知財高等裁判所 平成22年(ネ)10014号 判決 2011年3月28日
控訴人(一審原告)
株式会社ライセンス&プロパティコントロール
訴訟代理人弁護士
村林隆一
同
井上裕史
被控訴人(一審被告)
株式会社ダイモン
訴訟代理人弁護士
藤田邦彦
補佐人弁理士
高木義輝
主文
1 A事件及びC事件に係る部分につき
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 当審における控訴人の請求をいずれも棄却する。
2 B事件に係る部分につき
(1) 原判決を次のとおり変更する。
(2) 被控訴人は,別紙物件目録B記載の各製品の製造,販売又は販売の申出をしてはならない。
(3) 被控訴人は,前項の各製品及びその半製品(鋳型から取り出した後完成に至らないもの)並びに各製品の製造に用いる上型及び下型からなる模型(母型)を廃棄せよ。
(4) 被控訴人は,控訴人に対し,100万円及びこれに対する平成20年12月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(5) 控訴人のその余の請求を棄却する。
3 A事件及びC事件に関する当審の訴訟費用はすべて控訴人の負担とする。B事件に関する訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを4分し,その1を控訴人の負担とし,その余を被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴人の求めた裁判(下線は当審における新請求部分)
1 原判決を取り消す
2 A事件につき
(1) 被控訴人は,別紙物件目録A記載の製品の製造,販売又は販売の申出をしてはならない。
(2) 被控訴人は,前項の製品及びその半製品(鋳型から取り出した後完成に至らないもの)並びに各製品の製造に用いる上型及び下型からなる模型(母型)を廃棄せよ。
(3) 被控訴人は,控訴人に対し,100万円及びこれに対する平成20年11月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 B事件につき
(1) 被控訴人は,別紙物件目録B記載の各製品の製造,販売又は販売の申出をしてはならない。
(2) 被控訴人は,前項の各製品及びその半製品(鋳型から取り出した後完成に至らないもの)並びに各製品の製造に用いる上型及び下型からなる模型(母型)を廃棄せよ。
(3) 被控訴人は,控訴人に対し,200万円及びこれに対する平成20年12月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 C事件につき
(1) 被控訴人は,別紙物件目録C記載の各製品の製造,販売又は販売の申出をしてはならない。
(2) 被控訴人は,前項の各製品及びその半製品(鋳型から取り出した後完成に至らないもの)並びに各製品の製造に用いる上型及び下型からなる模型(母型)を廃棄せよ。
(3) 被控訴人は,控訴人に対し,100万円及びこれに対する平成20年12月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
第2事案の概要(略称は原判決の例による。)
1 一審原告である控訴人は,下記意匠権及び特許権の権利者である。
記
(1) 本件意匠権A
・ 出願日 平成15年8月5日
・ 登録日 平成16年7月16日
・ 登録番号 第1215512号
・ 意匠に係る物品 マンホール蓋用受枠(部分意匠)
・ 意匠内容 原判決「本件登録意匠A目録」のとおり
(2) 本件特許権B(以下「本件特許権」ということがある。)
・ 出願日 平成14年2月14日
・ 登録日 平成18年12月1日
・ 特許番号 第3886037号
・ 発明の名称 地下構造物用丸型蓋
(3) 本件意匠権C
・ 出願日 平成15年8月5日
・ 登録日 平成16年7月16日
・ 登録番号 第1215509号
・ 意匠に係る物品 マンホール蓋用受枠(部分意匠)
・ 意匠内容 原判決「本件登録意匠C目録」のとおり
2 一方,一審被告たる被控訴人は,
(1) 平成20年3月ころ以前から,原判決別紙物件目録A記載の製品(被告製品A)を,
(2) 平成20年3月ころ以前から,原判決別紙物件目録B記載の製品(被告製品B)のうちのイ号製品を,平成20年10月ころ以前からロ号製品を,
(3) 平成20年3月ころ以前から,原判決別紙物件目録C記載の製品(被告製品C)のうちのイ号製品を,平成20年10月ころ以前からロ号製品を,
それぞれ製造し,日本全国の各自治体に対して販売の申出をしている。
3 そこで控訴人は,被控訴人を相手方として,平成20年10月から12月にかけて原審の大阪地裁に対し,①被控訴人の製造する被告製品Aは控訴人の本件意匠権Aを侵害する(A事件),②被控訴人の製造する被告製品Bは控訴人の本件特許権を侵害する(B事件),③被控訴人の製造する被告製品Cは控訴人の本件意匠権Cを侵害する(C事件),として,それぞれ,(i)製造・販売・販売の申出の差止めと,(ii)半製品と各製品の製造に用いる型の廃棄,(iii)弁護士費用相当額の損害賠償(A事件は100万円,B事件は200万円,C事件は100万円)と各遅延損害金の支払いを求めた(詳細は原判決記載のとおり)。
4 原審における争点は,①被告意匠Aは本件登録意匠Aと類似するか(A事件),②被告製品Bは本件特許権の請求項1(本件発明)を文言侵害又は均等侵害するか(B事件),③被告意匠Cは本件登録意匠Cと類似するか(C事件)等であったが,平成22年1月21日になされた原判決は,上記争点をいずれも消極に解して,控訴人の請求をいずれも棄却した。
そこで,これに不服の控訴人が本件控訴を提起した。
なお,控訴人は,本件意匠権Aの侵害を理由に,被告製品Aにつき山口地裁に意匠権侵害に基づく差止仮処分を申し立て,平成20年10月6日,1000万円の立担保を条件として,認容決定(平成20年(ヨ)第24号)を取得している。
5 当審に至り,控訴人は,平成22年11月26日付け及び平成22年12月24日付けで,それぞれ訴え変更をし,その結果,控訴人の本訴請求の内容は,前記第1,2(1)(2)(3),3(1)(2)(3),4(1)(2)(3)のとおりに一部変更されている(原審別紙物件目録A・B・Cは,当審別紙物件目録A・B・Cのとおりに減縮ないし変更された。)。
なお,当審における争点は,原審と同じである。
第3当事者の主張
以下のとおり付加訂正するほか,原判決「第3 争点に係る当事者の主張」のとおりであるから,これを引用する(なお,「原告」は「控訴人」と,「被告」は「被控訴人」と,それぞれ読み替える)。
1 当審における控訴人の主張
(1) A事件について
・ 原判決9頁13行目の後に,改行して,以下のとおり付加する。
「 (4) 部分意匠の対比対象の誤り
ア 原判決は,『被告意匠Aでは,…需要者が,被告製品Aを上方から観察する際,突設部内周面でできる壁面は,上半分がテーパー状で,下半分が円柱状の二段に分かれている態様を目にする』(29頁4行~7行)と認定する。
しかし,上記判断は,本件登録意匠Aの権利範囲外の部分を対比しており,その対比対象を明らかに誤っている。
イ 部分意匠は,独創的で特徴ある『物品の部分』を保護する制度であるから,部分意匠の類否判断においては,部分意匠が認められた物品の部分どうしを対比すべきであり,物品の他の部分に異なる構成があったとしても,類似性の判断に影響を及ぼさないことはいうまでもない。
確かに,『部分意匠』が物品全体の中で占める範囲が,登録意匠と他の意匠とで大幅に異なるような場合であれば,当該部分から生じる美感が相互に異なることもあり得るとも思われる。
しかし,本件では,本件登録意匠Aは,『受枠の外周壁と離隔した突設部が下に落ち込んでいる』という,特徴のある美感を生じる意匠であるところ,被告意匠Aも同様に受枠の外周壁と離隔した突設部が下に落ち込んだ特徴的な意匠が採用されている。
そして,本件登録意匠Aと被告意匠Aとでは,『部分意匠』が物品全体の中で占める割合は,被控訴人が指摘するように多少異なっているものの,その差はわずかであり,しかも,本件登録意匠A,被告意匠Aともに,従来周知の受枠に設けられていた内鍔が存在しておらず,内鍔のない突設部が採用されていることを勘案すると,突設部下部の意匠の共通性により生じる美感の類似性を覆滅するほどではない。
ウ 本件登録意匠Aは,従来の受枠にはない『突設部』でも蓋の周縁部側面を嵌合支持するという技術思想を採用し,受枠の外周壁と離隔した突設部が下に落ち込んだ意匠が,新規のものとして登録されたものである。
つまり,原判決が,『下向きに向けられた突設部と,突設部と受枠の外周壁との隙間に設けられた水平部からなり』と認定するとおり,突設部が受枠の外周壁から分岐するまでの曲がり具合(下図○部分:テーパ面の意匠)は,本件登録意匠Aの範囲ではない。
このことは,甲A2の『D-D 拡大端面図』の実線部分が突設部のテーパにかかっていないことから明らかである。
そして,本件登録意匠Aと対比されるべき,被告意匠Aの部分は,下図の『被告意匠A(部分)』の赤線部分で示した範囲となる。
file_2.jpgUfaz] (MSHA BD EE)なお,被控訴人は,『控訴人が主張する,本件登録意匠Aの垂直部分と対応する被告意匠Aの垂直部分は,突設部に占める比率を考慮してあまりにも短く,本件登録意匠Aの垂直部とは視覚的に相違する。』と主張する。
しかし,上記主張は,部分意匠の対象である垂直部分と,部分意匠の対象外の部分との寸法対比を前提にしている点で,部分意匠の趣旨に反し,理由がない。
エ 以上のとおり,類否判断される対象は,突設部の円柱状になった部分及び底面から見た部分の意匠であるところ,原判決においても,本件登録意匠Aと,被告意匠Aのうちそれに対応する部分(上図の赤線部分)である突設部の下半分とは,いずれも同じ円柱状の意匠となっていると認定しており,また,『底面』の意匠も類似している。
よって,両意匠は,類似と判断されるべきものである。
(5) 意匠の類否判断の方法の誤り
ア 原判決は,意匠の類否について,『その判断にあたっては,意匠に係る物品の性質,用途,使用態様,さらには公知意匠にない新規な創作部分の存否等を参酌して,需要者の注意を惹き付ける部分を要部として把握した上で,両意匠が要部において構成態様を共通にするか否かを中心に観察し,全体として美感を共通にするか否かを判断すべきである』(26頁下3行~27頁2行)とする。
イ しかし,原判決の『公知意匠にない新規な創作部分の存否等を参酌する』との判断方法は,現行法の制定趣旨と明らかに齟齬する。
すなわち,意匠法は昭和34年4月13日に成立した法律であり,その意匠の侵害訴訟における類似範囲については,長らく混同説と創作説とが争われていた。
しかし,意匠法41条で準用する特許法104条の3(平成16年法律第120号)の制定後は,無効事由が存在する場合に,権利を縮小するのではなく,直截的に権利行使を認めないものとされた。
そして,意匠法24条2項(平成18年法律第55号)の制定後は,登録意匠とそれ以外の意匠が類似であるか否かの判断において,公知意匠を参酌せず,『需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行う』(意匠法24条2項)ことが明記されたのである。
よって,原判決のように公知意匠による引き算的操作によって,登録意匠の要部を認定する方法は,現行法の解釈としては明らかに誤っており,これに反する被控訴人の主張は,意匠の登録要件(無効理由)と類否判断を混同するものであり,理由がない。
ウ 仮に,現行法の類否判断において,公知意匠を斟酌する余地があるとしても,斟酌される範囲は,需要者に周知な意匠であり,需要者が通常知覚しない公知意匠の範囲まで広げられるべきではない。
需要者が日常的に目にする意匠(周知意匠)と同様の構成は,需要者の特段の注意を惹かず,美感に影響を与えることはないとしても,需要者に周知されていない意匠が,需要者の美感に影響を与えないことは,明らかだからである。
すなわち,仮に,意匠公報などで意匠が公開されていたとしても,当該意匠に基づいた製品が市場で広く販売されていない場合,当該意匠は,需要者の目に新鮮なものであり,『需要者の注意を惹き付ける部分』となり得るのである。
エ 以上のとおり,引用意匠Aと本件登録意匠Aを対比して,引き算的手法によって要部を抽出する原判決の判断手法は,そもそも誤っている。
また,仮に,公知意匠を斟酌する余地があるとしても,その範囲は,周知な意匠の範囲にとどまるのであるから,引用意匠Aが周知であるかどうかを判断することなく,無批判に採用する原判決の判断手法には,誤りがある。
オ 本件登録意匠Aの出願時に周知な意匠といえるのは,乙A3意匠や乙A4意匠である。
すなわち,本件登録意匠Aに係る物品において,乙A3意匠に係る物品は,平成20年までに東北地区から九州地区の広い範囲にわたって累計で●(省略)●組販売されている。また,乙A4に係る物品は平成2年ころから毎年●(省略)●組販売されている。
これに対し,引用意匠A(乙A1)に基づく製品は,『除雪車対応型グランドマンホール』(乙A2)であり,積雪の多い限定的な地域で販売されているにすぎず,需要者に周知の意匠ではない。
しかも,乙A2意匠の意匠権者である日豊金属工業株式会社は,平成14年3月に破産している(甲A7)。
よって,乙A2意匠が,本件登録意匠Aの出願当時(平成15年8月5日),周知な意匠でないことは明らかである。
そして,本件登録意匠Aと被告意匠Aの類否を判断する場合に,公知意匠が斟酌されるとしても,前記の乙A3意匠や乙A4意匠との対比において,需要者がどのような部分に注意を惹き付けられ,美感を生じさせるかを判断すべきである。
カ 意匠の類否判断に当たっては,意匠に係る物品の性質,用途,使用態様を斟酌して,『需要者の視覚を通じて起こさせる美感』を認定する。
この点,本件登録意匠Aに係る物品は,『マンホール用受枠』であり,上下水道という限定された用途にのみ使用されるものである。
また,道路に埋設される重量物(24~28kg)であり,設置工事前であれば任意の方向から観察できないわけではないが,需要者のうちでかかる観察の機会を持てるものは限定されている上,手に取って観察できるわけではないから観察方向は限定されている。
これに対して,原判決は,引用意匠Aとして,乙A1の『断面図』を引用するなど『断面図』に基づく類否判断を行っている。
しかし,需要者が意匠に係る物品の『断面図』を市場において観察することは不可能である。『断面図』は,意匠の内容を説明するために願書の意匠図面に記載されたものである。
よって,断面図を引用して,意匠の類否を判断する原判決の認定手法は,『需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行う』(意匠法24条2項)ことから明らかに逸脱するものである。
以上のとおり,需要者が本件登録意匠Aに係る物品を観察できる機会及び方向は限定されており,マンホールが設置された際に観察できる,平面上方,わずかに斜め上方や,底面などからの需要者の視覚による美感をもって判断すべきである。」
・ 原判決9頁14行目の「(4) 対比」を「(6) 対比」と改める。
・ 原判決9頁20行目から25行目までを削除し,以下のとおり付加する。
「 イ 本件登録意匠Aと被告意匠Aの類否
(ア) 両意匠の共通点
乙A3の実施品の意匠(乙A3意匠)の『内鍔』と本件登録意匠Aや被告意匠Aの『突設部』は,受枠内の存在感や美感が全く異なる。
そして,本件登録意匠Aと被告意匠Aとを対比すると,原判決が認定するとおり,『突設部に内鍔がなく,突設部の下端部(底面)は水平であり,下端部(突設部底面)と内周面との境界,及び下端部(突設部底面)と外周面との境界はいずれも半径の小さいアール状である』との共通点がある。
さらに,両意匠の下端部(突設部底面)が,受枠の内周面との間に円筒状の空間を有している点も看過することはできない。
これに対して,乙A3意匠には『内鍔』が存在し,当該『内鍔』は,下端部が受枠の内周面から突き出したようになっており,空間が存在しない。
仮に,乙A2意匠を斟酌すべきであるとしても,乙A2意匠の突設部は,その上面の平面で蓋を受け止める構成であり,乙A3意匠や乙A4意匠と同様『内鍔』が設けられた突設部である。
本件登録意匠Aや被告意匠Aでは,突設部が下向きに落ち込んだ構成になっているため,前述のとおり特有の態様になっているのである。
上記のとおり,本件登録意匠Aや被告意匠Aの『突設部』と,乙A3意匠の『内鍔』には,美感に決定的な相違があり,『突設部に内鍔がない』との態様は,需要者に強烈な印象を与え,突設部内周面でできる壁面の意匠は,原判決も認めるとおり,需要者が,上方から観察する際,本件登録意匠Aも被告意匠Aのいずれも円柱状となっており,全く同一である。
よって,需要者が,本件登録意匠Aと被告意匠Aに,類似の美感を持つことは明らかであり,両意匠は,類似の範囲にある。
(イ) これに対して,原判決は『(被告意匠Aは)需要者に,あたかも突設部全体が内鍔を構成しているような印象を与える』から,需要者に異なった印象を与えると判断する。
この点,本件登録意匠Aと被告意匠Aを対比観察すれば,被告意匠Aに段部が存在する点にわずかな相違はみられるが,そもそも,当該段部が意匠の類否判断の対象の範囲に入らないことは前記のとおりである。
また,仮に,段部が類否判断の対象に含まれるとしても,被告意匠Aの段部はわずか1.5mmにすぎず(イ号製品 受枠詳細図),1cm近くに及ぶ乙A3意匠の内鍔の上面部分とは,その寸法や存在感,力強さが全く異なり,両者は異質の意匠というほかない。
(ウ) さらに,本件登録意匠Aは,内鍔が存在する乙A3意匠と異なり,突設部で蓋のずり上がりを防止する特徴が,業界新聞などで紹介され需要者にも広く知られていたし,新規技術として強調されていた部分なのである(甲D4ないし11参照)。
かかる点からも,需要者は,乙A3意匠とは異なる『突設部』の意匠に,強い印象を感じ美感を生じさせるのであるから,いずれも『内鍔がなく』,円柱状の類似の形態を有する本件登録意匠Aと被告意匠Aの突設部に対して,類似の美感を生じさせることになる。
ウ 以上のとおり,本件登録意匠Aの突設部の意匠は,周知の商品にはない新規な構成であり,また,被控訴人もこの点を強調したカタログ(甲A3)を作成していたのであり,当業者は,この部分に注目して製品の選定を行っているのである。
したがって,被告意匠Aは,本件登録意匠Aの類似範囲に属する。」
(2) B事件について
・ 原判決14頁20行目の後に,改行して以下のとおり付加する。
「なお,原判決は,『被告製品Bの受枠は,本件被告受枠詳細図に記載されたとおりの段部22を有すると認められるところ,この段部22は,垂直面と水平面とで形成されており,曲面に該当するとは認められない。』(30頁14行~17行)とする。
しかし,被告製品Bは,塗料の中に製品を漬け込み,その後引き上げることにより塗装を行う,いわゆる『どぶ漬け塗装』で塗装されており,塗装面は厚くなる。
それにより,被告製品Bの段部は,塗装と相まって凹曲面になっているのは明らかであり,本件発明の構成要件Bを充足する。
原判決は,本件被告受枠詳細図のみに依拠し,被告製品Bの現況を看過した誤りがある。
また,被控訴人は,『被告製品Bの塗装は,控訴人が主張するような厚膜の塗装ではなく,薄膜の静電粉体塗装であって,その膜厚は100μmにも満たない。そのため,垂直面と水平面で構成する段部が明確に存在し,被告製品Bは,少なくとも本件発明の構成要件Bを具備しない。』旨主張する。
しかし,鉄蓋における蓋の外周面と受枠の内周面は,蓋を受枠に納めた状態で互いに嵌合する面であり,旋盤によって加工される。
かかる旋盤加工は,『バイト』と呼ばれる刃物で対象物を切削するものであるが,旋盤加工で用いられる『バイト』(又はバイトの先端に取り付けられるチップ)の先端部にはノーズR(ノーズ半径)と呼ばれる丸みが設けられている。そして,ノーズRは,0.4mmから3.2mmまで0.4mm間隔でシリーズ化されており,日本国内では0.8mmのものが最も多く使用されている(乙B6)。
被告製品Bの『段部』は,旋盤加工によって仕上げられているから,段部もバイト先端部のノーズRによる『アール状』になっているのは明らかである。
そして,被控訴人が原審B事件で提出した平成21年4月3日付け『準備書面(1)』別紙の『イ号製品 受枠詳細図』(図a)によれば,被告製品Bの段部の水平面部分は,その外周が『受枠の直径でφ488mm』であり,その内周が『同φ485mm』であるから,段部水平面部分の断面寸法は,1.5mm((488-485)÷2)である。
被控訴人の主張によれば,上記1.5mmのうち半分以上の『0.8mm』はアール面であり,需要者には,R面として認識される。
被告製品Bは,前記構成に加えて塗装が施されるため,当該R面はより一層強調されることとなるが,塗装前の被告製品Bにおいてすら,段部水平面の半分以上がR面となっていることは前記のとおりであるから,当該『段部』が『凹曲面部』に該当することは明らかである。」
・ 原判決15頁9行目の後に,改行して以下のとおり付加する。
「なお,蓋本体の『アール面』部分は,受枠凸曲面部にガイドされながら移動する凸曲面部であるから,本件発明の『蓋凸曲面部』に該当することは明らかである(甲B4,7参照)。
すなわち,従来製品では,閉蓋作業中に受枠と蓋本体にずれが生じた場合,受枠の内鍔と蓋本体の側縁部が噛み合い,蓋本体を足で押しても蓋本体を収めることはできず,再度蓋本体を持ち上げ,閉蓋作業を初めからやり直すほかなかった(甲B18)。
これに対し,被告製品Bにおいては,蓋本体を後方から押し込むだけで,受枠内にスムーズに収めることができた(甲B17)。
以上のとおり,被告製品Bの蓋本体の『アール面』は,本件発明の効果を奏する程度に『凸曲面部』の機能を有した『凸曲面部』になっているのであるから,本件発明の『蓋凸曲面部』に該当することは明白である。
また,仮に『倣った』との点で相違するとしても,当該相違点は,本件発明で本質的な部分でないことはいうまでもない(非本質的部分)。
被告製品Bは本件発明と同様に,閉蓋時に凸曲面部と凹曲面部とが相互に接触せず,本件発明の作用効果を奏し(置換可能性),その置換は当業者に容易である(置換容易性)から,均等の要件をいずれも充足するものであり,その技術的範囲に属するものである。」
・ 原判決15頁26行目の後に,改行して以下のとおり付加する。
「 カ なお,被告製品Bに本件発明の構成要件に付加した構成(受枠下部傾斜面)があるとしても,被告製品Bが本件発明の技術的範囲に属するかどうかの議論には全く無関係である。
被告製品Bが本件発明の構成要件をすべて充足するか,均等の範囲であるならば,仮に,被告製品Bに付加された構成が存在するとしても,本件発明の技術的範囲に属することが否定される理由はない。」
・ 原判決18頁9行目から20行目まで(非本質的部分に関する記述)を削除し,以下のとおり付加する。
「 ア 原判決は,本件作用効果①(バールで蓋本体を引きずるようにしたり,蓋本体を後方から押し込むだけで蓋本体を受枠内にスムーズに収めることができること)に関する説明に『受枠凹曲面部』との用語が使用されていることから,『本件発明は,受枠に凸曲面部と凹曲面部を連続して形成し,蓋本体にはこれに倣う形で凹曲面部と凸曲面部を連続して形成することをもって,本件作用効果①を発生させる発明といえる。したがって,受枠凹曲面部の形状は,本件発明の主要な根拠となる部分であり,凹曲面部の形状が本件発明の技術的思想の中核をなす特徴的部分ではないということはできない。』(32頁下7行~下1行)と判示する。
しかし,上記認定は,本質的部分の認定に際し,単に明細書の字面を追っているにすぎず,本件発明特有の作用効果を生じさせる技術内容やメカニズムを考慮していない。
この点,特許法が保護しようとする発明の実質的価値は,公知技術では生じさせることができなかった特有の作用効果を生じさせる技術的思想を,具体的な構成をもって開示した点にあることからすると,本質的部分とは,明細書の特許請求の範囲に記載された構成のうち,当該特許発明特有の作用効果を生じさせる技術的思想の中核をなす特徴的部分をいうものと解すべきである(大阪地判平成11年5月27日・判時1685号103頁)。
そうすると,本質的部分の認定に際しては,発明の作用効果を奏する具体的な構成を『技術的思想の中核をなす特徴的部分』とすべきであり,明細書の記載に拘泥すべきではない。
いうまでもなく,特許制度は,新規な発明の公開を前提として,発明者に一定期間の独占権を付与する制度であるから,明細書の記載内容の判断は,形式的に記載された文言ではなく,当該記載に接した当業者が,どのように理解するかであり,作用効果に関連する『発明の本質的部分』の解釈にあっても,段落【0009】,【0020】の記載から,当業者の立場で発明を解釈すべきである。
イ 本件作用効果①につき
控訴人は,本件作用効果①がどのように実現されているかをシミュレーション解析した(甲B5)。
なお,控訴人のシミュレーションは,原審B事件における被告(被控訴人)準備書面(1)に添付された『イ号製品 受枠詳細図』『ロ号製品 受枠詳細図』『蓋詳細図』の各図面から得た寸法データに基づいて作成したモデルにより実施したものである。
被控訴人も認めるとおり,上記詳細図は,被告製品Bの正確な図面(製造図面)であり,単に寸法や角度などの『数値』の表示の一部が消されたにすぎない。よって,上記詳細図中の不明な寸法や角度を,直接測定すれば,被告製品Bの正確な寸法や角度を得ることができる。
そして,控訴人は,前記詳細図を直接測定することで,不足する寸法や角度を補って前記シミュレーションを作成したから,同シミュレーションが,被告製品Bの閉蓋作業を正確に再現していることは明らかである。
また,被控訴人は,『蓋凸曲面部と受枠の稜線部分とが接触する』と反論するが,そもそも『受枠の稜線部分』がいかなる箇所を示すのか不明であり,仮に,これが『段部』の一部を示すとしても,蓋凸曲面部が,段部の稜線部分と接触すれば,蓋本体をスムーズに移動させることができなくなるが,被控訴人が,わざわざ『段部』をそのように設計しているとは考えがたい。
そして,シミュレーションの解析結果から明らかなとおり,被告製品Bでは,閉蓋する際に,受枠の凹曲面部は蓋本体の凸曲面部に当接しないものであり,曲面状でなくとも,凹状のものであれば,本件発明の作用効果を奏する。
すなわち,本件作用効果①は,蓋本体の凸曲面部と受枠の凸曲面部が,互いに当接し,当接部分が,曲面に沿ってスムーズに移動することにより達成されており,蓋本体の凸曲面部が受枠に当たらない程度の凹部があれば,問題がないのである。
このことは,本件明細書(甲B2)の『閉蓋時に蓋本体の後方から蓋本体を押し込んで受枠内に収める際,蓋本体の蓋凸曲面部の下側が受枠の受枠凸曲面部の上側に接触し,さらに蓋本体を後方から押すと蓋本体の蓋凸曲面部と受枠の受枠凸曲面部との接触部が徐々に蓋本体の前部に移動しながら蓋凸曲面部が受枠凸曲面部によってガイドされる。』(段落【0009】)との記載からも明らかである。
以上のとおり,本件作用効果①を奏する具体的な構成は,蓋本体の凸曲面部と受枠の凸曲面部,及びこれらの凸曲面部が受枠や蓋本体に当たらない程度の凹部であることが明白である。
なお,被控訴人は,被告製品Bの蓋を勢いよく閉めた場合,蓋が受枠の上部まで跳ね上がり,シミュレーションの挙動と異なる旨主張する。
しかし,被控訴人の上記主張は,甲B5の図2-4の後に,蓋が跳ね上がる可能性を指摘するものであるとしても,図2-2から図2-4までの間に,凸曲面部どうしがスムーズにガイドされていることを否定するものではない。
また,仮に,被告製品Bの蓋を勢いよく閉めた場合に,凸曲面部どうしがガイドされないとしても,蓋をゆっくり閉めた場合には,控訴人主張の挙動になり,本件発明の作用効果を奏するのである。
ウ 本件作用効果②につき
本件作用効果②(蓋本体のガタツキを防止できるとともに,土砂,雨水等の地下構造物への浸入を防止できること)は,蓋本体が受枠に閉蓋した状態での作用効果であり,『蓋凸曲面部と受枠凹曲面部・・・は接触しないようにしたので』(甲B2の5頁)との記載から明らかなように,受枠『凹部』は,蓋凸曲面部が接触しない『凹部』であれば足り,曲面部になっている必要はない。
なお,『受枠上傾斜部と受枠下傾斜部』を同時に形成する構成は,本件特許の請求項2に係る発明の構成であり,『受枠下傾斜面部と蓋下傾斜面部は嵌合するため』との作用は,請求項2に係る発明に関する記載であって,本件発明にかかる記載ではない。
エ 本件発明の本質的部分
以上のとおり,本件作用効果①,②のいずれも,蓋本体及び受枠の凸部が『曲面部』であることは必要であるが,これに対応する受枠及び蓋本体には,蓋凸曲面部に接触しないように収容する『凹部』が存在すれば足りる。
よって,本件発明の本質的部分は,蓋本体及び受枠の凸曲面部と,それに接触しないように形成された受枠及び蓋本体の『凹部』である。
以上のとおり,凹部が『曲面部』で構成されていることは,『技術的思想の中核をなす特徴的部分』ではなく,非本質的部分であるから,原判決の認定は誤っている。」
・ 原判決18頁22行目から19頁8行目まで(置換可能性に関する記述)を削除し,以下のとおり付加する。
「 ア 本件発明は,地下構造物用丸型蓋本体の側面が受枠の内周面に嵌り込んでしまう課題を解決するため,蓋本体と受枠に,それぞれ『凸曲面部』を設け,凸曲面部どうしを接触させることによって,嵌り込みを防止し,蓋本体のスムーズなガイドを実現した技術思想に,実質的価値が存在するのである(甲B2段落【0006】,【0009】参照)。
そして,前述のとおり,本件作用効果①,②のいずれも,蓋本体及び受枠の凸部が『曲面部』であることは必要であるが,これに対応する受枠及び蓋本体の部分は『凹曲面部』である必要はなく,凸曲面部に接触しないように収容する『凹部』でありさえすれば,その作用効果を奏する。
この点,被告製品Bにおいて,『段部』は,閉蓋状態で蓋本体の『凸曲面部』を接触しないように収容できる『凹部』であり,閉蓋時において,蓋凸曲面部と受枠凸曲面部が互いに接触し,蓋本体を受枠にスムーズに収めており,本件作用効果①,②のいずれも奏功する(甲B5)。
よって,本件発明の構成要件Bにおける『(蓋本体及び受枠の)凸曲面部と凹曲面部』と,被告製品の構成bにおける『(蓋本体及び受枠の)凸曲面部と,(受枠の)段部及び(蓋本体の)凹曲面部』とは,目的及び作用効果(ないし課題の解決原理)において同一であり,被告製品Bと本件発明には置換可能性がある。
なお,控訴人は,技術説明会(弁論準備期日)において,被告製品Bにつき,閉蓋途中で,蓋本体が,閉蓋方向左右に位置ずれし蓋本体が受枠に乗り上げた場合にも,従来製品にみられるような蓋本体と受枠の嵌り込みが発生せず,乗り上げた蓋本体の端部を少し押し込むだけで,蓋本体を受枠にスムーズに収めることができることを実証した。
イ 被控訴人は,蓋本体をゆっくり受枠に押し込む場合,『受枠第一傾斜面は,垂直に近い急傾斜面であり,接点が受枠第一傾斜面上を『スムーズに』移動することはできない。』と主張する。
この点,技術説明会で実演されたとおり,被告製品Bは蓋本体をゆっくり受枠に押し込んでも,スムーズに閉蓋される(甲B17)。
そもそも,仮に,被控訴人が主張するとおりであるとすれば,被告製品Bは,蓋本体を勢いよく閉めた場合にしか閉蓋しないこととなるが,市場で製品として販売されている以上,そのようなことはあり得ない。実際,被告製品Bのカタログ(甲B3)にもそのような記載はない。
なお,シミュレーションの結果(甲B7)からも明らかなとおり,凸曲面部どうしの接点は,受枠を周方向に移動するものの,受枠第一傾斜面と蓋上部傾斜面の上角部とは,閉蓋直前に斜面の上部近傍のみで接触する。
すなわち,被告製品Bにおいても,本件発明と同様に,凸曲面部どうしの接触により蓋本体は閉蓋方向にスムーズに移動され(図2-3),閉蓋直前の段階で受枠第一傾斜面と蓋上部傾斜面の上角部とが接触し(図2-4),その後,完全な閉蓋状態となる(図2-5)。
この点は,連続的なシミュレーションの結果を見ればより明らかである(甲B15,19ないし22)。
上記挙動において,受枠第一傾斜面の接点は,その上部近傍に生じるものであって,受枠第一傾斜面の長さとは無関係である。
なお,被控訴人は,被告製品Bの受枠第一傾斜面は垂直に近い急傾斜面である旨主張する。
しかし,従来製品である乙3の受枠傾斜面の角度は9°[甲B16(図面)]であるところ,被告製品Bの受枠第一傾斜面の角度は16°(被控訴人が提出した図面に記載された寸法に基づいて算出した結果)であり,従来製品に比べ緩い勾配である。
また,被控訴人は,『蓋本体を押し込んだ勢いで上方に跳ね上がり,蓋本体の前部が持ち上がった嵌合状態となることが多い』との事実から,『凸曲面どうし』が接触する構造ではないと主張する。
しかし,蓋本体を押し込んだ勢いが強い場合に,蓋本体が上方に跳ね上がるかどうかは,凸曲面どうしの接触とは無関係である。
凸曲面どうしが接触していても,押し込んだ勢いが強すぎれば,図2-6の状態から蓋本体が上方に跳ね上がることは当然あり得る。
そして,被控訴人も,被告製品Bにおいて,時間の長短はともかくとして,蓋本体の凸曲面部と受枠凸曲面部とが閉蓋時に当接して,閉蓋方向のガイド機能を奏することを認めている。
なお,被告製品Bにおいても,凸曲面部と凸曲面部との当接位置は徐々に蓋本体(受枠)の前面に移動するとともに,その当接位置は,受枠の凸曲面部の下方から上方に移動している(甲B36の図2-2,2-6参照)。
本件発明は,受枠凸曲面部と蓋凸曲面部の『接触部』が徐々に蓋本体の前部に移動しながらガイドされることを作用効果とする発明である。
そして,被告製品Bにおいて,受枠アール面(受枠凸曲面部)と蓋アール面(蓋凸曲面部)の当接位置(接触部)が,『1mm移動位置から略8mm移動位置まで(図2-2~2-6,及び甲B5の図2-2)移動する』ことは,被控訴人が自認するとおりである。すなわち,被告製品Bにおいて,接触部が徐々に蓋本体(受枠)の前方に移動しながらガイドされることを被控訴人は自白しているのである。
ウ 被控訴人は,被告製品Bにおいて蓋本体をスムーズに導入するのは,蓋本体に設けられた『ガイドリブ』の効果である旨主張する。
この点,被告製品Bの蓋本体に設けられた『ガイドリブ』は,閉蓋方向の後方にだけ設けられたものであるから,閉蓋時に閉蓋方向前方において,蓋本体の凸曲面部と受枠の凸曲面部とが当接することを妨げるものではない。
被告製品Bの『ガイドリブ』が,本件発明の作用効果とともに,閉蓋方向のガイドを『よりスムーズ』にしているとしても,本件発明の作用効果を奏していることを否定することにはならない。
特に,蓋本体が横方向にずれた場合には,本件発明の作用効果が発揮され,蓋本体を閉蓋方向にスムーズにガイドするのである。
エ また,被控訴人は,被告製品Bにおいて,閉蓋完了前に,傾斜部が当接するから,本件発明の作用効果を奏しない旨主張する。
この点,確かに,被告製品Bにおいて,凸曲面部どうしが当接し,蓋本体をガイドした状態から,傾斜部での当接に移行するタイミングは,本件発明の実施品より早い。
しかし,被告製品Bにおいても,1mm移動時から9.0mm移動時まで凸曲面部どうしが当接して蓋本体をガイドし,その結果,従来品に比してスムーズな閉蓋を実現しているのは,説明会でのデモで確認されたとおりである。
よって,凸曲面部どうしの当接が,閉蓋完了直前まで続いていないとしても,被告製品Bが,本件発明の作用効果を奏していることを否定する理由にはならない。
オ このほか,被控訴人は,被告製品Bでは,接触部分の色彩変化が本件発明の実施品(以下「日之出製品」という。)の接触部分の色彩変化より激しいことからしても,受枠と蓋本体の接触部分の移動がスムーズでないことが明らかである(甲B19,20参照)と主張する。
確かに,被告製品Bでは,傾斜部の面圧が,特定の位置においては,本件発明の実施品のものよりも大きくなっている(甲B36の別紙3)。
しかし,それは蓋本体のスムーズな移動を妨げる程度ではなく,蓋本体の側縁が,受枠の傾斜部に引っかかり,蓋本体の閉蓋作業が阻害されることは全くない。
カ 日之出製品は,本件発明の実施品ではあるが,本件発明の技術的範囲の認定は,本件特許請求の範囲の記載から確定されるものであり,実施品から確定されるものではなく,被告製品Bが,日之出製品ほど『スムーズな移動』を実現できないとしても,凸曲面部どうしの当接により蓋本体のスムーズな移動を実現している以上,被告製品Bが本件発明の作用効果を奏することに変わりはない。」
・ 原判決19頁19行目の後に,「推考容易性」に関し,改行して以下のとおり付加する。
「この点は,被控訴人が,自らの技術資料において,被告製品Bの支持構造の特殊性を強調していることからも明らかである(甲B3)。」
・ 原判決19頁24行目の後に,改行して以下のとおり付加する。
「 (6) 本件において均等侵害を認めるべき事情
ア そもそも,特許法70条1項において『特許発明の技術的範囲は,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない』と規定されているにもかかわらず,均等論が認められる根拠は,『特許出願の際に将来のあらゆる侵害態様を予想して明細書の特許請求の範囲を記載することは極めて困難であり,相手方において特許請求の範囲に記載された構成の一部を特許出願後に明らかとなった物質・技術等に置き換えることによって,特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れることができるとすれば,社会一般の発明への意欲を減殺することとなり,発明の保護,奨励を通じて産業の発展に寄与するという特許法の目的に反するばかりでなく,社会正義に反し,衡平の理念にもとる結果となる』(最高裁平成10年2月24日判決・民集52巻1号113頁)という点にある。
そして,上記最高裁判決は,特許発明と被告製品とが,発明の実質的価値として同一かどうかを判断すべき手段として,置換可能性をはじめとする5つの要件を示したのである。
すなわち,当該5つの要件は,発明の実質的価値が同一であるかどうかを判断するための手段にすぎず,判断すべき対象はあくまで『実質的価値が同一』か否かである。
よって,均等論の5要件を考慮するにおいては,目的である『特許発明の実質的価値の異同』を念頭に判断されるべきであり,形式的な文言に拘泥されるべきではない。
そして,発明が従来の社会にない発展的なものである場合,『特許出願の際に将来のあらゆる侵害態様を予想して明細書の特許請求の範囲を記載することは極めて困難であり』との状況は,顕著である。
イ 地下構造物用蓋において,蓋本体と受枠とを確実に嵌合することは,安全性の面から極めて重要な課題であった。しかし,他面で,強固すぎる嵌合は蓋本体の受枠への過度の食い込みを招き,その保守作業に深刻な問題を生じさせていた。
そのため,蓋本体と受枠の嵌合構造は,当該技術分野において,最も関心の高い課題であり,本件発明(RV構造)がなされるまで,歴史的に『平受構造』『急勾配受構造』など,いくつかの技術革新を経験してきた。
『平受構造』は,最も原始的な構造であり,1970年ころまでの技術である。この構造は,受枠の『内鍔』で蓋本体を支え,蓋本体と受枠の間に隙間を設ける構造となっており,蓋本体を確実に受け止め,製造が比較的容易である点では優れているものの,蓋本体と受枠のガタツキやそれによる騒音の問題が存在した。
『急勾配受構造』は,平受構造の上記問題点を解消するため,1970年ころに登場した構造である。この構造は,蓋本体の外周面を受枠の内周面で受ける方式を採用し,さらに,『内鍔』により,過度の食い込みを防止する構造を採用したものである。
この構造は,蓋本体の外周面と受枠の内周面がテーパ状に密着しているため,ガタツキは生じ難いが,過度の食い込みが発生し,開蓋が困難になる課題が存在した。
また,閉蓋する際に,蓋本体が受枠内に斜めに嵌り込んだ場合,その状態で,蓋本体を受枠内に押し込もうとしても押し込むことができず,閉蓋するには,蓋本体を受枠から引き上げ,再度,閉蓋操作を行う必要があった。
かかる問題を軽減するため,内鍔の形状を工夫するなどの構成が提案されていた(甲B8)。当該発明は,勾配面の傾斜角度を二段階にする着想であるが,本質的には『急勾配受構造』の技術思想に基づくものであり,本件発明のように,蓋本体と受枠にそれぞれ『凸曲面部』を設けたものではないために,急勾配構造の問題を解消することはできず,実用化には至らなかった。
控訴人は,長年上記課題の解決のため研究開発に取り組み,2002年(平成14年)ころ,本件発明を完成させ,その実施品を2005年(平成17年)ころから『RV構造』として販売してきた。
本件発明は,蓋本体と受枠にそれぞれ『凸曲面部』を設け,スムーズな閉蓋作業と,蓋本体と受枠との確実な嵌合を同時に実現するものであった。JIS規格の改定経緯を見れば,マンホール蓋の嵌合構造としては,『平受構造』『急勾配受構造』の順に歴史的に標準化されていったのであり,その他の構造は標準化されてこなかった。
本件発明は,これらに代わる新たな嵌合構造として,従来技術とは一線を画す先進的な構造なのである。
なお,拒絶理由通知書(甲B28)には,『引用文献1のような丸形蓋において,引用文献2,3に記載されている周知の接触面を有さない部分のある蓋を適用することは,当業者であれば容易になしうることにすぎない。』との拒絶理由がある旨の指摘があった。
しかし,いずれの引用文献(甲B29ないし31)にも,本件発明の特徴的な技術思想である『閉蓋時に蓋本体の後方から蓋本体を押し込んで受枠内に収める際,蓋本体の蓋凸曲面部の下側が受枠の受枠凸曲面部の上側に接触し,さらに蓋本体を後方から押すと蓋本体の蓋凸曲面部と受枠の受枠凸曲面部との接触部が徐々に蓋本体の前部に移動しながら蓋凸曲面部が受枠凸曲面部によってガイドされる。そのため,蓋本体を後方から押し込むだけで,蓋本体を受枠にスムーズに収めることができる。』(甲B2の段落【0009】)ことについては,開示も示唆もない。
ウ 本件発明は,財団法人水道技術研究センターにより実施された新技術評価制度の第1号の評価技術として選定され,非常に優れた技術としての評価を受けている(甲D4,D5)。
また,本件発明に係る技術は,下水道分野の鋳鉄製マンホール蓋にも採用されており,技術証明として,財団法人下水道新技術推進機構が実施する建設技術審査を受け,審査証明を取得している(甲D6)。
さらに,本件発明に係る技術は,従来の車道用のマンホール鉄蓋の耐用年数が15年であったところ,これを大幅に上回る30年以上にわたり蓋本体のガタツキ等を発生させず安全性能を確保できることが,業界新聞等において紹介されている(甲D7ないしD11)。
このほか,本件発明が先進的な技術であることは,優れた技術力を有する複数の企業との間で,実施許諾契約が締結されていることからも明らかである(甲B9ないし11)。
このように,本件発明は,高い技術として評価を受けるとともに,業界新聞等においても紹介され,その優れた作用効果から,現在までに全国●(省略)●の地方公共団体で採用されるに至っている。
そもそも,被告製品Bの『段部』は,本件発明に『受枠凹曲面部』との文言が用いられているのを奇貨として,形式的に曲面でないとして,本件発明の回避を目的とするものであると考えざるを得ない。
本件発明は,まさに発展的な発明に該当するものであり,特許請求の範囲のわずかな文言の違いを強調して,模倣品に対する権利行使を否定することは,社会一般の発明への意欲を減殺することとなり,発明の保護,奨励を通じて産業の発展に寄与するという特許法の目的に反するものである。
エ なお,被控訴人は,RV構造は,本件請求の対象となっている請求項1でなく,請求項2からなると主張する。
しかし,請求項2記載の発明は,請求項1の構成要件に『受枠下傾斜面部』『蓋下傾斜面部』の構成を追加したものであり,請求項1記載の発明は,請求項2記載の発明を包含するものであるから,RV構造が,請求項2記載の発明の実施品とするならば,請求項1記載の発明の実施品でもある。
(7) 仮に,凸曲面部とともに『凹曲面部』が本質的部分に関係するとしても,被告製品Bが本件発明と均等の範囲にあること
仮に,凸曲面部とともに『凹曲面部』が本質的部分に関係するとしても,『凹曲面部と凹部』などという些細で,作用効果に寄与しない非本質的な差異については,均等論の適用が認められるべきである。すなわち,均等論の判断においては,当該特許発明が与えられた課題をどのようにして解決したかに着目すべきであり,当該特許発明が創作した解決原理を,対象製品等がそのまま具現している場合,均等論の適用を認めるべきである。
本件においては,前述のとおり,『凸曲面部と凹曲面部』からなる構成も,『凸曲面部と凹部』からなる構成も,本件発明の課題の解決原理は全く同一である。
そして,『凹曲面部』が曲面で構成されていることに,さしたる技術的意義がないことは,本件明細書に接した当業者であれば容易に理解できるものである。
よって,被告製品Bの技術は,『第三者が特許請求の範囲に記載された構成からこれと実質的に同一なものとして容易に想到することのできる技術』,すなわち,第三者はこれを予期すべきものとして,均等の範囲に属する技術であることは明らかである。
(8) 以上のとおり,被告製品Bは,本件発明と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属すると解すべきである。」
(3) C事件について
・ 原判決22頁25行目から23頁5行目まで(「(4) 対比(類否)」)を削除した上で,以下のとおり付加する。
「 (4) 類否判断の方法
ア 原判決は,争点A-1におけるのと同様,登録意匠とそれ以外の意匠が類似であるか否かの判断に,公知意匠を斟酌し,これを除外して要部を認定する手法において,そもそも誤っている。
前述のとおり,公知意匠に基づいて容易に創作をすることができた意匠については,当該意匠権者は,その権利行使をすることができないとされるのであるから,控訴人の解釈は,何ら意匠法の目的に反するものではない。
イ 意匠法24条2項により,需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて類否判断を行うものとされている以上,単に公開公報に記載されたにすぎず,需要者が認識していたとはいえない意匠については,類否判断に影響を及ぼさないのは当然である。
仮に,このような判断基準があいまいであるとしても,規範的要件など法律上判断基準が明確でない事項は多々存在するのであるから,判断基準があいまいであるとの理由が,どのような公知意匠も参酌してよいことの根拠とはならない。
したがって,仮に,公知意匠が斟酌されるとしても,その範囲は需要者に周知の意匠に限定されるところ,引用意匠Cは,市場で販売された実績はなく,需要者に周知な意匠とはいえない(甲C4)。
よって,本件登録意匠Cと被告意匠Cの類否判断において,引用意匠Cを斟酌する原判決の判断方法は誤りである。
本件登録意匠Cの出願時に需要者に周知であったのは,前記の乙A3意匠のように受枠に『内鍔』が設けられた意匠である(甲D3)。
ウ そして,本件登録意匠Cの需要者である自治体の担当者や工事業者は,マンホールの蓋の開閉に当たり影響のある形状よりも,蓋がずれたりしないか,受枠でどのように保持されているかに注目する。
このような当業者は,乙A3意匠やその他の従来品の『内鍔』の上面が蓋内周部下面を支持するように構成された意匠を常時目にしていたのであり,そのような環境で,これと全く異質な本件登録意匠Cや被告意匠Cのような『突設部』が設けられた意匠に,新鮮な驚きとこれまでとは全く異なる美感を想起することは明らかである。
具体的には,乙A3意匠のような蓋の外周部下面を支持する『内鍔』部分が存在せず,蓋を支える構成である一連に繋がる直線面,受枠の内周面のうち張り出した部分の面及びそれに続く垂直面という連続的な態様に特徴的な態様を看取し,美感を生じさせるのである。
このように,本件登録意匠Cや被告意匠Cにおける『突設部』の存在が,需要者に与える影響が大きいところ,被控訴人の主張する『傾斜面の角度やアール面のアール長さ(大きさ),両面の位置関係や大きさの比率,境界部分の形状』といった事項はいずれも,両意匠を並べた上で,対比して初めて違いを認識できるほどの小さな事項であることから,これらが意匠の類否判断において重要であるとの被控訴人の主張は理由がない。
(5) 類否判断
ア 意匠に係る物品を上方から観察する場合,その傾斜面の角度やアール面のアールの長さは,看取し難く,需要者としては,一連に繋がる直線面,受枠の内周面のうち張り出した部分の面及びそれに続く垂直面が印象的な態様として看取される。
すなわち,本件登録意匠Cと被告意匠Cは,いずれも一連に繋がる『直線面(本件登録意匠Cの『傾斜面』,被告意匠Cの『第一傾斜面』)』,『受枠の内周面のうち張り出した部分の面(本件登録意匠Cの『アール面』,被告意匠Cの『第二傾斜面』及び『アール面』)」及び『垂直面』から構成されており,これらが一体となって蓋本体を支持するとの技術事項と相まって,需要者に,共通の独特の美感を生じさせるのである。
以上のとおり,本件登録意匠Cと被告意匠Cとは,前記印象的な構成において同一であり,両者が類似の範囲にあることは明白である。
イ これに対して,原判決は,本件登録意匠Cと同日に出願された別件登録意匠から,境界の形状において『直線面(本件登録意匠Cの傾斜面)とアール面との境界が稜線となっているか,なだらかな曲面となっているか』が,需要者の注意を惹くものと認定する。
しかし,本件で問題となっているのは本件登録意匠Cと被告意匠Cとが類似するかどうかであり,その判断基準はあくまで『需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行う』(意匠法24条2項)のであって,別件登録意匠と本件登録意匠Cと比較し,その差異をもって需要者の注意を惹くものとするとの認定方法は同項に反する認定方法である。
また,原判決は,本件登録意匠Cと別件登録意匠とが類似であってはならないという『無効理由を除外する』思想を前提とするものであるところ,かかる前提が,意匠法41条が準用する特許法104条の3の制定により,理由がないものとなったことも前述のとおりである。
よって,同一の出願人からの別出願の存在は,意匠の類否判断において,何ら斟酌されるべきものではない。
ウ 以上のとおり,被告意匠Cは,本件登録意匠Cの類似範囲に属する。」
2 当審における被控訴人の反論
(1) A事件について
・ 原判決12頁4行目の後に,改行して,以下のとおり付加する。
「 (4) 原判決における『部分意匠の対比対象』の正当性
ア 部分意匠は,物品の部分を創作の対象とするものであるから,物品全体の中で占める部分の範囲(大きさ,領域,位置)が重要な意味を持つものであり,登録意匠と他の意匠の類否とを判断する場合,物品全体の中で占める,対応する部分の態様を総合的に判断すべきものである。
file_3.jpgACEI A MERE Aそして,上記図面のとおり,本件登録意匠Aの対象部分は,マンホール蓋用受枠の内周部に,下向きに形成された突設部の,実線で示された部分である。実線で示された部分は,垂直方向に形成された突設部であって,マンホール蓋用受枠の上端から突設部下端までの高さHの,下から略40%であるhの範囲であり,この部分は直円筒状である。
これに対して,被告意匠Aのマンホール蓋用受枠の上端から突設部下端までの高さH’の下から略40%の位置はh’に示した範囲であり,このh’の範囲は,原判決において本件登録意匠Aと対比した範囲と一致する。
したがって,両意匠を見た場合,需要者は本件登録意匠Aのhの範囲と被告意匠Aのh’の範囲を直感的に対比する。
イ 控訴人は,『外周壁から分岐するまでの曲がり具合(○部分:テーパ面)は,本件登録意匠Aの範囲でない』旨主張するとともに,対比されるべき部分として,被告意匠Aの範囲は『内方への傾斜面と,アール面を介して垂直方向に形成された面とで構成される突設部の内周面のうちの垂直部分と,突設部の外周面,並びに突設部と受枠の外周壁との間に設けられた水平部である。』と主張する。
しかし,同範囲は突設部のうちの下半部であり,その高さh”は上端から突設部下端までの高さH’の略17%にすぎない。
控訴人が主張する,本件登録意匠Aの垂直部分hと対応する被告意匠Aの垂直部分h”は,突設部に占める比率を考慮してあまりにも短く,本件登録意匠Aの垂直部とは視覚的に相違する。
控訴人が意匠登録を受けようとする部分として実線で示された範囲に対応する被告意匠Aの部分は,『段部に続く第二傾斜面と,第二傾斜面に続くアール面及び受枠垂直面,並びに突設部下面と,傾斜面として形成される突設部の外周面及び,突設部と受枠の外周壁との間に設けられた水平部の範囲』である。
すなわち,本件登録意匠Aの,意匠登録を受けようとする部分のうち,『突設部内周面』=hに対応する被告意匠Aの部分は,『段部に続く第二傾斜面と,第二傾斜面に続くアール面及び受枠垂直面』=h’である。
この範囲は突設部の内周面全体に相当し,突設部と受枠の外周壁との間に設けられた水平部よりも下の部分に相当する範囲であって,寸法比率を考慮しても,本件登録意匠Aの実線範囲と一致する。
控訴人は,『部分意匠が物品全体の中で占める範囲が,登録意匠と他の意匠とで大幅に異なるような場合であれば,当該部分から生じる美観が相互に異なる』ことを認めた上で,『被告意匠Aも同様に受枠の外周壁と隔離した突設部が下に落ち込んだ特徴的な意匠が採用されている。』と主張する。
しかし,『下に落ち込んだ』という印象は,本件登録意匠Aの垂直部分hのようにある程度の長さによって生じる印象であって,被告意匠Aのように,直径に対して垂直部分が非常に短いものにあっては,上記印象を生じない。むしろ,被告意匠Aは,斜め下方に向けた傾斜面で形成される内鍔の下端内周面という印象を与え,本件登録意匠Aとは意匠的な印象,需要者に与える美観を異にする。したがって,被告意匠Aは本件登録意匠Aに類似しない。
ウ 控訴人は,『突設部でも蓋の周縁部側面を嵌合支持するという技術思想を採用し,・・・新規のものとして登録された』旨主張するが,意匠の類否判断は,あくまで視覚による美観によって行うべきで,技術思想のような,視覚以外の要素による類否判断は排除すべきである。
エ 部分意匠においては,その物品全体の中で占める部分の位置や比率,及び対象部分自体の意匠的な構成によって需要者に与える印象が異なる。
控訴人が主張する,突設部内周面における本件登録意匠Aと被告意匠Aの対応する部分は,前述のとおり,物品の中で占める垂直部分の寸法比率が相違するとともに,被告意匠Aが傾斜面とアール面及び垂直面で形成されるのに対して,本件登録意匠Aが垂直面のみで形成され,対応部分の構成態様が異なるため,需要者に別異の印象を与えるものである。
さらに,控訴人は,本件登録意匠Aと被告意匠Aは,底面の意匠も類似する旨主張するが,この種物品においては,物品の下端に平面部分が存在することもあって,意匠登録を受けようとする部分の底面図を観察することは困難であり,需要者にとって意匠的に目立つ部分ではないとともに,底面の構成そのものが,本件登録意匠Aと被告意匠Aとでは相違する。すなわち,本件登録意匠Aが突設部の外周面が垂直面として構成されているのに対して,被告意匠Aは傾斜面で形成されているため,需要者に与える印象が相違する。
このほか,控訴人は,『突設部』の一部である『垂直部分』のみの対比によって『突設部の垂直部分は相互に類似であり,本件登録意匠Aと被告意匠Aが,需要者に与える美観は類似である。』と主張するが,垂直部分の形状そのものは,周知形状である単純な円筒であって創作性に乏しい形状である。したがって,垂直部分が物品のどのような場所に,どのような態様で形成され,需要者にどのような印象を与えるものであるかが,意匠創作上の要部であるといえる。
そうすると,本件登録意匠Aの垂直部分に対応する被告意匠Aの部分は,受枠下傾斜面と受枠垂直面を含めた部分,即ち上記の『突設部』であり,両意匠は,需要者に与える美観を異にする。
(5) 原判決における意匠の類否判断方法の正当性
ア 控訴人は,原判決のように公知意匠による引き算的操作によって登録意匠の要部を認定する方法は,現行法の解釈としては明らかに誤っている旨主張する。
確かに,意匠法24条2項には,類否判断において需要者の視覚を通じた美観に基づいて行うことが規定されているが,この規定により,公知意匠を斟酌してはならないわけではない。需要者が意匠的な特徴を認識する場合に,視覚的に判断される先行意匠(公知意匠)を基準として判断するのであるから,意匠の類否を判断する上において公知意匠を斟酌することに違法性はない。
イ 現行法においては,意匠法3条2項において,公知意匠に対する創作性を意匠の登録要件として規定している。そうすると,公知意匠に対して創作性の乏しい意匠は,そもそも登録要件を欠くものであるから,公知意匠に対して創作性を有する意匠が登録されていることを前提として意匠法24条2項が規定されていると解すべきである。したがって,登録意匠の類似範囲を認定するに当たって,公知意匠を参酌するのは至極当然であり,公知意匠を参酌しなければ登録意匠の創作性を判断することはできないのであるから,本件登録意匠Aと被告意匠Aの類否判断において,公知意匠を参酌した原判決は正当である。
ウ 控訴人は,『仮に,現行法の類否判断において,公知意匠を斟酌する余地があるとしても,斟酌される範囲は需要者に周知な意匠である』旨主張する。
しかし,意匠法3条2項において意匠の登録要件である創作性の基準が公知意匠として規定され,周知意匠に限定されていないことにかんがみ,類否判断において斟酌すべき意匠を周知意匠に限定すべき理由はない。
また,控訴人は,あたかも周縁部側面を嵌合支持するという技術思想が保護の対象であるかのごとき主張を行っている。
しかし,意匠法5条3項において,機能にのみ基づく意匠を意匠の登録対象から除外していることから,同法24条2項の規定は『技術思想のような視覚以外の要素によって,類否判断が影響されてはならない』旨と解すべきであり,機能的な共通点を強調して被告意匠Aが本件登録意匠Aと類似するとの控訴人の主張は理由がない。
エ 控訴人は,需要者が『断面図』を市場において観察することは不可能であるから,原判決の認定手法は意匠法24条2項から明らかに逸脱する旨主張する。
しかし,意匠の形態を正確に理解するために『断面図』を参照することは,通常行われることである。この場合において,需要者は『断面図』そのものの対比を行っているのではなく,『断面図』によって表された物品の形態の類否判断を行っているのであるから,控訴人の上記主張は理由がない。
オ 控訴人は,類否判断において斟酌する公知意匠は,周知意匠である乙A3意匠や乙A4意匠に限定されるべきであるとして,引用意匠A等を排除するよう主張するが,類似判断において斟酌すべき公知意匠から引用意匠Aを排除すべき理由はない。
また,控訴人は,引用意匠Aに基づく製品は『除雪車対応型グランドマンホール』(乙A2)であり,積雪の多い限定的な地域で販売されているものにすぎず,需要者に周知の意匠ではないとも主張する。
しかし,除雪車対応型グランドマンホールは,販売地域自体は限定されるかもしれないが,少なくとも販売地域においてその存在は需要者に広く知られた周知の意匠であるとともに,公知の意匠である。
乙A1によれば,地下構造物用丸型蓋の受枠において,内周部に突設部を設け,突設部と外周壁の間に水平部を設けるという形態が,本件登録意匠Aの出願当時において公知であったことが明らかである。
控訴人は,本件登録意匠Aと被告意匠Aの共通点として,『両意匠の下端部(突設部底面)と受枠の内周面との間に円筒状の空間が存在すること』を挙げるが,この構成は引用意匠Aとも共通する態様であって,本件登録意匠Aと被告意匠Aにのみ共通する態様ではない。」
・ 原判決12頁5行目の「(4) 対比」を「(6) 対比」と訂正する。
・ 原判決12頁15行目から26行目を削除した上で,以下のとおり付加する。
「 イ 本件登録意匠Aと被告意匠Aとの類否判断
本件登録意匠Aと被告意匠Aを比較すると,部分意匠の対象部分である突設部分において,原判決が認定するように,本件登録意匠Aは突設部が真下に落ち込み,突設部内周面によって形成された真円柱を需要者が認識するのに対し,被告意匠Aの突設部内周面は,その上半部がテーパー状で,下半部が円柱状に形成されている。そして,被告意匠Aはテーパー状部分が存在することによって,需要者に対してあたかも,突設部が内鍔を構成しているような印象を与える。
本件登録意匠Aの部分意匠として意匠登録を受けようとする部分のうち,突設部の内周部分は『単純な円柱状』であることから,『対応部分が二段』に分かれて形成される被告意匠Aとの違いは,意匠的な違いとして顕著であり,需要者に対して別意匠であるとの印象を与えるものである。
控訴人は,『需要者が被告意匠Aを見た場合,従来からの内鍔の意匠(乙A3)ではなく,本件登録意匠Aとの間で強い共通の美観を想起させることは,その実施品の意匠を現実に見れば明らかである。』と主張する。
しかし,本件登録意匠Aの実施品と被告意匠Aを対比すると,本件登録意匠Aの実施品は,受枠の内周部分全体がなだらかな曲面で形成され,突出部が比較的長寸法の垂直部分で形成されているため,本件登録意匠Aの突出部は,下方に落ち込んだ印象を需要者に与えている。
本件登録意匠Aの意匠登録を受けようとする部分に対応する被告意匠Aの部分は,段部より下に形成される『受枠下部傾斜面と受枠垂直面で形成される突設部』の形態であり,あたかも同『突設部』全体が内鍔を構成しているような印象を需要者に与えるため,本件登録意匠Aと被告意匠Aとは,需要者に与える印象を異にする。
ウ 結論
以上のとおり,本件登録意匠Aは被告意匠Aと類似するとは認められないとした原判決は正当である。」
(2) B事件について
・ 原判決17頁7行目の後に,改行して,以下のとおり付加する。
「なお,控訴人は,被告製品Bは『どぶ漬け塗装』で塗装されており,塗装面は厚くなって,それにより被告製品Bの段部22は凹曲面となるため,構成要件Bを充足する旨主張する。
しかし,被告製品Bの塗装は,控訴人が主張するような厚膜の塗装ではなく,薄膜の静電粉体塗装であって,その膜厚は100μmにも満たないため,垂直面と水平面で構成する段部が明確に存在する。したがって,被告製品Bは,本件発明の構成要件Bを具備しない。
また,控訴人は,『被告製品Bの『段部』は,旋盤加工によって仕上げられているから,『段部』もバイト先端部のノーズRによって『アール状』になっており,『凹曲面部』となっている。』と主張する。
しかし,甲B6のバイトはスローアウェーチップであり,先端部は一定のノーズR(アール)で形成されている。超硬チップのバイトのように,刃先を研磨して使用するバイトでは必ずしもノーズRを形成する必要はないが,現実には強度上の理由から小さなノーズRを形成する。しかし,ノーズRはごく小さなR,例えば0.8R(半径0.8mmの曲面)程度であって,ノーズRによって凹曲面と認識されるものではない。
いずれにしても,本件特許の構成要件Bは,『受枠の内周面上部には,受枠の内方に向けて凸となる受枠凸曲面部を形成するとともに,この受枠凸曲面部の上方に凹状の凹曲面部を連続して形成』することであって,段部の隅が小さなR面であるか否かは次元の異なる話であり,控訴人の主張は理由がない。」
・ 原判決17頁17行目の後に,改行して,以下のとおり付加する。
「なお,本件発明の最大の特徴は,構成要件BとCを具備することによって,『蓋本体の蓋凸曲面部と受枠の受枠凸曲面部との接触部が徐々に蓋本体の前部に移動しながら蓋凸曲面部が受枠凸曲面部によってガイドされる。』(明細書の段落【0009】)ことであって,これにより,段落【0020】に記載された,『蓋本体を受枠内にスムーズに収めることができる。』という作用効果を生じるものである。
そして,蓋凸曲面部と受枠凸曲面部が接触状態を維持しながら移動するためには,蓋凸曲面部及び受枠凸曲面部は,ある程度大きな曲面であることが必要であるところ,被告製品Bの蓋本体及び受枠の各アール面は,いずれも小さなアールであって,閉蓋時において両アール面の接触状態を維持することができないものである。
したがって,被告製品Bの蓋本体・受枠の各アール面は,いずれも,本件発明の蓋凸曲面部と受枠凸曲面部に該当するものではない。」
・ 原判決19頁下1行目から20頁22行目までを削除した上,以下のとおり付加する。
「 (1) 控訴人は,原判決における発明の本質的部分の認定に対して,単に明細書の字面を追っているにすぎず,本件発明特有の作用効果を生じさせる技術やメカニズムを考慮していないと主張する。
しかし,本件発明の構成要件B及びCは,本件明細書(甲B2)の課題を解決するための手段が記載された段落【0008】において,受枠凸曲面部と受枠凹曲面部を連続して形成すること,蓋本体には蓋凹曲面部と蓋凸曲面を連続して形成することが記載され,発明の効果が記載された段落【0020】には,上記構成を前提とした作用効果として,バールで蓋本体を引きずるようにしたり,蓋本体を後方から押し込むだけで蓋本体を受枠内にスムーズに収めることができるという顕著な効果が記載されている。そして,上記以外の構成によって同等の作用効果が得られることを示唆するような記載もない。したがって,構成要件Bは本件発明の本質的部分であり,本質的部分において相違する被告製品Bは,本件特許の技術的範囲に属さない。
また,被告製品Bの蓋本体の『アール面』は,『蓋上部傾斜面』と『蓋下部傾斜面』の間に形成した丸みであり,極端に小さいため,蓋本体のアール面と受枠のアール面が接触する範囲はわずかである。
さらに,被告製品Bは,蓋及び受枠の上部傾斜面の寸法が長く,受枠アール面の上方に受枠下部傾斜面が存在するため,閉蓋の際に,蓋アール面と受枠下部傾斜面,長寸法の蓋上部傾斜面と受枠上傾斜面とが,それぞれ接触し,本件発明のように蓋本体を受枠にスムーズに収めることができない。
なお,本件明細書の段落【0020】には『受枠上傾斜面部と蓋上傾斜面部および受枠下傾斜面部と蓋下傾斜面部は嵌合するため,蓋本体のガタツキを防止できるとともに,土砂,雨水等の地下構造物内部への浸入を防止できる。』効果が記載されているが,被告製品Bでは,閉蓋状態において嵌合しているのは,受枠上傾斜面部と蓋上傾斜面部のみであり,受枠下傾斜面部と蓋下傾斜面部及び蓋環状凸部と受枠垂直面はそれぞれ嵌合していない。本件発明は上傾斜面部と下傾斜面部を嵌合させることにより,蓋本体のガタツキ防止に必要な食込力を発生させているのに対し,被告製品Bは上傾斜面部の嵌合のみでこれを発生させている。被告製品Bが比較的長寸法の上傾斜面部を形成しているのは,上記の理由によるものであり,本件発明と被告製品Bはガタツキ防止及び土砂,雨水等の地下構造物内部への浸入を防止する方法が根本的に異なる。
(2) 被控訴人が提出した被告製品B(イ号・ロ号製品)の『詳細図』は製造図面であり,同図面に基づいて製造した被告製品は『参考品乙D3~5』として提出済みである。
控訴人は,被告製品Bが本件作用効果①を奏する根拠として,シミュレーション解析(甲B4,5)を行っているが,このシミュレーション解析は被告製品Bによる閉蓋作業を正確に反映していない。
蓋本体を受枠内にスムーズに収めることができる根拠は,『蓋凸曲面部が受枠凸曲面部によってガイドされながら移動』(段落【0020】)するためであるが,被告製品Bではそのような移動はできない。
これは,本件発明では,蓋凸曲面部と受枠凸曲面部の接触位置がスムーズに移動するが,被告製品Bでは本件発明の曲面に相当する部分が平面であるとともに,段部の存在によって蓋凸曲面部と受枠の稜線部分とが接触するためである。この違いは,発明の本質部分における違いであって,置換の可能性はなく,ましてや容易に置換できるようなものではない。
控訴人は,『わずかな文言の違いを強調して・・・権利行使を否定することは,・・・発明の保護,奨励を通じて産業の発展に寄与するという特許法の目的に反するものである』と主張するが,特許発明に対して均等論を拡大し,特許発明の出願時点になかった技術思想にまで権利行使を認めることは,何ら産業の発展に寄与するものではない。
特許発明の技術的範囲は,特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならず(特許法70条),特許請求の範囲に記載した構成要件が『さしたる技術的意義がない』というのであれば,その根拠となるべき記載,あるいは凹曲面部以外の凹部が同一の作用効果を生じることを示唆する明細書の記載があってしかるべきであって,明細書の何らかの記載を根拠に均等を主張すべきである。このような記載は,明細書に記載されていない。
本件発明において本件作用効果①(蓋を受枠内にスムーズに収めること)が生じるのは,明細書の段落【0009】に記載されるように,『蓋本体の蓋凸曲面部と受枠の受枠凸曲面部との接触部が徐々に蓋本体の前部に移動しながら蓋凸曲面部が受枠凸曲面部によってガイドされる』ためである。このメカニズムは,凸曲面部と凹曲面部が連続して形成された受枠と蓋本体が,凸曲面部どうしの接触によって,接触部がスムーズに移動するため,すなわち,本件特許の構成要件B及びCによって実現されるものである。
一方,被告製品B(=イ号・ロ号製品)の受枠は,アール面の上に受枠下部傾斜面(第二傾斜面)が形成され,段部に続けて受枠上部傾斜面(第一傾斜面)が形成されている。また,被告製品Bの蓋本体は,アール面の上方に蓋上部傾斜面が,アール面の下方に蓋下部傾斜面が形成されている。被告製品Bのアール面は比較的小さなもので,あたかも直線と直線の交点に丸みを形成した態様である。
そして,控訴人が主張するように,被告製品Bの段部を構成要件Bの凹部に対応させたとしても,被告製品Bの『受枠下部傾斜面』(第二傾斜面)に相当する構成が構成要件Bには存在しない。
また,本件発明の実施品である『RV構造』は,本件訴訟の対象となっている請求項1ではなく,請求項2からなるものであり,過剰な食込み力を抑制する『上段勾配面』と,がたつきを防止する『下段勾配面』の二つの特徴を具備する構成である(甲D6・カタログほか参照)
被告製品Bは,上記いずれの請求項とも技術思想を異にするものである。
(3) 被告製品Bの特徴
ア 支持構造(甲A3参照)
現在一般的に使用されている勾配受け構造の鉄蓋は,がたつき防止のため,勾配角度をおおむね8゜~10゜としている。
しかし,車両通行等によって蓋本体が受枠に食い込みすぎると開蓋作業に時間を要することになり,緊急性の高い消火栓鉄蓋では消火活動の障害となる可能性がある。
そこで,被告製品Bでは,適度な食い込み力が得られるように,蓋本体と受枠の上部傾斜面の角度と幅を調整し,かつ嵌合面下端部にずり上がり防止部を追加することにより,容易な開蓋作業とがたつき防止という相反する性能を両立させている。
イ 受枠段部
製品の品質管理において,寸法検査は極めて重要であるが,被告製品Bでは嵌合面を平面で構成することで機械加工しやすくするとともに,受枠については段部を設けることで製品の仕上り寸法(内径,深さ)を容易に確認できるようにしている。本件特許の実施品のように曲面で構成されたものでは,正確に寸法を測定することは困難である。
(4) 閉蓋状態のシミュレーション(甲B4,5,7に対する反論)
被告製品Bのシミュレーション解析において,蓋アール面と受枠下部傾斜面(第二傾斜面)の接点がスムーズに移動した後,蓋上部傾斜面の上部と受枠上部傾斜面(第一傾斜面)の接触に移行することにより,あたかも蓋本体を受枠内に『スムーズに』収めること(閉蓋)ができるような報告がされているが,実際には,被告製品Bは,以下のとおり『スムーズな』移動はできない。
ア 蓋本体をゆっくりと受枠に押し込む場合
被告製品Bでは,蓋本体が受枠内に落ち込んだ状態から,蓋本体の受枠に対する接点がアール面から上部傾斜面に移行し(甲B5別紙1図2-4),そこから蓋本体が閉蓋状態に達するには,蓋上部傾斜面と受枠第一傾斜面の接点が上方に向ってずり上がる必要がある(甲B5別紙1図2-5)。
しかし,受枠第一傾斜面は,垂直に近い急傾斜面であり,接点が受枠第一傾斜面上を『スムーズに』移動することはできない。
イ 蓋本体を勢いよく受枠に押し込む場合
上記の解析において,蓋本体アール面と受枠第二傾斜面の接点がスムーズに移動することが報告されている(甲B5の別紙1図2-2~4)。
しかし,被告製品Bは,本件発明のように『凸曲面どうし』が接触する構造ではないため,蓋本体アール面と受枠第二傾斜面が接触した後,その接点が受枠第二傾斜面上を『スムーズに』移動するのではなく,蓋本体を押し込んだ勢いで上方へ跳ね上がり,蓋本体の前部が持ち上がった嵌合状態となることが多く,そこから蓋本体を受枠内に押し込もうとしても蓋本体がスムーズに移動しない。
これに対し,本件発明では,蓋本体がほぼ閉蓋状態に近いところで蓋本体の接点が凸曲面部から上傾斜面に移行する(甲B5別紙1図1-4)。このことは,上傾斜面を短くし,凸曲面部を比較的上方に配置するという特有の形態により実現している(被告製品Bは第一傾斜面がより長い)。
本件明細書の段落【0006】にも記載されているように,蓋本体傾斜面と受枠内周面の接触は閉蓋作業に支障を来す。本件発明は,蓋本体傾斜面と受枠内周面が接触しないようにし,連続した『凸曲面どうし』の接点を『スムーズに』移動させることで,作用効果を生じさせている。
ウ 仮にシミュレーション解析(甲B7)が正確であるとしても,甲B5及び甲B7の図2-2においては,蓋本体のアール面と受枠のアール面は接触しているが,アール面どうしの接触は短時間であって,図2-4は蓋本体のアール面が受枠の下部傾斜面に接触している状態が示されるとともに,接触部の色彩変化から,受枠上部傾斜面においても強く接触していることを確認することができる。
これに対して,本件発明の実施品である日之出製品では,甲B5及び甲B7の図1-2から図1-5に至るすべての段階において受枠の凸曲面部と蓋の凸曲面部が接触し,接触部の色彩変化から軽く接触している状態,すなわちスムーズに接触位置が移動している状態を確認することができる。
このように,被告製品Bの蓋本体のアール面及び受枠のアール面は小さなアール面であって,本件特許の凸曲面部に相当する大きさの曲面,換言すれば本件発明の効果を生じるものではない。
イ号製品の閉蓋実験の動画(乙B1~4)や甲B4のシミュレーション解析図面等が示すように,被告製品Bは,閉蓋時において,日之出製品のように受枠と蓋本体の接触部分がスムーズに移動せず,必ずしもスムーズに閉蓋されない。これは,控訴人提出の動画である甲B19~20からも明らかであり,被告製品Bの接触部分の色彩変化が,日之出製品の接触部分の色彩変化よりも激しいことから確認することができる。
このほか,控訴人は,甲B39(動画)によって,被告製品Bが本件発明の課題を解決していると主張するが,甲B38(動画)の日之出製品と比較して,いかにもスムーズさを欠くことは明らかであり,控訴人の主張は理由がない。
(5) 甲B35及び36(解析報告書)に対し
ア 本件特許の実施品の蓋と受枠の平面視当接(接触)位置の変化
甲B35のシミュレーションの別紙1によれば,日之出製品モデルにおいては,蓋本体の1mm移動位置(図1-2)~9mm移動位置(図1-6)のすべてにおいて,受枠凸曲面部と蓋凸曲面部が当接している。
両曲面部の当接位置は,1mm~3mm移動位置の間に,平面視において45°位置~0°位置に変化している。3mm~9mm移動位置では,平面視の0°位置,すなわち前方位置で当接し,受枠凸曲面部と蓋凸曲面部の当接位置が徐々に上方に移動している。当接位置の上下方向の移動は,受枠凸曲面部と蓋凸曲面部の当接位置が曲面方向に変化するものであるため,円滑な移動が可能となる。
イ 被告製品Bの蓋と受枠の平面視当接位置の変化
甲B35の別紙2における,被告製品Bモデルのシミュレーションによれば,1mm(図2-2)~6mm移動位置(図2-5)のすべての図において,受枠のアール面と蓋本体のアール面が,上下方向の相対位置が同じ状態で当接している。
受枠アール面と蓋本体アール面の当接位置は,平面視において1mm移動位置の75°から,6mm移動位置の35°を経て,9mm移動位置の0°に変化している。
甲B5のシミュレーション(図2-2・・ここでは半分の45mm~50mm=5mmの移動を図解している)を参照すると,当接位置は略8mmの移動位置で0°に達しているものと考えられる。
このように,被告製品Bでは略8mm~10mm移動位置のわずか2mm程度の水平移動の間に,蓋のアール面が受枠の下部傾斜面をずり上がり(図2-6・・・甲B5では図2-2~2-5),閉蓋状態(図2-7)に至る。
また,甲B36の1mm~6mm移動位置(図2-2~図2-5)においては,受枠アール面と蓋アール面は,アール部分の頂点どうしで当接し,水平移動するが,相対的な上下方向の移動はない。8mm移動位置(図2-6)において初めて上下方向に移動している。
すなわち,『上下方向の移動』は,アール面どうしでなく『蓋アール面と受枠下部傾斜面』の当接であり,スムーズな当接とはならないものである。
ウ 両製品のシミュレーションの対比
甲B35における,日之出製品(図1-1~図1-7)と,被告製品B(図2-1~図2-7)を比較する。
日之出製品では,蓋本体の3mm移動位置(図1-4)における,蓋凸曲面部と受枠凸曲面部との当接位置から,蓋本体を前方に移動させるにしたがって徐々に上方へ移動する。すなわち,両曲面部の当接位置が,曲面方向である上下方向にスムーズに移動する。
これに対して,被告製品Bは,受枠アール面と蓋アール面の当接位置が,上下方向の相対位置を変化させない状態で,1mm移動位置から略8mm移動位置まで(図2-2~図2-6及び甲B5の図2-2)移動する。この当接位置の移動は,当接位置の周方向への摺動であって,凸曲面部と凸曲面部の当接位置の移動,具体的には,両曲面部の当接位置の上下方向の移動のようにスムーズな移動とはならない。
被告製品Bにおける当接位置の上下方向の移動は,わずか2mm程度の水平方向の移動の間に行われ,しかもこの間の当接位置の移動は,蓋アール面の当接位置が,受枠下部傾斜面上を上方に移動するものであるため,必ずしもスムーズな移動を行うことができない。
これに対し,日之出製品は,3mm~9mm移動位置の水平移動(図1-4~図1-6)の間に,受枠凸曲面部と蓋凸曲面部の当接位置が徐々に上方に移動するためスムーズに行われる。
(6) 技術説明会(弁論準備期日)の結果
イ号製品Bの,バール孔側の蓋裏面には,リブを兼ねたガイドが付いており,蓋を開け旋回させる際に蓋を持ち上げなくても,蓋を置いたままの状態で対応することを助ける(乙B13参照)。
また,バールで蓋本体をゆっくりと受枠に押し込む場合の閉蓋状況(乙B14参照)については,甲B5のシミュレーション解析結果にも示されているように,被告製品Bの閉蓋動作は,蓋本体アール面と受枠下部傾斜面下端付近が接触し(図2-2),比較的短い水平移動の間に,接点が受枠下部傾斜面上を移動し(図2-3),蓋上部傾斜面と受枠上部傾斜面の接触に移行する(図2-4)。
すなわち,被告製品Bは,本件特許の実施品のように,終始曲面どうしが接触し,接触位置が徐々に上方に移行する構造(図1-2~図1-5)ではなく,蓋本体アール面と受枠下部傾斜面,及び蓋上部傾斜面と受枠上部傾斜面が接触する構造であるため,蓋本体を受枠にスムーズに収めることができない。
また,蓋本体を勢いよく受枠に押し込む場合の閉蓋状況(乙B15参照)については,最初に蓋アール面と受枠下部傾斜面下端付近が接触するところまでは,前述の動作と同様であるが,この動作の場合,接点が受枠下部傾斜面上を移動するのではなく,押し込む勢いで蓋本体が上方へ跳ね上がり,蓋の前部が持ち上がった状態になる。
これは,比較的小さな蓋本体アール面と受枠下部傾斜面が接触し,急激に蓋本体が上方に移動しなければならない構造のため,接点が受枠下部傾斜面上を滑らかに移動しないためである。
蓋本体が斜めに傾いて受枠に収まった状態からでは,被告製品Bは,蓋本体と受枠のアール面が比較的小さく,アール面どうしの接点が接触状態を維持したまま滑らかに移動しない(アール面どうしの接触時間が短い)ため,蓋本体を受枠にスムーズに収めることができない(乙B16)。
蓋本体が大きく斜めに傾いて受枠に収まった状態からでも,上記と同様に,被告製品Bは,本件特許の実施品のように,比較的大きな凹凸曲面が連続して,かつ「倣った」形状でないため,蓋本体が左右に揺動しやすく,蓋本体を受枠にスムーズに収めることができない(乙B17)。
本件特許実施品の,蓋本体を斜めに傾けた状態で受枠に押し込む場合(控訴人による閉蓋操作),蓋本体を受枠にスムーズに収めることができる(乙B18)。これに対し,被告製品Bの蓋本体を斜めに傾けた状態で受枠に押し込む場合(控訴人による閉蓋操作)には,蓋本体を受枠にスムーズに収めることができない(乙B19)。
以上のような技術説明会の結果からみても,被告製品Bは,本件発明のように,『閉蓋の際,蓋凸曲面部が受枠凸曲面部によってガイドされながら移動し,バールで蓋本体を引きずるようにしたり,蓋本体を後方から押し込むだけで蓋本体を受枠内にスムーズに収めることができる。』という効果を奏しないことが理解されるものである。
(7) 控訴人は,本件発明の『凹曲面部』が曲面で構成されていることに,さしたる技術的意義がないと主張する。
しかし,地中に埋設され,かつその上を重車両が通過するという鉄蓋の使用環境においては,当然鉄蓋の経年劣化等による摩耗を想定する必要があり,そのような状況下でも本件特許の作用効果を持続させるには,凹曲面部と凸曲面部を連続して形成し,かつ凹曲面部を凸曲面部に倣う形態とすることが好ましいと考えられる。
万が一経年劣化等によって蓋本体又は受枠の嵌合部の摩耗が進行し,蓋本体の沈み込みが発生した場合,最終的に凹曲面部と凸曲面部の接触に移行することになる。すなわち,受枠の凹曲面部と凸曲面部が従来の急勾配受構造受枠の内鍔のような役割を果たしている。
この際,凹曲面部と凸曲面部を連続して形成し,かつ凹曲面部を凸曲面部に倣う形態とするという独特の構成によって,効果的に蓋本体のガタツキを防止することができる。
すなわち,凹曲面部と凸曲面部を連続して形成する(平面部を設けない)ことで,蓋本体と受枠の接触によるガタツキ音を最小限に抑え(接触面積の増加を避ける),かつ凹曲面部を凸曲面部に倣う形態とし,曲面どうしを接触させることによって,蓋本体のガタツキ(揺動)を効果的に防止することができる。
また,仮にそのまま摩耗の進行が続いたとしても,凹曲面部及び凸曲面部は,互いの形態に倣い摩耗するので,摩耗後でも,蓋本体,受枠ともに初期の形態を保つことができる。
すなわち,蓋本体及び受枠が摩耗したとしても,本件発明の作用効果を持続させることができる。
このように,本件発明と被告製品Bとは具体的な構成及び技術思想が異なるので,被告製品Bは本件発明の技術範囲には属さない。
(8) 結論
以上のとおり,被告製品Bは本件発明の構成要件を具備しないとともに,その作用効果も相違するため均等侵害を論じる余地もない。したがって,被告製品Bは,本件発明の技術的範囲に属さず,原判決は正当である。」
(3) C事件について
・ 原判決25頁2行目の後に,改行して,以下のとおり付加する。
「 (4) 類否判断の方法
ア 控訴人は,原判決は公知意匠を斟酌して登録意匠の要部を認定する点において,判断手法を誤っていると主張する。
しかし,前述のとおり,公知意匠を斟酌して登録意匠の要部を認定した原判決に誤りはない。
イ また,控訴人は,斟酌されるべき公知意匠が,需要者に周知の意匠に限定されると主張し,引用意匠Cは市場で販売された実績がないため周知な意匠ではなく,甲D3意匠が周知であったと主張する。
しかし,周知の意匠に限定して公知意匠を斟酌すべきとする控訴人の主張は,先の公知意匠を斟酌すべきでないという主張と矛盾する。また,販売された意匠は周知な意匠であり,販売実績のない意匠は,たとえ刊行物である実用新案公開公報に記載された意匠であっても周知ではないとの判断基準があいまいである。引用意匠C及び甲D3のいずれの意匠も公知意匠であることに違いはなく,登録意匠の要部を認定するとき公知意匠である引用意匠Cを斟酌することは,判断方法として誤っていない。
ウ 控訴人は,当業者は本件登録意匠Cや被告意匠Cのような『突設部』が設けられた意匠に,新鮮な驚きとこれまでとは全く異なる美観を想起することは明らかであると主張する。
しかし,この種の物品において『突設部』が設けられることは,引用意匠Aにおいて公知であるとともに,本件登録意匠Cの実線で示された意匠登録を受けようとする部分は,マンホール蓋用受枠の内周面の形態であって,意匠登録を受けようとする部分を突設部に限定して解することはできない。
部分意匠である本件登録意匠Cの基本的な構成態様は,マンホール蓋用受枠の内周面が上下に2分され,上部を傾斜面,下部をドーナツ状面とした態様である。この基本的な構成態様は,引用意匠Cと共通するものであるから,本件登録意匠Cの要部は,傾斜面とアール面の具体的な構成態様に限定されるべきである。
控訴人が主張するように,公知意匠に関係なく登録意匠の類似範囲を認定するのであれば,本来,万人が自由に使用することができる公知の意匠が,後願の意匠権を侵害するため使用できないという矛盾を生じ,意匠の創作を保護する意匠法の目的に反するものとなる。」
・ 原判決25頁3行目の「(4) 対比」を「(5) 対比」と改め,同頁4行目から13行目までを削除した上で,以下のとおり付加する。
「 ア 部分意匠である本件登録意匠Cと被告意匠Cを対比すると,本件登録意匠Cの基本的な構成態様は,マンホール蓋用受枠の内周面を上下に2分し,上部を傾斜面,下部をアール面であるドーナツ状面で構成している。具体的な構成態様は,マンホール蓋用受枠の内周面の上部に形成する傾斜面と,アール面よりも下方の寸法比率がほぼ同じであり,ドーナツ状面はアール面の下端よりも下方を垂直面とし,内周面の上端と下端に面取りを施している。
被告意匠Cは,マンホール蓋用受枠内周面の上半部を急勾配の第一傾斜面とし,第一傾斜面に続けて垂直面と水平面で構成する段部を形成し,段部の水平面端から第一傾斜面よりも緩やかな第二傾斜面を設け,アール面に続けて垂直面を形成している。
控訴人は,意匠に係る物品を上方から観察する場合,その傾斜面の角度やアール面のアールの長さは看取し難いと主張する。しかし,当該部分は上方からでも十分看取できるものであるし,原判決にもあるように,本件意匠Cにおいて,傾斜面の角度やアール面のアール長さ(大きさ),両面の位置関係や大きさの比率,境界部分の形状は需要者が注視する部分であり,意匠の類似判断においても重要な意味を持つものである。
イ 結論
以上のとおり,本件登録意匠Cと被告意匠Cは,意匠の基本的な構成態様及び具体的な構成態様を異にするため,被告意匠Cは,本件登録意匠Cの類似範囲に属さず,原判決に誤りはない。」
第4当裁判所の判断
当裁判所は,意匠権に基づく侵害差止請求事件であるA事件及びC事件については,原判決と同じく控訴人の請求を棄却すべきものと判断するが,特許権に基づく差止請求事件であるB事件については,原判決と異なり,いわゆる均等侵害を認めて差止請求は全部認容し,損害賠償請求は100万円と遅延損害金の限度で一部認容すべきものと判断する。その理由は,以下のとおりである。
1 本件控訴事件についての当裁判所の管轄権について
本件記録によれば,A事件は意匠権に関する訴えで平成20年10月30日に大阪地方裁判所に提起され,一方,B事件は特許権に関する訴えで平成20年12月8日に大阪地方裁判所に提起され,さらにC事件はA事件と同じく意匠権に関する訴えで平成20年12月8日に大阪地方裁判所に提起されたものであること,上記各事件を審理した原審の大阪地方裁判所は,平成21年1月23日にB・C事件をA事件に併合して審理し,平成22年1月21日に全事件を通じた原判決をするに至ったこと,これに対し,各事件の一審原告である控訴人は,平成22年2月1日付けの知的財産高等裁判所宛ての1通の控訴状により本件控訴を提起し,その控訴の趣旨の記載もA・B・C事件の併合を前提としたものであったこと,これを受けた被控訴人も,平成22年4月20日付けの答弁書において前記各事件の併合を前提とした答弁を行っており,これらの両当事者の態度は,平成23年1月17日の当審口頭弁論終結日まで変更がなかったことがそれぞれ認められる。
ところで,民事訴訟法6条3項,知的財産高等裁判所設置法2条1号によれば,特許権に関する訴えについての第一審が大阪地方裁判所である場合の控訴審管轄裁判所は東京高等裁判所の特別の支部である知的財産高等裁判所に専属するから,特許権に関する訴えであるB事件についての控訴審管轄裁判所は知的財産高等裁判所(当庁)に専属する。これに対し,A事件・C事件はいずれも意匠権に関する訴えであるから前記民事訴訟法6条3項の適用はなく,原判決をしたのが大阪地方裁判所である以上,その管轄高等裁判所は,下級裁判所の設立及び管轄区域に関する法律2条,別表第5表によれば大阪高等裁判所であることになる。
しかし,本件のように,特許権に関する訴え(B事件)と意匠権に関する訴え(A・C事件)とが原審の大阪地方裁判所において弁論が併合され,判決もそれを前提とした1個のものであり,控訴審たる当庁の審理においてもA・B・C事件の口頭弁論が分離されることがなく併合して審理されたときは,B事件についての控訴審管轄裁判所たる当裁判所は,民事訴訟法7条(併合請求における管轄)及び知的高等裁判所設置法2条4号(関連ある通常訴訟事件の併合)等の趣旨からして,B事件のみならずA事件・C事件についても審理・判断することができると解するのが相当である。
そこで,当裁判所は,A事件・B事件・C事件を通じた本件控訴事件全体について,以下,その判断を示すこととする。
2 A事件について
(1) 以下のとおり付加訂正するほかは,原判決第4,1(25頁14行~29頁下3行)のとおりであるから,これを引用する。
(2) 争点A-1(被告意匠Aは本件登録意匠Aと類似するか)に関し
ア 控訴人は,意匠の類否の判断において,公知意匠を参酌する手法を採ることは許されない旨主張する。
そこで検討するに,登録意匠とそれ以外の意匠が類似であるか否かの判断は,需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行う(意匠法24条2項)ものとされており,意匠の類否を判断するに当たっては,意匠を全体として観察することを要するが,この場合,意匠に係る物品の性質,用途,使用態様,さらに公知意匠にはない新規な創作部分の存否等を参酌して,取引者・需要者の最も注意を惹きやすい部分を意匠の要部として把握し,登録意匠と相手方意匠が,意匠の要部において構成態様を共通にしているか否かを観察することが必要である。そして,意匠の新規性(意匠法3条1項)及び創作非容易性(同条2項)という創作性の登録要件を充足して登録された意匠の範囲については,その意匠の美感をもたらす意匠的形態の創作の実質的価値に相応するものとして考えなければならず,公知意匠を参酌して,登録意匠が備える創作性の幅を検討する必要があるため,公知意匠を参酌することの必要性は,意匠法41条によって特許法104条の3が準用されるようになった後においても,完全に失われてはいないというべきであり,控訴人の上記主張は理由がない。
イ 控訴人は,仮に,意匠の類否の判断において公知意匠を参酌するとしても,周知意匠に限って参酌すべき旨主張するが,上記のとおり,登録意匠が備える創作性の幅を検討する上で,公知意匠を参酌するものであって,その際,『公知意匠』の中で『周知意匠』のみを別異に扱う根拠はなく(意匠法3条2項参照),上記主張は採用できない。
そして,前述のとおり,乙A1(引用意匠A)によれば,マンホール蓋用の受枠において,内周部に突設部を設けて,突設部と外周壁との間に水平部を設けるという形態が,本件登録意匠Aの出願時(平成15年8月5日)に公知であったものと認められる。
ウ 控訴人は,原判決が,部分意匠の範囲外の部分を対比している旨主張するので,以下検討する。
部分意匠制度は,独創的な創作がなされた物品の部分に係る意匠を保護する必要性から立法されたものである(意匠法2条1項参照)が,部分といっても,あくまでベースとなった物品の形状全体との関係における部分であるから,部分意匠の形態のみならず,物品全体の位置,大きさを勘案しながら部分意匠の類似の範囲を判断すべきである。
したがって,仮に,原判決が,控訴人の主張どおり,部分意匠の範囲外の部分を対比していたとしても,これが直ちに誤りであるとはいえないのみならず,後記のとおり,原判決は,部分意匠の範囲外の部分を対比したものではない。
エ 本件登録意匠Aは部分意匠(実線部分)であるところ,これに対応する被告意匠Aの部分を確定する必要がある。この点につき,控訴人は,『突設部の円柱状になった部分及び底面からみた部分』に対応する部分であり,被告意匠Aの突設部のうち下半分(円柱状になっている部分)のみと主張する。この主張によれば,原判決において『テーパー状』とされた部分は,類否判断の対象外となる。
しかし,『マンホール蓋用受枠の上端から突設部下端まで』に占める割合等からして,同主張に基づく両方の意匠部分は対応しておらず,需要者の視覚を通じた美観からすると,被告意匠Aのうち『突設部の内周面,下端部及び外周面全体であって,突設部と受枠の外周壁との間に設けられた水平部よりも下の部分』(段部に続く第二傾斜面と,第二傾斜面に続くアール面及び受枠垂直面,並びに突設部下面と,傾斜面として形成される突設部の外周面,及び突設部と受枠の外周壁との間に設けられた水平部の範囲)に相当する範囲が比較対象であると解するのが相当である。
以上を前提とすると,『テーパー状』の部分は類否判断の対象であって,同部分を類否判断の対象とした原判決に誤りはない。
そして,前述のとおり,上方から観察した場合,本件登録意匠Aは,突設部が真下に落ち込み,真円柱に見えるのに対し,被告意匠Aでは,突設部の上部がテーパー状,下部が円柱状になっており,このように,本件登録意匠Aは,突設部の内周部分が単純な円柱状であり,それよりも複雑な構成となる被告意匠Aとの違いは顕著である。
オ 控訴人は,需要者が意匠に係る物品の『断面図』を市場において観察することは不可能であるから,原判決が『断面図』に基づく類否判断を行ったことが誤りである旨主張する。
しかし,需要者がマンホールを購入等する際に,『断面図』どおりの態様で観察できるか否かはともかく,その受枠部分を横や斜め上方から観察することは可能である上,『断面図』は対象物の断面の形状を正確に表すものであって,意匠の類否を判断する際に,『断面図』に基づいて判断することには相当程度の合理性があるものといえ,控訴人の上記主張は採用できない。
カ このほか,物品の機能を確保するために不可欠な形状のみからなる意匠につき,意匠登録を受けることができないこと(意匠法5条3号参照)等からすれば,本件登録意匠Aと被告意匠Aの機能的な共通点を強調する旨の控訴人の主張は,意匠の類否の判断においては妥当でなく,採用することができない。
3 B事件について
(1) 争点B-1(被告製品Bは,本件発明の構成要件B,C,D,E,Gを充足するか)に関し
ア 原判決30頁1行~19行の記載を引用する。
イ 上記19行目の後に,改行した上で,以下のとおり付加する。
「このほか,控訴人は,被告製品Bの『段部』は旋盤加工によって仕上げられているところ,旋盤加工で用いられる『バイト』の先端部にはノーズRといわれる丸みが設けられており,段部もバイト先端部のノーズRによる『アール状』になっているのは明らかである旨主張するが,仮に,被告製品Bの段部の隅の部分がアール状(半径約0.8mmの曲面)になっているとしても,同段部22(その水平面部分の断面寸法は,控訴人の主張によれば1.5mmである。)が全体として段部になっており,凹曲面部でないことは明らかである。」
(2) 争点B-2(被告製品Bは,本件発明と均等か)に関し
・ 原判決31頁2行目から33頁4行目までを削除し,以下のとおり改める。
・ 「(1) 特許権侵害訴訟において,相手方が製造等をする製品又は用いる方法(以下『対象製品等』という。)が特許発明の技術的範囲に属するかどうかを判断するに当たっては,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて特許発明の技術的範囲を確定しなければならず(特許法70条1項参照),特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存在する場合には,上記対象製品等は,特許発明の技術的範囲に属するということはできない。しかし,特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても,①上記部分が特許発明の本質的部分ではなく,②上記部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,③上記のように置き換えることに,当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が,対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり,④対象製品等が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから上記出願時に容易に推考できたものではなく,かつ,⑤対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは,上記対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。
そして,上記①における『特許発明の本質的部分』とは,明細書の特許請求の範囲に記載された構成のうち,当該特許発明特有の解決手段を基礎付ける技術的思想の中核をなす特徴的部分を意味するものである。
(2) 具体的検討
ア 本件発明の意義
(ア) 本件明細書(甲B2)には,以下の記載がある。
・ 【発明の属する技術分野】
『本発明は,丸型の蓋本体と,この蓋本体を内周面上部で支持する受枠とからなる地下構造物用丸型蓋に関する。』(段落【0001】)
・ 【従来の技術】
『従来,地下構造物用丸型蓋としては,蓋本体の外周側面および受枠の内周面上部を上方に向けて拡径する勾配面(傾斜面)として,蓋本体を受枠に食い込ませるようにした勾配受構造のものや,蓋本体の外周側面および受枠の内周面上部を垂直面とし,受枠内周面に突出させた棚部の上面に蓋本体の底面を当接させて支持する平受構造のものが知られている。』(段落【0003】)
・ 【発明が解決しようとする課題】
『しかしながら,蓋本体を閉蓋する際,上述したように,バールで蓋本体を引きずるようにして受枠内に収めたり,蓋本体を後方から斜め下方向に押し込んで受枠内に収めるようとすると,蓋本体の前部が大きく受枠内に落ち込むことがあり,この状態で蓋本体をさらに押し込むと蓋本体の前部左右の側面が受枠の内周面(垂直壁)に接触して嵌り込んでしまい,それ以上蓋本体を押し込むことができなくなる。この状態を図4に例示しており,同図(a)はその断面を示し,同図(b)は蓋本体の外周側面と受枠の内周面上部との接触部(同図(a)のA-A線部)の要部の断面を示している。図示の状態では,蓋本体10の前部左右の側面が受枠20の垂直壁26の上端に接触して嵌り込んでいる。このような状態になると,それ以上は蓋本体10を押し込むことができず,作業者は蓋本体10の前部を持ち上げなおして閉蓋しなければならないことから閉蓋作業が煩わしくなり,作業時間も長くなるという問題があった。』(段落【0006】)。
・ 『そこで,本発明が解決しようとする課題は,閉蓋の際,バールで蓋本体を引きずるようにしたり,蓋本体を後方から受枠内に押し込むだけで蓋本体をスムーズに受枠内に収めることができる地下構造物用丸型蓋を提供することにある。』(段落【0007】)。
・ 【課題を解決するための手段】
『この課題を解決するために,本発明の地下構造物用丸型蓋は,丸型の蓋本体と,この蓋本体を内周面上部で支持する受枠とからなる地下構造物用丸型蓋において,受枠の内周面上部には,受枠の内方に向けて凸となる受枠凸曲面部を形成するとともに,この受枠凸曲面部の上方に凹状の受枠凹曲面部を連続して形成し,蓋本体の外周側面には,前記受枠凸曲面部に倣った凹状の蓋凹曲面部を形成するとともに,この蓋凹曲面部の上方に前記受枠凹曲面部に倣った凸状の蓋凸曲面部を連続して形成し,また,前記受枠凹曲面部の上方には,受枠の上方に向けて拡径する受枠上傾斜面部を連続して形成し,前記蓋凸曲面部の上方には,蓋本体の上方に向けて拡径する蓋上傾斜面部を連続して形成し,蓋本体を受枠で支持した閉蓋状態において,受枠上傾斜面部と蓋上傾斜面部は嵌合し,蓋凸曲面部と受枠凹曲面部および蓋凹曲面部と受枠凸曲面部は接触しないようにしたことを特徴とする。』(段落【0008】
・ 『このような構成にすることで,閉蓋時に蓋本体の後方から蓋本体を押し込んで受枠内に収める際,蓋本体の蓋凸曲面部の下側が受枠の受枠凸曲面部の上側に接触し,さらに蓋本体を後方から押すと蓋本体の蓋凸曲面部と受枠の受枠凸曲面部との接触部が徐々に蓋本体の前部に移動しながら蓋凸曲面部が受枠凸曲面部によってガイドされる。そのため,蓋本体を後方から押し込むだけで,蓋本体を受枠にスムーズに収めることができる。さらに,閉蓋状態では,蓋凸曲面部と受枠凹曲面部および蓋凹曲面部と受枠凸曲面部は接触せずに,蓋本体に形成した蓋上傾斜面部が受枠の受枠上傾斜面部に食い込むので,蓋本体が受枠に確実に嵌合支持され蓋本体のガタツキを防止することができる。』(段落【0009】)
・ 『次に,本発明の地下構造物用丸型蓋の閉蓋操作について図3を参照して説明する。同図(a)は,開蓋後,閉蓋のために蓋本体を水平旋回させこれを受枠にほぼ重ねた状態の断面を示し,同図(b)はこの状態における蓋本体の外周側面と受枠の内周面上部との接触部(同図(a)のA-A線部)の要部の断面を示している。図3(b)に示すように,閉蓋のために蓋本体10を受枠20にほぼ重ねた状態では,蓋凸曲面部12の下側が受枠凸曲面部21の上側に接触し,蓋本体10が受枠20の中に大きく落ち込むことが防止されている。この状態で,足によって蓋本体10の後部(図3(a)において左端部)を押し,蓋本体10を斜め下方向に押し込むと,蓋凸曲面部12の受枠凸曲面部21との接触部が徐々に蓋本体10の前方(図3(a)において右側)に移動しながら蓋凸曲面部12が受枠凸曲面部21によってガイドされる。これに伴い,蓋本体10の前部(図3(a)において右端部)はせり上がるように上昇し,最終的には蓋本体10が受枠20内に完全に収まるようになる。このように本発明の地下構造物用丸型蓋では,閉蓋の際に,蓋本体10は,その蓋凸曲面部12が受枠凸曲面部21によってガイドされながら移動するので,蓋本体10を押し込むだけで蓋本体10を受枠20にスムーズに収めることができる。』(段落【0018】)
・ 【発明の効果】
『本発明では,受枠の内周面上部には,受枠の内方に向けて凸となる受枠凸曲面部を形成するとともに,この受枠凸曲面部の上方に凹状の受枠凹曲面部を連続して形成し,蓋本体には,その外周側面下部に凹状の蓋凹曲面部を形成するとともに,この蓋凹曲面部の上方に凸状の蓋凸曲面部を連続して形成したので,閉蓋の際,蓋凸曲面部が受枠凸曲面部によってガイドされながら移動し,バールで蓋本体を引きずるようにしたり,蓋本体を後方から押し込むだけで蓋本体を受枠内にスムーズに収めることができる。さらに,受枠の内周面上部に受枠上傾斜面部と受枠下傾斜面部を形成し,蓋本体の外周側面に蓋上傾斜面部と蓋下傾斜面部を形成し,閉蓋状態において,受枠上傾斜面部と蓋上傾斜面部および受枠下傾斜面部と蓋下傾斜面部は嵌合し,蓋凸曲面部と受枠凹曲面部および蓋凹曲面部と受枠凸曲面部は接触しないようにしたので,蓋本体のガタツキを防止できるとともに,土砂,雨水等の地下構造物内部への浸入を防止できる。』(段落【0020】)
(イ) 以上の記載によれば,本件発明(請求項1)は,閉蓋の際,バールで蓋本体を引きずるようにしたり,蓋本体を後方から受枠内に押し込むだけで蓋本体をスムーズに受枠内に収めることができる地下構造物用丸型蓋を提供することを課題とし,そのために,『受枠の内周面上部には,受枠の内方に向けて凸となる受枠凸曲面部を形成するとともに,この受枠凸曲面部の上方に凹状の受枠凹曲面部を連続して形成し,蓋本体の外周側面には,前記受枠凸曲面部に倣った凹状の蓋凹曲面部を形成するとともに,この蓋凹曲面部の上方に前記受枠凹曲面部に倣った凸状の蓋凸曲面部を連続して形成し』,このような構成を採ることにより,『閉蓋の際,蓋凸曲面部が受枠凸曲面部によってガイドされながら移動し,バールで蓋本体を引きずるようにしたり,蓋本体を後方から押し込むだけで蓋本体を受枠内にスムーズに収めることができる』(本件作用効果①)ものとされている。
また,『受枠の内周面上部に受枠上傾斜面部と受枠下傾斜面部を形成し,蓋本体の外周側面に蓋上傾斜面部と蓋下傾斜面部を形成し,閉蓋状態において,受枠上傾斜面部と蓋上傾斜面部および受枠下傾斜面部と蓋下傾斜面部は嵌合し,蓋凸曲面部と受枠凹曲面部および蓋凹曲面部と受枠凸曲面部は接触しないようにする』という構成を採ることによって,『蓋本体のガタツキを防止できるとともに,土砂,雨水等の地下構造物内部への浸入を防止できる』(本件作用効果②)ものとされている。
イ 被告製品Bの構成及び従来技術
(ア) 甲C3(被控訴人作成の『新型円形消火栓用鉄蓋 Wシリーズ』と題するパンフレット)には,以下の記載がある。
・ 『蓋の支持構造について』
『勾配受け構造』
『従来の『勾配受け構造』は,嵌合面全体を同一傾斜角度とし,蓋が受枠に食い込む事により蓋のガタつきを防止しています。
しかしながら,設置環境によっては蓋が受枠に対して過剰に食い込み,開蓋作業が困難となる場合があります。』
『新型構造(Wシリーズ)』
『『新型構造(Wシリーズ)』では,蓋の食い込み発生部と蓋のずり上がり防止部とを分割することにより,相反する性能を両立した構造としています。』
・ 『鉄蓋の施工性について』
『従来のリブ構造』
『受枠の変形による蓋のガタつきを防止するために,受枠外側の補強リブが必要です。
従来のリブ構造では,路面に近いところまでリブを付けないと,受枠の変形を防止することが困難でした。このリブが,施工時での転圧作業の邪魔になり,転圧不足の要因となっていました。』
『新型構造(Wシリーズ)』
『新型のリブ構造では,”受枠外側”という概念ではなく,外側+内側に配置しています。
このことにより,外側のリブは路面から極力離れた箇所から付けても,内側のリブが補強してくれます。また,外側のリブ形状を曲線にすることにより,転圧作業性が今まで以上に向上します。』
・ 『蓋の開閉操作性について』
『バール孔側の蓋裏面には,リブを兼ねたガイドが付いており,蓋を開け旋回させる際に蓋を持ち上げなくてもそのまま蓋を置いた状態で容易に対応できます。』
『このガイドは,受枠の上面に載ることで路面を傷つけることがありません。
蓋を閉める際には,蓋を持ち上げない状態で足で軽く蹴り入れるだけで対応できます。』
(イ) 甲B34(控訴人作成の技術説明会資料)には,以下の記載がある。
『蓋本体と受枠の嵌合構造の変遷』
『
平受構造
急勾配受構造
RV構造
』
~1970年頃
1970年頃~
2005年~
・ 蓋本体が受枠の内鍔に載置されている構造
(蓋本体の外周面と受枠の内周面の間は隙間がある)
・ 蓋本体の外周面と受枠の内周面は同一傾斜角度に形成されている構造
・ 従来の嵌合構造とは異なる斬新な構造
・ ガタツキ・騒音が発生するという課題あり
・ ガタツキは防止できるが,車両通過に伴い蓋本体が受枠に食込み,開蓋困難となる課題あり
・ 蓋本体の開け易さとガタツキ防止を両立
ウ 本件発明の効果についてのシミュレーション
証拠(甲B4,5,7,35,36)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(ア) 控訴人の関係会社である日之出水道機器株式会社開発グループに所属するAは,解析ソフト(ADINAシステム)を利用した有限要素解析により,日之出製品と被告製品Bの各モデルについて,閉蓋時における蓋本体の外周勾配面と受枠の内周勾配面の当接状態に関する解析シミュレーションを実施した(甲B4,5,7,35,36)。
なお,上記シミュレーションでは,被控訴人が原審において平成21年4月2日付け準備書面(1)(B事件に係るもの)に添付して提出した『イ号製品受枠詳細図』『ロ号製品受枠詳細図』『蓋詳細図』に記載された寸法に基づいてデータが入力され,被告製品Bのモデルが作成された。
また,日之出製品モデルについては,本件特許の実施品(型番ROES-50G-10L)に基づいて作成された。
(イ) Aが平成22年11月25日ころに行ったシミュレーション(甲B35参照)では,蓋本体を受枠から引き出す方向に,蓋本体の中心を受枠の中心から10mmずらし,蓋本体を受枠に対して10°傾斜させた状態を初期状態とし,この初期状態から蓋本体を閉蓋方向に移動させ,閉蓋状態(蓋本体が受枠に収まった状態)に移動するまでの蓋本体の外周勾配面と受枠の内周勾配面の当接状態(蓋本体の挙動)についての解析が行われた。
なお,シミュレーションの結果は,日之出製品モデル及び被告製品Bモデルのそれぞれについて,初期状態を最初の図とし,蓋本体を閉蓋方向に10mm移動させた閉蓋状態を最後の図とし,その間については,蓋本体を閉蓋方向に1mm,2mm,3mm,6mm,9mm移動させた状態における図が示されている。
解析結果の『平面図』,『正面図』,蓋本体と受枠の当接部分の『拡大斜視図』において,黄緑色,黄色,赤色に変色している箇所が,蓋本体と受枠とが当接している箇所であり,黄緑色→黄色→赤色の順に,接触面圧が大きくなることを表している。
ここで,受枠斜視図に記載された角度は,当接位置が,受枠の進行方向に対して,平面視で受枠のどの部分に生じたかを示している。
さらに,Aは,平成22年12月24日ころ,蓋本体の閉蓋方向への移動距離8mmから10mmの間について,0.1mm刻みで移動させた状態におけるシミュレーションを行う(甲B36の別紙1,2)とともに,それぞれのシミュレーションにおいて計算された,傾斜部及び凸曲面部における『最大面圧』を整理し,一覧表にした(甲B36の別紙3)。
(ウ) 甲B36のシミュレーションでは,被告製品Bの方が,日之出製品モデルよりも,概して,蓋本体の外周勾配面と受枠の内周勾配面にかかる最大面圧が大きい(特に,9.0mmから10.0mmの部分を参照)(甲B36別紙1,2)。
また,同シミュレーションでは,蓋本体と受枠につき,凸曲面部どうしの当接から各(上部)傾斜部での当接に移るのは,被告製品Bにおいては移動距離が8.9mm時点であるのに対し,日之出製品モデルでは9.6mm時点である(同別紙3)。
このほか,日之出製品モデルでは,受枠斜視図において,1mm移動位置では45°,2mm移動位置においては30°,3mm~9mm移動位置においては0°との角度が記載され,被告製品Bでは,1mm移動位置では75°,2mm移動位置では70°,3mm移動位置では65°,6mm移動位置では35°,8mm移動位置において0°との角度が記載されている。
エ 均等論適用のための第1要件具備の有無
以上によれば,本件特許(RV構造)出願以前から,平受構造や急勾配受構造のマンホールは存在したが,本件発明では,内鍔(棚部)を用いず,凸曲面部と凹部で構成することにより,『閉蓋の際,バールで蓋本体を引きずるようにしたり,蓋本体を後方から押し込むだけで蓋本体を受枠内にスムーズに収めることができる』ようにしたものと認められ,その全体的な構成をみれば,被告製品Bにおいても,凹曲面部はないものの,本件発明の構成と類似の構成を採用したことによって,蓋本体を受枠内にある程度スムーズに収めることができるものといえる。
このように,内鍔(棚部)を設けず,凸曲面部と凹部とで受枠を構成するという点において,本件発明と被告製品Bとは共通している。
なお,被控訴人は,被告製品Bには蓋本体,受枠ともに凸曲面部がないと主張するが,本件発明と同様の作用効果をもたらすかはともかくとして,被告製品Bの『蓋アール面12』,『受枠アール面21a』とされる部分が,いずれも形式的に『凸曲面部』に当たることは明らかである。
また,被告製品Bの『蓋A面11』が『凹曲面部』に当たることは明らかである。
さらに,被控訴人は,被告製品Bの『蓋A面11』及び『蓋アール面12』は,受枠の凸曲面部,凹曲面部に倣っていない旨主張するが,これらはいずれも『受枠アール面21a』,『段部22』に対応する形で形成されており,『倣った』の要件を満たすものというべきである。
他方で,本件発明の請求項の分説B,C,Gのほか,明細書の段落【0008】,【0020】においても,繰り返し『凸曲面部』と『凹曲面部』とが対になって記載され,蓋本体と受枠それぞれに凸曲面部と凹曲面部を設けるという構成を採用したことによって,『閉蓋の際,バールで蓋本体を引きずるようにしたり,蓋本体を後方から押し込むだけで蓋本体を受枠内にスムーズに収めることができる』との作用効果(本件作用効果①)が生じる旨記載されている。
以上を前提として,明細書のすべての記載や,その背後の本件発明の解決手段を基礎付ける技術的思想を考慮すると,本件発明が本件作用効果①を奏する上で,蓋本体及び受枠の各凸曲面部が最も重要な役割を果たすことは明らかであって(段落【0009】【0020】等参照),『受枠には凹部が存在すれば足り,凹曲面部は不要である』との控訴人の主張は正当であると認められ,本件発明において,受枠の『凹曲面部』は本質的部分に含まれないというべきである。
なお,明細書の段落【0020】には,『閉蓋状態において,受枠上傾斜面部と蓋上傾斜面部および受枠下傾斜面部と蓋下傾斜面部は嵌合し,蓋凸曲面部と受枠凹曲面部および蓋凹曲面部と受枠凸曲面部は接触しないようにする』という構成を採ることにより,本件作用効果②を奏する旨記載されており,ここでは受枠の凹部が『曲面部』であるかどうかは問題とされていないといえ,本件作用効果②を奏する上でも,受枠の凹部が『曲面部』であることは本質的部分には含まれないというべきである。
オ 均等論適用のための第2要件具備の有無
甲B37ないし39,乙B13ないし19(実演結果)からすれば,確かに裁判所での実演は,実演者の開閉方法の巧拙等に大きく依存するものではあるが,被告製品Bも,本件作用効果①を一定程度奏するものと認められ,受枠に設けられているのが『凹曲面部』か『凹部』かによって大きな差異がないものといえる。
また,前記ウ(ウ)のとおり,控訴人によるシミュレーション結果(被控訴人が提出した図面に基づいて行われており,その正確性については,当事者間において争いがあるが,相当程度正確であるものと認められる。)でも,日之出製品では,3mm~9mm移動位置の水平移動の間に,凸曲面部どうしの当接位置が徐々に上方に移動するのに対し,被告製品Bでは,当接位置の上下方向の移動が,最後の2mm程度の水平方向の移動の間に行われることが認められる。
このように,蓋を閉じる際,被告製品Bにおいては,本件発明と比べて,蓋と受枠との当接位置の上下方向の移動が遅く開始されるものである。
このほか,上記シミュレーション結果からは,蓋と受枠とが接する際に上部傾斜面に生じる最大面圧が,被告製品Bの方が概して大きいことが認められる。
これらは,被告製品Bでは,本件発明と比べて,蓋と受枠の各上部の各傾斜面部分がかなり長く,蓋と受枠の各アール面が短い(小さい)ため,アール面どうしが接触する範囲も限られ,蓋と受枠の各上部の各傾斜面部分の接触する範囲が大きいことにより,マンホール開閉時の上下方向,左右方向の移動距離や最大面圧の値に影響を及ぼしているものと判断できる。
しかし,本件発明と被告製品Bとでは,蓋を閉じる際の蓋の移動,とりわけ,凸曲面部どうしが当接し,凹部(本件発明の凹曲面部どうし,被告製品Bの蓋アール面,蓋下部傾斜面と受枠の段部22)は当接しないとのメカニズムに違いはなく,凸面部の寸法や,蓋と受枠の各上部の各傾斜面の寸法の違いなどにより,シミュレーション結果に若干違いが生じたものと解される。
したがって,本件発明と被告製品Bとでは,蓋を閉じる際,蓋の移動についての作用効果に本質的な差異はなく,被告製品Bにおいても,本件作用効果①を奏することができるというべきである。
なお,被告製品Bは,蓋と受枠の上部傾斜面どうし,蓋の環状凸面と受枠垂直面が,いずれも互いに嵌合し,中間にある隙間部分は互いに接触しないように構成されているため,被告製品Bが本件作用効果②を奏することは明らかである。
カ 均等論適用のための第3要件具備の有無
『凹曲面部』を『段部』に置き換えるということは,すなわち,『曲面部』を二本の略『直線部』に置き換えるということであって,一般に,部材を製作するに当たり,曲線よりも直線で構成することが容易であることはいうまでもなく,このような置換自体に何ら困難があるとはいえない。
以上からすれば,被告製品Bの製造の時点(平成20年3月ころ以前)において,当業者が,本件発明の凹曲面部を凹部(段部)に置き換えることを想到するにつき,特段の困難があったものとは認められず,むしろこのような置換は容易であったものと解するのが合理的である。
キ 均等論適用のための第4要件具備の有無
被控訴人作成のパンフレット(甲C3)上の記載や,本件特許出願過程において特許庁からなされた拒絶理由通知(甲B28,乙B11)において挙げられた公知文献(甲B29ないし31)の記載をみても,本件特許の出願時(平成14年2月14日)に,地下構造物用丸型蓋(マンホール)の分野において,蓋本体と受枠とを傾斜面部により嵌合支持すること自体は周知であったとしても,被告製品Bのように,内鍔を設けず,蓋と受枠の凸曲面部どうし,又は上部傾斜面部どうしの当接によって,蓋の開閉をスムーズにし,蓋と受枠の上部傾斜面部どうしを当接させること等によって,蓋本体のガタツキを防止し,土砂,雨水等の浸入を防止するとの解決手段は容易に想到し得なかったというべきである。
ク 均等論適用のための第5要件具備の有無
本件において,控訴人による特許出願過程における手続補正書(甲B32),意見書(甲B33)を参照してもなお,控訴人が,本件特許の出願手続において,特許請求の範囲から被告製品Bのような構成(受枠の『凹曲面部』を『段部』に代える構成)を意識的に除外した等の特段の事情があるものとは認められない。
ケ 以上によれば,被告製品Bは,本件発明と均等であり,その技術的範囲に属するものというべきである。」
(3) 差止め内容及び損害額等について
ア 前記のとおり,被告製品Bは本件発明と均等であると認められるので,特許法100条1項及び2項により,控訴人による被告製品Bの製造等の差止め,同製品及びその半製品並びにこれらの製造に用いる型の廃棄請求は理由がある。
イ また,控訴人は,損害賠償として弁護士費用相当額200万円及びこれに対する平成20年12月20日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めているところ,前記認定に係る本件発明と被告製品Bとの関係,本訴提起後における訴訟活動の内容等の一切の事情を総合考慮すると,弁護士費用相当額として100万円が相当と認められるから,損害賠償請求は100万円及びこれに対する平成20年12月20日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり,その余は理由がない。
4 C事件について
・ 原判決33頁5行~38頁16行の記載を引用する。
・ 原判決38頁16行目の後に,改行して,以下のとおり付加する。
・ 「(6) 控訴人の主張について
ア 争点A-1と同様,控訴人は,意匠の類否の判断に際して,公知意匠を参酌することは許されず,仮に参酌するとしても,周知意匠を参酌するにとどめるべき旨主張する。
しかし,前述のとおり,意匠の類否を判断するに当たり,公知意匠を参酌する手法自体は誤りではなく,また,その際に,周知意匠だけを別異に扱う根拠もないというべきであり,控訴人の上記主張はいずれも理由がない。
イ このほか,控訴人は,『本件登録意匠Cや被告意匠Cにおける『突設部』の存在が,需要者に与える影響が大きいところ,被控訴人の主張する『傾斜面の角度やアール面のアール長さ(大きさ),両面の位置関係や大きさの比率,境界部分の形状』といった事項は,いずれも,両意匠を並べた上で,対比して初めて違いを認識できるほどの小さな事項であることから,これらが意匠の類否判断において重要であるとの被控訴人の主張は理由がない』と主張する。
しかし,本件登録意匠Cは,突設部だけでなく,マンホール蓋用受枠の内周面全体の形態に関するものであるところ,本件登録意匠Cや被告意匠Cにおいては,内鍔がないことだけが要部ではなく,引用意匠Cや別件登録意匠(いずれも,マンホール蓋用受枠の内周面が上下に2分され,上部を傾斜面,下部をドーナツ状とした態様)の存在にかんがみれば,傾斜面とアール面の位置関係や大きさの比率等も要部であって,これらの点において,本件登録意匠Cと被告意匠Cとは大きく異なっており,全体としてみれば,両意匠は類似しないというべきである。」
5 結論
以上のとおりであるから,A事件及びC事件については,当審における訴え変更後においても,控訴人の請求は理由がないから,上記変更後の請求のうち原判決と重複する部分についての控訴は棄却し,当審における新請求の部分については請求を棄却することとする。
B事件については,控訴人の請求のうち当審における訴え変更後の差止めと廃棄及び損害賠償金100万円及びこれに対する平成20年12月20日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し(仮執行宣言は,控訴人が当審では求めていないので付さない),その余は理由がないから棄却し,これと異なる原判決はこれを変更することとする。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 東海林保 裁判官 矢口俊哉)
file_4.jpg別紙