知財高等裁判所 平成22年(ネ)10068号 判決 2011年9月05日
控訴人(一審原告)
X
被控訴人(一審被告)
株式会社日本製鋼所
訴訟代理人弁護士
野村晋右
同
池原元宏
同
岡島直也
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,30億4980万円を支払え。
3 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
第2事案の概要(略号は原判決の例による。)
1 控訴人(一審原告)は,中国遼寧省大連市の出身であり,大連工学院(現大連理工大学)卒業後,広島大学工学部に派遣され,工学博士号取得後,平成4年(1992年)に被控訴人会社(一審被告)に入社し,同社の研究所(広島市所在)を中心に勤務していた者である。
2 本件は,従業者たる控訴人が使用者たる被控訴人に対し,平成16年法律第79号による改正前の特許法35条(以下「旧35条」という。)3項に基づき,控訴人が被控訴人会社の職務として平成5年(1993年)から平成12年(2000年)にかけて発明し被控訴人に譲渡した下記①~⑧の各発明(本件各発明及び本件各ノウハウ)の譲渡対価金の一部である23億8960万円とこれに対する平成21年10月2日(訴状作成日)までの民法所定年5分の割合による遅延損害金の一部である6億6020万円の合計30億4980万円の支払を求めた事案である。
記
① 本件発明1(甲1)
・ 発明の名称 「注水発泡脱揮方法及び装置」
・ 特許番号 第2771438号(登録日 平成10年4月17日)
② 本件発明2(甲4)
・ 発明の名称 「注水発泡脱揮方法及び装置」
・ 出願公開番号 特開平10-249913号
③ 本件発明3(甲6)
・ 発明の名称 「二軸スクリュ押出機における押出量,圧力差,スクリュの回転速度,及びスクリュ流路内の充満長さの間の関係を推算する推算方法,並びに二軸押出機におけるスクリュのスケールアップを含む設計方法」
・ 出願公開番号 特開平11-245280号
④ 本件発明4(甲11)
・ 発明の名称 「樹脂中の水溶性不純物の洗浄方法及び洗浄装置」
・ 特許番号 第3261334号(登録日 平成13年12月14日)
⑤ 本件ノウハウ1(甲7の1~13)
・ 「脱揮用のものを含むポリマー加工用二軸押出機に関するスクリュ設計ノウハウ」
⑥ 本件ノウハウ2(甲8の1・2)
・ 「多段ベント押出機の脱揮モデルに基づくベント式押出機設計ノウハウ」
⑦ 本件ノウハウ3(甲9の1・2)
・ 「かみ合い型同方向回転二軸スクリュ押出機のスクリュエレメントの押出特性に関する実験的研究」により確立した押出性能の予測が可能なスクリュ構成設計技術
⑧ 本件ノウハウ4(甲10)
・ 「脱揮押出理論に基づいた(特に表面更新脱揮,注水発泡脱揮の機能を有する)高性能二軸スクリュ脱揮押出機の開発」に関するトータル設計技術
<判決注>平成16年法律第79号による改正前の特許法35条は,次のとおり。
1項:使用者,法人,国又は地方公共団体(以下「使用者等」という。)は,従業者,法人の役員,国家公務員又は地方公務員(以下「従業者等」という。)がその性質上当該使用者等の業務範囲に属し,かつ,その発明をするに至った行為がその使用者等における従業者等の現在又は過去の職務に属する発明(以下「職務発明」という。)について特許を受けたとき,又は職務発明について特許を受ける権利を承継した者がその発明について特許を受けたときは,その特許権について通常実施権を有する。
2項:従業者等がした発明については,その発明が職務発明である場合を除き,あらかじめ使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ又は使用者等のため専用実施権を設定することを定めた契約,勤務規則その他の定の条項は,無効とする。
3項:従業者等は,契約,勤務規則その他の定により,職務発明について使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ,又は使用者等のため専用実施権を設定したときは,相当の対価の支払を受ける権利を有する。
4項:前項の対価の額は,その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない。
3 原審における争点は,上記相当対価の有無とその金額等であったが,平成22年7月15日に原審の大阪地裁でなされた原判決は,上記争点につきいずれも消極に解して,控訴人の請求を棄却したので,これに不服の控訴人が本件控訴を提起した。
4 当審における争点も,原審と同様である。なお,当審では,第2回口頭弁論期日(平成23年4月18日)において,証人A(被控訴人会社知的財産部長)及び控訴人本人の各尋問を実施した。
第3当事者の主張
以下のとおり付加するほか,原判決の事実及び理由の「第2 事案の概要」のとおりであるから,これを引用する(なお,「原告」は「控訴人」と,「被告」は「被控訴人」と,それぞれ読み替える。)。
1 当審における控訴人の主張
(1) 本件発明1についての原判決の誤り
ア 本件発明1に係る特許(特許公報,甲1)は,1993年(平成5年)12月に出願したものである。これは,業界では初めての強制的(圧力下での)注水発泡によるポリマー脱揮の特許であり,本件発明1では,注水発泡脱揮機構を実現するためには,甲1の図2のような圧力勾配が必要であることを発見したのである。
本件発明1に係る発明方法の本質は,いかにして溶融樹脂中に注水することにより,その中に気泡を生じさせ,このようにできた内外圧力差が高い気泡を直ちに崩壊しないように,互いに依存しあう注水分散ゾーンと減圧膨張ゾーンを併用し,注水分散ゾーンにおける溶融樹脂中への水の分散具合,水の気化による気泡核の生成,減圧膨張ゾーンにおける気泡の成長を,その下流端部における気泡の崩壊も考慮に入れて,できるだけコントロールして脱揮効率に関わる溶融樹脂の内外拡散面積と拡散時間を稼ぐかということにある。前記減圧膨張ゾーンの下流端部を出る内圧の比較的高い発泡状溶融樹脂が,ベント部の真空にさらされる際,その中の気泡の崩壊は,気泡内外の圧力差による自然的崩壊とスクリュエレメントのせん断力を受けることによる強制的崩壊という2つの機構に起因している。
したがって,気泡の崩壊を認めないという原判決の判断は,非常識で誤りである。
イ 注水分散ゾーンと減圧膨張ゾーンを併用する場合,たとえ注水分散ゾーンにおいて水の分散が不十分であっても,減圧膨張ゾーンは,溶融樹脂圧力低下の緩和機能を果たせるとともに,水の気化潜熱により熱を奪われて,温度がある程度低下した溶融樹脂に温度回復時間を与え,溶融樹脂中の気泡の成長による見かけ拡散面積と拡散時間を稼ぐことにより,注水発泡脱揮機構による脱揮効果の向上を図ることができる。
本件発明1の請求項1における発明方法は,互いに依存しあう注水分散ゾーンと減圧膨張ゾーンを併用すること,特に減圧膨張ゾーンを設けることに特徴づけられ,減圧膨張ゾーンがなければ,融体中の気泡の成長をコントロールすることが不可能であり,「発泡」という特徴を有する同発明の注水発泡脱揮方法が成り立たない。
要するに,脱揮二軸押出機に関しては,注水分散ゾーンの下流側に減圧膨張ゾーンを設けるという特徴があれば,そこに適用されるスクリュエレメントの種類を問わず,いずれも本件発明1の請求項1の「注水発泡脱揮方法」という発明内容に当たるものである。
なお,原判決は,注水分散ゾーンと減圧膨張ゾーンを併用し,注水,分散,気泡核の生成と成長段階をコントロールすることにより脱揮効果の向上を図るという本件発明1の本質を離れ,減圧膨張ゾーン(30)において減圧リング(32)を用いなければ本件発明1の注水発泡脱揮方法の構成要件の一つとされる「C 前記減圧膨張ゾーン(30)の下流端部において気泡を崩壊させること」が不可能であるという誤判断をした上,減圧膨張ゾーンの「下流のベント口を含む部分にフルフライトスクリュを配置する」という本件発明1の発明装置(本来フルフライトスクリュが最適)に関する本質的でない部分を持ち出している。
さらに,原判決は,本件発明1において,減圧膨張ゾーンの下流端部で用いられるスクリュエレメントにより気泡の崩壊が可能であるにもかかわらず,「減圧リングに代わる手段により,減圧膨張ゾーンの下流端部(・・・)において,気泡を崩壊させている事実も認められない」と非常識な判断をしている。
また,前述のとおり,本件発明1に係る特許は,注水発泡脱揮技術に関する強い基本特許であって,控訴人が被控訴人において注水発泡脱揮技術を構築してきたため,甲24ないし甲27記載の●●●●脱揮用TEXを除くほとんどの脱揮用TEXにおいて,本件発明1の注水発泡脱揮技術が適用されているものであり,被控訴人における控訴人の高性能脱揮用TEXの開発経歴からすれば,乙9ないし11に記載されたTEX44,TEX280,TEX400においても,本件発明1の注水発泡脱揮方法が用いられていることが明らかである。
なお,乙9ないし11記載の注水部スクリュ構成は,甲63,64に示される被控訴人の従来の注水脱揮技術と異なり,堰止め形状を採用していない。
(2) 本件発明2についての原判決の誤り
ア 本件発明2は,発明方法の面では,本件発明1と比べ,一つのシールリングしか使わない点により,アメリカ特許(甲5)を獲得している一方,本件発明1と同様に減圧膨張ゾーンを用いていることを理由に国内特許の登録を拒絶されたが,発明装置の面では,●(省略)●を,その押出特性の逆転現象(発泡状溶融樹脂の見かけ体積流量が牽引流を超えると,流れ抵抗性のものになる現象)を用いる点は,発明の実質を備えている。被控訴人は,同発明の拒絶査定までに,同発明の発明装置の実施例をそのまま実施して,独占の利益を得ていながら,職務発明対価請求を予測し,本件発明1の基本特許の強みを盾にして,発明者の控訴人に拒絶理由通知書を見せず,不服審判を求めるかを問い合わせず,不服審判のチャンスを意図的に逃してしまった。また,被控訴人は,信義則に反し,外国特許を実施した場合,国内特許の実施と同様に実施報奨金を支払うという被控訴人社規(甲65)を隠ぺいするとともに,原審の口頭弁論では,脱揮用TEXにおいて本件発明1,2の注水発泡脱揮方法を用いていないならば,どのような脱揮方法を使っていたかの点につき,弁明しなかった。
原判決は,上記の被控訴人の違法行為を許したまま,同発明の実施による独占の利益を認めないと判断しており,誤りである。
イ 控訴人は,平成5年12月ころ,オリジナルな注水発泡脱揮技術に関する本件発明1を特許出願した後,平成8年初めころから,その装置面の改良技術である本件発明2の案を被控訴人社内における●●脱揮TEX44と乙10の●●●●●脱揮用TEX280の受注テストに実施した全過程に参画し,前記両テストに成功した後,自信を持って本件発明2の発明提案書を被控訴人に提出したものである。
控訴人は,本件発明1における第1リング12は,実際には邪魔であるため,その代わりに混練分散性能の良いニーディングディスクを1枚増やすことを検討するとともに,減圧膨張ゾーンにおいて,セルフクリーニング性のない減圧リングを用いることに懸念を抱き,その代替技術を探る際,既に理論的にも実験的にも考察できたフルフライトスクリュの押出特性の逆転現象に想到した。
水を十分に混合分散された融体は,シールリングを超える際,急に減圧され膨張することにより,その見かけ容積流量は数倍増える。そして,フルフライトスクリュの押出特性とは,無次元体積流量と無次元圧力勾配の関係を表すものであり,●(省略)●をシールリングの下流側に使うと,前述の数倍膨らんだ発泡状溶融樹脂の見かけ体積流量が前記フルフライトエレメントの牽引流(甲9の図5の切片)を超える際,前記フルフライトエレメントにおける融体圧力勾配(甲9の図5の横軸)がマイナスとなり,輸送性のフルフライトエレメントでも流れ抵抗性のものに変わるのである(甲9の図5)。
そこで,控訴人は,●(省略)●が減圧膨張ゾーンの役割を果たすことができ,また,高温溶融樹脂中の気泡は,その内外圧力差が高いことにより,ベント部の真空にさらされる際の自然的崩壊とスクリュ回転のせん断力による強制的崩壊が起こり,残りは,下流側の脱揮ゾーンにおけるスクリュ回転のせん断力を受けながら崩壊されると考えたものである。
以上のとおり,本件発明2の発明装置は,特許法2条に定義される「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」である。
なお,被控訴人が提出した乙9ないし11は,本件発明1,2の発明方法と本件発明2の発明装置の実施例をそのまま実施した被控訴人製品の脱揮用TEX44,TEX280,TEX400のスクリュ構成そのものであり,これにより,被控訴人は,本件発明2の実施という事実を否定できず,むしろ黙認していることになる。
(3) 本件発明2の進歩性について
ア 拒絶理由通知書における引用文献1(特開平4-232721号公報〔乙16〕,以下「乙16公報」という。)の記載からすると,乙16公報記載の発明は,水を共沸添加剤として,これとモノマーの共沸機構により,合成物質溶融物からモノマーを抽出する脱揮機構を利用しているものと解される。しかし,乙16公報に挙げられたポリスチロール,モノマーのスチロールと水との3成分系に関しては,モノマーのスチロールと水の共沸機構は考えられないほか,いずれにしても共沸機構のあるポリマー,モノマーと水の3成分系に限られているため,モノマーと水の共沸機構を利用する脱揮技術は汎用性がないものと解される。
また,乙16公報記載の発明装置は,「圧力ブラインド」と「押出し機の処理室」との2つの要件により構成され,かつ「圧力ブラインド」を「押出し機の予め選択された位置で水噴射位置の下流にすぐ接して」,「水の気化を防止する圧力で合成物質溶融物と混合」する手段を採っている。このように,同発明は,「圧力ブラインド」だけで溶融物の圧力を立てようとしながら,これが水噴射位置の下流にすぐ接することに加え,水の溶融物中への混合分散手段を採っていないため,溶融物の圧力が立てられず,水の溶融物中への分散,滞留時間を与えないことにより,溶融物中に注入された水が分散されていない連続相となり,気化する際,発泡できずにすぐ脱ガス開口部へバイパスしてしまうものと解される。
このように,乙16公報において開示された「発泡」は,主に合成物質溶融物が減圧される際,その中に含まれるモノマーに起因し,気化した水を不活性ガスとしてモノマーの分圧を低減する役割だけをしているという脱揮効率の低い脱揮技術であると解される。
これに対し,本件発明2(又は本件発明1)は,脱揮手段として,注水分散ゾーン,減圧膨張ゾーンと脱揮ゾーンという3つの部分で構成され,融体圧を立てるために,注水分散ゾーンにおけるシールリングと混練分散性スクリュエレメントの高粘度融体流れへの抵抗効果を利用し,融体中への水の滞留時間と混合分散効果を講じるために,前記混練分散性スクリュエレメントを合理的に多用し,分散状水の気化によりできた溶融樹脂中の気泡に成長時間を与えるために,ある程度融体流れ抵抗のある減圧膨張ゾーンを設置し,このようにして,水を圧力下でポリマー中に注入し,なるべく液体の状態で混合分散させ,水の分散による気泡核の生成,気泡の成長,崩壊との物理的過程をコントロールすることにより,揮発分の拡散面積を稼ぐ強制的注水発泡脱揮技術である。
このように,本件発明2(又は本件発明1)の強制的「注水発泡脱揮」という発明は,乙16公報記載の発明とは全く異なる脱揮機構に基づくものであり,本件発明2と本件発明1は,トータルな強制的「注水発泡脱揮」技術を構成し,世界初のものであることは否定できない。
このほか,脱揮用二軸押出機のスクリュ回転方向については,脱揮機構以外に,スクリュ流路の排気機構を講じなければならず,脱揮に適用する二軸押出機は,スクリュ流路がベント部に連通可能なかみ合い型同方向回転二軸押出機が最良であって,「二軸押出機の回転方向を,同方向にするか,異方向にするのかは,押出材料等の性質に応じて当業者が適宜選択し得るものであり,乙16公報に記載された発明の二軸押出機を同方向回転するスクリュとして,本願請求項1に係る発明とすることは,当業者が容易に想到し得た」との拒絶理由は明らかに誤りである。
以上からすれば,本件発明2に係る拒絶理由通知書における,請求項1記載の発明につき「進歩性がない」との判断は誤りである。
イ また,本件発明2の請求項2,3の発明に関する拒絶理由通知書の判断②(「引用文献1記載の発明において,注水分散ゾーンの下流端と,ベントポートの間に,押出性を有する減圧膨張ゾーンを設けることは,当業者が容易に想到し得た」旨)からすれば,乙16公報記載の発明の脱揮手段に使われる「押出機の処理室」が,本件発明2の強制的注水発泡脱揮手段を構成する「注水分散ゾーン」と同等である旨誤認しているものと解される。
しかし,乙16公報記載の発明は,「押出機の処理室」がリングと混合分散性エレメントからなる「注水分散ゾーン」と同等の昇圧,混合分散と滞留時間延長との機能を持っていないため,その共沸添加剤注入脱揮機構は,本件発明2における強制的注水発泡脱揮機構と異なる。
また,本件発明2の請求項2において,「押出性を有する減圧膨張ゾーン(17)を設け,前記ポリマー融体の流速を緩和することを特徴とする」と記載されており,これは,「ある程度融体流れ抵抗のある減圧膨張ゾーンを設置する」との意味である。
このように,「減圧膨張ゾーン」は,本件発明2独特の強制的注水発泡脱揮技術における気泡成長段階のコントロール手段として発明され,乙16公報記載の発明にはないことが明らかである。
したがって,拒絶理由通知書における上記②の判断は,本件発明2の請求項2における「減圧膨張ゾーン」の「ポリマー融体の流速を緩和する」という重要な機能を看過しており,明らかに誤りである。
ウ なお,乙20及び乙22記載の脱揮手段は,水を気化させ,不活性ガスとして利用する,脱揮効率の悪い技術である。
また,乙21記載の脱揮手段は,水を気化させ,不活性ガスとして利用するか,又はスチームを不活性ガスとしてそのまま使用する,脱揮効率の悪い技術である。
これに対し,本件発明2は,水の分散による気泡核の生成,気泡の成長,崩壊との物理的過程をコントロールすることにより,揮発分の拡散面積を稼ぐことを講じて,注水分散ゾーン,減圧膨張ゾーンと脱揮ゾーンという3つの要素から構成される脱揮効果の優れた強制的「注水発泡脱揮」技術であり,その効果は,被控訴人の脱揮用二軸押出機製品TEX44,TEX280及びTEX400(乙9ないし11)への実施から明らかである。
また,近年,Coperion社(旧Werner社)は,本件発明1(甲1)の図2及び本件発明2(甲4,5)の図1並びに同発明の注水発泡脱揮機構に関する甲10の図6を真似たもの(甲69)を,同社のホームページに掲載しており,本件各発明の効果は国際的にも認められている。
(4) 本件発明3についての原判決の誤り
ア 被控訴人での社内で,1998年(平成10年)ころ,スクリュ折損による年間損失が億円単位に上ったことで大変騒いでいたが,控訴人は,既に研究報告書(甲49)でスクリュ設計の研究を取り上げていたため,その件の深刻さが早く分かり,本件発明3を特許出願したものである。
被控訴人は,本件発明3(本件ノウハウ1を含む)の請求項2のスクリュ設計技術に関して,控訴人の用意したパラメータと被控訴人の自選したパラメータを用いて,被控訴人のTEX用スクリュと最強競合メーカー旧Werner社のZSK用スクリュの3D設計図を製作し,同発明のスクリュ設計方法をマスターしており,平成12年ころ,一躍,世界最大級TEX400の設計,納入に成功した。
なお,被控訴人は,平成12年3月6日から29日にわたって,控訴人の教授により何回も練習してクリアランスを設計する度に,自作していたクリアランスの3D設計図(甲7の4,8,12)を控訴人に渡しており,これらの設計図は,被控訴人が,控訴人から教授を受けた,熱膨張を考慮に入れたスクリュ設計方法(本件発明3の請求項2の発明内容)をマスターして,自由自在に使えるようになったことの有力な証拠である。
しかし,被控訴人は,平成14年に,職務発明対価請求を予測して,後記イのとおり,同発明の請求項1,3の発明内容を窃取して新たな特許出願に差し入れる(甲66)とともに,発明者の控訴人に拒絶理由通知書を見せず,不服審判を求めるかを問い合わせず,不服審判のチャンスを逃してしまった。
このように,被控訴人が本件発明3のスクリュ設計方法をマスターしておらず,独占の利益を得ていないという原判決の判断は,前述の被控訴人の信義則に反する違法行為を許すものであり,誤りである。
しかも,スクリュの熱膨張を考慮に入れたスクリュ設計技術に関する本件発明3の請求項2の発明は,審査段階においては拒絶されていなかったもので,発明の実質を備えるものである。
イ 被控訴人は,本件発明3の請求項1,3の内容(本件ノウハウ3を含む。)を窃取して,同発明の請求項3の押出式による推算方法の発明内容を,「スクリュ式押出機のシミュレーション装置,そのシミュレーション方法及びシミュレーションプログラム」という新たな別件特許出願(出願日平成14年10月31日[特願2002-317803号],公開日 平成16年5月27日[特開2004-148722号],出願人 株式会社日本製鋼所,甲66)の請求項3の発明内容(「圧力差」の算出)に差し入れ,本件発明3の請求項1の押出式を甲66の(式1’),(式1’’)にしていた(甲66の段落【0026】,【0027】参照)。
また,本件発明3の請求項1の押出式は,スクリュの押出特性に関して,初めての有用な無次元式であり,甲66から理解できるように,被控訴人が,脱揮用や混練用TEXのスクリュ設計に関して,前記「スクリュ式押出機のシミュレーション装置・・・」により,樹脂流量やスクリュ長さ,樹脂粘度,スクリュ回転数を用いて推算したスクリュ流路内の圧力差を正確に表現する上で欠かせないものである。
被控訴人が,本件発明3の請求項1,3の内容を変形して新たな特許出願に差し入れたことは,窃盗行為に該当し,信義則違反でもある。
ウ このほか,平成12年(2000年)のTEX400をはじめ,その後のTEX360(甲55,59,60)が,いずれも正常に運転できていたことからすれば,被控訴人が本件発明3又は本件ノウハウ1(甲7の2)の熱膨張を考慮に入れたスクリュ設計技術ではなく,被控訴人の従来技術(甲7の2のTEX-αSPEC表)を採用していたとは信じ難い。
(5) 本件発明4についての原判決の誤り
原判決は,被控訴人が提出した乙6,7を根拠にして,「本件発明4がTEX140において実施された事実は認められず,他に本件発明4の実施を認めるに足りる証拠もなく,同発明について被控訴人に独占の利益が生じたと認めることはできない」と判断している。
しかし,乙6(陳述書)の作成者のBは,本件発明3の請求項1,3の発明内容を窃取して新たな特許出願(甲66)の内容に差し入れた発明者の一人でもあり,同発明を自分で行ったように被控訴人の技術PR資料(甲31)を作っていた著者でもある。
Bは,平成13年4月から被控訴人の技術開発部門に所属する者であるが,本件発明1,2を実施したTEX44とTEX280(乙9,10)の開発は平成8年のことで,本件発明4を実施したTEX140の開発は平成9年ころであり,本件発明1ないし3を実施したTEX400の開発は平成12年ころであり,いずれも1年から5年前のことなので,本件各発明の経緯については全く知らないにもかかわらず,本件発明2の発明装置の実施例をそのまま実施した乙9ないし11を否認するという,非常に問題視されるべき者である。
また,被控訴人が提出した乙7(被控訴人の中で最もおとなしく信頼されるべき元社員のCにより,平成10年9月に作成された報告書)は,樹脂ペレット(その中の溶質の拡散係数が相当低い)を洗浄するという洗浄効率の悪いバッチ式樹脂洗浄技術であるため,本件発明4の連続式溶融樹脂洗浄技術より劣ることが明らかであり,乙7に基づいて本件発明4の実施を認めない原判決の判断は,非常識で誤りである。
なお,被控訴人において,控訴人が勝手に本件発明4の実施業績を報告できるわけではなく,甲62の「押出機TEXの受注・引き合い状況(H8年度)」の表における情報は,被控訴人の別の社員らが提供したものである。
(6) 本件各ノウハウについて
本件各ノウハウは,いずれも被控訴人の脱揮用TEXをはじめとするTEXの設計と用途拡張に関するものである。
(7) 本件ノウハウ1についての原判決の誤り
本件ノウハウ1は,いかにして本件発明3の請求項2のスクリュ設計方法を活用して,各種TEXへの設計に拡張するかに関するものであり,基本的には本件発明3の請求項2の内容に属する。
甲7の1,5~7に示すように,被控訴人は,本件発明3の請求項2の発明について実施しようとしたが,その内容を理解していないため,平成12年3月6日,控訴人に教授を要請してきた。控訴人が,それ以降同月29日まで教授したことにより,被控訴人は,何回も練習して,自作していたスクリュの3D設計図(甲7の4,8,12)を,それぞれ同月9日,10日,29日付けで控訴人に渡してきた。その中の甲7の4のTEX65標準仕様,甲7の8のTEX180標準仕様,甲7の11のTEX65仕様,TEX180仕様,被控訴人の最強競合メーカー旧Werner社のZSK58,ZSK90仕様は,いずれも被控訴人が自ら選択したパラメータと,控訴人が教えた計算法(甲7の2)により作成されたものである。
その結果,被控訴人は,本件ノウハウ1(本件発明3の内容)をマスターして,自由自在に各種スクリュの3D設計図を製作できるようになり,それまでTEX180までの従来設計技術しか持っていなかったのに,本件ノウハウ1により,一躍世界最大級TEX400の設計に成功した。
したがって,被控訴人が本件ノウハウ1をマスターしていないという原判決の判断は,明らかに誤りである。
なお,本件ノウハウ1によるTEXのスクリュ設計は,熱膨張を考慮に入れるだけで,折損防止と膜厚による脱揮性能向上の両効果を図ることができるため,被控訴人の従来スクリュ技術より優れている。
また,外径(D)と谷径(d)との比率は,当業者が適宜選択し得るが,熱膨張を考慮に入れたスクリュの設計こそが本件ノウハウ1の本質であり,これを「ノウハウとして秘匿されるべき内容のものであったともいい難い」とする原判決の判断は誤りである。
そして,被控訴人が,いったん熱膨張によるスクリュ折損を回避できるという控訴人の発明原理をマスターすれば,控訴人が教授した設計値を用いなくても,かなりの寸法範囲内で,いくらでもスクリュ間クリアランスを変えてスクリュ設計ができることはいうまでもない。
(8) 本件ノウハウ2についての原判決の誤り
ア 本件ノウハウ2①について
甲8の1の図11に示されるのは,非充満状態の各種スクリュ流路内の無次元脱揮特性,充満率と無次元融体流量間の依存性に関する推算結果であるところ,これは基礎的研究結果であり,脱揮用二軸押出機において,具体的にどのように非充満状態におけるスクリュエレメントの脱揮特性と押出特性を生かすかについてはノウハウとして温存していた。
控訴人は,以上の基礎的研究成果に基づき,●(省略)●スクリュ構成技術を確立した。
上記脱揮用スクリュ設計ノウハウは,非充満領域のスクリュ構成設計ノウハウであるところ,変造された乙13は,充満領域か非充満領域か,注水脱揮用のものか表面更新脱揮用のものかを確定できないあいまいなスクリュ技術であり,本件ノウハウ2の脱揮用スクリュ設計ノウハウとは比べることのできないものである。
かえって,甲63と甲64には,バレル領域において,●(省略)●を用いる被控訴人の従来のスクリュ構成技術が示されており,本件ノウハウ2のスクリュ構成ノウハウと,被控訴人の従来のスクリュ構成技術とが全く違うことがわかる。
原判決は,信用性のない乙13により本件ノウハウ2の効果を疑っており,誤りである。
イ 本件ノウハウ2②について
甲8の1,2の図10は,ベント口の(軸断面方向)開口角の大きさとそこでの無次元脱揮性能を示す基礎的研究成果であり,いかにこれを軸方向のベント設計に活用するかは,控訴人が温存したノウハウである。
被控訴人が本件ノウハウ2のベント設計ノウハウにより製作した中間ベントは,ロングベントより性能が優れ,かつベント口長さ設計リミットの●●●●長さより長く,本件発明1,2の注水発泡脱揮を適用する際,ベント部における表面更新脱揮の効果がその上流側の注水発泡脱揮の効果より顕著に小さいとみられ(なお,中間ベントを用いると,ベント開口領域における表面更新能力を多少犠牲にしても,注水発泡脱揮全体に対する影響はさほど大きくはない),中間ベントの設計は最適ではないが,一応技術上容認できるものである。
(9) 本件ノウハウ3についての原判決の誤り
本件ノウハウ3は,いかに本件発明3の請求項1,3の押出式とその応用に関する発明内容を,脱揮用のものを含む各種TEXに活用するかに関するものであり,実質上本件発明3の請求項1,3の発明内容に属する。
控訴人は,本件ノウハウ3につき「秘密部分」という認識を示したことはなく,本件ノウハウ3の内容が公開されているとしても,控訴人が本件発明1ないし3と押出脱揮関連の理論的研究成果で構築したトータル押出脱揮技術の一部として,被控訴人において実施されている。
(10) 本件ノウハウ4についての原判決の誤り
本件ノウハウ4は,本件発明2の「注水発泡脱揮方法と装置」を活用するためのものであり,本件発明2の実施例において,シールリングの下流側に●(省略)●を用いたのは,その押出特性の逆転現象を利用して,減圧膨張ゾーンの役割を果たせるという狙いがある。
これらの発明の複雑な注水発泡脱揮機構を理解するには,注水分散ゾーンと減圧膨張ゾーンにおける発泡状溶融樹脂の滞留時間,拡散面積と拡散時間等の概念,表面更新脱揮に関し,表面更新面積と更新時間の概念を理解する必要があり,被控訴人の登録ノウハウでもない乙14の脱揮技術では,注水「発泡」の概念もなく,注水脱揮と表面更新脱揮技術の差異を区別せず,脱揮技術に対する認識があいまいなまま,関連性のない滞留時間と表面更新面積という技術用語を用いている。
したがって,原判決が,本件ノウハウ4又は本件発明1,2を,被控訴人の乙14の脱揮技術と同視し,前者の実施による独占の利益を否定したのは誤りである。
なお,本来,どのような押出機でも,どの樹脂系でも,ベント数を多く設けると,それぞれのベント部が真空下に置かれるかぎり,脱揮が進むことから,ベントごとの溶融樹脂中の揮発分濃度は,右下がり傾向を示すのに対して,本件発明2の注水発泡脱揮技術は,「発泡」を講じない被控訴人の従来注水脱揮技術に比べ,脱揮効果の差異により製品中の最終揮発分濃度のオーダーが違うほどの,全く質の違う脱揮技術である。
また,注水脱揮の場合,本件発明1,2の「発泡」脱揮技術を講じないと,溶融樹脂に注入された水が,すぐにベント部にバイパスして気化してしまい,その際,ベント部真空度が一定の条件において,気相中の揮発分分圧を下げる効果があるため,注水しない場合より脱揮効果がある程度良くなることは常識である。
したがって,本件発明1,2を活用するための本件ノウハウ4と,被控訴人の従来注水脱揮技術を比べる際に,甲14の14図のグラフの傾向により,脱揮効果の指標となるポリマー製品中の揮発分最終濃度を考慮しないという原判決の判断基準は非常識である。
(11) その他のノウハウについての原判決の誤り
原料タンクの下流側にギヤポンプを設けるノウハウは,競合メーカーの技術(甲67)であり,被控訴人は,このような技術があることを解説しただけで,実施したことは一度もない。
これに対し,いかにギヤポンプを適時に用いるかは,控訴人のノウハウであり,これにより,初めてギヤポンプをLLDPE重合プロセスと脱揮プロセスからなるコンビナットに適用したものである。
したがって,上記「その他のノウハウ」による独占の利益を否定する原判決の判断は誤りである。
なお,上記のLLDPE重合・脱揮コンビナットへのギヤポンプの適時適用は,発明ではなくても,控訴人のノウハウ又は知見を生かしたものであり,控訴人がこれを被控訴人のユーザーである●●●●にアドバイスしたことで,実施できたものである。
2 当審における被控訴人の主張
(1) 本件発明1についての控訴人の主張に対し
ア 控訴人は,縷々主張した上,「要するに,脱揮二軸押出機に関しては,注水分散ゾーンの下流側に減圧膨張ゾーンを設けるという特徴があれば,そこに適用されるスクリュエレメントの種類を問わず,いずれも本件発明1の請求項1の『注水発泡脱揮方法』という発明内容に当たる」と主張する。
しかし,原判決が認定するとおり,本件発明1の請求項1では「減圧膨張ゾーンの下流端部において気泡を崩壊させる」(構成要件C)との限定があり,同構成要件を満たすためには減圧リング又は減圧リングに代わる気泡を崩壊させる手段が必要となる。かかる理解を前提に,原判決は,「減圧リング」又は「減圧リングに代わる気泡を崩壊させる手段」につき,被控訴人の製品にはそのような手段が存在せず,構成要件を充足しないと判断している。控訴人の上記解釈は,構成要件Cの存在を看過した,根拠のないクレームの拡張解釈であるといわざるを得ない。
また,控訴人は,「実際には,前記減圧膨張ゾーン(30)の下流端部において発泡溶融樹脂が真空状態にさらされるため,その中の気泡崩壊は,あくまで以下のように2つの機構に起因し,その1は,気泡内外の圧力差による自然的崩壊であり,その2は,前記減圧膨張ゾーン(30)の下流端部付近におけるスクリュエレメントのせん断力による強制的崩壊である。言い換えると,前記減圧膨張ゾーン(30)におけるスクリュエレメントの種類を変えても,これにより気泡の崩壊の程度に差異が生じるが,すべての気泡が崩壊するか崩壊しないというわけはない」とも主張する。
しかし,このような内容は,発明の詳細な説明を含め甲1のどこにも記載されておらず,到底,当業者が甲1の記載から請求項1の特許請求の範囲として理解できる内容ではない。むしろ,甲1には,「また,下流の減圧用リングにより最大限に気泡が崩壊され」(段落【0010】【作用】),「・・・この気泡を減圧膨張ゾーンの減圧リングのリング部で最大限に崩壊させ,その中の揮発分を真空中に暴露して拡散させ,脱揮効果を従来よりも大幅に向上させることができる」(段落【0019】【発明の効果】)と,それぞれ記載されており,発明の作用効果において,減圧膨張ゾーンの下流端部において気泡を崩壊させる手段として唯一記載されているのは「減圧リング」のみである(実施例も同様である。)。
仮に,控訴人のいうように請求項1に単に注水分散ゾーンの下流側に「減圧膨張ゾーン」を設けただけの構成が含まれると解釈した場合,かかる構成は昭和51年の時点で公知であったから,請求項1は公知の構成を含むクレームとして無効となる。
以上のとおり,「脱揮二軸押出機に関しては,注水分散ゾーンの下流側に減圧膨張ゾーンを設けるという特徴があれば,そこに適用されるスクリュエレメントの種類を問わず,いずれも本件発明1の請求項1の『注水発泡脱揮方法』という発明内容に当たる」という控訴人の解釈は成り立たない。
イ(ア) なお,本件発明1における技術的な特徴は,原判決の判断にもあるとおり,二軸押出機のシリンダ(1)内に設けられている注水分散ゾーン(10)と脱揮ゾーン(11)との間に,気圧を徐々に減圧させ気泡を成長させることによってポリマー融体(プラスチック原料)の流速を緩和する機能・作用を有する減圧膨張ゾーン(30)を設け,当該減圧膨張ゾーン(30)の下流端部において,円柱部(32a)と複数のスリット(32c)が形成された特徴的な形状の減圧リング(32)又は少なくともこれに代わる手段により,減圧膨張ゾーン(30)において成長した水の気泡を,同ゾーンの下流端部において崩壊させることにある(甲1,A証人)。
確かに,本件発明1の請求項1には,「前記減圧膨張ゾーン(30)の下流端部において気泡を崩壊させることを特徴とする」旨記載されているのみで,円柱部(32a)と複数のスリット(32c)が形成された特徴的な形状の減圧リング(32)又はこれに代わる手段が明記されていないが,請求項1記載の発明の技術的範囲も,減圧膨張ゾーン(30)の下流端部に減圧リング(32)又は少なくともこれに代わる手段を設置することによって,減圧膨張ゾーン(30)の下流端部において気泡を崩壊させる場合に限定される。
(イ) 以上の解釈の正当性は,以下の点からも根拠付けられる。
まず,本件発明1における独立項は,方法の発明として記載された請求項1と物の発明として記載された請求項3であるところ,このうち,請求項3については,混練分散スクリュ(13)の下流において円柱部(32a)とその下流部のリング部(32b)に複数のスリット(32c)を構成した減圧リング(32)を配置する構成とすることが発明の特徴とされている(甲1の請求項3,段落【0010】参照)。
他方,請求項1は,請求項3と同じ内容の発明が,方法の発明としてクレーム化されたものであり,請求項1の構成要件のうち「前記減圧膨張ゾーン(30)の下流端部において気泡を崩壊させることを特徴とする」との記載は,結局のところ,請求項3でいう,気泡を崩壊させるために減圧膨張ゾーン(30)の下流端部に設置した減圧リング(32)を,方法の発明として規定したものである。
また,上記の解釈は,明細書(甲1)の発明の詳細な説明にも合致するものである。
まず,同明細書(甲1)には,発明の作用として,減圧膨張ゾーンの下流端部において減圧リングにより気泡を崩壊させることが明記されており(段落【0007】,【0010】参照),請求項1の発明の効果として,減圧膨張ゾーンの下流に設けられた減圧リングにより気泡が崩壊されることが明記されている(段落【0019】参照)。
そして,発明の詳細な説明において,「減圧膨張ゾーン(30)」の「下流端部」において気泡を崩壊させる方法としては,減圧膨張ゾーン(30)の下流に「減圧リング(32)」を設ける以外の方法は一切記載されておらず,実施例としても,「減圧膨張ゾーン30」に「減圧リング32」を設けた実施例のみが記載されている。
さらに,上記の解釈は,本件発明1の出願経緯からも裏付けられる。
すなわち,本件発明1は,当初,物の発明としてのクレームとしては減圧膨張ゾーンの下流端にスリット構造を有するリングを設置する構成に限定しない構成を含めて出願された(乙18の請求項3)。しかし,その構成は公知であるとして拒絶理由通知を受けたため,被控訴人は,本件発明1を,減圧膨張ゾーンの下流端にスリット構造を有するリングを設置する構成に限定する補正を行った(当初の請求項4の構成に限定)。その結果,かかる限定された構成を前提に特許庁から本件発明1について特許査定が下されることとなったのである。方法の発明のクレームである請求項1の特許性が認められたのも,物の発明としてのクレームと同様の限定がある(すなわち「前記減圧膨張ゾーン(30)の下流端部において気泡を崩壊させること」が「減圧リング」に実質的に対応する)と考えられたからである。
(ウ) 本件発明1の技術的な特徴は以上のとおりであるが,被控訴人製品においてかかる本件発明1は実施されたことはない。すなわち,被控訴人製品に,「減圧リング」又は減圧リングに代わる手段により,減圧膨張ゾーンの下流端部(フルフライトスクリュが配置されている脱揮ゾーンよりも手前)において,気泡を崩壊させる方法が用いられたことはない。
控訴人が本件発明1を実施したとして挙げるTEX44,TEX280及びTEX400にも「減圧リング」は設置されておらず,減圧リングに代わる手段により,減圧膨張ゾーンの下流端部(フルフライトスクリュが配置されている脱揮ゾーンよりも手前)において,気泡を崩壊させる方法も採用されていない(乙9ないし乙11)。
(2) 本件発明2についての控訴人の主張に対し
ア 本件発明2における技術的な特徴は,請求項の記載(甲4)から明らかなとおり,二軸押出機のシリンダ(1)内に設けられている注水分散ゾーン(11)と脱揮ゾーン(12)との間に,気圧を徐々に減圧させ気泡を成長させることによってポリマー融体(プラスチック原料)の流速を緩和する機能・作用を有する減圧膨張ゾーン(17)を設けていることにある。減圧リング等の構成で限定していない点で本件発明2は本件発明1よりも広いクレームといえる。
事後的に評価すれば,被控訴人は,本件発明1を出願後,それよりも広いクレームの特許出願をしたことになるが,被控訴人では,担当部署の繁忙の程度,担当者の知識・経験の程度,発明者の出願要請の強さ等の諸事情により,このような出願が(事後的にみれば)誤ってなされることもあり,本件もそのようなケースと解される。
なお,控訴人は,控訴審において,被控訴人が控訴人に対し,本件発明2の拒絶査定時に不服審判を求めるか否かを問い合わせなかったとする趣旨の主張をするが,被控訴人は控訴人に対しこの点について意見を聴取しており,控訴人の主張は事実に反する。
イ また,控訴人の主張は必ずしも明らかではないが,本件発明2が「発明の実質を満たすか」を論じているようである。しかし,原判決の判断のとおり,本件発明2について独占の利益が生じたと認めることができない理由は,同発明が出願前に当業者が容易に発明をすることができたものとして登録を拒絶され,特許を受けることができなかったことにあり,本件発明2が発明の実質を満たさないためではない。したがって,控訴人の上記主張は的外れであり失当である。
また,控訴人は,被控訴人の「発明考案に関する取扱規定」(達示第18-13号平成18年4月1日)(甲65)の規定を根拠に,本件発明2が米国で登録されていることからその実施により生じた利益が独占の利益になるとも主張する。しかし,本件発明2は米国で登録されているものの同国において実施されていない上,前述のとおり日本においては出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであったから,いずれにせよ同発明が被控訴人の利益に寄与することはなく,控訴人の主張は理由がない。
ウ 本件発明2から独占の利益が生じ得ないこと
(ア) 本件発明2の出願審査経緯
本件発明2に係る日本での特許出願は,平成9年3月12日になされ,平成10年9月22日に公開された(甲4)。
その後,平成11年4月1日に出願審査請求がなされたが(甲4の出願情報),これに対して,平成12年11月13日(起案日),特許庁から拒絶理由通知が出された(乙1)。
同拒絶理由通知に対しては,被控訴人から本件発明2よりも特許請求の範囲を減縮する意見書及び手続補正書が提出されたが,特許庁の判断を覆すには至らず,平成13年4月6日(起案日),拒絶査定が出されるに至った(乙2)。
その後,拒絶査定の謄本送達日(平成13年4月17日ころ)から所定期間の経過により,本件発明2は特許要件を満たさないことが確定した。
(イ) 本件発明2のうち請求項1に係る発明につき
a 請求項1の拒絶理由
上記拒絶理由通知書においては,本件発明2(甲4)のうち請求項1に係る発明について,乙16公報に記載された発明(以下「乙16発明」という。)を根拠として,進歩性がないとの判断がなされている。なお,乙16発明は,日本においてはドイツ連邦共和国での出願を根拠とする優先権(優先日平成2年7月7日)を主張して平成3年7月5日に出願され,日本では平成4年8月21日に公開,ドイツでは平成4年1月16日に公開されていた技術である(乙16及び同17の1,2)。
上記拒絶理由通知書は,乙16発明と本件発明2のうち請求項1に係る発明との相違点として「本願請求項1に係る発明の二軸押出機が,同方向に回転するのに対し,乙16公報に記載された発明の二軸押出機が,同方向に回転するものであるかどうか不明である点」が認められるとし,かかる相違点については,「二軸押出機の回転方向を,同方向にするか,異方向にするのかは,押出材料等の性質に応じて当業者が適宜選択し得るものであり,乙16公報に記載された発明の二軸押出機を同方向回転するスクリュとして,本願請求項1に係る発明とすることは,当業者が容易に想到し得たものである」と判断している。もっとも,乙16公報の図2及び図4には同方向に回転する二軸押出機が記載されており(同方向に回転する二軸押出機の場合,構造上,2本のスクリュのらせんが同じ向きになる(換言すれば,2本のスクリュの山の峰が作る線が噛み合い部分で同じ方向(平行)になる。)ところ,乙16公報の図2及び図4には,2本のスクリュのらせんが同じ向きになっている(換言すれば,2本のスクリュの山の峰が作る線が噛み合い部分で同じ方向(平行)になっている。)構造が記載されているのであり,乙16公報の図2及び図4は同方向に回転する二軸押出機を図示するものである。なお,異方向に回転する二軸押出機の場合,構造上,2本のスクリュのらせんが右ねじと左ねじの異種の組み合わせになる(換言すれば,スクリュの山の峰が作る線が噛み合い部分でV字になる。)。),そもそも上記の点が実質的な相違点ともいい難い。
b 小括
以上からも明らかなとおり,本件発明2のうち請求項1に係る発明は,控訴人が被控訴人に入社する前に公知であった乙16発明と実質的に異ならないもの,又は,少なくとも乙16発明から当業者が容易に想到し得るものであるから,その実施の有無にかかわらず,遅くとも乙16発明が公知となった平成4年1月16日以降(控訴人の被控訴人への入社前である。)には,同発明によって被控訴人に独占の利益が生じることはない。ちなみに,控訴人によれば,本件発明2は本件発明1(日本での出願は平成5年12月15日である)の改良発明であり,控訴人が主張する被控訴人による本件発明2の実施は平成8年とのことであるから,本件発明2のうち請求項1に係る発明により被控訴人に独占の利益が生じていないことは一層明らかである。
(ウ) 本件発明2のうち請求項2及び3に係る発明について
a 請求項2及び請求項3の拒絶理由
前記拒絶理由通知書においては,本件発明2(甲4)の請求項2及び3に係る発明について,乙16公報及び本件発明1の出願公開公報を根拠に進歩性が否定されている。
すなわち,同拒絶理由通知書は,乙16発明と請求項2及び請求項3に係る発明の相違点を,「1)前記請求項1に係る発明で検討した相違点,2)本願請求項2に係る発明が,注水分散ゾーン(11)の下流端と,ベントポート(5)の間に,押出性を有する減圧膨張ゾーン(17)を設けて,ポリマー融体の流速を緩和するのに対し,乙16公報に記載された発明には,押出性を有する減圧膨張ゾーンがない点」とした上で,相違点1)は請求項1に係る発明において検討したとおりとし,相違点2)については,「気圧を徐々に減圧させ,気泡を成長させることによって,ポリマー融体の流速を緩和するような減圧膨張ゾーンを,注水分散ゾーンの下流端とベントポートの間に設けることは,当該技術分野においては周知の技術であるので(引用文献2参照),乙16公報に記載された発明において,注水分散ゾーンの下流端と,ベントポートの間に,押出性を有する減圧膨張ゾーンを設けることは,当業者が容易に想到し得たものである。」と判断している。
b 上記相違点2)が周知技術であることについて
上記拒絶理由通知書では,相違点2)の「減圧膨張ゾーン」を注水分散ゾーンの下流端とベントポートの間に設けることが周知技術であるとして,かっこ書で「引用文献2参照」と記載している。そこで,引用文献2(本件発明1の出願公開公報)の審査過程をみると,相違点2),すなわち「減圧膨張ゾーン」を注水分散ゾーンの下流端とベントポートの間に設けることが本件発明2の出願時点において周知技術であったことが一層よく理解できる。
① 本件発明1は,平成5年12月15日に出願されたが,出願当初の特許請求の範囲の請求項3(以下「本請求項3」という。)(乙18参照)に対しては,平成9年11月28日,拒絶理由通知書が出されている(乙19)。
② 本請求項3の「減圧リング(32)」は「注水分散ゾーン(10)」の下流端と「ベントポート(4)」の間に設けられており(出願時明細書の図1),この構成は,正に上記相違点2)の構成である,「減圧膨張ゾーン」を注水分散ゾーンの下流端とベントポートの間に設けることに相当する。そして,本請求項3の構成は,昭和50年代の引用文献1~3(特開昭54-126261号公報〔乙20〕,特開昭51-11882号公報〔乙21〕,特開昭51-566号公報〔乙22〕)により昭和51年の時点で公知であったのであり(乙19),本件発明2の出願時点においては周知技術となっていたのである。
c 小括
以上のとおり,本件発明2の請求項2及び3に係る発明は,乙16発明及び昭和50年代に公知となっていた周知技術により,出願前,さらには控訴人の被控訴人入社前から当業者が容易に想到し得たものであるから,その実施の有無にかかわらず,当該発明によって被控訴人に独占の利益が生じることはあり得ない。
(3) 本件発明3についての控訴人の主張に対し
ア 控訴人の主張は,理解困難な点が多々見受けられるが,いずれも原判決の判断の妥当性に疑問を差しはさむ内容ではない。
控訴人は,「本件発明3は,請求項2の熱膨張を考慮に入れたスクリュ設計方法の発明内容が拒絶されておらず,発明の実質を備え,特許法35条が適用される」とも主張するが,請求項2も含めて拒絶査定が確定しており,客観的事実に反し,内容も理解不能である。
なお,控訴人は,原審に引き続き,甲7の1ないし12のやりとりに基づいて,本件発明3の請求項2の内容を教授したと主張するものと解されるが,上記各証拠の記載からはそのような事実は窺われず,また,いずれにせよ,控訴人の提案するスクリュの設計方法がこれまでに被控訴人の製品に採用された事実はない。
このほか,控訴人は,控訴審において,被控訴人が控訴人に対し,本件発明3の拒絶査定時に不服審判を求めるか否かを問い合わせず,また不服審判の取下げについても意見を聴かなかったとする趣旨の主張をするが,本件発明2同様,被控訴人は控訴人に対しこの点について意見を聴取し,かつ,審判請求の取下げについては了解も得たのであるから,控訴人の主張は事実に反する。
イ 控訴人は,「被控訴人が本件発明3の請求項1,3の内容を窃取して」,別の特許出願(甲66)の「請求項3の発明内容(「圧力差」の算出)に差し入れ」たと主張するが,主張内容自体理解不能であり,また,「被控訴人が本件発明3の請求項1,3の内容を窃取」した事実はない。
(4) 本件発明4についての控訴人の主張に対し
控訴人の主張には不明瞭な点があるが,乙6及び乙7の信ぴょう性を問題にするものと解される。しかし,原判決が認定するとおり,乙7には,当該TEX140に洗浄機能を付加することが試みられたものの,装置が大きくなってしまうことから,平成10年9月に,●(省略)●を採用することとなったことが示されており,他方で,控訴人の主張は,その信ぴょう性に疑問を生じさせるものではない(むしろ,控訴人自身,乙7報告書の作成者であるCを信頼のおける人物と評している。)。
そして,原判決は,乙6及び乙7に基づき,控訴人が本件発明4を実施したと主張するTEX140において,結局,洗浄脱水機能が付加されなかったことを認定し,本件発明4がTEX140において実施された事実は認められず,他に本件発明4の実施を認めるに足りる証拠はなく,同発明について被控訴人に独占の利益が生じたとは認められないと結論付けているところ,かかる原判決の判断は理由・結論いずれにおいても正当である。
本件発明4における技術的な特徴は,従来,注水口よりも水を排出するスリットが上流に位置する明細書(甲11)の図2記載の構成であったのに対し,排出用スリットを注水口よりも下流に配置した,明細書(甲11)の図1記載の構成とした点にあるところ,被控訴人では,排出用スリットを注水口よりも下流に配置したTEXの納入機は現在まで1台もなく,そもそも,樹脂中に含まれる水溶性不純物を洗浄し,押出機から洗浄後の水を排出する構造を有するTEXの納入機自体が1台もない。控訴人が本件発明4を実施したと主張するTEX140についても,乙7から明らかなとおり,顧客の判断により押出機にそもそも洗浄脱水機能自体を付加しないことが決定されたのであり,同機にこのような構造は採用されていない。
(5) 本件各ノウハウについての控訴人の主張に対し
原判決が認定するとおり,控訴人は本件各ノウハウを被控訴人に教授したと主張するのみで,被控訴人への届出を行った事実を主張していない。したがって,そもそも,個別に議論するまでもなく,本件各ノウハウについて特許を受ける権利の譲渡が行われたのかも不明であり,その点だけをもっても本件各ノウハウを根拠とする控訴人の対価請求は失当である。
ア 本件ノウハウ1
そもそも,本件ノウハウ1の内容自体が原審での控訴人の主張から変遷しているように解されるが,原判決も認定するとおり,控訴人の挙げる甲7は被控訴人による本件ノウハウ1の実施を示すものではなく(事実としても,被控訴人は控訴人の提案したスクリュに関する数値を実際の製品に採用したことはない。),また,控訴人のその他の主張も,原判決の判断に対する有効な反論とはなっておらず,いずれも失当である。
イ 本件ノウハウ2
控訴人は,「乙13の技術は,本件発明2の注水発泡脱揮技術と全く違うものであることが分かる」と主張するが,結局のところ,控訴人が秘密部分であると主張した内容が乙13で採用されていることに対する有効な反論になっておらず,失当である。
ウ 本件ノウハウ3
控訴人は,本件ノウハウ3の秘密部分を明らかにしておらず,むしろ,すべて公開されていることを前提に,「すべて公開されているとしても,被控訴人に『独占の利益を生じさせるものであるとは認められない』との判断は誤っている」と独自の見解を述べるのみであり,およそ失当である。
エ 本件ノウハウ4
控訴人は,原判決の判断について縷々主張する(同主張内容の真偽は不明であり,不分明な点も多い。)が,いずれも,控訴人が主張した秘密部分が乙14に開示されているとの認定に対する有効な反論となっていない。
オ その他のノウハウ
原判決が認定した「その他のノウハウ」は,本件ノウハウ1ないし4との関連性が不明である上,そもそもノウハウとして秘匿されるべき実質を備えるものではないから,これらノウハウによって被控訴人に独占の利益が生じたことはない。
また,ここでの控訴人の主張も不分明であるが,ノウハウとしての秘密性を有するか否かは,真偽はともかく,競合メーカーの技術であるかや,被控訴人が実施しているかとは無関係であり,控訴人の主張はその点について完全に誤解したものといわざるを得ず,いずれも有意なものではない。
なお,控訴人は,乙13及び14について「被控訴人の登録ノウハウでもない」など,職務発明の対価請求の制度について誤解した内容の主張をしており,いずれも失当である。
第4当裁判所の判断
当裁判所も,原判決と同じく,控訴人の本訴請求は理由がないものと判断する。その理由は,以下に述べるとおりである。
1 本件における基礎的事実関係
証拠(甲1ないし6,甲7の1ないし13,甲8の1及び2,甲9の1及び2,甲10,11,15,16,76,乙1ないし5,乙16,乙23ないし27,乙28の1ないし4,証人A,控訴人本人X)及び弁論の全趣旨によれば,本件における基礎的事実関係は以下のとおりであったことが認められる。
(1) 当事者
ア 一審原告である控訴人は,中国遼寧省大連市の出身で,1982年(昭和57年)1月に中国の国立大学である大連工学院(現大連理工大学)の化学工学専攻を卒業し,その後同大学の助手等として活動していたところ,教授の紹介により日本の広島大学工学部に派遣され,1年後には同大学の文部教官・助手に採用された。控訴人は,同大学在勤中に「ポリマーを含む2成分系及び3成分系の気液平衡の測定並びに推算」というテーマで工学博士号を取得したところ,指導教授の勧めにより,1992年(平成4年)4月に一審被告である被控訴人会社に入社し,同社機械電子研究所に配属された。
イ 被控訴人会社に入社した控訴人は,1992年(平成4年)4月から1996年(平成8年)10月までは契約社員としての,同年(平成8年)10月以降は主任研究員としての身分を有し,在職中の1998年(平成10年)6月には日本プラスチック成形加工学会青木固技術賞を受賞したことがあるが,被控訴人会社との間の雇用契約上の地位に関する紛争が生じ,被控訴人は控訴人を解雇したと主張し,控訴人はこれを争っている状況にある。
ウ 一審被告である被控訴人は,明治40年(1907年)に設立され,機械・鉄鋼・産業機械・電力機器等の製造及び販売等を目的とする株式会社であり,肩書所在地に本社を有するほか,広島市にも研究所を有する。
(2) 発明等の内容
被控訴人会社の従業者であった控訴人は,在職中の平成4年(1992年)から同12年(2000年)ころにかけて,その職務として,概ね下記内容の本件発明1ないし4及び本件ノウハウ1ないし4の各発明に関与した。
ア(ア) 特許公報(甲1)に記載された本件発明1の内容は,次のとおりである。
発明の名称 注水発泡脱揮方法及び装置
特許番号 第2771438号
出願日 平成5年(1993年)12月15日
(特願平5-315154号)
公開日 平成7年(1995年)6月27日
(特開平7-164509号)
登録日 平成10年4月17日
発明者 X,D
特許請求の範囲 原判決記載のとおり
出願人 株式会社日本製鋼所
(イ) 本件発明1は,そのほか,ドイツ連邦共和国(DE19521713C1,甲2)及びアメリカ合衆国(5630968号,甲3)においても特許権が付与されている。
イ(ア) 公開特許公報(甲4)に記載された本件発明2の内容は,次のとおりである。
発明の名称 注水発泡脱揮方法及び装置
出願日 平成9年3月12日
(特願平9-57954号)
公開日 平成10年9月22日
(特開平10-249913号)
発明者 X,E,F,G,H
特許請求の範囲 原判決記載のとおり
出願人 株式会社日本製鋼所
(イ) 上記出願に対し,特許庁は,平成12年11月13日,上記発明は引用文献1(特開平4-232721号公報[発明の名称 脱ガス押出し機,乙16]及び引用文献2(特開平7-164509号公報)に記載された発明に基づいて容易に想到することができた(特許法29条2項)として,拒絶理由通知(乙1)を発するとともに,平成13年4月6日付けで拒絶査定(乙2)をした。
(ウ) なお,本件発明2と同内容の発明につきアメリカ合衆国に特許出願したところ,同国では特許第6007749号として登録がなされた(甲5)。
ウ(ア) 公開特許公報(甲6)に記載された本件発明3の内容は,次のとおりである。
発明の名称 二軸スクリュ押出機における押出量,圧力差,スクリュの回転速度,及びスクリュ流路内の充満長さの間の関係を推算する推算方法,並びに二軸押出機におけるスクリュのスケールアップを含む設計方法
出願日 平成10年3月3日
(特願平10-50287号)
公開日 平成11年9月14日
(特開平11-245280号)
発明者 X
特許請求の範囲 原判決記載のとおり
出願人 株式会社日本製鋼所
(イ) 上記出願に対し,特許庁は,平成14年2月19日,その発明の詳細な説明の記載及び特許請求の範囲の記載が特許法36条の定める記載要件に反するとして拒絶理由通知(乙3)を発するとともに,平成14年9月2日に拒絶査定(乙4)をした。
これに対し出願人(被控訴人)は,不服の審判請求(不服2002-19720号)をしたが,平成18年12月20日その請求を取り下げた(乙5)。
エ 特許公報(甲11)に記載された本件発明4の内容は,次のとおりである。
発明の名称 樹脂中の水溶性不純物の洗浄方法及び洗浄装置
特許番号 第3261334号
出願日 平成9年4月25日
(特願平9-109559号)
公開日 平成10年11月10日
(特開平10-296728号)
登録日 平成13年12月14日
発明者 X,C,I
特許請求の範囲 原判決記載のとおり
出願人 株式会社日本製鋼所
オ 本件ノウハウ1ないし4の各内容は,原判決記載のとおりである。
なお,そのノウハウとしての完成時期は,本件ノウハウ1は平成12年(2000年)3月ころ(甲7の1~13),本件ノウハウ2は平成6年(1994年)10月ころ(甲8の1,2),本件ノウハウ3は平成8年(1996年)8月ころ(甲9の1,2),本件ノウハウ4は平成10年(1998年)6月ころ(甲10)である。
(3) 勤務規則の内容等
ア 被控訴人会社においては,特許法旧35条3項にいう勤務規則として,「発明考案に関する取扱規定」が定められている。同規定は,昭和28年12月1日に達示第28-13として定められ,その後,昭和38年,44年,49年,55年,56年,63年,平成2年,3年,4年,5年,6年,16年,17年,18年,21年,22年に改正されている。
イ 上記取扱規定は,細部を除き,改正前後においてほぼ共通であり,その内容は,平成18年4月1日の達示第18-13(甲15)を例にすると,概ね次のとおりである。
① 従業員が業務上の発明等をなした場合は,所定の用紙に,発明等の内容その他の必要事項を記載し,すみやかに所属長に届け出なければならない(3条1項)
② 従業員は業務上の発明等を前条第1項の規定により届け出る場合は,その発明等にもとづく日本国及び外国における特許を受ける権利,または実用新案権又は意匠権の登録を受ける権利(以下「特許等を受ける権利」という。)を会社に譲渡しなければならない(4条)
③ 会社が,第4条の規定により,特許等を受ける権利を取得した場合は,特許部門は,発明等を出願するか,またはその発明等の内容が発明等の実質を備えるが,ノウハウとして秘匿すべきものとして出願を留保するか,このいずれにも該当しないかについて判定する(6条1項)
④ 前条の規定により,特許部門が必要と認めたものについては出願を行う。なお,発明協会公開技報への掲載は出願とみなす。特許部門が出願を行わないと決定したものについては,会社は,その特許の出願を留保する(7条1,2項)
⑤ 会社が,業務上の発明等をなした従業員(以下「発明者」という。)に対して支払う補償金は,次の5種とする(8条)
1.出願補償金,2.登録補償金,3.実施補償金,4.実績補償金,5.許諾・譲渡補償金
⑥ 第7条第1項の規定により出願を行った場合または同条第2項の規定により,その発明等の内容が,発明等の実質を備えるが,ノウハウとして秘匿すべきものとして,特許等の出願を留保し,発明者がノウハウ登録申請書を提出した場合は,会社は第1表に掲げる出願補償金を支払う(9条1項)
⑦ 発明等が2人以上の発明者によって共同して行われた場合は,1件あたりの補償金はこれを各人の持分に応じて配分される(9条2項)
⑧ 次の場合は,会社は出願補償金を支払わない。但し,外国出願については,国内出願せずに外国出願した場合には,出願補償金として1国分を支払う(9条3項)
1.変更出願,分割出願,補正却下による新出願
2.関連意匠出願
3.外国出願
⑨ 出願を行った発明及び意匠の創作が特許査定及び意匠登録査定になった場合または出願を留保したノウハウが,発明考案審査委員会の審査により,補償すべきノウハウとして登録された場合は,会社は第1表に掲げる登録補償金を支払う(10条1項)
⑩ 会社が,国内又は外国で登録された発明および意匠の創作を登録期間中に実施し利益を得た場合,または補償すべきノウハウとして登録されたノウハウを登録期間中に実施し利益を得た場合は,発明者は実績補償金申請書を特許部門に提出することにより,実績補償金を申請することができる(12条1項)
⑪ 会社が,国内又は外国で特許等を受ける権利又はこれに基づく特許権等を他社に実施許諾又は譲渡した場合,または補償すべきノウハウとして登録されたノウハウを他社に実施許諾又は譲渡した場合は,発明者は許諾・譲渡補償金申請書を特許部門に提出することにより,許諾・譲渡補償金を申請することができる(13条1項)
⑫ 会社が従業員に対して支払う奨励金は次の4種とする(15条)
1.出願奨励金,2.外国出願奨励金,3.無効審判奨励金,4.無効審判成功奨励金
⑬ 外国出願依頼があり,特許部門の審査を経て,外国出願の稟申が承認され,出願を行ったときは,会社は第2表に掲げる外国出願奨励金を支払う。ただし,同一の発明等を複数国に出願する場合は,一国分のみ支払い,出願国毎には支払わない。なお,第9条3項3号但書の規定により,出願補償金を支払った場合には,外国出願奨励金を支払わない(17条)
⑭ 発明等の出願及び出願推進に意欲的に取り組み,その業績が多大と特許部門において認められる者に対して,会社は次の賞を授与する。
1.ハイレベル賞,2.出願推進賞
さらに,登録された発明等の実施により,会社が顕著な利益を得た場合には,各事業所毎に設けられる表彰委員会を経て表彰するものとする
(20条)
⑮ 当該年度に出願した中で,出願の内容および出願件数を考慮して,特許部門が選定した優秀発明者を対象とし,会社は,第3表に掲げる表彰金を支払う。ただし,出願の内容が著しく秀でている場合は,金額を別途考慮する(21条)
⑯ 第1表の補償金,第2表の奨励金,第3表の表彰金の定めは,次のとおりである。
第1表 補償金(単位:円)
種類
特許
実用新案
意匠
出願補償金
7,000
7,000
7,000
登録〃
13,000
(10,000)
10,000
実施〃
10,000
7,000
7,000
第2表 奨励金(単位:円)
種類
特許・実用
出願奨励金
2,000
無効審判奨励金
5,000
無効審判成功奨励金
5,000
外国出願奨励金
10,000
第3表 表彰金(単位:円)
種類
業務表彰規定・評価ランク
特許・実用新案・意匠
ハイレベル賞
A1
100,000
A2
50,000
A3
30,000
出願推進賞
A3
10,000
⑰ 上記規定は,平成18年4月1日から施行するが,実績補償金及び許諾・譲渡補償金の算定及び支払方法については,平成17年4月1日以降にその支払の申請が行われたものまで遡及して適用される(付則・第2項)
ウ また,前記取扱規定の付属的定めとして「実績補償金及び許諾・譲渡補償金申請要領書」(甲16)が制定されており,同要領の概要は,下記のとおりである。
記
1.実績補償金の申請(支払い)手順
(1) 知的財産部は,毎年10月に登録から3年,6年,9年経過した特許権等で権利が維持されているものを検索し,その一覧表を発明が帰属している部門(以下,「発明部門」という。)に送付する。
(2) 発明部門の特許推進者は,特許権等の一覧表を発明者に配布し,会社が発明を実施しかつ利益を得ていれば実績補償金を申請することができる旨を発明者に通知する。
(3) 通知を受けた発明者は,当該特許権等の実施状況を調査した後,当該製品(機種)の過去3年間(一覧表を受け取った年の3年前の年度から1年前の年度)の利益を当該事業部の企画部門に問い合わせる。発明の実施により会社が利益を得ている場合には,発明者は,実績補償金算定要領に基づいて「実績補償金申請書」を作成し,特許公報を添付して,部門長に提出する。
(4) 部門長は,「実績補償金申請書」に記載された内容(発明の特許寄与率,発明者貢献度など)の確認を行った後,「実績補償金申請書」(特許公報を添付)を知的財産部に送付する。
(5) 知的財産部は,「実績補償金申請書」をチェックし疑問点があれば,発明者あるいは発明部門に問い合わせ,明確にした後,当該事業部の企画部門に送付する。
(6) 当該事業部の企画部門は,「実績補償金申請書」の内容(期間利益など)を確認し,知的財産部へ返却する。
(7) 知的財産部は,「発明考案審査委員会」(委員長:研究開発本部長,委員:当該事業部門の事業部長,人事部担当役員及び委員長が任命する者,事務局:知的財産部)を開催する。
「発明考案審査委員会」は,「実績補償金申請書」の内容を審査し,実績補償金の額を決定し審査結果を「実績補償金申請書」に記入する。
(8) 知的財産部は,審査結果が記入された「実績補償金申請書」(写し)を発明者及び当該事業部へ送付(通知)する。
(9) 「実績補償金申請書」(写し)を送付してから2ヶ月以内に,発明者から不服申立がなければ,当該事業部は,発明考案審査委員会の決定に基づき,実績補償金を発明者に支払う。
(10) 補償すべきノウハウとして登録されたノウハウを登録期間中に実施し,会社が利益を得ている場合は,発明者は特許権等と同様に,補償金算定要領に基づいて「実績補償金申請書」を作成し,ノウハウ登録書を添付して部門長に提出することができる。
これ以降の手順は,前記(4)~(9)の手順に準ずるものとする。
尚,ノウハウ登録書の取扱については,機密情報管理規定によるものとする。
<略>
4.実績補償金算定要領
(1) 実績補償金の算定式
登録された発明等を登録期間中に実施し利益が得られた場合は,次の計算式により実績補償金の申請額を計算する。但し,実績補償金の計算結果が5万円未満のときは申請を見送ること。また,申請額は1万円未満を四捨五入とする。
実績補償金=期間利益×1/4×特許寄与率×発明者貢献度
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その発明の実施による利益
期間利益:該当期間(原則として3年間)の該当製品(機種)の粗利とする。
粗利=売上金額-製造原価-販売直接費
1/4:利益は,資本・営業・製造・技術の4要素によるものとして,技術が貢献した割合は原則として1/4とする。
特許寄与率=A×B
A:当該特許発明技術がその製品に占める割合と,B:当該特許発明技術の利益への寄与度により決定する。尚,関連特許についても特許寄与率で考慮する。
発明者貢献度:①発明がなされた過程,②発明の権利化の過程,③発明の事業化の過程における発明者の貢献を評価して,発明者貢献度を決定する。
(2) 特許寄与率の決め方
技術(設計・製造技術)は,従来技術,当該特許発明技術及びその他の特許発明技術とから成っている。特許寄与率は,A:当該特許発明技術がその製品に占める割合と,B:当該特許発明技術の利益への寄与度により決定する。
A:当該特許発明技術がその製品に占める割合
特許発明がその製品に占める割合を決めるために,発明の種類により,その算定方法を次の①~④の中から選択する。
① 当該特許発明に係わる部分(装置,部品)が,その製品全体のコスト(1次原価)に占める割合(参考:A=0.0001~0.001~0.01~0.1)
・ 「当社製品の装置,部品」の発明など。
② 当該特許発明が奏する機能(作用)が,その製品の全体機能(作用)に占める割合(方法特許など当該特許発明に係わる部分が,製品全体のコストに占める割合を決められない場合)
(参考:A=0.0001~0.001~0.01~0.1)
・ 「当社製品を使用した製造方法」,「当社製品の使用方法」,「当社製品の制御方法」の発明など。
③ 当社製品を製造するために実施される特許発明であって,当該特許発明を実施する工程が,その製品全体を製造する全工程に占める割合(参考:A:0.0001~0.001~0.01~0.1)
・ 「当社製品を生産する方法」の発明など。
④ その他有効な手段があれば,それによって決定してもよい。
<略>
B:当該特許発明技術の利益への寄与度(B=0.2~1.8)
①発明の技術レベル,②発明の独占排他性,③性能向上,④コスト低減効果により発明を評価して,その評価点の合計点から寄与度を決定する。特許発明の評価に当たっては,下記の指標を参考にすること。
尚,実績補償金算定のための期間利益として粗利を用いているため,利益額が営業利益よりは高めになるので,特許発明に評価点を与える際には,この点も考慮する。
① 発明の技術レベル(基本発明か,改良発明か)
・ 新しい基本発明で技術レベルは非常に高い。:5点
・ 主要部の改良発明で技術レベルは高い。:4点
・ 周辺部の改良発明で技術レベルは中程度:3点
・ 周辺部の改良発明であるが技術レベルはやや低い。:2点
・ 部品の改良程度で技術レベルは低い。:1点
② 発明の独占排他性(代替技術によって発明を回避することが困難か)
・ 代替品・代替方法によって,この発明を回避することが極めて困難。:5点
・ 代替品・代替方法によって,この発明を回避することが困難。:4点
・ 代替品・代替方法によって,この発明を回避することがやや困難。:3点
・ 代替品・代替方法によって,この発明を回避することが容易。:2点
・ 代替品・代替方法によって,この発明を回避することが極めて容易。:1点
③ 性能向上(従来技術と比較して性能向上があるか)
・ 従来技術と比較し,性能向上は非常に大きい(25%以上)。:5点
・ 従来技術と比較し,性能向上は大きい(21~24%)。:4点
・ 従来技術と比較し,性能向上は中程度(11~20%)。:3点
・ 従来技術と比較し,性能向上は小さい(6~10%)。:2点
・ 従来技術と比較し,性能向上は非常に小さい(5%以下)。:1点
④ コスト低減効果(従来技術と比較してコスト低減効果があるか)
・ 従来技術と比較し,コスト低減効果は非常に大きい(25%以上)。:5点
・ 従来技術と比較し,コスト低減効果は大きい(21~24%)。:4点
・ 従来技術と比較し,コスト低減効果は中程度(11~20%)。:3点
・ 従来技術と比較し,コスト低減効果は小さい(6~10%)。:2点
・ 従来技術と比較し,コスト低減効果は非常に小さい(5%以下)。:1点
<略>
エ 被控訴人は,控訴人(ただし,共同発明の分についてはその代表者として)に対し,本件各発明に関し,上記取扱規定にいう出願補償金・登録補償金・出願奨励金の要件のみ満たすとして,以下のとおり支払いを行った(合計金7万4000円,乙23,乙24,乙28の1ないし4)。
(ア) 本件発明1
平成6年1月7日 出願補償金7000円
平成10年6月25日 登録補償金1万3000円
外国出願奨励金1万円
(イ) 本件発明2
平成9年4月7日 出願補償金7000円
外国出願奨励金1万円
(ウ) 本件発明3
平成10年3月27日 出願補償金7000円
(エ) 本件発明4
平成9年5月26日 出願補償金7000円
平成14年2月25日 登録補償金1万3000円
(4) 本件各発明及び本件各ノウハウの第三者への使用許諾の有無
使用者たる被控訴人は,本件各発明及び本件各ノウハウを第三者に使用許諾したことはない。
2 検討
(1) 前記認定事実によれば,本件発明1ないし4,本件ノウハウ1ないし4は,いずれも被控訴人会社の従業者であった控訴人が使用者たる被控訴人における職務としてなしたものであり,また前記「発明考案に関する取扱規定」により発明又はノウハウ(ただし本件各ノウハウが同規定上の要件を満たすかどうかは後記のとおり)が被控訴人に譲渡された時期は平成4年4月1日(入社時)以降平成12年3月ころ(本件ノウハウ1,甲7の1~13)までの間であるから,職務発明の譲渡対価については平成16年法律第79号による改正前の特許法35条(旧35条)3項が適用されることになる。
そして,旧35条は,前記のとおり「従業者等は,契約,勤務規則その他の定により,職務発明について使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ,又は使用者等のため専用実施権を設定したときは,相当の対価の支払を受ける権利を有する」(3項)とし,「前項の対価の額は,その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない」(4項)としているので,以下においては上記条文を前提に検討する。
なお,前記のとおり本件発明1についてはドイツ連邦共和国及びアメリカ合衆国の,本件発明2についてはアメリカ合衆国の各特許が登録されているが,職務発明に係る外国の特許を受ける権利を使用者に譲渡した場合にも特許法旧35条3,4項が類推適用される(最高裁平成18年10月17日第三小法廷判決・民集60巻8号2853頁参照)ので,これらの事情も併せて検討することとする。
(2) ところで,特許法旧35条3項にいう「相当の対価」とは,発明者たる従業者が使用者に対し「特許を受ける権利」等を承継させたことによる対価のことであるが,その対価額の算定に当たっては,譲受人たる使用者において一定の経済的利益を受けたことが前提となるというべきである。したがって,使用者が当該権利を第三者に実施させてライセンス収入(通常実施権又は専用実施権等設定の対価)を受け若しくは受けるべき又は自社実施により独占の利益を受け若しくは受けるべきときは,その金額が上記対価額算定の重要な要素となるが,当該権利を第三者に実施させたこともなく自社において実施したこともないとき,又は自社において実施したとしても後日なした特許出願につき拒絶査定を受け特許登録に至らないことが確定したときは,使用者たる譲受人において当該譲受けによる経済的利益を現実に取得していないことになるから,譲渡人たる従業者が使用者に請求することができる対価額は,勤務規則(本件では前記「発明考案に関する取扱規定」)に予め定められた金額のみである,と解するのが相当である。
原判決は,本件発明1ないし4及び本件ノウハウ1ないし4につき,被控訴人が自社で実施したと認めるに足りる証拠もない等として,控訴人の本訴請求を棄却し,これに対し控訴人は当審においてもこれを争っているので,以下,個別に検討することとする。
(3) 本件各発明,本件各ノウハウの実施等について
ア 本件発明1について
(ア) 本件発明1の意義
a 本件発明1に係る特許公報(甲1)には,以下の記載がある。
(a) 特許請求の範囲
・ 【請求項1】 「スクリュ(5)を有する押出機(2)の注水分散ゾーン(10)で溶融混練されているポリマー融体(20)に水が供給されて混練分散され,その下流の脱揮ゾーン(11)で前記ポリマー融体(20)中の揮発分が水と共に気化されて除去される注水発泡脱揮方法において,前記注水分散ゾーン(10)と前記脱揮ゾーン(11)との間に減圧膨張ゾーン(30)を設け,前記ポリマー融体(20)中に分散された水の気泡を成長させると共に前記減圧膨張ゾーン(30)の下流端部において気泡を崩壊させることを特徴とする注水発泡脱揮方法。」
・ 【請求項2】 「前記注水分散ゾーン(10),減圧膨張ゾーン(30)及び脱揮ゾーン(11)における前記ポリマー融体(20)に対する処理が1台の押出機(2)において複数回繰返して行われることを特徴とする請求項1記載の注水発泡脱揮方法。」
・ 【請求項3】 「上流端部の原料供給口と下流端部の吐出口との間に1組又は複数組の注水口(3)及び間隔をおいてその下流にベント口(4)を設けたシリンダ(1)と前記シリンダ(1)内孔に回転可能に挿入されたスクリュ(5)とで構成される押出機において,前記注水口(3)からその下流のベント口(4)までの間に,注水口(3)を含む部分に混練分散スクリュを配置し,前記混練分散用スクリュ(13)の下流に減圧リング(32)を配置し,前記減圧リング(32)は,円柱部(32a)とその下流部のリング部(32b)に複数のスリット(32c)を形成した構成であると共に,前記減圧リング(32)の下流且つ前記ベント口(4)を含む部分にフルフライトスクリュ(5a)を配置したことを特徴とする注水発泡脱揮装置。」
(b) 発明の詳細な説明
・ 【産業上の利用分野】 「本発明はポリマーの注水発泡脱揮方法及び装置に関し,特に,ポリマー融体中から揮発分を効率よく除去するための新規な改良に関する。」(段落【0001】)
・ 【発明が解決しようとする課題】 「従来の注水発泡脱揮方法及び装置は以上のように構成されていたため,次のような課題が存在していた。すなわち,図7に示されるように,注水分散ゾーンにおけるポリマー融体の圧力Pは下流の第2リングを通過後急激に減圧されるため,水が分散しているポリマー融体中の水の気化による気泡の生成,成長及び崩壊は主にこの第2リングを通過している際に発生し,気泡が十分成長しておらず,その滞留時間も短い。その結果,脱揮効率に関わる拡散面積とされる気泡/ポリマー界面の面積は比較的小さく,拡散時間とされる気泡の滞留時間は短く,十分な脱揮が行われなかった。また,ポリマー融体中に分散している水が気化する際,その周囲のポリマー融体から急激に熱を奪うため,生じた気泡の周囲のポリマー融体界面膜部の温度が局部的にポリマー融体の温度よりかなり低くなり,すなわち過冷状態となり,この膜層を通じて拡散される揮発分の拡散速度が落ちていた。さらに,第2リング通過後に集中して短時間のうちに急激に起こる気泡の生成,成長とその崩壊によりポリマー細片が発生してベント口から吸引排出されるエントレ現象が起こりやすかった。」(段落【0005】)
・ 【課題を解決するための手段】 「本発明による注水発泡脱揮方法は,スクリュを有する押出機の注水分散ゾーンで溶融混練されているポリマー融体に水が供給されて混練分散され,その下流の脱揮ゾーンで前記ポリマー融体中の揮発分が水と共に気化されて除去される注水発泡脱揮方法において,前記注水分散ゾーンと前記脱揮ゾーンとの間に減圧膨張ゾーンを設け,前記ポリマー融体中に分散された水の気泡を成長させると共に前記減圧膨張ゾーンの下流端部において気泡を崩壊させる方法である。」(段落【0007】)
・ 【発明の効果】 「本発明による注水発泡脱揮方法及び装置は,以上のように構成されているため,次のような効果を得ることができる。すなわち,注水分散ゾーンと脱揮ゾーンとの間に減圧膨張ゾーンが設けられているため,気泡を容易に成長させて気泡/ポリマー界面積を増加させると共にこの気泡を減圧膨張ゾーンの減圧リングのリング部で最大限に崩壊させ,その中の揮発分を真空中に暴露して拡散させ,脱揮効果を従来よりも大幅に向上させることができる。また,この減圧リングにより水が分散している高圧下のポリマー融体を適切に減圧させ,その滞留時間の延長を図ることにより脱揮効果を高めることができる。従って,水の気化によるポリマー融体内の局部過冷現象を緩和することができる。また,急激な圧力変化を減圧リングで緩和しているため,従来発生していたエントレを減少させるあるいは防止することができる。さらに,スクリュのL/D(長さ/直径)とポリマー融体の流量が一定であれば,押出機の出口におけるポリマー融体中の揮発分の含有量を大幅に下げることができる。スクリュのL/Dと出口のポリマー融体中の揮発分の含有量とが一定であれば,ポリマーの処理量を増やすことができる。また,ポリマー融体の流量と出口のポリマー融体中の揮発分の含有量が一定であれば,スクリュのL/D(長さ/直径)を短縮することができる。」(段落【0019】)
b 以上の記載によれば,ポリマーの注水発泡脱揮方法及び装置に関する本件発明1は,従来技術では注水分散ゾーンにおけるポリマー融体の圧力は下流の第2リングを通過後急激に減圧されるため,気泡が十分成長せず,その滞留時間も短く,十分な脱揮が行われなかったこと等を課題とし,これを解決するために,注水分散ゾーンと脱揮ゾーンとの間に減圧膨張ゾーンを設け,ポリマー融体中に分散された水の気泡を成長させると共に減圧膨張ゾーンの下流端部において気泡を崩壊させることで,脱揮効果を従来より大幅に向上させることを可能にしたものと認められる。
(イ) 本件発明1の実施の有無
a 原判決22頁下6行目から24頁2行目までを引用する。
b(a) 控訴人は,脱揮二軸押出機に関しては,注水分散ゾーンの下流側に減圧膨張ゾーンを設けるという特徴があれば,そこに適用されるスクリュエレメントの種類を問わず,いずれも本件発明1の請求項1の「注水発泡脱揮方法」という発明内容に当たる旨主張する。
控訴人の主張は必ずしも明確でないが,いずれにしても,本件発明1の請求項1に係る部分は,「減圧リング」についての記載はないものの,「前記注水分散ゾーン(10)と前記脱揮ゾーン(11)との間に減圧膨張ゾーン(30)を設け,前記ポリマー融体(20)中に分散された水の気泡を成長させると共に前記減圧膨張ゾーン(30)の下流端部において気泡を崩壊させること」を特徴とするものであるから,請求項3における「減圧リング」に代わり,「減圧膨張ゾーンの下流端部において気泡を崩壊させる何らかの手段」が必要というべきである。
仮に,控訴人の上記主張が,上記のような「減圧膨張ゾーンの下流端部において気泡を崩壊させる何らかの手段」についても不要とするものであれば,特許請求の範囲の記載に基づかない主張であって,採用することができない。また,スクリュエレメントの種類については,そもそも請求項1の特許請求の範囲上問題となっていないが,いずれにしても,「減圧膨張ゾーンの下流端部」における気泡の崩壊を問題とすべきであって,スクリュエレメントによる気泡の崩壊は,「減圧膨張ゾーンの下流端部」に限られるものではなく,控訴人の上記主張は理由がないというべきである。
なお,控訴人は,減圧膨張ゾーンの下流端部において,発泡溶融樹脂の中の気泡につき,気泡内外の圧力差による自然的崩壊,及びスクリュエレメントのせん断力による強制的崩壊が起こる旨主張する。
しかし,減圧膨張ゾーンの下流端部における「気泡内外の圧力差による自然的崩壊」や「スクリュエレメントのせん断力による強制的崩壊」等については,何ら明細書(甲1)には記載されておらず,採用することができない。
(b) 一方,被控訴人は,発明の詳細な説明の記載や出願の経緯等からすれば,本件発明1の請求項1に関しても「減圧リング」又はこれに代わる手段の存在が要件となっている旨主張するところ,少なくとも本件発明1の請求項1において「減圧リング」に関する記載が全くない以上,その存在が要件であると解することはできないが,本件発明1に関しては「減圧リング」を用いたものしか実施例がないことをも考慮すれば,前記のとおり,「減圧リング」に代わる何らかの手段により,成長した気泡を減圧膨張ゾーンの下流端部において崩壊させることが必要というべきである。
いずれにしても,被控訴人による本件発明1の実施を認めるに足りる証拠はない。
イ 本件発明2について
(ア) 本件発明2に係る特許出願が日本においては拒絶査定を受け確定したことに関する控訴人の主張につき
a 本件発明2は,被控訴人も主張するとおり,減圧リング又はそれに代わる手段により「成長した水の気泡を減圧膨張ゾーンの下流端部において崩壊させる」との限定を欠いており,その点に関しては,本件発明1よりも実質的に広い内容の発明といえる。
控訴人は,被控訴人が,本件発明2に関する拒絶理由通知書を控訴人に見せず,不服審判を申し立てるかを問い合わせず,不服審判のチャンスを意図的に逃した旨主張するところ,本件での事実関係の下,控訴人の上記主張は認められないかにつき,念のため検討することとする。
b 本件発明2の意義
(a) 本件発明2に係る公開特許公報(甲4)には,以下の記載がある。
・ 【請求項1】 「一対の同方向回転するスクリュ(6)を有する押出機の注水分散ゾーン(11)で混練されているポリマー融体に水を供給して混練分散し,その下流の脱揮ゾーン(12)で前記ポリマー融体中の揮発分が水と共に気化されて除去される注水発泡脱揮方法において,前記押出機の上流側の充満ゾーン(10)から前記注水分散ゾーン(11)へ前記ポリマー融体を抵抗を介さずに押出し,前記注水分散ゾーン(11)のみにリング(15)で抵抗を設け圧力を増加させた状態で注水を行うことを特徴とする注水発泡脱揮方法。」
・ 【請求項2】 「前記注水分散ゾーン(11)の下流端から前記脱揮ゾーン(12)のベントポート(5)の間に押出し性を有する減圧膨張ゾーン(17)を設け,前記ポリマー融体の流速を緩和することを特徴とする請求項1に記載の注水発泡脱揮方法。」
・ 【請求項3】 「シリンダ(1)の上流側から材料供給口(3),注水口(4)及びベントポート(5)が設けられ,その内部には一対の同方向回転するスクリュ(6)が互いに重なり合って噛合した状態で回転自在に設けられる押出機の上流側から順次充満ゾーン(10),前記注水口(4)を有する注水分散ゾーン(11),減圧膨張ゾーン(17)及び前記ベントポート(5)を有する脱揮ゾーン(12)が構成される注水発泡脱揮装置において,前記注水分散ゾーン(11)の前記注水口(4)の下流のみにリング(15)を配置し,前記リング(15)は前記押出機に1ケ所のみ設けられていることを特徴とする注水発泡脱揮装置。」
・ 【発明の属する技術分野】 「本発明はポリマーの注水発泡脱揮方法及び装置に関し,特に,1ケ所のみのリングを用いることによりポリマー融体中から揮発分を効率よく除去するための新規な改良に関する。」(段落【0001】)
・ 【発明が解決しようとする課題】 「従来の注水発泡脱揮方法及び装置は・・・,次のような課題が存在していた。すなわち,押出機に一対のリングを用い,注水分散ゾーンの上流側に一方のリングを用いたため,そこでの流れ抵抗が大きく,ポリマー融体がリングとシリンダのクリアランス部を通過する際,ポリマー融体の圧力が下がり,高い注水圧と高押出量が得られず,またこのリングのクリアランス部の剪断熱が発生するため,脱揮効率を向上させるための高いスクリュ回転数,注水圧,良い水の分散効果が得られなかった。」(段落【0007】)
・ 【課題を解決するための手段】 「本発明による注水発泡脱揮方法は,一対の同方向回転するスクリュを有する押出機の注水分散ゾーンで混練されているポリマー融体に水を供給して混練分散し,その下流の脱揮ゾーンで前記ポリマー融体中の揮発分が水と共に気化されて除去される注水発泡脱揮方法において,前記押出機の上流側の充満ゾーンから前記注水分散ゾーンへ前記ポリマー融体を抵抗を介さずに押出し,前記注水分散ゾーンのみにリングで抵抗を設け圧力を増加させた状態で注水を行う方法である。」(段落【0009】)
・ 【発明の効果】 「本発明による注水発泡脱揮方法及び装置は,以上のように構成されているため,次のような効果を得ることができる。すなわち,押出機には注水分散ゾーンのみにリングを設けているため,上流の充満ゾーンから注水分散ゾーンへポリマー融体を抵抗を介さずに押出し,注水分散ゾーンにおける高い注水圧が得られ,スクリュ回転数を高くすることが可能となり,水の分散効果が向上することにより脱揮効率が向上すると共に高押出量を得ることができる。さらに,従来の注水分散ゾーン上流側のリングを押出し性フルフライトスクリュに置き換えたことにより,注水分散ゾーンにおける高い注水圧が得られ,処理能力を向上させることができる。」(段落【0017】)
(b) 以上の記載によれば,ポリマーの注水発泡脱揮方法及び装置に関する本件発明2は,従来技術では押出機に一対のリングを用い,注水分散ゾーンの上流側に一方のリングを用いたため,そこでの流れ抵抗が大きく,ポリマー融体がリングとシリンダのクリアランス部を通過する際,ポリマー融体の圧力が下がり,高い注水圧と高押出量が得られないこと等を課題とし,これを解決するために,押出機では注水分散ゾーンのみにリングを設けることで,水の分散効果を向上させ,脱揮効率を向上させることを可能とした発明であると認められる。
c 特許要件具備の有無
(a) 乙1(拒絶理由通知書)及び乙2(拒絶査定)によれば,本件発明2に係る特許出願は,乙16公報(特開平4-232721号公報,公開日:平成4年8月21日)及び特開平7-164509号公報(公開日:平成7年6月27日,本件発明1に係る特許出願の公開公報)から容易想到であるとして進歩性が否定され,拒絶されたことが認められる。
(b) そして,本件発明2に係る平成12年11月13日付け拒絶理由通知(乙1)は,本件発明2の請求項1に係るもの(以下「本件発明2-1」という。)と乙16公報に記載された発明(乙16発明)を対比した上で,乙16発明における処理域b,押出機区分c,脱ガス域d,圧力ブラインド4が,それぞれ本件発明2-1の充満ゾーン10,注水分散ゾーン11,脱揮ゾーン12,リング15に相当するとし,両発明の相違点として,「本件発明2-1の二軸押出機が,同方向に回転するのに対し,乙16発明の二軸押出機が,同方向に回転するものであるかどうか不明である点」を挙げた上で,二軸押出機の回転方向を,同方向にするか,異方向にするのかは,押出材料等の性質に応じて当業者が適宜選択し得るものであり,乙16発明の二軸押出機を同方向回転するスクリュとして,本件発明2-1とすることは,当業者が容易に想到し得た旨,乙16発明におけるリング(圧力ブラインド)の形状を,スクリューやシリンダの形状に応じて適宜設計を変更することも当業者が容易になし得る旨の判断を示している。
このうち,乙16公報の【図2】及び【図4】に,同方向に回転する二軸押出機が記載されていることからすれば,二軸押出機の回転方向については,本件発明2-1と乙16発明との相違点ではなく一致点であるといえるが,それ以外は,上記拒絶理由通知書の判断は相当といえる。
したがって,被控訴人が,控訴人に対して,拒絶理由通知書を見せず,不服審判のチャンスを逃してしまったか否かにかかわらず,本件発明2-1は少なくとも進歩性を欠く発明であって,特許となり得る余地はないものである。
(c) また,上記の平成12年11月13日付け拒絶理由通知書(乙1)では,本件発明2の請求項2に係るもの(以下「本件発明2-2」という。)及び請求項3に係るもの(以下「本件発明2-3」という。)につき,乙16発明との間で,「本件発明2-2,2-3の二軸押出機が同方向に回転するのに対し,乙16発明の二軸押出機が,同方向に回転するものであるかどうか不明である点」との相違点(この点については,前記(b)のとおり,相違点ではないものと認められる。)のほか,「本件発明2-2が,注水分散ゾーン(11)の下流端と,ベントポート(5)の間に,押出性を有する減圧膨張ゾーン(17)を設けて,ポリマー融体の流速を緩和するのに対し,乙16発明には,押出性を有する減圧膨張ゾーンがない点」との相違点があるとした上で,「気圧を徐々に減圧させ,気泡を成長させることによって,ポリマー融体の流速を緩和するような減圧膨張ゾーンを,注水分散ゾーンの下流端とベントポートの間に設けることは,当該技術分野においては周知の技術である(特開平7-164509号公報参照)ので,乙16発明において,注水分散ゾーンの下流端と,ベントポートの間に,押出性を有する減圧膨張ゾーンを設けることは,当業者が容易に想到し得た」との判断を示している。
このうち,減圧膨張ゾーンを注水分散ゾーンの下流端とベントポートの間に設けることが周知であったか否かはともかくとして,上記拒絶理由通知書において周知の技術として例示されている特開平7-164509号公報は,本件発明1の特許出願(特許願,乙18)の公開公報であり,少なくとも,本件発明2に係る特許出願時には,上記公開公報により,「注水分散ゾーンと脱揮ゾーンとの間に減圧膨張ゾーンを設けて,ポリマー融体の流速を低下させること」は公知になっていたというべきであるから,上記拒絶理由通知書記載の判断は相当である。
なお,上記拒絶理由通知書においては,本件発明2-2についてのみ,「注水分散ゾーン(11)の下流端と,ベントポート(5)の間に,押出性を有する減圧膨張ゾーン(17)を設けて,ポリマー融体の流速を緩和するのに対し,乙16発明には,押出性を有する減圧膨張ゾーンがない点」を乙16発明との相違点として挙げているが,実際には,本件発明2-3についても,乙16発明との間で「減圧膨張ゾーン」についての相違点が存在するものと認められる。しかし,上記相違点についても,本件発明2-2と乙16発明との間の相違点と同様に容易想到といえるから,上記拒絶理由通知書の判断は,結論において誤りはない。
(d) なお,控訴人は,乙16発明は本件発明2とは全く異なる脱揮機構に基づく旨主張するが,前記のとおり,本件発明2と乙16発明とは極めて類似した発明であるから,控訴人の上記主張は採用できない。
また,控訴人は,「二軸押出機の回転方向を,同方向にするか,異方向にするかは,押出材料等の性質に応じて,当業者が適宜選択し得るものである」旨の拒絶理由通知書の判断を争うが,そもそも,前記のとおり,本件発明2と乙16発明とは,この点につき相違していないのであるから,控訴人の上記主張は前提を欠くものである。
さらに,控訴人は,減圧膨張ゾーンは本件発明2の独特な強制的注水発泡脱揮技術における気泡成長段階のコントロール手段として発明され,乙16発明にはなく,拒絶理由通知書における判断は,本件発明2-2における「減圧膨張ゾーン」の「ポリマー融体の流速を緩和する」という重要な機能を看過しており,誤りである旨主張する。
しかし,前記のとおり,本件発明2に係る特許出願時には,既に「注水分散ゾーンと脱揮ゾーンとの間に減圧膨張ゾーンを設け,ポリマー融体の流速を低下させること」が公知となっていたといえることからすれば,上記拒絶理由通知書における判断に誤りはない。
(イ) アメリカ合衆国における本件発明2の実施に関する控訴人の主張につき
原判決24頁下3行ないし下2行記載のとおり,実施の事実を認めるに足りる証拠はない。
ウ 本件発明3について
(ア) 本件発明3の実施の有無
a 被控訴人が本件発明3を実施していることを認めるに足りる証拠がないことは,原判決25頁1行ないし26頁4行記載のとおりである。
b なお,上記実施を認めるに足りる証拠がないことを敷衍して説明すれば,次のとおりである。
(a) 本件発明3に係る公開特許公報(甲6)には,以下の記載がある。
・ 【請求項1】 「完全噛み合い型二軸スクリュ押出機の押出性能に関する無次元化式
【数1】
Q’=a・f-b・g・ΔP’/L’ 式(1)
ただし,aとbは,スクリュの外径DS,チップ数p,リードt,溝深さ(最大値)H及びスクリュチップとバレル間の間隙δに関係する係数。fとgは,融体の粘性特性,例えば指数法則流体の指数に関係する補正係数。Q’は無次元化流量,ΔP’は無次元化圧力差,L’は無次元化充満長さで,それぞれ次式で計算される,
【数2】
Q’=Q/(N・DS3) 式(2)
ΔP’=ΔP/(η・N) 式(3)
L’=L/DS 式(4)
ただし,Qは融体の体積流量(押出量),ΔPは圧力差,ηは融体の剪断粘度,Nはスクリュの回転速度,Lはフルフライトスクリュの流路内における充満長さ,を用いて押出量(Q),圧力差(ΔP),スクリュの回転速度(N),及びスクリュ流路内の充満長さ(L)の間の関係を推算することを特徴とする二軸スクリュ押出機における押出量,圧力差,スクリュの回転速度,及びスクリュ流路内の充満長さの間の関係を推算する推算方法。」
・ 【請求項2】 「下記の無次元化式
【数3】
CL’=CL’°+α’+δ’
=1-H’+α’+δ’ 式(7)
ε’=CL’°・β(T-T°) 式(17)
ω’=ω/DS
=δ’+α’-ε’
=δ’+(n-1)ε’ 式(19)
≧δ’ 式(20)
n≧1 式(21)
ここに,
【数4】
CL’=CL/DS 式(8)
CL’°=CL°/DS 式(9)
α’=α/DS 式(10)
δ’=δ/DS 式(11)
H’=H/DS 式(12)
ただし,CLは設計軸間距離,CL’は無次元化設計軸間距離,CL°は理論軸間距離,CL’°は無次元化理論軸間距離,αは二軸スクリュ同士間の設計間隙,α’は二軸スクリュ同士間の無次元化設計間隙,δはバレルとスクリュ間の設計間隙,δ’はバレルとスクリュ間の無次元化設計間隙,Hはスクリュの溝深さ(最大値),H’はスクリュの無次元化溝深さ(最大値),εは設計最高温度のときの熱膨張による二軸スクリュ同士間の間隙減少量,ε’は設計最高温度のときの熱膨張による二軸スクリュ同士間の無次元化間隙減少量,βはスクリュ材の熱膨張係数,Tはスクリュの温度,T°は室温(25℃),ωは使用温度における二軸スクリュ同士間の実際間隙,ω’は使用温度における二軸スクリュ同士間の無次元化実際間隙,nは軸間間隙の安全係数,に基づいて各部寸法を決定することを特徴とする二軸押出機におけるスクリュのスケールアップを含む設計方法。」
・ 【請求項3】 「二軸スクリュ押出機における押出量(Q),圧力差(ΔP)スクリュの回転速度(N),及びスクリュ流路内の充満長さ(L)の間の関係を推算する推算方法に対して,請求項2に記載された計算式を導入して推算することを特徴とする二軸押出機における押出量,圧力差,スクリュの回転速度,及びスクリュ流路内の充満長さの間の関係を推算する推算方法。」
・ 【発明の属する技術分野】 「本発明は,二軸スクリュ押出機における押出量,圧力差,スクリュの回転速度,及びスクリュ流路内の充満長さの間の関係を推算する推算方法,並びに二軸スクリュ押出機におけるスクリュのスケールアップを含む設計方法に関するものである。」(段落【0001】)
・ 【発明が解決しようとする課題】 「しかしながら,・・・従来の二軸押出機のスクリュの形状・寸法の決定方法には,二軸のスクリュ同士を互いに干渉し合わないように設計するための具体的な設計技術や計算式はなかったのが実情である。また,たとえば,同じ方法で設計した二軸押出機であっても,スクリュ直径寸法の異なる2つの装置の間には,押出特性(スクリュの回転数範囲,溶融樹脂の押出量,昇圧能力又は圧力変化と溶融樹脂充満ゾーンとの間の関係など)に相関性がみられないことが多かったのが実情である。このため,ある標準の二軸スクリュの各部の寸法に基づいて,どのようにしてスケールアップ(又はスケールダウン)したら相関性のある結果が得られるのかが不明であり,指針となるような計算式が提供できないという問題点がある。すなわち,従来の二軸押出機のスクリュの設計方法では,樹脂処理量(押出量)を変更する必要があっても,そのような要望に応じられるような二軸押出機のスケールアップやスケールダウンが困難であった。本発明は,このような課題を解決することを目的としている。」(段落【0005】)
・ 【課題を解決するための手段】 「本発明は,以下のような無次元化式に基づいて二軸押出機の押出量,圧力差,スクリュの回転速度,及びスクリュ流路内の充満長さの間の関係を推算し,また,以下のような無次元化式に基づいて二軸押出機のスクリュを設計したり,スケールアップしたりすることにより,上記課題を解決する。・・・」(段落【0006】)
・ 【発明の効果】 「以上説明してきたように,本発明によると,完全噛み合い型二軸スクリュ押出機のスケール変更をする場合に,所望の押出量のもので,標準スケールのものと類似した押出特性をもつ二軸スクリュ押出機を能率よく設計することができるので,二軸スクリュ押出機の設計の標準化を容易に行うことができる。また,製作された二軸スクリュ押出機の出荷試験に際しても,試験条件や試験時間が少ない簡単なもので済む。したがって,設計や試験に掛かる費用が少なくて済み,二軸スクリュ押出機の価格を安価にすることができる。二軸スクリュ押出機の押出量の推算ソフトや有限要素法を利用した二軸スクリュ押出機のシミュレーションに対して本発明の計算式を導入するようにすれば,押出量の推算精度やシミュレーションの精度を従来よりも大幅に向上させることができる。」(段落【0029】)
(b) 以上の記載によれば,二軸スクリュ押出機に関する本件発明3は,従来の二軸押出機のスクリュの設計方法では樹脂処理量(押出量)を変更する必要があってもそのような要望に応じられるような二軸押出機のスケールアップやスケールダウンが困難であったことを課題とし,「無次元化式に基づいて二軸押出機の押出量,圧力差,スクリュの回転速度,及びスクリュ流路内の充満長さの間の関係を推算し,また,無次元化式に基づいて二軸押出機のスクリュを設計したり,スケールアップしたりすること」で,二軸スクリュ押出機の設計の標準化を容易にしたり,設計や試験にかかる費用を減らすことを可能にするものと認められる。
(c) しかし,上記のような本件発明3の意義からすれば,スクリュ設計の打合せの際の資料(甲7の2,4,8,12),TEX360の写真(甲55),被控訴人の社内刊行物(甲59,60)などの証拠によっても,被控訴人が,「無次元化式」を用いて,又はこれに基づいて,「二軸(スクリュ)押出機における押出量,圧力差,スクリュの回転速度,及びスクリュ流路内の充満長さの間の関係を推算する推算方法」(請求項1,3)や,「各部寸法を決定することを特徴とする二軸押出機におけるスクリュのスケールアップを含む設計方法」(請求項2)を実施した事実を認めることはできない。すなわち,上記各証拠の中で,最も細かい数式等が記載されている甲7の2においてすら,無次元化式の記載はないものである。
(イ) 被控訴人による本件発明3の窃取の主張につき
控訴人は,被控訴人が,別件特許(甲66の1)を出願する際に,本件発明3を盗用した旨主張する。
確かに,被控訴人が特許権者となっている別件特許(上記出願はその後平成17年5月20日に特許第3679392号,発明の名称「スクリュ式押出機のシミュレーション装置,そのシミュレーション方法及びシミュレーションプログラム」として特許登録された。甲66の2[特許公報]参照)において,特許請求の範囲には無次元化式の記載はないものの,明細書の段落【0026】【0027】には,Q=α・N-β・ΔP/η/L(式1)及び[Q]=α’-β’・Δ[P]/[L](式1’)(Q:体積流量,α,β:定数パラメータ,α’:各スクリュの牽引流の係数,β’:各スクリュの圧力流の係数,N:スクリュ回転数,ΔP:セグメント長Lにおける圧力差,η:粘度)との式が記載されており,本件発明3の請求項1には,「Q’=a・f-b・g・ΔP’/L’ 式(1)」(a,b:スクリュの外径DS,チップ数p,リードt,溝深さ(最大値)H及びスクリュチップとバレル間の間隙δに関係する係数,f,g:融体の粘性特性に関係する補正係数,Q’:無次元化流量,ΔP’:無次元化圧力差,L’:無次元化充満長さ)との式が記載されているところ,本件発明3の式(1)と上記甲66の2の(式1’)は類似する部分がある。
しかし,別件特許(甲66の2)では,あくまで特許請求の範囲には無次元化式は記載されておらず,(式1)及び(式1’)は発明の詳細な説明のレベルの記載にすぎないほか,少なくとも係数部分では両発明における式は同一とはいえず,以上からすれば,本件発明3と別件特許(甲66の2)に係る発明とはあくまで別個の発明であって,甲66の2に係る特許出願が被控訴人による窃取であるとまでいうことはできない。
なお,控訴人は,被控訴人が,本件発明3の請求項3の押出式による推算方法の発明内容を,別件特許(甲66の2)の請求項3の発明内容(「圧力差」の算出)に差し入れたとも主張するが,同事実を認めるに足りる証拠はない。
(ウ) その他の各主張につき
a 控訴人は,本件発明3についても,被控訴人が控訴人に対して拒絶理由通知書を見せず,不服審判を求めるかどうかにつき問い合わせず,不服審判のチャンスを逃した旨主張する(なお,実際には,乙5[平成18年12月20日付け請求取下書]のとおり,被控訴人は,拒絶査定に対する不服審判を申し立てた上で,後にこれを取り下げている。)。
しかし,本件での事実関係の下で,控訴人の上記主張を認めるに足りる証拠はない上,仮に不服審判の取下げにつき控訴人の意向が反映されていないとしても,既に検討したとおり,被控訴人が本件発明3を実施しているとは認められないのであるから,いずれにしても相当対価の請求には結びつかない。
b 次に,控訴人は,平成12年3月ころ,被控訴人に対し,本件発明3(及び本件ノウハウ1)の内容につき教授した結果,被控訴人は,熱膨張を考慮に入れたスクリュ設計方法をマスターして,自由自在に使えるようになった旨主張する。
しかし,控訴人の被控訴人に対する教授内容にかかわらず,本件において,被控訴人が本件発明3を実施した事実が認められないのであるから,控訴人の上記主張は理由がない。
c 次に,控訴人は,本件発明3の請求項2の発明は,発明としての実質を備えており,審査段階において拒絶されていなかった旨主張する。
しかし,本件発明3に関する平成14年2月19日付け拒絶理由通知書(乙3)において,請求項2記載の発明についても,明確性違反及び実施可能要件違反が指摘されていたものであり,いずれにしても,本件発明3は,その特許出願につき全体として拒絶査定を受けたものであるから,控訴人の上記主張は理由がない。
d このほか控訴人は,TEX400やTEX360がいずれも正常に運転できていたことからすれば,被控訴人が,本件発明3や本件ノウハウ1の熱膨張を考慮に入れたスクリュ設計技術ではなく従来技術を採用していたとは信じ難いとも主張するが,上記主張は憶測にすぎず,採用することができない。
エ 本件発明4について
(ア) 被控訴人が本件発明4を実施していることを認めるに足りる証拠がないことは,原判決26頁6行ないし19行記載のとおりである。
(イ) なお,上記実施を認めるに足りる証拠がないことを敷衍して説明すれば,次のとおりである。
a 本件発明4に係る特許公報(甲11)には,以下の記載がある。
・ 【請求項1】 「バレル(1)内に一対の同方向回転するスクリュ(2)を有する押出機により,樹脂を混練溶融し,水を注入して混練分散し,樹脂に含まれる水溶性不純物を水と共に排出する樹脂中の水溶性不純物の洗浄方法において,前記バレル(1)内の第1ブリスターリング(9)の下流にニーディングエレメント(8)と第2ブリスターリング(9A)の順で構成された分散混練領域(C)で混練溶融した樹脂に,前記ニーディングエレメント(8)の部位に設けられた水の注水口(7)から先ず水を蒸気圧以上の圧力で注入して樹脂中に分散混練し,次に前記分散混練領域(C)の下流でかつ複数の順フルフライトエレメント(4)及び水の排出用スリット(3)からなる滞留領域(D)で樹脂中の水の分散状態を維持し,その後前記滞留領域(D)の各順フルフライトエレメント(4)の中の一部と第3ブリスターリング(9B)とかになる絞り領域(E)で樹脂中の水を絞り出して排出することを特徴とする樹脂中の水溶性不純物の洗浄方法。」
・ 【請求項2】 「バレル(1)内に一対の同方向回転するスクリュ(2)が互いに重なり合って噛合した状態で回転自在に設けられた押出機により構成される樹脂中の水溶性不純物の洗浄装置において,混練溶融部の下流に,順次,前記スクリュ(2)がニーディングエレメント(8)とその下流側の第2ブリスターリング(9A)で構成されると共に前記バレル(1)の前記ニーディングエレメント(8)の部位に水を蒸気圧以上の圧力で注水するための注入口(7)が設けられた分散混練領域(C),前記スクリュ(2)が複数の順フルフライトエレメント(4)で構成されると共に前記バレル(1)に水の排出用スリット(3)が設けられた滞留領域(D),及び前記スクリュ(2)が前記順フルフライトエレメント(4)の一部とその下流側の第3ブリスターリング(9B)で構成される絞り領域(E)を配置する洗浄部を設けて構成されることを特徴とする樹脂中の水溶性不純物の洗浄装置。」
・ 【発明の属する技術分野】 「本発明は樹脂中の水溶性不純物の洗浄方法及び洗浄装置に関し,特に,スクリュ及びバレルの組合わせにより樹脂に含まれる水溶性不純物を効率よく洗浄するための新規な改良に関する。」(段落【0001】)
・ 【発明が解決しようとする課題】 「従来の樹脂中の水溶性不純物の洗浄方法及び洗浄装置は・・・,次のような課題が存在していた。すなわち,分離領域Aでは,上流側から流入する溶融樹脂又は溶融の不充分な樹脂或は上流の洗浄部において一度水を絞られた溶融樹脂が,洗浄効果の無いまま通過することがあり,また,洗浄絞り領域Bでは,その上流部分で樹脂の充満度が低く圧力が殆ど無いか或は圧力の不充分な状態で水が注入され,その後樹脂が昇圧されながら,水の樹脂中への混練分散が行われるため,水溶性不純物の洗浄及び水の絞り出しが一度に行われることになっていた。」(段落【0004】)
・ 「・・・すなわち,洗浄部の各領域が洗浄のために充分作用せず,非効率的となっていた。」(段落【0005】)
・ 【課題を解決するための手段】 「本発明による樹脂中の水溶性不純物の洗浄方法は,バレル内に一対の同方向回転するスクリュを有する押出機により,樹脂を混練溶融し,水を注入して混練分散し,樹脂に含まれる水溶性不純物を水と共に排出する樹脂中の水溶性不純物の洗浄方法において,前記バレル内の第1ブリスターリングの下流にニーディングエレメントと第2ブリスターリングの順で構成された分散混練領域で混練溶融した樹脂に,前記ニーディングエレメントの部位に設けられた水の注水口から先ず水を蒸気圧以上の圧力で注入して樹脂中に分散混練し,次に前記分散混練領域の下流でかつ複数の順フルフライトエレメント及び水の排出用スリットからなる滞留領域で樹脂中の水の分散状態を維持し,その後前記滞留領域の各順フルフライトエレメントの中の一部と第3ブリスターリングとからなる絞り領域で樹脂中の水を絞り出して排出する方法である。」(段落【0007】)
・ 【発明の効果】 「本発明による樹脂中の水溶性不純物の洗浄方法及び洗浄装置は,以上のように構成されているため,次のような効果を得ることができる。すなわち,分散混練領域Cにおいて水の樹脂中への分散混練がなされ,滞留領域Dにおいて水溶性不純物を水へ拡散する樹脂と水の接触時間が確保され,絞り領域Eにおいて水溶性不純物を含んだ水の絞り出しが容易になされることにより,洗浄部の各領域がそれぞれ無駄なく効率的な洗浄作用を発揮し,樹脂中の水溶性不純物を効率よく洗浄することが可能になる。」(段落【0016】)
b 以上の記載によれば,樹脂中の水溶性不純物の洗浄方法及び洗浄装置に関する本件発明4は,従来技術では洗浄部の各領域が洗浄のために十分作用せず,非効率的となっていたことを課題とし,これを解決するために,一定の構成を持つ分散混練領域,滞留領域及び絞り領域を設け,これらの洗浄部の各領域がそれぞれ無駄なく効率的な洗浄作用を発揮し,樹脂中の水溶性不純物を効率よく洗浄することを可能にするものと認められる。
c ところで,被控訴人の内部資料(甲61,62)には,TEX140に関して●(省略)●,●(省略)●及び●●●●●●からなる洗浄ユニットが記載されており,これら各領域は,それぞれ本件発明4の「分散混練領域(C)」,「滞留領域(D)」及び「絞り領域(E)」に相当するものといえる。
しかし,甲61,62における●●●●●●が,本件発明4の「分散混練領域(C)」と同じ構成,すなわち,ニーディングエレメント(8)と第2ブリスターリング(9A)の順で構成(又はニーディングエレメント(8)とその下流側の第2ブリスターリング(9A)で構成)されるとの事実は認められない。
同様に,甲61,62における●●●●●●●●●が,複数の順フルフライトエレメント(4)及び水の排出用スリット(3)からなる(又は複数の順フルフライトエレメント(4)で構成されると共に・・・水の排出用スリット(3)が設けられた)構成を有する事実,及び甲61,62における「絞り領域」が,順フルフライトエレメント(4)の中の一部と第3ブリスターリング(9B)とからなる(又は順フルフライトエレメント(4)の一部とその下流側の第3ブリスターリング(9B)で構成される)事実は,いずれも認められない。
このほか,甲61及び62は,TEX140受注予定の段階の平成9年ころに作成されたものと解されるところ,乙7(平成10年9月8日作成の出張報告書)によれば,●(省略)●被控訴人は,顧客の意向に従い,結果的にTEXに洗浄脱水機能を付加しなかったものと認められる。
d なお,控訴人は,乙6及び乙7の信用性を問題にするところ,確かに,乙6は,被控訴人の従業員(B)作成の陳述書であるため,その信用性については慎重に検討する必要があるが,他方,乙7(平成10年9月8日付け出張報告書)は,被控訴人における通常の業務の過程で作成された文書であり,特段の事情のない限り,信用性は高いといえる。そして,控訴人は,このような特段の事情につき何ら主張立証しておらず,むしろその作成者である「C」につき信頼できると主張しているのであるから,乙7の信用性に関する控訴人の主張は採用することができない。
e また,控訴人は,乙7記載の技術は,樹脂ペレットを洗浄するという効率の悪いバッチ式樹脂洗浄技術であって,被控訴人が同技術を採用したと認定する原判決の判断は非常識で誤りである旨主張する。
しかし,樹脂ペレットを洗浄する技術が,客観的に効率が良いかどうかにかかわらず,被控訴人のような企業としては,顧客の意向(本件においては,押出機に洗浄脱水機能を付加しない旨)に従って行動することは十分あり得るものであって,控訴人の上記主張は採用できない。
オ 本件各ノウハウについて
本件において,控訴人が本件各ノウハウを前記「発明考案に関する取扱規定」に基づき被控訴人に届け出た事実を認めるに足りる証拠がないため,本件各ノウハウが控訴人から被控訴人に承継されたということはできない。
しかし,控訴人の主張に鑑み,念のため,本件各ノウハウについても,実際にノウハウとして保護に値する部分があるか,被控訴人が同部分を実施しているかについて検討する。
(ア) 本件ノウハウ1
a 原判決27頁8行目から28頁4行目までを引用するほか,以下のとおり付加する。
b なお,控訴人は,本件ノウハウ1の内容は単に「D/d=1.57」との数値の設定にとどまらず,「熱膨張を考慮に入れたスクリュ設計方法」である旨主張する。
しかし,上記数値の設定以外に,「熱膨張を考慮に入れたスクリュ設計方法」が具体的に何を指すかは不明といわざるを得ず,控訴人の上記主張は採用することができない。
(イ) 本件ノウハウ2
a 原判決28頁6行目から29頁9行目までを引用するほか,以下のとおり付加する。
b なお,控訴人は,変造された乙13(TEX140の設計図)は,充満領域か非充満領域か,注水脱揮用のものか表面更新脱揮用のものかを確定できないあいまいなスクリュ技術であり,本件ノウハウ2の脱揮用スクリュ設計ノウハウとは比べることができない旨主張する。
確かに,乙13は黒塗り部分が多く,その具体的な構成を正確に理解するのは困難であるが,乙13の開示部分から十分に●(省略)●とのノウハウが開示されている事実が認定できるものである。
そして,本件ノウハウ2①の秘密部分は,あくまで上記内容に尽きるものであって,控訴人がいうスクリュ技術としての具体的な内容については問題にならないというべきである。
以上のとおり,控訴人の上記主張は採用することができない。
(ウ) 本件ノウハウ3
a 原判決29頁11行目から15行目までを引用するほか,以下のとおり付加する。
b なお,控訴人は,本件ノウハウ3につき「秘密部分」との認識を示したことはなく,本件ノウハウ3の内容が公開されているとしても問題はない旨主張する。
しかし,既に公開された情報は何人も自由に用いることができるため,「ノウハウ」として保護を受けるためには,当該情報が公開されていないことが前提であって,控訴人の上記主張は採用することができない。
(エ) 本件ノウハウ4
a 原判決29頁17行目から30頁13行目までを引用するほか,以下のとおり付加する。
b なお,乙14(日本製鋼所技報)において,「発泡」に関する明示の記載はないものの,ここで記載されている対象がTEXであるため,「発泡脱揮」(脱揮ゾーンを真空にして,そこに入ってきたポリマー融体中に分散されている水を急に減圧することで気化させ急激に発泡させる方法)が記載されているものと認めるのが合理的である。
(オ) その他のノウハウ
a 原判決30頁15行目から30頁25行目までを引用するほか,以下のとおり付加する。
b 控訴人は,後者の脱揮プロセスは競合メーカーの技術であり(甲67),同ノウハウにより初めて被控訴人が実施可能となった旨主張する。
しかし,甲67(ドイツ語の文献)は,1980年(昭和55年)ころに発行,出版されているところ,後者の脱揮プロセスと同等の技術は,甲67の頒布によって公然と知られたことになり,また,乙14(日本製鋼所技報)の53頁の図10には,原料タンクの下流側にギアーポンプを設ける構成が開示されているので,後者の脱揮プロセスは,ノウハウとして保護するに値しないというべきであり,控訴人の主張は採用することができない。
3 結論
以上の検討によれば,控訴人が被控訴人に対し本件での職務発明の対価として請求することができるのは前記「発明考案に関する取扱規定」に基づく出願補償金,登録補償金,外国出願奨励金のみであり,それは既に支払済みであるから,控訴人の本訴請求は理由がなく棄却すべきこととなる。
よって,控訴人の本訴請求を棄却した原判決は結論において相当であるから,本件控訴は理由がなく,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 東海林保 裁判官 矢口俊哉)