフィン系樹脂製保護フィルムやアクリル系樹脂を除去するという作業をすることなしに合成樹脂製窓材を効率的に製造することができ,また,廃材のリサイクル率をあまり下げることなく,溶着時に生じたバリを除去する際に,内層が露出するのを回避することができるなどの特有の作用効果を奏するものであるとして,本件発明に進歩性を認めた。

(4) しかしながら,本件発明は,3つの構成層のうち,「少なくとも1つ」が所定の比を充足すれば足りるとしているから,甲,乙及び丙の3つの構成層ごとに3件の発明を択一的に記載しているものと解され,構成層の位置により膜厚比を異なるものとしたことを構成要件としていない。そうすると,本件発明は,各構成層に応じて層厚比を調整したことを示したものではないから,内層と外層の相対的厚さについて規定している引用発明との関係での本件発明の進歩性判断に当たって,各「構成層の位置に応じて層厚比を調整すること」を本件発明の特徴とした本件審決は,誤りである。

また,前記のとおり,溶着代等を一切考慮せずに,単に内層及び外層の樹脂層の厚みの比のみを規定した本件発明の構成層甲,乙及び丙の内外層の相対厚の範囲は,内層の露出の有無を論ずるに当たっては,無意味であるし,内層を廃材由来のリサイクル材としたこととも,直接の関係がない。内層のリサイクル樹脂の割合をできるだけ多くするために設定したというのは,主観であって客観的又は合理的な判断基準ではない。

(5) したがって,相違点2及び3に進歩性を認めた本件審決は,誤りである。

〔被告の主張〕

(1) 本件発明は,甲,乙及び丙の3つの構成層ごとに3件の発明を択一的に記載しているものではない。本件明細書にも記載されているとおり,本件発明の相違点3に係る部分は,構成層甲,乙又は丙のうちのいずれかひとつが条件を満たしていれば,その構成層においては内層が露出しない効果が生じることを示している。

(2) ところで,リサイクルされた合成樹脂は,その成型性や製品強度等の観点から,プラスチック廃棄物ならばどのようなものでも使用できるわけではないところ,本件特許出願当時,リサイクルされた合成樹脂製窓枠材は,オレフィン系樹脂やアクリル系樹脂を塩化ビニル系樹脂から分離してからリサイクルするのが通常であって(甲16,乙2),このような分離をせずにそのままリサイクルするという発想がなかった。しかるところ,本件発明は,上記分離をせずに,オレフィン系樹脂フィルムが貼付又はアクリル系樹脂で被覆された塩化ビニル樹脂の廃材由来のリサイクル樹脂を主成分とする組成物を用いて窓材を造ったものであり,相違点2には進歩性が認められる。本件発明の内層部分に上記リサイクル樹脂を利用することは,強度のみを理由とするものではないから,強度を問題とする原告の主張は,失当である。

また,塩化ビニル系樹脂とアクリル系樹脂あるいはオレフィン系樹脂からなる合成樹脂窓材を含んだ廃材は,廃材としては周知であったが,これがリサイクル樹脂として周知であったとする証拠はない。しかも,本件発明は,このような樹脂を漫然とリサイクルしたものではなく,相違点3に係るような構成で産業において利用可能な方法を示したものである。

(3) 本件発明は,各窓枠の長さ方向に対して斜めに切断された中空窓材の断面を加熱し,両側から押し付ける際に,構成層甲,乙及び丙で,接合部の樹脂バリにおける内層の露出割合が変化することに着目して格別の工夫を行ったものであるから,相違点3には進歩性が認められる。

他方,前記のとおり,原告が論拠とする甲17は,根拠となるデータの記載がないなど,信頼性に欠けるばかりか,結論において,本件特許の正当性を裏付けるものである。

(4) よって,相違点2及び3について進歩性を認めた本件審決に誤りはない。

第4当裁判所の判断

1  取消事由1(本件明細書の記載についての判断の誤り)について

(1)  本件発明の構成について

ア 本件明細書の記載について判断する前提として,まず,本件発明の構成について検討するに,本件発明は,塩化ビニル系樹脂とオレフィン系樹脂又はアクリル系樹脂の廃材を再使用して製造された合成樹脂製窓枠に関するものである。

そして,本件明細書の発明の詳細な説明欄によると,本件発明が解決しようとする課題及びその課題を解決するための手段の要旨は,次のとおりである。

(ア) 本件発明が解決しようとする課題

従来,合成樹脂製の中空窓材であって,塩化ビニル系樹脂とオレフィン系樹脂又はアクリル系樹脂とを含んでなる廃材由来のリサイクル樹脂を主成分とする組成物からなる内層と,未使用の塩化ビニル系樹脂又は未使用のアクリル系樹脂を主成分とする組成物からなる外層とによって構成されてなる合成樹脂製窓材を作成する際,各構成窓材は,各窓枠の長さ方向に対して斜めに切断された断面を加熱し,両側から押し付けることにより溶着されるのが一般的であったが,溶着部にはバリと呼ばれる盛り上がりが生じてしまうため,溶着後にはバリを削り取って表面を平坦にするバリ取りを行う必要があった。しかし,外層の厚さが薄いとバリ取りにより内層が露出してしまうという問題が発生し,また,このような現象を回避するために外層の厚さを厚くすると,リサイクル効率を下げてしまうという問題があった(甲15の2頁29行~3頁23行)。

(イ) 前記課題を解決するための手段

そこで,本件発明は,前記問題が発現し始める外層の厚さが溶着の位置によって異なること,すなわち,溶着により窓枠に構成したときに,枠外側に位置する構成層乙ではバリ取りの際に内層部が特に露出しやすく,以下,枠の内外の側面に位置する構成層丙,枠の内側に位置する構成層甲の順にバリ取りの際に内層部が露出しにくくなることに着目し,各窓材の内層及び外層からなる構成層のうち,構成層甲,乙及び丙の少なくとも1つの層について,全厚さに対する外層部分の厚さの比を特定の数値範囲(相違点3に係る数値範囲)に設定することで,上記問題を解決しようとするものである(甲15の3頁24行~4頁13行)。

イ この点について,原告は,本件発明が構成層の位置により膜厚比を異なるものとしたことを構成要件としていない旨のほか,本件発明にいう構成層甲,乙又は丙が,「屋外に対面せずにしかも屋内から見えない外面」に限定されていないのに,本件審決がこのような限定を勝手に加えており,判断に誤りがある旨を主張する。

しかしながら,本件発明は,窓枠の内側に位置する構成層甲,外側に位置する構成層乙及び内外の側面に位置する構成層丙について,これらの「少なくとも1つ」との文言を使用しつつ,相違点3記載のとおり構成層の全厚さと外層部分の比を各構成層ごとに個別に特定してその特徴としていることにかんがみると,構成層の位置(甲,乙又は丙)により膜厚比を異なるものとしたことを構成要件としていることが明らかである。

なお,このことは,本件発明の内層に用いられるリサイクル樹脂が,未使用の塩化ビニル系樹脂又はアクリル系樹脂を主成分とする組成物(本件発明の外層に用いられる素材)に比較して,意匠性ないし美観や耐候性において劣ることを前提としつつ(甲15の3頁20~23行),本件明細書の発明の詳細な説明欄に「窓1を建物開口部に設置したときに,窓枠5の屋外に対面せずにしかも屋内から見えない外面については,下地が露出しても特に問題はない。そのため,上記の条件は,意匠性や耐候性が重要な外面について満足すればよく,どの条件を満足させるかは窓枠5の具体的な形態毎に適宜決定すればよい。」と記載されているとおり,いずれの構成層において上記の条件を満足させるかは,意匠性や耐候性を考慮して窓枠の具体的な形態ごとに適宜実施すればよい旨が記載されていること(甲15の6頁10~14行)とも平仄が一致する。

したがって,本件発明の構成要件及び本件明細書の発明の詳細な説明欄の記載によれば,本件発明は,構成層甲,乙又は丙の少なくとも1つが条件を満足すれば,これに応じて当該層における課題を解決できることが明らかであり,本件発明の構成要件等に関する原告の上記主張は採用できない。

(2)  本件明細書の記載について

ア 原告は,あらかじめ設定された溶着代と窓材の厚みとの比の採り方いかんによっては,バリ取りの際に内層が露出しない条件として内層と外層との比率はどのようにもすることができるから,本件発明のように単に内層及び外層の樹脂層の厚みの比を規定するだけではバリ取りの際に内層が見えるのを回避することができず,本件発明が技術常識的に見ても不可解であって,上記以外の条件について一切規定していないから,本件発明が本件明細書にいう効果を得ることはできず,本件明細書には記載不備がある旨を主張する。

イ しかしながら,引用発明又は本件発明のように内外の2層からなる2つの樹脂製窓枠を加熱の上で溶着した場合,溶着代を大きく設定すれば,溶着による接合の強度が向上する一方,内層がバリとして流出しやすくなるが,溶着代を小さく設定すれば,溶着による接合の強度が低下する一方,内層がバリとして露出しにくくなることは,本件発明の出願当時の当業者の技術常識といえる。また,併せて,上記の場合に,外層を薄く構成すれば内層がバリとして露出しやすくなるが,外層を厚く構成すれば内層がバリとして露出しにくくなることも,本件発明の出願当時の当業者の技術常識といえる(以上につき,甲17,乙1,3,4及び5。特に乙5の参考図1~6)。

これらの当業者の技術常識を前提とすると,相違点3に係る本件発明の条件が示すように全厚さに対する外層部分の厚さの比について一定の数値が与えられれば,バリ取りによって内層が露出しない範囲で溶着代を設定することは,当業者にとって格別困難なこととはいえず,実施可能であるし,相違点3に係る本件発明の条件は,外層部分の厚さの比について下限を設定しているから,常に必ず一定の溶着代の存在を前提としており,溶着代が小さいからといって接合の強度が直ちに失われるものではないことは,明らかである。

ウ したがって,溶着に関する前記技術常識によれば,本件発明は,当業者が溶着代の大小を適宜配慮することで実施可能であり,技術的にも理解可能であって,本件明細書にいう効果を得ることができる。そして,このような本件発明に関する本件特許請求の範囲の記載は,本件発明について明確であり(特許法36条6項2号),本件明細書の発明の詳細な説明も,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されている(平成14年法律第24号による改正前の特許法36条4項)から,本件明細書に不備は認められず,これと同旨の本件審決に誤りはない。

2  取消事由2(相違点2及び3についての判断の誤り)について

本件発明の解決しようとする課題に対する技術思想は,前記1(1)ア記載のとおりであるところ,引用例によれば,引用発明は,本件発明が前提とする,廃材のリサイクル率が下がり,また,溶着時に生じたバリを除去する際に内層が露出するということを回避する目的で,構成層甲,乙及び丙の少なくとも1つの層について,全厚さに対する外層部分の厚さの比を特定の数値範囲に設定するという課題又は技術思想について顧慮するところはないし,その他,引用例にはこの課題の存在について開示又は示唆するところは見当たらない。

また,周知例1ないし3には,プラスチック等の廃棄物由来の材料を内部に利用した型材等について記載があるものの,周知例1ないし11のいずれにも,本件発明の上記課題又は技術思想について開示又は示唆するところがない。

したがって,引用発明の異形心材と外被とからなる構成層を,相違点3に係る構成とすることが容易想到であるということはできない。

よって,その余の点について検討するまでもなく,本件発明について進歩性を認めた本件審決の判断に誤りはない。

3  結論

以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。

(裁判長裁判官 滝澤孝臣 裁判官 高部眞規子 裁判官 井上泰人)

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