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知財高等裁判所 平成22年(ネ)10060号 判決 2011年6月23日

控訴人兼附帯被控訴人

Y1

(以下「控訴人Y1」という。)

控訴人兼附帯被控訴人

ヤング株式会社

(以下「控訴人会社」という。)

上記両名訴訟代理人弁護士

西田研志

多田浩章

浅田大

同訴訟復代理人弁護士

川村拓矢

神保宏充

村井淳也

被控訴人兼附帯控訴人

(以下「被控訴人X」という。)

被控訴人兼附帯控訴人

ヤングブレイン株式会社

(以下「被控訴人会社」という。)

上記両名訴訟代理人弁護士

西島幸延

主文

1  本件控訴について

(1)  本件控訴を棄却する。

(2)  なお,原判決主文1項は,被控訴人Xの当審における請求の減縮により,以下のとおり変更されている。

控訴人らは,被控訴人Xに対し,連帯して,3495万8029円及びこれに対する平成21年3月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  本件附帯控訴について

(1)  被控訴人Xの附帯控訴に基づき,原判決の主文6項中,同被控訴人の控訴人らに対するその余の請求を棄却した部分を以下のとおり変更する。

ア  控訴人会社は,原判決別紙製品目録記載の製品を製造,販売,頒布してはならない。

イ  被控訴人Xのその余の請求を棄却する。

(2)  控訴人会社は,被控訴人Xに対し,別紙不動産目録記載1ないし4の土地建物について,平成19年12月28日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

(3)  被控訴人Xの当審において拡張した金銭請求を棄却する。

(4)  被控訴人会社の附帯控訴を棄却する。

3  訴訟費用について

(1)  控訴人Y1に生じたものは,第1,2審を通じてこれを10分し,その2を被控訴人Xの,その3を被控訴人会社の各負担とし,その余は控訴人Y1の負担とする。

(2)  控訴人会社に生じたものは,第1,2審を通じてこれを10分し,その1を被控訴人Xの,その3を被控訴人会社の各負担とし,その余は控訴人会社の負担とする。

(3)  被控訴人Xに生じたものは,第1,2審を通じてこれを10分し,その3を被控訴人Xの,その3を控訴人Y1の各負担とし,その余は控訴人会社の負担とする。

(4)  被控訴人会社に生じたものは,第1,2審を通じてこれを10分し,その4を被控訴人会社の,その3を控訴人Y1の各負担とし,その余は控訴人会社の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人ら(ただし,(4)は控訴人会社)

(1)  原判決中,控訴人ら敗訴部分を取り消す。

(2)  前項の部分に係る被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

(3)  被控訴人Xの当審における拡張請求を棄却する。

(4)  被控訴人Xの当審における追加請求を棄却する。

(5)  訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人らの負担とする。

2  被控訴人ら(ただし,(2)及び(4)は被控訴人X)

(1)  原判決主文6項を取り消す。

(2)  控訴人らは,被控訴人Xに対し,連帯して,7697万9329円及びこれに対する平成21年3月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  控訴人会社は,原判決別紙製品目録記載の製品を製造,販売,頒布してはならない。

(4)  主文2項(2)と同旨

(5)  訴訟費用は,第1,2審とも,控訴人らの負担とする。

第2事案の概要

本判決の略称は,「製品ヤング」を「本件製品」に改め,控訴人Y1と被控訴人Xとの間で検討された本件事業の譲渡(ただし,その具体的内容については当事者間で争いがある。)を総称して「本件事業譲渡」といい,審級に応じた読替えをするほかは,原判決に倣う。

1  本件は,控訴人会社の事業全部の譲渡を受けたと主張する被控訴人X及び同被控訴人から当該事業の譲渡を受けたと主張する被控訴人会社が,控訴人会社,同社の代表取締役である控訴人Y1に対し,以下の2の請求をした事案である。

2  被控訴人らの請求

(1)  被控訴人Xの控訴人らに対する金銭請求

被控訴人Xが,本件事業譲渡契約において譲渡の対象とされなかった控訴人会社の債務の弁済(第三者弁済)を余儀なくされたと主張して,

ア 控訴人会社に対しては,民法650条1項若しくは702条1項に基づく求償金請求(一部請求)として,又は債務不履行若しくは不法行為による損害賠償請求(一部請求)として,7617万9729円及びこれに対する弁済の後の日である訴状送達の日の後の日である平成21年3月30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金又は利息の支払を求める請求。

イ 控訴人Y1に対しては,会社法429条1項,430条に基づき,控訴人会社と連帯(不真正連帯)して,前記アと同額の損害の賠償を求める請求。

(2)  被控訴人Xの控訴人会社に対する商標権移転登録手続請求

被控訴人Xが,本件商標権も本件事業譲渡契約において譲渡の対象とされていたと主張して,控訴人会社に対し,本件商標権の移転登録手続をすることを求める請求。

(3)  被控訴人らの控訴人会社に対する差止め等の請求

控訴人らが,控訴人会社において,本件製品を製造,販売,頒布するなどして被控訴人らと競業したほか,「被控訴人らに会社を乗っ取られた」などの虚偽の事実を告知又は流布して被控訴人らの営業上の信用を害したと主張して,控訴人会社に対し,競業禁止特約に基づき,本件製品の製造,販売,頒布の差止め,不正競争防止法2条1項14号,3条に基づき,被控訴人らに対する営業誹謗行為の差止め,不正競争防止法2条1項14号,14条に基づく信用回復措置として,原判決別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告の掲載をそれぞれ求める請求。

(4)  被控訴人らの控訴人らに対する金銭償請求

被控訴人らが,控訴人会社の前記(3)の競業及び営業誹謗行為によって被った損害について,

ア 控訴人会社に対しては,債務不履行,不法行為又は不正競争防止法4条に基づき,被控訴人Xにおいては220万円(慰謝料200万円,弁護士費用20万円),被控訴人会社においては550万円(信用毀損による損害500万円,弁護士費用50万円)及びこれらに対する訴状送達の日の後の日であり,不法行為の後の日であることが明らかな平成21年3月30日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求める請求。

イ 控訴人Y1に対しては,会社法429条1項,430条に基づき,連帯(不真正連帯)して,前記アと同額の損害の賠償を求める請求。

3  原判決の判断

原判決は,被控訴人らの前記2の請求について,以下のとおり判断した。

(1)  被控訴人Xの控訴人らに対する金銭請求について

控訴人らに対する請求については,3805万8029円及びこれに対する訴状送達の日の後である平成21年3月30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で,これを認容した。

(2)  被控訴人Xの控訴人会社に対する商標移転登録手続請求について同請求を認容した。

(3)  被控訴人らの控訴人会社に対する差止め等の請求について

ア 本件製品の製造,販売,頒布の差止請求については,これを棄却した。

イ 不正競争防止法2条1項14号,3条に基づく営業誹謗行為の差止請求については,これを認容した。

ウ 信用回復措置としての謝罪広告の掲載の請求については,これを棄却した。

(4)  被控訴人らの控訴人らに対する金銭請求について

控訴人らに対する請求については,被控訴人Xが受けた損害合計110万円(慰謝料100万円及び弁護士費用10万円)及び被控訴人会社が受けた損害275万円(信用毀損による損害250万円,弁護士費用25万円)並びにこれらに対する平成21年3月30日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で,これを認容した。

4  当審における審理の対象

控訴人らは,原判決を不服として,控訴に及んだ。また,被控訴人らは,原判決が求償金請求について一部棄却した点及び本件製品の製造等の差止請求を棄却した点について附帯控訴するとともに,被控訴人Xは,当審において,求償金請求については請求金額を減縮後,拡張し,さらに,控訴人会社に対し,本判決別紙不動産目録記載の各土地建物(以下,総称して「本件土地建物」という。なお,同目録記載1の建物は,原判決別紙物件目録記載の建物と同一である。以下「千歳工場」という。)の所有権移転登記手続請求を追加した。

5  前提となる事実

被控訴人の本件請求について判断する前提となる事実は,原判決5頁3行目から7頁8行目までに摘示のとおりであるから,これを引用する。

6  本件訴訟の争点

(1)  本件覚書の趣旨,効力

(2)  被控訴人らによる譲受代金及び控訴人会社の債務の弁済の有無並びにその金額

(3)  被控訴人Xによる本件商標権移転登録手続請求の当否

(4)  控訴人会社に対する本件製品の製造,販売等の差止請求の当否

(5)  控訴人会社に対する営業誹謗行為の差止請求の当否及び謝罪広告(不正競争防止法14条)の必要性

(6)  控訴人Y1の責任の有無

(7)  控訴人会社の競業,営業誹謗行為による被控訴人らの損害の発生及びその額

(8)  被控訴人Xによる本件土地建物の所有権移転登記手続請求の当否

第3当事者の主張

1  原審における主張

当事者の原審における主張は,原判決10頁1行目の「譲渡代金」を「譲受代金」と改め,同行の「債務の弁済」の後に「の有無並びにその金額」を加え,17頁21行目の「差止め」を「差止請求の当否」と,19頁19行目の「差止め」を「差止請求の当否」と,20頁15行目の「被告Y1,被告Y2及び被告Y3の責任」を「控訴人Y1の責任」とそれぞれ改め,原判決中,控訴人会社の取締役であるY2及び同Y3に対する請求を棄却した点について被控訴人らは控訴をせず,同両名に対する請求の当否は当審における審理の対象となっていないため,Y2及び同Y3の責任に関する部分を除くほか,原判決7頁19行目から22頁11行目までに摘示のとおりであるから,これを引用する。

2  争点(1)(本件覚書の趣旨,効力)についての当審における補充主張

〔控訴人らの主張〕

(1) 本件覚書の締結に至る経緯について

ア 控訴人Y1は,平成18年10月ころ,念願であった執筆活動に専念するために控訴人会社を解散することとし,特別会員その他長年にわたる本件製品の愛用者のために在庫(担保仕掛品)が相当量(5万5000本)保管してあること,5年後(平成23年)に最終の償還期限を迎える特別会員に対する返還終了までは事業が継続される予定であることを通知するとともに(乙23),その間の控訴人会社の経営を第三者に委ねることを検討するようになった。なお,控訴人Y1は,平成18年9月当時,直ちに控訴人会社を廃業・解散する意思を有しておらず,控訴人Y1が執筆活動のために事業から引退し,事業がいわば一段落することを「解散」と表現したにすぎず,控訴人会社が債務を引き受け,事業のみを被控訴人会社に譲渡することを控訴人Y1が計画していたわけではない。

通常,会社の解散が発表されると,会社債権者が債権回収を図り,大混乱に陥ることがままみられるが,控訴人会社においては,備蓄在庫により本件製品が安定供給される限り,特別会員等が騒ぐことはなく,少数の例外はあるにせよ,多くが特別会員契約を更新するか,同製品による相殺ないし代物弁済に応じるものである。このため,平成18年9月時点で控訴人会社の預託金返還債務は7億円前後存在していたが,控訴人らは,特別会員に対し,全額を現金で返還する必要性はないと考えており,実際,平成19年12月までに,本件製品による代物弁済ないし相殺を含めて約2億4000万円が返還され,預託金債務残額は5億円弱となっていた。

イ 控訴人Y1は,Aに対する株式譲渡が失敗した後,被控訴人Xに対する控訴人会社の売却を明確にするために,平成19年5月14日,被控訴人Xに対し,売買代金を当初の5億円から3億円に減額すること,そのうち1億円を同年6月8日までに,残金2億円を同年9月30日までにそれぞれ支払うこと,控訴人Y1は被控訴人Xに対し,残代金支払と同時に全株式(20万株)の株券を引き渡した上で,他の取締役及び監査役とともに控訴人会社の取締役を辞任すると提案した。被控訴人Xは,数日間検討した上で,上記提案を承諾した。

したがって,控訴人Y1は,平成19年5月14日の数日後,上記条件で被控訴人Xに上記株式20万株を売り渡す旨の売買契約を締結したものというべきである。

ウ 控訴人Y1は,平成19年12月,被控訴人Xの顧問税理士であるB税理士と本件事業譲渡の詳細について協議したところ,同税理士が同月4日に提示した案では,特別会員に対する預託金返還義務については,「早急に返還約束の顧客」以外は被控訴人Xが承継することとされており,この時点における控訴人らと被控訴人らとの間の認識としては,本件事業譲渡は,株式譲渡を含む控訴人会社そのものの譲渡であって,譲渡前に預託金を返還する分を除き,負債も当然に被控訴人会社が負担するというものであった。

しかしながら,B税理士が同月22日に提示した本件覚書の原案は,当初の方針(同月4日付け提案)とは異なり,到底控訴人Y1が了承し得る内容ではなかったため,同控訴人は,翌23日,同税理士に対してファックスを送信し,修正を求めた。控訴人Y1は,同月25日の協議の際,本件覚書には要望した修正が反映されていなかったものの,小切手等の決済のために同月27日までに資金を必要としていたこともあり,B税理士が年明けに作成する本契約において修正すると説明したため,本件覚書に署名・捺印した。

(2) 本件覚書に係る合意の不成立について

ア 被控訴人Xは,本件事業譲渡代金の本来の支払期限(平成19年9月末日)を徒過した同年11月,残代金の支払に窮し,何とかその支払を免れようと企て,控訴人らの不利になるように本件事業譲渡の内容を修正した。このように,被控訴人らは,同年12月には控訴人Y1に対する残代金の支払意思を失っていたにもかかわらず,控訴人らの資金需要が逼迫する段階まで支払を引き延ばし,とにかく事業が承継されたとの「体裁」を整えるために,本件覚書を便宜上作成したにすぎない。

イ 本件覚書は,頭書には控訴人Y1と被控訴人Xとが当事者として表示されているが,署名欄においては控訴人会社及び同被控訴人が当事者とされており,当事者すら確定していない。また,控訴人らは,本件覚書の控えを受領していない。

したがって,当事者間にこのような内容に関する真意に基づく意思表示の合致は存在しないというべきであるから,本件覚書にいかなる法的効力も与えられるべきではなく,字句どおりの「覚書」にすぎないというべきである。

ウ 仮に,控訴人会社から被控訴人会社に対して事業譲渡がされたとしても,被控訴人Xからすれば,承継した事業で利益を上げながら継続的に運営していく必要があるが,控訴人Y1からすれば,事業譲渡によって事業からの収入を失うのであるから,生活を維持するための条件が必要となる。

そうすると,本件事業譲渡においては,むしろ控訴人会社の債務は被控訴人らが負担していくという合意があったものと推認される。なぜなら,本件事業譲渡後,控訴人らは債務の弁済能力を失うところ,被控訴人らからすれば,控訴人会社の債務の弁済が滞れば,事業に必要な本件土地建物に付された抵当権が実行されてしまうからである。その意味で,本件覚書は,控訴人らに一方的に不利益な内容であるのみならず,矛盾した内容を含んでいるものというべきである。そもそも,特別会員らに対する預託金返還債務の合計が約7億円であったのであるから,事業譲渡代金3億円を充当すると,控訴人Y1には一銭も残らないものであって,そのような不合理な合意がされるはずがないのである。

なお,被控訴人Xは,本件事業譲渡前,控訴人会社の財務内容を詳しく調査していた。仮に,本件事業譲渡が,被控訴人会社には負債を承継させないことを前提とするものであるならば,財務内容について検討する必要はない。

(3) 特別会員に対する預託金の返還義務について

ア 控訴人会社は,先に述べたとおり,平成18年9月,特別会員に対し,現在の在庫製品は5万5000本であり,販売・返還用として,特別会員向けの本件製品を十分な量確保していることを伝えていた。また,特別会員らから,預託金返還や本件製品の送付につき問い合わせがあった際,控訴人会社は,特別会員用の同製品を別枠で確保してある旨,伝えている(乙24)。

イ 被控訴人会社は,平成20年3月,「特別会員・協力会員制度の変更について」と題する書面により,特別会員らに対し,同制度を継続する旨を通知したほか,特別会員向けの無料提供分として,実際に本件製品を送付した(乙26,27)。

また,被控訴人Xは,千歳工場を訪問した特別会員に対し,特別会員用の本件製品が別個に保管されている状況を示し,その旨説明している(乙24)。

しかも,被控訴人会社は,自らが負担する債務の軽減のために,①平成20年1月1日以降から無料提供分を減らすこと,②預託金を購入資金として預け替える制度を創設すること等を特別会員らに通知しているのである(乙27の1・2)。

このように,被控訴人Xは,平成20年1月から3月ころにかけて,特別会員に対し,預託金返還や本件製品の送付は被控訴人会社が責任をもって行う旨,明確に述べている。

また,控訴人らは,同年2月,被控訴人らに対し,本件事業譲渡契約の解除を主張し,特別会員に対する本件製品の送付をやめるように何度も通知したにもかかわらず,被控訴人らは,同年12月まで本件製品の送付を中止しなかった。

ウ 以上からすると,本件事業譲渡において,特別会員に対する預託金返還義務と本件製品の供給義務が被控訴人会社によって承継されるべきものであったことは,事業譲渡後の被控訴人会社と特別会員とのやり取りからも明らかである。

この点について,被控訴人らは,控訴人らが約束に反し,本件事業譲渡の代金を控訴人会社の債務の弁済に充当していなかったことが判明したため,やむを得ず特別会員に対して対応したなどと主張する。

しかしながら,控訴人Y1は,被控訴人Xから受領した代金は自宅建設資金等に充当しており,控訴人会社の負債の弁済に全てを充当する予定は当初から有していなかった。本件事業譲渡は,控訴人Y1が,控訴人会社の株主として,被控訴人Xに株式譲渡したにすぎないのであるから,控訴人Y1個人がその対価を受領するのは当然である。むしろ,被控訴人Xが,譲渡代金を平成19年9月末の支払期限までに支払わなかったため,控訴人Y1が税金や特別会員らに対する預託金返還債務を立替払することを余儀なくされたにすぎない。

〔被控訴人らの主張〕

(1) 本件覚書の締結に至る経緯について

控訴人Y1は,執筆に専念するために本件事業譲渡を計画したなどと主張するが,明らかに虚偽である。実際は,控訴人会社の経営に行き詰まり,特別会員への預託金返還債務や未納の公租公課等の多額の負債を抱え,破綻の危機に瀕したことから,その唯一の事業である本件製品の製造・販売事業を第三者に譲渡し,その代金によって債務を処理する一方,事業譲受人には債務を承継させず,事業の維持・再生を図ろうとしたものであって,同控訴人の債務は全て同控訴人において責任をもって処理し,事業譲受人には一切承継させないというのが本件事業譲渡の前提である。このような趣旨は,本件覚書の記載からも明らかであるし,平成19年5月14日に控訴人Y1が被控訴人Xに対して事業承継を懇願した際に交付した自筆メモ(甲26の1,2)に明記のとおり,3億円の事業譲渡代金さえ支払われれば,控訴人らにおいて全ての債務処理が可能となることが大前提であった。

(2) 本件覚書に係る合意の不成立について

ア B税理士は,平成19年12月22日,控訴人Y1に対し,本件覚書の原案をファックス送信したところ,同控訴人は,同月25日,控訴人会社の債務弁済に必要な140万円の支払についてのみ要求したものの,本件覚書の内容について異議を述べることなく自ら署名・捺印したものである。

被控訴人らは,その後,控訴人Y1と連絡を取ることができなくなってしまったため,残代金の支払などについて引き続き協議をすることができなかったのであって,合意が成立していないとの控訴人らの主張は明らかに失当である。

イ 事業譲渡を受ける以上,譲渡人の事業の内容とともにその財務状態を把握しようとするのは当然であり,被控訴人Xが控訴人会社の財務状況について調査したことをもって,債務承継の合意があったということはできない。

(3) 特別会員に対する預託金の返還義務について

ア 控訴人会社が特別会員に対してどのような通知をしていたとしても,本件事業譲渡においては在庫の一部を除外することなく,「平成19年12月28日現在保存の商品」の一切を譲渡する旨が明文で定められているものである。

イ 控訴人会社は,被控訴人らに対する約束に反し,本件事業譲渡前までに特別会員に対して預託金を返還せず,しかも,控訴人会社の本社から従業員もいなくなったため,特別会員らは被控訴人会社が承継した千歳工場に連絡せざるを得なかった。そのため,被控訴人会社には操業開始当時から連日,特別会員らからの請求と問い合わせが殺到した。特別会員らの中には,「マスコミに訴える」などと恫喝する者までいたため,被控訴人会社の営業への負担は極めて大きく,本件製品の社会的評価に関する問題にも発展しかねない状況であった。

そこで,被控訴人会社が苦肉の策として提案したのが,預託金の償還期限に返還しない代わりに本件製品の無料贈呈を続けるという「継続」方式と,預託金の償還を求める者に対して同製品を代物弁済するという「プリペイド方式」であった。

被控訴人らは,本件事業譲渡により控訴人会社の債務を引き継ぐものではないが,控訴人らが特別会員に対する債務の弁済を一切しなかったため,本来,対応すべき義務がないのにやむを得ず行ったものにすぎず,このような特別対応はできる限り早く終了する必要があった。しかしながら,対応を打ち切った場合の特別会員らの動向を見極める必要があったこと,大口の特別会員であった工場長の C(以下「C」という。)が抵抗したことなどから打切り時期が遅れ,控訴人会社に請求する求償金額を確定する必要が生じたことから,平成20年12月11日をもって,対応を終了した。

なお,被控訴人Xは,特に困っていた特別会員に対して直接対応し,できる限りのことをしたいという説明をしたことはあるが,控訴人会社の債務を承継していることを前提としたものではない。また,被控訴人Xは,特別会員用に本件製品を別枠で確保していると説明したことも,在庫品(原液)が特別会員のものだと説明したこともない。

3  争点(2)(被控訴人らによる譲受代金及び控訴人会社の債務の弁済の有無並びにその金額)についての当審における補充主張

〔被控訴人らの主張〕

(1) 原判決別紙弁済表1の弁済額累計の誤りについて

ア 本件製品の売買代金(合計5300万円)について

(ア) 被控訴人Xは,3億円を支払って控訴人会社の事業のみならず在庫品も含めてその有形・無形の財産の全てを譲り受ける予定であったから,それとは別に5300万円もの代金を支払って本件製品を購入することはあり得ない。

控訴人らが指摘する,被控訴人Xが経営していた健・美デザイン有限会社(以下「デザイン社」という。)の借入金明細書(乙10)の記載は,あくまで被控訴人Xが本件事業譲渡の代金を捻出するためにデザイン社を通じて資金調達した際の「借入れ」の名目にすぎない。

被控訴人Xから控訴人会社に対しては,当該5300万円は事業譲渡代金として支払われており,そのことは,平成19年12月25日,同被控訴人と控訴人Y1との間で,これまで同被控訴人が支払った金員は,前記合計5300万円も含めて全て事業譲渡代金であるとして確認済みである。

(イ) デザイン社は,平成19年11月,本件製品100本を購入したが,同年12月,1044リットルもの原液を購入したことはない。控訴人らが控訴審段階において書証として提出した在庫表(乙12,13)は,被控訴人会社を解雇されたCが控訴人らの主張に沿って作成したものであり,到底信用できない。控訴人らは,被控訴人Xの指示によりCが作成したなどと主張するが,平成19年11月,12月の時点では,同被控訴人はまだ事業に関与しておらず,在庫表の作成について,当時控訴人会社の従業員であったCに指示する立場にはない。

実際,5800本分もの本件製品を原液のままデザイン社に出荷し,同社で入荷し,保管することはおよそ不可能である。控訴人らは,当初,原液のまま現実の引渡をしたものと主張していたが,後に占有改定により引渡しをしたものとその主張を変遷させており,控訴人らの主張は明らかに誤りである。

被控訴人会社の在庫表(甲76)によると,控訴人会社から,デザイン社分とされる1044リットルの原液と併せて合計6791.6リットルの在庫がそのまま同被控訴人に承継され,その後も1044リットルの原液が在庫として保持されているものである。

また,控訴人会社が6000本もの本件製品を販売したのであれば,販売,出荷,代金請求等の資料を有していてしかるべきであるが,控訴人らが提出する会員台帳受注データ(乙9)には,本件各支払が同製品の購入代金であることや,平成19年12月に1044リットルを原液のまま販売したとの記載もない。

なお,デザイン社は,平成19年4月以降も少量ずつ本件製品を購入していたが,同月25日の25本分以降,代金を支払っていない。これは,同年5月14日,控訴人Y1から被控訴人Xに対して事業譲渡の打診があり,その数日後には控訴人会社の在庫ごと事業を譲り受ける決意をしたことから,本件製品の購入はいずれも買掛金として処理し,事業譲渡により売掛金債権が被控訴人会社に承継後,デザイン社との間で精算を行うこととされていたからである。

(ウ) 控訴人Y1も,原審における本人尋問において,6000本もの本件製品の売却の事実を否定している。

以上からすると,本件各支払は,いずれも本件事業譲渡の前渡金として支払われたものであることは明らかである。

イ Aに対する貸金債務振替について

被控訴人Xが,控訴人会社のAに対する債務について免責的債務引受を行い,同控訴人を免責させれば,同控訴人はそれにより利益を受けるのであるから,同被控訴人において引き受けた債務を現実に弁済したか否かは問題とはならない。

しかも,被控訴人Xは,Aに対し,現実に弁済をしているものである。

したがって,当該7000万円について支払済みであるとした原判決の判断に誤りはない。

ウ 被控訴人Xの譲受債権(求償権)の不存在又は相殺後の残債務について

(ア) 控訴人らは,控訴審段階に至って,本件製品について「担保仕掛品」という処理をしていたなどと主張するが,これは,控訴人会社の最後の決算である第57期(平成18年1月1日~12月31日の決算期)決算において,突然,それまでの「仕掛品」の一部が固定資産に振り替えられたものであり,平成16,7年ころから当該処理がされていたものではない。

また,控訴人らが書証として提出した担保仕掛品の写真(乙14)に写っている貼り紙の多くは,控訴人らと内通していたと思われるCが,控訴人らの主張に合わせて最近貼り付けたものにすぎない。控訴人会社の元従業員によると,確かにそのような貼り紙のあるタンクも一部あったが,他のタンクと区別することなく本件製品を瓶詰めし,出荷していたとのことであるから,それらが特別会員の所有物であったとか,使途が限定されていたとの主張は虚偽である。

(イ) 仮に,控訴人会社において担保仕掛品について区別されていたとしても,本件事業譲渡において担保仕掛品を除外するという約定はなく,逆に「平成19年12月28日現在保存の商品」の一切を譲渡すると明文で合意されているのであるから,控訴人らの主張は失当である。

エ 被控訴人会社の弁済による求償金請求権について

被控訴人会社による控訴人会社の債務の弁済は,同控訴人の意思に反するものではない。

確かに,控訴人会社と被控訴人Xとの間では,同控訴人が全ての債務について責任をもって処理する旨の合意が成立した。

しかしながら,被控訴人Xは,債務の弁済に必要であるとの控訴人Y1の説明を信じて多額の前払を余儀なくされたにもかかわらず,実際には,控訴人会社は債務の弁済を全く行わなかったため,被控訴人会社は多数の特別会員等から問合せを受け,対応を余儀なくされたものである。

このように,控訴人らは,本件事業譲渡の前後を通じ,控訴人会社の債務は責任をもって処理するといいながら全く実行しておらず,その意思も有していないから,被控訴人会社による債務の弁済が控訴人会社の意思に反するものではないことは明らかである。

しかも,控訴人らは,本件事業譲渡により被控訴人会社が一切控訴人会社の債務を承継しないことを前提に,同被控訴人による同控訴人の債務の弁済は同控訴人の意思に反すると主張するものであって,本件覚書の効力を否定する主張と明らかに矛盾する。

オ 当審における請求の減縮及び拡張について

(ア) 原判決は,原判決別紙弁済表1記載のとおり,被控訴人Xは,本件事業譲渡の代金3億円のうち2億7991万3029円を支払済みであるとするが,同表No.18の立替金の中には,Cが控訴人会社の債務を立替払した310万円分についても,同被控訴人が支払ったこととされている。

しかしながら,現在,Cが控訴人らに協力している状況であることから,被控訴人Xが,当該310万円について立証することは困難であることに鑑み,同被控訴人は,弁済額に関する主張について,2億7991万3029円から当該310万円を減じた2億7681万3029円との主張に変更する。

したがって,残代金は2318万6971円となる。

(イ) 被控訴人会社が有する求償金請求権は,原判決別紙弁済表2記載のとおり,1億0016万6300円であるが,その内訳は以下のとおりである。

a 現品交付  6105万7500円

b 現品交付(相殺)  3120万円

c 現品交付(プリ)  740万8800円

d Dへの現金交付  50万円

aは,預託期間中の無料贈呈分であり,b及びcは,預託金の返還債務について本件製品による代物弁済をした分である(bが一括弁済であり,cが分割弁済である。)。dは,預託金を返還したものである。

このうち,dについては,弁済した50万円について現存利益が認められることは明らかである。

また,b及びcについても,代物弁済により預託金返還債務を消滅させたものであるから,合計3860万8800円について現存利益が認められる。なお,bについては,120万円の預託金債務を消滅した場合は32本,100万円の預託金債務の場合は27本の本件製品を提供しており(1本当たり3万7000円相当),cについても,1本当たり3万8000円で計算している。

aについては,控訴人会社は,被控訴人会社の無料贈呈行為により本件製品の無料贈呈義務を免れたものであり,その分の利益(1本当たり通常販売価格5万2500円)が贈呈により発生し,現在も維持されていることから,現存利益について,同製品の通常販売価格5万2500円で計算すると,合計6105万7500円となる(主位的主張)。

もっとも,被控訴人会社は代理店に対し,本件製品を2ないし3万円の卸価格で販売しており,当該卸価格を考慮して1本当たり3万円で計算しても,現存利益は3489万円を下らない(予備的主張)。

以上からすると,現存利益は,主位的には1億0016万6300円,予備的には7399万8800円となる。

原判決は,本件製品の提供について,1本当たり一律に定価の半額(2万6250円)で計算する根拠を示しておらず,不当である。

(ウ) したがって,本件事業譲渡残代金と求償金請求権(主位的主張である1億0016万6300円)を対当額において相殺した残額は7697万9329円となるから,被控訴人Xは,当審において,請求を拡張するものである。

(2) 本件事業譲渡契約の解除について

被控訴人Xは,事業譲渡代金の支払について履行遅滞に陥っているものではないから,控訴人会社の本件事業譲渡契約の解除に係る主張は,その前提自体が誤りである。そもそも,本件事業譲渡においては,控訴人会社について先履行が定められており,本件商標権の移転登録手続などについて未了である以上,事業譲渡代金の弁済期はいまだ到来していないから,仮に残代金があったとしても被控訴人Xは履行遅滞にはない。

〔控訴人らの主張〕

(1) 原判決別紙弁済表1の弁済額累計の誤りについて

ア 本件製品の売買代金(合計5300万円)について

(ア) 原判決は,被控訴人Xが支払った合計5300万円(平成19年7月13日・1000万円,同月24日・500万円,同年8月24日・1500万円,同月29日・300万円,同年9月27日・2000万円。以下,総称して,「本件各支払」という。)について,本件製品(合計6000本)の売買代金であるとは認められないとする。

(イ) しかしながら,控訴人会社とデザイン社との間では,平成16年11月29日から本件製品の売買取引を行っており,平成19年1月23日から同年11月19日までの間,総計750本の本件製品がデザイン社に出荷された一方,同年1月26日から同年11月12日までの間,それらの代金が同控訴人に支払われていた。

デザイン社の借入金明細書(乙10)によると,同年7月12日から同年9月27日までの間,デザイン社が調達した資金を原資として,控訴人会社に対し本件製品の仕入れ代金を支払っていることが裏付けられるところ,本件各支払は,いずれもデザイン社から控訴人会社に対して支払われた本件製品の仕入れ代金と,支払日,支払金額ともに一致するから,これらは,本件事業譲渡代金の前渡しではない。

被控訴人Xは,本件事業譲渡代金の全額を用意することができなかったため,控訴人Y1は,定価1本5万円の本件製品6000本を1本9000円でデザイン社に卸売りし,それを小売りした際の売却益で事業譲渡代金を捻出することを提案し,同被控訴人がこれに応じたものである。

(ウ) 本件製品の引渡しについては,控訴人会社からデザイン社に対して所有権は移転させるものの,すぐに現物を納品することはせず,引き続き同控訴人が保管し,デザイン社の要求に応じて随時現物を引き渡すこととされていた。650本については,平成19年4月から11月にかけて,控訴人会社からデザイン社に引き渡されている。実際,控訴人会社の平成19年11月30日現在の在庫表(乙12)及び会員台帳受注データ(乙9)によると,332本が当月中に出荷されているところ,そのうち100本がデザイン社に出荷されている(乙12)。

また,平成19年12月27日現在の在庫表(乙13)にも,本件製品1044リットル(5800本分)が原液のまま占有改定によりデザイン社に出荷されていることが記載されている。同月の在庫表は,千歳工場の工場長であったCが,被控訴人Xの指示により作成したものである。控訴人会社が,デザイン社所有の本件製品原液を保管しているからこそ,被控訴人会社が同控訴人の事業を引き継いだ平成19年12月以降,同被控訴人からデザイン社に対しては,本件製品が無償で出荷されているのである。

(エ) 以上からすると,平成19年11月から同年12月までの間に,控訴人会社からデザイン社に対して,合計5900本相当の本件製品(原液含む)が出荷されたことは明らかであり,1本当たりの単価9000円(乙2)を乗じると,総額約5300万円となる。

したがって,本件各支払は,いずれも本件製品の仕入れ代金として控訴人会社に対して支払われたものであり,本件事業譲渡の前渡金の一部として算入した原判決(別紙弁済表1No.5ないしNo.9の各弁済)の認定は誤りである。

イ Aに対する貸金債務振替について

原判決は,控訴人Y1のAに対する貸金債務(貸付金6500万円及び利息50万円の合計7000万円)について,本件事業譲渡代金の支払に充当するものとする(別紙弁済表1No.15ないしNo.17のAに対する貸金債務振替合計7000万円)。

しかしながら,Aは,上記合意に立ち会ったわけではなく,平成20年1月26日,控訴人Y1に対し,元金6500万円及び利息の返済について協議を求める内容の手紙を発信したのみならず,貸金が譲渡代金に充当されたならば控訴人Y1に対して返還すべき債権証書を返還しない。

したがって,上記充当について,Aは承諾していないものというべきであり,控訴人Y1及び被控訴人Xが充当合意をしたからといって,Aに効力が及ぶものではないから,上記7000万円については未払であるというべきである。

よって,被控訴人Xの弁済額合計は,310万円の減縮額を考慮しても,1億4618万6971円となる。

なお,本件覚書締結後,被控訴人らが千歳工場の鍵を付け替えたため,控訴人らは,工場内に保管されていた控訴人会社の計算書類や各種帳簿,通信文書その他を入手できなかった。

しかしながら,工場長として,本件製品の製造管理のほか工場経費の出納を担当していたCが,平成22年2月25日付けで被控訴人会社の取締役を辞任したこととされたうえ,同年8月9日付けで解雇されたことなどから,Cは,各種書類を本来の所有者である控訴人らに引き渡したため,控訴審において,これらの新証拠を提出することが可能となったものである。

ウ 被控訴人Xの譲受債権(求償権)の不存在又は相殺後の残債務について

(ア) 原判決は,本件事業譲渡後,被控訴人会社は,原判決別紙弁済表2のとおり,控訴人会社の特別会員等に本件製品(合計2196本)を提供したなどとする。

しかしながら,控訴人会社は,特別会員に対する本件製品の無償供与(年4本から22本)を継続的かつ確実に実施するため,平成16,7年ころから,特別会員向けの同製品原液の貯蔵タンク上蓋に,「特別会員分」と印刷された紙を貼付して保管し,物理的に他の販売用の製品ないし仕掛品と区別していた。

また,計算書類上も,これを特別会員預り金担保品として,「担保仕掛品」名下に仮払金(前渡金)として計上し,他の販売用製品や仕掛品と区別していた。控訴人会社の平成18年度確定申告書(乙15)によれば,担保仕掛品の期末現在高は1億7558万1666円である。

(イ) 本件事業譲渡当時,前記担保仕掛品は,既に特別会員用に頒布する目的でのみ保存,管理されていたのであり,控訴人らにおいて,これらは「もはや会員のもの」との認識であったから,その所有権は,特別会員に帰属するものというべきであって,担保仕掛品は本件事業譲渡によっても控訴人会社から被控訴人Xに承継される資産の対象外とされるべきものである。

仮に,担保仕掛品の所有権が被控訴人会社に帰属したとしても,これらは当初から特別会員に支給するために区分けされ,使途が限定されていことは,本件事業譲渡前にB税理士が作成した平成19年11月30日付け「合計残高試算表(貸借対照表)」(乙16)の資産の部において,担保仕掛品と製品・仕掛品とを区別していることからも明らかである。

したがって,被控訴人会社が,上記担保仕掛品1億7558万1666円分から特別会員に本件製品を頒布する限り,梱包等は別として,格別の事務管理費用が発生することはない。

以上からすると,被控訴人会社は,控訴人会社に対して,事務管理費用の求償権を有しないというべきで,被控訴人Xが被控訴人会社から譲り受けたとされる求償金債権を自働債権として本件事業譲渡の残代金と相殺することは許されないから,被控訴人Xは,同控訴人に対し,譲渡代金の残代金である7618万6971円を支払う義務を負うものというべきである。

エ 被控訴人会社の弁済による求償金請求権について

(ア) 被控訴人会社は,控訴人会社の債務を承継しているのであるから,同被控訴人による履行は自らの債務の履行にすぎない。

(イ) 仮に被控訴人会社による代物弁済等について事務管理が成立するとしても,その範囲は,民法702条3項により現存利益に限定されるべきものである。

すなわち,本件覚書により,控訴人会社が特別会員に対して本件製品を供与する義務を負うものであり,控訴人Y1も,控訴人らや特別会員に対し,特別会員に対する同製品の供与義務や寄託金返還義務は自らが負うものであることを伝えている。控訴人Y1は,特別会員から預託金返還請求訴訟を提起された際も,被控訴人会社が関与することは許されないと主張したほか,被控訴人Xに対し,本件製品の送付をやめるように何度も通知している。

したがって,被控訴人会社による本件製品の特別会員に対する提供が,控訴人らの意思に反することは明らかである。

オ 当審における請求の減縮及び拡張について

(ア) Cの立替払分310万円に係る請求の減縮については,同意する。

(イ) 被控訴人会社が特別会員らに発送した本件製品は,本来,特別会員らが所有するものであるから,同被控訴人は,特別会員の所有物を発送したにすぎない。

原判決別紙弁済表2の総額は1億0016万6300円であり,担保仕掛品の在庫(平成18年12月31日時点の期末現在高1億7558万1666円)の範囲内であるから,被控訴人会社は,何ら経済的出捐を要したものではない。

したがって,事務管理によって控訴人会社に認められる現存利益は,被控訴人会社が支出した本件製品の発送費用のみである。控訴人らは,当該発送費用について主張立証しないから,被控訴人会社の現存利益を認めることはできない。

仮に,被控訴人会社が所有する本件製品を特別会員らに発送したとしても,それにより控訴人会社が得る利益は,①預託金返還義務の減少分と,②特別会員に対する本件製品の無料贈呈を免れたことに係る利益が相当するにすぎない。

そして,原判決別紙弁済表2記載の「現品交付(相殺)」及び「現品交付(プリ)」は,上記①に該当するものであり,控訴人会社は,額面上は3860万8800円の預託金返還債務を免れているものである。

しかしながら,被控訴人会社は,本件製品によって代物弁済したのであるから,控訴人会社における現存利益(民法702条3項)は,同被控訴人が代物弁済によって実質的に負担した部分,すなわち,同製品の製造原価相当額にすぎない。

(ウ) したがって,控訴人会社の現存利益は,平成18年(2007年)末の本件製品原液在庫本数(5万7542本)と在庫金額(1861万3082円)から算出した同製品1本当たりの金額323.47円(被控訴人らの主張によれば1万8000円)に送付本数を乗じた金額となる。

②無料贈呈義務の減少によって生じた控訴人会社の利益も,本件製品の販売価格である5万2500円がそのまま計上されるのではなく,同製品の原価を基準に算定すべきである。

(2) 本件事業譲渡契約の解除について

以上のとおり,被控訴人Xは,本件事業譲渡の残代金7618万6971円について履行遅滞に陥っているところ,本件事業譲渡契約の残代金について,求償金債権を自働債権として相殺したなどと主張しており,上記残債務を履行する意思が全くないことは明らかである。

よって,控訴人会社は,平成22年10月27日の本件控訴審第1回口頭弁論期日において,被控訴人Xに対し,上記履行遅滞により本件事業譲渡を解除する旨の意思表示をした。

したがって,控訴人会社は,被控訴人らに対し,何らの義務を負うものではない。

4  争点(4)(控訴人会社に対する本件製品の製造,販売等の差止請求の当否)についての当審における補充主張

〔被控訴人Xの主張〕

控訴人らは,現在も,本件製品を製造するために必要な有益菌を保有しており,同製品の製法も熟知しているから,控訴人会社が同製品を製造する能力を有することは明らかである。

しかも,Cが控訴人らに協力している現状からすると,控訴人会社が本件製品の製造・販売を開始する危険性は高い。

したがって,本件製品の差止請求を棄却した原判決の判断は誤りである。

〔控訴人会社の主張〕

本件製品の製造には,多大な設備投資が必要であって,被控訴人らにより千歳工場が占拠されている以上,控訴人会社が同製品を製造することは不可能である。

5  争点(6)(控訴人Y1の責任の有無)についての当審における補充主張

〔控訴人らの主張〕

争点(2)について指摘したとおり,控訴人会社が本件事業譲渡前から特別会員向けに担保仕掛品として準備していた本件製品は,預託金を入金した時点で特別会員に所有権が移転しているか,あるいは,当初から被控訴人会社が担保仕掛品として承継しているから,その範囲内(平成18年12月31日時点で1億7558万1666円)であれば同被控訴人は何ら特別な出捐を要しないところ,原判決において,同被控訴人の支出は5814万5000円とされているから,同被控訴人が格別の支出をしたとは認め難い。

したがって,控訴人Y1について,任務懈怠に基づく会社法429条1項の責任が生じることはない。

〔被控訴人らの主張〕

控訴人らの主張は,担保仕掛品が本件事業譲渡の対象外であるとの前提自体が誤りである以上,失当であるというほかない。

6  争点(7)(控訴人会社の競業,営業誹謗行為による被控訴人らの損害の発生及びその額)についての当審における補充主張

〔控訴人らの主張〕

(1) 被控訴人らによる犯罪的行動について

被控訴人らは,本件事業譲渡契約後,平成20年1月17日までの間に,控訴人会社と警備会社との間の契約について,控訴人らに無断で,偽造書類によって契約者を被控訴人会社に変更した。

被控訴人Xのこのような行為は,有印私文書偽造及び同行使罪に該当する可能性を否定できず,警備会社をだまして千歳工場を不法占拠したものというべきであって,このような犯罪的手法で本件事業譲渡が強行され,事実上,控訴人Y1の同工場への出入りが不可能となったため,本来控訴人らに属する資産一切までもが被控訴人らの管理下に置かれることになった。しかも,本来,控訴人らと被控訴人らとの間では,平成20年1月以降に正式な契約締結に向けての協議が行われる予定であり,残代金約1億円の支払方法についても未定のままであったのであるから,詐欺罪や窃盗罪に該当する可能性も否定し得ない。

(2) 小括

以上からすると,控訴人らの摘示事実が虚偽であったわけではなく,控訴人らが営業誹謗等(不正競争)を行い,被控訴人らの名誉ないし信用を毀損した事実はないから,控訴人らが損害賠償義務を負うものではない。

〔被控訴人らの主張〕

警備会社の名義変更等は,本件事業譲渡を受けて行われたものであり,控訴人Y1もそれらを全て了承し,控訴人会社の登録印を預けていた行政書士に対し,被控訴人らに引き渡すよう指示している。控訴人らによる告訴も,正式に受理はされなかった。原判決の判断に誤りはない。

7  争点(8)(被控訴人Xによる本件土地建物の所有権移転登録手続請求の当否)についての主張

〔被控訴人Xの主張〕

本件事業譲渡は,控訴人会社が被控訴人Xに対し,事業全部のほか,不動産,什器備品・機械装置,在庫製品等,全ての財産を金3億円で譲渡するものである(甲4の1)。原判決は,このような契約内容を前提に,本件商標権の移転登録手続請求を認容している。

本件事業譲渡時点で,控訴人会社は,同契約1条2項及び3項に明示されている別紙不動産目録記載1の建物(千歳工場)及び同2記載の土地(工場敷地)のほか,同記載3の建物(社宅)及び同記載4の土地(社宅敷地)を所有していた。

そして,本件事業譲渡においては,控訴人会社について先履行が定められているのみならず,本件事業譲渡代金は全額支払済みでもある。

したがって,被控訴人Xは,当審において請求を拡張し,控訴人会社に対して,本件事業譲渡に基づいて本件土地建物の所有権移転登記手続をすることを求める。

〔控訴人会社の主張〕

本件事業譲渡契約が解除された以上,控訴人会社は,被控訴人Xに対し何らの義務を負うものではない。

第4当裁判所の判断

1  認定事実

当裁判所が判断の前提として認定する事実は,次のとおり加除訂正するほかは,原判決22頁15行目から26頁24行目までに認定する事実のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決22頁18行目の「ア」を「(1)」と改める。

(2)  原判決23頁2行目の次に,改行して,以下を加える。

「 そして,控訴人会社は,上記特別会員制度及び協力会員制度の募集要項において,平成14年ころまでは1本4万7250円,平成15年以降は1本5万2500円の本件製品について,所定本数の無料贈呈を受けられることから,例えば,年利0.03%程度の定期預金(1年)と比較して,本件製品では17.5%と桁違いに有利などと経済的有利性を強調するとともに,特別の事情に伴う中途返金についても応じるかのような説明をし,制度利用を募っていた。

また,控訴人会社は,協力会員制度の募集要項において,当該制度は,エイズに罹患した世界の母子を対象に,本件製品5000本(2億5000万円分)を配布する計画の支援となる旨の記載をしていた。」

(3)  原判決23頁3行目の「イ 被告会社は,」から7行目の「協議が進展していた。」までを,以下のとおり改める。

「 (2) 控訴人会社は,平成18年9月ころ,会員らに対し,「特別会員「入会金」のご返還方法と「ヤング」最後のご注文方法について」と題する文書(乙23)を送付した。同文書には,①預託金は原則として期日に返還するが,返還期日が平成18年9月中又はそれ以前の場合は同月末日までに返還を完了すること,②返還期日が遅い場合には返還時期を早めるつもりであるが,最終の返還が完了するまで控訴人会社は解散しない,③本件製品の製造は終了しているが,現在の在庫製品は5万5000本であるから,早めに注文又は予約することが望ましい,③注文は1ケース24本(120万円)単位であり,1ケース注文する場合は120万円を送金,2ケース注文する場合は1ケース分120万円を送金し,残額120万円は預託金と相殺,3ケース以上注文する場合は1ケース分120万円を送金し,残額は預託金と相殺する旨が記載されていた。

さらに,控訴人会社は,同月ころ,特別会員らに対し,会員向けに作成,配布していたレポートの平成18年10月別冊として,「さようなら,ヤング......」と題するレポートを送付し,近い時期に控訴人会社を解散することを告知した。

控訴人Y1は,同レポートにおいて,控訴人会社を解散する理由として,「からだと心の健康」を正しく普及することを目的としていたが,人間性が失われた無機的社会においては,本件製品の存在価値である生命や健康の大切さに着目する余裕がなくなってしまったこと,製造業を取り巻く環境が厳しいこと,北海道に誘致企業として工場設置後,取引銀行が破綻したが行政から援助を受けられなかったこと,本件製品を飲むことにより健康を回復したものの,安易に医療に頼ってかえって健康を害する愛用者がいたことなどが重なったため,控訴人Y1としては,製造業から離れ,文筆家・講演者として活動していくこととしたなどと説明したが,控訴人会社の経営状況については何ら記載されておらず,かえって,「会社を解散するというと,普通は経済的な理由だけをお考えになると思いますが,みなさまご承知の通りヤングは普通の会社ではございません。なにより重要なことは,創業時の大方針がそのまま,まっ直ぐに進められているかどうかを見極めることです。」と記載されていた。

また,同レポートには,控訴人会社の解散に当たり,特別会員制度等を利用して預託された金員がどのように扱われるかについて全く記載されておらず,今後の会員との関係については,「待ちに待った時間の余裕を天からいただいた上は,私を心から信じてくださったご愛用者のみなさまと,より親密な関係が始まることを,いまなによりの楽しみにしています。」「15年もすれば,おそらく北ヨーロッパあたりから,礼を尽くしてヤングを求める声があがるでしょう。…そのときを楽しみに,ひとまず55年の第一幕を下ろします。」と記載されていたにすぎなかった。

その当時,控訴人会社には,特別会員らに対する預託金返還債務が約7億5000万円,その他の負債を含めて約25億円の負債があった(乙8)。

控訴人Y1は,上記レポートを配布したころから,本件事業の譲渡を計画するようになり,平成19年3月ころには,Aに対し5億円で本件事業を譲渡する内容で協議が進展していた。」

(4)  原判決23頁20行目の「ウ」を「(3)」に改め,21行目の「(ただし,被告会社の債務は原告Xに承継させない)」を削る。

(5)  原判決23頁24行目の「譲り受ける旨回答した。なお,」の次に,以下を加える。

「控訴人Y1が同月14日の申入れに際して作成した「X様 最終のご相談 19.5.14」と題するメモ(甲26)には,終生の目的「著作完成」を第一の義務とするため,会社売却費用をAに提示した5億円から3億円に減額し,そのうち1億円は6月8日に,2億円は9月までに集めたい,現金を調達する方法として,本件製品の特別価格での売却も許可する(1本9000円×6000本=5400万円。3000本ずつ2回発送),予定どおり入金があれば,特別会員返却必要分とその他の負債も完了できるなどと記載されていた。1億円について,6月8日を支払期限としたのは,そのころ新築していた静岡県熱海市内の控訴人Y1の自宅建築費用(土地建物合計約1億2000万円)の支払のためであった(原審における控訴人Y1本人)。また,」

(6)  原判決24頁2行目の「エ」を「(4)」と改め,9行目の後に,改行して,以下を加える。

「 控訴人Y1が作成した平成19年6月27日付けメモ(乙1)には,「6月8日時点で建築関係の支払は間に合ったが,特別会員の返還約束,税金等の未払には回らず,特別会員返還希望者が急増している(本当に返金されるのだろうかと考え始めた会員があり,中には強硬な会員もいて,名簿から削除した者がかなり出た。)。今年3月ころからの返金遅延が影響している。北海道千歳市の自宅について購入申込みが入ったが,断ろうと考えている。事業譲渡の対価未払分2億3500万円については,5月14日時点での希望を,実情に合わせて7月から11月までの5か月間における支払(月額平均4700万円)に変更を考えるが,実際には各月において支払うことができる金額の大小があるだろうから,控訴人Y1の予定と合わせて計画しなければならないと思う。遅れることによって,会員にとどまる予定の者まで退会し,しかもその分の返還をしなければならないという二重の損となることから,早ければ早いほど有利となることは否定できない。」などと記載されていた。

しかし,控訴人Y1は,平成19年11月5日に入金された5000万円は,会員に対する返済原資に充てることなく,自宅新築工事費用に充てた。」

(7)  原判決24頁10行目の「オ」を「(5)」に改め,13行目の「使用料等」の後に,「(月額合計300万円)」を加える。

(8)  原判決24頁19行目の後に,改行して,以下を加える。

「 ちなみに,控訴人Y1が作成した平成19年12月7日付けメモ(乙2)には,「①3億円の権利金から既に支払われた1億8700万円等を差し引き計算すると,12月中に支払われるべき未払額は1億0180万円である,②5月14日の最終確定の打合せの際,終生の目的である著作完成を急ぐため会社売却を考えたと申し上げ,最低条件として定めた5億円から3億円に減額して被控訴人Xにすべて譲渡することを約束し,1億円については6月8日まで,2億円については遅くとも9月までに入金するように指定した,③早期に現金を作るための応援として本件製品の特価販売を許可し,1本9000円(6000本まで。合計5400万円)の提供を約束した,④上記金額が予定通り集まれば,特別会員に対する返済必要分も,その他の負債(滞納税金)も全て円滑に完済することができると述べた,⑤控訴人会社は全て被控訴人Xに譲り,代表者以下役員は退陣し,株式は無償譲渡することも約束した,⑥白樺住宅は,北海道に進出する際,東京の自宅を売却して建築したものであるから,たまたま会社名義になっているが,多少の家具,備品を付けて,4000万円で売却することをお願いした,⑦譲渡後,家族が生活していくための生活収入として,菌の貸与,特許の使用料,健康理論に関する著作の使用料について一定額を支払ってもらうよう述べた,⑧予定より大幅に権利金受領が遅滞したこと,入金額が毎月ギリギリに確定すること,特別会員の返還日や納税の約束が遅延することにより不安感や不信感を与えたことは残念だったが,ここまで努力して進行したからには,ここでしっかり締めれば今までの信用を容易に回復でき,今後新たに発展する事業に大きく寄与することができると考える。」などと記載されていた。」

(9)  原判決24頁20行目の「カ」を「(6)」と,22行目の「上記要求をすべて撤回」から24行目の「作成することを確認した。」までを,「上記要求をすべて撤回することを承諾し,後日,正式な契約書を作成することを確認した。」とそれぞれ改める。

(10)  原判決25頁2行目の「キ」を「(7)」と,20行目の「ク」を「(8)」と,24行目の「ケ」を「(9)」とそれぞれ改める。

(11)  原判決26頁1行目の「コ」を「(10)」と,2行目の「合計1334万3029円」及び同4行目の「合計1334万3029円」を「合計1024万3029円」と改め,9行目から19行目までを以下のとおり改める。

「(11) その後,被控訴人会社が本件製品の製造販売を開始したところ,特別会員,協力会員から同製品の無料贈呈や預託金の返還等を求められたため,同被控訴人は,平成20年3月ころ,「特別会員・協力会員制度の変更について」と題する文書を特別会員らに配付した。同文書には,①平成19年12月28日をもって,控訴人会社から本件製品の製造・販売権を譲渡され,事業を開始した,②被控訴人会社は,事業の継続性等を考慮し,無償贈呈の本数を減らすものの,特別会員・協力会員制度を継続することとした,③控訴人会社に対する預託金の償還期日に至った場合,継続かプリペイド方式(預託金を本件製品の購入資金として振り替え,当該資金によって同製品を特別価格で購入できるというもの)を選択してほしい,④現時点では,控訴人会社から被控訴人会社に特別会員から受領した預託金が移行されておらず,同被控訴人では預託金を返還することはできないため,今後,同控訴人との話合いや事業運営によって返還原資を確保できるまでは継続扱いで対応する旨が記載された(乙27)。

被控訴人会社は,平成20年1月7日から同年12月11日までの間,原判決別紙弁済表2のとおり,特別会員らに本件製品を無料で贈呈したほか,預託金の返還に代えて,同製品を交付する(代物弁済)などした(なお,別紙弁済表2の「資金移動」欄中,「現品交付」とあるのは無料贈呈分であり,「現品交付(相殺)」とあるのは,預託金の返還に代えて本件製品で弁済(代物弁済)した分である。また,「現品交付(プリ)」とあるのは,預託金全額の代物弁済ではなく,送付した本件製品の金額分だけ預託金を返還したものとして処理した分である。)。また,控訴人会社は,同年6月25日には,特別会員の1名(D)に対し,被控訴人会社に代わって預託金の一部50万円を返還した。

被控訴人会社は,平成20年12月15日付けで,「特別会員・協力会員預り金の返還について」と題する文書を特別会員らに配付した。同文書には,①被控訴人会社は,控訴人会社が預託金を返還していなかったという現状をふまえ,同控訴人から事業譲渡を受けた後,特別会員らの権利を守るために努力と工夫を続けていた,②被控訴人会社は,法的には控訴人会社の債務を引き継いでおらず,同控訴人に対し,早急に特別会員に預託金を返還するか,同被控訴人が支払った事業譲渡の対価を返還することによって,預託金を移行するように要求し続けた,③控訴人Y1は,裁判所に対し,預託金の返還は控訴人らが責任を負うものであり,被控訴人会社が関与できる権利義務を有するものではないと宣言している,④控訴人会社から特別会員に対する説明が一切ないという現状からすると,控訴人らが預託金を早急に返還することは考え難い,⑤被控訴人会社は,控訴人会社に対する特別会員の返還請求をサポートする予定であり,本件製品による代物弁済についても,本来は同控訴人が対応すべきものではあるが,同控訴人による対応は不可能であることから,同被控訴人が対応し,後日,同控訴人に求償することを検討しているなどと記載された(乙28)。

もっとも,被控訴人会社は,控訴人会社に対する求償額を確定するために,同月11日ころから,本件製品による代物弁済などの取扱いを中止している。」

2  争点(1)(本件覚書の趣旨,効力)について

(1)  本件事業譲渡契約の成否について

上記1の認定事実によれば,控訴人会社は,平成18年9月当時,平成10年春ころから資金繰りの悪化に伴い開始した預託金の返還債務だけでも約7億5000万円の債務を負っていたものであり,そのほか未納の公租公課等を加えると,総額約25億円もの債務を負い,経済的に困窮していたものである。

そして,控訴人会社は,本件製品の製造販売を唯一の事業としているにもかかわらず,その製品の無償贈呈を特典とする特別会員制度により資金を調達するような状況にあったのであるから,同控訴人の経営状況は,近い将来において破綻に至る危険性が高い状況であったということができる。

そこで,本件事業を第三者に譲渡し,その譲渡代金によって控訴人会社の債務を処理する一方,本件事業の譲受人である第三者には同控訴人の債務を承継させず,本件事業の維持,再生を図るという方法は,本件事業の存続を図る方法として,合理性を有する手法ということができる。

そうすると,本件覚書は,上記計画を実行する具体的方法について文書化したものと解するのが相当である。

なお,本件覚書の本文においては,被控訴人Xと控訴人Y1とが当事者とされているのに対し,末尾の署名欄においては,被控訴人Xと控訴人会社とが当事者とされており,当事者の表示に齟齬があることが認められるが,本件覚書は,上記計画を実行する具体的方法について文書化したもので,同計画は,控訴人会社の唯一の事業である本件事業を第三者に譲渡し,その譲渡代金によって同控訴人の債務を処理するというものであったこと,本件覚書の内容は,同控訴人の事業譲渡に関するものであるから,その主体は同控訴人と解するのが合理的であること,控訴人Y1は,本件覚書末尾の署名欄に控訴人会社代表者の肩書きを付して署名し,同控訴人の登録印を押捺しているなどの事情に鑑みれば,本件覚書は,本件事業の譲渡契約(本件事業譲渡契約)として,被控訴人Xと控訴人会社との間において成立し,その後,本件事業が同被控訴人から被控訴人会社に対して譲渡されたものと解するのが相当である。

(2)  控訴人ら主張の株式譲渡契約の成否について

控訴人らは,本件覚書について,被控訴人Xと控訴人Y1との間で平成19年5月14日に成立した控訴人会社の株式譲渡契約を確認したにすぎないものであり,同控訴人の債務については,本件事業を承継する被控訴人らが負担すべきであるし,同覚書の内容も,控訴人らに一方的に不利なものであることから,合意自体が不成立であるなどと主張する。

しかしながら,本件全証拠によっても,控訴人らが主張するような株式譲渡契約(平成19年5月14日付け)の成立を認めることはできないのみならず,本件覚書について上記のような解釈をすることは,上記計画の趣旨や,本件覚書1条末尾ただし書の文理に明らかに反するものである。

しかも,控訴人Y1自身が作成したメモには,本件事業の譲渡代金が予定通り入金されれば,特別会員に対する返済分やその他の負債(滞納税金)も全て円滑に完済できることが明記されているものであり,本件事業譲渡の代金によって,控訴人会社の負債が弁済されることが予定されていたものということができる。

また,控訴人会社が実施していた特別会員制度等は,協力会員でも60万円,特別会員では100万円(後に120万円に増額)という高額な預託金を払い込む制度であったところ,同控訴人は,平成18年9月ころに特別会員らに対して送付した文書において,預託金の返還が完了するまで同控訴人は解散しないと説明しているものの,今後における返還計画などについて具体的な説明をしたわけではなく,既に製産を終了したという本件製品を1ケース注文する場合には代金120万円の送金を求め,2ケース以上注文する場合には1ケース分について送金し,残額については預託金と相殺するとの取扱いを一方的に告知したにすぎないものである。

さらに,その後に控訴人会社が配布した同社の解散を予告する冊子には,預託金の取扱いについて全く記載されていなかったのであるから,その返還を求める会員が増加することが当然予想され,実際,控訴人Y1作成のメモにも,同控訴人が譲渡代金を自宅建築費用の支払に充てたものの,預託金返還や税金の支払には回らなかったため,預託金返還を求める会員が増加した旨記載されているものである。

そうすると,特別会員等の預託金返還は,本件事業が控訴人会社から被控訴人らに承継される前に,譲渡代金等を原資として控訴人らによって行われることが前提とされていたものであるところ,控訴人Y1が,自宅建築費用の支払などに優先して充当したために,これらが順調に進展しなかったものと解さざるを得ない。

(3)  本件事業譲渡契約の効力について

控訴人らは,特別会員向けの在庫(担保仕掛品)が相当量(5万5000本)保管してあること,返還終了までは控訴人会社を解散しないことを通知していたのであるから,控訴人Y1は,平成18年9月当時,直ちに控訴人会社を廃業・解散する意思を有しておらず,同控訴人が債務を引き受け,事業のみを被控訴人会社に譲渡することを計画することはあり得ない,同控訴人においては,備蓄在庫により本件製品が安定供給される限り,少数の例外はあるにせよ,多くが特別会員契約を更新し,仮に期間満了を主張するにしても,同製品による相殺ないし代物弁済に応じるものであるから,平成18年9月時点で同控訴人の預託金返還債務は7億円前後存在していたが,特別会員に対し,全額を現金で返還する必要性はないと考えていたなどと主張し,控訴人Y1は,原審における本人尋問において,控訴人会社の債務の返済は,控訴人Y1が行うつもりであったが,特別会員制度は,本件製品を無料で飲用できる有意義な制度であって,会員の多くは,預託金の返還を希望しないから,平成19年5月14日付けメモ(甲26)において,「特別会員返却必要分,その他負債」を完了すると記載した趣旨は,特別会員のうち,返還を希望した少数の者とその他の負債の支払をおおむね完了する趣旨である,当初から,3億円の譲渡代金のほか,月額300万円の支払が別途必要となることは伝えていたし,平成19年12月25日に本件覚書を提示された際,B税理士に内容が異なると異議を述べたところ,後日正式な文書を作成する予定であると告げられたなどと述べる。

しかしながら,多くの特別会員は,預託金の返還を希望するものではないとする説明は,控訴人Y1が,特別会員からの返還希望や税金の滞納等があるにもかかわらず,自宅建築費用の支払を優先させたために,特別会員に対する返還期限を守ることができず,返還希望者が増加したというメモの記載と矛盾するものである。しかも,特別会員らに対して送付された文書には,本件製品の製造が終了していること,同製品の在庫は5万5000本であり,早めの注文又は予約が望ましい旨が記載されているにすぎず,当該在庫が特別会員向けの担保仕掛品として保管されているというよりは,在庫品が売り切れる前の早期注文を促しているにすぎないものである。控訴人会社は,特別会員らに解散を告知するに当たり,本件製品1ケース(24本)につき預託金120万円を相殺する旨を通知するのみで,預託金の具体的な取扱いについて全く説明しておらず,しかも,同製品の製造は既に終了していることも告知されているから,いずれ同製品の無償贈呈分の確保も困難となることは明らかであって,預託金の返還を求める会員が増加することはむしろ当然である。仮に,控訴人Y1が認識していたというように,特別会員らの多くが特別会員制度の継続や本件製品による代物弁済を希望するのであれば,控訴人らが主張する担保仕掛品で代物弁済することにより預託金返還債務を処理することによって,早期に預託金返還債務の処理が可能であったはずである。実際,控訴人らの主張によっても,約7億円の預託金債務については,平成19年12月時点までに約2億4000万円分について処理されたにすぎないものである。

また,控訴人Y1は,控訴人会社の解散を予告したころから,本件事業の譲渡先を探すようになったのであるから,仮に譲渡先を確保できなかった場合には,特別会員制度を存続させ,本件製品を無料贈呈することや,預託金の返還に対応することは不可能であって,特別会員らの大多数は預託金の返還を求めることはなく,控訴人会社が混乱に陥ることはないという控訴人らの主張は矛盾するものである。

しかも,控訴人ら主張のように,本件事業譲渡契約が控訴人会社の株式譲渡契約であり,特別会員制度が被控訴人会社に承継されることが前提となっているのであれば,本件事業譲渡の代金によって,同控訴人の負債の支払を「おおむね完了」させる必要性は存しないものである。控訴人らは,控訴人会社の負債は約25億円であると主張しているのであるから,仮に本件事業譲渡契約が株式譲渡契約の趣旨であるならば,このような負債を有する会社の株式を,3億円で購入すること自体,明らかに経済的合理性に反するものというほかない。

さらに,本件事業譲渡契約の対価3億円のほかに,控訴人Y1に対し,月額300万円(年額3600万円)もの支払が必要となるのであるならば,当然,本件覚書に明記されるはずであるし,少なくとも,同控訴人が譲渡の条件などを詳細に記載した各種メモにおいて,平成19年12月7日に至るまでこれらの要望が全く記載されていないのは,明らかに不自然である。

加えて,本件覚書の内容は従前の交渉経緯と異なるとする控訴人Y1の供述は,本件覚書が提示された当日,同覚書に署名し,翌日,Y3をして,控訴人会社の登録印を押捺した本件覚書及び同控訴人の印鑑登録証明書をB税理士に届けさせていることなど,前記各認定事実と明らかに矛盾するものである。

確かに,本件覚書は,B税理士が文案を作成したものであって,平成19年12月7日に行われた協議において,控訴人Y1が提示した月額300万円の支払などが記載されていないことなどについては,同控訴人にとって不満であったことは明らかであるし,負債の承継を前提とするかのような契約書案(乙17の1)もある。

しかしながら,B税理士が本件覚書の締結を急いだのは,控訴人Y1が,本件事業譲渡契約に関し,Aや被控訴人Xから億単位の金員の提供を受けながら,控訴人会社の負債を整理せず,また,後日になって新たな条件(月額300万円の支払等)を持ち出すなど,被控訴人らが不信感を抱いても無理からぬ行動をしたことがむしろ契機となったものであり,控訴人Y1も,控訴人会社が至急必要とする資金を被控訴人Xから提供を受けることを条件に,本件覚書に署名押印したものであるから,本件覚書の作成経緯には,その合意自体が不成立と解しなければならないような事情は認められない。また,本件覚書自体において,事業譲渡に関する具体的な合意が成立している以上,仮に後日正式な契約を作成する予定があったとしても,本件覚書の内容を前提とした契約が予定されていたものというべきであって,本件覚書の効力自体がそれによって否定されるものでもない。

控訴人Y1の供述は採用することができない。

(4)  本件事業譲渡契約に基づく債務の承継について

控訴人らは,本件事業譲渡契約の有効な成立が認められるとしても,預託金返還や本件製品の送付について,被控訴人らは特別会員に対し,被控訴人会社が責任をもって行う旨を明確に述べているなどと主張して,控訴人会社が特別会員に対して負担していた預託金返還債務や同製品の送付債務についても,被控訴人らが承継したという。

しかしながら,前記のとおり,控訴人らは,預託金の返還を怠ったまま,さらに,特別会員らに十分配慮しないまま本件事業譲渡を行ったものであるから,特別会員らが,本件事業を承継した被控訴人会社に対し,預託金の返還等を求めるようになったにすぎない。

そして,本件事業は,本件製品の製造販売を唯一の事業内容とするものであるから,同製品の主要な需要者である特別会員らとの関係を良好に保つことが重要であると推測され,被控訴人らが,特別会員らに対し,本来控訴人会社によって行うべきであった預託金返還を同控訴人に代わって行うことも,十分合理性が認められるものである。しかも,被控訴人会社は,特別会員らに対する通知において,本来,控訴人会社が預託金を返還すべきであることを明記しているものである。

したがって,被控訴人らが預託金返還を行っていることなどをもって,本件覚書による本件事業譲渡契約の内容として,控訴人らの主張する債務の承継まで含まれていたとまで認めることはできない。

(5)  小括

以上によると,被控訴人ら主張のとおりの本件事業譲渡契約の有効な成立が認められるのであって,この認定に反する控訴人らの主張は,いずれも採用できない。

3  争点(2)(被控訴人らによる譲受代金及び控訴人会社の債務の弁済の有無並びにその金額)について

(1)  被控訴人Xの本件事業譲渡代金の既払額について

ア 前記引用に係る原判決の認定事実(1)ないし(10)によれば,被控訴人Xは,本件事業の譲渡代金3億円のうち,原判決別紙弁済表1の合計額から,310万円(同表No18について被控訴人らが当審で請求を減縮したC立替分)を控除した2億7681万3029円を支払済みであり,残代金は2318万6971円であると認められる。

イ 控訴人らは,被控訴人Xが,平成19年7月13日から同年9月27日にかけて支払った合計5300万円(本件各支払)は,いずれも本件製品(合計6000本)の売買代金である旨主張し,その裏付けとして,当審において,デザイン社の借入金明細書(乙10),控訴人会社の在庫表(乙12,13),会員台帳受注データ(乙9)を新たに書証として提出するとともに,最近,被控訴人会社を解雇されたCから,各書類を入手したなどと主張する。

確かに,控訴人Y1は,本件製品を特別価格で被控訴人Xに卸し,これを同被控訴人が販売することによって本件事業譲渡代金を調達することを検討していたようであり,同控訴人作成の各種メモには,本件各支払の合計金額5300万円に類似する5400万円分の特価販売に関する記載がある。

しかしながら,被控訴人会社を解雇されたCから新たに入手したという在庫表(乙12,13)は,被控訴人Xが本件事業譲渡を受ける以前において作成を指示したものとされるなど,その作成,提出の経緯自体が不自然である。

また,従来,数本から数十本単位で本件製品を購入していた(乙9)デザイン社が,本件覚書締結直前の平成19年12月に,5800本相当もの本件製品の原液を購入したこと自体,従前の取引経過からすると明らかに不自然である。

しかも,本件事業譲渡の対価を調達する便宜として,本件製品を被控訴人Xに特価販売する方法については,平成19年5月14日付けの控訴人Y1作成のメモ(甲26)に既に記載されているものであり,同控訴人は,住宅建築費用の支払などに窮し,事業譲渡の対価が期限どおりに支払われることを強く求めていたのであるから,本件各支払が同製品の売買代金であるならば,むしろ速やかに同製品を出荷し,デザイン社による販売を促すものと解される。それにもかかわらず,同年7月13日の1000万円から始まり,同年9月27日の支払により合計5300万円が支払われながら,前記メモに記載された3000本ずつの本件製品の出荷もされず,その大部分が同年12月に至ってようやく原液のまま占有改定により引き渡されたとの主張は,明らかに不自然である。さらに,控訴人Y1が作成した同月7日付けメモ(乙2)にも,被控訴人Xが早期に現金を作るための応援として,本件製品の特価販売を許可し,合計5400万円分の提供を「約束した」と記載されており,特価販売を実行した旨の記載はされていない。

そうすると,本件各支払は,本件製品の売買代金として入金されたものと認めることはできない。

また,控訴人らが指摘する,デザイン社の借入金明細書(乙10)の各記載は,いずれも被控訴人Xが同社から資金調達した際の名目にすぎず,それをもって本件各支払が本件製品の売買代金として入金されたものと解することはできない。

この点について,Cは,当審における証人尋問において,被控訴人Xの税理士から,税務処理上の理由から作成を指示されたなどと供述するが,事実に反する記載を指示する合理的な理由がないほか,仮にそのような指示がされたとしても,被控訴人Xがデザイン社から資金調達した際の名目に合致させるための記載と推測される余地もあるのであって,Cの供述は直ちに採用することができない。

そのほか,本件全証拠を検討しても,これらの時期に合計6000本もの本件製品を控訴人会社が被控訴人Xに売却,出荷した事実も,同被控訴人が同控訴人から仕入れ,入荷した事実も認められないから,控訴人らの上記主張は採用できない。

ウ 控訴人らは,原判決別紙弁済表1No.15ないしNo.17のAに対する貸金債務振替合計7000万円については,Aは承諾していないものというべきであり,未払であるというべきであるとも主張する。

しかしながら,Aは,当該7000万円の貸金債務の振替について承諾しており(甲87),控訴人らの主張はその前提自体が誤りである。

エ 以上からすると,控訴人らの主張は採用できない。

(2)  本件製品による代物弁済等について

ア 被控訴人会社による第三者弁済

(ア) 前記引用に係る原判決の認定事実(11)によれば,被控訴人会社は,被控訴人Xから本件事業の譲渡を受けた後,特別会員,協力会員から,募集の際の約定に従った本件製品の無料贈呈や預託金の返還等を求められ,被控訴人会社の事業にも支障が生じるような状況であったことから,原判決別紙弁済表2記載のとおり,平成19年1月7日から,これらの会員に本件製品(合計2196本)を提供したほか,平成20年6月25日,特別会員のDに対し,預託金の一部(50万円)を現金で返還したことが認められる。

(イ) 前記認定事実(1)によれば,特別会員制度等により会員から預託金を受領したのは控訴人会社であり,被控訴人Xは,本件事業譲渡において,同控訴人の債務を承継しないものとされ,会員らに対し,本件製品を無料で贈呈したり,預託金を返還したりする債務は負担していなかったのであるから,被控訴人会社が同製品を提供し,あるいは,預託金の一部を返還履行したのは,第三者である同控訴人の債務の履行(弁済あるいは代物弁済)であったということができる。

しかし,本件全証拠を検討しても,被控訴人会社が控訴人会社の委託を受けて本件製品の供給等を行ったとは認められないから,事務管理として行われたものというほかない。

(ウ) 控訴人らは,被控訴人会社による前記弁済ないし代物弁済は,債務者である控訴人会社の意思に反するものであると主張する。

この点について,実際,控訴人会社は,被控訴人会社とともに特別会員から預託金返還請求訴訟を提起された際,平成20年8月1日付け答弁書において,預託金返還については控訴人Y1のみが責任を負うものであるなどと記載しているものである(甲69)。

また,控訴人Y1は,原審における本人尋問において,被控訴人らに対し,再三再四,特別会員らに対する本件製品の送付を中止するように申し入れていると供述しており,被控訴人Xの陳述書(甲85)にも,同年2月8日には,控訴人会社の代理人弁護士から本件事業譲渡の効力を争う旨の通知書が送付されたと記載されている。

そうすると,被控訴人会社による前記弁済ないし代物弁済は,控訴人会社の意思に反してされたものといわなければならないところ,同被控訴人は,被控訴人Xが代表取締役として経営する会社であって,被控訴人会社が本件事業の譲渡を受けた被控訴人Xから当該事業の譲渡を受けてこれを承継しているものであり,本件製品を日常的に飲用する顧客である特別会員,協力会員との紛争を円満に解決し,本件事業を円滑に遂行するために,同製品の無料贈呈や預託金の返還要求に応じることには合理性があること,被控訴人会社は,控訴人会社の商号を引き続き使用する者として一部の特別会員から会社法22条1項の責任を追及されていたこと(甲69の2)などに鑑みると,原判決別紙弁済表2記載の各弁済について法律上の利害関係を有する者であり,同控訴人の意思に反しても弁済をすることができるというべきである(民法474条2項)。

(エ) したがって,被控訴人会社は,控訴人会社に対し,現存利益の求償を請求することができるものである(民法702条3項)。

(オ) この点についても,控訴人らは,控訴人会社による本件製品の供給は,被控訴人Xが本件事業譲渡に係る代金を完済して同製品の処分権限を取得する前に行われたもので,被控訴人会社が経済的出捐をしたものとはいえないと主張する。

しかしながら,本件事業譲渡において,平成19年12月28日当時の本件製品(在庫品)の被控訴人Xに対する譲渡は,同被控訴人による代金の支払に先行して履行すべきものであると解される(本件覚書2条3項)から,控訴人らの主張は採用できない。

イ 担保仕掛品に係る控訴人らの主張について

(ア) 控訴人らは,当審において,平成16,7年ころから,控訴人会社は,本件製品の原液を特別会員預り金担保品として販売用分と区別して保管し,計算書類上も「担保仕掛品」名下に1億7558万1666円分計上しており,この担保仕掛品は,本件事業譲渡によっても,控訴人会社から被控訴人Xに承継される資産の対象外とされるべきものであるから,被控訴人会社が,上記担保仕掛品1億7558万1666円分から特別会員に本件製品を頒布する限り,格別の事務管理費用が発生することはないなどと主張する。

(イ) 確かに,平成18年度控訴人会社確定申告書(乙15)によると,計算書類上,控訴人会社には,仕掛品の残高1億3157万3435円のほか,1億7558万1666円が「特別会員預り金担保品」として計上されている。

しかしながら,証拠(甲80,81)によると,控訴人会社では,平成10年ころから特別会員制度を開始したにもかかわらず,平成18年度の決算において,仕掛品の一部(1億7558万1666円)が「特別会員預り金の担保商品として振替 期末特別会員預り金の残高の1/3」として担保仕掛品に振り替えられるまで,計算書類上,担保仕掛品なる費目は存在していない。

また,控訴人会社は,平成18年10月ころに会社を解散する予告をしたのであるから,特別会員からの返済請求等を通じて期末特別預り金残高も減少していることが予測されるところ(控訴人らは,約2億4000万円を返済したと主張している。),その3分の1が計上されるべき担保仕掛品については,平成19年1月から6月までの資料に基づく計算によると,1億7558万1666円のまま変動していない(なお,平成19年度決算報告書(乙8)においても同様に変動していない。仕掛品についても同様である。)。

(ウ) 控訴人会社の担保仕掛品に関するこのような処理は,特別会員制度開始から長期間経過後の同控訴人が解散を予告する直前という不自然な時期に行われており,先に指摘したとおり,担保仕掛品として本件製品を確保していたのであれば,同控訴人の解散を予告するに当たり,特別会員に対してその旨通知しなかったのみならず,かえって早期の注文を呼びかけたこととも整合しない。さらに,本件事業譲渡に関する控訴人Y1と被控訴人Xとの交渉過程において担保仕掛品について言及されていた事情はうかがわれず,むしろ同控訴人は,公租公課の支払にも困窮し,本件事業譲渡の代金が入金されれば,特別会員に対する返済必要分その他の負債も全て完済することができるとして,入金を促していたものである。

(エ) なお,平成22年6月にCが撮影したとされる写真(乙14)には,「特別会員分」と表示されたタンクが見られるものの,これは,Cが被控訴人会社を解雇される直前に撮影されたものであって,Cによる作為が加えられた可能性は否定できない。

この点について,Cは,当審における証人尋問において,弁護士から,特別会員の担保品については目に見える形で区分するようにとの指示を受け,本件製品の原液が貯蔵されたタンクのうち原液の仕込みが古い200リットルタンク約20基について「特別会員分」と表示し,同製品を充するなどによりタンクが空になった場合,別のタンクに表示を移動させていた,担保仕掛品は,無償贈呈分のほか,預託金の返還のために使用することが予定されていた,被控訴人Xは,担保仕掛品が存在することを知っていたようであった,本件事業譲渡の直後である平成19年12月27日及び28日,現金での返還を希望する特別会員約40人に対し,同被控訴人は,お金で返すことは引き受けていないからできないが,同製品で返すことはできるので,了承してほしいなどと説明していたなどと供述する。

確かに,控訴人会社は,毎年,一定本数の本件製品を無償贈呈することを条件に預託金を集めていたのであって,無償贈呈分すら確保されていない場合には,預託金の募集行為自体が詐欺行為であると非難されかねないものであるから,無償贈呈分を形の上でも確保しておく必要があったことは否めない。

しかしながら,そうであるからといっても,預託金は,償還期限において金銭にて返還されることが原則であるから,控訴人会社が,特別会員らの同意を得ずに,本件製品を代物弁済することはできないところ,先に述べたとおり,同控訴人は,特別会員らとの間で,担保仕掛品として保管している同製品について,その所有権は特別会員らに移転したものとして取り扱う旨の説明や合意を得ているものではないし,無償贈呈分として確保している旨すら告知しているものではない。

したがって,弁護士が担保仕掛品に関する処理を指示したとしても,それは,せいぜい無償贈呈分を確保している旨を明らかにするものと推測され,当該処理は,控訴人会社内部における取扱いないし計算書類上のものにすぎず,1億7558万1666円もの本件製品が実際に担保品として,しかも,特別会員の所有物として確保されていたものと認めることはできない。

(オ) そして,以上のような担保仕掛品であれば,これが実在したとしても,控訴人Y1と被控訴人Xとの間の交渉過程において,本件製品の一部が担保仕掛品として特別会員の所有物として引き継がれることについて協議された形跡もないことに合致するばかりでなく,本件覚書において,控訴人会社の平成19年12月28日に現存する同製品の一切は被控訴人Xに譲渡されるものとされており,また,同控訴人の負債は承継されないものと定められていた以上,被控訴人らにおいて,控訴人会社が担保仕掛品として認識していた同製品であっても,その所有権を取得し得ないというものではなく,その用途が特別会員に対する返済に充てることに限定されるという前提もない。

控訴人らの主張は採用できない。

ウ 控訴人会社の出捐額

(ア) 被控訴人会社は,特別会員らに合計2196本の本件製品を供給したものであるところ,控訴人会社は,特別会員に対する無料贈呈分(原判決別表2の「現品交付」)については,同製品を特別会員に送付する義務を免れることによって利得を得ており,同製品による代物弁済分(原判決別表2の「現品交付(相殺)」「現品交付(プリ)」)については,それぞれ代物弁済により消滅した債務を免れるという利得を得ているものである。

もっとも,被控訴人会社は,控訴人会社の現存利益の限度において費用の求償を請求することができるところ(民法702条3項,1項),同控訴人の特別会員に対して本件製品を無償贈呈し,あるいは同製品によって代物弁済したのであるから,同被控訴人が支出した費用は,同製品の価格に本数を乗じて算出すべきことになる。

(イ) そして,本件製品の価格については,被控訴人会社が同製品を製造販売していることに鑑みれば,同製品を少なくともその仕入価格で調達することが可能であるところ,被控訴人Xは従前,販売店として控訴人会社から同製品を1本当たり2万6250円で仕入れていた(甲63。枝番省略)ことが認められるから,ほかに同製品の仕入価格に係る的確な証拠が存しない本件においては,被控訴人会社が同製品の無償贈呈あるいは代物弁済に要した費用は,同製品1本当たり2万6250円をもって相当と認めることができる。

これに反し,その費用が本件製品の定価5万2500円ないし控訴人会社が免れた債務額を弁済本数で除した1本当たり3万7000円又は3万8000円であるという被控訴人らの主張は採用しない。

(ウ) この点について,控訴人らは,被控訴人会社は特別会員らの所有物を発送したにすぎない,控訴人会社の現存利益は,平成18年(2007年)末の本件製品原液在庫本数と在庫金額から算出した同製品1本当たりの金額323.47円を基礎に算出しなければならないなどと主張する。

しかしながら,先に説示したとおり,本件製品の一部に控訴人らの主張するような意味で担保仕掛品が存在していたことを前提とする控訴人らの主張を採用することはできない。預託金は,本来,金銭で返還すべきものであって,特別会員らの同意を得ることなく代物弁済することはできないのであるから,控訴人らが,担保仕掛品について特別会員の所有物であるとか,特別会員らに優先して提供すべき物であるとか認識していたとしても,そのような認識に従い,特別会員が預託金の返還に代えて,本件製品の提供を受けなければならないわけではなく,もとより被控訴人会社がそのような拘束を受ける理由はない。仮に,控訴人会社が早期の注文を求めた5万5000本の在庫が特別会員の担保仕掛品であり,控訴人らが主張するとおり,特別会員の大多数は代物弁済に応じるはずであったというのであれば,本件事業譲渡前に1ケース24本当たり120万円で全て代物弁済すれば,預託金の返還は十分可能であったものであるのに,その形跡もない。

また,原液在庫本数と在庫金額から本件製品の原価を計算すること自体,不適当であることは明らかである。控訴人の主張は採用できない。

(エ) したがって,被控訴人会社が特別会員らに2196本の本件製品を供給するのに要した費用は,合計5764万5000円(=2万6250円/本×2196本)となる。

エ 控訴人会社の現存利益

控訴人会社は,被控訴人会社による弁済により,本件製品の無償贈呈義務や預託金返還債務を免れたことにより,同被控訴人がそれに要した同製品の仕入価格相当額の利得を現に得ているものと認められるから,同被控訴人が,平成20年6月25日,特別会員の1名(D)に預託金の一部50万円を現金で返還した分をも加えて算定すると,同控訴人が返還すべき利得額は,合計5814万5000円となり,被控訴人Xは,被控訴人会社から,同控訴人に対する同額の求償金債権を譲り受けたことになる。

オ 被控訴人Xによる相殺の意思表示

被控訴人Xは,原審第3回弁論準備手続期日(平成21年10月19日)において,前記エの求償金債権(5814万5000円)を自働債権として,本件事業譲渡に係る残代金債権(2318万6971円)と対当額で相殺する旨の意思表示をしている(当裁判所に顕著な事実)。本件事業譲渡契約において,被控訴人Xの残代金債務は,控訴人会社による事業譲渡が確認されてから履行すべきものとされており(本件覚書2条3項),弁済期が到来していないが,同被控訴人は,その期限の利益を放棄することができるから,弁済期の到来している前記エの求償金債権を自働債権として相殺することは許される。仮に,本件事業譲渡契約上,被控訴人Xの残代金債務が控訴人会社の履行すべき債務と同時履行の関係にあるとしても,同被控訴人において,その同時履行の抗弁権を放棄することは可能であるから,いずれにしても,両債権は上記相殺の意思表示の時点において相殺適状にあったものということができ,相殺の効力を認めることができる。

なお,上記相殺により,本件事業譲渡に係る残代金債権が消滅した以上,被控訴人Xによる残代金の履行遅滞に基づく本件事業譲渡契約の解除に係る控訴人らの主張は,その前提自体を欠くものであり,採用できない。

カ 求償金残額について

したがって,被控訴人Xが控訴人会社に対して求償することができるのは,上記相殺後の残金3495万8029円となる。

(3)  小括

以上によると,被控訴人Xの控訴人会社に対する請求中,第三者弁済に伴う求償金請求は,上記残金3495万8029円及びこれに対する同被控訴人主張の平成21年3月30日以降の遅延損害金の支払を求める限度で,理由がある。

4  争点(3)(被控訴人Xによる本件商標権移転登録手続請求の当否)について

当裁判所も,被控訴人Xが控訴人会社に対して本件商標権移転登録手続を求める請求は理由があると判断するが,その理由は,原判決30頁末行から31頁9行目までに説示のとおりであるから,これを引用する。

5  争点(4)(控訴人会社に対する本件製品の製造,販売等の差止請求の当否)について

(1)  競業避止義務の有無について

ア 本件事業譲渡契約は,本件製品の製造販売という控訴人会社の唯一の事業を第三者に譲渡し,その譲渡代金によって控訴人会社の債務を処理する一方,本件事業の譲受人である第三者には同控訴人の債務を承継させず,本件事業の維持,再生を図るという趣旨に基づき,同製品の製造に必要な千歳工場,機械等の設備はもとより,同製品に関する原料菌や特許権,本件商標権等,全ての財産を譲渡することを内容とするものであるから,本件事業譲渡後,譲渡人である同控訴人において本件事業を行うことは想定されていなかったと認められる。

また,本件製品は,千歳工場で製造され,日本国内全域において販売されていたものである。

イ そうすると,本件事業譲渡においては,明文の規定こそないものの,控訴人会社と被控訴人Xとの間で,同控訴人において本件製品の製造及び日本国内全域における販売を行わない旨の特約が黙示的にされたものと解するのが相当である。

したがって,控訴人会社は,本件事業譲渡の日から20年間,本件製品の製造及び日本国内全域における販売について,競業避止義務を負うものである(会社法21条1項)。

(2)  控訴人会社による本件製品の製造,販売等のおそれについて

控訴人会社は,本件覚書の効力を争い,平成22年10月27日の本件控訴審第1回口頭弁論期日において,被控訴人Xに対し,代金債務の履行遅滞により本件事業譲渡契約を解除する旨の意思表示をしているところ,争点(5)の判断について後に詳述するとおり,本件製品の製法を熟知している控訴人会社の代表取締役である控訴人Y1は,控訴人会社の顧客に対し,被控訴人らに対抗する活動費を得るために,同製品の廉価販売を持ちかけたり,被控訴人らに対する誹謗中傷行為を行っているものである。

そうすると,現時点で,本件製品の製造,販売を行っているのは被控訴人会社であることを考慮しても,なお,控訴人会社が同製品を製造,販売等するおそれはあるものと認められる。

(3)  小括

以上からすると,控訴人会社に対し,本件製品の製造,販売,頒布の差止めを求める被控訴人Xの請求は理由がある。

なお,本件事業譲渡契約は,控訴人会社と被控訴人Xとの間でされたものであり,被控訴人会社は,被控訴人Xから本件事業について譲渡を受けたにすぎないから,控訴人会社は,被控訴人会社に対し,競業避止義務を負うものではない。

したがって,被控訴人会社による差止請求は理由がない。

6  争点(5)(控訴人会社に対する営業誹謗行為の差止請求の当否及び謝罪広告(不正競争防止法14条)の必要性)について

当裁判所も,被控訴人らが控訴人会社に対して営業誹謗行為の差止めを求める請求は理由があるが,謝罪広告を求める請求は理由がないと判断する。その理由は,次のとおり付加するほかは,原判決32頁5行目から33頁9行目までに説示のとおりであるから,これを引用する。

原判決32頁22行目の「強く争っていること」の次に「,控訴人会社は,預託金の返還を求めた特別会員等に対し,上記各事実を記載した文書を送付し,被控訴人らの行為が原因で,控訴人Y1の経済状況が悪化し,現時点で返還が困難であるなどと説明したり,従来の顧客に対して,上記各事実を記載した文書を送付し,被控訴人らに対抗する活動費を得るために,本件製品の廉価販売を持ちかけるなどしていたこと」を加える。

7  争点(6)(控訴人Y1の責任の有無)について

(1)  被控訴人会社による第三者弁済について

ア 前記2に認定,説示したとおり,控訴人会社は,本件事業譲渡契約において,同控訴人の債務の処理をする義務があったにもかかわらず,これを怠り,被控訴人会社に対し,原判決別紙弁済表2の第三者弁済を余儀なくさせたものである。

そして,被控訴人会社は,本件製品の製造販売を唯一の事業とし,特別会員,協力会員などの同製品を日常的に飲用する顧客を主たる販売対象としているのであるから,控訴人会社が預託金の返還などを怠った場合には,本件事業を円滑に遂行するために,同製品の無料贈呈や預託金の返還要求に応じざるを得ないことは明らかである。

また,控訴人会社は多額の負債により返還資力を有しておらず,被控訴人会社を共同被告として,特別会員から預託金返還請求訴訟を提起されるような状況にある。

控訴人Y1は,控訴人会社の代表者として,本件事業譲渡契約の締結に直接関与しており,上記の事情を知悉しながら,本来,特別会員に対する預託金返還等については本件事業譲渡前に控訴人会社において行うべきであったにもかかわらず,その任務を怠って,預託金の返還等を行わなかったものである。

したがって,控訴人Y1は,上記任務懈怠によって,被控訴人会社に上記弁済を余儀なくさせ,同額の損害(5814万5000円)を生じさせたものであるから,会社法429条1項の規定により,被控訴人会社に生じた上記損害を賠償する責任があるというべきである。

イ 弁論の全趣旨によれば,被控訴人会社は,控訴人会社に対する前記3(2)エの求償金債権(5814万5000円)と同様,控訴人Y1に対する上記損害賠償請求権についても,これを被控訴人Xに譲渡したものと認められる。

そして,上記求償金債権と上記損害賠償請求権とは,不真正連帯の関係にあると解されるところ,被控訴人Xは,前記3(2)オのとおり,上記求償金債権のうち2318万6971円を自働債権として,本件事業譲渡代金の弁済に充当しているから,同被控訴人の控訴人Y1に対する損害賠償請求も,相殺後の残金3495万8029円及びこれに対する訴状送達の日の後である平成21年3月30日以降の遅延損害金の支払を求める限度で,理由がある。

(2)  営業誹謗行為について

前記6で認定した控訴人会社の行為は不正競争(不正競争防止法2条1項14号)に該当するものであるところ,控訴人Y1は,控訴人会社の代表者としての任務に反して,自ら上記不正競争を行ったのであるから,会社法429条1項の規定により,被控訴人らに発生した後記8の損害を賠償する責任があるというべきである。

なお,控訴人Y1の被控訴人らに対するこの損害賠償債務と,後記8の控訴人会社の被控訴人らに対する損害賠償債務とは,不真正連帯の関係にあるものと解される。

8  争点(7)(控訴人会社の競業,営業誹謗行為による被控訴人らの損害の発生及びその額)について

当裁判所も,控訴人会社の競業,営業誹謗によって被控訴人らが被った損害は,被控訴人Xについて,慰謝料100万円,弁護士費用10万円,被控訴人会社について,慰謝料250万円,弁護士費用25万円と認めるが,その理由は,原判決34頁16行目から35頁16行目までに説示のとおりであるから,これを引用する。

9  争点(8)(被控訴人Xによる本件土地建物の所有権移転登記手続請求の当否)について

本件覚書(甲4の1)第1条2項及び3項には,控訴人会社が,被控訴人Xに対して,同控訴人の所有する土地(別紙不動産目録記載2の土地ほか)及び千歳工場(同目録記載1の建物)をいずれも売却する旨が定められている。

したがって,控訴人会社が所有する本件土地建物について,売買を原因とする所有権移転登記手続を求める被控訴人Xの請求は理由がある。

なお,被控訴人Xは,譲渡を原因とする所有権移転登記手続を求めるが,本件事業譲渡の一環として本件土地建物が譲渡されたとしても,当該土地建物について個別的にみれば,無償譲渡と解されない以上,売買を原因とする登記手続を求める趣旨であると解するほかない。

10  結論

以上の次第であるから,本件控訴及び被控訴人会社の本件附帯控訴をいずれも棄却し,被控訴人Xの当審における請求の減縮及び本件附帯控訴に基づいて,原判決主文1項及び6項を本判決の主文1項(2)及び2項(1)のとおり変更し,被控訴人Xの当審において追加した請求を認容し,拡張した請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 滝澤孝臣 裁判官 井上泰人 裁判官 荒井章光)

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